2回
2018/11 訪問
シェフの異常な愛情...「長谷川 稔」、わたしは如何にして火傷の心配をやめて調理を愛するようになったか...
料理における感動とはなんだろうか。...それは、震えるくらいに繊細で丹念な牛肉の火入れやら、白出汁で炊き上げたタラ白子に鰹節の香りをそっと通わせる手際といった料理人の手間を、言葉を通さず、料理から直に感じとってしまうところにこそあると思う。
調理の手間暇というものは料理が完成した時点で、料理の見た目からはすっかり消え失せている。しかし、食材そのものの良さとは別に、職人の食材に対するいつくしむような手間暇を、漏れる吐息のような低い響きとして舌が受け止めたとき人は心の底から感動するのだと思う。
広尾「長谷川 稔」。こちらで饗されたシェフ厳選の全7品の料理は、そのすべてが、料理人の"手間は足し算"の想いを胸元深く呑み込んでひたすら美しく震えていた。2018年11月18日(日)。この美しいレストランとの出会いを以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。
シャンパーニュで喉を潤すほどに、まず1品目が饗される。
1.静岡県の稲取(いなとり)の金目鯛の鱗焼
「長谷川 稔」のスペシャリテともいうべき金目鯛の鱗焼。付け合わせには、北海道産のハーブ、モッツアレラチーズ、北海道産のフルーツトマト フルティカのローストが添えられている。ソースは、トマトのピューレ、バルサミコ酢のソース、自家製のドレッシング。
まず、金目鯛の身肉(みしし)の火入れは完璧。申し分ない。潤味(うるおみ)があって金目の香りを最大限に引き出した技術を感じる。そして時節柄だろうか...どこかしら海老の甲殻類の香りが伝わってくる。むろん料理としては、これだけで瞠目に値する仕上がりである。しかし、その身肉と皮目の焼き加減との組み合わせが、さらに惚れ惚れするような出来栄えだったのだ。
皮目の焼きは、いわゆる甘鯛などでよく見られる鱗を立てる"松かさ焼き"とも違い、もっとスナックのように軽快に香ばしく焼き上げられている。この皮目の軽やかな香ばしさと身肉から立ち上る金目の色気とのマリアージュに、何か今、この場で尋常でない出来事が起こっていると直感する。魚をぞんざいに焼いて、絶対にこんな風な焼き物が出来上がるわけがない、そう直覚したのだ。
心がそぞろにざわつき、思わずスタッフの方にお声がけして、その調理法についてお聞きしてみる。...すると、まさにスタンレー・キューブリック並みに変態的な、言ってみれば、シェフの調理に対する"異常な愛情"が明るみになる。
なんでも、まず、金目自体にゆっくり2時間スチームで火入れしてから、鱗の部分をサックとパリッと焼き上げたいため、オリーブオイルを塗布して火を入れるのだけれど、そのときせっかくスチームで2時間焼いて完璧な状態に持って行った身肉に、今更バーナーから伝わる余熱を与えたくない。...そこで、バーナーを鱗にあてるとき、素手で身肉に氷を当てて火が通らないように、皮目をパリパリに仕上げるというのだ。当然、氷を抑える手は、バーナーの火力で火傷を負うことになる。...いつのころからか、この店を訪問する有名シェフたちの間でこの焼きの技術が"火傷焼き(やけどやき)"と呼ばれることになる。...シェフの調理に対する"異常なる愛情"がいきなり炸裂する。こんな瞬間に出会ってしまうから、食べ歩きは止められない!
2.佐賀県の唐津の黒無花果
スペシャリテのご挨拶のあとに、涼やかに和む一品が饗される。黒無花果。これを3つのソースでいただく。ソースは、層になっている。
1)ゴマのペーストのソース
2)ヘーゼルナッツのソース
3)ラム酒、マスカルポーネチーズのソース
スペシャリテの焼き物の後に、冷たくそして楚々とした無花果の甘みを濃密な3種のソースで愉しむ組み立てが素晴らしい。
3.小田原の一本釣りののどぐろと姫路レンコンの2種類のベニエ(生地をつけて油であげたもの)
のどぐろは、1時間半ゆっくりと火入れした後にベニエにしたものだ。姫路レンコンの方は、コンフィをした後にベニエにしたものである。食感の奥に甘みを感じる。
のどぐろの方は、北海道の菅原さんが作っているピリッとしたハーブとキャビアとあわせていただき、レンコンの方は、高知県産のからすみと一緒にいただく。
これも凄い。のどぐろというと、脂が強いイメージがあるけれど、そんな印象が払しょくされる。スチームをかけて調理することによって無駄な脂が落ち、のどぐろの白身としての旨みがベニエの中に閉じ込められている。
4.タラ白子の冷製タリオリーニ
ここで冷製パスタが出てくる。極めてシンプルな1品であるが、この素晴らしさにまた舌を巻く。まず、タリオリーニには鱧と蛤の出汁が添えられているのだけれど、この2品の仕入れからして一級品だ。
鱧の方は、神経締めの上手さで一目置かれる愛媛県今治の漁師、藤本純一さんから送ってももらったもの。この漁師さんの技術はやはり凄いそうで、仮死状態にもっていって、シェフの手元に届いて蓋を開けたときに、まだ新鮮さがのこっているくらいの凄い神経締めの技術をもった漁師さんだそうだ。
蛤の方は、宮川敏孝さんという方が仕切っている千葉の"一山(いちやま)いけす"から届いたもの。"一山いけす"は2つの海流がぶつかって非常にミネラル分が豊富だそうだ。
タリオリーニは、この超優良な食材2品から取った出汁をまとっている。いささかの臭みもササクレもなく、潮の豊饒を呑み込んだようなような芳醇なお出汁である。
ここに、北海道産タラの立派な白子が載っている。タリオリーニの上で震えているこの白子が滅法よかった。59度という温度帯で30分白出汁で炊き上げ、豊かな鰹節の香りが香る白子となっている。まずは、高知県産の仏手柑(ぶしゅかん)を少し絞って仕上げたこの白子パクりと一口いただく。まるで海のこぼした涙のような、感情を内に秘めたの奥深い味わいである。天を仰いで、言葉にならない感動を呑み込む。
5.兵庫県の川岸牧場の神戸牛のいちぼ(おしりと太もものお肉)のカツレツ
「長谷川 稔」はお肉料理も物凄かった!サクっとした食感とそのあとに広がる香りに牛の旨みを感じる。今まで食べたカツレツの中で一番だと断言したい。
まずは何もつけずにいただいて、2口目はとんかつのソース、3口目に奥のタルタルのソースを少しつけていただく。
付け合わせは、ジャガイモ。このジャガイモがまたよい。中心にはインカの眼覚め(ルージュ)。ルージュは名の通り赤いジャガイモである。しかしこれは普通のインカより糖度は低いそうだ。それを覆うように雪下熟成のきたあかり、さやあかね2種類のジャガイモをマッシュにして添えてある。これが甘みを蓄えてたわわである。そして最後に上からウォッシュタイプのロビオーラ(チーズ)をかけている。最初にチーズの塩味がきて、そのあとに甘みが来るためさらに甘く感じさせる趣向である。
6.ご飯
佐賀県の"ひのひかり"という大粒のお米で作ったリゾットである。先ほどの鱧と蛤のお出汁をいれてリゾット風に仕立ててある。さらに生姜、茗荷を入れていて炊き上げ、味わいと香りを立たせている。
ここに、すじこをふんだんにかけていただく。またこのすじこが一仕事加えたものである。まずすじこを、2日味噌漬けにして脱水する。脱水後に今度は白出汁を使って浸透圧で戻していく。これによって、味噌の醸造香といわれる香り、鰹節の香り、干しシイタケの旨みを感じる。
タリオリーニの時も感じたけれど、「長谷川 稔」は究極の白出汁使いのレストランである。
7.ルーアン鴨の炭火焼
セーヌ川周辺で育てているルーアン鴨、ビュルゴー家でしか締められない鴨である。これを"スイッチノック"という手法で、高温のオーブンに入れて、1分半、10分、20分、2分半いれて、さらに15分焼く。この繰り返しを1時間半続ける。これによって鴨に豊かな旨みが閉じ込められる。最後に胸の部分を割って、パリッと炭火で仕上げる。
これに栗を削って、栗と兵庫県丹波産の鶏から出汁をとった栗ソースとアルバ産の白トリュフ、アルバの生ハム、付け合わせにヤーコンと蕪を添えて仕上げた逸品である。
何とも豪奢な一品である。...これが傑作というのが惜しまれるくらいの素晴らしい仕上がりだった。こんな途轍もない鴨は、ここでしかいただけないと断言したい。
ここで、お食事は一通りとなる。あとはデザートとなるが、まず最初に、生姜のグラニテをかけたアーモンドミルクで作ったパンナコッタでお料理から受けた興奮を冷ます。そして、そのあとに出てきたのが、わたしが大好きなモンブランだ。
これが名高い自由が丘の「エムコイデ」のモンブランに比肩するほどに素晴らしかった。「長谷川 稔」のモンブランは四万十川の栗を使っているそうだ。モンブランの上には、北海道のクリリンというカボチャをペーストにして木の葉型に揚げたチップが載っている。脇にはほうじ茶のアイスを添えてある。お皿にはマスカルポーネとラムのクリーム、栗の甘露煮、洋ナシのおソースが鏤められている。
最後に、プレーンとアールグレーのマドレーヌ、ベルガモットの香りをつけたマカロンで一通りとなる。
2018年、またたくさんのレストランを巡ったけれど、4.9点を付けたレストランは名古屋の「にい留」の1件だけであった。が、ここは、なんの迷いもなく、4.9点を付けられる文句のつけようがないもうひとつのレストランであった!
2018/12/01 更新
東京、広尾。...大使館が点在するインターナショナルなイメージのあるこの街の一角に、どことなく居住まい悪そうに佇む1軒家がある。それが「長谷川 稔」だ。
...なんとなく昭和の家屋を思わせる一軒家なのだけれど、毎夜そこで繰り広げられる饗宴の素晴らしさは、間違いなくThe Tabelog Award、GOLDの価値があるものだ。その晩餐では、例えば、こんなシーンが当たり前のように繰り返される。
...ほの暗い4名掛けのテーブルに、厚岸の牡蠣と阿蘇メイシャントンの一皿がさりげなく饗される。...ナイフを入れて一口いただくと、豚肉のイノシン酸と、干しシイタケのグアニル酸が、旨味成分そのものとして腰を据えるなか、その旨味に媚びることなく仄かに漂う牡蠣の金気臭が、素晴らしいアクセントとなって味蕾を震わせにかかる。
この豚肉の一皿に、牡蠣という海のこぼした一粒の涙を添えることによって、一皿の引き締まり方が全く異なる。このような一皿にいただいたときに感じるのは、たんなる旨いとか不味いとかといった感想ではなく、レストランへの深い敬意である。
2019年10月20日(日)、18:00。大切な友人3人との晩餐が始まる。今日は友人の中に、わたしの大好きな中目黒のイタリアン「ICARO」のオーナーソムリエの宗隆さんにも参加していただいた!
1.鮑と万願寺唐辛子の先付け
舞鶴産の鮑を硬水と軟水と塩のみで4時間ほどゆっくりと煮込んでいる。そこに姫路のレンコンと万願寺唐辛子をベニエにしたものを付け合わせにしている。濃縮したミルクを潮で包みこんだような鮑の身肉の弾力は文句のつけようがない出来栄えであった。
2.白カジキと、北海道の蝦夷鹿の腿肉を合わせた一皿
これは面白い一品であった。白カジキは、さくっとした口当たりの中から、匂い立つかのような香ばしさが口に広がり、とろけるようにまろやかさが湧いてくる。ここに、蝦夷鹿のビロードのような艶やかな赤身を合わせると、なにやら良質な鮪の赤身をいただいているような錯覚を覚える。
ここに、シーザーソース、25年熟成のバルサミコ酢、タプナードソースの3種類のソースをあわせていただく。
ちなみに鹿はネックショットで仕留めたものである。
3.松茸を載せた特選の松坂牛のすき焼き
香り高き松茸の向こう側に、凝縮された太い松坂牛の旨みがドンとくる。問答無用に旨い逸品である。
4.フォアグラバケットとスートコーンのピュレ
ピュレは、北海道の雪の妖精という糖度20度スートコーンと牛乳と塩だけでピュレにしたもの。これにフォアグラとゴルゴンゾーラチーズを添えたバケットが添えられる。ピュレの純潔なまでの甘みに震える!
5.フエダイのカツレツ
伊東のフエダイ。フエダイとは、すずきの仲間である。これをカツレツにしてある。衣の下に感じるフエダイの身質は、悪い白身魚にときどき感じる水分の抜けたささくれが一切感じられない。芳醇に艶やかに輝いている。ここに、北海道のキャビア、北海道のジャガイモ、チーズを乗せたグラタンが添えられている。
6.鱈白子のパスタ
昨年もこれをいただいたけれど、今年もまた悩ましげに舌に絡み付いてくるテクスチャに吐息が漏れる。凄い。
7.酒蒸しにした厚岸の牡蠣とメイシャントンという阿蘇の黒豚のロースとバラ肉
牡蠣と豚肉の相性がとにかく素晴らしい。玉ねぎ、天然の舞茸を添え物として、胡麻ソースでいただく。
8.箸休めのトマト
奥が糖度が9度の北海道の濃いトマト。手前が九州の小川農園のミニトマト100°で1時間ローストしてあるとのことだ。そのトマトで作ったソースと木更津産の水牛のモッツアレラチーズが添えられている。とにかく上品で優しい味わいであった。
この後に、一杯のシャンパーニュが饗されたのだけれど(サピエンス エクストラブリュット サピアンス シャンパン シャンパーニュ)、宗隆さんはこれに一番反応されていた。ビオワインである。(好きだけど)ワインに疎いわたしだけれど、そういわれてみると、複雑な余韻というか、力強い豊かさのようなものをなんとなく感じてしまう。...調子よすぎかもしれませんが(笑)
9.海鰻を炭火焼に、自家製の昆布を染ましたお米を添えて
海鰻とは河口付近で取れる鰻である、脂は強めである。お食事に戻ってきた感がある。
10.アルバの白トリュフを刻んだリゾットに、自家製のいくらを添えて
こちらもご飯ものであるが、リゾットの優しい味わいに白トリュフのプロパンガスの風味が焔立つ!
11.島根県の和牛ブランドの松永牛のソテー
島根県の和牛ブランドの松永牛 (宍道湖の少し先の山の牧場で作っている)のソテー。「長谷川 稔」はとにかく焼きの技術が凄い!このソテーにしても、本当に一度味わっていただきたい!こんな絶妙な火入れのお肉の焼き物を出してくれるところをわたしは知らない。
この絶品肉に、ポルチーニをクリームバターでソテーしたものと、マルサラ、フォンドボーを合わせたソースが添えられている。
12.福島の「とろもも」スープ仕立てのデザート
少し火を入れた桃に、ゼリーとコンポート、ジェラートを添えて。媚びてこない甘みにひたすら好感が持てる。
13.ティラミス
スポンジには黒糖を使っている。そして、クリームソースはマスカルポーネチーズ、ラム酒、メレンゲを入れて軽くし、真ん中にジェラートが添えられている。
1年ぶりの「長谷川 稔」であったが、やはり素晴らしかった。ここは来年、The Tabelog Award、GOLDを獲得するレストランであると確信した一夜であった。次回訪問は、また一年先となるが、先ほどシェフから、深夜時間帯の「薫 HIROO」のご案内をいただいた!これは万難を排してでも駆け付けなくてはならない!