紅茶に浸したマドレーヌさんのマイ★ベストレストラン 2018

紅茶に浸したマドレーヌのレストランガイド

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マイ★ベストレストラン

レビュアーの皆様一人ひとりが対象期間に訪れ心に残ったレストランを、
1位から10位までランキング付けした「マイ★ベストレストラン」を公開中!

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~2018年、マドレーヌのレストランめぐり振り返り~...食べ歩きとなると話はどこからでも始まる

1位:恵比寿の「ペレグリーノ」さん
2018年は、9月と12月と2回お伺いできた。いずれも素晴らしかったけれど、とくに12月の訪問は圧巻であった。イタリアBerkel(ベルケル)社製の最高級のフライホイール式生ハムスライサーで最高の生ハムをいただくことができたのだ!...その素晴らしさはレビューをご覧いただけたら幸いである。

...それと、2018年はこのベスト10には上がっていないが、岐阜関市のパルマハム職人多田昌豊さんの工場訪問もかなったことが何よりの収穫だった。多田昌豊は、生粋の職人気質だけれど、明るくて屈託がなく途轍もないナイスガイである!

2位:広尾の「長谷川 稔」さん
ここも凄かった。イノベーティブ・フュージョンの分野で、ここ数年は「長谷川 稔」の時代になるとしか考えられないインパクトを受けた。2019年は、10月に訪問機会がある(笑)。さらに、2020年は5月と10月(笑笑)。なんとも壮大な計画であるけれども、予約をいただいていること自体に感謝である!

3位:名古屋高岳の「にい留」さん
天ぷらの概念を覆された衝撃。...ここの技術はとにかく凄い!素材を加工する技術ではなく、素材の旨みを引き出す技術としての天ぷら職人の仕事をはたして想像できるだろうか!それは、天ぷらというより、慈しむようにネタに仕事を施す鮨職人の仕事を思わせる。そんな新鮮な驚きを感じさせていただいたのが「にい留」さんであった!

4位:京都丸太町の「竹屋町 三多」さん
京都の素晴らしい和食店は、どこかしら閑寂としたやり過ぎない佇まいを持っている。ここはその最高峰ともいうべき和食店だと思う。松葉蟹も素晴らしかったけれど、松葉蟹の焼き物の合間合間に出される一品一品が楚々とした美しさに輝いていた。特に最後のご飯が、鳥取の砂丘ネギとお揚げの炊き込みご飯いうのも、華美さを控えていて奥床しかった。

5位:目黒の「鳥しき」さん
2018年も「鳥しき」さんには大変お世話になった!焼き鳥は好きで方々めぐっているけれど、ここの焼き鳥をいただいてしまうと、ほかには行きたいという気持ちはすっかり失せてしまう。気持ちが入った火入れがなんとも素晴らしい!皮・肉・脂が渾然と融合し、脂と甘さのバランスに、ただただ首を垂れるほかない。

6位:水天宮の「日本橋蛎殻町 すぎた」さん
有名どころのお鮨屋さんにお伺いすると、いずれもそれはそれで素晴らしいと思う。...でも、わたしの中で鮨屋はやはり「日本橋蛎殻町 すぎた」さん以外にはありえない。タネに対する仕事の加減、シャリの具合、大将の握りの所作、店内の雰囲気、すべてがわたしにとっての一番である!

7位:虎ノ門の「と村」さん
「と村」は通年通して凄い。しかしでも2018年は、1年の中でも、わたしがもっとも大好きな夏の一番豪華なコースをいただいた。白神山地の金鮎と、小川原湖の鰻、そして千葉の鮑である。この三品は、日本で最高峰だと断言したい。なかんずく、金鮎。雪解け水で育まれた苔を食んだ鮎は、しゃなりとした柳葉のような美しさなのだ!

8位:滋賀大津市の「比良山荘」さん
熊はここ。...絶対的にここが一番旨いと思う。たわわに肉厚で、大ぶりな白身が熊肉の赤身の旨さを引き立たせる!熊肉は個体差があるとのことであったけれど、2018年1月の「比良山荘」さんの熊肉のしゃぶしゃぶは白眉の出来栄えであった!

9位:岐阜県瑞浪の「柳家」さん
わたしの食べ歩きの原点。2018年は春の訪問であったけれど、春の柳家さんもよかった。あまごの炭焼きと山菜の豊かな旨みを存分に愉しんだ!

10位:祇園四条の「やまぐち」さん
2018年は、春、夏とお伺いした。こちらは日本の四季の食材を生かした祇園四条のイタリアンである。ここは、いわゆる通常のイタリアンのイメージとは印象が異なるお店である。どちらかというと良質な和食店で過ごしたような詩的な繊細さを感じるイタリアンである。

マイ★ベストレストラン

1位

ペレグリーノ (広尾、恵比寿 / イタリアン)

13回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥60,000~¥79,999 ¥50,000~¥59,999

2021/12訪問 2022/01/29

crescendo(クレッシェンド)...「ペレグリーノ」、珠玉の一皿に向けて高まる音階

ペレグリーノはいつも素晴らしい。どんな一皿が出されようと、コースがどんな風に組み立てられようと毎回裏切られることがない。

その日仕入れた食材の状態を見てコースの主軸となるお皿を2部から1部に微妙にズラしてみたり、白トリュフを粉雪のようにまとわせて、コース全体に時節柄の薄化粧を施してみたり、まさに毎回多面体ともいうべき表情の豊かさによって食べ手を迎え入れてくれるのがペレグリーノの特徴であり、過去、そのもてなしが裏切られた試しがない。

しかし、2021年12月10日(金)のディナーは、その多面体ともいうべきペレグリーノのもてなしの中に、水脈のように力強く流れる"もてなしの幹"のようなものがあることを強く思わせてくれるようなディナーであった。

生ハムのお店として名高いこのイタリアレストランについてよく耳にする話に「生ハム以外のお皿のクオリティの高さ」というものがある。なるほど、確かに、コースの1部に組み入れられることの多い"白甘鯛の紀州備長炭炭火焼"やら"墨イカのポレンタ"、"神戸フィレ肉の炭火焼"などは、毎回頭が下がるくらい素晴らしい出来栄えなのだけれど、とにかくこの日は、"クラッテッロ ネロ"が出色の出来栄えで、コースの流れがこの宝石のような一皿をめがけて収斂していくような感覚を覚えたのだ。

まず、スライス前に調理台に載せられた"クラッテッロ ネロ"の肉塊がすでに凄みを放っていた。その色味の鮮やかさに思わず息を飲む。これはただ物ではないという緊張感が一気に押し寄せる。そして通常"クラッテッロ ネロ"は、最後に平焼きパンとあわせていただくのだけれど、この日はシェフの計らいで、アルバ産白トリュフにまとわせていただく"クラッテッロ ネロ"を最後の一皿にご用意いただいている。

これを最後に置くことによって、白トリュフコースの引き締まり方が全然違うし、また、ペレグリーノがクラテッロに照準を合わせているイタリアレストランであることを、言葉で説明するのではなく一皿の表現で示そうとされていることに深い感動を覚える。


以下、素晴らしかった昨年末のディナーの中身について、詳細に書き綴ってみたい。

◇第1部 季節の食材のコース
1.【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロート" 詰め物をした小さなラヴィオリ"カペレッティ"を浮かべて
水と軍鶏だけで一度も沸騰させることなく20時間以上煮だしたペレグリーノのスペシャリテである。うまみが強く澄んだ味わいである。

この日は、カペレッティの整形を目の前で見せていただけた。ぎりぎりを狙って調理の直前に打っていただいているのだ。小麦、卵、水とパスタ生地とはちょっと配合を変えているそうだ。ぎたろう軍鶏のもも肉と卵黄、アルバの白トリュフをふんだんに入れてある。香りと味を存分に愉しむ。

2.【旬の一皿】大間の黒鮪のクルード
"クルード"とはイタリア語で"生"という意味である。鮪は赤身の強い、少し酸味とも捉えられるような強い固体をと選択し、指定して仕入れたものだそうである。ちなみに鮪は、石司商店から仕入れた背上である。腹上一番のような脂が乗りまくったものではなく、血の香りを感じる最高に粋な鮪である。その中トロの部分を少し寝かせて、血の味を落ち着かせ、ほんの少量塩をかけて、そのあとにアルバの白トリュフをふんだんにかけて饗される。

見た目は豪華そのものだけれど、鮪の味わいの強さとのバランスに配慮して、白トリュフをふんだんにかけられている。

3.【前菜】北海道 熊石の 縞海老 を優しく繊細な調理、縮みほうれん草添え
縞海老を優しく繊細に調理したものに、群馬県産の縮みほうれん草を蒸し煮にして甘みを引き出したものが添えられている。群馬県の縮みほうれん草は、とにかく茎が美味しい。だからお皿の盛り付けは均等に茎がいくように配慮されている。お皿のソースは、ほうれん草の煮汁にほんの数滴、海老から出た焼き汁を加えたものである。上質な発酵バターの香りをほのかに感じながら、縞海老の繊細な味わいとほうれん草の甘みを愉しむ。

この縮みほうれん草は素晴らしかったが、本日のペレグリーノは、野菜がどれも素晴らしかった。この後饗されるジャガイモ、サツマイモ、ラディッキオロッソ、いずれも素晴らしかった。

4.【第一の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ
メニューには、「めん棒」と記載があるが、この日は少し湿度が高めなので、パスタマシンを使ってのばしますとシェフからご説明がある。この湿度で、めん棒でのばすとパスタに触れる時間が長くなってパスタにストレスがかかりすぎてしまうからとのことだ。

タリアテッレ。ピエモンテの良質な発酵バターとゆで汁を合わせたもの。ここにシンプルに白トリュフを添えてある。また、本日の白トリュフのタリアテッレには名古屋コーチンの温泉卵が添えてある。粉の風味を存分に愉しむ。卵とトリュフは非常に相性がよい。

5.【季節の特別料理】仏 ランド産 フォアグラ と 徳島産さつまいもの組合せ
ここまでが、白トリュフコースで白トリュフがかかる料理。後は(基本的に)素材の味を愉しむ料理となる。フォアグラのテリーヌとココットに入れて火を入れ続けてローストしたさつまいも。縦にナイフを入れて、フォアグラとさつまいもを合わせて愉しむ。

北イタリア ピエモンテの3大シャルドネとよばれる、アルドコンテルノという造り手のシャルドネ・ブッシアドール。アルコンとの相性が抜群であった。
徳島産さつまいも(さとむすめ)は、ペレグリーノでは定番の食材であるけれど、使う度に仕込みに工夫を加えているとのことだ。去年までは、アルミホイルで包んで芋をオーブンに入れて、何分かおきに上下入れ替えて焼いていたそうだけれど、今回は、芋をココット鍋に入れて、バーミキュラ(Vermicular:無水調理ができるホーロー鍋)で密封して、オーブンの中でじっくり火入れしたとのことである。密封度合いを上げることによって、さとむすめの香りがいつもより強く感じる。

フォアグラもかなり良い。フォアグラも近年良い状態で来るようになっているそうで、鴨から取り出して、すぐに紙に巻いて(トルセ)空輸されてくるそうで、フォアグラ自体のうまみを引き出しやすくなっているとのことだ。常識的には、フォアグラ処理は砂糖と塩とマデラ酒とかでマリネして、テリーヌにするのが伝統的な作り方だけれど、その処理をひとつひとつそぎ落としていき、最低限の塩と甘口の白ワインを入れるだけでフォアグラの旨さが引き立だせる素晴らしい状態のものとのことである。

6.【魚料理】愛媛宇和島より 白甘鯛 炭火焼と 伊産のカルチョーフィ・スピネのプラザート 北イタリア伝統のサルサヴェルデのアクセント
2週間くらい寝かせた白甘鯛。イタリアの鰯の魚醤(コラトゥーラ)の香りがふわりと心地よく漂う。ミディアムからミディアムレアの状態で火入れしている。合わせは、イタリア野菜のアーティチョークを、京都のフルーツトマトをドライトマトにしたものと一緒に煮込んだものである。北イタリア伝統のサルサヴェルデソースを添えてある。

これも申し分ない出来栄えである。ペレグリーノに来たら、この繊細な白身魚の一皿がどうしてもいただきたくなる。

7.【メイン料理】兵庫県 神戸ビーフ フィレ肉の紀州備長炭 炭火焼き 南イタリア産野菜 "プンタレッレ"のインサラータ
この神戸牛は、先ほどの鮪と似たような血の味がするような赤身のよいもの。ラディッキオをローストしたものと台湾の山の胡椒マーガオを添えたもの。苦味ほのかなラディッキオが一皿を引き締めていた。素晴らしいセコンドピアットの一皿であった。

◇第2部 手動ハムスライサーを使った肉加工品のコース
1.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ" :長期熟成の味わいを楽しむ :パルマの定番
30カ月以上熟成の"プロシュート・ディ・パルマ"でスタートとなる。まずは、手の甲においていただいたものをすぐにいただく。

2.ボローニャ特産 "モルタデッラ" :香りと余韻を楽しむ食べ方
まずは、岩手県遠野市の遠野4号というお米をモルタデッラで巻いて。
極上の生ハムの塩味を、日本米の暖かい甘みが優しく溶かしていく素晴らしい一品である。以前から、このお米は研いで使われているのではないかと気になっていたので、シェフに確認してみると、やはり研いでおられるとのお答えであった。イタリア米で洗わなくやったら、きっと野暮ったくなるからとのことだけれど、この見極めは決定的に正しいと思う。

通常のイタリアのリゾット製法で作ったいわゆるアルデンテのパスタを思わせるお米であったら、絶対に、この一品の真骨頂(食感はリゾットで、かつ優しい日本米の甘みが生ハムの塩味を溶かしこんでいく)は実現できないと思うからだ。


自家製のフォカッチャとモルタデッラの組合せ。フォカッチャは、本来はジャガイモが入っていないとフォカッチャとは呼べない。なので、ジャガイモに北海道の雪下で2年近く熟成した"インカの目覚め"を通常の2倍以上生地に練りこんでフォカッチャを作っている。

3.中部イタリアトスカーナのチンカセネーゼ黒豚の背脂、ラルド
イタリア野菜ウイキョウ(フィノッキオ)に載せて出していただく。ラルドの甘みからウイキョウの仄かな苦みが顔を出す加減が素晴らしかった。

4.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
パルマ産"プロシュート・ディ・パルマ"と揚げパイのトルタフリッタの組み合わせ。空気を包み込んだフリッタの薄さが引き立たせる小麦粉の香ばしい風味。そこにふわりと最高の生ハム。

5.ジベッロ村の"クラッテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
平焼きパン"チャバッタ"といただくけれど、まず深みがある。美しい。その美しさは、王侯貴族のような傲慢な揺るぎのない圧倒性を獲得しているように思う。舌に絡みつくようなテクスチャー。そして香り、少しミルキーさ感じさせるまろやかな香りの中に、はっきりとした熟成香を感じる。

そして最後に感動的な、クラテッロに白トリュフを包んで。良く咀嚼してこの高貴な組合せの余韻を愉しむ。


フィナーレ 季節の特別なデザート :長野 小布施の栗をふんだんに使った"モンテ ビアンコ"
"モンテ ビアンコ"とは、イタリア語で"モンブラン"の意味だけれど、いわゆるモンブランでイメージするお菓子とは少しイメージが異なる。長野の小布施の栗を9月の末に収穫したものを今時分まで低温の熟成度でじっくり寝かせることによってそれ自体の甘みを引き出したものとのご説明がある。

その栗を、店のオーブンで低温でじっくり5時間から6時間ローストしてそれを剥いて解したものとのことだ。塩も砂糖も入れていないけれど、栗を凝縮させた香りと味が感じられる。合わせているジェラートには、栗と相性がよいように、白トリュフを少し利かせて、白トリュフのジェラートにしている。

素晴らしいドルチェである。

これで、本日のコースは一通りとなる。どの料理も素晴らしかったけれど、本日は最後の"クラッテッロ ネロ"を照準を合わせ、まるで「クラテッロを出すためにやっている」と言わんばかりのペレグリーノの"もてなしの幹"をしっかりと感じ取れた素晴らしいディナーであった。シェフ、ありがとうございました!
「ペレグリーノ」のもてなし...そこには繊細で美しい水彩画を鑑賞しているような快感がある。ぜひ、その一皿一皿からこぼれる、吐息のような美しい響きに耳を澄ましていただきたい。余分な演出や、食べ手を混乱させるような味の足し算などとは縁遠い、純粋で繊細な世界が目の前に広がること請け合いである。

2021年8月12日(水)12:00。「ペレグリーノ」で過ごした素晴らしいひと時を書き綴っていきたい。


◇第1部 季節の食材のコース
1.【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロード"
水と塩だけで一度も沸騰させることなく、延べ20時間以上煮だして旨みを抽出したものである。饗する直前に、香りと味が飛ばないように極弱火で火を入れて、65度に差し掛かるところで火を止めて軽く塩を入れたもの。味わいが澄み切っている。毎回思うけれど、こんなに美しいブロードは「ペレグリーノ」以外に存在しない。

2.【イタリア料理】北海道島牧の縞海老とズッキーニのコンビネーション
縞海老に2種類のズッキーニを合わせてある。蒸気で蒸らした北海道の花ズッキーニに、花ズッキーニの軸を水と塩だけで優しく煮込んでピューレ状にしたもの(花の香りがするようなピューレ)を添え、さらにイタリアの今が旬のズッキーニトロンベッタという、カボチャの味に近いような凝縮感があるズッキーニをローストして添えてある。

縞海老が滅法良い。甘みも旨みも極めて上品である。そこにズッキーニの優しく繊細な味わいが寄り添う。

3.【夏の料理】新潟県かがやき農園のトウモロコシの冷たいスープ
ここで、穴子のローストと順番を入れ替えて、トウモロコシの冷たいスープが饗される。「ペレグリーノ」の夏のスペシャリテである。

トウモロコシと塩と水を合わせた液体を、熱伝導率の良い鍋で、強火ではなく(強火すると鍋肌の温度が乱暴な温度になってしまう)、弱火で約1時間かけてゆっくりと沸点まで持っていく。それをいったん落ち着かせた上でミキサーで回して、薄手のガーゼにくるんで、牛の乳を搾るように優しく濾して抽出したのがこのスープだ。

全く粘度がない。生涯でいただいたトウモロコシのスープの中でダントツに一番純粋で一番旨いスープである。


4.【前菜】穴子のロースト、京都綾部産 賀茂茄子添え
脂の乗った穴子の紀州備長炭のローストに、京都綾部産の賀茂茄子を皮付きのままじっくりとローストしたものを添えたもの。台湾の山胡椒マーガオが添えられてある。

穴子の皮目から漂う香ばしい香りを、マーガオのさわやかさが断ち切るのが心地よい。紀州備長炭で焼いた魚と野菜の香ばしさを愉しむ逸品である。

5.【季節の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ 熊本天草より赤うにのせ
ここで、(魚物が続いてしまうということで)また、順番を入れ替え、パスタを饗していただく。パスタマシンを使うと金気に風味を取られてしまうので、木の綿棒で延ばして調理する。その際、極力力を入れないで、余計なグルテンを発生させないようにしているとのこと。北イタリアのおばあちゃんの製法だ。

イタリアの軟質小麦は、小麦粉の精製の度合いで、00粉、0粉、1粉、2粉、全粒粉と5種類に分類されるが、ペレグリーノのパスタは、2粉を使われているそうだ。千葉県八街で作られているものだそうだ。精製しすぎていない、より小麦の香りを感じられるものとの工夫である。

タリアテッレ。粉の風味を存分に愉しむ。フォークで一巻きしたパスタを頬張ると、パスタを茹でる際、パスタにストレスを与えていないのがよくわかる。もちろん鍋の中を覗いたことなどないけれど、おそらくボコボコ沸騰しないくらいの温度、...おそらく90度~100度未満くらいの温度で丁寧に茹であげているに違いないと思う。

...このパスタのように、素材である小麦の甘みや香りに耳を澄ますようにしていただくのが、「ペレグリーノ」のお皿の特徴だ。だから、このレストランでの主役はあくまでも料理で、断じておしゃべりなどではない。...たまにお客さんの中には、まるで居酒屋に来たみたいに、世間話に花咲かせている方がいらっしゃるが、それはあまりにも残念な「ペレグリーノ」の過ごし方というほかない。


6.【魚料理】旨みの乗った魚、本日仕立て
日本海ののどぐろである。熟成させすぎていないのどぐろ。皮目主体で焼いて、中心はミディアムからウェルダンくらいで火を入れたしっかりとした身質を愉しむ逸品である。少し酸味を効かせたバジルのペーストと北海道で2年近く熟成させたインカの眼覚めを付け合わせてある。

「ペレグリーノ」の魚料理にのどぐろが選択されるのは、珍しいように思う。「ペレグリーノ」の魚料理は右に出るものがないくらいに素晴らしいが、いつも選択される魚は、白甘鯛や墨イカ、穴子、太刀魚など、天ぷら種になってもおかしくないような繊細な身質の魚が多い。本日ののどぐろという選択は新鮮な驚きを覚える。

7.【メイン料理】神戸ビーフ フィレ肉の紀州備長炭 炭火焼
メインで肉を使うこと自体、最近多くはなかったが、本日は丁度よい熟成加減でよい味が出ているものがあったのでビーフをメインに持ってきたとのこと。普段は、肉は個体を限定してもらっているわけではないそうだけれど、今回は生産者さんからたまたまどうしても素晴らしい味だからというご案内があったとのことだ。

それに添えてあるのは、先ほど北海道から届いた今が旬の五寸アスパラ。皮が柔らかく、甘みが強い。蓄えているアスパラの水分が野菜の甘みと瑞々しさを伝えてくる。詳しくは、RV末尾の【高橋シェフとの立ち話コーナー】をお読みいただきたい。

この一皿、とにかく神戸ビーフが素晴らしかった。「ペレグリーノ」で肉料理というと、マーガオが添えてあるイメージがあるけれど、この一皿にはマーガオが添えられていない。その意味が痛いほどわかる。マーガオは、焼き物の脂をさわやかに切ってくれる効果がある素晴らしい引き立て役なのだけれど、この一皿には、おそらくそれが邪魔になるくらい、神戸ビーフそのものが光り輝くように素晴らしかった。フィレ赤身といい、赤身に蓄えられた脂といい、そのバランスが文句がつけようがないくらい完璧であった。

後でシェフに伺ったところ、今日の神戸牛は、年に1回か2回しか入ってこない本物の神戸牛とのことだ!


◇第2部 手動生ハムスライサーを使った肉加工品のコース
1.サンダニエーレ産 "プロシュート"
:極く薄くスライスしそのままに
塩味が少なく純粋なプロシュートである。しかし、同じプロシュートの原木を使っても絶対に「ペレグリーノ」の味わいはだせない。それはまさに唯一無二の「ペレグリーノ」のカッティング技術に支えられているといってよい。

:特別な組み合わせ
これも「ペレグリーノ」の定番といってよい、遠野4号とプロシュートの組み合わせである。お米の熱で米にプロシュートが溶け、お米の甘みに肉の旨みが溶け合う加減が素晴らしい。

2.ボローニャ特産 "モルタデッラ"
:香りと余韻を楽しむ食べ方
今回は"モルタデッラ"と平焼きパンを合わせていただく。こちらも新鮮な驚きがあった。

3.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
:長期熟成の味わいを楽しむ
36か月熟成の特別のもの。強い味わいだ。「ペレグリーノ」の生ハムショーは、クレッシェンド記号が書きつけられた楽譜のように次第に音階が高まっていく。

:パルマの定番
トルタフリットと合わせる定番だ。間違いない。スパークリングワインと合わせたら最高の逸品である。

ここで表記に書いていないトスカーナの白豚のグアンチャーレ(頬肉)とフェンネルを合わせた逸品を饗していただく。グアンチャーレを出すのは、本当に久しぶりとのことだ。

4.ジベッロ村の"クラテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
:ジベッロでの仕立て
年間日本に10本しか入ってこないパルマ黒豚の"クラテッロ ネロ"。その10本はすべて「ペレグリーノ」で抑えている。まさに「ペレグリーノ」でしか味わえない逸品である。

クラテッロは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、それを豚の膀胱に詰めてから吊るして熟成させる。そして熟成後、豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱を取る工程(「戻し」)を行う。このパルマ黒豚の"クラテッロ ネロ"は、特別で、その「戻し」に使うときのワインもバローロを使うのだ。

味わいといい、香りといい、王侯貴族のような優雅な逸品である。やはり、これが生ハムショーの最後を飾るに相応しい逸品である。


フィナーレ
出来立ての練りたてジェラート "ジェラート 自信の組み合わせ
ふんわりとした空気を含んだ仕上がりになっている。最高のジェラートの香りが口中に立ち籠める。添え物はあえて横においてある。初めはジェラート単体でいただき、最後にヘーゼルナッツを混ぜていただく。

これで本日の一通りとなる。...やはり、ここは特別なレストランである。

【高橋シェフとの立ち話コーナー】
神戸ビーフに添えられたアスパラガスが瑞々しく申し分なかったという話になった際、畑の野菜が生きるために蓄えた水分を、調理にあたってどこまで残すか(ニンニクなどのように、水分が残ったまま調理すると臭味になってしまうケースもある)、どういう匙加減で決めているんですか?と質問してみた。これにたいする高橋シェフのご回答が素晴らしかった。

「確かに、今日のアスパラでいうと、届いて最初に生で口にした段階で理想のモノが届いたという印象を持ちました。ただ、そこからが調理の始まりで、ペレグリーノにいらっしゃるお客様は、別に生のアスパラを待ち望んでいたのではなく、ペレグリーノを待ち望んでいたわけだから、あくまでもこの素材をペレグリーノのコースに組み込んだ場合を想定して、何にこのアスパラをあわせ一皿を構成し、だからこそアスパラにどのくらい水分を残して、瑞々しさを演出するかを頭の中でイメージしていくんです」とのこと。

これぞプロ!素晴らしい。決して教則本で伝えることのできない、この指先の繊細な技術が「ペレグリーノ」の唯一無二を支えているのだ。
それにしても、この茴香(ういきょう)のエキゾチックな甘い香りはどうだろう。そして、その茴香と滑らかなラルドを組み合わせて饗される一皿は傑作と呼ぶのが惜しいくらいの一皿であるのだけれど、何より感動的なのは、茴香という香草を、香りと旨みだけの蠱惑の塊にさりげなく仕立て上げてしまう高橋シェフの手際そのものにある。

茴香に限られないけれど、生きている香草や野菜は多くの水分を蓄えている。水分というのは生物が生きるために必要なものであるから、自然界に無駄なものは何ひとつないとも言えるけれど、料理においては食材が身内に蓄える水分は、不要なものである。なぜなら調理で食材が蓄えた水分を残してしまうと、それは臭味に直結してしまうからだ。逆に、料理人の確実な技術によって適切な水抜きを施した場合、野菜は新しい生を受け、輝くばかりの最高の素材となって一皿の上で再び躍動することになる。


プロの中のプロと呼ばれる料理人の仕事には、水抜きひとつを取っても、妙手が冴えわたっている。2021年6月2日(水)、日本の最高峰のレストラン「ペレグリーノ」で"加減の妙"を堪能したひとときについて以下書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【初めの料理】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
水と、身ごとまるごとの軍鶏だけで延べ24時間、1度も沸騰させることなく火入れして旨みを抽出したブロート。火入れ後は、丁寧に濾して一度温度を冷してから、もう一度小鍋にとって再び温める。そのときも強火を使ってしまうと味と香りが変わってしまうから、ごく弱火で65度を上回るところで火を止めて、フランスの塩を入れて味を整える。だから、そんなに熱々ではない。

この世で最も美しい"ブロート"である。いつも溜息しか出ない。

2.【前菜】牡丹海老の低温ロースト 花ズッキーニとズッキーニのピュレア添え
北海道の古平(ふるびら)の牡丹海老。牡丹海老はこのくらいの時期(6月)になると、あまり状態がよくなくなって、別の食材を使うことが多いそうだけれど、今年は、どういうわけか海老の状態が大変良いので本日は牡丹海老を使うことにしたとのこと。付け合わせには熊本の花ズッキーニの蒸し焼きを添えている。

また、それに合わせてローストした緑色の小さな輪切りのズッキーニが添えてある。また黄色いピューレ状のものも黄色いズッキーニで作ったものである。ズッキーニを香りがなくならないように弱火で火入れして、水分を飛ばして、ズッキーニの旨みを閉じ込めたピューレだ。ズッキーニの香りが存分に愉しめるソースである。

花ズッキーニの柔らかい味が包み込む、食べ応えのある大きな甘みのある海老である。前菜に相応しい、カドのないふくよかな一品である。

3.【魚料理1】太刀魚の炭火焼、加茂茄子
神奈川県横須賀の走水の太刀魚。シェフに思うところがあって、当初予定のオーブン焼きから、炭火に切り替えて、ミディアムレアの状態で仕上げていただく。付け合わせも、当初予定のアスパラソバージュから、京都の加茂茄子に変更にされている。加茂茄子は、身のしまった充実したものをオーブンで3時間強焼き上げたものである。

紀州備長炭炭火焼の太刀魚に、加茂茄子のオーブン焼きと北イタリア伝統のパセリが主体のサルサヴェルデが添えてある。丁度すり鉢で摺ったばかりで、パセリの香りが立っている。(ペレグリーノのサルサヴェルデは、ミキサーではなく、すり鉢で丁寧に摺って饗される。ひょっとするとここにも金氣臭さを嫌う高橋シェフの思いが宿っているのかもしれない)

炭火の通った太刀魚は香り立つ。舌の上でほどけながら、太刀魚もつ品の良い脂と身肉の香りが口中に広がる。サルサヴェルデのパセリの香りが香りのアクセントとなって、一皿を引き締めている。

4.【イタリア料理】カーチョーフィ・イン・ウーミド(アーティチョークの軽い煮込み)
アーティチョークは、普段は何かの付け合わせで出すことが多いが、この時期のアーティチョークは味が強いので、それを魚や肉に合わせようとすると合わなくなってしまう、なので思い切ってメインに持ってきたとシェフからご説明がある。

トマトの酸味との相性よく、アーティチョークの質朴だけれど強い味わいが感じ取れる。

5.【魚料理2】赤甘鯛の"アルフォルノ(オーブン焼き)"、アスパラソバージュ添え、"サルサ アチド"(酸味のソース)
四国愛媛の宇和島の赤甘鯛をローストしたもの。"アルフォルノ(オーブン焼き)"である。オーブン焼きとはいってもオーブンから何度か出しながら、断続的に火入れしているので、焼き目が付いたものではなく、丁度良い状態で火入れされたものだ。

それに旬のアスパラソバージュを付け合わせてある。"サルサ アチド"(酸味のソース)は、フランスのブールブランソースと同じ作り方で、白ワインとエシャロットを20分の1くらいまで煮詰めて、最後にバターを入れて乳化させている。自然派の白ワインを使っているので、茶褐色のソースになっている。

赤甘鯛のローストは、何とも豪奢な旨みの塊である。白身魚の王様といってよい高貴な香り高さを、程よい酸味のソースに絡めながら堪能する。

6.【第1の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ 熊本天草より紫うにと共に
パスタの風味や甘みを生かすために綿棒でのばしていただく。ソースは、イタリア、ピエモンテの良質な発酵バターと、北イタリア、ベネトの良質なオリーブオイルを入れて、ほんの少しの塩を入れたものがソースとなっている。

パスタとソースを合わせた鍋を1回軽く仰いで、もうそれだけで終了。その上にミョウバンも塩水も使っていない、熊本天草産の殻から剥きたての紫うにをそっと乗せてある。

ペレグリーノのパスタの凄さとは何か。それは、"小麦の香り"と"小麦の臭さ"の違いを、シェフがはっきり理解していて、"小麦の臭さ"を料理から徹底して排除している点にある。

一般的に、パスタを茹でる際にぐりぐり混ぜて、煮汁に小麦のとろみをつけてソースにあわせて粘度を出す(世間的に「乳化」と言われるアレ)ということが行われるけれど、それは、単にパスタに、グルテンが発生した汁を纏わせているに過ぎない。そしてグルテンは、端的にいって小麦の嫌味である。つまり小麦臭さを体現するものだ。

ペレグリーノにおいては、そんなものをパスタに絶対に纏わせない。さっとシンプルなソースにパスタを纏わせて、パスタ本来の"小麦の香り"を愉しませるのだ。


この日も、このシンプルな一皿で手打ちパスタの"小麦の香り"を存分に愉しむ。

7.【第2の料理】ドイツ産ホワイトアスパラガスの紀州備長炭火焼き 長期熟成された伝統的なモデナ産バスサミコ添え
6月中旬までが旬のドイツのアスパラガス。これは、フランス産のものと味わいの出方が違って、キレイな甘みと旨みが感じられるもの、とのシェフからのご案内がある。

このアスパラをシンプルに紀州備長炭で炭火焼にしている。黒く焼けているけれど、これは決してネガティブな失敗ではない。

添えてある調味料は3つ。
 ・手前に良質なオリーブオイル
 ・スプーンに乗っているのが、25年熟成させたモデナ産のバルサミコ
 ・奥手には、塩とドレッシングを組み合あせたドレッシング
このまま、左から右にかけて、味が淡いものから強いものに推移していくのを愉しみながらいただく。最後、全てソースを合わせていただくと、より豊饒感が増して愉しい。

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにてスライスしてサーブする生ハムのバリエーションを順番に
8.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート"
1)先ずは極く薄くスライスしたものをフラットにそのままに
腿肉一本の塩漬け。これは生ハムの第2部スタートのお馴染みであるが、本日の"プロシュート"は抜きんでた旨さがある。おろしたてとのことで、腿肉の脂が、赤身の旨みを引き出す効果を発揮している。最良の熊肉の個体をいただいたときを思わせる素晴らしい品質である。これは新鮮な驚きがあった!

2)異素材と組み合わせてより魅力を引き出します
小さなココットで炊きあがったばかりのお米と"プロシュート"をお鮨のように巻いた一品。イタリア料理のリゾットのような感覚で味わえる一品だ。お米は遠野4号。昔から品種改良を施していないお米である。

炊き立てのお米が、最良の"プロシュート"脂に触れて融解して口中を満たす素晴らしさ!スゴイ。

9.ボローニャ産 "モルタデッラ"
3)香りと余韻を楽しむ食べ方をします
モルタデッラというのは、現地で比較的ぞんざいに扱われる傾向があるそうだけれど、これは化学調味料、添加物を全く使っていない純正の本物のモルタデッラで、現地でも丁寧に扱われ、一目置かれる逸品である。

いつもいつも、香りが本当に素晴らしい。

4)状態を変えて魅力を引き出します
熱々のお皿の上に載せて饗していただくごく薄いモルタデッラ。瞬時の香りの変化を愉しむ逸品である。3つ数えたうえで、すべてを横から小さいフォークで掬い取っていただく。心地よい香りがふわりと舞う。

10.トスカーナ チンタゼネーゼ黒豚 背脂 塩漬け生ハム "ラルド"
5)茴香(フェンネル)との組み合わせ
イタリア野菜はこの時期最強の濃密な香りと味わいの茴香(フェンネル)である。蕪の部分を串切りにしてオーブンでじっくりとローストしたもの。余分な水分や雑味がすっかり抜けていて、フェンネルの香りと味わいの塊と化している。冒頭に記したようにこの一皿は素晴らしい出来栄えであった。

6)自家製平焼きパン "チャパッタ"との組み合わせ
北海道の"春よ来い"という小麦を100%使って焼いた焼きたての"チャパッタ"。先ほどのパスタ同様、最高の小麦の自然の旨みと甘みを感じることができる。有機栽培をして作られた小麦である。

チンタゼネーゼ黒豚のラルドは、豚肉の脂だけれど、味わってみると思わず豚肉に存在しもしない"豚の白身"とでも呼びたくなるような旨みと甘みを備えた食材である。この滑らかな食材と焼きたての"チャパッタ"の合わせを愉しむ。北イタリア、ピエモンテの白ワインビネガーを振りかけてバランスが取られている。

11.パルマのランギラーノの山のふもとのフェリーノ村特産の"サラーメ・フェリーノ"
塩味が穏やか。キレイな味わいのサラミである。久しぶりにペレグリーノでサルミを愉しむ。

12.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
7)長期熟成の味わいを切り分けただけで
30か月熟成のもの。まずはそのままで。第2部が進むほどにどんどん生ハムが成熟してくる。薄い一片が重さを感じるほどに舌先に纏わりつく。

8)パルマでの組み合わせで
"トルタ・フリッタ"と合わせていただく。これは定番。わたしは、シェフのこの揚物"トルタ・フリッタ"が大好物だ。軽やかだけれど香ばしいものでこれ以上のものがあるだろうか!そこに熟成"プロシュート・ディ・パルマ"が纏わりつく。

13.イタリアの生ハムの王様 パルマ ジベッロ村の"クラテッロ ディ ジベッロ"
現地でも稀少なものである。"クラテッロ ネロ"。lこれは、生ハムの王者。"プロシュート・ディ・パルマ"を超える、酔いが回るような豪奢な旨みがあるのだ。その日、幸運にもメニューに乗っていたなら、追加料金を払ってでも絶対的に頼むべき逸品である!チャンスがあれば、ぜひご賞味いただきたい!

◇第3部 デザート
14.出来立ての練りたてジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
ふんわりとした空気を含んだ仕上がりになっている。最高のジェラートの香りが口中に立ち籠める。添え物はあえて横においてある。初めはジェラート単体でいただき、最後にヘーゼルナッツを混ぜていただく。

これで本日の一通りとなる。

赤甘鯛や生ハムといった高級食材も問答無用で素晴らしいが、それに加えてペレグリーノは、野菜や、小麦といった、一見凡庸な素材の旨さの引き出し方に、非凡なものがきらりと光る。このレストランは、食材を使って何かを派手に語ろうとするのではなく、何を語らずにおくかを知っている創造的な寡黙さが生きられているレストランだ。
ペレグリーノの食卓は物静かに進む。...まず、わたくしも含め、ほとんどの食べ手はもれなく、このレストランへの訪問がかなった悦びに胸膨らませて、一列に並んだ白い食卓に着席することになる。まるでダ・ヴィンチの晩餐に招かれた使徒たちのように...

そして戸外から持ち込んだ興奮を、ようやく胸元に呑み込んだくらいのタイミングで、至上のブロートが饗される。食卓の面々はまず、この一品に優しく慰められながら、胸元深く呑み込んだ興奮を徐々に解きほぐしていく。そしてその後は、選び抜かれたお魚とお肉の素晴らしい料理の連綿が続き、さらに2部において名高い生ハムの極上の連なりをシャワーのように浴び続けていくことになる...


この料理の組み立てと、料理と料理の間に差し込まれる高橋シェフの前のめり感のない料理の説明に耳朶を委ねていると、ついうっかり、ああ、ペレグリーノにやってきたという自堕落な安堵感にぬくぬくと居座りたい感覚が鎌首をもたげてくる。しかしでも、実際に饗される1品1品と正面から向き合ってみると、その安堵感に浸ることが、はしたなくも貧しい振る舞いであることがハッキリする。

というのも、仮に"自分が知っているペレグリーノ"なるものがあったとして、その傍らに、今こうしてライブで饗されているペレグリーノの1品1品を並べてみると、それが、自分が知っているペレグリーノ的なものにちっとも似てくれないからなのだ。

ブロートからはじまり、コース仕立ての第1部と生ハムメインの第2部の2部構成という大雑把な要約に対して、ライブで味わうペレグリーノは、そんな要約には収まりが付かない豊かな饗応の場としてひとのこころを震わせてくる。そしてそれがペレグリーノの最大の魅力である。では、それは具体的にどういうことなのか...

...たとえば、今、テーブルクロスの上に、茹で上げたばかりのシンプルなパスタと一杯のグラスワインが饗されているとする。

なまじ知識があると、これは、綿棒で延ばして、包丁を使って手動で切り分け、パスタと粉の風味を最大限に引き出したペレグリーノの定番パスタに違いないだろう...とすると本日これに合わせるワインもまた、かつて味わったことのあるあの芳醇なシャブリなるのだろうか...などとイメージを先行させた先読みをしてしまう。

しかしでも、実際にテーブルの上に置かれる本日のワインは、北イタリアのピエモンテのネッビオーロを使ったバローロ。しかも、バローロの中でも、ジュゼッペ・リナルディというピエモンテ地区を代表する名門の作り手のものだ。うむ。どうやらここまでの展開ですでに、さきほどの先読みが、自分勝手な勇み足であったことを受け入れざるを得ない状況に陥ってしまっているようだ...そしてさらにそれに追い打ちをかけるように、本日シェフは手切りではなくパスタマシンを使って、麺を切り分けている...果たしてこれはどういうことか。

そんな内心のざわつきと共に、いったん、この一皿のイメージを宙につったまま、高橋シェフの料理のご説明に耳を傾けつつ、饗されたパスタの一皿と、バルバレスコの一杯をゆっくりと味わっていく...と、次第次第に本日の趣向が雪が解けるように明らかになっていく。

...時節柄、本日のパスタは、芳醇な白トリュフを添えたものである。とすると、そもそも白トリュフ自体、香りが強い食材なので、そこにさらに手打ちでパスタの風味を立たせて、トリュフとパスタの良さがぶつかって、一皿の主張がぼやけることだけは避けたい。...であれば、今回のパスタは、手切りでパスタの凹凸を際立たせるのではなく、パスタマシンでさっぱり立体的に仕立てるのが正しいやり方だろう。では、これに合わせるワインはどうするか。

自己主張を抑え、さっぱりと仕上げた端正なパスタは、必然的にトリュフとパルミジャーノ・レッジャーノの存在感を際立たせるものになるだろうから、味わい、香りともに綺麗なシャブリを合わせるより、タンニンを感じさせるバルバレスコを太く合わせて、主張のある食材たちを、赤の深みのある滋味で懐深く受け止めてもら方が正しいやり方に違いない...

アルドコンテルノのシャブリは、確かに非常にリッチで活力がある。でも、なるほど、そう考えると、今日のパスタには、アルコンより、ときに"退廃した土"などと表現されることもある、石灰質感、粘土質感を感じさせるバローロを合わせる方が、白トリュフの強い存在感と似た者同士のような相性のよさを演じたててくれるに違いない...

こんなふうに、脳内に打ち寄せては引き、引いては打ち寄せる言葉たちのさざめきに耳を傾けながら、このパスタとバローロのマリアージュが演じたてる不意撃ちを、全身で受け止めるこの一瞬の躍動感がたまらない!それはまるで、ベースボールの好カードの息詰まる展開を、手に汗握って観戦している時に感じる高揚感にも似ているのだ!

...さて、「ペレグリーノ」というレストランがなぜ感動的なのか、と改めて自問してみる。

それは過去に口にしたはずのシンプルなパスタとワインの組み合わせが、目の前の料理を口にした途端、過去のイメージをするりとすり抜け、白トリュフとバローロが演じたてる石灰質と土くれとの、綺麗という表現ではとても収まりがつかない美しい組み合わせに姿を変えてしまっている、そのしなやかな変貌ぶりにこそある。そしてそこに無粋でくだくだしい説明はまったくないのもまた素晴らしいのだ。

...そもそも「ペレグリーノ」では、一皿に多くの食材を盛るということはない。また、見たこともない調理法を駆使したり、今まで扱ったことのない食材を果敢に取り入れて新規性を追求するという肩に力の入った姿勢もみられない。そういう意味でいうとペレグリーノが好む食材というのは、ある程度限られているといえなくもない。でも、季節とその日の湿度を見て扱う食材の産地を変えたり、食材の組み合わせや火入れや調理の匙加減を微妙に操って、毎回これまで見たことのない食卓の風景を、食べ手の目の前に見事な手際で繰り広げてくれる。それが、このペレグリーノというレストランの素晴らしさなのだ。

2020年12月19日(土)。本日は、そのペレグリーノ醍醐味に照明をあててレビューしてみたい。一見完成されているように見えるペレグリーノが、毎回豊かに不断の"再生"を生き続けていることにフォーカスして、以下出来るだけ丁寧にレビューを書き進めて見たいのだ。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【初めの料理】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
さあ、まずは冒頭で若干触れた1品目の珠玉のブロートだ。

澄み切ったブロート。水と身ごとまるごとの軍鶏だけを塩も入れずに、一度も沸騰させないで、延べ24時間火入れして旨みを抽出したものです、と冒頭にシェフからご説明がある。そして火入れのあと、スープを綿で優しく濾して、冷ましてから、もう一度土鍋にとって、優しく香りが飛ばないように火入れしているとのことだ。さらに今日は寒いのであえて80度まで温度を上げて、最後に少し塩を入れて味を整えて饗しているとのことである。

このブロートは、ペレグリーノの定番といってもよいくらいの一品だけれど、しかしでも、今しがたさらっとメモした、"長野県産伊那産ぎたろう軍鶏"や、"24時間"というキーワードは、実は毎回、ペレグリーノの工夫の坩堝の中で、流動的なキーワードなのである。

たったカップ一杯のブロートだけれど、食材と調理技術を、毎回細かく微調整して、安定ではなく"再生"を追求するシェフの指先の妙が冴え渡る逸品であるという意味で、これはペレグリーノの定番料理である。

...そして、ブロートを半分くらい飲み干したところで、シェフがブロートの中にトリュフをスライスしてくださる。糸を引くような鶏の美しい余韻を、トリュフの太い香りが包み込み、円柱形の小さなカップの薄い飲み口を色濃く太く縁どっていく。

2.【前菜】京都より 鱸の紀州備長炭火焼 根セロリのピュレアと共に
2週間寝かせた京都産の5.6kgの鱸。...しかしでも、シェフが炭火に当てている時点で漂ってくる鱸の力強い香りはどうだろう!はちきれんばかりにイキのよい鱸だ。

饗された一皿の鱸はミディアムレアな仕上げ。そしてお魚に寄り添うように青森県産のセロリを水と塩だけで柔らかく煮て、ピューレ状に滑らかにしたピュレアが添えられ、そこにイタリア産のラ・ロッカ ガエタオリーブがごろりと朴訥によりそっている。さらに、その奥手には、北イタリアのベネト産の良質なオリーブオイルが多めに添えてある。

ペレグリーノの魚料理は(この後の白甘鯛もそうだけれど)、とにかく素晴らしい。最上級のお鮨屋さんに匹敵するくらい、魚が香りのものであることを実感させてくれるのが、ペレグリーノの魚料理である。

3.【白トリュフを感じる料理】フランス産鴨フォアグラの"ティエピド" 徳島鳴門里浦町より"里むすめ"との組み合わせ、白トリュフと共に
ここで、イタリアの三大シャルドネ、アルドコンテルノのシャルドネ・ブッシアドール。

お料理の方は、ペレグリーノが移転前から作り続け、毎年少しずつマイナー・バージョンアップをかけ続けている一品。フランス産の鴨フォアグラのテリーヌ。フォアグラは、実に良質な香り高いフォアグラである。
そのフォアグラの下には、徳島県、鳴門市里浦町からの"里むすめ"を熱々にローストして、皮を剥いたものを載せている。いま徐々にフォアグラに芋の熱がじんわりと伝わっているところだ。

そして、上には、やや存在感がある厚さで大ぶりなスライスしたトリュフが3枚ほどのっている。

上からスッと小さいバターナイフで刃を入れて、フォークでトリュフ、フォアグラ、芋を包み込んでいただく。芋の熱が通ったフォアグラと、上に乗った白トリュフの食感を同時に愉しむ。トリュフは、薄く細かく削ったときの立ち騒ぐような華やぎは影をひそめ、静かでしっとりと湿り気を帯びた面持ちだ。フォアグラは塩だけで火入れしてテリーヌにしたもの。ピュアだけど、しっかりと味がある。

"里むすめ"の自然の甘さが包みこむこの湿り気を帯びた艶のある逸品を、シャブリの豊かなミネラル感で味わう至福...素晴らしい。

4.【魚料理】熊本天草より 白甘鯛、北海道産無農薬のポロ葱との組み合わせ
甘鯛は、レンゲですっと入るくらいの柔らかさである。そしてポロ葱。うん、この葱はかなり存在感がある。そしてフルーツトマトの酸味がアクセントになっている。葱の強い甘さと、"清澄"という言葉を汲み上げたような甘鯛の味わいのマリアージュを、聞き耳を澄ますようにゆっくりと愉しむ。

ポロ葱は塩と水でじっくりと炊いて、葱の甘さを引き出した後に、鍋に水分を足してあたためて、蒸気が出始めたあたりで、魚と合わせて葱の出汁で仕上げているそうだ。

これは旨味の塊のような逸品である。熊本天草で上がる甘鯛は脂がのっているので、最後にイタリアの白ワインビネガーを少し入れて、味を締めてバランスを取っているとのこと。まさに、九州は食材の宝庫だ。

5.【パスタ料理】手打ちパスタ "タリオリーニ" ピエモンテ アルバの白トリュフと共にシンプルな仕立てで
ここで、最前レビューした素晴らしいパスタが饗される。

6.【旬料理】鹿児島より網どりされた真鴨雌のブラーチェ(炙り焼き)、イタリア産アーティチョーク、北イタリア伝統のサルサヴェルデと共に
ここにも、本日のペレグリーノの工夫が冴えわたっている。今回は、生ハムのコース内容とのバランスを考え、肉料理は通常より1品多い組み立て(鴨ジビエと牛フィレ)となっている。(本日は珍しくクラテッロ・ジベッロの入荷がないとのことだ)

まずは最初の鴨の一品が饗される。鴨は鹿児島県産の網撮りされた雌の真鴨である。食材のレベルとしては一級品である。その炙り焼きにイタリア産のこの時期一番灰汁が少ないアーティチョークを、なにもマスキングせずにピュアに鍋で乾煎りしたものを合わせ、さらに北イタリア伝統のパセリベースのサルサヴェルデを添えている。

乾煎りしたアーティチョークはまるで茹でたての枝豆みたいにふくよかで香ばしい。そして、問題の真鴨のブラーチェだ。わたくしは鴨の炙り焼きで、ペレグリーノの右に出る店を知らない。ジューシーに仕上げる絶妙な火入れで、まるで飲み物のような艶やかさがあるのだけれど、本日の鴨の火入れは少し違う。

ジューシーさより、鴨の野趣あふれる鶏の主張の方が強いのだ。皮目にいつもより強く火入れすることによって、焔立つような鴨本来の存在感が押し寄せてくる。そしてそのジビエの野趣ともいうべき香りの周辺を、枝豆のようなアーティチョークの香りが立ち騒ぐ、そんな一皿である。

このジビエ本来の薫香を立たせた工夫がどんな意味を持っているか、次の牛フィレの炭火備長ん焼きをいただくことによって、明らかになる。

7.【肉料理】熊本和牛フィレ肉の紀州備長炭火焼き、宮城産 旬のイタリア野菜 ブンタレッレのインサラータ添え
熊本で育てられたA5ランクの黒毛和牛。赤牛ではない。どのくらい赤身の質が良いかを業者と細かく打ち合わせて仕入れたものとのことだ。紀州備長炭炭火焼き。付け合わせは、宮城県産イタリア野菜、プンタレッレのサラダ仕立て。

肉には特製のソースを焚きつけながら焼いているので、一皿に仕立てるにあたって別途ソースを添えることなく、代わりに少しだけのアクセントとして、台湾の先住民が山で昔から栽培している山の胡椒マーガオが皿に散らされている。

牛フィレは炭で燻された炭火焼独特の香りを纏っていて香ばしい。藁のコーティングではなく、あくまで炭である。火入れの際に、焼き台の狭間から真っ赤な炭にこぼれて、炭の表面で焼かれた香ばしい肉の脂の香りが、再び炭熱と共に上昇し、焼き台の上の牛フィレを包み込んで肉の薫香をさらに豊饒なものとする。これこそ炭火焼の醍醐味だ。

炭火でコーティングされた牛フィレ肉を一口頬張ると、牛フィレそのものの旨みと香りで口腔が溢れかえる。

先ほどの鴨、そしてこの牛フィレと、肉としての存在感を際立たせた今回の組み合わせの工夫が面白い。いつもより少し火入れを強くした鴨と、牛フィレの備長炭焼きと合わせることにより、鳥と牛という2種の肉のタイプの違いを愉しんでもらおうといういつものペレグリーノとは少し違った趣向である。まためぐり合う可能性があるとは断言できない、今日この日のペレグリーノの工夫(ファインプレー)に心が震える。

さぁ、ここから以下がお待ちかねの第2部である!

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションを順番に
8.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート" ※質感、食感、味わいの楽しみ
味が淡いものから順次濃いものを饗していくのがペレグリーノの生ハムコースのスタイルである。
最初は、味の繊細な"プロシュート"。22か月熟成のものになる。ペレグリーノでは若い部類に属するけれども、作り手が北イタリアのサンダニエーレ産の生ハムで、あんまり熟成に塩を使わないで仕上げているので、22か月と若くても、パルマのプロシュートと比較して柔らかい味わいのものになるとのご説明がある。

こちらを、3度にわけていただく。まず第1周目。こちらはごく薄く切ったものを、できるだけ熱を伝えないよう、手の甲で受け止めて、間を置かず即座に味わってもらうようシェフからご案内がある。一口でいただくと、雪のように淡く、くちどけがよくて、最後にハムの香りが舌先にほんの少し残って消える。美しい。

続いて第2周目。今度は、同じ薄さのものをちょっとに変化をつけていただく。一般的にオリーブオイル・テイスティングをするときは、手をお皿に見立て、少し手を揉んで掌に熱を持たせたところにオイルを1滴載せて、手にうっすらオイルを馴染ませてからテイスティングする。この2周目は、そのオリーブオイル・テイスティングの要領で、軽く熱を持たせた掌の方で生ハムを受け止めて、少し時間をおいてからいただく。先ほどと比較して、香りといい味わいといい、ハムそのものの存在感がずしりと豊かに花開いたように感じる。

この手の甲と掌と両方を使い分けた生ハムのいただき方にも、ペレグリーノの工夫がある。手の甲で受け止めた方は、生ハムの純粋な風味を損なわないよう、手の熱を伝えない工夫が感じられるし、掌で受け止めた方は、まるでおにぎりみたいに、たなごごろのやさしさを生ハムに通わせる工夫が感じられる。

最後には、小さなココットで炊きあがったばかりのお米と"プロシュート"をお鮨のように巻いた一品。お米は、今、火から外したばかりで蒸らしもなにもしていない。だから、外側は少し粘り気があって、中心はまだ歯ごたえを感じるような仕上がりになっている。イタリア料理のリゾットのような感覚で味わえる一品だ。お米は遠野4号。昔から品種改良を施していないお米である。

米自体の旨さ、そしてしっとりとしたリゾット感を、"プロシュート"が極上の質感と香りで包み込む。この3回の工夫によって、たったひとつの"プロシュート"が、クレッシェンドのような音階の高まりを見せながら食べ手を包み込んでいくのだ。

9.ボローニャ特産 "モルタデッラ"
ペレグリーノの"モルタデッラ"は絶品である。旨みが詰まっていて素晴らしい。化学調味料が一切入っていないのも特徴だ。ソーセージの最高峰といってもよいこの逸品を掌でいただく。これにはランブルスコ!といいたいところだけれど、昨今なかなかいいものが入らないそうだ。でもやはり"モルタデッラ"に相性のよい良質な美発砲のワインをあわせていただく。

続いては、トリュフを"モルタデッラ"で巻き込んだものがサーブされる。一口で口に含むと、"モルタデッラ"の最上のソーセージの香りの後を追いかけるようにして、トリュフの香りが追いかけてくる。本日のトリュフは圧倒的に香りが強い。

10.トスカーナ産の チンタセネーゼ黒豚の"ラルド"
黒豚の脂身であるけれど、こんなに美しい脂身をいただけるのはペレグリーノだけである。脂というより、白身のような透明感と味わいの奥行きがあるのだ。

11.トスカーナ コロンターナ村の 豚頬肉の生ハム "グアンチャーレ" ※リグーリアでの定義に基づいて作られた、フォカッチャに乗せて
2種類の"グアンチャーレ"のフォカッチャのせ。
フォカッチャはリグーリアでの定義に基づいて作られた、焼きあがったばかりの自家製フォカッチャだ。ペレグリーノでは、インカの眼覚めをふんだんに練りこんだ甘みの立ったフォカッチャを作る。ここに2種類の"グアンチャーレ"をあわせていただく。

ひとつは、脂と赤身が夾雑した、また先ほどの"ラルド"と違った食感・脂の溶け具合の"グアンチャーレ"。少し茜射す美しい"グアンチャーレ"だ。仄かに豚の赤身を感じさせる一品である。

もうひとつは、中部イタリアトスカーナの白豚の頬肉の生ハムの"グアンチャーレ"。これはとろけるように自家製フォカッチャの香ばしさととまぐわう。

12.エミリアロマーニャ パルマ産"プロシュート・ディ・パルマ"※パルマでの組み合わせで
36か月熟成のプロシュート・ディ・パルマと揚げパイのトルタフリッタの組み合わせ。空気を包み込んだフリッタの薄さが引き立たせる小麦粉の香ばしい風味。そこにふわりと最高の生ハム。

13.フィナーレ 出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ" 秋の特選の組み合わせで
白いジェラートの山の上にふんだんに栗を組み合わせたモンテ・ビアンコ。モンテ・ビアンコ=モンブランはもともと白い山という意味。9月末に収穫した栗を長野小布施で低温の熟成庫で1か月以上寝かせて糖度をましたものをオーブンでじっくり3時間火入れして、自然の栗の旨みだけをだしたもの。砂糖は一切加えていない。

栗をたっぷりとのせている。栗の風味が素晴らしい。ペレグリーノのドルチェは一級品である。

これで本日は一通りとなる。...これがペレグリーノの食卓の風景である。少し長いレビューになってしまったけれど、もし仮にほんの少しでもこのレストランの素晴らしさがお伝えできたなら幸いである。大げさでもなんでもなく、このレストランのレビューを書かせていただくことはわたくしの生きることの悦びのひとつであるのだから。
毎回襟を正して身構えていっても、実際卓について料理を口にした途端、あっという間に武装を解かれ、至福の時空へと連れて行かれてしまう珠玉のレストランというものが存在する。

わたしにとって、それが「ペレグリーノ」である。「ペレグリーノ」で過ごすひととき。...それは、幾重もの手間ひまからこぼれ落ちた最高の食材の旨味を、数時間かけてゆったりと受け入れる実に優雅な時間なのだ。


2020年7月14日(火)12:00。素晴らしかった初の"昼ペレ"の体験について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【ちいさな一品】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
長野県産の"ぎたろう軍鶏"という旨みの強い軍鶏。水と軍鶏だけで、一度も沸騰させることなく30時間以上煮た、澄んだ味わいのスープだ。こちらを、味と香りが壊れない60度に保って丁寧に饗していただく

...美味しい。ふわりと鼻先に良質な香りが漂ったかと思うと、スープが岩に沁み入る清水のように、すーっと喉元から胃の腑へと落ちていく。一片のササクレもない美しい逸品だ。

2.【メニューにない素敵な逸品】北海道の噴火湾で定置網で獲れた生の鮪
生の鮪。ぽつんと添えられているソースは北イタリア伝統のパセリを主体として酸味を効かせた"サルサヴェルデ"。ソースはほんの少量だけ添えられ、鮪の甘みの強い部分を引き立たせる工夫がなされている

もうひとつの分厚めの切りつけは、"かま"と"トロ"の間の身のしまった部位。これは、ソースをつけずにそのままいただく。
この小さな一片(ひとひら)で、赤身と脂が、手を取りあって鮪の旨味を謳いあげている

...ちなみに「ペレグリーノ」のカトラリー(対象はスプーンとフォーク)は、すべて琺瑯(ほうろう)の誂えとなっている。金物ではなく、琺瑯(焼き物)を使うことで、食材の味や風味に微細な金気臭が移ることがないようにとの配慮である。

3.【季節の前菜】長崎壱岐の赤うに、自家製のライ麦パンとの組み合わせ
焼きあがったばかりのライ麦パン。赤うには、メニュー表記は"長崎壱岐"となっているが、今朝の仕込みのときの目利きで、より旨みが強い"佐賀唐津"のものに差し替えられている。嬉しい配慮だ。

赤うには、茜射す夕陽の色調を帯びていて、こってりと濃厚な味わいがある。そしてその後味は、消え入りそうな渋みがいつまでも舌に残る最高級品である。こういうものに触れると、海苔など余計なものと合わせてしまう愚をひしひしと感じる。

4.【季節の料理】福井より 黒鮑のロースト、鮑の肝とネッビオーロのピュレア、バジリコ風味
福井県の黒鮑。肉厚のものを選んでいるけれど、かまぼこのような蒸した歯切れのよい食感はない。限りなく生に近いものをフライパンでシンプルにバターでソテーしたものである。

噛み締めるたびに、濃縮した牛乳を、潮の香りで包み込んだような風味が口中に広がる。肝の滋味との相性は抜群である。そこにイタリア産のズッキーニと小さなバジルがアクセントとして添えられている。

5.【イタリア料理】愛媛宇和島より脂の乗った白甘鯛の紀州備長炭火焼き イタリア産カルチョーフィのブラッザート添え
ミディアムの火入れ。香りが高く旨味がパチッと決まっている。この料理も見事なまでに無駄な付け足しがないまさに、ここしかないという着地点で繊細に震えるような感度を食べ手に伝えてくる高橋シェフの白身魚の凄さは常に進化を続けている

6.【野菜料理】京都産赤万願寺とうがらしのペペロナータ、北海道産のフレッシュリコッタと共に
ここで、メニューの入れ替えがある。メニュー上、次はパスタの順番なのだけれど、その後にラインアップされている野菜料理と順番が入れ替えられる

...「ペレグリーノ」にお伺いすると、毎回、シェフにワインペアリングをお願いするのだけれど、時に、ライブならではの意想外の偏差が生まれることがある...

饗されるワインの進み具合によって料理の相性との間に微妙な誤差が生まれ、メニューのラインナップに微妙な揺さぶりがかかるというわけだ。

これは、まるでジャズ・セッションみたいに、音が微妙にずれて、いつしか計算されていない即興プレーに入り込んでいく躍動感にも似ている。これも「ペレグリーノ」の醍醐味のひとつだ

...この日、この6品目を饗するタイミングで饗されたのは、バルバレスコ。ブドウ品種は、バローロと同じネッビオーロであるけれど、バローロが丸みがあるのに対して、バルバレスコはとてもエレガントこれは、パスタよりも野菜料理の方が相性がよいということで、素早くメニューを入れ替えたというわけだ

この野菜料理は、きわめてシンプルな料理。11月くらいまでが旬の京都産の完熟した赤万願寺唐辛子。色鮮やかである。苦みも辛味もない。これを、極低温のオーブンで、焼きの香りが付かないように細心の注意を払って1時間強焼き上げる

赤万願寺唐辛子そのものの旨みを出そうとする「ペレグリーノ」の工夫である。これに、北海道のフレッシュリコッタと少量のフランスの塩をシンプルに合わせている

赤万願寺唐辛子は優しく甘い。これにフレッシュリコッタの獲れたてのような瑞々しさが、一皿を驚くほどさわやかにまとめ上げる。バルバレスコのエレガントさと相俟って、的確なメニューの入れ替えに改めて舌を巻く

7.【パスタ料理】手打ちのパスタ ごくシンプルなブッロ・エ・パルミジャーノ和え
...今回、この一品がとにかく凄かった!

一言でいうと、パスタの原点ともいうべき逸品である手打ちのパスタに、発酵バターと、パルミジャーノ・レッジャーノをあわせただけのシンプルなパスタである。これを琺瑯のフォークとスプーンでいただく。

まず、手打ちならではのパスタの凸凹感がよい。舌触りがざらっとした向こう側に小麦の香りが的確に感じ取れる。そしてそこに濃密なパルミジャーノ・レッジャーノが絡みつき、あわせて高い香りを放ちながら、陽の光みたいな陽気な発酵バターが、パスタとパルミジャーノのマリアージュを誉めそやすように口中に溶けるのだ

...ひょっとすると、お読みいただいている方の中には、あの"カルボナーラ"や"アマトリチャーナ"の原型として名高い"カーチョエ・ペペ"を想像される方もおられるかと思う。でも、この「ペレグリーノ」のパスタはまったく別物だとお断りしたい。"カーチョエ・ペペ"は、トンナレッリ(四角いロングパスタ)にチーズを合わせて、黒コショウをふんだんに振りかけていただくラツィオ州の名高いパスタである。

チーズとパスタでシンプルに仕上げられているという点では、この「ペレグリーノ」のパスタと共通点はあるけれど、まずそもそも使われているチーズが異なる。"カーチョエ・ペペ"が、羊乳を原料とした、やや塩辛さの立ったペコリーノ・ロマーノを使用するのに対して、「ペレグリーノ」で使われるチーズは、バランスの良いパルミジャーノ・レッジャーノである。

それに何よりも異なるのが、黒コショウの有無である。"カーチョエ・ペペ"の名前の"ぺぺ"(pepe)=胡椒に示されるように、"カーチョエ・ペペ"には胡椒が必須である。濃密なチーズの味わいと、エッジの効いた香辛料の力強い風味を混然とさせるのが、"カーチョエ・ペペ"のパスタの特徴である。塩味と小粒なパンチのある胡椒の刺激を際立たせたパスタが"カーチョエ・ペペ"の特徴なのである。

これに対して「ペレグリーノ」のこのパスタは、塩味や香辛料のような夾雑物の混在を一切拒んで、パスタの旨味とチーズの旨みを純粋に追求したものになっている"カーチョエ・ペペ"と「ペレグリーノ」の手打ちパスタとは、そもそも向かおうとしている目的地が異なる。...わたしは、個人的にこの「ペレグリーノ」の手打ちパスタを"カーチョエ・ペレ"と呼びたい!

そして、併せて強調しておきたいのが、手打ちパスタに合わせていていただいたワインの素晴らさである。合わせていただいたのは、北イタリア ピエモンテの3大シャルドネとよばれる、アルドコンテルノという造り手のシャルドネ・ブッシアドール

白ワインであるが、非常にリッチで活力がある。ひとくちいただくと非常に太い存在感がドンとくる。そして、その後、長い余韻がどこまでもずっと続いていく雑味を削りとったシンプルなチーズのパスタに、このワインのマリアージュを想像していただきたい!このマリアージュは、食べ手を至極の境地に誘ってくれる

こういうワインと料理の至極のマリアージュと出会うと、お酒が飲めない人が本当にかわいそうだと思ってしまう。

...ところで、これまで「ペレグリーノ」では、パスタはパスタマシーンを使って作っていた。これをこの6月からシェフの工夫で手打ちに切り替えたとのこと。パスタマシーンを使えば、金属で衣と味が失われると思い、このコロナ禍の2か月間(4月、5月)のお休みの期間を利用して、試作を繰り返されたそうだ。

「よっぽどのことがなければ、うちの店ではこれを出し続ける」とシェフはおっしゃていたが、その自信のほどを圧倒的に感じさせる驚きの手打ちパスタであった

...この手打ちパスタから受けた感動を他のものに例えることができるだろうかと、しばし自分の過去の経験をまさぐってみる。...第1感で脳裏にふっと浮かんでくるのは、とある一匹の可憐な鮎である。

この日本には"金鮎"と呼ばれる至宝の鮎が生息している。これは、青森で獲れる市場に出回らない鮎で、尽きることのない白神山地の原生林の水脈が育む美しい苔を一年中食んで育つ鮎である。この鮎は、太古の昔から生息し、現在の日本の鮎の原型といわれている。

見た目も通常の鮎のようにゴツゴツしておらず瀟洒で美しい。そしてひとたびそれを炭焼きにして食べれば一抹の雑味もなく、柔らかな身質から万華鏡のような緻密さで口中に鮎の旨み全てが口中に溢れ出すのだ。

鮎の原初体験。それを感じさせてくれる点で、非常に感動的な鮎なのだけれど、今回の「ペレグリーノ」の手打ちパスタは、わたしにとって、この太古の鮎から受けた感動と極めて似た感動を与えてくれたことを言い添えておきたい

...冬場、この手打ちパスタに白トリュフがかかったものも是非ともいただいてみたい!

8.【メイン料理】静岡御前崎から 羽太(ハタ) 伊産サマーポルチーニ茸のローストと共に
素晴らしい火入れである。塩加減といい絶妙である。

ポルチーニというと秋のイメージがあるけれど、このサマーポルチーニは飛び切り素晴らしかった。香も高き王者の風格を備えた秋のポルチーニと少し趣が違うけれど、若武者のような瑞々しく峻烈な存在感にひとしきり好感を持てた

...この1週間後、美樹さんのレストランにもお伺いしたけれど、美樹さんも、今年今時期のポルチーニを絶賛されていた!

さぁ、ここから以下がお待ちかねの第2部である!

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションを順番に
9.まずは第2部の幕あけに最適なお楽しみの一品を用意
まず1品目に、新潟県の"カガヤキ農園"の新鮮なトウモロコシを水と塩だけでスープにした冷静スープが饗される。

ひと匙いただく。...うん。言ってみれば、これは第1部冒頭の"ぎたろう軍鶏のブロート"と双生児の姉妹のように似ている一品である。

...無論、似ているといっても、素材や味が似ているわけではない。使われている食材は全く異なる。でも、この2品の料理には同じ血液が流れていることが最初の一口をいただいただけで伝わってくるという点で、双生児の姉妹みたいな印象を受けるのだ。

トウモロコシを水で煮出したスープを、金属の網で濾すと、金気臭さが移ってしまうので、ネルドリップみたいに綿の布袋で丁寧に濾している。雑味を徹底して取り除いて抽出した逸品なので、高橋シェフの"手間は足し算、味は引き算の哲学"が冴えわたっているという点で、"ぎたろう軍鶏のブロート"と双生児の姉妹のように似ているのだ

そして、ひと口いただいたときに感じる素晴らしい甘さ。これ以上の甘さはないのではないかという甘さである

10.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート" ※質感、食感、味わいの楽しみ
シェフから、掌ではなく、手の甲で受け止めることをお薦めいただく。よく和食の料理人などが、味見をする際に手の甲で受け止めるシーンを見かけるけれど、それにはちゃんとした理屈がある。掌は汗の線があるので、微妙に味が変わるというのがその理由だ。

「ペレグリーノ」でも、より純な生ハムの味わいを味わってほしいという想いから、手の甲で受け止める方式に切り替えたとのことである。こういう細部の配慮が高橋シェフならはの工夫である

"プロシュート"は旨い。生ハムの程よく脂の乗った滑らかな艶めかしさと香り。これが"プロシュート"の醍醐味である

手の甲でいただいた後に、今度は炊き上げたお米を"プロシュート"でくるっとくるんだ「ペレグリーノ」の"握り"を饗していただく。
これが凄かった!このメニューは、以前から「ペレグリーノ」のスペシャリテであるけれど、今日のものは以前のものと全く違う印象を受けた

お米はこれまでと同様に、岩手県遠野市の遠野4号というお米。ただし炊き加減が今回は違った。これまでのものは、どちらかというと、柔らかいリゾットっぽい仕上げになっていたが、今日のものは、しっかり目の炊き上げで、一粒一粒のお米からしっかりとお米の旨みが感じ取れる一品に仕上がっていた。これには新鮮な驚きがあった

11.ボローニャ産 "モルタデッラ" ※温度の違いを味わって
世界最高に繊細な味わいのソーセージである。化学調味料が一切使われていない。香りを愉しむ逸品である。これを、手の甲と温かいお皿で熱を入れたものと比較していただく。

手の甲でいただいたものは、若々しい鮮度で迫ってくるのに対して、熱を通したお皿のものは、脂質が赤身に程よく溶けた妖艶な存在感と、世界最高のソーセージの香りで食べ手に迫ってくる

12.トスカーナ シエナ産 チンタセネーゼ黒豚背脂の生ハム "ラルド" ※濃密な味わいの季節の野菜と共に
季節の野菜には、夏野菜の茄子が使われている。「ペレグリーノ」を訪問された方はお分かりいただけると思うけれど、ここは年間を通して、野菜や果物と生ハムの合わせが秀逸である。(秋口のペルシューと完熟イチジクの合わせなど最強である!)

これも茄子の力強い瑞々しさと、"ラルド"の香りが最高のマリアージュを演じたてる

13.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ" ※パルマでの組み合わせで
熟成加減が深い"プロシュート・ディ・パルマ"が饗される。ここに合わせるのが、太白胡麻油で揚げたトルタフリッタである。この組み合わせは罪なほどに旨い!「ペレグリーノ」の生ハムの饗宴は、徐々に味わいが深く濃密になっていくのが醍醐味である

14.パルマ ジベッロ村特産 イタリアの生ハムの王様 "クラテッロ ディ ジベッロ" ※極少量生産の パルマ黒豚 で造られたvery special versionでのご用意
...ここで高橋シェフに、本当に感謝をしないといけないことがある。"クラテッロ ディ ジベッロ"のパルマ黒豚というのは、年間に何本も入ってこない稀少品なのである。過去の訪問を振り返ってみたら、ここ5回くらいは全て"クラテッロ ディ ジベッロ"はパルマ黒豚"でご提供いただいているのだ!シェフ、本当に本当にありがとうござます!

本日の"クラテッロ ディ ジベッロ"も最強であった

"クラテッロ ディ ジベッロ"は、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、豚の膀胱に詰めて吊るして作る。クラテッロ地方は湿地帯で湿り気の多い土地のため、豚の膀胱の外側にカビを繁殖させ、菌をまとわせて中に影響が及ばないように熟成させるのだ。

そして、戻す際には、黒豚のもののみ、バローロを使って戻すこだわりようだ。

毎回、平焼きパン"チャバッタ"といただくけれど、まず深みがある。美しい。その美しさは、王侯貴族のような傲慢な揺るぎのない圧倒性を獲得しているように思う

15.フィナーレ 出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ" 最適な組み合わせで
最後に、「ペレグリーノ」の最強のジェラートで締めて一通りとなる

...毎回「ペレグリーノ」は凄い。でも、今回は"禍"でお休みされていた分の迫力のようなものを感じた。そしてなにより凄いのは、高橋シェフの、今日より明日をよりよいものにするための細かい工夫が随所に抜かりなく張り巡らされている点なのだ。

物静かな人ととなりとは異なり、高橋シェフは、間違いなく"運動"のひとであり、日本最高の料理人であることを確信した昼のひと時であった

「ペレグリーノ」。...ここは、"味は引き算、手間は足し算"の創造性が、寡黙に美しく結晶された稀少なレストランである。普通の感覚であれば、調理の過程で安易に味を足していってしまうところを、味の足し算を頑なに禁じて、その代わり、気の遠くなるような手間をかさねながら、素材のここしかないという一点にまで旨味を引き出して、そっと優しく提供される一皿一皿。

..."ぎたろう軍鶏のブロート"にしても、"穴子と白アスパラガスのロースト"にしても、"鴨胸肉の紀州備長炭焼"にしても、そして名高い生ハムの連なりにしても、すべての料理が、純白な皿の上で繊細に震えている。


2020年2月28日(金)。「素晴らしい」という評価が追い付かないことに、いつも苛立ちを覚える「ペレグリーノ」体験について、以下詳細に書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース

1.【初めのおつまみ】エミリアロマーニャで日常的に食べられる ニョッコ・アルフォルノ
シェフの修行先のエミリアロマーニャ州で日常的に食べられるおつまみ。パンの中に伝統的なハムを練りこんで作るが、本日は、ラルド(背脂の肉)とプロシュート・デ・パルマを使って、自家製の天然酵母とともに発酵させて作ったものとのことである。ニョッコは、開店直前で焼き上げて、少し温めたものだ。

柔らかい香りがあって、空腹に沁みる。

2.【ちいさな前菜】長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出したブロート
旨味の強い軍鶏を、身ごとまるごと一羽煮出してつくった澄んだ味わいのスープである。水と軍鶏だけで、一度も沸騰させることなく、延べ20時間以上煮詰めて旨みを抽出したもの最終段階で少し塩を加えて味を整えたものとのことだ

シャンパーニュとの相性が素晴らしい。

「ペレグリーノ」はこれだけの名店であるにも関わらず、試行錯誤を止めない。個々の食材のみならず、鍋を変えてみたりと、試行錯誤を繰り返しているという。この謙虚さが、この店の屋台骨なのだと思う。

3.【季節の野菜料理】イタリア産 ピゼッリ(グリーンピース)のスフォルマート、スペアミント風味
たったいま焼きあがったスフレとのこと。イタリア産の今が旬の野菜、ピゼッリ(グリーンピースに近いもの)は、しっかりと旨みと甘みが凝縮された青野菜だ。これを塩と水で調理した後に、ピューレ状にした後、卵黄、卵白と合わせてさっくりと焼き上げてスフレ状にしたもの。("スフォルマート"とは、スフレのことである)

スフレの上には、さわやかな側面をだすためにスペアミントを刻んで乗せて、さらにさわやかなソフトクリームを乗せてある。

これは、「ペレグリーノ」ではじめていただく味わいである。青い香りを愉しむ。


4.【メニューにない今日のペレグのおすすめ!】穴子と白アスパラガスのシンプルなロースト
季節の食材とのことで、メニューにはない穴子のローストを出していただく。フランスロワール産の白アスパラガスのローストと長崎県、対馬産の穴子のローストの組み合わせだ。

別々にローストして、味付けも別々にしているとのことである。そこにオリーブオイルとビネガーをあわせたソースをほんのちょっと添えてある。後半に少しつけて味わいの変化を愉しむ。

イタリア料理にあまりないけれど、香りと、身の弾力を愉しんでいただければ...とのご案内である。

これが見事というほかない逸品であった!これを食せば、ひとは穴子の臭いが、穴子の旨みを閉じ込めた絶品な"香り"に変わっていることに深く感動することに間違いない。

調理法は、そのまま焼いただけで、あとは塩加減でだけで出しているとのことである。これこそ「ペレグリーノ」の真骨頂である!


5.【前菜】北海道上ノ国より牡丹海老の繊細な調理 イタリア産 冬トリュフとの組み合わせ
これは、日本の誇るべき繊細な甘すぎない和菓子を思わせる逸品であった。

北海道の"インカの瞳"(有名な"インカの眼覚め"ではない!)というジャガイモをピューレ状にしたものの上に、同じく北海道の牡丹海老に繊細に火入れしたものが添えられている。そしてその上からイタリアのフレッシュな冬トリュフトリュフがふんだんに振りかけられている。

"インカの瞳"はそれだけで食べるとサツマイモみたいに甘みが強いので、塩と水で少し溶いて延ばしたもの、とのことだ。
牡丹海老の甘みと"インカの瞳"の甘みのマリアージュを存分に愉しむ。


6.【魚料理】熊本天草よりスジあらのロースト 北イタリア伝統のサルサヴェルデをアクセントに
熊本天草の5kgから6kgの良質な"スジあら"を2週間寝かせて、最高の旨味を身肉にかちっと装填(そうてん)した状態で、紀州備長炭で外側を軽く火入れして、身肉はミディアムレアで仕上げた逸品である。

「ペレグリーノ」で魚料理というとどうしても白甘鯛を思い出してしまうが、こちらもなかなかに素晴らしい。白甘鯛のような豪奢で王様のような風格はないけれど、森深き朝まだきの湖面に、針の先ほどの樹木の雫がぽたりと落ちたような静謐(せいひつ)で楚々とした佇まいが心に刺さる!

7.【特選パスタ】手打ちパスタ タリオリーニ 鹿島産ハマグリとフランス産 遮光栽培で葉を軟化させたタンポポ"ピンサリ"和え
ハマグリは、2種類の仕立てだ。ひとつは藁で燻したものを細かく刻んでソースにしてある。もうひとつは、そのままのハマグリのオリーブオイルでじっくりとオイル煮にしたもの。そこに"ピンサリ"を添えて、上からパルミジャーノ・レッジャーノをふんだんにふりかけてある。付け合わせにはアメーラトマトの小さいものが添えてある。

ハマグリを炙ったスモーキーな感じがすっと鼻腔に漂う。ただし、全部炙ってしまわないでオイル煮も添えられているためハマグリそのものの風味もしっかりと感じる。貝類にパルミジャーノ・レッジャーノを添えるのは去年からやってお客さんに受けがよかったのでやっているとのことだ。

ペレグのパスタは抜群に旨い!


8.【肉料理】鹿児島より雌の尾長鴨 胸肉 紀州備長炭焼 イタリア産 アーティチョークのブラッザート添え
色見は赤く生っぽく見えるけれど、本当のレアの仕上げで、きちっと芯まで火入れしてある。添えてあるのはアーティチョーク。自家製のソースを吹き付けながら焼いている。左手前に添えてあるのは台湾の山胡椒(マーガオ)である。

ペレグリーノでは鴨は雌のものしか使わない。脂がのったもののみを仕入れているとのことだ。しかしでも「ペレグリーノ」の鴨は、悩ましいほどに艶めかしい。そしてその艶めかしさに山胡椒(マーガオ)がきらめく。

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーション
さぁ!ここからが生ハムタイムである!生ハムの連なりは、味の淡いものから強いものに遷移していく...

9.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート"
最初は、一番繊細な味わいのサンダニエーレ村の"プロシュート"。これは掌で味わう。繊細で優しい。瞳を閉じて味わいたい。
24か月の熟成加減のもの。羽衣のような"プロシュート"から漂う優しい味わいと、ランブルスコの相性が素晴らしい。

10.サンダニエーレ産の"プロシュート"をココット米で巻いて、握り風に
お米の粒がたっていて、途方もなく柔らかく旨い。炊き立てのお米の熱気で、プロシュートの脂が融点に達し、お米の旨みと生ハムの旨みが融合する。

11.ボローニャ産 "モルタデッラ"
添加物一切なし!エミリア・ロマーニャ州の最良のモルタデッラ。これが好きなんだ!世界最強のソーセージである。香りと余韻を愉しむ逸品。

まずは掌で受け止めていただく。これは切りたての生々しい迫力に強かにやられる。

続いて、熱々に熱したお皿の上で瞬時に"モルタデッラ"に熱を伝えていただく。皿にのってから、3秒数えていただく。今度は熱を受け止めて、切りたての迫力が溶けて甘みが倍増している!

12.トスカーナ シエナ産 チンタネーゼ黒豚背脂の生ハム"ラルド"
フィノッキオ(ウイキョウ)の蕪の部分をローストして水分を凝縮させて甘みと香りを出したものと、"ラルド"のあわせ。フィノッキオはローストしたのみで、調味料は一切使っていない。"ラルド"の塩味と甘みだけで一品にまとめている。

まずはそのままで。脂がシルクのように上品である。町中華でよく使われるラードとはまったく別物である。

続いては、握り風に。
お米は岩手県遠野市の遠野4号というしっかりとした昔のお米。米の粒はちょっと小さ目で、固めに炊いてある。そこにイタリアの白ワインビネガーと塩を加えてる。酸味を加えたお米と"ラルド"の脂が最高のマリアージュを演じたてる。実にキレイな味わいである。

13.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
サンダニエーレ産の"プロシュート"と同じ名前だけれど、熟成時間と産地が異なる。世界三大ハムのパルマ産のもので、サンダニエーレ産が24か月熟成であったのに対して、こちらは30か月以上の熟成をかけたもの。

お皿にそのまま。まず一品。産地と熟成期間が違うとこれだけ違うか、という驚きがある。生ハムの力強さが弥増す!

続いて、太白胡麻油で揚げたトルタフリッタと合わせた定番のあわせ。現地で定番の合わせである。トルタフリッタは揚げたてで一番うまい状態で出される!この"プロシュート・ディ・パルマ"の塩味とトルタフリッタの香ばしさが凄すぎる!

14.イタリアの生ハムの王様 "クラテッロ・ディ・ジベッロ"
黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"!凄い!王様の中の王様!"クラテッロ・ネロ"!年間10本くらいしかこない凄いもの!最高級の生ハム。自家製の平打ちパン="チャバッタ"の上に、北イタリア、ピエモンテの良質な濃厚バターを乗せてその上の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"。

もはや、これ自体が、濃厚な赤ワインをいただいているみたいに人を酔わせる迫力がある。滑らかでシルキーなのだけれど、湿地帯で長期間をかけて熟成された生ハムが、感情を内に秘めたように緻密に濃縮された力強い香気に満ちていて、思わず吐息が漏れる。

これとバローロとの相性がまた凄い!バローロの土の香りとの相性が素晴らしい!


15.【デザート】出来立て 練り立て 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
ペレグのジェラートは本当に凄い。

16.【小さな焼き菓子】トルタ・サッビオーザ、季節の仕立て
サブレ。これが旨い。砂のようなもろさが素晴らしい。

今日もペレグは素晴らしかった。...あえて触れなかったけれど、最後に一言だけ。...今年のアワードの結果などは涼しく忘れておくのが最も精神衛生上健康的である。それにしても「ペレグリーノ」も「木邑」も「長谷川 稔」も「と村」もGOLDから漏れている世界なんて、何度冷静に考えてみたって野蛮な世界としか言いようがない。

...ま、でもこれ以上は語るのは止めよう。世の評価というものは、こんなにも愚かで貧しくて破廉恥めいているけれど、今日この日のような贅沢が許されているのだから、この世もなかなか捨てたもんじゃない、それを今日の締めくくりの言葉としてみたい。
「ペレグリーノ」は痛快極まりない。なぜなら、ここは、旨さに国籍などあり得ないことを軽やかに愉しげに感じさせてくれるレストランだからだ。こちらでお食事をしていると、お料理に、やれイタリアンだとか、フレンチだとか、和食だとかといったカテゴリーがあること自体が鼻白んだものに見えてしまう。

...それはどういうことか。

ここではイタリア料理自体が、シェフの旨みを追求する姿勢そのものの前に平伏している。この恵比寿の小さなレストランで料理を堪能していると、イタリア料理という国籍性自体が、旨みを追求するシェフのこだわりと調理の躍動感に支えられることでかろうじて生き延びられてるのではないかと感じさせるのである。...この素晴らしさこそが「ペレグリーノ」なのだと思う。


2019年12月6日(金)。半年ぶりの素晴らしいペレグ体験について、以下詳細に書き綴っていきたい。

1.エミリア=ロマーニャ州特有のパン"クレッシェンド"
北イタリアのエミリア=ロマーニャ州で日常的に食べられる、生ハムを細かく刻んで練りこんみ、豚のラードを入れた"クレッシェンド"というパン。スナック的な感じで摘めるパンだ。細かくまぶされた生ハムが香ばしい。

2.長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出した澄んだ味わいのブロート
水と塩と軍鶏だけで16時間沸騰させることなく煮込んだブロート。その中に野生の真鴨のささみとモモ肉を使って作ったカペレッティ(ラビオリ)が入っている。

一口いただくけれど、ブロートの透明感にしばしうろたえる。存在感を主張するのではなく、ひたすら透明感を追求した一品である。そして口に含んだ2種類のラビオリの違いは決定的だ。

3.北海道産のボタンエビとカルチョッフィマモーレ
北海道古平町(小樽の西、積丹半島の北東側の小さな町である)産の良質なボタンエビ。優しく繊細に火を入れて、付け合わせにイタリア野菜のカルチョッフィマモーレ(アーティチョーク)が添えられている。こういった逸品をいただくにつけ、「ペレグリーノ」の、料理のジャンルというものを超越した、料理の抜き身の素晴らしさに打ちのめされる。

4.フォアグラとさつまいもとアルバの白トリュフ
ローストしたての徳島産の鳴門の里娘(さつまいも)と、冷たいフランス=ランド産の鴨フォアグラのテリーヌの組み合わせ。そこに白トリュフがふんだんにスライスされている。出したては、まだ、里娘の火が全体に回っていないので、トリュフの自然な香りが感じ取れる。この白トリュフのガスの香りが何ともたまらない。

5.タリオリーニの白トリュフあえ
手打ちのタリオリーニ。北イタリアのピエモンテのアルバの白トリュフあえ。パスタはあえて短く切ってあって、柔らかな食感を残ししつつ、ソースと馴染みがよいように仕立てられている。そしてかわりにトリュフは少し厚めに切ってある。パスタは尺が短いので、フォークとスプーンで巻き込んでいただく。

タリオリーニの優しい食感の中で、白トリュフの存在感を存分に愉しめる逸品である。

6.白甘鯛
まず脂がのっている。1週間程度熟成を効かせた5kgの個体の熊本天草の白甘鯛を紀州備長炭で炭火焼にしてあるとのことだけれど、素晴らしくまろやかで、そしてなめらか。...その身肉から立ち上るつつましやかな甘鯛の極上の香りに思わずうっとりしてしまう。本日のものは、ミディアムからミディアムレアで火入れしているとのことだ。そこに、北海道の無農薬で作られたポロネギの蒸し煮と、アクセントとして、北イタリアの酸味を効かせたサルサヴェルデを添えてある。

エロティックなほどに悩ましい旨みをたたえた逸品である。

7.鹿児島網獲りの野生のマガモ
九州の鹿児島から網獲りされた野生のマガモ。シェフ出身の新潟ではない。雌である。(ペレグリーノでは、雌しか使わない)そして、むね肉である。紀州備長炭の炭火焼。ヴィネグレットソース(バルサミコっぽい風味)を添えて、香ばしく焼き上げたビスタチオを上に振りかけてある。
わたしは、いろいろなところで鴨料理をいただいてきたけれど、ここにひとつだけ断言できる。何といっても「ペレグリーノ」の鴨がダントツに一番旨い!素材といい、火入れといい、艶やかに抜群である。これだけは譲れない。

8.プロシュート
ここから生ハムとなる。イタリアの黒豚を使った生ハムから。南イタリアのカラブリア州の黒豚を使ったプロシュート。熟成は若く18か月のものを仕入れている。

薄くスライスすることによって香るこのハムの香りが凄い!掌にそっと舞い落ちたそれを口腔に運んだ至福感は、舞い落ちた天女の羽衣を口腔に含んだよう...

9.プロシュートとココット米のお鮨
もう一度この黒豚を別の食べ方でいただく。小さなココットで炊きあがったお米と一緒に合わせていただく。手渡しでお寿司のようにいただく。

お米は、岩手県遠野市の遠野4号というお米。これは、ひとつぶひとつぶが主張してくるようなお米。日本産の生ハムではなく、現地の主張のある生ハムを使っているため、お米もしっかりしたものを使われている。

遠野4号は、岩手の松本酒造が酒米としてお酒を作るのに使っているそうで、東京ではお寿司屋がシャリに採用しているそうだ。米本来の旨みが効いており、18か月のプロシュートの存在感と双方が豊饒化される挑発的な逸品に仕上がっている。


10.モルタデッラ
科調ゼロ。本物のモルタデッラ。厚く切ると凡庸な味になってしまうのだ。これも香りが感じられる薄さが素晴らしい。

11.ラルドとフォカッチャ
トスカーナ産、チンタセネーゼ黒豚の背脂(ラルド)。これを自家製のフォカッチャと一緒に。

フォカッチャは、北イタリア・リグーリア特産の(本来の定義で作られた)フォカッチャ。本来フォカッチャは、ジャガイモを混ぜ込んであるのものが正しい。だからペレグでは、北海道産のキタアカリというインカの目覚めを混ぜこんである。

舌に媚びる旨みと、陽気を吸い込んでどこまでも屈託のないフォカッチャが素晴らしい。これは間違いなく、この店でしか食べられないものである!


12.サルミ・フィオッキオーナ
チンタセネーゼ黒豚のサルーミに、フィノッキオ(ういきょう)という野菜の種(フェンネルシード)を一緒に練りこんだサルミ・フィオッキオーナ。ウイキョウのタネを煮込んだもので、ほんの少し脂を融解するように温めている。

13.プロシュート・ディ・パルマ まずはそのまま
30か月熟成のもの。まずはそのままで出す。ワインを熟成させたものを漬けて熟成させたもの。バランスがとれて美味しい。

14.プロシュート・ディ・パルマ トルタフリットとあわせて
現地パルマで一番美味しくいただく。揚げたてのトルタフリットとあわせて。「ペレグリーノ」の門をくぐったなら、これは絶対にいただきたい逸品だ。素晴らしい。

15.クラテッロ・ジベッロ
なんと本日は、年間に10本も入ってこない黒豚のクラテッロジベッロ。凄い。

そもそもクラテッロ・ジベッロは生ハムの王様なのだけれど、この黒豚のものは、少し沈んだような、深い懐で受け止めるような奥行きを感じさせてくれるのだ。これにピエモンテの発酵バターを組み合わせていただく。まるで枯淡の域に達しような旨さにしばし言葉を失う。


16.ドルチェ
濃縮ミルクのジェラートに砕いたヘーゼルナッツを散らして。ペレグのジェラートをいただいて一通りとなる。

一連のお料理をいただいて、その素晴らしさに打ちのめされてされて、しばし背もたれに深く深く身を沈めてしまう。

いずれも素晴らしいお料理の連綿だったけれど、黒豚のクラテッロ・ジベッロに痺れた!
これをご用意いいただいたことに、高橋シェフに言葉にならないほどの感謝を噛み締めた一夜であった。ありがとうございました!

純白のテーブルクロスがかけられた6席の小さな空間で、静かにコースの幕が開く。わたしたちは少し襟を正して、素晴らしい料理の連綿を待ち受ける。固唾をのむようなこの時間こそ、食べ歩きの最高のひと時である。しかもそれを「ペレグリーノ」という名店で過ごせるというのだからこんな贅沢な瞬間はない!

2019年7月20日(土)、19:30。本日の「ペレグリーノ」のメニューは2部構成である。

第1部は、季節の食材をふんだんに取り入れたコースと題して、前菜、旬の料理、パスタ、メイン料理と続く旬の食材を使ったイタリア料理のコースである。

そして第2部が、店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションと題された生ハムの饗宴となる。生ハムはごく薄くスライスされていて、1部でお腹いっぱいになっても、女性でも最後まで食べられるようなコース内容になっている。さぁ、今日も高橋シェフの料理一品一品と真剣に向き合っていこう!

第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.天草大王地鶏を身ごと丸ごと一羽煮出した"ブロート"
旨みが強い。そしてとても澄んだ味わいである。16時間煮出して旨みを抽出している。まず天草大王地鶏の太い旨みがドンときて、その余韻がずっと続く感じだ。こんなに有名店になっても、よりよい食材を開拓し続けるシェフのプロ魂に、のっけから圧倒される。

2.メニューにはない逸品 真イワシにフィノッキオを添えて
旬の魚で、愛知の真イワシを開いて軽く身の方にだけ塩をあててある。皮目には白ワインビネガーを吹き付けて、イタリアのウイキョウ、フィノッキオを薄くスライスしたものを添えてドレッシングしてある。小さなフォークでいただく。
...魅力は、なんといっても他の魚と一線を画す、存在感ある鰯の香りである。仄かな金気臭と鰯の中から溢れ出す芳醇な脂の旨みに陶然とする。

3.小さな逸品 長崎県 壱岐の赤ウニ、少し酸味の効いた 自家製ライ麦パンとの クロスティーニ
手で持っていただく。茜射す赤ウニの甘み、ほのかに酸味の効いたライ麦パンの香ばしさ。これには瞳を閉じて思わずありがとうと呟いてしまう。

4.前菜 ~季節の組み合わせ~ 北海道 古平(ふるびら)より 牡丹海老を優しい火入れで調理 イタリア産カルチョーフィマモーレとの組み合わせ
カルチョーフィマモーレとは、アーティチョークである。ボタン海老とカルチョーフィマモーレをナイフとフォークで切り分けて一緒にいただく。香りが素晴らしい。そして海老の甘みも楚々として好感が持てる。

5.旬の特別料理 千葉の房州の黒鮑のロースト、鮑の肝とバローロのピュレア添え
千葉の房州の黒鮑。この時期の最高級品である。鮑にしかないあの噛み応えとともに白をゆっくりといただく贅沢感といったらない。

6.特選パスタ 手打ちパスタ タリオリーニ 広島産 無農薬レモンとコラトゥーラ(いわしの魚醤)和え 南半球オーストリアより フレッシュ冬トリュフがけ
スプーンとフォーク両方使って具材と一緒にいただく短いパスタ。下のパスタからざっくりとあわせていただく格好だ。
決して華美ではない。シンプルな食材だけで勝負しているお皿だ。あえて饒舌を廃し、胸元に呑み込まれた旨みの余韻で静かに食べ手に語りかける逸品である。わたしはこういう料理が大好きだ!

7.メイン料理 天草産 白甘鯛の紀州備長炭火焼 北イタリア伝統のサルサヴェルデ添え
3.6kgの白甘鯛。白甘鯛は8日寝かせてある。7月の前半に新留さんと木村さんと天草に行って、物色して手に入れた逸品だそうだ。ミディアムでピンク色にしっとりと火入れしてある。そこにフランスのジロール茸とトロンベッタ(ズッキーニ)を付け合わせている。しめやかな白甘鯛の旨みを堪能する。


第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーション
1.エミリアロマーニャ州ボローニャ特産 "モルタデッラ"
香りが高く、味わいの余韻が大変長いソーセージである。化学調味料が全く使われていない。薄さからくる香りとソーセージの旨みの余韻を愉しむ。

2.フリウリ ヴェネツィア ジューリア州 サンダニエーレ産 "プロシュート・ディ・サンダニエーレ"
サンダニエーレという村で作られた生ハム。20か月の熟成のもの。羽衣のように軽やかだけれど、きっちりとした存在感がある。

これを炊きあがったばかりのココット米に巻き付かせていただく柔らかくて旨い。蒸らしも何もしていないお米。外側はお米粘り気があるけれど中は芯がある。手でいただくのが最高のいただき方である。

3.モデナ産 モーラロマニョーラ黒豚 前うで肉の生ハム "スパッラ・クルーダ"
下に添えてあるパンは、北イタリアのリグーリア特産のフォカッチャ。フォカッチャは定義があって、ジャガイモが入ってないと本当はフォカッチャとはいえない。その意味でこれは一年熟成させた北海道産のインカの眼覚めをしのばせた正当なフォカッチャである。フォカッチャの甘みに合わせ、"スパッラ・クルーダ"から立ち上る生ハムの最上級の塩味を愉しむ。

4.トスカーナ州 シエナ産 チンタセネーゼ黒豚 背脂の生ハム "ラルド"
低温で3時間以上煮て、中心部分だけくり抜いた、京都の鴨ナスを背脂で包む。ナスの瑞々しさと上質な背脂が柔らかさが絶妙のハーモニーを演じたてる。

5.ほんの少しオーブンに入れて脂を融解させたサルーミ・クラテッロ
サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミである。名前が示すように、イタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミで、本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られるそうだ。

6.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
36か月熟成のもの。まずはそのままでいただく。世界三大ハムのひとつの存在感が圧倒的だ。これに、パルマ風揚げパイ、トルタフリッタを合わせていただき、さらにサービスで、時節柄甘みを存分に蓄えたとうもろこしとの一品も饗していただく。

7.イタリアの生ハムの王様"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
ジベッロ村で作られたクラテッロ。ジベッロ村は川沿いの湿地帯で、本来生ハムを作るのに適していないけれど、そこでも美味しい生ハムを作ろうと試行錯誤して、外腿肉だけを使って膀胱に詰めて熟成させたもの。赤ワインをかけながら熟成させている。今回はクラテッロネロ。年間日本に10本も入ってこない逸品である。

北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ。この素晴らしさ!クラテッロ・ジベッロはまさに生ハムの王様である。王侯貴族のような絢爛な佇まいを存分に堪能する。

8.出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジュエラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
香ばしくローストしたヘーゼルナッツ。ただ単純につぶすと油が出て酸化して美味しくなくなるので、切れる包丁で薄くスライスされている。するとヘーゼルナッツの旨みがそのまま際立つ。「ペレグリーノ」開業からの人気の逸品である。

9.季節の食材を使ったサブレ
サブレの語源そのまま、砂のように口中でほどける。その上でマンゴーの甘みが悩ましく溶ける。

何度お伺いしても素晴らしい!
また、今日もコースが終わってから、少しシェフとワインをご一緒させていただく。メインのコースが素晴らしいのはいうまでもないけれど、わたしはコースが終わってからの15分~30分程度のシェフとの気の置けない会話が大好きだ!仕事が一区切りしたシェフが、いささか緊張をほどきつつ優しい語り口で料理への思いを語るのを聞くと、本当に幸せな気分になる。高橋シェフ、今日も本当にありがとうございました♪

2018年12月時点で、いまだ全世界に17台しか出荷されていないイタリアBerkel(ベルケル)社製の最高級のフライホイール式生ハムスライサーのハンドルがゆっくりと回転し始める。...そのスライシングと繰り出しの優雅なまでの運動に思わずうっとりと見とれてしまう。...それはまるで深紅のドレスをまとった淑女のダンスのように優雅である。

そしてその深紅の舞から、はらりはらりとこぼれ落ちる、向こうが透けて見えるくらいに薄い生ハムの美しさといったらない。...チューブから絞り出された原色の絵の具みたいに濃厚に旨みが凝結した生ハムの力強い塊を、まるで上澄みを掬(すく)いとるような薄さで削り取って、その一片(ひとひら)に、塩気と旨みのここしかないという一点を魔法のように閉じ込めていく。...この過つことのない職人技と名器の奇跡的な融合が感動的でなくして何であろう!

さらなる高みへ純潔なまでの情熱で駆け上がる「ペレグリーノ」に触れてしまった感動を、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


...2018年12月16日(日)19:15。高橋シェフに招き入れられて恵比寿の店内に入店する。と、いきなり、真新しいスライサーのハンドルに刻まれた"VAN BERKEL INTERNATIONAL"の綴りが、ひときわ眩く視界に飛び込んでくる。

今、目の前に輝いているそれは、現時点購入できる地球上でNO1の生ハムスライサーである。そしてこれと高橋シェフの技術が相俟った場合、はたしてどうなるか。...こんな稀少な出会いに胸ときめかない人間とは、今後永遠に縁を絶ちたいと思う。

...興奮を胸に折り畳みつつ、シェフお薦めの自然に作られたフランスのシャンパーニュで胸の高揚を落ち着かせながら、コースの始まりを待つ。

1.長野県伊那の"ぎたろう軍鶏"の煮だしたブロート
水と塩と軍鶏だけで一度も沸騰させることなく15時間煮だしたもの。雲一つない青空のように澄み切っていて美しい。これを最初にいただくと、「ペレグリーノ」に来たという実感が沸く。何度いただいてもため息が出るほどに旨い。...いつものごとく、"ぎたろう軍鶏"のブロート1杯で、小さな店内が6名のため息で満たされる。

2.長崎県の壱岐産の迷い鰹
鰹の背かみの部分を少し寝かせて味を凝縮させてから、備長炭で周りを炭火焼にしたもの。添え物は、イタリア野菜のほろ苦いプンタレッラに酸味を効かせたサラダ仕立て。手前のソースは、パセリが主体のサルサ・ヴェルデという組み合わせである。

迷い鰹は不思議な鰹だ。太平洋の銀の弾丸を思わせる血と鉄の威勢のよい鰹の香りとは袂を別って、まろやかに舌に媚びてくるような佇まいを持っている。

ここで、北イタリア、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の土着のヴィトフスカ種を使った白ワインで、次のポレンタを待ち受ける。

3.墨イカのポレンタ
明石の墨イカのエンペラ、ゲソ、イカの身を外側だけそっと焼いたものに、アーティチョークを煮込んだものが添えてある。スープには魚の骨で取った魚貝の澄んだスープと、この時期に北イタリアでよく食べられるポレンタ粉を合わせてトロっと仕上げてある。

...とにかくこの一品、墨イカの香りが素晴らしい!墨イカの風味、香りを蓄えて胸が詰まるような素晴らしい出来栄えである。...確かに「ペレグリーノ」といえば生ハムという先入観があるけれど、実際にうかがってこういう素晴らしい料理の数々に触れてしまうと、その先入観がいかに貧しいものか改めて思い知らされる。それが本当の「ペレグリーノ」体験なのだ!

次のワインは、茶褐色のワイン。赤ワインが熟成したような色をしているけれど、これは立派な白ワイン。フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のピノ・グリージョという品種を使って作ったワインで、実に芳醇な味わいである。

4.フランスランド産の鴨フォアグラと四国徳島の里浦産のサツマイモ(里娘)をローストしたもの
ここで、本日の眼玉の1つの白トリュフのお目見えとなる!...温かいサツマイモの上に正真正銘のアルバの白トリュフを摺りかけ、その上にフォアグラを載せている。また、フォアグラの上には、アルバの白トリュフを砕いて漬け込んだアカシアの蜂蜜が添えられている。

里娘と蜂蜜の甘味とフォアグラの相性が素晴らしい。フォアグラはやっぱり甘味と合わせると抜群である。...そして更にそこに、プロパンガスのような息詰まるような白トリュフの狂おしいまでの熱(いき)れが、香りの化粧を施して回る。...文句のない逸品である。

...ここで、もう一品ワインが足される。シャルドネがメインの、これも茶褐色の白ワイン。

5.本日の魚料理、静岡御前崎のハタ
本日の魚料理は静岡御前崎からハタである。10日くらい寝かした若い感じのハタだそうである。合わせるのは、北海道産の無農薬で作られるポロねぎ(=西洋ネギ)。これらを一緒に蒸し煮にしてある。...そしてこれもまた、白トリュフをふんだんに摺りかけて仕上げられている。大変キレイな味わいの魚料理である。

6.生ハム
さぁ、ここから世界最高峰の生ハムスライサーの出番となる!...新しい"深紅の淑女"の導入で、これまでの「ペレグリーノ」の生ハムの組み立てが変わっていることに是非注目していただきたい!経験したことのない生ハムと食材の組み合わせと、生ハムの提供のされ方がいよいよ明るみになる!

1)17か月以上熟成の多田昌豊さんのペルシュー
手で渡される。ハムを透かして指と指の狭間が透けて見えるほどに薄造りである。羽衣のような逸品を口中に放り込むと、しっかりとした塩味と旨みが伝わってくる。

2)24か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー
これも最初は手渡しでいただく。...これは今までになかったスタイルである。大体これまで、多田さんのペルシューで深い熟成のものは、お皿でいただくのが慣例であったけれど、今日の最初は手渡しでお鮨のようにスッといただく。

くるまったり捩れていない生ハムの素の薄さが伝わってくる。24か月のものはやはり落ち着きがあってまろやかである。清水が喉を通るようなささくれのないテクスチャと、深い旨みに、はからずも涙腺が緩む。...わたしは個人的に「ペレグリーノ」でいただく多田昌豊さんのペルシューは、熟成の深いものの方が好みである。

そして、次には温めたお皿の上に数枚切り分けたものをフォークでいただく。これもあまり巻かずにいただくのがコツである。さっとフォークでひきあげていただく。皿の熱を抱きかかえた生ハムが、まろやかに口中で香り立つ。

3)パルマ産のプロシュート・ディ・パルマ
パルマで作られたプロシュートである。34か月以上の熟成をかけたもの。これをスッとスライスしてお皿の上にシンプルに饗される。...実に芳醇である。そもそも日本の豚とは餌の原料が違うそうだ。そしてこの薄さで切れないと塩が強く感じたり、獣臭を感じたりするものだという。

これまでプロシュート・ディ・パルマはトルタフリットと合わせたり、ココットで炊き上げたリゾットと合わせて、という饗され方がお馴染みであったが、今回のこのシンプルな饗し方は、まさに今回の"深紅の淑女"のなせる業に違いない。

4)パルマ産のプロシュート・ディ・パルマと岐阜の龍の瞳というお米をココット鍋で炊き上げたリゾットとあわせて
香り高く仕上がっている。良質な脂がお米の余熱で溶ける。これも前回まではお皿に饗していただいたところを、リゾットをくるりと巻いて手渡しでいただく。リゾットの温かみに熟成たっぷりのプロシュートの脂が程よくほどける感じがたまらない。

ここで、しっかりとした赤ワインが饗される。2000年ビンテージのロンバルディア州で作られる赤ワインだ。

5)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
これがわたしは大好きだ!繊細だけれど、美しい香りと、純白なソーセージの旨みが共存している。

6)白トリュフにモルタデッラを巻いて
白トリュフの季節の「ペレグリーノ」さん定番のひとつである。モルタデッラの旨みと白トリュフの相性が抜群なのだ。感情を内に秘めた白トリュフのガスの香りを、陽気で柔らかなソーセージの旨みが包み込む感じである。この合わせはまさに最強である。

7)背脂の生ハム(ラルド・ディ・コロンナータ)にフォカッチャ
ラルド・ディ・コロンナータ。リグーリア州で作られるフォカッチャを添えてある。本来のフォカッチャの定義通りインカの眼覚め(ジャガイモ)を加えて作られている。透き通るような純白の輝き、胸のすくような香草の香り、絶妙な甘塩と絡まった瑞々しい脂のとろけるさまが素晴らしい。

これも、わたしは「ペレグリーノ」さんで始めての一品である。でも、これと"深紅の淑女"と関連性があるかはどうかはわからない(笑)。

次いで次のワイン。エミリアロマーニャのサンジョベーゼ、酸化防止剤が一切使われていない。力強いがキレイな味わいのワインだ。

8)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚の腿肉の生ハムに、トルタフリットをあわせて
やはりこの逸品をいただかないと「ペレグリーノ」ではない!モーラ・ロマニョーラ黒豚は旨みが強く、ハッキリとした主張を持った豚肉である。これにどこまでも軽快なパルマ風揚げパイ、トルタフリットを合わせていただく。トルタフリットの陽気な軽快感に、湿り気を帯びたような深く悩ましい黒豚の旨みがまとわりつく。...いついただいても凄い...

そして、エミリアロマーニャのカヴェルネソービニョンを使った赤ワイン。

9)パルマ黒豚で作られた最高のクラテッロ・ジベッロ(クラテッロ・ネロ)と北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ
クラテッロ・ジベッロ。...これは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足からまず外して、それでそれを豚の膀胱に詰めて、吊るして熟成させて作る。パルマ=クラテッロは湿地帯だそうだ。この土地で熟成させるためには、まず豚の膀胱に詰めて、外側にカビを生えさせ、菌をまとわせて中に影響がないように熟成させるという。

そして、最後は豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱をとって、そのあとにさらにその膀胱と肉の間にある腐敗した部分を全部削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてから出すという。

...これをいただくと、漬け込んだワインの風味を感じるからだろうか...いつも何か王侯貴族のような優雅さを感じるのだ。

ここで、イタリアワインの女王、バルバレスコ。

7.アルバの白トリュフとバターとパルミジャーノを和えたタリオリーニ
シンプルなバターとパルミジャーノ和え。その上にアルバの白トリュフをかけている。チーズはより薫り高くなるようにお皿の下に敷き詰めてある。下から上に持ち上げるようにいただくと香りが舞う。ふくよかである。

実に美しい見栄えと、シンプルだけれど旨みそのものの結晶ともいうべき逸品である。文句のつけようがない素晴らしいパスタである。今年食べまくったパスタの中で間違いなく1番といってよい!

ピエモンテ州のバローロ。

8.新潟三条で網獲りで獲られた野生の青首鴨のむね肉のロースト
ベネト州のラディッキオ、50年以上熟成のモデナ産のバルサミコ酢が添えられている。「ペレグリーノ」の鴨は間違いなく都内1番である。新潟の鴨はお米を食べているので、脂が豊富で旨い。それに絶妙な焼きの技術があわさった奇跡の逸品である!

トスカーナのキャンティクラシコの甘口の白ワイン(デザートにあわせて)。

9.和栗のジェラート
濃縮ミルクのジェラートに長野の小布施の和栗を低温でゆっくりローストしたものを添えている。栗の風味を壊さないように。栗は熟成させている。ほのかな自然の甘みが素晴らしい。

10.アルバの白トリュフを加えたサブレ
サブレは、焼き菓子であるが、本来の意味が砂である。ごくごく薄く焼いてさらさらとした焼き上がりになっている。添えてあるクリームもジャージークリームに白トリュフを砕いたものを加えて香りづけた白トリュフクリームになる。小菓子だけれど、これが滅法素晴らしかった!トリュフ尽くしのコースの幕引きにふさわしい逸品である。

...はたして「ペレグリーノ」はどの高みまで駆け上がっていくのだろうか。...コースのすべてが終わって、しばらく高橋シェフと歓談させていただいた。その静かな語り口にもちろん気負いなどないけれど、会話の端々から感じる最高級スライサーを手に入れたシェフの純粋な悦びを目の当たりにして、食べログAward Goldという評価をはるかに飛び越えて飛翔する"隼(はやぶさ)"の鳥影を垣間見た1日となった。

今回の「ペレグリーノ」体験ばかりは、存分に語らせていただきたい!大胆さと繊細さが同居する今回のお食事体験は、深く深く感動的であった。

この日の「ペレグリーノ」の献立は意表を突くものがあった。というのも、この日、最初に生ハムからスタートして、お魚、お肉のメイン料理と続く、いわゆるわたしが知っている「ペレグリーノ」の料理の組み立てはすっかり影を潜め、高橋シェフは、生ハムの連なりを中核に、両脇を極上の魚料理でしっかりと固め、メインとなる肉料理を涼しく封印するというコースの大胆な再構築をこともなげにやってのけてしまったからだ。

最初は、その変貌ぶりに少し戸惑いもしたけれど、お料理をいただくうちに、その一品一品の品質と、献立の組み立てを通して表現される料理のコンセプトに、どうしようもなく心が揺さぶられてしまう。

しかしその心の揺れについて語る前に、今回「ペレグリーノ」の魚料理がさらなる進化を遂げ、とことん素晴らしくなっていたことについて、触れておかねばならないと思う。...もちろん、これまでも徳島産の白甘鯛を使ったメインなど、シェフの魚料理は大変素晴らしかったけれど、今回の魚料理は明らかにこれまでとは違う品格を備えていた。

では、その品格とは何か?...端的に言おう。「魚が香る」のである。赤雲丹にしても、鰹にしても、クエにしても、鰻にしてもその素材の持つ香りが存分に引き出されている印象を受けるのだ(特に鰹が凄かった!)。その仕事は、まるで鮨職人のそれを彷彿とさせるものがある。

この卓越した魚料理が軸となって、コース全体に魔法をかけてまわる。...一連のお料理をひとつひとつ味わっていくにつれ、しめやかに香る魚達が、魚とは異質な動物性の旨みを蓄えた生ハムを、魚固有の潤味(うるおみ)のある香りで優しく祝福しているような印象を与えるのだ。これが、瞳をつむって余韻に浸りたいほどに素晴らしい!

そしてさらに、メインのお肉料理を大胆に割愛することによって、コースの中における生ハムの、"肉"としての存在感が前景化され、今更ながら「ペレグリーノ」が北イタリアのエミリア=ロマーニャ州の郷土料理を骨格としたレストランであるという存在感が、より鮮明に際立ってくる。その組み立ての大胆な差配と食材たちの肌理細やか共鳴ぶりに「...なんて上手いんだろう」と、心の震えを止めることができない。


..."大胆さと繊細さの遭遇"、思わずそんな言葉が脳裏をよぎり、高橋シェフが、"料理を愛している料理人"ではなく、"料理に愛されている料理人"であることを今さらながら確信する。

...以下素晴らしかった「ペレグリーノ」でのお食事体験について書き綴っていきたい。

雨をかいくぐるように本日のお連れさまと、恵比寿のお店に転がり込んだのが6:20。「ペレグリーノ」にしては珍しく、少し早めのスタートである。

まずは、フランスシャンパーニュの自然派ワインで軽く喉を潤しながら、コースのスタートを待つ。

1.前菜(1):雲丹
ふわっと焼き上げた自家製パンに、フランスノルマンディ産の発酵バターと鹿児島県の赤雲丹。赤雲丹の味が濃い。これと発酵バターの相性がまたすこぶるよい。一品目は、"ぎたろう軍鶏"のブロードのイメージが強かったため、この最初の一品目で変化の予感がする。

2.前菜(2):鰹
鰹。気仙沼の鰹を事前に藁で燻って、饗する直前に炭で火入れしたものである。それに北海道産の鰤を添えてある。鰤の下に敷かれているのは、イタリア野菜のプンタレッラを酸味を効かせたサラダ仕立てにしたもの。手前のソースが、パセリが主体のサルサ・ヴェルデ。

鰹は、何日も熟成をかけて、中心部分に旨みを凝縮させたものである。中心部分に寄せ集まった鰹の濃厚で豊満な酸味の凝縮が何とも素晴らしい。

3.前菜(3):ポレンタ
イタリアのポルチーニ茸のソテーを浮かべたポレンタ。ポレンタは、ただのポレンタではなくて、長野県伊那の"ぎたろう軍鶏"を14時間煮だして作ったブロードをベースにしたもの。あの澄み切った美しいブロードがこんな風に変貌を遂げていることに新鮮な驚きを感じる。

4.前菜(4):クエ
四国徳島のクエ、長野県の天然の舞茸とイタリア野菜 ズッキーニ トロンベッタをスープ煮にしたもの。
ズッキーニ トロンベッタは、香り高くまるで"凝縮したズッキーニ"といった面持ちを持ったイタリア野菜だ。そしてこの一品も、また、魚の香りにやられてしまう。

お皿から紛れもないクエの存在感がしっかりと感じ取れる。クエの旬は、おそらくもう少し冬に近づいたころだと思う。そのころになると、さらにぐっと脂がのってくると思うけれど、この一皿、旬を迎える前の若いクエの存在感が、実に上品にヒラタケやズッキーニ トロンベッタを包み込んでいて好感が持てる。

5.前菜(5):生ハム
ここからが、生ハムの連なりとなる。
1)19か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー(新潟の豚...今回は岐阜でなく新潟の豚を使用している)
生ハムスライサーで、まずは一枚だけ手渡しでいただく。良質なマグロの赤身のような新鮮さを感じる。後からハム本来の甘みがふわりと鼻腔のあたりに漂う。これは、もちろんランブルスコでやる。

2)19か月熟成の多田昌豊さんのペルシューに新潟佐渡島の完熟のイチジク
完熟イチジクとの合わせが秀逸である。楚々とした和の風合いがあって、生ハムとの合わせはメロンよりも絶対にこちらの方が旨いと思う。時期が進んで10月くらいになったら今度は柿とあわせるそうだ。

3)29か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー
19か月のペルシューが、10か月の熟成期間を置くことにより、さらに円熟味という鎧を纏う。最初に常温で一枚だけいただく。口の中でほどける生ハムは、口中に旨みしか残さない。何度いただいても素晴らしい。

4)29か月熟成の多田昌豊さんのペルシューに岐阜の龍の瞳というお米をココット鍋で炊き上げている
ころころっとお米を転がしただけでペルシューがまとわりつく。これを手で持っていただくのだけれど、お米の熱が加わって、生ハムを一番芳醇な香りが感じ取られるところまでもっていってくれているのが感じとれる。

わたしは、このいただき方が滅法好きだ。お米の熱が生ハムの脂を溶かして香り立つあたり、頭を抱えるくらいに旨い!

5)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
ボローニャ風ソーセージのモルタデッラ。香りが高く、味わいの余韻が大変長いソーセージだ。

6)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚のほほ肉の生ハム(グアンチャーレ)という脂と赤身の交錯した生ハム、ジャガイモを入れた本来のフォカッチャと合わせて
パルマの2つ隣のモデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚~モーラ・ロマニョーラ黒豚。グアンチャーレとは豚の頬肉、いわゆる豚トロを塩漬けにして2、3週間寝かせたものだ。これに越冬したジャガイモ(インカの眼覚め)の自然の甘みがでたフォカッチャを合わせる。

これも交錯した脂と赤身が秀逸なマリアージュを演じたてる逸品だ。良質なマグロのトロをいただいているような錯覚を覚える。

7)ほんの少しオーブンに入れて脂を融解させたサルーミ・クラテッロ
サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミである。名前が示すように、イタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミで、本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られるそうだ。

で、それをそのままではなく、さらに味を際立たせるためにオーブンで表面だけをほんのり温めて脂を溶かし、香りを出して饗していただく。クラテッロの良質な肉を使って作られた、熟成加減が抜群のサラミである。

8)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚のもも肉と、パルマ風揚げパイ、トルタフリッタ
プロシュートとトルタフリッタの組み合わせは、イタリアパルマでの定番だ。熟成プロシュートの滋味深い味わいと、香ばしいフリッタの屈託のない軽やかさはこれ以上ない組み合わせである。

9)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"、発酵バター、平焼きパン"チャバッタ"とともに
しかも、本日は非常に稀少な"クラテッロ・ネロ"と呼ばれるパルマ黒豚を使った"クラテッロ・ディ・ジベッロ"だ!、自家製の平焼きパン("チャバッタ")とピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。

この"クラテッロ ディ ジベッロ"は、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、豚の膀胱に詰めて吊るして作るそうだ。その工程で、クラテッロ地方は湿地帯で湿り気の多い土地のため、豚の膀胱の外側にカビを繁殖させ、菌をまとわせて中に影響が及ばないように熟成させるとのこと。

さらに、熟成が終わると、赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱を外し、膀胱と肉の間にある腐敗した部分を綺麗に削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてから出荷するそうだ。

道理で、ひとくち口に含むと、プロシュートがワインの芳醇な香りを纏っているのが直接伝わってくる。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

6.自家製タリアテッレ、長野県の伊那の松茸和え
何とも見た目が美しいタリアテッレである。お皿が真っ白に輝いている。麺の状態、茹で加減とも抜群である。ここ最近いただいたパスタの中で最も上品な一皿である。

7.生で食べても美味しい北海道産の嶽きみ(たけきみ)のスープ
ここで、小さなスープが出てくる。北海道産の"嶽きみ(たけきみ)"という玉蜀黍は絶対に記憶にとどめておくべき食材である。このスープ、驚くほどに甘い。この甘さはすべて"嶽きみ(たけきみ)"の持つ甘さだそうだ。

8.長良川の天然鰻の炭火焼と加茂ナスのロースト、モデナの伝統的なアチェート・バルサミコDOPを添えて
この天然鰻も素晴らしかった。始めにオーブンで10分ローストしたものを、炭火で焼き上げたもの。ふっくらと仕上げている。まるで蒸らしあげたような食感と、鰻の香りが直截に伝わってくる逸品である。爪の先ほども鰻の臭みを感じない。驚くほど純粋に、そして真っすぐに鰻の旨さのみを引き出した傑作というのが惜しまれるくらいの一品である。

その出来栄えは、ほとんど、わたしが、鰻はここが一番と思っている「と村」さんの青森県小川原湖(おがわらこ)産天然鰻の焼き物と匹敵する。


9.自家製ジェラート
ヘーゼルナッツを散らした、「ペレグリーノ」さん自家製のジェラート。これがまた、立ち止まってしまいたくなるくらい旨いのだ。最後は茶菓子で一通りとなる。

本日のお連れさまは今回「ペレグリーノ」初訪であったが、大変満足していただけたようだ。感動の声を聞けて心に明るみのようなものを感じる...「ペレグリーノ」。やはりここは素晴らしい。特に今回、大胆さと繊細さの貴重な遭遇ともいうべき現場に立ち会えたことに感動する。やはりここは人の心を騒がせる美しいレストランだ!
手動の生ハムスライサーの回転ハンドルが、測ったような正確さで1回...そしてまた1回と回転する。と、薄い生ハムが舞うようにふわり、そしてまたふわりと大ぶりの綿雪のように、まな板の上に静かに降り募る。...たったそれだけのことなのに、その静かな生々しい光景に思わず息をのまずにはいられない。...そして削り取られたばかりの震えるような極薄の生ハムをフルーツフォークで掬って口に運ぶ悦び!あらゆる調理技術とは無縁の領域でそれは純粋な輝きを放っている。これほど直截な美味をなんのてらいもなく提供するシェフは紛れもなく料理に愛されている!

2017年12月28日(木)。年の瀬に高橋シェフから貸し切りの会のご案内がある。さらに高橋シェフから、「本当に絶対満足な内容で、かつ記憶に残るコースになります!」とのご案内があって、心震えない人間がいるだろうか!以下、年末の素晴らしかったペレグリーノの会について、詳細に書き綴っていきたい。

みなさん揃ったところで、まずは泡からスタート。食前酒のスパーグリングワイン。パルマの隣のレッジョ エミリアのスペルゴラを使ったものだ。シャンパーニュと同じ作り方で作られた一品で、酸化防止剤などを一切使っていない。とてもドライで、最初の一品には最適だ。

1.パルマ伝統郷土料理...長野県 伊那より "ぎたろう軍鶏" を丸ごと一羽煮出したブロード パルマ伝統の小さなラヴィオリ "カペレッティ" と共に
水と塩と軍鶏だけで、一度も沸騰させず、延べ15時間火を入れている。ブロードの中には、パルマの伝統的な郷土パスタ、"小さな帽子"という意味のカペレッティが浮かんでいる。カペレッティの中にはパルミジャーノレッジャーノチーズとパン粉、ここに今日は、ふんだんにアルバの白トリュフを加えて白トリュフ風味に仕上げてある。...それにしてもブロードに浮きつ沈みつするカペレッティの数が凄すぎる!17~18個は入っているだろうか、普段は7、8個くらいなのだが...高橋シェフに感謝!ありがとう!

白ワイン、エミリアロマーニャで作られるマルバジュアを使った葡萄の皮を一緒に漬けて醸造したワイン。渋みや苦みを一緒に味わう。

2.フランス産の良質な鴨フォアグラのテリーヌ、下は皮付きのまま焼き上げた四国徳島の里娘というサツマイモ、上には刻んだ白トリュフとイタリアのアカシアのハチミツをあわせたものをかけたもの
スプーンとフォークで切って一緒に合わせて、ワインと一緒にいただく。里娘の甘みとフォアグラの相性が素晴らしい!このフォアグラの感情を内に秘めた寡黙なほどの猛々しい存在感にやられる!

3.季節の食材を組み合わせた料理...北海道産の無農薬で作られるポロねぎ(=西洋ネギ)と、上は徳島産の赤むつ、その上にトリュフをスライスしたもの
スプーンとフォークで切って一緒に合わせて、ワインと一緒にいただく。ワインは、リトフスカを使ったワイン。魚の旨味の強さとネギの良さ、そしてブロードの旨さを味わう。野菜と肉の旨さを全て吸ったポロねぎが素晴らしい。

4.ここから「ペレグリーノ」のスペシャリテ、生ハムの饗宴だ!
生サラミの盛り合わせ。盛り合わせとはいっても、一種類ずつ饗していただき、一枚ずつじっくりと味わうのが「ペレグリーノ」スタイルだ。あわせる赤ワインは、いつもの通り、生ハムにもっともあうといわれるエミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコ(葡萄)を使った微発泡赤ワイン。

1)多田昌豊さんの17ヶ月の熟成の若いペルシュウ
乾かないように、3、4枚と重ねられている。手前のフォークに当たっているところから、サッと上に引き上げて口に入れていただく。口どけが素晴らしい、香りが素晴らしい。この生ハムは17ヶ月の熟成。若い。素材本来の甘さを愉しむ。塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいであるが、甘みをしっかりとかじることができる。

2)多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の若いペルシュウ
うん、10か月違うと味の余韻がまったく違う。まろやか。熟成期間が長いので旨い。どっしりした印象がある。熟成が長くて丸い。ランブルスコにめっちゃあう!

3)今度は、同じ多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の若いペルシュウに、小さなココット鍋でたった今炊き上げた新潟の新米でをくるんだもの
これは初めての合わせだ!しかしでも、ペルシュウと新米を合わせるとは!...ペルシュウの塩気をご飯のやさしさが包み込む感じが素晴らしい。たぶんこんな食べ方はここでしか味わえない!この上質な旨さはほとんど犯罪的である!

4)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
これが優しくてうまい。自然の味わいを口に入れた余韻、香りが、なんとも素晴らしい。

5)ごく薄く削ったモルタデッラに同じ薄さで削ったアルバの白トリュフを包んで
一口でいただく。ものすごい香りに圧倒される!ペレグリーノの素晴らしさは、極上のアルバの白トリュフをごく薄く削ってみたり、そこそこの存在感で出してみたり、少しばかりハチミツを加えてみたりと、形状を変えつつ、トリュフの色々な味わいを存分に愉しませてくれるところだ!

モルタデッラの優しい味わいと、チューブから絞り出して固めたみたいな白トリュフの旨味に圧倒される。

トリュフは、12月おわりだと使わないところが多いそうだ。クリスマスに準じてトリュフ自体が高くなるのと、トリュフがなくても集客があるから使わないというのがその理由だそうだ。しかしでも香りはこの終わりかけが一番素晴らしいと思う。

6)北イタリアのヴェネト州のソップレッサというサラミ
大蒜の香りがする。リグーリア特産のフォカッチャ。ジャガイモが入ったもの。...旨い!グーリア産のフォカッチャ。フォカッチャは、じゃがいもを入れて作るそうだ。というか、厳密には、じゃがいもを入れていないと"フォカッチャ"と呼べないとのことだ。これは、北海道の稀少な赤いじゃがいも"インカルージュ"を入れて作られている。これとサラミの相性が抜群!

7)パルマの2つ隣のモデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚~モーラ・ロマニョーラ黒豚のホホ肉のグアンチャーレ、イタリアのウイキョウ
このウイキョウの仄かな苦み走りが素晴らしかった!これも初!そして、モーラ・ロマニョーラの身の美しいピンク色に陶然とする。みんな!これは食べないとダメだよ!

8)モデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚のモーラ・ロマニョーラ黒豚の肩肉の塩漬けとライ麦粉100%のパン
素晴らしい...のひとこと。"ライ麦畑でつかまえて!"的な高揚感に我を忘れてうっとりする。

9)モデナのモーラ・ロマニョーラ黒豚の腿肉で作られる生ハム、それに合わせて揚げパイ、トルタフリッタ
いつもは、プロシュット・ディ・パルマで使っているけれど今日は違う。プロシュット・ディ・パルマよりも黒豚の方が味が強いので、それに合わせて揚げパイの塩加減も配合を変えて優し目に調整されている。奥行きがある。空気が抜けるとたちまち温度が下がる。
そして、ワインは、この後のクラテッロ・ジベッロにあわせて、美発砲ではない、しっかりとしたものをご用意していただける。

10)クラテッロ・ジベッロと北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ
この素晴らしさ!クラテッロ・ジベッロはまさに王様である。王侯貴族のような絢爛な佇まいを存分に堪能する。

11)最後のトリ、クラテッロの別の食べ方。分厚い白トリュフをそっくり包んで
もう、いうことない。この素晴らしい生ハムの饗宴に高橋シェフに感謝である。

5.四国の高知寄りのゆきの白甘鯛のロースト、ラデッィキオ、ビスタチオと25年熟成のバルサミコのソース
ここからメイン。うん、ペレグリーノは、バルサミコ使いである。これがなんとも素晴らしい!そしてラデッィキオの苦みが良い。白甘鯛の優しい甘みを存分に堪能する!

6.新潟の田んぼで網獲りされた野生の青首鴨のむね肉だけ火入れしたもの
実は、これが、圧巻であった!これまで、わたしの中では、鴨は「レフェルヴェソンス」が一番であったけれど、それを軽々と超越して来た料理であった!これは絶対に忘れられない。息を呑むような旨さ。...一瞬にしてとどめを刺されるようなこの旨さの艶やかさに言葉を失ったことを正直に告白したい。

7.出来立て練りたてのオーダーごとに作る濃縮ミルクを使ったジェラート
文句なく素晴らしいジェラートで一通りとなる。ペレグリーノは、わたしにとって絶対的なイタリアンである。ここは途轍もない!芸もなくペレグ、ペレグ...と呟きながら帰路に就く。
過剰な華美さを抑えた気品に満ちた端正な味わい。...2017年5月17日(水)の晩餐は、"クラテッロ・ネロ"と呼ばれる非常に稀少なパルマ黒豚に強かに打ちのめされた晩餐となった。以下、あの素晴らしき晩餐についてできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

この日は、友人5人と待ちに待った「ペレグリーノ」さん貸切の会である。例のごとく19時15分開場で、30分お食事スタートである。本日は比較的ノンアルの方たちが多い会だったけれど、わたしは、もちろんアルコールをお願いする。北イタリア、ヴェネト州のスパークリングワイン。豊潤な一品である。喉を潤すほどに一品目が饗される。

1.パルマ伝統郷土料理...長野県 伊那より "ぎたろう軍鶏" を丸ごと一羽煮出したブロード パルマ伝統の小さなラヴィオリ "カペレッティ" と共に
水と塩と軍鶏だけで、一度も沸騰させず、延べ16時間火を入れている。ブロードの中には、パルマの小さなラビオリを浮かべてある。ラビオリはパルミジャーノレッジャーノチーズとパン粉と軍鶏の肉を詰めたものだ。

軍鶏の内臓の香りが出ないように、注意して丹念に丹念にゆっくり作ったブロートである。極めて上品。この一品をいただくと「ペレグリーノ」さんに戻ってきた、という実感が湧いてくる。

2.季節の野菜料理...北イタリア バッサーノ産 ホワイトアスパラガスのフラン 完熟 黒胡椒 風味
今が旬の北イタリア、ヴェネト州のバッサーノ産のホワイトアスパラガスをふんだんに使った料理だ。ホワイトアスパラガスのフランは、まず水分を完全に飛ばしながら蒸し煮にしたものをピューレ状にして溶き卵を加えて焼き上げたものである。

また、ホワイトアスパラガスはどうしても熱々だと気の抜けたような水っぽいような味になるので、焼き上げてから、少し置いて、常温に戻してから表面をキャラメリゼしているそうだ。

一口いただくが、ホワイトアスパラガスの風味がしっかりと感じ取れるのが嬉しい。単に優しいだけでなくこういうしっかりした主張があるお料理を饗していただけるところが「ペレグリーノ」さんの素晴らしさだ。

これに合わせるワインは、トスカーナのサンジョベーゼ。

3.旬の料理...南徳島 由岐より 赤甘鯛 空豆、ガエタオリーブ ペースト と共に
大ぶりな2kgの赤甘鯛。この大きさになると旨味が乗ってくる。魚を少し寝かせて脂を回した後に、空豆と一緒に蒸し煮にしてある。そして、上から、渋みや苦味を感じるガエタオリーブの特徴を前面に押し出したペーストが添えられている。

脂ののった赤甘鯛の旨味から、春の空に舞い上がるような空豆の軽快な味調が感じ取れる。

これに合わせるワインは、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の土着のヴィトフスカ。...ヴィトフスカ。繊細さとしっかりとした芯を感じさせる味わいだ。

4.前菜...ここから「ペレグリーノ」さんのスペシャリテ、生ハムの饗宴だ!
生サラミの盛り合わせ。盛り合わせとはいっても、一種類ずつ饗していただき、一枚ずつじっくりと味わうのが「ペレグリーノ」スタイルだ。あわせる赤ワインは、いつもの通り、生ハムにもっともあうといわれるエミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコ(葡萄)を使った微発泡赤ワイン。

普段、「ペレグリーノ」さんで饗していただける生ハムは4~5種類だけれど、この日は高橋さんに頑張っていただきなんと7種類!悦ばしい限りである。

1)多田昌豊さんの18ヶ月の熟成の若いペルシュウ
この生ハムは18ヶ月の熟成。若い。素材本来の甘さを愉しむ。塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいであるが、甘みをしっかりとかじることができる。

2)多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の芳醇なもう一種類のペルシュウ
27ヶ月の芳醇なペルシュウ。先ほどのものとは熟成期間が違う。多田さんは、生ハムの現物を見ながら、熟成期間を見極めるそうだ。この一品は、熟成期間を長くして、水分を飛ばしている。たおやかな味わいに落ち着きのようなものを感じる。まろやかな味わいである。

3)イタリアのエミリア=ロマーニャ州のボローニャソーセージ、モルタデッラのハム
この一品がわたしは大好きだ!化学調味料、添加物が一切入っていない。本物の味わい。ごくごく薄く切って出される。香りが素晴らしい。本物のボローニャ風ソーセージのハム。味わいの余韻が長い。

4)トスカーナのコロンナータ村の豚背脂の塩漬け
今が旬のイタリア野菜のフィノッキオ(ういきょう)のローストと豚背脂の塩漬けの組み合わせ。フィノッキオは芯の部分をスープを抜くようにローストしているので甘味と旨味が凝縮されている。また、フィノッキオにはローストの温かみを残し、豚背脂に温度が伝わり口溶けがよくなるよう工夫が施されている。

フィノッキオからは、特有の香りや甘みを感じる。これを、透きとおるほどの白さの豚背脂と一緒にいただくのだけれど、背脂の複雑な熟成香と絶妙な塩加減に舌を巻く!

ここで、ランブルスコがなくなったので、2つ目のバルヴェーラを使った微発泡ワインが饗される。これはランブルスコほど発泡が強くない。凝縮感があるワインだ。

5)ヴェネト州のソップレッサというサラミ
ほんのり大蒜の香りがする。化学調味料も発色剤も入れていないそうだ。薄いピンク色のサラミだ。

サラミに合わせてあるのが、リグーリア産のフォカッチャ。フォカッチャは、じゃがいもを入れて作るそうだ。というか、厳密には、じゃがいもを入れていないと"フォカッチャ"と呼べないとのことだ。これは、粉の二倍以上の北海道のインカの目覚めを入れて作られているという。

手でつまんで一口いただくが甘い。この甘味はじゃがいも由来のものだろう。これに合わせるのがソップレッサという、直径10cm以上もするかなり大きめのサラミ。生肉感と、柔らかさが素晴らしい。

6)ガローニのプロシュット・ディ・パルマ、24ヶ月以上熟成させたプロシュート 下は熱々の揚げパイ、"トルタフリット"、現地と同じ食べ方で...
手で持っていただく。1つ目のトルタフリットは、パイにまだ揚げたての温もりが感じ取れる。このぬくもりの中でプロシュートの旨味を堪能する。ペルシュウと比較して、味わいが濃いハムだ。

7)自家製の平焼きパンと、ピエモンテの良質な発酵バターと最高級品、黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
イタリアの生ハムの王様、"クラテッロ・ディ・ジベッロ"。豚の外腿肉の一番旨味の強い部分をより分けて、膀胱に詰めて熟成させたものだ。

しかも、本日は非常に稀少な"クラテッロ・ネロ"と呼ばれるパルマ黒豚を使った"クラテッロ・ディ・ジベッロ"だ!、自家製の平焼きパン("チャバッタ")とピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

旨みと酸味のバランスが絶妙だ。香気も押しつけがましくなく実に品がある。絵画における新古典派のような英雄的で端正な閃きを感じる。他の生ハムも素晴らしかったけれど、本日一番を決めるとしたら、わたしはこの一品を迷いなく選びたい。


5.魚料理...岐阜 長良川より 天然ウナギのアルフォルノ 新竹の子、フルーツトマト添え
4月20日から漁が解禁になった天然うなぎ。アルフォルノ=オーブン焼き。新潟の新竹の子を香ばしく焼き上げ、上にはフルーツトマトとケッパーソースを合わせたものがかけられている。天然ウナギからは焔(ほむら)立つようなしっかりしたウナギの風味を感じる。また、これと竹の子との相性が驚く程よい。

6.旬のパスタ...手打ちパスタ 徳島産 白鮑とアスパラソバージュ和え
鮑を使ったパスタ。タリアテッレ。アスパラソバージュがあわせてある。アスパラソバージュは、味的にはクセや強い香りはなく、茎の部分は噛むと心地よい歯ざわりと少しばかりのぬめりを感じる。

鮑。夏の到来を感じさせる食材だ。ただ、この時期の鮑は、鮑本来の滴るように濃密な存在感はまとってはおらず、いまだ爽やかで軽快な印象を受ける。

7.メインの肉料理...フランス シストロン産 仔羊鞍下ロースのアッロースト 新玉ねぎのフォンドゥータ添え モデナの伝統的なアチェート・バルサミコDOPのアクセント
仔羊に新玉ねぎ。実にシンプルな一品だ。そこに25年熟成のアチェート・バルサミコでアクセントをつけてある。わたしは、こういう味を足しこんでいないシンプルな一品に目がない。仔羊はしっかりした存在感を示しつつもまったく臭みがなく、新玉ねぎの甘みとのマリアージュは抜群であった。また、ソースの酸味のアクセントが秀逸だ。

これにあわせるのは、北イタリアのメルローのワイン。

8.デザート...ラティンピエーディ
ラティンピエーディとは、パンアコッタのようなお菓子だ。牛乳と砂糖とゼラチンでつくった実にシンプルな一品だ。

9.小菓子、ピッコラ・パスティッチェリア
最後に、宮崎の完熟マンゴーの小菓子が出て一通りとなる。わたしは、ひとりだけ、「ペレグリーノ」さんに来たらお決まりのロマーノ・レヴィさんのグラッパでこの最後の一品を愉しむ。

やはり、「ペレグリーノ」さんは素晴らしい。いつまでもいつまでも絶対に擁護し続けたいレストランである!

最後に失礼する際にシェフとお話ししていて意外なことがわかった。

わたしは、映画が好きで普段からいろいろと観るのだけれど、今まで観た映画の中で、紛れもなくベスト10に入る1本に、北野武監督の『キッズ・リターン』という映画がある。

これを20年ほど前に渋谷のユーロスペースで観たときに、上映後、感動でしばらく座席を立ち上がれなかったことを今でもまざまざと思いだすことができる。...なんと、今日この日、高橋シェフもこの映画の大ファンだということがわかったのだ!...意外とシェフとは映画的感性も近いものがあるのかもしれない♪

黒トリュフが"森の香り"だとすると、アルバ産白トリュフは、"仄かに湿り気を帯びたプロパンガスの香り"とでも言おうか...このクセのある特香成分が止められない!やはり、この時期は「ペレグリーノ」さんで白トリュフをいただくのが決定的に正しいやり方だろう。

2016年11月25日(金)19:30、友人3人と「ペレグリーノ」さんを訪問する。また、今回もご主人高橋シェフのの優しいお人柄が素敵であった。

まずは、シチリアのグリードという白ぶどうを使った、スパークリング白ワインが饗される。青みがかった風味が涼やかだ。

1.メニューに書かれていない小さなお摘み、生ハムの細かく刻んだものを加えた、エミリア=ロマーニャ州特有のパン〝クレッシェンド〟
スナック的な感じで摘めるパンだ。細かくまぶされた生ハムが香ばしい。

2.長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出した澄んだ味わいのブロート
水と塩と軍鶏だけで16時間、沸騰させることなく煮込んだブロート。その中に2種類のラビオリが入っている。白い皮のほうが今が旬の白トリュフを加えた詰め物で、もう1つが、義太郎軍鶏の胸肉を合わせたラビオリだ。

一口いただくけれど、ブロートの透明感にちょっとうろたえる!存在感を主張するのではなく、ひたすら透明感を追求した一品である。口に含んだ2種類のラビオリの違いは圧倒的だ。白トリュフからは、白トリュフの特香成分が紛れもなく感じ取れる。ブロートの透明感の中で、ラビオリの表情の違いを愉しむ。

3.「ペレグリーノ」さんのスペシャリテ、パルマ生ハム5種類!
エミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコという葡萄を使った微発泡赤ワインが饗される。現地では、パルマ産の生ハムには、この微発泡のランブルスコを合わせるのが定番だ。フレッシュな酸味と細かな泡ののど越しがよい一品である。

1)日本産のパルマハム、パルマで9年間修行した日本人唯一のパルマハム職人、多田昌豊(ただまさとよ)氏の"ペルシュウ"
塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいである。右端に鮨屋さんの山葵のように少しこんもりとハムが盛ってある。これは、ハムを切るときにできたクズのようなものだそうだが、すごく甘みがある。これは最後に掬ってまとめていただくことにする。

2)イタリアのボローニャソーセージ、モルタデッラのハム
これは、添加物、調味料がまったく使われていない。本物のボローニャ風ソーセージのハム。香り高く、味わいも余韻が長い。

3)ガローニのプロシュット・ディ・パルマ、24ヶ月以上熟成させたプロシュート 下は熱々の揚げパイ、"トルタフリット"、現地と同じ食べ方で...
手で持っていただく。1つ目のトルタフリットは、パイにまだ揚げたての温もりが感じ取れる。このぬくもりの中でプロシュートのの旨味を堪能する。2つ目は、トルタフリットが温度が落ち着いてくるので、フリットとプロシュート、それぞれの味わいをいただく。

4)固くしまった熟成のサラミ
高橋シェフの創意工夫で、より美味しくいただくために、すこし脂が融解するようにオーブンで温めて香りをだしている。香り高いサラミだ。微発泡ワインとの相性は抜群だ。

5)自家製の平焼きパンと、ピエモンテの良質な発酵バターと最高優品、黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
本日の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"は、黒豚だ。前回は黒豚の入荷がなく、白豚であったけれど、本日は白豚より稀少な黒豚をご用意いただく。自家製の平焼きパンとピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

4.徳島の南の方、由岐というところの水が綺麗な白甘鯛の松笠揚げ、イタリア野菜のほろ苦いプンタレッラという生野菜のサラダ、手前にパセリが主体のサルサヴェルデを添えて
ここで、白ワイン、フリウリ=ヴェネチア・ジュリア州、北イタリア、飲み心地の良いワインが饗される。

今日の白甘鯛は、徳島の由岐というところのもの。由岐は、水が綺麗な海に面しており、アワビやアオリイカ、伊勢海老の産地なのだそうだ。今は時節柄、甘鯛やノドグロが獲れるという。松笠揚げがパリパリと旨い。ぐじの若狭焼きに近い感じである。

5.天然の鰻の炭火焼、下に敷いてあるのがイタリアの野菜の女王と言われるラディッキオ・ディ・トレヴィーゾ・ロッソ・タルディーヴォ、上からは、10年以上熟成したシエーナ産のバルサミコソースをかけて
吉野川と河口のところでとれた海鰻。やはりこの鰻も蒸したりはしない。その弾力に強かに打ちのめされる。
ここで赤ワインが饗される。1993年、20年以上熟成された、頃合の北イタリア、ロンバルディアの赤ワイン

6.軟質小麦で作った絶品タリオリーニ!白トリュフをふんだんにスライスして...
軟質小麦を挽いた粉。粒は極細かい。繊細。卵黄だけでなく、全卵をしっかりと入れて練り上げた純粋で繊細なパスタに脱帽!そこに、ふんだんに白トリュフをスライスしていただく。"仄かに湿り気を帯びたプロパンガスの香り"にくらくらしそうだ。

わたしは、元来、たとえば、雷鳥のような、香りを愉しむ嗜好品に近い食材に弱い。この白トリュフもまさにそうした嗜好品としての食材の代表格だ。

ここで次の赤ワイン。ピエモンテの良質なバルベーラ・ダスティのもの

7.岩手の山形村というところの赤身の味わいが強い短角牛、付け合せに洋ナシのマスカードシロップ
赤身の味わいが深い。牛の旨味成分、イノシン酸、グルタミン酸がたっぷりと含まれて、肉は柔らかく味わいが秋の紅葉のように深い。

8.濃縮ミルクのジェラート、上には香ばしくローストしたヘーゼルナッツをふりかけて
「当店では開店以来人気ナンバーワンのデザートです...」とのご案内。これは確かに旨かった。ミルクが濃く、パリパリと口中にはじけるヘーゼルナッツも小気味よい。最後に白トリュフの小菓子で一通りとなる。

やはり、「ペレグリーノ」さんは時折訪問しなければいけないイタリアンである。目下わたしの中でNo.1イタリアンだ!さっそく、次の予約を抑える。次は来年5月、貸切の会だ!

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2015年10月23日(金)記す

『イタリア料理とはこんなに肌理細やかな料理であったか...「ペレグリーノ(PELLEGRINO)」、このイタリアンは凄い!饗される一品一品が新鮮な驚きに充ちている!』

お花畑や女の子、お陽さまに、お星さま、そしてその合間合間を縫うようにメッセージやポエムのテクストが書き綴られていく...その花咲くようなラベルを指差してお連れさまがこう言う、「マドさん、これがね、レヴィさんのグラッパですよ...」

伝説のグラッパ職人、ロマーノ・レヴィさんのグラッパのボトルを肩ごしに眺めながら、今から都内指折りのイタリアンで饗応が始まろうとしている。2015年10月23日(金)...これから、素晴らしいというのが惜しいくらいの途轍もないイタリアンで過ごした数時間についてできるだけ詳細に書き綴っていきたいと思う。

店内は縦長に小さい。本日はグルメ仲間6名の貸切である。店主、高橋隼人(たかはしはやと)さんと会話を交わすうちに次第にメンバーが饗応の場に集まってくる...予定通り、19:30、会がスタートとなる。

まずは、スプマンテ。「ペレグリーノ(PELLEGRINO)」のワインは、温度ぬるめに饗される。こちらではワインの味わいを感じてもらうため、キンキンに冷やすことはない。スプマンテは、ピエモンテ州のスプマンテ、Massimo Rivetti Brut Duemilanove(マッシモ リヴェッティ ブリュット デュエミラノーヴェ)。シャルドネとピノノワールをブレンドした一品。辛口で、きりりと引き締まる。

1.自家製全粒パンとピエモンテ州の発酵バターを添えたお摘み
(隼)本日のおつまみです。当店で定番となるものですが、自家製の天然酵母とイタリア産のオーガニックの全粒粉を練り上げてただいま焼き上げたばかりの自家製の全粒パンです。そしてその上には北イタリア、ピエモンテの大変良質な発酵バターを現地より少し厚みを持って切って添えてあります。シンプルなんですが、どの素材も際立つような仕立てですので、どうぞスプマンテ、ノンアルコールのお飲み物とあわせてお召し上がりください。

質朴な香ばしさが漂う。バターもいささかもしつこさがなく、ひたすら好感がもてる。

ここで最初の赤ワインが饗される。Giuseppe Mascarello Figlio Langhe Freisa Toetto(ジュゼッペ・マスカレッロ・エ・フィッリオ ランゲ・フレイザ トエット)。ネッビオーロ種。甘み、 酸味はまろやかだけれどシャープな感じの素敵なワインだ。

本日のコースは、アルバのトリュフをふんだんに使う代わりに、余分な小さな料理を削ぎ落とし、通常のメニューとは若干構成を変えてあるとのことだ。

2.初めの一皿 長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したブロート アルバ産トリュフ風味
(隼)長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したブロートになります。トリュフを際立たせたかったので、軍鶏は14時間以上、一度も沸かすことなく煮詰めてすごくクリアなお出汁になっております。

白トリュフの香りが凄まじい。トリュフにブロートを注いだあと、パンのご案内がある。

(隼)どうしてもトリュフがお皿にへばりついちゃいますのでこの料理にあわせたパンをお出しします。イタリア産のオーガニックの小麦と、北海道産の越冬じゃがいものを練りこんだフォカッチャです。

ここで、白ワインが饗される。Castello di Lispidda Amphora Bianco(カステッロ・ディ・リスピーダ アンフォラ ビアンコ)。"アンフォラ"という陶器の甕にいれて地中に埋めて熟成させるという方法を使って作られた色は、輝かしいオレンジ色。煮詰めた金柑、カラメル、ドライフルーツ、アンズ、といった複雑な香りが鼻腔に広がる。これがお代わりするくらい美味しい!

3.季節を取り入れた前菜・仏産 鴨フォワグラのテッリーナ、徳島里浦産さつま芋"里むすめ"とのコンビ、白トリュフ蜂蜜がけ
(隼)フランス産鴨のフォアグラのテリーヌ。下には今が旬の徳島県産、"里むすめ"と呼ばれるさつま芋のローストを敷いてあります。芋はアツアツで、上のフォアグラは冷たいものをあわせてあります。この温度差をお愉しみください。あと、フォアグラの上にはアカシアの蜂蜜、イタリア産のもので、その中に白トリュフを刻んで加えております。今、冷たいところに白トリュフがのっておりますので、香りはそんなに立ってないんですが、上から外側のスプーンとフォークで一緒に切って口に運ぶことによって、口に白トリュフの香りが広がります、お試しください...

"里むすめ"の質朴とした甘味が素晴らしい。食べ進めるほどに白トリュフの芳醇な香りが舞い上がる...

ここで、次の赤の名品が饗される。Lambrusco 2013 Camillo Donati(ランブルスコ 2013 カミッロ・ドナーティ)。イタリア・エミリア・ロマーニャ産の微発泡の赤だ。 ランブルスコ・マエストリ種100%。果実味鮮やかで、いきいきとした酸味が印象的だ。泡立ちは柔らかく、飲み心地のよい赤だ。

4.前菜・パルマの生ハム、サラミ盛り合わせ"サルーミ ミスティ"
さあ、ここからが「ペレグリーノ」ご自慢の生ハムサラミの饗宴である!手動の生ハムスライサーでひと皿ひと皿饗していただくことになるのだが、ここはしばし、高橋シェフのご説明に耳を傾けようではないか!

(隼)当店名物の切りたての生ハムサラミの盛り合わせになります。生ハムサラミの盛り合わせと謳っているんですが、当店は生ハムを一番美味しい状態でお召し上がりいただくために、1種類ずつ順次切り分けてお持ちしています。このあと2種類、3種類とお持ちしますが、本日は白トリュフの方に比重をおいておりますので、少し少なめに5種類をお持ちいたします。お皿が白くなったところに順次お鮨屋さんのようなスタイルでお持ちします。

1)日本の岐阜の山奥で造られる、多田昌豊さんのごく繊細な味わいのプロシュート"ペルシュウ"
(隼)これは日本の岐阜の山奥で作られる"パルマスタイル"のプロシュート、"ペルシュウ"になります。何が"パルマスタイル"かといいますと、イタリアパルマで、延べ9年間修行し、日本人で唯一のパルマハム職人として現地で認められた多田昌豊(ただまさとよ)氏が、日本に2010年に帰国して作る極上のものということで"パルマスタイル"と謳わせていただいています。

(隼)多田氏は、岐阜に移り住んで、まったくパルマと同じ工房をつくって、パルマと同じ製法で作られています。ただ、豚が日本の岐阜の豚を使っているので、塩加減は現地より少し抑え目に作っていて、こうした繊細な味わいになっております。

(隼)この生ハムは、東京のレストランでは当店のみの扱いとなっております。多田氏がすごくこだわりがあって志が高い人間ですので、この薄さに切れない料理人には売ってはいただけません。彼の生ハムを使いたいとなったら、彼が来て切ってみろ、となって、で、切れないと一切売ってはくれないんです。

(隼)あと、この生ハムには、ぼくの修行したイタリアパルマの特産ワインである微発泡したランブルスコをあわせるのが、現地でもお決まりとなっております。一緒にお愉しみください。

生ハムの既成概念を覆す逸品である。このシルクのようななめらかな舌触りと、いささかもしょっぱくない味わいの品性は瞠目に値する!

2)ガローニのプロシュット・ディ・パルマとパルマ風揚げパイ、トルタフリッタ
(隼)パルマ風揚げパイ、トルタフリッタを下に敷きまして、その上には、本家イタリア、ガローニ社製のプロシュット・ディ・パルマです。多田昌豊氏が修行していた会社です。24ヶ月熟成のものです。そして、イタリアパルマでは、このプロシュット・ディ・パルマでは、必ずと言っていいほどランブルスコと同じようにトルタフリッタを添えるのが、お決まりとなっています。大変味が広がりますので、ぜひ一緒に刺してお召し上がりください。

どこまでも香ばしい香りを放つ揚げパイがお皿に2つ置かれ、その上にプロシュット・ディ・パルマがふんだんにのせられる。この一品も素晴らしいの一言に尽きた。熟成プロシュートの滋味深い味わいと、香ばしいフリッタの屈託のない軽やかさはこれ以上ない組み合わせである。

3)本物のボローニャ風ソーセージのモルタデッラ
(隼)添加物をまったく使っていない本物のボローニャ風ソーセージのモルタデッラです。香り高く、味わいも余韻が長いです。

こんなに素晴らしいソーセージを未だかつて食べたことがあったろうか!その優しいアピアランスと味わいに深くため息をつく。

4)サルーミ・クラテッロ
(隼)サルーミ・クラテッロと呼ばれるもので、サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミでございます。サラミ・クラテッロといわれますように、これからお持ちするのがイタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミになります。本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られたサラミです。良質な肉を使って作られていますので、熟成加減は素晴らしいです。で、さらに味を際立たせるためにオーブンで表面だけをほんのり温めて脂を溶かし、香りを出してお持ちしました。

ほんのり温めて溶かした脂がサラミの表層を覆い、良質な身肉(みしし)をたおやかに包み込んでいる...この高橋シェフの画竜点睛が素晴らしい。(この一品は後ほどおみやにしていただくことになる)

5)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"、発酵バター、平焼きパン"チャバッタ"とともに
(隼)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"でございます。本当に希少で別格の味わいです。必ず満足いただけると思います。本日はせっかくですので、2種類の切り分けでお持ちしています。ぜひ手前の切り分けただけのものからお召し上がりください。奥手にあるのが平焼きパンの"チャバッタ"と、あとは良質な発酵バター、それとごくごく薄切りにして幾重にも重ねたクラテッロを乗せたサンドイッチです。現地ではこれが最良の食べ方と言われています。ぼくもそう思うので、ぜひこれは最後にお召し上がりください。

(隼)これは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足からまず外して、それでそれを豚の膀胱に詰めて、吊るして熟成させるんです。あのー、普通、熟成というと乾燥した場所で熟成させるんですが、この土地(パルマ、クラテッロ)は湿地帯なんですね。川のすぐ横で熟成させるので、その湿地帯で熟成させるためには、豚の膀胱に詰めて、外側はカビが生え、菌をまとわせて中に影響がないように熟成させるんです。

(隼)そのまま食べると美味しくないので、現地でもまず豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱をとって、そのあとにさらにその膀胱と肉の間にある腐敗した部分を全部削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてからお出しします。

(隼)この製法(戻し方というの)は、イタリアの現地で修行してないと中々わからないものですから、同じクラテッロを他のお店で食べても、なかなかこういう香りのものは出てきにくい状況になっているかと思います。

(隼)今日は白豚のクラテッロだったのですが、もうひとつ本当に芳醇で、年に何本も入ってこないような黒豚で仕込まれたクラテッロというものがございますが、それはもう本当に、味、香りがもうワンランク上になるもので、戻すときのワインもバローロを使ったりします。

とのことだ。さすが高橋シェフの思い入れもひとしおである。ハムは絶品。どのハムもそうであるが、実に品性を備えていて繊細であることに驚きを禁じえない。ここのハムは、わたしが食べたハムの中でも指折りの逸品である!

ここで、次の微発泡の赤ワインが饗される。Barbacarlo Oltrepo Pavese Montebuono(バルバカルロ オルトレポ・パヴェーゼ モンテブオーノ)。ロンバルディア州、Barbera (バルベーラ)、 Croatina (クロアティーナ)、UvaRara (ウーヴァ・ラーラ)、 Ughetta (ウゲッタ)、4種のぶどうを使った微発泡の赤ワイン。一口いただくが、 ハーブなどの独特の香りと味わいが心地よい。

高橋シェフから一言ご案内がある。

(隼)実はこのあと、(メニューに)魚って書いてあるのですが、その前に一品挟ませていただきます。今日はあんまり余分なものは、お出ししないと言っていたんですが、偶然に本当によい食材が入りましたもので...食材はイタリアのフレッシュなポルチーニの大変良質なものです。

4.ポルチーニ茸のフリット、ネピテッラを添えて
(隼)現地ではポルチーニといったら、ネピテッラというミント系の香りのする香草、ポルチーニと抜群に好相性のものを使います。このダイナミズムをお感じください。

傘といしずきを分けてフリットされている。これが途轍もなく旨い。傘の部分は信じられないくらいの瑞々しさで食べ手を圧倒し、打って変わっていしづきのシャリシャリ感がたまらない!良質なポルチーニとはこんなにも瑞々しく水分を含んでいるものかと驚きを禁じえない。

ここで、次なる魚料理を見据えて白ワインが饗される。Vitovska Origine 2009 Vodopivec(ヴィトフスカ・オリージネ 2009 ヴォドピーヴェッツ)。ヴィトフスカ種100%のイタリア・フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア産の白ワイン。

5.魚料理 徳島産鳴門海峡より、一本釣りの鰆(さわら)イタリア野菜 プンタレッレとガエタオリーブのペーストを添えて
(隼)紀州備長炭焼きです。鰆が一番美味しくいただけるようにミディアムレアの状態で火を入れております。2種類のフルーツトマトと、渋みと苦味を感じ取れるオリーブのペーストをアクセントに添えております。奥手にある野菜は、今が旬のイタリア野菜、プンタレッレになります。

まさに海で泳いでいる鰆の新鮮さを、そのままにひと皿に仕立てたような一品。ミディアムレアから感じ取れる鰆の鮮度に胸を打たれる!

ここで、次のパスタを見据えて赤ワインが饗される。イタリアワインの王様、バローロだ。Giovanni Canonica Barolo 2005(ジョバンニ・カノニカ バローロ 2005)貴重なバックヴィンテージ!、一口含むが、余韻が長く充分なボリュームである。酸、タンニンもししっかりとして豊かである。

6.パスタ 手打ちパスタ タリオリーニ アルバ産 白トリュフで覆い尽くして
(隼)ピエモンテのタヤリンは、トリュフに合わせやすいように卵黄だけでねったもの、と最近は定義付けられているのですけど、ぼくはエミリア=ロマーニャ州で修行したんで、卵黄だけだとボソボソしてしまうんで、こちらのタリオリーニは、(少し卵黄は多めに配合しているんですが)、全卵をしっかり入れて作っています。

この白トリュフのふんだんな使い方は罪である。胸が詰まるくらいに悩ましく食べ手を圧倒してくる。タリオリーニの出来栄えも素晴らしいの一言である。

ここで、最後のメインを見据えて赤ワインが饗される。La Stoppa 2003(ラ・ストッパ 2003)。エミーリア・ロマーニャ州のビオ。凝縮感がしっかりとあって、粗絞り感を主張してくる良品である。

7.メイン料理 バザス種 牛 リブロース芯 の紀州備長炭火焼 イタリア産洋梨のマスタードシロップ漬モスダルダ添え
(隼)バザス種、日本に10月に初上陸。フランスでも一番素晴らしいと言われているのがバザス種です。フランスバザスの最高の牛肉リブロースの芯だけを使ってます。まわりは全て削ぎ落として、あとはリブロースの周りについている筋だけを焼いて煮出したソースをつけています。付け合せはなくて、アクセントにイタリアの洋梨のマスタードシロップ漬け、モスタルダをお付けしています。

良質な牛ステーキである。付け合せの洋梨のシロップとの相性も抜群である。

ここで、最後の白ワインが饗される、Verduzzo(ヴェルドゥッツォ)。淡黄色または黄色の麦わら色を持った白。一口いただくが、繊細でフルーティー、特徴的な香りを持った上質な白である。

8.デザート 伝統的、典型的なバニラ風味のパンナコッタ
(隼)伝統的なパンナコッタです。上にはイタリアを代表する伝統的なデザートのひとつザバイオーネです。温かいものです。そこに本日、ピエモンテの白トリュフを加えた白トリュフのザバイオーネです。卵黄をかきたててつくるものなんですが、それと一緒に掬ってお召し上がりください。

「ペレグリーノ」のパンナコッタは悶絶するほどに旨い!

(隼)少量、ロマーノ・レヴィさんのグラッパをご用意しました。

(皆)えー!

(隼)このグラッパの香りと、チョコレートを一緒にいただいたら、どちらも甘さが際立つと思います。カカオ分100の%のベネズエラ産の自家製の生チョコレートになります。

レヴィさんのグラッパ。まるで上等のワインを飲んでいるかのような柔らかな接触感...まさに天使のグラッパである!

以上で、本日の「ペレグリーノ」は一通りとなる。わたしの中でイタリアンのランキングが塗り替えられた一夜であった!「ペレグリーノ」は途轍もない。イタリアン好きで未訪の方があるなら、今すぐ駆けつける価値のある名店である!

  • ジベッロ村の"クラッテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
  • 【旬の一皿】大間の黒鮪のクルード
  • 【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロート" 詰め物をした小さなラヴィオリ"カペレッティ"を浮かべて

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2位

長谷川 稔 (広尾 / イノベーティブ、フレンチ、イタリアン)

2回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥50,000~¥59,999 -

2019/10訪問 2019/11/04

厚岸の牡蠣と阿蘇のメイシャントンの旨みの饗宴に舌を巻く!...「長谷川 稔」、来年のTabelog Awardは長谷川 稔一色に染まるような予感がする

東京、広尾。...大使館が点在するインターナショナルなイメージのあるこの街の一角に、どことなく居住まい悪そうに佇む1軒家がある。それが「長谷川 稔」だ。

...なんとなく昭和の家屋を思わせる一軒家なのだけれど、毎夜そこで繰り広げられる饗宴の素晴らしさは、間違いなくThe Tabelog Award、GOLDの価値があるものだ。その晩餐では、例えば、こんなシーンが当たり前のように繰り返される。

...ほの暗い4名掛けのテーブルに、厚岸の牡蠣と阿蘇メイシャントンの一皿がさりげなく饗される。...ナイフを入れて一口いただくと、豚肉のイノシン酸と、干しシイタケのグアニル酸が、旨味成分そのものとして腰を据えるなか、その旨味に媚びることなく仄かに漂う牡蠣の金気臭が、素晴らしいアクセントとなって味蕾を震わせにかかる。

この豚肉の一皿に、牡蠣という海のこぼした一粒の涙を添えることによって、一皿の引き締まり方が全く異なる。このような一皿にいただいたときに感じるのは、たんなる旨いとか不味いとかといった感想ではなく、レストランへの深い敬意である。


2019年10月20日(日)、18:00。大切な友人3人との晩餐が始まる。今日は友人の中に、わたしの大好きな中目黒のイタリアン「ICARO」のオーナーソムリエの宗隆さんにも参加していただいた!

1.鮑と万願寺唐辛子の先付け
舞鶴産の鮑を硬水と軟水と塩のみで4時間ほどゆっくりと煮込んでいる。そこに姫路のレンコンと万願寺唐辛子をベニエにしたものを付け合わせにしている。濃縮したミルクを潮で包みこんだような鮑の身肉の弾力は文句のつけようがない出来栄えであった。

2.白カジキと、北海道の蝦夷鹿の腿肉を合わせた一皿
これは面白い一品であった。白カジキは、さくっとした口当たりの中から、匂い立つかのような香ばしさが口に広がり、とろけるようにまろやかさが湧いてくる。ここに、蝦夷鹿のビロードのような艶やかな赤身を合わせると、なにやら良質な鮪の赤身をいただいているような錯覚を覚える。

ここに、シーザーソース、25年熟成のバルサミコ酢、タプナードソースの3種類のソースをあわせていただく。

ちなみに鹿はネックショットで仕留めたものである。

3.松茸を載せた特選の松坂牛のすき焼き
香り高き松茸の向こう側に、凝縮された太い松坂牛の旨みがドンとくる。問答無用に旨い逸品である。

4.フォアグラバケットとスートコーンのピュレ
ピュレは、北海道の雪の妖精という糖度20度スートコーンと牛乳と塩だけでピュレにしたもの。これにフォアグラとゴルゴンゾーラチーズを添えたバケットが添えられる。ピュレの純潔なまでの甘みに震える!

5.フエダイのカツレツ
伊東のフエダイ。フエダイとは、すずきの仲間である。これをカツレツにしてある。衣の下に感じるフエダイの身質は、悪い白身魚にときどき感じる水分の抜けたささくれが一切感じられない。芳醇に艶やかに輝いている。ここに、北海道のキャビア、北海道のジャガイモ、チーズを乗せたグラタンが添えられている。

6.鱈白子のパスタ
昨年もこれをいただいたけれど、今年もまた悩ましげに舌に絡み付いてくるテクスチャに吐息が漏れる。凄い。

7.酒蒸しにした厚岸の牡蠣とメイシャントンという阿蘇の黒豚のロースとバラ肉
牡蠣と豚肉の相性がとにかく素晴らしい。玉ねぎ、天然の舞茸を添え物として、胡麻ソースでいただく。

8.箸休めのトマト
奥が糖度が9度の北海道の濃いトマト。手前が九州の小川農園のミニトマト100°で1時間ローストしてあるとのことだ。そのトマトで作ったソースと木更津産の水牛のモッツアレラチーズが添えられている。とにかく上品で優しい味わいであった。

この後に、一杯のシャンパーニュが饗されたのだけれど(サピエンス エクストラブリュット サピアンス シャンパン シャンパーニュ)、宗隆さんはこれに一番反応されていた。ビオワインである。(好きだけど)ワインに疎いわたしだけれど、そういわれてみると、複雑な余韻というか、力強い豊かさのようなものをなんとなく感じてしまう。...調子よすぎかもしれませんが(笑)


9.海鰻を炭火焼に、自家製の昆布を染ましたお米を添えて
海鰻とは河口付近で取れる鰻である、脂は強めである。お食事に戻ってきた感がある。

10.アルバの白トリュフを刻んだリゾットに、自家製のいくらを添えて
こちらもご飯ものであるが、リゾットの優しい味わいに白トリュフのプロパンガスの風味が焔立つ!

11.島根県の和牛ブランドの松永牛のソテー
島根県の和牛ブランドの松永牛 (宍道湖の少し先の山の牧場で作っている)のソテー。「長谷川 稔」はとにかく焼きの技術が凄い!このソテーにしても、本当に一度味わっていただきたい!こんな絶妙な火入れのお肉の焼き物を出してくれるところをわたしは知らない。

この絶品肉に、ポルチーニをクリームバターでソテーしたものと、マルサラ、フォンドボーを合わせたソースが添えられている。


12.福島の「とろもも」スープ仕立てのデザート
少し火を入れた桃に、ゼリーとコンポート、ジェラートを添えて。媚びてこない甘みにひたすら好感が持てる。

13.ティラミス
スポンジには黒糖を使っている。そして、クリームソースはマスカルポーネチーズ、ラム酒、メレンゲを入れて軽くし、真ん中にジェラートが添えられている。

1年ぶりの「長谷川 稔」であったが、やはり素晴らしかった。ここは来年、The Tabelog Award、GOLDを獲得するレストランであると確信した一夜であった。次回訪問は、また一年先となるが、先ほどシェフから、深夜時間帯の「薫 HIROO」のご案内をいただいた!これは万難を排してでも駆け付けなくてはならない!
料理における感動とはなんだろうか。...それは、震えるくらいに繊細で丹念な牛肉の火入れやら、白出汁で炊き上げたタラ白子に鰹節の香りをそっと通わせる手際といった料理人の手間を、言葉を通さず、料理から直に感じとってしまうところにこそあると思う。

調理の手間暇というものは料理が完成した時点で、料理の見た目からはすっかり消え失せている。しかし、食材そのものの良さとは別に、職人の食材に対するいつくしむような手間暇を、漏れる吐息のような低い響きとして舌が受け止めたとき人は心の底から感動するのだと思う。

広尾「長谷川 稔」。こちらで饗されたシェフ厳選の全7品の料理は、そのすべてが、料理人の"手間は足し算"の想いを胸元深く呑み込んでひたすら美しく震えていた。2018年11月18日(日)。この美しいレストランとの出会いを以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


シャンパーニュで喉を潤すほどに、まず1品目が饗される。

1.静岡県の稲取(いなとり)の金目鯛の鱗焼
「長谷川 稔」のスペシャリテともいうべき金目鯛の鱗焼。付け合わせには、北海道産のハーブ、モッツアレラチーズ、北海道産のフルーツトマト フルティカのローストが添えられている。ソースは、トマトのピューレ、バルサミコ酢のソース、自家製のドレッシング。

まず、金目鯛の身肉(みしし)の火入れは完璧。申し分ない。潤味(うるおみ)があって金目の香りを最大限に引き出した技術を感じる。そして時節柄だろうか...どこかしら海老の甲殻類の香りが伝わってくる。むろん料理としては、これだけで瞠目に値する仕上がりである。しかし、その身肉と皮目の焼き加減との組み合わせが、さらに惚れ惚れするような出来栄えだったのだ。

皮目の焼きは、いわゆる甘鯛などでよく見られる鱗を立てる"松かさ焼き"とも違い、もっとスナックのように軽快に香ばしく焼き上げられている。この皮目の軽やかな香ばしさと身肉から立ち上る金目の色気とのマリアージュに、何か今、この場で尋常でない出来事が起こっていると直感する。魚をぞんざいに焼いて、絶対にこんな風な焼き物が出来上がるわけがない、そう直覚したのだ。

心がそぞろにざわつき、思わずスタッフの方にお声がけして、その調理法についてお聞きしてみる。...すると、まさにスタンレー・キューブリック並みに変態的な、言ってみれば、シェフの調理に対する"異常な愛情"が明るみになる。

なんでも、まず、金目自体にゆっくり2時間スチームで火入れしてから、鱗の部分をサックとパリッと焼き上げたいため、オリーブオイルを塗布して火を入れるのだけれど、そのときせっかくスチームで2時間焼いて完璧な状態に持って行った身肉に、今更バーナーから伝わる余熱を与えたくない。...そこで、バーナーを鱗にあてるとき、素手で身肉に氷を当てて火が通らないように、皮目をパリパリに仕上げるというのだ。当然、氷を抑える手は、バーナーの火力で火傷を負うことになる。...いつのころからか、この店を訪問する有名シェフたちの間でこの焼きの技術が"火傷焼き(やけどやき)"と呼ばれることになる。...シェフの調理に対する"異常なる愛情"がいきなり炸裂する。こんな瞬間に出会ってしまうから、食べ歩きは止められない!


2.佐賀県の唐津の黒無花果
スペシャリテのご挨拶のあとに、涼やかに和む一品が饗される。黒無花果。これを3つのソースでいただく。ソースは、層になっている。
1)ゴマのペーストのソース
2)ヘーゼルナッツのソース
3)ラム酒、マスカルポーネチーズのソース

スペシャリテの焼き物の後に、冷たくそして楚々とした無花果の甘みを濃密な3種のソースで愉しむ組み立てが素晴らしい。

3.小田原の一本釣りののどぐろと姫路レンコンの2種類のベニエ(生地をつけて油であげたもの)
のどぐろは、1時間半ゆっくりと火入れした後にベニエにしたものだ。姫路レンコンの方は、コンフィをした後にベニエにしたものである。食感の奥に甘みを感じる。

のどぐろの方は、北海道の菅原さんが作っているピリッとしたハーブとキャビアとあわせていただき、レンコンの方は、高知県産のからすみと一緒にいただく。

これも凄い。のどぐろというと、脂が強いイメージがあるけれど、そんな印象が払しょくされる。スチームをかけて調理することによって無駄な脂が落ち、のどぐろの白身としての旨みがベニエの中に閉じ込められている。

4.タラ白子の冷製タリオリーニ
ここで冷製パスタが出てくる。極めてシンプルな1品であるが、この素晴らしさにまた舌を巻く。まず、タリオリーニには鱧と蛤の出汁が添えられているのだけれど、この2品の仕入れからして一級品だ。

鱧の方は、神経締めの上手さで一目置かれる愛媛県今治の漁師、藤本純一さんから送ってももらったもの。この漁師さんの技術はやはり凄いそうで、仮死状態にもっていって、シェフの手元に届いて蓋を開けたときに、まだ新鮮さがのこっているくらいの凄い神経締めの技術をもった漁師さんだそうだ。

蛤の方は、宮川敏孝さんという方が仕切っている千葉の"一山(いちやま)いけす"から届いたもの。"一山いけす"は2つの海流がぶつかって非常にミネラル分が豊富だそうだ。

タリオリーニは、この超優良な食材2品から取った出汁をまとっている。いささかの臭みもササクレもなく、潮の豊饒を呑み込んだようなような芳醇なお出汁である。

ここに、北海道産タラの立派な白子が載っている。タリオリーニの上で震えているこの白子が滅法よかった。59度という温度帯で30分白出汁で炊き上げ、豊かな鰹節の香りが香る白子となっている。まずは、高知県産の仏手柑(ぶしゅかん)を少し絞って仕上げたこの白子パクりと一口いただく。まるで海のこぼした涙のような、感情を内に秘めたの奥深い味わいである。天を仰いで、言葉にならない感動を呑み込む。

5.兵庫県の川岸牧場の神戸牛のいちぼ(おしりと太もものお肉)のカツレツ
「長谷川 稔」はお肉料理も物凄かった!サクっとした食感とそのあとに広がる香りに牛の旨みを感じる。今まで食べたカツレツの中で一番だと断言したい。

まずは何もつけずにいただいて、2口目はとんかつのソース、3口目に奥のタルタルのソースを少しつけていただく。

付け合わせは、ジャガイモ。このジャガイモがまたよい。中心にはインカの眼覚め(ルージュ)。ルージュは名の通り赤いジャガイモである。しかしこれは普通のインカより糖度は低いそうだ。それを覆うように雪下熟成のきたあかり、さやあかね2種類のジャガイモをマッシュにして添えてある。これが甘みを蓄えてたわわである。そして最後に上からウォッシュタイプのロビオーラ(チーズ)をかけている。最初にチーズの塩味がきて、そのあとに甘みが来るためさらに甘く感じさせる趣向である。

6.ご飯
佐賀県の"ひのひかり"という大粒のお米で作ったリゾットである。先ほどの鱧と蛤のお出汁をいれてリゾット風に仕立ててある。さらに生姜、茗荷を入れていて炊き上げ、味わいと香りを立たせている。

ここに、すじこをふんだんにかけていただく。またこのすじこが一仕事加えたものである。まずすじこを、2日味噌漬けにして脱水する。脱水後に今度は白出汁を使って浸透圧で戻していく。これによって、味噌の醸造香といわれる香り、鰹節の香り、干しシイタケの旨みを感じる。

タリオリーニの時も感じたけれど、「長谷川 稔」は究極の白出汁使いのレストランである。

7.ルーアン鴨の炭火焼
セーヌ川周辺で育てているルーアン鴨、ビュルゴー家でしか締められない鴨である。これを"スイッチノック"という手法で、高温のオーブンに入れて、1分半、10分、20分、2分半いれて、さらに15分焼く。この繰り返しを1時間半続ける。これによって鴨に豊かな旨みが閉じ込められる。最後に胸の部分を割って、パリッと炭火で仕上げる。

これに栗を削って、栗と兵庫県丹波産の鶏から出汁をとった栗ソースとアルバ産の白トリュフ、アルバの生ハム、付け合わせにヤーコンと蕪を添えて仕上げた逸品である。

何とも豪奢な一品である。...これが傑作というのが惜しまれるくらいの素晴らしい仕上がりだった。こんな途轍もない鴨は、ここでしかいただけないと断言したい。

ここで、お食事は一通りとなる。あとはデザートとなるが、まず最初に、生姜のグラニテをかけたアーモンドミルクで作ったパンナコッタでお料理から受けた興奮を冷ます。そして、そのあとに出てきたのが、わたしが大好きなモンブランだ。

これが名高い自由が丘の「エムコイデ」のモンブランに比肩するほどに素晴らしかった。「長谷川 稔」のモンブランは四万十川の栗を使っているそうだ。モンブランの上には、北海道のクリリンというカボチャをペーストにして木の葉型に揚げたチップが載っている。脇にはほうじ茶のアイスを添えてある。お皿にはマスカルポーネとラムのクリーム、栗の甘露煮、洋ナシのおソースが鏤められている。

最後に、プレーンとアールグレーのマドレーヌ、ベルガモットの香りをつけたマカロンで一通りとなる。
2018年、またたくさんのレストランを巡ったけれど、4.9点を付けたレストランは名古屋の「にい留」の1件だけであった。が、ここは、なんの迷いもなく、4.9点を付けられる文句のつけようがないもうひとつのレストランであった!

  • 酒蒸しにした厚岸の牡蠣とメイシャントンという阿蘇の黒豚のロースとバラ肉
  • フエダイのカツレツ
  • 松茸を載せた特選の松坂牛のすき焼き

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3位

にい留 (高岳、新栄町、久屋大通 / 天ぷら)

3回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥50,000~¥59,999 -

2019/11訪問 2019/11/26

揚げるという振る舞いが奏でる繊細な驚きに耳を澄まそう!...「にい留」、ここは間違いなく天ぷらの神に愛されている

その日の風向きや陽光の加減で「ペレグリーノ」になったり、「蛎殻町 すぎた」になったりすることもあるけれど、その日の夜ばかりは、何のためらいもなく、「にい留」こそが世界一のレストランだと呟かずにはいられなかった。嘘だと思うなら、レビューに入る前にその一部を少しばかり覗いてみよう。きっとその意味をお分かりいただけると思う。

たとえば鱚。...鱚の天ぷらを揚げるにあたって、おもむろに店主はこう切り出す。

「ここまで海老、イカ、銀杏と揚げてきた衣をそのまま使えば、平均点くらいの天ぷらはできますけど、それでは絶対に感動する鱚は揚げられない。...鱚はね、作りたての衣が最も性能がでる。だからまず鱚用の衣を着せてあげないとね...」

いささかぶっきらぼうにそう呟いたかと思うと、そそくさとステンレスのボールに卵と水を溶き合わせ、そこに薄力粉をはらりと纏わせる。瞬く間にキンキンに冷えた陶器鉢に新調したスーツのようなキラキラの衣が設置される。...店主は衣は食材のお洋服だという。つまりこれで鱚におめかしさせる準備が整ったというわけだ。

そしてここからが醍醐味。これまで数品揚げてきた天ぷら鍋の火力は、今はすっかりオフモードである。そこに鱚を一尾投入する。余熱から立ち昇る美しい漣のような揚げ音が、店内にいつまでも響く。そしてまた一尾投入する。まだ点火しない。...普通、他店ではここから火力を全開にする。どうしてか?いわゆる"天ぷらの体(てい)のもの"を仕立てるためには、衣が固まる温度帯まで急いでもっていかなくてはいけないからだ。

しかし店主はそれを頑なに拒む。そして耐える。そうする理由は、いわゆる"天ぷらの体のもの"を仕立てることによって失われてしまう食材の旨みを救うためにほかならない。そして、じっくりと低温で食材の旨みを閉じ込めた後、今度は一気に火力を上げ、タネと衣に付着した旨味とは関係のない曖昧な水分を短時間で飛ばしきってひとつの作品を瞬く間に仕立て上げる。

ほぼ数10秒間。...ひとつの作品を仕立て上げる店主のこの一挙手一投足のリズミカルな呼吸はなんとも見事なものである。

油の枯れ具合、衣の状態、投入する食材、その日の湿度・気温...時の経過とともに微妙に変化しながら覆いかぶさってくる諸条件を、すばやい暗算で処理して、タネの味わいの変化に滑らかに同調しながら次なる推論を組み立てる。

この躍動するような運動感こそ、「にい留」の素晴らしさである。連綿と繰り広げられる新留劇場は、どの瞬間を切り取っても、常にこのライブ感の繊細な驚きに満ちている。

それに触れていると、息詰まるベースボールの好カードを観戦しているみたいに、胸締め付けられる。いうまでもないがその運動感に、事前に用意されたレシピや指示書に従うような無粋なルーチンワークが紛れ込む余地などない。剥き出しの運動神経が、神に愛された神々しさで一瞬一瞬にひらめいている、それが「にい留」である。


2019年11月16日(土)18:00。凄かった「にい留」の一夜について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

1.北寄貝のお出汁
さぁ、ここから新留劇場が始まる!まずはお出汁から。...北寄貝の滋味が胃の腑に染み入る。

2.10日の3kgの三重のクエ
身質が肉々しい。ボリューミーな逸品である。脂乗りが抜群である。タイプは全然違うけれど、脂乗りでこのクエと双璧をなすのは、のどぐろくらいだろうか...

3.ぶり
炙ったうえで皮をはいで、苦みのテイストを出している。これも魚の香りが前面に出た逸品である。

4.北海道余市の鮟肝
甘みがあって、それが舌にメランコリックに媚びてくる。

5.いくら茶わん蒸し
最高鮮度のいくらだ。これを優しい茶碗蒸しで、するりといただく。心のこわばりが解きほぐれるよう...

さぁ、満を持してここから天ぷらである!

6.巻きえびの足
「にい留」用に出荷してもらっている養殖の海老。普通1kgでしか出荷しないところを「にい留」にはどうしても使ってほしいとのことで、500gで入れてもらっているとのことだ。何度いただいても、ここの海老は素晴らしい。足から立ち上る海老の香ばしい香りにうっとりする。

7.巻きえび
身肉が口中で健康的にはじけ、海老の甘みがしめやかに口中に広がる。実に繊細な味わいだ。これだけの逸品をいただくと、もはや天然ものに固執する価値を感じなくなる。

8.1.xkgのあおりいか
細かい隠し包丁が入った立派なあおりいかが取り出される。塩水に2時間つけて浸透圧をかけていかの水分を抜いて、水が出なくなるほどペーパータオルを何回も巻いた後、1週間寝かせてあるとのことだ。この魚の仕込みは、スペインに木邑さんといったときに気づきがあったとのことである。クエも同様であるが、魚は水をどれだけきちっと取るかが重要とのこと。

あおりいかは、何といってもいかの王様である。「にい留」の揚げの技術であおりいか特有の香りと、ねっとりとした旨みが凝縮した天タネに涙が出るほど感動する!

9.銀杏
ひとつ前のあおりいかも、この銀杏も強火を徹底して避けて余熱を最大限に利用しつつ揚げられている。そうすることによって、銀杏の香りとモチっとした食感が最大限に引き出される。これを食べると他店のものがいかにか固くて渋みだけが立ったものかがハッキリわかる。

...ところで「にい留」の天ぷらの連なりの凄さは、通常他店でわき役(箸休め的)と見なされがちな、この銀杏であったり、むかごであったり、山ごぼうであったり、椎茸であったりが、すべて主役級の迫力で食べ手に襲い掛かり、コースを活気づけて回るところにある。

店主はいう。「昔は、お客さんに天ぷらの衣は、鮨でいうところのシャリに相当するものなんです、という説明をしていたけれど、最近は少し考えが変わってきているんですよ。シャリは天ぷらの衣と違って、お客さんに饗する数秒間の間に、過熱していくという過程がない。だから最近はむしろ、鮨にはない、過熱していく(温度が変化していく)という天ぷらの衣の特徴を、調理の軸に据えて考えるように変わってきてるんですね」

"変化"を軸に据えるという概念が取り込まれた新留新理論。それにより、そのライブ感がさらに繊細に研ぎ澄まされ、料理の表情が豊かになっている!

10.鱚
皮目の香りが香ばしく、まるで焼いた感じになる。それもこれも衣についた無数の通気孔のなせる業だ。わたしは「にい留」の右に出る鱚の天ぷらを食べたことがない。

11.むかご
新物である。生からそのまま揚げると痺れるような強いえぐみが出てくる。だから、一度昆布だしで塩を一摘まみ入れて沸騰させる。すると灰汁が大量に出てくるので、それを丹念に取り除いて出汁に漬けておいてから揚げているとのことだ。

これが滅法凄かった!むかごの土くれた芋の風味が天タネ全体を覆いつくしている。日本の山川草木の芳醇をそのまま天ぷらに閉じ込めたような逸品である。これこそ最高峰の揚げの技術のなせる業である。

12.竹岡の太刀魚
この水分は罪である。口中でほろほろとほどける。一口いただいて、何に向かってかわからないけれど、ありがとうと呟いている自分を見出す。

13.やまごぼう
この一見脇役とみなされがちな山菜の天ぷらが、主役級の迫力をもって襲い掛かってくるのを受け止めるにつけ、揚げるという調理法の凄さにまたまたやられてしまう。...しかしでも、こうなってくると、第一級の食材に打ちのめされているのか、最高峰の揚げの技術に打ちのめされているのか段々わからなくなってくる。

14.岩手赤崎の一番手の牡蠣
ものすごいジューシー。貝柱がすさまじい力を持っている。牡蠣の一級品である。これが衝撃的に旨かった。これは、海のこぼした一粒の涙だ!この詩的なまでに憂いがあって艶やかな味わいが感動的でなくてなんであろうか!

ここで油を入れ替える。「にい留」の衣は、衣に孔がいっぱいあるので、牡蠣みたいな食材を揚げると水分が半端なく出て、油が一気に疲弊する。だからこのタイミングで油をかえる。

15.アスパラガス
まずは穂先。火を止めてあげ上げたもの。青臭い香りが一抹もない。
次に根元の部分。しっかりと火入れしてある。穂先とは温度も時間も変えている。一口食べて衝撃が走る。これはもはやアスパラジュースである!飲めるのだ!

16.福井産のせいこ蟹
「にい留」にしか入らない蟹。

今年はせいこ蟹は解禁が早かったそうだ。1日目はそうでもないという印象だったそうだけれど、2日目以降この水準に達して断然味わいがよくなったという。

まず香りが凄い。足の身肉と、うちこそことを混ぜながらいただく。うちこが凄い。感情を内に秘めたように旨味の塊である。実にしめやかな艶のある味わいである。オスの松葉蟹にはない、北陸の鉛色の海に静かに振り募る粉雪のようにしめやかな味わいである!

17.もずく酢に葡萄
葡萄ともずく酢を交互にいただく。もずく酢は「すし 喜邑」さんでも使っている飯尾醸造の富士酢を使って作っているそうだ。本当の純米で作っていて旨味が強い酢である。調味料は、ペレグリーノの高橋さんがお土産にくれた徳島の和三盆に、味醂を少し足しているだけ。甘みと酸味を交互に愉しむ逸品である。

店主曰く、この酢を使いたいので、この一品を定番にしようと考えているくらいに旨みのある素晴らしいお酢である。

18.海老芋
これも言葉が出ないくらいの逸品であった。薄い味で炊いて、揚げるときにこちらも火を止めてゆっくりゆっくり水分を抜くと、水が煮詰まってきてちょうどいい味になる。

そして、この逸品、焦げの部分がたまらない。打ち粉を芋にまんべんなくつけるのではなく、ところどころまだらに振りかける。で、揚げを通して、そのまばらな部分に出汁と薄口醤油に焦げの風味を纏わせる。出汁の香りを焦げで際立たせるテクニックが、和食屋さんの海老芋とまた違ってなんとも面白い。

19.鱈白子
この鱈白子の天ぷらには、あわせる特別な調味料があるそうだ。...山椒。
「すし 喜邑」さんの定番に、"渡り蟹の塩辛"という料理がある(この週末、木邑さんに初めて伺うのが愉しみでならない~♪)。今日白子に添えていただけるのは、喜邑さんのスペシャリテで使っている山椒と同じものそうだ。先ほどの富士酢と同じ飯尾醸造で販売している、"やまつ辻田の石臼引き 朝倉粉山椒"というもの。これが滅法素晴らしい山椒であった!

...まず息詰まるような芳醇な白子の天ぷらが、音もなく天紙の上にそっと饗される。一口いただいてみるが全く雑味がない。山椒、七味ともにかなり強烈な香りがあるが、これを白子の断面に振って塩を少しつけて食べるてみる。...クリーミーな断面が山椒と七味の刺激を包み込む。そしてまろやかさの遠く向こうに、山椒と七味の香りがほのなに顔をのぞかせる。山椒の瑞々しい香りに耳を澄ます。素晴らしい。心が豊かになるほどの素晴らしい山椒だ!絶品。

20.平松さんの原木椎茸
知多半島の平松さんの原木椎茸。力があって、凄い。表面が8割、下面は2割くらいの火入れである。衣の外側がカリッと仕上がっていて、身肉がしっとりと香りが立つ!干し椎茸のような香りの立ち方である(まったく干していないのに(笑))。ペレグの高橋シェフが、この天ぷらを食べて嫉妬したという(笑)意味がよくわかる。これも揚げの技術が際立つ凄まじい逸品である。

21.海苔の天ぷら、ダイセンの雲丹をのせて
通常であれば、このまま油でいくが、今日のお客さんたちには最後まで美味しいものを食べてもらいたいので、あえてここで油を新しいものに変え、最後のタネを最高に仕上げるとのこと。何ともありがたい限りである!
そして次の逸品。...雲丹も美味しかったが、海苔がとびっきりに旨かった。甘みがあって、口どけがよくて、最後に舌の上に草が残ります...(余韻)

22.穴子
今日の穴子は間違いなくよい。皮目の点々が美しい。...揚げあがったそれは、揚げ箸を片手で軽く振るだけで跳ねるように真っ二つに割れていた!
これを大根おろしたっぷりの天つゆでいただく幸せ!堪らない!


23.サツマイモ
きれいにキャラメリゼされたサツマイモ。長い時間かけて揚げられたそれを甘味をいただくようにいただく。しめやかに落ち着いた甘みに癒される...

24.お食事
かき揚げ丼、天茶。これで一通りとなる。

...今回の「にい留」も凄かった。(全力のレビューでちょっと疲れたけれど(笑)...でも最後はきちんと締めよう!)

...全ての食材に敬意を払ったこの「にい留」の揚げの技術は、まさに正確無比としか表現しようがないものがある。そして、ここが重要なのだけれどその正確さは、揚げの常識や通念にがんじがらめになった正確さとは違って、奔放とすら映る動きによって、その瞬間ごとに「ここしかない」真実を、店主が身をもって証明している正確さなのである。...そう、「にい留」は美しいのだ。

その美しいまでのプロとしての仕事は、最高のアスリートのそれを思い起こさせる。...少し例えが古くなって恐縮だけれど(笑)、「にい留」の仕事は、プロとしてひたすら健気に野球に向き合おうとしていた現役時代の原辰徳のような痛々しい生真面目さとは程遠く、自分が動けば野球など後からついてくるといいたげに傍若無人にふるまっていた落合博満のそれの方に圧倒的に近い。それが「にい留」である。

2019年11月16日の晩餐は、そんな「にい留」の傍若無人な絢爛に打ちのめされた一夜であった。
もう訪問から1週間程度たつのだけれど、これから書くことの大半は、まだ醒めてもいない夢の中での心の震えをあられもなく綴る言葉に過ぎないだろうから、取るに足らぬ世迷いごととして信じてもらえなくたって一向にかまわない。...でも、そのことは充分すぎるほど自覚しつつ、冒頭、何をおいてもこれだけは断言してレビューをはじめてみたいと思う。

"天ぷら屋という存在は、この「にい留」とともにはじめてこの地上に生まれ落ちたに違いない。"

「にい留」は、過度の誇張や大言壮語の限りをつくしてでも褒めずにはいられない最高峰の天ぷら店である。
それが嘘だと思うなら、われわれと一緒に、まず「にい留」のカウンターに腰掛けてみようではないか。するとどうなるか。

...花箸(はなばし)が心を決めたように突然動きだし、天ぷら鍋にタネをそっと投入する。途端にタネを包んだ衣が、天ぷら鍋の中で、にぎやかに花咲き、ほんの数十秒で、きめ細やかな美しい通気孔を持つ網状の軽やかな衣がふわりとタネを覆いつくす。

店内の構造上、仕事中の新留さんの手元の仕事をカウンターから覗き見ることはできないけれど、カウンター越しに新留さんの一挙手一投足を目で追いつつ、天ぷら鍋の中で起こっている出来事に想いを馳せるのは、何とも心が豊かになる瞬間だ。そしてさらに、その夢見るような時の流れの中で、耳朶(じだ)に響き続けるのは、おそらく「にい留」さんでしか聞けないであろう美しい"揚げの音"なのである。「にい留」においては、"揚げの音"からして、一級の品格を持っているのだ。

完璧な衣の溶き加減で、油が疲れ過ぎておらず、かといって新しすぎもしない。まさに塩梅のよい枯れ具合を保っていないと、絶対にあの軽やかで胸のすくような伸びのある揚げの音にはならないと断言したい。そしてその絶好の油の状態は、数時間のお食事の間中、新留さんの指先の感覚で、火入れ・火落としが繰り返され、絶妙に調整され維持され続ける。

サアァ~と、波打ち際に寄せては返す漣(さざなみ)のように、しめやかに屈託なくどこまでも伸びてゆく「にい留」の"揚げの音"が耳に入ってくると、カウンター席のこちら側は、緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな時空へと誘い出され、途端に武装解除されてしまう。(※)

...もし、これまであまり「にい留」の"揚げの音"を気にしたことがないという方がいらっしゃるなら、ぜひ次回は「にい留」の"揚げの音の素晴らしさを、全身で受け止めていただきたいと思う。"馥郁(ふくいく)と仄かに店内に香る胡麻油の香りとともに、胸のすくような綺麗な揚げ音に幸福な気分になること請け合いである。

...さて、今回は3度目の訪問となる。本日は日頃から懇意にしていだいている超有名レビュアーさんの6名の「にい留」会にお声かけいただいた形だ。レビュアーさまには、ひたすら感謝である。(本当にいつもありがとうございます!)

2019年6月29日(土)18:00。傑作だとか感動的だとか美しいとか、そうした言葉さえ意味を失いかねない「にい留」の至高のお食事体験について以下詳細に書き綴っていきたい。

(※)実はプロを称するお店でも、歯の浮くようなダメな揚げ音で仕事をしているお店は結構あるものだ。かまびすしく飛び跳ねるような音であったり、明らかに揚げ音が煮るような濁りを帯びていて、いくら何でももう油の変え時だろうと、コチラがいてもたってもいられなくなったり。...言うまでもないことだけれど、「にい留」で、その手のダメな揚げ音に遭遇することは、断じて皆無である。

1.蒸鮑に東京三つ葉
グラスビールを飲み干しつつ、鮑をいただく。すっきりと若くキレイな鮑である。この後のラインナップに胸が躍る!

2.2日寝かせた3.6kgの鯛
昨日買って、ちょっと塩を当ててモチっとさせているとのこと。旨い。素晴らしい品質だけれど、新留さんの表情を見ると「このくらい当たり前っしょ」くらいの面持ち(笑)

3.那智勝浦の鰹
生姜と浅葱を刻んだものをそっと載せて。突立てのお餅のようなふくよかさ。これもひとしきり好感が持てる。

4.雲丹蕎麦
余市の塩水雲丹を天つゆで伸ばしたものにお蕎麦が添えられている。天つゆは砂糖の甘みが抑えられていていつものごとく旨い。

さて、ここからが天ぷら。新留さんが最初の衣を作り始める。揚げる直前である。新留さんは仕事中、常に衣の生き死にと闘っている。何度も何度も水と卵黄と溶いて、冷凍した薄力粉を絶妙の手加減でふわりと纏わせ、生きた衣を作り続けるのだ。

5.巻きえびの足
素揚げ。これは香りのものである。揚げの技術で海老の甲殻から引き出されたふわりとした香りを軽快に愉しむ。

6.巻きえび2尾
一本目はパリりと。これが美しい通気孔のある衣を纏って饗される。まるで出来立ての霜柱を踏みしめるような小気味よい食感である。

...この日少し話題にも上がったけれど、天ぷらにおいては何をおいてもこの衣が重要である。それも通気孔がキレイにある網状の衣が最高のものである。それはなぜか。素材を揚げると、油は身肉の中に入り込んで、素材の香りや旨みを表面に押し出すと同時に、身肉の中にある余分な水分を押し出し素材の旨みをタネの中に閉じ込めるという作用を演じる。

この相乗作用に役立つのが、衣の表面にどれだけキレイな通気孔があるかなのである。通気孔がキレイに空いた衣であれば、油がタネと接点を持ちやすくなり、素材の旨みを前面に押し出すと同時に余分な水分を吐き出し、素材の旨みを身肉に閉じ込める。つまり、揚げる前に衣と素材の中にあった夾雑物をすべて取り除いて、衣も含めた天ぷら全体を素材の旨みそのものへと昇華してくれるのが、この衣の通気孔の役割という訳だ。

だから、グルテンを発生させて練りもののような状態になった衣ほどダメな衣ということになる。例えばそこらのスーパーのお総菜コーナーに並んでいる作り置きの天ぷらがそれにあたる。衣に一切通気孔がないので、あれは天ぷらというより夾雑物の塊と表現すべきものだ。わたしが絶対買わないヤツである(笑)

グルテンはタンパク質の一種で、モノとモノとを接着させる成分を持っている。これは例えば薄力粉に温かいお湯を浴びせたりすると、一気に発生する。そうすると途端に粉は接着剤と化す。こうなったら衣は終わりである。

だから新留さんは、熱を通しやすいステンレスのボウルなど使わず(都内の有名なKとか、ステンレスのボウルを使っている有名店はいっぱいある! 笑)、熱伝道の低い陶の器で衣を作るのだ。しかも、器も常時冷していて調理中何度も変える徹底ぶりだ!彼にとっては衣の生き死にこそが自分の仕事の生命線なのだ。そのことが、その振る舞いひとつを通してひしひしと伝わってくる。

...ちなみに、今記している衣に関するアレコレを、対面で新留さんに確認したことなど一度もないことだけは断っておきたい。逆にこのレベルのことを確認するなど、新留さんに対して失礼なことだとさえ思う。彼の一挙手一投足を見ているだけで、良い天ぷらを作る基本的な理論が、言葉を介さずともグサリグサリと、えげつなく刺さってくる快感をカウンター越しに眺めながらひたすら心地よく愉しんでいるというまでの話である。


...いささか長くなったけれど、というわけで、天ぷらにおいては何といってもこの衣が重要という訳なのである。

...二本目の巻きえびは先ほどとは反転、少し柔らかく揚げている。衣の口当たりと海老の口当たりがマイルドになっている。一本目とのこのギャップもまた一興だ。

7.愛知県産のアオリイカ
驚くことなかれ。この一品、6月6日に仕入れてそこから3週間寝かしているとのことである。熟成が長いと聞くとどうしても濃厚な旨みの詰まったイメージがあるけれど、この一品はそんな感じが一抹もない。大変品のある甘さをたたえている。熟成という技術に対する新鮮な驚きを感じた逸品であった。これは、軽く塩のみでいただくのが正しいやり方だ。

8.沖縄産赤オクラ
ねばねばが大変に強い。「にい留」の野菜天は、いろいろな表情があって実に面白い。

9.愛知県岡崎産 ロマネスコ種ズッキーニ
さぁ、そうこうしているうちにコチラは、甘みのジュースと化した野菜天である。

10.虚鯊(うろはぜ)
みなさん、聞いてほしい!これが凄かった!虚鯊とは、真夏の鯊である。というと、えっと思われる方もいらっしゃると思うが、冬が旬の真鯊(まはぜ)とはまず佇まいが違うのがこの虚鯊だ。

これは新留さんいわく、「にい留」でも5年ぶりに使う食材だそうだ。冬場の真鯊と違って、相当な技術がないと出すのがなかなか難しい食材とのこと。

これが凄かった。これを大根おろしをたっぷり乗せて、天つゆにしっかり浸していただいてみるとどうなるか。虚鯊の身肉が口中で感動的に溶けるのだ!そして溶けた後に白身の繊細な旨みが糸を引くようにずっと口中に響き続け、最後に舌の上にすっと一抹の鯊の繊細な旨みが残る。...これに感動しない人間とは永遠に縁を切りたい!そう思うくらいの絶品であった。

11.鱚
この魚の緻密な味わいを存分に愉しませてくれるのやはり天ぷらをおいてほかはないと思う。

12.玉蜀黍2種
白と黄色と2種類が饗される。白は甘み軽やかに小気味よく口中を駆け抜ける。黄色の方は、そこにさらに一段コクが乗り、存在感をアピールする。

13.子持ち蝦蛄
これも今の時期のものである。蝦蛄特有の、まるでカツオブシのような固い卵塊を抱えた子持ち蝦蛄である。この時期の蝦蛄はなんとなくぶっきらぼうだけれど、その朴訥とした存在感に不思議な味わいがある。でも、このぼそっとした質朴とした味わいがわたしはたまらなく好きだ。

14.イチジクの胡麻クリーム
この時期嬉しい楚々とした和のスイーツ。わたしは大の甘党でスイーツ大好きだけれど、こういうものをいただくと、やはり和の甘味が最強ではないかと、貧乏性なわたしの心がグラグラと揺らぐ(笑)

15.桑名の蛤
これがまた、凄かった!蛤。このとろっとしたミルキーな味わいはどうであろう!そして、そのテクスチャは極めてシルキー。「にい留」の技術によって、蛤の良さばかりが一つの天ぷらに固められた芸術的な逸品である。

16.伊勢湾の鱧
そして、ここで今日の注目の一品が饗される。伊勢湾の鱧。世間一般的な鱧の湯引きとは違う。湯引きは、ゼラチン質を飛ばしすぎていて味がぼやけているので、もっと鱧の味わいを残すことをコンセプトにした一品である。

しかしでもこの一品、揚げ方も、衣の感じも他のものとは全く違う。まず衣の肌理が極めて細やかだ。そしてそのきめ細かな衣が鱧の身肉の表面を均一に覆っている。まるで薄い衣を使って掌(たなごころ)でそっと鱧を包みこんだような印象である。そして湯引きのような抜け感がなく、包まれた衣の上からしっかりと鱧の旨みが伝わってくる。虚鯊とならび、これは今日の目から鱗の逸品であった。

17.アスパラ2種
野菜天。同じ食材を全く異なるテクスチャに仕立てた演出である。お芋のようなホクホクしたものと、ジューシーな一品との違いを愉しむ。

18.天然の和良鮎
「にい留」では、鮎は生きたままを揚げる。なぜなら、死ぬと内臓が腐敗して旨くないからだ。今日の鮎は和良の天然。これは稚鮎ではない。骨まで揚げあげていて、仄かな苦みと余韻で食べさせる逸品であった。

19.水ナス
ここでまた、最高の野菜のジュースをいただく。実に夏らしい恬淡なナスのジュースである。

20.雲丹と海苔
感情を内に秘めたような雲丹の味わいに舌を巻く。からりと揚がった海苔と雲丹との相性は抜群である!

21.伊勢若松の穴子
さぁ、天ぷら屋さんの真打の登場である。
...まな板の上に並んだ揚げ前の穴子の背中を見た途端、思わず美しいと叫んでしまう!というのも、穴子の背に浮かび揚がった白い点々が極めて端正なのだ。穴子の良しあしは、背中に浮かび上がった白い点々の端正さで見て取れる。白い点々がはっきりくっきりしている穴子ほどよい。今日のそれを見た瞬間、この穴子は絶対的だと確信する!

これを新留さんは極めて短時間で揚げる。その一片の臭みもない穴子を大根おろしと天つゆ一杯でいただく幸せといったらない!これぞ天ぷらの醍醐味である!


22.さつまいも
カウンターに着席したときからずっと気になっていたのだけれど、どうも今日はさつまいもがあるらしい。カウンター越しに新留さんの向こう側にちらちらとそれが見え隠れしているのだ。どきどきしながら期待していると、天ぷらの後半くらいから調理が始まる。揚げては置いて熱を伝える。...これを繰り返し、徐々に仕立てていくイメージだ。

天ぷらの最後に出てきたそれに感動する。皮はキャラメリゼになっている。衣だった部分が砂糖の膜になっている。そしてそれは100%の芋の甘みなのだ。甘みと化したでんぷん質が油の作用によって表面に浮き出してきて衣が甘みの膜と化しているのだ。これは天ぷら技術の粋(すい)である。

23.ごはん
わたしは食いしん坊なので、いつものごとくかき揚げ丼、天茶漬けと両方いただく。

9か月ぶりの「にい留」はやはり凄かった。ときどきこの感動に触れなくては、人はたやすく老いてしまうと思う。今回は少し時間が空きすぎた。しかし9か月ぶりにお伺いして、わたしにとって「にい留」が絶対的な天ぷら店であることを改めて確信した。こんな天ぷらを出す店は都内のどこを探してもない。...ここまでレビューを読んで、もし未訪の方がいらしたら、とるものもとりあえず、「にい留」に駆け付けていただきたい!そこには問答無用の絶対の感動が待っている!

日頃から、天ぷらを好きだとつぶやいてみたり、あるいは優れた天ぷら店への愛を無邪気に信じこんでいたものが、ふと天ぷらを超えた何ものかと出会ってしまった場合、その残酷な体験をどのように処理すればよいのだろうか。...そんなこと、まず自分の身に訪れることはないと高を括っていても、「にい留」の暖簾をくぐれば、それが間違いなく訪れることになる。

"天ぷらを超えた何ものか"と表現したけれど、それを単なる"天ぷらの名店"といった程度のものと誤解していただきたくない。なぜなら、"天ぷらの名店"など、ミシュランのガイドブックあたりをパラパラめくってみれば、いくらも転がっていて、今さら誰も驚いたりはしないからだ。「にい留」で饗される天ぷらの素晴らしさは、それとは圧倒的に水準を異にするものである。

たとえば、ごく一般的に、天ぷら職人の揚げの技術について、脱水の技術と焼きの技術の併用ということが言われたりする。要するにそれは、揚げの技術でタネの水分を抜き、その代わりに身肉(みしし)に油を注入して、ギリギリまで焼き上げ、天タネに、極限の火入れと、香ばしさを纏わせる技術を指すのだけれど、「にい留」の技術はそういった教科書的な技術の延長線上で語れるものではない。なぜなら、こちらで饗される天ぷらの一品一品が全て、純白な敷紙の上で、瑞々しい素材の輝きを放って震えているからだ。

和食でも、お鮨でも、一杯のカクテルですらそうだと思うのだけれど、人は、お料理に触れて、そこで使われている食材の素材感と、その食材が持っている旨みが最大限に引き出されていることに深く感動する。...「にい留」が何より感動的なのは、これを天ぷらという調理法を使って実現してしまっているところにある。この天ぷら店で"揚げる"とは、"焼く"と同義語ではない。水分を抜ききって焼き上げるのはなく、揚げは、食材の旨みをタネに閉じこめる技なのである。

そう、あたかも天タネを、衣と油でそっと握って饗されているような感覚なのある。油の中で花を咲かせた天ぷら粉で、そっと握って、チューブから絵の具を絞り出すように食材の旨みをタネに濃密に寄せ集める、そんな感じで饗される天ぷらが「にい留」の天ぷらである。これが感動的でなくて何であろう!ここで饗される天ぷらは全て、傑作というのが惜しまれるくらいの途轍もない逸品揃いである!

2018年6月23日(土)、あまりにも素晴らしかった「にい留」での晩餐について以下できるだけ詳細に書き綴って行きたい。...この日は、日ごろからお世話になっている超有名レビュアさんの贅沢な「にい留」貸し切りの会である。1番乗りで入店する。10名のカウンターのみのお店で、カウンターの向こう側で、新留修司さんが軽く会釈して出迎えてくださる。みなさん集まったところで、コースをスタートしていただく。

1.ジュンサイ
シャンパンをいただいていると、まずは涼やかな一品目が饗される。これはわさびを溶いてそのままいただく。

2.雲丹蕎麦
新留さんの大親友である"木村さん(すし喜邑)のパクリ"(新留さん談)とのこと(笑)。「にい留」さんでは、天タネの雲丹は、毎日新しい箱でいきたいので翌日にあまりものを持ち越すということをしないそうである。では、あまったものをどうするか。...天つゆと合わせてミキサーかけ、お蕎麦と一緒にした突き出しがこの一品である。なんとも贅沢な雲丹使いの一品である。

そして、「にい留」さんのこの天つゆが滅法旨い。なんでも、通常お蕎麦屋さんでは、そばつゆを作るやり方に2パターンあるそうだ。ひとつが、返しを寝かせて出汁と合わせるというやりかた、そしてもうひとつが、"生返し"といって、返しを寝かせずに出汁と合わせて湯煎にかけてずっと煮詰めるというやり方。この2つがあって、お蕎麦屋さんによってやり方はどちらか一方に寄るそうだけれど、「にい留」さんでは、この2つを両方とも採用されているそうだ。

しかし、それにしてもここの天つゆは旨い。砂糖を極力少なくして、寝かせて甘みを出している天つゆなので、くどさがまったく感じられないのだ。

3.あん肝
あん肝。脂質が強くねっとりとしている。媚びるような甘みがなんともよい。

4.和歌山の鰹の漬け
これが凄かった。今日のものは、新留さんが懇意にされている南知多の漁師さんから直で仕入れたものだそうだ。この漁師さん、ご自身の船で獲って、ご自身で処理されるので、いつも身がバチバチの状態で入ってくるそうだ。流通にのってくる場合は、もっと身がバレているそうだけれど、これは、明日、明後日くらいに使ってもよいくらいにエッジが立ってて凄い迫力がある。

さぁ、ここからが天ぷらである。

5.車海老の頭
最初の一品をいただいてみて、まず、この天ぷら店が通常の天ぷら店とは全く異なることがはっきりとする。...揚げすぎていないのだ。ほかの天ぷら店だと、もっと高温で揚げて、海老の味が強烈に引き出されている印象があるが、こちらの海老の頭は実に上品で、香ばしい香りの向こうに、フッと海老の香りが香るくらいの慎ましやかな仕上がりである。これをいただくと、ほかの海老の天ぷらがいかに高温処理で酸化したものになっているかが如実に理解できる。

6.車海老
これに、打ちのめされた!まるで淡雪のようだ。海老の瑞々しさが口に広がり、そっと溶ける。揚げ具合を微妙に変えた2種類が饗されるが、わたしは2本目の気持ちソフトな揚げあがりの方に深く心を揺さぶられた。

7.イカ
少し塩をつけていただくが、中心に甘みがある。揚げの技術もさることながら、この地元のイカが滅法素晴らしい。内臓が透けているような素晴らしいイカを使っているとのことであるが、さすがの一品である。また、揚げ具合も絶妙である。箸先で掴んだ感じがぶりんとしていて、衣に身肉が寄り添う感じである。

8.沖縄の島オクラ
塩でいく。きっちりと火入れされて、湯気が立つほどの仕上がりなのだけれど、一口含むと、野菜の水分がたわわに口中に広がる豊饒感に言葉を失う。

9.蝦蛄
これも驚きの一品であった。これは、新留さんの揚げの技術の凄さが、如実に感じとれる食べ比べの演出であった。蝦蛄は、南知多の豊浜から引いている子持ち蝦蛄。最高の上物である。まず、釜茹でにしたものをいただくが、なるほど、蝦蛄ならではの、しめやかな味調にしっくりと得心する。

しかし、これを揚げたものがさらに凄かった!薄い衣の下から現れた蝦蛄は、チューブから絞り出されたような濃密な旨みにたわわに震えていたのだ。まるで良質なからすみをいただいたような、その濃密な素晴らしさに思わず言葉を失う。

10.甘長とうがらし
有機栽培の岐阜の無農薬のししとう。天つゆで行く。「にい留」さんは野菜が凄い!

11.鱚
これも、これまでの常識を覆す凄い逸品であった。いうまでもなく、鱚は天ぷら店の定番だけれど、わたしの印象だと、この水分を多く含んだ淡白な魚は、まず高温で水分を抜ききって、徹底的に焼き上げて饗されるという印象がある。

しかし、「にい留」さんでは全く異なる。揚げながら、ちょっと火を落としたりしつつ、丁寧に鱚の旨みを仕立てていく。優しく水分を抜きながら、鱚の瑞々しさと旨みとのこの一点しかないという最高の状態を狙い撃つように仕上げていく感じなのだ。

そして、これも「にい留」さん独自の特徴であるけれど、こちらでは、天タネに合わせて、天ぷら粉の調合を変えていく。あたかもお鮨屋さんがお鮨のネタに合わせてシャリを変えるようなイメージである。この繊細な仕事ぶりこそが、この素晴らしい天ぷらを生んでいるのだと思う。

12.ズッキーニ
甘長と同じ八百屋さんで仕入れているズッキーニだそうだ。ズッキーニの力が凄い。なにも付けずにそのままでいただく。これも揚げの途中で、火を止めて野菜の旨みを最大限に引き出している。瑞々しさが凄い。鼻腔に残る旨みと香りに陶然とする。

13.岩牡蠣
なにも付けず岩牡蠣の塩気のみでいただく。牡蠣の透徹感、エキスに圧倒される。銅をなめているように無機質だけれど、同時に心をえぐるような牡蠣の力強さがこれでもかというほどに引き出されている。

牡蠣を揚げたところで、油をチェンジする。(牡蠣を揚げると油に牡蠣の香りがついてしまうからだそうだ)「にい留」さんでは、太白ごま油ベースで太香ごま油をあわせているそうだ。

14.アスパラガス
真っ2つに割って饗されるが、上の穂先のものもよいけれど、下の根っこの方のものが実に味わい深い。時間をかけてゆっくり食べるほどに、余熱でじっくり味が出てくる。

15.鱧
伊勢湾の鱧。鱧の味がしっかりしている。少し寝かせて、この域までの旨みを引き出しているとのことだ。和食でもそうだけれど、やはり一流のところの鱧は、味がしっかりとしている。

16.岐阜の有機栽培のペコロス
この自然の甘味はどうだろう!こういうものをいただく瞬間が、人口の甘みの醜さを痛感する瞬間でもある。

17.鯵の刺身
酢と水でさらっとあらっただけの鯵が天ぷらの真ん中で饗される。胡瓜とお砂糖をあわせたものをかけている。さっぱりとした夏の涼味である。

18.琵琶湖の鮎
甘みがあって、苦みがあって、さらに万華鏡のような緻密な味わい。凄すぎる。何も付けずにそのままいく。ヒレが立っている。このふわふわ感は罪である。

19.とうもろこし
味が濃くて、瑞々しくて、甘みがあって、そのすべてを薄い衣がそっとつつみこんでいる。

20.三重の黒鮑
酒とか昆布とかは入れず、水だけで3時間蒸したもの。これが本来の鮑の味わいといった逸品である。磯の香りの濃縮度合いが悩ましいほどに素晴らしい。反り返るような弾力ある食感の向こうから、幽玄味すら感じさせる鮑の奥深い味わいの陰影が顔をのぞかせる。

21.新潟のフルーツなす
瑞々しい。やはり「にい留」さんは野菜が凄いと改めて感じさせてくれる逸品。甘みが洗練されている。

22.伊勢湾の穴子
伊勢湾の穴子は、わたしははじめていただいたけれど、素晴らしかった。これもあわびとなすの衣とは違って、穴子用のころもと合わせている。穴子の臭みなど一抹も存在しない。解けるように溶けるように、口中をふくらみのある穴子の味わいが満たし続ける...

23.かき揚げ丼
ここで一通りとなり、ご飯ものをいただく。まずは海老のかき揚げ丼である。海老天を天つゆ少量でシンプルにご飯とあわせたものだ。

24.天茶
かき揚げ丼のシンプルな直球系に対して、海苔の風味の優しさと、お茶漬けの軽やかさが嬉しい。

25.イチジク
愛知県らしい。揚げ物だけれど、和の甘味のようにいただける。

26.いさきの刺身
最後に、いさきのお刺身を出していただく。1週間寝かせたいさきだそうだ。これからどんどん良くなる魚である。さっぱりとした味わいの中に、鯛をも超える深い旨みを感じるのは、わたしだけだろうか...

...今日、この日の一連のお食事は、果たして何だったのか。あまりの素晴らしさに、お料理が全て終わっても、すぐには席を立つことができない。以前から、常にお伺いしたいと思ってきた天ぷら店であったけれど、それがこんなにも危険な贅沢であるとは予測だにできなかった。...もう、わたしの中で天ぷら店は、「にい留」だけでよい、そのくらいの感動に打ち震えた一夜であった。さっそく、次回の予約を入れる。次回は9月初旬で、やはり本日同様に、貸し切りの会での訪問だ。もう今から興奮が止まらない!

...最後にひとつ。なんでも、「にい留」さんのサツマイモはとんでもなく旨いそうだが、わけあって封印しているとのことだ。...そんな話を聞いたら、これをこじ開けずにはいなられないと思ってしまうのはわたしだけだろうか(笑)!

  • 鱈白子
  • 穴子
  • 鱚

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4位

竹屋町 三多 (神宮丸太町、京都市役所前、丸太町(京都市営) / 日本料理)

1回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥40,000~¥49,999 -

2018/12訪問 2019/01/25

閑寂な京都の暮、寺町通竹屋町下ル...「竹屋町 三多」、胸元に呑み込まれた抒情とでもいおうか、ここは感動的な和食店として、わたしの心に深く刻まれた

12月初旬、「竹屋町 三多」で"蟹"を中心に据えたコースを食す。...この1行を書きつけただけで、いまだにゾクゾクと身震いするような高揚感に見舞われる。

「竹屋町 三多」の蟹のコースは、"美しい"という形容詞で飾るのがもったいないくらいに素晴らしい。...お食事の連綿を通してなにが語られているかではなく、その連なりの中で何を語らずにおくかを知っている創造的な寡黙さが結晶されているからだ。

...やり過ぎない、主張しすぎない。松葉蟹という日本最高の冬のしめやかな味覚の連なりの合間合間にさしはさまれる聖護院蕪の霙(みぞれ)仕立てのお椀だったり、白甘鯛の餡かけ椀だったり、はたまたお揚げの風味が効いた砂丘ネギの炊き込みご飯といった華美さを抑えた料理の配置が、感情を内に秘めて詩的にうち震えているのだ...

こんな風に、静けさの中に凛とした佇まいを持つ料理の連なりがほかの和食店で味わえるだろうか。そう考えたとき、わたしの中でこの和食店が、2018年食べ歩いた和食店の中で最高の和食店だと確信にいたる!

2018年12月7日(金)、素晴らしすぎた「竹屋町 三多」の蟹のコースについて以下書き綴っていきたい。(なお、今回はお店の意向に従い、食材の産地の詳細は全て伏せるなり割愛する)

今回の訪問は、わたしが常日頃から尊敬する京都の友人にお席を作っていただいて実現した。...わたしの知り合いの中で、猥雑さや下品さから最も遠いこの京都の友人は、また一方で童女のような屈託のない笑い声が印象的なチャーミングな女性である。今回もまたこの京都の友人にひたすら感謝である!

定刻になり6名が揃うとさっそくコースがスタートする。

1.冬野菜のすり流し
寒い中体を温めるようため、最初に饗された一品目である。ごぼう、金時にんじん、お芋、九条ネギ、合わせ味噌で炊かれている。寒気にこわばった胃を温めるほっとした一品である。

2.香箱蟹(こっぺ)
そっと合わせた両の掌(たなごころ)に、しっくりおさまる蟹の宝箱だ。うちこ、そとこ、身肉が一緒にそえられ、口中でしめやかな旨さがシンシンと降りつのる感覚を覚える。

...ところで「竹屋町 三多」さんでは、日本海K港の蟹しか使わないそうだ。今日のもの(オス)は10年物の1.3kgある素晴らしい蟹である。本日は数百匹の中に一匹という極上品をご用意いただいた恰好になる。なんとも凄い!

3.ブリとカワハギの造り
北海の寒ブリの旨みと、近畿地方の海峡で育まれたかわはぎのふくよかで清澄掬(きく)すべき味わいを、ポン酢、造り醤油、肝醤油で存分に堪能する。

4.白甘鯛のお椀
聖護院蕪の霙仕立てのお椀である。上のわさびを溶いて少しづついただく。...とにもかくにもこの白甘鯛が文句なくよい。真鯛が王者の風格で凛としているとすれば、この白甘鯛は優しく包み込みこまれるような甘みがある。

5.七輪炭火で焼いた焼き蟹の連綿
わたしは蟹は間違いなく冬場の日本海の松葉蟹が一番旨いと思う。口に含んだ時に色気があって、滑らかで、蟹の香りが、ごくしめやかに漂う。...こんなに調子の高い蟹は、冬場の松葉蟹以外には味わえない。この焼き蟹の連綿は折り紙付きである!

6.とらふぐ白子の酒蒸しに飯餡かけ
まず、生姜と浅葱の香りが漂う。そして、ふぐの白子はまるでお豆腐のよう。太陽の陽光を思わせるようなふくよかな味わい。コクと繊細さの同居した、あらゆる魚の白子とは格別の風味が感じられる。

...フグの白子は、中国では"西施乳(せいしにゅう)"と呼ばれるそうだ。西施は、中国古代4大美女でのひとりで春秋時代の人である。なんでも、西施は体の中から悩ましい芳香をはなった"香り人間"で、風呂の残り湯にまで芳しいにおいが立ち込めたそうだ。...中国では、とらふぐの白子は、その絶世の美女の乳に例えられる。...なるほど。こんなふくよかな逸品をいただけば、その意味が腹落ちするというものである。

7.蟹味噌の甲羅焼き
松葉蟹3匹分の味噌と身であえ、出汁醤油を一滴落としたものに、ちょっとねぎを入れて焼き上げたシンプルな一品である。ここに、ほうれん草、春菊、ゴマの小付けで一緒にいただく。わたしは今回が初めてであったけれど、蟹とほうれん草、春菊の相性の素晴らしさに感動を覚える。

8.T産の海老芋の素揚げ
有名なT産。実に滑らかである。筋を一切感じない。一片のササクレも感じない。これは菜種油でシンプルに素揚げしただけだそうだ。そんなシンプルな調理法から引き出された海老芋のたわわな旨みに脱帽する。

9.鳥取の砂丘ネギとお揚げさんの炊き込みご飯
この炊き込みご飯の楚々とした佇まいが素晴らしかった!...高級食材でぶっ飛ばす、といった炊き込みご飯ではなく、鳥取の砂丘ネギとお揚げさんの炊き込みご飯である。しかもお揚げの姿は一切見えないが、しっかりとお揚げの香りがする。

なんでも視覚的にお揚げが散在すると、居酒屋さんのようになってしまうので、香りを立たせて姿だけはそっと隠しているそうだ...端的にかっこいい!
薄口醤油と鰹、昆布だし、塩のみ、おねぎとお揚げさんの旨みで食べさせる素晴らしい炊きこみご飯だ。

最後に代白柿(だいしろかき)で一通りとなる。...「竹屋町 三多」。これはわたしの中で間違いなく今年1番の和食店である...なるほど今年1年を振り返ってみると、確かに「日本料理 たかむら」は美しかった。「祇園 大渡 」も感動的であった。「瓢亭 本店」の奥床しさにも酔った。...でもそうした例外的な和食店をしても、「竹屋町 三多」前では色褪せて見える。「竹屋町 三多」が、2018年最高の和食店と評価することはほとんど摂理にかなった評価だと断言したい!

  • 日本海K港の蟹
  • とらふぐ白子の酒蒸しに飯餡かけ
  • 香箱蟹(こっぺ)

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5位

鳥しき (目黒、白金台 / 焼き鳥)

14回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥30,000~¥39,999 -

2019/03訪問 2020/04/08

20時50分の心のざわつき...「鳥しき」、手に汗握ってスマホの明滅を待ち構える!

その待機場所は、ときに目黒駅正面のマックであったり、あるいは一本路地を違えてひっそりと佇むオーセンティック・バーであったり、はたまた目黒通りに面した若いご夫婦がなさっている小粋な居酒屋さんであったりするのだけれど、「鳥しき」さんの予約の日の20時50分を越えたあたりの刻一刻の時の刻みは、手に汗握るものがある。

まず、テーブル正面にスマホを恭しく配置する。...そして、スマホの蠢動とともに、ディスプレイに「鳥しき」の文字が浮かび上がる瞬間に半ば気持ちを持っていかれつつ、その日のお連れさまと、そぞろに会話を交わすひと時が「鳥しき」訪問時の決まりきった儀式なのである。

2019年3月30日(土)。今日はきっちりと21時00分に眼前のスマホが明滅する♪待機場所でそそくさと会計を済ませ、いつものように期待に胸膨らませて「鳥しき」に入店する。着座後、ほどなく串の連綿が饗されることになる。本日はかしわからの始まりだ。

「鳥しき」さんの串は、どれも艶を帯びた肢体が見た目を華やかなものにする。でも実際に味わってみて、あえてその味わいを分類してみた場合どうなるか。

 〇脂少なく、少量のサビとともにさっぱりと鳥の風味を味わわせる上品な串 ⇒ さびやき
 〇脂たわわだけれど、脂自体がとてもキレイな味わいなので、上品な鳥の風味が際立つ串 ⇒ かしわ
 〇感情を内に秘めたように、寡黙に鳥の旨みを閉じ込めた串 ⇒ すなぎも(弾力アリ)、血肝(悩ましくも口中で溶ける)
 〇コラーゲンとともに鳥肉の旨みを感じさせる串 ⇒ やげん、アキレス腱
 〇鳥の良質な脂の豊饒感を味わわせてくれる串 ⇒ 鳥皮、せせり、食道、腺胃
 〇苦みに近い滋味と良質な鳥の脂を味わわせてくれる串 ⇒ 背肝、ハツモト、ちょうちん(レバにとろっと卵を添えて...)
 〇脂ののった鳥肉の力強さを味わわせてくれる串 ⇒ 手羽先、ソリレス、ぼんじり、膝回り、ちこつ


これに、つくねのふっくりとした焼き上がりが付け加えられ、さらに諸種の季節野菜が添えられて、最後に絶品の丼もので締めとなる。この豪華な味覚の連なりにいつもやられてしまうのだ!

本日いただいたのは、以下である。

1.かしわ
2.すなぎも
3.さびやき
4.ししとう
5.やげん
6.血肝
7.くびかわ
8.しらたま
9.背肝
10.鳥皮
11.つくね
12.手羽先
13.厚揚げ
14.膝回り
15.ソリレス
16.ちょうちん
17.そぼろ丼


わたしにとって「鳥しき」は、至高の空間で、最高の料理を提供するレストランである!次回は5月の訪問である!今から楽しみだ♪
「鳥しき」の暖簾をくぐると店内を静かに満たすお香の香りにいつも気持ちがすっと落ち着く。猥雑な居酒屋のような喧騒とは程遠い空間。カウンターに座るそれぞれ2組のお客さんたちは会話を愉しみつつ、皆しめやかに串に向き合って微笑みをこぼしあっている。店内に声高に力強く響くのは、大将とお弟子さんたちの掛け合い、そして炭の爆ぜる音と、忙しく空を切る団扇の音、それに時折トンカチで割られる備長炭の抜けるように澄んだ音だ。

着座後、ほどなく串の連綿が饗されることになるが、いずれの串も部位部位の個性を逞しく主張していて感動的である。

さびやきは、どこまでも柔らかく瀟洒でキレイな味わいに震えているし、くびかわや、せせり、はらみといった部位は、鶏肉が蓄えた健康的で良質な脂をたわわに蓄えて豊饒だ。(大根おろしと合わせていただくと滅法相性がよい!)

アキレス腱やかしわは、豊満な肉に力強い旨みを抜かりなく張り巡らせて圧倒的だし、やげんは、軟骨の周辺にまとわりついた肉が1串の旨みを増幅させていて悩ましい血肝はひたすら感情を内に秘めて濃密にメランコリックだし、はつもとは、苦みと蕩けるような脂が層となって食べ手に迫ってくる。そして、はつや砂肝は、力強いの弾力の向こうに、静かに底を這うような滋味を漂わせている...

こうした串の連綿の合間合間に野菜の串が差し込まれながら、コースは進んでいく。この贅沢な3~4時間は何物にも代えられないものである。

本日いただいたのは、以下である。

1.さびやき
2.アキレス腱
3.すなぎも
4.くびかわ
5.しらたま
6.かしわ
7.やげん
8.おくら
9.はつもと
10.ぎんなん
11.血肝
12.せせり
13.厚揚げ
14.はつ
15.なす
16.はらみ
17.ちょうちん
18.手羽先
19.そぼろ丼


最後のそぼろ丼の上には、卵黄をポンと載せていただいて、崩していただく。これが滅法旨い!
しかしでも、この一串一串を、ゆったりといただく贅沢な時間は何物にも代えることはできない!わたしにとって「鳥しき」は、至高の空間で、最高の料理を提供するレストランである!
焼き場の池川義輝さんの仕事ぶりは、何時間見ていても飽きない。頭でじっくり考えながら焼いているというより、複数の串を相手に躍動する体の感覚と、指先が受け止める熱量と串の重みの感覚を頼りに焼きあげているという感じがするのだ。

意識して凝ったりはしていないのに、その呼吸、指先の感覚、視覚、香りで、その都度これしかないという味わいに的確に仕立て上げている、という感じがする。しかし、それは、何か誰にも真似のできない最高難度の技を見ているというより、いかにも軽妙洒脱に簡単な繰り返しを繰り返しているようにすら見える。


...千円札でおなじみの夏目漱石の「夢十夜」という小説の第六夜に、鎌倉時代初期の仏師、運慶の夢の話というのがある。わたしは焼き場の池川さんを見るたびに、この「夢十夜」の運慶の描写を思い出す。

「運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪に返すや否や斜に、上から槌を打うち下おろした。(略)その刀(とう)の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾(さしはさ)んでおらんように見えた。」

それを見て見物人の男が次のようにいう。

「あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」

素人には到底見定めることができない、食材に埋もれた最高の旨みを、「少しも疑念を挾(さしはさ)」まず、「無遠慮」に見えるくらいの軽快な手捌きで掘り出していく職人の技。いつも焼き場の池川さんから、そんな空気感を感じるのだ。

これこそ、「夢十夜」の言葉を借りれば、「大自在(だいじざい)の妙境(みょういき)」に達している職人技だと思う。

2018年9月7日(金)21:00。「鳥しき」での素晴らしいお食事会について以下詳細に書き綴っていきたい。目黒駅周辺で待機するうちに、「鳥しき」さんから入店可の連絡が入る。目黒駅前の路地裏から入店して、池川さんにご挨拶する。

本日は、モンラッシェと、レスティニャックを1本ずつ行く。ほどなく、1串目がスタートする。

1.かしわ
タレの香ばしい香りと、かしわについた仄かな焦げ目のマリアージュが素晴らしいひと串である。

2.さびやき
絶妙な火入れ。この「鳥しく」のさびやきのレアな火入れは何度いただいても深くため息をつくほどに絶妙である。

3.はつ
強火で焼き上げて、表面だけに焼き目の膜が張っている状態で饗される。表面の膜と、中身の柔らかさのコントラストが愉しい逸品である。

4.やげん
出汁醤油でさっぱりと焼き上げられている。この軟骨の味わい、食感を出汁醤油でさっぱりといただくのがよい。おそらくタレよりも出汁醤油の方が相性は優れていると思う。

5.白玉
「鳥しき」の白玉は旨い。黄身が串にねっとりとまとわりつく感じがたまらないのだ。

6.オクラ
オリーブ油で仕上げてある。「鳥しき」さんでは、オリーブ油は、野菜の焼き物に使われている。

7.くびかわ
ゼラチン質の多い部位である。火入れでカリッとさせた食感とプルプルのゼラチン質の対比が面白い。

8.血肝
このとろりとした感じがたまらなくメランコリックである。ほのかな鉄の香りが食欲をそそる。自然派の赤によく合う。

9.アキレス腱
コラーゲンののり具合が丁度よい。焼を入れて程よい塩梅にコラーゲンを切っている感じがよい。

10.とうもろこし
これも夏の定番だ。焼とうもろこしの香ばしさがたまらなく旨い。

11.つくね
たっぷりと肉汁を含んでいて、ぷっくりとした仕上がりが美しい。これも「鳥しき」に来たら外せない一品である。

12.はつもと
胡椒だけでシンプルに焼き上げてある。滋味深い心臓周辺の肉で、タレは使わずそれ自体の旨みを味わえる工夫が嬉しい。

13.ぎんなん
ムッチリとした食感から甘苦いあの銀杏特有の風味がえも言われぬ存在感を漂わす。

14.せせり
頸の部位だ。よく動く部位で、一気呵成の強火の焼きで仕上げてある。仕上げはシンプルに胡椒だ。口中にあふれる良質な肉汁に思わず咽るような興奮を覚える。

15.厚揚げ
これも「鳥しき」さんにきたら、絶対にいただきたい一品である。火入れされ、軽く焦げを付けた焼き目が何とも香ばしい。

16.膝回り
ここもよく動く部位で、力強い味わいが特徴だ。鳥油と胡椒のシンプルな味付けであるが、これも「鳥しき」に訪問したら絶対に欠かせないひと串である。たわわな良質な脂ノリにいつも目が覚めるような思いがする。

17.ソリレス
ここも、わたしの大好きな部位である。腿の付け根の部位で、味わいが濃くて鶏の脂が力強いのが特徴である。

18.ちょうちん
お馴染みのちょうちんである。「鳥しき」のちょうちんは小さなレバと合わせてある。卵黄とこのレバの相性が申し分ない。

19.手羽先
言わずと知れた「鳥しき」のスペシャリテである。肉、骨、皮が一体となったダイナミックな部位である。一見、ステーキを思わせるほどの迫力がある。毎回思うのだけれど、「鳥しき」の手羽先は、とにかく肉の身離れが素晴らしい。焔立つような焼きあがったばかりの手羽先をほくほく言いながら頬張る。

20.じゃがいも
軽く塩コショウされている。強い串が続いた後のアクセントに丁度よい。

21.背肝
わたしは、この部位が力強い部位では最も好きかもしれない。クリーミーな味わいを感じるのだ。これもタレは使わずに塩コショウでシンプルにいただく。

22.親子丼
本日は親子丼で〆る。そぼろ丼も大好きだけれど、やはり「鳥しき」の親子丼は絶品である。

今日もまた、池川さんの焼き鳥を存分に愉しんだ!...いつも思うのだけれど、「鳥しき」を知ってしまうと、ほかの焼き鳥店の暖簾をくぐろうという気分になれなくなる。やはりここは、わたしにとって最高のレストランのひとつである!
「鳥しき」さんの暖簾をくぐるのは、もう12、3回目になると思う。でも、何度訪問を重ねても、あの分厚く串うちされた一串を頬張って、口中に、串に閉じ込められた肉汁が溢れるのを受け止める度に、瞳を閉じて「やられた...やられた...」と深い感動の渦の中で、言葉をまさぐり続ける自分を発見することになってしまう。...絶対擁護の店。「鳥しき」は、わたしにとって、繰り返し読み返す愛読書のように擁護したい貴重な店舗である。

ちなみに、わたしは、自分が本当に感動したお店のレビューしかこの食べログのレビューにはあげないことに決めている。なので、今後も1回1回の「鳥しき」体験は、この場で、できる限り丁寧に書き綴っていくことになると思う。


...少し余談に渡るけれど、わたしは、自分のレビュー件数を膨らませたいと思ったり、あるいはフォロワーの数を増やしたいと思ったり、はたまた、他人が羨むような一元さんお断りのお店の訪問したことに優越感を感じるような感覚は、一切持ち合わせていない。

そういう感覚は、端的に、料理ではなく、他人と向き合っているものだからであり、そもそも、わたしには、他人に嫉妬を感じたり、他人を嫉妬させようという性向がまったくない。逆に、ひとからそういった嫉妬のような感情を感じたとき、その凡庸な醜さに思わず目を背けたくなってしまう。

みんな単純に自分が愛するものを愛したらよいのである。それだけで何がいけないのか。他人との比較なんて全く必要ない。だから、わたしは「鳥しき」の素晴らしき個人的な体験を、今後も愚直に書き続けることになると思う。

...2018年7月7日(土)。今日はワイン通の友人との「鳥しき」訪問である。今回は彼女推奨のワイン持ち込みの会だ。...今回のワインはビオ2本であったのだけれど、「鳥しき」の串と自然派のワインがこんなに相性が良いのかと目から鱗であった。以下、その感動について書き綴っていきたい。

まず、1本目のワインは、ブノワ・ライエ(ラエ) ブラン・ド・ノワール(Benoit Lahaye Blanc de Noir)。辛口の白。泡である。野趣味があるけれど重々しさがなく、微発砲でドライ感がある。これは、最初のサビ焼から、くびかわ、とうもろこしの野菜あたりまでいくが、自然派の白と「鳥しき」の白い串との相性のよさに舌を巻く。そして、次の赤ワインと「鳥しき」の濃厚系の串の相性にしたたかに打ちのめされた。

2本目のワインは、クリザリード・ド・レール シャトー・レスティニャック(LA Chysalide de Lair Chateau Lestignac)。これが実に緻密で素晴らしい赤であった!..."緻密"。そう、味わいが万華鏡の煌めきのように緻密で複雑なのだ。1口目いただくと、まず蜜っぽい甘さがさざめくのだけれど、一方でその奥底にはブドウの皮の香が鈍く諧調を刻むのが感じ取れる...かと思うと、とうの昔に娘盛りは過ぎた熟成した花の香りが媚薬のように悩ましくグラスの縁のあたりを舞い、その艶やかさに心を奪われていると、ふわりと鄙びた土の香りが仄かに鼻先を通り抜ける...この豊かな香りの饗宴!...これが「鳥しき」の血肝から、最後の手羽先までの串の連なりに悩ましく絡みつくのだ!

「鳥しき」の串の連綿は以下のように続く。

1.サビ焼
2.かしわ
3.せせり
4.ぼんじり
5.ししとう
6.くびかわ
7.とうもろこし
8.かわ
9.肩
10.銀杏
11.白玉
12.血肝
13.膝周り
14.ハツ
15.焼豆腐
16.ちょうちん
17.ソリレス
18.手羽先
19.お茶漬け
20.焼きおにぎり


どれも素晴らしかったが、今回はシャトー・レスティニャックの緻密さと、膝回り、ソリレス、手羽先といった強い串との相性に度肝を抜かれた。次回は自分で今日のこのワインを持ち込ませていただこうと思う。

「鳥しき」は、決して鳥料理の美味しい店ではない。「鳥しき」は、その手の鳥尽くしのお店と比較されるような店ではない。ここは、あくまでもお鮨のように、ひとネタひとネタを、心地よい緊張感と一緒に付け台でいただく焼き鳥のお店なのだ。この形式から生み出される程よい緊張感が、ワインの味わいをさらに豊饒化してくれているのだと確信している!
"...今、働く。素手で高熱をまとった串を返す。タレを浸した刷毛で串をなでる。素手が焼き鳥職人そのものであった。刷毛の湿り気が焼き鳥職人そのものであった。めくれあがる熾火。熾火の上で艶やかに光る黒い炭。積み重なった炭たちの熱気で肉汁が立てる薫香のざわめき。...その光景全てが焼き鳥職人そのものであった。そして、焼き鳥職人、池川義輝はその風景に染め上げられるのが好きだった..."

...焼き場に立つ池川さんの姿を眺めていると、思わず、作家"中上健次"風にこの目黒の路地裏の光景を語ってみたくなってしまう。...中上のような刻み付けるような簡潔な文章で、伝えたいそのものを直に伝える強い文章で。...この"路地裏"の名店には紛れもなく"中上=池川主義"的な呼吸が息づいていると思う。

2018年5月6日(土)、22:30。今回も素晴らしかった「鳥しき」訪問を以下詳細に書き綴っていきたい。

本日は、お連れさまとお店で直接落ち合う。比較的早くお席が空いたということで、わたしが先に入店し、カウンターの一角でお連れさまを待つ格好である。焼き場に立つ池川さんは不動明王のような迫力があるが、接客は常に腰が低くて誠実さそのものである。それもわたしにとって、「鳥しき」をやめられない要因のひとつである。

...ほどなくお連れさまが到着される。彼女は今回が「鳥しき」初訪で、とても愉しみにされている。さあ、さっそく「鳥しき」開演である!

1.かしわ
毎回これをいただく度に、白ワインとあわせつつ「鳥の部位のなかで、オレはかしわが一番好きだ!」と独り言ちている自分を見出す。...といっても、串が進むほどに、この"かしわ"の一語が別の部位に切り替わって、オマージュを延々と反芻し続けることになるのだけれど(笑)

しかし、でも「鳥しき」のかしわは掛け値なくスゴい。何がスゴいかというと、その火入れ加減にある。ここしかない一点でぷっくりと膨らませた焼き上がりにいつもやられてしまうのだ。


2.白玉
今日はここで"うずら"だ。少し、半熟加減のこの白玉がわたしは大好きだ。

3.砂肝
これが憎いばかりの逸品だ。朴訥さを感じる部位で、初見、華やかさはないのだけれど、噛み締めるほどに口中に弥増す(いやます)旨みに、思わず瞳を閉じて味わってしまう。

4.サビ焼き
ここでササミ。これも「鳥しき」さんの前半の定番である。湿り気を帯びた上品な一串を少量のサビのアクセントでいただく。このソフトな味わいが素晴らしい。

5.アキレス腱
前のササミとは一転して、コラーゲンそのものといった部位。でも、コラーゲンといっても、実に洗練されていてキレイな味わいなのだ。とろとろのコラーゲンとはいえ、味調が実にキレイだ。これを味わっても、鳥という食材は実に素晴らしい食材だと思う。

6.とりかわ
これは、絶対に大根おろしと合わせるのが旨いと思う。たわわな脂を、大根おろしの冷たさが優しくなだめる。このマリアージュがなんとも素晴らしい。

7.せせり
せせり。頸皮だ。このよく動く脂ののった部位を一串に集めて閉じ込めるように串打ちされている。なのに、それをぶっきらぼうに塩でさらりと焼き上げる。...あふれる頸の脂と、このあっけらかんとした塩のさらりとした仕上げがなんとも憎い!

8.銀杏
銀杏の苦みでホッと一息。

9.食道
これも洗練されているけれど、存在感を主張してくる。よく動く部位だからだろうか。...でも、これも赤というより、白でスッと洗い流したい。

10.ししとう
仄かな苦みでほっと一息。

11.焼き豆腐
この焼き豆腐も癒しの一品だ。ごま油の香ばしさが素敵なアクセントになっている。

12.軟骨
ヤゲン。ここに纏わりついた肉がまた旨みを増幅させる。

13.肩
いわゆる手羽元である。この濃厚な部位を塩で焼き上げる。ここが白い焼き物のぎりぎりの頂点のように思う。...さぁここからは、強度のある、つまり赤の合う串たちの連綿だ!

14.血肝
ほら来た!これは絶対に赤で合わせたい。しかしでも、このレバのトロりとしたテクスチャと感情を内に秘めたような味わいは、どうだろう!このメランコリックな詩情の悩ましさをぜひ味わっていただきたい!

15.はつもと
これは強い。旨みが焼きによってそっくり内側に閉じ込められている。これも塩コショウの仕上げである。

16.ぼんじり
これがなかなかユニークなのだ。「鳥しき」のぼんじりは、まるで天ぷらのような串なのだ。これは他の串とは違った面白さがある。でも、面白さだけではなく、口中にあふれる旨みは尋常ではない。

17.背肝
このクリーミーさは罪である。凄いとしか言いようがない。

18.手羽先
このステーキのような手羽先は、やはり「鳥しき」のスペシャリテである。ほぐれ具合といい、味わいといい、脂の乗り具合といい日本一の手羽先の焼き鳥だと思う。

19.はつ
いつもながら、この弾力感が素晴らしい。これがないと「鳥しき」に来た気がしない。

20.親子丼
今日は、親子丼でいく。オーソドックスだけれど、やっぱり笑ってしまうぐらい旨い。とろっとした卵と鶏肉とご飯のマリアージュ。それをまた、木匙で勢いよく掻っ込むのがいい!その頬張り感が旨さを増幅させるのだ。嘘だと思ったら試していただきたい!

...「鳥しき」は今日も素晴らしかった。お連れさまも大変満足されていた。今日のお連れさまは、非常にワインの造詣が深い方で、わたしも日頃から尊敬しているのだけれど、次回はワインを見繕っていただくことになった。なんともラッキーだ♪

...たった1回限りの人生だ。その1回限りの人生で、この焼き鳥店の串を味わわないことは、人生論的に、笑って茶化せないほどに深く不幸な事態ではないかと帰りのタクシーの中で本気で考え込んでいる自分を見出す。...みんな!「鳥しき」に行こうよ!


躍るような団扇の音の向こう側から、スっと饗されるひと串をおもむろに頬張ってみる。...途端に口中は豪奢な脂の潤味(うるおみ)に充たされ、その後、響き続ける炭の薫香と鶏の香りを、瞳を閉じて肺の細胞ひとつひとつを使って体内に取り入れていくことになる。これがいつも裏切られることなく「鳥しき」で繰り返される"儀式"である。

目黒の裏路地のあの店舗に腰かけた途端、この"儀式"が、ほぼすべての焼き鳥の串で繰り返されていくのだけど、しかしでも、今日は改めて、"背肝"の凄さに驚いた夜であった。背肝。...つまり腎臓。「鳥しき」さんでは、背肝は精巣を付けて饗していただける。これが、たわわな脂の中に、悩ましいまでの白子の息づかいがハッキリと聴きとれて何とも素晴らしいのだ!


2018年3月10日(土)。以下「鳥しき」さんでの素晴らしい晩餐について書き綴っていきたい。本日のお連れさまといつものように21:00入店。本日は池川さんの正面だ!まずは、グラスビールで喉を潤しているほどにいつもの逸品が付け台に饗される。

1.さび焼き
シルクのような優しい舌ざわりの中、さびが仄かな刺激を舌に行き渡らせる。...やはり「鳥しき」の最初はこれでないといけない。

2.せせり
今日は、さび焼きにせせりの串の合わせである。せせりから感じ取れる脂は上品そのもの。「鳥しき」の串の素晴らしさは、コースが進むにつれて脂のりがクレッシェンドのように高鳴っていくところにある。

本日は、ソアヴェ クラシコ スアヴィアで合わせていく。フレッシュでフルーティーな白が「鳥しき」の立ち上がりにはマッチしていると思う。

3.はつ
仄かな苦みと、なんといってもこの弾力感!天井からつるされたボクシングジムのパンチングボールみたいな力強い弾力感が小気味よい。

4.やげん
鶏というのは、なんと素晴らしい食材だろうと思う。部位ごとに本当に色々な表情を愉しませてくれる。軟骨はコリコリとした食感の中に何か透明感のようなものを感じる。そしてまた、そこに肉のまとわりつく感じが素晴らしい。

5.白玉
この鶉がやめられない!少し柔らかい黄身の焼き上がりが素晴らしい。

6.食道
この部位の合わせは、絶対に大根おろしだと思う。この強い良質な脂と大根おろしの合わせは絶対のお薦めである!

7.かしわ
定番。旨味・脂乗り・旨味の観点で、最もバランスのとれた鶏の部位ではないだろうか。...「鳥しき」でこれを味わわない手はない!

8.砂肝
ざらついたテクスチャ。そして、味の華やかさという観点ではどちらかというと不愛想な印象を受けるのだけれど、噛むほどに個性を伝えてくる逸品だ。この砂肝がない「鳥しき」など想像もできない。

9.芽キャベツ
春を感じさせる一品である。ああ、「鳥しき」に春がやって来たなぁと実感する。

10.ぼんじり
このたわわな脂感。まるで揚げたような感触の部位である。

11.血肝
これが毎回悩ましい...このひと串だけは、乱暴に頬張ってはいけない。...一口一口そっと、...ほんとうにそっと、優しく包み込むように、串にささっている連なりをひとつずつ外すようにいただこう!...赤が滅法あう!

12.つくね
良質な脂の横行!まず、焼き台でつくねが焼き始められた途端、そのことがはっきりと感じ取れる。この焔立つつくねの香りに圧倒される。

13.心臓とレバをつなぐ血管(ハツモト)
渋い逸品である。旨味と滋味と感情を内に秘めたような佇まいに吐息が漏れる。

14.銀杏
この小ぶりの苦みにほっと胸をなでおろす。

15.焼き豆腐
これが、意外と「鳥しき」さんでの毎回の愉しみだったりする。表面はカリっと焼き上げられていて、中が熱々の焼き豆腐。実に香ばしい。

16.背肝
本当に旨い。肝の要素もありつつ、脂がたわわな感じもありつつ。...物凄い!この途方もない余韻は、やはり赤ワインで洗い流すのが正しいやり方に違いない!

17.ソリレス
この腿の付け根の部は悶絶ものである。このあたりからが「鳥しき」さんの最大の盛り上がりである。このあたりからは、是非、赤ワインをお薦めする。

18.茄子
これもやや早めの時節ものだ。

19.手羽先
まるでステーキのようなアピアランスだ。そして何より驚くのは、その食べやすさだ。人差し指で骨の先端を抑えて、もう一方の箸でほろほろと肉がはがれていく。良く動く部位なので、鶏の旨味がのりにのっている!

20.膝回り
鳥の旨味を味わわせるべく、塩コショウのみの味付けである。これをぜひ目一杯頬張っていただきたい。今まで食してきた焼き鳥は何だったのか本当に考え込んでしまうほどの逸品である。

21.ちょうちん
お決まりの卵管とレバの串である。レバの苦みと卵のトロッと感の相性が素晴らしい。

22.そぼろ丼
今日はそぼろ丼にしてみる。親子丼も大好きだけれど、このそぼろ丼がまた素晴らしい。わたしは毎回お土産はそぼろ弁当にしてもらっているくらいである。

今回も本当に素晴らしかった。一連のコースが終わるころは、電車はとうの昔に終わっているくらいの時間なのだけれど、それでも何回でも通いつめたいお店である!
2018年、年明け1発目の食べ歩きが「鳥しき」。この素晴らしいめぐりあわせにどう対処すればよいか。まずは17年のベスト10のことなど涼しく忘れ去って、さっさと18年のベスト1を決めてしまおう!言うまでもなく「鳥しき」以外にあろうはずがない!...「鳥しき」を訪問すると、いつもそんなふうに、無責任な放言をしてしまいたいくらいの凄さに打ちのめされる。その凄さは、食材の旨味と直に向き合う息詰まるような純粋さとでもいおうか...ひと串ひと串が食べ手の肉体と魂に直接迫ってくる稀有な薫香と味わいで構成されているところにこそある。

たったひと串でも、お客さんが旨いと感じるものを提供できるなら、焔立つ熾火を鷲掴みしても構わないくらいの池川さんの気迫から放たれる串の連なりが、わたしたちの心を深く揺さぶり続ける。それこそが「鳥しき」体験なのだ。ここで饗されるひと串を前にしたら、オツに澄まして程よく体裁を整えたフレンチやらイタリアンの一皿など、自分の猥雑さに赤面して早々に退散するべきだと本気で思ってしまう。


2018年1月6日(土)、またまたやられてしまった「鳥しき」体験を以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。...着座して、まずは、いつものようにシャサーニュ・モンラッシェをいただく。この熟した果実感が焼き鳥と非常に相性がよい。今日も池川さんのお任せでお願いする。

1.さび焼き
これが、通例の「鳥しき」の始まりだけれど、これから始まる迫力のある「鳥しき」の串の連なりを前にして、いつも実に繊細で優しいこの立ち上がりにホッと胸をなでおろす。クレッシェンドのように静かに響くこのささくれのない鳥のササミの純な旨味に心震える。(しかしこの逸品もやはり、旨味は凄い)

2.かしわ
焼き上がりの頂点で饗される肉汁が目いっぱいに閉じ込められた逸品。一口いただいて、口の中に広がる鳥の良質な肉汁に思わず目頭が熱くなる。

3.砂肝
荒めの塩が素晴らしいアクセントになっている。塩味とシャキシャキとした食感から静かに広がる鳥の滋味が何とも砂肝らしい。

4.白玉
とろりとしたこの「鳥しき」の半熟白玉がわたしは大好きだ!

5.食道
やはり、鳥の部位で旨いのはよく動く部分である。食道。鳥の旨味が凝縮している。それのみならず、身が締まっていて歯ごたえがよく、適度な脂身をまとっているのが素晴らしい。

6.おくら
オリーブ油の香りがおくらの存在感を際立たせている。焼き鳥の連なりの中でホッとする一品だ。

7.つくね
団子同士の詰まり具合、膨らみ具合がここしかないといった一点でとらえられている。この卓越した運動神経というか、凄い技術にいつも吐息が漏れる。

8.せせり
首の肉である。ここもよく運動する部位で肉質がしっかりとしている。弾力感から溢れるジューシーな肉の旨味に陶然とする。

9.ぎんなん
この甘苦いぎんなん臭が、快適な箸休めになる。

10.やげん
コリコリとした軟骨の食感が素晴らしい。粘着性のある肉の味わいと出汁醤油の風味がよくあっている。

11.血肝
艶やかな焼き上がりにいつもながら思わず息を呑む。これを思いっきり頬張る悦び!それはまさに、感情を内に秘めた鳥の最も貴重な部位を丸呑みにするような贅沢感そのものなのだ!

12.恥骨
骨周りの肉の旨味が軟骨とともに閉じ込められている。よく通った肉の熱で軟骨を一緒にいただく。ドライな胡椒の仕上げがこのひと串によく合っている。

13.心臓とレバをつなぐ血管(ハツモト)
さっくりとした歯切れの良さが小気味よい。

14.徳島の原木しいたけ
これも毎回その香りの高さに打ちのめされてしまう。しいたけの旨味が流れてしまっていないところが素晴らしい。

15.はつ
この弾力と滋味がやめられない。いかにも健康な鳥の脈動が伝わってくるような逸品である。

16.ぼんじり
鶏の尻尾にあたる部分の肉で、わずかしか取れない希少部位だ。筋肉が発達していて旨味が強く、脂も申し分なく載ってる。

17.えりんぎ
えりんぎは今が時期だ。それにしてもこの香り立つみずみずしさはどうだろう!問答無用に旨い。

18.手羽先
「鳥しき」さんの定番である。しかしでもこのステーキのような迫力と存在感には毎回驚かされる。「鳥しき」の串はどれも素晴らしいけれど、これはその頂点に君臨しているように思う。骨に肉が付着した格好で饗されるのだけれど、驚くほどに身離れがよい。肉を骨から剥がしたときに湧き上る湯気に毎回心打たれてしまう。

19.ひざまわり
と、手羽先をほめた次の瞬間にこの「ひざまわり」の文字の連なりが視界に入ると、「鳥しき」さんのスペシャリテはこっちの方かと心が揺らぐ。それほどにこの一品も素晴らしい。ゴマ油の風味の中で、贅沢なまでのたわわな鳥肉の旨味を味わう逸品で、もしこれがなかったら、きっと拍子抜けしてしまうだろうと思う。

20.ちょうちん
マゼラン ルージュと一緒にやる「ちょうちん」は格別だ。「鳥しき」のちょうちんは、肉の部分にレバが一緒に仕込んである。これが渋みというか、実によいアクセントになっているのだ。

21.じゃがバター
胡椒をふってシンプルに焼き上げられている。主役級の一品ではないけれど、その簡素感は実に好感が持てる。

22.焼きおにぎり
今日もまた、事前に言って焼きおにぎりをお願いしておく。これには焼き上げに数時間を要する。中には何の具材も入っていない。白米を握っただけの実にシンプルな逸品なのだけけれど、わたしはこれが大好きだ!必ず最初に言って焼いてもらうようにしている。今日はこれにトロっと卵黄を合わせていただく。素晴らしいマリアージュに溜息がでる!次回もこれで行こう!

23.腿のつけね(ソリレス)
これも迫力がある部位で、大好きな逸品だ。「手羽先」くらいからの「鳥しき」さんの怒涛のラインナップは本当に凄い!言葉を失い、ひたすら胸が熱くなる迫力を秘めている。腿の付け根の部位だ。運動する原動力を感じさせる迫力ある味わいに圧倒される。

24.親子丼
今日は、しめは親子丼でいく。やっぱり「鳥しき」の親子丼は最高だ!
新年初の「鳥しき」が一通りとなる。2018年の幕開けが「鳥しき」であったことは間違いなかった。改めてもうほかの焼き鳥屋さんにはいけないと確信する結果となる1月6日の晩餐であった。次は、3月に訪問予定である。この文章を認めながらもう次の訪問が待ち遠しくてしかたない!
2017年11月3日(金)、ほぼ2か月に1回の巡礼となっている「鳥しき」再訪。本日のランナップは、以下の通り。

1.さび焼き
2.せせり
3.しらたま
4.砂肝
5.鳥皮
6.かしわ
7.はつ
8.ぎんなん
9.つくね
10.食道
11.おくら
12.軟骨
13.ちぎも
14.厚揚げ
15.はつもと
16.しいたけ
17.手羽先
18.ひざまわり
19.ソレリス
20.ちょうちん
21.親子丼


いつものように今日も素晴らしい出来栄えに溜息をつくほかなかったのだけれど、今年1年を振り返ってみると、ひょっとすると今年はわたしにとってB級グルメに打ちのめされた1年だったのかもしれない...とふと思う。「鳥しき」では毎回毎回、ふわりと漂う炭の薫香と池川さんの焼きの技術にしたたかに打ちのめされ続けた。...そして、B級という観点でいうと、もう一店...決して語ることのできない「S家の食卓」との素晴らしい出会いがあった!B級グルメ礼讃!
お料理を食べに行って、心底から心が震えるような深い感動というものを、年に何回くらい経験できるものだろうか...おそらく両手の指の本数にも満たないくらいの数ではなかろうかと思う。それはいわゆる"名店"というレベルの話ではない。"名店"などというものは、ミシュランガイドあたりをパラパラとめくればいくらも転がっていて、今更誰も驚くに値しない。

そうではなく、今問題にしたいのは、いただいた瞬間、ちょっとしばらくわたしに話しかけるのをやめてくれと、心の中で無言の訴えを訴えて、甘美な滞空時間を瞼の裏でゆっくり愉しんだ上で、深い吐息とともに静かにそっとその辺りに着地するような、そんな体験を味わわせてくれる店舗のことである。鳥しきはわたしにとって、まさにその体感を露骨に突き付けてくる稀少なお店のひとつである。

2017年9月30日(土)。7度目の鳥しきも滅法素晴らしかった!まず薫香。紀州備長炭の近火の強火で仕上げられた鳥肉の薫香に毎回打ちのめされる。おそらく、この素晴らしさは、完全に池川さんの焼きの仕事の素晴らしさに支えられているのだと思う。こういう仕事を目の当たりにしてしまうと、高級食材とは何ぞや、という疑問が思わず湧いてくる。

そこまで超高級食材を使っていなくても、素晴らしく美味しいお店というものはある。そういうお店は、シェフの、あるいはご主人の技術に支えられているわけで、わたしはそういうタイプのお店は大好きなのだけれど、鳥しきはわたしにとって、そういうお店のダントツ1位だ。今後もここは絶対に通い続けたい(いや、通い続ける)焼鳥屋さんである!
たぶん焼き鳥というと、世間一般的には"B級グルメ"に分類されるお料理だと思う。...でも、そもそも"B級グルメ"とはどんなお料理なのだろう?

たとえば、映画の世界にも"B級グルメ"と似たような響きの表現があって、"B級映画"などと呼ばれていたりする。この言葉も多くの誤解に支えられている感があるのだけれど、実は、映画でいうところのB級とは、A級が1流の品質を表現する言葉であるのに対して決して2流を意味するものではない。

それは、端的に映画製作の予算の規模を意味していて、品質を表現する言葉ではないのだ。だから、A級のバジェットを投じたにもかかわらず、映画作家の才能の乏しさゆえに、品質が低い作品が生産されてしまうという残念な事態が発生してしまうことはよくあることだし、またその逆に、B級レベルの予算を投じて作成された映画群の中に、ジョン・フォードの『幌馬車』のような珠玉の名画が紛れ込んでいるという皮肉な事態が、ごく自然に起こってしまうのが、映画の世界なのだ。

このB級を巡るちょっとばかり皮肉な現実が、料理の世界でもほぼ同様に起こっているというのがわたしの見解だ。そしてわたしは、その"贅沢なB級グルメ"を饗する最高峰が「鳥しき」さんだと思う。高額な超高級食材を仕入れに拘泥するのではなく、あくまでも調理人の腕で食べ手を魅了してやまないのが「鳥しき」さんの素晴らしさだと思う。

グルメは、「鳥しき」さんを通して、旬真っ盛りの市場に出回らない金鮎の素晴らしさとか、最高級生ハムの息をのむような滑らかさなどとともに、焼き鳥の最上の旨味を発見したのだと思う。2017年7月16日(日)、最高に"贅沢なB級グルメ"をいただいたお食事体験を以下詳細に書き綴っていきたい。


本日は21:00ぴったりにスマホに「鳥しき」さんからのご案内のメッセージが入る。お連れ様と連れ立って、さっそく店内に入る。池川さんから「お帰んなさいまし」と、ご挨拶をいただく。麦酒で喉を潤すほどに、さっそくコースがスタートする。

1.さび焼き
このふんわりとした柔らかさに毎回やられてしまう。優しい味わい。火入れ加減も抜群である。

2.せせり
弾力が素晴らしい。首の部分のお肉である。よく運動する部分であるため肉質はしっかり。

3.軟骨
肉の風味と軟骨の小気味よい触感が癖になる。

4.かしわ
タレに映える香ばしい焼き目が素晴らしい。このジューシーさと焼き目から漂う薫香を前にしたら、誰に向かってかわからないけれど、思わずありがとうとひとりごちるほかない。

5.鳥かわ
ゼラチン質の食感と表面のカリカリの焦げ加減が絶妙の相性である。

6.砂ぎも
これは、寡黙なひと串だ。あくまでも弾力で食べさせるその静かな佇まいが、一連の串の中で特異な存在感を示している。

7.食道
たわわな肉を縫うように串で打ち固めた感じがよい。あふれる脂に心を奪われる。

8.ズッキーニ
「鳥しき」さんでは初めてだ。でも、夏らしくてこういうのもよいものだ。

9.しらたま
今回のは中はしっかり焼きだった。これはこれでいいけれど、実は個人的には半熟が好きだったりする(笑)

10.ぎんなん
ぎんなんでもうひと呼吸。薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる。

11.血肝
この血肝のぷっくらとした膨らみがなまめかしい。口中で生命が溢れるように広がる滋味にうっとりしてしまう。

12.はつ
弾力と柔らかさが身上の一品。ざらざらとした粗目の塩が味わいを引き締める。

13.とうもろこし
これも夏らしい!焼きトウモロコシだ!田舎の夏休みを彷彿とさせるのどかで質朴な味わいだ。

14.ひざわまり
これは、「鳥しき」さんでは絶対にいただきたい逸品だ。よく運動して旨味が詰まった部位だ。鶏肉がいかに素晴らしいか、誇らしげに謳歌しているような逸品である。

15.厚揚げ
いつもの厚揚げがまたうれしい。表面のカリカリに焼き上げた香ばしい風味と中から現れる豆腐の優しい味わいが素晴らしいのだ。

16.はつもと
塩コショウでさらっと。強火で旨味が閉じ込められている。

17.ソリレス(腿の根元)
ひざまわりと並んで2台巨頭だと思う。ぶりんと大きな肉塊で強靭な鶏肉の旨味を感じる部位だ!

18.しいたけ
ここで、薫り高きしいたけの串をいただく。それにしてもこの炭としいたけの香りのマリアージュは罪というほかない。

19.焼きおにぎり
数時間かけて低温で焼き上げる「鳥しき」さんのこの焼きおにぎりが素晴らしい!中には、な~んにも入っていないのに溜息がでるほどうまいのだ。

20.手羽先
これはやっぱりいただいておかないといけない。手羽中。でもしかし、骨が飛び出した、この猛々しい獰猛なまでの佇まいにはいつも息を呑んでしまう。しかしでも、笑っちゃうくらいに身離れがよく食べやすいのだ。

21.ちょうちん
レバをいっしょに添えたちょうちん。いつもながら、この口中でトロける卵黄の悩ましさにやられてしまう。

今回も素晴らしかった!次の訪問は9月下旬。こちらはもはや2か月に1回は訪問しないと気が済まない、わたしの病みつきの店だ!

「鳥しき」さんの開始はいつも21:00とやや遅めの時間帯なのだけれど、入店5分もしないうちに食べ終えるのが惜しくて惜しくてならず、珠玉の串たちの怒涛の連打にあっという間に4時間という時間が経過し、深い溜息とともにコースの終わりを迎え、おみやを受け取ったのが午前1時。その日の風向きや陽光の加減で「すぎた」や「ペレグリーノ」になったりすることもあるけれど、このときばかりは、何のためらいもなく池川義輝こそが日本最高の料理人だとつぶやかずにはいられない。

2017年5月13日(土)、「鳥しき」。...とくに今回、「鳥しき」さんの"焼きおにぎり"が途轍もなく素晴らしかった!低温で1時間じっくりと焼き上げるこの一品は、とりわけ中に具が忍ばせてあるわけでもないごくシンプルな焼きおにぎりなのだけれど、カリカリにコーティングされた表面の中から現れる、蒸らし上げられた白米の旨味には落涙するくらいの旨さがあった!今回もとにかく素晴らしかった「鳥しき」さんでのお食事会について以下できるだけ詳細に書き綴ってきたい。

いつものように席について、わたしはグラスビールをお願いする。お連れさまはアルコールをいただかない方なので、お茶をオーダーして、喉を潤すほどに程なくコースがスタートする。

1.さびやき
定番の一品である。やはりよい。柔らかさが身上の一品である。優しく、仄かなサビのピリリ感が素敵である。鳥の生感を堪能できる逸品である。

2.せせり
首の部位である。頬張った途端に溢れる鶏の脂の良質さに感動する。

3.皮
表面はカリカリ。表面の裏側にゼラチン質のプルンとした食感を感じ取れるのが、この部位の素晴らしさだと思う。

4.ハツ
このブリンブリンの食感が何ともクセになる。表面はパリっと焼き上げられていて、弾力のある噛みごたえの向こう側に、奥深く滋味深い心臓の鼓動のを感じさせる血潮の味わいが広がる。

5.食道
あまい。「鳥しき」さんのタレの甘味だ。これがいつも秀逸だと思う。これは存在感のある部位である。しっかりと咀嚼してタレとのマリアージュを愉しむ。

6.かしわ
言わずと知れた4番バッター。鶏の腿と胸の串である。鶏の胸の恬淡な脂と腿の濃厚な脂を両方堪能する。

7.白玉
半熟でトロトロ。ここで、ちょっと気がついたけれど、「鳥しき」さんでは、焼き鳥は角串(かくぐし)で、野菜系は丸串(まるぐし)で調理される。

8.徳島産の椎茸
ジューシーである。そして香りが素晴らしい。焼き台をずっとみていたけれど、椎茸はあまりひっくり返さず優しく仕上げているようだ。

9.レバ
これがわたしは大好きだ!鶏の生命を丸呑みにしたような食感、味わいにいつも強かにやられてしまうのだ。しかも、「鳥しき」さんレバに対するエッジの立った包丁の入れ具合が何とも好きなのだ!

10.ヤゲン(軟骨)
打って変わって、コリコリの食感から鶏の旨みを堪能させる部位。この変化がまた好きなんだな。

11.銀杏
これも欠かせない一品。ムッチリとした食感から甘苦いあの銀杏特有の風味がえも言われぬ存在感を漂わす。

12.心臓とレバとはつもと
焼き台に載せた、はつもとから溢れる脂でコーティングされているのがよくわかる。これはタレに漬けず、軽く塩を振っているのみだ。
13.手羽先の先の皮
香ばしい。炭火ならではの肉の脂身とコラーゲンの香ばしいマリアージュ。コラーゲンがものすごい!

14.厚揚げ
これが、「鳥しき」さんでのお愉しみ♪焼き鳥の連打で打ちのめされた口の中をさっぱりと落ち着かせる。

15.つくね
これまた迫力のある逸品である。鶏の脂の旨味がめいっぱい閉じ込められている!

16.合鴨
これはまたやはり伊達鶏とは違った味わいのある一品である。伊達鶏とは違った存在感のあるしっかりとした肉の旨味が広がる!これもタレではなく、塩胡椒での味付けである。

17.ひざ周り
「鳥しき」さんの来たときのお目当てのひとつ!膝のよく使う部位だから、鶏の旨味が詰まっている!鶏の旨味を食べたいならココ!という部位だ。ただ、「鳥しき」さん以外であまりだされている印象がないけれど...

18.ソリレス(腿の根元)
"強靭"という印象の部位だ。いろいろな旨味が華やぐというより、鶏腿肉の旨味が直線的に伝わって来るという感じだ。

19.手羽先
これも「鳥しき」さんの来たときのお目当てだ!肉、皮、骨が一体になったダイナミックな一串で、骨についた肉の旨味から、肉自体の旨みから全て堪能できる一品だ。おそらくそれも焼きの技術によるのだと思うけれど、身離れも抜群でその旨さを堪能する。

20.焼きおにぎり 2個
これがすごかった。焼き方は、弱火でじっくり。低温で1時間ほどだろうか。最初に焼き台に載せたときよりかなりちっちゃくなる。おにぎりの中にはなにも入っていない実にシンプルな焼きおにぎりだ。表面がカリカリで中のモチモチ感がお米とは思えないほどだ。池川さんいわく、炭でしかできない仕上がりだという。お米は北海道産のものだそうだ。表面だけ焼き固めて中を蒸らし上げたような素晴らしい逸品だった。次回も間違いなくお願いすることになると思う!

焼きおにぎりで、一通りとなる。本日も素晴らしいの一言につきた。時計を見ると午前1時を回っているが、そんなこともはやどうでもよろしい。おみやはまた、そぼろ弁当(これが滅法旨いのだ!)。次回の予約を7月に決めて満足感たっぷりでお店を後にする。...あ、そうそう、帰り際池川さんから、池川さんのお師匠さんの猪俣さんが銀座の「炭割烹 北野」にいらっしゃるという話を聞いた。こんどぜひお伺いしてみよう。
2017年3月16日(木)、21:00。机の上におかれたGalaxy S7 edgeが何の前触れもなく小刻みに蠢動(しゅんどう)する。高解像度HDディスプレイが瞬時点灯したかと思うと、なにやら見たことのある電話番号が、いささかよそよそしい気配を漂わせながら画面に浮き上がっている。「鳥しき (とりしき)」さんからの"入店可"のご案内である。

さっそく今日のお連れさまと1本路地を隔てたお店に向かう。店の引戸を開け、入店すると店内は一抹の煙たさもない。店内は焼き鳥屋さんとは思えぬ心地よい清潔感に満たされている。そして着座して気がついたのだけれど、店内に仄かなお香の香りが漂っているのが感じられる...この店内の空気感を肺の細胞1つ1つを使って吸い込めば、緊張感とはおよそ無縁の滑らかな感覚へと誘い出されて、ごくすんなりと武装解除してしまっている自分を見出す...

今日も、ワインと池川さんの焼き鳥を思う存分愉しもう!

1.さびやき
中が半生の状態で饗される。見た目の美しさといったらない...そして一口いただけけばその柔らかさに頬が緩む。ほどよく振られた塩と、おろしわさびが優しくささみを包み込む...

2.白玉
「鳥しき」さんの半熟加減の白玉がなんとも好きだ。小さいけれど、生命力を感じさせる卵黄の濃さがクセになる。

3.砂肝
強めの塩が降りかかった砂肝。塩のザラザラとした舌触りと、弾力のある砂肝の噛みごたえがなんとも心地よい。砂肝というと硬いイメージがあるけれど、「鳥しき」さんの砂肝は、決してぼそぼそしておらず、ひと噛みごとに口中に広がる肉汁に、雄々しいまでの身肉の存在感を感じる。

4.つくね
ミキサーした腿、胸肉に、存在感を少し残すくらいにみじん切りにした軟骨をあわせてある。じっくり肉汁を閉じ込めぷっくらと仕上げた丹念な仕事に感服する。最後にさっとひと潜りさせたタレの深みがつくねの旨みと絶妙なマリアージュを演じ立てる。「香ばしい」という言葉はこの逸品のために存在しているかと思うほどだ。

「鳥しき」さんの焼き鳥のタレは絶品だ!濃口醤油とみりんの味わいにザラメの甘味の強い主張があるタレである。しかし、それだけではない。えも言われぬ深みのようなものがある。焼き場の右手にタレが入った年季の入った壺があるのだけれど、池川さんはそこに何度も串をくぐらせて焼き物を仕上げていく。...おそらくその都度、焼いた鳥の汁や風味が調合されてタレに独特の深みを付与しているに違いない。

5.かしわ
これもタレとのマリアージュが抜群の逸品である。このここしかないといった一点で焼き上げられた腿肉と胸肉の弾力と旨みは脱帽ものである。

6.レバー(血肝)
注意しないと、とろりと串から外れてしまうくらいにレアに焼きあがっている。ひとくち口に頬張れば、肝の滋味がずしりとメランコリックに広がる。...絶品だ。

7.静岡県産芽キャベツ
今回初めていただく。季節の終わりだそうである。ホクホクとして、まるでとうもろこしのような香ばしさがある。

8.くびかわ(波)
肉の凝縮感を感じたかと思うと、その後、良質な脂が口中に横溢する。そのたおやかなリズムを刻む懐の深い旨みに圧倒される。下品なしつこさとは全く無縁の脂である。灯台下暗し。...今回、このくびかわの旨さをあらためて発見したような気がする。

9.せせり
首の部位である。肉質はしっかりしている。これを胡椒で仕上げていただく。しっかりと肉汁が閉じ込められ、ジューシーな逸品である。
ここでもう一回つくねのお目見えだ。(池川さん間違っちゃったかも...笑)

10.はつ
塩を振って、焼き台で一気呵成に焼き上げられた体である。ぶりんぶりんの食感が小気味よい。ボクシングの練習で使う、ジムの天井から吊るされたスピードバックを思わせる弾力と抵抗感だ。遠くに心臓を流れる血潮の脈動が感じ取れるかのようだ。

11.ひざまわり
これは何度食べても素晴らしい!こまめに何度もひっくり返しながら丹念に焼き上げられている。最後に表面に油を塗布して、塩をふりかけて饗される。よく動く部位であるため鶏肉の旨みが凝縮している。

12.厚揚げ
「鳥しき」さんでいただいて、毎回ホッとする。これがなければちょっと寂しい気分になるだろう(笑)

13.ぎんなん
薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる。うまい。

14.手羽元(かた)
手羽中でもなく、手羽先でもなく、今回は手羽元。肩の部位だ。よく動く部位で、これも濃厚な味わいだ。強火で一気呵成に焼き上げられているのがわかる。今回はタレをつけて饗していただく。

15.腿のつけね(ソリレス)
今回初めていただく。これがなんとも素晴らしかった。腿はパンチの強い濃厚な味わいのイメージがあるけれど、この腿のつけねはそれをさらにさらに濃厚にしたイメージだ。そのパンチ力に圧倒される。これも油をつけて最後は胡椒で味付けをしてある。

16.ちょうちん
お馴染みのちょうちんである。タレにくぐらせながら丁寧に仕上げた逸品だ。濃厚な卵胞とレバーの相性が素晴らしい。ここで、くびかわ芽キャベツをおかわりする。

17.そぼろ丼
今回初めていただく。そぼろ丼をいただくのはこれが初めてだけれど、「鳥しき」さんのそぼろがわたしは大好きだ。鶏ひき肉をタレで甘辛く汁がなくなるまで煎って作ったそぼろだ。コリコリと細かく響く軟骨の食感も素晴らしい。お弁当はそぼろのみの折詰にしていただく。

「鳥しき」さん、やはり今回も素晴らしかった。味もさることながら、池川義輝さんのお客さま対応が素晴らしい。これだけの人気店・有名店なのに、天狗になることなく1人1人のお客さんに対して実に丁寧に応対していらっしゃる。つい最近、とある予約至難の超有名店で、狐に包まれたのかと思ったくらい嫌な思いをした直後であったため(笑)、彼の素晴らしさが際立った夜であった。池川さん、ありがとう!
2017年01月20日(金)、本日のお連れさまと「鳥しき」さんの店前で落ち合って近くのバーで待機する。一本筋の違う路地に店を構える「BAR SEVEN」という小さなバーだけれど、ここはなかなかに居心地がよい。...20:50。そろそろお店からの電話が入ってくるころである。2杯目のソルティ・ドックを注文して待ち構えていると、21:00ピッタリに女将さんから連絡が入る。

金曜日の目黒の路地裏は三々五々の酔客で賑やかだ。路地をぐるりと回り、寒風をかいくぐるように「鳥しき」さんの暖簾をくぐる。今日は、焼き鳥にワインを合わせていくことに決める。ボトルで白を注文すると、ほどなく焼き物がスタートする。

1.さびやき
ささみの上に山葵がちょこんと乗ったお馴染みのメニュー。ささみは、言わずと知れた胸に近く脂の少ないあっさりとしたお肉。一口口に含むが、非常に肉質が柔らかい。やはりこの焼物は、濃厚な焼きものに行く前にいただくのが正しいやり方だろう。山葵との相性も申し分ない。

2.かしわ
鶏もも正肉。焼き鳥の代表格だ。噛みしめるうち、芳醇な肉汁をからませつつ鶏の重厚ともいうべき味わいが口の中に広がる。「鳥しき」さんのこのタレがたまらなく旨い!香ばしく程よい甘みがあって、最高の焼き鳥ダレだ!

3.砂肝
これも焼き鳥店お馴染みの一品である。砂肝は、鶏の胃の消化器の一部分。なんといっても弾力の強いゴリッとした食感が特徴だ。肉汁が少なく臭みもないので、鶏肉本来の素朴な味を楽しむことができる。まぶされた塩味加減も素晴らしい。やはりこれはタレでなく、塩でいただかなければいけない一品である。

4.食道
首の側面部分の食道とリンパに相当する部位。表面は脂が多く鶏の強い旨味が愉しめると同時に、歯ごたえはコリコリとしていて小気味よい。

5.うずらの卵
「鳥しき」さんのうずらの卵は、半熟に仕上げられていて、口の中でトロトロと溶ける。

6.やげん(軟骨)
やげんとは、鶏の胸軟骨である。程よい抵抗感のある噛みごたえが何とも食していて心地よい。

7.つくね
鶏の挽肉を丸めて固めた串物。「鳥しき」さんではつくねは、胸肉の擦り身に細かく砕いた軟骨を混ぜ込んで、つなぎに卵をつかって練り上げる。小気味よいコリコリとした食感の向こう側に鶏の旨味をしっかりと感じることができる。

8.せせり
鶏の首の肉。この部位もよく動く部分なので、身がぎゅっと締まっていて歯ごたえもあり、凝縮された肉の旨味を存分に堪能できる。
9.ぎんなん
ここで、ぎんなんでひと呼吸。塩気をまとった仄かなぎんなんの苦味が心地よい。

10.ししとう
さらに野菜の串が続く。今度は、タレをまとったほろ苦いししとうの香りが鼻先に漂う。

11.レバ
鶏の肝臓部。濃厚なねっとり感とトロリとした食感が堪らない。凝縮したコクとなめらかな舌触りを思う存分堪能する。新鮮で上質なレバで、言うまでもなく一片の臭みもなく、口の中で旨みが膨らむような深い味わいを感じる。

12.合鴨
一口いただくが、合鴨の身肉(みしし)の野趣あふれる旨みに加え、香り高い合鴨の皮の味わいがなんとも素晴らしい。また、甘いタレの味わいが合っている。

13.厚揚げ
これも「鳥しき」さんおなじみの一品である。素揚げの表面は香ばしく中は熱々の仕上がりである。

14.かた
手羽より脂は少ないけれど、淡白とはほど遠い。肉汁たっぷりの旨み溢れる上品な味わいが、なんといってもかた肉の最大の魅力だろう。皮の味、肉の旨味も堪能できる贅沢な部位である。

15.しいたけ
表面はほんのり焦げ目がついて、中はやけどするくらいに熱々の仕上がりになっている。しいたけの高い香りが何とも素晴らしい。

16.手羽先
やはり手羽先は焼き鳥の王様である。鶏の芳醇な身肉(みしし)の味わいと、上品でかつ迫力のある脂の味わいが混然として至福感に誘われる。

17.ちょうちん
「鳥しき」さんでは、ちょうちんにレバーと卵管(らんかん)を使う。弾ける卵黄と個性的なレバの味わいとの相性は抜群である。

18.ひざまわり
ぶりんとした身肉の食べごたえは抜群!しっかりとした食感とともに、まわりについたゼラチンと脂を満喫できる。一口頬張ると、豊潤な肉汁が溢れ出し、食べ応えは群を抜いている。

19.卵かけご飯
今日は卵かけごはんでさらっと〆る。わたしは、卵かけご飯は、卵黄と白身を完全に混ぜないで箸を若干入れた程度に適当に混ぜていただくのが好きだ。そうすると、黄身のトロリとした部分、白身に醤油がかかった部分、いろいろな卵の味わいを愉しむことができる!

20.お弁当
最後にお弁当をいただいて帰る。このお弁当が実に美味しかった。鶏のもも正肉、おくら、白玉、つくね、軟骨入りそぼろに椎茸が所狭しと詰められている。食べごたえのあるお弁当である。

「鳥しき」、やはりここは、素晴らしいと思う。帰り際さっそく次の予約(3月)をきっちりとって帰る。予約は2名までで、遅い時間(8:30以降)が取りやすい。今回は何人か飛び込みのお客さんが来られたけれど、みなさんお断りされていた。完全に不可能ではないのかもしれないけれど、やはり飛び込みで入店できる可能性が低いのかもしれない。

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されて、さらに予約困難になった感のある目黒「鳥しき」さん。一応、公式には、月初めの第1営業日に2か月分の予約を受け付けるとアナウンスされているようだけれど、現状、電話問い合わせで予約を取るのはかなり難しいとも聞く。

それが、以前よりお付き合いのあるグルマンさんからのお声掛けで、そんな「鳥しき」さんを訪問する機会を得てしまったものだから、興奮しないわけがない!感謝、感謝である!これは、万難を排してでも、目黒に駆けつけなくてはならない!

2016年11月1日(火)。当初2回転目の21:00から入店というお話しだったのだけど、1回転目のお客さんが早めに上がられたようで、急遽お連れさまからFacebookメッセージに連絡が入り、入店が20分繰り上がる。(早めに目黒に着いていたものだから助かった!)

お店はJRの目黒駅から目と鼻の先、路地を入ったところに楚々と佇んでいる。本日のお連れさまと店前で待ち合わせてしばらく待っていると、中から若衆のお声掛けがあり入店を促される。引き戸を開けて中に入ると、真正面に、焼きに余念のないあの池川義輝さんがドンと構えており、しっかりわたしの目を見て「いらっしゃいませ!」と元気よくお声掛けいただく。実に気持ちがよい。

まずは、ビールをコップ一杯いただき、今日は、ワインで合わせていくことに決める。お新香が饗された後、ほどなく、焼き物がスタートする。

1.さびやき
ささみは、ほんのり甘く身がやわらかい。心なごむようなやさしく上品な味わいだ。塩であっさりと焼いた淡泊な身に、わさびがことのほかよく合う。

2.せせり
希少部位。鳥の首の削ぎ身。身が締まっているのにぷりぷりでジューシー。たいへん旨い!

3.砂肝
砂肝とは、胃袋の一つ、筋胃(きんい)=砂嚢(さのう)のこと。さくっと歯切れよく、しかも歯ごたえのあるこりこりの食感がたまらない。味はさらっとして香ばしく、歯ごたえ・甘みとも高い。

4.うずらの卵
「鳥しき」さんのうずらの卵の焼き物は、半熟に仕上げられている。口の中でトロトロと溶けるさまは感動的ですらある。

5.首の皮
いわゆる鶏皮である。「鳥しき」さんの首皮は肉厚で、脂肪が多く柔らかく味は濃厚だ。「鳥しき」さんでは、七味唐辛子、山椒、大根おろしと3種類の薬味が提供されるけれど、これは大根おろしにくぐらせていただくのが一番のいただき方だと思う。脂肪が多くて濃厚な鶏皮を、大根おろしがさっぱりとまとめあげてくれる。

6.小玉ねぎ
ここで、小玉ねぎでひと呼吸。甘みがあって旨い。

7.軟骨
骨の部分は歯ごたえがある。肉の部分もはっきりした舌ざわりである。歯に抵抗する硬めの軟骨と、脂を含んで甘い肉との二重奏といったところだ。

8.つくね
むね肉をメインにつなぎに卵をつかって練り上げた鳥団子の串。串の中に細かく散りばめられた散りばめられた軟骨のコリコリとした食感が小気味良い。

9.レバ
タレで焼いた鮮度抜群のひと串お頬張る。身はぷりぷり。とろりと溶けて口に広がるレバー独特の濃厚な味とコクがすばらしい。思わず唸る逸品だ。

10.ぎんなん
ここで、ぎんなんでもうひと呼吸。薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる

11.かしわ
かしわとは、鶏のもも正肉。透明・新鮮な赤身にうっすら脂肪が差している様が美しい。ただ、ひと噛みすると、きちんと歯ごたえがあり、噛みしめるうち、豊かな汁気をからませつつ肉っぽい味が口の中に広がる。

12.おくら
ここで、おくらでもうひと呼吸。ネバネバ感の向こうに仄かなおくらの風味を感じる。

13.はつ
はつとは鶏の心臓。これが抜群に旨かった。ぶりんぶりんの存在感。ただし、さくっとした歯切れは砂ぎもよりずっと柔らかい。微かに清涼な血の匂いを感じとれる。これは鮮度がよいことが一口いただいただけでわかる。

14.かた
希少部位。手羽より脂は少ないのだけれど淡白ではない。肉汁がかなりたっぷりで、旨み溢れる上品な味わいだ。もも肉と胸肉のよいところをとったという肉質である。

15.厚揚げ
これも、焼き台で焼き上げられた一品だ。表面はほんのり焦げ目がついて、中はやけどするくらいに熱々の仕上がりになっている。

16.はらみ
希少部位。はらみは横隔膜だ。大変やわらかい。鶏肉本来の旨みを堪能できる部位といった感じである。「鳥しき」さんでは、周囲の皮と一緒に打っているところが面白い。バランスのいい食感と味わいが堪能できる。

17.しいたけ
ふくよかな香り、しこっとした歯応えにホッとする。

18.ちょうちん
レバーと卵管(らんかん)と卵を一緒の串に刺した一品。卵胞が一気にはじけて卵黄が口を満たすなかで、レバの滋味が存在感を表す。卵黄とレバの相性がなんとも素晴らしい。

19.ひざまわり
希少部位。しっかりとした食感とともに、まわりについたゼラチンと脂を満喫できる。一口頬張ると、豊潤な肉汁が溢れ出し、食べ応えは群を抜いている。

20.手羽先
これが今日一番であった!手羽先は、翼の先端から肘にかけて、翼を動かすためのさまざまな筋肉が寄り集まっている部分を指す。気合の入った火入れで仕立て上げられたこの一串、骨をはがすと湯気が立ち上る!骨周りの肉のプリプリの食感と鳥の深い味わいに舌を巻く。皮・肉・脂が渾然と融合し、脂と甘さのバランスは申し分ない。そして肉そのものの食べごたえも充分に楽しませてくれる。

21.親子丼
最後は親子丼でしめる。今年4月14日(木)~20日(水)新宿タカシマヤで開催された「春の美味コレクション」で好評を博した親子丼である。卵の火入れ加減が秀逸で、するりといただける。大変美味である。

22.お弁当
最後にお弁当をいただいて帰る。このお弁当が実に美味しかった。鶏のもも正肉、おくら、白玉、つくね、軟骨入りそぼろに椎茸が所狭しと詰められている。食べごたえのあるお弁当であった。

「鳥しき」さん。やはりここは、素晴らしいと思う。特に手羽先の一品には圧倒された。これは、他の追随を許さない逸品だと思う。本当に、今日お誘いいただいたグルマンさんには、感謝の一言だ。帰り際さっそく次の予約(1月)をきっちりとって帰る。予約は2名までで、遅い時間が取りやすい。

お食事の終盤、カウンターの向こう側にリオデジャネイロ五輪、柔道73kg級金メダリストの大野将平さんがいることに気づいた。73kg級だから、階級的には軽量級に属するのだろうけれど、カウンター越しに見ても、明らかに一般人とは異なる凄い体格で迫力がある!「鳥しき」さん、有名店だから、いろいろな有名人の訪問もあることだろう...

ちなみに、夜の遅い時間で、席に空きさえあれば、飛び込みのお客さんでも入店できるのは意外な発見だった。平日で、よる9時半以降なら試してみる価値はあるかも知れない。

  • 血肝
  • ちょうちん
  • 膝回り

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6位

日本橋蛎殻町 すぎた (水天宮前、人形町、茅場町 / 寿司)

15回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥50,000~¥59,999 -

2020/11訪問 2020/12/28

盛らない美学...「蛎殻町 すぎた」、だからすぎたは美しい

これが握りのはじまりです...という言葉の代わりに、小粋な銀鼠(ぎんねず)色のこはだの握りが静かにすっと付け台に饗される。ひとくち頬張ると、肉厚なこはだのもっちりとした身肉から漂う蠱惑的な香りに言葉を失う。

普通の人が饒舌に念を押したくなるときに、「蛎殻町 すぎた」は念を押さず、表面に現れない丹念な仕事を施したひとネタひとネタを、言葉少なに食べ手にゆだねる。食べ手がここで受け取るのは、一品一品に丁寧に注ぎ込まれたこのささやかな信頼関係なのだ。

2020年11月21日(土)20:00。いつもながら、あの素晴らしい体験をまた感じ取れる幸せに胸膨らませつつ、お伺いする。


1.【つまみ】銀杏
秋のつまみである。もっちりとした肉感と仄かな甘みを愉しむ。

2.【つまみ】長崎県産かわはぎ
美しいかわはぎのつまみ。初冬の朝まだきの大気のように澄み切った味調のかわはぎを、肝醤油でいただく。

3.【つまみ】北海道、仙鳳趾の牡蠣
濃密でミルキーな海のこぼした一粒の涙を、大根おろし、酢橘、わさびでさっぱりといただく。うん、素晴らしい。

4.【つまみ】穴子の白焼き
塩焼きにした繊細な味わいの穴子の身肉を、わさびをそっと乗せてお醤油ちょっとでいただく。日本酒が旨すぎる!

5.【つまみ】鱈白子
蒸した雲子。ポン酢しょうゆと浅葱、もみじおろしでさっぱりといただく。鱈白子はこの時期絶対にいただきたい一品である。

6.【つまみ】】甘く煮付けた鮟肝とうにの佃煮、味噌漬けのすじこに新政の陽乃鳥
鮟肝の濃厚な甘さと、陽乃鳥のまろやかさが素敵なマリアージュを演じる。そこに甘いばふんうにと味噌漬けのすじこが悩ましく舌に媚びてくる。

7.【つまみ】ねぎま
これもこの時期のお愉しみ。炙った葱の香ばしい香りが、炙って立たせた鮪の香りを包み込む。

8.【つまみ】北寄貝に生姜醤油焼き
シャキシャキの北寄貝の食感に、醤油と生姜の香ばしい香りがまといつく。旨い。

9.【つまみ】北海道小樽の子持ち蝦蛄
漬け込んで味を含ませたもの。ねっとりとした濃厚な旨み。

10.【つまみ】墨烏賊のゲソの粕漬
烏賊の甘みがしっかりと感じ取れて旨かった。最高の酒肴である。

11.【つまみ】数の子の味噌漬け
これも冬場のすぎたさんのつまみの定番である。この西京漬けがたまらない。日本酒のあてにばっちりである。

12.【つまみ】ホタテの磯辺焼き
ホタテのふくよかな甘みを醤油で炙って香ばしさをまとわせ、さらに海苔を巻いて、のんべぇを打ちのめす逸品となっている。

13.【つまみ】タコの柔らか煮
これもすぎたのお愉しみのひとつ。やまとくんがこの仕事を一任されているとのことだが、どのお鮨屋さんでいただくタコの柔らか煮よりもここのものが旨い!

14.【つまみ】平貝の西京焼き
数の子といい、すぎたさんの西京味噌漬けは素晴らしい。これをもって、本日のすまみはひととおりとなる。

15.【握り】佐賀のなかずみの片身漬け
ここから握りだけれど、いつもながらシャリと魚との寄り添い具合が素晴らしい。シャリにエッジを効かせ過ぎず、仕込みをした魚とちょうどいい塩梅のシャリの仕上げ具合とにやられてしまう。わたしは、こちらのお店のシャリが、あらゆる鮨店の中で一番好きである。

16.【握り】鯛
冬場の深場の鯛はよい。脂がのっていて絶品である。

17.【握り】寒ヒラメの昆布締め
寒ヒラメはやはりこの時期が良い。一種名刀のような冴えわたった切れ味を思わせる味調にどきりとする。

18.【握り】寒鰆
低い哀愁を帯びた和音。そんな印象の魚だ。陽気といより楚々とした落ち着きのある味調だ。

19.【握り】かすご鯛の昆布締め
真鯛の稚魚。...噛み締めると、身の芯までまわった酢が香り立ち、そこはかとない甘さの奥にコクのある鯛の香りが陽炎のように立ち昇る...

20.【握り】大間の中トロ(血合いぎし)の握り
わたしは、鮪はすぎたのものが一番好きである。脂でギラギラしておらず、鮪の旨みを湛えてシュッとまとまっている。そこがすぎたの鮪が好きな理由だ。

21.【握り】赤身漬けの握り
これ、これ、これ!すぎたにお伺いしたら、是非とも味わっておきたい"いなせな逸品"である。赤身の漬けですぎたの右に出る店をわたしは知らない。

22.【握り】大トロの握り
旨味が凄いけれど、ここにもやはりすぎたの品性がある。わたしは、普段あまり大トロに心動かされるタイプではないけれど、中トロ同様、ここの鮪の脂の乗った握りには、心ざわつく!

23.【握り】鰯の握り
紫式部も愛した岩清水大権現("いわし"みずだいごんげん)!うまいなぁ。ちょっと目を閉じて味わっちゃう♪

24.【握り】巻きえびの握り
このサイズ感と、茹でたての海老のぬくもりが優しい。海老の香りの立ち方も素晴らしい。

25.【握り】金目鯛の握り
[b:豪奢な魚である。この握りもすぎたさんに伺ったときの愉しみの一つである。


26.【握り】雲丹の握り
軍艦にしないところがよい。雲丹と抜群のシャリのマリアージュを存分に愉しむ。

27.【握り】墨烏賊の握り
歯切れのよい墨烏賊の握り。甘みがあるけど舌に媚びてこない緊張感がある。実に粋な素材である。

28.【握り】赤身漬けの握り(お代わり)
やっぱり、漬けはお代わりしておきたい!

29.【握り】穴子の握り(塩)
ふっくらとした穴子の味調を塩でさっぱりといただく。

30.【握り】穴子の握り(ツメ)
穴子の煮汁から作った甘めのツメでまったりといただく。

32.玉
最後に美しい玉でしめる。

この一連の見事さ。盛らない美学...だからすぎたは美しい!
"禍"の向こう側で「すぎた」は見事に香っていた。...その香りに触れたら、ひとはひたすら感動するほかない。その香りは、最高の技術による丁寧な手当てがなければ絶対に引き出せない。鼻腔に行き交う香りに触れ、その水面下の手当てに深く心動かされる。

...ひさびさの外食。それにしても昼下がりのひさびさの外食ランチが「蛎殻町 すぎた」とはなんと豪華な経験であろう。2020年6月21日(日)、優雅な昼下がりのひとときについて以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


1.【つまみ】そら豆
「すぎた」に来た、という感動を噛み締めながら味わう極上のそら豆。...青く柔らかい香りを存分に愉しむ

2.【つまみ】京都舞鶴の鳥貝、神奈川のアオリイカ
アオリイカは生姜醤油で、鳥貝はわさび醤油でいただく。イカの王様。ねっとりとした佇まいにうっとりとする。このアオリイカのねっとり感から立ち上る香りは、素材に対する「すぎた」の仕事で引き出されていることを確信する。他でこんなに香り立つアオリイカに巡り合うことはない。

3.【つまみ】イワシ巻き
この海苔巻きは、「すぎた」の夏の定番である(冬は脂の乗り切った〆鯖になる)。浅葱とガリを合わせて海苔巻きにしてある。たっぷりのわさびとちょっぴりの醤油でいただく。...この青身魚の芳醇が「すぎた」の真骨頂である。芳醇なイワシの脂、鼻から抜けるイワシの香りにうっとりしてしまう。

4.【つまみ】小樽の蝦蛄
優しく優しく漬け込みにしてあって、ほんのり味がついている。横に添えられたわさびだけでいただく。しとしとと降り募る雨滴のような蝦蛄のしめやかな香りを堪能する。

5.【つまみ】甘く煮付けた鮟肝と蝦夷ばふんうに、新政の陽乃鳥
鮟肝の濃厚な甘さと、陽乃鳥のまろやかさが素敵なマリアージュを演じるそこに甘くジューシーなばふんうにが悩ましく舌に媚びてくる

6.【つまみ】太刀魚の焼き物
毎回、この太刀魚の素晴らしさに打ちのめされる良質な太刀魚の脂が身肉に閉じ込められていて、それが口中で身とともにホロホロとほどけるのだ

7.【つまみ】ばふんうにの塩漬けと数の子の味噌漬け
ばふんうにの塩漬けと西京味噌ベースの数の子の味噌漬けはいつも頼んでしまう。これは酒のアテには最強である!

8.【つまみ】北寄貝の生姜醤油漬け
これまでの摘まみのラインナップもそうだけれど、「すぎた」の漬けの技術はホントに素晴らしいこの塩加減、漬け加減は、まさにここしかないといった味覚の一点を打ち抜いていて、ひとつひとついただく度にため息が漏れてしまう

9.【つまみ】たいらぎの西京焼き
シャキシャキとした味調の向こうに、甘味が広がるのが嬉しい一品である。

10.【つまみ】佐島の煮だこ
良質なたこである。柔らか煮だけれど、しっかりとたこの筋肉質を感じる。これも「すぎた」に来たら外せない逸品である。

11.【つまみ】ほたての磯辺焼き
なんといってもこの佐賀海苔が秀逸なのだ。香も高き佐賀海苔から、こぼれ落ちるホタテの焼き身の香ばしさを存分に堪能する

12.【にぎり】こはだ
九州産の片身二枚漬けのこはだの握りである。九州のものには皮に固さがあるので、大きな切込みを入れてある。...しかし、この蟲惑魔的な香りはどうだろう。「蛎殻町 すぎた」のこはだの右に出るこはだをわたしは知らない。これも「すぎた」の仕事のなせる業である

13.【にぎり】ヒラメの昆布締め
昆布を使ってヒラメの旨さを頂点まで引き立たせている。脂ののった寒平目とは違い、朝まだきの湖水を思わせるような涼やかにして清澄な夏のヒラメの味わいにうっとりする

14.【にぎり】鯛
これも仕事が光る逸品である。締めて寝かせて、湯引きして寝かせて丁寧に仕上げた逸品である鯛本来の王侯貴族のような優雅さを感じさせる逸品である

15.【にぎり】赤身の漬け
天身の赤身。漬けが浸透するように薄く切りつけて漬けにするという「すぎた」の手法は名高い。それを折り畳んで一貫にまとめ上げて握る。これは、「すぎた」の独創だとのこと

ちなみに今日の赤身は、沖縄の延縄。中トロは、噴火湾と島根の定置網。鳥取、境港の巻き網は使わない(笑)とのこと。ほぼ投稿しない大将がSNSで珍しく吠えていた(笑)

16.【にぎり】かすご鯛
これも軽く昆布締めにしてある。鯛の王者の風格とは違って、ふわりとどこまでも柔らかい優しい味わいである

17.【にぎり】中トロ
背かみの中トロ。"小刃返し"の切りつけが小粋に美しい...決してどぎつくない、さわやかな酸味と仄かな旨味にうっとりとしてしまう。

18.【にぎり】鯵
これは島根の浜田のものだけれど、"どんちっち"の規定を満たしていないそうだ。しかし充分に旨い。肉厚で、オリーブオイルを思わせる滑らかで芳醇な鯵の脂に、瞳を閉じて感動を噛み締める

19.【にぎり】煮蛤
「すぎた」の煮蛤は、美しい。そもそも付台に立ったその姿が美しいのだ。歌舞伎役者が見栄を切ったように堂々としている。一貫の味はまた格別である。ここにも煮汁に漬けた丁寧な仕事が際立つ

20.【にぎり】巻きえび
温もりのあるふくよかな身の甘みに、「すぎた」に戻ってきたことを確信する。

21.【にぎり】千葉の金目鯛
わたしは、これに目がない。芳醇でキレイな金目の脂に、思わずありがとうと独り言ちる

22.【にぎり】雲丹
見た目ざらっとした雲丹は舌の上で甘く香る。優しいシャリとの相性が素晴らしい

23.【にぎり】赤身の漬け
おかわり。

24.【にぎり】鯵
おかわり

25.【にぎり】穴子
ツメ。この繊細な甘みとコク!

玉で一通りとなる。素晴らしかった。

...この"禍"で、少し自分の考えが変わったことを実感している。色々なお店を貪婪に開拓するより、自分が本当に宝物にしたいお店を慈しむように繰り返し擁護すること。これである。わたしにとって「蛎殻町 すぎた」は、間違いなくその数少ないお店の頂点に君臨する鮨店である
「日本橋蛎殻町 すぎた」の所作は美しい。...鮨種にシャリをつけてそそくさと鮨の形を仕立てるのではなく、片手に握った適量のシャリと鮨種を軽く合わせてから胸元深く呼び込み、両の掌(たなごころ)でゆるやかに一貫をまとめ上げてから、そっと付け台に送り出すその所作は、なんとも官能的だ。そしてまた一貫が饗された後に、黒々とした付け台の上に、指先から零れた煮切りが、ポタリと一滴光るのがなんとも艶っぽい。

2019年12月1日(日)、「日本橋蛎殻町 すぎた」のカウンター席に居住まいを正して座る。今日もまた、大将の所作が仕立てる握りがいただけると思うと胸が締め付けられる思いだ。もう、何度もお伺いしているけれど、この鮨店との出会いはわたしの人生の中で最も幸福な出会いのひとつとして刻まれている。


1.きぬかつぎ
皮を剥いて食べてもよいし、また、皮はしっかりアク抜きをしているので、そのまま皮ごと食べてもよい。小芋は小ぶりの球形で美しい白い肌をしている。ねっとりした食感とコクのある味わいがよい。上に乗せられた胡麻塩と炒り雲丹塩も、小芋の質朴な味わいに小気味よいアクセントを添えている。

2.迷い鰹と平目
日本海側の鰹はそのままでいただく。平目の方はお醤油とわさびでいただく。迷い鰹は鰹とまぐろのあいの子のような鰹。気風の良い鰹の身肉にねっとりとした色気がまとわりついている感じである。平目はさすがの寒平目。冬の透き通った青空のようなすっきりとした味調だ。

3.しめ鯖巻き
これは、すぎたのスペシャリテのひとつ。がり、アサツキを合わせてある。わさびいっぱいでお醤油につけていただくのが醍醐味だ!鯖の素晴らしい脂乗りに心が豊かになる。

4.あなごの白焼き
大変きれいな味わいである。火入れで皮目が香ばしく、身肉全体に伝わったぬくもりが素晴らしい。これをわさびでシンプルにいただくのが、白焼きの醍醐味である。

5.鱈しらこ
時節のものである。仄かな魚の香りがする生っぽい温かみが鱈しらこの醍醐味である。

6.鮟肝、味噌漬けのすじこを新政の貴醸酒(陽乃鳥)で
これは、複数の角度から甘味というものを味わわせる逸品である。鮟肝、すじこの出す甘みに、少しずつ日本酒の甘みを合わせて愉しむ。少しずつ甘みのマリアージュを堪能する逸品である。

7.鰤の焼き物
寒鰤である。字のごとく師走に一番脂がのって味がよくなる。これも香りのものだ。皮面だけ焼いて身の面はレア。わらさにはない枯淡に達した存在感がこの逸品の主張である。

8.蝦蛄
蝦蛄のつまみもすぎたでの定番である。甘みがあって旨い。蝦蛄は独特の存在感がある。海老や蟹には感じることがない、妖しい香りの強さ、甘味の強さを感じるのはわたしだけであろうか...

9.北寄貝
肉厚で、シャリシャリとしたほっき貝の味調が何とも愉しい。貝は味わうほどに旨みを主張する。

10.ホタテの磯辺焼き
たいらぎの磯辺焼きはよく色々なお店でお見掛けして、それはそれで大変美味なものがあるけれど、ホタテの磯辺焼きもまた素晴らしい。たいらぎみたいに貝柱がしっかりとしたシャキシャキの食感の代わりに、ホタテのおおらかで優しい個体が焼きのりの香ばしさと相まって旨い。

11.鮪を使ったネギ間
焼き鳥屋さんのネギ間よりも断然わたしはこっちが好きだ。網焼きにして鮪の脂が落ちていて、鮪の旨みとネギの香ばしさのみで味わう逸品である。

12.こはだ
九州産のこはだ。鹿の子に包丁が入っている。すぎたのシャリが一貫の旨みを豊かにしてくれる。おそらくこのこはだを握りでなく単品でいただいたら、こんな豊饒感は感じないのではないかと思う。

13.鯛
冬場の深場の鯛。鯛というと春先のイメージがあるけれど、鯛はやはり春先の産卵期のものより、産卵を控え、冬場の深場で餌を食んでいるこの時期のヤツが調子が高いと思う。素晴らしく力強い逸品である。

14.鯵
毎回鯵には、打ちのめされる。この鯵自体の持つオイリーな香りと味わいを堪能する。

15.さわら
こちらもすぎたの定番。藁で薫じて香りをつけている。すぎたのシャリの優しい味わいとの相性も文句がない。

16.かすご
鯛の赤ちゃんであるが、鯛の王者の風格とはまた一転、大変優しく繊細な味わいの魚である。こちらもすぎたの定番である。

17.背かみ中トロ
ただ脂ぎっているのではなく、鮪の身の旨さを伝える身の引き締まり具合がなんとも素晴らしい。わたしにとって鮪は断然すぎたのものが一番である。

18.さんま
同じ青物でも鯵とはまた全く違う。鯵は、一口でいただくとしめやかに湧き上がる旨みの増幅に思わず立ち止まって、それが鳴りやむのを受け止めるような感覚があるけれど、秋刀魚の方は、光芒一閃。まるで日本刀の透徹とした冴え返りをほうふつとさせる潔さを感じるのだ。

19.海老
茹でたての車エビを温かいシャリで、いただくのがうれしい。この温度帯が一番海老の旨みを感じれるように思う。

20.金目鯛
少し炙りを入れて魚の香りを引き出している。脂の存在感がしっかりあるにもかかわらず、嫌みが一抹もない。すぎたの鮨の中でも大好きな逸品である。

21.ばふん雲丹
今日のばふんは間違いない。大将がとりだした折箱の上に震える雲丹の輝きを見た時点でそれは確信に至る。舌触りはきめ細やかだけれど、雲丹の甘み、旨みの存在感が凄い。

22.お代わりコハダ
ここで、コハダをもう一度。

23.赤身
そして、お願いして赤身の漬けを出していただく。すぎたでは、これをいただかないと来た気がしない。絶対的な赤身の漬けである!ここ以上の赤身の漬けの握りを食べたことがないとここに断言したい!

24.鰹の大トロ
迷い鰹大トロ。これも何とも素晴らしかった。鮪の大トロとは違ったしっとりとしたしめやかな味わいの主張があって、シルクのような口どけにしばし言葉を失う。

25.お代わり金目
ここで、金目をもう一度。

26.穴子の握り(塩)
対馬の穴子。穴子本来の旨みを聞き耳を澄ますようにいただく。

27.穴子の握り(ツメ)
こんどはツメ。塩とは表情が異なる甘くふっくらとした穴子を堪能する。

あさり椀、玉で一通りとなる。

...やはりすぎたは素晴らしい。

わたしが鮨店に足を運ぶのは、途方もない高級食材や稀少食材と出会うためではない。...あくまで、鮨屋の仕事を堪能するために足を運ぶのだ。

鮨種とシャリに対する仕事と、自分自身との調和ある関係を愉しみ、かつそれをカウンターに座ったお客にも愉しませようとしながら、しかも押しつけがましさは微塵も感じられないすぎたの仕事。

わたしは、「日本橋蛎殻町 すぎた」を見て、生まれて初めて本当の鮨屋の美しさを初めて知ったのだと思う。

わたしには、今年からお酒が飲めるようになった甥っ子がいる。かれの成人のお祝いに、「日本橋蛎殻町 すぎた」のプラチナシートに招待することにした。...甥っ子はお酒が飲めるようになったとはいえ、そもそも、鮨屋のカウンター席というものからして人生初体験である。まぁこのくらいの年齢だと当然だと思う。そんな彼の人生初の鮨屋のカウンター席が「日本橋蛎殻町 すぎた」とは、なんと豪華な経験だろう。しかも大将正面の席である。

...勿論、世間一般的に、若い子に贅沢な経験をさせることに、眉を顰める傾向があることは知っている。けれど、わたしは逆に若いころにこそ、本当のものを味わっておくことが大切であると思う。味覚的にも、その後の人生の考え方にも大きなプラスの影響を及ぼすに違いないと思うからだ。だから、本日は甥っ子に、若い感性フル動員で本物のお鮨を存分に味わってもらう会にしてみたのだ...

当日、甥っ子とはお昼に人形町で落ち合う。とりあえず「今半」か「玉ひで」かで迷ったけれど、「玉ひで」の親子丼御膳いただく。炎天下、店前にうねる行列を涼しく通り抜け、われわれは即座にクーラーの効いた2階座敷に案内され、東京軍鶏の力強い親子丼を堪能する。...ここも情緒があるけれど、この近くの「今半」さんで、仲居さんが全部面倒見てくれるすき焼きも今度食べてみよう、それも下町情緒があって面白いよ♪などと語り合いながら...

昼食後は、場所を移して、新海誠監督の「天気の子」を鑑賞する。...「天気の子」はなんとも美しい「水」の映画であった。その「水」は、霞か烟を思わせる柔らかさで視界を覆うかと思えば、風に煽られる湿った大粒の雨だれとなって新宿の街並みに襲いかかる。その湿り気を帯びた新海作品の詩情にみちた映像をシャワーのように全身で受け止めながら、120分間を、ポップコーン(塩)を摘まみつつ2人で愉しむ。

それから、自由が丘に移動して、「パティスリー・パリセヴェイユ」で甘味をとりつつお茶をしてから、銀座に移動して、並木通り沿いの老舗バー、「スタア・バー・ギンザ 」さんでアイリッシュモルトとビターチョコレートを愉しむ。スモーキーでピーティーなモルトの一滴を舌で受け止めつつ、ビターチョコの余韻を味わう。

そうこうするうちに、そろそろ「日本橋蛎殻町 すぎた」の予約時間が近づく。銀座から人形町まではひとっ飛びである。
2019年8月25日(日)。水天宮の夜半にたゆたう8月のすぎたの暖簾は、涼し気に透き通った夏仕様である。

1回転のお客さんとの兼ね合いで、20:30を少し回ったけれど2人してカウンター席に通される。2席用意していただいたうち、甥っ子には、大将正面の席に座ってもらう。

まず、わたしが座席に座った途端、甥っ子に注意を促したのは、優れたお鮨屋さんのカウンターに座ったときの香りのことである。...いいお鮨屋さんでは、カウンターに座ったとき魚の嫌な匂いなど絶対にしない。...「日本橋蛎殻町 すぎた」は、嫌な匂いどころか人を武装解除させるようなふくよかな香りで満ち満ちている。これが最高峰のお鮨屋さんのひとつのバロメーターなんだと話すと、かれはビー玉のように澄んだ瞳でその言葉を一言一言受け止めている。

1.青森のひらめと千葉大原の雌貝の蒸し鮑
蒸し鮑はなにも付けずにいただき、ひらめは、わさびとお醤油でいただく。すぎたさんの始まりのこの白身の摘まみ2品をいただくと、座り心地のよい椅子に座ったような安堵感に見舞われる。ああ、すぎたに来た、という安堵感だ。甥っ子ものっけから目を丸くしている。

2.かつおの漬けの切り身
浅葱と生姜の刻んだものをちょんと乗せている。魚自体から溢れるオイリーな香りと味わいが醍醐味だ。

3.酢で締めたイワシと、大葉、浅葱、ガリを巻いた巻物
これは、すぎたさんのスペシャリテのひとつといってもよい。わさびたっぷりで、お醤油をちょっと添えていただくと、イワシというのはこんなに美味しい魚だったのかと目から鱗のふくよかな味わいが口中に広がる。

...あらかじめ、甥っ子には、今日のお料理の中で、何が自分で一番美味しいと思うか意識しながら食べてごらんなさい、といってある。...と、このイワシを食べた途端、「ボク、これがスゴいと思います」と即座に耳打ちしてくる(笑)

こちらとしては、「よしよしよし」と心の中でほくそ笑む。

4.げその粕漬
すぎたさんらしい、渋い漬けの仕事が際立つ逸品である。旨い。げそは見た目がかわいくて、どこまでも柔らかい。そこに味噌漬けの仕事がきりっと味の輪郭を際立たせる。大人好みの渋い逸品だ。

5.すじこと鮑の肝
これも味噌漬けで化粧が施されている。酒好きにはたまらない逸品である。

6.竹岡の太刀魚の焼き物
これはどのお店でいただく太刀魚より、絶品である。甥っ子も、これを食べた瞬間、心に刺ささりまくって言葉を失っているのが横にいて手に取るようにわかる(笑)

7.佐島の煮だこ
これがわたし的には旨かった。塩ゆでしただけ。最高のたこの旨みをダイレクトに味わう感動に胸が詰まる。

8.数の子の味噌漬け
これもアテのものである。日本酒が進む。

9.たいらぎの西京焼き
シャキシャキとした味調が素敵だ。甘味が遠くに感じ取れるのが嬉しい一品である。

10.ホタテの磯辺巻き
焼き上げたホタテの焔立つような旨みを海苔と一緒にいただく。迫力のある逸品である。

11.しんこの握り
さぁ、ここからが握りである!時期的に、本日は、しんことこはだ2つの握りが饗される。甥っ子には両方の魚の関係を教え、2つ食べてみて、どちらが美味しいか感想を教えてと宿題を出しておく。

12.こはだの握り
冬場にかかるともっと小悪魔的なこはだ独特のスメルが愉しめるのだけれど、やはりこはだは存在感があって旨い。...と、甥っ子が即座に耳打ちしてくる。「叔父さん、ボク、しんこよりこはだの方が好きです♪」

これを聞いた途端、こころの奥底で、さらに「よしよしよし」と独り言ちる。(笑)

13.しんいかの握り
これが柔らかく優しく香りのものであった。白身の優しい旨みを、すぎたのカドのないシャリがふわりと包み込む快感...素晴らしい。

14.鯛の握り
すぎたの真骨頂の白身の握りの連綿をシャワーのように浴び続ける贅沢な時間帯で、ひときわ輝く白身魚の王様の出番である。一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様というほかない。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

15.さごち(さわらの幼魚)の藁焼きの握り
藁焼きも、すぎたの仕事の定番である。藁の鄙びた香りがついた白身魚のスモーキーな味わいを愉しむ。

16.かすご鯛(鯛の赤ちゃん)の握り
甥っ子は、これが鯛の赤ちゃんであることを知らない。ずいぶん白身の王者と雰囲気が違って優しく甘い味わいでしょ、というと食べながら、何度も頷きながら腹落ちしたような表情をしていた。

17.中トロ
本日の鮪は塩釜のものだそうだ。すぎたの鮪は、わたしの中で鮨屋の一番である。ギタついてなくて、きちんと個体としての迫力を持っている。シャリとの相性も抜群である。

18.鯵の握り
ここで再び、青い魚に戻るのだけれど、すぎたの鯵ほどうまい鯵を食べたことがないと、ここに断言したい!ここに鯵の最高峰がある!これは思わずお代わりしてしまう。

19.巻きえび
茹でたての上質な巻きえびのぬくもりを、香りとともにいただく。いつものように素晴らしい。

20.雲丹の握り
軍艦でない雲丹のにぎり。これが一番雲丹の旨みを感じ取ることができる饗し方だと思う。

21.赤身の握り
すぎたに来たら、赤身は絶対だ。ただ、今日は残念ながら、薄く切って折りたたんだすぎた独特の赤身はいただけなかったけれど、今日のものも充分水準を越えて素晴らしかった。

22.煮蛤の握り
ミルキーでシルキー。これに感動しない人間とは永遠に縁を切りたい!

23.いさきの握り
さっぱりとした味わいの中に、鯛に肩を並べる豪奢な旨みを感じる。

24.大トロの握り
これは甥っ子たっての追加オーダー(笑)
とろけるような顔をして味わっているのが、なんとも微笑ましかった。

25.鯵の握り(お代わり)
ここで鯵のお代わり。

26.穴子の握り(塩)
穴子は、塩とツメでいく。さっぱりとしていてササクレがない。素晴らしい。

27.穴子の握り(ツメ)
ツメの濃厚さを味わった時点で、甥っ子が「同じ食材でもこんなに味って変わるんですね!」と反応する。
これを聞いた途端、また再び、「よしよしよし」と独り言ちてしまう。(笑)

最後は、玉、潮汁で一通りとなる。

本日は、心の底から愉しい会となった。なにより甥っ子の目から鱗の連続にひたすら癒された会となった。何か、甥っ子の中でこれきっかけでプラスの変化が生まれてくれたなら、これほど嬉しいことはない。そして、本日も渾身の握りを提供してくれた大将に感謝である!次回は12月の訪問である!
食べ歩くことに目がくらんでいるからには、結論だけは下したくない。だから、毎回胸はずませて新しいレストランに足を運び続けるのだけれど、そうしていると、数はそんなに多くはないけど、新鮮な驚きや再訪を確信するようなお店との出会いに恵まれることもないではない。...無論、それは実に悦ばしい体験で、まさにこの予期せぬ出会いこそが食べ歩きの醍醐味なのだと思ったりもする。

...でも、食べ歩きが何より厄介なのは、一方で、そんなわたしののんびりした結論を木っ端みじんに吹き飛ばすような絶対的なお店が存在してしまうところにある。ひたすら結論を回避していて何になるといった切羽詰まった想いを食べ手に煽り立てずにはおかないお店が現に存在してしまうのだ。

「日本橋蛎殻町 すぎた」。...こちらはわたしにとってその絶対的なお店のひとつである。杉田さんのネタの寝かせ加減、仕事の加減、シャリの酢の効かせ具合、耳を澄ますようにそっと握る握りの大きさ、どれもが傑作と呼ぶのが惜しいくらいに途方もない。半年ぶりの「すぎた」ワールドを以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい!


2019年4月13日(土)。この日は東京下町情緒を愉しむ会である。人形町の「玉ひで」から始まって、浅草の「神谷バー」を冷やかして、日本橋三越に遊んでから、「うさぎや」できちんと甘味の買い物をする。最後は、銀座の文豪バー「ルパン」で待機するほどに「日本橋蛎殻町 すぎた」入店の時間が近づく。

水天宮前の「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの店前についたのは、予約時間ぴったりの20:30。今日も存分に「日本橋蛎殻町 すぎた」を愉しむ!

1.【ツマミ】そら豆
このそら豆が旨いのだ。見た目も美しく、わたしはいつもこれは皮ごといってしまう。

2.【ツマミ】北海道、野付の天然のホタテと東京湾の勝浦(千葉)のヒラメ
軽く塩で締めて寝かせたもの、わさびと塩とで。ホタテは柔らかで優しい甘みを纏っている。ヒラメは、お醤油でいただく。醤油の下から、切れ味鋭いヒラメの小気味よい味調を心ゆくまで堪能する。

3.【ツマミ】真鯛の白子
これが絶品!トラフグの白子ほどの王者の風格はないものの、柔らかく優しい気品にあふれた白子である。これは間違いなく鱈白子の上をいくと思う。

4.【ツマミ】宍道湖の白魚の酒盗焼き
白魚というのが季節を感じさせる。そしてまた、酒呑みにはたまらない酒盗焼き味付け濃さに酒が進む。

5.【ツマミ】ホタルイカの味噌漬け、鮟肝を甘く煮付けたもの、新政の貴醸酒
これも「日本橋蛎殻町 すぎた」さんのツマミの定番である。鮟肝の甘みと新政貴醸酒のマリアージュを堪能する。

6.【ツマミ】竹岡の太刀魚の焼き物
「すぎた」の太刀魚の焼き物の美しさといったらない。...それはまさに美しいのだ。一口頬張ったときの脂はたわわなのだけれど、それが次の瞬間、太刀魚のほのかな香りを残しつつ、嘘みたいにキレイにスッと口腔から跡形もなく消えるのだ。

7.【ツマミ】ばちこ
珍しくもふっくらと柔らかいばちこである。塩味も優しく、ばちこの旨みを味わわせる一品である。

8.【ツマミ】鰹
時節柄、冬場の鰹のお餅のような存在感とは異なり、水ようかんのような清々とした凛としたさわやかな佇まいである。

9.【握り】鯖の巻物
大葉、浅葱と鯖の巻物である。これも「すぎた」さんの定番である。こちらの巻物は鯖の味が濃い。そして脂が実にキレイなのである。今日ご一緒した友人は、元来鯖が苦手であるのだが、「すぎた」さんの鯖だけは大丈夫なのだ(笑)

10.【握り】コハダ
やはりこちらに来たら、握りの一品目はこれに限る。わたしが今まで食べたコハダの握りの中で最も旨いと断言できる握りである。ネタに対する仕事の施し加減、シャリの酢加減、握りの大きさすべての観点で過つことなく一番である。

11.【握り】ヒラメ
しかしでも、このヒラメの握りの透明感のある美しいフォルムはどうだろう。一口口に含むと、微かな塩の甘みと、昆布の甘味を感じることができる。また脂の品のよい甘味は格別だ。まさに春を感じさせる逸品である。

12.【握り】赤身の漬け
10日ほど寝かせた鮪の赤身の漬け。赤身の方が酸味が出る。深緋色(こきひいろ)した鮪の赤身の美しさに震える...口に含み耳をすませば、遠くに猛々しく脈動する血潮の響きが感じ取れるようだ。

13.【握り】かすご
鯛の稚魚...かすご。その色調から"桜鯛"ともいわれるこの魚の握りを頬張れば、いまだ真鯛ほどの王者の風格はないものの、淡い色調の向こうに、鯛の風味をそこはかとなく感じ取ることができる。

14.【握り】ボタン海老
ねっとりした舌に絡みつく濃厚な身肉の甘味が、ほかの海老にないボタン海老の醍醐味だ。旨い。

15.【握り】中トロ
鮪の脂が、過剰すぎず、ほのかに化粧を施すように赤身をまろやかになだめてかかっている。赤身をいただいたときは赤身こそ一番うまいと確信していたのに、この中トロにメロメロになる。

16.【握り】鯵
まるみのある酢香が、鯵の旨みを引き立てている。清麗で爽やかに締まり、青身特有の澄んだ潤味(うるおみ)をおびている。噛みごたえは鯵の鮮度のよさを証していて、肉厚な食感が、鯵特有の青身の風味を弥増すようでひたすらここちよい。これも「すぎた」さんのスペシャリテのひとつだと思う。

17.【握り】子持ちヤリイカ
これも春先の時期のものである。一口いただくが、優しくキレイな味わいである。甘みがあって口どけがよい。

18.【握り】巻海老
海老は茹であげたあとさっと握って饗される。シャリのぬくもりから口の中に海老の甘みが広がる。

19.【握り】金目鯛
これがいつもながら素晴らしい。脂のりが凄いのだけれど、たとえばノドグロのように太く迫力がある脂ではなく、金目鯛の脂は、たわわであるにもかかわらず、香りと気品を感じるのだ。

20.【握り】雲丹
わたしは雲丹は軍艦ではなく握りで出していただくのが好みだ。...素晴らしい。ひとつひとつの香りの分子が緻密に濃縮された力強い香気にうっとりとする。

21.【握り】煮蛤
こちらも「すぎた」さんに伺った際の愉しみのひとつである。しっかりと仕事をした握りである。穴子の煮汁を使ったツメを塗った煮蛤。一口含むと、とろっとしたミルキーな風味が蜜のように口中に滲み出してくる。

22.【握り】ミル貝
サクサクとした潔い歯ざわりと豊かに広がる潮の甘味がミル貝の身上だ。貝の中でももっとも味調がとれた味感がある。

23.【握り】アオヤギ
アオヤギ。なかなか渋いネタだ。大輪の牡丹を思わせる華やかさはないけれど、シャキシャキとした味調のなかに草いきれのような鄙びた風味を感じる。

24.【握り】〆鯖
きりりと酢締めした鯖の一巻。巻物の芳醇な感じとはまた違い、引き締まった感じがよい。

25.【握り】穴子(塩)
江戸前のものに比べて上品でカドがないのが九州産の穴子の特徴のように思う。

26.【握り】穴子(ツメ)
鳴門金時のような傷のない甘味が素晴らしい。

最後にもう一度金目鯛をお代わりして一通りとなる。...やはり本日も凄かった。何度訪問しても完璧なまでに素晴らしい。こんな鮨店は、わたしのなかで「日本橋蛎殻町 すぎた」をおいてほかにはない。
白い魚が香り、優しいシャリとの溶け合いを満喫すること。魚の脂に頼ることなく、美しい魚の香りをそっと掌(たなごころ)に包んでしめやかに饗してくれるのが「すぎた」の素晴らしさだ。...それにしても、これが今年最後のすぎただと思うと一抹の寂しさがよぎる。

2018年11月24日(土)、今年最後の「すぎた」での晩餐について、書き綴っていきたい。

ぎんなんからのスタートである。

1.【ツマミ】竹岡のかわはぎと氷見の鰤
鰤はそのままでいただく。寒鰤。極めて脂がキレイである。いたずらな主張もササクレもなく口腔にすっとなじんで、ひたすら豊満である。

かわはぎの方は肝醤油で。筋肉の繊維を噛み締めるこの食感がたまらない。トラフグの薄造りも大変調子の高いものであるけれど、かわはぎの薄造りも捨てがたい魅力がある。トラフグの味調が"陽"だとしたら、少しメランコリックな沈んだ感じがあるのが、このかわはぎの魅力ではなかろうか。

2.【ツマミ】締め鯖、大葉、あさつきの巻物
わさび多めでいただく。これも「すぎた」の定番である。鯖の脂乗りが透徹していて澄み切っている。存在感があるのだけれどスッと"いなせ"な佇まいだ。ここに大葉、あさつきの清々しさが最高のアクセントを添える。

3.【ツマミ】対馬の穴子の白焼き
これがふくよかな焼き上がりであった!アツアツで饗されたそれを頬張ると、穴子の香りを通して、ジビエそのもののなまめかしくも瑞々しい律動を感じる。

4.【ツマミ】タラの白子ポン酢
良質な白子である。わたしの中で、何度いただいても白子は、このタラのものか、フグのものが最も調子が高い。でも、もちろん味わいは違っていて、フグの芳醇でたわわな味調に対して、タラの白子は、生真面目に襟を正した禁欲性を感じるのはわたしだけだろうか。

5.【ツマミ】佐島の煮タコ
大将が最近はいいタコがなくて...と嘆く。なんでも、タコは市場で手に取って揉んでみて、どのくらい指が入るかで良し悪しが分かるそうだ。身肉が弱っていて入るのではなく、身肉の力はあるけど、柔らかい筋肉のものが最高とのことだけれど、昨今それが減ってきているという。...それにしたって「すぎた」の煮タコは旨い!

6.【ツマミ】すじこ、数の子、あんきも 新政のきじょうしゅ(火の鳥)ちょっと甘いお酒
あんきもは甘く煮付けたもの、すじこ、数の子は味噌漬けにしたもの。...いつもの定番である。この甘みに、わたしは江戸前を感じる。

7.【ツマミ】鰤の焼き物
焼き物だけれど、今日は鰤。「すぎた」さんは太刀魚のイメージがあるけれど、今日は寒鰤。これもよい。

8.【ツマミ】ほっき貝
ほのかな温かみが感じられる。食感は、柔らかく、これも貝独特のしゃきしゃきとした食感が心地よい。なんとも身の厚い立派な一品である。

9.【ツマミ】ホタテの磯辺焼き
これは久しぶりだ。ホタテの磯辺焼きは、2017/5/29訪問時にいただいた時以来だから、1年半ぶりだろうか...しかしでも、何度いただいても「すぎた」でだされる佐賀海苔がよい!この佐賀海苔は、おにぎりを巻いて食べたいというより、舌の上にのせてお酒を愉しみたくなるような繊細で緻密な味わいがある。

10.【ツマミ】牡蠣の味噌漬け
これも定番である。しめやかな牡蠣と味噌の風味を堪能する。

11.【握り】こはだ
さぁ、ここからが握りである!...わたしは、大将がすうっと握って黒い付け台に握りをそっと置くさまが大好きだ。それだけでポーっと見とれてしまうのだ。

そして、いつもの通り、最初は仕事を施したこはだのスタートだ。ここで、「すぎた」の握りの素晴らしさに胸をえぐられ、毎回愚かしいけれど、あらためて気を引き締めることになる。

12.【握り】鯛
しばらく、白身の握りにうっとりしよう!...白身の中でも、やはり鯛は王者の風格がある。香り立ち華やかながら、内に秘めたものがある点で、やはり白身の最高峰である。

13.【握り】さわら
この白身も大好きだ。鯛ほどの華美さはないけれど、哀愁をおびた低音の和音を感じるようなその佇まいに、そっと抱きしめたくなるような雰囲気がある。そして藁で燻した薫香!

14.【握り】かすご
鯛の赤ちゃん。実は、わたしは、かすごと鯛は別物という印象がある。かすごはとても柔らかく上品だ。でも、あの鯛の風格を思うと、このかすごがどういう経緯を経てあの白身の王者の風格をまとうのか、いつも不思議な気分になる。...無論かすごの品の良さは折り紙付きだ。

15.【握り】赤身
わたしは、あらゆる鮨屋の鮪の中で、「すぎた」の鮪が一番好きである。これほど魚を感じさせる鮪があるだろうか。そもそも牛肉みたいな脂だらけの鮪なんていらないのだ!その意味で「すぎた」の鮪は美しい。

16.【握り】中トロ
脂の入り具合といい、中トロも洗練されていて旨い。素晴らしい背かみである。

17.【握り】いわし
やっぱり「すぎた」で饗されるいわしは旨い。...世の中にこんなにうまい魚があっていいのかと思うくらいに旨い。誇張なく「すぎた」のいわしであれば、わたしは命を捧げるくらいの準備がある。ここのいわしの素晴らしさは、落涙ものである。

18.【握り】赤貝
これもまったり舌に媚びてくる食材というより、透徹系である。この鉄の透徹感に心が震える。

19.【握り】巻き海老
そっと柔らかに、炊き立ての巻き海老の握りで落ち着く。

20.【握り】青森の雲丹
甘い。さりとて、恬淡としていて、媚びてこない佇まいに好感が持てる。

21.【握り】墨烏賊
ここからは大将にお願いして、お好みのラインナップだ。墨烏賊。歯切れよく、やっぱり鮨でイカといったら墨烏賊、という逸品である。

22.【握り】蛤
最後に煮蛤、さらに、赤身、雲丹、をお代わりして、穴子(白)、穴子(ツメ)、卵焼きで一通りとなる。

「日本橋蛎殻町 すぎた」。ここはやはり凄い。2018年もそろそろ暮だけれど、やっぱりわたしはここを一番のお鮨屋さんとして推奨したい!

香り立つ美しい鮨。...青身魚の真っすぐな味調から微妙にずれたコハダの奏でる小悪魔的な不協和音は、どうしてあれほど美しいのか。...軽くあぶって香ばしさ際立つ金目鯛のふくよかな味わいは、なぜこんなに食するものを興奮させるのか。...そしてそれらの珠玉の味わいを、張りの中にもユーモアがある、杉田さんが作り出す垢抜けたカウンターの空気感が、さらに洗練させていく。...ここは、"名店"という言葉が惜しまれるくらいの途方もない鮨店である。

もう何度目の訪問になるだろうか。...またまた「すぎた」での素晴らしい晩餐について、以下詳細に書き綴って行きたいと思う。

本日のお連れさまと店前で落ち合う。2018年5月4日(金)、18:00。お連れさまは、今回初めてとのことで、ことのほか今回の「すぎた」訪問を愉しみにされている。

入店して、まず最初はビールを軽くいただく。...乾ききった空腹に冷たいビールが染みわたるほどに、今日もまた、ツマミも握りも完全制覇でいくことを固く心に誓う!(笑)

1.【ツマミ】そら豆
豆とはいえ、お芋のようなホクホクとした存在感がある。そして、そら豆ならではの鄙びた味わいの向こうにたゆたう、そら豆独特の"青さ"が、夏の夕暮れの縁台に響くひぐらしの声を彷彿とさせる...

2.【ツマミ】真子ガレイとたいらぎ
この真子ガレイもこの時期「すぎた」の定番である。弾力のあるテクスチャの向こうに初夏の空の透き通った透明感を感じさせる逸品だ。時にアオリイカとの合わせであったりするのだけれど、本日のたいらぎの朴訥な佇まいとの相性もすこぶるよい。

3.【ツマミ】佐島の煮ダコ
いつもながらこれが素晴らしい。毎回、この佐島のタコの筋肉の緻密さにやられてしまう!そしてまた、この甘さ加減がわたしの好みのど真ん中を射貫いているのだ。これはわたしの中で今までいただいた煮ダコの中で最高の逸品である。

4.【ツマミ】アナゴの茶わん蒸し
これもいつのものように「すぎた」さんでホッと落ち着ける秀逸な一品である。

5.【ツマミ】鯛白子
白子といえば、誰もがフグを思い出すけれど、あの迫力とはまた違って、鯛白子の柳美人のようなすんなりとした姿の良い味調にしばし言葉を失う。

6.【ツマミ】鯖の海苔巻き
これも「すぎた」さんの定番である。真っすぐで透徹した鯖の力強い旨みが、佐賀海苔できちっと巻かれて出される。そしてこの海苔が秀逸。...この佐賀海苔は、おにぎりを巻いて食べたいというより、舌の上にのせてお酒を愉しみたくなるような万華鏡のような緻密な味わいがある。

7.【ツマミ】子持ち蝦蛄
蝦蛄とは何か。...これは、同じ甲殻類とはいっても海老とは全く異なる。海老にはない蝦蛄独特の湿り気を帯びた沈んだ調べが蝦蛄の最大の特徴だと思う。そして、今日はその子持ち蝦蛄。...その憂いを帯びた味調に耳を澄ましながら堪能する。

8.【ツマミ】鮟肝、バチコ
これも「すぎた」さんの定番である。これを新政の貴醸酒(きじょうしゅ)でいただくのが「すぎた」流である。...バチコも肉厚の肉厚さ加減が感動的だ!

9.【ツマミ】太刀魚の焼き物
これも「すぎた」さんのスペシャリテといってもよいと思う。...とにかく潤沢でキレイな太刀魚の脂乗りに感動すること請け合いである!

10.【ツマミ】雲丹の佃煮、数の子、ホタルイカの沖漬け
今日のツマミのトリである。"雲丹の佃煮"というのがいつもながら渋い(笑)。...ちなみに、今日のお連れさまは、ホタルイカの沖漬けの旨さにひとしきり感動されていた♪

11.【握り】コハダ
さぁ、ここから握りの連綿である!まずはいつものようにコハダからである。...「日本橋蛎殻町 すぎた」で握りの一品目は、これでないといけない。...青身特有の味の濃さの向こうに漂う蠱惑的なコハダ臭にいつもながら打ちのめされる!

12.【握り】真鯛
これがまた美しい。...しつこくなく、しかしでも泰然としていて、王侯貴族のような風格すら感じさせる。...静かに黙る旨さだ。

13.【握り】マグロの赤身
わたしが「日本橋蛎殻町 すぎた」を愛して止まないのは、鮨屋の仕事にある。「すぎた」で仕事を施さないネタといったら、ウニと中トロ(本当にたまに大トロ)くらいで、そのほかはほとんどすべてのネタに手当てを施しているそうだ。だから、マグロも仕事を施した、宝石のように美しいこの赤身が一番好きなのだ。

14.【握り】かすご鯛
さきほどの真鯛を柔らかくしたような、優しい味わいの握りだ。「すぎた」のカドの立っていない酢飯との相性が抜群である。

15.【握り】マグロの中トロ
マグロは赤身が好みとはいえ、なるほど、コイツは旨い。濃厚とまではいかないけれど、脂がしっかりのっている。ただ、わたしにとって、「すぎた」さんでいただく中トロ(大トロ)はあくまで、連綿と続くいなせな鮨ネタの中に置かれた嫋(たお)やかなアクセントという位置づけで、決してそれが主役ではないのだ。

わたしの中では、「すぎた」の本質は、なんといっても仕事を施した白い魚にあると思う!

16.【握り】鯵
島根の"どんちっち"はまだだったけれど、「すぎた」の鯵は肉厚で、旨みを凝縮していてやはり欠かせない。

17.【握り】子持ちヤリイカ
歯切れよく気風(キップ)のよいスミイカのテクスチャとは違って、柔らかで優しい味わいがする。

18.【握り】サーモン
「だいたいサーモンというとお客さまがっかりされます」という大将の一言に、カウンターに笑いがさざめく。しかし、これもどうしてどうして素晴らしい。仄かな熟成から立ち上る白身と赤身の中間の艶めかしさを味わわせる逸品である。

19.【握り】巻きエビ
握る前にボイルしたエビ。大きさといい、温度感といい、「すぎた」のエビの握りはやっぱりよい。

20.【握り】金目鯛
これが、待ってましたの逸品だ!最上級の脂乗りを愉しむのだとしたら、やはりこの金目鯛か、クエだと思う。(のどぐろよりずっと品性があると思う)

21.【握り】ムラサキ雲丹
わたしは、「すぎた」のウニの握りが滅法好きだ。まず、大将が握りを付け台にそっと置くその姿がいい。こぼれる涙をそっと拭うようなその優しい掌(てのひら)のしぐさは、まさに映画的な感動がある。

22.【握り】ほっき貝
優しいシャリと、肉厚で、シャリシャリとしたほっき貝の味調が何とも愉しい。貝は味わうほどに旨みを演出する。

23.【握り】カツオ
「すぎた」さんでは、冬場に迷いガツオの握りを出されるが、今日のは太平洋側だと思う。太平洋側のこれはこれで気風(キップ)がよくてよい握りだ。

24.【握り】しまえび
これが悩ましかった。甘みがあるけれど、噛み締めるほどに、媚びるような甘さに堕落することなく海老の旨みを際立たせる逸品。ぜひ、お薦めしたい!

25.【握り】ミル貝
アワビに匹敵する旨み。貝類の中では、大変端正な味調のとれた貝である。

26.【握り】アナゴ 塩
やはり、「すぎた」さんでは塩、ツメ両方いってしまう。とろけるアナゴの表面の塩のざらつきを堪能する。

27.【握り】アナゴ ツメ
これはもう蕩けるような逸品。デザートといってもよい最後の締めである。

最後にいつものように美しい玉で締めとなる。...今日も目一杯美味しいお鮨をいただいた!今日のお連れさまも大変満足され、お誘いした甲斐があったというものだ。...もう、今の今から次の訪問が愉しみで仕方ない!

「すぎた」の握りは、あくまでも引き締まったキレイな白身が中心である。そして、握りの中ほどで、背かみの赤身と中トロの脂ノリが、薄紅色(うすべにいろ)のように仄かに柔らかな存在感をしめしてくるのが特徴だ。...だからシャリはあくまでも酢の立ち過ぎていない優しい佇まいでまとめられていて、これが、コハダ、鯛、かんぬき、そして背かみの鮪といった、いきでいなせなタネに滅法合うのだ。

2018年3月24日(土)、「日本橋蛎殻町 すぎた」での素晴らしい晩餐について、以下詳細に書き綴っていきたい。今日はツマミから春を感じさせるラインナップである。

1.【ツマミ】そら豆
わたしは、皮ごといく。本日のお連れさまは、そら豆の皮は剥くタイプだそうだ(笑)。ま、このあたりは、ひとそれぞれ、好きなようにいただけばよいと思う。

2.【ツマミ】ミル貝は岡山のもの、鮃は千葉の東京湾、安房勝山のもの
ミル貝の最高級品は岡山である。京都の「木山」さんで出たミル貝もとても調子が高かったけれど、やはり岡山産であった。コリコリとした食感の向こうに磯の香りが香る。

3.【ツマミ】佐島の蛸
これは雌。...それにしても「すぎた」さんのこの煮蛸はぜひ味わっていただきたい。その旨さに、幸福な沈黙を強いられる素晴らしい逸品である。

4.【ツマミ】腸がしっかりとついたミル貝
水管だけでなく、本ミル貝のミル舌がしっかりとまとわりついたものを焼いている。これは珍しい。この貝の甘みは犯罪だ!

5.【ツマミ】このわたの茶碗蒸し
限りなく透き通った味わいで、どこまでも優しい。

6.【ツマミ】あん肝、ホタルイカ、ノレソレ
ノレソレ。時期を感じさせる食材だ。穴子の稚魚。それに卵黄とポン酢を合わせたソースを絡めてある。そして、味噌漬けのホタルイカに、あん肝だ。ここに秋田の新政の貴醸酒をあわせるのが「すぎた」流だ。

7.【ツマミ】東京湾の竹岡の太刀魚
この脂ノリが凄まじい。しかもその脂に一片のいやらしさもなく、そのキレイな味わいに舌を巻く。

8.【ツマミ】バチコ
日本酒のアテにこれ以上のものはないと断言したい!

9.【ツマミ】白魚
肝が添えられた白魚。春を感じさせる逸品である。

10.【握り】コハダ
ここから握りである。いつものごとく、「すぎた」さんではコハダからの握りとなる。これが何度いただいても途方もなく素晴らしい。魚は香りのものであることを突き付けてくる「これぞ鮨!」といった逸品である。

11.【握り】鮃
媚のないこの弾力こそが鮃の持ち味だ。そして透き通る青空のような澄明な味調にこそ鮃の本来の特徴がある。旨い。

12.【握り】鯛
一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

13.【握り】赤身
「すぎた」さんのマグロの味わいは粋である。こちらの赤身をいただくと、大トロの握りにまったく魅力を感じなくなるから不思議である。

14.【握り】中トロ
ほのかな脂の差し具合がなんとも素晴らしい。赤身の血潮にほんのりと良質な脂で薄化粧を施したような感じである。

15.【握り】鯵
"どんちっち"とまではいかないけれど、これも青身の素晴らしい脂ノリに溜息がでる。

16.【握り】かすご鯛
真鯛の稚魚。そこはかとない甘美さの奥にコクのある鯛の香りが陽炎(かげろう)のように立ち昇る...

17.【握り】トリガイ
シャキシャキとした鳥貝の肉の響きがなんともよい。鶏肉を食べている感覚と似ているからトリガイという名前がついたと言われるくらいで、弾力感のあるささみ肉をいただいているような感覚を覚える。

18.【握り】巻き海老
握る前に茹で上げたものである。人肌のぬくもりから口の中に海老の甘みが広がる。

19.【握り】子持ちヤリイカ
女性的で、優美で繊細。"たおやめぶり"とでも言おうか...優しい味覚を堪能する。

20.【握り】紫雲丹
紫雲丹の、枯淡の域に達したと表現したいような滋味深い味わいがなんとも素晴らしい。

21.【握り】かんぬき
これも春の逸品。しかし、もうそろそろ盛りは終わりだろう。

22.【握り】金目鯛
脂ノリが素晴らしい。「すぎた」にお伺いしたら絶対に味わっておきたい逸品である。

23.【握り】煮蛤
刷毛で煮ツメをさっと塗って、饗される。さっそく口に放り込むと、とろっとしたミルキーな風味が蜜のように口中に滲み出してくる。しかし、その奥の奥の方に、貝の旨味というか、肝臓に染み入るような蛤の滋味がしんしんとしめやかな調べを奏でているのが聴き取れる。

24.【握り】穴子(塩)
その味わいはきわめて上品。九州産穴子の特徴が十二分に引き出された一品である。

以上で、一通りとなる。何度訪問しても、鮨屋はこの「日本橋蛎殻町 すぎた」とともにこの地上に生まれ落ちたに違いないと思わせる素晴らしさだ!次回の訪問が今から愉しみである。
そういえば、すぎたさんって雲丹は海苔巻きにしませんよね、とふと思い立って大将にお声がけしてみる。すると、「ええ、海苔巻きにするのは、年に数回ぐらいですかね...もちろん、雲丹って海苔との相性がよいですから、軍艦もいいんですけれど、シャリと直に合わせた雲丹がリゾットみたいになるのが、僕は好きなんですよ」...淡泊で上品な甘みの中に一抹の仄かな苦み漂う雲丹と、シャリが演じたてるマリアージュを堪能しながら、大将とこんなやりとりをゆったりと愉しむのが「すぎた」でのこの上ない贅沢な過ごし方だ。

2018年2月10日(土)。2回目の回転。始まったその瞬間から、この空間が終わりを迎えることが惜しまれてならない「すぎた」でのひとときについて、以下詳細に書き綴っていきたい。本日のお連れ様とはお店で直接落ち合う。ほとんど待たされることなく、カウンター席に通される。

今日もつまみから、食材に合わせて日本酒を出していただく。(ただし、握りからは前回宗隆さんに教えてもらって味をしめた米焼酎のガリ酢割りでやっていただくことにする)

【ツマミ】浅葱の新芽
冬場の"きぬかつぎ"、早春の"わけぎ"、夏場の"枝豆"、秋の"銀杏"と「すぎた」の突き出しは季節にあわせて目くるめく。春を目前にしたこの一品の慎ましい優しさもことのほか好感が持てる。

【ツマミ】アオヤギとカワハギ
アオヤギはお醤油とわさび、カワハギは肝醤油をつけていただく。アオヤギ。その味調は、その姿形から感じ取れる艶めかしい印象とは異なり、しこしことした食感の向こうに底堅い存在感のようなものを感じる。やはりこれはしっかりと醤油と合わせるのが正しいやり方だ。いつもながらカワハギからは、その筋肉質な弾力と、駆け抜ける澄明な味調にこころのときめきを感じる。

【ツマミ】ゴマサバの海苔巻き
わたしは、「すぎた」の海苔巻きが大好きである。ときに鰯であったり、鯖であったりするのだけれど、それら光モノを香り高き佐賀海苔で巻いたこの一品が何とも素晴らしいのだ。

【ツマミ】たいらぎの西京焼き
渋い。これは噛むほどに味わいが募りゆく渋い逸品である。たいらぎの噛みごたえのある存在感から静かに浮き上がる西京焼きの味噌の風味が何とも渋い。

【ツマミ】白子ポン酢
口に含んだとたんに感じる、この艶っぽいぬくもりにいつもやられてしまう。これほど日本酒のアテにもってこいの逸品がほかにあるだろうか...

【ツマミ】縞海老の頭を軽く炙ったもの、数の子、雲丹の佃煮
これもまた"THE酒のアテ"といった一品だ。炙った向こうに縞海老の仄かな甘みを感じる。また、この雲丹の佃煮が、雲丹の旨味が濃縮された良い味わいを出している。

【ツマミ】千葉の竹岡の太刀魚の焼き物
これが凄い。溢れる上質な脂にむせ返りながら、その香りを存分に堪能する。

【ツマミ】白魚の酒盗焼き

...白魚のどつと生るゝおぼろ哉

朧月の揺らめく青い水中に"どっと"生まれる白魚の生命の乱舞。...一瞬、そんな春の躍動感溢るる一茶の句が脳裏をよぎる。

【ツマミ】佐島のタコの柔らか煮
タコは冬と初夏がよい。こちらの煮タコの筋肉質な食感から放たれる旨味にいつもやられてしまう。

【握り】コハダ
いつものように一貫目は、コハダである。青身特有の味の濃さの向こうに蠱惑的なコハダ臭が漂う。思わず瞳を伏せて、「いる、いる、いる」とひとりごちてしまう。

【握り】寒ヒラメの昆布締め
寒ヒラメは今が良い。一種名刀のような冴えわたった切れ味を思わせる味調にどきりとする。

【握り】鯛
冬場の深場の鯛には独特の力強い香味がある。口中に放り込んでからいつまでも残る残り香にうっとりとする。

【握り】寒鰆
低い哀愁を帯びた和音。そんな印象の魚だ。陽気といより楚々とした落ち着きのある味調だ。

【握り】大洗のかすご鯛の昆布締め
真鯛の稚魚。...噛み締めると、身の芯までまわった酢が香り立ち、そこはかとない甘さの奥にコクのある鯛の香りが陽炎(かげろう)のように立ち昇る...

【握り】山口県仙崎の赤身の漬け
これが宝石のように美しい。「すぎた」の鮪は絶品である。脂まみれでなく何とも姿がよいのだ!

【握り】鯵
味が濃い。肉質は強い弾力性があり、脂の載り方が実に緻密である。これは青ものの最高峰に違いない。

【握り】金目鯛
これはいただいた瞬間、心の中で「やられた、やられた」と呟き続けている自分を発見する。たわわに溢れる脂の上品さ、その香り、全てが完璧である。

【握り】巻き海老
「普通、一度茹で上げてから、そのまま握るんですが、腹を開くまでに少し時間があって冷めますので、直前にもう一度そっと軽く火を入れてから、握るんです。そうすると食感がぐりぐり過ぎないで丁度良いんです」繊細な仕事が光る逸品だ。仄かな海老の甘みに酔いしれる。

【握り】中トロ
脂のりが丁度良い塩梅。江戸前の矜持を感じる素晴らしい逸品である。ほとんど言葉による修飾や説明を必要としない優れた握りである。

【握り】紫雲丹
リゾットのように広がる旨味を存分に堪能する。

【握り】サヨリ
これも時期である。身がしまっていて贅肉がない、流れるような溌剌とした精彩を感じさせる逸品である。

【握り】墨イカ
「すぎた」のこの墨イカがまた何とも粋なのだ!この歯切れ、媚のない味わい、...嫉妬するくらいにいなせで粋なフォルムに収まっている!

【握り】愛媛のトリガイ
わたしはトリガイというものに目がない。シャキシャキとした肉の響きの中に鄙びた味調が聴きとれる、あのトリガイの楚々とした感じがわたしは大好きなのだ。

【握り】バフン雲丹
とろけるような赤。シャリに乗っているのが奇跡としか思えないような佇まいで饗される。一口でいただく。ひとつひとつの雲丹の香りの分子が緻密に濃縮され、力強い香気となって押し寄せてくる。

【握り】穴子(塩、ツメ)
塩はさっぱりと穴子そのものの良さを堪能できる一品。ツメはまるで金時芋のように濃密に悩ましい。

最後に、玉とアサリの澄まし汁で一通りとなる。やはり、素晴らしすぎる。...と、ふと、2018年のミシュランガイドのことが脳裏をよぎって少しばかり気分が悪くなる。...この「すぎた」が1つ星!?どこからどんな誤解をすればそんな評価に着地するのか、まったくもって意味が理解できない。

...そもそも、わたしはあのタイヤの星というのはまったく信用していないけれど、この「すぎた」や「鳥しき」、「ペレグリーノ」、「深町」、「ICARO」といった名店に、軒並みベタベタと1つ星という醜いレッテルを張りまくって涼しい顔でやり過ごしているその暴挙を見るにつけ、あの格付け機関のことだけは、絶対に許さないと心に誓う!
すぎたの"ガリ酢"は生姜のエッジが効いている。...甘みが抑えられた"ガリ酢"で米焼酎を割ると、味わいがことのほかキレイで、握りとの相性が滅法よい!今日はこれですぎた絶品握りの連綿をひとしきり愉しむ。

2018年1月14日(日)、17:00。かねてから愉しみにしていた今日のこの日。いつものように水天宮の裏路地で「テキサス」の年季の入った看板を眺めやっていると、友人の姿が遠くに視界に入る。大きな声で「こんにちは!」と元気よくお声がけいただく。...いつも懇意にさせていただいている「ICARO miyamoto」のお兄さん、宗隆さんだ。今日は、宗隆さんと「日本橋蛎殻町 すぎた」の会である!


17:00になると暖簾がかかって、入場可となる。宗隆さんの気配りは素晴らしく、お店のみなさんとわたしにまでお土産をご用意されている。今日は、嬉しいことに大将前である。

【ツマミ】浅葱の新芽
優しい新芽の仄かな甘みに癒される...胃袋の空虚感に静かにしんみりと染み渡るのが心地よい。

【ツマミ】つぶ貝とカワハギ
つぶ貝はお醤油とわさび、カワハギは肝醤油をつけていただく。つぶ貝は輪郭がしっかりとしている。カワハギの澄み切った味わいもいつもの通りである。

【ツマミ】長崎壱岐の迷いガツオの漬け
このまろやかさが素晴らしい。もうそろそろ終わりの時期かと思うと何か一抹の寂しさを感じないでもない。

【ツマミ】タラ白子
この柔らかな舌ざわりから伝わる温もりに、冬の恵みを感じる。これももうそろそろ終わりの時期である。

【ツマミ】白魚の酒盗焼き
とうとう、白魚の季節がやってきた!

 明ぼのや しら魚白き こと一寸(芭蕉)

可憐な白魚の一尾一尾の味わいに、遥かけく瞬く春の言祝(ことほ)ぎを感じる...


【ツマミ】赤むつの焼き物
太刀魚の焼き物も脂載り抜群だけれど、赤むつはやはり迫力がある。

【ツマミ】穴子の茶碗蒸し
優しい味わいである。対馬の穴子も角がなくて素晴らしい。

【ツマミ】シメ鯖の巻物
これがすぎたでのお愉しみの1つである。時期によって巻かれるものが鰯であったりもするのだけれど、なんといってもこの佐賀海苔が秀逸なのだ。強い旨味と美しい香りにいつもやられてしまう。

【ツマミ】佐島のタコの柔らか煮
これもいつものごとく素晴らしい。お鮨やさんの最高の仕事を味わえる逸品である。最上のタコの筋肉の内に秘めた力強さを堪能できる逸品である。

【ツマミ】雲丹の佃煮
中々滋味深い。これは酒のあてにもってこいの一品だ!

【握り】コハダ
さぁ、ここから握りだけれど、今日はここから宗隆さんを真似て、例の"ガリ酢"割りでいってみる。...これが滅法良かった。"ガリ酢"というのは甘目なのが通常のようだけれど、すぎたの"ガリ酢"は、生姜の辛みが立っててキリリとしている。わたしは、握りは今後これでいくことにしたい。そのくらいに握りとの相性が素晴らしかった!

最初の握りはコハダである。蠱惑の一品だ。

【握り】淡路の鯛
今日の鯛も味わいがキレイだ。みなぎる身肉(みしし)からあふれ出す高貴な鯛の味わいを、いつまでもいつまでも堪能する。

【握り】山口の鯵
良質な鯵である。清麗で爽やかにしまっていて、特有の澄んだ潤味(うるおみ)のある香りがする。

【握り】鰆(さわら)
この藁の燻しが堪らない。一口いただくと、一瞬藁の薫香で魚の香りは不安定に揺さぶられる。...しかし味わうにつれ、納得するほかない強い旨味の着地点に収まる素晴らしさは感動的ですらある。

【握り】墨イカ
歯切れのよい江戸っ子の気風の良さを感じる逸品だ。透明で艶やかで宝石のような一品である。

【握り】大間の鮪、赤身の漬け
すぎたの鮪は色気がある。なんとも粋な色気があるのだ。媚のない恬淡(てんたん)な色気と言おうか。この鮪があることで、すぎたの鮨の連なりの引き締まり方が全然違う。

【握り】大間の鮪、小トロ
これも、大トロの溢れるような脂載りの一歩手前で押さえている感じが何とも粋なのである!

【握り】鰯
誰が何と言おうと鰯は旨い!これが庶民に手が出ない高級魚でないことにひたすら感謝しようではないか!

【握り】巻き海老
握る前に茹で上げられるこれもいつものように秀逸である。シャリを巻き海老の温もりが優しく包み込む。

[b:【握り】青森の紫雲丹

紫雲丹は、バフンウニのような焔立つ迫力ではなく、実に慎ましやかな旨味を湛えている。

【握り】穴子塩
今日は穴子の塩で一通りとなる。...しかしでも、今日は何といっても「ICARO miyamoto」の宗隆さんとご一緒できたのが素晴らしかった!...彼は、そんなに口数が多い方ではない。しかし、なんというか...あからさまに表面には出ないのだけれど、仄かに優しい雰囲気を持った方なのである。(これは義隆さんも一緒)そして、(わたしが言うのもおこがましいけれど)味覚に対してしっかりとした哲学を持っている。...だからご一緒していて滅法面白い。今日は素晴らしいすぎたで、お鮨と宗隆さんとの申し分ない晩餐であった!
去年1年を振り返ってみて素晴らしいお店との出会いは多々あった。...今はなき「カゲロウ」もよかったし、「まき村」も感動的であった。「寿しの吉乃」もその巧みの技を存分に愉しませてくれた。しかしそうした例外的なお店でさえ、「日本橋蛎殻町 すぎた」の前では色あせて見える。この鮨店はわたしが味わってきた鮨店の中で紛れもなく最高の鮨店である。

2017年12月10日(日)11:00。「日本橋蛎殻町 すぎた」さん再訪。本日は大将前である。大将にご挨拶して、皆さんで愉しんでくださいと、自由が丘のパティスリー・パリセヴェイユ で買ってきたお土産をお渡しする。

ほどなく、今日のお料理がスタートする。

【ツマミ】三重の尾鷲のかんぱちとカワハギの刺身
かんぱちはお醤油と山葵でいただく。カワハギは肝ポン酢でいただく。カンパチのねっとりとした練り羊羹のような味わいにうっとりする。カワハギは柔らかい筋肉の中にも引きしぼった弓のような緊張感をみなぎらせている。

【ツマミ】長崎壱岐の迷いガツオの刺身
雨に濡れた躑躅(つつじ)のような目の覚める光沢が素晴らしい。一度塩でしめてから漬けにしている。味がしっかりついているので、そのままでいただく。太平洋側のものと比べると、酸度が高くなくまろやかでそれほど鉄分を強く感じさせない。実にキレイな味わいである。

【ツマミ】佐島のタコの柔らか煮
まず、圧倒するようなタコの香りが素晴らしい。こんなに薫り高き煮だこを出す鮨店をわたしはしらない。噛みしめるほどに脈打つようなタコの旨味が口中に広がる。

【ツマミ】羅臼のタラ白子の焼き物
タラ白子。ぬくもりを帯びたメランコリックな味わいといえばよいか。感情を内に秘めたようなこのタラ白子の旨味は、しんしんと雪の降り募る海辺の光景を彷彿とさせる。

【ツマミ】あん肝と牡蠣と貴醸酒
あん肝は甘く煮付けたもの、味噌漬けにしてある。これと貴醸酒の相性が素晴らしい。

【ツマミ】太刀魚の焼き物
これも「すぎた」さんの定番だ。しかしでもこの熱々に焼き上げられた身肉(みしし)がほろほろとほどけだす食感がたまらない。また、この魚も強い青身魚の香りを持っている。

【ツマミ】数の子の味噌漬け
これも「すぎた」さんの定番だ。「すぎた」さんで出されるネタは、摘みであろうと必ず何らか仕事がされているのが嬉しい。

【ツマミ】対馬穴子の白焼き
長崎の穴子だ。強く焼き上げられたホクホクの食感を愉しんだかと思うと、次の瞬間口の中で上品に溶ける。

【握り】コハダ
ここから、握りになる。このコハダにしかない独特の臭気がたまらない。わたしは鮨ネタの中で最も好きなネタは、間違いなくこのコハダである。しかも「すぎた」さんのコハダは、他の追随を許さないものがある。

【握り】淡路の鯛
わたしには、どうしてもこの時期の鯛が一番うまいと感じられる。鯛特有の懐の深い味わいで残り香がいつまでもずっと続く。贅沢な余韻を胸いっぱいに愉しむ。

【握り】鰆(さわら)
少し藁で炙ってある。この藁で少し炙る仕事が素晴らしく鰆の旨味を引き立てている。藁の香りがふわっと鼻腔を抜けた後、鰆の上品で淡い脂肪の旨味が口に広がる。

【握り】北寄貝
北寄貝は、甘味があり、旨みをたっぷりと含んだジューシーな味わいだ。

【握り】大間の鮪、赤身の漬け
これはしかし、通常の鮪の赤身よりまろやかな感じ。血の香りが立っていない。「すぎた」さんでは鮪は腹かみを使われることもあるようだけれど、もっぱら背かみを使われるそうだ。

【握り】大間の鮪、中トロ
緻密な旨味がある。腹かみのような脂の横溢感はないが、上品にして旨味もしっかりある。わたしは鮪は背かみの方が断然好きである。

【握り】鰯
これが素晴らしかった!鰯の魚の香りを感じさせてくれる逸品である。香味は軽いものの流れるような潤味のある味わいにうっとりしてしまう。お塩とお酢で軽く締めている。すうっと溶けるような味調の高さに惚れ惚れする。思わずお代わりしてしまう。

【握り】金目鯛
炙られた皮から上質な脂が溢れ出す。とろりと甘く、白身とは思えない濃厚な旨味をもっている。絶品!

【握り】巻き海老
シャリと茹で上げられたばかりの巻の暖かい身肉の相性が抜群である

【握り】青森の紫雲丹
馬糞雲丹が、濃厚で感情を内に秘めたような力強さがあるのに対して、紫雲丹は恬淡ですっきりとした味わいを持っている。品良い雲丹の旨味を存分に楽しむ。

【握り】しめ鯖
鼻腔を駆け抜ける酢の風味が、抜き身のようなしめ鯖の鋭い存在感を際立たせる。脂のりも大変良い。

【握り】鰤
寒鰤である。字のごとく師走に一番脂がのって味がよくなる。これも香りのものだ。どういったらよいか...磯のにおいを感じさせる鮮魚臭とでいう香りに惚れ惚れする。

【握り】鰯
お代わり

【握り】金目鯛
お代わり

【握り】穴子塩
江戸前のものに比べて上品でカドがないのが九州産の穴子の特徴のように思う。

【握り】穴子ツメ
鳴門金時のような傷のない甘味が素晴らしい。

一筋の瑕瑾もない玉をいただいて一通りとなる。今回もまたしても文句がつけられないくらいに素晴らしかった!次回は今月、ICARO miyamotoの宗隆さんとお伺いする予定だ!今から愉しみだ♪

「日本橋蛎殻町 すぎた」は、ひたすら粋である。ここには塗り固められた旨味などどこを探しても見あたらない。...「鮨はね、まずは姿が良くなくっちゃぁしょうがねぇや」という江戸っ子の気っ風(キップ)のよい啖呵がどこかから聞こえてきそうだ。だからここでは、キャビアとかトリュフとか松茸といった派手な味覚の演出などはハナっから遠ざけられ、最後まで、柳葉のような、しゃなりとした魚の香りが、端正に臭覚と味覚を刺激してくれる。それがなんとも心地よいのだ。

「日本橋蛎殻町 すぎた」で過ごした晩餐はまたもや素晴らしかった。以下、その詳細を書き綴っていきたい。2017年11月18日(土)、20:00。友人たち4人とお店で直接落ち合う。座席に着く際、付け場の大将から物腰低く、しっかりと目を合わせて「いらっしゃいませ!」とお声がけいただく。その惚れ惚れするような低音の声の良さに心のこわばりが一気にほどけてしまう。

今日もまたお任せで、お酒も大将に見繕っていただく。まずは、ほろ苦な銀杏からのスタートで、はやる心を落ち着かせる。

1.【ツマミ】鰈(かれい)
美しい刺身である。ほんの少しお醤油をつけて頬張ってみるが、空に吸い込まれるような清澄さの中に格調高い味わいを堪能する。

2.【ツマミ】長崎壱岐の迷い鰹
これが冬のすぎたさんでの愉しみの一つ。実に鰹っぽくない鰹である。鰹は江戸っ子の気っ風のよさを感じさせるはっきりした味わいの魚だけれど、この迷い鰹は、なんとも艶めかしくも悩ましいのだ。...鰹が食べている魚の違いだろうか。太平洋の鰹は鰯を食んでいるけれど、日本海側の鰹は鮪の群れに交じって、烏賊を食べている。...ひょっとするとそんな食べ物の違いがこの身質の違いを生み出しているのかもしれない、などとぼんやり思いを巡らす。

3.【ツマミ】仙鳳趾の牡蠣
口中に広がる牡蠣特有の滋味掬(きく)すべき風味はどうだろう!これはまさに海がこぼした涙である。

4.【ツマミ】鰯の海苔巻き
脂ののったお酢でしめた鰯に、大葉、浅葱、ガリ。鰯のたわわな脂のりに溜息がでる!山葵をしっかり塗布しても、辛み成分を脂が涼やかになだめてくれる。そして圧巻だったのが、佐賀海苔。旨い。...太い味がドンときてずうっと続く感じ...おにぎりに巻きたいくらいな旨味の強い海苔である。...でも、旨味だけでなく香りも江戸前に負けない香り高さがあるのが素晴らしい。

5.【ツマミ】タラ白子
鱈白子のクリーミーで生っぽい温かみがよい。口に含めば、雲間に漂うような至福感を感じる。河豚ほどの格調はないものの、これは冬場に欠かせない逸品だ。

6.【ツマミ】竹岡の太刀魚の焼き物
このホクホク感は凄すぎる!口に含めば、ほどけてホクホク。そして太刀魚の脂の華やかさに息が詰まりそうだ!

7.【ツマミ】あん肝、数の子、貴醸酒
すぎたに来たらこれだ。甘く煮付けたあん肝、味噌漬けにした数の子、それに貴醸酒。貴醸酒とあん肝の相性。申し分ない。

8.【ツマミ】対馬の穴子の茶碗蒸し
ここでしっとりと茶碗蒸し。対馬穴子の繊細さと卵のやさしさに癒される。

9.【ツマミ】佐島の煮だこ
は、わたしは、すぎたさのこの煮だこに滅法目がない!甘くて色気を感じさせる香りがあって、テクスチャもいささかのささくれもない。...佐島の最高級品を使われているのだけれど、同じ食材のものを他所で食べても絶対にこの素晴らしさは体感できないと思う。つまり、すぎたさんの仕事の素晴らしさが光りまくる逸品である!

10.【ツマミ】対馬の穴子の白焼き
対馬の穴子は優しくも麗しい。仄かな温かみとともに、そっと添えられるような慎ましやかな味わいに心が静かに落ち着く。

11.【握り】コハダ
ここから握りの始まりである。すぎたさんでの握りは基本的にコハダがスタートである(一度だけ墨烏賊であったことがあるけれど)。これが素晴らしい。この一貫目の感動で、絶対にこれはお代わりだと、のっけから確信する。...コハダ。心に渦巻く不協和音を奏でているような独特な魚。わたしは、すぎたさんで出されるコハダがどこの鮨店より好きである。

12.【握り】鯛
これも調子が高かった。白身の王様の風格を最も感じることができのは、このくらいの時期からではないだろうか...

13.【握り】さわら
哀愁を帯びた和音。...いつも書くことだけれど、わたしには、さわらの味わいはそんな風に聴きとれる。

14.【握り】かすご
鯛の赤ちゃんだ。真鯛ほどの王者の風格はないものの、薄紅色の淡い色調のように、鯛の風味をそこはかとなく感じ取ることができる。

15.【握り】赤身漬け
やはり赤身はうまい!慎ましやかに香る血潮の香りにうっとりとする。

16.【握り】中トロ
背かみ。実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとわせている。

17.【握り】鯵
どんちっちほどの素晴らしさはないものの、やはり誰が何と言おうと鯵は旨い。重ねにした肉厚な身肉(みしし)にのった脂のりにはうっとりとするものがある。

18.【握り】大トロ
燃え上がるような旨みが、一瞬明滅してすっと解ける...

19.【握り】巻きえび
出す寸前に茹で上げられた海老。ほなかな温かみと甘みが心地よい。

20.【握り】鰤
食べ手を圧倒するような脂のりがある。天然鰤とはかくも脂のりのよい食材だったのかと驚きを隠せない。

21.【握り】雲丹
雲丹の花びら一枚一枚に、感情をうちに秘めたような雲丹の香りの分子が緻密に濃縮されていて、ため息が漏れる...

22.【握り】北寄貝
しゃきしゃきとした小気味よい食感を通して、磯の風味が口中に漂う。

23.【握り】墨烏賊
墨烏賊の季節だ。肉厚で、信じられないくらいに歯切れよく、こってりとした旨みをまとっている。素晴らしい。

24.【握り】ミル貝
サクサクとした潔い歯ざわりと豊かに広がる潮の甘味がミル貝の身上だ。貝の中でももっとも味調がとれた味感がある。

25.【握り】鰹の大トロ
長崎壱岐の迷い鰹大トロ。これが何とも素晴らしかった。鮪の大トロよりもしっかりとした味わいの主張があって、シルクのような口どけにしばし言葉を失う。

26.【握り】金目鯛
わたしは、すぎたの金目鯛の握りに滅法目がない。金目鯛の脂は、たわわであるにもかかわらず、香りと気品を感じるのだ。今日はこれを締めの一品と決めて、したたかにやられて幕引きとなる。

何度訪問しても溜息が出るほど素晴らしい。その日の陽光や風向きの加減で、と村になったりすることもあるけれど、この日の夜は何のためらいもなく、「日本橋蛎殻町 すぎた」の大将こそ、日本一の料理人だと呟かずにはいられなかった。

付け台にふわりと寿司ネタがおかれた途端、滴るような魚の香りに息を呑む。これを体感するたびに、驚きだの悦びだのといった感情にとらわれることのむなしさを思い知らされる...いつの間にかあらゆる感情の遠く向こうに音もなく誘われ、緊張とはおよそ無縁の滑らかな時空にたゆたっている...この武装解除の力学にそっくり身を預けるのはいつものことながらなんとも快い体験だ。

2017年9月17日(日)。お昼は初めてであったけれど、夜と何ら変わらぬ素晴らしかったこの日のお食事会について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。小雨のそぼ降る水天宮。10:55に「日本橋蛎殻町 すぎた」の店前で今日のお連れさまと落ち合う。ほどなく女将が暖簾をかけ、店内に招じ入れてくれる。本日は、カウンター一番奥の席だ。ビールで喉を潤すほどに一品目だ。

1.【ツマミ】枝豆
香りがよく味も良い。自然そのものの爽やかな香りと仄かな甘味をたたえている。

2.【ツマミ】高知の天然シマアジと北海道の北寄貝
夏らしい逸品だ。北寄貝のシャリシャリとした味調が心地よい。

3.【ツマミ】鰯、大葉、浅葱、酢漬けにした茗荷の巻物
脂が非常に強い。これは、山葵をたっぷりつけて醤油でいただく。しかしでも鰯のこの良質な脂のりはどうだろう!...あの源氏物語の紫式部は、鰯に目がなかったという。その式部にこんな歌が残っている。

"日の本にはやらせ給ふいわしみず まいらぬ人はあらじとぞ思ふ"

簡単にいうと、「日本人なら鰯が嫌いなんて人はいないわ!」というくらいの意味なのだけれど、わたしは決定的に式部の肩を持ちたいと思う。

4.【ツマミ】穴子白焼き
穴子の白焼きと続く。その味わいはきわめて上品。これも匂い立つような穴子の風味をしめやかに感じさせる素晴らしい逸品であった。

5.【ツマミ】甘く煮付けたあん肝といくらの漬け、の貴醸酒(きじょうしゅ)と一緒に...
脂質の乗ったあん肝は、ねっとりと舌に絡みつき、深く溜息をつきたくなるような濃厚な風情を漂わせる。甘めのお酒とあん肝の相性が抜群。あわせて悩ましいまでのいくらの凝縮感を堪能する。

6.【ツマミ】太刀魚の炙り
銀の輝きが眩しいばかりである。太刀魚特有の脂のりよさで、食した後まで深い旨みが口中に残り続ける...

7.【ツマミ】タコの柔らか煮
香りがいい。そして、口中でほろほろっとほどけて、甘い。これは堪らない。こういうものをいただくと、これが本当のタコだと何の迷いもなく断定したくなる!

8.【ツマミ】たいらぎの西京焼き
しゃきしゃきとした食感の中に西京焼きの風味が香る。そんな中、たいらぎの旨み、甘味が遠くに感じ取れるのが嬉しい。

9.【ツマミ】鮑の肝
チューブから搾り出して固めたような濃厚さに溜息がでる。これはワインと合わせてもらっても絶対によいはず!香るなぁ。

10.【ツマミ】茶碗蒸し
つるりとしたテクスチャの向こうに卵の風味優しくほっと落ち着く。

11.【握り】こはだ
ここから握りだ。まずは、こはだ。すぎたさんの鮨はシャリのほどけ感が素晴らしい。ここしかないという奈一点で握られている。また、こはだスタートというのも頗(すこぶ)るよい。少し存在感のあるこの匂いの存在感がこはだの醍醐味だ!

12.【握り】鯛
一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

13.【握り】すみいか
すみいか特有の肉厚で歯切れよい。それでいて柔らかく、独特の力強い風味が端然と鼻腔をくすぐる。

14.【握り】三重の鯵
この丸みを帯びた、光り輝くアピアランスはどうだろう!一口口に含めば、脂がのり、身はしっかりしていて、甘みが強い。

15.【握り】鰆(さわら)
鰆(さわら)はやはり旨い。脂肪の甘味が口中豊かに広がる。低い哀愁を帯びた和音を耳にしたときのように心が落ち着いてくる...

16.【握り】大間の赤身の漬け
まぁまだ冬のマグロじゃないけど、夏マグロという感じか。鮮烈で若々しい血潮の香りに背筋が伸びる!

17.【握り】大間の中トロ
んん、冬場の圧倒するような迫力はないものの、実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。

18.【握り】鰯
巻物は酢締めにして、塩で締めて一日寝かせている。今日仕込んで、塩占めだけにしている。最初の巻物よりも優しい印象だ。でもこれも実に味わい深い逸品だ。

19.【握り】銚子の金目鯛
若干炙った金目鯛の旨みに圧倒される。この脂の落とし具合がなんとも憎い。口に放り込めば、あっというまにホロホロと溶けてしまう。

20.【握り】車海老
大車海老を湯がいてトンと二つに割って出すところもあるけれど、やっぱり海老はこのサイズが一番よいと思う。ほわりと漂う海老の優しい香りにひとしきり満足だ。

21.【握り】雲丹
これは恬淡ですっきりとした味わいを持っている。軍艦にしないのもすぎたさんの特徴だ。

22.【握り】穴子塩
さらりとほどけるような舌ざわりで、ホクホクと優しく穴子の香りを伝えてくる感じに好感がもてる。質朴な感じである。

23.【握り】穴子ツメ
このツメの甘みと穴子の組み合わせもまたよい。ツメをつけることによって金時芋みたいな様相を呈する穴子は、毎回いただいておきたいと思う。

最後に、アサリ汁美しすぎる玉で一通りとなる。

...「日本橋蛎殻町 すぎた」で繰り広げられる贅沢な時空は何者にも代えがたいと断言したい!

...みなさんもご存知のようにこのお店は途轍もなく予約困難だ。朝9時から電話をかけまくって、お昼近辺でやっと電話がつながったものの、電話の向こうで女将さんから申し訳なさそうに"ソール・ドアウト"の報告をいただくとき、もうその日は何もやる気がしなくなるくらいにへこむのだけれど、でもこのお店は、それでも通い続けなくてはいけないとわたしに思い込ませる鮨の名店なのだ!
「日本橋蛎殻町 すぎた」さんのカウンター席は、贅沢な瞬間にみちあふれている。親方、杉田孝明さんは、伏し目がちに少しばかり手元から視線を逸らしつつ、しかし優しく語りかけるように珠玉の鮨を握り続ける...その流れるような所作は、ある静謐な感動を見るものの体のすみずみまでゆきわたらせる...

2017年5月23日(火)、「日本橋蛎殻町 すぎた」での4時間に及ぶ素晴らしいお食事会について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。本日は、これまで度々いろいろなお店をご一緒させていただいてるレビュアーさんのお誘いで、20:30からの「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの会である。予約至難で有名なこのお店の予約はもはやプラチナチケットだ!レビュアーさんに大感謝である!

本日は3名の会で、全員がそろったところでさっそく親方に始めていただく。最初はグラスビールにして、後は鮨ネタに併せて親方に日本酒を選(よ)っていただく。ビールで喉を潤すほどに1品目が饗される。

1.【ツマミ】わけぎの突き出し
前回は、冬に訪問し、最初の一品目はきぬかつぎだったけれど、今回の突出しは、ねぎの風味かおる爽やかな一品である。

2.【ツマミ】アオリイカと真子鰈
最初のお刺身が饗される。アオリイカと真子鰈。アオリイカは3kg台のものだそうだ。これを生姜醤油でいただく。やはり、夏場になったらこれはいただいておきたい一品だ。握りはスミイカの歯切れの良さが小気味よいけれど、つまみでいただくならなんといってもアオリイカこそがイカの王様だ。

真子鰈の天駆けるような澄み切った味調も素晴らしい。この鰈の繊細な味調を肝などとあわせてしまうのではなく、シンプルに出すあたりが杉田さんの素晴らしさだ。

3.【ツマミ】千葉の銚子の鰹
鰹は、よく戻り鰹とか上り鰹ということが言われるけれど、今はあまりそういう区別ははっきりしないそうだ。しっかりとした旨味があるけれど、爽やかな印象を受ける。

4.【ツマミ】酢締めにしたニシンと浅葱の巻物
ニシンはコハダの仲間である。なので味にしっかりした主張があるけれど、どこかしら優しい潤みのようなものが感じられる。

5.【ツマミ】甘く煮付けたあん肝とホタルイカ、新政の貴醸酒(きじょうしゅ)を添えて
脂質の乗ったあん肝は、ねっとりと舌に絡みつき、深く溜息をつきたくなるような濃厚な風情を漂わせる。甘めのお酒とあん肝の相性が抜群だ。そこにホタルイカの仄かな肝の苦味が抜群のマリアージュを演じたてる。

6.【ツマミ】真魚鰹の幽庵焼き
"幽庵焼き"とは、お醤油、お酒、味醂で、食材をひと晩じっくり漬け込んで、炭火焼にしたもの。真魚鰹は、今から夏、あと秋口にもっともよい時期を迎える。しかしこの旨みと甘味の凝縮感はどうだろう!迫力がある。

7.【ツマミ】子持ちヤリイカ
ヤリイカ独特の歯切れの良い食感。ネットリとしたアオリイカやコウイカの食感も素晴らしいけれど襟を正した、キリっとしたヤリイカの佇まいもまた夏らしくて素晴らしいものがある。

8.【ツマミ】シマエビの頭を殻ごと焼いて中の海老味噌を取り出してペースト状にして味をつけたもの
殻を炙っているため香ばしい味わいだけれど、カニ味噌に比べてずっと繊細な甲殻類の味わいだ。

9.【ツマミ】ホタテの磯辺焼き
熱々の状態で手渡しされる。磯の香りとホタテの特有の甘みに圧倒される。旨みが凝縮されており、思わず黙って味わってしまう。

10.【ツマミ】煮タコ
吸盤に大きさのバラツキがなく、端正な並びをしている。これはメスである。いささかも噛みにくさがなく、筋肉の中に蛸の脈打つ血の流れが感じとれるかのようだ。

11.【ツマミ】数の子の味噌漬け
味噌の仄かな甘みがそっと優しく数の子のプチプチとした食感を包み込むのが心地よい。

12.【ツマミ】タイラガイの西京焼き
しゃきしゃきとした食感の中に味噌の風味が香る。そんな中、タイラギの旨み、甘味もしっかりと感じ取ることができる。

13.【ツマミ】ほっき貝
ほのかな温かみが感じられる。食感は、柔らかく、これも貝独特のしゃきしゃきとした食感が心地よい。なんとも身の厚い立派な一品である。

14.【握り】3日熟成のコハダ
ここから握りとなる。「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの鮨飯は抜群に旨い。酢が強すぎず、丁度塩梅がよい。1品目は、3日熟成のコハダ。コハダに対する仕事も秀逸である。魚を殺しすぎず、また逆に青魚の生臭さがたたない程度に酢じめしてあるその絶妙なバランスが、途方もなく素晴らしい。他の青身魚にはない、コハダのあの小悪魔的な存分に堪能する。

15.【握り】縞鯵
縞鯵は、"鯵"という字がついているけれど、「日本橋蛎殻町 すぎた」さんでは、この魚は、青身ではなくて、白身のものと見做して扱っているとのことだ。しかし、この透けるような薄紅さした蠱惑的な色調が素晴らしい。一口含むとコリコリとした軽快な噛み心地の中にも、ねっとりと舌にまつわりつく食感が感じ取れ、酸味の強い青魚にはまったくないといってよい優雅な香りをもっている。

16.【握り】桜鱒
軽く燻したものを握りにしてある。ごくごく軽く燻すことによって藁の薫香がほのかに漂う。香りを愉しむ嗜好品のような逸品である。

17.【握り】かすご
鯛の稚魚...かすご。その薄紅色の色調から"桜鯛"ともいわれるこの魚の握りを頬張れば、いまだ真鯛ほどの王者の風格はないものの、淡いそこはかとない鯛の香りを、遠くに聞き分けることができる。

18.【握り】淡路の真鯛
付け台で深く沈んだ鯛の握りをつまみ上げ、一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の風味がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

19.【握り】塩釜の60kgの鮪トロ
冬場の濃厚な旨味をまとったトロも素晴らしいけれど、夏場の涼やかな大トロも大変結構だ。

20.【握り】浜田のどんちっち鯵
"どんちっち"とは島根県西部沖で獲れる真鯵のブランド名だ。島根県の方言で"お囃子(おはやし)"を意味する言葉のようだ。日本海に生息するプランクトンの影響で、脂ののりが良く、旬の初夏にはトロにも匹敵するとも言われる。杉田さんいわく、築地で一見しただけで他の真鯵との違いがわかるそうである。今回、始めていただいたけれど、肉厚で、豊潤な旨味のある逸品であった!

21.【握り】金目鯛
これが抜群であった!王者の風格とでも言おうか...有無も言わせぬ絢爛な脂の旨味が溢れだし、まるで食べ手を見下したように傲然(ごうぜん)と圧倒してくる!これはお代わり必死の逸品である。

22.【握り】巻海老
直前に茹で上げて、水でひと肌まで温度を落とした海老の握り。上品な海老を、絶妙の温度帯でいただく幸せを噛みしめる。

23.【握り】馬糞雲丹
馬糞雲丹。濃厚で感情を内に秘めたような力強さがある。

24.【握り】塩釜の鮪の赤身の漬け
ここから追加となる。わたしは、まず鮪の赤身の漬け。これが絶品であった!一口でいただくと、瞼の裏に、深く燃えるような赤が一面に広がり、口中は鮪の香りで満たされる。と、ひと粒ひと粒の存在感を感じ取れるほどに絶妙に炊き上げられたシャリが、赤酢の風味とともに口の中でほどける中、赤身の澄み切った血と鉄の香りが、真っ直ぐに立ち昇り、いつまでも鼻腔をくすぐり続ける...素晴らしい逸品だ!

25.【握り】金目鯛
居てもたってもいられず、思わずお代わり!

26.【握り】穴子塩
柔らかい。仄かな塩が穴子本来の味わいを引き立てる。穴子は、これからどんどん良くなっていくのだろう。

27.【握り】穴子ツメ
ふっくらとした金時芋をいただいているような至福感に見舞われる。

28.あさりのお吸い物
五臓六腑に滲みわたるあさりの滋味に深い感動を覚える。この時間がいつまでも続いて欲しいとさえ思う。

29.玉
一片のカスも混入していない実に美しい玉をいただいて一通りとなる。...あまり頻繁に訪問できないものだから、「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの訪問の際には、しっかりとお腹を空かせて臨むようにしている。今回は、ツマミはご用意があるものは全ていただくことができた。次回は、お鮨全品で行こうと思う。次回は9月の訪問となる。今から待ち遠しい!

「日本橋蠣殻町 すぎた」。言わずと知れた誰もが一度は訪問を果たしたい鮨の名店である。なので、日ごろから、すぎた、すぎた、と芸もなくつぶやき続けてきたわけだけれど、芸はなくとも、つぶやくことだけは続けておいてよかったというものだ。なんと、日ごろから懇意にさせていただいている敬愛する"日本海老マヨ協会"の会長さまから「マドさん、すぎた1席あるけど、いかが?」と待ってましたの神のお声掛け!もちろん、2つ返事で参加の意向をお伝えする!

かくして、2016年12月9日(金)17:30、初の「すぎた」訪問の夢がかなう。この日は、これまた、日ごろから尊敬してやまぬ食通のご夫婦もご参加されるとのことで、素晴らしいお食事会となった。しかしでも、凄い凄いと耳にはしていたけれど「すぎた」の素晴らさはわたしの想像を軽々と超えてきた。以下、興奮を抑えつつ、できるだけ詳細にレポートしていきたい。

お店はピッタリ17:30に暖簾がかかり開店する。カウンター席に案内され、まずはシャンパンで喉を潤していると、ほどなくご主人、杉田孝明さんがカウンター越しにご挨拶され、おまかせのコースがスタートする。

1.きぬかつぎ
きぬかつぎには、"石川小芋"という品種のものを使われているそうだ。皮を剥いても食べてもよいし、また、皮はしっかりアク抜きをしているので、そのまま皮ごと食べてもよいとのこと。"石川小芋"は小ぶりの球形で美しい白い肌をしている。ねっとりした食感とコクのある味わいがなかなかよい。上に乗せられた胡麻塩と炒り雲丹塩も、小芋の質朴な味わいに小気味よいアクセントを添えている。

2.三重、尾鷲(おわせ)のカンパチと九州、熊本のカワハギのお造り
カンパチは、三重、尾鷲(おわせ)で獲れた17.6kgの大物。お醤油とわさびで食べるようご案内がある。カンパチはお塩でしめて2週間ぐらいねかせたものだそうだ。熟成されたカンパチの脂のりが素晴らしい。

カワハギは九州、熊本で獲れたもので、今朝しめたものだそうだ。肝とあわせていただく。カワハギの肝...魚の肝の中でも5本の指に入る逸品ではないかと思う。河豚のような華麗さはないけれど、したしたと磯に降り募る時雨(しぐれ)にも似た慎ましやかな味調にうっとりする。また、カワハギの切り身の澄み切った佇まいは、天高き秋の空の透明感を思わせる!

3.しめ鯖と大葉、浅葱の巻物
「わさびたっぷり付けていただいて、お醤油ちょっとで召し上がってください...」とのご案内がある。浅葱を挟んでいる感じがよい。おそらく芽ネギでは、浅葱の刻み薬味のこの香りはでないだろう。

4.鱈の焼き白子(雲子)
「すぎた」さんでは、鱈白子は、塩でちょっともんで、2時間ぐらいずっと流水にさらしておくそうだ。そしてシンプルに軽く炙って出すそうである。この一品、にごり酒と一緒に饗していただく。鱈白子のクリーミーで生っぽい温かみがよい。掌で口中に放り込んだ途端、雲間に漂うような至福感を感じる。

5.酒蒸しにしたあと10日味噌漬けにした牡蠣、そしてあん肝
10日味噌漬けにしているとはいえ、饗していただいた途端、ふうわりと牡蠣の香りが鼻腔を刺激する。味噌の風味のその遠く向こうに、なまりのような銅の風味がそこはかとなく感じ取れる。これこそが牡蠣の醍醐味だ!あん肝には、新政が猪口で添えられる。新政とあん肝との相性がなんとも素晴らしい。

6.ノドグロの焼き物
このノドグロという魚の溢れるような上質の脂にはいつも感嘆するほかない。"白身のトロ"と言われるのも納得の脂のりで、ノドグロ独特の香味をしっかりと感じることができる。

7.貝の炙り
ここで、貝の炙りがつまみで饗される。香ばしい香気とシャリシャリとした食感にひとしきり好感が持てる。

8.佐島のタコ
大将曰く、こういう風に鮨屋でつまみとしてタコを出す場合、やはり明石よりも佐島のタコの方がよいとのことだ。佐島のタコは、身肉(みしし)が厚く太く、煮あがってからの甘みが濃い感じがする。

9.対馬の穴子の焼き物
時期によって穴子は使い分けるそうだけれど、今は対馬のものがよいということだ。その味わいはきわめて上品。九州産穴子の特徴が十二分に引き出された一品である。

10.筋子の味噌漬けと、牡蠣を酒蒸しにして酒粕と白味噌をあえたもの
筋子は味噌にほのかに浅く漬けていて、そこまで卵黄っぽくない。牡蠣の方はこれもまた牡蠣の存在感が堪能できる白味噌和えとなっている。

11.たいらがいの磯辺巻き
たいらがいの炙りはなんといってもこの食べ方が王道だ。えぐるようなたいらがいの貝の風味と、焼き海苔から漂う海の風味が口中で絶妙の掛け合いを演じ立てる。

12.牡蠣の大根おろし
大ぶりの牡蠣にシンプルに大根おろしをのせたもの。海がこぼした大粒の涙である。文句のつけようがない。ほのかに口の中に広がる牡蠣の甘味が素晴らしい。

13.鹿児島いずみの墨烏賊の握り
ここから握りとなる。まずは墨烏賊から。紛れもなく墨烏賊の肉のしっかりとした存在感が感じられ、歯触りもコリコリとして格別だ。ただし硬さはなく、噛みしめるほどに烏賊特有のねっとりとしたテクスチャに変化してくる。

また、「すぎた」さんのシャリは別格だ。酢が立ちすぎておらず、品がよく甘みと酢のバランスが何とも素晴らしい。シャリにお水と酒粕と甘酢を、絶妙なさじ加減でブレンドした感じだ。いくつか鮨を食べ歩いた中で、わたしはこここのシャリが一番好きかもしれない。

また、大将の一分の無駄もない握りの所作は、いつまでもいつまでも観ていられる。その所作からは、流れるようなリズム感を感じ取ることができて、食べ手に一種の快感を与える効果がある!


14.塩じめにして4日の鯛の握り
鯛の味調が本当にのってくるのは真冬である。一般に鯛の旬は春だと思われているけれど、それは鯛が産卵のため浅瀬に上がってきて、容易に捕獲できるからで、魚体の味わいの旬とはまた区別して考えられるべきものだと思う。

その観点でいうと、実は春先のものは、滋養は卵にとられてしまってそれほど味わいはない。これに対して、真冬の鯛は海の奥深くに棲息し、産卵を控え大量に餌を食べ、魚体が最も充実している。この鯛の握りは素晴らしかった。鯛の冬場の深場の迫力に圧倒される。

15.鰆(さわら)のわら焼きの握り
鰆(さわら)はやはり旨い。一口口に含むと鰆の脂肪の甘味が口中豊かに広がる。低い哀愁を帯びた和音を耳にしたときのように心が落ち着いてくる...また、この一品、わさびではなく、辛子味噌を挟んでいる。...面白い。わさびのあのしめやかに浸透するような、それでいてツンとするような辛味ではなく、味噌の風味の香ばしい華やかな辛味が、わら焼きのスモーキーな鰆の味わいとぴったりである。

16.しまえびの握り
プリプリっとした厚い身が特徴的なえびである。甘えびともぼたんえびとも違うヤミツキになる味わいである。

「すぎた」さんの鮨ネタで、仕事をしていないのは、ウニと中トロぐらいで、あとは全てひと仕事、ふた仕事施している、とのことだ。

17.大間の中トロの握り
「今日は大間ですね、今の時期は、だいたい津軽海峡のどっかで獲れたものですね」とのことである。 実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとわせている。

18.和歌山の鯵の握り
大将曰く、鯵は季節によって全然違うとのこと。「僕が一番好きなのは、夏の終わりぐらいの島根県西部沖で獲れるマアジ、"どんちっち鯵"」とおっしゃっていた。ただ、この和歌山の鯵もなかなかのものであった。身肉が肉厚で、旨味が凝縮している感じを受ける。

19.鰤(ぶり)の握り
寒ブリ。胸がときめく!"鰤"の字が表すごとく、この魚は師走に一番脂がのってくる魚だ。その濃厚な心地よい酸味にうっとりする。枯淡に達したとでも表現したくなるような過つことのないしっかりとした旨味を感じる。

20.迷い鰹の握り
通常鰹は、夏くらいまで太平洋を遡上し宮城県沖まで達し、今度は秋口から冬にかけて、遡上してきた海域を南下して九州沖を目指す回遊魚である。ただ、中には太平洋側を北上するのではなく、日本海側に迷い込む鰹もいて、これを"迷い鰹"という。

太平洋側での漁は、土佐明神丸に代表されるような1本釣りが有名であるけれど、日本海側での漁は、定置網が中心になるという。今回のこの鰹も定置網にかかったものとのことだ。一口いただくが、これが、鰹とは思えない味わいなのだ。あの鰹特有の鉄分を感じさせる血の風味がなく、まず脂の甘みがドンときて、それがずっと続く感じである。

"迷い鰹"は日本海に迷い込んで、メジマグロの群れに交じって自分もマグロと思い込み、エサもマグロと同じように烏賊を食べて仕上がっていく。そうするとこんな鰹ならざる味わいになるとのことだ。

21.巻海老の握り
サイズ的には、才巻と車の間くらいのぎりぎりの海老のとのこと。つまり"巻"である。車海老は、その大きさによって呼び方が変わる。一番小さいものから、"小巻"、"才巻"、"巻"、"車"、"大車"となっていくのだけれど、わたしは、海老は"巻"サイズのものが一番好きだ。「すし匠」もこのサイズのものを使っていたように思う。

22.北海道の落石の馬糞雲丹の握り
馬糞雲丹。素晴らしい。ひとつひとつの香りの分子が緻密に濃縮された力強い香気にうっとりとする。

23.長崎の穴子の握り(塩)
その味わいはきわめて上品。長崎産穴子の特徴が十二分に引き出された一品である。

24.長崎の穴子の握り(ツメ)
ふっくらとした金時芋をいただいているような至福感に見舞われる。穴子という魚も、鯛と同様にわたしは今の時期のものが一番好きである。穴子の旬は一般に梅雨とされているけれど、冬場の深場のものの方に調子の高さを感じてしまうのだ。

25.玉
焦げや焼きカスが一切混入していない実に綺麗な玉である。

26.大あさりのお味噌汁
お味噌汁をいただいて一通りとなる。

実は、わたしにとって、お鮨屋さんというのは難しい存在である。わたしも、わたしなりに銀座の有名どころの鮨店とかいくつかお伺いしてはいるけれど、やはり、お鮨は難しい、というのがその印象だ。もちろん、いずれのお店も仕入れに力を入れられていて「まずい」なんていうことはない。でも、では、そのお店を再訪するか、となると話は別になる。

実のところ、わたしが何度でも再訪したいと思うお鮨の店は、

 赤羽橋の「天本」
 千葉の「寿司栄」


この2店だけである。「天本」は魚の香りに対するこだわりで、他の追随を許さないものがある。ここは間違いない鮨の名店である。「寿司栄」は、日本海の恵みをファナティックに追求している点で、食べてを挑発する凄みを持っている。ここも毎回食事終わりに次の予約を入れてしまう訪問をやめられないお店である。なにかそうした強烈なアピールがないとわたしは再訪したいとは思わない。

しかしでも、今日この日、何が何でも再訪しなければと思う鮨店が1つわたしの中で追加された。「日本橋蠣殻町 すぎた」。ここは、わたしがお鮨屋さんにずっと求めてきた、流麗な美しさを兼ね備えているという点で抜きん出たお鮨屋さんである!

  • 雲丹の握り
  • 赤身漬けの握り
  • 寒ヒラメの昆布締め

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7位

と村 (虎ノ門、虎ノ門ヒルズ、内幸町 / 日本料理)

3回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.7
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥60,000~¥79,999 -

2018/08訪問 2019/01/25

原生林が育んだ神の鮎、"金鮎"...「と村」、この逸品は、眼をつむったまま、深呼吸するようにいただきたい

普段、意識すらしていない呼吸という行為に、ふと自覚的になってみる...そして、肺の細胞ひとつひとつを使って"金鮎"の香りをゆっくりと自分のものにしてみたとしたらどうなるか。...途端に炭焼きの鮎とは思えないその身質の瑞々しさの向こう側から立ち上るしめやかな香魚の香りに言葉を失うことになる。...これほどの至福が他にあるだろうか。

この"金鮎"を育む白神山地というのは、もともと北海道に近く梅雨がほとんどない土地柄である。一般的に、鮎は梅雨時に降る大量の雨で、何度も洗い流された石苔を食んで成長していくのだけれど、この"金鮎"はそういう育ち方をしない。

梅雨の雨などに頼らずとも、"森のダム"と言われるブナの原生林が蓄えた雪解け水の汲めど尽きせぬ滔々とした流れが培う美しい石苔を食んで成長していくのである。尽きることのない原生林の水脈の下に育つ鮎、それが"金鮎"なのである。

だから、その姿からして通常の鮎とは全く違う。...ごつごつしていなくて、フォルムからして"しゃなり"とした柳葉のような色気があるのだ。...この鮎は紛れもなく日本の原生林が育んだ"至宝"である。

..."金鮎"の食べ方は、玉蜀黍みたいに、まず背びれを取って背中のところからパクリと齧りつくのが正しいやり方だ。頬張ってみると、背骨から外れる身離れのよさが心地よい。と、途端に鮎とは思えない身質の瑞々しさに、深くため息をつくことになる。...そしてこの皮の薄さはどうだろう。...内臓の苦みも純粋で慎ましやか。身肉をひととおりいただいてから、頭と骨をいただくのだけれど、その柔らかさには、ほとんど詩的な美しさすら感じる。


2018年8月11日(土)。夏の「と村」を味わいつくしたひと時について、以下詳細に書き綴っていきたい。
いつものように地下鉄内幸町駅から、少し歩いて、「と村」の前に立つ。...わたしは「と村」の暖簾が大好きだ。季節季節に変わるこの暖簾のデザインの前に、毎回ふっと足を止めて見入ってしまう。本日のテーマは"うなぎ"である。...実に味わいがある鰻のうねりが、風に揺られてゆらりゆらりとたゆたっている。

今日は、奮発して、金鮎、鰻、黒鮑の三点セットの会である!今日の参加者が全員揃ったところで、さっそくお料理を開始していただく。

1.牛テールの茶わん蒸し
「と村」さんは、全くお肉を出さない和食店ではないけれど、この手の趣向は少し珍しい。...うん、旨い。脂も含めた牛の旨みが詰まっていて、振られた胡椒が鼻腔を突き抜けるような素晴らしいアクセントになっている。

2.鷹架沼(たかほこぬま)の鰻
まず、これに打ちのめされる!この鰻丼を食べたら、わざわざうなぎ屋さんに訪問して鰻を食べに行くことの愚かしさを思い知らされる、そう断言したいくらいの素晴らしさを備えた逸品である。

ほんのご飯茶碗一杯に鰻のかば焼きを添えただけの一品なのだけれど、その身質の柔らかさと繊細さに勝てるものなどありはしない。いろいろなお店でよく筋肉質の鰻をいただくことがあるけれど、これをいただいてしまうとそんな野卑な鰻など犬にでもくれてやれと思わせる。

ご主人曰く、やっぱり今日の鰻は凄いとのことである。鷹架沼というのは、小川原湖湖沼群の六つの沼の中で一番大きい沼だ。でも、小川原湖のものよりも今日の鷹架沼のものはずっと良いとのことだ。一尾の大きさは400g。まず、脂が旨い。そして、皮がうすくて、筋肉質でない。柔らかめに炊いたもち米との相性が滅法素晴らしい。

秋になるともっと小さいのがうまくなるそうだ。

3.北海道の蝦夷鮑(1月おいた生の肝をつけて食べる)、ステーキにした千葉の勝浦の鮑
続いて、鮑である。これは、2品の設えで、ひとつが北海道の蝦夷鮑を蒸してそのまま。これに肝をつけていただく。もうひとつが、勝浦産の鮑のステーキ。串打って炭で低温でゆっくり中まであたためてから、発酵バターと醤油で照りをつけている。フライパンは使っていないそうだ。これをナイフとフォークで厚めに切っていただく。濃縮したミルクを潮で包みこんだようなその身肉の弾力に圧倒される。
...ちなみに勝浦の鮑は9月15日までしかないそうだ。(あとは禁漁とのこと)

4.蛤の酒茹で
これがなんとも艶めかしかった!やさしく、柔らかく、磯の香りを際立たせることなく、蛤そのものの旨さを直截に伝えてくる逸品である。

5.生麩
揚げたお麩の上に、胡麻をペースト状に摺って、砂糖と醤油で甘い餡をかけて焼いたものだ。麩はまったく味はないけれど、食感が面白い。精進料理に近いものだ。

6.気仙沼産の戻り鰹、茗荷と独活と胡瓜と花穂と紫芽(花紫蘇の小さいもの)匂いのある野菜とともに
鰹のたたきには、香草がよく似合う。水ようかんのような勢いのよい鰹の身肉(みしし)に目の覚めるような、香りの野菜。絶品である。それに生姜酢を合わせている。

7.鱧と兵庫県三田のジュンサイのお椀
季節のものだ。鱧といい、ジュンサイといい、最高の食材で設えてある。

8.金鮎
赤石川の最上流まで上った縄張りをきちっともった鮎さそうだ。驚くべきことにこの鮎の炭火焼の時間は3分とのこと。ご主人曰く「こん小さい魚を何十分も焼いていたら、黒焦げになっちゃいますよ」とのこと。

9.大阪の茄子の煮びたし
甘くてうまい。これも「と村」さんでの定番だ。

10.半田素麺、ご飯、赤だし縮緬雑魚、鰯の焼き物
今日は、素麺とご飯を両方出していただく。ご飯の方は、おかずは鰯だ。秋刀魚がよければ、これでできるのだそうだけれど、今年のこんな感じじゃ秋刀魚はむりとのこと。大将がおっしゃる。

「ご飯の新米がでて、秋刀魚の塩焼きと大根おろしがありゃ、ほかはいりませんよ!」

まったくおっしゃる通り。この「と村」さんで、いつの日か絶対に秋刀魚の塩焼き定食をいただくと心に決める。

レンコン餅で一通りとなる。

いや、凄かった。...やはりわたしにとって、和食店の一番は「と村」をおいてほかはない。そのことを改めて痛感させていただいた一夜であった。
そろそろ季節は、梅雨の濃密な湿り気を帯び始める。この季節、わたしがどうしても思い出してしまう食材のひとつに"トリ貝"がある。梅雨どきならではの濡れた景色、その湿り気を帯びた大気の香りを感じると、あの仄かに銅の香り漂う"トリ貝"を、どうしてもいただきたくなってしまうのだ!

でもしかし、と、敢えてここで断り書きさせていただくと、わたしの場合、"トリ貝"は絶対に「と村」でないとダメなのだ。この店の"トリ貝"は他の追随を許さないくらいに滅法素晴らしい。2018年6月2日(土)、梅雨の「と村」訪問について詳細に書き綴っていきたい。


本日は食通の友人と3人で「と村」の会である。やはりこちらのお料理は、お馴染みの〆張鶴でいただくのが正しいやり方だ。若干フルーティだけれど、全体的に控えめなこの酒が「と村」のお食事に滅法あうのだ。

1.鯵の沢煮椀
薄口に仕立てた吸い物。「と村」の料理は、華美さを嫌う。キャビアだのトリュフだのといった食材を使って、料理に華やぎを纏わせるという発想がそもそもないのだ。

しかし、食材へのこだわりに関しては、どの和食店、どの鮨屋、どのレストランも敵わないものがある。地産地消されてしまうような食材を直に引いてきて、そのものの旨さを最高度に引き立てて食べさせるというのが、「と村」流だ。これにいつも言葉を失ってしまう。

2.渡り蟹の飯蒸し
仄かな蟹の風味と柔らかに蒸されたお米の甘みが最高のマリアージュを演じたてる。そしてわたしは「と村」さんの木の芽使いが大変好きだ。これが添えられることにより、料理の引き締まりかたが全然異なってくるのである。

3.蒸し鮑...房総の眼高(まだか)鮑
あの夏場の黒鮑の、奥深い陰影に富んだ幽玄味すら感じさせる味わいとまではいかないけれど、これはこれですっきりとした品が感じられて好感が持てる。...ちなみに、次回は、8月、黒鮑の猛者をお願いしてきたのが今から愉しみだ。

4.能登産のトリ貝
タイトルと冒頭にも書いたように、「と村」さんの梅雨時の"トリ貝"が素晴らしい。梅雨時の大気を覆う湿り気と、トリ貝から仄かに漂う金気臭がなんともメランコリックで詩情にあふれている。みなさん、来年はぜひこれを食べに「と村」に駆け付けていただきたい!

5.北海道のムラサキ雲丹と鱧の煮凝り
鱧の骨やら頭を煮出した出汁を煮こごらしたものにさっぱりした夏の雲丹が数片散らしてある。夏の風物詩のような涼やかな一品である。

6.淡路島の鱧のたたき
わさびを載せて、そのあとに梅肉をつけていただく。「と村」の鱧は秀逸だ。鱧の味わいがくっきりと際立っている。骨切りした後、氷水なんかにぞんざいに晒したら、絶対にこの味わいはでないと思う。

7.オコゼのお椀
水とお酒だけで炊いた純粋なお椀。オコゼはとにかく不細工だ。どこに目があり鰓(えら)があるのかわからないような面相をしている。しかし、その味わいは絶品で、しゃりしゃりと音を立てるくらいのみっちりした筋肉からは、しなやかで動的な味調が感じ取れる。

8.琵琶湖の稚鮎の焼き物
鮎の走りである。これもそれなりの良さはある。でもやっぱり「と村」でいただくなら、"白神山地の金鮎"だ。これも次回8月、しっかりとオーダーしてきた(笑)。

9.京都の久世茄子の煮浸し
これも「と村」の定番である。大ぶりな茄子の煮物なのだけれど、この甘みのある煮浸しをいただくと「と村」に来ているという実感が今更ながら沸く。

10.ジュンサイ
これも夏らしい涼やかな一品である。ここまでの味わいの連綿をキレイにしてくれる風鈴の音のような小品である。

11.お食事
イワシの焼いたものがついている。このイワシの濃厚感が凄かった。これはご飯が何杯でもいける!あと、「と村」の縮緬山椒がご飯のおともによく合うのだ!

12.葛切り
最後に葛切りで一通りとなる。
やはり「と村」は、素晴らしい。わたしの中で東京の和食店の一番は、間違いなくここである!


春は筍の季節である。となれば、そんじょそこらのやたらな筍なんて食べる気もしない。本当に一番のものを食べたい!というのが人の心情というものだろう。2016年4月9日(土)、18:00-虎ノ門「と村(とむら)」で満喫した筍の会は途方もなく素晴らしかった!以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

今日は個室で、グルマンさんたちと直接落ち合う。最初の1杯はビールを注文し、次からは〆張鶴へと切り替える。とほどなくお料理がスタートする。

1.蛤の茶碗蒸し
具の入っていない茶碗蒸し。とろっとした良質な蛤の風味にしばし陶然とする。

2.樫原(かたぎはら)の筍の煮物、木の芽和え
おおぶりの筍が2キレお出汁に沈んでいる。一口ではいけないくらい大ぶりで立派な筍である。これを2本の箸を突き立てて裂いてみると、まず、箸先で躍る筍の繊維のきめ細やかさにびっくりする。木の芽と一緒に一口いただいてみるが、気高いばかりの木の芽の風味の向こうに、柔らかい白子筍の繊細で優しい風味が広がってゆく。絶品である!

3.ぼうふの胡麻和え、ホタルイカの酒盗、丹波の花山椒、雲丹茄子
ホタルイカの酒盗、こんなに日本酒にあう乙な食べ物があるだろうか。それを最高級の丹波産花山椒で摘む幸せといったらない!ぼうふの胡麻和えは、鄙びた質朴とした温かい味わいを呈し、雲丹茄子はどこまでも滋味あふるる豪奢な味わいを食べてに伝えてくる。立派な馬糞雲丹のひとひらには、ひと粒ひと粒の香りの分子が緻密に濃縮されている。

4.淡路島の真子鰈、佐島のスミイカ
真子鰈。美しい刺身である。ほんの少しお醤油をつけて頬張ってみるが、空に吸い込まれるような希薄さの中に格調の高い味わいを秘めていることが感じ取れる。スミイカも素晴らしかった。肉厚で、歯ざわりもこってりとして旨みが際立っている。

5.あぶらめ(アイナメ)のお吸い物
蓋を開けると木の芽の香りがふわりと舞い上がる。一口吸地をいただけば、驚く程、あぶらめのよい出汁が出ている。白身なので、あっさりした味わいと思いきや、鯛をも凌駕するしっかりとした豪華絢爛な味わいにしばし言葉を失う。

6.大分の車海老の油洗い
さっと高温の油にくぐらせて作る車海老の油洗い。まずはその美しい光沢感に息を呑む。油にくぐらせることによって、車海老の香りの高さ甘みがいかんなく引き出されている。

7.京都の久世茄子(くぜなす)の煮浸し
皮目と身の境目がないくらい柔らかい。やはり「と村」さんの茄子の煮浸しは最高である。柔らかくて、甘くて、本当に大好きな逸品である。

8.樫原の筍ご飯
ここで戸村さんが土鍋を持って部屋に入ってこられる。よく土鍋の中の炊き込み筍ご飯をかき混ぜて、ひとりひとり取り分けていただき、最後にそっと木の芽を添えてくださる...これが舌を巻くほどの絶品であった。どこまでもどこまでも柔らかい食感と、潤味(うるおみ)のある優しい筍の味わいを、水分を含んだ柔らかめのご飯がそっと包み込んでくる。朝まだきの真っ青な竹林の中の爽やかな空気を肺の細胞一つ一つで吸い込んだような清々しいまでの味わいに図らずも涙腺が緩んでしまったことをここに正直に告白しよう。傑作というのが惜しい位の見事な出来栄えである...ここで戸村さんのお話に耳を傾けてみよう!

●今年は筍が不作の件
「これは、白子筍(しらこたけのこ)です。塚原ってところの中にある樫原の農家で作っている筍です。ここは京都で一番のいい筍を作っている農家さんになります。とにかくこの農家はランク的にはNo.1ですね。ただ、今年は筍はハズレ年でしてね。そんなにいっぱい出して差し上げられないでんすよ。今日も4本しか来なかったので、みんなで分けあって食べるのが精一杯ですね。ただ、東京ではこのレベルの筍はないと思いますね。そのまま10分炊くだけですからね。生のものを。下茹でしなくていいんです。直炊きでいけちゃうんです。ただ、今年は暖冬が響いちゃってですね、全然出ないんですよね。去年はいいものがいっぱい採れたんですけどね、こっちが言わなくても送ろうか、みたいな感じだったんですけれど、今年は毎日電話かけなちゃいけなくなっちゃった。まぁ、ひどいもんです」


●筍ご飯にもっともあうお米と炊き方の件
「福井、永平寺の山の中のお米なんです。永平寺米。これは、ちょっとでも保温しちゃうとダメなんですよね。炊きたてだと、柔らかいくらいのものが旨いんですよね~。水分を多めに含んだこのくらいの感じが米は旨いんですよね」


●美しい竹林の件
「竹って節の数がみんな一緒なんです...葉っぱが生える、枝が生えるところも一緒なんです。ちゃんと決まっているんです。10何番目から枝が生える、竹によって節の数が違うっていうのは一切ないんです。竹の高さが違うのは、水分とか肥やしの違いで、いい竹やぶってのは節間(ふしかん)が長いんです。ダメなやつは全部短いんです。だから当然節間が短いヤツは、下に下に枝が生えるんで、だから筍が育つ空間が少なくなっちぁうんです。いい竹は葉や枝が全部上に行くんです。そういう竹林は、もともとの土のよさと手入れが欠かせません。筍の時期が終わったらすぐ手入れして、藁引いて土をかぶせてってことをずっと繰返しているんですね。ここの農家は、魯山人がやっていた星ヶ岡茶寮ってあるじゃないですか、そこにも卸しているんですよ。魯山人が書いた料理王国って本に出てきますよ。京料理の一番のご馳走だって書いてありますよ。こういう筍はなかなか採れない。物集女(もずめ)とか大原野とかああいうところは、大きい産地なんでいっぱい出るんですが、土が良くない。同じ竹藪でも、比叡山向きといって、京都だと鬼門なんですね。北を向いている。陽が当たるんですね。陽があたると竹藪って土が乾燥しちゃうんで、筍が水分を欲して、根を張っちゃうんですね。そうすると当然硬くなっちゃう。そういう条件が全部相俟って、手入れをきちんとした筍ってのはここしかないんですね。ここのは贈答用ですから」


香川観音寺産の鳥貝、白神山地の金鮎とか、「と村」さんの食材に対するこだわりに対してオマージュを送ると、食材調達の難しさと食材のこだわりについてお話くださる。

●食材に対するこだわり
「うちは季節季節でちゃんとメインがあるように、苦労して生産者との関係を作りましたからね。今一番それが難しいんです。料理を考えるよりもずっと難しいんですね。5月になると鮑のいいのが出たりとか、6月になりゃ鰻が出て、その時期その時期でメインはれるものがあるんですが、本当に厳しいんですね。うちでもショートすることがあるんです。なんでもあるんだけれどいいものがない、厳しいですね」


9.黒蜜のれんこん餅
黒蜜のれんこん餅で一通りになる。

不作の年とは言え、樫原の筍は文句なく素晴らしかった。煮物、炊き込みご飯と満喫した一夜であった。お連れ様も大変満足なご様子で、素晴らしい会となった。やはり「と村」は東京屈指の和食店である。

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2015年12月7日(月)記す

『なんといっても戸村さんの話は面白い♪...「と村(とむら)」、冬の風物詩、兵庫県浜坂産の松葉蟹に舌鼓!』

2015年12月7日(月)、19:30。虎ノ門の和食割烹の「と村(とむら)」さんのお店の前に立つ。季節を現す"松葉蟹"の暖簾が威風堂々と吊り下がっている。わたしは、「と村(とむら)」さんのこの暖簾が大好きだ。なんともセンスを感じる。

本日は、クワトロ☆さん、actis1001さん御夫妻と松葉蟹の会だ!「と村(とむら)」さん冬の風物詩の松葉蟹をいただくに、相応しいメンツだ!

個室に入るともうお3方は着座されている。最初はビールを注文して喉を潤しているとほどなく本日の松葉蟹のコースがスタートする。

1.干し貝柱の茶碗蒸し
具は入っておらず、プレーンで滑らかな茶碗蒸しである。適度におしょうがが効いているのが好感が持てる。

2.穴子の蒸し寿司
笹の葉を開けると一抹の湯気とともに白い蒸し鮨が現れる。一口いただくが、穴子のほのかな甘味に笹の葉っぱの香りが涼やかに舞う。

3.塩雲丹と三陸産蒸し鮑
蒸し鮑。磯の香りが濃縮された悩ましき一品。反り返るような弾力ある食感の向こうから、幽玄味すら感じさせる鮑の奥深い味わいの陰影が顔をのぞかせる...塩雲丹。これぞ日本酒のアテの王様である。ここいらで「と村」さんお奨めの〆張鶴でしっぽりいくことにする。

4.三厩(みんまや)産、鮪の中トロのお造り
三厩港とは、津軽半島の最北の港だ。有名な大間はお隣の下北半島の最北の港。両方とも鮪で有名な港である。中トロは、しっかりと脂がのったものだ。今回は鮪についていろいろ戸村さんにお話をお聞きできた。レポート巻末の戸村さんの鮪談義をお愉しみください!

5.兵庫県浜坂産松葉蟹の茹で蟹
2人で蟹一杯をいただく。蟹をさばいている間、部屋中を満たす蟹の風味が凄まじい。こんな圧倒するような松葉蟹の風味を嗅がされたら、最早こころここにあらずである...こころのざわつきに耐えながら、ただただ息をのんで戸村さんの見事なまでの捌きを見守る...

(戸)やはり、食材はいいものを仕入れて食べるってのが一番いいですね。身と出汁が一杯入ってますので食べてみてください。一本目はそのまま食べてもらって、二本目は、味噌を小皿にいれてそこにつけて食べてみてください。

まず甲羅から延びる一番太い足を、第一関節を折って胴体から切り離し、第二関節を折って、細い足からも切り離す。さらにこの一番太い足の関節よりやや内側の両端に罅(ひび)を入れて、蟹身が見えた入口のところに、第二関節から先の細い足を捩じ込んで蟹身を、ずずずっと逆側に押し出す。

(戸)出が悪いっていうか、まわりにくっついている蟹の方がいいです、身が。ツルッと出てきちゃうやつは身が痩せてて旨くないんです。まわりにぴっちりくっついている方が旨いです。で、茹で蟹は、一本目がなんといっても旨いんです。あの、香りがいいんです。なんといってもね。で、お次は味噌を好きなだけ蓮華でとってもらって、器にいれていただいて、そこにつけていただいてみてください。出汁が入っててうまいんです。あと三本目からは自分の好きなように食べてください。今年蟹はハズレ年です。特にこういうおっきいやつが獲れないんです。味噌もグリーン色をしているじゃないですかちょっと白っぽいっていうかね、これが新しい証拠なんです。黒いやつあるじゃないですか、ああいうのは古いんです。

旨い!問答無用に旨い。迫力のある蟹の旨みにただただ言葉を失う。特に一本目。その圧倒するような旨みにしたたかにやられてしまい、ただ芸もなく心の中で「やられた、やられた」と独りごち、なかなか言葉が出てこない。先月の「緒方」さんの間人蟹も素晴らしかったが、またこの浜坂産松葉蟹は、まったく表情が違う。前者がしめやかに、そしてしっかりと存在感を示していたのに対して、こちらは、まるで喉元に合口を突きつけるられるような迫力で自分を認めろと迫ってくる旨さなのだ。感動。蟹味噌も素晴らしい。香箱蟹や蟹の全ての旨みが詰まった出汁に蟹身を浸していただくが、緻密な味わいのさざめきにうっとりしてしまう。

(戸)今日の蟹はいいですよ!これでも、2、3週間前は良くないのが結構あったんです。先週(11/30~12/4)からです、1回もハズレがないのは。蟹は1月が1番いいんです。毎年。でも1月は香箱蟹がないんで、出汁が薄くなっちゃうんですけど、去年からちょっと考えて濃い出汁は冷凍してもらってるんです。この出汁は香箱とか全部使ってとったものです。あと、塩もちゃんといい千年塩をもらって使うんです。その天然物を薄めて使うんです。安いスーパーの塩なんて塩っ辛いだけですからダメです。蟹がよくても、塩が良くないとやはりよくないんです。蟹の1本目はなんといっても香りを愉しんでいただきたいですね。匂いがすっごくいいんで、茹で蟹食べるんだったら、アレだけは食べてもらいたいですね。もうあの1本目が全てだといってもいいくらいです。でも、冷めても香りはないんですが、身は甲羅に入っているんで出汁は出にくいんで味は遜色ないんです。へっちゃらです。置くなら(どうせ冷ますなら)、3日くらい置いて冷やしちゃった方がいいです。繊維が一本一本剥がれる感じ、適当に水分が抜けて、落ち着いた感じになるんですね。本来派手な食いもんですけど、もうちょっと落ち着いた蟹本来の食感とかがでるのは、3日くらいおいたやつなんです。そういったのを食べさせてくれって人もいますよ。そういうときはちょっと長めにおいて出汁を濃くするんですね。そうするとよりいいんですね。これはすぐ食べるんで湯掻きは浅いんです。

6.富田林の海老芋、一度炊いたものを揚げた一品
有名な富田林の海老芋。カリッとした表面の揚げ上がりの下からもっちりとした海老芋が現れる。冬の京料理には欠かせない一品である。

7.高等ネギと火入れした卵黄、河豚を使ったお出汁のお茶漬け
(戸)食べ方は、蓋を開けてもらって、卵を入れて、軽くつぶしながら、卵と出汁とご飯と一緒に食べてみてください。で、ネギは高等ネギというクズネギなんで、辛くないですから、蓮華で、そんなぐっちゃぐちゃにしなくていいんで、出汁とご飯と一緒に食べてみてください。卵は火入っているんで濃くできてますんで、味もちょっと変えられると思います。

高等ネギが目にも鮮やかな一品。お出汁は、河豚のお出汁。あっさりとしている。優しい味わいが五臓六腑にしみ渡る...

8. ル・レクチェ
果肉がきめ細かい舌ざわりで、すっとしている。

最後、お茶をいただきながら戸村さんとの食材談義になる。わたしは戸村でお食事をしたときのこの時間帯がたまらなく好きだ。以下、できるだけ正確に再現してみたい。

※今年は白身が不漁の件
(戸)今年は白身が全然ダメなんで、ここんとこ2週間くらいずっと鮪を使ってるんですよ。5年ぐらい鮪は使ってなかったんですけど、ホントに今年は白身が酷くてですね...特に鯛が終わってから、鮃(ひらめ)になる機会があって、そのときに2回くらい使ったんですけど全然ダメで、今年は鰤(ぶり)もないですし、グジもありませんね。


(マ)今日のは中トロですか?

(戸)ええ、ええ、中トロです。(中トロは)鮪でいうと、一番目から二番目なんで(赤身も脂も)全部バランスよくあるんですよ。ただ赤身の方が人気があってすぐなくなっちゃう。(そうすると)もう大トロしかなくって...でも、うちでは大トロってほとんど使わないんですよね。

(マ)大トロは味の違いがわからないっていいますもんね。

(戸)もう、アレはね、くどくて、蟹を食べる前に鮪を3キレも出すなんてないですね。だから2つくらいにしといたんです。でも昔よりは、鮪も残らないようになりました。昔の人は、赤身出しても、一瞥して食べなかったくらいですからね...でもこの頃は、料理の組立にもよりますけど、そういう人たちがいなくなって、世代が1世代2世代若返って、鮪でも普通に食べるようになった感がありますね。昔は(鮪を)見ただけで食べなかったですよ。こういうところ(和食割烹の店)で、そういうもん出してどうすんだっていう旦那衆の雰囲気がありましたね。ああいうのは、多分うちの父より上の人たちの世代ですね、今で言うと80越えるくらいの世代ですかね。そういう人たちは、鮪なんてまったく評価してませんね。あんなのは2級品、というのが彼らの考え方です。京都にいたとき、うちの親方も言ってました。鮪を使う店は3流だとね。でもこのごろ関西では鮪の握り鮨とかね、外国人向けに出すみたいですけどね。

(戸)(鮪は)そんな位置づけですよ。だからぼくの気持ちの中でもそんな思いは多少残っているんです。鮪ってみんなが思うほど価値があると思っていなんですね。ただ、まったくダメな白身を出すよりは、鮪でもいいんじゃないかって感じでしょうかね。代替品(だいがえひん)ですね、鮪は。積極的に使うものではないです。ただ、使うからには、築地の中では最高級の鮪を使っています、鮨屋に引けをとらないものを使っています。

※鮪の脂は白身の上物に比べて1段も2段も品格が落ちる
(戸)ただ焼くとわかるんですけど、秋刀魚とか鯖とか焼くといい匂いがするじゃないですか。食欲をそそるような匂いがする。鮪の脂ってそもそも臭いんですね。この部屋で(鮪の)炙りをやったら、嫌な匂いがしますよ。もしやったとしたら次の日この部屋は使えませんよ。そのくらい脂の質が良くないんですよ。鮎とか鯖とか脂の質がいいんですね。鮪が注目されたなんてここ15年かそこらですよ。テレビで暮れになったら大間の釣りのアレとかね、ドラマになったりとか、それで注目されるようになったんです。


※今年の白身の上物はいつ入荷?
(戸)まだダメですね。今日また聞きましたけど、ダメですね。鮃どう?って聞きましたけどまだダメなんですね。遅いんじゃないですかね。でも1月に入ってダメだったら白身は今年はもうダメですね。白身は部分的に買ったりしないんで、一匹まるまる買うんです。やっぱり一匹買わないとわかんないことがいっぱいあるんです。逆に、鮪は下ろしたものでわかるんで、部分的に分けてもらったものを使ってますけどね。


※どうして今年は白身がダメなの?
(戸)暖冬も影響しているのかもしれませんが、白身は、産卵を控えて岸際に接岸してくるんです、鰯を追って。で、さんざん鰯を食って、脂がのってくるんです。今年はその鰯が少ない年なのかもしれません。鰤なんかもこの時季脂がのってくるじゃないですか、夏なんかスッカスカなのに...あれは寒いから脂(体脂肪)がのるんじゃなくて、食べる餌が変わるからなんですね。夏は鯵を食っている、それが寒くなると脂の乗った鯖を食うことになるから脂がのるんです。


(戸)人間だって寒くなっただけで皮下脂肪はたまんないです。やっぱり太るのは餌だろ、そういうことなんです。食べてるもんで変わるんです。鰤は、回遊魚なんでずっと走り続けるんです、いくら餌食っても消耗し続けるんです。健康優良児なんです。でも、今年は鰤も不漁です。ぐじもダメです。かぶら蒸しにしてもこの時季ぐじは絶対必要です。でも今年はぐじが全くないんでだせないんです。


※今年はジビエがよい!
今年、鴨と猪、これはいいです。猪は丹波です。すっごい旨いですよ。ほんっとに猪見れる人って、そこの親父がいってましたけど、その丹波に何とかって旅館があるらしいんですけれど、そこの板さんは、獲ってきた猪を何十トン吊り下げた時に、そんなかで一番いいのを持っていく。ぼく、毎年見てるけどわかりませんもの。うちはそこが選り抜いた上物の3枚肉を買うんです。


次回は、「と村」でジビエ会か...

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年7月23日(木)記す

『と村は神様です...第2弾!...「と村(とむら)」、やっぱりここは凄い!ブナの実を食(は)んだ冬眠前の最高の月の輪熊の最後の取り置きと、白神山地赤石川の金鮎(きんあゆ)に舌鼓をうつ!』

和食割烹における、いわゆる"常連さん"のアドバンテージには舌を巻くものがある。2015年7月23日(木)の夕食会は"常連さん"の圧倒的な強みをシャワーのように体感した一夜であった。この日の夜は、クワトロ☆さん主催の夕食会である。会には、actis1001さんと、この日初めてご一緒させていただくダンデライオンの爪あとさんが参加されている。いずれも常日頃尊敬する素晴らしいレビュアーさんたちとの夕食会に心弾ませての「と村」さん再訪となる。

しかしでも、この日に次々に饗されたお料理の数々には心底圧倒された。この日に饗されたお料理の数々は、このお店に足繁く通われておられるクワトロ☆さんと店主戸村さんとの関係なくしてはありえない料理のラインナップというほかないと思う。

まず最初に、本日のメインは、月の輪熊のしゃぶしゃぶになります...との一言を耳にして、一瞬、この夏の暑い盛りに熊なのかな?という思いがよぎらないでもなかったのだけれど、驚くことなかれ。本日のこの一品、去年冬眠に入る直前のもっとも身肉(みしし)の充実したものの最後の取り置きだというのだ。これに、4月、10日間ばかりで採取期間の終わってしまう最高級の丹波産の花山椒の、これまた最後の取り置きを贅沢にもふんだんにかけていただけるという。なんたる贅沢!そしてそれに続き、白神山地赤石川の金鮎の塩焼きという流れになるという。その日本一の金鮎の味わいは絶品。シルクのような舌触り、ゴツゴツとしていなくて、潤味(うるおみ)のあるしっとりとしたその舌触りは、傑作というのが惜しまれるくらいの途轍もない逸品である。以下、この夢のような宴についてできるだけ詳細に書き綴っていこうと思う。

19:20、東京メトロ銀座駅1番出口から外堀通りにでる。路地に分けいり1、2分、目の前に白神山地赤石川の金鮎の舞う「と村」さんの暖簾が視界に入る。店内に入り、クワトロ☆さんのお名前で予約させていただいているものなのですが、とお伝えすると、淀みなく個室へのご案内となる。もうすでに全員お揃いである。ダンデライオンの爪あとさんと初見のご挨拶させていただき、各自飲み物を注文した後、さっそく会食のスタートとなる。

1.鯵の沢煮(さわに)椀
良質な鯵のつくねとネギの繊切りを散らしたさっぱりとした塩味のお椀である。最初の一品にはこれ以上ない一品である。

2.房総半島産鮑の塩蒸し
やはり鮑は房州産のものがもっともその味覚が優れている。この凛としたテクスチャと、存在感ある歯触り、そこから潮のほのかな香りが噛み締めるごとに口中に広がっていく...やはりこれこそ夏の味覚の代表格である。

3.鱧の煮こごりと雲丹
鱧の煮こごり、鱧の骨やら頭を煮出した出汁を煮こごらしたものにさっぱりした夏の雲丹が数片散らしてある。夏の風物詩のような涼やかな一品である。

4.淡路産の真子鰈
真子鰈の洗い。鱸のような鯛に比肩するような強い存在感はなく、まるで天平絵画の鳥毛立女屏風(とりげたちおんなびょうぶ)を思わせる恬淡にしてふくよかな上品な懐の深さを感じさせる一品。これはやはり肝などではなく、さっぱりと良質なわさびとお醤油でいただくのがもっとも正しいやり方であろう。

5.青森県産月の輪熊のしゃぶしゃぶ、丹波の花山椒を散らして...
今日の主役の1品目の登場である。最後の取り置きの月の輪熊が大皿に載せて饗される...まずは、ご主人の口上に耳を傾けようではないか。

(主人)「これが去年の最高に身肉が充実した熊の取り置きの最後のものです。まぁ、"取り置き"という言い方になってしまいますが、結局フレッシュなヤツってのは、12月のもの以外ないんです。1月以降のものはみんな冷凍モノになってしまいますから。冬眠に入っちゃったら肉は獲れない。だから12月以外でしたらみんな同じ状態と思ってもらっていいですね。要は、今食べても1月に食べても同じなんですよ。かえってちゃんと冷凍...冷凍っていってもジビエ屋さん独特の保存法があって、"瞬間液体冷凍"っていうのがあるんですけど、アルコールを冷やしてマイナス20何度くらいにして真空にかけて肉を冷凍すると急速冷凍がかかって非常に肉を長く保てるという、それを獲れたてのいい時期にしておくってことの方がよっぽど大切なんです」

テーブルには、きわめて薄く切った月の輪熊の切り身を載せた大皿と、しゃぶしゃぶ用の鍋、それにこんな贅沢許されていいのかと思える程のたわわな丹波産花山椒が盛られた器が並ぶ。戸村さん、まず、贅沢にも掌(てのひら)いっぱいに握りしめた花山椒を出汁鍋にパッと派手に散らしたかと思うと、ほどなく数切れの熊肉を放り込み、しゃぶしゃぶとやる。と、そうしていたかと思うやいなや、箸先のそれらを次の瞬間には器に盛りつけている。で、最後に軽く花山椒を器の上から散らして饗していただく。これが「と村」のしゃぶしゃぶの基本の流れだ。

(主人)「花山椒も全然違和感ないと思うんですよね。生のやつ入れちゃうと灰汁が凄くて全然良くないんですよね。やっぱり一回さっと湯がいて灰汁を抜いてあげた方が花山椒も美味しいんですよね。丹波の花山椒って山椒の中でもブランド品なんですよね。自分で言うのもなんですけど、春先と遜色なく冷凍できているつもりですよ」

一口花山椒だけいただくが、花山椒は、実に上品である。いわゆるツーンとくるあの山椒独特の押しつけがましさがなく、実に慎ましやかに芳醇に口中を満たしていく。さっそく、花山椒をたっぷり熊肉に挟み込み、タレをしっかりとつけて頬張ってみる。

...うむうむ、でもしかし、これは、ジビエの醍醐味を改めて再認させられる素晴らしい味わいである!

脂身というと普段とかく嫌厭されがちだけれども、鹿にしろ、熊にしろ、良質なジビエの世界にあっては脂身こそなくてはならないものだと、この一品を口に頬張り再認する。その脂はいささかも脂を主張することなく、口中に含むと、一気にジビエの赤身の部分を包み込み、自分は今、この赤身の旨みを引き立てることしか考えることはできない言わんばかりに健気に引き立て役に徹する...ああ、これだこれだ、これがジビエだと久しぶりに良質なジビエに接した感動を噛み締める。そしてそこにイヤミにならない程度の慎ましさをもって、襟を正した花山椒の品の良い佇まいがそっと彩を添え、最後に甘めのお出汁がこの幾重にも重なり合ったマリアージュをほんのりと包み込む。これは最高の味わいである。

(主人)「これ(出汁)、ホントに、あまーくしないといけないんですよ。すき焼きほどの砂糖たっぷりの甘さはつけないんですけど、やっぱり甘くないと熊の脂がダーッと口の中に残ってしまう。このくらいの感じまでもっていかないといけないんです。中和させないとね」

この味わいを、この夏の季節にいただいている奇跡に思わず言葉を失う。そんな中ご主人の熊談義が耳朶に心地よく響く。

(主人)「冬眠する前にどんぐりとか、とくにブナの実を食べた熊が一番いいんです。雑食でサワガニとか食った夏のヤツはまったくダメですね。春熊は脂はないんですが、肉がすっごく旨いんで、とりあえず、買って冷凍しておくんです。すると、肉が旨いんで、冬の鍋を味噌でするときにその肉を出汁に使うんです。そうすると、すっごい旨い出汁がでるので、それに味噌を溶いて熊を入れて食べると本当に旨いんです。味噌鍋はマタギさんたちが食べる一番シンプルなものなんですけど、アレ、意外といいんです。あとそれのお雑炊がまたいいですよね」

これは、熊の味噌鍋をいただきに絶対に再訪しなくてはならない!

「結構お食べになるかなと思って、6人前、7人前ご用意しました」とのことであるが、結局、食べること大好きなこの4人で全て平らげてしまう。(結局わたしは3杯熊しゃぶをいただいた!存分に堪能。)

6.白神山地赤石川の金鮎の塩焼き...ひとり2尾!
待っていました!もう1つの主役の一品の登場である。白神山地赤石川の金鮎の塩焼き。

(主人)「箸と手で持って、背中のところからバクッとたべていただくといいんじゃないんですかね。とうもろこし食べるみたいな感じでしょうかね。でも、青森はここのところ渇水気味なんで本当はもうちょっと雨が出て欲しいところなんですけどね。雨がでれば、苔の古いものを流してくれて、新苔がつくとまた(鮎の)味が変わりますのでね」

ご指示通り、背中にかぶりつくが、これは、よそで食べる鮎とは異質な鮎である。まず骨が柔らかく、皮が薄く瑞々しい。ご主人いわく水分がものすごく多い鮎とのことだ。この瑞々しさを味わってしまうと、よそで食べた鮎が、まるで煮干のように見えてきてしまう。肝の苦味も至って上品である。金鮎は日本の鮎の原型だといわれるが、その佇まいはこれ以上ないほどに上品であった。

(主人)「天然遡上して、原生林から出てくる水が源流で、そっから生えてくる藻をはんで生活しているヤツらなんです。関西方面のほとんどは、植樹した樹木から出てくる水で育ったものなので、そいつらとは訳が違います...たまたま僕は鮎釣りをするんで、その釣り仲間が釣ったものを送ってもらうんです」

こんなに瑞々しい鮎の塩焼きは未だ食したことがない。端的に脱帽である。

そろそろグランドフィナーレに近づく。
(主人)「あとは蕪(かぶら)がでるんですが、食べれますか?くり抜いてふろふきにしてあるんですが...」
全員、ええ大丈夫ですと返答。

7.ふろふき蕪
くり抜いた蕪に赤味噌が詰めてあるが、この赤味噌が旨い!

8.半田そうめん
ご主人に少し少なくしますか?と聞かれるが、これもみなさん通常サイズでいただく(笑)

9.わらびもち、きなこと黒蜜を添えて
ふわふわのわらびもちをきなこと黒蜜でいただき、一通りとなる。

帰り際、クワトロ☆さんがご主人に「次は、いつくらいがお奨めでしょうかね?」と話しかけられる。
(主人)「...9月の下旬でしょうか。細身の鰻なんですが、白焼きにするんです。これがもう絶品なんですね」
とのことである。これは、また絶対に再訪せずにはいられない!

  • 金鮎
  • 鷹架沼(たかほこぬま)の鰻
  • 蛤の酒茹で

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8位

比良山荘 (大津市その他 / 日本料理、オーベルジュ)

1回

  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥20,000~¥29,999

2018/01訪問 2018/02/01

旨そうな雪がふうはりふはりかな(一茶)...「比良山荘」、どこまでも深々(シンシン)と澄み渡る里山の静謐に耳を澄まそう!

近江の深い山里。静かに降り募る小雪が大気を引き締め、澄明な空気が空を見上げる瞳に涼やかに心地よい。迫るような山々には仄かな雪化粧が施され、山あいは厳かともいうべき神聖な空気をまとっている。視線を足元に落とせば、こぼつようにうち響く純潔な水路のみなぎりに心が漱(すす)がれるようだ...

「比良山荘」。...七輪の強い火力で仕立て上げられ、鍋からたわわに湧き上がる湯気は、冬の室内を優しく癒し続ける。そして、その癒しの中で、"山の辺料理"の真骨頂を味わえる悦びこそが「比良山荘」の宴である。しかしでも、この凄さ。...端的に言って言葉を失うくらいに感動的である。ここで饗されるのは、凡庸な料理人が饗する加工やら念押しを一切峻拒した、赤裸々な山の恵みそのものである。


2018年1月8日(月)、「比良山荘」で過ごした素晴らしい宴について以下詳細に書き綴っていきたい。...今日は日ごろからお世話になっているレビュアーさんの(なんと)24人の会である。お店に着くと、外は静かに小雪が舞っている。大人数なので、8名で3卓にわかれて、さっそくコースをスタートしていただく。

1."初日の出"という器にもられたお正月の八寸
お正月らしく八寸からのスタートとなる。一番上の器が、赤い梅干しが砂糖や蜂蜜はちみつで甘く煮含めた密煮となる。酸味は立っておらず、梅の甘みが引き立った一品である。その横に鯉の子。この後、鯉がいくつか饗されるけれど、普段あまり鯉というのはいただかないので、物珍しい感じがある。淡白だけれどボリューミー。でも楚々とした旨味がある魚という印象である。真ん中に味噌漬けの大根。可愛らしい大根だ。仄かな味噌風味に好感が持てる。大根の左隣が松茸の旨煮。そして、大根の右隣の小さい器が、鮎のなれずし。手前真ん中が、鹿のロースト。そして、手前右から、川海老、ちょろぎ、黒豆、ごまめ、ちしゃとうという流れになる。仕事が施された小さい山の恵みを思う存分堪能する。

2.鯉の造りと鰻の焼き霜...地元の野菜、人参を添えて
鯉は酢味噌でも醤油でもどちらでもよいとのご案内。鯉とは海魚なような強さは持っていないものの、実に妖艶な存在感を持っている食材だと改めて感じ入る。また、鰻の焼き霜の香ばしさも好感が持てる。

3.鯉の白子蒸し、香茸餡をかけて上に山葵をのせて
ここでも鯉である。鯉と茸の合わせである。これは上から混ぜて熱々のままいただく。...しかしでも、この後も出てくるのだけれど、とにかく「比良山荘」さんの茸が滅法素晴らしい!

4.ツキノワグマのお鍋
ここからが、ツキノワグマのお鍋の登場である。お鍋は、囲炉裏で自在鉤でつるす形ではなく、七輪で底から一気に炊き上げる格好だ。この火力が凄まじい!湯気の凄さに息詰まる!...では、本日の熊に対する大将のご口上に耳を澄ませてみよう!

"今日の熊は、シーズン暮れに獲れたツキノワグマでございます。この熊は滋賀県、厳密にいいますと長浜で獲れました熊になります。11月から猟が始まりまして、3月まで猟がずっとあるわけですが、ちょうど、今、時期的には冬眠に入ったものと冬眠に入っていないものとあるわけですが、これは、冬眠に入る前のものになります。...ただ、冬眠後と冬眠前と何が違うかというとそんなに厳密な違いはございません。...というか個体によっての差が物凄くありますので、よく、いつの時期がよいかというご質問をいただくことがございますけれど、いつの時期がよいかというより、どの熊がよいかというのが一番大事なことでございます。個体がまず第一なんです。...それから、猟師の弾のアタリがあって、血抜きがあって、さばきがあってという、そのあたりの段取りがすべてよくないと中々よい熊が集まりません。...特に、わたくしどものところでは、この真っ白な部分(これ一般には脂身と呼ばれますが)、わたくしどもは白身、白身と呼びます。これは皮下脂肪の部分で、熊の一番美味しい部分だと思います。今日は、各テーブルでわたくしどもが炊かせていただきます。あまり火を入れすぎると美味しくございませんので、炊き具合を見計らってお薦めしてまいりますので、皆さん申し訳ありませんが、お手を伸ばしてサッと召し上がってくださいませ。今年の熊、14頭半仕入れて、良かったのが4頭半。その良かった4頭半を本日は、召し上がっていただきます。"

このしゃぶしゃぶが素晴らしかった!白身の旨味が嫋やかで、それを仄かな赤身が力強く補てんしているような感覚である。これを土地の根菜と一緒にいただく素晴らしさといったらない!

5.お野菜
セリの根、鶯菜、菊菜、セリ、葱等の根菜類。これが本当に素晴らしい。まさに大津の里山の土の豊饒をそのままいただいているような贅沢感があるのだ!

6."なめたけ"、"いくち"、"しめじ"を中心とした茸、5種類
先ほどの根菜とこの茸にしたたかに打ちのめされる。もちろん、熊肉や(この後出てくる)猪肉も素晴らしいのだけれど、この野菜と茸の土地の香りが何とも素晴らしいのだ!

7.熊の赤身
塩を当てて焼いた熊の赤身。赤ワインによく合う。

8.白味噌の猪鍋
ここから白味噌仕立ての猪鍋となる。事前に熊鍋と比較すると猪鍋は少し格が下がるというような話も聞いていたのけれど、どうしてどうして、この猪鍋が滅法良かった!これも白身が多い切り身なのだけれど、口中に運ぶとその白身がしゃきしゃきと小気味よく冴えわたり、しかも、味わいもしっかりとして思わず唸ってしまうような旨味があった。

ここから、鍋の締めに、栃餅、三輪うどん、ご飯が饗される。

9.柿のジェラート、熊の大好きな山葡萄を添えて...
最後に、デザートで一通りとなる。...ここは凄い!日本の自然の豊かさを味わいたのであれば、「柳屋」と双璧を成すお店だとさえ思う。次回はぜひ、お泊りで訪問して素敵な朝食を味わってみよう♪

  • 白味噌の猪鍋
  • 白味噌の猪鍋
  • ツキノワグマのお鍋

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9位

柳家 (瑞浪市その他 / 郷土料理、日本料理、海鮮)

5回

  • 夜の点数: 5.0

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0 ]
  • 昼の点数: 5.0

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 ¥15,000~¥19,999

2018/05訪問 2018/05/19

めくるめくジビエの魅力に身を焦して 第8弾!...「柳屋」、感性の抑制などそっくり放棄して、この目の前の悦びをまるごと受け入れようではないか!

食べ歩きに目が眩んでもう何年にもなるけれど、わたしにとってその原点になったのが、ほかならぬこの「柳屋」さんである。最初に訪問したのは、8月第1週の1番鮎がよい時期で、20代の若い子たちを伴って4名でお伺いした。あの日、陶町猿爪(ましずめ)の高台に降り立ち、快晴の真夏の澄み切った空気を肺一杯に吸い込んだときに感じた胸の高鳴りは、いまだに忘れられない。

そのときいただいた天然鮎は見事なばかりであったけれど、しかしあの日、なんといっても忘れられない思い出となったのは、その鮎を頬張りながら、囲炉裏を囲む連れの彼女彼らの表情に浮かび上がるこぼれるような上機嫌な笑顔であった。

かれらの口元から漏れる深いため息にも似た吐息が、それぞれの舌の震えをどんな饒舌もおよぶまい簡潔さで雄弁に物語っていたことが思い出される。それはひたすら感動的な映像としてわたしの記憶に刻まれている。そして、わたしの食べ歩きは、あの数時間の体験から始まったようなものである。


2018年4月21日(土)17:40。今回の柳家さん春の山菜の会は、参加者が12名と、かなりの大所帯の会となった。みなさん素晴らしい食通の方たちばかりである。いつものようにJR瑞浪駅で落ち合って、30分かけて「柳屋」へと向かう。この30分がいつもあっという間に過ぎ去るから不思議だ。

「柳屋」さんに到着して、大きな囲炉裏部屋へ入ると、立派な天然あまごが串に刺されてぱちぱちと爆ぜている。あまごは17:35くらいから、40分くらいかけてじっくりと焼き上げるそうで、部屋に入った途端、まさにここしかないという食べごろのあまごの刺激的なアピアランスに思わず感嘆の声が漏れる。

本日の焼き担当は、弟の剛之さんである。また、いつものようにお料理に合わせて、ワインを見繕っていただく。

1.天然のあまごの炭焼き
まず、先陣を切るのは、じっくり焼き上げた天然あまご。剛之さんの鮎釣りの師匠が釣ったあまごだそうだ。これは、頭から行くが、なんとも身質が柔らかく上品だ。鱒科の魚は、鮎などと比べ骨が柔らかい。

2.九頭竜川のサクラマスのお造り(70cmくらい)
河口で釣ったもの。上流に行けば行くほどおいしくなくなるのだそうだ。上流のものは産卵で身が痩せているとのことだ。これをいただくと、「柳屋」さんに訪問した、という感覚になる。

3.山菜の天ぷら
(左から)たらのめ、たら、こごみ、やまうど、やまぶきの葉の並びである。「柳屋」さんでは、山菜を市場から仕入れるようなことはない。山野に自生したものを摘み取り饗される。たらのめがなんとも素晴らしい。切土や盛土により作られる人工的な法面(のりめん)に自生するたらのめが、一番良いそうで、しかも、「一番目の芽(新芽)はとっていいけど、脇芽はとっちゃいけない」というルールがあるそうだ。これが白ワインとよく合う。

4.大ぶりな鳥
この時期が最後だそうだ。わたしは、これの脳みそがたまらなく好きである。身も脂ののり具合がよい。脂肪という鎧をまとっている感覚である。ここで赤をあわせる。

5.ふきのとうの天ぷら
さらに蕗のとうの天麩羅をいただく。

"春の皿には苦味を盛れ"

この格言通り、これは春の膳に欠かせない逸品である。

6.鹿のヒレ
わたしは、「柳屋」さんでいただくこの鹿のヒレに目がない。赤身の美しさが実に軽やかで、一片のいやらしさもない。

7.尾長鴨
今日はここで、鴨が饗される。張りきった筋肉に凝縮される鴨の旨みにやられてしまう。

8.イノシシ肉
ひょっとすると、この時期ウリ坊かとも思ったけれど、イノシシ。野趣あふれる味わいが大好きだ。

9.お鍋
春の山菜、行者ニンニク、しめじ、ごぼう、こんにゃく、わらびのお鍋。春の「柳屋」さんは総じて優しい。それを締めくくるにふさわしいお鍋のやさしさに癒される。

「柳屋」さんというと、真夏の鮎の時期であったり、秋口の落ち鮎と、鹿、イノシシ、熊系のジビエの醍醐味でうならせるイメージがあるけれど、どうしてどうして、春はまた違った優し気な佇まいに癒された。ぜひ、この時期の「柳屋」さんにも足を運ばれることをお勧めしたい!

一度見たら忘れられない精悍な顔。...鮎には、紛れもなく"よい顔"というものがあると思う。...生命の躍動感そのままを切り取ったような顔。...そして、さらに背中にかけて、友釣りの掛針が猛々しく刻まれた傷跡などを目の当たりにすると、その命がけの生命の躍動に胸が熱くなる。

2017年11月26日(日)。「柳屋」さん10人の会は、またしても素晴らしい会となった。この日は特に、お肉も絶品であった!以下この日の素晴らしい献立について書き綴っていきたい。瑞浪駅11:30。本日のメンバーと落ち合う。わたしは、これで柳屋さんは7回目となるが、柳屋さんにお伺いした日で雨天であったためしがない。本日も空はキレイに澄み上がっている。

30分乗車の後、岐阜県瑞浪市猿爪(ましづめ)の柳屋さんに到着する。店内に入り、今日の囲炉裏部屋に入ると、すでに鮎がぱちぱちと音を立てながら焼き上げられている。その大きさに思わず息を呑む。この時期は子持ち鮎の最高の時期であるけれど、腹にはちきれんばかりの卵を抱えている。

まずは、シャンパンで乾杯する。ボーモン・デ・クレイエール グランド・レゼルヴァ ブリュット。泡立ちがきめ細やかで柑橘系の味わい。こいつで長旅の乾いた喉を潤すのは、最良のやり方だ。

1.馬瀬川の子持ち鮎
ダムがあるため、馬瀬川は天然遡上がない。琵琶湖の稚鮎が大きく育ったものだ。その巨体に狼狽(うろた)えながら、少しずついただいてみる。身肉(みしし)のほとんどが卵といっても過言ではない。感情を内に秘めたようなたわわな卵塊に咽(むせり)ながら、深い感動を噛みしめる。この時期の鮎は身というより、この卵をこそ愉しむ時期なのだと得心する。

2.落ち鮎の網にかかったサツキマス
この時期でも、落ち鮎の網にかかるサツキマスはいただいてもよいそうだ。このサツキマスのお造りをいただくと、「柳屋」さんに来たと実感が湧いてくる。

次の白は、ポッジョ アッレ ガッツェ テヌータ デル オルネッライア。上品な果実味、さらに心地よい爽やかさを感じさせる見事なバランスにすっかり気分が良くなる。

3.野鳥の焼き物
これが素晴らしかった。この野鳥は、今の時期が一番うまいと思う。鮮度が良いので、軽めの焼きにしてあるとのことであるが、何とも脳みそが緻密で繊細で旨いのだ。もうしばらくすると、地上に降りて毛虫などを食べだすのだけれど、今の時期は木の上で木の実ばかりをついばんでいると聞いたことがある。やはりこの時期のものは身質がキレイな気がする。

次の赤。ペルナン・ヴェルジュレス。赤は濃いルビー色で深い赤紫。肉付きが良くてコクがあるけれど、バランスが素晴らしい。

4.子猪のロース
じっくりと焼き上げた後、八丁味噌、生姜のしぼり汁、土佐醤油で作ったタレにくぐらせて饗される。猪は豚に近いのでマスタードを添えていただく。これが良かった。分厚い脂を噛みしめると、肉の旨味が豊かに口中にあふれ出す。

5.ツキノワグマ
焼き場に漂う香りが素晴らしい。これは、赤身に力がある。安曇野の本わさびでいただくけれど、しっかりと鉄分が感じ取れる。

6.鹿のロース
背肉。少しバラの部分を使っている。やはり鹿は旨い。いささかもササクレがなく、純粋で心洗われるような香りと旨味に言葉を失う。

ここで、最高の赤、[b:シャトー・デ・ジャック ムーラン・ア・ヴァン。
ムーラン・ナ・ヴァンはクリュ・ボージョレの中でボージョレの王様だ。深みのあるアロマとコクに打ちのめされる。

7.猪鍋
平成21年(2009年)仕込みのお味噌の鍋。猪鍋には、ふんだんに野菜が入っている。...ごぼう、春菊、ネギ、こんにゃく、大根、カブ、えのき、しめじ、里芋、お豆腐。東濃の田舎料理。こころが温まる。

8.自然薯ご飯
最後に自然薯ご飯で一通りとなる。今回も力の限りを尽くした素晴らしいおもてなしであった。本当に本当に柳屋さんには感謝である。これだから、ここは伺うたびに再訪を誓うことになる。次は、4月初旬、春の柳屋だ!
放ったオトリと野鮎が清流の中で織り成す香魚の舞。...透明な円柱にでも絡みつくみたいに素早く泳ぎ回り、ひたすら回転して相手を縄張りから追い出す鮎の習性。...扇子も花吹雪もない、自然の中で織り成される女王の舞。仲間同志でじゃれあっているようなその光景は、微笑ましくもあるけれど、実は鮎たちにしてみれば、とるかとられるかの命をかけたテリトリーの奪い合い...

それらの気高き野鮎たちの中から、さらに風格がとびぬけた野鮎たちが選りすぐられ、今パチリパチリと目の前の立派な囲炉裏の中で爆(は)ぜている...なんとも壮観な光景だ。その光景を目の当たりにして唖然としていると、すっと剛之さんが寄っていらっしゃって「マドさん、コイツら、〇〇匹に数匹しかいない最強鮎ですよ」と、コソっと耳打ちしてくれる!その比率に愕然とする。なんて素晴らしいだろう!...和孝さん、剛之さん、本当にありがとう!

本日は、6名の鮎の会である。この囲炉裏の光景にみなさん一様に嘆息が漏れる!皆さんがそろったタイミングできっちり焼きあがるようにきちんと計算されているのは、いつもの柳屋さんの光景だ。

1.馬瀬川の鮎の塩焼き
最強の鮎をご用意いただく。釣れた鮎は、まず漁業組合で5段階に仕訳されるそうだ。今日のはその2番目の"大"。80g~100gのものだそうだ。この時期にこの大きさ、凄い!和孝さん曰く、「ちょっと裏技がありまして釣ったその日には締めないんです。鮎は苔を目いっぱい食べているので、苔の生臭いにおいがするのがやなので、一晩山水に飼ってもらって、お腹のものをきれいにだしてから調理しているんです」とのことだ。"山水に飼ってもらって"という表現が何とも素敵だ。

頭からいただいてみるけれど、口の中で旨味と苦みの粒子が織り成す緻密な味わいの輪舞(ロンド)に、いつものようにのっけからやられてしまう。これに合わせていただくのは、E. ギガル コンドリュー。コンドリューの華やかな香りが、香魚の旨味を引き立たせる!

2.サツキマスのお造り
これも柳屋さんでは欠かせない逸品だ。舌にまとわりつくようなメランコリックな佇まいに独特の存在感を感じる。

3.信州産の松茸
これもいつもよりすごく良いものを出していただいている。まずいつもより、ぐんと大振りの松茸だ!これを生姜だまりでいただくののだけれど、口の中でシャリシャリと裂ける小気味よいテクスチャと、あの秋の松茸の豪奢なまでの香りを放つ前の、生硬な若々しさにひたすら好感が持てる。

2013年の少し熟成感のあるムルソー。ブルゴーニュ。

4.夏野菜の天ぷらの盛り合わせ...(左から)オクラ、ヤングコーン、こなす、(こなすの下)やまうど、もろこいんげん、みょうが、花ズッキーニ
夏野菜の天ぷらだ。柳屋さんの天ぷらは衣薄く、カリッと揚げあげられているのが特徴だ。ムルソーの透徹感、ミネラル感のお供に最強だ。

5.天然鮎の開き
和孝さん曰く、「1晩飼ったものを3%(海水くらい)の食塩水に1時間くらいつけて、天日に干す。それから仕上がる瞬間に麦焼酎、自家製の土佐醤油を加えたものを霧吹いて香りをつけて、最後に干して仕上げたもの」だそうだ。鮎の干物は実に品性がある。あえてあの旨い鮎の苦みを取り除き、身肉(みしし)の旨味を最大限に味わってもらう想いが伝わる一品だ。

干物というと酒飲みの目のないところだけれど、これは酒のアテというにはちょっともったいない上品さを備えた逸品であった。

ここで和孝さんから"古参鮎"について教えていただく。

「わたしは鮎をパッと見ただけで、鱗の目の粗さとかで"古参"のものなのか"海産系"のものなのかすぐわかるんです。実は、淡水で育った鮎の放流にはルールがあるんです。今日、最初の塩焼きは馬瀬川で獲れたものです。馬瀬川は木曽川の水系なのでダムがあります。...ダムがある、つまり天然遡上がない。なので琵琶湖の淡水で生きてしかいない稚鮎を放流してもよいというルールがあるんです。これに対して、長良川は天然遡上といって海から上ってくるものがある。これが理由で長良川水系には琵琶湖の淡水で育った古参鮎をいれちゃいけないというルールがあるんです。要は生きていけないんですね」

「海から上がってきたものはヒレが大きくて細い。これに対して琵琶湖の鮎は、簡単に言うと水溜まりの中に生きているので、そんなに強い流れがないので、どちらかというと丸みを帯びた魚体になって、そんなに泳ぐ必要がない。必然、天然遡上の川で獲れた鮎よりも、"古参鮎"の方が、荒々しさがなくてまろやかで奥行きのある鮎に仕上がるんですね」


6.鮎、さくらます、ながなす、ズッキーニを和風タルタルソースで...
鮎を今度は揚げ物で愉しませてくれる。これもいいなぁ。焼きと干しと揚げ、清流の女王をあらゆる角度からやっつける!

7.鮎の丸干し
これは、生きた鮎を塩水の中で1時間ほど泳がせて、氷をたくさん入れて一晩干したものになる。内臓も入っていて味が凝縮している。これは長良川のものとのことだ。瞳を閉じて味わうと、遠くに西瓜...瓜の甘みを感じる。

8.尾長鴨(今日は海鴨ではなく、淡水系)の串焼き
この時期に鴨とは恐れ入った!「いいものを取っておきましたよ!」とのお言葉に本当に感謝だ!

9.有害駆除の小鹿ロースの串焼き
冬場の脂がしっかりのったものもよいけれど、このくらい若いのもわたしは捨てがたい。熟成とは縁遠い、若々しくて生硬な躍動感を感じるのだ。

ここで剛之さんから、本日目玉の赤ワインのご説明がある。...聞き耳を立ててみよう!

「今日ご用意したこの赤、ボジョレーヌーヴォーと同じ村で作られているシャトー・デ・ジャックという作り手ですね、...ムーラン・ア・ヴァンというGamay(ガメイ)という品種から作られた一品です。1997年、20年前のものです。ガメイで長期熟成させるってすごく難しいんですが、それを成しえた稀少な一品です。これに使われているガメイは、ムーラン・ア・ヴァンの中でもシャン・ド・クールという限定された畑で作られた葡萄になります。この逸品、今年日本に48本入ってきていますが、ルイ・ジャド社がうちにしか卸してないないんです。うちも残り2本となっていますが、1本こちらのお部屋に、もう1本はお隣のお部屋に...」と何とも素晴らしいご案内だ。


この1本、本日の会の女性の方に滅法評判が良かった!さっそくいただいてみるが、ボジョレーヌーヴォーというと、甘さ程よく、飲みやすい若々しい味わいのイメージがあるけれど、これは全く佇まいが異なる。凝縮感とストラクチャーがあるけれど、つうっと透明感のある華やかな美しさを感じるワインだ。外連味がなくて、ガメイ特有ともいえるキャンディ香を感じさせない。「みなさんが今後、飲んでいただける機会はあまりない逸品だと思います」との剛之さんのご案内にホントにホントに感謝である!

10.長良川の天然鰻の蒲焼きと白焼き
井戸水で1週間から10日飼って、体内を浄化させた後に調理してある。一口タレご飯が添えられて饗される。蒸らしはなし。焼き一本が旨い。この焔立つような天然鰻の強い旨味を味わうなら、焼きに限る!シャトー・デ・ジャックとの相性は文句ない。どちらがどちらを凌駕することなく、相手に言祝ぎを贈りつづける慎ましやかなハーモニーに、思わず「ありがとう」とひとりごちてしまう...

11.鮎と松茸の雑炊
鮎と松茸の雑炊。このやさしさに今日の会のみなさん、思わず黙りこくる...そして、さくらんぼで一通りとなる。

いつもいつも柳屋さんは感動的だけれど、今回のおもてなしには本当に感動した!ただ、それはわたしたちに限ったことでなく、柳屋さんは本当に本当にすべてのお客さんを大事にされるプロ中のプロであることを実感した一夜であった!即座に次の会の予約を入れる。次回は、落ち鮎と熊の会だ!今から愉しみ~♪
岐阜県瑞浪市猿爪(ましづめ)「柳家」。山野が育んだ芳醇そのものの迫力を堪能したいなら、いますぐこの日本屈指の郷土料理の名店に駆けつけよう!そこには、美味だとか、かぐわしいとか、美しいとか、そうした言葉すら意味を失いかねない、日本の山川草木が洩らした"ため息"とでもいうべき豊かな息遣いが間違いなく存在する。

この桃源郷には、料理人の技術を衒(てら)うような、賢しらな調理技巧など見当らない。「柳屋」さんで饗されるジビエ料理の数々は、ただただひたすら無警戒にそこにあるだけだ。その味わいは、一瞬ごとに無防備な輝きをまとって煌(きら)めいている。

それは、ひとを身構えさせるような緊張感とは程遠いものだ。そこでひとが触れるのは、緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな肌触りとでもいうべきものである。われわれは、無駄な抵抗を早々に放棄して、その誘いにそっくり身をあずけ、瞳を閉じて吐息を漏らすように、そこで饗されるお料理たちを全身で受け止めればそれだけで充分なのである。

...それらの無垢なまでの料理たちを前にすれば、「調理技巧」やら「飾り包丁」などという言葉のはしたなさに、たじろぎを覚えるに違いない。以下、またしても感動的だった「柳家」さんの会について詳細に書き綴っていきたい!


2017年3月25日(土)。本日は「柳家」さんで、待ちに待った鴨尽くしの会である!...しかしでも、3月25日に"鴨"とは、少しばかり時期を通り過ぎた感がしないでもない。と、即座にそれについて「柳家」ご主人、山田和孝さんがこう教えてくださる。

「実は、今年は、佐賀県に限って4月30日まで鴨猟を延長したんです。今年は有明海で海鴨の海苔網の被害が多発しまして、海苔の生産量がとても悪かったんです。ですので、今年に限り佐賀県は、4月30日まで鴨の猟期を延ばしたんです。で、本日は3日前に網獲りで獲れたばかりの最高のものが入りました!」

とのことである。なんとも嬉しい限りだ!本日は名古屋のレビュアーさんと東京のレビュアーさんの混成チームである。始めてご一緒させていただく方もいらっしゃったけれど、みなさん、素晴らしい方たちで、この夜の晩餐会は最高のものとなった!さっそくご主人の和さんから本日のお料理のご案内がある。

「本日は、まず鴨は、緋鳥鴨(ひどりがも)の首の皮を使ったネギまをご用意しまして、続いて砂肝、心臓、肝臓と続きます。非常にフレッシュな鴨が佐賀県から入手できましたので生に近いものをお出しできます。続いて、焼き物に、緋鳥鴨(ひどりがも)と葦鴨(よしがも)と続きまして、鍋は青首の鴨鍋になります。最後は自然薯ご飯でしめる形になります。それ以外にも、時期ものの野鳥、仔鹿のロース、害獣駆除で獲れた子猪のご用意となります」

いや!なんとも盛りだくさんでこんなに嬉しいことはない!さっそくローランペリエで乾杯し、本日のお料理をスタートしていただく。

1.時期ものの鳥たち
突出しの岐阜県産の大根とヘボをいただいていると、最初の鳥の焼き物が登場する。りんごの実を啄(ついば)んだ小鳥たちが本日の一品目である。12月にいただいたときより、気のせいか優しくマイルドさが加わったような感じがする...

2.緋鳥鴨(ひどりがも)の首の皮を使ったネギま
鴨がねぎを背負ってやってきた!首の皮は、迫力でどんと圧倒するというより実に上品な脂で覆われている。海苔棚でずっと悪さをしていた鴨だけに、心もち海の香りがするような気がしないでもない。

「うちでは、本来、海鴨を使わないんですね。通常は、養老・木曽三川(きそみかわ)公園近辺の川鴨を使うんですけどね、せっかくなので本日は有明海の友人に頼んで送ってもらいました」とのことだ。上品な鴨の脂が秀逸な一品である。

3.緋鳥鴨(ひどりがも)のロースとささみ
ここで、ムルソー(白)をいただきながら、ロースとささみをいただく。これが鴨の概念を覆すほどに旨かった!脂も良質ながら、しっかりとした鴨肉の主張もある。鶏とは明らかに異なって、鴨独特の鉄分を感じさせる血潮の風合いが何とも素晴らしい!

4.砂肝
砂肝の噛みごたえがなんとも心地よい。フレッシュな鴨であることが伝わってくる弾力感だ。

5.緋鳥鴨(ひどりがも)の心臓(ハツ)と肝臓(レバー)
肝臓の方はあまり火を通しすぎないでしっとり感を出す焼き加減である。近火で焼かれていて、苦味があるけれどレバー臭はない。2時間くらい、海水(3%)くらいの塩水とお酒で全浸透圧で血を向いたそうである。本当はもっと倍くらいつけるともっと血が抜けて優しい味になるそうだ。これと、ブルゴーニュの赤をあわせていただく。

6.馬瀬村の子猪のロース
猪は、豚に近いので、鴨や仔鹿よりいささか強火を通して仕上げてある。子猪とはいっても少しも水っぽさはない。噛んで肉の旨味を感じる逸品だ。「うちは調理法は極力シンプルに抑えて、素材の良さを引き出します。素材が良くないとこの味はお客様に提供にだせません。いい状態のジビエのよさをいかに焼きという技術だけで引き出すかがポイントだと思っています」とのことだ。

なんとも「柳家」さんらしい、素晴らしいスタンスである。こんな言葉を耳にすると、いわゆるプロのテクニックとかいうやつで素材をいじり倒し、素材そのものの良さに味を足しこんだものなど、断じてプロの調理ではないと、ここに清々しく声高に言い切って見せたくなるくらいだ!

7.馬瀬村の仔鹿のロース
柚子胡椒で。仔鹿は夏場も饗されるが、この時期の脂をよりまとったものの方がわたしは好みだ。今回も脂身が赤身の旨味を十二分に引き立てている。

また、「柳家」さん秘伝のタレも素晴らしい。継ぎ足しのタレ。かつおの出汁の効いた土佐醤油と生姜の絞り汁がベースとなっており、甘いものは入れていないとのことだ。「あくまでこじゃれた料理をだすのではなく、ただ岐阜の東濃地方の昔からの郷土料理を残していこうというのが当店のコンセプトになります。若干お飲み物にあわせて調味料を変えていくことはありますが、基本は昔ながらの生姜だまりです。今風のものをだすことはありません」とのことである。

8.しっかりと脂がのった小鴨の半身
今日のお肉たちは鴨にしても、仔鹿にしても、子猪にしてもどれもしっかりと脂がのっており、同じタレでもそれぞれ肉の味わいが感じ取れるのが嬉しい。小鴨は安曇野の本わさびでいただく。

ここで笊に入れた本日の鴨たち(緋鳥鴨、葦鴨のオスメス、網取りの鴨ちゃんたち)を見せていただく...美しい。

9.鴨とこんにゃく、大根、まいたけ、しめじ、えのき、おネギとセリのお鍋
この時期に最高のお鍋だ。ここで、焼き場の担当が、わたしが大好きなブルゴーニュ好きの弟さんにバトンタッチとなる!彼の元気いっぱいで真っ直ぐで嫌味がない性格が、わたしは何とも好きなのだ!本日も、このあと、弟さんが愛してやまないブルゴーニュ・ワインで、最後のこの山の幸がふんだんにもられたお鍋を愉しむ♪

最後にシメの山かけご飯で一通りとなる。今回もまたまた素晴らしく愉しい会であった!次回もまたこの感動を味わうため、早速に鮎の時期に同じメンバーで予約を入れてしまう!次回は、最も鮎がよい梅雨明けの会となる。

みなさん、今回はありがとうございました!次回もまたよろしくお願いしますね~♪
2016年12月18日(土)は、波乱含みの幕開けとなった。浜松のJR東海浜松工場で見つかった不発弾移送のため、浜松市が、18日午前8時から2時間、移送経路周辺住民に避難勧告を出したのだ。そして、悪いことに東海道新幹線もまたその交通規制区域内に入っていたため、運転が不発弾移送に伴い一時見合わせとなり、上下線28本で最大41分遅れるという事態となった。

本日の「柳屋」行きメンバーが乗り込んだのが、8:40東京発、東海道山陽新幹線 のぞみ211 新大阪行きだから、この不慮の事態の真っ只中に放り込まれる結果となってしまった。それでも、品川駅に止まり続ける車内の中で、頻繁に「柳屋」さんと電話で連絡を取りつつ状況をお伝えしながら、名古屋についたのが、予定より30分遅れの10:50。中央線に揺られて瑞浪駅についたのが11:50。

瑞浪駅というのは、普段人気(ひとけ)のそれほど多くない閑散とした駅なのだけれど、今日はたまたまイベントがあるということで、どこから湧いて出たかと思うくらいの人出でごった返している...新幹線運転見合わせに引き続いてのハプニングである!当然駅前ロータリーに送迎バスを止めるスペースなどないものだから、電話口での「柳屋」さんのご指示にしたがいながら、地下通路を抜けた駅裏のロータリーに向かい、そこに抜かりなく横付けされている「柳屋」さんの送迎バスに乗り込む。

そんなすったもんだがありつつ、やっと「柳屋」さんに到着したのが、予定より30分遅れの12:30。一時は肝を冷やしたけれど、なんとか30分遅れでお食事をスタートしていただけるということで、今日の大好きなメンバーとまた囲炉裏を囲める悦びにほっと安堵の胸をなでおろす。

今回の「柳屋」さんの会は8名の会だ。まずは、ご主人お奨めのシャンパン、プレリュード グラン・クリュ(Prelude Grands Crus) / テタンジェ(Taittinger)で乾杯する。柑橘系の風味が際立つ溌剌としたシャンパンだ。

1.たけのこ
着席と同時に焼き始められたたけのこが焼きあがってくる。とうもろこしのような香ばしさをもったたけのこである。炭火で炙ったものに醤油をつけていただくのがピッタリの一品である。

2.おおきな雀たち
たけのこのあと、本日のお愉しみのひとつ、おおきな雀たちのお目見えとなる。ちょうど今が最高に仕上がってくる時期だという。頭の先から足の先まで串についた野鳥を丸焼きにしていく。

「柳屋」さんのご主人がおっしゃるには、野鳥は炭火で焼かないとダメとのことだ。また、頭から足の先まで全ていただけると仰る。そこでさっそく骨ごとバリバリといってみる...まずは野趣みなぎる味わいに圧倒される!鳥の旨味・甘味、内蔵の苦味、つけだれの塩味、それに脳みその極上の旨味を味蕾(みらい)で一気に受け止めることになる!そしてその後、相俟う五味のさざめきと余韻にしばらく耳を澄ます...ひと串で野鳥の全てを味わわせるお料理である。

これは凄い!毎年この野鳥だけをお目当てに訪問されるお客さんがいるそうであるが、わたしにはその気持ちが少し分かるような気がする。

ここで、野鳥にあわせて、ご主人がシャンボール・ミュジニー(CHAMBOLLE-MUSIGNY)を饗してくれる。ピノ・ノワールの逸品。繊細でエレガントだけれど、奥行が感じられる逸品である。タンニンもしっかりと太い。野鳥にはぴったりの一品だと思う。

これに加えて、ニコラ・ペランのコート・ロティ(Cote Rotie)も出していただく。複数のワインを出していただき、囲炉裏部屋を複数の大ぶりのグラスたちがぶつかってコンコンと心地よい響きを響かせる光景が柳家さんの食卓の風景だ。

コート・ロティ。野鳥にはピッタリという評判を聞いていたものだから、ご主人にお願いしてこのシラーの一品もピノと飲み比べて見たけれど、こちらはやや生硬(せいこう)な感じがある。まだセラーから出したてでパンチのあるスパイシーな一品だ。

今日のワイン...飲み比べてみると、確かにシャンボールは素晴らしく、今日のみなさんもそちらを推されていた。それに異論はないけれど、ただ、わたしはシラーの方を駄目なワインとは思わなかった。

ワインというのは、いいワインとそうではないワインとはっきりしているような気がする。全然表情が違うけれど、それぞれに個性を持っている。その個性を容認できるかどうかがポイントのような気がする。個性を容認できなければ、それは駄目なワインだ。その意味で言うと、わたしはシラーの方もその個性を十分に容認することができた。これは決して駄目なワインではないと思う。

お口直しに岐阜県の大根が饗される。新鮮で旨い。

ご主人の「猟師さんから今朝入りました」のご案内のもと、本日のジビエが囲炉裏の脇に並べられる。鹿のヒレとロース、子熊のヒレ、猪肉...「柳屋」さんでは、岐阜、長野県の猟師さんから仕入れられることが多いそうだ。

3.鹿のヒレ
口当たりは絹のような滑らかだ。ただその肉の繊細な食感にも関わらず、味わいはしっかりと濃い。後味はさっぱりして贅沢な余韻をいつまでも愉しむことができる。

4.月の輪熊の子供のヒレ
どんぐりを大量に食べた月の輪熊の子供のヒレ肉。熊は、60kgとか70kgになると肉がちょうど良い柔らかさになるとのことだ。お母さんも一緒に獲れたそうだけれど、150kgほどあったので「柳屋」さんでは入荷しなかったそうだ。猟師さんが、熊肉は美味しいので、お母さんの方は、お正月用に自分たちで食べる、と喜んでらしたそうだ。

一口いただくが、掛け値なく旨い。これは噛んで旨みがでてくるお肉だ。熊は子供過ぎても水っぽくて駄目なのだそうだ。噛んで旨みがでるのがこのサイズだとのことだ。

5.猪肉
これは存在感ある肉。これぞジビエの醍醐味である!肉はとろける中に旨味はない。筋を噛んで旨みを感じる逸品!お肉自体が持っているポテンシャル、赤身の旨味を感じとることができる素晴らしい料理である!。

6.鹿のロース
今日一!これは、食する者の心をしたたかに震わせる逸品であった!冬の鹿はかなりしっかり脂がのっている。赤身を分厚い脂がしっかりと覆っている。しかしでも、この脂が絶品であった。この脂を豚や牛の脂と思っていただいては困る。この脂は鹿の赤身の旨みをいかんなく引き出す役割をになっている。

7.月の輪熊の鍋と自然薯ご飯
豆味噌で炊いた熊鍋。麹が入っていないそうだ。洗練されていて上品。これに京都、長文屋さんの山椒を振っていただく。熊肉も一片の臭みもない。これを絶品の自然薯ご飯で、3杯もいただく。

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2016年8月11日(木)記す

『めくるめくジビエの魅力に身を焦して 第3弾!...「柳家」、この日本の山川草木が育んだ豊饒は、瞳を伏せたまま、吐息を漏らすように味わうにふさわしい絶対的な料理だ!』

食べ歩きの愉しみとは何だろうか...それはわたしにとっては、思いもよらない美味との遭遇に強かに打ちのめされることである...だからこそ、このお店しかないといった断定的な結論だけは下したくないとは、常日頃思うところである。

だけどしかし、ひたすら結論を回避していてどうする、自分を絶対と看做せと言わんばかりに切羽詰まった思いを煽り立ててくるお店というものが、稀に存在してしまうのもまた事実である。岐阜県瑞浪市陶町猿爪(すえちょうましづめ)「柳家」。ここは、間違いなく料理を超えた何ものかとの遭遇を約束してくれる絶対的な郷土料理店である。

...しかしでも、日頃食べ歩きが好きだとつぶやいてみたり、あえて自分に言い聞かせるまでもなく、料理への愛着を無邪気に確信しているものが、ふと"料理を超えた何ものか"と出会ってしまった場合、その残酷な体験をどのように処理すればよいというのだろうか...「柳家」で饗される絶対的なジビエ料理を前にすれば、味覚自体が無駄な器官に思えてしまうほどの感動を覚えることは間違いない。調理するという言葉の醜さに思わずたじろがずにはいられぬほど、ここで饗されるジビエ料理は無警戒に山野の産み落とした豊饒を身に纏(まと)っているのだ!以下3度目の「柳家」訪問記をできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

2016年8月11日(木)17:20、岐阜県瑞浪駅改札前。ひねもすかまびすしく鳴きたてた真夏の灼熱も、陽の傾くにしたがって徐々に落ち着きを取り戻しつつある夕間暮れ(ゆうまぐれ)、大好きな友人たちとこの鄙びた駅の改札前で落ち合う。すでに駅には送迎バスが迎えに来ており、お酒とソフトドリンクを買い込んで、30分間、わいがやで桃源郷を目指す。なんとも愉しい大人の夏休みだ。

話弾むほどに、桃源郷への到着はあっという間のこととなる。古民家風の平屋のレストラン。ああまたやってきたと再訪の喜びがふつふつと身内にみなぎる。室内に入り、囲炉裏部屋に通されると、もうすでにたくさんの串打ちされた天然鮎がパチパチと焼き音を立てている。

皆着座したのを見て、シャンパーニュを注文するのと、鮎にあわせてニコラ・ペランのコンドリューをオーダーする。

1.蜂(クロスズメバチ)の子の佃煮(ヘボ)
箸先の数個を、口中に含むと、舌先にほのかに佃煮の甘味が広がる。食感はパリパリとして香ばしい。

2.友釣りで獲った長良川の天然鮎の串焼き
鮎は、串から外して、"蓼酢"とともに饗される。まずは何もつけずに頭からいってみる。やはりよい。最上級とも言える鮎の肝の苦味(滋味)とともに、鮎の身から放たれる予想を超越する肌理の細かい緻密な旨みのさざめきに陶然とする。ひと噛みごとに豊かに表情を変えながら口中を愉しませてくる珠(たま)のような味わいに、はからずも涙腺がゆるむ。続けて、"蓼酢"に少しばかり浸していただいてみるが、この鼻腔にかけて突き抜ける涼やかな酸味が鮎の滋味をまた爽やかに一変させてくれる。

ニコラ・ペランのコンドリュー(NICOLAS PERRIN Cndrieu)。鼻を近づけると甘い香りが漂うが、実際に一口いただくと、香りほどの甘さは感じず、かといってすっぱいわけでもない。大変バランスがよい逸品である。後味に、きりっと引き締まったミネラル感があるのも好感が持てる。これと天然鮎との相性は折り紙付きだ。


3.川手長海老と花ズッキーニの天ぷら
「柳家」さんの揚げ物は、衣薄く、カリリとしている。川海老の香ばしさを2種類の岩塩でいただく。抹茶塩と一味塩。お塩は細かくしてから焼いたものと岩塩を削ったものの2種類使っている。また、一味、七味、山椒は京都産のもの(長文屋さん)を使っているとのことである。

ムルソー(Meursault)。複雑で良い香りが漂う。一口いただくがボリューム感があり、ふくよかな感じの白ワインだ。

4.長良川五月鱒造りのルイベ
「海から川に上がってきた一番河口に近いところで獲ったもので虫がいません。そして川魚は必ずルイベしてお出ししています」とのことだ。ルイベとは、川魚を冷凍保存し、食べる際に凍ったまま小刀で切り分け、火で炙って融けかけたところで塩をふりかけて味わうの調理法のことである。口に含めば、肉厚で噛みごたえのある弾力に満ちていて、一片の生臭さもない。これもまた、舌触り滑らかなテクスチャを感じ取ることができる鮮やかな逸品である。

5.チベット産松茸の串焼き
一口口に含むと、ギュッという咀嚼音とともに松茸の薫香が一気に広がる。炭火の質朴な香りが鼻腔のあたりを漂う中、松茸はどこまでも高貴に自分の存在を主張してくる。

6.鮎の開き干しの串焼き
「長良川の中流域の食文化です。背開きにして塩水につけて4時間干してあります」とのことである。鮎の旨みが干物の中に凝縮されている。今度は、天日に干され続けた陽光の馥郁(ふくいく)とした香りとともに鮎の滋味を味わう。

7.金時草(きんじそう)、卵を抱えた馬瀬川の味女泥鰌(あじめどじょう)の天ぷら
金時草の天ぷらは今回初めて食べたが、口中にとろりとした食感が味わえて実に旨い。味女泥鰌は、淡水魚系の魚うちでも高級魚。揚げたての味女泥鰌は口中でほろほろと上品にほどけていく。嫌なクセが一切ない別格の天ぷらである。

ドメーヌ・マシャール・ド・グラモン ポマール 1er クロ・ブラン(Domaine Machard de Gramont Pommard 1er Cru Clos Blanc)。力強いタイプの赤である。しっかりと熟成されてはいるけれど、滑らかなタンニンの深い余韻が楽しめるピノ・ノワールである。これと鹿肉をどうしても合わせたかった。

8.馬瀬の鹿のヒレの串焼き
生姜と醤油だけで作った秘伝のタレをつけていただく。その柔らかさと味わい深さに深く心を動かされる。

9.蝦夷鹿のロースの串焼き、大分の柚子胡椒を添えて

夏の岐阜の鹿はまったく脂がないので、北海道から取り寄せているそうである。一片口中に含むと、その脂はいささかも脂を主張することなく、一気にロースを包み込み、ロースの旨みを引き立てることに余念がない。どこまでも限りなく上品な逸品である。傍らに添えられている大分の柚子胡椒との相性も抜群である。

10.長良川の天然鰻の白焼き、安曇野の山葵をそえて
天然鰻はふっくらと焼き上げられている。しかしでも、この鰻の皮と身に凝縮された脂から仄かに香り立つ土や泥の匂いがどうにもたまらない。これは当然養殖ものでは感じることのできない風味である...安曇野の山葵が鰻の味わいに華やかな点睛を添えている。

11.長良川の天然鰻の蒲焼、京都、長文屋さんの山椒をそえて
「鰻タレには濃口ではなくたまりを使っています。あとは氷砂糖ですね。フレッシュなタレを使わないので。うちはあえて業務用の大きいサイズのものではなく、小袋の一般売りのサイズで送ってもらっています。そうでないと香りが飛んで行っていってしまいますので」とのことである。

12.長良川の天然鮎と松茸のお雑炊
限りなく優しい味わいのお雑炊に仕上がっている。そしてさらにその味わいの深さに嘆息すること頻りである。

ここで「柳家」さんの真夏のコースは一通りとなる。ここは、紛れもなく"料理を超えた何ものか"と遭遇できる桃源郷である。とはいっても、"料理を超えた何ものか"とは、決して人を身構えさせたりはしない。全く逆に、食するものを緊張感とはおよそ無縁の滑らかな時空へと誘い出し、いかなる魔術も施したりせずに、あらゆる存在をごくすんなりと武装解除させてしまうのが"料理を超えた何ものか"との遭遇劇であるのだ。

そのときひとにできることは、ゆっくりと息を吸い込み、たおやかに吐き出される山野のなまめかしくも瑞々しい呼吸の律動を、五感のすべてを使って味わいつくすことより他にない。そして胸をふくらませ、山野が漏らす馥郁(ふくいく)としたため息を、肺の細胞ひとつひとつを使って体内に取り入れてみれば、そこに付け足す言葉などどこにも見当たらないことを発見するに違いない。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2014年5月24日(土)記す

『めくるめくジビエの魅力に身を焦して...「柳家」は、日本の山川草木が育んだ豊饒の数々を饗応する、山深き猿爪(ましづめ)の里に忽然と現れたシャングリ・ラである』

コンウェイは、果たしてシャングリ・ラ(地上の楽園)を尋ね当てるだろうか?
-『失われた地平線』ジェイムズ・ヒルトン


●プロローグ
驚くべきことに、世の中には、人手を一切媒介することなく、純粋に山野が育んだ芳醇をそのまま料理に仕立てあげ、豊かな恵みそのものの迫力でわれわれを強かに打ちのめしてしまう、いわば"絶対的な料理"というものが存在してしまう。

今は、そんなお料理に触れてしまった火照るような想いに急かされて、もったいぶってあれやこれやのゴタクを述べ立てるほどの気持ちの余裕などないものだから、早々にその料理がなんであるかを白状してしまえば、それは、岐阜県瑞浪市猿爪(ましづめ)に店舗を構える「柳家」で饗されるジビエ料理にほかならない。

...しかしでも、美味だとか、かぐわしいとか、美しいとか、そうした言葉さえ意味を失いかねない料理をなんと形容したらよいのだろうか。日本の山川草木が洩らす"ため息"とでもいうべきか。そう、3時間くらいの優雅なランチで、山野が洩らす"ため息"といったものを感じたいというなら、ジビエをいただくべく、今すぐ岐阜瑞浪市に駆けつけなくてはならない!

そして、ゆっくりと息を吸い込み、たおやかに吐き出される、その山野のなまめかしくも瑞々しい呼吸の律動を、お料理をいただきながら、五感のすべてを使って味わいつくそうではないか!胸をふくらませ、山野が漏らす馥郁としたため息を、肺の細胞ひとつひとつで体内に取り入れることができるのなら、そこにさらに付け足す言葉など、あたりをしらみ潰しに探してもどこにも見当たらないはずだ!

「柳家」さんで饗される絶対的なジビエ料理を前にすれば、味覚自体が無駄な器官に思えてしまうほどの感動を覚えることは間違いない。調理するという言葉の醜さに思わずたじろがずにはいられぬほど、そこで饗されるジビエ料理は無警戒に山野の産み落とした豊饒を身に纏っていることをここに断言したい!

2014年5月24日(土)、山野の産み落とした豊饒に触れてしまった経験を、以下できるだけ落ち着いて、詳細に記述してみたいと思う。

●いやその前に少しばかり...限りなく軽量なレトロスペクティブ=2013年の振り返り
わたしが「柳家」さんを初めて訪問したのは、1年前の、2013年8月3日(土)のことになる。真夏のギラギラとした太陽の照りつける中、会社の後輩くんたちを3名伴っての昼下がりの訪問だったのだけれど、このときの食事体験は、自分の味覚を根本的に変えるほどの衝撃を伴うものであった。なんといっても、この8月の第1週は、鮎が最高の発育を迎える週で、その大きさ、味わいともに絶品というほかない完成度に達していた。

●2014年「柳屋」の会
あの素晴らしい衝撃を2014年は誰と共有するべきか。迷うことなく東京八王子に在住する両親を招待することに決定する。この至福と言ってよい食事体験を、ぜひ彼らにも体験してもらいたい、その一心で、問い合わせると、年もとっていることであるし、暑い時期や寒い時期の移動は何かと体にこたえる、早春のころであれば動きやすい、とのこと。

さっそく、2014年2月16日(日)14時過ぎ、「柳家」さんに予約の電話を入れる。(電話を入れる時間帯は、書き入れ時のお昼は避け、ランチがほどよくフェードアウトする15:00くらいを見計らってかけるくらいがちょうど良い)

最初、2014年5月17日(土)で予約を入れようとしたところ、ご主人から、訪問日をもう1週間遅らせることはできないか、とのご提案がある。付知川(つけちがわ)の天然鮎が解禁になるのが、ちょうど17日の1週間後にあたるため、そこに照準をあわせていただければ、「バリバリの鮎」(ご主人談)をご提供できるとのこと。逆に、提供できるお料理という観点でいうと、5月17日というのは、とっても微妙な時期にあたってしまうんです、と仰る。有無もなくご主人のご提案を受け入れ、訪問の日程を5月17日(土)から5月24日(土)12:30に変更することにする。

かくして、2014年の「柳家」さん訪問が、5月24日(土)12:30に確定する。なんとも喜ばしい限りである。

2014年5月24日(土)9:30、名古屋錦、東京第一ホテル1013号室で、父、母、弟と合流する。本日、実弟は埼玉県比企郡小川町からの参加である。1013号室で合流後、ホテルの一室で漫然と流れるN・ヤンキース戦をみるともなく眺めているうち、出立の時間になる。ホテル前の錦通りでタクシーを捕まえ、名古屋駅正面口に向かう。

給料後の人出の多い名古屋駅構内を抜け、JR本線の改札から、長い階段を上って、名古屋駅JR本線7番ホームに出ると、出発10分前だというのに、もうすでにJR中央本線 快速 瑞浪行がホームに停車している。座席を確保して、小休止しているとほどなく、発車ベルのけたたましい音があたりに鳴り響き、11:02、電車は軽快な疾走音をあたりに響かせながら、岐阜瑞浪駅に向け線路を小気味良く滑走しはじめる。父、母、弟とは、正月以来半年ぶりの再会である。仕事のこと、弟の子供たち(男3人)のことなどを話していると、あっという間に11:51、瑞浪駅に到着する。

瑞浪駅は、いかにも田舎の駅という鄙びた空気が漂う駅だ。「柳家」さんには、このJR中央本線瑞浪駅からタクシーで行く行き方と、明知鉄道恵那駅経由で、明智駅からタクシーで向かう行き方の2通りあるが、「柳家」さんの訪問客のほとんどは、瑞浪駅からの道順を選ぶ方が多いそうである。(前回訪問した際、瑞浪駅のタクシーの運転手さんがそう仰っていた)

改札を出ると、今回もさっそく駅前に停車している1台のタクシーに乗り込む。「柳家」さんの店名を告げるだけで、タクシーは当たり前のようになめらかに駅前ロータリーを滑り出す。タクシー乗車時間は27、8分程度。まず、土岐川の支流、小里川沿いに県道20号線を南下し、大川交差点から県道383号日吉釜戸線に入り、今度はひとしきり東に進路を変えて進む。

しかし、それにしても、今日は心地よいくらいの晴天に恵まれた。車の窓から小里川の向こう側に眺める山野の緑が滴るように目に眩しい。陶郵便局を過ぎて程なく、十字路を右折して路地に入り、数メートル先の突き当りを左折した後、またすぐに右折する。と、いきなりぐっと急勾配の上り坂に足を踏み込む格好になるため、車は瞬時にキックダウンし、ローギアで一気にこの急勾配の上り坂を駆け上がる。12:14、陶町猿爪(すえちょうましづめ)の高台に、岐阜の理想郷「柳家」さんが忽然と姿を現す。

●シャングリ・ラ! "ほどなく道は平らになって霧を抜け、日差しの明るい開けた場所に出た。目の前、一跨ぎと言えるところに、(略)シャングリ・ラが横たわっていた"-『失われた地平線』

タクシーから降り、5月の眩しい日差しの降り注ぐ「柳家」さんのお庭に降りたつと、店内から「柳家」3代目当主山田和孝さんが、にこやかに出迎えてくれる。高台の北側には、瑞浪市から恵那市にかけて広がる美しい山並みを遥かけく臨むことができる。どこまでもどこまでも青い大気の中を、鶯の透き通るような鳴き声が辺りにこだましている。「柳家」さんは古民家風の平屋の一軒家である。大きく開け放たれた入口の引き分け戸を入り、土間で靴を脱ぎ入店する。店内は大小複数の囲炉裏部屋で構成されている。案内された囲炉裏部屋に着座する。部屋に漂う山百合の濃い香りに、一瞬どきりとする。今日の焼き場の担当は、山田和孝さんの弟さんである。

1.蜂(クロスズメバチ)の子の佃煮(ヘボ)
まずは、ルイ・ロデレール (Champagne Louis Roederer)をオーダーして4人で乾杯する。おそらくシャンパーニュの中では熟成期間が抜きん出て長いこのシャンパンの味わいは、"豪華絢爛"という表現が一番ピッタリくるシャンパンである。これを家族と一緒にいただける喜びを噛み締めつつ、蜂(クロスズメバチ)の子の佃煮(ヘボ)を併せて少しつまんでみる。箸先の卵数個を、口中に含むと、舌先にほのかに佃煮の甘味が広がる。食感はパリパリとして実に香ばしい。

2.馬瀬川天然雨子塩焼き
30センチになんなんとする、肉厚で立派な雨子である。内臓を取り出し、適度に塩をまぶしたそれを、10分程度かけて、じっくりと炭火で焼き上げていくのだけれど、徐々に、オレンジ色の斑点が浮かぶ銀色の鱗が香ばしい黄金色(こがねいろ)に焼きあがっていく。縦串を抜いて、お皿に載せて饗されるが、その身は肉厚で滑らか、舌触りが途轍もなくふんわりとしている。そして、3種類の岩塩をブレンドしたという塩の加減がまた絶妙なのだ!焼きを担当していただいている弟さんから、「大ぶりの川魚ですが、頭から行けますよ」とご案内がある。さっそく頭からいってみると、おっしゃるとおり、予想を悠かに超えて柔らかく、頭部、背骨から放たれる雨子の旨みを、余すことなく存分に愉しむことができる。

3.長良川五月鱒造り
サツキマス、サクラマス、雨子、いずれも同じ魚だけれども、この1品はそのお造りである。海で産卵を済ませた後、長良川に遡上してきたもの、とのことであるが、口に含めば、肉厚で噛みごたえのある弾力に満ちていて、一片の生臭さもない。塩焼きの身肉と同様、これもまた、舌触り滑らかなテクスチャを感じ取ることができる色鮮やかな逸品である。

4.付知川(つけちがわ)天然鮎塩焼き
付知川(つけちがわ)は、別名"青川"とも呼ばれる木曽川水系の美しき清流である。弟さんいわく「付知川は、水温が冷たくて美しい水質の川なんです。だから、石に良質のコケがつきやすく、ここの鮎はそれを食(は)んで大きくなるものですから、他の川で育った鮎の追随を許さないくらい美味いんです」とのこと。続けて、「付知川の鮎は先週解禁したばかりなので、まだ身はそんなに大ぶりではないんですが、自分はこの時期のこのくらいの精悍なヤツにどうしても心奪われるものがあるんです」と、銀紙をしいた笊の上に載せられた、8尾の縦串の通った鮎たちを見せてくれる。

さらに、弟さんの"鮎愛"はとまらない。「見てください、この鮎どもの顔ツキ...養殖ものと一番違うのは、この顔ツキなんです。養殖ものは顔が丸いんですが、この、いかにも性格悪そうなコイツらの獰猛な顔ツキこそが、天然物の証なんです」...さらに弟さんの"鮎愛"は冷めやらない。「鮎という魚は、異常に縄張り意識が強くて、他の鮎の侵入に過敏なんです。でも、一方で寂しがり屋の一面も持っているんです。そして、このわがまま度合いこそ、"清流の女王"といわれるゆえんなんです」

8尾の縦串の通った美しい鮎の姿態を眺めながら、「友釣りですか?」とお伺いしてみる。弟さん、クリクリとした瞳を輝かせながら、「はい、そうです!自分はコイツらとの付き合いだけは、どうにもやめられません...」とのこと。

振り回されつつも、振り回したい、そのマゾヒスティックとサディスティックの確執というか、その間の微妙な均衡の奈一点に着地点を模索する、たぎるような、危ういような3代目当主の弟さんの鮎に対する偏愛を肌で感じながら、炭火の前で、脂を吹き上げながら焼き上がろうとしている鮎たちにいやがおうにも期待が高まっていく。

鮎は、串から外して、"蓼酢"とともに饗される。まずは何もつけずに頭からいってみる。その旨みたるや途轍もない。最上級とも言える鮎の肝の苦味=滋味とともに、鮎の身から放たれる予想を超越する肌理の細かい緻密な旨みのさんざめきに舌を巻くことになる。ただ食べさせられているような鈍感な味のたるみなど一切なく、ひと噛みごとに豊かに表情を変えながら口中を愉しませてくる珠玉のような味わいの饗宴に、はからずも涙腺がゆるむ。続けて、"蓼酢"に少しばかり浸していただいてみるが、この鼻腔にかけて突き抜ける涼やかな酸味に、どこまでも青い大気に響き渡る鶯の透徹した鳴き声が脳裏をよぎる。これまで、この鮎は数え切れない人たちに饗されてきただろうけれども、これを饗されて、ああ、なるほど、なるほど、たしかに上質な料理ですね、などと高を括ってあじわった人たちが何人もいたとは信じたくないものだ。

ちなみに、鮎をいただくにあたり、あらかじめニコラ・ペラン、コンドリュー(白)をオーダーしておいたのだけれど、このマリアージュも絶品だったことをここに忘れずに記しておきたいと思う。わたしはコンドリューは今回初めていただいたのだけれども、以前から、"「柳家」の鮎とコンドリューのマリアージュは絶品だ!"というほかのレビュアーの方の口コミを拝見していたものだから、今日は絶対に一緒にいただいてみることに決めていたのだ。

ニコラ・ペラン、コンドリュー。きりりとして美味。鮮烈にして個性的。これが、このワインに対するわたしのファースト・インプレッションだ。そして、遥か遠くに香るのは黒胡椒の香りだろうか...これと天然鮎の相性が悪いはずがない。まさに猛々しき両雄のマリアージュといったところだ。

5.山菜天婦羅(左から、はりぎり、やまうど、もみじがさ、こごみ)
「柳家」の揚げ物は、衣薄く、カリリとしている。はりぎり。濃く深みのある風味といい、歯ざわりといい、天麩羅にもってこいの1品である。やまうど。ともすれば、えぐみが勝ってしまって残念な感じがすることもままあるやまうどなのだけれども、これは絶品だ。食感は大根に近似しているのだけれど、紛れもなくやまうどの存在感を出しつつ、一片のえぐみもない。ほろ苦いこごみの天麩羅の前にもみじがさを挟みつつ、抹茶塩で、これらの飛騨の山菜たちを存分に堪能する。

6.揚げ物(雨子の稚魚、鮎、川海老)
これもまた衣薄く、すべてが素材の旨みを強烈にアピールしてくる逸品である。特に川海老。2尾饗され、手の長いのは牡、手の短いのは牝とご説明をうける。薄い衣の向こうに、海の甲殻類とは明らかに異なる、淡水で育った上品な海老の風味を愉しむ。

7.おひたし(うるい、芹、ぎょうじゃにんにく)、やまうど皮きんぴら
焼き物やら揚げ物の合間合間に饗される、さっぱりとしたおひたしやら、やまうどの皮きんぴらがまた素晴らしい。うるい、芹、ぎょうじゃにんにくとも、鰹出汁と合わさり、口直しに最適である。

おひたしを運ぶのは、焼き場を担当されている弟さんの奥さんの役割となっているようだ。その背中には、去年3月に生まれた赤ちゃん(女の子)をおぶっての登場なのだけれど、しかしでもまぁ、指をくわえた赤ちゃんの可愛らしさといったらない!物珍しげにこちらを眺めながら、ときおりニコリと微笑むのだ。そして奥さんもにこやかにとても感じがよい。

8.仔鹿ヒレ焼き
お肉をスタートするにあたり、迷いつつも、バローロ(Barolo)(赤)をオーダーする。白の余韻を引きずりつつ、ピノノワール100%でタンニンの強いポマール(Pommard)(フランス)でいくかどうか迷ったけれど、ここはガラッと趣向を変えて、イタリア産ネッビオーロ種の重厚な一品で、仔鹿をいただくことにする。色が濃く、しっかりした渋みと、深いこくのある赤ワインである。10%を少し超える、アルコール度数の高めの、非常に重厚な味わいのワインだ。

これと一緒にまずは仔鹿ヒレ焼きをいただく。ハサミで3口ほどに切り分けられたそれをいただくのだけれど、その柔らかさと味わい深さに思わず舌を巻く。そして、バローロと一緒に嚥下した後、口中から鼻腔にずうっと残り続ける子鹿の旨みにうっとりとする。その余韻に浸りながら、瞼の裏に、細勁な描線を辿る様に、いささかの邪気もなく高山を駆け巡る健康な仔鹿の無防備で華奢な肢体が浮かび上がり、涙で視界が潤む。そのイメージに胸をうたれ、深く吐息をついてから、何に向かってかはわからないけれど、ありがとうと理由のない感謝の言葉をつぶやいている自分がいることに気がつく。端的に言って、この仔鹿ヒレ焼きの焼き上がりの艶のなめかしさを涼しい顔で正視しえた人間とは、縁を絶ちたいと思う。

9.仔鹿ロース焼き
どんなお肉をいただくにあたっても、一般に、ヒレ肉は上品で、ロース肉には肉の旨味の詰まった迫力がある、というのが、いわば常識であるけれども、この子鹿の焼き物ばかりは、その通念をいったん括弧に入れていただく必要がある。子鹿のロース肉にはかなり大ぶりの脂身がついているが、一片口中に含むと、その脂はいささかも脂を主張することなく、一気にロースを包み込み、ロースの旨みを引き立てることに余念がないのだ。

10.矢作川天然鰻蒲焼
1年前に伺った時も同様に天然鰻蒲焼が饗されたのだけれど、そのとき、食前、自分は関東の人間なので、いわゆる"蒸らし"が入っていない以西の鰻はどうも...などという思いがよぎったものの、実際に食してみて、そんな東や西やらといった調理の手法の違いを超越するのが天然鰻蒲焼なのだと、その旨さに圧倒された記憶がある。

この鰻はどこをどうとっても素晴らしい!そう、素晴らしすぎるのだ!鰻の皮目は、蒲焼にされることによって鰻とつけタレの甘味のみでキャラメリゼされ、カリカリとした食感をたたえており、その中から、いささかの抵抗もない肉厚の身が一気に口中に溢れ出してくる。京都の山椒との相性も、当然ながら抜群である。この一品もまた、食する間、調理の手法を超越し、山野の産み落とした燦然たる豊饒を歌い上げ続ける逸品である。

しかしでも、この皮と身に凝縮された脂から香り立つ土や泥の匂いがどうにもたまらない。これは当然養殖ものでは感じることのできない風味である。もちろん、人によっては、この風味を好む、好まないという嗜好の別はあるとは思う。しかしでも、わたしにはこの匂いこそが鰻本来の香味であり、鰻を鰻たらしめる所以だと今回味わってさらにその想いを固くする。この焔(ほむら)立つような風味があるからこそ、鰻に山椒を添える意味も始めて納得できるのだ。

11.自然薯ご飯
絹のような喉ごしと山野の豊饒を表現してやまない山の芋の風合い。これだけの分量のお料理をいただいているのにもかかわらず、何杯でもおかわりできてしまう。麦トロご飯という存在がこの世の中にあることにひたすら感謝である。

12.メロン、胡瓜漬
最後はメロンですべてのお料理を終了する。メロンの甘みと付け合せの胡瓜の仄かなしょっぱ味の組み合わせもまた大変結構であった。

●エピローグ
「柳家」さんのジビエ料理は、日本の山川草木の豊饒さの誇らしき讃歌である、と断言して、この一文を締めくくってみたい。

愛国者からは限りなく遠いこのわたくしが、「柳家」さんの"ジビエ料理"を食したときばかりは、我国の山野の豊かさに感動し、この国に生を受けたことにありがとう、と思わずひとりごちるほかない。もし、手垢にまみれまくった"文化"なる言葉をいったん刷新し、慎重に慎重に時間をかけて、この国の"文化"なるものを再定義しようというならば、紛れもなくこの店舗はランナップされなくてはならないと思う。そんな店舗に、2014年5月17日(土)、家族を招き歓談できた喜びに、今震えるような感動を覚えている。

たしかに素晴らしい。しかしでも、「柳家」さんで饗される"ジビエ"料理は、例外という名の緊張をひとに要請するものでは、いささかもない。普段の生活そのままに、あるがままの振る舞いでこのお料理に接するのがもっとも正しいやりかたである。そして、そこに自然の息遣いともいうべき山野の"吐息"を感じていただければ、幸いだ。

紛れもなくいえることは、「柳家」さんに伺えば、確実に"料理を超えたなにものか"との邂逅の劇に立ち会うことになる。とはいえ、それは決してひとを身構えさせたりはせず、緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな時空へと食するものを誘い出し、いかなる魔術も施したりはせずに、あらゆる存在をごくすんなりと武装解除してしまう邂逅の劇なのだ。今一度言おう、山野が洩らす"ため息"といったものを感じたいというなら、ジビエをいただくべく、今すぐ岐阜瑞浪市に駆けつけなくてはならない!

  • 天然のあまごの炭焼き
  • イノシシ肉
  • イノシシ肉

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10位

やまぐち (祇園四条、京都河原町、三条京阪 / イタリアン、イノベーティブ)

4回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥20,000~¥29,999

2018/08訪問 2018/10/11

真夏の夜の夢!...「やまぐち」、やはり夏の夜のやまぐちも素晴らしかった!

京都「やまぐち」の訪問は、これで4度目となる。このレストランの素晴らしい点はたくさんあるけれど、中でもわたしにとっていつも心に刺さってゆるぎないのは、その和の食材の組み合わせの妙である。...牛蒡、柚子、唐辛子、桃、金柑、マンゴー、海老、蟹、鮑、白甘鯛、貝柱...こういった日本の自然が育む素晴らしい食材を、季節に応じて組み合わせ、思いもみなかった味わいの表情をいつも間違いなく堪能させてくれる。それがわたしにとっての「やまぐち」体験の一番の愉しみなのだ!

今回は、夏らしく、桃と無花果使いが素晴らしかった。蟹の香りを桃の優しい味わいが包み込む感じが素晴らしかったし、古典的な和の雰囲気を持った無花果という果物と、トリュフの組み合わせも秀逸であった。
2018年8月18日(土)、素晴らしかった「やまぐち」訪問について書き綴っていきたい。

...真夏の夜の祇園の街は風情がある。東京都心の夜のようなどこもかしこも明るい真昼のようなギラついた感じがなくて、障子越し、あるいは路地の奥まったあたりに点々と仄かに灯る明かりの風情が実に奥ゆかしい。

「やまぐち」さんの暖簾をくぐると、いつものごとく、中庭の見えるカウンター席へのご案内となる。

1.前菜1:鮎
滋賀県の安曇川の天然鮎の素揚げ、バルサミコと実山椒のソースを添えてある。鮎のこのようなソースとの合わせは初めてである。斬新な一品目に期待が膨らむ。

2.前菜2:ジュレ
車海老と、丹波夏ずきんという枝豆、底に夏ずきんで作ったブランマンジェが敷いてある。上からは青柚子がぱらりと振ってある。あまりかき混ぜずにいただく。枝豆を中心としたお料理で、夏らしさを感じる涼味である。素晴らしい。

3.毛蟹と桃を使ったサラダ仕立て
一番下にヨーグルトをベースにしたソースが敷かれ、その上に蟹味噌と合わせたほぐした毛蟹の身、さらにその上に堂々と丸くくりぬいた桃がのって、最後一番上にふんだんにキャビアが載せてある。

桃と蟹の風味がこれほど相性がよいとは驚きである。一番上に配置されたキャビアの塩気もよいアクセントになっている。

4.オーストラリアの冬トリュフと無花果
くりぬいた無花果の果肉とフォアグラのテリーヌと白みそをあわせてクリーム状にして、砂糖をのせてブリュレでパリッと仕上げてある。上からオーストラリアの冬トリュフをスライスしてある。

和の食材とトリュフの合わせが申し分ない。...実は、わたしは「やまぐち」さんは、まだ秋にはお伺いしたことがない。でも、きっと秋には、もう一つ、日本を代表する和の果物、"柿"を使った素晴らしいお料理を饗していただけるのだろう。そう思うと、もう次回の秋の訪問について画策を始めている自分を発見する。

5.冷たいパスタ:トマトソースの冷製パスタ(カッペリーニ)
淡路島の赤雲丹がふんだんにのっている。「やまぐち」さんのパスタは繊細だ。この繊細さ加減がどうにも止められない!

6.温かいパスタ:松茸のリングイネ
酢橘を絞っていただく温かいパスタで、こちらの出来栄えも申し分ない。色気があって、慎ましやかな仕上がりのパスタである。

7.蝦夷鮑のステーキとゆり根
蝦夷鮑と丹波の新物のゆり根、オーストラリアの冬トリュフのスライスがふんだんに添えられている。鮑をゆり根と組み合わせでいただけるというのも、また「やまぐち」さんならではだと思う。ほどけるようなゆり根の和の食感と、力強い鮑の弾力の相性にうっとりとする。

8.牛肉の炭火焼
いつもの牛肉の炭火焼。ゆっくりと火入れして、いやな油っぽさがまったくない。いつものごとくこのシルキーな感じのお肉に感動する。あえて味付けはされていないので塩と山葵、返し醤油とフォンドボーのソースでシンプルにいただく。

9.かき氷
最後は、山口さんが、手動のかき氷器でかき氷を作っていただく。削りたての氷の感じに見入ってしまう。

京都に訪問するときは、いつもどうしてもこのレストランには立ち寄りたくなってしまう。わたしは、イタリアンは大好きだけれど、「やまぐち」さんにお伺いするときばかりは、イタリアンをいただきに行くというモチベーションより、今日はまた、京都の食材を中心に、どんな妙なる食材の組み合わせを味わわせていただけるのだろう、という関心の方が強うように思う。ここは、わたしにとって、入洛のみぎりには、訪問を欠かすことのできないレストランである!

今年の春は、京都を視覚と味覚の両面で愉しみつくそうと、2018年3月31日、午前8時、新横浜駅から東海道新幹線に乗り込む。新幹線の窓越しに降り注ぐ屈託のない春の日差しに、京都訪問の期待がいやがうえにも膨らむ。

京都は春爛漫だ。...円山公園まで足を延ばして眩いぐらいの陽光の降り注ぐ"祇園の枝垂桜"を仰ぎ見て、そして、洛東の"哲学の道"に沿って流れる疎水を覆う桜の楚々とした連なりに心を奪われる。...まぁまずは京都の桜の有名どころを堪能したところで、さぁ、祇園に引き返して「やまぐち」で絶品ランチに舌鼓を打とうというわけだ!


京町屋の暖簾をくぐるとカウンター席にはすでに今日のお連れさまが着座されている。いつも東京でご一緒させていただいている超有名レビュアーさんだ。この方はお酒を飲まれない方だけれど、わたしとのお食事会はもはや慣れたものなので(笑)、失礼してわたしはいつものようにカ・デル・ボスコでスタートさせていただく。

1.エンドウ豆のソースに浸した軽くスモークしたホタルイカ、上から青ネギ、パウダー状のトリュフをふった前菜
思い切り春を感じさせる前菜である。エンドウ豆のソースの下には新玉ねぎのブランマンジェがしのばせてある。冬のこわばりから解放されたのどかな春の言祝ぎを感じさせる逸品だ。まるでモーツアルトの「トルコ行進曲」を聴くような小気味よい陽気さを感じさせるお料理だ。

2.スライスした黒トリュフと宮崎のミニマンゴー
これが「やまぐち」らしい。くりぬいた果肉とフォアグラと白味噌のクリームをキャラメリゼしたもの。そしてその上からトリュフをスライスしてある。

しかしでも、このマンゴーとトリュフの組み合わせが実に面白い。黒トリュフから感じる森林の清々しい香りと、マンゴーの熟れた太陽のような味わいの相性が滅法よいのだ!こういう組み合わせを繰り出すところが「やまぐち」の素晴らしいところである。

3.毛ガニとタケノコのサラダ
塚原のタケノコの上に、毛ガニの足のほぐしみ。そしてその上に毛ガニの身を乗せ、最後にたっぷりのキャビアと木の芽を散らした一品。タケノコが柔らかく一片のササクレもない。木の芽とキャビアの合わせも大変面白かった。

4.パセリの自家製マヨネーズソースと福井のサクラマス(本鱒)のフリット
季節ごとに変わる「やまぐち」さん定番の川魚のフリット。今の時期は、サクラマスである。サクラマスの味わいは優しく、そこにマヨネーズソースで和らげられたパセリのほのかな苦みがアクセントを添える。

春の「やまぐち」は今回が初めてだけれど、やはり時節柄だろうか、全体的に優しく包み込むような安堵感に満ちているような気がする。

5.冷たいパスタ フルーツトマトのソースに駿河湾の赤座海老と冷製のカッペリーニ
「やまぐち」では、いつもパスタは冷たいものと温かいものが饗される。まずは冷たいパスタ。これがよい。フルーツトマトの酸味のあるソースと、パスタの上に散らされたラディッシュ、アマランス、パプリカの相性がよいのだ。...ほのかなラディッシュの苦みと、アマランスから感じるささやかなえぐみが、この酸味のあるソースととても相性がよい。

...「やまぐち」のお料理の素晴らしさを一言で表現すると、わたしのなかでは、"安っぽさがない"という一言に行き当たる。...誤解がないように言い添えておくけれど、それは、高級食材を使っているか、否かという話とはまったく異なる。

いうなれば、それは、よく推敲された文章とそうでない文章の違いはすぐ見分けがつくといった違いと似ている。何度も何度も推敲して、ひとつひとつの言葉の外連味を排した上で、さらに今度は、そうして選ばれた言葉の連なりのバランスを細やかに調整し続けた上で提示された文章というものは、目で追っていて高級感とは違う自然な心地よさを人に与える。...「やまぐち」の仕事は、そういう仕事に似ているのだ。


6.リゾット...エゾアワビを蒸してからソテーしてある、そこに羅臼の生雲丹 からすみかけ放題
そしてこれも定番のリゾット。この料理は、いつも、からすみかけ放題となっているのだけれど、実はわたしは、すこ~しからすみ控えめにして、リゾットの旨みを味わいたいタイプだ。...とはいえ、からすみ満載の丼をみるといつもやり過ぎちゃっている自分を発見するのだけれど(笑)

7.温かいパスタ 和歌山の花山椒 ふかひれをあわせたリングイネ、酢橘をしぼってさっぱりと
温かいパスタ。人肌程度にほのかに火を入れ、花山椒の香りと酢橘でキレイにまとめているのが素晴らしい。

8.牛肉の炭火焼
そして、時間をかけて炭火焼で饗されるこの肉がいい。産地に特段のこだわっているわけではないそうだけれど、この火入れが毎回素晴らしいと思う。

最後は、和歌山の三宝柑 パンナコッタで締めくくって一通りとなる。

「やまぐち」さんはこれで3回目となる。...やはり素晴らし過ぎるので、さっそく次の予約を8月に入れてしまう。

...例えば、本格的にイタリアで修行されてきたお店で素晴らしいと思うところももちろん多々あるのだけれど、一方で「やまぐち」ような、柔らかく美しく繊細なイタリアンも絶対的に捨てがたいと思う。

この悩ましきせめぎあいの議論が自分の中で渦巻くときに、最近、わたしも枯れたのだろうか(笑)、ま、どのタイプが良いとか悪いとか、そういうところに執着するのはなく、いいものはいいと、おおらかに認める環境が食べ歩きの素敵なところではないのだろうか、そんな境地にゆるやかに揺蕩っている自分を見出す(笑)。

自分とは何の関係もないことだとはわかっていても、胸締め付けられるような思いで事態の推移を見守らざるを得ないことがある。...たとえば、初めての訪問で深く心動かされた店舗に2度目に訪問するときなどがそれにあたる。今いただいているお食事は滅法素晴らしいのだけれど、いただいているその瞬間から次の訪問時にそれが裏切られることがないだろうかといった焦燥感だ。

それに似た心の動きを、今年7月の「やまぐち」初訪問で感じた。というわけで、2017年12月2日(土)、11:50、本二階(ほんにかい)の京町屋の暖簾をくぐったときは、うずくような焦燥感に、胸を締め付けられる思いがしたものだ。

クラシカルなカ・デル・ボスコをやりながら、金柑のブリュレの上品な甘味が小気味よく口腔に展開されてもまだ、落ち着きが取り戻せない。次の前菜で、海の幸がグラスジャーに見事に収まりすぎているのがかえって気になり、このバチコの香りの文句のつけようのない素晴らしさがこの後のラインナップに重荷になりはすまいか。そんな思いが心をよぎったことをまず素直に告白しよう。

こんな贅沢な不満がどのあたりで消えたのかはよくわからない。素晴らしい料理店が醸す時間と空間に心地よく浸っている自分を発見したのはいつ頃だろうか。ひょっとすると蕪と白甘鯛から漂う昆布の風味とキャビアのしめやかなマリアージュにほっと胸をなでおろしたあたりかもしれない。...いずれにせよ、蟹素麺の、ハーブと蟹という誰も思いつきそうにないけれど全く外連味のない卓越な食材の組み合わせをいただいたあたりから、料理は、まぎれもなく「やまぐち」的な雰囲気を漂わせ始める...


以下、祇園「やまぐち」での素晴らしいお食事会について詳細に書き綴っていきたい。

1.金柑のブリュレ
金柑の中をくりぬき、金柑の果肉とフォアグラ、白味噌とクリームを詰めてキャラメリゼしてある。皮ごといただける。華やかな甘みの広がりに好感が持てる。

2.可愛らしいグラスジャーに入った冷たい前菜
軽く炙ったバチコ、干し貝柱のお出汁で作ったゼリー、生うに、牡蠣、黄色い人参のムース。申し分なく立派なバチコが、調理前から視界に入る。お料理をいただいていても、海の幸の味わいの中から、バチコの滋味が悩ましく鼻腔に漂う。

3.白甘鯛の焼き物
少し炙った昆布締めにした白甘鯛の上に、昆布で巻いて千枚漬けにした小蕪が3枚載せられ、その上に紫蘇と1年熟成のキャビアが添えられている。これを蕪を一枚ずつ横に置いて、鯛とキャビアを巻いていただく。これが滅法素晴らしかった。まず白甘鯛が絶品。そして蕪と鯛から漂う昆布の風味とキャビアのマリアージュに強かに打ちのめされる。

4.冷製パスタ...蟹素麺
今日の驚愕の一品である。まず、トマトの透明なスープに三輪素麺の手延べパスタ麺が入った器が饗される。三輪伝統の手延べ製法によるこだわりの細パスタだ。これは、通常パスタとして使用されるデュラム小麦粉を使用し、三輪伝統の手延べ製法で作った物だそうだ。

そして、香住の香箱蟹と香草を組み合わせた一皿が饗される。これを蟹素麺と合わせていただく。この一品、蟹と香草を組み合わせが素晴らしかった。しめやかなメス蟹の優しい風味と香草のエッジの立った鮮烈な香りの組み合わせが何とも素晴らしいのだ。麺は細身だけれどコシが凄い。


次の白。カパルツォ レ・グランチェ・ビアンコ。存在感のある力強い白ワインだ。

5.蒸しアワビとリゾット
蒸してからソテーしたエゾアワビとフカヒレと九条ネギのリゾット。ここにこれも「やまぐち」さんお馴染みの、カラスミを存分にかけながらいただく。リゾットが最高に旨い。九条ネギの味わいがしっかりしている。

次のワイン。ボット・ゲイル ゲヴュルツトラミネール レ・ゼレマン。コクがあってしっかりとしている。豊満で厚みがある。
次は日本酒である。レイクス。香りはフルーティー。バランスのよい甘みが口の中で広がる。

6.河豚白子と冬トリュフの温かいパスタ
白子の中で、河豚白子が一番調子が高い!これは贅沢の極みだ。息詰まるような興奮を感じる。

次の肉を見据えての赤。ドメーヌ・アルロー。すごくキレイな赤である。ほれぼれするような果実味に打ちのめされる。

7.牛ヒレ肉の炭火焼き
これを塩と山葵でいただく。火入れが途方もなく素晴らしい。ドメーヌ・アルローとの相性も申し分ない。

ここで、入り番茶をいただく。これがスモーキーで素晴らしい。最後にハーブティをいただいて一通りとなる。...やはりここは素晴らしい。しかし、ここは、いわゆるイタリアンとはまったく触知感が異なるお店である。どちらかというと良質な和食店で過ごしたような食後感を感じる詩的な繊細さを感じる店舗である。速攻で次の予約を入れることにする。次回は桜の時期の訪問だ!
2017年7月1日、京都祇園...祇園祭の初日のこの日、南座あたりから八坂神社に向かう四条通は大変な人ごみである。右手に黒塗りの梁と臙脂の大津壁できりりと引き締まった一力亭の外観を眺め、東山通りを右折してすぐに小路地に入る。...祇園四条の会員制のイタリアン「やまぐち」。本二階(ほんにかい)の京町屋の佇まいが醸しだす古都の空気感が何とも味わい深い...

本日は、超有名レビュアーさんのお誘いを受けての初訪問である。しかしでもこのお店、事前のわたしの想定を遥かに超えて素晴らしかった!とくに食材の組み合わせの妙に新鮮な驚きを覚えた。どのお皿も万華鏡みたいに緻密で繊細な華やぎがあった。お食事中に「どうやってこんな組み合わせを思いつくんですか?」と思わず山口正(やまぐちただし)シェフに素朴な疑問を投げかけてみると、「いつもクックパッドを参考にしているんです」と抜け感たっぷりの返しもすこぶる好感が持てる(笑)

お誘いいただいたレビュアーさんに心から感謝したい!(しばらく4.9という点数をつけることに慎重になっていたけれど、ここは何の躊躇もなく4.9をつけたい)以下、あの素晴らしいお食事体験についてできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

店内は、木製のカウンター6席のこじんまりとした落ち着きのある設えである。本日参加の皆さまと店主山口さんにご挨拶するとほどなくコースがスタートする。

1.一口前菜:白和えにしたピオーネ(黒葡萄)とフォアグラのテリーヌにオーストラリア産黒トリュフをスライスして...
スプーンを使ってよく混ぜて...とご案内がある。"森の黒いダイヤ"と言われる黒トリュフ...白トリュフがプロパンガスの香りであるとすれば、これは、朝まだきの深い森の中の樹木、そしてその樹木を支える新鮮な土を思わせる香りだ。トリュフとフォアグラとの相性はとても良いけれど、中にピオーネの甘みを忍ばせているところがすごく面白い。

2.冷たい前菜:干し貝柱のお出汁のゼリーにキャビア、ジュンサイ、唐津の生うにを沈めた冷たい前菜、底にはトウモロコシのブラン・マンジェ...ゆずの皮で香りをつけて...
一口いただいた途端に口中に広がるゆずの香りがすごい。涼やかな逸品だ。ただ、涼やかといっても決して淡い味わいではなくて、干し貝柱が太いしっかりとした旨味を持っていて、その中をキャビアの塩味、うにの甘みが踊るのだ。

3.温かい前菜:クレープ生地の上に、クリームチーズのソースとマンゴー、炭で焼いた琵琶湖の鰻、素揚げにした牛蒡とトリュフを添えて
ぱたんと畳んでくるくる巻いていただく。これがため息が出るほど旨かった!牛蒡やトリュフから感じる野をイメージさせる落ち着いた香りと、丹念に焼き上げられた天然鰻の焔立つような旨味、真夏の太陽のようなマンゴーのふくよかな甘みが最高のマリアージュを演じたてる。食べ終えるのが惜しくなるくらいの素晴らしい出来栄えであった!

4.冷たいパスタ:駿河湾の赤座エビを使ったカッペリーニ、フルーツトマトのソースで...上にアマランスという赤いハーブを添えて
スプーンでほじりだして味噌までいただく。夏場の定番、冷製カッペリーニ。赤座エビの淡い甘みをフルーツトマトの甘みが覆う。夏には味わっておきたい一品だ。

このパスタをいただいているときにパスタの調理法についてシェフから面白いお話を伺った。普通、パスタを茹でるときには大量の塩を入れて茹でるというのが一般常識になっているけれど、実はパスタは塩を入れないほうが美味しく茹で上がるのだそうだ。塩をたくさん入れて茹でてしまうと、パスタの表面のざらざらに塩が入って麺が伸びてしまうからだそうだ。

5.フリット:琵琶湖の鮎のフリット
まだ梅雨明けではないけれど、立派な鮎である。これをサッと油で揚げて紙にくるんで饗していただく。鮎の苦味が季節感を演じたてる。

6.リゾット:蝦夷鮑のソテーと鷹峯唐辛子(たかがみねとうがらし)のリゾット
鮑は蒸した後にソテーしている。酒蒸しとかではなく、シンプルに蒸し上げているそうだ。以前は酒蒸ししていたそうだけれどアルコールが苦手なお客様のためにシンプルに蒸すという調理法に変えたとのことだ。蒸した後にこれまたシンプルにバターと返し醤油でソテーしているとのことだ。

鷹峯唐辛子は辛みはあるものの味がわからなくなるほどの辛さではなく、しっかりと野菜の味わいを感じることができる。その意味でイタリアのペペロンチーノとは全く異なる和の優しいイメージだ。それにしても、鮑から漂うバターの風味と和の佇まいの唐辛子の仄かな辛みの合わせ技はまさに見事という他言葉が見つからない!和の要素を取り込んだ洋食のお手本だと感じた。和洋の融合の主張が強すぎず、さらりと和の雰囲気を漂わせているあたり実に粋なのだ!

7.温かいパスタ:炭で焼いた鱧と枝豆を合わせたリングイネ、まずは酢橘を絞ってから、からすみを好きなだけかけて...
鱧。これも今が時期だ。鰻や穴子に比べて脂が少なく実に上品だ。炭火で焼くことによって、温もりから立ち上る鱧特有の風味が強調されている。からすみは好きなだけかけられる。からすみの緻密な滑らかさを味わうほどに、馥郁とした太陽の陽光が鼻腔を漂うようだ。

8.肉料理:熟成のひれ肉の炭火焼き、あえて味付けはしていないので塩と山葵、返し醤油とフォンドボーのソースでシンプルに...
塊のまま長い時間をかけて炭火焼きにしている。これが、ものすごく柔らかい。今日の「やまぐち」さんでは、その食材の組み合わせに舌を巻いたけれど、こういう実にシンプルな料理も素晴らしいものがある。本物だ。

炒り豆茶。味はマイルドで殆ど癖はないけれど、香りは上品な中に仄かにスモーキーさが漂って極めて印象的だ。

9.お菓子:新生姜の葛焼き、きなこと黒蜜で...
最後に新生姜の風味が強く漂う葛焼きで一通りとなる。素晴らしいの一言である。ここは、ここに来るためだけに京都旅行を企てるだけの価値のあるイタリアンである。さっそく次回の予約を入れる。次回は12月に再訪だ!

  • 毛蟹と桃を使ったサラダ仕立て
  • 滋賀県の安曇川の天然鮎の素揚げ、バルサミコと実山椒のソース添え
  • 松茸のリングイネ

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