紅茶に浸したマドレーヌさんのマイ★ベストレストラン 2016

紅茶に浸したマドレーヌのレストランガイド

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マイ★ベストレストラン

レビュアーの皆様一人ひとりが対象期間に訪れ心に残ったレストランを、
1位から10位までランキング付けした「マイ★ベストレストラン」を公開中!

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~2016年、マドレーヌのレストランめぐり振り返り~

1位:岐阜県瑞浪の「柳家」さん
実は、わたしの食べ歩きの原点はこの「柳家」さんにあります。ただ、東京在住のわたしにとって、岐阜県瑞浪という場所はやはり遠方のイメージが強く、おととし(2015年)は図らずも訪問の機会を逸してしまいました。でも、2016年は、夏と冬と2度の訪問を果たすことができました。...しかしでも、美味だとか、かぐわしいとか、美しいとか、そうした言葉さえ意味を失いかねない料理をなんと形容したらよいのでしょうか...さしあたって日本の山川草木が洩らす"ため息"とでもいっておきましょうか。そう、3時間くらいの優雅なお食事で、山野が洩らす"ため息"といったものを感じたいなら、ジビエをいただくべく、今すぐ岐阜瑞浪市に駆けつけなくてはなりません!

2位:水天宮の「日本橋蛎殻町 すぎた」さん
2016年、「都寿司」さんから想い焦がれた「すぎた」さんの初訪を果たしました。ここの鮨はとにかく衝撃的でした。まず、大将の所作が何とも素晴らしい。一分の無駄もない握りの所作からは、流れるようなリズム感を感じ取ることができて、食べ手に一種の快感を与える効果があります。また、「すぎた」さんのシャリは別格です。酢が立ちすぎておらず、品がよく甘みと酢のバランスが何とも絶妙なのです。シャリにお水と酒粕と甘酢を、精妙なさじ加減でブレンドした感じです。お鮨を食べ歩いた中で、わたしはここシャリが一番好きかもしれません。

3位:赤坂の「詠月」さん
大好きな和食屋さんです。「と村」さんや「松川」さんみたいに高級食材で圧倒してくる感じではありませんけれど、それらのお店に劣らぬくらい素晴らしいです。京都山利商店の白味噌を使ったお雑煮絶品です!また、ぐじの若狭焼きにはご主人の料理人としての腕の確かさを感じ取れる逸品です。香ばしく焼き上げられた鱗、中から現れる身のホクホク感はたまりません!是非ご賞味あれ!

4位:千葉道場(どうじょう)の「寿司栄」さん
やはり「寿司栄」さんは素晴らしい。3年ほど通って何度かレビューを更新しているけれど、レビュータイトル「きっと寿司屋という存在は、この寿司屋とともに始めてこの地上に生まれ落ちたに違いない」を変更する気に全くなれません!そのタイトルがいささかの誇張もこもっていないことを毎回痛感させられるからです。「寿司栄」さんの強みは何と言っても、仲買を通さず、北陸の漁師さんから直引ききしているところです。北陸の海の幸を存分に堪能したいなら、ここを置いて他にはないとさえ断言できます!

5位:目黒の「鳥しき」さん
NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されて、さらに予約困難になった感のある目黒「鳥しき」さん。2016年は、この人気店への初訪がかなった年でもありました。いや、しかしでも、ここはやはり凄かったです!とくに、手羽先の出来栄えが群を抜いていました。気合の入った火入れで仕立て上げられたこの一串、骨をはがすと湯気が立ち上ります!骨周りの肉のプリプリの食感と鳥の深い味わいには舌を巻くほかありませんでした。皮・肉・脂が渾然と融合し、脂と甘さのバランスが申し分ありません。ここは、予約を取り続けて通い続けたい焼き鳥店です。

6位:恵比寿の「ペレグリーノ」さん
パルマハム職人、多田昌豊さんのごく繊細な味わいのプロシュート"ペルシュウ"が味わえる希少なイタリアンです。白トリュフのタリオリーニも絶品でした!また今年も、白トリュフの湿り気を帯びたプロパンガスのような悩ましき香りに打ちのめされました。コチラ、2016年もわたしにとってのイタリアンNo.1です!

7位:阿佐ヶ谷の「SATOブリアン」さん
誰がなんといおうと、ここは最高!出てくるひとつひとつのお肉が絶品です。その中でも"つまんでご卵(らん)"を絡めていただくヒレスキは、ため息が出るほどの美味しさです!シャトーブリアンを使ったブリ飯も絶品です!こちらはわたしにとって間違いなく焼き肉No.1のお店です!

8位:神谷町の「SUGALABO」さん
別に意識的にそうしたわけではないのだけれど、2016年はフレンチレストラン訪問率の低い1年となりました。でも、その中でも燦然と輝いていたのが、「SUGALABO」さんです。お肉もお魚もどれも素晴らしかったけれど、印象に残っているのが、〆のカレーです。これが、今までいただいたことがないくらいに素晴らしい出来栄えのカレーでした!

9位:赤羽橋の「東麻布天本」さん
美味しいお鮨屋さんは数多くあるけれど、魚の香りを感じさせるくれるお鮨屋さんというのはなかなかないものです。「東麻布天本」さんのお鮨は、噛むほどに口中に魚の<香気>を感じ取れる稀少なお鮨屋さんです。天本 正通(あまもと まさみち)さんの目利きの確かさ、直引きへのこだわりは瞠目に値します!こちらもわたしにとって、大切な大切なお店のひとつです。

10位:都立大学の「わさ」さん
お食事の間、とめどなく続く香辛料の華やかなさざめきにうっとりとします。甘味と辛味に、華やかな香辛料の香りをまとわせて、一連の料理の組み立てに巧みなに抑揚をつける山下シェフのヌーヴェル・キュイジーヌ・シノワーズは絶品です。その味調の起伏がもたらす調子の高さに、思わず「上手い!」と唸ってしまうこと必定です!

マイ★ベストレストラン

1位

柳家 (瑞浪市その他 / 郷土料理、日本料理、海鮮)

5回

  • 夜の点数: 5.0

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0 ]
  • 昼の点数: 5.0

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 ¥15,000~¥19,999

2018/05訪問 2018/05/19

めくるめくジビエの魅力に身を焦して 第8弾!...「柳屋」、感性の抑制などそっくり放棄して、この目の前の悦びをまるごと受け入れようではないか!

食べ歩きに目が眩んでもう何年にもなるけれど、わたしにとってその原点になったのが、ほかならぬこの「柳屋」さんである。最初に訪問したのは、8月第1週の1番鮎がよい時期で、20代の若い子たちを伴って4名でお伺いした。あの日、陶町猿爪(ましずめ)の高台に降り立ち、快晴の真夏の澄み切った空気を肺一杯に吸い込んだときに感じた胸の高鳴りは、いまだに忘れられない。

そのときいただいた天然鮎は見事なばかりであったけれど、しかしあの日、なんといっても忘れられない思い出となったのは、その鮎を頬張りながら、囲炉裏を囲む連れの彼女彼らの表情に浮かび上がるこぼれるような上機嫌な笑顔であった。

かれらの口元から漏れる深いため息にも似た吐息が、それぞれの舌の震えをどんな饒舌もおよぶまい簡潔さで雄弁に物語っていたことが思い出される。それはひたすら感動的な映像としてわたしの記憶に刻まれている。そして、わたしの食べ歩きは、あの数時間の体験から始まったようなものである。


2018年4月21日(土)17:40。今回の柳家さん春の山菜の会は、参加者が12名と、かなりの大所帯の会となった。みなさん素晴らしい食通の方たちばかりである。いつものようにJR瑞浪駅で落ち合って、30分かけて「柳屋」へと向かう。この30分がいつもあっという間に過ぎ去るから不思議だ。

「柳屋」さんに到着して、大きな囲炉裏部屋へ入ると、立派な天然あまごが串に刺されてぱちぱちと爆ぜている。あまごは17:35くらいから、40分くらいかけてじっくりと焼き上げるそうで、部屋に入った途端、まさにここしかないという食べごろのあまごの刺激的なアピアランスに思わず感嘆の声が漏れる。

本日の焼き担当は、弟の剛之さんである。また、いつものようにお料理に合わせて、ワインを見繕っていただく。

1.天然のあまごの炭焼き
まず、先陣を切るのは、じっくり焼き上げた天然あまご。剛之さんの鮎釣りの師匠が釣ったあまごだそうだ。これは、頭から行くが、なんとも身質が柔らかく上品だ。鱒科の魚は、鮎などと比べ骨が柔らかい。

2.九頭竜川のサクラマスのお造り(70cmくらい)
河口で釣ったもの。上流に行けば行くほどおいしくなくなるのだそうだ。上流のものは産卵で身が痩せているとのことだ。これをいただくと、「柳屋」さんに訪問した、という感覚になる。

3.山菜の天ぷら
(左から)たらのめ、たら、こごみ、やまうど、やまぶきの葉の並びである。「柳屋」さんでは、山菜を市場から仕入れるようなことはない。山野に自生したものを摘み取り饗される。たらのめがなんとも素晴らしい。切土や盛土により作られる人工的な法面(のりめん)に自生するたらのめが、一番良いそうで、しかも、「一番目の芽(新芽)はとっていいけど、脇芽はとっちゃいけない」というルールがあるそうだ。これが白ワインとよく合う。

4.大ぶりな鳥
この時期が最後だそうだ。わたしは、これの脳みそがたまらなく好きである。身も脂ののり具合がよい。脂肪という鎧をまとっている感覚である。ここで赤をあわせる。

5.ふきのとうの天ぷら
さらに蕗のとうの天麩羅をいただく。

"春の皿には苦味を盛れ"

この格言通り、これは春の膳に欠かせない逸品である。

6.鹿のヒレ
わたしは、「柳屋」さんでいただくこの鹿のヒレに目がない。赤身の美しさが実に軽やかで、一片のいやらしさもない。

7.尾長鴨
今日はここで、鴨が饗される。張りきった筋肉に凝縮される鴨の旨みにやられてしまう。

8.イノシシ肉
ひょっとすると、この時期ウリ坊かとも思ったけれど、イノシシ。野趣あふれる味わいが大好きだ。

9.お鍋
春の山菜、行者ニンニク、しめじ、ごぼう、こんにゃく、わらびのお鍋。春の「柳屋」さんは総じて優しい。それを締めくくるにふさわしいお鍋のやさしさに癒される。

「柳屋」さんというと、真夏の鮎の時期であったり、秋口の落ち鮎と、鹿、イノシシ、熊系のジビエの醍醐味でうならせるイメージがあるけれど、どうしてどうして、春はまた違った優し気な佇まいに癒された。ぜひ、この時期の「柳屋」さんにも足を運ばれることをお勧めしたい!

一度見たら忘れられない精悍な顔。...鮎には、紛れもなく"よい顔"というものがあると思う。...生命の躍動感そのままを切り取ったような顔。...そして、さらに背中にかけて、友釣りの掛針が猛々しく刻まれた傷跡などを目の当たりにすると、その命がけの生命の躍動に胸が熱くなる。

2017年11月26日(日)。「柳屋」さん10人の会は、またしても素晴らしい会となった。この日は特に、お肉も絶品であった!以下この日の素晴らしい献立について書き綴っていきたい。瑞浪駅11:30。本日のメンバーと落ち合う。わたしは、これで柳屋さんは7回目となるが、柳屋さんにお伺いした日で雨天であったためしがない。本日も空はキレイに澄み上がっている。

30分乗車の後、岐阜県瑞浪市猿爪(ましづめ)の柳屋さんに到着する。店内に入り、今日の囲炉裏部屋に入ると、すでに鮎がぱちぱちと音を立てながら焼き上げられている。その大きさに思わず息を呑む。この時期は子持ち鮎の最高の時期であるけれど、腹にはちきれんばかりの卵を抱えている。

まずは、シャンパンで乾杯する。ボーモン・デ・クレイエール グランド・レゼルヴァ ブリュット。泡立ちがきめ細やかで柑橘系の味わい。こいつで長旅の乾いた喉を潤すのは、最良のやり方だ。

1.馬瀬川の子持ち鮎
ダムがあるため、馬瀬川は天然遡上がない。琵琶湖の稚鮎が大きく育ったものだ。その巨体に狼狽(うろた)えながら、少しずついただいてみる。身肉(みしし)のほとんどが卵といっても過言ではない。感情を内に秘めたようなたわわな卵塊に咽(むせり)ながら、深い感動を噛みしめる。この時期の鮎は身というより、この卵をこそ愉しむ時期なのだと得心する。

2.落ち鮎の網にかかったサツキマス
この時期でも、落ち鮎の網にかかるサツキマスはいただいてもよいそうだ。このサツキマスのお造りをいただくと、「柳屋」さんに来たと実感が湧いてくる。

次の白は、ポッジョ アッレ ガッツェ テヌータ デル オルネッライア。上品な果実味、さらに心地よい爽やかさを感じさせる見事なバランスにすっかり気分が良くなる。

3.野鳥の焼き物
これが素晴らしかった。この野鳥は、今の時期が一番うまいと思う。鮮度が良いので、軽めの焼きにしてあるとのことであるが、何とも脳みそが緻密で繊細で旨いのだ。もうしばらくすると、地上に降りて毛虫などを食べだすのだけれど、今の時期は木の上で木の実ばかりをついばんでいると聞いたことがある。やはりこの時期のものは身質がキレイな気がする。

次の赤。ペルナン・ヴェルジュレス。赤は濃いルビー色で深い赤紫。肉付きが良くてコクがあるけれど、バランスが素晴らしい。

4.子猪のロース
じっくりと焼き上げた後、八丁味噌、生姜のしぼり汁、土佐醤油で作ったタレにくぐらせて饗される。猪は豚に近いのでマスタードを添えていただく。これが良かった。分厚い脂を噛みしめると、肉の旨味が豊かに口中にあふれ出す。

5.ツキノワグマ
焼き場に漂う香りが素晴らしい。これは、赤身に力がある。安曇野の本わさびでいただくけれど、しっかりと鉄分が感じ取れる。

6.鹿のロース
背肉。少しバラの部分を使っている。やはり鹿は旨い。いささかもササクレがなく、純粋で心洗われるような香りと旨味に言葉を失う。

ここで、最高の赤、[b:シャトー・デ・ジャック ムーラン・ア・ヴァン。
ムーラン・ナ・ヴァンはクリュ・ボージョレの中でボージョレの王様だ。深みのあるアロマとコクに打ちのめされる。

7.猪鍋
平成21年(2009年)仕込みのお味噌の鍋。猪鍋には、ふんだんに野菜が入っている。...ごぼう、春菊、ネギ、こんにゃく、大根、カブ、えのき、しめじ、里芋、お豆腐。東濃の田舎料理。こころが温まる。

8.自然薯ご飯
最後に自然薯ご飯で一通りとなる。今回も力の限りを尽くした素晴らしいおもてなしであった。本当に本当に柳屋さんには感謝である。これだから、ここは伺うたびに再訪を誓うことになる。次は、4月初旬、春の柳屋だ!
放ったオトリと野鮎が清流の中で織り成す香魚の舞。...透明な円柱にでも絡みつくみたいに素早く泳ぎ回り、ひたすら回転して相手を縄張りから追い出す鮎の習性。...扇子も花吹雪もない、自然の中で織り成される女王の舞。仲間同志でじゃれあっているようなその光景は、微笑ましくもあるけれど、実は鮎たちにしてみれば、とるかとられるかの命をかけたテリトリーの奪い合い...

それらの気高き野鮎たちの中から、さらに風格がとびぬけた野鮎たちが選りすぐられ、今パチリパチリと目の前の立派な囲炉裏の中で爆(は)ぜている...なんとも壮観な光景だ。その光景を目の当たりにして唖然としていると、すっと剛之さんが寄っていらっしゃって「マドさん、コイツら、〇〇匹に数匹しかいない最強鮎ですよ」と、コソっと耳打ちしてくれる!その比率に愕然とする。なんて素晴らしいだろう!...和孝さん、剛之さん、本当にありがとう!

本日は、6名の鮎の会である。この囲炉裏の光景にみなさん一様に嘆息が漏れる!皆さんがそろったタイミングできっちり焼きあがるようにきちんと計算されているのは、いつもの柳屋さんの光景だ。

1.馬瀬川の鮎の塩焼き
最強の鮎をご用意いただく。釣れた鮎は、まず漁業組合で5段階に仕訳されるそうだ。今日のはその2番目の"大"。80g~100gのものだそうだ。この時期にこの大きさ、凄い!和孝さん曰く、「ちょっと裏技がありまして釣ったその日には締めないんです。鮎は苔を目いっぱい食べているので、苔の生臭いにおいがするのがやなので、一晩山水に飼ってもらって、お腹のものをきれいにだしてから調理しているんです」とのことだ。"山水に飼ってもらって"という表現が何とも素敵だ。

頭からいただいてみるけれど、口の中で旨味と苦みの粒子が織り成す緻密な味わいの輪舞(ロンド)に、いつものようにのっけからやられてしまう。これに合わせていただくのは、E. ギガル コンドリュー。コンドリューの華やかな香りが、香魚の旨味を引き立たせる!

2.サツキマスのお造り
これも柳屋さんでは欠かせない逸品だ。舌にまとわりつくようなメランコリックな佇まいに独特の存在感を感じる。

3.信州産の松茸
これもいつもよりすごく良いものを出していただいている。まずいつもより、ぐんと大振りの松茸だ!これを生姜だまりでいただくののだけれど、口の中でシャリシャリと裂ける小気味よいテクスチャと、あの秋の松茸の豪奢なまでの香りを放つ前の、生硬な若々しさにひたすら好感が持てる。

2013年の少し熟成感のあるムルソー。ブルゴーニュ。

4.夏野菜の天ぷらの盛り合わせ...(左から)オクラ、ヤングコーン、こなす、(こなすの下)やまうど、もろこいんげん、みょうが、花ズッキーニ
夏野菜の天ぷらだ。柳屋さんの天ぷらは衣薄く、カリッと揚げあげられているのが特徴だ。ムルソーの透徹感、ミネラル感のお供に最強だ。

5.天然鮎の開き
和孝さん曰く、「1晩飼ったものを3%(海水くらい)の食塩水に1時間くらいつけて、天日に干す。それから仕上がる瞬間に麦焼酎、自家製の土佐醤油を加えたものを霧吹いて香りをつけて、最後に干して仕上げたもの」だそうだ。鮎の干物は実に品性がある。あえてあの旨い鮎の苦みを取り除き、身肉(みしし)の旨味を最大限に味わってもらう想いが伝わる一品だ。

干物というと酒飲みの目のないところだけれど、これは酒のアテというにはちょっともったいない上品さを備えた逸品であった。

ここで和孝さんから"古参鮎"について教えていただく。

「わたしは鮎をパッと見ただけで、鱗の目の粗さとかで"古参"のものなのか"海産系"のものなのかすぐわかるんです。実は、淡水で育った鮎の放流にはルールがあるんです。今日、最初の塩焼きは馬瀬川で獲れたものです。馬瀬川は木曽川の水系なのでダムがあります。...ダムがある、つまり天然遡上がない。なので琵琶湖の淡水で生きてしかいない稚鮎を放流してもよいというルールがあるんです。これに対して、長良川は天然遡上といって海から上ってくるものがある。これが理由で長良川水系には琵琶湖の淡水で育った古参鮎をいれちゃいけないというルールがあるんです。要は生きていけないんですね」

「海から上がってきたものはヒレが大きくて細い。これに対して琵琶湖の鮎は、簡単に言うと水溜まりの中に生きているので、そんなに強い流れがないので、どちらかというと丸みを帯びた魚体になって、そんなに泳ぐ必要がない。必然、天然遡上の川で獲れた鮎よりも、"古参鮎"の方が、荒々しさがなくてまろやかで奥行きのある鮎に仕上がるんですね」


6.鮎、さくらます、ながなす、ズッキーニを和風タルタルソースで...
鮎を今度は揚げ物で愉しませてくれる。これもいいなぁ。焼きと干しと揚げ、清流の女王をあらゆる角度からやっつける!

7.鮎の丸干し
これは、生きた鮎を塩水の中で1時間ほど泳がせて、氷をたくさん入れて一晩干したものになる。内臓も入っていて味が凝縮している。これは長良川のものとのことだ。瞳を閉じて味わうと、遠くに西瓜...瓜の甘みを感じる。

8.尾長鴨(今日は海鴨ではなく、淡水系)の串焼き
この時期に鴨とは恐れ入った!「いいものを取っておきましたよ!」とのお言葉に本当に感謝だ!

9.有害駆除の小鹿ロースの串焼き
冬場の脂がしっかりのったものもよいけれど、このくらい若いのもわたしは捨てがたい。熟成とは縁遠い、若々しくて生硬な躍動感を感じるのだ。

ここで剛之さんから、本日目玉の赤ワインのご説明がある。...聞き耳を立ててみよう!

「今日ご用意したこの赤、ボジョレーヌーヴォーと同じ村で作られているシャトー・デ・ジャックという作り手ですね、...ムーラン・ア・ヴァンというGamay(ガメイ)という品種から作られた一品です。1997年、20年前のものです。ガメイで長期熟成させるってすごく難しいんですが、それを成しえた稀少な一品です。これに使われているガメイは、ムーラン・ア・ヴァンの中でもシャン・ド・クールという限定された畑で作られた葡萄になります。この逸品、今年日本に48本入ってきていますが、ルイ・ジャド社がうちにしか卸してないないんです。うちも残り2本となっていますが、1本こちらのお部屋に、もう1本はお隣のお部屋に...」と何とも素晴らしいご案内だ。


この1本、本日の会の女性の方に滅法評判が良かった!さっそくいただいてみるが、ボジョレーヌーヴォーというと、甘さ程よく、飲みやすい若々しい味わいのイメージがあるけれど、これは全く佇まいが異なる。凝縮感とストラクチャーがあるけれど、つうっと透明感のある華やかな美しさを感じるワインだ。外連味がなくて、ガメイ特有ともいえるキャンディ香を感じさせない。「みなさんが今後、飲んでいただける機会はあまりない逸品だと思います」との剛之さんのご案内にホントにホントに感謝である!

10.長良川の天然鰻の蒲焼きと白焼き
井戸水で1週間から10日飼って、体内を浄化させた後に調理してある。一口タレご飯が添えられて饗される。蒸らしはなし。焼き一本が旨い。この焔立つような天然鰻の強い旨味を味わうなら、焼きに限る!シャトー・デ・ジャックとの相性は文句ない。どちらがどちらを凌駕することなく、相手に言祝ぎを贈りつづける慎ましやかなハーモニーに、思わず「ありがとう」とひとりごちてしまう...

11.鮎と松茸の雑炊
鮎と松茸の雑炊。このやさしさに今日の会のみなさん、思わず黙りこくる...そして、さくらんぼで一通りとなる。

いつもいつも柳屋さんは感動的だけれど、今回のおもてなしには本当に感動した!ただ、それはわたしたちに限ったことでなく、柳屋さんは本当に本当にすべてのお客さんを大事にされるプロ中のプロであることを実感した一夜であった!即座に次の会の予約を入れる。次回は、落ち鮎と熊の会だ!今から愉しみ~♪
岐阜県瑞浪市猿爪(ましづめ)「柳家」。山野が育んだ芳醇そのものの迫力を堪能したいなら、いますぐこの日本屈指の郷土料理の名店に駆けつけよう!そこには、美味だとか、かぐわしいとか、美しいとか、そうした言葉すら意味を失いかねない、日本の山川草木が洩らした"ため息"とでもいうべき豊かな息遣いが間違いなく存在する。

この桃源郷には、料理人の技術を衒(てら)うような、賢しらな調理技巧など見当らない。「柳屋」さんで饗されるジビエ料理の数々は、ただただひたすら無警戒にそこにあるだけだ。その味わいは、一瞬ごとに無防備な輝きをまとって煌(きら)めいている。

それは、ひとを身構えさせるような緊張感とは程遠いものだ。そこでひとが触れるのは、緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな肌触りとでもいうべきものである。われわれは、無駄な抵抗を早々に放棄して、その誘いにそっくり身をあずけ、瞳を閉じて吐息を漏らすように、そこで饗されるお料理たちを全身で受け止めればそれだけで充分なのである。

...それらの無垢なまでの料理たちを前にすれば、「調理技巧」やら「飾り包丁」などという言葉のはしたなさに、たじろぎを覚えるに違いない。以下、またしても感動的だった「柳家」さんの会について詳細に書き綴っていきたい!


2017年3月25日(土)。本日は「柳家」さんで、待ちに待った鴨尽くしの会である!...しかしでも、3月25日に"鴨"とは、少しばかり時期を通り過ぎた感がしないでもない。と、即座にそれについて「柳家」ご主人、山田和孝さんがこう教えてくださる。

「実は、今年は、佐賀県に限って4月30日まで鴨猟を延長したんです。今年は有明海で海鴨の海苔網の被害が多発しまして、海苔の生産量がとても悪かったんです。ですので、今年に限り佐賀県は、4月30日まで鴨の猟期を延ばしたんです。で、本日は3日前に網獲りで獲れたばかりの最高のものが入りました!」

とのことである。なんとも嬉しい限りだ!本日は名古屋のレビュアーさんと東京のレビュアーさんの混成チームである。始めてご一緒させていただく方もいらっしゃったけれど、みなさん、素晴らしい方たちで、この夜の晩餐会は最高のものとなった!さっそくご主人の和さんから本日のお料理のご案内がある。

「本日は、まず鴨は、緋鳥鴨(ひどりがも)の首の皮を使ったネギまをご用意しまして、続いて砂肝、心臓、肝臓と続きます。非常にフレッシュな鴨が佐賀県から入手できましたので生に近いものをお出しできます。続いて、焼き物に、緋鳥鴨(ひどりがも)と葦鴨(よしがも)と続きまして、鍋は青首の鴨鍋になります。最後は自然薯ご飯でしめる形になります。それ以外にも、時期ものの野鳥、仔鹿のロース、害獣駆除で獲れた子猪のご用意となります」

いや!なんとも盛りだくさんでこんなに嬉しいことはない!さっそくローランペリエで乾杯し、本日のお料理をスタートしていただく。

1.時期ものの鳥たち
突出しの岐阜県産の大根とヘボをいただいていると、最初の鳥の焼き物が登場する。りんごの実を啄(ついば)んだ小鳥たちが本日の一品目である。12月にいただいたときより、気のせいか優しくマイルドさが加わったような感じがする...

2.緋鳥鴨(ひどりがも)の首の皮を使ったネギま
鴨がねぎを背負ってやってきた!首の皮は、迫力でどんと圧倒するというより実に上品な脂で覆われている。海苔棚でずっと悪さをしていた鴨だけに、心もち海の香りがするような気がしないでもない。

「うちでは、本来、海鴨を使わないんですね。通常は、養老・木曽三川(きそみかわ)公園近辺の川鴨を使うんですけどね、せっかくなので本日は有明海の友人に頼んで送ってもらいました」とのことだ。上品な鴨の脂が秀逸な一品である。

3.緋鳥鴨(ひどりがも)のロースとささみ
ここで、ムルソー(白)をいただきながら、ロースとささみをいただく。これが鴨の概念を覆すほどに旨かった!脂も良質ながら、しっかりとした鴨肉の主張もある。鶏とは明らかに異なって、鴨独特の鉄分を感じさせる血潮の風合いが何とも素晴らしい!

4.砂肝
砂肝の噛みごたえがなんとも心地よい。フレッシュな鴨であることが伝わってくる弾力感だ。

5.緋鳥鴨(ひどりがも)の心臓(ハツ)と肝臓(レバー)
肝臓の方はあまり火を通しすぎないでしっとり感を出す焼き加減である。近火で焼かれていて、苦味があるけれどレバー臭はない。2時間くらい、海水(3%)くらいの塩水とお酒で全浸透圧で血を向いたそうである。本当はもっと倍くらいつけるともっと血が抜けて優しい味になるそうだ。これと、ブルゴーニュの赤をあわせていただく。

6.馬瀬村の子猪のロース
猪は、豚に近いので、鴨や仔鹿よりいささか強火を通して仕上げてある。子猪とはいっても少しも水っぽさはない。噛んで肉の旨味を感じる逸品だ。「うちは調理法は極力シンプルに抑えて、素材の良さを引き出します。素材が良くないとこの味はお客様に提供にだせません。いい状態のジビエのよさをいかに焼きという技術だけで引き出すかがポイントだと思っています」とのことだ。

なんとも「柳家」さんらしい、素晴らしいスタンスである。こんな言葉を耳にすると、いわゆるプロのテクニックとかいうやつで素材をいじり倒し、素材そのものの良さに味を足しこんだものなど、断じてプロの調理ではないと、ここに清々しく声高に言い切って見せたくなるくらいだ!

7.馬瀬村の仔鹿のロース
柚子胡椒で。仔鹿は夏場も饗されるが、この時期の脂をよりまとったものの方がわたしは好みだ。今回も脂身が赤身の旨味を十二分に引き立てている。

また、「柳家」さん秘伝のタレも素晴らしい。継ぎ足しのタレ。かつおの出汁の効いた土佐醤油と生姜の絞り汁がベースとなっており、甘いものは入れていないとのことだ。「あくまでこじゃれた料理をだすのではなく、ただ岐阜の東濃地方の昔からの郷土料理を残していこうというのが当店のコンセプトになります。若干お飲み物にあわせて調味料を変えていくことはありますが、基本は昔ながらの生姜だまりです。今風のものをだすことはありません」とのことである。

8.しっかりと脂がのった小鴨の半身
今日のお肉たちは鴨にしても、仔鹿にしても、子猪にしてもどれもしっかりと脂がのっており、同じタレでもそれぞれ肉の味わいが感じ取れるのが嬉しい。小鴨は安曇野の本わさびでいただく。

ここで笊に入れた本日の鴨たち(緋鳥鴨、葦鴨のオスメス、網取りの鴨ちゃんたち)を見せていただく...美しい。

9.鴨とこんにゃく、大根、まいたけ、しめじ、えのき、おネギとセリのお鍋
この時期に最高のお鍋だ。ここで、焼き場の担当が、わたしが大好きなブルゴーニュ好きの弟さんにバトンタッチとなる!彼の元気いっぱいで真っ直ぐで嫌味がない性格が、わたしは何とも好きなのだ!本日も、このあと、弟さんが愛してやまないブルゴーニュ・ワインで、最後のこの山の幸がふんだんにもられたお鍋を愉しむ♪

最後にシメの山かけご飯で一通りとなる。今回もまたまた素晴らしく愉しい会であった!次回もまたこの感動を味わうため、早速に鮎の時期に同じメンバーで予約を入れてしまう!次回は、最も鮎がよい梅雨明けの会となる。

みなさん、今回はありがとうございました!次回もまたよろしくお願いしますね~♪
2016年12月18日(土)は、波乱含みの幕開けとなった。浜松のJR東海浜松工場で見つかった不発弾移送のため、浜松市が、18日午前8時から2時間、移送経路周辺住民に避難勧告を出したのだ。そして、悪いことに東海道新幹線もまたその交通規制区域内に入っていたため、運転が不発弾移送に伴い一時見合わせとなり、上下線28本で最大41分遅れるという事態となった。

本日の「柳屋」行きメンバーが乗り込んだのが、8:40東京発、東海道山陽新幹線 のぞみ211 新大阪行きだから、この不慮の事態の真っ只中に放り込まれる結果となってしまった。それでも、品川駅に止まり続ける車内の中で、頻繁に「柳屋」さんと電話で連絡を取りつつ状況をお伝えしながら、名古屋についたのが、予定より30分遅れの10:50。中央線に揺られて瑞浪駅についたのが11:50。

瑞浪駅というのは、普段人気(ひとけ)のそれほど多くない閑散とした駅なのだけれど、今日はたまたまイベントがあるということで、どこから湧いて出たかと思うくらいの人出でごった返している...新幹線運転見合わせに引き続いてのハプニングである!当然駅前ロータリーに送迎バスを止めるスペースなどないものだから、電話口での「柳屋」さんのご指示にしたがいながら、地下通路を抜けた駅裏のロータリーに向かい、そこに抜かりなく横付けされている「柳屋」さんの送迎バスに乗り込む。

そんなすったもんだがありつつ、やっと「柳屋」さんに到着したのが、予定より30分遅れの12:30。一時は肝を冷やしたけれど、なんとか30分遅れでお食事をスタートしていただけるということで、今日の大好きなメンバーとまた囲炉裏を囲める悦びにほっと安堵の胸をなでおろす。

今回の「柳屋」さんの会は8名の会だ。まずは、ご主人お奨めのシャンパン、プレリュード グラン・クリュ(Prelude Grands Crus) / テタンジェ(Taittinger)で乾杯する。柑橘系の風味が際立つ溌剌としたシャンパンだ。

1.たけのこ
着席と同時に焼き始められたたけのこが焼きあがってくる。とうもろこしのような香ばしさをもったたけのこである。炭火で炙ったものに醤油をつけていただくのがピッタリの一品である。

2.おおきな雀たち
たけのこのあと、本日のお愉しみのひとつ、おおきな雀たちのお目見えとなる。ちょうど今が最高に仕上がってくる時期だという。頭の先から足の先まで串についた野鳥を丸焼きにしていく。

「柳屋」さんのご主人がおっしゃるには、野鳥は炭火で焼かないとダメとのことだ。また、頭から足の先まで全ていただけると仰る。そこでさっそく骨ごとバリバリといってみる...まずは野趣みなぎる味わいに圧倒される!鳥の旨味・甘味、内蔵の苦味、つけだれの塩味、それに脳みその極上の旨味を味蕾(みらい)で一気に受け止めることになる!そしてその後、相俟う五味のさざめきと余韻にしばらく耳を澄ます...ひと串で野鳥の全てを味わわせるお料理である。

これは凄い!毎年この野鳥だけをお目当てに訪問されるお客さんがいるそうであるが、わたしにはその気持ちが少し分かるような気がする。

ここで、野鳥にあわせて、ご主人がシャンボール・ミュジニー(CHAMBOLLE-MUSIGNY)を饗してくれる。ピノ・ノワールの逸品。繊細でエレガントだけれど、奥行が感じられる逸品である。タンニンもしっかりと太い。野鳥にはぴったりの一品だと思う。

これに加えて、ニコラ・ペランのコート・ロティ(Cote Rotie)も出していただく。複数のワインを出していただき、囲炉裏部屋を複数の大ぶりのグラスたちがぶつかってコンコンと心地よい響きを響かせる光景が柳家さんの食卓の風景だ。

コート・ロティ。野鳥にはピッタリという評判を聞いていたものだから、ご主人にお願いしてこのシラーの一品もピノと飲み比べて見たけれど、こちらはやや生硬(せいこう)な感じがある。まだセラーから出したてでパンチのあるスパイシーな一品だ。

今日のワイン...飲み比べてみると、確かにシャンボールは素晴らしく、今日のみなさんもそちらを推されていた。それに異論はないけれど、ただ、わたしはシラーの方を駄目なワインとは思わなかった。

ワインというのは、いいワインとそうではないワインとはっきりしているような気がする。全然表情が違うけれど、それぞれに個性を持っている。その個性を容認できるかどうかがポイントのような気がする。個性を容認できなければ、それは駄目なワインだ。その意味で言うと、わたしはシラーの方もその個性を十分に容認することができた。これは決して駄目なワインではないと思う。

お口直しに岐阜県の大根が饗される。新鮮で旨い。

ご主人の「猟師さんから今朝入りました」のご案内のもと、本日のジビエが囲炉裏の脇に並べられる。鹿のヒレとロース、子熊のヒレ、猪肉...「柳屋」さんでは、岐阜、長野県の猟師さんから仕入れられることが多いそうだ。

3.鹿のヒレ
口当たりは絹のような滑らかだ。ただその肉の繊細な食感にも関わらず、味わいはしっかりと濃い。後味はさっぱりして贅沢な余韻をいつまでも愉しむことができる。

4.月の輪熊の子供のヒレ
どんぐりを大量に食べた月の輪熊の子供のヒレ肉。熊は、60kgとか70kgになると肉がちょうど良い柔らかさになるとのことだ。お母さんも一緒に獲れたそうだけれど、150kgほどあったので「柳屋」さんでは入荷しなかったそうだ。猟師さんが、熊肉は美味しいので、お母さんの方は、お正月用に自分たちで食べる、と喜んでらしたそうだ。

一口いただくが、掛け値なく旨い。これは噛んで旨みがでてくるお肉だ。熊は子供過ぎても水っぽくて駄目なのだそうだ。噛んで旨みがでるのがこのサイズだとのことだ。

5.猪肉
これは存在感ある肉。これぞジビエの醍醐味である!肉はとろける中に旨味はない。筋を噛んで旨みを感じる逸品!お肉自体が持っているポテンシャル、赤身の旨味を感じとることができる素晴らしい料理である!。

6.鹿のロース
今日一!これは、食する者の心をしたたかに震わせる逸品であった!冬の鹿はかなりしっかり脂がのっている。赤身を分厚い脂がしっかりと覆っている。しかしでも、この脂が絶品であった。この脂を豚や牛の脂と思っていただいては困る。この脂は鹿の赤身の旨みをいかんなく引き出す役割をになっている。

7.月の輪熊の鍋と自然薯ご飯
豆味噌で炊いた熊鍋。麹が入っていないそうだ。洗練されていて上品。これに京都、長文屋さんの山椒を振っていただく。熊肉も一片の臭みもない。これを絶品の自然薯ご飯で、3杯もいただく。

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2016年8月11日(木)記す

『めくるめくジビエの魅力に身を焦して 第3弾!...「柳家」、この日本の山川草木が育んだ豊饒は、瞳を伏せたまま、吐息を漏らすように味わうにふさわしい絶対的な料理だ!』

食べ歩きの愉しみとは何だろうか...それはわたしにとっては、思いもよらない美味との遭遇に強かに打ちのめされることである...だからこそ、このお店しかないといった断定的な結論だけは下したくないとは、常日頃思うところである。

だけどしかし、ひたすら結論を回避していてどうする、自分を絶対と看做せと言わんばかりに切羽詰まった思いを煽り立ててくるお店というものが、稀に存在してしまうのもまた事実である。岐阜県瑞浪市陶町猿爪(すえちょうましづめ)「柳家」。ここは、間違いなく料理を超えた何ものかとの遭遇を約束してくれる絶対的な郷土料理店である。

...しかしでも、日頃食べ歩きが好きだとつぶやいてみたり、あえて自分に言い聞かせるまでもなく、料理への愛着を無邪気に確信しているものが、ふと"料理を超えた何ものか"と出会ってしまった場合、その残酷な体験をどのように処理すればよいというのだろうか...「柳家」で饗される絶対的なジビエ料理を前にすれば、味覚自体が無駄な器官に思えてしまうほどの感動を覚えることは間違いない。調理するという言葉の醜さに思わずたじろがずにはいられぬほど、ここで饗されるジビエ料理は無警戒に山野の産み落とした豊饒を身に纏(まと)っているのだ!以下3度目の「柳家」訪問記をできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

2016年8月11日(木)17:20、岐阜県瑞浪駅改札前。ひねもすかまびすしく鳴きたてた真夏の灼熱も、陽の傾くにしたがって徐々に落ち着きを取り戻しつつある夕間暮れ(ゆうまぐれ)、大好きな友人たちとこの鄙びた駅の改札前で落ち合う。すでに駅には送迎バスが迎えに来ており、お酒とソフトドリンクを買い込んで、30分間、わいがやで桃源郷を目指す。なんとも愉しい大人の夏休みだ。

話弾むほどに、桃源郷への到着はあっという間のこととなる。古民家風の平屋のレストラン。ああまたやってきたと再訪の喜びがふつふつと身内にみなぎる。室内に入り、囲炉裏部屋に通されると、もうすでにたくさんの串打ちされた天然鮎がパチパチと焼き音を立てている。

皆着座したのを見て、シャンパーニュを注文するのと、鮎にあわせてニコラ・ペランのコンドリューをオーダーする。

1.蜂(クロスズメバチ)の子の佃煮(ヘボ)
箸先の数個を、口中に含むと、舌先にほのかに佃煮の甘味が広がる。食感はパリパリとして香ばしい。

2.友釣りで獲った長良川の天然鮎の串焼き
鮎は、串から外して、"蓼酢"とともに饗される。まずは何もつけずに頭からいってみる。やはりよい。最上級とも言える鮎の肝の苦味(滋味)とともに、鮎の身から放たれる予想を超越する肌理の細かい緻密な旨みのさざめきに陶然とする。ひと噛みごとに豊かに表情を変えながら口中を愉しませてくる珠(たま)のような味わいに、はからずも涙腺がゆるむ。続けて、"蓼酢"に少しばかり浸していただいてみるが、この鼻腔にかけて突き抜ける涼やかな酸味が鮎の滋味をまた爽やかに一変させてくれる。

ニコラ・ペランのコンドリュー(NICOLAS PERRIN Cndrieu)。鼻を近づけると甘い香りが漂うが、実際に一口いただくと、香りほどの甘さは感じず、かといってすっぱいわけでもない。大変バランスがよい逸品である。後味に、きりっと引き締まったミネラル感があるのも好感が持てる。これと天然鮎との相性は折り紙付きだ。


3.川手長海老と花ズッキーニの天ぷら
「柳家」さんの揚げ物は、衣薄く、カリリとしている。川海老の香ばしさを2種類の岩塩でいただく。抹茶塩と一味塩。お塩は細かくしてから焼いたものと岩塩を削ったものの2種類使っている。また、一味、七味、山椒は京都産のもの(長文屋さん)を使っているとのことである。

ムルソー(Meursault)。複雑で良い香りが漂う。一口いただくがボリューム感があり、ふくよかな感じの白ワインだ。

4.長良川五月鱒造りのルイベ
「海から川に上がってきた一番河口に近いところで獲ったもので虫がいません。そして川魚は必ずルイベしてお出ししています」とのことだ。ルイベとは、川魚を冷凍保存し、食べる際に凍ったまま小刀で切り分け、火で炙って融けかけたところで塩をふりかけて味わうの調理法のことである。口に含めば、肉厚で噛みごたえのある弾力に満ちていて、一片の生臭さもない。これもまた、舌触り滑らかなテクスチャを感じ取ることができる鮮やかな逸品である。

5.チベット産松茸の串焼き
一口口に含むと、ギュッという咀嚼音とともに松茸の薫香が一気に広がる。炭火の質朴な香りが鼻腔のあたりを漂う中、松茸はどこまでも高貴に自分の存在を主張してくる。

6.鮎の開き干しの串焼き
「長良川の中流域の食文化です。背開きにして塩水につけて4時間干してあります」とのことである。鮎の旨みが干物の中に凝縮されている。今度は、天日に干され続けた陽光の馥郁(ふくいく)とした香りとともに鮎の滋味を味わう。

7.金時草(きんじそう)、卵を抱えた馬瀬川の味女泥鰌(あじめどじょう)の天ぷら
金時草の天ぷらは今回初めて食べたが、口中にとろりとした食感が味わえて実に旨い。味女泥鰌は、淡水魚系の魚うちでも高級魚。揚げたての味女泥鰌は口中でほろほろと上品にほどけていく。嫌なクセが一切ない別格の天ぷらである。

ドメーヌ・マシャール・ド・グラモン ポマール 1er クロ・ブラン(Domaine Machard de Gramont Pommard 1er Cru Clos Blanc)。力強いタイプの赤である。しっかりと熟成されてはいるけれど、滑らかなタンニンの深い余韻が楽しめるピノ・ノワールである。これと鹿肉をどうしても合わせたかった。

8.馬瀬の鹿のヒレの串焼き
生姜と醤油だけで作った秘伝のタレをつけていただく。その柔らかさと味わい深さに深く心を動かされる。

9.蝦夷鹿のロースの串焼き、大分の柚子胡椒を添えて

夏の岐阜の鹿はまったく脂がないので、北海道から取り寄せているそうである。一片口中に含むと、その脂はいささかも脂を主張することなく、一気にロースを包み込み、ロースの旨みを引き立てることに余念がない。どこまでも限りなく上品な逸品である。傍らに添えられている大分の柚子胡椒との相性も抜群である。

10.長良川の天然鰻の白焼き、安曇野の山葵をそえて
天然鰻はふっくらと焼き上げられている。しかしでも、この鰻の皮と身に凝縮された脂から仄かに香り立つ土や泥の匂いがどうにもたまらない。これは当然養殖ものでは感じることのできない風味である...安曇野の山葵が鰻の味わいに華やかな点睛を添えている。

11.長良川の天然鰻の蒲焼、京都、長文屋さんの山椒をそえて
「鰻タレには濃口ではなくたまりを使っています。あとは氷砂糖ですね。フレッシュなタレを使わないので。うちはあえて業務用の大きいサイズのものではなく、小袋の一般売りのサイズで送ってもらっています。そうでないと香りが飛んで行っていってしまいますので」とのことである。

12.長良川の天然鮎と松茸のお雑炊
限りなく優しい味わいのお雑炊に仕上がっている。そしてさらにその味わいの深さに嘆息すること頻りである。

ここで「柳家」さんの真夏のコースは一通りとなる。ここは、紛れもなく"料理を超えた何ものか"と遭遇できる桃源郷である。とはいっても、"料理を超えた何ものか"とは、決して人を身構えさせたりはしない。全く逆に、食するものを緊張感とはおよそ無縁の滑らかな時空へと誘い出し、いかなる魔術も施したりせずに、あらゆる存在をごくすんなりと武装解除させてしまうのが"料理を超えた何ものか"との遭遇劇であるのだ。

そのときひとにできることは、ゆっくりと息を吸い込み、たおやかに吐き出される山野のなまめかしくも瑞々しい呼吸の律動を、五感のすべてを使って味わいつくすことより他にない。そして胸をふくらませ、山野が漏らす馥郁(ふくいく)としたため息を、肺の細胞ひとつひとつを使って体内に取り入れてみれば、そこに付け足す言葉などどこにも見当たらないことを発見するに違いない。

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2014年5月24日(土)記す

『めくるめくジビエの魅力に身を焦して...「柳家」は、日本の山川草木が育んだ豊饒の数々を饗応する、山深き猿爪(ましづめ)の里に忽然と現れたシャングリ・ラである』

コンウェイは、果たしてシャングリ・ラ(地上の楽園)を尋ね当てるだろうか?
-『失われた地平線』ジェイムズ・ヒルトン


●プロローグ
驚くべきことに、世の中には、人手を一切媒介することなく、純粋に山野が育んだ芳醇をそのまま料理に仕立てあげ、豊かな恵みそのものの迫力でわれわれを強かに打ちのめしてしまう、いわば"絶対的な料理"というものが存在してしまう。

今は、そんなお料理に触れてしまった火照るような想いに急かされて、もったいぶってあれやこれやのゴタクを述べ立てるほどの気持ちの余裕などないものだから、早々にその料理がなんであるかを白状してしまえば、それは、岐阜県瑞浪市猿爪(ましづめ)に店舗を構える「柳家」で饗されるジビエ料理にほかならない。

...しかしでも、美味だとか、かぐわしいとか、美しいとか、そうした言葉さえ意味を失いかねない料理をなんと形容したらよいのだろうか。日本の山川草木が洩らす"ため息"とでもいうべきか。そう、3時間くらいの優雅なランチで、山野が洩らす"ため息"といったものを感じたいというなら、ジビエをいただくべく、今すぐ岐阜瑞浪市に駆けつけなくてはならない!

そして、ゆっくりと息を吸い込み、たおやかに吐き出される、その山野のなまめかしくも瑞々しい呼吸の律動を、お料理をいただきながら、五感のすべてを使って味わいつくそうではないか!胸をふくらませ、山野が漏らす馥郁としたため息を、肺の細胞ひとつひとつで体内に取り入れることができるのなら、そこにさらに付け足す言葉など、あたりをしらみ潰しに探してもどこにも見当たらないはずだ!

「柳家」さんで饗される絶対的なジビエ料理を前にすれば、味覚自体が無駄な器官に思えてしまうほどの感動を覚えることは間違いない。調理するという言葉の醜さに思わずたじろがずにはいられぬほど、そこで饗されるジビエ料理は無警戒に山野の産み落とした豊饒を身に纏っていることをここに断言したい!

2014年5月24日(土)、山野の産み落とした豊饒に触れてしまった経験を、以下できるだけ落ち着いて、詳細に記述してみたいと思う。

●いやその前に少しばかり...限りなく軽量なレトロスペクティブ=2013年の振り返り
わたしが「柳家」さんを初めて訪問したのは、1年前の、2013年8月3日(土)のことになる。真夏のギラギラとした太陽の照りつける中、会社の後輩くんたちを3名伴っての昼下がりの訪問だったのだけれど、このときの食事体験は、自分の味覚を根本的に変えるほどの衝撃を伴うものであった。なんといっても、この8月の第1週は、鮎が最高の発育を迎える週で、その大きさ、味わいともに絶品というほかない完成度に達していた。

●2014年「柳屋」の会
あの素晴らしい衝撃を2014年は誰と共有するべきか。迷うことなく東京八王子に在住する両親を招待することに決定する。この至福と言ってよい食事体験を、ぜひ彼らにも体験してもらいたい、その一心で、問い合わせると、年もとっていることであるし、暑い時期や寒い時期の移動は何かと体にこたえる、早春のころであれば動きやすい、とのこと。

さっそく、2014年2月16日(日)14時過ぎ、「柳家」さんに予約の電話を入れる。(電話を入れる時間帯は、書き入れ時のお昼は避け、ランチがほどよくフェードアウトする15:00くらいを見計らってかけるくらいがちょうど良い)

最初、2014年5月17日(土)で予約を入れようとしたところ、ご主人から、訪問日をもう1週間遅らせることはできないか、とのご提案がある。付知川(つけちがわ)の天然鮎が解禁になるのが、ちょうど17日の1週間後にあたるため、そこに照準をあわせていただければ、「バリバリの鮎」(ご主人談)をご提供できるとのこと。逆に、提供できるお料理という観点でいうと、5月17日というのは、とっても微妙な時期にあたってしまうんです、と仰る。有無もなくご主人のご提案を受け入れ、訪問の日程を5月17日(土)から5月24日(土)12:30に変更することにする。

かくして、2014年の「柳家」さん訪問が、5月24日(土)12:30に確定する。なんとも喜ばしい限りである。

2014年5月24日(土)9:30、名古屋錦、東京第一ホテル1013号室で、父、母、弟と合流する。本日、実弟は埼玉県比企郡小川町からの参加である。1013号室で合流後、ホテルの一室で漫然と流れるN・ヤンキース戦をみるともなく眺めているうち、出立の時間になる。ホテル前の錦通りでタクシーを捕まえ、名古屋駅正面口に向かう。

給料後の人出の多い名古屋駅構内を抜け、JR本線の改札から、長い階段を上って、名古屋駅JR本線7番ホームに出ると、出発10分前だというのに、もうすでにJR中央本線 快速 瑞浪行がホームに停車している。座席を確保して、小休止しているとほどなく、発車ベルのけたたましい音があたりに鳴り響き、11:02、電車は軽快な疾走音をあたりに響かせながら、岐阜瑞浪駅に向け線路を小気味良く滑走しはじめる。父、母、弟とは、正月以来半年ぶりの再会である。仕事のこと、弟の子供たち(男3人)のことなどを話していると、あっという間に11:51、瑞浪駅に到着する。

瑞浪駅は、いかにも田舎の駅という鄙びた空気が漂う駅だ。「柳家」さんには、このJR中央本線瑞浪駅からタクシーで行く行き方と、明知鉄道恵那駅経由で、明智駅からタクシーで向かう行き方の2通りあるが、「柳家」さんの訪問客のほとんどは、瑞浪駅からの道順を選ぶ方が多いそうである。(前回訪問した際、瑞浪駅のタクシーの運転手さんがそう仰っていた)

改札を出ると、今回もさっそく駅前に停車している1台のタクシーに乗り込む。「柳家」さんの店名を告げるだけで、タクシーは当たり前のようになめらかに駅前ロータリーを滑り出す。タクシー乗車時間は27、8分程度。まず、土岐川の支流、小里川沿いに県道20号線を南下し、大川交差点から県道383号日吉釜戸線に入り、今度はひとしきり東に進路を変えて進む。

しかし、それにしても、今日は心地よいくらいの晴天に恵まれた。車の窓から小里川の向こう側に眺める山野の緑が滴るように目に眩しい。陶郵便局を過ぎて程なく、十字路を右折して路地に入り、数メートル先の突き当りを左折した後、またすぐに右折する。と、いきなりぐっと急勾配の上り坂に足を踏み込む格好になるため、車は瞬時にキックダウンし、ローギアで一気にこの急勾配の上り坂を駆け上がる。12:14、陶町猿爪(すえちょうましづめ)の高台に、岐阜の理想郷「柳家」さんが忽然と姿を現す。

●シャングリ・ラ! "ほどなく道は平らになって霧を抜け、日差しの明るい開けた場所に出た。目の前、一跨ぎと言えるところに、(略)シャングリ・ラが横たわっていた"-『失われた地平線』

タクシーから降り、5月の眩しい日差しの降り注ぐ「柳家」さんのお庭に降りたつと、店内から「柳家」3代目当主山田和孝さんが、にこやかに出迎えてくれる。高台の北側には、瑞浪市から恵那市にかけて広がる美しい山並みを遥かけく臨むことができる。どこまでもどこまでも青い大気の中を、鶯の透き通るような鳴き声が辺りにこだましている。「柳家」さんは古民家風の平屋の一軒家である。大きく開け放たれた入口の引き分け戸を入り、土間で靴を脱ぎ入店する。店内は大小複数の囲炉裏部屋で構成されている。案内された囲炉裏部屋に着座する。部屋に漂う山百合の濃い香りに、一瞬どきりとする。今日の焼き場の担当は、山田和孝さんの弟さんである。

1.蜂(クロスズメバチ)の子の佃煮(ヘボ)
まずは、ルイ・ロデレール (Champagne Louis Roederer)をオーダーして4人で乾杯する。おそらくシャンパーニュの中では熟成期間が抜きん出て長いこのシャンパンの味わいは、"豪華絢爛"という表現が一番ピッタリくるシャンパンである。これを家族と一緒にいただける喜びを噛み締めつつ、蜂(クロスズメバチ)の子の佃煮(ヘボ)を併せて少しつまんでみる。箸先の卵数個を、口中に含むと、舌先にほのかに佃煮の甘味が広がる。食感はパリパリとして実に香ばしい。

2.馬瀬川天然雨子塩焼き
30センチになんなんとする、肉厚で立派な雨子である。内臓を取り出し、適度に塩をまぶしたそれを、10分程度かけて、じっくりと炭火で焼き上げていくのだけれど、徐々に、オレンジ色の斑点が浮かぶ銀色の鱗が香ばしい黄金色(こがねいろ)に焼きあがっていく。縦串を抜いて、お皿に載せて饗されるが、その身は肉厚で滑らか、舌触りが途轍もなくふんわりとしている。そして、3種類の岩塩をブレンドしたという塩の加減がまた絶妙なのだ!焼きを担当していただいている弟さんから、「大ぶりの川魚ですが、頭から行けますよ」とご案内がある。さっそく頭からいってみると、おっしゃるとおり、予想を悠かに超えて柔らかく、頭部、背骨から放たれる雨子の旨みを、余すことなく存分に愉しむことができる。

3.長良川五月鱒造り
サツキマス、サクラマス、雨子、いずれも同じ魚だけれども、この1品はそのお造りである。海で産卵を済ませた後、長良川に遡上してきたもの、とのことであるが、口に含めば、肉厚で噛みごたえのある弾力に満ちていて、一片の生臭さもない。塩焼きの身肉と同様、これもまた、舌触り滑らかなテクスチャを感じ取ることができる色鮮やかな逸品である。

4.付知川(つけちがわ)天然鮎塩焼き
付知川(つけちがわ)は、別名"青川"とも呼ばれる木曽川水系の美しき清流である。弟さんいわく「付知川は、水温が冷たくて美しい水質の川なんです。だから、石に良質のコケがつきやすく、ここの鮎はそれを食(は)んで大きくなるものですから、他の川で育った鮎の追随を許さないくらい美味いんです」とのこと。続けて、「付知川の鮎は先週解禁したばかりなので、まだ身はそんなに大ぶりではないんですが、自分はこの時期のこのくらいの精悍なヤツにどうしても心奪われるものがあるんです」と、銀紙をしいた笊の上に載せられた、8尾の縦串の通った鮎たちを見せてくれる。

さらに、弟さんの"鮎愛"はとまらない。「見てください、この鮎どもの顔ツキ...養殖ものと一番違うのは、この顔ツキなんです。養殖ものは顔が丸いんですが、この、いかにも性格悪そうなコイツらの獰猛な顔ツキこそが、天然物の証なんです」...さらに弟さんの"鮎愛"は冷めやらない。「鮎という魚は、異常に縄張り意識が強くて、他の鮎の侵入に過敏なんです。でも、一方で寂しがり屋の一面も持っているんです。そして、このわがまま度合いこそ、"清流の女王"といわれるゆえんなんです」

8尾の縦串の通った美しい鮎の姿態を眺めながら、「友釣りですか?」とお伺いしてみる。弟さん、クリクリとした瞳を輝かせながら、「はい、そうです!自分はコイツらとの付き合いだけは、どうにもやめられません...」とのこと。

振り回されつつも、振り回したい、そのマゾヒスティックとサディスティックの確執というか、その間の微妙な均衡の奈一点に着地点を模索する、たぎるような、危ういような3代目当主の弟さんの鮎に対する偏愛を肌で感じながら、炭火の前で、脂を吹き上げながら焼き上がろうとしている鮎たちにいやがおうにも期待が高まっていく。

鮎は、串から外して、"蓼酢"とともに饗される。まずは何もつけずに頭からいってみる。その旨みたるや途轍もない。最上級とも言える鮎の肝の苦味=滋味とともに、鮎の身から放たれる予想を超越する肌理の細かい緻密な旨みのさんざめきに舌を巻くことになる。ただ食べさせられているような鈍感な味のたるみなど一切なく、ひと噛みごとに豊かに表情を変えながら口中を愉しませてくる珠玉のような味わいの饗宴に、はからずも涙腺がゆるむ。続けて、"蓼酢"に少しばかり浸していただいてみるが、この鼻腔にかけて突き抜ける涼やかな酸味に、どこまでも青い大気に響き渡る鶯の透徹した鳴き声が脳裏をよぎる。これまで、この鮎は数え切れない人たちに饗されてきただろうけれども、これを饗されて、ああ、なるほど、なるほど、たしかに上質な料理ですね、などと高を括ってあじわった人たちが何人もいたとは信じたくないものだ。

ちなみに、鮎をいただくにあたり、あらかじめニコラ・ペラン、コンドリュー(白)をオーダーしておいたのだけれど、このマリアージュも絶品だったことをここに忘れずに記しておきたいと思う。わたしはコンドリューは今回初めていただいたのだけれども、以前から、"「柳家」の鮎とコンドリューのマリアージュは絶品だ!"というほかのレビュアーの方の口コミを拝見していたものだから、今日は絶対に一緒にいただいてみることに決めていたのだ。

ニコラ・ペラン、コンドリュー。きりりとして美味。鮮烈にして個性的。これが、このワインに対するわたしのファースト・インプレッションだ。そして、遥か遠くに香るのは黒胡椒の香りだろうか...これと天然鮎の相性が悪いはずがない。まさに猛々しき両雄のマリアージュといったところだ。

5.山菜天婦羅(左から、はりぎり、やまうど、もみじがさ、こごみ)
「柳家」の揚げ物は、衣薄く、カリリとしている。はりぎり。濃く深みのある風味といい、歯ざわりといい、天麩羅にもってこいの1品である。やまうど。ともすれば、えぐみが勝ってしまって残念な感じがすることもままあるやまうどなのだけれども、これは絶品だ。食感は大根に近似しているのだけれど、紛れもなくやまうどの存在感を出しつつ、一片のえぐみもない。ほろ苦いこごみの天麩羅の前にもみじがさを挟みつつ、抹茶塩で、これらの飛騨の山菜たちを存分に堪能する。

6.揚げ物(雨子の稚魚、鮎、川海老)
これもまた衣薄く、すべてが素材の旨みを強烈にアピールしてくる逸品である。特に川海老。2尾饗され、手の長いのは牡、手の短いのは牝とご説明をうける。薄い衣の向こうに、海の甲殻類とは明らかに異なる、淡水で育った上品な海老の風味を愉しむ。

7.おひたし(うるい、芹、ぎょうじゃにんにく)、やまうど皮きんぴら
焼き物やら揚げ物の合間合間に饗される、さっぱりとしたおひたしやら、やまうどの皮きんぴらがまた素晴らしい。うるい、芹、ぎょうじゃにんにくとも、鰹出汁と合わさり、口直しに最適である。

おひたしを運ぶのは、焼き場を担当されている弟さんの奥さんの役割となっているようだ。その背中には、去年3月に生まれた赤ちゃん(女の子)をおぶっての登場なのだけれど、しかしでもまぁ、指をくわえた赤ちゃんの可愛らしさといったらない!物珍しげにこちらを眺めながら、ときおりニコリと微笑むのだ。そして奥さんもにこやかにとても感じがよい。

8.仔鹿ヒレ焼き
お肉をスタートするにあたり、迷いつつも、バローロ(Barolo)(赤)をオーダーする。白の余韻を引きずりつつ、ピノノワール100%でタンニンの強いポマール(Pommard)(フランス)でいくかどうか迷ったけれど、ここはガラッと趣向を変えて、イタリア産ネッビオーロ種の重厚な一品で、仔鹿をいただくことにする。色が濃く、しっかりした渋みと、深いこくのある赤ワインである。10%を少し超える、アルコール度数の高めの、非常に重厚な味わいのワインだ。

これと一緒にまずは仔鹿ヒレ焼きをいただく。ハサミで3口ほどに切り分けられたそれをいただくのだけれど、その柔らかさと味わい深さに思わず舌を巻く。そして、バローロと一緒に嚥下した後、口中から鼻腔にずうっと残り続ける子鹿の旨みにうっとりとする。その余韻に浸りながら、瞼の裏に、細勁な描線を辿る様に、いささかの邪気もなく高山を駆け巡る健康な仔鹿の無防備で華奢な肢体が浮かび上がり、涙で視界が潤む。そのイメージに胸をうたれ、深く吐息をついてから、何に向かってかはわからないけれど、ありがとうと理由のない感謝の言葉をつぶやいている自分がいることに気がつく。端的に言って、この仔鹿ヒレ焼きの焼き上がりの艶のなめかしさを涼しい顔で正視しえた人間とは、縁を絶ちたいと思う。

9.仔鹿ロース焼き
どんなお肉をいただくにあたっても、一般に、ヒレ肉は上品で、ロース肉には肉の旨味の詰まった迫力がある、というのが、いわば常識であるけれども、この子鹿の焼き物ばかりは、その通念をいったん括弧に入れていただく必要がある。子鹿のロース肉にはかなり大ぶりの脂身がついているが、一片口中に含むと、その脂はいささかも脂を主張することなく、一気にロースを包み込み、ロースの旨みを引き立てることに余念がないのだ。

10.矢作川天然鰻蒲焼
1年前に伺った時も同様に天然鰻蒲焼が饗されたのだけれど、そのとき、食前、自分は関東の人間なので、いわゆる"蒸らし"が入っていない以西の鰻はどうも...などという思いがよぎったものの、実際に食してみて、そんな東や西やらといった調理の手法の違いを超越するのが天然鰻蒲焼なのだと、その旨さに圧倒された記憶がある。

この鰻はどこをどうとっても素晴らしい!そう、素晴らしすぎるのだ!鰻の皮目は、蒲焼にされることによって鰻とつけタレの甘味のみでキャラメリゼされ、カリカリとした食感をたたえており、その中から、いささかの抵抗もない肉厚の身が一気に口中に溢れ出してくる。京都の山椒との相性も、当然ながら抜群である。この一品もまた、食する間、調理の手法を超越し、山野の産み落とした燦然たる豊饒を歌い上げ続ける逸品である。

しかしでも、この皮と身に凝縮された脂から香り立つ土や泥の匂いがどうにもたまらない。これは当然養殖ものでは感じることのできない風味である。もちろん、人によっては、この風味を好む、好まないという嗜好の別はあるとは思う。しかしでも、わたしにはこの匂いこそが鰻本来の香味であり、鰻を鰻たらしめる所以だと今回味わってさらにその想いを固くする。この焔(ほむら)立つような風味があるからこそ、鰻に山椒を添える意味も始めて納得できるのだ。

11.自然薯ご飯
絹のような喉ごしと山野の豊饒を表現してやまない山の芋の風合い。これだけの分量のお料理をいただいているのにもかかわらず、何杯でもおかわりできてしまう。麦トロご飯という存在がこの世の中にあることにひたすら感謝である。

12.メロン、胡瓜漬
最後はメロンですべてのお料理を終了する。メロンの甘みと付け合せの胡瓜の仄かなしょっぱ味の組み合わせもまた大変結構であった。

●エピローグ
「柳家」さんのジビエ料理は、日本の山川草木の豊饒さの誇らしき讃歌である、と断言して、この一文を締めくくってみたい。

愛国者からは限りなく遠いこのわたくしが、「柳家」さんの"ジビエ料理"を食したときばかりは、我国の山野の豊かさに感動し、この国に生を受けたことにありがとう、と思わずひとりごちるほかない。もし、手垢にまみれまくった"文化"なる言葉をいったん刷新し、慎重に慎重に時間をかけて、この国の"文化"なるものを再定義しようというならば、紛れもなくこの店舗はランナップされなくてはならないと思う。そんな店舗に、2014年5月17日(土)、家族を招き歓談できた喜びに、今震えるような感動を覚えている。

たしかに素晴らしい。しかしでも、「柳家」さんで饗される"ジビエ"料理は、例外という名の緊張をひとに要請するものでは、いささかもない。普段の生活そのままに、あるがままの振る舞いでこのお料理に接するのがもっとも正しいやりかたである。そして、そこに自然の息遣いともいうべき山野の"吐息"を感じていただければ、幸いだ。

紛れもなくいえることは、「柳家」さんに伺えば、確実に"料理を超えたなにものか"との邂逅の劇に立ち会うことになる。とはいえ、それは決してひとを身構えさせたりはせず、緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな時空へと食するものを誘い出し、いかなる魔術も施したりはせずに、あらゆる存在をごくすんなりと武装解除してしまう邂逅の劇なのだ。今一度言おう、山野が洩らす"ため息"といったものを感じたいというなら、ジビエをいただくべく、今すぐ岐阜瑞浪市に駆けつけなくてはならない!

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2位

日本橋蛎殻町 すぎた (水天宮前、人形町、茅場町 / 寿司)

15回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥50,000~¥59,999 -

2020/11訪問 2020/12/28

盛らない美学...「蛎殻町 すぎた」、だからすぎたは美しい

これが握りのはじまりです...という言葉の代わりに、小粋な銀鼠(ぎんねず)色のこはだの握りが静かにすっと付け台に饗される。ひとくち頬張ると、肉厚なこはだのもっちりとした身肉から漂う蠱惑的な香りに言葉を失う。

普通の人が饒舌に念を押したくなるときに、「蛎殻町 すぎた」は念を押さず、表面に現れない丹念な仕事を施したひとネタひとネタを、言葉少なに食べ手にゆだねる。食べ手がここで受け取るのは、一品一品に丁寧に注ぎ込まれたこのささやかな信頼関係なのだ。

2020年11月21日(土)20:00。いつもながら、あの素晴らしい体験をまた感じ取れる幸せに胸膨らませつつ、お伺いする。


1.【つまみ】銀杏
秋のつまみである。もっちりとした肉感と仄かな甘みを愉しむ。

2.【つまみ】長崎県産かわはぎ
美しいかわはぎのつまみ。初冬の朝まだきの大気のように澄み切った味調のかわはぎを、肝醤油でいただく。

3.【つまみ】北海道、仙鳳趾の牡蠣
濃密でミルキーな海のこぼした一粒の涙を、大根おろし、酢橘、わさびでさっぱりといただく。うん、素晴らしい。

4.【つまみ】穴子の白焼き
塩焼きにした繊細な味わいの穴子の身肉を、わさびをそっと乗せてお醤油ちょっとでいただく。日本酒が旨すぎる!

5.【つまみ】鱈白子
蒸した雲子。ポン酢しょうゆと浅葱、もみじおろしでさっぱりといただく。鱈白子はこの時期絶対にいただきたい一品である。

6.【つまみ】】甘く煮付けた鮟肝とうにの佃煮、味噌漬けのすじこに新政の陽乃鳥
鮟肝の濃厚な甘さと、陽乃鳥のまろやかさが素敵なマリアージュを演じる。そこに甘いばふんうにと味噌漬けのすじこが悩ましく舌に媚びてくる。

7.【つまみ】ねぎま
これもこの時期のお愉しみ。炙った葱の香ばしい香りが、炙って立たせた鮪の香りを包み込む。

8.【つまみ】北寄貝に生姜醤油焼き
シャキシャキの北寄貝の食感に、醤油と生姜の香ばしい香りがまといつく。旨い。

9.【つまみ】北海道小樽の子持ち蝦蛄
漬け込んで味を含ませたもの。ねっとりとした濃厚な旨み。

10.【つまみ】墨烏賊のゲソの粕漬
烏賊の甘みがしっかりと感じ取れて旨かった。最高の酒肴である。

11.【つまみ】数の子の味噌漬け
これも冬場のすぎたさんのつまみの定番である。この西京漬けがたまらない。日本酒のあてにばっちりである。

12.【つまみ】ホタテの磯辺焼き
ホタテのふくよかな甘みを醤油で炙って香ばしさをまとわせ、さらに海苔を巻いて、のんべぇを打ちのめす逸品となっている。

13.【つまみ】タコの柔らか煮
これもすぎたのお愉しみのひとつ。やまとくんがこの仕事を一任されているとのことだが、どのお鮨屋さんでいただくタコの柔らか煮よりもここのものが旨い!

14.【つまみ】平貝の西京焼き
数の子といい、すぎたさんの西京味噌漬けは素晴らしい。これをもって、本日のすまみはひととおりとなる。

15.【握り】佐賀のなかずみの片身漬け
ここから握りだけれど、いつもながらシャリと魚との寄り添い具合が素晴らしい。シャリにエッジを効かせ過ぎず、仕込みをした魚とちょうどいい塩梅のシャリの仕上げ具合とにやられてしまう。わたしは、こちらのお店のシャリが、あらゆる鮨店の中で一番好きである。

16.【握り】鯛
冬場の深場の鯛はよい。脂がのっていて絶品である。

17.【握り】寒ヒラメの昆布締め
寒ヒラメはやはりこの時期が良い。一種名刀のような冴えわたった切れ味を思わせる味調にどきりとする。

18.【握り】寒鰆
低い哀愁を帯びた和音。そんな印象の魚だ。陽気といより楚々とした落ち着きのある味調だ。

19.【握り】かすご鯛の昆布締め
真鯛の稚魚。...噛み締めると、身の芯までまわった酢が香り立ち、そこはかとない甘さの奥にコクのある鯛の香りが陽炎のように立ち昇る...

20.【握り】大間の中トロ(血合いぎし)の握り
わたしは、鮪はすぎたのものが一番好きである。脂でギラギラしておらず、鮪の旨みを湛えてシュッとまとまっている。そこがすぎたの鮪が好きな理由だ。

21.【握り】赤身漬けの握り
これ、これ、これ!すぎたにお伺いしたら、是非とも味わっておきたい"いなせな逸品"である。赤身の漬けですぎたの右に出る店をわたしは知らない。

22.【握り】大トロの握り
旨味が凄いけれど、ここにもやはりすぎたの品性がある。わたしは、普段あまり大トロに心動かされるタイプではないけれど、中トロ同様、ここの鮪の脂の乗った握りには、心ざわつく!

23.【握り】鰯の握り
紫式部も愛した岩清水大権現("いわし"みずだいごんげん)!うまいなぁ。ちょっと目を閉じて味わっちゃう♪

24.【握り】巻きえびの握り
このサイズ感と、茹でたての海老のぬくもりが優しい。海老の香りの立ち方も素晴らしい。

25.【握り】金目鯛の握り
[b:豪奢な魚である。この握りもすぎたさんに伺ったときの愉しみの一つである。


26.【握り】雲丹の握り
軍艦にしないところがよい。雲丹と抜群のシャリのマリアージュを存分に愉しむ。

27.【握り】墨烏賊の握り
歯切れのよい墨烏賊の握り。甘みがあるけど舌に媚びてこない緊張感がある。実に粋な素材である。

28.【握り】赤身漬けの握り(お代わり)
やっぱり、漬けはお代わりしておきたい!

29.【握り】穴子の握り(塩)
ふっくらとした穴子の味調を塩でさっぱりといただく。

30.【握り】穴子の握り(ツメ)
穴子の煮汁から作った甘めのツメでまったりといただく。

32.玉
最後に美しい玉でしめる。

この一連の見事さ。盛らない美学...だからすぎたは美しい!
"禍"の向こう側で「すぎた」は見事に香っていた。...その香りに触れたら、ひとはひたすら感動するほかない。その香りは、最高の技術による丁寧な手当てがなければ絶対に引き出せない。鼻腔に行き交う香りに触れ、その水面下の手当てに深く心動かされる。

...ひさびさの外食。それにしても昼下がりのひさびさの外食ランチが「蛎殻町 すぎた」とはなんと豪華な経験であろう。2020年6月21日(日)、優雅な昼下がりのひとときについて以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


1.【つまみ】そら豆
「すぎた」に来た、という感動を噛み締めながら味わう極上のそら豆。...青く柔らかい香りを存分に愉しむ

2.【つまみ】京都舞鶴の鳥貝、神奈川のアオリイカ
アオリイカは生姜醤油で、鳥貝はわさび醤油でいただく。イカの王様。ねっとりとした佇まいにうっとりとする。このアオリイカのねっとり感から立ち上る香りは、素材に対する「すぎた」の仕事で引き出されていることを確信する。他でこんなに香り立つアオリイカに巡り合うことはない。

3.【つまみ】イワシ巻き
この海苔巻きは、「すぎた」の夏の定番である(冬は脂の乗り切った〆鯖になる)。浅葱とガリを合わせて海苔巻きにしてある。たっぷりのわさびとちょっぴりの醤油でいただく。...この青身魚の芳醇が「すぎた」の真骨頂である。芳醇なイワシの脂、鼻から抜けるイワシの香りにうっとりしてしまう。

4.【つまみ】小樽の蝦蛄
優しく優しく漬け込みにしてあって、ほんのり味がついている。横に添えられたわさびだけでいただく。しとしとと降り募る雨滴のような蝦蛄のしめやかな香りを堪能する。

5.【つまみ】甘く煮付けた鮟肝と蝦夷ばふんうに、新政の陽乃鳥
鮟肝の濃厚な甘さと、陽乃鳥のまろやかさが素敵なマリアージュを演じるそこに甘くジューシーなばふんうにが悩ましく舌に媚びてくる

6.【つまみ】太刀魚の焼き物
毎回、この太刀魚の素晴らしさに打ちのめされる良質な太刀魚の脂が身肉に閉じ込められていて、それが口中で身とともにホロホロとほどけるのだ

7.【つまみ】ばふんうにの塩漬けと数の子の味噌漬け
ばふんうにの塩漬けと西京味噌ベースの数の子の味噌漬けはいつも頼んでしまう。これは酒のアテには最強である!

8.【つまみ】北寄貝の生姜醤油漬け
これまでの摘まみのラインナップもそうだけれど、「すぎた」の漬けの技術はホントに素晴らしいこの塩加減、漬け加減は、まさにここしかないといった味覚の一点を打ち抜いていて、ひとつひとついただく度にため息が漏れてしまう

9.【つまみ】たいらぎの西京焼き
シャキシャキとした味調の向こうに、甘味が広がるのが嬉しい一品である。

10.【つまみ】佐島の煮だこ
良質なたこである。柔らか煮だけれど、しっかりとたこの筋肉質を感じる。これも「すぎた」に来たら外せない逸品である。

11.【つまみ】ほたての磯辺焼き
なんといってもこの佐賀海苔が秀逸なのだ。香も高き佐賀海苔から、こぼれ落ちるホタテの焼き身の香ばしさを存分に堪能する

12.【にぎり】こはだ
九州産の片身二枚漬けのこはだの握りである。九州のものには皮に固さがあるので、大きな切込みを入れてある。...しかし、この蟲惑魔的な香りはどうだろう。「蛎殻町 すぎた」のこはだの右に出るこはだをわたしは知らない。これも「すぎた」の仕事のなせる業である

13.【にぎり】ヒラメの昆布締め
昆布を使ってヒラメの旨さを頂点まで引き立たせている。脂ののった寒平目とは違い、朝まだきの湖水を思わせるような涼やかにして清澄な夏のヒラメの味わいにうっとりする

14.【にぎり】鯛
これも仕事が光る逸品である。締めて寝かせて、湯引きして寝かせて丁寧に仕上げた逸品である鯛本来の王侯貴族のような優雅さを感じさせる逸品である

15.【にぎり】赤身の漬け
天身の赤身。漬けが浸透するように薄く切りつけて漬けにするという「すぎた」の手法は名高い。それを折り畳んで一貫にまとめ上げて握る。これは、「すぎた」の独創だとのこと

ちなみに今日の赤身は、沖縄の延縄。中トロは、噴火湾と島根の定置網。鳥取、境港の巻き網は使わない(笑)とのこと。ほぼ投稿しない大将がSNSで珍しく吠えていた(笑)

16.【にぎり】かすご鯛
これも軽く昆布締めにしてある。鯛の王者の風格とは違って、ふわりとどこまでも柔らかい優しい味わいである

17.【にぎり】中トロ
背かみの中トロ。"小刃返し"の切りつけが小粋に美しい...決してどぎつくない、さわやかな酸味と仄かな旨味にうっとりとしてしまう。

18.【にぎり】鯵
これは島根の浜田のものだけれど、"どんちっち"の規定を満たしていないそうだ。しかし充分に旨い。肉厚で、オリーブオイルを思わせる滑らかで芳醇な鯵の脂に、瞳を閉じて感動を噛み締める

19.【にぎり】煮蛤
「すぎた」の煮蛤は、美しい。そもそも付台に立ったその姿が美しいのだ。歌舞伎役者が見栄を切ったように堂々としている。一貫の味はまた格別である。ここにも煮汁に漬けた丁寧な仕事が際立つ

20.【にぎり】巻きえび
温もりのあるふくよかな身の甘みに、「すぎた」に戻ってきたことを確信する。

21.【にぎり】千葉の金目鯛
わたしは、これに目がない。芳醇でキレイな金目の脂に、思わずありがとうと独り言ちる

22.【にぎり】雲丹
見た目ざらっとした雲丹は舌の上で甘く香る。優しいシャリとの相性が素晴らしい

23.【にぎり】赤身の漬け
おかわり。

24.【にぎり】鯵
おかわり

25.【にぎり】穴子
ツメ。この繊細な甘みとコク!

玉で一通りとなる。素晴らしかった。

...この"禍"で、少し自分の考えが変わったことを実感している。色々なお店を貪婪に開拓するより、自分が本当に宝物にしたいお店を慈しむように繰り返し擁護すること。これである。わたしにとって「蛎殻町 すぎた」は、間違いなくその数少ないお店の頂点に君臨する鮨店である
「日本橋蛎殻町 すぎた」の所作は美しい。...鮨種にシャリをつけてそそくさと鮨の形を仕立てるのではなく、片手に握った適量のシャリと鮨種を軽く合わせてから胸元深く呼び込み、両の掌(たなごころ)でゆるやかに一貫をまとめ上げてから、そっと付け台に送り出すその所作は、なんとも官能的だ。そしてまた一貫が饗された後に、黒々とした付け台の上に、指先から零れた煮切りが、ポタリと一滴光るのがなんとも艶っぽい。

2019年12月1日(日)、「日本橋蛎殻町 すぎた」のカウンター席に居住まいを正して座る。今日もまた、大将の所作が仕立てる握りがいただけると思うと胸が締め付けられる思いだ。もう、何度もお伺いしているけれど、この鮨店との出会いはわたしの人生の中で最も幸福な出会いのひとつとして刻まれている。


1.きぬかつぎ
皮を剥いて食べてもよいし、また、皮はしっかりアク抜きをしているので、そのまま皮ごと食べてもよい。小芋は小ぶりの球形で美しい白い肌をしている。ねっとりした食感とコクのある味わいがよい。上に乗せられた胡麻塩と炒り雲丹塩も、小芋の質朴な味わいに小気味よいアクセントを添えている。

2.迷い鰹と平目
日本海側の鰹はそのままでいただく。平目の方はお醤油とわさびでいただく。迷い鰹は鰹とまぐろのあいの子のような鰹。気風の良い鰹の身肉にねっとりとした色気がまとわりついている感じである。平目はさすがの寒平目。冬の透き通った青空のようなすっきりとした味調だ。

3.しめ鯖巻き
これは、すぎたのスペシャリテのひとつ。がり、アサツキを合わせてある。わさびいっぱいでお醤油につけていただくのが醍醐味だ!鯖の素晴らしい脂乗りに心が豊かになる。

4.あなごの白焼き
大変きれいな味わいである。火入れで皮目が香ばしく、身肉全体に伝わったぬくもりが素晴らしい。これをわさびでシンプルにいただくのが、白焼きの醍醐味である。

5.鱈しらこ
時節のものである。仄かな魚の香りがする生っぽい温かみが鱈しらこの醍醐味である。

6.鮟肝、味噌漬けのすじこを新政の貴醸酒(陽乃鳥)で
これは、複数の角度から甘味というものを味わわせる逸品である。鮟肝、すじこの出す甘みに、少しずつ日本酒の甘みを合わせて愉しむ。少しずつ甘みのマリアージュを堪能する逸品である。

7.鰤の焼き物
寒鰤である。字のごとく師走に一番脂がのって味がよくなる。これも香りのものだ。皮面だけ焼いて身の面はレア。わらさにはない枯淡に達した存在感がこの逸品の主張である。

8.蝦蛄
蝦蛄のつまみもすぎたでの定番である。甘みがあって旨い。蝦蛄は独特の存在感がある。海老や蟹には感じることがない、妖しい香りの強さ、甘味の強さを感じるのはわたしだけであろうか...

9.北寄貝
肉厚で、シャリシャリとしたほっき貝の味調が何とも愉しい。貝は味わうほどに旨みを主張する。

10.ホタテの磯辺焼き
たいらぎの磯辺焼きはよく色々なお店でお見掛けして、それはそれで大変美味なものがあるけれど、ホタテの磯辺焼きもまた素晴らしい。たいらぎみたいに貝柱がしっかりとしたシャキシャキの食感の代わりに、ホタテのおおらかで優しい個体が焼きのりの香ばしさと相まって旨い。

11.鮪を使ったネギ間
焼き鳥屋さんのネギ間よりも断然わたしはこっちが好きだ。網焼きにして鮪の脂が落ちていて、鮪の旨みとネギの香ばしさのみで味わう逸品である。

12.こはだ
九州産のこはだ。鹿の子に包丁が入っている。すぎたのシャリが一貫の旨みを豊かにしてくれる。おそらくこのこはだを握りでなく単品でいただいたら、こんな豊饒感は感じないのではないかと思う。

13.鯛
冬場の深場の鯛。鯛というと春先のイメージがあるけれど、鯛はやはり春先の産卵期のものより、産卵を控え、冬場の深場で餌を食んでいるこの時期のヤツが調子が高いと思う。素晴らしく力強い逸品である。

14.鯵
毎回鯵には、打ちのめされる。この鯵自体の持つオイリーな香りと味わいを堪能する。

15.さわら
こちらもすぎたの定番。藁で薫じて香りをつけている。すぎたのシャリの優しい味わいとの相性も文句がない。

16.かすご
鯛の赤ちゃんであるが、鯛の王者の風格とはまた一転、大変優しく繊細な味わいの魚である。こちらもすぎたの定番である。

17.背かみ中トロ
ただ脂ぎっているのではなく、鮪の身の旨さを伝える身の引き締まり具合がなんとも素晴らしい。わたしにとって鮪は断然すぎたのものが一番である。

18.さんま
同じ青物でも鯵とはまた全く違う。鯵は、一口でいただくとしめやかに湧き上がる旨みの増幅に思わず立ち止まって、それが鳴りやむのを受け止めるような感覚があるけれど、秋刀魚の方は、光芒一閃。まるで日本刀の透徹とした冴え返りをほうふつとさせる潔さを感じるのだ。

19.海老
茹でたての車エビを温かいシャリで、いただくのがうれしい。この温度帯が一番海老の旨みを感じれるように思う。

20.金目鯛
少し炙りを入れて魚の香りを引き出している。脂の存在感がしっかりあるにもかかわらず、嫌みが一抹もない。すぎたの鮨の中でも大好きな逸品である。

21.ばふん雲丹
今日のばふんは間違いない。大将がとりだした折箱の上に震える雲丹の輝きを見た時点でそれは確信に至る。舌触りはきめ細やかだけれど、雲丹の甘み、旨みの存在感が凄い。

22.お代わりコハダ
ここで、コハダをもう一度。

23.赤身
そして、お願いして赤身の漬けを出していただく。すぎたでは、これをいただかないと来た気がしない。絶対的な赤身の漬けである!ここ以上の赤身の漬けの握りを食べたことがないとここに断言したい!

24.鰹の大トロ
迷い鰹大トロ。これも何とも素晴らしかった。鮪の大トロとは違ったしっとりとしたしめやかな味わいの主張があって、シルクのような口どけにしばし言葉を失う。

25.お代わり金目
ここで、金目をもう一度。

26.穴子の握り(塩)
対馬の穴子。穴子本来の旨みを聞き耳を澄ますようにいただく。

27.穴子の握り(ツメ)
こんどはツメ。塩とは表情が異なる甘くふっくらとした穴子を堪能する。

あさり椀、玉で一通りとなる。

...やはりすぎたは素晴らしい。

わたしが鮨店に足を運ぶのは、途方もない高級食材や稀少食材と出会うためではない。...あくまで、鮨屋の仕事を堪能するために足を運ぶのだ。

鮨種とシャリに対する仕事と、自分自身との調和ある関係を愉しみ、かつそれをカウンターに座ったお客にも愉しませようとしながら、しかも押しつけがましさは微塵も感じられないすぎたの仕事。

わたしは、「日本橋蛎殻町 すぎた」を見て、生まれて初めて本当の鮨屋の美しさを初めて知ったのだと思う。

わたしには、今年からお酒が飲めるようになった甥っ子がいる。かれの成人のお祝いに、「日本橋蛎殻町 すぎた」のプラチナシートに招待することにした。...甥っ子はお酒が飲めるようになったとはいえ、そもそも、鮨屋のカウンター席というものからして人生初体験である。まぁこのくらいの年齢だと当然だと思う。そんな彼の人生初の鮨屋のカウンター席が「日本橋蛎殻町 すぎた」とは、なんと豪華な経験だろう。しかも大将正面の席である。

...勿論、世間一般的に、若い子に贅沢な経験をさせることに、眉を顰める傾向があることは知っている。けれど、わたしは逆に若いころにこそ、本当のものを味わっておくことが大切であると思う。味覚的にも、その後の人生の考え方にも大きなプラスの影響を及ぼすに違いないと思うからだ。だから、本日は甥っ子に、若い感性フル動員で本物のお鮨を存分に味わってもらう会にしてみたのだ...

当日、甥っ子とはお昼に人形町で落ち合う。とりあえず「今半」か「玉ひで」かで迷ったけれど、「玉ひで」の親子丼御膳いただく。炎天下、店前にうねる行列を涼しく通り抜け、われわれは即座にクーラーの効いた2階座敷に案内され、東京軍鶏の力強い親子丼を堪能する。...ここも情緒があるけれど、この近くの「今半」さんで、仲居さんが全部面倒見てくれるすき焼きも今度食べてみよう、それも下町情緒があって面白いよ♪などと語り合いながら...

昼食後は、場所を移して、新海誠監督の「天気の子」を鑑賞する。...「天気の子」はなんとも美しい「水」の映画であった。その「水」は、霞か烟を思わせる柔らかさで視界を覆うかと思えば、風に煽られる湿った大粒の雨だれとなって新宿の街並みに襲いかかる。その湿り気を帯びた新海作品の詩情にみちた映像をシャワーのように全身で受け止めながら、120分間を、ポップコーン(塩)を摘まみつつ2人で愉しむ。

それから、自由が丘に移動して、「パティスリー・パリセヴェイユ」で甘味をとりつつお茶をしてから、銀座に移動して、並木通り沿いの老舗バー、「スタア・バー・ギンザ 」さんでアイリッシュモルトとビターチョコレートを愉しむ。スモーキーでピーティーなモルトの一滴を舌で受け止めつつ、ビターチョコの余韻を味わう。

そうこうするうちに、そろそろ「日本橋蛎殻町 すぎた」の予約時間が近づく。銀座から人形町まではひとっ飛びである。
2019年8月25日(日)。水天宮の夜半にたゆたう8月のすぎたの暖簾は、涼し気に透き通った夏仕様である。

1回転のお客さんとの兼ね合いで、20:30を少し回ったけれど2人してカウンター席に通される。2席用意していただいたうち、甥っ子には、大将正面の席に座ってもらう。

まず、わたしが座席に座った途端、甥っ子に注意を促したのは、優れたお鮨屋さんのカウンターに座ったときの香りのことである。...いいお鮨屋さんでは、カウンターに座ったとき魚の嫌な匂いなど絶対にしない。...「日本橋蛎殻町 すぎた」は、嫌な匂いどころか人を武装解除させるようなふくよかな香りで満ち満ちている。これが最高峰のお鮨屋さんのひとつのバロメーターなんだと話すと、かれはビー玉のように澄んだ瞳でその言葉を一言一言受け止めている。

1.青森のひらめと千葉大原の雌貝の蒸し鮑
蒸し鮑はなにも付けずにいただき、ひらめは、わさびとお醤油でいただく。すぎたさんの始まりのこの白身の摘まみ2品をいただくと、座り心地のよい椅子に座ったような安堵感に見舞われる。ああ、すぎたに来た、という安堵感だ。甥っ子ものっけから目を丸くしている。

2.かつおの漬けの切り身
浅葱と生姜の刻んだものをちょんと乗せている。魚自体から溢れるオイリーな香りと味わいが醍醐味だ。

3.酢で締めたイワシと、大葉、浅葱、ガリを巻いた巻物
これは、すぎたさんのスペシャリテのひとつといってもよい。わさびたっぷりで、お醤油をちょっと添えていただくと、イワシというのはこんなに美味しい魚だったのかと目から鱗のふくよかな味わいが口中に広がる。

...あらかじめ、甥っ子には、今日のお料理の中で、何が自分で一番美味しいと思うか意識しながら食べてごらんなさい、といってある。...と、このイワシを食べた途端、「ボク、これがスゴいと思います」と即座に耳打ちしてくる(笑)

こちらとしては、「よしよしよし」と心の中でほくそ笑む。

4.げその粕漬
すぎたさんらしい、渋い漬けの仕事が際立つ逸品である。旨い。げそは見た目がかわいくて、どこまでも柔らかい。そこに味噌漬けの仕事がきりっと味の輪郭を際立たせる。大人好みの渋い逸品だ。

5.すじこと鮑の肝
これも味噌漬けで化粧が施されている。酒好きにはたまらない逸品である。

6.竹岡の太刀魚の焼き物
これはどのお店でいただく太刀魚より、絶品である。甥っ子も、これを食べた瞬間、心に刺ささりまくって言葉を失っているのが横にいて手に取るようにわかる(笑)

7.佐島の煮だこ
これがわたし的には旨かった。塩ゆでしただけ。最高のたこの旨みをダイレクトに味わう感動に胸が詰まる。

8.数の子の味噌漬け
これもアテのものである。日本酒が進む。

9.たいらぎの西京焼き
シャキシャキとした味調が素敵だ。甘味が遠くに感じ取れるのが嬉しい一品である。

10.ホタテの磯辺巻き
焼き上げたホタテの焔立つような旨みを海苔と一緒にいただく。迫力のある逸品である。

11.しんこの握り
さぁ、ここからが握りである!時期的に、本日は、しんことこはだ2つの握りが饗される。甥っ子には両方の魚の関係を教え、2つ食べてみて、どちらが美味しいか感想を教えてと宿題を出しておく。

12.こはだの握り
冬場にかかるともっと小悪魔的なこはだ独特のスメルが愉しめるのだけれど、やはりこはだは存在感があって旨い。...と、甥っ子が即座に耳打ちしてくる。「叔父さん、ボク、しんこよりこはだの方が好きです♪」

これを聞いた途端、こころの奥底で、さらに「よしよしよし」と独り言ちる。(笑)

13.しんいかの握り
これが柔らかく優しく香りのものであった。白身の優しい旨みを、すぎたのカドのないシャリがふわりと包み込む快感...素晴らしい。

14.鯛の握り
すぎたの真骨頂の白身の握りの連綿をシャワーのように浴び続ける贅沢な時間帯で、ひときわ輝く白身魚の王様の出番である。一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様というほかない。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

15.さごち(さわらの幼魚)の藁焼きの握り
藁焼きも、すぎたの仕事の定番である。藁の鄙びた香りがついた白身魚のスモーキーな味わいを愉しむ。

16.かすご鯛(鯛の赤ちゃん)の握り
甥っ子は、これが鯛の赤ちゃんであることを知らない。ずいぶん白身の王者と雰囲気が違って優しく甘い味わいでしょ、というと食べながら、何度も頷きながら腹落ちしたような表情をしていた。

17.中トロ
本日の鮪は塩釜のものだそうだ。すぎたの鮪は、わたしの中で鮨屋の一番である。ギタついてなくて、きちんと個体としての迫力を持っている。シャリとの相性も抜群である。

18.鯵の握り
ここで再び、青い魚に戻るのだけれど、すぎたの鯵ほどうまい鯵を食べたことがないと、ここに断言したい!ここに鯵の最高峰がある!これは思わずお代わりしてしまう。

19.巻きえび
茹でたての上質な巻きえびのぬくもりを、香りとともにいただく。いつものように素晴らしい。

20.雲丹の握り
軍艦でない雲丹のにぎり。これが一番雲丹の旨みを感じ取ることができる饗し方だと思う。

21.赤身の握り
すぎたに来たら、赤身は絶対だ。ただ、今日は残念ながら、薄く切って折りたたんだすぎた独特の赤身はいただけなかったけれど、今日のものも充分水準を越えて素晴らしかった。

22.煮蛤の握り
ミルキーでシルキー。これに感動しない人間とは永遠に縁を切りたい!

23.いさきの握り
さっぱりとした味わいの中に、鯛に肩を並べる豪奢な旨みを感じる。

24.大トロの握り
これは甥っ子たっての追加オーダー(笑)
とろけるような顔をして味わっているのが、なんとも微笑ましかった。

25.鯵の握り(お代わり)
ここで鯵のお代わり。

26.穴子の握り(塩)
穴子は、塩とツメでいく。さっぱりとしていてササクレがない。素晴らしい。

27.穴子の握り(ツメ)
ツメの濃厚さを味わった時点で、甥っ子が「同じ食材でもこんなに味って変わるんですね!」と反応する。
これを聞いた途端、また再び、「よしよしよし」と独り言ちてしまう。(笑)

最後は、玉、潮汁で一通りとなる。

本日は、心の底から愉しい会となった。なにより甥っ子の目から鱗の連続にひたすら癒された会となった。何か、甥っ子の中でこれきっかけでプラスの変化が生まれてくれたなら、これほど嬉しいことはない。そして、本日も渾身の握りを提供してくれた大将に感謝である!次回は12月の訪問である!
食べ歩くことに目がくらんでいるからには、結論だけは下したくない。だから、毎回胸はずませて新しいレストランに足を運び続けるのだけれど、そうしていると、数はそんなに多くはないけど、新鮮な驚きや再訪を確信するようなお店との出会いに恵まれることもないではない。...無論、それは実に悦ばしい体験で、まさにこの予期せぬ出会いこそが食べ歩きの醍醐味なのだと思ったりもする。

...でも、食べ歩きが何より厄介なのは、一方で、そんなわたしののんびりした結論を木っ端みじんに吹き飛ばすような絶対的なお店が存在してしまうところにある。ひたすら結論を回避していて何になるといった切羽詰まった想いを食べ手に煽り立てずにはおかないお店が現に存在してしまうのだ。

「日本橋蛎殻町 すぎた」。...こちらはわたしにとってその絶対的なお店のひとつである。杉田さんのネタの寝かせ加減、仕事の加減、シャリの酢の効かせ具合、耳を澄ますようにそっと握る握りの大きさ、どれもが傑作と呼ぶのが惜しいくらいに途方もない。半年ぶりの「すぎた」ワールドを以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい!


2019年4月13日(土)。この日は東京下町情緒を愉しむ会である。人形町の「玉ひで」から始まって、浅草の「神谷バー」を冷やかして、日本橋三越に遊んでから、「うさぎや」できちんと甘味の買い物をする。最後は、銀座の文豪バー「ルパン」で待機するほどに「日本橋蛎殻町 すぎた」入店の時間が近づく。

水天宮前の「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの店前についたのは、予約時間ぴったりの20:30。今日も存分に「日本橋蛎殻町 すぎた」を愉しむ!

1.【ツマミ】そら豆
このそら豆が旨いのだ。見た目も美しく、わたしはいつもこれは皮ごといってしまう。

2.【ツマミ】北海道、野付の天然のホタテと東京湾の勝浦(千葉)のヒラメ
軽く塩で締めて寝かせたもの、わさびと塩とで。ホタテは柔らかで優しい甘みを纏っている。ヒラメは、お醤油でいただく。醤油の下から、切れ味鋭いヒラメの小気味よい味調を心ゆくまで堪能する。

3.【ツマミ】真鯛の白子
これが絶品!トラフグの白子ほどの王者の風格はないものの、柔らかく優しい気品にあふれた白子である。これは間違いなく鱈白子の上をいくと思う。

4.【ツマミ】宍道湖の白魚の酒盗焼き
白魚というのが季節を感じさせる。そしてまた、酒呑みにはたまらない酒盗焼き味付け濃さに酒が進む。

5.【ツマミ】ホタルイカの味噌漬け、鮟肝を甘く煮付けたもの、新政の貴醸酒
これも「日本橋蛎殻町 すぎた」さんのツマミの定番である。鮟肝の甘みと新政貴醸酒のマリアージュを堪能する。

6.【ツマミ】竹岡の太刀魚の焼き物
「すぎた」の太刀魚の焼き物の美しさといったらない。...それはまさに美しいのだ。一口頬張ったときの脂はたわわなのだけれど、それが次の瞬間、太刀魚のほのかな香りを残しつつ、嘘みたいにキレイにスッと口腔から跡形もなく消えるのだ。

7.【ツマミ】ばちこ
珍しくもふっくらと柔らかいばちこである。塩味も優しく、ばちこの旨みを味わわせる一品である。

8.【ツマミ】鰹
時節柄、冬場の鰹のお餅のような存在感とは異なり、水ようかんのような清々とした凛としたさわやかな佇まいである。

9.【握り】鯖の巻物
大葉、浅葱と鯖の巻物である。これも「すぎた」さんの定番である。こちらの巻物は鯖の味が濃い。そして脂が実にキレイなのである。今日ご一緒した友人は、元来鯖が苦手であるのだが、「すぎた」さんの鯖だけは大丈夫なのだ(笑)

10.【握り】コハダ
やはりこちらに来たら、握りの一品目はこれに限る。わたしが今まで食べたコハダの握りの中で最も旨いと断言できる握りである。ネタに対する仕事の施し加減、シャリの酢加減、握りの大きさすべての観点で過つことなく一番である。

11.【握り】ヒラメ
しかしでも、このヒラメの握りの透明感のある美しいフォルムはどうだろう。一口口に含むと、微かな塩の甘みと、昆布の甘味を感じることができる。また脂の品のよい甘味は格別だ。まさに春を感じさせる逸品である。

12.【握り】赤身の漬け
10日ほど寝かせた鮪の赤身の漬け。赤身の方が酸味が出る。深緋色(こきひいろ)した鮪の赤身の美しさに震える...口に含み耳をすませば、遠くに猛々しく脈動する血潮の響きが感じ取れるようだ。

13.【握り】かすご
鯛の稚魚...かすご。その色調から"桜鯛"ともいわれるこの魚の握りを頬張れば、いまだ真鯛ほどの王者の風格はないものの、淡い色調の向こうに、鯛の風味をそこはかとなく感じ取ることができる。

14.【握り】ボタン海老
ねっとりした舌に絡みつく濃厚な身肉の甘味が、ほかの海老にないボタン海老の醍醐味だ。旨い。

15.【握り】中トロ
鮪の脂が、過剰すぎず、ほのかに化粧を施すように赤身をまろやかになだめてかかっている。赤身をいただいたときは赤身こそ一番うまいと確信していたのに、この中トロにメロメロになる。

16.【握り】鯵
まるみのある酢香が、鯵の旨みを引き立てている。清麗で爽やかに締まり、青身特有の澄んだ潤味(うるおみ)をおびている。噛みごたえは鯵の鮮度のよさを証していて、肉厚な食感が、鯵特有の青身の風味を弥増すようでひたすらここちよい。これも「すぎた」さんのスペシャリテのひとつだと思う。

17.【握り】子持ちヤリイカ
これも春先の時期のものである。一口いただくが、優しくキレイな味わいである。甘みがあって口どけがよい。

18.【握り】巻海老
海老は茹であげたあとさっと握って饗される。シャリのぬくもりから口の中に海老の甘みが広がる。

19.【握り】金目鯛
これがいつもながら素晴らしい。脂のりが凄いのだけれど、たとえばノドグロのように太く迫力がある脂ではなく、金目鯛の脂は、たわわであるにもかかわらず、香りと気品を感じるのだ。

20.【握り】雲丹
わたしは雲丹は軍艦ではなく握りで出していただくのが好みだ。...素晴らしい。ひとつひとつの香りの分子が緻密に濃縮された力強い香気にうっとりとする。

21.【握り】煮蛤
こちらも「すぎた」さんに伺った際の愉しみのひとつである。しっかりと仕事をした握りである。穴子の煮汁を使ったツメを塗った煮蛤。一口含むと、とろっとしたミルキーな風味が蜜のように口中に滲み出してくる。

22.【握り】ミル貝
サクサクとした潔い歯ざわりと豊かに広がる潮の甘味がミル貝の身上だ。貝の中でももっとも味調がとれた味感がある。

23.【握り】アオヤギ
アオヤギ。なかなか渋いネタだ。大輪の牡丹を思わせる華やかさはないけれど、シャキシャキとした味調のなかに草いきれのような鄙びた風味を感じる。

24.【握り】〆鯖
きりりと酢締めした鯖の一巻。巻物の芳醇な感じとはまた違い、引き締まった感じがよい。

25.【握り】穴子(塩)
江戸前のものに比べて上品でカドがないのが九州産の穴子の特徴のように思う。

26.【握り】穴子(ツメ)
鳴門金時のような傷のない甘味が素晴らしい。

最後にもう一度金目鯛をお代わりして一通りとなる。...やはり本日も凄かった。何度訪問しても完璧なまでに素晴らしい。こんな鮨店は、わたしのなかで「日本橋蛎殻町 すぎた」をおいてほかにはない。
白い魚が香り、優しいシャリとの溶け合いを満喫すること。魚の脂に頼ることなく、美しい魚の香りをそっと掌(たなごころ)に包んでしめやかに饗してくれるのが「すぎた」の素晴らしさだ。...それにしても、これが今年最後のすぎただと思うと一抹の寂しさがよぎる。

2018年11月24日(土)、今年最後の「すぎた」での晩餐について、書き綴っていきたい。

ぎんなんからのスタートである。

1.【ツマミ】竹岡のかわはぎと氷見の鰤
鰤はそのままでいただく。寒鰤。極めて脂がキレイである。いたずらな主張もササクレもなく口腔にすっとなじんで、ひたすら豊満である。

かわはぎの方は肝醤油で。筋肉の繊維を噛み締めるこの食感がたまらない。トラフグの薄造りも大変調子の高いものであるけれど、かわはぎの薄造りも捨てがたい魅力がある。トラフグの味調が"陽"だとしたら、少しメランコリックな沈んだ感じがあるのが、このかわはぎの魅力ではなかろうか。

2.【ツマミ】締め鯖、大葉、あさつきの巻物
わさび多めでいただく。これも「すぎた」の定番である。鯖の脂乗りが透徹していて澄み切っている。存在感があるのだけれどスッと"いなせ"な佇まいだ。ここに大葉、あさつきの清々しさが最高のアクセントを添える。

3.【ツマミ】対馬の穴子の白焼き
これがふくよかな焼き上がりであった!アツアツで饗されたそれを頬張ると、穴子の香りを通して、ジビエそのもののなまめかしくも瑞々しい律動を感じる。

4.【ツマミ】タラの白子ポン酢
良質な白子である。わたしの中で、何度いただいても白子は、このタラのものか、フグのものが最も調子が高い。でも、もちろん味わいは違っていて、フグの芳醇でたわわな味調に対して、タラの白子は、生真面目に襟を正した禁欲性を感じるのはわたしだけだろうか。

5.【ツマミ】佐島の煮タコ
大将が最近はいいタコがなくて...と嘆く。なんでも、タコは市場で手に取って揉んでみて、どのくらい指が入るかで良し悪しが分かるそうだ。身肉が弱っていて入るのではなく、身肉の力はあるけど、柔らかい筋肉のものが最高とのことだけれど、昨今それが減ってきているという。...それにしたって「すぎた」の煮タコは旨い!

6.【ツマミ】すじこ、数の子、あんきも 新政のきじょうしゅ(火の鳥)ちょっと甘いお酒
あんきもは甘く煮付けたもの、すじこ、数の子は味噌漬けにしたもの。...いつもの定番である。この甘みに、わたしは江戸前を感じる。

7.【ツマミ】鰤の焼き物
焼き物だけれど、今日は鰤。「すぎた」さんは太刀魚のイメージがあるけれど、今日は寒鰤。これもよい。

8.【ツマミ】ほっき貝
ほのかな温かみが感じられる。食感は、柔らかく、これも貝独特のしゃきしゃきとした食感が心地よい。なんとも身の厚い立派な一品である。

9.【ツマミ】ホタテの磯辺焼き
これは久しぶりだ。ホタテの磯辺焼きは、2017/5/29訪問時にいただいた時以来だから、1年半ぶりだろうか...しかしでも、何度いただいても「すぎた」でだされる佐賀海苔がよい!この佐賀海苔は、おにぎりを巻いて食べたいというより、舌の上にのせてお酒を愉しみたくなるような繊細で緻密な味わいがある。

10.【ツマミ】牡蠣の味噌漬け
これも定番である。しめやかな牡蠣と味噌の風味を堪能する。

11.【握り】こはだ
さぁ、ここからが握りである!...わたしは、大将がすうっと握って黒い付け台に握りをそっと置くさまが大好きだ。それだけでポーっと見とれてしまうのだ。

そして、いつもの通り、最初は仕事を施したこはだのスタートだ。ここで、「すぎた」の握りの素晴らしさに胸をえぐられ、毎回愚かしいけれど、あらためて気を引き締めることになる。

12.【握り】鯛
しばらく、白身の握りにうっとりしよう!...白身の中でも、やはり鯛は王者の風格がある。香り立ち華やかながら、内に秘めたものがある点で、やはり白身の最高峰である。

13.【握り】さわら
この白身も大好きだ。鯛ほどの華美さはないけれど、哀愁をおびた低音の和音を感じるようなその佇まいに、そっと抱きしめたくなるような雰囲気がある。そして藁で燻した薫香!

14.【握り】かすご
鯛の赤ちゃん。実は、わたしは、かすごと鯛は別物という印象がある。かすごはとても柔らかく上品だ。でも、あの鯛の風格を思うと、このかすごがどういう経緯を経てあの白身の王者の風格をまとうのか、いつも不思議な気分になる。...無論かすごの品の良さは折り紙付きだ。

15.【握り】赤身
わたしは、あらゆる鮨屋の鮪の中で、「すぎた」の鮪が一番好きである。これほど魚を感じさせる鮪があるだろうか。そもそも牛肉みたいな脂だらけの鮪なんていらないのだ!その意味で「すぎた」の鮪は美しい。

16.【握り】中トロ
脂の入り具合といい、中トロも洗練されていて旨い。素晴らしい背かみである。

17.【握り】いわし
やっぱり「すぎた」で饗されるいわしは旨い。...世の中にこんなにうまい魚があっていいのかと思うくらいに旨い。誇張なく「すぎた」のいわしであれば、わたしは命を捧げるくらいの準備がある。ここのいわしの素晴らしさは、落涙ものである。

18.【握り】赤貝
これもまったり舌に媚びてくる食材というより、透徹系である。この鉄の透徹感に心が震える。

19.【握り】巻き海老
そっと柔らかに、炊き立ての巻き海老の握りで落ち着く。

20.【握り】青森の雲丹
甘い。さりとて、恬淡としていて、媚びてこない佇まいに好感が持てる。

21.【握り】墨烏賊
ここからは大将にお願いして、お好みのラインナップだ。墨烏賊。歯切れよく、やっぱり鮨でイカといったら墨烏賊、という逸品である。

22.【握り】蛤
最後に煮蛤、さらに、赤身、雲丹、をお代わりして、穴子(白)、穴子(ツメ)、卵焼きで一通りとなる。

「日本橋蛎殻町 すぎた」。ここはやはり凄い。2018年もそろそろ暮だけれど、やっぱりわたしはここを一番のお鮨屋さんとして推奨したい!

香り立つ美しい鮨。...青身魚の真っすぐな味調から微妙にずれたコハダの奏でる小悪魔的な不協和音は、どうしてあれほど美しいのか。...軽くあぶって香ばしさ際立つ金目鯛のふくよかな味わいは、なぜこんなに食するものを興奮させるのか。...そしてそれらの珠玉の味わいを、張りの中にもユーモアがある、杉田さんが作り出す垢抜けたカウンターの空気感が、さらに洗練させていく。...ここは、"名店"という言葉が惜しまれるくらいの途方もない鮨店である。

もう何度目の訪問になるだろうか。...またまた「すぎた」での素晴らしい晩餐について、以下詳細に書き綴って行きたいと思う。

本日のお連れさまと店前で落ち合う。2018年5月4日(金)、18:00。お連れさまは、今回初めてとのことで、ことのほか今回の「すぎた」訪問を愉しみにされている。

入店して、まず最初はビールを軽くいただく。...乾ききった空腹に冷たいビールが染みわたるほどに、今日もまた、ツマミも握りも完全制覇でいくことを固く心に誓う!(笑)

1.【ツマミ】そら豆
豆とはいえ、お芋のようなホクホクとした存在感がある。そして、そら豆ならではの鄙びた味わいの向こうにたゆたう、そら豆独特の"青さ"が、夏の夕暮れの縁台に響くひぐらしの声を彷彿とさせる...

2.【ツマミ】真子ガレイとたいらぎ
この真子ガレイもこの時期「すぎた」の定番である。弾力のあるテクスチャの向こうに初夏の空の透き通った透明感を感じさせる逸品だ。時にアオリイカとの合わせであったりするのだけれど、本日のたいらぎの朴訥な佇まいとの相性もすこぶるよい。

3.【ツマミ】佐島の煮ダコ
いつもながらこれが素晴らしい。毎回、この佐島のタコの筋肉の緻密さにやられてしまう!そしてまた、この甘さ加減がわたしの好みのど真ん中を射貫いているのだ。これはわたしの中で今までいただいた煮ダコの中で最高の逸品である。

4.【ツマミ】アナゴの茶わん蒸し
これもいつのものように「すぎた」さんでホッと落ち着ける秀逸な一品である。

5.【ツマミ】鯛白子
白子といえば、誰もがフグを思い出すけれど、あの迫力とはまた違って、鯛白子の柳美人のようなすんなりとした姿の良い味調にしばし言葉を失う。

6.【ツマミ】鯖の海苔巻き
これも「すぎた」さんの定番である。真っすぐで透徹した鯖の力強い旨みが、佐賀海苔できちっと巻かれて出される。そしてこの海苔が秀逸。...この佐賀海苔は、おにぎりを巻いて食べたいというより、舌の上にのせてお酒を愉しみたくなるような万華鏡のような緻密な味わいがある。

7.【ツマミ】子持ち蝦蛄
蝦蛄とは何か。...これは、同じ甲殻類とはいっても海老とは全く異なる。海老にはない蝦蛄独特の湿り気を帯びた沈んだ調べが蝦蛄の最大の特徴だと思う。そして、今日はその子持ち蝦蛄。...その憂いを帯びた味調に耳を澄ましながら堪能する。

8.【ツマミ】鮟肝、バチコ
これも「すぎた」さんの定番である。これを新政の貴醸酒(きじょうしゅ)でいただくのが「すぎた」流である。...バチコも肉厚の肉厚さ加減が感動的だ!

9.【ツマミ】太刀魚の焼き物
これも「すぎた」さんのスペシャリテといってもよいと思う。...とにかく潤沢でキレイな太刀魚の脂乗りに感動すること請け合いである!

10.【ツマミ】雲丹の佃煮、数の子、ホタルイカの沖漬け
今日のツマミのトリである。"雲丹の佃煮"というのがいつもながら渋い(笑)。...ちなみに、今日のお連れさまは、ホタルイカの沖漬けの旨さにひとしきり感動されていた♪

11.【握り】コハダ
さぁ、ここから握りの連綿である!まずはいつものようにコハダからである。...「日本橋蛎殻町 すぎた」で握りの一品目は、これでないといけない。...青身特有の味の濃さの向こうに漂う蠱惑的なコハダ臭にいつもながら打ちのめされる!

12.【握り】真鯛
これがまた美しい。...しつこくなく、しかしでも泰然としていて、王侯貴族のような風格すら感じさせる。...静かに黙る旨さだ。

13.【握り】マグロの赤身
わたしが「日本橋蛎殻町 すぎた」を愛して止まないのは、鮨屋の仕事にある。「すぎた」で仕事を施さないネタといったら、ウニと中トロ(本当にたまに大トロ)くらいで、そのほかはほとんどすべてのネタに手当てを施しているそうだ。だから、マグロも仕事を施した、宝石のように美しいこの赤身が一番好きなのだ。

14.【握り】かすご鯛
さきほどの真鯛を柔らかくしたような、優しい味わいの握りだ。「すぎた」のカドの立っていない酢飯との相性が抜群である。

15.【握り】マグロの中トロ
マグロは赤身が好みとはいえ、なるほど、コイツは旨い。濃厚とまではいかないけれど、脂がしっかりのっている。ただ、わたしにとって、「すぎた」さんでいただく中トロ(大トロ)はあくまで、連綿と続くいなせな鮨ネタの中に置かれた嫋(たお)やかなアクセントという位置づけで、決してそれが主役ではないのだ。

わたしの中では、「すぎた」の本質は、なんといっても仕事を施した白い魚にあると思う!

16.【握り】鯵
島根の"どんちっち"はまだだったけれど、「すぎた」の鯵は肉厚で、旨みを凝縮していてやはり欠かせない。

17.【握り】子持ちヤリイカ
歯切れよく気風(キップ)のよいスミイカのテクスチャとは違って、柔らかで優しい味わいがする。

18.【握り】サーモン
「だいたいサーモンというとお客さまがっかりされます」という大将の一言に、カウンターに笑いがさざめく。しかし、これもどうしてどうして素晴らしい。仄かな熟成から立ち上る白身と赤身の中間の艶めかしさを味わわせる逸品である。

19.【握り】巻きエビ
握る前にボイルしたエビ。大きさといい、温度感といい、「すぎた」のエビの握りはやっぱりよい。

20.【握り】金目鯛
これが、待ってましたの逸品だ!最上級の脂乗りを愉しむのだとしたら、やはりこの金目鯛か、クエだと思う。(のどぐろよりずっと品性があると思う)

21.【握り】ムラサキ雲丹
わたしは、「すぎた」のウニの握りが滅法好きだ。まず、大将が握りを付け台にそっと置くその姿がいい。こぼれる涙をそっと拭うようなその優しい掌(てのひら)のしぐさは、まさに映画的な感動がある。

22.【握り】ほっき貝
優しいシャリと、肉厚で、シャリシャリとしたほっき貝の味調が何とも愉しい。貝は味わうほどに旨みを演出する。

23.【握り】カツオ
「すぎた」さんでは、冬場に迷いガツオの握りを出されるが、今日のは太平洋側だと思う。太平洋側のこれはこれで気風(キップ)がよくてよい握りだ。

24.【握り】しまえび
これが悩ましかった。甘みがあるけれど、噛み締めるほどに、媚びるような甘さに堕落することなく海老の旨みを際立たせる逸品。ぜひ、お薦めしたい!

25.【握り】ミル貝
アワビに匹敵する旨み。貝類の中では、大変端正な味調のとれた貝である。

26.【握り】アナゴ 塩
やはり、「すぎた」さんでは塩、ツメ両方いってしまう。とろけるアナゴの表面の塩のざらつきを堪能する。

27.【握り】アナゴ ツメ
これはもう蕩けるような逸品。デザートといってもよい最後の締めである。

最後にいつものように美しい玉で締めとなる。...今日も目一杯美味しいお鮨をいただいた!今日のお連れさまも大変満足され、お誘いした甲斐があったというものだ。...もう、今の今から次の訪問が愉しみで仕方ない!

「すぎた」の握りは、あくまでも引き締まったキレイな白身が中心である。そして、握りの中ほどで、背かみの赤身と中トロの脂ノリが、薄紅色(うすべにいろ)のように仄かに柔らかな存在感をしめしてくるのが特徴だ。...だからシャリはあくまでも酢の立ち過ぎていない優しい佇まいでまとめられていて、これが、コハダ、鯛、かんぬき、そして背かみの鮪といった、いきでいなせなタネに滅法合うのだ。

2018年3月24日(土)、「日本橋蛎殻町 すぎた」での素晴らしい晩餐について、以下詳細に書き綴っていきたい。今日はツマミから春を感じさせるラインナップである。

1.【ツマミ】そら豆
わたしは、皮ごといく。本日のお連れさまは、そら豆の皮は剥くタイプだそうだ(笑)。ま、このあたりは、ひとそれぞれ、好きなようにいただけばよいと思う。

2.【ツマミ】ミル貝は岡山のもの、鮃は千葉の東京湾、安房勝山のもの
ミル貝の最高級品は岡山である。京都の「木山」さんで出たミル貝もとても調子が高かったけれど、やはり岡山産であった。コリコリとした食感の向こうに磯の香りが香る。

3.【ツマミ】佐島の蛸
これは雌。...それにしても「すぎた」さんのこの煮蛸はぜひ味わっていただきたい。その旨さに、幸福な沈黙を強いられる素晴らしい逸品である。

4.【ツマミ】腸がしっかりとついたミル貝
水管だけでなく、本ミル貝のミル舌がしっかりとまとわりついたものを焼いている。これは珍しい。この貝の甘みは犯罪だ!

5.【ツマミ】このわたの茶碗蒸し
限りなく透き通った味わいで、どこまでも優しい。

6.【ツマミ】あん肝、ホタルイカ、ノレソレ
ノレソレ。時期を感じさせる食材だ。穴子の稚魚。それに卵黄とポン酢を合わせたソースを絡めてある。そして、味噌漬けのホタルイカに、あん肝だ。ここに秋田の新政の貴醸酒をあわせるのが「すぎた」流だ。

7.【ツマミ】東京湾の竹岡の太刀魚
この脂ノリが凄まじい。しかもその脂に一片のいやらしさもなく、そのキレイな味わいに舌を巻く。

8.【ツマミ】バチコ
日本酒のアテにこれ以上のものはないと断言したい!

9.【ツマミ】白魚
肝が添えられた白魚。春を感じさせる逸品である。

10.【握り】コハダ
ここから握りである。いつものごとく、「すぎた」さんではコハダからの握りとなる。これが何度いただいても途方もなく素晴らしい。魚は香りのものであることを突き付けてくる「これぞ鮨!」といった逸品である。

11.【握り】鮃
媚のないこの弾力こそが鮃の持ち味だ。そして透き通る青空のような澄明な味調にこそ鮃の本来の特徴がある。旨い。

12.【握り】鯛
一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

13.【握り】赤身
「すぎた」さんのマグロの味わいは粋である。こちらの赤身をいただくと、大トロの握りにまったく魅力を感じなくなるから不思議である。

14.【握り】中トロ
ほのかな脂の差し具合がなんとも素晴らしい。赤身の血潮にほんのりと良質な脂で薄化粧を施したような感じである。

15.【握り】鯵
"どんちっち"とまではいかないけれど、これも青身の素晴らしい脂ノリに溜息がでる。

16.【握り】かすご鯛
真鯛の稚魚。そこはかとない甘美さの奥にコクのある鯛の香りが陽炎(かげろう)のように立ち昇る...

17.【握り】トリガイ
シャキシャキとした鳥貝の肉の響きがなんともよい。鶏肉を食べている感覚と似ているからトリガイという名前がついたと言われるくらいで、弾力感のあるささみ肉をいただいているような感覚を覚える。

18.【握り】巻き海老
握る前に茹で上げたものである。人肌のぬくもりから口の中に海老の甘みが広がる。

19.【握り】子持ちヤリイカ
女性的で、優美で繊細。"たおやめぶり"とでも言おうか...優しい味覚を堪能する。

20.【握り】紫雲丹
紫雲丹の、枯淡の域に達したと表現したいような滋味深い味わいがなんとも素晴らしい。

21.【握り】かんぬき
これも春の逸品。しかし、もうそろそろ盛りは終わりだろう。

22.【握り】金目鯛
脂ノリが素晴らしい。「すぎた」にお伺いしたら絶対に味わっておきたい逸品である。

23.【握り】煮蛤
刷毛で煮ツメをさっと塗って、饗される。さっそく口に放り込むと、とろっとしたミルキーな風味が蜜のように口中に滲み出してくる。しかし、その奥の奥の方に、貝の旨味というか、肝臓に染み入るような蛤の滋味がしんしんとしめやかな調べを奏でているのが聴き取れる。

24.【握り】穴子(塩)
その味わいはきわめて上品。九州産穴子の特徴が十二分に引き出された一品である。

以上で、一通りとなる。何度訪問しても、鮨屋はこの「日本橋蛎殻町 すぎた」とともにこの地上に生まれ落ちたに違いないと思わせる素晴らしさだ!次回の訪問が今から愉しみである。
そういえば、すぎたさんって雲丹は海苔巻きにしませんよね、とふと思い立って大将にお声がけしてみる。すると、「ええ、海苔巻きにするのは、年に数回ぐらいですかね...もちろん、雲丹って海苔との相性がよいですから、軍艦もいいんですけれど、シャリと直に合わせた雲丹がリゾットみたいになるのが、僕は好きなんですよ」...淡泊で上品な甘みの中に一抹の仄かな苦み漂う雲丹と、シャリが演じたてるマリアージュを堪能しながら、大将とこんなやりとりをゆったりと愉しむのが「すぎた」でのこの上ない贅沢な過ごし方だ。

2018年2月10日(土)。2回目の回転。始まったその瞬間から、この空間が終わりを迎えることが惜しまれてならない「すぎた」でのひとときについて、以下詳細に書き綴っていきたい。本日のお連れ様とはお店で直接落ち合う。ほとんど待たされることなく、カウンター席に通される。

今日もつまみから、食材に合わせて日本酒を出していただく。(ただし、握りからは前回宗隆さんに教えてもらって味をしめた米焼酎のガリ酢割りでやっていただくことにする)

【ツマミ】浅葱の新芽
冬場の"きぬかつぎ"、早春の"わけぎ"、夏場の"枝豆"、秋の"銀杏"と「すぎた」の突き出しは季節にあわせて目くるめく。春を目前にしたこの一品の慎ましい優しさもことのほか好感が持てる。

【ツマミ】アオヤギとカワハギ
アオヤギはお醤油とわさび、カワハギは肝醤油をつけていただく。アオヤギ。その味調は、その姿形から感じ取れる艶めかしい印象とは異なり、しこしことした食感の向こうに底堅い存在感のようなものを感じる。やはりこれはしっかりと醤油と合わせるのが正しいやり方だ。いつもながらカワハギからは、その筋肉質な弾力と、駆け抜ける澄明な味調にこころのときめきを感じる。

【ツマミ】ゴマサバの海苔巻き
わたしは、「すぎた」の海苔巻きが大好きである。ときに鰯であったり、鯖であったりするのだけれど、それら光モノを香り高き佐賀海苔で巻いたこの一品が何とも素晴らしいのだ。

【ツマミ】たいらぎの西京焼き
渋い。これは噛むほどに味わいが募りゆく渋い逸品である。たいらぎの噛みごたえのある存在感から静かに浮き上がる西京焼きの味噌の風味が何とも渋い。

【ツマミ】白子ポン酢
口に含んだとたんに感じる、この艶っぽいぬくもりにいつもやられてしまう。これほど日本酒のアテにもってこいの逸品がほかにあるだろうか...

【ツマミ】縞海老の頭を軽く炙ったもの、数の子、雲丹の佃煮
これもまた"THE酒のアテ"といった一品だ。炙った向こうに縞海老の仄かな甘みを感じる。また、この雲丹の佃煮が、雲丹の旨味が濃縮された良い味わいを出している。

【ツマミ】千葉の竹岡の太刀魚の焼き物
これが凄い。溢れる上質な脂にむせ返りながら、その香りを存分に堪能する。

【ツマミ】白魚の酒盗焼き

...白魚のどつと生るゝおぼろ哉

朧月の揺らめく青い水中に"どっと"生まれる白魚の生命の乱舞。...一瞬、そんな春の躍動感溢るる一茶の句が脳裏をよぎる。

【ツマミ】佐島のタコの柔らか煮
タコは冬と初夏がよい。こちらの煮タコの筋肉質な食感から放たれる旨味にいつもやられてしまう。

【握り】コハダ
いつものように一貫目は、コハダである。青身特有の味の濃さの向こうに蠱惑的なコハダ臭が漂う。思わず瞳を伏せて、「いる、いる、いる」とひとりごちてしまう。

【握り】寒ヒラメの昆布締め
寒ヒラメは今が良い。一種名刀のような冴えわたった切れ味を思わせる味調にどきりとする。

【握り】鯛
冬場の深場の鯛には独特の力強い香味がある。口中に放り込んでからいつまでも残る残り香にうっとりとする。

【握り】寒鰆
低い哀愁を帯びた和音。そんな印象の魚だ。陽気といより楚々とした落ち着きのある味調だ。

【握り】大洗のかすご鯛の昆布締め
真鯛の稚魚。...噛み締めると、身の芯までまわった酢が香り立ち、そこはかとない甘さの奥にコクのある鯛の香りが陽炎(かげろう)のように立ち昇る...

【握り】山口県仙崎の赤身の漬け
これが宝石のように美しい。「すぎた」の鮪は絶品である。脂まみれでなく何とも姿がよいのだ!

【握り】鯵
味が濃い。肉質は強い弾力性があり、脂の載り方が実に緻密である。これは青ものの最高峰に違いない。

【握り】金目鯛
これはいただいた瞬間、心の中で「やられた、やられた」と呟き続けている自分を発見する。たわわに溢れる脂の上品さ、その香り、全てが完璧である。

【握り】巻き海老
「普通、一度茹で上げてから、そのまま握るんですが、腹を開くまでに少し時間があって冷めますので、直前にもう一度そっと軽く火を入れてから、握るんです。そうすると食感がぐりぐり過ぎないで丁度良いんです」繊細な仕事が光る逸品だ。仄かな海老の甘みに酔いしれる。

【握り】中トロ
脂のりが丁度良い塩梅。江戸前の矜持を感じる素晴らしい逸品である。ほとんど言葉による修飾や説明を必要としない優れた握りである。

【握り】紫雲丹
リゾットのように広がる旨味を存分に堪能する。

【握り】サヨリ
これも時期である。身がしまっていて贅肉がない、流れるような溌剌とした精彩を感じさせる逸品である。

【握り】墨イカ
「すぎた」のこの墨イカがまた何とも粋なのだ!この歯切れ、媚のない味わい、...嫉妬するくらいにいなせで粋なフォルムに収まっている!

【握り】愛媛のトリガイ
わたしはトリガイというものに目がない。シャキシャキとした肉の響きの中に鄙びた味調が聴きとれる、あのトリガイの楚々とした感じがわたしは大好きなのだ。

【握り】バフン雲丹
とろけるような赤。シャリに乗っているのが奇跡としか思えないような佇まいで饗される。一口でいただく。ひとつひとつの雲丹の香りの分子が緻密に濃縮され、力強い香気となって押し寄せてくる。

【握り】穴子(塩、ツメ)
塩はさっぱりと穴子そのものの良さを堪能できる一品。ツメはまるで金時芋のように濃密に悩ましい。

最後に、玉とアサリの澄まし汁で一通りとなる。やはり、素晴らしすぎる。...と、ふと、2018年のミシュランガイドのことが脳裏をよぎって少しばかり気分が悪くなる。...この「すぎた」が1つ星!?どこからどんな誤解をすればそんな評価に着地するのか、まったくもって意味が理解できない。

...そもそも、わたしはあのタイヤの星というのはまったく信用していないけれど、この「すぎた」や「鳥しき」、「ペレグリーノ」、「深町」、「ICARO」といった名店に、軒並みベタベタと1つ星という醜いレッテルを張りまくって涼しい顔でやり過ごしているその暴挙を見るにつけ、あの格付け機関のことだけは、絶対に許さないと心に誓う!
すぎたの"ガリ酢"は生姜のエッジが効いている。...甘みが抑えられた"ガリ酢"で米焼酎を割ると、味わいがことのほかキレイで、握りとの相性が滅法よい!今日はこれですぎた絶品握りの連綿をひとしきり愉しむ。

2018年1月14日(日)、17:00。かねてから愉しみにしていた今日のこの日。いつものように水天宮の裏路地で「テキサス」の年季の入った看板を眺めやっていると、友人の姿が遠くに視界に入る。大きな声で「こんにちは!」と元気よくお声がけいただく。...いつも懇意にさせていただいている「ICARO miyamoto」のお兄さん、宗隆さんだ。今日は、宗隆さんと「日本橋蛎殻町 すぎた」の会である!


17:00になると暖簾がかかって、入場可となる。宗隆さんの気配りは素晴らしく、お店のみなさんとわたしにまでお土産をご用意されている。今日は、嬉しいことに大将前である。

【ツマミ】浅葱の新芽
優しい新芽の仄かな甘みに癒される...胃袋の空虚感に静かにしんみりと染み渡るのが心地よい。

【ツマミ】つぶ貝とカワハギ
つぶ貝はお醤油とわさび、カワハギは肝醤油をつけていただく。つぶ貝は輪郭がしっかりとしている。カワハギの澄み切った味わいもいつもの通りである。

【ツマミ】長崎壱岐の迷いガツオの漬け
このまろやかさが素晴らしい。もうそろそろ終わりの時期かと思うと何か一抹の寂しさを感じないでもない。

【ツマミ】タラ白子
この柔らかな舌ざわりから伝わる温もりに、冬の恵みを感じる。これももうそろそろ終わりの時期である。

【ツマミ】白魚の酒盗焼き
とうとう、白魚の季節がやってきた!

 明ぼのや しら魚白き こと一寸(芭蕉)

可憐な白魚の一尾一尾の味わいに、遥かけく瞬く春の言祝(ことほ)ぎを感じる...


【ツマミ】赤むつの焼き物
太刀魚の焼き物も脂載り抜群だけれど、赤むつはやはり迫力がある。

【ツマミ】穴子の茶碗蒸し
優しい味わいである。対馬の穴子も角がなくて素晴らしい。

【ツマミ】シメ鯖の巻物
これがすぎたでのお愉しみの1つである。時期によって巻かれるものが鰯であったりもするのだけれど、なんといってもこの佐賀海苔が秀逸なのだ。強い旨味と美しい香りにいつもやられてしまう。

【ツマミ】佐島のタコの柔らか煮
これもいつものごとく素晴らしい。お鮨やさんの最高の仕事を味わえる逸品である。最上のタコの筋肉の内に秘めた力強さを堪能できる逸品である。

【ツマミ】雲丹の佃煮
中々滋味深い。これは酒のあてにもってこいの一品だ!

【握り】コハダ
さぁ、ここから握りだけれど、今日はここから宗隆さんを真似て、例の"ガリ酢"割りでいってみる。...これが滅法良かった。"ガリ酢"というのは甘目なのが通常のようだけれど、すぎたの"ガリ酢"は、生姜の辛みが立っててキリリとしている。わたしは、握りは今後これでいくことにしたい。そのくらいに握りとの相性が素晴らしかった!

最初の握りはコハダである。蠱惑の一品だ。

【握り】淡路の鯛
今日の鯛も味わいがキレイだ。みなぎる身肉(みしし)からあふれ出す高貴な鯛の味わいを、いつまでもいつまでも堪能する。

【握り】山口の鯵
良質な鯵である。清麗で爽やかにしまっていて、特有の澄んだ潤味(うるおみ)のある香りがする。

【握り】鰆(さわら)
この藁の燻しが堪らない。一口いただくと、一瞬藁の薫香で魚の香りは不安定に揺さぶられる。...しかし味わうにつれ、納得するほかない強い旨味の着地点に収まる素晴らしさは感動的ですらある。

【握り】墨イカ
歯切れのよい江戸っ子の気風の良さを感じる逸品だ。透明で艶やかで宝石のような一品である。

【握り】大間の鮪、赤身の漬け
すぎたの鮪は色気がある。なんとも粋な色気があるのだ。媚のない恬淡(てんたん)な色気と言おうか。この鮪があることで、すぎたの鮨の連なりの引き締まり方が全然違う。

【握り】大間の鮪、小トロ
これも、大トロの溢れるような脂載りの一歩手前で押さえている感じが何とも粋なのである!

【握り】鰯
誰が何と言おうと鰯は旨い!これが庶民に手が出ない高級魚でないことにひたすら感謝しようではないか!

【握り】巻き海老
握る前に茹で上げられるこれもいつものように秀逸である。シャリを巻き海老の温もりが優しく包み込む。

[b:【握り】青森の紫雲丹

紫雲丹は、バフンウニのような焔立つ迫力ではなく、実に慎ましやかな旨味を湛えている。

【握り】穴子塩
今日は穴子の塩で一通りとなる。...しかしでも、今日は何といっても「ICARO miyamoto」の宗隆さんとご一緒できたのが素晴らしかった!...彼は、そんなに口数が多い方ではない。しかし、なんというか...あからさまに表面には出ないのだけれど、仄かに優しい雰囲気を持った方なのである。(これは義隆さんも一緒)そして、(わたしが言うのもおこがましいけれど)味覚に対してしっかりとした哲学を持っている。...だからご一緒していて滅法面白い。今日は素晴らしいすぎたで、お鮨と宗隆さんとの申し分ない晩餐であった!
去年1年を振り返ってみて素晴らしいお店との出会いは多々あった。...今はなき「カゲロウ」もよかったし、「まき村」も感動的であった。「寿しの吉乃」もその巧みの技を存分に愉しませてくれた。しかしそうした例外的なお店でさえ、「日本橋蛎殻町 すぎた」の前では色あせて見える。この鮨店はわたしが味わってきた鮨店の中で紛れもなく最高の鮨店である。

2017年12月10日(日)11:00。「日本橋蛎殻町 すぎた」さん再訪。本日は大将前である。大将にご挨拶して、皆さんで愉しんでくださいと、自由が丘のパティスリー・パリセヴェイユ で買ってきたお土産をお渡しする。

ほどなく、今日のお料理がスタートする。

【ツマミ】三重の尾鷲のかんぱちとカワハギの刺身
かんぱちはお醤油と山葵でいただく。カワハギは肝ポン酢でいただく。カンパチのねっとりとした練り羊羹のような味わいにうっとりする。カワハギは柔らかい筋肉の中にも引きしぼった弓のような緊張感をみなぎらせている。

【ツマミ】長崎壱岐の迷いガツオの刺身
雨に濡れた躑躅(つつじ)のような目の覚める光沢が素晴らしい。一度塩でしめてから漬けにしている。味がしっかりついているので、そのままでいただく。太平洋側のものと比べると、酸度が高くなくまろやかでそれほど鉄分を強く感じさせない。実にキレイな味わいである。

【ツマミ】佐島のタコの柔らか煮
まず、圧倒するようなタコの香りが素晴らしい。こんなに薫り高き煮だこを出す鮨店をわたしはしらない。噛みしめるほどに脈打つようなタコの旨味が口中に広がる。

【ツマミ】羅臼のタラ白子の焼き物
タラ白子。ぬくもりを帯びたメランコリックな味わいといえばよいか。感情を内に秘めたようなこのタラ白子の旨味は、しんしんと雪の降り募る海辺の光景を彷彿とさせる。

【ツマミ】あん肝と牡蠣と貴醸酒
あん肝は甘く煮付けたもの、味噌漬けにしてある。これと貴醸酒の相性が素晴らしい。

【ツマミ】太刀魚の焼き物
これも「すぎた」さんの定番だ。しかしでもこの熱々に焼き上げられた身肉(みしし)がほろほろとほどけだす食感がたまらない。また、この魚も強い青身魚の香りを持っている。

【ツマミ】数の子の味噌漬け
これも「すぎた」さんの定番だ。「すぎた」さんで出されるネタは、摘みであろうと必ず何らか仕事がされているのが嬉しい。

【ツマミ】対馬穴子の白焼き
長崎の穴子だ。強く焼き上げられたホクホクの食感を愉しんだかと思うと、次の瞬間口の中で上品に溶ける。

【握り】コハダ
ここから、握りになる。このコハダにしかない独特の臭気がたまらない。わたしは鮨ネタの中で最も好きなネタは、間違いなくこのコハダである。しかも「すぎた」さんのコハダは、他の追随を許さないものがある。

【握り】淡路の鯛
わたしには、どうしてもこの時期の鯛が一番うまいと感じられる。鯛特有の懐の深い味わいで残り香がいつまでもずっと続く。贅沢な余韻を胸いっぱいに愉しむ。

【握り】鰆(さわら)
少し藁で炙ってある。この藁で少し炙る仕事が素晴らしく鰆の旨味を引き立てている。藁の香りがふわっと鼻腔を抜けた後、鰆の上品で淡い脂肪の旨味が口に広がる。

【握り】北寄貝
北寄貝は、甘味があり、旨みをたっぷりと含んだジューシーな味わいだ。

【握り】大間の鮪、赤身の漬け
これはしかし、通常の鮪の赤身よりまろやかな感じ。血の香りが立っていない。「すぎた」さんでは鮪は腹かみを使われることもあるようだけれど、もっぱら背かみを使われるそうだ。

【握り】大間の鮪、中トロ
緻密な旨味がある。腹かみのような脂の横溢感はないが、上品にして旨味もしっかりある。わたしは鮪は背かみの方が断然好きである。

【握り】鰯
これが素晴らしかった!鰯の魚の香りを感じさせてくれる逸品である。香味は軽いものの流れるような潤味のある味わいにうっとりしてしまう。お塩とお酢で軽く締めている。すうっと溶けるような味調の高さに惚れ惚れする。思わずお代わりしてしまう。

【握り】金目鯛
炙られた皮から上質な脂が溢れ出す。とろりと甘く、白身とは思えない濃厚な旨味をもっている。絶品!

【握り】巻き海老
シャリと茹で上げられたばかりの巻の暖かい身肉の相性が抜群である

【握り】青森の紫雲丹
馬糞雲丹が、濃厚で感情を内に秘めたような力強さがあるのに対して、紫雲丹は恬淡ですっきりとした味わいを持っている。品良い雲丹の旨味を存分に楽しむ。

【握り】しめ鯖
鼻腔を駆け抜ける酢の風味が、抜き身のようなしめ鯖の鋭い存在感を際立たせる。脂のりも大変良い。

【握り】鰤
寒鰤である。字のごとく師走に一番脂がのって味がよくなる。これも香りのものだ。どういったらよいか...磯のにおいを感じさせる鮮魚臭とでいう香りに惚れ惚れする。

【握り】鰯
お代わり

【握り】金目鯛
お代わり

【握り】穴子塩
江戸前のものに比べて上品でカドがないのが九州産の穴子の特徴のように思う。

【握り】穴子ツメ
鳴門金時のような傷のない甘味が素晴らしい。

一筋の瑕瑾もない玉をいただいて一通りとなる。今回もまたしても文句がつけられないくらいに素晴らしかった!次回は今月、ICARO miyamotoの宗隆さんとお伺いする予定だ!今から愉しみだ♪

「日本橋蛎殻町 すぎた」は、ひたすら粋である。ここには塗り固められた旨味などどこを探しても見あたらない。...「鮨はね、まずは姿が良くなくっちゃぁしょうがねぇや」という江戸っ子の気っ風(キップ)のよい啖呵がどこかから聞こえてきそうだ。だからここでは、キャビアとかトリュフとか松茸といった派手な味覚の演出などはハナっから遠ざけられ、最後まで、柳葉のような、しゃなりとした魚の香りが、端正に臭覚と味覚を刺激してくれる。それがなんとも心地よいのだ。

「日本橋蛎殻町 すぎた」で過ごした晩餐はまたもや素晴らしかった。以下、その詳細を書き綴っていきたい。2017年11月18日(土)、20:00。友人たち4人とお店で直接落ち合う。座席に着く際、付け場の大将から物腰低く、しっかりと目を合わせて「いらっしゃいませ!」とお声がけいただく。その惚れ惚れするような低音の声の良さに心のこわばりが一気にほどけてしまう。

今日もまたお任せで、お酒も大将に見繕っていただく。まずは、ほろ苦な銀杏からのスタートで、はやる心を落ち着かせる。

1.【ツマミ】鰈(かれい)
美しい刺身である。ほんの少しお醤油をつけて頬張ってみるが、空に吸い込まれるような清澄さの中に格調高い味わいを堪能する。

2.【ツマミ】長崎壱岐の迷い鰹
これが冬のすぎたさんでの愉しみの一つ。実に鰹っぽくない鰹である。鰹は江戸っ子の気っ風のよさを感じさせるはっきりした味わいの魚だけれど、この迷い鰹は、なんとも艶めかしくも悩ましいのだ。...鰹が食べている魚の違いだろうか。太平洋の鰹は鰯を食んでいるけれど、日本海側の鰹は鮪の群れに交じって、烏賊を食べている。...ひょっとするとそんな食べ物の違いがこの身質の違いを生み出しているのかもしれない、などとぼんやり思いを巡らす。

3.【ツマミ】仙鳳趾の牡蠣
口中に広がる牡蠣特有の滋味掬(きく)すべき風味はどうだろう!これはまさに海がこぼした涙である。

4.【ツマミ】鰯の海苔巻き
脂ののったお酢でしめた鰯に、大葉、浅葱、ガリ。鰯のたわわな脂のりに溜息がでる!山葵をしっかり塗布しても、辛み成分を脂が涼やかになだめてくれる。そして圧巻だったのが、佐賀海苔。旨い。...太い味がドンときてずうっと続く感じ...おにぎりに巻きたいくらいな旨味の強い海苔である。...でも、旨味だけでなく香りも江戸前に負けない香り高さがあるのが素晴らしい。

5.【ツマミ】タラ白子
鱈白子のクリーミーで生っぽい温かみがよい。口に含めば、雲間に漂うような至福感を感じる。河豚ほどの格調はないものの、これは冬場に欠かせない逸品だ。

6.【ツマミ】竹岡の太刀魚の焼き物
このホクホク感は凄すぎる!口に含めば、ほどけてホクホク。そして太刀魚の脂の華やかさに息が詰まりそうだ!

7.【ツマミ】あん肝、数の子、貴醸酒
すぎたに来たらこれだ。甘く煮付けたあん肝、味噌漬けにした数の子、それに貴醸酒。貴醸酒とあん肝の相性。申し分ない。

8.【ツマミ】対馬の穴子の茶碗蒸し
ここでしっとりと茶碗蒸し。対馬穴子の繊細さと卵のやさしさに癒される。

9.【ツマミ】佐島の煮だこ
は、わたしは、すぎたさのこの煮だこに滅法目がない!甘くて色気を感じさせる香りがあって、テクスチャもいささかのささくれもない。...佐島の最高級品を使われているのだけれど、同じ食材のものを他所で食べても絶対にこの素晴らしさは体感できないと思う。つまり、すぎたさんの仕事の素晴らしさが光りまくる逸品である!

10.【ツマミ】対馬の穴子の白焼き
対馬の穴子は優しくも麗しい。仄かな温かみとともに、そっと添えられるような慎ましやかな味わいに心が静かに落ち着く。

11.【握り】コハダ
ここから握りの始まりである。すぎたさんでの握りは基本的にコハダがスタートである(一度だけ墨烏賊であったことがあるけれど)。これが素晴らしい。この一貫目の感動で、絶対にこれはお代わりだと、のっけから確信する。...コハダ。心に渦巻く不協和音を奏でているような独特な魚。わたしは、すぎたさんで出されるコハダがどこの鮨店より好きである。

12.【握り】鯛
これも調子が高かった。白身の王様の風格を最も感じることができのは、このくらいの時期からではないだろうか...

13.【握り】さわら
哀愁を帯びた和音。...いつも書くことだけれど、わたしには、さわらの味わいはそんな風に聴きとれる。

14.【握り】かすご
鯛の赤ちゃんだ。真鯛ほどの王者の風格はないものの、薄紅色の淡い色調のように、鯛の風味をそこはかとなく感じ取ることができる。

15.【握り】赤身漬け
やはり赤身はうまい!慎ましやかに香る血潮の香りにうっとりとする。

16.【握り】中トロ
背かみ。実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとわせている。

17.【握り】鯵
どんちっちほどの素晴らしさはないものの、やはり誰が何と言おうと鯵は旨い。重ねにした肉厚な身肉(みしし)にのった脂のりにはうっとりとするものがある。

18.【握り】大トロ
燃え上がるような旨みが、一瞬明滅してすっと解ける...

19.【握り】巻きえび
出す寸前に茹で上げられた海老。ほなかな温かみと甘みが心地よい。

20.【握り】鰤
食べ手を圧倒するような脂のりがある。天然鰤とはかくも脂のりのよい食材だったのかと驚きを隠せない。

21.【握り】雲丹
雲丹の花びら一枚一枚に、感情をうちに秘めたような雲丹の香りの分子が緻密に濃縮されていて、ため息が漏れる...

22.【握り】北寄貝
しゃきしゃきとした小気味よい食感を通して、磯の風味が口中に漂う。

23.【握り】墨烏賊
墨烏賊の季節だ。肉厚で、信じられないくらいに歯切れよく、こってりとした旨みをまとっている。素晴らしい。

24.【握り】ミル貝
サクサクとした潔い歯ざわりと豊かに広がる潮の甘味がミル貝の身上だ。貝の中でももっとも味調がとれた味感がある。

25.【握り】鰹の大トロ
長崎壱岐の迷い鰹大トロ。これが何とも素晴らしかった。鮪の大トロよりもしっかりとした味わいの主張があって、シルクのような口どけにしばし言葉を失う。

26.【握り】金目鯛
わたしは、すぎたの金目鯛の握りに滅法目がない。金目鯛の脂は、たわわであるにもかかわらず、香りと気品を感じるのだ。今日はこれを締めの一品と決めて、したたかにやられて幕引きとなる。

何度訪問しても溜息が出るほど素晴らしい。その日の陽光や風向きの加減で、と村になったりすることもあるけれど、この日の夜は何のためらいもなく、「日本橋蛎殻町 すぎた」の大将こそ、日本一の料理人だと呟かずにはいられなかった。

付け台にふわりと寿司ネタがおかれた途端、滴るような魚の香りに息を呑む。これを体感するたびに、驚きだの悦びだのといった感情にとらわれることのむなしさを思い知らされる...いつの間にかあらゆる感情の遠く向こうに音もなく誘われ、緊張とはおよそ無縁の滑らかな時空にたゆたっている...この武装解除の力学にそっくり身を預けるのはいつものことながらなんとも快い体験だ。

2017年9月17日(日)。お昼は初めてであったけれど、夜と何ら変わらぬ素晴らしかったこの日のお食事会について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。小雨のそぼ降る水天宮。10:55に「日本橋蛎殻町 すぎた」の店前で今日のお連れさまと落ち合う。ほどなく女将が暖簾をかけ、店内に招じ入れてくれる。本日は、カウンター一番奥の席だ。ビールで喉を潤すほどに一品目だ。

1.【ツマミ】枝豆
香りがよく味も良い。自然そのものの爽やかな香りと仄かな甘味をたたえている。

2.【ツマミ】高知の天然シマアジと北海道の北寄貝
夏らしい逸品だ。北寄貝のシャリシャリとした味調が心地よい。

3.【ツマミ】鰯、大葉、浅葱、酢漬けにした茗荷の巻物
脂が非常に強い。これは、山葵をたっぷりつけて醤油でいただく。しかしでも鰯のこの良質な脂のりはどうだろう!...あの源氏物語の紫式部は、鰯に目がなかったという。その式部にこんな歌が残っている。

"日の本にはやらせ給ふいわしみず まいらぬ人はあらじとぞ思ふ"

簡単にいうと、「日本人なら鰯が嫌いなんて人はいないわ!」というくらいの意味なのだけれど、わたしは決定的に式部の肩を持ちたいと思う。

4.【ツマミ】穴子白焼き
穴子の白焼きと続く。その味わいはきわめて上品。これも匂い立つような穴子の風味をしめやかに感じさせる素晴らしい逸品であった。

5.【ツマミ】甘く煮付けたあん肝といくらの漬け、の貴醸酒(きじょうしゅ)と一緒に...
脂質の乗ったあん肝は、ねっとりと舌に絡みつき、深く溜息をつきたくなるような濃厚な風情を漂わせる。甘めのお酒とあん肝の相性が抜群。あわせて悩ましいまでのいくらの凝縮感を堪能する。

6.【ツマミ】太刀魚の炙り
銀の輝きが眩しいばかりである。太刀魚特有の脂のりよさで、食した後まで深い旨みが口中に残り続ける...

7.【ツマミ】タコの柔らか煮
香りがいい。そして、口中でほろほろっとほどけて、甘い。これは堪らない。こういうものをいただくと、これが本当のタコだと何の迷いもなく断定したくなる!

8.【ツマミ】たいらぎの西京焼き
しゃきしゃきとした食感の中に西京焼きの風味が香る。そんな中、たいらぎの旨み、甘味が遠くに感じ取れるのが嬉しい。

9.【ツマミ】鮑の肝
チューブから搾り出して固めたような濃厚さに溜息がでる。これはワインと合わせてもらっても絶対によいはず!香るなぁ。

10.【ツマミ】茶碗蒸し
つるりとしたテクスチャの向こうに卵の風味優しくほっと落ち着く。

11.【握り】こはだ
ここから握りだ。まずは、こはだ。すぎたさんの鮨はシャリのほどけ感が素晴らしい。ここしかないという奈一点で握られている。また、こはだスタートというのも頗(すこぶ)るよい。少し存在感のあるこの匂いの存在感がこはだの醍醐味だ!

12.【握り】鯛
一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

13.【握り】すみいか
すみいか特有の肉厚で歯切れよい。それでいて柔らかく、独特の力強い風味が端然と鼻腔をくすぐる。

14.【握り】三重の鯵
この丸みを帯びた、光り輝くアピアランスはどうだろう!一口口に含めば、脂がのり、身はしっかりしていて、甘みが強い。

15.【握り】鰆(さわら)
鰆(さわら)はやはり旨い。脂肪の甘味が口中豊かに広がる。低い哀愁を帯びた和音を耳にしたときのように心が落ち着いてくる...

16.【握り】大間の赤身の漬け
まぁまだ冬のマグロじゃないけど、夏マグロという感じか。鮮烈で若々しい血潮の香りに背筋が伸びる!

17.【握り】大間の中トロ
んん、冬場の圧倒するような迫力はないものの、実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。

18.【握り】鰯
巻物は酢締めにして、塩で締めて一日寝かせている。今日仕込んで、塩占めだけにしている。最初の巻物よりも優しい印象だ。でもこれも実に味わい深い逸品だ。

19.【握り】銚子の金目鯛
若干炙った金目鯛の旨みに圧倒される。この脂の落とし具合がなんとも憎い。口に放り込めば、あっというまにホロホロと溶けてしまう。

20.【握り】車海老
大車海老を湯がいてトンと二つに割って出すところもあるけれど、やっぱり海老はこのサイズが一番よいと思う。ほわりと漂う海老の優しい香りにひとしきり満足だ。

21.【握り】雲丹
これは恬淡ですっきりとした味わいを持っている。軍艦にしないのもすぎたさんの特徴だ。

22.【握り】穴子塩
さらりとほどけるような舌ざわりで、ホクホクと優しく穴子の香りを伝えてくる感じに好感がもてる。質朴な感じである。

23.【握り】穴子ツメ
このツメの甘みと穴子の組み合わせもまたよい。ツメをつけることによって金時芋みたいな様相を呈する穴子は、毎回いただいておきたいと思う。

最後に、アサリ汁美しすぎる玉で一通りとなる。

...「日本橋蛎殻町 すぎた」で繰り広げられる贅沢な時空は何者にも代えがたいと断言したい!

...みなさんもご存知のようにこのお店は途轍もなく予約困難だ。朝9時から電話をかけまくって、お昼近辺でやっと電話がつながったものの、電話の向こうで女将さんから申し訳なさそうに"ソール・ドアウト"の報告をいただくとき、もうその日は何もやる気がしなくなるくらいにへこむのだけれど、でもこのお店は、それでも通い続けなくてはいけないとわたしに思い込ませる鮨の名店なのだ!
「日本橋蛎殻町 すぎた」さんのカウンター席は、贅沢な瞬間にみちあふれている。親方、杉田孝明さんは、伏し目がちに少しばかり手元から視線を逸らしつつ、しかし優しく語りかけるように珠玉の鮨を握り続ける...その流れるような所作は、ある静謐な感動を見るものの体のすみずみまでゆきわたらせる...

2017年5月23日(火)、「日本橋蛎殻町 すぎた」での4時間に及ぶ素晴らしいお食事会について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。本日は、これまで度々いろいろなお店をご一緒させていただいてるレビュアーさんのお誘いで、20:30からの「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの会である。予約至難で有名なこのお店の予約はもはやプラチナチケットだ!レビュアーさんに大感謝である!

本日は3名の会で、全員がそろったところでさっそく親方に始めていただく。最初はグラスビールにして、後は鮨ネタに併せて親方に日本酒を選(よ)っていただく。ビールで喉を潤すほどに1品目が饗される。

1.【ツマミ】わけぎの突き出し
前回は、冬に訪問し、最初の一品目はきぬかつぎだったけれど、今回の突出しは、ねぎの風味かおる爽やかな一品である。

2.【ツマミ】アオリイカと真子鰈
最初のお刺身が饗される。アオリイカと真子鰈。アオリイカは3kg台のものだそうだ。これを生姜醤油でいただく。やはり、夏場になったらこれはいただいておきたい一品だ。握りはスミイカの歯切れの良さが小気味よいけれど、つまみでいただくならなんといってもアオリイカこそがイカの王様だ。

真子鰈の天駆けるような澄み切った味調も素晴らしい。この鰈の繊細な味調を肝などとあわせてしまうのではなく、シンプルに出すあたりが杉田さんの素晴らしさだ。

3.【ツマミ】千葉の銚子の鰹
鰹は、よく戻り鰹とか上り鰹ということが言われるけれど、今はあまりそういう区別ははっきりしないそうだ。しっかりとした旨味があるけれど、爽やかな印象を受ける。

4.【ツマミ】酢締めにしたニシンと浅葱の巻物
ニシンはコハダの仲間である。なので味にしっかりした主張があるけれど、どこかしら優しい潤みのようなものが感じられる。

5.【ツマミ】甘く煮付けたあん肝とホタルイカ、新政の貴醸酒(きじょうしゅ)を添えて
脂質の乗ったあん肝は、ねっとりと舌に絡みつき、深く溜息をつきたくなるような濃厚な風情を漂わせる。甘めのお酒とあん肝の相性が抜群だ。そこにホタルイカの仄かな肝の苦味が抜群のマリアージュを演じたてる。

6.【ツマミ】真魚鰹の幽庵焼き
"幽庵焼き"とは、お醤油、お酒、味醂で、食材をひと晩じっくり漬け込んで、炭火焼にしたもの。真魚鰹は、今から夏、あと秋口にもっともよい時期を迎える。しかしこの旨みと甘味の凝縮感はどうだろう!迫力がある。

7.【ツマミ】子持ちヤリイカ
ヤリイカ独特の歯切れの良い食感。ネットリとしたアオリイカやコウイカの食感も素晴らしいけれど襟を正した、キリっとしたヤリイカの佇まいもまた夏らしくて素晴らしいものがある。

8.【ツマミ】シマエビの頭を殻ごと焼いて中の海老味噌を取り出してペースト状にして味をつけたもの
殻を炙っているため香ばしい味わいだけれど、カニ味噌に比べてずっと繊細な甲殻類の味わいだ。

9.【ツマミ】ホタテの磯辺焼き
熱々の状態で手渡しされる。磯の香りとホタテの特有の甘みに圧倒される。旨みが凝縮されており、思わず黙って味わってしまう。

10.【ツマミ】煮タコ
吸盤に大きさのバラツキがなく、端正な並びをしている。これはメスである。いささかも噛みにくさがなく、筋肉の中に蛸の脈打つ血の流れが感じとれるかのようだ。

11.【ツマミ】数の子の味噌漬け
味噌の仄かな甘みがそっと優しく数の子のプチプチとした食感を包み込むのが心地よい。

12.【ツマミ】タイラガイの西京焼き
しゃきしゃきとした食感の中に味噌の風味が香る。そんな中、タイラギの旨み、甘味もしっかりと感じ取ることができる。

13.【ツマミ】ほっき貝
ほのかな温かみが感じられる。食感は、柔らかく、これも貝独特のしゃきしゃきとした食感が心地よい。なんとも身の厚い立派な一品である。

14.【握り】3日熟成のコハダ
ここから握りとなる。「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの鮨飯は抜群に旨い。酢が強すぎず、丁度塩梅がよい。1品目は、3日熟成のコハダ。コハダに対する仕事も秀逸である。魚を殺しすぎず、また逆に青魚の生臭さがたたない程度に酢じめしてあるその絶妙なバランスが、途方もなく素晴らしい。他の青身魚にはない、コハダのあの小悪魔的な存分に堪能する。

15.【握り】縞鯵
縞鯵は、"鯵"という字がついているけれど、「日本橋蛎殻町 すぎた」さんでは、この魚は、青身ではなくて、白身のものと見做して扱っているとのことだ。しかし、この透けるような薄紅さした蠱惑的な色調が素晴らしい。一口含むとコリコリとした軽快な噛み心地の中にも、ねっとりと舌にまつわりつく食感が感じ取れ、酸味の強い青魚にはまったくないといってよい優雅な香りをもっている。

16.【握り】桜鱒
軽く燻したものを握りにしてある。ごくごく軽く燻すことによって藁の薫香がほのかに漂う。香りを愉しむ嗜好品のような逸品である。

17.【握り】かすご
鯛の稚魚...かすご。その薄紅色の色調から"桜鯛"ともいわれるこの魚の握りを頬張れば、いまだ真鯛ほどの王者の風格はないものの、淡いそこはかとない鯛の香りを、遠くに聞き分けることができる。

18.【握り】淡路の真鯛
付け台で深く沈んだ鯛の握りをつまみ上げ、一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の風味がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

19.【握り】塩釜の60kgの鮪トロ
冬場の濃厚な旨味をまとったトロも素晴らしいけれど、夏場の涼やかな大トロも大変結構だ。

20.【握り】浜田のどんちっち鯵
"どんちっち"とは島根県西部沖で獲れる真鯵のブランド名だ。島根県の方言で"お囃子(おはやし)"を意味する言葉のようだ。日本海に生息するプランクトンの影響で、脂ののりが良く、旬の初夏にはトロにも匹敵するとも言われる。杉田さんいわく、築地で一見しただけで他の真鯵との違いがわかるそうである。今回、始めていただいたけれど、肉厚で、豊潤な旨味のある逸品であった!

21.【握り】金目鯛
これが抜群であった!王者の風格とでも言おうか...有無も言わせぬ絢爛な脂の旨味が溢れだし、まるで食べ手を見下したように傲然(ごうぜん)と圧倒してくる!これはお代わり必死の逸品である。

22.【握り】巻海老
直前に茹で上げて、水でひと肌まで温度を落とした海老の握り。上品な海老を、絶妙の温度帯でいただく幸せを噛みしめる。

23.【握り】馬糞雲丹
馬糞雲丹。濃厚で感情を内に秘めたような力強さがある。

24.【握り】塩釜の鮪の赤身の漬け
ここから追加となる。わたしは、まず鮪の赤身の漬け。これが絶品であった!一口でいただくと、瞼の裏に、深く燃えるような赤が一面に広がり、口中は鮪の香りで満たされる。と、ひと粒ひと粒の存在感を感じ取れるほどに絶妙に炊き上げられたシャリが、赤酢の風味とともに口の中でほどける中、赤身の澄み切った血と鉄の香りが、真っ直ぐに立ち昇り、いつまでも鼻腔をくすぐり続ける...素晴らしい逸品だ!

25.【握り】金目鯛
居てもたってもいられず、思わずお代わり!

26.【握り】穴子塩
柔らかい。仄かな塩が穴子本来の味わいを引き立てる。穴子は、これからどんどん良くなっていくのだろう。

27.【握り】穴子ツメ
ふっくらとした金時芋をいただいているような至福感に見舞われる。

28.あさりのお吸い物
五臓六腑に滲みわたるあさりの滋味に深い感動を覚える。この時間がいつまでも続いて欲しいとさえ思う。

29.玉
一片のカスも混入していない実に美しい玉をいただいて一通りとなる。...あまり頻繁に訪問できないものだから、「日本橋蛎殻町 すぎた」さんの訪問の際には、しっかりとお腹を空かせて臨むようにしている。今回は、ツマミはご用意があるものは全ていただくことができた。次回は、お鮨全品で行こうと思う。次回は9月の訪問となる。今から待ち遠しい!

「日本橋蠣殻町 すぎた」。言わずと知れた誰もが一度は訪問を果たしたい鮨の名店である。なので、日ごろから、すぎた、すぎた、と芸もなくつぶやき続けてきたわけだけれど、芸はなくとも、つぶやくことだけは続けておいてよかったというものだ。なんと、日ごろから懇意にさせていただいている敬愛する"日本海老マヨ協会"の会長さまから「マドさん、すぎた1席あるけど、いかが?」と待ってましたの神のお声掛け!もちろん、2つ返事で参加の意向をお伝えする!

かくして、2016年12月9日(金)17:30、初の「すぎた」訪問の夢がかなう。この日は、これまた、日ごろから尊敬してやまぬ食通のご夫婦もご参加されるとのことで、素晴らしいお食事会となった。しかしでも、凄い凄いと耳にはしていたけれど「すぎた」の素晴らさはわたしの想像を軽々と超えてきた。以下、興奮を抑えつつ、できるだけ詳細にレポートしていきたい。

お店はピッタリ17:30に暖簾がかかり開店する。カウンター席に案内され、まずはシャンパンで喉を潤していると、ほどなくご主人、杉田孝明さんがカウンター越しにご挨拶され、おまかせのコースがスタートする。

1.きぬかつぎ
きぬかつぎには、"石川小芋"という品種のものを使われているそうだ。皮を剥いても食べてもよいし、また、皮はしっかりアク抜きをしているので、そのまま皮ごと食べてもよいとのこと。"石川小芋"は小ぶりの球形で美しい白い肌をしている。ねっとりした食感とコクのある味わいがなかなかよい。上に乗せられた胡麻塩と炒り雲丹塩も、小芋の質朴な味わいに小気味よいアクセントを添えている。

2.三重、尾鷲(おわせ)のカンパチと九州、熊本のカワハギのお造り
カンパチは、三重、尾鷲(おわせ)で獲れた17.6kgの大物。お醤油とわさびで食べるようご案内がある。カンパチはお塩でしめて2週間ぐらいねかせたものだそうだ。熟成されたカンパチの脂のりが素晴らしい。

カワハギは九州、熊本で獲れたもので、今朝しめたものだそうだ。肝とあわせていただく。カワハギの肝...魚の肝の中でも5本の指に入る逸品ではないかと思う。河豚のような華麗さはないけれど、したしたと磯に降り募る時雨(しぐれ)にも似た慎ましやかな味調にうっとりする。また、カワハギの切り身の澄み切った佇まいは、天高き秋の空の透明感を思わせる!

3.しめ鯖と大葉、浅葱の巻物
「わさびたっぷり付けていただいて、お醤油ちょっとで召し上がってください...」とのご案内がある。浅葱を挟んでいる感じがよい。おそらく芽ネギでは、浅葱の刻み薬味のこの香りはでないだろう。

4.鱈の焼き白子(雲子)
「すぎた」さんでは、鱈白子は、塩でちょっともんで、2時間ぐらいずっと流水にさらしておくそうだ。そしてシンプルに軽く炙って出すそうである。この一品、にごり酒と一緒に饗していただく。鱈白子のクリーミーで生っぽい温かみがよい。掌で口中に放り込んだ途端、雲間に漂うような至福感を感じる。

5.酒蒸しにしたあと10日味噌漬けにした牡蠣、そしてあん肝
10日味噌漬けにしているとはいえ、饗していただいた途端、ふうわりと牡蠣の香りが鼻腔を刺激する。味噌の風味のその遠く向こうに、なまりのような銅の風味がそこはかとなく感じ取れる。これこそが牡蠣の醍醐味だ!あん肝には、新政が猪口で添えられる。新政とあん肝との相性がなんとも素晴らしい。

6.ノドグロの焼き物
このノドグロという魚の溢れるような上質の脂にはいつも感嘆するほかない。"白身のトロ"と言われるのも納得の脂のりで、ノドグロ独特の香味をしっかりと感じることができる。

7.貝の炙り
ここで、貝の炙りがつまみで饗される。香ばしい香気とシャリシャリとした食感にひとしきり好感が持てる。

8.佐島のタコ
大将曰く、こういう風に鮨屋でつまみとしてタコを出す場合、やはり明石よりも佐島のタコの方がよいとのことだ。佐島のタコは、身肉(みしし)が厚く太く、煮あがってからの甘みが濃い感じがする。

9.対馬の穴子の焼き物
時期によって穴子は使い分けるそうだけれど、今は対馬のものがよいということだ。その味わいはきわめて上品。九州産穴子の特徴が十二分に引き出された一品である。

10.筋子の味噌漬けと、牡蠣を酒蒸しにして酒粕と白味噌をあえたもの
筋子は味噌にほのかに浅く漬けていて、そこまで卵黄っぽくない。牡蠣の方はこれもまた牡蠣の存在感が堪能できる白味噌和えとなっている。

11.たいらがいの磯辺巻き
たいらがいの炙りはなんといってもこの食べ方が王道だ。えぐるようなたいらがいの貝の風味と、焼き海苔から漂う海の風味が口中で絶妙の掛け合いを演じ立てる。

12.牡蠣の大根おろし
大ぶりの牡蠣にシンプルに大根おろしをのせたもの。海がこぼした大粒の涙である。文句のつけようがない。ほのかに口の中に広がる牡蠣の甘味が素晴らしい。

13.鹿児島いずみの墨烏賊の握り
ここから握りとなる。まずは墨烏賊から。紛れもなく墨烏賊の肉のしっかりとした存在感が感じられ、歯触りもコリコリとして格別だ。ただし硬さはなく、噛みしめるほどに烏賊特有のねっとりとしたテクスチャに変化してくる。

また、「すぎた」さんのシャリは別格だ。酢が立ちすぎておらず、品がよく甘みと酢のバランスが何とも素晴らしい。シャリにお水と酒粕と甘酢を、絶妙なさじ加減でブレンドした感じだ。いくつか鮨を食べ歩いた中で、わたしはこここのシャリが一番好きかもしれない。

また、大将の一分の無駄もない握りの所作は、いつまでもいつまでも観ていられる。その所作からは、流れるようなリズム感を感じ取ることができて、食べ手に一種の快感を与える効果がある!


14.塩じめにして4日の鯛の握り
鯛の味調が本当にのってくるのは真冬である。一般に鯛の旬は春だと思われているけれど、それは鯛が産卵のため浅瀬に上がってきて、容易に捕獲できるからで、魚体の味わいの旬とはまた区別して考えられるべきものだと思う。

その観点でいうと、実は春先のものは、滋養は卵にとられてしまってそれほど味わいはない。これに対して、真冬の鯛は海の奥深くに棲息し、産卵を控え大量に餌を食べ、魚体が最も充実している。この鯛の握りは素晴らしかった。鯛の冬場の深場の迫力に圧倒される。

15.鰆(さわら)のわら焼きの握り
鰆(さわら)はやはり旨い。一口口に含むと鰆の脂肪の甘味が口中豊かに広がる。低い哀愁を帯びた和音を耳にしたときのように心が落ち着いてくる...また、この一品、わさびではなく、辛子味噌を挟んでいる。...面白い。わさびのあのしめやかに浸透するような、それでいてツンとするような辛味ではなく、味噌の風味の香ばしい華やかな辛味が、わら焼きのスモーキーな鰆の味わいとぴったりである。

16.しまえびの握り
プリプリっとした厚い身が特徴的なえびである。甘えびともぼたんえびとも違うヤミツキになる味わいである。

「すぎた」さんの鮨ネタで、仕事をしていないのは、ウニと中トロぐらいで、あとは全てひと仕事、ふた仕事施している、とのことだ。

17.大間の中トロの握り
「今日は大間ですね、今の時期は、だいたい津軽海峡のどっかで獲れたものですね」とのことである。 実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとわせている。

18.和歌山の鯵の握り
大将曰く、鯵は季節によって全然違うとのこと。「僕が一番好きなのは、夏の終わりぐらいの島根県西部沖で獲れるマアジ、"どんちっち鯵"」とおっしゃっていた。ただ、この和歌山の鯵もなかなかのものであった。身肉が肉厚で、旨味が凝縮している感じを受ける。

19.鰤(ぶり)の握り
寒ブリ。胸がときめく!"鰤"の字が表すごとく、この魚は師走に一番脂がのってくる魚だ。その濃厚な心地よい酸味にうっとりする。枯淡に達したとでも表現したくなるような過つことのないしっかりとした旨味を感じる。

20.迷い鰹の握り
通常鰹は、夏くらいまで太平洋を遡上し宮城県沖まで達し、今度は秋口から冬にかけて、遡上してきた海域を南下して九州沖を目指す回遊魚である。ただ、中には太平洋側を北上するのではなく、日本海側に迷い込む鰹もいて、これを"迷い鰹"という。

太平洋側での漁は、土佐明神丸に代表されるような1本釣りが有名であるけれど、日本海側での漁は、定置網が中心になるという。今回のこの鰹も定置網にかかったものとのことだ。一口いただくが、これが、鰹とは思えない味わいなのだ。あの鰹特有の鉄分を感じさせる血の風味がなく、まず脂の甘みがドンときて、それがずっと続く感じである。

"迷い鰹"は日本海に迷い込んで、メジマグロの群れに交じって自分もマグロと思い込み、エサもマグロと同じように烏賊を食べて仕上がっていく。そうするとこんな鰹ならざる味わいになるとのことだ。

21.巻海老の握り
サイズ的には、才巻と車の間くらいのぎりぎりの海老のとのこと。つまり"巻"である。車海老は、その大きさによって呼び方が変わる。一番小さいものから、"小巻"、"才巻"、"巻"、"車"、"大車"となっていくのだけれど、わたしは、海老は"巻"サイズのものが一番好きだ。「すし匠」もこのサイズのものを使っていたように思う。

22.北海道の落石の馬糞雲丹の握り
馬糞雲丹。素晴らしい。ひとつひとつの香りの分子が緻密に濃縮された力強い香気にうっとりとする。

23.長崎の穴子の握り(塩)
その味わいはきわめて上品。長崎産穴子の特徴が十二分に引き出された一品である。

24.長崎の穴子の握り(ツメ)
ふっくらとした金時芋をいただいているような至福感に見舞われる。穴子という魚も、鯛と同様にわたしは今の時期のものが一番好きである。穴子の旬は一般に梅雨とされているけれど、冬場の深場のものの方に調子の高さを感じてしまうのだ。

25.玉
焦げや焼きカスが一切混入していない実に綺麗な玉である。

26.大あさりのお味噌汁
お味噌汁をいただいて一通りとなる。

実は、わたしにとって、お鮨屋さんというのは難しい存在である。わたしも、わたしなりに銀座の有名どころの鮨店とかいくつかお伺いしてはいるけれど、やはり、お鮨は難しい、というのがその印象だ。もちろん、いずれのお店も仕入れに力を入れられていて「まずい」なんていうことはない。でも、では、そのお店を再訪するか、となると話は別になる。

実のところ、わたしが何度でも再訪したいと思うお鮨の店は、

 赤羽橋の「天本」
 千葉の「寿司栄」


この2店だけである。「天本」は魚の香りに対するこだわりで、他の追随を許さないものがある。ここは間違いない鮨の名店である。「寿司栄」は、日本海の恵みをファナティックに追求している点で、食べてを挑発する凄みを持っている。ここも毎回食事終わりに次の予約を入れてしまう訪問をやめられないお店である。なにかそうした強烈なアピールがないとわたしは再訪したいとは思わない。

しかしでも、今日この日、何が何でも再訪しなければと思う鮨店が1つわたしの中で追加された。「日本橋蠣殻町 すぎた」。ここは、わたしがお鮨屋さんにずっと求めてきた、流麗な美しさを兼ね備えているという点で抜きん出たお鮨屋さんである!

  • 雲丹の握り
  • 赤身漬けの握り
  • 寒ヒラメの昆布締め

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3位

赤坂 詠月 (赤坂見附、赤坂、溜池山王 / 日本料理)

1回

  • 夜の点数: 3.5

    • [ 料理・味 3.5
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.6
    • | CP 3.5
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 -

2016/12訪問 2018/05/08

潮(うしお)をまるごと呑み込んだような牡蠣の肉感的な味わいを土釜いっぱいにいただく幸せ!...「赤坂 詠月(えいげつ)」、まだ、こんな隠し技があったのかと、岩﨑さんの懐の深さにホトホト舌を巻く!

のっけから断定的な物の言い方で恐縮だけれど、"こんなに麗(うるわ)しくも美味な牡蠣の炊き込みご飯を食べたのは生まれて初めてだ!"とまずそう一言断言してから今日このレビューを始めたい。

それにしても、岩﨑秀範さんの懐の深さには、いつもいつも驚かされる。今回、今が時期ということと、そういえば「詠月」さんのレビュー写真で目にした記憶がないという興味が相俟って、予約時に「牡蠣の炊き込みご飯」を注文しておく。

「詠月」さんで「牡蠣」というと、誰もが昆布を使った松前焼を思い出すに違いなかろうが、はたして「詠月」さんで「牡蠣の炊き込みご飯」をお願いした場合どうなるか?

結果、これが大正解であった!磯の香りたわわに実る、海の豊かさを体現した滋味掬すべき牡蠣の風味が土鍋ごはんから溢れ出すそのさまに、今でもこころが震える。2016年12月6日(火)、19:30。大好きな友人たちとカウンター席を貸し切っていただいた素晴らしい会について以下詳細に書き綴っていきたい。

1.先付、雲子
鱈の白子。酒肴にピッタリの一品である。温(ぬく)とい舌触りに、柔らかく優しい白子の風味が広がる。そこに少量削られた柚子が気品ある香りを慎ましやかに添える。
会津娘 高橋庄作謹醸。素朴で米の旨みが感じられる。のど越しの綺麗なお酒である。

2.大分県産の大判椎茸、手前の塩で...
椎茸は何と言っても香りのものだ。ステーキのような肉厚感から放たれる高い香気に圧倒される。軽く炙ることによって椎茸の旨味成分が存分に引き出されている。
純米辛口 阿部勘。仄かな香りと、酸の効いた切れがある仕上がりのお酒だ。

3.お椀、鶉(うずら)と大黒しめじのスープ
岩﨑さん、「昔はツグミをこんなふうに食していたらしいです」とのこと。鶉のお団子にはしっかりと鳥の旨味が詰まっている。鶉スープは、「詠月」さんの冬の定番である。本当に優しくい味わいにホッと心が和む。
六根 松緑。味、喉越しともに、すっきりと綺麗なお酒である。

4.佐島の鯛と新潟のヒラメと淡路島のアオリイカ、根室の雲丹
この時期にアオリイカというのは、珍しいのでは?とお伺いすると、「ええ、ええ、アオリイカというと夏のものというイメージがありますが、時期が外れても良い魚は良かったりします。スミイカが終って、次は剣先ってなっていくんですけど、どうしてどうして、この時期アオリもいいものはいいんですよね」とのことだ。

旬のお魚というものには、そういう曰(いわ)くがつくケースが多いようだ。たとえば、穴子というと梅雨時というイメージがあるけれど、どうしてどうして、冬場の深場のものの方が脂がのっているものが多かったり、あるいは鯛は春のイメージがあるけれど、実はその時期は産卵の時期で意外と身が痩せていたりと、魚の旬には意外や意外といった話がついて回ることが多いようだ。アオリイカもそんなケースの1つなのかもしれない。

5.もろこの焼物
一匹まるまる素焼きにした一品である。骨も固くなく淡泊と思いきや、意外と身肉(みしし)からは魚の旨味が凝縮している。
福祝。爽快感のあるお酒だ。酸味、青みが感じ取れる軽快感のあるお酒である。

6.新潟の鯖小袖鮨
程よく脂がのって、身が締まっている。噛みしめれば、ギュッと詰まった鯖の旨味が口中に広がる。
田酒 山田穂。フルーティな一品である。何か可憐な甘みを感じる日本酒である。

7.長崎のとらふぐの唐揚げ
やはりこの時期はとらふぐだ。「詠月」さんで唐揚げというのは珍しい。でもこの唐揚げ、本当に旨かった。骨ごと揚げられているけれど、やはりとらふぐは、骨に付いた肉が一番旨いことを痛感させてくれる逸品である。

8.京都の海老芋の吹き寄せ
一番出汁より優しい出汁で炊いた吹き寄せ。塩と少量のお砂糖で味付けしている。海老芋というと富田林(大阪)のものが有名だけれど、この京都のものも充分よい。瞳を閉じていただけば、瞼の裏にしんしんと雪の降り積もる里山の光景が広がるようだ。

9.蝦夷鹿の焼き物
腿の部位を使っている。腿肉と言っても脂はなく、赤身のヒレ肉をいただいているような稠密で繊細な味わいが素晴らしい。
鍋島 三十六萬石。フルーティな風味の中にもお米の旨味をしっかりと感じ取ることができる一品。

10.兵庫県の柴山の香箱蟹
越前蟹のメス。内子と外子と身肉が殻に乗せられて饗される。潤味(うるおみ)を帯びた繊細でしめやかな蟹の味わいにしばし言葉を失う。

11.三陸の岩手の山田湾の牡蠣の炊き込みご飯
ここで、待ちに待った牡蠣の炊き込みご飯が饗される。ご飯はいつものように、あきたこまちだ。土鍋の中を見せていただくが、ご飯が見えないくらいに敷き詰められた大ぶりな牡蠣に思わず息を呑む。岩﨑さんに取り分けていただき、一口いただく。

牡蠣が素晴らしい。海を呑み込んだような肉感的なまでの迫力でひとを強かに圧倒する。と同時に牡蠣たちは、鉱物のような硬質なミネラルの透明感を、そのたわわな身肉のすみずみまで抜かりなく張り巡らせ、震えているようだ。おおらかな鷹揚(おうよう)の中にも透明感を漂わせて止まない牡蠣をいただくたび、きわどく涙腺が緩む!

このご飯に山椒をそえていただく。今回ご飯に添えていただいた山椒は原了郭(はらりょうかく)ではなく、目下、岩﨑さんがハマっている三重県伊勢地方の「お木曳山椒(おきひきさんしょう) 匠の一座」。三重の山椒。なかなか主張がある黒七味よりもっと香り華やかな一品である。

12.くだもの
今日の果物は、苺とはっさく。涼やかな果物が心地よい。

13.和菓子
最後に和菓子をいただいて一通りとなる。とにもかくにも「詠月」さんの牡蠣ご飯はあまりにも旨い!ここまでの出来栄えとは想像していなかった分、したたかにやられてしまった。しかしでも、断言してもよいが、今年わたしがいただいた全ての炊き込みご飯の中でも出色の出来栄えであったことを記して擱筆したい。

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2016年10月19日(水)記す

"秋刀魚の味"を堪能する!...「赤坂 詠月(えいげつ)」、絶品炊き込みご飯!1杯目は身とご飯。2杯目は身とワタとご飯。最後は身とワタとおこげのご飯...その肌理細やかな饗応に心が震える!

「詠月」さんで、秋刀魚の炊き込みご飯を振舞われるというのはかなり珍しいことだと思う。「詠月」さんの秋刀魚のお料理というと、誰だって秋刀魚の小袖鮨を思い出すだろうけど、一方で秋刀魚で炊き込みご飯、というイメージはない。しかし、今回、2016年10月19日(水)、「詠月」さんで、その秋刀魚の炊き込みご飯をいただく幸運に恵まれた...そして、これが文句なく、滅法素晴らしかった!以下、そのお食事体験をできるだけ詳細に書き綴って行きたい。

ことの発端は、前回予約時、電話口で女将さんに、時期的に秋ですし、風物詩のひとつである秋刀魚の炊き込みご飯なんていただいてみたいですね、と何気なくポロリと口にしたことにある。1ヶ月以上前に何気なしに口にした言葉を、真摯に受け止め、嘘のような滑らかさで、至上の一品を仕立て上げてしまうのが岩﨑秀範さんのなんとも素晴らしいところなのだ!というわけで、本日の献立は、秋刀魚を中心にした秋の味覚たちの組立となる。

1.初物の生のいくらを醤油漬けにしたものと、大根おろしをぬか漬けと煮たものとあわせ、醤油に漬けた柚、柚香(ゆのか)をすりおろしてふったもの
いくらは初物の新鮮さを感じると同時に、そのひと粒ひと粒から漂う陰翳のある沈んだ面持ちが何ともステキだ。口に含んだ際の柚の風味と大根おろしの潤みとの相性も抜群である。

黒龍 大吟醸純米 吟風。酸を抑えた上品な甘味のお酒である。

2.塩炒りぎんなん
薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる。

3.お椀替わりの松茸と鱧の土瓶蒸し
「詠月」さんのパチリと決まるお出汁については、ここでよく書いてきたことだけれど、今回のこの土瓶蒸しお出汁については特にしっかり目に引いたものだという。「普通、松茸のお椀は、ちゃんと松茸を味付けて炊いて下ごしらえしたものに吸い地を張りますので、もうちょっと吸い地が淡くてもよいのですが、土瓶蒸しのときは、生の松茸をそのまま入れてぱぁっと火をいれますので、通常の椀物のときと同じようにやってしまうとぼやっとしてしまうのですね。ですから、いつもよりもしっかり目に引いたものをあわせていますね」とのことである。また、「詠月」さんで使われている鰹節は血合い入りのものだそうだ。なるほど、輪郭のしっかりしたお出汁の所以も頷ける。

〆張鶴 山田錦。これは華やかさがあるお酒である。ふくらみのある奥行も同時に感じ取れるよいお酒だ。

4.淡路の鯛と銚子のかます、北海道のボタンエビ、塩水ウニ
「最初は、そのままで。後は、わさび醤油、塩すだちでお召し上がりください。ボタンエビは包丁するのが憚られるくらい立派なものだったので、途中で手でちぎっていただいて醤油とお塩でお召し上がりください」とのことだ。かますの瑞々しくも、とろっと蕩けるような味わいに好感がもてる。やはりこれも秋の味覚だ。ボタンエビはため息が出るくらいにしっかりとしていて、濃縮した海老の味わいを堪能できる。

5.北海道鵡川(むかわ)産の本ししゃも
これが絶品であった!「詠月」さんでいただく初めての味である。ちなみに鵡川で漁れる本ししゃもは最高級品だ。漁期は1年間のうちで10~11月半ば位までというのだからまさに今が旬である。脂が途方もなくよくのっており、柔らかく、ホクホクとした身に焼きあげられている。普段スーパーなどに出回っている固くてしょっぱくて小さいししゃもは、カラフトシシャモといって、ししゃもの代用品だ。ししゃもと聞いて、あれを想像していると、一口いただいて度肝を抜かれる一品だ。

純米酒 写楽。上立香(うわだちか)は穏やかで、一口含むとさわやかな果実香が広がる。フレッシュなお酒だ。

6.釧路産の秋刀魚の小袖鮨
脂のりが素晴らしい。脂が良質。濃厚にドンっときたあとに、すぅっといささかのささくれもなく溶けていき、青身魚の奥深い余韻をどこまでもとどめる。

「今年、お盆明けは台風が重なって漁に影響したんです。お盆明けはちょっと営業したくなくなるくらいの不漁が続きまして...最近ちょっと立て直してきた感じでしょうかね」とのことである。

7.中国産松茸の焼き物
国産ほどの香りの高さは望めないものの、これだけの大きさで出していただけるので、松茸をしっかりいただいたという印象が残る一品である。

8.和歌山県紀の川の落ち鮎(子持ち鮎)の焼き物
メスは、卵をいっぱいに抱えたお腹の部分を特に選んで饗していただける。「鱗をとらないで出される方もいるんですが、自分は普段綺麗にとってお出しするんですが、これは本当にパンパンに卵を抱えているんものですから、あんまり綺麗に鱗をとってしまうと、お腹から卵が出てきてしまいますので、今回は控えめにしています」とのことである。秋の深まりを感じ取れる逸品である。

早瀬浦。ふくらみがあって、ゆったりとした旨みを感じる一品だ。

9.対馬の穴子とお豆腐の土鍋
上品な一品だ。お豆腐と穴子という組み合わせをいただくのは、あまり経験がないことだったので新鮮な驚きがあった。お出汁と相俟って途方もなく優しい味わいになる。

10.羆(ひぐま)と秋田の八郎潟の天然鰻の焼き物
「お肉は岩塩で、天然鰻は、藻塩で焼き上げてあります。わさびとお味噌を添えてありますので、いろいろでお召し上がりください」とのことだ。本日はたまたま入荷があったとのことで、羆を饗していただく。赤身の部分のみをいただくが、まったく臭みはなく上品な味わいである。天然鰻のパリパリの皮からこぼれる身肉にうっとりする。

永寶屋 辛口純米 八反錦まろやかでスッキリとした旨みが感じ取れる。

11.生牡蠣2種、奥が北海道昆布森産、手前が岩手赤崎産
岩手赤崎産のものは、天然岩牡蠣のように強いコクははなっておらず、少しあっさりしている。それに対して、昆布森は濃厚。真牡蠣に比べ身は大きく濃厚でクリーミーな味わいだ。わたしは、やはり濃厚な昆布森に軍配をあげたい。

12.釧路産の秋刀魚の炊き込みご飯(新米、あきたこまち)
岩﨑さんの炊き込みご飯の饗し方が、なんとも素晴らしい。徐々に濃厚感を増す計算で、1杯目は身とご飯(まだワタを混ぜていない状態)。そして次の2杯目は身とワタを混ぜ込んだご飯。最後は身とワタとおこげご飯、この肌理細やかな饗応に心が震える!

この秋刀魚のワタの苦味と、精米したて炊きたてのあきたこまちとの相性の素晴らしさは、幾千の讚嘆言(オマージュ)を並べても表現しつくせない汲めど尽きせぬ奥深さがある。


13.有りの実(梨の実)と柿
梨と柿。たいへんさっぱりといただく。

14.丹波産の大納言、自家製のどら生地で包んで
わたしは、「詠月」さん自家製のどら生地のこの皮が焼きたてで香ばしくて大好きだ。ここでお抹茶が出て一通りとなる。いや、本日は「詠月」さんの新しい一面を垣間見たような気がした。「赤坂 詠月」で、秋刀魚の炊き込みご飯。素晴らし過ぎるので一度お試しあれ。

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2016年8月25日(木)記す

鱧と湯葉の柳川、これは傑作というのが惜しまれるくらいの逸品。そして、穴子茶漬け、味わうほどに赤坂詠月6年の重みが身に染みる...「赤坂 詠月(えいげつ)」、ここはわたしが偏愛してやまない和食店である
本日は、お連れさまと直接お店に19:30に落ち合う約束である。本日のお連れさまは「赤坂 詠月」さんは初めての方なので、迷わないかと少し心配したけれど、どうしてどうして、到着はお連れさまに先を越されてしまう(笑)...入店すると、ご主人も奥さまもお元気そうなのが嬉しい!まずはビールをいただき喉を潤していると、さっそく本日の一品目が饗される。
1.秋田のじゅんさいと夏野菜の先付
「手元のスプーンで召し上がってください」とのご案内である。涼しげな彩り、さわやかな味わいに季節感を感じる。
2.伏見甘長(ふしみあまなが)唐辛子に出汁醤油、鰹節の糸削りを添えて
本日もいつものように女将さんにお願いして、お料理にあわせて日本酒を見繕っていただくことにする...さっそく一本目。
天吹 夏に恋する特別純米 生。夏酒。じめっとした日にピッタリの爽やかな1本である。優しい口当たりとみずみずしい旨味が素敵だ。
3.冷たいお椀、冷やしとろろ仕立て...中に山葵を忍ばせて
夏らしい冷たいお椀。つめたいテクスチャにとろろの素朴な味わいが心地よい。ほっと落ち着ける一品である。また、その落ち着いた風味の中に、山葵がピリリと慎ましやかな存在感を示しているのにも好感が持てる...そしていつも「赤坂 詠月」さんに伺って感じるのは、そのお出汁の素晴らしさだ。
詠月さんのお出汁はとにかく素晴らしい!基本的に極めて優しくお上品なお出汁なのだけれど、単純にそれだけではないところが面白い、そうわたしはいつも感じるのだ。...このお店のお出汁は、単に優しいだけでなく、ちょうど歌舞伎役者が見得を切るときのような、びしっと決まる味わいの深みのようなものが感じ取れる...瀟洒な流れの中にも、ばちりと決まる濃厚な存在感とでも言おうか...それにいつもいつもやられてしまうのだ。これは何だろう...このお出汁の豊かな表情こそがわたしが「赤坂 詠月」に惹かれてやまない所以なのだ。
4.お造り、鮃とタコのお刺身、そして塩水雲丹を添えて
5.鱧の落とし(湯引き)
6.淡路の鯛の小袖寿司、左手の方にはイクラ、右手の方には鱧の卵を添えて
7.手前が郡上の鮎、奥が北川川(ほっかわがわ)の鮎の塩焼き
榮光冨士 夏酒 純米大吟醸 七星。
8.千葉の銚子の岩牡蠣
掌(てのひら)いっぱいを占めるくらいの大ぶりの岩牡蠣が殻つきで饗される。包丁で真ん中から切れ目を入れてあるので、2口でいただく...うん。これはやはり夏物らしく涼やかな牡蠣だ。冬場の、海がこぼしたひと雫の涙といった内に秘めた濃厚な感情こそ蓄えていないけれど、逆に駆け抜けるような磯の飛沫を思わせる動性が夏らしさを演じ立てている。
岩﨑さんから嬉しい一言をいただく。「どうもこう、お料理というのは巡り合わせというのがございますようで、前回、マドさんがいらっしゃった時はぐじが一番良かったんです」...あのときのぐじは感動的なまでに最高だった。とくに職人技の若狭焼きの真髄を拝見させていただいた素晴らしいお食事会であった!
9.鱧と湯葉の柳川仕立て
10.あわふの利休焼き
蒼空 純米吟醸 山田錦 生。吟醸香はとっても綺麗だ。ただ、透明感がありながらもお米の旨味を十分に感じさせてくれる日本酒である。
11.稚鮎と琵琶湖の天然鰻の白焼き
12.茄子の煮浸し
13.穴子茶漬け
この一品、以前からいただきたいとずっと思っていたものだが、今日思いがけずいただけることに悦びを感じる。まず、お茶漬けにする前に、穴子そのものをいただいてみる。穴子の刺身にふんだんに胡麻があわせてある。普段穴子をお刺身でいただく場面はあまりないけれど、しかしこれがなかなかの逸品で、シャリシャリと響く穴子の肉の響きの中に、とろけるような蜜の甘さが感じ取れる。そして息を呑むような胡麻の風味に圧倒される。
今度は、お客さんに出す前に精米して炊き上げたあきたこまちに穴子を載せ、急須の中の煎茶とお出汁で作ったお茶漬け出汁をたっぷりとかけていただいてみる。熱々の出汁をかけることによって、穴子の刺身に少し火が通り、いつも味わいなれている穴子の煮物に近い味感が口中に漂う...このスペシャリテをいただけたことに今日は大変満足である。
最後に、夏らしい桃の水物と京都の大納言と打出の小槌で一通りとなる。
やはり「赤坂 詠月(えいげつ)」は、わたしにとって欠くことのできない和食割烹の名店である。とにかく高級食材の取り揃えで、どうだ参ったかと攻めてくるお店とは違い、ここには聴き耳を立てるような職人の矜持が紛れもなく息づいている。

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2016年1月16日(土)記す

『白味噌のお雑煮の向こうに、今はなき京都の名店の俤(おもかげ)がよぎります...「赤坂 詠月(えいげつ)」、憧れのお雑煮の出来栄えを堪能したひと時についての報告』

あの、泣く子も黙る新橋のN師匠も足繁く通われたという和食の名店が、かつて京都祇園四条にありました...虎ノ門「と村」のご主人戸村さんいわく、「あのお店の白味噌(のお雑煮)はこの世のものとは思えませんよ!おんなじ味噌屋のものを使っても、なかなかああはなりません」...この一言からずっとその白味噌のお雑煮のことが頭から離れませんでした。
それが本日、2016年1月16日(土)、"赤坂 詠月"の岩崎さんの手によっていただけるとあれば、やはり否応なくテンションがあがってしまいます。前回お伺いしたときに、たってのお願いで、かの祇園の名店と同じ山利のお味噌を使ったお雑煮をお願いしておきました。以下、できるだけそのお食事体験を詳細に書き綴っていきたいと思います。
1.空蒸し(からむし)
具の入ってない茶碗蒸しの空蒸し。卵とお出汁だけで作った茶碗蒸しです。真ん中の叩いた梅干がよいアクセントになっています。
2.鱈の白子(菊子)
菊子のクリーミーで生っぽい温かみがよいですね。ただ、鱈の白子ももうそろそろ時期的には終わりでしょうかね。
3.里芋とお餅の白味噌(京都山利商店の白味噌)のお雑煮
ついに出ました!まず蓋をあけると、ごくごく淡いクリーム色のシンプルな佇まいに季節感を感じます。そして、おもむろに一口いただいて充分にその余韻を愉しみます...控えめな鰹と昆布が、白味噌のよい風味を引き立てているように感じます。うん、噂にたがわぬ名品です。その優しい味わいにホッとします。里芋の上にのっている辛子がステキなアクセントになっていますね♪
4.鮃(ひらめ)とよこわ鮪(鮪の子供)のお造り、そして北海道の塩水雲丹(ミョウバンを使っていない無添加の生雲丹)
寒鮃。これも旬の魚体の充実ぶりを十二分に訴えてきます。またその脂ののった身肉(みしし)の充実ぶりの中にも、一種名刀の冴え返りといいましょうか、切れ味のよい味調をそなえているのが寒鮃の特徴と思われてなりません。よこわ鮪はクロマグロの子供です。身の色はクロマグロより赤みが若干薄く、味は淡白です。これも美味です。
九頭竜、大吟醸。全体的にスッキリとして爽やかなイメージです。そして、柔らかな味わいに好感が持てますね。
5.山口県仙崎産のグジの若狭焼き
これがなんとも素晴らしかったです!ぐじは身が柔らかく繊細ですので、調理するにあたって料理人の腕が問われる食材だと聞いたことがあります。今回のこのお皿は、鱗の肌理細やかさを活かして身と鱗を一緒に焼き上げるいわゆる"若狭焼き"を採用したものです。鱗は本当に綺麗に焼き上げられており身もホクホク。パリパリの鱗の香ばしい風味の向こうに、はち切れんばかりのグジの身肉が踊ります。絶品ですね♪
6.舞鶴の鯖の小袖ずし
若狭湾の鯖というのは、関東松輪の鯖と並んで美味しいことで名高い一品です。一口でいただけば、肉厚で、殊のほか高い味調にうっとりします。
三重県 酒屋 八兵衛 純米酒。味わいとしては若々しいながらも、しっかりとした主張のあるように感じられます。
7.鮑の共和え(ともあえ)
鮑の身と、あえ衣に肝を使った共和えです。鮑の旨みが凝縮した一品です。日本酒とこれほど相性がよい一品もないでしょう。
群馬県 島岡酒造 初しぼり。新酒らしい爽快メロン香を感じます。すっとシャープな酸と辛口のキレです。
8.厚揚げと一緒に炊いた京都の聖護院大根、自家製の柚子胡椒をそえて
純米大吟醸 会津娘
9.鯨のたたき
純米生原酒 宗玄 しぼりたて
10.ぼたん海老と毛蟹を松の実で和えて
11.福井県産鰤の炊き込みご飯
この際立った旨みを前にしたら、最早言葉はありません。脂のりといい最高の状態の鰤です。師走に一番美味しくなるから"鰤"と表記されるとどこかで読んだことがあります。今がもっとも魚体が充実している時期であることは間違いありません。その濃厚な風格のある心地よい酸味のある香気に、ただただ圧倒されます。また、鰤の目玉がまた絶品でした!
12.柿
鰤の力強いみなぎるような精彩に圧倒された口の中を、柿の冷ややかなテクスチャと涼やかな香りがさっぱりと洗い流してくれます。
13.京都の大納言と打出の小槌
最後の大納言を使った和菓子で一通りとなります。
うん、やはり、山利のお味噌を使ったお雑煮は美味しかったです。そして、若狭焼きも申し分無かった♪

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2015年12月9日(水)記す

『お食事の時間は至福のとき...「赤坂 詠月(えいげつ)」、お出汁の香りを聞き、耳を澄ますようにその調べを聴き取ろう!』

2015年12月9日(水)、19:30、"ソシアル赤坂"という赤坂の雑居ビルの前に佇む。4ヶ月ぶりに、このバブリーな集合看板を前にして、思わず笑みがこぼれてしまう...どちらかというと楚々とした印象の「詠月」さんのその2文字の連なりが、バブルの遺跡のような色キチの集合看板の真っ只中に窮屈そうに嵌(は)め込まれている。その外観がまとうユーモラスな息遣いに、思わず微笑みがもれてしまう。
1.雲子
鱈の白子だ。関東では"菊子"と呼ばれる珍味の先付だ...一口いただくが、白子特有の感情を内に秘めた生っぽい温かみがたまらない。これはなんといっても日本酒だ!
2.大分県産の大判椎茸
お塩で召し上がってください、とのご案内がある。品のある佇まいであるが、一口いただくとしっかりと椎茸特有の森の風味を感じ取ることができる。
※ここで、明鏡止水、「鬼辛」を出していただく。切れ味抜群の辛口である。これぞ辛口!という一品。九谷焼の徳利も素敵である。
3.ミンチにした鶉団子のスープ仕立て(鶉の炊き寄せ)のお椀、京都丹波産の大黒しめじを添えて
金箔と銀箔の"まさご"を黒漆器に蒔(ま)き、金で太陽、銀で月を表現している日月椀(じつげつわん)が美しい。2番出汁と酒、薄口醤油、砂糖で煮詰めた鍋に鶉団子をおとして煮含め、それを1番出汁で割ったものだ。
わたしは「詠月」さんのお出汁が本当に大好きだ!上品な甘みがあって、すっきりとしてクセがない。「お出汁は、真昆布(まこんぶ)を使われてますか?」とお伺いすると、その通りとのお応え。かねてから利尻昆布ほどの塩気はないような気がすると思っていたものだから、このお応えに得心する。
4.淡路の鯛、金沢の鰤(ぶり)、福岡の赤貝のお造り、有田焼の瀟洒な器のなかにはミョウバンを使ってない無添加の塩水雲丹
いずれも満足のできる品揃えである。良質なお造りである。お造りもこのくらいの量がちょうどいい。これらを、塩すだち、山葵醤油でいただく。
※ここで、福井県のお酒、早瀬浦 極辛純米酒が饗される。スッキリとした涼々しい味わいの一品である。
5.宮城県の階上(はしかみ)の牡蠣の松前焼き、牡蠣のエキスを添えて
焼き牡蠣に真昆布(まこんぶ)を合わせた一品である。「本日は大ぶりの牡蠣が入りましたので、松前焼きにしてみました」とのご案内である。(焼く前は掌くらいの大きさがあったそうだ)岩崎さんに、"松前焼き"の名前の由来についてお伺いしてみる。
(岩)「松前焼、松前が昆布の産地なのでその産地の名前がつくんですね。兵庫県の有馬は山椒の産地ですので、煮山椒を使って炊いたものを"有馬煮"といったり、山葵を使った和物を"天城あえ"、海苔で巻いたものを"品川巻"とその産地の名前をつけたりするんですね」
この焼き牡蠣、素晴らしいの一言である。これは、海がこぼした大粒の涙である。文句のつけようがない。ほのかに口の中に広がる牡蠣の甘味も秀逸だ。牡蠣のエキスと日本酒の相性は、いうまでもなく申し分ない!
※ここで、純米大吟醸 白楽星が饗される。
6.北海道広尾産のいくらの醤油漬けのお鮨
ここでしっかりと浸かったいくらと、酢の効いた軽いご飯ものを少量。このタイミングで少量の炭水化物が胃に落ちて、お腹をしっかりとさせる。この組立も満足。
7.三陸産の鮑の塩蒸し、肝、歯を添えて
鮑はシンプルに塩蒸しにしたもの。塩蒸しで出てきたエキスとともに饗される。肝の部分は生のままで、柚の果汁で作ったポン酢に浸してある。やはりよい。鮑の塩蒸しを噛み締めるほどに、枯淡に達した白檀の香りが口腔をよぎる...それほどに揺らぎない落ち着いた味わいだ。
※ここで、会津のお酒、写楽が饗される。
8.京都の海老芋の含め煮、柚を添えて
それほど大振りではない。1番出汁とお砂糖、お塩でほのかに甘く仕上げられている。
9.宮崎県産の黒毛和牛を炙ったものに、京都鷹峯(たかがみね)産の赤蕪を焼いたもの
10.止肴(とめざかな)、釧路の毛蟹
11.淡路の鯛の炊き込みご飯
ここで、〆の炊き込みご飯だ。やっぱり鯛はこの時期のものがなんといっても調子が高い!王者の風格がある。あまりの美味しさに、本日は、2人で4回お代りして、お釜のご飯を全部いただいてしまう!
12.水物
大ぶりの甘王が饗される。一口含むが、酸味と甘みのバランスが心地よい...そして、最後のデザートは岩崎さんからご説明がある。
さらに、餡入の最中をいただいてひととおりとなる。本日も大満足のお食事であった。

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2015年8月10日(月)記す

『赤坂歓楽街で深く深く和の心に揺さぶられる!...「赤坂 詠月(えいげつ)」、2015年秋は、詠月とともに始まり、詠月とともに深まる予感がする...!』
「赤坂 詠月(えいげつ)」は、過度の誇張や大言壮語を尽くしてでも賞賛せずにはいられない、都内屈指の和食割烹店である!
1.あさりと夏野菜のお浸し
まずは、冷たいものからのお料理のスタートである。冷涼な器の肌触りがなんとも火照った体に心地よい。色彩感にとみ、涼感あふれる一品にホッと胸をなでおろす。
2.焼きオクラ
今度は少し火をいれた夏野菜の登場である。上に振りかけられた削り節の香ばしさが食欲を増進させる。これも実に好感がもてる夏の一品である。
※京夏 純米吟醸 月山(がっさん)
3.澄まし仕立てのお椀、結び鱚(竹岡産白鱚)とふくさ豆腐
お椀の中に、肉厚な竹岡産白鱚がふっくらと結ばれて鎮座している。竹岡産の白鱚は味わいが濃厚である。ふくさ豆腐の蒸し上がりも申し分ない。また澄まし仕立てのお出汁が素晴らしい。実に品がよく楚々として滑らかである。ほのかに香る鰹節の風味が心地よい。
※福祝(ふくいわい)
4.コチとボタン海老のお造り
「できれば、お1つは塩酢橘(しおすだち)、もうお1つは山葵醤油(わさびじょうゆ)という風に召し上がってみてください」とのご案内がある。歯に反り返るようなコチの弾力ある身肉(みしし)をまずは、なにも付けずにいただく。それでも十分に魚の香りを感じる。磯の香りというより、山深き森林を包みこんだ驟雨から立ち上る、滴るような緑の香り...わたしはコチの味わいにそんな"厳かさ"のようなものを感じてしまう。さっそく、塩酢橘をつけていただいてみるが、その厳かなコチの佇まいに、塩酢橘がほのかに化粧を施す感じがなんとも素晴らしい。また山葵醤油でもいってみるが、今度は、一転、コチの風合いを生醤油がシャンと端正に引き締め、その身肉の弾力を、醤油風味でさっぱりとまとめ上げるのがなんとも心地よい。
5.淡路由良の鱧の湯引き
ここで、鱧の湯引きが饗される。「梅肉のものでもいいのですが、ぜひ山葵醤油でもいただいてみてください」とのご案内である。この鱧の湯引きが素晴らしかった!「赤坂 詠月」さんの鱧は、鱧を骨切りして熱湯で花を咲かせた後、絶対に氷水などで締めていない、と断言できる。おそらくさっと冷水(井戸水か...)でさらす程度にとどめているはずだ。口に入れると、表面がひんやりとしていて、中心部分から温もりとともに限りなく上品な鱧の風味が漂ってくるのである。鱧の湯引きの旨さにすっかりテンションがあがる。
※磯自慢 大吟醸 秘蔵寒造り
6.四万十川の源流の北川川(ほっかわがわ)産の鮎と秋田の長木川(ながきがわ)産の鮎
(岩)「上に載っているものが、四万十川の源流の北川川(ほっかわがわ)産の鮎になります。2、3年前の利き鮎大会で日本一に選ばれた鮎で、四万十の本当の上流、裏源流で獲れたものになります。下に敷いてあるのが、秋田の長木川(ながきがわ)産の鮎になります。食べ比べて見てください」とのことだ。
(岩)「お付けしているのは、二杯酢でございます。鮎のお皿に敷いていあるのが蓼の葉です。ちょっとピリッとする日本のハーブのような葉っぱで、よく、細かくたたいて緑色の蓼酢にして出されるところが多いですが、今日は、フレッシュのままお持ちしていますので、そのまま葉っぱをちぎっていただいて、お酢と一緒に召し上がっていただくとよろしいかと思います」とのご案内である。
まずは、北川川の方を頭から行ってみるが、その身肉の張り、緻密にさんざめく天然鮎独特の苦味ともに申し分ない。きわめて良質な鮎である。大上段から振りかぶるように、きっちりと塩気を効かせた鮎の塩焼きである。秋田の長木川の方も素晴らしい出来栄えである。これを二杯酢に浸し、ちぎった蓼の葉っぱをパラパラとふりかけながらいただくが、これに勝る夏の味わいなどあるのだろうかと、しばし食卓を沈黙が支配する。
7.琵琶湖の鮎
ここでさらに、鮎の利き比べである。今度は、いささか小ぶりの琵琶湖の鮎の塩焼きが1人1尾ずつ饗される。これはこれで、さきほどの北川川と長木川のものとは違い、彫刻刀で彫り上げたようなシャープで精悍な旨さがある。
※写楽 福島県会津若松市 宮泉銘醸
8.淡路由良の鱧の卵
「今日の鱧には卵が入ってました」とお出しいただいたのが、鱧の子。私は初めていただいたが、これが絶品!酒のアテに最高の珍味である。明らかに海鼠腸(なまこ)とか鯔(ボラ)の卵巣を思わせる珍味の存在感を示しているのだけれど、両者とは圧倒的に違って、鱧の身と同じく上品な味わいなのである。ほんのりとした出汁で、鱧の子の旨味が引き出されている。陶然!
※酒屋 八兵衛
9.釧路の新秋刀魚の小袖寿司(こそでずし)
着物の袖口のような小さな押し寿司が饗される。一口で放り込むが、途端に新秋刀魚の旨味と脂のりに圧倒される。その場で立ち止まり、思わず箸を置いてじっくり味わいたくなるくらい旨い!
10.琵琶湖の稚鮎のオイル漬け
最後の鮎である。これは、いささか変わり種である。琵琶湖の鮎を稚鮎のころに焼いて、オイルに漬け置きして、オイルサーディンのようにしたものだ。
11.鰊(にしん)を中に詰めてまるまる煮込んだ賀茂なすの印籠煮(いんろうに)
まだまだ出てくる賀茂なすの印籠煮。大ぶりの賀茂なすの中には、鰊を細かく刻んだものが詰めてある。そして、鰊の詰め物ごとじっくり煮込んだ一品である。鰊が甘過ぎないところに好感が持てる。
12.宮城県蔵王の鴨、自家製の柚子胡椒で
13.毛蟹といくらと雲丹と松の実和え
14.土鍋で炊き上げたあきたこまち、白ご飯で
まずは岩﨑さんに、土鍋で炊き上げたあきたこまちの炊き上がりを見せていただくが、息を呑むようなアピアランスである。そしてこの良質なお米の炊き上がりの風味...あきたこまちのその芳醇な香りに、むせ返るような幸福感を覚える。「うちでは、玄米のまま送っていただいて、お客さまに出す前に精米して炊き上げているんです」とのことである。
15.水物、桃
夏らしく冷たい桃が饗される。
16.どら焼き、大納言を自家製のどら生地で巻いたもの
最後にお抹茶をいただいて一通りとなる。「赤坂 詠月」は、凄い!最後に絢爛たるお料理のラインナップを反芻しながら、お会計となるが、これまたびっくり!これだけ飲んで食べて、ひとり22,000円だというのだ!何かの間違いじゃなかろうかと狐に摘まれたような感覚を覚える。
この味付け、お料理の量、コスパのトータルバランスでいうと、「赤坂 詠月」はわたしのなかでは都内でトップクラスの和食割烹である。ここは、絶対に今後、通いつめいたい一店である!

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4位

寿司栄 (東千葉 / 寿司)

7回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 昼の点数: -

    • [ 料理・味 -
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥30,000~¥39,999 -

2019/03訪問 2020/10/16

花魁道中(おゐらんどうちゅう)華やかなりし...「寿司栄」第12弾、天然の生簀(いけす)の恵みを思う存分堪能しよう!

揚屋(あげや)へとゆらりゆらりと八の字を描いて練り歩く花魁を思わせる優雅な握りがここにはある。嘘だと思ったら、ツマミから握りに移り替わるくらいのタイミングで、大将に「どこかで"おゐらん"を入れてください」と注文していただきたい。程よい頃合いで華やぐような海の幸4種の握り...キャビア(あるいは山女魚のいくら)、中落ちと根室の雲丹、白えび、芽ネギ...がそっと付け台に饗されることになる。

「珊瑚のかんざし重たくて 会釈を返すもままならぬ...」この花弁のように瑞々しく震える逸品を目の当たりにした途端、「寿司栄」に来たという実感が、江戸時代の絵師の描く細密画の細径な描線をたどるように確かなものとなる。

...「寿司栄」は、もうこれで12回目の訪問である。それでも大将は、わたしが最初に訪れたときのことを今でも鮮明に覚えていてくださる。

「ええ、ええ、それはもうよく覚えていますよ。...最初はぽつんとおひとりでいらっしゃって、カウンターの隅の席で静かに1つ1つのネタに耳を澄ますように味わってらっしゃいました。ボク、それを見て、この人には、もうこれはやたらなものは出せないなという思いがしましたね(笑)」

富山湾という天然の生簀から引っ張った極上のネタを、寝かせたり、寝かさなかったり、そして火入れを強めにしたり、軽めにしたりして魚の香りを際立たせる。2019年3月2日(土)。今日も「寿司栄」の仕事は限りなく冴えわたっていた!以下、詳細に書き綴っていきたい。

1.のれそれ
穴子の稚魚である。からし酢味噌でいただく。春先を感じさせる一品である。今日は白魚の入荷はないそうだ。

2.まったく寝かせていない鯛の焼き霜づくりに、ブランデーで漬けたからすみを振りかけて...
寝かせていないだけあって、身肉の弾力がしっかりとしている。焼きを入れることによってふわりと鯛の香りがたつ。旨みが充分に出ている。ここに橙で作った泡とブランデーに付けたからすみを添えていただく。

3.羅臼の雲丹
雲丹の甘みを感じる。次の天草の雲丹とは対照的。

4.九州天草の紫雲丹
塩をパラパラとかけていただく。新鮮な感じがする。不思議と、雲丹特有の香りの主張が強くない。粒がひとつひとつ細かく若々しい感じが特徴の雲丹である。

5.1週間寝かせたシマアジを藁で燻して
香りの魚、シマアジ。旨い。わたしはこのシマアジが白身の魚の中でも頂点だと思う。

6.キンメの塩コブ巻き 山椒を添えて
キンメも少し炙って香りを引き出している。キンメの美しい脂のりのある身肉を昆布が引き締める。

7.ガス海老のツマミ
緑の卵を載せて...甘くプリッとしている。繊細な北陸の海の幸である。

8.しめ鯖のツマミ
これも火を入れて香りをたたせている。肉厚で鯖の脂のりが申し分ない。鯖本来の美質と血統のよさを示す高貴なまでに後味のよい香気がいつまでも口の中に残る。

9.能登の毛蟹
北海道は禁猟。能登半島産の毛蟹。この内子の感情をうちに秘めたような濃厚な存在感には吐息が漏れる。身肉も実にしめやかに蟹の旨みを伝えてくる。

10.本ミル貝の炙り、橙で作った泡をそえて
貝類の中では、大変端正な味調の貝、というのがわたしのミル貝に対する印象である。潔い歯ざわりから口中に豊かに潮の甘味が広がる。これも炙りでミルの旨みを際立たせている。

11.鮪の中落ちに雲丹を添えた巻物
雲丹は、北海道浜中のバフンウニである。これは贅沢な逸品である。分かりやすく旨い。鮨の花形の2品の抱き合わせである。

12.鬼海老の焼き物
殻がおせんべいみたいに旨い。熱い甲羅をはがすうちに、焔立つような海老の香りが鼻腔を包み込む。

13.からすみの2種
わたしは、「寿司栄」のからすみに目がない。(今日も、ブランデーと日本酒の2種類をお土産にまとめてもらった)ブランデーは仄かに果実の風味が漂い、日本酒のものはやはりふくよかなお米の香りを感じ取れるのだ。

14.蟹味噌
これもいつもの一品であるが、これは付け台の端においておいて、ときどき箸先に少量ひっかっけて舐めながら最後まで愉しむのがよい。

15.サクラマス
春のものの艶めかしさがある。サクラマス。赤身ともいえない、白身ともいえない淡くも儚い旨み。この中間的な旨みが時期もののマスの旨さである。

16.アン肝の飴煮いぶりがっこを添えて
お馴染みの飴煮である。シャリを敷き、燻りガッコのコリコリ感と香りとで愉しむ。

17.サヨリの握り
さぁ、握りがスタートである!閂(かんぬき)。旨い魚だ。冷たいビー玉を口に含んだような透明感がある魚である。

18.中トロの握り
そこまで脂乗りは強くなく、するりといただけるこの時期の鮪も中々に捨てがたい。

19.大トロの握り
大トロも上品な佇まいである。

20.トラフグの軍艦
天然トラフグの白子を使った軍艦である。やはり白子はトラフグのものに限る。あたたかな食感の向こうに、婀娜(あだ)っぽい悩ましい世界が広がる。

21.赤身の握り
天身の一級品だ。艶やかな照りがすこぶる粋である。

22.カワハギの握り
カワハギの握りも「寿司栄」でのお馴染みの一品である。透き通るような味調に心が躍る。

23.玉
ここでいったん、玉。甘めの玉だ。

24.雲丹の握り
...ここからが"お任せ"から"お好み"への切り替わりのタイミングである。まずは雲丹を軍艦ではなく握りで饗していただく。わたしは実は雲丹は軍艦よりもこうした握りの方が好みである。

25.トロのミルフィーユ
お馴染みのトロのミルフィーユである。毛蟹とのマリアージュにいつものことながら嘆息する。

26.山口の赤貝の握り
最近、山口の赤貝をよく耳にする。逆に有名な閖上のものはとんとご無沙汰である。どうも最近閖上のものは難しいようだ。

27.花魁(おゐらん)の握り
さぁ、これが「寿司栄」のスペシャリテの1つ。わたしは毎回これを頼んでしまう。


28.海鰻の軍艦
これは時々しか食べられない海鰻の軍艦。定置網にたまたまかかった時にいただける。力強い鰻の旨みを感じる逸品である。

29.蟹のお椀
ここで、濃厚な蟹のポタージュとなる。


30.シマアジの握り
まだまだ続く。ここでツマミで出たシマアジを握ってもらう。仕事の加減といい申し分ない。お鮨屋さんによっては、わたしには塩分が強すぎるといった仕事をほどこすところもあるが、こちらは仕事の加減がわたしにあっている。

31.のどぐろの握り
ここで、やはり「寿司栄」に来たら外せないのどぐろを握っていただく。迫力のある脂乗りを堪能する。

32.富山海老の握り
これも「寿司栄」に来たら外せない。天然の生簀が育む海の宝である。

33.自家製ばちこ
「寿司栄」さんのばちこは自家製である。他との違いは、実にふくよかな見た目をしているという点である。ふわりとした食感の向こうにばちこの滋味を堪能しよう!

34.穴子の握り
いつものように、ツメと塩の2種類を出していただく。

35.ほおずき
最後にほおずきで一通りとなる。やはり何度来ても愉しく旨い。また今年も「寿司栄」行脚の始まりを迎えた!
たとえば、これから観る映画の上映時間が5時間だと言われたらどうだろう。...もしそれがお目当ての映画だったとしも、さすがにこれは猛者(モサ)級の"長尺"映画だと、少し身構えた上で劇場に赴くことになると思う。

しかしでも、「寿司栄」に行くとなったらどうか。...事態は途端に一変する。またあの"5時間コース"を味えるのだと、ほくそ笑みつつ何の身構えもなくそれを受け入れてしまっている自分がいるのだ。

...もちろん、長時間の料理店が全て良いなどと言うつもりない。「寿司栄」をはじめ、「鳥しき」などごく稀なお店の"長尺"だけに、おもわず心解きほぐし、心をゆだねてしまうトリガーがごく自然に装填されているというまでの話である。

それはまるでウェス・アンダーソンの「ファンタスティックMr.FOX」のDVDを観始めて5分も立たないうちから観終わるのが惜しくてならず、何度も何度も巻き戻しているうちに、エンドロールが流れるころに戸外に漂う朝の気配を受け止めているあの心持ちによく似ている...


2018年2月17日(土)、今回も素晴らしく愉しかった「寿司栄」さんでの晩餐について詳細に書き綴っていきたい。...千葉駅で、今日のお連れさまと落ち合い「寿司栄」までタクる。がらりと引き戸を開けて、カウンター中央に案内されると佐藤大将がすっと厨房から現れる。ご挨拶すると、「ああ...ボクもお会いしたかったです」とニコッと笑って返してくださる。こんなやりとりからスタートするのが「寿司栄」での定番だ。

まずはビールで喉を潤していると、さっそく一品目が饗される。

1.ブランデーに付け込んだカラスミをかけた宍道湖の白魚
のっけから白魚の登場にしびれる。...春の訪れを感じさせる食材に心に明るみのようなものを感じる。...そしてわたしは「寿司栄」のカラスミが大好物だ。このブランデーのものは、ボリューム感より仄かな果実の香りが漂う軽やかな洒脱さを感じる一品である。...もう何回もお伺いしているのだけれど、この組み合わせは今日が初めてである。新鮮な驚きを感じる逸品だ。

2.九州天草の鮃のエンガワを添えてカラスミをやる!
先の白魚で皿の上に残ったカラスミの上に、ポンと九州天草の鮃のエンガワが供えられる。と、さらに上からブランデーのカラスミが少量パラパラと散らされる。パンでソースの残ったお皿をきれいにいただくように、エンガワでカラスミを絡めて最後の一粒までいただく。

3.根室の馬糞雲丹
色の濃いのが雌、色の薄いのが雄。なるほど、潤味があってよい。瑞々しい雲丹の風味が素晴らしい。

新政 2018 新年純米 しぼりたて生酒。ここで新政の生酒がでる。果実味があってキレイな感じのお酒である。

4.能登の毛蟹
北海道では禁漁で、能登でのみ獲れる毛蟹である。感情を内に秘めたような妖しげな甘みがある。この北陸の幸を味わいに「寿司栄」に足しげく通っているようなものである。

5.焼き霜造りの鯛、醤油で作った泡
いたって小ぶりなツマミだけれど、慈しむように味わうことを促す逸品だ。鯛はまさに魚の王様の風格と存在感がある。ここにも少量のカラスミが振られ仄かな華やぎを演じている。

6.鯖の昆布締め
鯖の素晴らしさをほんの少量。ほんの少しずつ切り取られた珠玉のネタを、存分に味わえるのが「寿司栄」スタイルである。

7.鰆の藁焼き
鰆の藁焼きは何とも相性がよい。鯖の昆布締めの旨さについて今だ自分の中で解決していないのに、矢継ぎ早にまったく異なる鰆と藁焼きのマリアージュの素晴らしさで打ちのめしてくる。このやり方が「寿司栄」のもっとも憎いところだ!

8.瀬戸内の本ミル貝
貝の中では鮑の次に高級な貝である。山葵醤油でいただく。少し気恥しくなるようなつややかな艶めかしさがある味わいを堪能する。

9.メジマグロ
鰹くらいの魚体のものだそうだ。腹の部分で充分脂が載っているように見えるけれど、味わってみると、随分すっきりとしている。

10.万寿貝の炙り
軽く炙ってそっと饗される。何もつけないでいただく。炙ることによって貝の甘みが存分に引き出されている。万寿貝は、北陸で獲れる貝で、いかにも「寿司栄」らしいネタである。これも「寿司栄」の毎回の定番であるが、このぬくもりと貝の風味にいつもやられてしまう。本当に旨い逸品である。

仁左衛門。やはり美し過ぎるお酒である。わたしの中でNo.1の日本酒である。嬉しいことに佐藤大将はわたしの仁左衛門好きをよくご存じで、毎回ご用意してくれる。

11.鬼海老の焼き物
丸ごと1匹の鬼海老の焼き物である。全部いける。何とも香ばしい。こんなものをいただけるお鮨屋さんは、都内では「寿司栄」をおいてほかにはないだろう。

12.クエ
これもほんのひときれ饗される。やはり脂載りがよい。味わいは全然異なるが、のどぐろと双璧をなす脂載りである。

13.能登の縞海老と醤油で作った泡
縞海老の味噌がしっかりと詰まっている。身を全ていただくと、残ったソースにシャリを混ぜてリゾットにしていただく。これも甲殻類の旨味が詰まった逸品である。

14.蟹味噌
この強い味わいが酒のアテに滅法あう。これは箸先で少量を舌の上に載せるのを繰り返し、時間をかけてゆっくりゆっくりと愉しむ。

15.カラスミ
下がブランデー、上が日本酒で漬けたもの。明らかに味わいが違う。この二種類の違いを愉しむのも「寿司栄」でのお愉しみのひとつだ。

16.余市のあん肝
あん肝の飴煮というやつだ。この甘さがたまらなくよい。

17.能登の海鰻、海苔巻き
久しぶりに「寿司栄」で海鰻をいただく。これは時々定置網にかかるそうで、毎回はいただけない。しかし、今日の海鰻は脂載りが断然素晴らしかった。

18.金目鯛の握り
金目の握りが最初にくる。金目鯛も最近なかなか入らないそうだけれど、抜群に旨い!良質な脂載りに満足する。

19.天草の寒鮃の握り
今が一番旨い時期にあたると思う。透き通った澄明な味わいを堪能する。

20.さよりの握り
別称、"かんぬき"。名刀のような冴え返りに息を呑む。

21.トラフグの軍艦、少し炙って...
やはり白子はトラフグが群を抜いて旨い。少しの火入れがまた抜群である。

ここで今日の鮪(はらかみのブロック)を見せていただく。長崎壱岐169kg。「寿司栄」さんは鮪は山幸である。

22.中トロ、目葱を巻いて
舌に媚びるようなしつこさがなく清楚な印象の鮪である。目葱との相性も素晴らしい。

23.中トロの握り
握りにしてもよい。これくらいの脂載りがわたしはもっとも好きだ。

24.赤身の握り
何とも美しい。鮮烈な赤に毎回ドキリとしてしまう。味わいも秀逸である。

25.玉
ここで「寿司栄」の甘め玉で一休み。

26.雲丹の握り
今日は雲丹を握りで。本当に味わい深い雲丹は、アピアランスにザラついた乾きがある。木の葉の葉脈のような沈んだ艶(つや)に本物の雲丹の醍醐味があるものだけれど、これはその典型だ。

27.トロと毛蟹のミルフィーユ
毛蟹に雲丹、そしてトロのミルフィーユ。これも「寿司栄」の定番である。実に豪華な気分にさせてくれる逸品である。

28.コハダの握り
ここでお願いしてコハダを出してもらう。やはり鮨屋にきたらコハダは外せない。

29.カワハギと目葱の巻物
中にふんだんにアオサ海苔がくるまれているのだけれど、これが何とも香ばしい。

30.のどぐろと酢飯
小さな器に入って饗される。爆発するような脂載りに息が詰まりそうだ!

32.赤貝の握り
素晴らしい。立派な肉厚性の中に鉄の匂いを感じる。赤貝独特の、あのひとをドキドキさせるような澄み切った透徹感で圧倒してくる素晴らしい逸品である。

31.富山海老の握り
これもまた息を呑む美しさである。メランコリックで悩ましい味わいに深く吐息をつく。

32.銚子の鯖寿司
誰が何と言おうと鯖寿司は旨い。海苔との相性がこんなによいのは、ほかにないのではなかろうか...

33.アワビと雲丹とキャビアの握り
これも「寿司栄」の定番である。実に豪華な気分にさせてくれる逸品だ。

34.対馬の穴子のツメと塩
柔らかく煮られた穴子である、ツメと塩とをいただく。

35.カラスミとたいらぎの磯辺巻き
最後にこれもお願いして「寿司栄」さんの定番を出していただく。本日は、カラスミがふんだんに使用された「寿司栄」さんの会であった。

ちなみに今日も握りは、米焼酎のガリ酢割りでいった。これは佐藤大将も知らなかったようで、握りのお仕事が終わったタイミングでごちそうさせていただいた。(と、佐藤大将、サービスで瀬月内の本ミル貝の肝に軽くカラスミをかけたものを出してくれた)さっと一口やった瞬間、「確かにあいますね、灯台下暗しだ」と感嘆されていた。「でも、あんまり注文されちゃうと、寿司栄さんでガリ作れなくなっちゃいますよね」というと「確かに」と笑っておられた。

時計の針は23時を刺そうとしている。席に着いたのが18時だから、今日も瞬く間に過ぎ去った5時間であった。最後はお店のスタッフや佐藤大将にお店の外までお見送りいただく。本当に本当に「寿司栄」の会は愉しい!次回は4月の訪問だ!

「寿司栄」さんはこれで8度目の訪問になる。訪問するたびに、さらにマドレーヌを強かに打ちのめしてやれと、腕によりをかける大将の心意気をひしひしと感じつつ、今日もまた、すこぶる居心地が良いカウンター席で、5、6時間という時間が嘘のようなあっけなさで瞬く間に過ぎ去っていく。...しかしでも、この居心地の良い贅沢な時間を堪能しながら、この時間を味わうために日々仕事を頑張っているのだとしみじみと感じ入る。
2018年10月21日(土)の北海の海の恵みの饗宴がどのようなものであったか、以下に列挙してみたい。

1.タラ白子
2.秋刀魚の刺身(秋刀魚の腸を落としたお醤油で...)
3.秋刀魚のつまみ...少し炙って
4.藁で燻したカマシタのトロ(を富士山の伏流水の山葵で...)
5.松茸の土瓶蒸し
6.秋刀魚太巻き
7.仙鳳趾の牡蠣
8.オシャマンベの北寄貝
9.いくら、いくらを裏ごししたお出汁につけて...(しゃりも少量)
10.ガス海老
11.香箱蟹
12.のどぐろとキャビア
13.カワハギの肝、海苔、浅葱
14.カワハギ
15.昆布の森のバフン雲丹(甘いなぁ)
16.天然のホタテ
17.下が日本酒、上がブランデーで付けたカラスミ...蟹味噌を添えて


ここまでが、ツマミです!いつものことながら圧倒される!

18.松茸を秋刀魚の炙りで巻いた握り(香りが素晴らしい)
19.閖上の赤貝の握り
20.鮪中トロ
21.鮪大トロの筋を炙ったもの...山葵を添えて
22.コウイカ(スミイカ)の握り...イカスミで作ったお塩を添えて...
23.毛蟹の握り
24.しんこの握り
25.こはだの握り(洗練されている感じ)
26.カレイの縁側の握り
27.2日寝かせたブリの握り
28.バフンウニの握り
29.鮪、天身の握り(旨い!パンチがある!骨にくっついている身!)
30.コウイカの握り
31.羽田沖の穴子の塩とツメ


ここで一通り。でも、ここから、マドレーヌはお代わりしちゃうんだなぁ(笑)

32.2日寝かせたブリの握り(もう、零れ落ちそう!「おんなじ(握りのスタイル)じゃ詰まんないでしょ」って大将。ありがとう!)
33.しんこの握り(これも感じを変えてくれる)
34.こはだの握り(これも感じを変えてくれる)
35.松茸を秋刀魚の炙りで巻いた握り
36.閖上の赤貝の握り
37.鮪と蟹の巻物...千葉の海苔を使って...
38.バフンウニの握り
39.大間の鮪大トロの筋を抜いたもの
40.お椀


怒涛の40品!いや、いつものことながら、息が詰まるくらい凄い!特に2度お代わりした松茸を秋刀魚の炙りで巻いた握りが素晴らしかった。これは秋を表現する料理の中で、もっとも詩的な存在感を定着している。

「寿司栄」さんは、また、酒も素晴らしい。
1.「米鶴 y」Takahata Wood(高畠ワイン シャルドネ種樽で貯蔵された純米吟醸酒)
2.黒 龍 純米吟醸 「純吟三十八号」(立香に上品な華やかさ)
3.醸し人九平次  CAMARGUに生まれて(フランスのお米を使って作った九平次の一品)
4. 田酒2種 山田穂(やまだほ)、短桿渡船(たんかんわたりぶね)
5.Takachiyo 59 OMACHI(高千代酒造)
7.新政 純米酒 亜麻猫
8.風の森
9.磯自慢 大吟醸純米48


やはり、ここは、数か月に1度は訪れないと、何か自分の中で欠落してしまった寂しさを感じる稀少なお店である!未訪の方に、絶対におすすめできる素晴らしい鮨店だ!いますぐ、「寿司栄」に駆けつけよう!
7度目の訪問、「寿司栄」。何度訪れても、ここはわたしにとって本当に夢のような素敵なひとときを過ごさせてくれる鮨店である。北陸の珠玉の幸をゆったりと愉しみつつ、親方と語らいながら、本日も5時間という時間が、嘘のようなあっけなさで流れていく。2017年6月24日(土)、7度目の「寿司栄」訪問記を以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

本日は数か月前「銀座 しのはら」で偶然面識を得た食通さんとの「寿司栄」さんの会である。お店に着いて引き戸を開けると、すでにお連れさまはお着きになっている。大将の佐藤さんも相変わらずお元気そうだ。笑顔でのお出迎えが嬉しい。

むしむしするこんな夜は、ビールで喉を潤すのが正しいやり方だ。ビールを飲むほどにいつもの"甲殻類多め"のコースが始まるのだけれど、本日のコースは凄かった!全40品。...以下出来るだけ正確に順に書き綴っていこう。

1.海素麺(うみぞうめん)の摘み
これは実は高級食材だ。表面がぬめっとして軟らかく、海藻らしい風味もある。先付にもってこいの一品だ。...すっと、海ぶどうが付け台にのる。

2.徳島の岩牡蠣の摘み
大ぶりの岩牡蠣がぶつぶつと3つに大きくカットされて牡蠣殻の上に盛って饗される。奥から手前に向かってだんだん味が濃くなっていくとのことなので、味の淡い奥の方から順番にいただく。透徹したミネラル感が溜息が出るほどキレイだ。

ここで、本日の山葵を見せていただく。「寿司栄」さんでは、いつもは富士山の伏流水で育った山葵を使われるが、本日は、安曇野の山葵と富士山の伏流水で育った山葵の2種の山葵の食べ比べというわけだ。

3.本ミル貝(根元の一番甘いところ)の摘み
貝類の中では、鮑の次に高級な貝。根元の一番甘いところがさっと付台に饗される。安曇野の山葵で...とご案内がある。舌の上に載せて何度も富士山伏流水のものと比較してみるけれど、富士山のものが滑らかな味わいであるのに対し、安曇野のものはパチンと爆ぜるような刺激があるのが特徴だ。

日本酒 東北泉 瑠璃色の海 純米大吟醸。含み香も口当たりも柔らかい。肌理が細やかな綺麗なお酒だ。...ホッキ貝がどんとネタケースの上に載る。

4.ホッキ貝の摘み
シャキシャキとした噛みごたえから溢れる泡立つような肉の味わいに潮の香りをかぎ分ける...

5.大原産の蒸し鮑と生の鮑の摘み
「寿司栄」さんの蒸し鮑は言わずと知れた煮っころがし。酒蒸しして旨味を飛ばしてしまうのではなく、煮っころがして旨味を閉じ込めるのが「寿司栄」さん流だ。これも実に手間がかかった仕事だ。

6.鮑の歯の摘み
これも「寿司栄」さんの摘まみでよく出る一品。塩でいただく。

7.鮑の肝の摘み
安曇野の山葵で。まるでレバのようなボリュームだ。横溢する滋味に胸を膨らませ、深い吐息とともにその余韻を愉しむ。

8.縞鯵の摘み
富士山の伏流水の山葵で山葵醤油で。1週間寝かせてあるそうだけれど脂が凄い。ノドグロの脂にもおさおさ劣らぬその迫力に圧倒される。

新政 純米酒 亜麻猫。爽やかな香り。軽快感のあるお酒である。

9.藁で燻した室蘭の桜鱒の摘み
富士山の伏流水の山葵醤油で。終わりの時期のもので、室蘭で獲れたものだそうだ。川で取れた桜鱒は身の色が白いけれど、海に落ちたものは海老を食べるので色がほのかな桃色だそうだ。これは後者となる。藁で燻した薫香がスモーキーで何とも素敵だ。舌に媚びるようなネットリとしたテクスチャに息がつまりそうだ!

10.毛蟹の内子と外子と身の摘み
絵の具を塗り固めたように感情を内に秘めた内子と外子...そしてその周辺を蟹身が降り募る時雨のようにしめやかな装いを添えている...

11.ホタテの摘み
塩わさび(安曇野の山葵)で。甘い。養殖だと狭いところで飼っているので泳ぎ回らない。天然は泳ぎ回っているので、甘みがある。
鶴齢 純米超辛口 美山錦60%。超辛口純米。夏向きなスカッとした一品である。とはいえちゃんとお米の旨味を感じ取ることができる。

12.ノドグロとキャビアの摘み
なにも付けずに富士山伏流水の方の山葵を多めで。やはりノドグロには多めの山葵がよい。ノドグロの良質な脂に山葵が融合する。

13.撥子の焼き物の摘み
だいたい撥子というと、薄っぺらいイメージがあるけれども、「寿司栄」さんの撥子はどのお店よりも分厚い!頬張ると卵巣が一本一本の繊維となって口中でほどけ、撥子の濃縮した旨味が広がる。

ここで、黒龍 二佐衛門。最強の酒肴に最強の酒。美しい。綺麗だ。

ここで、盆に載せられて今日の海老のお目見えとなる。左から右へ、獅子海老、シマ海老、ガス海老...また、今日も金沢門外不出の獅子海老のご用意がある。嬉しい限りだ。

14.ガス海老の摘み
緑の卵を載せて...甘くプリッとしている。

15.獅子海老の摘み
この幻の海老は伊勢志摩サミットでつかわれたそうだ。安曇野の山葵醤油で。身肉をまとう"とろみ"が何とも悩ましい。

16.北海シマ海老の摘み
北海シマ海老。安曇野の山葵醤油で。つるりと流れるような口当たりで味わいは恬淡。さっぱりとしている。

17.鹿児島産姫甘海老の摘み
最近発掘されたものだそう。これは甘みのある味わいの海老である。本日は4種類の海老を摘まみで饗していただいたけれど、どれもそれぞれの個性があってとても面白かった。

十四代 中取り 大吟醸 播州山田錦。フルーティ。しつこくはないけれど、深く味わうほどにバニラやメロンの風味を感じる。

18.シンコの握り
ここから握りに入る。シンコ。ものすごく小さいコハダを10枚重ねくらいにして握ってある。可憐で何とも若々しい。生育したコハダのあの独特の存在感を思うと何か愛らしい感さえ感じる。

19.ノドグロと酢飯、山椒を散らして...
富士山伏流水の山葵で...ノドグロに山葵は鉄板だ!また、この一品、山椒が大変素敵なアクセントになっている。太い迫力あるノドグロの脂がドンときたかと思うと、華やかな山椒の野の香りが駆け抜けていく。

20.金目鯛の縁側の握り
これが素晴らしかった!脂のりが素晴らしい!ため息がでる。ノドグロの脂が太く迫力があるのに対して、金目鯛の脂は、たわわであるにもかかわらず、香りと気品を感じるのだ。

雨後の月 無濾過生原酒 純米吟醸山田錦斗瓶取り。華やかな香り、透き通るようななめらな飲み口のお酒である。

21.閖上(ゆりあげ)の赤貝の握り
シャキシャキとした噛みごたえの中に、透き通るような青みを帯びた細かな気泡が口の中に広がるのが素晴らしい。
]
22.境港であがった中トロの握り
冬場のイカを食べて仕上がった大間の鮪もいいけれど、こうしていただいてみると[b:夏の若々しい鮪もなかなか捨てたもんじゃない。


醸し人九平次 Le K(ル・カー)・VOYAGE。原酒で密度が高いお酒だけれど、不思議にすっきりとしている。

23.千葉の船橋で獲れた金太郎鰯の握り
これが鰯の領域を超えていた!6年前にブランド化したのが金太郎鰯。寸は短いけれど、丸太みたいに太いそうだ。輝く螺鈿(らでん)のさざめきように、緻密で豊饒な旨味にしばし陶然とする...今日一番の味わいだったかもしれない。当然お代わりの対象だ!また、シャリがよい。シャリは翡翠のようなつぶつぶとした旨さがある。

24.アオリイカの握り、イカの墨を合わせた塩をパラり...
鮨ネタには、歯切れのよい墨烏賊ということはよく言われるけれど、やはりアオリイカは美味い!アオリイカは誰が何と言おうとイカの王様である!...箱に詰まった唐津の赤雲丹を見せていただく。夏場を感じる!

25.黄金蟹の握り
1,000杯に1杯の黄金蟹。本ズワイガニ漁のときは20,000杯に1杯。やはりズワイは蟹の王様だ!濡れそぼるような身肉の味わいは詩的ですらある。

醸し人九平次 Le K(ル・カー)・RENDEZ-VOUS(ランデブー)。これもVOYAGE同様、軽快感を感じるお酒である。

新政酒造 日本酒 No.6 I-type GINZA SIX限定。GINZA SIX(ギンザシックス)は、Diorとかが入っている。銀座にある複合商業施設。このGINZA SIXでしか手に入らないレアなNo.6。精米歩合35%。スッキリと綺麗なお酒である。

26.境港の天身(鮪の中トロに一番近い部分の赤身)の漬け、皮と身の間の旨味成分を上に添えて
これも「寿司栄」さんの定番の一品である。すきみ等に使われる筋の無いきめの細かい部位で、赤身のなかでも極上とされる部位である。毎回思うけれど、本当に旨い!鮪の中で最も旨い部分だと思う。

飛露喜 (ひろき)。"喜びの露が飛び散る"結構な名前だ。名前がピッタリの華やかなお酒である。

27.鮪のカマシタの下のあたりを少し炙って芽ネギを巻いて...
今日の芽ねぎの巻物は鮪のカマシタである。脂はのっているけれど、やはりこれも夏らしい若々しい佇まいである。

28.あん肝の飴煮を海苔巻きで...
山椒がピリリと効いて、甘みがたっている!あん肝の飴煮も「寿司栄」さんこだわりの仕事が施された逸品だ。しかし今回のこの海苔巻の食べ方は今回が初である。海苔の風味と一緒にいただく飴煮も面白い。変わり種の手巻き寿司をいただく感じだ。

30.千葉の船橋で獲れた金太郎鰯の握り
23、再び!

31.金目鯛の握り...こんどは縁側ではなく身の方を
金目鯛は今が一番いい。上品で甘みがある。またこれに少し炙りを入れて甘みをさらに引き出しているひと手間が憎い。

田酒 純米大吟醸 百四拾。言わずと知れた田種。フルーティでふくよかな味わいである。

32.カワハギの握り
肝が添えられている。薄い琥珀色でトロリとした密度の濃い旨みが堪らない。

33.アオリイカの握り
24、再び!

35.穴子の握り
ここで、穴子の握りだ。穴子はこれからどんどん良くなっていく。やはり今日は穴子からも若々しさを感じた。

岩清水 NIWARINGO 。果実味のある甘酸っぱい一品。大変飲みやすい女性が好きそうな一品である。

[b:36.鮑、雲丹、キャビアの握り

ここで、豪華な握りが登場する。今一番よい高級食材の合わせ技だ!

37.コハダの握り
今日はコハダのご用意もある。ただ、本格的によくなっていくのはこれからだろう。コハダのあの、どの青身魚にもない不協和音こそがコハダの醍醐味だ!

38.大原の真鯛の握り、橙の泡を添えて
ここで真鯛だ。弾力のある鯛の身肉の噛みごたえを橙の風味が軽やかに舞う。

39.玉
ハチミツを加えた甘めの玉をいただくとほっとする。

40.毛蟹のお味噌汁
何十杯の毛蟹を潰して作った濃厚お味噌汁で一通りとなる。「寿司栄」さんはいつも質、量ともに凄いけれど、いや、しかし、今回は特に大将気合が入っていたように思う。これ以上ないというほどにお鮨の旨さを堪能しつくした一夜であった!次回は9月末の訪問だ!
やっぱり「寿司栄」は止められない。暖流と寒流が流れ込み、水産資源の宝庫といわれる富山湾の珠玉の幸を味わい尽くしたいなら、今すぐ「寿司栄」に駆けつけよう!

こちらは、魚の香りを感じさせてくれる素晴らしい名店である。2017年4月28日(金)、4時間ほどかけてゆっくりと愉しんだ「寿司栄」さんでの晩餐について以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


本日は、18:00にお連れ様と直接お店に落ち合うことになっている。17:50、千葉駅からタクシーに乗り込んだ旨、LINEで連絡を入れると、お連れ様も丁度向かっている途中だという。千葉聖心高等学校を過ぎ、ファミマを左折して直進するとほどなくタクシーは「寿司栄」さんのお店正面前に滑り込む。

引戸を開けて中に入ると、本日のお連れ様はすでに到着されている。本日初めてお会いする方である。佐藤大将にご挨拶して、まずはビールで喉を潤す。やっぱり「寿司栄」さんのカウンターは落ち着く。毎回「寿司栄」さんの会は愉しいのだけれど、今回も滅法愉しい会となった!お連れ様ありがとう~♪

とほどなく1品目が饗される。

1.ホタルイカとホタルイカの叩きの摘み、叩きの上にのっているの泡が醤油、海苔を添えて
まず、タタキだけを少量箸先でいただいてみる。思ったとおり、ホタルイカのミソの風味がふわりと漂う。また、細かく刻まれたイカの胴肉の食感も好感が持てる。これを、海苔にのせていただくのだけれど、イカと海苔の風味の相性のよさといったらない。"富山湾の神秘"に舌鼓!

2.青森八戸の紫雲丹と白海老、生のクチコの摘み、甘海老の卵の塩辛(緑)を添えて
馬糞雲丹が、濃厚で感情を内に秘めたような力強さがあるのに対して、紫雲丹は恬淡ですっきりとした味わいを持っている。これと白海老との相性も申し分ない。白海老はまさに"富山湾の宝石"である。淡白と思いきや、思いのほか強い甘味がある。

左から赤座海老、獅子海老、葡萄海老、団扇海老を載せたお盆が付台にどんと載せられる。

3.1週間寝かせた縞鯵の刺身の摘み
今日は、この1週間寝かせた縞鯵が目玉。塩わさびでいただく。オオカミではない。「一度オオカミも使って見たいんですけどね~」とは佐藤大将。縞鯵は、後で握りでもいただけるとのことだ。

縞鯵の味わいには、においたつものがある。この舞うような香りが、縞鯵が青ものと呼ばれる魚の中でも、最高峰に位置づけられる理由だと思う。川魚のなかで、天稟(てんぴん)の香気をもった魚がアユ(鮎)であれば、海のもので鮎に匹敵する素晴らしい芳香を放つものは縞鯵である。

4.まだ生きている天然のホタテの摘み
山葵醤油で。噛み締めると押し返す。貝殻の方にはうっすらと年輪が入っている。身厚でぷりっぷりの食感と心地良い歯ごたえが素晴らしい。また、とろける甘さは感動的ですらある。

新政酒造 日本酒 No.6 I-type GINZA SIX限定。GINZA SIX(ギンザシックス)は、Diorとかが入っている銀座にある複合商業施設。このGINZA SIXでしか手に入らないレアなNo.6。精米歩合35%。スッキリと綺麗なお酒である。

5.朝じめの大原の鯛、皮目は焼霜にしている...泡は橙の泡...の摘み
何もつけずに、そのまま行く。香りが結構出ている。この皮目に直火で焼き目をつけたところが素晴らしい。この「寿司栄」さんのひと仕事にいつもやられてしまう。

ピアノのBGMが心地よく耳朶に響く...

6.蒸し鮑、馬糞雲丹にキャビアの摘み
鮑と雲丹は、同じ昆布を食べているので、大変相性がよい。もう鮑がでる季節になった。しかしこの小さな宝石のような煌(きら)びやかさはどうだろう!しばし沈黙を強いる旨さだ。

7.ノドグロの切り身の摘み、これが「寿司栄」さんおスペシャリテ!
富士山雪解け水で育てた山葵を多めに載せて...これも「寿司栄」さんの定番!このノドグロという魚の溢れるような上質の脂にはいつも感嘆するほかない。"白身のトロ"と言われるのも納得の脂のりで、ノドグロ独特の香味をしっかりと感じることができる。

8.団扇海老の摘み
山葵お醤油で...団扇海老は、食感と言い味わいと言い、伊勢海老に近似している。いや、伊勢海老を凌ぐほど旨いといっても過言ではないかもしれない。このプリプリとした食感とその甘さは、お酒のアテにもってこいである。

9.加能蟹と香箱蟹の摘み、内子と外子をあわせて...
加能蟹とは、石川県内で水揚げされたズワイガニのオスのことだ。これに対して、香箱蟹はズワイガニのメス。香箱蟹が抱えた内子といわれる甲羅の内側の未成熟の卵と、外子といわれる腹に抱えた卵が絶品だ。

10.炙りを入れた万寿貝の摘み
石川県でも高松町あたりでしかとれなくなってきている貴重な貝。これは何も漬けずに、そのままいく。強い磯の香りが特長的だ。身は柔らかく甘い。これも焼きのひと手間が素材の甘みを引き立てる!

「寿司栄」さんの佐藤大将は、どこか別のお店や職人の技術を参考にすることはほとんどないそうだ。あくまでも自分独自の感覚をベースに摘まみや鮨を考案していくという。

11.根元の部分のミル貝の摘み
根元の部分が味が強い。磯の香りがすごい。甘味といい申し分ない。貝類の中では、大変端正な味調の貝、というのがわたしのミル貝に対する印象である。潔い歯ざわりから口中に豊かに潮の甘味が広がる。

ここで、泣く子も黙る、黒龍 ニ左衛門!わたしがお伺いすると、佐藤大将は必ずこれでもてなしてくれる。

12.白魚の揚げ物の摘み
料理場から高温でサッと白魚を揚げる音が響き渡る!と、ほどなく天紙に載った白魚が饗される。淡泊ながら独特の風味の早春の味わいである。サクサクとした歯ごたえと淡泊な味に少しほろ苦い大人の味わいである。

13.子持ちの鬼海老の塩焼きの摘み
能登半島新湊産の鬼海老。これが素晴らしい。大将から、頭をとったら、あとは殻ごといけるとご説明があるが、その前に、饗された時点で、海老の香ばしい風味が鼻腔に襲いかかる。

いわれたとおり、頭をひねって、胴体部分をいただいてみるが、パリパリという小気味よい咀嚼音とともに、あたりに立ち篭める海老の風味の濃さはどうであろうか。これほどの表現力で自分をアピールしてくる海老もそうそうあるものではない。あまりのことに、頭まで全ていただいてしまう。

また、しっかりと卵を抱えており、実に香ばしい逸品であった。

14.北海道の蛸の吸盤の摘み
塩で。吸盤が1つ付台に饗される。小さいながら存在感のある噛みごたえが嬉しい。

15.北海道の蛸の摘み
塩で。"蛸の洗い"といいたくなるような鮮烈で気っぷのよい佇まいだ。味が濃い。

16.蟹味噌の摘み
これは、お酒が何杯もいける、酒のアテには最高の逸品である。少しずつ惜しみながらいただく。

KISS of FIRE(キス オブ ファイア)。透明感のある澄んだ味わいに、しっかりしたボディのお酒だ。日本酒の良さを実感できる良品である。

17.赤座海老の握り
ここから握りだ。身肉のひき締りぶりが素晴らしい。軽い炙りが、赤座海老の旨みを倍増させている。

18.閖上(ゆりあげ)の赤貝の握り
身は立派な肉厚感をたたえており、赤貝独特の、あのひとをドキドキさせるような澄み切った透徹感で圧倒してくる。赤酢との相性も抜群だ。

19.あん肝に酢飯
脂質のたったあん肝は、ねっとりと舌に絡みつき、深く溜息をつきたくなるような濃厚な風情を漂わせている。赤酢の酢飯との相性も抜群である。

20.白(紫雲丹)と赤(馬糞雲丹)の握り
白と赤というのは、紫雲丹と馬糞雲丹。すっと饗される。掌の先の方に馬糞雲丹、手元の方に紫雲丹が配されている。一口でいただくと、紫雲丹の旨みと馬糞雲丹の深みが相俟って、口中に瑞々しい磯の香りが横溢する。

21.鬼海老の握り
甘み・旨味が濃厚である。身も厚く、ぷりっとした歯ごたえは格別である。

22.ノドグロの握り
今回のノドグロの握りは大根おろしが添えられていない。たわわな良質な脂と酢飯を堪能する。

23.獅子海老の握り
殆ど地元(石川)で地産地消されてしまう獅子海老。このお店は関東でこれをいただける稀少なお鮨屋さんである。しめやかな沈んだようなテクスチャから感じ取れる甘みが素敵だ。

24.アオリイカの握り、イカ墨で作った塩を上からパラっと!
よく、日ごろから佐藤大将と、イカの王様はなんといってもアオリイカだというお話をさせていただく。それを覚えていてくれたか、本日のイカはアオリイカだ!アオリイカ独特のねっとりとした舌触りに、力強い風味が鼻腔をくすぐり、甘味もあって申し分ない!

25.煮蛤の握り
「寿司栄」さんで煮蛤珍しいのではないか?しかし、この一品もよい仕事をしている。甘みといい、ツメの作りが絶品だ!何やら、この甘みにメランコリックな江戸情緒のようなものがそこはかとなく感じ取れるかのようだ。

螺鈿(らでん)。大七が誇る生もと造の純米吟醸酒。華やぎのある香りと、芳醇で艶やかな味わいの美酒である。

26.小鰭(こはだ)の握り
これも「寿司栄」に来たら外せない一品である。青魚特有の味の濃さの奥に、あの小鰭独特の臭気と紙一重ともいうべき不思議な魅力が感じ取れる。酢じめされた小鰭の肉の響きに陶然とする。

27.中トロの握り
やはり中トロは、鮪の中で一番旨い!鮪の脂が、過剰すぎず、ほのかに化粧を施すように鮪の血潮をまろやかになだめてかかっている。

28.トロミルフィーユと黄金蟹の握り
薄くスライスしたトロが、ミルフィーユ状に丁寧に重ねあわせられている。シャリの上で、幾重ものトロの襞の連なりを堪能できる贅沢きわまりない一品である。一口頬張ると、トロトロの食感ではあるが、同時に薄くスライスされたトロの襞たちの連なりを、しっかりと感じ取ることができる。また、そのトロの食味にホンズワイガニの旨味にベニズワイガニの甘みが加わり究極の逸品の仕上がりだ!

立派な黄金蟹がドンと付台に載せられる。黄金蟹とは、能登に水揚げされるズワイガニのオスと紅ズワイガニのメスとの間に生まれる貴重な蟹のことである。幻の黄金蟹のキングサイズは、ホンズワイガニ漁の底引き漁で、20,000杯に1杯ともいわれる高級食材である。

29.さよりの握り
針魚、または細魚と書いて、"さより"と読ませるこの魚であるが、その名前とは裏腹にこれほど脂の深みを秘めたコクのある味わいを感じさせる魚はないと思う。その脂の深みは、ほとんどイワシに匹敵すると思わせる程であるけれど、ただ、イワシよりももっと潤味を帯びた味調がこのさよりの特徴のように思う。

30.ボタン海老の握り
身肉は柔らかすぎず、一口噛むとぷりっとして、甘味が広がる。そして、ねっとりと濃厚な旨味が舌に長く残る。

31.縞鯵の握り
いわゆる真鯵と比較するとその肉質は強い弾力性があり、脂の載り方が緻密である。青ものの最高峰である。この慎ましやかな品性と落ち着いた存在感に思わずため息がもれる。

32.穴子の握り
ふっくらとした金時芋をいただいているような至福感に陶然とする。

33.マグロの砂ずりの巻物、芽ネギを挟んで
砂ずりとは、鮪の腹の一番下の肉、他に蛇腹、大とろともいわれる部位。砂にお腹がつく部分だから「砂ずり」ともいうそうだ。軽く炙りを入れているので、適度に脂が流れていて炙りの香ばしさが際立っている。芽ネギがさっぱりしたアクセントになっている。

34.毛蟹のお味噌汁
最後に毛蟹のポタージュをいただいて一通りとなる。酸漿を頬張りながら、本日も心ゆくまで「寿司栄」を堪能したことを噛みしめる!次回は6月下旬の再訪となる。佐藤大将、今日もありがとう!

どうもわたしは以前から、"直荷引き(じかにびき)"という言葉に弱い。というのも、やっぱり地産地消されるものには凄いものが多いからだ。

白神山地の金鮎、観音寺産の鳥貝、丹波産の花山椒、宮崎の尾崎牛...

いずれも、いただいた瞬間どれも思わず言葉を失って、申し訳ないけれど、しばらくオレに語りかけないでくれと周囲のみんなにお願いしてしまうくらいの図抜けた素晴らしさだ!

「寿司栄」さんの素晴らしさ...これはまさにその"直荷引き(じかにびき)"のこだわりにある!なんと魚の仕入れの6割5分は現地から仕入れるとのことだ。これは本当に凄いことだと思う。現地から最上のものを仕入れるなんて、そうとう時間をかけて関係を作らないと絶対に無理だ。


実際、佐藤さんも、最初は北陸の漁師さんから相手にされなかったという...それを粘り強く何十年も通い続けて、いいものを回していただくまでの関係を築いたという、そのエピソードを聞いただけで感動的である。

さぁ、そんなわけで本日も「寿司栄」さんである!
2017年1月28日(土)18:00に入店してトリビーで待ち構えていると、さっそくコースがスタートする。

1.穴子の稚魚(ノレソレ)酢味噌を添えて
1品目が饗される。ノレソレの身肉のあまりの澄明度で、皿の上にそれが並べられていることを危うく見失いそうになる。形状はまさに柳の葉だ。...ああ、もうノレソレが出回る時期になったかともうすぐの春の予感に感慨深い。

これに酢味噌が添えられているのだけれど、ノレソレそのもののはどこまでも淡白でほんのわずかな甘味を感じる。まるで水の妖精である。じゅんさいの様な粘膜に覆われた身肉は、喉ごしの良い心太(ところてん)のような食感である。

2.北海道産の蛸
これは、良い蛸であった。"蛸の洗い"といいたくなるような鮮烈で気っぷのよい佇まいだ。味が濃い。

3.黄金いくら(ヤマメのいくら)と厚岸産のウニ
黄金いくらのキラキラと輝く卵のひと粒ひと粒はまるで宝石のようである。魚卵独特のくさみは全くなく上品な味わいだ。これにひきかえ、厚岸産のウニは存在感がある。

4.鰆(さわら)のたたき...藁でいぶしたもの
うん、薫じているところが素晴らしい。鰆をしっとりとした落ち着きがまとい、哀愁をおびた低音の和音を感じ取れる...素晴らしい。

5.千葉大原の寝かせていない鯛の焼き物
冬場の深場の鯛はいい。少しも寝かせないで歯ごたえを出している。そこに華やかなからすみの風味が舞う!

6.能登半島輪島のノドグロ
ノドグロの塩焼きは、焼き魚の白眉である。このパリっとした皮から溢れ出る上質な脂はどうだろう。この贅沢な脂のりを演出することができる魚は、これ以外には、クエをおいて他ないであろう。

7.奥が毛蟹のメス、手前がトゲクリガニ
毛蟹にうちことそとこが乗っているのはそうそう見かけない。毛蟹は、北海道は全面禁猟。北陸に南下してきたものを捕獲したものだ。毛ガニの味わいが上品かつ繊細なのに対して、トゲクリガニは濃厚で、磯の風味を強くしたようなお味である。

ここで、りっぱな、自家製からすみのお目見えである。ちなみに奥が日本酒でつけたからすみ、手前がブランデーでつけたからすみ。昨年12月に作ったからすみだそうだ。

8.奥がブランデー手前が大吟醸のからすみ
2種類で、風味が全然違う!ブランデーのものは、果物の芳香の奥底にオーク樽の質朴な基底調音となって響く。それに対して大吟醸のそれは、ブランデーのように果物のような華やかな芳香ではなく、たおやかに広がるお米の落ち着いた安逸をたたえている。

ここで仁左衛門の登場となる。仁左衛門はなんといってもわたしの中で日本酒の王様である!歌舞伎役者が見得を切ったときのようなパチンとした気持ちよさがあったかと思うと、後は澄明な岩清水が喉を長い時間かけてすうっと落ちてゆくような感動がある。

9.能登の鮑と厚岸産馬糞ウニとキャビア
箸先にキャビアを数粒のせて口に運んでみる。ねっとりと舌に絡みつくようなテクスチャで、濃厚な旨みをひと粒ひと粒に蓄え、絶妙な塩味を放っている。ウニの甘味と鮑のコリコリの食感との相性もよし!

10.とらふぐの白子にからすみを削って
かき混ぜて食べてくださいとご案内がある。白子のむっちりとした生っぽいあたたかみが口中に溢れ出し、その粘っこい白子の佇まいに舌が震えるかのようだ。その悩ましいまでの舌触りに華やかにからすみが舞う!

ここでトレーにのって鬼エビのお目見え。これは、「寿司栄」さんでしかいただけない!

11.鬼エビの握り、卵を添えて
「寿司栄(すしえい)」さんのシャリは、米酢と赤酢のシャリをブレンドしたまろやかなシャリ。古米を使っていない。(これは珍しい!)粘りがある方がよいとのことだ。富山と千葉と新潟の3箇所ぐらいから新米を取り寄せて作っている。

鬼エビは刺のある外観とは一転、その身質からは甘み・旨味が濃厚に感じ取れ、ぷりぷりの歯応えが堪能できる。「寿司栄」さんでは、魚の仕入れは、ウニや鮪、コハダ(築地のやま幸さん)などを除き、6割5分が直荷引きだそうだ。凄い!

ここで美田鳳凰。爽やかでキラキラ輝く、スッキリした喉ごし。

12.閖上(ゆりあげ)の赤貝の握り
閖上産の最高級品だ。身は素晴らしい肉厚感をたたえており、赤貝独特の、あのひとをドキドキさせるような澄み切った透徹感で圧倒してくる。赤酢との相性も抜群だ。

13.墨烏賊の握り、烏賊の墨で作ったお塩を添えて
12月から2月は、墨烏賊の季節だ。肉厚で、信じられないくらいに歯切れよく、こってりとした旨みをまとっている。誰から何の説明を受けなくとも、一口食しただけでこの一品が選りすぐりの上モノであることが手に取るようにわかる。

14.カワハギの肝とアオサのり、浅葱をカワハギの刺身にくるんで
この海苔が絶品であった。海水と淡水の間で育ったもので、生海苔は、海水だけだと硬くなってしまうが、海水と淡水の間で育ったものは口溶けが良く、草が舌の上に残って溶ける...弾力のあるカワハギの切り身に包んでいただくが、切り身の透明感のある味調と肝の滋味、海苔の抜群の風味のマリアージュに嘆息するほかない。

15.静岡産コハダの握り
基本的にコハダは水分が多い魚。塩でしめて酢でしめて、寝かせないとこの味はでない。しかしでも、私をとらえて離さないこのコハダという魚の魅力はなんであろうか?サバやイワシといった青魚特有の味の濃さの向こう側に、何かコハダ独自の不思議な魅力が秘められているように感じられてならない。それは何か?他の青身魚にはない悪魔的な臭気、とでもいおうか...

16.平目のエンガワ
平目のエンガワの握りが饗される。一口でいただいて、まずその途轍もなくオイリーな感じに圧倒される。このオイリーな感じは、すべて炙った際にエンガワ自身からでた脂とのことだ。

南部美人。貫録のある純米大吟醸。料理を引き立ててくれる!

17.三厩産鮪の天身の漬け、皮と身の間の旨味成分を上に添えた握り
こちらは、鮪を築地仲卸やま幸(やまゆき) さんから仕入れているそうだ。すきみ等に使われる筋の無いきめの細かい部位で、赤身のなかでも極上とされる部位である。江戸っ子が鮨屋で「赤身のウマイところをにぎってくれ!」というときの、その「ウマイところ」こそマグロの赤身の天身なのだ。傑作というのが惜しまれる絶品である。

18.三厩産鮪のトロのミルフィーユの握り
薄くスライスしたトロが、ミルフィーユ状に丁寧に重ねあわせられている。シャリの上で、幾重ものトロの襞の連なりを堪能できる贅沢きわまりない一品である。一口頬張ると、トロトロの食感ではあるが、同時に薄くスライスされたトロの襞たちの連なりを、しっかりと感じ取ることができる。こうした細かい仕事をさりげなく足し算して、たんなるトロの握りと差別化をはかっているあたり、にくいばかりである。

19.芽ネギと酢飯を三厩産鮪の中トロで巻いて
炙ってないフレッシュな中トロで巻いて饗していただく。いつもはこのネタは軽く鮪を炙って出していただくのが通例だけれど、今回はフレッシュ。脂を蓄えた中トロの風味を芽ネギでさっぱりといただく。

20.千葉の竹岡で獲れた赤座海老の握り(半身)
身肉のひき締りぶりが素晴らしい。軽い炙りが、赤座海老の旨みを倍増させている。

21.昆布をたべた厚岸産馬糞ウニを手渡しで...
馬糞ウニは昆布、わかめを食べる。これに対して、ムラサキウニは雑食だという。佐藤大将にお聞きしたら、ウニをひとくち食べただけでそれが何を食ってきたかわかると仰っていた。凄い!

22.軽く炙った能登半島輪島のノドグロの握り
ノドグロという魚の溢れるような上質の脂にはいつも感嘆するほかない。"白身のトロ"と言われるのも納得の脂のりで、ノドグロ独特の香味をしっかりと感じることができる。

23.かんぬき(さよりの別名)の握り
身が締まっていて贅肉のない流れるような溌剌とした精彩を感じる。噛みしめたときの快い歯触り、生命が凝縮されたコリコリとした肉の響きに嘆息する。 "針魚"、"細魚"と書かせて、さよりと読ませるこの魚であるが、どうしてどうして、これほど脂の深みを秘めたコクのある味わいを感じさせる魚はないと思う。その迫力はほとんどイワシを思い出させる程で、ただ、イワシよりももっと潤味を帯びた味調がこのさよりの特徴である。

24.万寿貝
これも北陸でしかとれない貴重な貝である。しかしこの誇り高いまでの強い磯の香りが素晴らしい。そして身は柔らかく甘い。

25.玉
ここで玉が饗される。「寿司栄」さんの玉は少し変わった作り方をされている。中にワインと日本酒が入っているそうだ。

26.金目鯛の潮汁
「寿司栄」さんは、蟹のお汁が多い印象だけれど、今日は鯛の潮汁。鯛の頭20匹分で出汁をとっているそうだ。濃厚だ。

27.穴子の握り、左ツメ、右が塩
塩とタレで饗される。こちらでは穴子は、何といっても江戸前だ。力強き風味を放つ江戸前穴子。文句なく旨い。

28.海の幸4種の握り...いくら、中落ちと根室の雲丹、白えび、芽ネギ、中には燻したいぶりがっこを刻んで
贅沢な4種盛りである。しかし、この美しいアピアランスはどうだろう!豪華絢爛で派手ごのみ。"男伊達"で"バサラ"な一品だ!いや、これは、傾奇(かぶい)いてるな~!
一口でいただくと豪奢(ごうしゃ)な海の幸の饗宴が口の中に広がる。そんな中、コリコリと響くいぶりがっこの歯ごたえも実に好感が持てる。素晴らしい!大将、まいったよ!


29.卵白をつかって作った醤油の泡を載せた毛蟹の握り
毛蟹の全ての部位を使った豪勢な握り。香りといい、味わいといい申し分ない。潮をまるごと呑み込んだような味わいに最高の贅沢感を味わわせてくれる。卵白をつかって作った醤油の泡からは醤油の風味がしっかりとする。

これで一通りとなる。今日も怒涛の29品!いや、またまた大満足な一夜であった。次回は4月かなぁ♪...もっと早くこれたら大将にお願いしてみるけどね♪

鮨屋に限らず、料理屋というのは、基本的に一代限りのものではないだろうか...最近、ふと、そんな思いがよぎったりする。確かに京都の「美山荘(みやまそう)」のように、先代・先々代から続く例外はあるようにみえるけれど、でもそういうケースでも、過去の名声と現在の名声とを繋ぐものは、単なる故事の継承にはないように思う。

例えば、岐阜の「柳屋」さんしかり。そのお店が輝いているとすれば、それは継承された何かによってではなく、当代独自の魅力に支えられてのことではないか、そんな風に思う。

今回、千葉「寿司栄」にお伺いして、店主の佐藤賀津廣(さとうかずひろ)さんが、若い頃銀座で修行されたという話をお聞きした。で、その具体的な店名を聞いてびっくりした。名前は伏せるけれど、江戸時代から平成まで続いた今はなき老舗のお鮨屋さんである。

わたしは寡聞にしてそのお鮨屋さんを実際に訪問したことがないのだけれど、ネットに残っている情報を見る限り、この千葉道場(どうじょう)の「寿司栄」さんとは似ても似つかないお鮨屋さんである。修業先で、よいも悪いもさまざまな経験を積み、取捨選択を繰り返しながら独自に生み出されていったものが、最終的にそのお店の魅力となって結晶し、花開くものなのかもしれない。

2016年11月5日(土)、「寿司栄」さんを訪問する。いつもと違わず「寿司栄」さんはやはり素晴らしい。以下その訪問記を出来るだけ詳細に書き綴っていきたい。

...それにしても、毎回思うけれど「寿司栄」さんのレビューを書くのはすこぶる疲れる。毎回、このお店から受ける情熱にあられもなく取り乱し、それでも、これではいけない、これではいけない、などとつぶやきつつ、いったん気持ちを落ち着けてはみるのだけれど、その受けた情熱の熱量に見合う、詳細なレビューを書き綴ろうとパソコンに向かった瞬間から、ひたすら疲弊を伴う営為が幕を開けることになる。1つ1つの品目について書き溜め、それを何度も何度も推敲するうちに、あっという間に1週間や2週間という時間が過ぎてしまう。絶対訪問をやめられないけれど、一番レビューを書くのに困難が伴うお鮨屋さん。それがわたしにとっての「寿司栄」だ!

本日は、大好きな友人夫婦とのお食事会である。このご夫妻は無類のグルマンさんだけれど、特にお鮨に関する造詣は並々ならないものがある。なので、ご案内するにあたってこちらもいささか緊張する。

18:00丁度に店前でお連れ様と落ち合い、入店。ご主人前のカウンター席に坐して、会食がスタートする。

1.丹波黒大豆のえだまめ
江戸時代には幕府への献納品になるほどの特産品として名高い丹波黒大豆のえだまめ。粒が非常に大きい。サヤにうぶ毛が伸びていて、表面に黒ずんだ茶褐色の斑点が見える。ひとくちいただくと、糖度が高く、旨みがしっかりと感じ取れる。

ここで、1本目の日本酒。青森県 西田酒造店 外ケ濱(そとがはま)マイクロバブル 白 生 発泡清酒。甘酸っぱい味わいと、清涼感を感じさせる炭酸ガスが口の中を爽やかに舞う。

2.朝仕込みの筋子、まるで卵黄!
まだ、何日もお醤油に漬けきっていないので、その味わいはまさに鶏卵のようだ。実に濃厚である。

3.ハイブリットの香箱蟹 身の方は加能蟹のオス、内子は香箱蟹(松葉蟹のメス)に内子
香箱蟹はどうしても内子に栄養を取られてしまうので内子は香箱、身肉(みしし)の部分は牡の加能蟹を使っている。ハイブリットな贅沢な蟹のつまみである。毎年、この冬の越前蟹のしめやかな風味とテクスチャに、強かにやられてしまう!

富士山の伏流水で育ったわさびを見せていただく。安曇野や西伊豆のものが有名だけれど、「寿司栄」はいつもこの富士山の伏流水で育ったわさびだ。辛すぎないのが特徴である。

4.のどぐろの刺身、富士山の伏流水で育ったわさびを巻いて...
ここで、のどぐろの切り身が饗される。これにわさびをたっぷりと載せて巻いていただく。のどぐろの芳醇な脂が、わさびを包み込んで溶かす...

5.五島列島の鯖の刺身
鯖本来の美質と血統のよさを示す高貴なまでに後味のよい香気がいつまでも口の中に残る。

6.能登半島七尾の万寿貝(まんじゅがい)
石川県でも高松町あたりでしかとれなくなってきている貴重な貝。これは何も漬けずに、そのままいく。強い磯の香りが特長的だ。身は柔らかく甘い。

7.カワハギの肝と静岡の浜名湖産の海苔に刻みネギ、それを混ぜて混ぜて、カワハギの身肉で挟んで巻いて...
この海苔が絶品であった。海水と淡水の間で育ったもので、生海苔は、海水だけだと硬くなってしまうが、海水と淡水の間で育ったものは口溶けが良く、草が舌の上に残って溶ける...弾力のあるカワハギの切り身に包んでいただくが、切り身の透明感のある味調と肝の滋味、海苔の抜群の風味のマリアージュに嘆息するほかない。

8.北海道昆布の森の塩水雲丹
雲丹の緻密に濃縮された力強い香気を堪能する。瞳を閉じれば、仄かに岩肌に寄せては返す潮の香りが感じ取れるようだ。

9.地産地消されてしまう富山産の獅子海老
地産地消されてしまう稀少な海老だ。前回お伺いしたときも出していただいたけれど、あの日以来の入荷だとのこと。身質は透明白で、弾力ある食感だ。慎ましやかに伝わる甘みが特徴だ。

10.からすみ、手前が大吟醸に漬けたもの、奥がブランデーに漬けたもの、それに蟹味噌を添えて...
「寿司栄」さんでは、からすみをお酒に漬ける。ブランデーに漬けたものと日本酒に漬けたものの食べ比べだ。2種類いただくけれど、からすみの緻密な滑らかな舌触りの向こうに、それぞれのお酒の存在を感じ取ることができる。ブランデーは、高貴な芳醇な香りを湛え、日本酒からは、豊かな甘味を感じ取ることができる。

新政 平成27年度 全国新酒鑑評会金賞受賞酒 あらまさ。山田錦に美山錦を交配して作った美郷錦を30%まで磨き醸した日本酒。味わいがエレガントで優しい。

11.バチコ
少量そのままいただく。しっかりとした卵巣の繊維を噛み締めるほどに滋味深い。後は、燗酒を出していただき漬けていただいてみる。香りが素晴らしい。バチコの味わいが日本酒にしっかりとしみわたる。

12.仙鳳趾産生牡蠣
海のこぼした涙。悩ましいまでの海の芳醇に何に向かってかわからないけれど、ありがとうと呟(つぶや)いている自分を見出す。

田酒 純米大吟醸 古城乃錦。田酒に使われる酒米は、大半が山田錦か、青森県の華吹雪だけれど、これは唯一の例外である古城錦を使って醸した純米大吟醸。含み香は適度にフルーティーだ。

13.厚岸町大黒島沖秋刀魚の巻き寿司
北海道で秋刀魚というと、根室のイメージがあるけれども、実は一番脂がのった秋刀魚が獲れるのは、"厚岸町大黒島沖"なのだそうだ。これは、脂が載りすぎていて、"焼けない秋刀魚"なのだそうだ。だから、刺身で巻物にして饗していただく。一口いただいただけで溢れ出す芳醇な脂に興奮がとまらない。

14.対馬産白甘鯛の焼き物
白甘鯛の旬は、秋から冬。今がまさに旬だ。これを焼き物で饗していただく。ふっくらとして中は芳醇、旨味が豊かだ。特に皮に強い旨みを感じる。

而今、吉川と東条の飲み比べ。この畑違いの山田錦に今日の友人がびっくりする!今日の友人は日本酒の造詣も半端じゃない。この兵庫県特A地区の吉川・東条の飲み比べなど、そうそうお目にかかれるものではないそうだ。ワインでいうところのまさに"グランクリュ"のようなこの2品。あくまでもわたしの所感であるけれど、吉川の方は、生命力に溢れている感じのあるお酒で、東条の方は、深みがあって旨味と甘味がズシリとくる感じとでも言おうか...

15.閖上(ゆりあげ)の赤貝の握り
今が旬である。閖上産の最高級品だ。身はこれまで食べたことのないような肉厚感をたたえており、赤貝独特の、あのひとをドキドキさせるような澄み切った透徹感で圧倒してくる。赤酢との相性も抜群だ。

16.静岡県産の小鰭の握り
今年は、育ちが遅いとのことだ。でもやはり旨い!同じ青身魚でも、イワシやサバにはない小鰭特有の不協和音にいつもやられてしまう!

17.金目鯛の縁側の漬けの握り
1匹の金目鯛から2つしか獲れない縁側の握り。わたしはこの縁側が鮃の縁側より好きだ。コリコリした食感だけでなく、繊細な味調にやられてしまう。これも「寿司栄」さんでしか味わえない一品だ。

18.上はトロ(かま下のトロ)のミルフィーユで、下に加能蟹(能登半島で獲れる牡の蟹)の身を敷き詰めて
これも「寿司栄」さんの一品だ。下の蟹は、季節によって毛蟹になったりするけれど、今回は越前蟹。冬の越前蟹のしめやかさな風味とかま下のトロのマリアージュ。初めていただく新鮮さだ!

19.あん肝の飴煮と酢飯をあわせて
砂糖と醤油と日本酒だけで作る究極のキャラメル状態のあん肝の飴煮だ。肝のこってり感を、飴でこれでもかと煮詰めた一品。これもたまらない存在感だ。旨い。

黒龍 石田屋。言わずと知れた石田屋。綺麗でふくよかな旨みの向こう側に、奥ゆかしい果実のような香りが漂う。芸術的な逸品である。

20.下り鰹の握り
下り鰹だとのことである。つきたての餅と形容される紀州る和歌山でとれる"モチ鰹"ほど歯にまつわりつく食感はないもののこの時期の鰹らしく魚体の円熟が感じ取れる一品だ。

21.からすみ
丹念に丹念に時間をかけて干し上げられたからすみは、卵の粒度を感じさせないほど緻密な滑らかさをたたえている。そして、目を瞑って味わえば、天日に干され続けた陽光の馥郁(ふくいく)とした香りが口中にあふれかえる。

田酒 百四拾 純米大吟醸。円やかなふくらみ、華やかな吟醸香に酔いしれる。

22.墨烏賊の握り、上には烏賊の墨から作った塩を振って...
ひと噛みして、その歯切れのよい柔らかさに慄然とする。そしてそのコク!肉は厚く、身も豊かで独特の力強い風味が鼻腔をくすぐる。上に振った塩から漂う烏賊の墨の風味が素晴らしい。

23.北海道産鮪の天身の握り(漬け)、皮と身の間の旨味成分を上に添えて
すきみ等に使われる筋の無いきめの細かい部位で、赤身のなかでも極上とされる部位である。江戸っ子が鮨屋で「赤身のウマイところをにぎってくれ!」というときの、その「ウマイところ」こそマグロの赤身の天身なのだ。傑作というのが惜しまれる絶品である。

24.3日間お醤油に漬け込んだ岩手県産いくら
これは、3日間しっかりと醤油に漬け込んでいるので、鶏卵のようではない。お醤油の味がしっかりと浸透している。

25.芽ネギをくるんだかましたのトロの握り
これも「寿司栄」さんに来たら愉しみな一品だ。トロが口の中で溶ける...

而今(じこん)、2種類。「純米吟醸」愛山火入れと「純米吟醸」千本錦火入れ。前者は、香りが穏やかながら心地よくメロンのよう。後者は、栗っぽさと酸が味わいに膨らみを持たせる。

26.五島列島の鯖の棒寿司を海苔でまいて
赤酢のシャリに鯖、海苔に巻いて饗される。鯖の脂のりは抜群。シャリも素晴らしい。わたしは「寿司栄」さんのシャリが大好きだ。酢が立ちすぎず、わたしの嗜好にピッタリなのだ。

27.昆布の森の塩水雲丹の握り
雲丹の一粒一粒の分子が感情を内に秘めたように緻密に濃縮された力強い香気に満ちていて、さらに上にのった富士山伏流水のわさびが、雲丹の強い香気にしめやかなアクセントを添えている。

28.玉
ワインと日本酒を入れて作った玉が饗される。これも「寿司栄」さんブランドだ。

29.卵白をつかって作った醤油の泡を載せた毛蟹の握り
毛蟹の全ての部位を使った豪勢な握りが手渡しでポンと饗される。香りといい、味わいといい申し分ない。潮をまるごと呑み込んだような味わいに最高の贅沢感を味わわせてくれる。卵白をつかって作った醤油の泡からは醤油の風味がしっかりとする。

30.タイラギ、からすみを挟んで
ブランデーに漬け込んで作った燻製しないからすみを軽く炙ったタイラギに挟んで饗してくださる。タイラギから香る香ばしい風味とからすみの馥郁(ふくいく)とした香りに陶然とする。

31.鮑の肝、2種類
珍味。鮑の肝の甘味と濃厚なコクに陶然とする。

32.穴子の握り、2種類(ツメと塩)
ホクホクの金時芋のような甘味がある。穴子は旬は6月と言われる。確かにその時期が年間通して漁獲量は一番多いのかもしれないけれど、わたしは味が本当によいのは、冬場の深場のものだと信じている。

33.ノドグロの巻物
「寿司栄」さんは、やっぱりノドグロだ。今回初めてノドグロの巻物をいただいたけれど、これも抜群の出来栄えであった。

34.蟹のお味噌汁
これも「寿司栄」さんの定番だ。蟹を20杯潰して作ったという蟹のポタージュ。息が詰まるような贅沢感を堪能する。

35.ほおずき
最後にこれまた定番の、甘いほおずきで一通りとなる。

全35品!怒涛の「寿司栄」コース。本日も徹底的に打ちのめされた!帰りに次回の予約をとる。次回は1月の下旬に再訪だ!

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2016年8月20日(土)記す

『きっと寿司屋という存在は、この寿司屋とともに始めてこの地上に生まれ落ちたに違いない、第3弾!...「寿司栄」、ここは口を極めて褒め尽くしたい鮨の名店である!』

前回お伺いしたのが、2016年7月5日(火)だから、約1ヶ月半振りの再訪となる。いささか論点先取的な嫌いはあるけれど、勇み足的に結論を述べてしまえば、誰がなんと言おうと「寿司栄」は文句なく素晴らしい!たった1ヶ月半程度しか経っていないのに、前回とはまたガラリと表情を変えたラインナップで迎えていただけるのにも職人の矜持が感じ取れて実に気持ち良い。

2016年8月20日(土)、18:00。「寿司栄」で過ごした数時間について、以下、できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

総武線に揺られていると、窓外を夏らしい驟雨が駆け抜ける。突然の土砂降りで、曇天には雷すら閃いている。が、千葉駅に到着するころには雨は嘘のようにあがっている。タクシーに乗り込み「道場(どうじょう)の寿司栄(えい)さんまで」と告げると、車は当たり前のようになめらかに千葉駅前ロータリーを滑り出す。乗車時間は10分程度。店内に入ると、カウンター内の佐藤賀津廣(さとうかずひろ)さんのお迎えだ。

本日は、敬愛するレビュアーさんとの会食である。ほどなくレビュアーさんも到着され、さっそくコースをスタートしていただく。

本日は、20,000円のコースでいつものように、甲殻類多めのランナップでお願いしてある。ビールをいただいていると、ほどなく1品目が饗される。

1.卵の殻を使って固めた、オクラと雲丹と車海老のゼリー寄せ
何とも美しい一品である。氷を敷き詰めたキンキンに凍った器の上に、オクラと雲丹と車海老のゼリー寄せが涼しげに鎮座している。一口でいただくが、楕円形の夏の涼味が火照った体内をつるりと小気味良く滑っていく...

2.雲丹の食べ比べ...上が利尻産雲丹、左が淡路由良の雲丹、右が九州唐津の雲丹
良質な雲丹は一目見ただけでわかる。雲丹で水分が回って表面がてらてらしているものはよろしくない。本当に味わい深い雲丹は、アピアランスにザラついた乾きがある。木の葉の葉脈のような沈んだ艶(つや)に本物の雲丹の醍醐味があり、これらの雲丹は、いかなる饒舌も及ぶことのない雄弁な簡潔さで、本物の雲丹の震えを伝えてくる。

産地によって濃さと風味の違う雲丹3種を愉しむ。やはり利尻産雲丹は濃厚だ。それが淡路、九州と産地が移動するに従って、軽やかな上品な味わいをまとっていくようだ。

3.ノドグロの刺身...富士山の雪解け水で育てられた山葵をたっぷり添えて
「寿司栄」さんといえば、やはりノドグロのイメージがある。使っている山葵は、富士山の雪解け水で育てられた山葵で、山葵特有のツンとする刺激は控えめで上品だ。これをたっぷりとノドグロに載せていただくが、山葵をノドグロの芳醇な脂が一気に包み込む...

DATE SEVEN 美酒なないろに輝いて。宮城県の7つの蔵元が協力して醸した、いわゆる「企画もの」のお酒。各蔵の代表銘柄は勝山、墨廼江、伯楽星、山和、日輪田、宮寒梅、橘屋。今回のホスト蔵は、伯楽星。上立ち香(うわだちか)は日本酒らしい風味。一口いただくと、濃厚な吟醸香が香る。

4.ノドグロの刺身...塩、山葵で
ノドグロの溢れるような上質の脂にはいつも感嘆するほかない。

5.能登アワビ(能登でアワビって...ちょっと珍しい)
こちらの蒸しアワビは、蒸し器で蒸すのではなく、煮っ転がして作っておられる。「なんで蒸すのかなっておもっちゃうんですよ。蒸し器でやると旨みが流れちゃうんで...」とのことである。蒸しアワビの歯触りには、つきたてのお餅を2,3日おいてから噛み締めたときのような食感と弾力が感じ取れる。ほんのりと高貴な幽玄味がアワビの持ち味だ。

6.高知のシマアジの刺身...わさび醤油で
この時期のシマアジの味わいには、においたつものがある。この舞うような香りが、シマアジが青ものと呼ばれる魚の中でも、最高峰に位置づけられる理由だとわたしは信じている。川魚のなかで、天稟(てんぴん)の香気をもった魚がアユ(鮎)であれば、海のもので鮎に匹敵する素晴らしい芳香を放つものはシマアジにほかならないのではなかろうか...

7.陸前高田の石垣貝...なにもつけずに
鳥貝の仲間、そろそろ終わりの時期を迎えるそうだ。一口口に含むが、温くもりのある舌触りが素晴らしい。そしてとり貝ほどは磯の香りがたっていないけれど、甘味があって実に旨い。

8.クエの炙り...わさび醤油か塩で
クエ。わたしにとって、クエという魚は、脂のりという観点で、ノドグロと双璧をなす白身である。この味わいが消えてなくなっていくことがただただ恨めしいばかりだ。

9.クエのエンガワ
これは珍しい。本当の小片であったけれど、お肉に匹敵する脂のりの迫力を感じさせ、すっと口中から溶けてなくなる...

10.北海道花咲港の花咲蟹
コンブの生えている海域に生息することから、昆布蟹(コンブガニ)の別名もある。蟹は冬のイメージが強いけれど、この花咲蟹は夏がシーズン。「寿司栄」さんで花咲蟹をいただくのは初めてである。ふんどし(前かけ)からあふれる内子と外子、甲羅の部分にはみそと一緒に内子が入っている。この内子と外子も実に美味である。

また圧巻だったのは、蟹の抱き身。花咲蟹の甲羅を外して開けると、運がよければ中に白い抱き身がたくさん詰まっている場合がある。これが抱き身。今回は幸運なことに抱き身がいっぱいに詰まった花咲蟹を饗していただく。その蟹脚に負けないくらいの甘みにうっとりとする。蟹脚の食感とはまた違った、ほろほろと口の中でほどけるような舌触りが素晴らしい!

富山 MASUIZUMI(マスイズミ) R(アール)。シャンパン酵母で醸したお酒である。果実の様なフルーティーな香りが上品に広がる。そこはかとなくシャンパン酵母由来の酸味が感じ取れる。

11.「寿司栄」さん特製の蟹味噌
何十杯の蟹味噌を濃縮した蟹味噌、日本酒のアテにこれ以上のものはない!これをちびりちびりとやる。

12.ノドグロの塩焼き
「ノドグロをコブじめしたあとに日本酒で戻すんです、日本酒で身肉(みしし)やわらくして、辛さの中に甘みが出てくるんですね。そこからグリルで能登の荒塩を使って火入れします」とのことである。

また、ノドグロ...この贅沢で豪華絢爛な焼き物を饗されて、ああ、なるほど、なるほど、たしかに上質な料理ですね、などと高を括ってあじわった人たちが何人もいたとは信じたくないものだ。

十四代 白雲去来。 辛口だけれど、とても飲みやすい日本酒である。

13.能登の肉厚のミル貝...わさび醤油
手前に饗された時点で香りが凄まじい!そして一口口に含めば、アワビに匹敵する旨み。潔い歯ざわりから口中に豊かに潮の甘味が広がる。貝類の中では、大変端正な味調のとれた貝、というのがわたしのミル貝に対する印象である。

14.能登の底引き網に引っかかった海鰻
これも香り立つ逸品!海鰻とは河口付近で取れる鰻だそうで、狙ってとったものではなく、底引きに引っかかったものだそうだ。脂は強めである。ただ、大変上質な脂である。

15.280度の高温で素揚げした富山の白えび
これが、途方もなく素晴らしかった!香りという点だと、白えびは海老の王様ではないだろうか。この上品にして、気品すら感じ取れる風合い。身肉(みしし)は小ぶりながら、一口味わうと、思わず箸を置いて、嘆息してしまうほどに悩ましい滋味にうっとりとしてしまう。

新政 No.6 X-type Essence 純米大吟醸。透明感、エレガント感、繊細で優しい味わい持つ至極の逸品!

16.下田の金目鯛のエンガワの握り
握りの一品目!うん、握りののっけからこれはいけない!思わず唸ってしまった。これは問答無用に旨い!噛みごたえのある弾力とあふれる金目の滋味に圧倒される。

17.タイラギの握り...自家製のブランデーに漬け込んだからすみをはさんで
からすみは、当然自家製。燻製しておらず、ブランデーに漬け込んで作ったものだそうである。タイラギは磯辺巻きにして出す店が多いが、こうしてふんだんにからすみを挟んで出す出し方もなかなか乙なものがある。

18.レア感のあるばちこ、このわた、からすみ
ここで珍味3種。ばちこ。主な産地は能登半島周辺。 一般的に平たく干したものが能登の高級珍味として親しまれている。まとめた卵巣を、横に渡した糸にまたぐように吊るして干すが、このとき水滴が早く落ちるように先端を指でまとめるため、仕上がりは平たい三角形状となる。干した姿が三味線のばちに似ていることから、ばちことも呼ばれている。

ばちこというと、水分が抜け切った乾燥したものを想起しがちであるが、「寿司栄」のばちこはレア感たっぷりで柔らかい。からすみもまた素晴らしい。卵の粒の塊とは思えない緻密な滑らかな舌触りに陶然とする。

くどき上手 穀潰し 純米大吟醸。華やかな香り、優しく柔らかなコク、爽やかな喉越し、どれをとっても素晴らしい逸品。

19.いくらをかけた卵かけご飯
小粒ながら宝石のようないくらの卵をまぶした卵かけご飯。卵黄を食べているような濃厚な味わいだが、秋口にかけてもっともっとこの卵黄感が強なるのだそうだ。

20.三重県産の鯖寿司、海苔を巻いて
これも良品であった。鯖本来の美質と血統のよさを示す高貴なまでに後味のよい香気がいつまでも口の中に残る。

21.黄金蟹の握り
...黄金蟹とは何か。蟹の頂点とも言われる、能登に水揚げされるホンズワイガニのオスとベニズワイガニのメスとの間に生まれる貴重な蟹のことである。幻の黄金蟹のキングサイズは、ホンズワイガニ漁の底引き漁で、20,000杯に1杯ともいわれる高級食材である。その身を丁寧にほぐし握りにし、泡が醤油を載せてポンと掌の上においてくれる。それをそのまま口に放り込むのだけれど、ホンズワイガニの旨味にベニズワイガニの甘みが加わりこれぞ究極蟹というほかない味わいである。ほとんど涙ぐむほど美味い。ミソも滋味深く、食し終わっても、ずっと舌の奥の両端のあたりに、ジンジンとその旨みを伝え続けてくる。

22.境港の天身(鮪の中トロに一番近い部分の赤身)の漬け、皮と身の間の旨味成分を上に添えて
天身とは、赤身から中トロになっていく、その赤身のギリギリに位置づけられる筋のないきめの細かい部位である。脂のりが通常の赤身とは断然違うが、紛れもない赤身である。そこに、皮と身の間の旨味成分をさっと塗布して狂していただく。しかしでも、この宝玉のように艶々と輝く姿態はどうであろう。一瞬、食べることを失念して、赤身の美しさにうっとり見入っている自分がいる。

23.九州唐津の雲丹の握り
口中に瑞々しい磯の香りが横溢する。雲丹という食材も、自身に可能な限りの渾身の力を籠め、海の豊饒を歌い上げている食材だと、あらためて再認する。

黒龍 大吟醸純米 吟風。日本酒らしい綺麗な味わいがベースで、そこにこのお酒独自の上品な深まりを感じる逸品である。

24.海の幸4種の握り...ヤマメのいくら、中落ちと根室の雲丹、白えび、芽ネギ、中には燻したいぶりがっこを刻んで
贅沢な4種盛りである。しかし、この美しいアピアランスはどうだろう!一口でいただくと豪奢(ごうしゃ)な海の幸の饗宴が口の中に広がる。そんな中、コリコリと響くいぶりがっこの歯ごたえも実に好感が持てる。

25.ノドグロの上に大根おろしの握り
酢橘を絞ると紫色の大根おろしが艶やかなピンク色に変わる...大根おろしがノドグロの脂を中和させてちょうど良くなる。しかしでも「寿司栄」さんのノドグロ三昧は、凄まじい。本日も、刺身2種、焼き物、握りとあらゆる食べさせ方でノドグロを堪能させていただいた。

26.鮪の砂ずりの握り、芽ネギを巻いて
砂ずりとは、鮪の腹の一番下の肉、他に蛇腹、大とろともいわれる部位。砂にお腹がつく部分だから「砂ずり」ともいうそうだ。軽く炙りを入れているので、適度に脂が流れていて炙りの香ばしさが際立っている。芽ネギがさっぱりしたアクセントになっている。

27.玉
ここで玉が饗される。「寿司栄」さんの玉は少し変わった作り方をされている。中にワインと日本酒が入っているそうだ。

28.静岡県産のシンコ握り...3枚
コハダが奏でる、あの心に渦巻く不協和音とまではいかないものの、シンコにもまた淡く清楚で小悪魔的な音階を確実に感じ取ることができる。

而今 純米大吟醸 三重県 木屋正酒造。華やかな香味が特長。濃密なのに軽快感も併せ持つテクスチャ。素晴らしい逸品。

29.蟹の出汁のお味噌汁
20杯潰して作ったという蟹のポタージュ。濃厚。息が詰まるような贅沢感を堪能する。

30.富山エビの握り
身を軽く炙り、翡翠色の内子をそっと添えた握り。美しい。一口でいただくが、エビの良さをギュッと凝縮したその旨みに言葉を失う。

31.白えびと生クチコの握り
富山湾の宝石と言われる白えび。味わいが濃く、甘みあふるる逸品だ。生くちこは桜色と朱鷺色との中間ぐらいの淡紅色で少し炙りを入れてある。味わいはある種肉感的なところがあって、温かい香りが鼻をつく。生くちこを「美食家の気に入るものの第一」といったのは北大路魯山人であるが、その意味が頷ける。

32.羽田の煮穴子と白焼きにした穴子
煮穴子と白焼きにした穴子。穴子の握りである。白焼きの上には塩とがふってある。ホクホクの金時芋のような甘味があり、穴子特有のクセがそれほど強くないあっさとした穴子である。

33.酸漿(ほおずき)
小ぶりだがすこぶる甘い。そして酸味は少な目で爽やか。パッションフルーツのようなフルーティさがある酸漿である。

34.牡蠣のつまみ
最後におまけで牡蠣のおつまみを饗していただき、ひととおりとなる。
本日も圧倒されっぱなしの4時間ばかりのお食事であった。お連れさまもすごぶるお気に召されたようで、何よりであった。やはりこちらは時々お伺いしなければいけない。次回は10月くらいに再訪予定である。

  • 花魁(おゐらん)の握り
  • 鮪の中落ちに雲丹を添えた巻物
  • しめ鯖の摘み

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5位

鳥しき (目黒、白金台 / 焼き鳥)

14回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥30,000~¥39,999 -

2019/03訪問 2020/04/08

20時50分の心のざわつき...「鳥しき」、手に汗握ってスマホの明滅を待ち構える!

その待機場所は、ときに目黒駅正面のマックであったり、あるいは一本路地を違えてひっそりと佇むオーセンティック・バーであったり、はたまた目黒通りに面した若いご夫婦がなさっている小粋な居酒屋さんであったりするのだけれど、「鳥しき」さんの予約の日の20時50分を越えたあたりの刻一刻の時の刻みは、手に汗握るものがある。

まず、テーブル正面にスマホを恭しく配置する。...そして、スマホの蠢動とともに、ディスプレイに「鳥しき」の文字が浮かび上がる瞬間に半ば気持ちを持っていかれつつ、その日のお連れさまと、そぞろに会話を交わすひと時が「鳥しき」訪問時の決まりきった儀式なのである。

2019年3月30日(土)。今日はきっちりと21時00分に眼前のスマホが明滅する♪待機場所でそそくさと会計を済ませ、いつものように期待に胸膨らませて「鳥しき」に入店する。着座後、ほどなく串の連綿が饗されることになる。本日はかしわからの始まりだ。

「鳥しき」さんの串は、どれも艶を帯びた肢体が見た目を華やかなものにする。でも実際に味わってみて、あえてその味わいを分類してみた場合どうなるか。

 〇脂少なく、少量のサビとともにさっぱりと鳥の風味を味わわせる上品な串 ⇒ さびやき
 〇脂たわわだけれど、脂自体がとてもキレイな味わいなので、上品な鳥の風味が際立つ串 ⇒ かしわ
 〇感情を内に秘めたように、寡黙に鳥の旨みを閉じ込めた串 ⇒ すなぎも(弾力アリ)、血肝(悩ましくも口中で溶ける)
 〇コラーゲンとともに鳥肉の旨みを感じさせる串 ⇒ やげん、アキレス腱
 〇鳥の良質な脂の豊饒感を味わわせてくれる串 ⇒ 鳥皮、せせり、食道、腺胃
 〇苦みに近い滋味と良質な鳥の脂を味わわせてくれる串 ⇒ 背肝、ハツモト、ちょうちん(レバにとろっと卵を添えて...)
 〇脂ののった鳥肉の力強さを味わわせてくれる串 ⇒ 手羽先、ソリレス、ぼんじり、膝回り、ちこつ


これに、つくねのふっくりとした焼き上がりが付け加えられ、さらに諸種の季節野菜が添えられて、最後に絶品の丼もので締めとなる。この豪華な味覚の連なりにいつもやられてしまうのだ!

本日いただいたのは、以下である。

1.かしわ
2.すなぎも
3.さびやき
4.ししとう
5.やげん
6.血肝
7.くびかわ
8.しらたま
9.背肝
10.鳥皮
11.つくね
12.手羽先
13.厚揚げ
14.膝回り
15.ソリレス
16.ちょうちん
17.そぼろ丼


わたしにとって「鳥しき」は、至高の空間で、最高の料理を提供するレストランである!次回は5月の訪問である!今から楽しみだ♪
「鳥しき」の暖簾をくぐると店内を静かに満たすお香の香りにいつも気持ちがすっと落ち着く。猥雑な居酒屋のような喧騒とは程遠い空間。カウンターに座るそれぞれ2組のお客さんたちは会話を愉しみつつ、皆しめやかに串に向き合って微笑みをこぼしあっている。店内に声高に力強く響くのは、大将とお弟子さんたちの掛け合い、そして炭の爆ぜる音と、忙しく空を切る団扇の音、それに時折トンカチで割られる備長炭の抜けるように澄んだ音だ。

着座後、ほどなく串の連綿が饗されることになるが、いずれの串も部位部位の個性を逞しく主張していて感動的である。

さびやきは、どこまでも柔らかく瀟洒でキレイな味わいに震えているし、くびかわや、せせり、はらみといった部位は、鶏肉が蓄えた健康的で良質な脂をたわわに蓄えて豊饒だ。(大根おろしと合わせていただくと滅法相性がよい!)

アキレス腱やかしわは、豊満な肉に力強い旨みを抜かりなく張り巡らせて圧倒的だし、やげんは、軟骨の周辺にまとわりついた肉が1串の旨みを増幅させていて悩ましい血肝はひたすら感情を内に秘めて濃密にメランコリックだし、はつもとは、苦みと蕩けるような脂が層となって食べ手に迫ってくる。そして、はつや砂肝は、力強いの弾力の向こうに、静かに底を這うような滋味を漂わせている...

こうした串の連綿の合間合間に野菜の串が差し込まれながら、コースは進んでいく。この贅沢な3~4時間は何物にも代えられないものである。

本日いただいたのは、以下である。

1.さびやき
2.アキレス腱
3.すなぎも
4.くびかわ
5.しらたま
6.かしわ
7.やげん
8.おくら
9.はつもと
10.ぎんなん
11.血肝
12.せせり
13.厚揚げ
14.はつ
15.なす
16.はらみ
17.ちょうちん
18.手羽先
19.そぼろ丼


最後のそぼろ丼の上には、卵黄をポンと載せていただいて、崩していただく。これが滅法旨い!
しかしでも、この一串一串を、ゆったりといただく贅沢な時間は何物にも代えることはできない!わたしにとって「鳥しき」は、至高の空間で、最高の料理を提供するレストランである!
焼き場の池川義輝さんの仕事ぶりは、何時間見ていても飽きない。頭でじっくり考えながら焼いているというより、複数の串を相手に躍動する体の感覚と、指先が受け止める熱量と串の重みの感覚を頼りに焼きあげているという感じがするのだ。

意識して凝ったりはしていないのに、その呼吸、指先の感覚、視覚、香りで、その都度これしかないという味わいに的確に仕立て上げている、という感じがする。しかし、それは、何か誰にも真似のできない最高難度の技を見ているというより、いかにも軽妙洒脱に簡単な繰り返しを繰り返しているようにすら見える。


...千円札でおなじみの夏目漱石の「夢十夜」という小説の第六夜に、鎌倉時代初期の仏師、運慶の夢の話というのがある。わたしは焼き場の池川さんを見るたびに、この「夢十夜」の運慶の描写を思い出す。

「運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪に返すや否や斜に、上から槌を打うち下おろした。(略)その刀(とう)の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾(さしはさ)んでおらんように見えた。」

それを見て見物人の男が次のようにいう。

「あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」

素人には到底見定めることができない、食材に埋もれた最高の旨みを、「少しも疑念を挾(さしはさ)」まず、「無遠慮」に見えるくらいの軽快な手捌きで掘り出していく職人の技。いつも焼き場の池川さんから、そんな空気感を感じるのだ。

これこそ、「夢十夜」の言葉を借りれば、「大自在(だいじざい)の妙境(みょういき)」に達している職人技だと思う。

2018年9月7日(金)21:00。「鳥しき」での素晴らしいお食事会について以下詳細に書き綴っていきたい。目黒駅周辺で待機するうちに、「鳥しき」さんから入店可の連絡が入る。目黒駅前の路地裏から入店して、池川さんにご挨拶する。

本日は、モンラッシェと、レスティニャックを1本ずつ行く。ほどなく、1串目がスタートする。

1.かしわ
タレの香ばしい香りと、かしわについた仄かな焦げ目のマリアージュが素晴らしいひと串である。

2.さびやき
絶妙な火入れ。この「鳥しく」のさびやきのレアな火入れは何度いただいても深くため息をつくほどに絶妙である。

3.はつ
強火で焼き上げて、表面だけに焼き目の膜が張っている状態で饗される。表面の膜と、中身の柔らかさのコントラストが愉しい逸品である。

4.やげん
出汁醤油でさっぱりと焼き上げられている。この軟骨の味わい、食感を出汁醤油でさっぱりといただくのがよい。おそらくタレよりも出汁醤油の方が相性は優れていると思う。

5.白玉
「鳥しき」の白玉は旨い。黄身が串にねっとりとまとわりつく感じがたまらないのだ。

6.オクラ
オリーブ油で仕上げてある。「鳥しき」さんでは、オリーブ油は、野菜の焼き物に使われている。

7.くびかわ
ゼラチン質の多い部位である。火入れでカリッとさせた食感とプルプルのゼラチン質の対比が面白い。

8.血肝
このとろりとした感じがたまらなくメランコリックである。ほのかな鉄の香りが食欲をそそる。自然派の赤によく合う。

9.アキレス腱
コラーゲンののり具合が丁度よい。焼を入れて程よい塩梅にコラーゲンを切っている感じがよい。

10.とうもろこし
これも夏の定番だ。焼とうもろこしの香ばしさがたまらなく旨い。

11.つくね
たっぷりと肉汁を含んでいて、ぷっくりとした仕上がりが美しい。これも「鳥しき」に来たら外せない一品である。

12.はつもと
胡椒だけでシンプルに焼き上げてある。滋味深い心臓周辺の肉で、タレは使わずそれ自体の旨みを味わえる工夫が嬉しい。

13.ぎんなん
ムッチリとした食感から甘苦いあの銀杏特有の風味がえも言われぬ存在感を漂わす。

14.せせり
頸の部位だ。よく動く部位で、一気呵成の強火の焼きで仕上げてある。仕上げはシンプルに胡椒だ。口中にあふれる良質な肉汁に思わず咽るような興奮を覚える。

15.厚揚げ
これも「鳥しき」さんにきたら、絶対にいただきたい一品である。火入れされ、軽く焦げを付けた焼き目が何とも香ばしい。

16.膝回り
ここもよく動く部位で、力強い味わいが特徴だ。鳥油と胡椒のシンプルな味付けであるが、これも「鳥しき」に訪問したら絶対に欠かせないひと串である。たわわな良質な脂ノリにいつも目が覚めるような思いがする。

17.ソリレス
ここも、わたしの大好きな部位である。腿の付け根の部位で、味わいが濃くて鶏の脂が力強いのが特徴である。

18.ちょうちん
お馴染みのちょうちんである。「鳥しき」のちょうちんは小さなレバと合わせてある。卵黄とこのレバの相性が申し分ない。

19.手羽先
言わずと知れた「鳥しき」のスペシャリテである。肉、骨、皮が一体となったダイナミックな部位である。一見、ステーキを思わせるほどの迫力がある。毎回思うのだけれど、「鳥しき」の手羽先は、とにかく肉の身離れが素晴らしい。焔立つような焼きあがったばかりの手羽先をほくほく言いながら頬張る。

20.じゃがいも
軽く塩コショウされている。強い串が続いた後のアクセントに丁度よい。

21.背肝
わたしは、この部位が力強い部位では最も好きかもしれない。クリーミーな味わいを感じるのだ。これもタレは使わずに塩コショウでシンプルにいただく。

22.親子丼
本日は親子丼で〆る。そぼろ丼も大好きだけれど、やはり「鳥しき」の親子丼は絶品である。

今日もまた、池川さんの焼き鳥を存分に愉しんだ!...いつも思うのだけれど、「鳥しき」を知ってしまうと、ほかの焼き鳥店の暖簾をくぐろうという気分になれなくなる。やはりここは、わたしにとって最高のレストランのひとつである!
「鳥しき」さんの暖簾をくぐるのは、もう12、3回目になると思う。でも、何度訪問を重ねても、あの分厚く串うちされた一串を頬張って、口中に、串に閉じ込められた肉汁が溢れるのを受け止める度に、瞳を閉じて「やられた...やられた...」と深い感動の渦の中で、言葉をまさぐり続ける自分を発見することになってしまう。...絶対擁護の店。「鳥しき」は、わたしにとって、繰り返し読み返す愛読書のように擁護したい貴重な店舗である。

ちなみに、わたしは、自分が本当に感動したお店のレビューしかこの食べログのレビューにはあげないことに決めている。なので、今後も1回1回の「鳥しき」体験は、この場で、できる限り丁寧に書き綴っていくことになると思う。


...少し余談に渡るけれど、わたしは、自分のレビュー件数を膨らませたいと思ったり、あるいはフォロワーの数を増やしたいと思ったり、はたまた、他人が羨むような一元さんお断りのお店の訪問したことに優越感を感じるような感覚は、一切持ち合わせていない。

そういう感覚は、端的に、料理ではなく、他人と向き合っているものだからであり、そもそも、わたしには、他人に嫉妬を感じたり、他人を嫉妬させようという性向がまったくない。逆に、ひとからそういった嫉妬のような感情を感じたとき、その凡庸な醜さに思わず目を背けたくなってしまう。

みんな単純に自分が愛するものを愛したらよいのである。それだけで何がいけないのか。他人との比較なんて全く必要ない。だから、わたしは「鳥しき」の素晴らしき個人的な体験を、今後も愚直に書き続けることになると思う。

...2018年7月7日(土)。今日はワイン通の友人との「鳥しき」訪問である。今回は彼女推奨のワイン持ち込みの会だ。...今回のワインはビオ2本であったのだけれど、「鳥しき」の串と自然派のワインがこんなに相性が良いのかと目から鱗であった。以下、その感動について書き綴っていきたい。

まず、1本目のワインは、ブノワ・ライエ(ラエ) ブラン・ド・ノワール(Benoit Lahaye Blanc de Noir)。辛口の白。泡である。野趣味があるけれど重々しさがなく、微発砲でドライ感がある。これは、最初のサビ焼から、くびかわ、とうもろこしの野菜あたりまでいくが、自然派の白と「鳥しき」の白い串との相性のよさに舌を巻く。そして、次の赤ワインと「鳥しき」の濃厚系の串の相性にしたたかに打ちのめされた。

2本目のワインは、クリザリード・ド・レール シャトー・レスティニャック(LA Chysalide de Lair Chateau Lestignac)。これが実に緻密で素晴らしい赤であった!..."緻密"。そう、味わいが万華鏡の煌めきのように緻密で複雑なのだ。1口目いただくと、まず蜜っぽい甘さがさざめくのだけれど、一方でその奥底にはブドウの皮の香が鈍く諧調を刻むのが感じ取れる...かと思うと、とうの昔に娘盛りは過ぎた熟成した花の香りが媚薬のように悩ましくグラスの縁のあたりを舞い、その艶やかさに心を奪われていると、ふわりと鄙びた土の香りが仄かに鼻先を通り抜ける...この豊かな香りの饗宴!...これが「鳥しき」の血肝から、最後の手羽先までの串の連なりに悩ましく絡みつくのだ!

「鳥しき」の串の連綿は以下のように続く。

1.サビ焼
2.かしわ
3.せせり
4.ぼんじり
5.ししとう
6.くびかわ
7.とうもろこし
8.かわ
9.肩
10.銀杏
11.白玉
12.血肝
13.膝周り
14.ハツ
15.焼豆腐
16.ちょうちん
17.ソリレス
18.手羽先
19.お茶漬け
20.焼きおにぎり


どれも素晴らしかったが、今回はシャトー・レスティニャックの緻密さと、膝回り、ソリレス、手羽先といった強い串との相性に度肝を抜かれた。次回は自分で今日のこのワインを持ち込ませていただこうと思う。

「鳥しき」は、決して鳥料理の美味しい店ではない。「鳥しき」は、その手の鳥尽くしのお店と比較されるような店ではない。ここは、あくまでもお鮨のように、ひとネタひとネタを、心地よい緊張感と一緒に付け台でいただく焼き鳥のお店なのだ。この形式から生み出される程よい緊張感が、ワインの味わいをさらに豊饒化してくれているのだと確信している!
"...今、働く。素手で高熱をまとった串を返す。タレを浸した刷毛で串をなでる。素手が焼き鳥職人そのものであった。刷毛の湿り気が焼き鳥職人そのものであった。めくれあがる熾火。熾火の上で艶やかに光る黒い炭。積み重なった炭たちの熱気で肉汁が立てる薫香のざわめき。...その光景全てが焼き鳥職人そのものであった。そして、焼き鳥職人、池川義輝はその風景に染め上げられるのが好きだった..."

...焼き場に立つ池川さんの姿を眺めていると、思わず、作家"中上健次"風にこの目黒の路地裏の光景を語ってみたくなってしまう。...中上のような刻み付けるような簡潔な文章で、伝えたいそのものを直に伝える強い文章で。...この"路地裏"の名店には紛れもなく"中上=池川主義"的な呼吸が息づいていると思う。

2018年5月6日(土)、22:30。今回も素晴らしかった「鳥しき」訪問を以下詳細に書き綴っていきたい。

本日は、お連れさまとお店で直接落ち合う。比較的早くお席が空いたということで、わたしが先に入店し、カウンターの一角でお連れさまを待つ格好である。焼き場に立つ池川さんは不動明王のような迫力があるが、接客は常に腰が低くて誠実さそのものである。それもわたしにとって、「鳥しき」をやめられない要因のひとつである。

...ほどなくお連れさまが到着される。彼女は今回が「鳥しき」初訪で、とても愉しみにされている。さあ、さっそく「鳥しき」開演である!

1.かしわ
毎回これをいただく度に、白ワインとあわせつつ「鳥の部位のなかで、オレはかしわが一番好きだ!」と独り言ちている自分を見出す。...といっても、串が進むほどに、この"かしわ"の一語が別の部位に切り替わって、オマージュを延々と反芻し続けることになるのだけれど(笑)

しかし、でも「鳥しき」のかしわは掛け値なくスゴい。何がスゴいかというと、その火入れ加減にある。ここしかない一点でぷっくりと膨らませた焼き上がりにいつもやられてしまうのだ。


2.白玉
今日はここで"うずら"だ。少し、半熟加減のこの白玉がわたしは大好きだ。

3.砂肝
これが憎いばかりの逸品だ。朴訥さを感じる部位で、初見、華やかさはないのだけれど、噛み締めるほどに口中に弥増す(いやます)旨みに、思わず瞳を閉じて味わってしまう。

4.サビ焼き
ここでササミ。これも「鳥しき」さんの前半の定番である。湿り気を帯びた上品な一串を少量のサビのアクセントでいただく。このソフトな味わいが素晴らしい。

5.アキレス腱
前のササミとは一転して、コラーゲンそのものといった部位。でも、コラーゲンといっても、実に洗練されていてキレイな味わいなのだ。とろとろのコラーゲンとはいえ、味調が実にキレイだ。これを味わっても、鳥という食材は実に素晴らしい食材だと思う。

6.とりかわ
これは、絶対に大根おろしと合わせるのが旨いと思う。たわわな脂を、大根おろしの冷たさが優しくなだめる。このマリアージュがなんとも素晴らしい。

7.せせり
せせり。頸皮だ。このよく動く脂ののった部位を一串に集めて閉じ込めるように串打ちされている。なのに、それをぶっきらぼうに塩でさらりと焼き上げる。...あふれる頸の脂と、このあっけらかんとした塩のさらりとした仕上げがなんとも憎い!

8.銀杏
銀杏の苦みでホッと一息。

9.食道
これも洗練されているけれど、存在感を主張してくる。よく動く部位だからだろうか。...でも、これも赤というより、白でスッと洗い流したい。

10.ししとう
仄かな苦みでほっと一息。

11.焼き豆腐
この焼き豆腐も癒しの一品だ。ごま油の香ばしさが素敵なアクセントになっている。

12.軟骨
ヤゲン。ここに纏わりついた肉がまた旨みを増幅させる。

13.肩
いわゆる手羽元である。この濃厚な部位を塩で焼き上げる。ここが白い焼き物のぎりぎりの頂点のように思う。...さぁここからは、強度のある、つまり赤の合う串たちの連綿だ!

14.血肝
ほら来た!これは絶対に赤で合わせたい。しかしでも、このレバのトロりとしたテクスチャと感情を内に秘めたような味わいは、どうだろう!このメランコリックな詩情の悩ましさをぜひ味わっていただきたい!

15.はつもと
これは強い。旨みが焼きによってそっくり内側に閉じ込められている。これも塩コショウの仕上げである。

16.ぼんじり
これがなかなかユニークなのだ。「鳥しき」のぼんじりは、まるで天ぷらのような串なのだ。これは他の串とは違った面白さがある。でも、面白さだけではなく、口中にあふれる旨みは尋常ではない。

17.背肝
このクリーミーさは罪である。凄いとしか言いようがない。

18.手羽先
このステーキのような手羽先は、やはり「鳥しき」のスペシャリテである。ほぐれ具合といい、味わいといい、脂の乗り具合といい日本一の手羽先の焼き鳥だと思う。

19.はつ
いつもながら、この弾力感が素晴らしい。これがないと「鳥しき」に来た気がしない。

20.親子丼
今日は、親子丼でいく。オーソドックスだけれど、やっぱり笑ってしまうぐらい旨い。とろっとした卵と鶏肉とご飯のマリアージュ。それをまた、木匙で勢いよく掻っ込むのがいい!その頬張り感が旨さを増幅させるのだ。嘘だと思ったら試していただきたい!

...「鳥しき」は今日も素晴らしかった。お連れさまも大変満足されていた。今日のお連れさまは、非常にワインの造詣が深い方で、わたしも日頃から尊敬しているのだけれど、次回はワインを見繕っていただくことになった。なんともラッキーだ♪

...たった1回限りの人生だ。その1回限りの人生で、この焼き鳥店の串を味わわないことは、人生論的に、笑って茶化せないほどに深く不幸な事態ではないかと帰りのタクシーの中で本気で考え込んでいる自分を見出す。...みんな!「鳥しき」に行こうよ!


躍るような団扇の音の向こう側から、スっと饗されるひと串をおもむろに頬張ってみる。...途端に口中は豪奢な脂の潤味(うるおみ)に充たされ、その後、響き続ける炭の薫香と鶏の香りを、瞳を閉じて肺の細胞ひとつひとつを使って体内に取り入れていくことになる。これがいつも裏切られることなく「鳥しき」で繰り返される"儀式"である。

目黒の裏路地のあの店舗に腰かけた途端、この"儀式"が、ほぼすべての焼き鳥の串で繰り返されていくのだけど、しかしでも、今日は改めて、"背肝"の凄さに驚いた夜であった。背肝。...つまり腎臓。「鳥しき」さんでは、背肝は精巣を付けて饗していただける。これが、たわわな脂の中に、悩ましいまでの白子の息づかいがハッキリと聴きとれて何とも素晴らしいのだ!


2018年3月10日(土)。以下「鳥しき」さんでの素晴らしい晩餐について書き綴っていきたい。本日のお連れさまといつものように21:00入店。本日は池川さんの正面だ!まずは、グラスビールで喉を潤しているほどにいつもの逸品が付け台に饗される。

1.さび焼き
シルクのような優しい舌ざわりの中、さびが仄かな刺激を舌に行き渡らせる。...やはり「鳥しき」の最初はこれでないといけない。

2.せせり
今日は、さび焼きにせせりの串の合わせである。せせりから感じ取れる脂は上品そのもの。「鳥しき」の串の素晴らしさは、コースが進むにつれて脂のりがクレッシェンドのように高鳴っていくところにある。

本日は、ソアヴェ クラシコ スアヴィアで合わせていく。フレッシュでフルーティーな白が「鳥しき」の立ち上がりにはマッチしていると思う。

3.はつ
仄かな苦みと、なんといってもこの弾力感!天井からつるされたボクシングジムのパンチングボールみたいな力強い弾力感が小気味よい。

4.やげん
鶏というのは、なんと素晴らしい食材だろうと思う。部位ごとに本当に色々な表情を愉しませてくれる。軟骨はコリコリとした食感の中に何か透明感のようなものを感じる。そしてまた、そこに肉のまとわりつく感じが素晴らしい。

5.白玉
この鶉がやめられない!少し柔らかい黄身の焼き上がりが素晴らしい。

6.食道
この部位の合わせは、絶対に大根おろしだと思う。この強い良質な脂と大根おろしの合わせは絶対のお薦めである!

7.かしわ
定番。旨味・脂乗り・旨味の観点で、最もバランスのとれた鶏の部位ではないだろうか。...「鳥しき」でこれを味わわない手はない!

8.砂肝
ざらついたテクスチャ。そして、味の華やかさという観点ではどちらかというと不愛想な印象を受けるのだけれど、噛むほどに個性を伝えてくる逸品だ。この砂肝がない「鳥しき」など想像もできない。

9.芽キャベツ
春を感じさせる一品である。ああ、「鳥しき」に春がやって来たなぁと実感する。

10.ぼんじり
このたわわな脂感。まるで揚げたような感触の部位である。

11.血肝
これが毎回悩ましい...このひと串だけは、乱暴に頬張ってはいけない。...一口一口そっと、...ほんとうにそっと、優しく包み込むように、串にささっている連なりをひとつずつ外すようにいただこう!...赤が滅法あう!

12.つくね
良質な脂の横行!まず、焼き台でつくねが焼き始められた途端、そのことがはっきりと感じ取れる。この焔立つつくねの香りに圧倒される。

13.心臓とレバをつなぐ血管(ハツモト)
渋い逸品である。旨味と滋味と感情を内に秘めたような佇まいに吐息が漏れる。

14.銀杏
この小ぶりの苦みにほっと胸をなでおろす。

15.焼き豆腐
これが、意外と「鳥しき」さんでの毎回の愉しみだったりする。表面はカリっと焼き上げられていて、中が熱々の焼き豆腐。実に香ばしい。

16.背肝
本当に旨い。肝の要素もありつつ、脂がたわわな感じもありつつ。...物凄い!この途方もない余韻は、やはり赤ワインで洗い流すのが正しいやり方に違いない!

17.ソリレス
この腿の付け根の部は悶絶ものである。このあたりからが「鳥しき」さんの最大の盛り上がりである。このあたりからは、是非、赤ワインをお薦めする。

18.茄子
これもやや早めの時節ものだ。

19.手羽先
まるでステーキのようなアピアランスだ。そして何より驚くのは、その食べやすさだ。人差し指で骨の先端を抑えて、もう一方の箸でほろほろと肉がはがれていく。良く動く部位なので、鶏の旨味がのりにのっている!

20.膝回り
鳥の旨味を味わわせるべく、塩コショウのみの味付けである。これをぜひ目一杯頬張っていただきたい。今まで食してきた焼き鳥は何だったのか本当に考え込んでしまうほどの逸品である。

21.ちょうちん
お決まりの卵管とレバの串である。レバの苦みと卵のトロッと感の相性が素晴らしい。

22.そぼろ丼
今日はそぼろ丼にしてみる。親子丼も大好きだけれど、このそぼろ丼がまた素晴らしい。わたしは毎回お土産はそぼろ弁当にしてもらっているくらいである。

今回も本当に素晴らしかった。一連のコースが終わるころは、電車はとうの昔に終わっているくらいの時間なのだけれど、それでも何回でも通いつめたいお店である!
2018年、年明け1発目の食べ歩きが「鳥しき」。この素晴らしいめぐりあわせにどう対処すればよいか。まずは17年のベスト10のことなど涼しく忘れ去って、さっさと18年のベスト1を決めてしまおう!言うまでもなく「鳥しき」以外にあろうはずがない!...「鳥しき」を訪問すると、いつもそんなふうに、無責任な放言をしてしまいたいくらいの凄さに打ちのめされる。その凄さは、食材の旨味と直に向き合う息詰まるような純粋さとでもいおうか...ひと串ひと串が食べ手の肉体と魂に直接迫ってくる稀有な薫香と味わいで構成されているところにこそある。

たったひと串でも、お客さんが旨いと感じるものを提供できるなら、焔立つ熾火を鷲掴みしても構わないくらいの池川さんの気迫から放たれる串の連なりが、わたしたちの心を深く揺さぶり続ける。それこそが「鳥しき」体験なのだ。ここで饗されるひと串を前にしたら、オツに澄まして程よく体裁を整えたフレンチやらイタリアンの一皿など、自分の猥雑さに赤面して早々に退散するべきだと本気で思ってしまう。


2018年1月6日(土)、またまたやられてしまった「鳥しき」体験を以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。...着座して、まずは、いつものようにシャサーニュ・モンラッシェをいただく。この熟した果実感が焼き鳥と非常に相性がよい。今日も池川さんのお任せでお願いする。

1.さび焼き
これが、通例の「鳥しき」の始まりだけれど、これから始まる迫力のある「鳥しき」の串の連なりを前にして、いつも実に繊細で優しいこの立ち上がりにホッと胸をなでおろす。クレッシェンドのように静かに響くこのささくれのない鳥のササミの純な旨味に心震える。(しかしこの逸品もやはり、旨味は凄い)

2.かしわ
焼き上がりの頂点で饗される肉汁が目いっぱいに閉じ込められた逸品。一口いただいて、口の中に広がる鳥の良質な肉汁に思わず目頭が熱くなる。

3.砂肝
荒めの塩が素晴らしいアクセントになっている。塩味とシャキシャキとした食感から静かに広がる鳥の滋味が何とも砂肝らしい。

4.白玉
とろりとしたこの「鳥しき」の半熟白玉がわたしは大好きだ!

5.食道
やはり、鳥の部位で旨いのはよく動く部分である。食道。鳥の旨味が凝縮している。それのみならず、身が締まっていて歯ごたえがよく、適度な脂身をまとっているのが素晴らしい。

6.おくら
オリーブ油の香りがおくらの存在感を際立たせている。焼き鳥の連なりの中でホッとする一品だ。

7.つくね
団子同士の詰まり具合、膨らみ具合がここしかないといった一点でとらえられている。この卓越した運動神経というか、凄い技術にいつも吐息が漏れる。

8.せせり
首の肉である。ここもよく運動する部位で肉質がしっかりとしている。弾力感から溢れるジューシーな肉の旨味に陶然とする。

9.ぎんなん
この甘苦いぎんなん臭が、快適な箸休めになる。

10.やげん
コリコリとした軟骨の食感が素晴らしい。粘着性のある肉の味わいと出汁醤油の風味がよくあっている。

11.血肝
艶やかな焼き上がりにいつもながら思わず息を呑む。これを思いっきり頬張る悦び!それはまさに、感情を内に秘めた鳥の最も貴重な部位を丸呑みにするような贅沢感そのものなのだ!

12.恥骨
骨周りの肉の旨味が軟骨とともに閉じ込められている。よく通った肉の熱で軟骨を一緒にいただく。ドライな胡椒の仕上げがこのひと串によく合っている。

13.心臓とレバをつなぐ血管(ハツモト)
さっくりとした歯切れの良さが小気味よい。

14.徳島の原木しいたけ
これも毎回その香りの高さに打ちのめされてしまう。しいたけの旨味が流れてしまっていないところが素晴らしい。

15.はつ
この弾力と滋味がやめられない。いかにも健康な鳥の脈動が伝わってくるような逸品である。

16.ぼんじり
鶏の尻尾にあたる部分の肉で、わずかしか取れない希少部位だ。筋肉が発達していて旨味が強く、脂も申し分なく載ってる。

17.えりんぎ
えりんぎは今が時期だ。それにしてもこの香り立つみずみずしさはどうだろう!問答無用に旨い。

18.手羽先
「鳥しき」さんの定番である。しかしでもこのステーキのような迫力と存在感には毎回驚かされる。「鳥しき」の串はどれも素晴らしいけれど、これはその頂点に君臨しているように思う。骨に肉が付着した格好で饗されるのだけれど、驚くほどに身離れがよい。肉を骨から剥がしたときに湧き上る湯気に毎回心打たれてしまう。

19.ひざまわり
と、手羽先をほめた次の瞬間にこの「ひざまわり」の文字の連なりが視界に入ると、「鳥しき」さんのスペシャリテはこっちの方かと心が揺らぐ。それほどにこの一品も素晴らしい。ゴマ油の風味の中で、贅沢なまでのたわわな鳥肉の旨味を味わう逸品で、もしこれがなかったら、きっと拍子抜けしてしまうだろうと思う。

20.ちょうちん
マゼラン ルージュと一緒にやる「ちょうちん」は格別だ。「鳥しき」のちょうちんは、肉の部分にレバが一緒に仕込んである。これが渋みというか、実によいアクセントになっているのだ。

21.じゃがバター
胡椒をふってシンプルに焼き上げられている。主役級の一品ではないけれど、その簡素感は実に好感が持てる。

22.焼きおにぎり
今日もまた、事前に言って焼きおにぎりをお願いしておく。これには焼き上げに数時間を要する。中には何の具材も入っていない。白米を握っただけの実にシンプルな逸品なのだけけれど、わたしはこれが大好きだ!必ず最初に言って焼いてもらうようにしている。今日はこれにトロっと卵黄を合わせていただく。素晴らしいマリアージュに溜息がでる!次回もこれで行こう!

23.腿のつけね(ソリレス)
これも迫力がある部位で、大好きな逸品だ。「手羽先」くらいからの「鳥しき」さんの怒涛のラインナップは本当に凄い!言葉を失い、ひたすら胸が熱くなる迫力を秘めている。腿の付け根の部位だ。運動する原動力を感じさせる迫力ある味わいに圧倒される。

24.親子丼
今日は、しめは親子丼でいく。やっぱり「鳥しき」の親子丼は最高だ!
新年初の「鳥しき」が一通りとなる。2018年の幕開けが「鳥しき」であったことは間違いなかった。改めてもうほかの焼き鳥屋さんにはいけないと確信する結果となる1月6日の晩餐であった。次は、3月に訪問予定である。この文章を認めながらもう次の訪問が待ち遠しくてしかたない!
2017年11月3日(金)、ほぼ2か月に1回の巡礼となっている「鳥しき」再訪。本日のランナップは、以下の通り。

1.さび焼き
2.せせり
3.しらたま
4.砂肝
5.鳥皮
6.かしわ
7.はつ
8.ぎんなん
9.つくね
10.食道
11.おくら
12.軟骨
13.ちぎも
14.厚揚げ
15.はつもと
16.しいたけ
17.手羽先
18.ひざまわり
19.ソレリス
20.ちょうちん
21.親子丼


いつものように今日も素晴らしい出来栄えに溜息をつくほかなかったのだけれど、今年1年を振り返ってみると、ひょっとすると今年はわたしにとってB級グルメに打ちのめされた1年だったのかもしれない...とふと思う。「鳥しき」では毎回毎回、ふわりと漂う炭の薫香と池川さんの焼きの技術にしたたかに打ちのめされ続けた。...そして、B級という観点でいうと、もう一店...決して語ることのできない「S家の食卓」との素晴らしい出会いがあった!B級グルメ礼讃!
お料理を食べに行って、心底から心が震えるような深い感動というものを、年に何回くらい経験できるものだろうか...おそらく両手の指の本数にも満たないくらいの数ではなかろうかと思う。それはいわゆる"名店"というレベルの話ではない。"名店"などというものは、ミシュランガイドあたりをパラパラとめくればいくらも転がっていて、今更誰も驚くに値しない。

そうではなく、今問題にしたいのは、いただいた瞬間、ちょっとしばらくわたしに話しかけるのをやめてくれと、心の中で無言の訴えを訴えて、甘美な滞空時間を瞼の裏でゆっくり愉しんだ上で、深い吐息とともに静かにそっとその辺りに着地するような、そんな体験を味わわせてくれる店舗のことである。鳥しきはわたしにとって、まさにその体感を露骨に突き付けてくる稀少なお店のひとつである。

2017年9月30日(土)。7度目の鳥しきも滅法素晴らしかった!まず薫香。紀州備長炭の近火の強火で仕上げられた鳥肉の薫香に毎回打ちのめされる。おそらく、この素晴らしさは、完全に池川さんの焼きの仕事の素晴らしさに支えられているのだと思う。こういう仕事を目の当たりにしてしまうと、高級食材とは何ぞや、という疑問が思わず湧いてくる。

そこまで超高級食材を使っていなくても、素晴らしく美味しいお店というものはある。そういうお店は、シェフの、あるいはご主人の技術に支えられているわけで、わたしはそういうタイプのお店は大好きなのだけれど、鳥しきはわたしにとって、そういうお店のダントツ1位だ。今後もここは絶対に通い続けたい(いや、通い続ける)焼鳥屋さんである!
たぶん焼き鳥というと、世間一般的には"B級グルメ"に分類されるお料理だと思う。...でも、そもそも"B級グルメ"とはどんなお料理なのだろう?

たとえば、映画の世界にも"B級グルメ"と似たような響きの表現があって、"B級映画"などと呼ばれていたりする。この言葉も多くの誤解に支えられている感があるのだけれど、実は、映画でいうところのB級とは、A級が1流の品質を表現する言葉であるのに対して決して2流を意味するものではない。

それは、端的に映画製作の予算の規模を意味していて、品質を表現する言葉ではないのだ。だから、A級のバジェットを投じたにもかかわらず、映画作家の才能の乏しさゆえに、品質が低い作品が生産されてしまうという残念な事態が発生してしまうことはよくあることだし、またその逆に、B級レベルの予算を投じて作成された映画群の中に、ジョン・フォードの『幌馬車』のような珠玉の名画が紛れ込んでいるという皮肉な事態が、ごく自然に起こってしまうのが、映画の世界なのだ。

このB級を巡るちょっとばかり皮肉な現実が、料理の世界でもほぼ同様に起こっているというのがわたしの見解だ。そしてわたしは、その"贅沢なB級グルメ"を饗する最高峰が「鳥しき」さんだと思う。高額な超高級食材を仕入れに拘泥するのではなく、あくまでも調理人の腕で食べ手を魅了してやまないのが「鳥しき」さんの素晴らしさだと思う。

グルメは、「鳥しき」さんを通して、旬真っ盛りの市場に出回らない金鮎の素晴らしさとか、最高級生ハムの息をのむような滑らかさなどとともに、焼き鳥の最上の旨味を発見したのだと思う。2017年7月16日(日)、最高に"贅沢なB級グルメ"をいただいたお食事体験を以下詳細に書き綴っていきたい。


本日は21:00ぴったりにスマホに「鳥しき」さんからのご案内のメッセージが入る。お連れ様と連れ立って、さっそく店内に入る。池川さんから「お帰んなさいまし」と、ご挨拶をいただく。麦酒で喉を潤すほどに、さっそくコースがスタートする。

1.さび焼き
このふんわりとした柔らかさに毎回やられてしまう。優しい味わい。火入れ加減も抜群である。

2.せせり
弾力が素晴らしい。首の部分のお肉である。よく運動する部分であるため肉質はしっかり。

3.軟骨
肉の風味と軟骨の小気味よい触感が癖になる。

4.かしわ
タレに映える香ばしい焼き目が素晴らしい。このジューシーさと焼き目から漂う薫香を前にしたら、誰に向かってかわからないけれど、思わずありがとうとひとりごちるほかない。

5.鳥かわ
ゼラチン質の食感と表面のカリカリの焦げ加減が絶妙の相性である。

6.砂ぎも
これは、寡黙なひと串だ。あくまでも弾力で食べさせるその静かな佇まいが、一連の串の中で特異な存在感を示している。

7.食道
たわわな肉を縫うように串で打ち固めた感じがよい。あふれる脂に心を奪われる。

8.ズッキーニ
「鳥しき」さんでは初めてだ。でも、夏らしくてこういうのもよいものだ。

9.しらたま
今回のは中はしっかり焼きだった。これはこれでいいけれど、実は個人的には半熟が好きだったりする(笑)

10.ぎんなん
ぎんなんでもうひと呼吸。薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる。

11.血肝
この血肝のぷっくらとした膨らみがなまめかしい。口中で生命が溢れるように広がる滋味にうっとりしてしまう。

12.はつ
弾力と柔らかさが身上の一品。ざらざらとした粗目の塩が味わいを引き締める。

13.とうもろこし
これも夏らしい!焼きトウモロコシだ!田舎の夏休みを彷彿とさせるのどかで質朴な味わいだ。

14.ひざわまり
これは、「鳥しき」さんでは絶対にいただきたい逸品だ。よく運動して旨味が詰まった部位だ。鶏肉がいかに素晴らしいか、誇らしげに謳歌しているような逸品である。

15.厚揚げ
いつもの厚揚げがまたうれしい。表面のカリカリに焼き上げた香ばしい風味と中から現れる豆腐の優しい味わいが素晴らしいのだ。

16.はつもと
塩コショウでさらっと。強火で旨味が閉じ込められている。

17.ソリレス(腿の根元)
ひざまわりと並んで2台巨頭だと思う。ぶりんと大きな肉塊で強靭な鶏肉の旨味を感じる部位だ!

18.しいたけ
ここで、薫り高きしいたけの串をいただく。それにしてもこの炭としいたけの香りのマリアージュは罪というほかない。

19.焼きおにぎり
数時間かけて低温で焼き上げる「鳥しき」さんのこの焼きおにぎりが素晴らしい!中には、な~んにも入っていないのに溜息がでるほどうまいのだ。

20.手羽先
これはやっぱりいただいておかないといけない。手羽中。でもしかし、骨が飛び出した、この猛々しい獰猛なまでの佇まいにはいつも息を呑んでしまう。しかしでも、笑っちゃうくらいに身離れがよく食べやすいのだ。

21.ちょうちん
レバをいっしょに添えたちょうちん。いつもながら、この口中でトロける卵黄の悩ましさにやられてしまう。

今回も素晴らしかった!次の訪問は9月下旬。こちらはもはや2か月に1回は訪問しないと気が済まない、わたしの病みつきの店だ!

「鳥しき」さんの開始はいつも21:00とやや遅めの時間帯なのだけれど、入店5分もしないうちに食べ終えるのが惜しくて惜しくてならず、珠玉の串たちの怒涛の連打にあっという間に4時間という時間が経過し、深い溜息とともにコースの終わりを迎え、おみやを受け取ったのが午前1時。その日の風向きや陽光の加減で「すぎた」や「ペレグリーノ」になったりすることもあるけれど、このときばかりは、何のためらいもなく池川義輝こそが日本最高の料理人だとつぶやかずにはいられない。

2017年5月13日(土)、「鳥しき」。...とくに今回、「鳥しき」さんの"焼きおにぎり"が途轍もなく素晴らしかった!低温で1時間じっくりと焼き上げるこの一品は、とりわけ中に具が忍ばせてあるわけでもないごくシンプルな焼きおにぎりなのだけれど、カリカリにコーティングされた表面の中から現れる、蒸らし上げられた白米の旨味には落涙するくらいの旨さがあった!今回もとにかく素晴らしかった「鳥しき」さんでのお食事会について以下できるだけ詳細に書き綴ってきたい。

いつものように席について、わたしはグラスビールをお願いする。お連れさまはアルコールをいただかない方なので、お茶をオーダーして、喉を潤すほどに程なくコースがスタートする。

1.さびやき
定番の一品である。やはりよい。柔らかさが身上の一品である。優しく、仄かなサビのピリリ感が素敵である。鳥の生感を堪能できる逸品である。

2.せせり
首の部位である。頬張った途端に溢れる鶏の脂の良質さに感動する。

3.皮
表面はカリカリ。表面の裏側にゼラチン質のプルンとした食感を感じ取れるのが、この部位の素晴らしさだと思う。

4.ハツ
このブリンブリンの食感が何ともクセになる。表面はパリっと焼き上げられていて、弾力のある噛みごたえの向こう側に、奥深く滋味深い心臓の鼓動のを感じさせる血潮の味わいが広がる。

5.食道
あまい。「鳥しき」さんのタレの甘味だ。これがいつも秀逸だと思う。これは存在感のある部位である。しっかりと咀嚼してタレとのマリアージュを愉しむ。

6.かしわ
言わずと知れた4番バッター。鶏の腿と胸の串である。鶏の胸の恬淡な脂と腿の濃厚な脂を両方堪能する。

7.白玉
半熟でトロトロ。ここで、ちょっと気がついたけれど、「鳥しき」さんでは、焼き鳥は角串(かくぐし)で、野菜系は丸串(まるぐし)で調理される。

8.徳島産の椎茸
ジューシーである。そして香りが素晴らしい。焼き台をずっとみていたけれど、椎茸はあまりひっくり返さず優しく仕上げているようだ。

9.レバ
これがわたしは大好きだ!鶏の生命を丸呑みにしたような食感、味わいにいつも強かにやられてしまうのだ。しかも、「鳥しき」さんレバに対するエッジの立った包丁の入れ具合が何とも好きなのだ!

10.ヤゲン(軟骨)
打って変わって、コリコリの食感から鶏の旨みを堪能させる部位。この変化がまた好きなんだな。

11.銀杏
これも欠かせない一品。ムッチリとした食感から甘苦いあの銀杏特有の風味がえも言われぬ存在感を漂わす。

12.心臓とレバとはつもと
焼き台に載せた、はつもとから溢れる脂でコーティングされているのがよくわかる。これはタレに漬けず、軽く塩を振っているのみだ。
13.手羽先の先の皮
香ばしい。炭火ならではの肉の脂身とコラーゲンの香ばしいマリアージュ。コラーゲンがものすごい!

14.厚揚げ
これが、「鳥しき」さんでのお愉しみ♪焼き鳥の連打で打ちのめされた口の中をさっぱりと落ち着かせる。

15.つくね
これまた迫力のある逸品である。鶏の脂の旨味がめいっぱい閉じ込められている!

16.合鴨
これはまたやはり伊達鶏とは違った味わいのある一品である。伊達鶏とは違った存在感のあるしっかりとした肉の旨味が広がる!これもタレではなく、塩胡椒での味付けである。

17.ひざ周り
「鳥しき」さんの来たときのお目当てのひとつ!膝のよく使う部位だから、鶏の旨味が詰まっている!鶏の旨味を食べたいならココ!という部位だ。ただ、「鳥しき」さん以外であまりだされている印象がないけれど...

18.ソリレス(腿の根元)
"強靭"という印象の部位だ。いろいろな旨味が華やぐというより、鶏腿肉の旨味が直線的に伝わって来るという感じだ。

19.手羽先
これも「鳥しき」さんの来たときのお目当てだ!肉、皮、骨が一体になったダイナミックな一串で、骨についた肉の旨味から、肉自体の旨みから全て堪能できる一品だ。おそらくそれも焼きの技術によるのだと思うけれど、身離れも抜群でその旨さを堪能する。

20.焼きおにぎり 2個
これがすごかった。焼き方は、弱火でじっくり。低温で1時間ほどだろうか。最初に焼き台に載せたときよりかなりちっちゃくなる。おにぎりの中にはなにも入っていない実にシンプルな焼きおにぎりだ。表面がカリカリで中のモチモチ感がお米とは思えないほどだ。池川さんいわく、炭でしかできない仕上がりだという。お米は北海道産のものだそうだ。表面だけ焼き固めて中を蒸らし上げたような素晴らしい逸品だった。次回も間違いなくお願いすることになると思う!

焼きおにぎりで、一通りとなる。本日も素晴らしいの一言につきた。時計を見ると午前1時を回っているが、そんなこともはやどうでもよろしい。おみやはまた、そぼろ弁当(これが滅法旨いのだ!)。次回の予約を7月に決めて満足感たっぷりでお店を後にする。...あ、そうそう、帰り際池川さんから、池川さんのお師匠さんの猪俣さんが銀座の「炭割烹 北野」にいらっしゃるという話を聞いた。こんどぜひお伺いしてみよう。
2017年3月16日(木)、21:00。机の上におかれたGalaxy S7 edgeが何の前触れもなく小刻みに蠢動(しゅんどう)する。高解像度HDディスプレイが瞬時点灯したかと思うと、なにやら見たことのある電話番号が、いささかよそよそしい気配を漂わせながら画面に浮き上がっている。「鳥しき (とりしき)」さんからの"入店可"のご案内である。

さっそく今日のお連れさまと1本路地を隔てたお店に向かう。店の引戸を開け、入店すると店内は一抹の煙たさもない。店内は焼き鳥屋さんとは思えぬ心地よい清潔感に満たされている。そして着座して気がついたのだけれど、店内に仄かなお香の香りが漂っているのが感じられる...この店内の空気感を肺の細胞1つ1つを使って吸い込めば、緊張感とはおよそ無縁の滑らかな感覚へと誘い出されて、ごくすんなりと武装解除してしまっている自分を見出す...

今日も、ワインと池川さんの焼き鳥を思う存分愉しもう!

1.さびやき
中が半生の状態で饗される。見た目の美しさといったらない...そして一口いただけけばその柔らかさに頬が緩む。ほどよく振られた塩と、おろしわさびが優しくささみを包み込む...

2.白玉
「鳥しき」さんの半熟加減の白玉がなんとも好きだ。小さいけれど、生命力を感じさせる卵黄の濃さがクセになる。

3.砂肝
強めの塩が降りかかった砂肝。塩のザラザラとした舌触りと、弾力のある砂肝の噛みごたえがなんとも心地よい。砂肝というと硬いイメージがあるけれど、「鳥しき」さんの砂肝は、決してぼそぼそしておらず、ひと噛みごとに口中に広がる肉汁に、雄々しいまでの身肉の存在感を感じる。

4.つくね
ミキサーした腿、胸肉に、存在感を少し残すくらいにみじん切りにした軟骨をあわせてある。じっくり肉汁を閉じ込めぷっくらと仕上げた丹念な仕事に感服する。最後にさっとひと潜りさせたタレの深みがつくねの旨みと絶妙なマリアージュを演じ立てる。「香ばしい」という言葉はこの逸品のために存在しているかと思うほどだ。

「鳥しき」さんの焼き鳥のタレは絶品だ!濃口醤油とみりんの味わいにザラメの甘味の強い主張があるタレである。しかし、それだけではない。えも言われぬ深みのようなものがある。焼き場の右手にタレが入った年季の入った壺があるのだけれど、池川さんはそこに何度も串をくぐらせて焼き物を仕上げていく。...おそらくその都度、焼いた鳥の汁や風味が調合されてタレに独特の深みを付与しているに違いない。

5.かしわ
これもタレとのマリアージュが抜群の逸品である。このここしかないといった一点で焼き上げられた腿肉と胸肉の弾力と旨みは脱帽ものである。

6.レバー(血肝)
注意しないと、とろりと串から外れてしまうくらいにレアに焼きあがっている。ひとくち口に頬張れば、肝の滋味がずしりとメランコリックに広がる。...絶品だ。

7.静岡県産芽キャベツ
今回初めていただく。季節の終わりだそうである。ホクホクとして、まるでとうもろこしのような香ばしさがある。

8.くびかわ(波)
肉の凝縮感を感じたかと思うと、その後、良質な脂が口中に横溢する。そのたおやかなリズムを刻む懐の深い旨みに圧倒される。下品なしつこさとは全く無縁の脂である。灯台下暗し。...今回、このくびかわの旨さをあらためて発見したような気がする。

9.せせり
首の部位である。肉質はしっかりしている。これを胡椒で仕上げていただく。しっかりと肉汁が閉じ込められ、ジューシーな逸品である。
ここでもう一回つくねのお目見えだ。(池川さん間違っちゃったかも...笑)

10.はつ
塩を振って、焼き台で一気呵成に焼き上げられた体である。ぶりんぶりんの食感が小気味よい。ボクシングの練習で使う、ジムの天井から吊るされたスピードバックを思わせる弾力と抵抗感だ。遠くに心臓を流れる血潮の脈動が感じ取れるかのようだ。

11.ひざまわり
これは何度食べても素晴らしい!こまめに何度もひっくり返しながら丹念に焼き上げられている。最後に表面に油を塗布して、塩をふりかけて饗される。よく動く部位であるため鶏肉の旨みが凝縮している。

12.厚揚げ
「鳥しき」さんでいただいて、毎回ホッとする。これがなければちょっと寂しい気分になるだろう(笑)

13.ぎんなん
薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる。うまい。

14.手羽元(かた)
手羽中でもなく、手羽先でもなく、今回は手羽元。肩の部位だ。よく動く部位で、これも濃厚な味わいだ。強火で一気呵成に焼き上げられているのがわかる。今回はタレをつけて饗していただく。

15.腿のつけね(ソリレス)
今回初めていただく。これがなんとも素晴らしかった。腿はパンチの強い濃厚な味わいのイメージがあるけれど、この腿のつけねはそれをさらにさらに濃厚にしたイメージだ。そのパンチ力に圧倒される。これも油をつけて最後は胡椒で味付けをしてある。

16.ちょうちん
お馴染みのちょうちんである。タレにくぐらせながら丁寧に仕上げた逸品だ。濃厚な卵胞とレバーの相性が素晴らしい。ここで、くびかわ芽キャベツをおかわりする。

17.そぼろ丼
今回初めていただく。そぼろ丼をいただくのはこれが初めてだけれど、「鳥しき」さんのそぼろがわたしは大好きだ。鶏ひき肉をタレで甘辛く汁がなくなるまで煎って作ったそぼろだ。コリコリと細かく響く軟骨の食感も素晴らしい。お弁当はそぼろのみの折詰にしていただく。

「鳥しき」さん、やはり今回も素晴らしかった。味もさることながら、池川義輝さんのお客さま対応が素晴らしい。これだけの人気店・有名店なのに、天狗になることなく1人1人のお客さんに対して実に丁寧に応対していらっしゃる。つい最近、とある予約至難の超有名店で、狐に包まれたのかと思ったくらい嫌な思いをした直後であったため(笑)、彼の素晴らしさが際立った夜であった。池川さん、ありがとう!
2017年01月20日(金)、本日のお連れさまと「鳥しき」さんの店前で落ち合って近くのバーで待機する。一本筋の違う路地に店を構える「BAR SEVEN」という小さなバーだけれど、ここはなかなかに居心地がよい。...20:50。そろそろお店からの電話が入ってくるころである。2杯目のソルティ・ドックを注文して待ち構えていると、21:00ピッタリに女将さんから連絡が入る。

金曜日の目黒の路地裏は三々五々の酔客で賑やかだ。路地をぐるりと回り、寒風をかいくぐるように「鳥しき」さんの暖簾をくぐる。今日は、焼き鳥にワインを合わせていくことに決める。ボトルで白を注文すると、ほどなく焼き物がスタートする。

1.さびやき
ささみの上に山葵がちょこんと乗ったお馴染みのメニュー。ささみは、言わずと知れた胸に近く脂の少ないあっさりとしたお肉。一口口に含むが、非常に肉質が柔らかい。やはりこの焼物は、濃厚な焼きものに行く前にいただくのが正しいやり方だろう。山葵との相性も申し分ない。

2.かしわ
鶏もも正肉。焼き鳥の代表格だ。噛みしめるうち、芳醇な肉汁をからませつつ鶏の重厚ともいうべき味わいが口の中に広がる。「鳥しき」さんのこのタレがたまらなく旨い!香ばしく程よい甘みがあって、最高の焼き鳥ダレだ!

3.砂肝
これも焼き鳥店お馴染みの一品である。砂肝は、鶏の胃の消化器の一部分。なんといっても弾力の強いゴリッとした食感が特徴だ。肉汁が少なく臭みもないので、鶏肉本来の素朴な味を楽しむことができる。まぶされた塩味加減も素晴らしい。やはりこれはタレでなく、塩でいただかなければいけない一品である。

4.食道
首の側面部分の食道とリンパに相当する部位。表面は脂が多く鶏の強い旨味が愉しめると同時に、歯ごたえはコリコリとしていて小気味よい。

5.うずらの卵
「鳥しき」さんのうずらの卵は、半熟に仕上げられていて、口の中でトロトロと溶ける。

6.やげん(軟骨)
やげんとは、鶏の胸軟骨である。程よい抵抗感のある噛みごたえが何とも食していて心地よい。

7.つくね
鶏の挽肉を丸めて固めた串物。「鳥しき」さんではつくねは、胸肉の擦り身に細かく砕いた軟骨を混ぜ込んで、つなぎに卵をつかって練り上げる。小気味よいコリコリとした食感の向こう側に鶏の旨味をしっかりと感じることができる。

8.せせり
鶏の首の肉。この部位もよく動く部分なので、身がぎゅっと締まっていて歯ごたえもあり、凝縮された肉の旨味を存分に堪能できる。
9.ぎんなん
ここで、ぎんなんでひと呼吸。塩気をまとった仄かなぎんなんの苦味が心地よい。

10.ししとう
さらに野菜の串が続く。今度は、タレをまとったほろ苦いししとうの香りが鼻先に漂う。

11.レバ
鶏の肝臓部。濃厚なねっとり感とトロリとした食感が堪らない。凝縮したコクとなめらかな舌触りを思う存分堪能する。新鮮で上質なレバで、言うまでもなく一片の臭みもなく、口の中で旨みが膨らむような深い味わいを感じる。

12.合鴨
一口いただくが、合鴨の身肉(みしし)の野趣あふれる旨みに加え、香り高い合鴨の皮の味わいがなんとも素晴らしい。また、甘いタレの味わいが合っている。

13.厚揚げ
これも「鳥しき」さんおなじみの一品である。素揚げの表面は香ばしく中は熱々の仕上がりである。

14.かた
手羽より脂は少ないけれど、淡白とはほど遠い。肉汁たっぷりの旨み溢れる上品な味わいが、なんといってもかた肉の最大の魅力だろう。皮の味、肉の旨味も堪能できる贅沢な部位である。

15.しいたけ
表面はほんのり焦げ目がついて、中はやけどするくらいに熱々の仕上がりになっている。しいたけの高い香りが何とも素晴らしい。

16.手羽先
やはり手羽先は焼き鳥の王様である。鶏の芳醇な身肉(みしし)の味わいと、上品でかつ迫力のある脂の味わいが混然として至福感に誘われる。

17.ちょうちん
「鳥しき」さんでは、ちょうちんにレバーと卵管(らんかん)を使う。弾ける卵黄と個性的なレバの味わいとの相性は抜群である。

18.ひざまわり
ぶりんとした身肉の食べごたえは抜群!しっかりとした食感とともに、まわりについたゼラチンと脂を満喫できる。一口頬張ると、豊潤な肉汁が溢れ出し、食べ応えは群を抜いている。

19.卵かけご飯
今日は卵かけごはんでさらっと〆る。わたしは、卵かけご飯は、卵黄と白身を完全に混ぜないで箸を若干入れた程度に適当に混ぜていただくのが好きだ。そうすると、黄身のトロリとした部分、白身に醤油がかかった部分、いろいろな卵の味わいを愉しむことができる!

20.お弁当
最後にお弁当をいただいて帰る。このお弁当が実に美味しかった。鶏のもも正肉、おくら、白玉、つくね、軟骨入りそぼろに椎茸が所狭しと詰められている。食べごたえのあるお弁当である。

「鳥しき」、やはりここは、素晴らしいと思う。帰り際さっそく次の予約(3月)をきっちりとって帰る。予約は2名までで、遅い時間(8:30以降)が取りやすい。今回は何人か飛び込みのお客さんが来られたけれど、みなさんお断りされていた。完全に不可能ではないのかもしれないけれど、やはり飛び込みで入店できる可能性が低いのかもしれない。

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されて、さらに予約困難になった感のある目黒「鳥しき」さん。一応、公式には、月初めの第1営業日に2か月分の予約を受け付けるとアナウンスされているようだけれど、現状、電話問い合わせで予約を取るのはかなり難しいとも聞く。

それが、以前よりお付き合いのあるグルマンさんからのお声掛けで、そんな「鳥しき」さんを訪問する機会を得てしまったものだから、興奮しないわけがない!感謝、感謝である!これは、万難を排してでも、目黒に駆けつけなくてはならない!

2016年11月1日(火)。当初2回転目の21:00から入店というお話しだったのだけど、1回転目のお客さんが早めに上がられたようで、急遽お連れさまからFacebookメッセージに連絡が入り、入店が20分繰り上がる。(早めに目黒に着いていたものだから助かった!)

お店はJRの目黒駅から目と鼻の先、路地を入ったところに楚々と佇んでいる。本日のお連れさまと店前で待ち合わせてしばらく待っていると、中から若衆のお声掛けがあり入店を促される。引き戸を開けて中に入ると、真正面に、焼きに余念のないあの池川義輝さんがドンと構えており、しっかりわたしの目を見て「いらっしゃいませ!」と元気よくお声掛けいただく。実に気持ちがよい。

まずは、ビールをコップ一杯いただき、今日は、ワインで合わせていくことに決める。お新香が饗された後、ほどなく、焼き物がスタートする。

1.さびやき
ささみは、ほんのり甘く身がやわらかい。心なごむようなやさしく上品な味わいだ。塩であっさりと焼いた淡泊な身に、わさびがことのほかよく合う。

2.せせり
希少部位。鳥の首の削ぎ身。身が締まっているのにぷりぷりでジューシー。たいへん旨い!

3.砂肝
砂肝とは、胃袋の一つ、筋胃(きんい)=砂嚢(さのう)のこと。さくっと歯切れよく、しかも歯ごたえのあるこりこりの食感がたまらない。味はさらっとして香ばしく、歯ごたえ・甘みとも高い。

4.うずらの卵
「鳥しき」さんのうずらの卵の焼き物は、半熟に仕上げられている。口の中でトロトロと溶けるさまは感動的ですらある。

5.首の皮
いわゆる鶏皮である。「鳥しき」さんの首皮は肉厚で、脂肪が多く柔らかく味は濃厚だ。「鳥しき」さんでは、七味唐辛子、山椒、大根おろしと3種類の薬味が提供されるけれど、これは大根おろしにくぐらせていただくのが一番のいただき方だと思う。脂肪が多くて濃厚な鶏皮を、大根おろしがさっぱりとまとめあげてくれる。

6.小玉ねぎ
ここで、小玉ねぎでひと呼吸。甘みがあって旨い。

7.軟骨
骨の部分は歯ごたえがある。肉の部分もはっきりした舌ざわりである。歯に抵抗する硬めの軟骨と、脂を含んで甘い肉との二重奏といったところだ。

8.つくね
むね肉をメインにつなぎに卵をつかって練り上げた鳥団子の串。串の中に細かく散りばめられた散りばめられた軟骨のコリコリとした食感が小気味良い。

9.レバ
タレで焼いた鮮度抜群のひと串お頬張る。身はぷりぷり。とろりと溶けて口に広がるレバー独特の濃厚な味とコクがすばらしい。思わず唸る逸品だ。

10.ぎんなん
ここで、ぎんなんでもうひと呼吸。薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる

11.かしわ
かしわとは、鶏のもも正肉。透明・新鮮な赤身にうっすら脂肪が差している様が美しい。ただ、ひと噛みすると、きちんと歯ごたえがあり、噛みしめるうち、豊かな汁気をからませつつ肉っぽい味が口の中に広がる。

12.おくら
ここで、おくらでもうひと呼吸。ネバネバ感の向こうに仄かなおくらの風味を感じる。

13.はつ
はつとは鶏の心臓。これが抜群に旨かった。ぶりんぶりんの存在感。ただし、さくっとした歯切れは砂ぎもよりずっと柔らかい。微かに清涼な血の匂いを感じとれる。これは鮮度がよいことが一口いただいただけでわかる。

14.かた
希少部位。手羽より脂は少ないのだけれど淡白ではない。肉汁がかなりたっぷりで、旨み溢れる上品な味わいだ。もも肉と胸肉のよいところをとったという肉質である。

15.厚揚げ
これも、焼き台で焼き上げられた一品だ。表面はほんのり焦げ目がついて、中はやけどするくらいに熱々の仕上がりになっている。

16.はらみ
希少部位。はらみは横隔膜だ。大変やわらかい。鶏肉本来の旨みを堪能できる部位といった感じである。「鳥しき」さんでは、周囲の皮と一緒に打っているところが面白い。バランスのいい食感と味わいが堪能できる。

17.しいたけ
ふくよかな香り、しこっとした歯応えにホッとする。

18.ちょうちん
レバーと卵管(らんかん)と卵を一緒の串に刺した一品。卵胞が一気にはじけて卵黄が口を満たすなかで、レバの滋味が存在感を表す。卵黄とレバの相性がなんとも素晴らしい。

19.ひざまわり
希少部位。しっかりとした食感とともに、まわりについたゼラチンと脂を満喫できる。一口頬張ると、豊潤な肉汁が溢れ出し、食べ応えは群を抜いている。

20.手羽先
これが今日一番であった!手羽先は、翼の先端から肘にかけて、翼を動かすためのさまざまな筋肉が寄り集まっている部分を指す。気合の入った火入れで仕立て上げられたこの一串、骨をはがすと湯気が立ち上る!骨周りの肉のプリプリの食感と鳥の深い味わいに舌を巻く。皮・肉・脂が渾然と融合し、脂と甘さのバランスは申し分ない。そして肉そのものの食べごたえも充分に楽しませてくれる。

21.親子丼
最後は親子丼でしめる。今年4月14日(木)~20日(水)新宿タカシマヤで開催された「春の美味コレクション」で好評を博した親子丼である。卵の火入れ加減が秀逸で、するりといただける。大変美味である。

22.お弁当
最後にお弁当をいただいて帰る。このお弁当が実に美味しかった。鶏のもも正肉、おくら、白玉、つくね、軟骨入りそぼろに椎茸が所狭しと詰められている。食べごたえのあるお弁当であった。

「鳥しき」さん。やはりここは、素晴らしいと思う。特に手羽先の一品には圧倒された。これは、他の追随を許さない逸品だと思う。本当に、今日お誘いいただいたグルマンさんには、感謝の一言だ。帰り際さっそく次の予約(1月)をきっちりとって帰る。予約は2名までで、遅い時間が取りやすい。

お食事の終盤、カウンターの向こう側にリオデジャネイロ五輪、柔道73kg級金メダリストの大野将平さんがいることに気づいた。73kg級だから、階級的には軽量級に属するのだろうけれど、カウンター越しに見ても、明らかに一般人とは異なる凄い体格で迫力がある!「鳥しき」さん、有名店だから、いろいろな有名人の訪問もあることだろう...

ちなみに、夜の遅い時間で、席に空きさえあれば、飛び込みのお客さんでも入店できるのは意外な発見だった。平日で、よる9時半以降なら試してみる価値はあるかも知れない。

  • 血肝
  • ちょうちん
  • 膝回り

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6位

ペレグリーノ (広尾、恵比寿 / イタリアン)

13回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥60,000~¥79,999 ¥50,000~¥59,999

2021/12訪問 2022/01/29

crescendo(クレッシェンド)...「ペレグリーノ」、珠玉の一皿に向けて高まる音階

ペレグリーノはいつも素晴らしい。どんな一皿が出されようと、コースがどんな風に組み立てられようと毎回裏切られることがない。

その日仕入れた食材の状態を見てコースの主軸となるお皿を2部から1部に微妙にズラしてみたり、白トリュフを粉雪のようにまとわせて、コース全体に時節柄の薄化粧を施してみたり、まさに毎回多面体ともいうべき表情の豊かさによって食べ手を迎え入れてくれるのがペレグリーノの特徴であり、過去、そのもてなしが裏切られた試しがない。

しかし、2021年12月10日(金)のディナーは、その多面体ともいうべきペレグリーノのもてなしの中に、水脈のように力強く流れる"もてなしの幹"のようなものがあることを強く思わせてくれるようなディナーであった。

生ハムのお店として名高いこのイタリアレストランについてよく耳にする話に「生ハム以外のお皿のクオリティの高さ」というものがある。なるほど、確かに、コースの1部に組み入れられることの多い"白甘鯛の紀州備長炭炭火焼"やら"墨イカのポレンタ"、"神戸フィレ肉の炭火焼"などは、毎回頭が下がるくらい素晴らしい出来栄えなのだけれど、とにかくこの日は、"クラッテッロ ネロ"が出色の出来栄えで、コースの流れがこの宝石のような一皿をめがけて収斂していくような感覚を覚えたのだ。

まず、スライス前に調理台に載せられた"クラッテッロ ネロ"の肉塊がすでに凄みを放っていた。その色味の鮮やかさに思わず息を飲む。これはただ物ではないという緊張感が一気に押し寄せる。そして通常"クラッテッロ ネロ"は、最後に平焼きパンとあわせていただくのだけれど、この日はシェフの計らいで、アルバ産白トリュフにまとわせていただく"クラッテッロ ネロ"を最後の一皿にご用意いただいている。

これを最後に置くことによって、白トリュフコースの引き締まり方が全然違うし、また、ペレグリーノがクラテッロに照準を合わせているイタリアレストランであることを、言葉で説明するのではなく一皿の表現で示そうとされていることに深い感動を覚える。


以下、素晴らしかった昨年末のディナーの中身について、詳細に書き綴ってみたい。

◇第1部 季節の食材のコース
1.【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロート" 詰め物をした小さなラヴィオリ"カペレッティ"を浮かべて
水と軍鶏だけで一度も沸騰させることなく20時間以上煮だしたペレグリーノのスペシャリテである。うまみが強く澄んだ味わいである。

この日は、カペレッティの整形を目の前で見せていただけた。ぎりぎりを狙って調理の直前に打っていただいているのだ。小麦、卵、水とパスタ生地とはちょっと配合を変えているそうだ。ぎたろう軍鶏のもも肉と卵黄、アルバの白トリュフをふんだんに入れてある。香りと味を存分に愉しむ。

2.【旬の一皿】大間の黒鮪のクルード
"クルード"とはイタリア語で"生"という意味である。鮪は赤身の強い、少し酸味とも捉えられるような強い固体をと選択し、指定して仕入れたものだそうである。ちなみに鮪は、石司商店から仕入れた背上である。腹上一番のような脂が乗りまくったものではなく、血の香りを感じる最高に粋な鮪である。その中トロの部分を少し寝かせて、血の味を落ち着かせ、ほんの少量塩をかけて、そのあとにアルバの白トリュフをふんだんにかけて饗される。

見た目は豪華そのものだけれど、鮪の味わいの強さとのバランスに配慮して、白トリュフをふんだんにかけられている。

3.【前菜】北海道 熊石の 縞海老 を優しく繊細な調理、縮みほうれん草添え
縞海老を優しく繊細に調理したものに、群馬県産の縮みほうれん草を蒸し煮にして甘みを引き出したものが添えられている。群馬県の縮みほうれん草は、とにかく茎が美味しい。だからお皿の盛り付けは均等に茎がいくように配慮されている。お皿のソースは、ほうれん草の煮汁にほんの数滴、海老から出た焼き汁を加えたものである。上質な発酵バターの香りをほのかに感じながら、縞海老の繊細な味わいとほうれん草の甘みを愉しむ。

この縮みほうれん草は素晴らしかったが、本日のペレグリーノは、野菜がどれも素晴らしかった。この後饗されるジャガイモ、サツマイモ、ラディッキオロッソ、いずれも素晴らしかった。

4.【第一の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ
メニューには、「めん棒」と記載があるが、この日は少し湿度が高めなので、パスタマシンを使ってのばしますとシェフからご説明がある。この湿度で、めん棒でのばすとパスタに触れる時間が長くなってパスタにストレスがかかりすぎてしまうからとのことだ。

タリアテッレ。ピエモンテの良質な発酵バターとゆで汁を合わせたもの。ここにシンプルに白トリュフを添えてある。また、本日の白トリュフのタリアテッレには名古屋コーチンの温泉卵が添えてある。粉の風味を存分に愉しむ。卵とトリュフは非常に相性がよい。

5.【季節の特別料理】仏 ランド産 フォアグラ と 徳島産さつまいもの組合せ
ここまでが、白トリュフコースで白トリュフがかかる料理。後は(基本的に)素材の味を愉しむ料理となる。フォアグラのテリーヌとココットに入れて火を入れ続けてローストしたさつまいも。縦にナイフを入れて、フォアグラとさつまいもを合わせて愉しむ。

北イタリア ピエモンテの3大シャルドネとよばれる、アルドコンテルノという造り手のシャルドネ・ブッシアドール。アルコンとの相性が抜群であった。
徳島産さつまいも(さとむすめ)は、ペレグリーノでは定番の食材であるけれど、使う度に仕込みに工夫を加えているとのことだ。去年までは、アルミホイルで包んで芋をオーブンに入れて、何分かおきに上下入れ替えて焼いていたそうだけれど、今回は、芋をココット鍋に入れて、バーミキュラ(Vermicular:無水調理ができるホーロー鍋)で密封して、オーブンの中でじっくり火入れしたとのことである。密封度合いを上げることによって、さとむすめの香りがいつもより強く感じる。

フォアグラもかなり良い。フォアグラも近年良い状態で来るようになっているそうで、鴨から取り出して、すぐに紙に巻いて(トルセ)空輸されてくるそうで、フォアグラ自体のうまみを引き出しやすくなっているとのことだ。常識的には、フォアグラ処理は砂糖と塩とマデラ酒とかでマリネして、テリーヌにするのが伝統的な作り方だけれど、その処理をひとつひとつそぎ落としていき、最低限の塩と甘口の白ワインを入れるだけでフォアグラの旨さが引き立だせる素晴らしい状態のものとのことである。

6.【魚料理】愛媛宇和島より 白甘鯛 炭火焼と 伊産のカルチョーフィ・スピネのプラザート 北イタリア伝統のサルサヴェルデのアクセント
2週間くらい寝かせた白甘鯛。イタリアの鰯の魚醤(コラトゥーラ)の香りがふわりと心地よく漂う。ミディアムからミディアムレアの状態で火入れしている。合わせは、イタリア野菜のアーティチョークを、京都のフルーツトマトをドライトマトにしたものと一緒に煮込んだものである。北イタリア伝統のサルサヴェルデソースを添えてある。

これも申し分ない出来栄えである。ペレグリーノに来たら、この繊細な白身魚の一皿がどうしてもいただきたくなる。

7.【メイン料理】兵庫県 神戸ビーフ フィレ肉の紀州備長炭 炭火焼き 南イタリア産野菜 "プンタレッレ"のインサラータ
この神戸牛は、先ほどの鮪と似たような血の味がするような赤身のよいもの。ラディッキオをローストしたものと台湾の山の胡椒マーガオを添えたもの。苦味ほのかなラディッキオが一皿を引き締めていた。素晴らしいセコンドピアットの一皿であった。

◇第2部 手動ハムスライサーを使った肉加工品のコース
1.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ" :長期熟成の味わいを楽しむ :パルマの定番
30カ月以上熟成の"プロシュート・ディ・パルマ"でスタートとなる。まずは、手の甲においていただいたものをすぐにいただく。

2.ボローニャ特産 "モルタデッラ" :香りと余韻を楽しむ食べ方
まずは、岩手県遠野市の遠野4号というお米をモルタデッラで巻いて。
極上の生ハムの塩味を、日本米の暖かい甘みが優しく溶かしていく素晴らしい一品である。以前から、このお米は研いで使われているのではないかと気になっていたので、シェフに確認してみると、やはり研いでおられるとのお答えであった。イタリア米で洗わなくやったら、きっと野暮ったくなるからとのことだけれど、この見極めは決定的に正しいと思う。

通常のイタリアのリゾット製法で作ったいわゆるアルデンテのパスタを思わせるお米であったら、絶対に、この一品の真骨頂(食感はリゾットで、かつ優しい日本米の甘みが生ハムの塩味を溶かしこんでいく)は実現できないと思うからだ。


自家製のフォカッチャとモルタデッラの組合せ。フォカッチャは、本来はジャガイモが入っていないとフォカッチャとは呼べない。なので、ジャガイモに北海道の雪下で2年近く熟成した"インカの目覚め"を通常の2倍以上生地に練りこんでフォカッチャを作っている。

3.中部イタリアトスカーナのチンカセネーゼ黒豚の背脂、ラルド
イタリア野菜ウイキョウ(フィノッキオ)に載せて出していただく。ラルドの甘みからウイキョウの仄かな苦みが顔を出す加減が素晴らしかった。

4.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
パルマ産"プロシュート・ディ・パルマ"と揚げパイのトルタフリッタの組み合わせ。空気を包み込んだフリッタの薄さが引き立たせる小麦粉の香ばしい風味。そこにふわりと最高の生ハム。

5.ジベッロ村の"クラッテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
平焼きパン"チャバッタ"といただくけれど、まず深みがある。美しい。その美しさは、王侯貴族のような傲慢な揺るぎのない圧倒性を獲得しているように思う。舌に絡みつくようなテクスチャー。そして香り、少しミルキーさ感じさせるまろやかな香りの中に、はっきりとした熟成香を感じる。

そして最後に感動的な、クラテッロに白トリュフを包んで。良く咀嚼してこの高貴な組合せの余韻を愉しむ。


フィナーレ 季節の特別なデザート :長野 小布施の栗をふんだんに使った"モンテ ビアンコ"
"モンテ ビアンコ"とは、イタリア語で"モンブラン"の意味だけれど、いわゆるモンブランでイメージするお菓子とは少しイメージが異なる。長野の小布施の栗を9月の末に収穫したものを今時分まで低温の熟成度でじっくり寝かせることによってそれ自体の甘みを引き出したものとのご説明がある。

その栗を、店のオーブンで低温でじっくり5時間から6時間ローストしてそれを剥いて解したものとのことだ。塩も砂糖も入れていないけれど、栗を凝縮させた香りと味が感じられる。合わせているジェラートには、栗と相性がよいように、白トリュフを少し利かせて、白トリュフのジェラートにしている。

素晴らしいドルチェである。

これで、本日のコースは一通りとなる。どの料理も素晴らしかったけれど、本日は最後の"クラッテッロ ネロ"を照準を合わせ、まるで「クラテッロを出すためにやっている」と言わんばかりのペレグリーノの"もてなしの幹"をしっかりと感じ取れた素晴らしいディナーであった。シェフ、ありがとうございました!
「ペレグリーノ」のもてなし...そこには繊細で美しい水彩画を鑑賞しているような快感がある。ぜひ、その一皿一皿からこぼれる、吐息のような美しい響きに耳を澄ましていただきたい。余分な演出や、食べ手を混乱させるような味の足し算などとは縁遠い、純粋で繊細な世界が目の前に広がること請け合いである。

2021年8月12日(水)12:00。「ペレグリーノ」で過ごした素晴らしいひと時を書き綴っていきたい。


◇第1部 季節の食材のコース
1.【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロード"
水と塩だけで一度も沸騰させることなく、延べ20時間以上煮だして旨みを抽出したものである。饗する直前に、香りと味が飛ばないように極弱火で火を入れて、65度に差し掛かるところで火を止めて軽く塩を入れたもの。味わいが澄み切っている。毎回思うけれど、こんなに美しいブロードは「ペレグリーノ」以外に存在しない。

2.【イタリア料理】北海道島牧の縞海老とズッキーニのコンビネーション
縞海老に2種類のズッキーニを合わせてある。蒸気で蒸らした北海道の花ズッキーニに、花ズッキーニの軸を水と塩だけで優しく煮込んでピューレ状にしたもの(花の香りがするようなピューレ)を添え、さらにイタリアの今が旬のズッキーニトロンベッタという、カボチャの味に近いような凝縮感があるズッキーニをローストして添えてある。

縞海老が滅法良い。甘みも旨みも極めて上品である。そこにズッキーニの優しく繊細な味わいが寄り添う。

3.【夏の料理】新潟県かがやき農園のトウモロコシの冷たいスープ
ここで、穴子のローストと順番を入れ替えて、トウモロコシの冷たいスープが饗される。「ペレグリーノ」の夏のスペシャリテである。

トウモロコシと塩と水を合わせた液体を、熱伝導率の良い鍋で、強火ではなく(強火すると鍋肌の温度が乱暴な温度になってしまう)、弱火で約1時間かけてゆっくりと沸点まで持っていく。それをいったん落ち着かせた上でミキサーで回して、薄手のガーゼにくるんで、牛の乳を搾るように優しく濾して抽出したのがこのスープだ。

全く粘度がない。生涯でいただいたトウモロコシのスープの中でダントツに一番純粋で一番旨いスープである。


4.【前菜】穴子のロースト、京都綾部産 賀茂茄子添え
脂の乗った穴子の紀州備長炭のローストに、京都綾部産の賀茂茄子を皮付きのままじっくりとローストしたものを添えたもの。台湾の山胡椒マーガオが添えられてある。

穴子の皮目から漂う香ばしい香りを、マーガオのさわやかさが断ち切るのが心地よい。紀州備長炭で焼いた魚と野菜の香ばしさを愉しむ逸品である。

5.【季節の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ 熊本天草より赤うにのせ
ここで、(魚物が続いてしまうということで)また、順番を入れ替え、パスタを饗していただく。パスタマシンを使うと金気に風味を取られてしまうので、木の綿棒で延ばして調理する。その際、極力力を入れないで、余計なグルテンを発生させないようにしているとのこと。北イタリアのおばあちゃんの製法だ。

イタリアの軟質小麦は、小麦粉の精製の度合いで、00粉、0粉、1粉、2粉、全粒粉と5種類に分類されるが、ペレグリーノのパスタは、2粉を使われているそうだ。千葉県八街で作られているものだそうだ。精製しすぎていない、より小麦の香りを感じられるものとの工夫である。

タリアテッレ。粉の風味を存分に愉しむ。フォークで一巻きしたパスタを頬張ると、パスタを茹でる際、パスタにストレスを与えていないのがよくわかる。もちろん鍋の中を覗いたことなどないけれど、おそらくボコボコ沸騰しないくらいの温度、...おそらく90度~100度未満くらいの温度で丁寧に茹であげているに違いないと思う。

...このパスタのように、素材である小麦の甘みや香りに耳を澄ますようにしていただくのが、「ペレグリーノ」のお皿の特徴だ。だから、このレストランでの主役はあくまでも料理で、断じておしゃべりなどではない。...たまにお客さんの中には、まるで居酒屋に来たみたいに、世間話に花咲かせている方がいらっしゃるが、それはあまりにも残念な「ペレグリーノ」の過ごし方というほかない。


6.【魚料理】旨みの乗った魚、本日仕立て
日本海ののどぐろである。熟成させすぎていないのどぐろ。皮目主体で焼いて、中心はミディアムからウェルダンくらいで火を入れたしっかりとした身質を愉しむ逸品である。少し酸味を効かせたバジルのペーストと北海道で2年近く熟成させたインカの眼覚めを付け合わせてある。

「ペレグリーノ」の魚料理にのどぐろが選択されるのは、珍しいように思う。「ペレグリーノ」の魚料理は右に出るものがないくらいに素晴らしいが、いつも選択される魚は、白甘鯛や墨イカ、穴子、太刀魚など、天ぷら種になってもおかしくないような繊細な身質の魚が多い。本日ののどぐろという選択は新鮮な驚きを覚える。

7.【メイン料理】神戸ビーフ フィレ肉の紀州備長炭 炭火焼
メインで肉を使うこと自体、最近多くはなかったが、本日は丁度よい熟成加減でよい味が出ているものがあったのでビーフをメインに持ってきたとのこと。普段は、肉は個体を限定してもらっているわけではないそうだけれど、今回は生産者さんからたまたまどうしても素晴らしい味だからというご案内があったとのことだ。

それに添えてあるのは、先ほど北海道から届いた今が旬の五寸アスパラ。皮が柔らかく、甘みが強い。蓄えているアスパラの水分が野菜の甘みと瑞々しさを伝えてくる。詳しくは、RV末尾の【高橋シェフとの立ち話コーナー】をお読みいただきたい。

この一皿、とにかく神戸ビーフが素晴らしかった。「ペレグリーノ」で肉料理というと、マーガオが添えてあるイメージがあるけれど、この一皿にはマーガオが添えられていない。その意味が痛いほどわかる。マーガオは、焼き物の脂をさわやかに切ってくれる効果がある素晴らしい引き立て役なのだけれど、この一皿には、おそらくそれが邪魔になるくらい、神戸ビーフそのものが光り輝くように素晴らしかった。フィレ赤身といい、赤身に蓄えられた脂といい、そのバランスが文句がつけようがないくらい完璧であった。

後でシェフに伺ったところ、今日の神戸牛は、年に1回か2回しか入ってこない本物の神戸牛とのことだ!


◇第2部 手動生ハムスライサーを使った肉加工品のコース
1.サンダニエーレ産 "プロシュート"
:極く薄くスライスしそのままに
塩味が少なく純粋なプロシュートである。しかし、同じプロシュートの原木を使っても絶対に「ペレグリーノ」の味わいはだせない。それはまさに唯一無二の「ペレグリーノ」のカッティング技術に支えられているといってよい。

:特別な組み合わせ
これも「ペレグリーノ」の定番といってよい、遠野4号とプロシュートの組み合わせである。お米の熱で米にプロシュートが溶け、お米の甘みに肉の旨みが溶け合う加減が素晴らしい。

2.ボローニャ特産 "モルタデッラ"
:香りと余韻を楽しむ食べ方
今回は"モルタデッラ"と平焼きパンを合わせていただく。こちらも新鮮な驚きがあった。

3.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
:長期熟成の味わいを楽しむ
36か月熟成の特別のもの。強い味わいだ。「ペレグリーノ」の生ハムショーは、クレッシェンド記号が書きつけられた楽譜のように次第に音階が高まっていく。

:パルマの定番
トルタフリットと合わせる定番だ。間違いない。スパークリングワインと合わせたら最高の逸品である。

ここで表記に書いていないトスカーナの白豚のグアンチャーレ(頬肉)とフェンネルを合わせた逸品を饗していただく。グアンチャーレを出すのは、本当に久しぶりとのことだ。

4.ジベッロ村の"クラテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
:ジベッロでの仕立て
年間日本に10本しか入ってこないパルマ黒豚の"クラテッロ ネロ"。その10本はすべて「ペレグリーノ」で抑えている。まさに「ペレグリーノ」でしか味わえない逸品である。

クラテッロは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、それを豚の膀胱に詰めてから吊るして熟成させる。そして熟成後、豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱を取る工程(「戻し」)を行う。このパルマ黒豚の"クラテッロ ネロ"は、特別で、その「戻し」に使うときのワインもバローロを使うのだ。

味わいといい、香りといい、王侯貴族のような優雅な逸品である。やはり、これが生ハムショーの最後を飾るに相応しい逸品である。


フィナーレ
出来立ての練りたてジェラート "ジェラート 自信の組み合わせ
ふんわりとした空気を含んだ仕上がりになっている。最高のジェラートの香りが口中に立ち籠める。添え物はあえて横においてある。初めはジェラート単体でいただき、最後にヘーゼルナッツを混ぜていただく。

これで本日の一通りとなる。...やはり、ここは特別なレストランである。

【高橋シェフとの立ち話コーナー】
神戸ビーフに添えられたアスパラガスが瑞々しく申し分なかったという話になった際、畑の野菜が生きるために蓄えた水分を、調理にあたってどこまで残すか(ニンニクなどのように、水分が残ったまま調理すると臭味になってしまうケースもある)、どういう匙加減で決めているんですか?と質問してみた。これにたいする高橋シェフのご回答が素晴らしかった。

「確かに、今日のアスパラでいうと、届いて最初に生で口にした段階で理想のモノが届いたという印象を持ちました。ただ、そこからが調理の始まりで、ペレグリーノにいらっしゃるお客様は、別に生のアスパラを待ち望んでいたのではなく、ペレグリーノを待ち望んでいたわけだから、あくまでもこの素材をペレグリーノのコースに組み込んだ場合を想定して、何にこのアスパラをあわせ一皿を構成し、だからこそアスパラにどのくらい水分を残して、瑞々しさを演出するかを頭の中でイメージしていくんです」とのこと。

これぞプロ!素晴らしい。決して教則本で伝えることのできない、この指先の繊細な技術が「ペレグリーノ」の唯一無二を支えているのだ。
それにしても、この茴香(ういきょう)のエキゾチックな甘い香りはどうだろう。そして、その茴香と滑らかなラルドを組み合わせて饗される一皿は傑作と呼ぶのが惜しいくらいの一皿であるのだけれど、何より感動的なのは、茴香という香草を、香りと旨みだけの蠱惑の塊にさりげなく仕立て上げてしまう高橋シェフの手際そのものにある。

茴香に限られないけれど、生きている香草や野菜は多くの水分を蓄えている。水分というのは生物が生きるために必要なものであるから、自然界に無駄なものは何ひとつないとも言えるけれど、料理においては食材が身内に蓄える水分は、不要なものである。なぜなら調理で食材が蓄えた水分を残してしまうと、それは臭味に直結してしまうからだ。逆に、料理人の確実な技術によって適切な水抜きを施した場合、野菜は新しい生を受け、輝くばかりの最高の素材となって一皿の上で再び躍動することになる。


プロの中のプロと呼ばれる料理人の仕事には、水抜きひとつを取っても、妙手が冴えわたっている。2021年6月2日(水)、日本の最高峰のレストラン「ペレグリーノ」で"加減の妙"を堪能したひとときについて以下書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【初めの料理】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
水と、身ごとまるごとの軍鶏だけで延べ24時間、1度も沸騰させることなく火入れして旨みを抽出したブロート。火入れ後は、丁寧に濾して一度温度を冷してから、もう一度小鍋にとって再び温める。そのときも強火を使ってしまうと味と香りが変わってしまうから、ごく弱火で65度を上回るところで火を止めて、フランスの塩を入れて味を整える。だから、そんなに熱々ではない。

この世で最も美しい"ブロート"である。いつも溜息しか出ない。

2.【前菜】牡丹海老の低温ロースト 花ズッキーニとズッキーニのピュレア添え
北海道の古平(ふるびら)の牡丹海老。牡丹海老はこのくらいの時期(6月)になると、あまり状態がよくなくなって、別の食材を使うことが多いそうだけれど、今年は、どういうわけか海老の状態が大変良いので本日は牡丹海老を使うことにしたとのこと。付け合わせには熊本の花ズッキーニの蒸し焼きを添えている。

また、それに合わせてローストした緑色の小さな輪切りのズッキーニが添えてある。また黄色いピューレ状のものも黄色いズッキーニで作ったものである。ズッキーニを香りがなくならないように弱火で火入れして、水分を飛ばして、ズッキーニの旨みを閉じ込めたピューレだ。ズッキーニの香りが存分に愉しめるソースである。

花ズッキーニの柔らかい味が包み込む、食べ応えのある大きな甘みのある海老である。前菜に相応しい、カドのないふくよかな一品である。

3.【魚料理1】太刀魚の炭火焼、加茂茄子
神奈川県横須賀の走水の太刀魚。シェフに思うところがあって、当初予定のオーブン焼きから、炭火に切り替えて、ミディアムレアの状態で仕上げていただく。付け合わせも、当初予定のアスパラソバージュから、京都の加茂茄子に変更にされている。加茂茄子は、身のしまった充実したものをオーブンで3時間強焼き上げたものである。

紀州備長炭炭火焼の太刀魚に、加茂茄子のオーブン焼きと北イタリア伝統のパセリが主体のサルサヴェルデが添えてある。丁度すり鉢で摺ったばかりで、パセリの香りが立っている。(ペレグリーノのサルサヴェルデは、ミキサーではなく、すり鉢で丁寧に摺って饗される。ひょっとするとここにも金氣臭さを嫌う高橋シェフの思いが宿っているのかもしれない)

炭火の通った太刀魚は香り立つ。舌の上でほどけながら、太刀魚もつ品の良い脂と身肉の香りが口中に広がる。サルサヴェルデのパセリの香りが香りのアクセントとなって、一皿を引き締めている。

4.【イタリア料理】カーチョーフィ・イン・ウーミド(アーティチョークの軽い煮込み)
アーティチョークは、普段は何かの付け合わせで出すことが多いが、この時期のアーティチョークは味が強いので、それを魚や肉に合わせようとすると合わなくなってしまう、なので思い切ってメインに持ってきたとシェフからご説明がある。

トマトの酸味との相性よく、アーティチョークの質朴だけれど強い味わいが感じ取れる。

5.【魚料理2】赤甘鯛の"アルフォルノ(オーブン焼き)"、アスパラソバージュ添え、"サルサ アチド"(酸味のソース)
四国愛媛の宇和島の赤甘鯛をローストしたもの。"アルフォルノ(オーブン焼き)"である。オーブン焼きとはいってもオーブンから何度か出しながら、断続的に火入れしているので、焼き目が付いたものではなく、丁度良い状態で火入れされたものだ。

それに旬のアスパラソバージュを付け合わせてある。"サルサ アチド"(酸味のソース)は、フランスのブールブランソースと同じ作り方で、白ワインとエシャロットを20分の1くらいまで煮詰めて、最後にバターを入れて乳化させている。自然派の白ワインを使っているので、茶褐色のソースになっている。

赤甘鯛のローストは、何とも豪奢な旨みの塊である。白身魚の王様といってよい高貴な香り高さを、程よい酸味のソースに絡めながら堪能する。

6.【第1の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ 熊本天草より紫うにと共に
パスタの風味や甘みを生かすために綿棒でのばしていただく。ソースは、イタリア、ピエモンテの良質な発酵バターと、北イタリア、ベネトの良質なオリーブオイルを入れて、ほんの少しの塩を入れたものがソースとなっている。

パスタとソースを合わせた鍋を1回軽く仰いで、もうそれだけで終了。その上にミョウバンも塩水も使っていない、熊本天草産の殻から剥きたての紫うにをそっと乗せてある。

ペレグリーノのパスタの凄さとは何か。それは、"小麦の香り"と"小麦の臭さ"の違いを、シェフがはっきり理解していて、"小麦の臭さ"を料理から徹底して排除している点にある。

一般的に、パスタを茹でる際にぐりぐり混ぜて、煮汁に小麦のとろみをつけてソースにあわせて粘度を出す(世間的に「乳化」と言われるアレ)ということが行われるけれど、それは、単にパスタに、グルテンが発生した汁を纏わせているに過ぎない。そしてグルテンは、端的にいって小麦の嫌味である。つまり小麦臭さを体現するものだ。

ペレグリーノにおいては、そんなものをパスタに絶対に纏わせない。さっとシンプルなソースにパスタを纏わせて、パスタ本来の"小麦の香り"を愉しませるのだ。


この日も、このシンプルな一皿で手打ちパスタの"小麦の香り"を存分に愉しむ。

7.【第2の料理】ドイツ産ホワイトアスパラガスの紀州備長炭火焼き 長期熟成された伝統的なモデナ産バスサミコ添え
6月中旬までが旬のドイツのアスパラガス。これは、フランス産のものと味わいの出方が違って、キレイな甘みと旨みが感じられるもの、とのシェフからのご案内がある。

このアスパラをシンプルに紀州備長炭で炭火焼にしている。黒く焼けているけれど、これは決してネガティブな失敗ではない。

添えてある調味料は3つ。
 ・手前に良質なオリーブオイル
 ・スプーンに乗っているのが、25年熟成させたモデナ産のバルサミコ
 ・奥手には、塩とドレッシングを組み合あせたドレッシング
このまま、左から右にかけて、味が淡いものから強いものに推移していくのを愉しみながらいただく。最後、全てソースを合わせていただくと、より豊饒感が増して愉しい。

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにてスライスしてサーブする生ハムのバリエーションを順番に
8.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート"
1)先ずは極く薄くスライスしたものをフラットにそのままに
腿肉一本の塩漬け。これは生ハムの第2部スタートのお馴染みであるが、本日の"プロシュート"は抜きんでた旨さがある。おろしたてとのことで、腿肉の脂が、赤身の旨みを引き出す効果を発揮している。最良の熊肉の個体をいただいたときを思わせる素晴らしい品質である。これは新鮮な驚きがあった!

2)異素材と組み合わせてより魅力を引き出します
小さなココットで炊きあがったばかりのお米と"プロシュート"をお鮨のように巻いた一品。イタリア料理のリゾットのような感覚で味わえる一品だ。お米は遠野4号。昔から品種改良を施していないお米である。

炊き立てのお米が、最良の"プロシュート"脂に触れて融解して口中を満たす素晴らしさ!スゴイ。

9.ボローニャ産 "モルタデッラ"
3)香りと余韻を楽しむ食べ方をします
モルタデッラというのは、現地で比較的ぞんざいに扱われる傾向があるそうだけれど、これは化学調味料、添加物を全く使っていない純正の本物のモルタデッラで、現地でも丁寧に扱われ、一目置かれる逸品である。

いつもいつも、香りが本当に素晴らしい。

4)状態を変えて魅力を引き出します
熱々のお皿の上に載せて饗していただくごく薄いモルタデッラ。瞬時の香りの変化を愉しむ逸品である。3つ数えたうえで、すべてを横から小さいフォークで掬い取っていただく。心地よい香りがふわりと舞う。

10.トスカーナ チンタゼネーゼ黒豚 背脂 塩漬け生ハム "ラルド"
5)茴香(フェンネル)との組み合わせ
イタリア野菜はこの時期最強の濃密な香りと味わいの茴香(フェンネル)である。蕪の部分を串切りにしてオーブンでじっくりとローストしたもの。余分な水分や雑味がすっかり抜けていて、フェンネルの香りと味わいの塊と化している。冒頭に記したようにこの一皿は素晴らしい出来栄えであった。

6)自家製平焼きパン "チャパッタ"との組み合わせ
北海道の"春よ来い"という小麦を100%使って焼いた焼きたての"チャパッタ"。先ほどのパスタ同様、最高の小麦の自然の旨みと甘みを感じることができる。有機栽培をして作られた小麦である。

チンタゼネーゼ黒豚のラルドは、豚肉の脂だけれど、味わってみると思わず豚肉に存在しもしない"豚の白身"とでも呼びたくなるような旨みと甘みを備えた食材である。この滑らかな食材と焼きたての"チャパッタ"の合わせを愉しむ。北イタリア、ピエモンテの白ワインビネガーを振りかけてバランスが取られている。

11.パルマのランギラーノの山のふもとのフェリーノ村特産の"サラーメ・フェリーノ"
塩味が穏やか。キレイな味わいのサラミである。久しぶりにペレグリーノでサルミを愉しむ。

12.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
7)長期熟成の味わいを切り分けただけで
30か月熟成のもの。まずはそのままで。第2部が進むほどにどんどん生ハムが成熟してくる。薄い一片が重さを感じるほどに舌先に纏わりつく。

8)パルマでの組み合わせで
"トルタ・フリッタ"と合わせていただく。これは定番。わたしは、シェフのこの揚物"トルタ・フリッタ"が大好物だ。軽やかだけれど香ばしいものでこれ以上のものがあるだろうか!そこに熟成"プロシュート・ディ・パルマ"が纏わりつく。

13.イタリアの生ハムの王様 パルマ ジベッロ村の"クラテッロ ディ ジベッロ"
現地でも稀少なものである。"クラテッロ ネロ"。lこれは、生ハムの王者。"プロシュート・ディ・パルマ"を超える、酔いが回るような豪奢な旨みがあるのだ。その日、幸運にもメニューに乗っていたなら、追加料金を払ってでも絶対的に頼むべき逸品である!チャンスがあれば、ぜひご賞味いただきたい!

◇第3部 デザート
14.出来立ての練りたてジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
ふんわりとした空気を含んだ仕上がりになっている。最高のジェラートの香りが口中に立ち籠める。添え物はあえて横においてある。初めはジェラート単体でいただき、最後にヘーゼルナッツを混ぜていただく。

これで本日の一通りとなる。

赤甘鯛や生ハムといった高級食材も問答無用で素晴らしいが、それに加えてペレグリーノは、野菜や、小麦といった、一見凡庸な素材の旨さの引き出し方に、非凡なものがきらりと光る。このレストランは、食材を使って何かを派手に語ろうとするのではなく、何を語らずにおくかを知っている創造的な寡黙さが生きられているレストランだ。
ペレグリーノの食卓は物静かに進む。...まず、わたくしも含め、ほとんどの食べ手はもれなく、このレストランへの訪問がかなった悦びに胸膨らませて、一列に並んだ白い食卓に着席することになる。まるでダ・ヴィンチの晩餐に招かれた使徒たちのように...

そして戸外から持ち込んだ興奮を、ようやく胸元に呑み込んだくらいのタイミングで、至上のブロートが饗される。食卓の面々はまず、この一品に優しく慰められながら、胸元深く呑み込んだ興奮を徐々に解きほぐしていく。そしてその後は、選び抜かれたお魚とお肉の素晴らしい料理の連綿が続き、さらに2部において名高い生ハムの極上の連なりをシャワーのように浴び続けていくことになる...


この料理の組み立てと、料理と料理の間に差し込まれる高橋シェフの前のめり感のない料理の説明に耳朶を委ねていると、ついうっかり、ああ、ペレグリーノにやってきたという自堕落な安堵感にぬくぬくと居座りたい感覚が鎌首をもたげてくる。しかしでも、実際に饗される1品1品と正面から向き合ってみると、その安堵感に浸ることが、はしたなくも貧しい振る舞いであることがハッキリする。

というのも、仮に"自分が知っているペレグリーノ"なるものがあったとして、その傍らに、今こうしてライブで饗されているペレグリーノの1品1品を並べてみると、それが、自分が知っているペレグリーノ的なものにちっとも似てくれないからなのだ。

ブロートからはじまり、コース仕立ての第1部と生ハムメインの第2部の2部構成という大雑把な要約に対して、ライブで味わうペレグリーノは、そんな要約には収まりが付かない豊かな饗応の場としてひとのこころを震わせてくる。そしてそれがペレグリーノの最大の魅力である。では、それは具体的にどういうことなのか...

...たとえば、今、テーブルクロスの上に、茹で上げたばかりのシンプルなパスタと一杯のグラスワインが饗されているとする。

なまじ知識があると、これは、綿棒で延ばして、包丁を使って手動で切り分け、パスタと粉の風味を最大限に引き出したペレグリーノの定番パスタに違いないだろう...とすると本日これに合わせるワインもまた、かつて味わったことのあるあの芳醇なシャブリなるのだろうか...などとイメージを先行させた先読みをしてしまう。

しかしでも、実際にテーブルの上に置かれる本日のワインは、北イタリアのピエモンテのネッビオーロを使ったバローロ。しかも、バローロの中でも、ジュゼッペ・リナルディというピエモンテ地区を代表する名門の作り手のものだ。うむ。どうやらここまでの展開ですでに、さきほどの先読みが、自分勝手な勇み足であったことを受け入れざるを得ない状況に陥ってしまっているようだ...そしてさらにそれに追い打ちをかけるように、本日シェフは手切りではなくパスタマシンを使って、麺を切り分けている...果たしてこれはどういうことか。

そんな内心のざわつきと共に、いったん、この一皿のイメージを宙につったまま、高橋シェフの料理のご説明に耳を傾けつつ、饗されたパスタの一皿と、バルバレスコの一杯をゆっくりと味わっていく...と、次第次第に本日の趣向が雪が解けるように明らかになっていく。

...時節柄、本日のパスタは、芳醇な白トリュフを添えたものである。とすると、そもそも白トリュフ自体、香りが強い食材なので、そこにさらに手打ちでパスタの風味を立たせて、トリュフとパスタの良さがぶつかって、一皿の主張がぼやけることだけは避けたい。...であれば、今回のパスタは、手切りでパスタの凹凸を際立たせるのではなく、パスタマシンでさっぱり立体的に仕立てるのが正しいやり方だろう。では、これに合わせるワインはどうするか。

自己主張を抑え、さっぱりと仕上げた端正なパスタは、必然的にトリュフとパルミジャーノ・レッジャーノの存在感を際立たせるものになるだろうから、味わい、香りともに綺麗なシャブリを合わせるより、タンニンを感じさせるバルバレスコを太く合わせて、主張のある食材たちを、赤の深みのある滋味で懐深く受け止めてもら方が正しいやり方に違いない...

アルドコンテルノのシャブリは、確かに非常にリッチで活力がある。でも、なるほど、そう考えると、今日のパスタには、アルコンより、ときに"退廃した土"などと表現されることもある、石灰質感、粘土質感を感じさせるバローロを合わせる方が、白トリュフの強い存在感と似た者同士のような相性のよさを演じたててくれるに違いない...

こんなふうに、脳内に打ち寄せては引き、引いては打ち寄せる言葉たちのさざめきに耳を傾けながら、このパスタとバローロのマリアージュが演じたてる不意撃ちを、全身で受け止めるこの一瞬の躍動感がたまらない!それはまるで、ベースボールの好カードの息詰まる展開を、手に汗握って観戦している時に感じる高揚感にも似ているのだ!

...さて、「ペレグリーノ」というレストランがなぜ感動的なのか、と改めて自問してみる。

それは過去に口にしたはずのシンプルなパスタとワインの組み合わせが、目の前の料理を口にした途端、過去のイメージをするりとすり抜け、白トリュフとバローロが演じたてる石灰質と土くれとの、綺麗という表現ではとても収まりがつかない美しい組み合わせに姿を変えてしまっている、そのしなやかな変貌ぶりにこそある。そしてそこに無粋でくだくだしい説明はまったくないのもまた素晴らしいのだ。

...そもそも「ペレグリーノ」では、一皿に多くの食材を盛るということはない。また、見たこともない調理法を駆使したり、今まで扱ったことのない食材を果敢に取り入れて新規性を追求するという肩に力の入った姿勢もみられない。そういう意味でいうとペレグリーノが好む食材というのは、ある程度限られているといえなくもない。でも、季節とその日の湿度を見て扱う食材の産地を変えたり、食材の組み合わせや火入れや調理の匙加減を微妙に操って、毎回これまで見たことのない食卓の風景を、食べ手の目の前に見事な手際で繰り広げてくれる。それが、このペレグリーノというレストランの素晴らしさなのだ。

2020年12月19日(土)。本日は、そのペレグリーノ醍醐味に照明をあててレビューしてみたい。一見完成されているように見えるペレグリーノが、毎回豊かに不断の"再生"を生き続けていることにフォーカスして、以下出来るだけ丁寧にレビューを書き進めて見たいのだ。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【初めの料理】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
さあ、まずは冒頭で若干触れた1品目の珠玉のブロートだ。

澄み切ったブロート。水と身ごとまるごとの軍鶏だけを塩も入れずに、一度も沸騰させないで、延べ24時間火入れして旨みを抽出したものです、と冒頭にシェフからご説明がある。そして火入れのあと、スープを綿で優しく濾して、冷ましてから、もう一度土鍋にとって、優しく香りが飛ばないように火入れしているとのことだ。さらに今日は寒いのであえて80度まで温度を上げて、最後に少し塩を入れて味を整えて饗しているとのことである。

このブロートは、ペレグリーノの定番といってもよいくらいの一品だけれど、しかしでも、今しがたさらっとメモした、"長野県産伊那産ぎたろう軍鶏"や、"24時間"というキーワードは、実は毎回、ペレグリーノの工夫の坩堝の中で、流動的なキーワードなのである。

たったカップ一杯のブロートだけれど、食材と調理技術を、毎回細かく微調整して、安定ではなく"再生"を追求するシェフの指先の妙が冴え渡る逸品であるという意味で、これはペレグリーノの定番料理である。

...そして、ブロートを半分くらい飲み干したところで、シェフがブロートの中にトリュフをスライスしてくださる。糸を引くような鶏の美しい余韻を、トリュフの太い香りが包み込み、円柱形の小さなカップの薄い飲み口を色濃く太く縁どっていく。

2.【前菜】京都より 鱸の紀州備長炭火焼 根セロリのピュレアと共に
2週間寝かせた京都産の5.6kgの鱸。...しかしでも、シェフが炭火に当てている時点で漂ってくる鱸の力強い香りはどうだろう!はちきれんばかりにイキのよい鱸だ。

饗された一皿の鱸はミディアムレアな仕上げ。そしてお魚に寄り添うように青森県産のセロリを水と塩だけで柔らかく煮て、ピューレ状に滑らかにしたピュレアが添えられ、そこにイタリア産のラ・ロッカ ガエタオリーブがごろりと朴訥によりそっている。さらに、その奥手には、北イタリアのベネト産の良質なオリーブオイルが多めに添えてある。

ペレグリーノの魚料理は(この後の白甘鯛もそうだけれど)、とにかく素晴らしい。最上級のお鮨屋さんに匹敵するくらい、魚が香りのものであることを実感させてくれるのが、ペレグリーノの魚料理である。

3.【白トリュフを感じる料理】フランス産鴨フォアグラの"ティエピド" 徳島鳴門里浦町より"里むすめ"との組み合わせ、白トリュフと共に
ここで、イタリアの三大シャルドネ、アルドコンテルノのシャルドネ・ブッシアドール。

お料理の方は、ペレグリーノが移転前から作り続け、毎年少しずつマイナー・バージョンアップをかけ続けている一品。フランス産の鴨フォアグラのテリーヌ。フォアグラは、実に良質な香り高いフォアグラである。
そのフォアグラの下には、徳島県、鳴門市里浦町からの"里むすめ"を熱々にローストして、皮を剥いたものを載せている。いま徐々にフォアグラに芋の熱がじんわりと伝わっているところだ。

そして、上には、やや存在感がある厚さで大ぶりなスライスしたトリュフが3枚ほどのっている。

上からスッと小さいバターナイフで刃を入れて、フォークでトリュフ、フォアグラ、芋を包み込んでいただく。芋の熱が通ったフォアグラと、上に乗った白トリュフの食感を同時に愉しむ。トリュフは、薄く細かく削ったときの立ち騒ぐような華やぎは影をひそめ、静かでしっとりと湿り気を帯びた面持ちだ。フォアグラは塩だけで火入れしてテリーヌにしたもの。ピュアだけど、しっかりと味がある。

"里むすめ"の自然の甘さが包みこむこの湿り気を帯びた艶のある逸品を、シャブリの豊かなミネラル感で味わう至福...素晴らしい。

4.【魚料理】熊本天草より 白甘鯛、北海道産無農薬のポロ葱との組み合わせ
甘鯛は、レンゲですっと入るくらいの柔らかさである。そしてポロ葱。うん、この葱はかなり存在感がある。そしてフルーツトマトの酸味がアクセントになっている。葱の強い甘さと、"清澄"という言葉を汲み上げたような甘鯛の味わいのマリアージュを、聞き耳を澄ますようにゆっくりと愉しむ。

ポロ葱は塩と水でじっくりと炊いて、葱の甘さを引き出した後に、鍋に水分を足してあたためて、蒸気が出始めたあたりで、魚と合わせて葱の出汁で仕上げているそうだ。

これは旨味の塊のような逸品である。熊本天草で上がる甘鯛は脂がのっているので、最後にイタリアの白ワインビネガーを少し入れて、味を締めてバランスを取っているとのこと。まさに、九州は食材の宝庫だ。

5.【パスタ料理】手打ちパスタ "タリオリーニ" ピエモンテ アルバの白トリュフと共にシンプルな仕立てで
ここで、最前レビューした素晴らしいパスタが饗される。

6.【旬料理】鹿児島より網どりされた真鴨雌のブラーチェ(炙り焼き)、イタリア産アーティチョーク、北イタリア伝統のサルサヴェルデと共に
ここにも、本日のペレグリーノの工夫が冴えわたっている。今回は、生ハムのコース内容とのバランスを考え、肉料理は通常より1品多い組み立て(鴨ジビエと牛フィレ)となっている。(本日は珍しくクラテッロ・ジベッロの入荷がないとのことだ)

まずは最初の鴨の一品が饗される。鴨は鹿児島県産の網撮りされた雌の真鴨である。食材のレベルとしては一級品である。その炙り焼きにイタリア産のこの時期一番灰汁が少ないアーティチョークを、なにもマスキングせずにピュアに鍋で乾煎りしたものを合わせ、さらに北イタリア伝統のパセリベースのサルサヴェルデを添えている。

乾煎りしたアーティチョークはまるで茹でたての枝豆みたいにふくよかで香ばしい。そして、問題の真鴨のブラーチェだ。わたくしは鴨の炙り焼きで、ペレグリーノの右に出る店を知らない。ジューシーに仕上げる絶妙な火入れで、まるで飲み物のような艶やかさがあるのだけれど、本日の鴨の火入れは少し違う。

ジューシーさより、鴨の野趣あふれる鶏の主張の方が強いのだ。皮目にいつもより強く火入れすることによって、焔立つような鴨本来の存在感が押し寄せてくる。そしてそのジビエの野趣ともいうべき香りの周辺を、枝豆のようなアーティチョークの香りが立ち騒ぐ、そんな一皿である。

このジビエ本来の薫香を立たせた工夫がどんな意味を持っているか、次の牛フィレの炭火備長ん焼きをいただくことによって、明らかになる。

7.【肉料理】熊本和牛フィレ肉の紀州備長炭火焼き、宮城産 旬のイタリア野菜 ブンタレッレのインサラータ添え
熊本で育てられたA5ランクの黒毛和牛。赤牛ではない。どのくらい赤身の質が良いかを業者と細かく打ち合わせて仕入れたものとのことだ。紀州備長炭炭火焼き。付け合わせは、宮城県産イタリア野菜、プンタレッレのサラダ仕立て。

肉には特製のソースを焚きつけながら焼いているので、一皿に仕立てるにあたって別途ソースを添えることなく、代わりに少しだけのアクセントとして、台湾の先住民が山で昔から栽培している山の胡椒マーガオが皿に散らされている。

牛フィレは炭で燻された炭火焼独特の香りを纏っていて香ばしい。藁のコーティングではなく、あくまで炭である。火入れの際に、焼き台の狭間から真っ赤な炭にこぼれて、炭の表面で焼かれた香ばしい肉の脂の香りが、再び炭熱と共に上昇し、焼き台の上の牛フィレを包み込んで肉の薫香をさらに豊饒なものとする。これこそ炭火焼の醍醐味だ。

炭火でコーティングされた牛フィレ肉を一口頬張ると、牛フィレそのものの旨みと香りで口腔が溢れかえる。

先ほどの鴨、そしてこの牛フィレと、肉としての存在感を際立たせた今回の組み合わせの工夫が面白い。いつもより少し火入れを強くした鴨と、牛フィレの備長炭焼きと合わせることにより、鳥と牛という2種の肉のタイプの違いを愉しんでもらおうといういつものペレグリーノとは少し違った趣向である。まためぐり合う可能性があるとは断言できない、今日この日のペレグリーノの工夫(ファインプレー)に心が震える。

さぁ、ここから以下がお待ちかねの第2部である!

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションを順番に
8.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート" ※質感、食感、味わいの楽しみ
味が淡いものから順次濃いものを饗していくのがペレグリーノの生ハムコースのスタイルである。
最初は、味の繊細な"プロシュート"。22か月熟成のものになる。ペレグリーノでは若い部類に属するけれども、作り手が北イタリアのサンダニエーレ産の生ハムで、あんまり熟成に塩を使わないで仕上げているので、22か月と若くても、パルマのプロシュートと比較して柔らかい味わいのものになるとのご説明がある。

こちらを、3度にわけていただく。まず第1周目。こちらはごく薄く切ったものを、できるだけ熱を伝えないよう、手の甲で受け止めて、間を置かず即座に味わってもらうようシェフからご案内がある。一口でいただくと、雪のように淡く、くちどけがよくて、最後にハムの香りが舌先にほんの少し残って消える。美しい。

続いて第2周目。今度は、同じ薄さのものをちょっとに変化をつけていただく。一般的にオリーブオイル・テイスティングをするときは、手をお皿に見立て、少し手を揉んで掌に熱を持たせたところにオイルを1滴載せて、手にうっすらオイルを馴染ませてからテイスティングする。この2周目は、そのオリーブオイル・テイスティングの要領で、軽く熱を持たせた掌の方で生ハムを受け止めて、少し時間をおいてからいただく。先ほどと比較して、香りといい味わいといい、ハムそのものの存在感がずしりと豊かに花開いたように感じる。

この手の甲と掌と両方を使い分けた生ハムのいただき方にも、ペレグリーノの工夫がある。手の甲で受け止めた方は、生ハムの純粋な風味を損なわないよう、手の熱を伝えない工夫が感じられるし、掌で受け止めた方は、まるでおにぎりみたいに、たなごごろのやさしさを生ハムに通わせる工夫が感じられる。

最後には、小さなココットで炊きあがったばかりのお米と"プロシュート"をお鮨のように巻いた一品。お米は、今、火から外したばかりで蒸らしもなにもしていない。だから、外側は少し粘り気があって、中心はまだ歯ごたえを感じるような仕上がりになっている。イタリア料理のリゾットのような感覚で味わえる一品だ。お米は遠野4号。昔から品種改良を施していないお米である。

米自体の旨さ、そしてしっとりとしたリゾット感を、"プロシュート"が極上の質感と香りで包み込む。この3回の工夫によって、たったひとつの"プロシュート"が、クレッシェンドのような音階の高まりを見せながら食べ手を包み込んでいくのだ。

9.ボローニャ特産 "モルタデッラ"
ペレグリーノの"モルタデッラ"は絶品である。旨みが詰まっていて素晴らしい。化学調味料が一切入っていないのも特徴だ。ソーセージの最高峰といってもよいこの逸品を掌でいただく。これにはランブルスコ!といいたいところだけれど、昨今なかなかいいものが入らないそうだ。でもやはり"モルタデッラ"に相性のよい良質な美発砲のワインをあわせていただく。

続いては、トリュフを"モルタデッラ"で巻き込んだものがサーブされる。一口で口に含むと、"モルタデッラ"の最上のソーセージの香りの後を追いかけるようにして、トリュフの香りが追いかけてくる。本日のトリュフは圧倒的に香りが強い。

10.トスカーナ産の チンタセネーゼ黒豚の"ラルド"
黒豚の脂身であるけれど、こんなに美しい脂身をいただけるのはペレグリーノだけである。脂というより、白身のような透明感と味わいの奥行きがあるのだ。

11.トスカーナ コロンターナ村の 豚頬肉の生ハム "グアンチャーレ" ※リグーリアでの定義に基づいて作られた、フォカッチャに乗せて
2種類の"グアンチャーレ"のフォカッチャのせ。
フォカッチャはリグーリアでの定義に基づいて作られた、焼きあがったばかりの自家製フォカッチャだ。ペレグリーノでは、インカの眼覚めをふんだんに練りこんだ甘みの立ったフォカッチャを作る。ここに2種類の"グアンチャーレ"をあわせていただく。

ひとつは、脂と赤身が夾雑した、また先ほどの"ラルド"と違った食感・脂の溶け具合の"グアンチャーレ"。少し茜射す美しい"グアンチャーレ"だ。仄かに豚の赤身を感じさせる一品である。

もうひとつは、中部イタリアトスカーナの白豚の頬肉の生ハムの"グアンチャーレ"。これはとろけるように自家製フォカッチャの香ばしさととまぐわう。

12.エミリアロマーニャ パルマ産"プロシュート・ディ・パルマ"※パルマでの組み合わせで
36か月熟成のプロシュート・ディ・パルマと揚げパイのトルタフリッタの組み合わせ。空気を包み込んだフリッタの薄さが引き立たせる小麦粉の香ばしい風味。そこにふわりと最高の生ハム。

13.フィナーレ 出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ" 秋の特選の組み合わせで
白いジェラートの山の上にふんだんに栗を組み合わせたモンテ・ビアンコ。モンテ・ビアンコ=モンブランはもともと白い山という意味。9月末に収穫した栗を長野小布施で低温の熟成庫で1か月以上寝かせて糖度をましたものをオーブンでじっくり3時間火入れして、自然の栗の旨みだけをだしたもの。砂糖は一切加えていない。

栗をたっぷりとのせている。栗の風味が素晴らしい。ペレグリーノのドルチェは一級品である。

これで本日は一通りとなる。...これがペレグリーノの食卓の風景である。少し長いレビューになってしまったけれど、もし仮にほんの少しでもこのレストランの素晴らしさがお伝えできたなら幸いである。大げさでもなんでもなく、このレストランのレビューを書かせていただくことはわたくしの生きることの悦びのひとつであるのだから。
毎回襟を正して身構えていっても、実際卓について料理を口にした途端、あっという間に武装を解かれ、至福の時空へと連れて行かれてしまう珠玉のレストランというものが存在する。

わたしにとって、それが「ペレグリーノ」である。「ペレグリーノ」で過ごすひととき。...それは、幾重もの手間ひまからこぼれ落ちた最高の食材の旨味を、数時間かけてゆったりと受け入れる実に優雅な時間なのだ。


2020年7月14日(火)12:00。素晴らしかった初の"昼ペレ"の体験について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【ちいさな一品】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
長野県産の"ぎたろう軍鶏"という旨みの強い軍鶏。水と軍鶏だけで、一度も沸騰させることなく30時間以上煮た、澄んだ味わいのスープだ。こちらを、味と香りが壊れない60度に保って丁寧に饗していただく

...美味しい。ふわりと鼻先に良質な香りが漂ったかと思うと、スープが岩に沁み入る清水のように、すーっと喉元から胃の腑へと落ちていく。一片のササクレもない美しい逸品だ。

2.【メニューにない素敵な逸品】北海道の噴火湾で定置網で獲れた生の鮪
生の鮪。ぽつんと添えられているソースは北イタリア伝統のパセリを主体として酸味を効かせた"サルサヴェルデ"。ソースはほんの少量だけ添えられ、鮪の甘みの強い部分を引き立たせる工夫がなされている

もうひとつの分厚めの切りつけは、"かま"と"トロ"の間の身のしまった部位。これは、ソースをつけずにそのままいただく。
この小さな一片(ひとひら)で、赤身と脂が、手を取りあって鮪の旨味を謳いあげている

...ちなみに「ペレグリーノ」のカトラリー(対象はスプーンとフォーク)は、すべて琺瑯(ほうろう)の誂えとなっている。金物ではなく、琺瑯(焼き物)を使うことで、食材の味や風味に微細な金気臭が移ることがないようにとの配慮である。

3.【季節の前菜】長崎壱岐の赤うに、自家製のライ麦パンとの組み合わせ
焼きあがったばかりのライ麦パン。赤うには、メニュー表記は"長崎壱岐"となっているが、今朝の仕込みのときの目利きで、より旨みが強い"佐賀唐津"のものに差し替えられている。嬉しい配慮だ。

赤うには、茜射す夕陽の色調を帯びていて、こってりと濃厚な味わいがある。そしてその後味は、消え入りそうな渋みがいつまでも舌に残る最高級品である。こういうものに触れると、海苔など余計なものと合わせてしまう愚をひしひしと感じる。

4.【季節の料理】福井より 黒鮑のロースト、鮑の肝とネッビオーロのピュレア、バジリコ風味
福井県の黒鮑。肉厚のものを選んでいるけれど、かまぼこのような蒸した歯切れのよい食感はない。限りなく生に近いものをフライパンでシンプルにバターでソテーしたものである。

噛み締めるたびに、濃縮した牛乳を、潮の香りで包み込んだような風味が口中に広がる。肝の滋味との相性は抜群である。そこにイタリア産のズッキーニと小さなバジルがアクセントとして添えられている。

5.【イタリア料理】愛媛宇和島より脂の乗った白甘鯛の紀州備長炭火焼き イタリア産カルチョーフィのブラッザート添え
ミディアムの火入れ。香りが高く旨味がパチッと決まっている。この料理も見事なまでに無駄な付け足しがないまさに、ここしかないという着地点で繊細に震えるような感度を食べ手に伝えてくる高橋シェフの白身魚の凄さは常に進化を続けている

6.【野菜料理】京都産赤万願寺とうがらしのペペロナータ、北海道産のフレッシュリコッタと共に
ここで、メニューの入れ替えがある。メニュー上、次はパスタの順番なのだけれど、その後にラインアップされている野菜料理と順番が入れ替えられる

...「ペレグリーノ」にお伺いすると、毎回、シェフにワインペアリングをお願いするのだけれど、時に、ライブならではの意想外の偏差が生まれることがある...

饗されるワインの進み具合によって料理の相性との間に微妙な誤差が生まれ、メニューのラインナップに微妙な揺さぶりがかかるというわけだ。

これは、まるでジャズ・セッションみたいに、音が微妙にずれて、いつしか計算されていない即興プレーに入り込んでいく躍動感にも似ている。これも「ペレグリーノ」の醍醐味のひとつだ

...この日、この6品目を饗するタイミングで饗されたのは、バルバレスコ。ブドウ品種は、バローロと同じネッビオーロであるけれど、バローロが丸みがあるのに対して、バルバレスコはとてもエレガントこれは、パスタよりも野菜料理の方が相性がよいということで、素早くメニューを入れ替えたというわけだ

この野菜料理は、きわめてシンプルな料理。11月くらいまでが旬の京都産の完熟した赤万願寺唐辛子。色鮮やかである。苦みも辛味もない。これを、極低温のオーブンで、焼きの香りが付かないように細心の注意を払って1時間強焼き上げる

赤万願寺唐辛子そのものの旨みを出そうとする「ペレグリーノ」の工夫である。これに、北海道のフレッシュリコッタと少量のフランスの塩をシンプルに合わせている

赤万願寺唐辛子は優しく甘い。これにフレッシュリコッタの獲れたてのような瑞々しさが、一皿を驚くほどさわやかにまとめ上げる。バルバレスコのエレガントさと相俟って、的確なメニューの入れ替えに改めて舌を巻く

7.【パスタ料理】手打ちのパスタ ごくシンプルなブッロ・エ・パルミジャーノ和え
...今回、この一品がとにかく凄かった!

一言でいうと、パスタの原点ともいうべき逸品である手打ちのパスタに、発酵バターと、パルミジャーノ・レッジャーノをあわせただけのシンプルなパスタである。これを琺瑯のフォークとスプーンでいただく。

まず、手打ちならではのパスタの凸凹感がよい。舌触りがざらっとした向こう側に小麦の香りが的確に感じ取れる。そしてそこに濃密なパルミジャーノ・レッジャーノが絡みつき、あわせて高い香りを放ちながら、陽の光みたいな陽気な発酵バターが、パスタとパルミジャーノのマリアージュを誉めそやすように口中に溶けるのだ

...ひょっとすると、お読みいただいている方の中には、あの"カルボナーラ"や"アマトリチャーナ"の原型として名高い"カーチョエ・ペペ"を想像される方もおられるかと思う。でも、この「ペレグリーノ」のパスタはまったく別物だとお断りしたい。"カーチョエ・ペペ"は、トンナレッリ(四角いロングパスタ)にチーズを合わせて、黒コショウをふんだんに振りかけていただくラツィオ州の名高いパスタである。

チーズとパスタでシンプルに仕上げられているという点では、この「ペレグリーノ」のパスタと共通点はあるけれど、まずそもそも使われているチーズが異なる。"カーチョエ・ペペ"が、羊乳を原料とした、やや塩辛さの立ったペコリーノ・ロマーノを使用するのに対して、「ペレグリーノ」で使われるチーズは、バランスの良いパルミジャーノ・レッジャーノである。

それに何よりも異なるのが、黒コショウの有無である。"カーチョエ・ペペ"の名前の"ぺぺ"(pepe)=胡椒に示されるように、"カーチョエ・ペペ"には胡椒が必須である。濃密なチーズの味わいと、エッジの効いた香辛料の力強い風味を混然とさせるのが、"カーチョエ・ペペ"のパスタの特徴である。塩味と小粒なパンチのある胡椒の刺激を際立たせたパスタが"カーチョエ・ペペ"の特徴なのである。

これに対して「ペレグリーノ」のこのパスタは、塩味や香辛料のような夾雑物の混在を一切拒んで、パスタの旨味とチーズの旨みを純粋に追求したものになっている"カーチョエ・ペペ"と「ペレグリーノ」の手打ちパスタとは、そもそも向かおうとしている目的地が異なる。...わたしは、個人的にこの「ペレグリーノ」の手打ちパスタを"カーチョエ・ペレ"と呼びたい!

そして、併せて強調しておきたいのが、手打ちパスタに合わせていていただいたワインの素晴らさである。合わせていただいたのは、北イタリア ピエモンテの3大シャルドネとよばれる、アルドコンテルノという造り手のシャルドネ・ブッシアドール

白ワインであるが、非常にリッチで活力がある。ひとくちいただくと非常に太い存在感がドンとくる。そして、その後、長い余韻がどこまでもずっと続いていく雑味を削りとったシンプルなチーズのパスタに、このワインのマリアージュを想像していただきたい!このマリアージュは、食べ手を至極の境地に誘ってくれる

こういうワインと料理の至極のマリアージュと出会うと、お酒が飲めない人が本当にかわいそうだと思ってしまう。

...ところで、これまで「ペレグリーノ」では、パスタはパスタマシーンを使って作っていた。これをこの6月からシェフの工夫で手打ちに切り替えたとのこと。パスタマシーンを使えば、金属で衣と味が失われると思い、このコロナ禍の2か月間(4月、5月)のお休みの期間を利用して、試作を繰り返されたそうだ。

「よっぽどのことがなければ、うちの店ではこれを出し続ける」とシェフはおっしゃていたが、その自信のほどを圧倒的に感じさせる驚きの手打ちパスタであった

...この手打ちパスタから受けた感動を他のものに例えることができるだろうかと、しばし自分の過去の経験をまさぐってみる。...第1感で脳裏にふっと浮かんでくるのは、とある一匹の可憐な鮎である。

この日本には"金鮎"と呼ばれる至宝の鮎が生息している。これは、青森で獲れる市場に出回らない鮎で、尽きることのない白神山地の原生林の水脈が育む美しい苔を一年中食んで育つ鮎である。この鮎は、太古の昔から生息し、現在の日本の鮎の原型といわれている。

見た目も通常の鮎のようにゴツゴツしておらず瀟洒で美しい。そしてひとたびそれを炭焼きにして食べれば一抹の雑味もなく、柔らかな身質から万華鏡のような緻密さで口中に鮎の旨み全てが口中に溢れ出すのだ。

鮎の原初体験。それを感じさせてくれる点で、非常に感動的な鮎なのだけれど、今回の「ペレグリーノ」の手打ちパスタは、わたしにとって、この太古の鮎から受けた感動と極めて似た感動を与えてくれたことを言い添えておきたい

...冬場、この手打ちパスタに白トリュフがかかったものも是非ともいただいてみたい!

8.【メイン料理】静岡御前崎から 羽太(ハタ) 伊産サマーポルチーニ茸のローストと共に
素晴らしい火入れである。塩加減といい絶妙である。

ポルチーニというと秋のイメージがあるけれど、このサマーポルチーニは飛び切り素晴らしかった。香も高き王者の風格を備えた秋のポルチーニと少し趣が違うけれど、若武者のような瑞々しく峻烈な存在感にひとしきり好感を持てた

...この1週間後、美樹さんのレストランにもお伺いしたけれど、美樹さんも、今年今時期のポルチーニを絶賛されていた!

さぁ、ここから以下がお待ちかねの第2部である!

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションを順番に
9.まずは第2部の幕あけに最適なお楽しみの一品を用意
まず1品目に、新潟県の"カガヤキ農園"の新鮮なトウモロコシを水と塩だけでスープにした冷静スープが饗される。

ひと匙いただく。...うん。言ってみれば、これは第1部冒頭の"ぎたろう軍鶏のブロート"と双生児の姉妹のように似ている一品である。

...無論、似ているといっても、素材や味が似ているわけではない。使われている食材は全く異なる。でも、この2品の料理には同じ血液が流れていることが最初の一口をいただいただけで伝わってくるという点で、双生児の姉妹みたいな印象を受けるのだ。

トウモロコシを水で煮出したスープを、金属の網で濾すと、金気臭さが移ってしまうので、ネルドリップみたいに綿の布袋で丁寧に濾している。雑味を徹底して取り除いて抽出した逸品なので、高橋シェフの"手間は足し算、味は引き算の哲学"が冴えわたっているという点で、"ぎたろう軍鶏のブロート"と双生児の姉妹のように似ているのだ

そして、ひと口いただいたときに感じる素晴らしい甘さ。これ以上の甘さはないのではないかという甘さである

10.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート" ※質感、食感、味わいの楽しみ
シェフから、掌ではなく、手の甲で受け止めることをお薦めいただく。よく和食の料理人などが、味見をする際に手の甲で受け止めるシーンを見かけるけれど、それにはちゃんとした理屈がある。掌は汗の線があるので、微妙に味が変わるというのがその理由だ。

「ペレグリーノ」でも、より純な生ハムの味わいを味わってほしいという想いから、手の甲で受け止める方式に切り替えたとのことである。こういう細部の配慮が高橋シェフならはの工夫である

"プロシュート"は旨い。生ハムの程よく脂の乗った滑らかな艶めかしさと香り。これが"プロシュート"の醍醐味である

手の甲でいただいた後に、今度は炊き上げたお米を"プロシュート"でくるっとくるんだ「ペレグリーノ」の"握り"を饗していただく。
これが凄かった!このメニューは、以前から「ペレグリーノ」のスペシャリテであるけれど、今日のものは以前のものと全く違う印象を受けた

お米はこれまでと同様に、岩手県遠野市の遠野4号というお米。ただし炊き加減が今回は違った。これまでのものは、どちらかというと、柔らかいリゾットっぽい仕上げになっていたが、今日のものは、しっかり目の炊き上げで、一粒一粒のお米からしっかりとお米の旨みが感じ取れる一品に仕上がっていた。これには新鮮な驚きがあった

11.ボローニャ産 "モルタデッラ" ※温度の違いを味わって
世界最高に繊細な味わいのソーセージである。化学調味料が一切使われていない。香りを愉しむ逸品である。これを、手の甲と温かいお皿で熱を入れたものと比較していただく。

手の甲でいただいたものは、若々しい鮮度で迫ってくるのに対して、熱を通したお皿のものは、脂質が赤身に程よく溶けた妖艶な存在感と、世界最高のソーセージの香りで食べ手に迫ってくる

12.トスカーナ シエナ産 チンタセネーゼ黒豚背脂の生ハム "ラルド" ※濃密な味わいの季節の野菜と共に
季節の野菜には、夏野菜の茄子が使われている。「ペレグリーノ」を訪問された方はお分かりいただけると思うけれど、ここは年間を通して、野菜や果物と生ハムの合わせが秀逸である。(秋口のペルシューと完熟イチジクの合わせなど最強である!)

これも茄子の力強い瑞々しさと、"ラルド"の香りが最高のマリアージュを演じたてる

13.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ" ※パルマでの組み合わせで
熟成加減が深い"プロシュート・ディ・パルマ"が饗される。ここに合わせるのが、太白胡麻油で揚げたトルタフリッタである。この組み合わせは罪なほどに旨い!「ペレグリーノ」の生ハムの饗宴は、徐々に味わいが深く濃密になっていくのが醍醐味である

14.パルマ ジベッロ村特産 イタリアの生ハムの王様 "クラテッロ ディ ジベッロ" ※極少量生産の パルマ黒豚 で造られたvery special versionでのご用意
...ここで高橋シェフに、本当に感謝をしないといけないことがある。"クラテッロ ディ ジベッロ"のパルマ黒豚というのは、年間に何本も入ってこない稀少品なのである。過去の訪問を振り返ってみたら、ここ5回くらいは全て"クラテッロ ディ ジベッロ"はパルマ黒豚"でご提供いただいているのだ!シェフ、本当に本当にありがとうござます!

本日の"クラテッロ ディ ジベッロ"も最強であった

"クラテッロ ディ ジベッロ"は、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、豚の膀胱に詰めて吊るして作る。クラテッロ地方は湿地帯で湿り気の多い土地のため、豚の膀胱の外側にカビを繁殖させ、菌をまとわせて中に影響が及ばないように熟成させるのだ。

そして、戻す際には、黒豚のもののみ、バローロを使って戻すこだわりようだ。

毎回、平焼きパン"チャバッタ"といただくけれど、まず深みがある。美しい。その美しさは、王侯貴族のような傲慢な揺るぎのない圧倒性を獲得しているように思う

15.フィナーレ 出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ" 最適な組み合わせで
最後に、「ペレグリーノ」の最強のジェラートで締めて一通りとなる

...毎回「ペレグリーノ」は凄い。でも、今回は"禍"でお休みされていた分の迫力のようなものを感じた。そしてなにより凄いのは、高橋シェフの、今日より明日をよりよいものにするための細かい工夫が随所に抜かりなく張り巡らされている点なのだ。

物静かな人ととなりとは異なり、高橋シェフは、間違いなく"運動"のひとであり、日本最高の料理人であることを確信した昼のひと時であった

「ペレグリーノ」。...ここは、"味は引き算、手間は足し算"の創造性が、寡黙に美しく結晶された稀少なレストランである。普通の感覚であれば、調理の過程で安易に味を足していってしまうところを、味の足し算を頑なに禁じて、その代わり、気の遠くなるような手間をかさねながら、素材のここしかないという一点にまで旨味を引き出して、そっと優しく提供される一皿一皿。

..."ぎたろう軍鶏のブロート"にしても、"穴子と白アスパラガスのロースト"にしても、"鴨胸肉の紀州備長炭焼"にしても、そして名高い生ハムの連なりにしても、すべての料理が、純白な皿の上で繊細に震えている。


2020年2月28日(金)。「素晴らしい」という評価が追い付かないことに、いつも苛立ちを覚える「ペレグリーノ」体験について、以下詳細に書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース

1.【初めのおつまみ】エミリアロマーニャで日常的に食べられる ニョッコ・アルフォルノ
シェフの修行先のエミリアロマーニャ州で日常的に食べられるおつまみ。パンの中に伝統的なハムを練りこんで作るが、本日は、ラルド(背脂の肉)とプロシュート・デ・パルマを使って、自家製の天然酵母とともに発酵させて作ったものとのことである。ニョッコは、開店直前で焼き上げて、少し温めたものだ。

柔らかい香りがあって、空腹に沁みる。

2.【ちいさな前菜】長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出したブロート
旨味の強い軍鶏を、身ごとまるごと一羽煮出してつくった澄んだ味わいのスープである。水と軍鶏だけで、一度も沸騰させることなく、延べ20時間以上煮詰めて旨みを抽出したもの最終段階で少し塩を加えて味を整えたものとのことだ

シャンパーニュとの相性が素晴らしい。

「ペレグリーノ」はこれだけの名店であるにも関わらず、試行錯誤を止めない。個々の食材のみならず、鍋を変えてみたりと、試行錯誤を繰り返しているという。この謙虚さが、この店の屋台骨なのだと思う。

3.【季節の野菜料理】イタリア産 ピゼッリ(グリーンピース)のスフォルマート、スペアミント風味
たったいま焼きあがったスフレとのこと。イタリア産の今が旬の野菜、ピゼッリ(グリーンピースに近いもの)は、しっかりと旨みと甘みが凝縮された青野菜だ。これを塩と水で調理した後に、ピューレ状にした後、卵黄、卵白と合わせてさっくりと焼き上げてスフレ状にしたもの。("スフォルマート"とは、スフレのことである)

スフレの上には、さわやかな側面をだすためにスペアミントを刻んで乗せて、さらにさわやかなソフトクリームを乗せてある。

これは、「ペレグリーノ」ではじめていただく味わいである。青い香りを愉しむ。


4.【メニューにない今日のペレグのおすすめ!】穴子と白アスパラガスのシンプルなロースト
季節の食材とのことで、メニューにはない穴子のローストを出していただく。フランスロワール産の白アスパラガスのローストと長崎県、対馬産の穴子のローストの組み合わせだ。

別々にローストして、味付けも別々にしているとのことである。そこにオリーブオイルとビネガーをあわせたソースをほんのちょっと添えてある。後半に少しつけて味わいの変化を愉しむ。

イタリア料理にあまりないけれど、香りと、身の弾力を愉しんでいただければ...とのご案内である。

これが見事というほかない逸品であった!これを食せば、ひとは穴子の臭いが、穴子の旨みを閉じ込めた絶品な"香り"に変わっていることに深く感動することに間違いない。

調理法は、そのまま焼いただけで、あとは塩加減でだけで出しているとのことである。これこそ「ペレグリーノ」の真骨頂である!


5.【前菜】北海道上ノ国より牡丹海老の繊細な調理 イタリア産 冬トリュフとの組み合わせ
これは、日本の誇るべき繊細な甘すぎない和菓子を思わせる逸品であった。

北海道の"インカの瞳"(有名な"インカの眼覚め"ではない!)というジャガイモをピューレ状にしたものの上に、同じく北海道の牡丹海老に繊細に火入れしたものが添えられている。そしてその上からイタリアのフレッシュな冬トリュフトリュフがふんだんに振りかけられている。

"インカの瞳"はそれだけで食べるとサツマイモみたいに甘みが強いので、塩と水で少し溶いて延ばしたもの、とのことだ。
牡丹海老の甘みと"インカの瞳"の甘みのマリアージュを存分に愉しむ。


6.【魚料理】熊本天草よりスジあらのロースト 北イタリア伝統のサルサヴェルデをアクセントに
熊本天草の5kgから6kgの良質な"スジあら"を2週間寝かせて、最高の旨味を身肉にかちっと装填(そうてん)した状態で、紀州備長炭で外側を軽く火入れして、身肉はミディアムレアで仕上げた逸品である。

「ペレグリーノ」で魚料理というとどうしても白甘鯛を思い出してしまうが、こちらもなかなかに素晴らしい。白甘鯛のような豪奢で王様のような風格はないけれど、森深き朝まだきの湖面に、針の先ほどの樹木の雫がぽたりと落ちたような静謐(せいひつ)で楚々とした佇まいが心に刺さる!

7.【特選パスタ】手打ちパスタ タリオリーニ 鹿島産ハマグリとフランス産 遮光栽培で葉を軟化させたタンポポ"ピンサリ"和え
ハマグリは、2種類の仕立てだ。ひとつは藁で燻したものを細かく刻んでソースにしてある。もうひとつは、そのままのハマグリのオリーブオイルでじっくりとオイル煮にしたもの。そこに"ピンサリ"を添えて、上からパルミジャーノ・レッジャーノをふんだんにふりかけてある。付け合わせにはアメーラトマトの小さいものが添えてある。

ハマグリを炙ったスモーキーな感じがすっと鼻腔に漂う。ただし、全部炙ってしまわないでオイル煮も添えられているためハマグリそのものの風味もしっかりと感じる。貝類にパルミジャーノ・レッジャーノを添えるのは去年からやってお客さんに受けがよかったのでやっているとのことだ。

ペレグのパスタは抜群に旨い!


8.【肉料理】鹿児島より雌の尾長鴨 胸肉 紀州備長炭焼 イタリア産 アーティチョークのブラッザート添え
色見は赤く生っぽく見えるけれど、本当のレアの仕上げで、きちっと芯まで火入れしてある。添えてあるのはアーティチョーク。自家製のソースを吹き付けながら焼いている。左手前に添えてあるのは台湾の山胡椒(マーガオ)である。

ペレグリーノでは鴨は雌のものしか使わない。脂がのったもののみを仕入れているとのことだ。しかしでも「ペレグリーノ」の鴨は、悩ましいほどに艶めかしい。そしてその艶めかしさに山胡椒(マーガオ)がきらめく。

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーション
さぁ!ここからが生ハムタイムである!生ハムの連なりは、味の淡いものから強いものに遷移していく...

9.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート"
最初は、一番繊細な味わいのサンダニエーレ村の"プロシュート"。これは掌で味わう。繊細で優しい。瞳を閉じて味わいたい。
24か月の熟成加減のもの。羽衣のような"プロシュート"から漂う優しい味わいと、ランブルスコの相性が素晴らしい。

10.サンダニエーレ産の"プロシュート"をココット米で巻いて、握り風に
お米の粒がたっていて、途方もなく柔らかく旨い。炊き立てのお米の熱気で、プロシュートの脂が融点に達し、お米の旨みと生ハムの旨みが融合する。

11.ボローニャ産 "モルタデッラ"
添加物一切なし!エミリア・ロマーニャ州の最良のモルタデッラ。これが好きなんだ!世界最強のソーセージである。香りと余韻を愉しむ逸品。

まずは掌で受け止めていただく。これは切りたての生々しい迫力に強かにやられる。

続いて、熱々に熱したお皿の上で瞬時に"モルタデッラ"に熱を伝えていただく。皿にのってから、3秒数えていただく。今度は熱を受け止めて、切りたての迫力が溶けて甘みが倍増している!

12.トスカーナ シエナ産 チンタネーゼ黒豚背脂の生ハム"ラルド"
フィノッキオ(ウイキョウ)の蕪の部分をローストして水分を凝縮させて甘みと香りを出したものと、"ラルド"のあわせ。フィノッキオはローストしたのみで、調味料は一切使っていない。"ラルド"の塩味と甘みだけで一品にまとめている。

まずはそのままで。脂がシルクのように上品である。町中華でよく使われるラードとはまったく別物である。

続いては、握り風に。
お米は岩手県遠野市の遠野4号というしっかりとした昔のお米。米の粒はちょっと小さ目で、固めに炊いてある。そこにイタリアの白ワインビネガーと塩を加えてる。酸味を加えたお米と"ラルド"の脂が最高のマリアージュを演じたてる。実にキレイな味わいである。

13.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
サンダニエーレ産の"プロシュート"と同じ名前だけれど、熟成時間と産地が異なる。世界三大ハムのパルマ産のもので、サンダニエーレ産が24か月熟成であったのに対して、こちらは30か月以上の熟成をかけたもの。

お皿にそのまま。まず一品。産地と熟成期間が違うとこれだけ違うか、という驚きがある。生ハムの力強さが弥増す!

続いて、太白胡麻油で揚げたトルタフリッタと合わせた定番のあわせ。現地で定番の合わせである。トルタフリッタは揚げたてで一番うまい状態で出される!この"プロシュート・ディ・パルマ"の塩味とトルタフリッタの香ばしさが凄すぎる!

14.イタリアの生ハムの王様 "クラテッロ・ディ・ジベッロ"
黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"!凄い!王様の中の王様!"クラテッロ・ネロ"!年間10本くらいしかこない凄いもの!最高級の生ハム。自家製の平打ちパン="チャバッタ"の上に、北イタリア、ピエモンテの良質な濃厚バターを乗せてその上の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"。

もはや、これ自体が、濃厚な赤ワインをいただいているみたいに人を酔わせる迫力がある。滑らかでシルキーなのだけれど、湿地帯で長期間をかけて熟成された生ハムが、感情を内に秘めたように緻密に濃縮された力強い香気に満ちていて、思わず吐息が漏れる。

これとバローロとの相性がまた凄い!バローロの土の香りとの相性が素晴らしい!


15.【デザート】出来立て 練り立て 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
ペレグのジェラートは本当に凄い。

16.【小さな焼き菓子】トルタ・サッビオーザ、季節の仕立て
サブレ。これが旨い。砂のようなもろさが素晴らしい。

今日もペレグは素晴らしかった。...あえて触れなかったけれど、最後に一言だけ。...今年のアワードの結果などは涼しく忘れておくのが最も精神衛生上健康的である。それにしても「ペレグリーノ」も「木邑」も「長谷川 稔」も「と村」もGOLDから漏れている世界なんて、何度冷静に考えてみたって野蛮な世界としか言いようがない。

...ま、でもこれ以上は語るのは止めよう。世の評価というものは、こんなにも愚かで貧しくて破廉恥めいているけれど、今日この日のような贅沢が許されているのだから、この世もなかなか捨てたもんじゃない、それを今日の締めくくりの言葉としてみたい。
「ペレグリーノ」は痛快極まりない。なぜなら、ここは、旨さに国籍などあり得ないことを軽やかに愉しげに感じさせてくれるレストランだからだ。こちらでお食事をしていると、お料理に、やれイタリアンだとか、フレンチだとか、和食だとかといったカテゴリーがあること自体が鼻白んだものに見えてしまう。

...それはどういうことか。

ここではイタリア料理自体が、シェフの旨みを追求する姿勢そのものの前に平伏している。この恵比寿の小さなレストランで料理を堪能していると、イタリア料理という国籍性自体が、旨みを追求するシェフのこだわりと調理の躍動感に支えられることでかろうじて生き延びられてるのではないかと感じさせるのである。...この素晴らしさこそが「ペレグリーノ」なのだと思う。


2019年12月6日(金)。半年ぶりの素晴らしいペレグ体験について、以下詳細に書き綴っていきたい。

1.エミリア=ロマーニャ州特有のパン"クレッシェンド"
北イタリアのエミリア=ロマーニャ州で日常的に食べられる、生ハムを細かく刻んで練りこんみ、豚のラードを入れた"クレッシェンド"というパン。スナック的な感じで摘めるパンだ。細かくまぶされた生ハムが香ばしい。

2.長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出した澄んだ味わいのブロート
水と塩と軍鶏だけで16時間沸騰させることなく煮込んだブロート。その中に野生の真鴨のささみとモモ肉を使って作ったカペレッティ(ラビオリ)が入っている。

一口いただくけれど、ブロートの透明感にしばしうろたえる。存在感を主張するのではなく、ひたすら透明感を追求した一品である。そして口に含んだ2種類のラビオリの違いは決定的だ。

3.北海道産のボタンエビとカルチョッフィマモーレ
北海道古平町(小樽の西、積丹半島の北東側の小さな町である)産の良質なボタンエビ。優しく繊細に火を入れて、付け合わせにイタリア野菜のカルチョッフィマモーレ(アーティチョーク)が添えられている。こういった逸品をいただくにつけ、「ペレグリーノ」の、料理のジャンルというものを超越した、料理の抜き身の素晴らしさに打ちのめされる。

4.フォアグラとさつまいもとアルバの白トリュフ
ローストしたての徳島産の鳴門の里娘(さつまいも)と、冷たいフランス=ランド産の鴨フォアグラのテリーヌの組み合わせ。そこに白トリュフがふんだんにスライスされている。出したては、まだ、里娘の火が全体に回っていないので、トリュフの自然な香りが感じ取れる。この白トリュフのガスの香りが何ともたまらない。

5.タリオリーニの白トリュフあえ
手打ちのタリオリーニ。北イタリアのピエモンテのアルバの白トリュフあえ。パスタはあえて短く切ってあって、柔らかな食感を残ししつつ、ソースと馴染みがよいように仕立てられている。そしてかわりにトリュフは少し厚めに切ってある。パスタは尺が短いので、フォークとスプーンで巻き込んでいただく。

タリオリーニの優しい食感の中で、白トリュフの存在感を存分に愉しめる逸品である。

6.白甘鯛
まず脂がのっている。1週間程度熟成を効かせた5kgの個体の熊本天草の白甘鯛を紀州備長炭で炭火焼にしてあるとのことだけれど、素晴らしくまろやかで、そしてなめらか。...その身肉から立ち上るつつましやかな甘鯛の極上の香りに思わずうっとりしてしまう。本日のものは、ミディアムからミディアムレアで火入れしているとのことだ。そこに、北海道の無農薬で作られたポロネギの蒸し煮と、アクセントとして、北イタリアの酸味を効かせたサルサヴェルデを添えてある。

エロティックなほどに悩ましい旨みをたたえた逸品である。

7.鹿児島網獲りの野生のマガモ
九州の鹿児島から網獲りされた野生のマガモ。シェフ出身の新潟ではない。雌である。(ペレグリーノでは、雌しか使わない)そして、むね肉である。紀州備長炭の炭火焼。ヴィネグレットソース(バルサミコっぽい風味)を添えて、香ばしく焼き上げたビスタチオを上に振りかけてある。
わたしは、いろいろなところで鴨料理をいただいてきたけれど、ここにひとつだけ断言できる。何といっても「ペレグリーノ」の鴨がダントツに一番旨い!素材といい、火入れといい、艶やかに抜群である。これだけは譲れない。

8.プロシュート
ここから生ハムとなる。イタリアの黒豚を使った生ハムから。南イタリアのカラブリア州の黒豚を使ったプロシュート。熟成は若く18か月のものを仕入れている。

薄くスライスすることによって香るこのハムの香りが凄い!掌にそっと舞い落ちたそれを口腔に運んだ至福感は、舞い落ちた天女の羽衣を口腔に含んだよう...

9.プロシュートとココット米のお鮨
もう一度この黒豚を別の食べ方でいただく。小さなココットで炊きあがったお米と一緒に合わせていただく。手渡しでお寿司のようにいただく。

お米は、岩手県遠野市の遠野4号というお米。これは、ひとつぶひとつぶが主張してくるようなお米。日本産の生ハムではなく、現地の主張のある生ハムを使っているため、お米もしっかりしたものを使われている。

遠野4号は、岩手の松本酒造が酒米としてお酒を作るのに使っているそうで、東京ではお寿司屋がシャリに採用しているそうだ。米本来の旨みが効いており、18か月のプロシュートの存在感と双方が豊饒化される挑発的な逸品に仕上がっている。


10.モルタデッラ
科調ゼロ。本物のモルタデッラ。厚く切ると凡庸な味になってしまうのだ。これも香りが感じられる薄さが素晴らしい。

11.ラルドとフォカッチャ
トスカーナ産、チンタセネーゼ黒豚の背脂(ラルド)。これを自家製のフォカッチャと一緒に。

フォカッチャは、北イタリア・リグーリア特産の(本来の定義で作られた)フォカッチャ。本来フォカッチャは、ジャガイモを混ぜ込んであるのものが正しい。だからペレグでは、北海道産のキタアカリというインカの目覚めを混ぜこんである。

舌に媚びる旨みと、陽気を吸い込んでどこまでも屈託のないフォカッチャが素晴らしい。これは間違いなく、この店でしか食べられないものである!


12.サルミ・フィオッキオーナ
チンタセネーゼ黒豚のサルーミに、フィノッキオ(ういきょう)という野菜の種(フェンネルシード)を一緒に練りこんだサルミ・フィオッキオーナ。ウイキョウのタネを煮込んだもので、ほんの少し脂を融解するように温めている。

13.プロシュート・ディ・パルマ まずはそのまま
30か月熟成のもの。まずはそのままで出す。ワインを熟成させたものを漬けて熟成させたもの。バランスがとれて美味しい。

14.プロシュート・ディ・パルマ トルタフリットとあわせて
現地パルマで一番美味しくいただく。揚げたてのトルタフリットとあわせて。「ペレグリーノ」の門をくぐったなら、これは絶対にいただきたい逸品だ。素晴らしい。

15.クラテッロ・ジベッロ
なんと本日は、年間に10本も入ってこない黒豚のクラテッロジベッロ。凄い。

そもそもクラテッロ・ジベッロは生ハムの王様なのだけれど、この黒豚のものは、少し沈んだような、深い懐で受け止めるような奥行きを感じさせてくれるのだ。これにピエモンテの発酵バターを組み合わせていただく。まるで枯淡の域に達しような旨さにしばし言葉を失う。


16.ドルチェ
濃縮ミルクのジェラートに砕いたヘーゼルナッツを散らして。ペレグのジェラートをいただいて一通りとなる。

一連のお料理をいただいて、その素晴らしさに打ちのめされてされて、しばし背もたれに深く深く身を沈めてしまう。

いずれも素晴らしいお料理の連綿だったけれど、黒豚のクラテッロ・ジベッロに痺れた!
これをご用意いいただいたことに、高橋シェフに言葉にならないほどの感謝を噛み締めた一夜であった。ありがとうございました!

純白のテーブルクロスがかけられた6席の小さな空間で、静かにコースの幕が開く。わたしたちは少し襟を正して、素晴らしい料理の連綿を待ち受ける。固唾をのむようなこの時間こそ、食べ歩きの最高のひと時である。しかもそれを「ペレグリーノ」という名店で過ごせるというのだからこんな贅沢な瞬間はない!

2019年7月20日(土)、19:30。本日の「ペレグリーノ」のメニューは2部構成である。

第1部は、季節の食材をふんだんに取り入れたコースと題して、前菜、旬の料理、パスタ、メイン料理と続く旬の食材を使ったイタリア料理のコースである。

そして第2部が、店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションと題された生ハムの饗宴となる。生ハムはごく薄くスライスされていて、1部でお腹いっぱいになっても、女性でも最後まで食べられるようなコース内容になっている。さぁ、今日も高橋シェフの料理一品一品と真剣に向き合っていこう!

第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.天草大王地鶏を身ごと丸ごと一羽煮出した"ブロート"
旨みが強い。そしてとても澄んだ味わいである。16時間煮出して旨みを抽出している。まず天草大王地鶏の太い旨みがドンときて、その余韻がずっと続く感じだ。こんなに有名店になっても、よりよい食材を開拓し続けるシェフのプロ魂に、のっけから圧倒される。

2.メニューにはない逸品 真イワシにフィノッキオを添えて
旬の魚で、愛知の真イワシを開いて軽く身の方にだけ塩をあててある。皮目には白ワインビネガーを吹き付けて、イタリアのウイキョウ、フィノッキオを薄くスライスしたものを添えてドレッシングしてある。小さなフォークでいただく。
...魅力は、なんといっても他の魚と一線を画す、存在感ある鰯の香りである。仄かな金気臭と鰯の中から溢れ出す芳醇な脂の旨みに陶然とする。

3.小さな逸品 長崎県 壱岐の赤ウニ、少し酸味の効いた 自家製ライ麦パンとの クロスティーニ
手で持っていただく。茜射す赤ウニの甘み、ほのかに酸味の効いたライ麦パンの香ばしさ。これには瞳を閉じて思わずありがとうと呟いてしまう。

4.前菜 ~季節の組み合わせ~ 北海道 古平(ふるびら)より 牡丹海老を優しい火入れで調理 イタリア産カルチョーフィマモーレとの組み合わせ
カルチョーフィマモーレとは、アーティチョークである。ボタン海老とカルチョーフィマモーレをナイフとフォークで切り分けて一緒にいただく。香りが素晴らしい。そして海老の甘みも楚々として好感が持てる。

5.旬の特別料理 千葉の房州の黒鮑のロースト、鮑の肝とバローロのピュレア添え
千葉の房州の黒鮑。この時期の最高級品である。鮑にしかないあの噛み応えとともに白をゆっくりといただく贅沢感といったらない。

6.特選パスタ 手打ちパスタ タリオリーニ 広島産 無農薬レモンとコラトゥーラ(いわしの魚醤)和え 南半球オーストリアより フレッシュ冬トリュフがけ
スプーンとフォーク両方使って具材と一緒にいただく短いパスタ。下のパスタからざっくりとあわせていただく格好だ。
決して華美ではない。シンプルな食材だけで勝負しているお皿だ。あえて饒舌を廃し、胸元に呑み込まれた旨みの余韻で静かに食べ手に語りかける逸品である。わたしはこういう料理が大好きだ!

7.メイン料理 天草産 白甘鯛の紀州備長炭火焼 北イタリア伝統のサルサヴェルデ添え
3.6kgの白甘鯛。白甘鯛は8日寝かせてある。7月の前半に新留さんと木村さんと天草に行って、物色して手に入れた逸品だそうだ。ミディアムでピンク色にしっとりと火入れしてある。そこにフランスのジロール茸とトロンベッタ(ズッキーニ)を付け合わせている。しめやかな白甘鯛の旨みを堪能する。


第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーション
1.エミリアロマーニャ州ボローニャ特産 "モルタデッラ"
香りが高く、味わいの余韻が大変長いソーセージである。化学調味料が全く使われていない。薄さからくる香りとソーセージの旨みの余韻を愉しむ。

2.フリウリ ヴェネツィア ジューリア州 サンダニエーレ産 "プロシュート・ディ・サンダニエーレ"
サンダニエーレという村で作られた生ハム。20か月の熟成のもの。羽衣のように軽やかだけれど、きっちりとした存在感がある。

これを炊きあがったばかりのココット米に巻き付かせていただく柔らかくて旨い。蒸らしも何もしていないお米。外側はお米粘り気があるけれど中は芯がある。手でいただくのが最高のいただき方である。

3.モデナ産 モーラロマニョーラ黒豚 前うで肉の生ハム "スパッラ・クルーダ"
下に添えてあるパンは、北イタリアのリグーリア特産のフォカッチャ。フォカッチャは定義があって、ジャガイモが入ってないと本当はフォカッチャとはいえない。その意味でこれは一年熟成させた北海道産のインカの眼覚めをしのばせた正当なフォカッチャである。フォカッチャの甘みに合わせ、"スパッラ・クルーダ"から立ち上る生ハムの最上級の塩味を愉しむ。

4.トスカーナ州 シエナ産 チンタセネーゼ黒豚 背脂の生ハム "ラルド"
低温で3時間以上煮て、中心部分だけくり抜いた、京都の鴨ナスを背脂で包む。ナスの瑞々しさと上質な背脂が柔らかさが絶妙のハーモニーを演じたてる。

5.ほんの少しオーブンに入れて脂を融解させたサルーミ・クラテッロ
サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミである。名前が示すように、イタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミで、本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られるそうだ。

6.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
36か月熟成のもの。まずはそのままでいただく。世界三大ハムのひとつの存在感が圧倒的だ。これに、パルマ風揚げパイ、トルタフリッタを合わせていただき、さらにサービスで、時節柄甘みを存分に蓄えたとうもろこしとの一品も饗していただく。

7.イタリアの生ハムの王様"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
ジベッロ村で作られたクラテッロ。ジベッロ村は川沿いの湿地帯で、本来生ハムを作るのに適していないけれど、そこでも美味しい生ハムを作ろうと試行錯誤して、外腿肉だけを使って膀胱に詰めて熟成させたもの。赤ワインをかけながら熟成させている。今回はクラテッロネロ。年間日本に10本も入ってこない逸品である。

北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ。この素晴らしさ!クラテッロ・ジベッロはまさに生ハムの王様である。王侯貴族のような絢爛な佇まいを存分に堪能する。

8.出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジュエラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
香ばしくローストしたヘーゼルナッツ。ただ単純につぶすと油が出て酸化して美味しくなくなるので、切れる包丁で薄くスライスされている。するとヘーゼルナッツの旨みがそのまま際立つ。「ペレグリーノ」開業からの人気の逸品である。

9.季節の食材を使ったサブレ
サブレの語源そのまま、砂のように口中でほどける。その上でマンゴーの甘みが悩ましく溶ける。

何度お伺いしても素晴らしい!
また、今日もコースが終わってから、少しシェフとワインをご一緒させていただく。メインのコースが素晴らしいのはいうまでもないけれど、わたしはコースが終わってからの15分~30分程度のシェフとの気の置けない会話が大好きだ!仕事が一区切りしたシェフが、いささか緊張をほどきつつ優しい語り口で料理への思いを語るのを聞くと、本当に幸せな気分になる。高橋シェフ、今日も本当にありがとうございました♪

2018年12月時点で、いまだ全世界に17台しか出荷されていないイタリアBerkel(ベルケル)社製の最高級のフライホイール式生ハムスライサーのハンドルがゆっくりと回転し始める。...そのスライシングと繰り出しの優雅なまでの運動に思わずうっとりと見とれてしまう。...それはまるで深紅のドレスをまとった淑女のダンスのように優雅である。

そしてその深紅の舞から、はらりはらりとこぼれ落ちる、向こうが透けて見えるくらいに薄い生ハムの美しさといったらない。...チューブから絞り出された原色の絵の具みたいに濃厚に旨みが凝結した生ハムの力強い塊を、まるで上澄みを掬(すく)いとるような薄さで削り取って、その一片(ひとひら)に、塩気と旨みのここしかないという一点を魔法のように閉じ込めていく。...この過つことのない職人技と名器の奇跡的な融合が感動的でなくして何であろう!

さらなる高みへ純潔なまでの情熱で駆け上がる「ペレグリーノ」に触れてしまった感動を、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


...2018年12月16日(日)19:15。高橋シェフに招き入れられて恵比寿の店内に入店する。と、いきなり、真新しいスライサーのハンドルに刻まれた"VAN BERKEL INTERNATIONAL"の綴りが、ひときわ眩く視界に飛び込んでくる。

今、目の前に輝いているそれは、現時点購入できる地球上でNO1の生ハムスライサーである。そしてこれと高橋シェフの技術が相俟った場合、はたしてどうなるか。...こんな稀少な出会いに胸ときめかない人間とは、今後永遠に縁を絶ちたいと思う。

...興奮を胸に折り畳みつつ、シェフお薦めの自然に作られたフランスのシャンパーニュで胸の高揚を落ち着かせながら、コースの始まりを待つ。

1.長野県伊那の"ぎたろう軍鶏"の煮だしたブロート
水と塩と軍鶏だけで一度も沸騰させることなく15時間煮だしたもの。雲一つない青空のように澄み切っていて美しい。これを最初にいただくと、「ペレグリーノ」に来たという実感が沸く。何度いただいてもため息が出るほどに旨い。...いつものごとく、"ぎたろう軍鶏"のブロート1杯で、小さな店内が6名のため息で満たされる。

2.長崎県の壱岐産の迷い鰹
鰹の背かみの部分を少し寝かせて味を凝縮させてから、備長炭で周りを炭火焼にしたもの。添え物は、イタリア野菜のほろ苦いプンタレッラに酸味を効かせたサラダ仕立て。手前のソースは、パセリが主体のサルサ・ヴェルデという組み合わせである。

迷い鰹は不思議な鰹だ。太平洋の銀の弾丸を思わせる血と鉄の威勢のよい鰹の香りとは袂を別って、まろやかに舌に媚びてくるような佇まいを持っている。

ここで、北イタリア、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の土着のヴィトフスカ種を使った白ワインで、次のポレンタを待ち受ける。

3.墨イカのポレンタ
明石の墨イカのエンペラ、ゲソ、イカの身を外側だけそっと焼いたものに、アーティチョークを煮込んだものが添えてある。スープには魚の骨で取った魚貝の澄んだスープと、この時期に北イタリアでよく食べられるポレンタ粉を合わせてトロっと仕上げてある。

...とにかくこの一品、墨イカの香りが素晴らしい!墨イカの風味、香りを蓄えて胸が詰まるような素晴らしい出来栄えである。...確かに「ペレグリーノ」といえば生ハムという先入観があるけれど、実際にうかがってこういう素晴らしい料理の数々に触れてしまうと、その先入観がいかに貧しいものか改めて思い知らされる。それが本当の「ペレグリーノ」体験なのだ!

次のワインは、茶褐色のワイン。赤ワインが熟成したような色をしているけれど、これは立派な白ワイン。フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のピノ・グリージョという品種を使って作ったワインで、実に芳醇な味わいである。

4.フランスランド産の鴨フォアグラと四国徳島の里浦産のサツマイモ(里娘)をローストしたもの
ここで、本日の眼玉の1つの白トリュフのお目見えとなる!...温かいサツマイモの上に正真正銘のアルバの白トリュフを摺りかけ、その上にフォアグラを載せている。また、フォアグラの上には、アルバの白トリュフを砕いて漬け込んだアカシアの蜂蜜が添えられている。

里娘と蜂蜜の甘味とフォアグラの相性が素晴らしい。フォアグラはやっぱり甘味と合わせると抜群である。...そして更にそこに、プロパンガスのような息詰まるような白トリュフの狂おしいまでの熱(いき)れが、香りの化粧を施して回る。...文句のない逸品である。

...ここで、もう一品ワインが足される。シャルドネがメインの、これも茶褐色の白ワイン。

5.本日の魚料理、静岡御前崎のハタ
本日の魚料理は静岡御前崎からハタである。10日くらい寝かした若い感じのハタだそうである。合わせるのは、北海道産の無農薬で作られるポロねぎ(=西洋ネギ)。これらを一緒に蒸し煮にしてある。...そしてこれもまた、白トリュフをふんだんに摺りかけて仕上げられている。大変キレイな味わいの魚料理である。

6.生ハム
さぁ、ここから世界最高峰の生ハムスライサーの出番となる!...新しい"深紅の淑女"の導入で、これまでの「ペレグリーノ」の生ハムの組み立てが変わっていることに是非注目していただきたい!経験したことのない生ハムと食材の組み合わせと、生ハムの提供のされ方がいよいよ明るみになる!

1)17か月以上熟成の多田昌豊さんのペルシュー
手で渡される。ハムを透かして指と指の狭間が透けて見えるほどに薄造りである。羽衣のような逸品を口中に放り込むと、しっかりとした塩味と旨みが伝わってくる。

2)24か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー
これも最初は手渡しでいただく。...これは今までになかったスタイルである。大体これまで、多田さんのペルシューで深い熟成のものは、お皿でいただくのが慣例であったけれど、今日の最初は手渡しでお鮨のようにスッといただく。

くるまったり捩れていない生ハムの素の薄さが伝わってくる。24か月のものはやはり落ち着きがあってまろやかである。清水が喉を通るようなささくれのないテクスチャと、深い旨みに、はからずも涙腺が緩む。...わたしは個人的に「ペレグリーノ」でいただく多田昌豊さんのペルシューは、熟成の深いものの方が好みである。

そして、次には温めたお皿の上に数枚切り分けたものをフォークでいただく。これもあまり巻かずにいただくのがコツである。さっとフォークでひきあげていただく。皿の熱を抱きかかえた生ハムが、まろやかに口中で香り立つ。

3)パルマ産のプロシュート・ディ・パルマ
パルマで作られたプロシュートである。34か月以上の熟成をかけたもの。これをスッとスライスしてお皿の上にシンプルに饗される。...実に芳醇である。そもそも日本の豚とは餌の原料が違うそうだ。そしてこの薄さで切れないと塩が強く感じたり、獣臭を感じたりするものだという。

これまでプロシュート・ディ・パルマはトルタフリットと合わせたり、ココットで炊き上げたリゾットと合わせて、という饗され方がお馴染みであったが、今回のこのシンプルな饗し方は、まさに今回の"深紅の淑女"のなせる業に違いない。

4)パルマ産のプロシュート・ディ・パルマと岐阜の龍の瞳というお米をココット鍋で炊き上げたリゾットとあわせて
香り高く仕上がっている。良質な脂がお米の余熱で溶ける。これも前回まではお皿に饗していただいたところを、リゾットをくるりと巻いて手渡しでいただく。リゾットの温かみに熟成たっぷりのプロシュートの脂が程よくほどける感じがたまらない。

ここで、しっかりとした赤ワインが饗される。2000年ビンテージのロンバルディア州で作られる赤ワインだ。

5)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
これがわたしは大好きだ!繊細だけれど、美しい香りと、純白なソーセージの旨みが共存している。

6)白トリュフにモルタデッラを巻いて
白トリュフの季節の「ペレグリーノ」さん定番のひとつである。モルタデッラの旨みと白トリュフの相性が抜群なのだ。感情を内に秘めた白トリュフのガスの香りを、陽気で柔らかなソーセージの旨みが包み込む感じである。この合わせはまさに最強である。

7)背脂の生ハム(ラルド・ディ・コロンナータ)にフォカッチャ
ラルド・ディ・コロンナータ。リグーリア州で作られるフォカッチャを添えてある。本来のフォカッチャの定義通りインカの眼覚め(ジャガイモ)を加えて作られている。透き通るような純白の輝き、胸のすくような香草の香り、絶妙な甘塩と絡まった瑞々しい脂のとろけるさまが素晴らしい。

これも、わたしは「ペレグリーノ」さんで始めての一品である。でも、これと"深紅の淑女"と関連性があるかはどうかはわからない(笑)。

次いで次のワイン。エミリアロマーニャのサンジョベーゼ、酸化防止剤が一切使われていない。力強いがキレイな味わいのワインだ。

8)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚の腿肉の生ハムに、トルタフリットをあわせて
やはりこの逸品をいただかないと「ペレグリーノ」ではない!モーラ・ロマニョーラ黒豚は旨みが強く、ハッキリとした主張を持った豚肉である。これにどこまでも軽快なパルマ風揚げパイ、トルタフリットを合わせていただく。トルタフリットの陽気な軽快感に、湿り気を帯びたような深く悩ましい黒豚の旨みがまとわりつく。...いついただいても凄い...

そして、エミリアロマーニャのカヴェルネソービニョンを使った赤ワイン。

9)パルマ黒豚で作られた最高のクラテッロ・ジベッロ(クラテッロ・ネロ)と北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ
クラテッロ・ジベッロ。...これは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足からまず外して、それでそれを豚の膀胱に詰めて、吊るして熟成させて作る。パルマ=クラテッロは湿地帯だそうだ。この土地で熟成させるためには、まず豚の膀胱に詰めて、外側にカビを生えさせ、菌をまとわせて中に影響がないように熟成させるという。

そして、最後は豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱をとって、そのあとにさらにその膀胱と肉の間にある腐敗した部分を全部削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてから出すという。

...これをいただくと、漬け込んだワインの風味を感じるからだろうか...いつも何か王侯貴族のような優雅さを感じるのだ。

ここで、イタリアワインの女王、バルバレスコ。

7.アルバの白トリュフとバターとパルミジャーノを和えたタリオリーニ
シンプルなバターとパルミジャーノ和え。その上にアルバの白トリュフをかけている。チーズはより薫り高くなるようにお皿の下に敷き詰めてある。下から上に持ち上げるようにいただくと香りが舞う。ふくよかである。

実に美しい見栄えと、シンプルだけれど旨みそのものの結晶ともいうべき逸品である。文句のつけようがない素晴らしいパスタである。今年食べまくったパスタの中で間違いなく1番といってよい!

ピエモンテ州のバローロ。

8.新潟三条で網獲りで獲られた野生の青首鴨のむね肉のロースト
ベネト州のラディッキオ、50年以上熟成のモデナ産のバルサミコ酢が添えられている。「ペレグリーノ」の鴨は間違いなく都内1番である。新潟の鴨はお米を食べているので、脂が豊富で旨い。それに絶妙な焼きの技術があわさった奇跡の逸品である!

トスカーナのキャンティクラシコの甘口の白ワイン(デザートにあわせて)。

9.和栗のジェラート
濃縮ミルクのジェラートに長野の小布施の和栗を低温でゆっくりローストしたものを添えている。栗の風味を壊さないように。栗は熟成させている。ほのかな自然の甘みが素晴らしい。

10.アルバの白トリュフを加えたサブレ
サブレは、焼き菓子であるが、本来の意味が砂である。ごくごく薄く焼いてさらさらとした焼き上がりになっている。添えてあるクリームもジャージークリームに白トリュフを砕いたものを加えて香りづけた白トリュフクリームになる。小菓子だけれど、これが滅法素晴らしかった!トリュフ尽くしのコースの幕引きにふさわしい逸品である。

...はたして「ペレグリーノ」はどの高みまで駆け上がっていくのだろうか。...コースのすべてが終わって、しばらく高橋シェフと歓談させていただいた。その静かな語り口にもちろん気負いなどないけれど、会話の端々から感じる最高級スライサーを手に入れたシェフの純粋な悦びを目の当たりにして、食べログAward Goldという評価をはるかに飛び越えて飛翔する"隼(はやぶさ)"の鳥影を垣間見た1日となった。

今回の「ペレグリーノ」体験ばかりは、存分に語らせていただきたい!大胆さと繊細さが同居する今回のお食事体験は、深く深く感動的であった。

この日の「ペレグリーノ」の献立は意表を突くものがあった。というのも、この日、最初に生ハムからスタートして、お魚、お肉のメイン料理と続く、いわゆるわたしが知っている「ペレグリーノ」の料理の組み立てはすっかり影を潜め、高橋シェフは、生ハムの連なりを中核に、両脇を極上の魚料理でしっかりと固め、メインとなる肉料理を涼しく封印するというコースの大胆な再構築をこともなげにやってのけてしまったからだ。

最初は、その変貌ぶりに少し戸惑いもしたけれど、お料理をいただくうちに、その一品一品の品質と、献立の組み立てを通して表現される料理のコンセプトに、どうしようもなく心が揺さぶられてしまう。

しかしその心の揺れについて語る前に、今回「ペレグリーノ」の魚料理がさらなる進化を遂げ、とことん素晴らしくなっていたことについて、触れておかねばならないと思う。...もちろん、これまでも徳島産の白甘鯛を使ったメインなど、シェフの魚料理は大変素晴らしかったけれど、今回の魚料理は明らかにこれまでとは違う品格を備えていた。

では、その品格とは何か?...端的に言おう。「魚が香る」のである。赤雲丹にしても、鰹にしても、クエにしても、鰻にしてもその素材の持つ香りが存分に引き出されている印象を受けるのだ(特に鰹が凄かった!)。その仕事は、まるで鮨職人のそれを彷彿とさせるものがある。

この卓越した魚料理が軸となって、コース全体に魔法をかけてまわる。...一連のお料理をひとつひとつ味わっていくにつれ、しめやかに香る魚達が、魚とは異質な動物性の旨みを蓄えた生ハムを、魚固有の潤味(うるおみ)のある香りで優しく祝福しているような印象を与えるのだ。これが、瞳をつむって余韻に浸りたいほどに素晴らしい!

そしてさらに、メインのお肉料理を大胆に割愛することによって、コースの中における生ハムの、"肉"としての存在感が前景化され、今更ながら「ペレグリーノ」が北イタリアのエミリア=ロマーニャ州の郷土料理を骨格としたレストランであるという存在感が、より鮮明に際立ってくる。その組み立ての大胆な差配と食材たちの肌理細やか共鳴ぶりに「...なんて上手いんだろう」と、心の震えを止めることができない。


..."大胆さと繊細さの遭遇"、思わずそんな言葉が脳裏をよぎり、高橋シェフが、"料理を愛している料理人"ではなく、"料理に愛されている料理人"であることを今さらながら確信する。

...以下素晴らしかった「ペレグリーノ」でのお食事体験について書き綴っていきたい。

雨をかいくぐるように本日のお連れさまと、恵比寿のお店に転がり込んだのが6:20。「ペレグリーノ」にしては珍しく、少し早めのスタートである。

まずは、フランスシャンパーニュの自然派ワインで軽く喉を潤しながら、コースのスタートを待つ。

1.前菜(1):雲丹
ふわっと焼き上げた自家製パンに、フランスノルマンディ産の発酵バターと鹿児島県の赤雲丹。赤雲丹の味が濃い。これと発酵バターの相性がまたすこぶるよい。一品目は、"ぎたろう軍鶏"のブロードのイメージが強かったため、この最初の一品目で変化の予感がする。

2.前菜(2):鰹
鰹。気仙沼の鰹を事前に藁で燻って、饗する直前に炭で火入れしたものである。それに北海道産の鰤を添えてある。鰤の下に敷かれているのは、イタリア野菜のプンタレッラを酸味を効かせたサラダ仕立てにしたもの。手前のソースが、パセリが主体のサルサ・ヴェルデ。

鰹は、何日も熟成をかけて、中心部分に旨みを凝縮させたものである。中心部分に寄せ集まった鰹の濃厚で豊満な酸味の凝縮が何とも素晴らしい。

3.前菜(3):ポレンタ
イタリアのポルチーニ茸のソテーを浮かべたポレンタ。ポレンタは、ただのポレンタではなくて、長野県伊那の"ぎたろう軍鶏"を14時間煮だして作ったブロードをベースにしたもの。あの澄み切った美しいブロードがこんな風に変貌を遂げていることに新鮮な驚きを感じる。

4.前菜(4):クエ
四国徳島のクエ、長野県の天然の舞茸とイタリア野菜 ズッキーニ トロンベッタをスープ煮にしたもの。
ズッキーニ トロンベッタは、香り高くまるで"凝縮したズッキーニ"といった面持ちを持ったイタリア野菜だ。そしてこの一品も、また、魚の香りにやられてしまう。

お皿から紛れもないクエの存在感がしっかりと感じ取れる。クエの旬は、おそらくもう少し冬に近づいたころだと思う。そのころになると、さらにぐっと脂がのってくると思うけれど、この一皿、旬を迎える前の若いクエの存在感が、実に上品にヒラタケやズッキーニ トロンベッタを包み込んでいて好感が持てる。

5.前菜(5):生ハム
ここからが、生ハムの連なりとなる。
1)19か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー(新潟の豚...今回は岐阜でなく新潟の豚を使用している)
生ハムスライサーで、まずは一枚だけ手渡しでいただく。良質なマグロの赤身のような新鮮さを感じる。後からハム本来の甘みがふわりと鼻腔のあたりに漂う。これは、もちろんランブルスコでやる。

2)19か月熟成の多田昌豊さんのペルシューに新潟佐渡島の完熟のイチジク
完熟イチジクとの合わせが秀逸である。楚々とした和の風合いがあって、生ハムとの合わせはメロンよりも絶対にこちらの方が旨いと思う。時期が進んで10月くらいになったら今度は柿とあわせるそうだ。

3)29か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー
19か月のペルシューが、10か月の熟成期間を置くことにより、さらに円熟味という鎧を纏う。最初に常温で一枚だけいただく。口の中でほどける生ハムは、口中に旨みしか残さない。何度いただいても素晴らしい。

4)29か月熟成の多田昌豊さんのペルシューに岐阜の龍の瞳というお米をココット鍋で炊き上げている
ころころっとお米を転がしただけでペルシューがまとわりつく。これを手で持っていただくのだけれど、お米の熱が加わって、生ハムを一番芳醇な香りが感じ取られるところまでもっていってくれているのが感じとれる。

わたしは、このいただき方が滅法好きだ。お米の熱が生ハムの脂を溶かして香り立つあたり、頭を抱えるくらいに旨い!

5)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
ボローニャ風ソーセージのモルタデッラ。香りが高く、味わいの余韻が大変長いソーセージだ。

6)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚のほほ肉の生ハム(グアンチャーレ)という脂と赤身の交錯した生ハム、ジャガイモを入れた本来のフォカッチャと合わせて
パルマの2つ隣のモデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚~モーラ・ロマニョーラ黒豚。グアンチャーレとは豚の頬肉、いわゆる豚トロを塩漬けにして2、3週間寝かせたものだ。これに越冬したジャガイモ(インカの眼覚め)の自然の甘みがでたフォカッチャを合わせる。

これも交錯した脂と赤身が秀逸なマリアージュを演じたてる逸品だ。良質なマグロのトロをいただいているような錯覚を覚える。

7)ほんの少しオーブンに入れて脂を融解させたサルーミ・クラテッロ
サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミである。名前が示すように、イタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミで、本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られるそうだ。

で、それをそのままではなく、さらに味を際立たせるためにオーブンで表面だけをほんのり温めて脂を溶かし、香りを出して饗していただく。クラテッロの良質な肉を使って作られた、熟成加減が抜群のサラミである。

8)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚のもも肉と、パルマ風揚げパイ、トルタフリッタ
プロシュートとトルタフリッタの組み合わせは、イタリアパルマでの定番だ。熟成プロシュートの滋味深い味わいと、香ばしいフリッタの屈託のない軽やかさはこれ以上ない組み合わせである。

9)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"、発酵バター、平焼きパン"チャバッタ"とともに
しかも、本日は非常に稀少な"クラテッロ・ネロ"と呼ばれるパルマ黒豚を使った"クラテッロ・ディ・ジベッロ"だ!、自家製の平焼きパン("チャバッタ")とピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。

この"クラテッロ ディ ジベッロ"は、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、豚の膀胱に詰めて吊るして作るそうだ。その工程で、クラテッロ地方は湿地帯で湿り気の多い土地のため、豚の膀胱の外側にカビを繁殖させ、菌をまとわせて中に影響が及ばないように熟成させるとのこと。

さらに、熟成が終わると、赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱を外し、膀胱と肉の間にある腐敗した部分を綺麗に削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてから出荷するそうだ。

道理で、ひとくち口に含むと、プロシュートがワインの芳醇な香りを纏っているのが直接伝わってくる。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

6.自家製タリアテッレ、長野県の伊那の松茸和え
何とも見た目が美しいタリアテッレである。お皿が真っ白に輝いている。麺の状態、茹で加減とも抜群である。ここ最近いただいたパスタの中で最も上品な一皿である。

7.生で食べても美味しい北海道産の嶽きみ(たけきみ)のスープ
ここで、小さなスープが出てくる。北海道産の"嶽きみ(たけきみ)"という玉蜀黍は絶対に記憶にとどめておくべき食材である。このスープ、驚くほどに甘い。この甘さはすべて"嶽きみ(たけきみ)"の持つ甘さだそうだ。

8.長良川の天然鰻の炭火焼と加茂ナスのロースト、モデナの伝統的なアチェート・バルサミコDOPを添えて
この天然鰻も素晴らしかった。始めにオーブンで10分ローストしたものを、炭火で焼き上げたもの。ふっくらと仕上げている。まるで蒸らしあげたような食感と、鰻の香りが直截に伝わってくる逸品である。爪の先ほども鰻の臭みを感じない。驚くほど純粋に、そして真っすぐに鰻の旨さのみを引き出した傑作というのが惜しまれるくらいの一品である。

その出来栄えは、ほとんど、わたしが、鰻はここが一番と思っている「と村」さんの青森県小川原湖(おがわらこ)産天然鰻の焼き物と匹敵する。


9.自家製ジェラート
ヘーゼルナッツを散らした、「ペレグリーノ」さん自家製のジェラート。これがまた、立ち止まってしまいたくなるくらい旨いのだ。最後は茶菓子で一通りとなる。

本日のお連れさまは今回「ペレグリーノ」初訪であったが、大変満足していただけたようだ。感動の声を聞けて心に明るみのようなものを感じる...「ペレグリーノ」。やはりここは素晴らしい。特に今回、大胆さと繊細さの貴重な遭遇ともいうべき現場に立ち会えたことに感動する。やはりここは人の心を騒がせる美しいレストランだ!
手動の生ハムスライサーの回転ハンドルが、測ったような正確さで1回...そしてまた1回と回転する。と、薄い生ハムが舞うようにふわり、そしてまたふわりと大ぶりの綿雪のように、まな板の上に静かに降り募る。...たったそれだけのことなのに、その静かな生々しい光景に思わず息をのまずにはいられない。...そして削り取られたばかりの震えるような極薄の生ハムをフルーツフォークで掬って口に運ぶ悦び!あらゆる調理技術とは無縁の領域でそれは純粋な輝きを放っている。これほど直截な美味をなんのてらいもなく提供するシェフは紛れもなく料理に愛されている!

2017年12月28日(木)。年の瀬に高橋シェフから貸し切りの会のご案内がある。さらに高橋シェフから、「本当に絶対満足な内容で、かつ記憶に残るコースになります!」とのご案内があって、心震えない人間がいるだろうか!以下、年末の素晴らしかったペレグリーノの会について、詳細に書き綴っていきたい。

みなさん揃ったところで、まずは泡からスタート。食前酒のスパーグリングワイン。パルマの隣のレッジョ エミリアのスペルゴラを使ったものだ。シャンパーニュと同じ作り方で作られた一品で、酸化防止剤などを一切使っていない。とてもドライで、最初の一品には最適だ。

1.パルマ伝統郷土料理...長野県 伊那より "ぎたろう軍鶏" を丸ごと一羽煮出したブロード パルマ伝統の小さなラヴィオリ "カペレッティ" と共に
水と塩と軍鶏だけで、一度も沸騰させず、延べ15時間火を入れている。ブロードの中には、パルマの伝統的な郷土パスタ、"小さな帽子"という意味のカペレッティが浮かんでいる。カペレッティの中にはパルミジャーノレッジャーノチーズとパン粉、ここに今日は、ふんだんにアルバの白トリュフを加えて白トリュフ風味に仕上げてある。...それにしてもブロードに浮きつ沈みつするカペレッティの数が凄すぎる!17~18個は入っているだろうか、普段は7、8個くらいなのだが...高橋シェフに感謝!ありがとう!

白ワイン、エミリアロマーニャで作られるマルバジュアを使った葡萄の皮を一緒に漬けて醸造したワイン。渋みや苦みを一緒に味わう。

2.フランス産の良質な鴨フォアグラのテリーヌ、下は皮付きのまま焼き上げた四国徳島の里娘というサツマイモ、上には刻んだ白トリュフとイタリアのアカシアのハチミツをあわせたものをかけたもの
スプーンとフォークで切って一緒に合わせて、ワインと一緒にいただく。里娘の甘みとフォアグラの相性が素晴らしい!このフォアグラの感情を内に秘めた寡黙なほどの猛々しい存在感にやられる!

3.季節の食材を組み合わせた料理...北海道産の無農薬で作られるポロねぎ(=西洋ネギ)と、上は徳島産の赤むつ、その上にトリュフをスライスしたもの
スプーンとフォークで切って一緒に合わせて、ワインと一緒にいただく。ワインは、リトフスカを使ったワイン。魚の旨味の強さとネギの良さ、そしてブロードの旨さを味わう。野菜と肉の旨さを全て吸ったポロねぎが素晴らしい。

4.ここから「ペレグリーノ」のスペシャリテ、生ハムの饗宴だ!
生サラミの盛り合わせ。盛り合わせとはいっても、一種類ずつ饗していただき、一枚ずつじっくりと味わうのが「ペレグリーノ」スタイルだ。あわせる赤ワインは、いつもの通り、生ハムにもっともあうといわれるエミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコ(葡萄)を使った微発泡赤ワイン。

1)多田昌豊さんの17ヶ月の熟成の若いペルシュウ
乾かないように、3、4枚と重ねられている。手前のフォークに当たっているところから、サッと上に引き上げて口に入れていただく。口どけが素晴らしい、香りが素晴らしい。この生ハムは17ヶ月の熟成。若い。素材本来の甘さを愉しむ。塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいであるが、甘みをしっかりとかじることができる。

2)多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の若いペルシュウ
うん、10か月違うと味の余韻がまったく違う。まろやか。熟成期間が長いので旨い。どっしりした印象がある。熟成が長くて丸い。ランブルスコにめっちゃあう!

3)今度は、同じ多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の若いペルシュウに、小さなココット鍋でたった今炊き上げた新潟の新米でをくるんだもの
これは初めての合わせだ!しかしでも、ペルシュウと新米を合わせるとは!...ペルシュウの塩気をご飯のやさしさが包み込む感じが素晴らしい。たぶんこんな食べ方はここでしか味わえない!この上質な旨さはほとんど犯罪的である!

4)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
これが優しくてうまい。自然の味わいを口に入れた余韻、香りが、なんとも素晴らしい。

5)ごく薄く削ったモルタデッラに同じ薄さで削ったアルバの白トリュフを包んで
一口でいただく。ものすごい香りに圧倒される!ペレグリーノの素晴らしさは、極上のアルバの白トリュフをごく薄く削ってみたり、そこそこの存在感で出してみたり、少しばかりハチミツを加えてみたりと、形状を変えつつ、トリュフの色々な味わいを存分に愉しませてくれるところだ!

モルタデッラの優しい味わいと、チューブから絞り出して固めたみたいな白トリュフの旨味に圧倒される。

トリュフは、12月おわりだと使わないところが多いそうだ。クリスマスに準じてトリュフ自体が高くなるのと、トリュフがなくても集客があるから使わないというのがその理由だそうだ。しかしでも香りはこの終わりかけが一番素晴らしいと思う。

6)北イタリアのヴェネト州のソップレッサというサラミ
大蒜の香りがする。リグーリア特産のフォカッチャ。ジャガイモが入ったもの。...旨い!グーリア産のフォカッチャ。フォカッチャは、じゃがいもを入れて作るそうだ。というか、厳密には、じゃがいもを入れていないと"フォカッチャ"と呼べないとのことだ。これは、北海道の稀少な赤いじゃがいも"インカルージュ"を入れて作られている。これとサラミの相性が抜群!

7)パルマの2つ隣のモデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚~モーラ・ロマニョーラ黒豚のホホ肉のグアンチャーレ、イタリアのウイキョウ
このウイキョウの仄かな苦み走りが素晴らしかった!これも初!そして、モーラ・ロマニョーラの身の美しいピンク色に陶然とする。みんな!これは食べないとダメだよ!

8)モデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚のモーラ・ロマニョーラ黒豚の肩肉の塩漬けとライ麦粉100%のパン
素晴らしい...のひとこと。"ライ麦畑でつかまえて!"的な高揚感に我を忘れてうっとりする。

9)モデナのモーラ・ロマニョーラ黒豚の腿肉で作られる生ハム、それに合わせて揚げパイ、トルタフリッタ
いつもは、プロシュット・ディ・パルマで使っているけれど今日は違う。プロシュット・ディ・パルマよりも黒豚の方が味が強いので、それに合わせて揚げパイの塩加減も配合を変えて優し目に調整されている。奥行きがある。空気が抜けるとたちまち温度が下がる。
そして、ワインは、この後のクラテッロ・ジベッロにあわせて、美発砲ではない、しっかりとしたものをご用意していただける。

10)クラテッロ・ジベッロと北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ
この素晴らしさ!クラテッロ・ジベッロはまさに王様である。王侯貴族のような絢爛な佇まいを存分に堪能する。

11)最後のトリ、クラテッロの別の食べ方。分厚い白トリュフをそっくり包んで
もう、いうことない。この素晴らしい生ハムの饗宴に高橋シェフに感謝である。

5.四国の高知寄りのゆきの白甘鯛のロースト、ラデッィキオ、ビスタチオと25年熟成のバルサミコのソース
ここからメイン。うん、ペレグリーノは、バルサミコ使いである。これがなんとも素晴らしい!そしてラデッィキオの苦みが良い。白甘鯛の優しい甘みを存分に堪能する!

6.新潟の田んぼで網獲りされた野生の青首鴨のむね肉だけ火入れしたもの
実は、これが、圧巻であった!これまで、わたしの中では、鴨は「レフェルヴェソンス」が一番であったけれど、それを軽々と超越して来た料理であった!これは絶対に忘れられない。息を呑むような旨さ。...一瞬にしてとどめを刺されるようなこの旨さの艶やかさに言葉を失ったことを正直に告白したい。

7.出来立て練りたてのオーダーごとに作る濃縮ミルクを使ったジェラート
文句なく素晴らしいジェラートで一通りとなる。ペレグリーノは、わたしにとって絶対的なイタリアンである。ここは途轍もない!芸もなくペレグ、ペレグ...と呟きながら帰路に就く。
過剰な華美さを抑えた気品に満ちた端正な味わい。...2017年5月17日(水)の晩餐は、"クラテッロ・ネロ"と呼ばれる非常に稀少なパルマ黒豚に強かに打ちのめされた晩餐となった。以下、あの素晴らしき晩餐についてできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

この日は、友人5人と待ちに待った「ペレグリーノ」さん貸切の会である。例のごとく19時15分開場で、30分お食事スタートである。本日は比較的ノンアルの方たちが多い会だったけれど、わたしは、もちろんアルコールをお願いする。北イタリア、ヴェネト州のスパークリングワイン。豊潤な一品である。喉を潤すほどに一品目が饗される。

1.パルマ伝統郷土料理...長野県 伊那より "ぎたろう軍鶏" を丸ごと一羽煮出したブロード パルマ伝統の小さなラヴィオリ "カペレッティ" と共に
水と塩と軍鶏だけで、一度も沸騰させず、延べ16時間火を入れている。ブロードの中には、パルマの小さなラビオリを浮かべてある。ラビオリはパルミジャーノレッジャーノチーズとパン粉と軍鶏の肉を詰めたものだ。

軍鶏の内臓の香りが出ないように、注意して丹念に丹念にゆっくり作ったブロートである。極めて上品。この一品をいただくと「ペレグリーノ」さんに戻ってきた、という実感が湧いてくる。

2.季節の野菜料理...北イタリア バッサーノ産 ホワイトアスパラガスのフラン 完熟 黒胡椒 風味
今が旬の北イタリア、ヴェネト州のバッサーノ産のホワイトアスパラガスをふんだんに使った料理だ。ホワイトアスパラガスのフランは、まず水分を完全に飛ばしながら蒸し煮にしたものをピューレ状にして溶き卵を加えて焼き上げたものである。

また、ホワイトアスパラガスはどうしても熱々だと気の抜けたような水っぽいような味になるので、焼き上げてから、少し置いて、常温に戻してから表面をキャラメリゼしているそうだ。

一口いただくが、ホワイトアスパラガスの風味がしっかりと感じ取れるのが嬉しい。単に優しいだけでなくこういうしっかりした主張があるお料理を饗していただけるところが「ペレグリーノ」さんの素晴らしさだ。

これに合わせるワインは、トスカーナのサンジョベーゼ。

3.旬の料理...南徳島 由岐より 赤甘鯛 空豆、ガエタオリーブ ペースト と共に
大ぶりな2kgの赤甘鯛。この大きさになると旨味が乗ってくる。魚を少し寝かせて脂を回した後に、空豆と一緒に蒸し煮にしてある。そして、上から、渋みや苦味を感じるガエタオリーブの特徴を前面に押し出したペーストが添えられている。

脂ののった赤甘鯛の旨味から、春の空に舞い上がるような空豆の軽快な味調が感じ取れる。

これに合わせるワインは、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の土着のヴィトフスカ。...ヴィトフスカ。繊細さとしっかりとした芯を感じさせる味わいだ。

4.前菜...ここから「ペレグリーノ」さんのスペシャリテ、生ハムの饗宴だ!
生サラミの盛り合わせ。盛り合わせとはいっても、一種類ずつ饗していただき、一枚ずつじっくりと味わうのが「ペレグリーノ」スタイルだ。あわせる赤ワインは、いつもの通り、生ハムにもっともあうといわれるエミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコ(葡萄)を使った微発泡赤ワイン。

普段、「ペレグリーノ」さんで饗していただける生ハムは4~5種類だけれど、この日は高橋さんに頑張っていただきなんと7種類!悦ばしい限りである。

1)多田昌豊さんの18ヶ月の熟成の若いペルシュウ
この生ハムは18ヶ月の熟成。若い。素材本来の甘さを愉しむ。塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいであるが、甘みをしっかりとかじることができる。

2)多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の芳醇なもう一種類のペルシュウ
27ヶ月の芳醇なペルシュウ。先ほどのものとは熟成期間が違う。多田さんは、生ハムの現物を見ながら、熟成期間を見極めるそうだ。この一品は、熟成期間を長くして、水分を飛ばしている。たおやかな味わいに落ち着きのようなものを感じる。まろやかな味わいである。

3)イタリアのエミリア=ロマーニャ州のボローニャソーセージ、モルタデッラのハム
この一品がわたしは大好きだ!化学調味料、添加物が一切入っていない。本物の味わい。ごくごく薄く切って出される。香りが素晴らしい。本物のボローニャ風ソーセージのハム。味わいの余韻が長い。

4)トスカーナのコロンナータ村の豚背脂の塩漬け
今が旬のイタリア野菜のフィノッキオ(ういきょう)のローストと豚背脂の塩漬けの組み合わせ。フィノッキオは芯の部分をスープを抜くようにローストしているので甘味と旨味が凝縮されている。また、フィノッキオにはローストの温かみを残し、豚背脂に温度が伝わり口溶けがよくなるよう工夫が施されている。

フィノッキオからは、特有の香りや甘みを感じる。これを、透きとおるほどの白さの豚背脂と一緒にいただくのだけれど、背脂の複雑な熟成香と絶妙な塩加減に舌を巻く!

ここで、ランブルスコがなくなったので、2つ目のバルヴェーラを使った微発泡ワインが饗される。これはランブルスコほど発泡が強くない。凝縮感があるワインだ。

5)ヴェネト州のソップレッサというサラミ
ほんのり大蒜の香りがする。化学調味料も発色剤も入れていないそうだ。薄いピンク色のサラミだ。

サラミに合わせてあるのが、リグーリア産のフォカッチャ。フォカッチャは、じゃがいもを入れて作るそうだ。というか、厳密には、じゃがいもを入れていないと"フォカッチャ"と呼べないとのことだ。これは、粉の二倍以上の北海道のインカの目覚めを入れて作られているという。

手でつまんで一口いただくが甘い。この甘味はじゃがいも由来のものだろう。これに合わせるのがソップレッサという、直径10cm以上もするかなり大きめのサラミ。生肉感と、柔らかさが素晴らしい。

6)ガローニのプロシュット・ディ・パルマ、24ヶ月以上熟成させたプロシュート 下は熱々の揚げパイ、"トルタフリット"、現地と同じ食べ方で...
手で持っていただく。1つ目のトルタフリットは、パイにまだ揚げたての温もりが感じ取れる。このぬくもりの中でプロシュートの旨味を堪能する。ペルシュウと比較して、味わいが濃いハムだ。

7)自家製の平焼きパンと、ピエモンテの良質な発酵バターと最高級品、黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
イタリアの生ハムの王様、"クラテッロ・ディ・ジベッロ"。豚の外腿肉の一番旨味の強い部分をより分けて、膀胱に詰めて熟成させたものだ。

しかも、本日は非常に稀少な"クラテッロ・ネロ"と呼ばれるパルマ黒豚を使った"クラテッロ・ディ・ジベッロ"だ!、自家製の平焼きパン("チャバッタ")とピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

旨みと酸味のバランスが絶妙だ。香気も押しつけがましくなく実に品がある。絵画における新古典派のような英雄的で端正な閃きを感じる。他の生ハムも素晴らしかったけれど、本日一番を決めるとしたら、わたしはこの一品を迷いなく選びたい。


5.魚料理...岐阜 長良川より 天然ウナギのアルフォルノ 新竹の子、フルーツトマト添え
4月20日から漁が解禁になった天然うなぎ。アルフォルノ=オーブン焼き。新潟の新竹の子を香ばしく焼き上げ、上にはフルーツトマトとケッパーソースを合わせたものがかけられている。天然ウナギからは焔(ほむら)立つようなしっかりしたウナギの風味を感じる。また、これと竹の子との相性が驚く程よい。

6.旬のパスタ...手打ちパスタ 徳島産 白鮑とアスパラソバージュ和え
鮑を使ったパスタ。タリアテッレ。アスパラソバージュがあわせてある。アスパラソバージュは、味的にはクセや強い香りはなく、茎の部分は噛むと心地よい歯ざわりと少しばかりのぬめりを感じる。

鮑。夏の到来を感じさせる食材だ。ただ、この時期の鮑は、鮑本来の滴るように濃密な存在感はまとってはおらず、いまだ爽やかで軽快な印象を受ける。

7.メインの肉料理...フランス シストロン産 仔羊鞍下ロースのアッロースト 新玉ねぎのフォンドゥータ添え モデナの伝統的なアチェート・バルサミコDOPのアクセント
仔羊に新玉ねぎ。実にシンプルな一品だ。そこに25年熟成のアチェート・バルサミコでアクセントをつけてある。わたしは、こういう味を足しこんでいないシンプルな一品に目がない。仔羊はしっかりした存在感を示しつつもまったく臭みがなく、新玉ねぎの甘みとのマリアージュは抜群であった。また、ソースの酸味のアクセントが秀逸だ。

これにあわせるのは、北イタリアのメルローのワイン。

8.デザート...ラティンピエーディ
ラティンピエーディとは、パンアコッタのようなお菓子だ。牛乳と砂糖とゼラチンでつくった実にシンプルな一品だ。

9.小菓子、ピッコラ・パスティッチェリア
最後に、宮崎の完熟マンゴーの小菓子が出て一通りとなる。わたしは、ひとりだけ、「ペレグリーノ」さんに来たらお決まりのロマーノ・レヴィさんのグラッパでこの最後の一品を愉しむ。

やはり、「ペレグリーノ」さんは素晴らしい。いつまでもいつまでも絶対に擁護し続けたいレストランである!

最後に失礼する際にシェフとお話ししていて意外なことがわかった。

わたしは、映画が好きで普段からいろいろと観るのだけれど、今まで観た映画の中で、紛れもなくベスト10に入る1本に、北野武監督の『キッズ・リターン』という映画がある。

これを20年ほど前に渋谷のユーロスペースで観たときに、上映後、感動でしばらく座席を立ち上がれなかったことを今でもまざまざと思いだすことができる。...なんと、今日この日、高橋シェフもこの映画の大ファンだということがわかったのだ!...意外とシェフとは映画的感性も近いものがあるのかもしれない♪

黒トリュフが"森の香り"だとすると、アルバ産白トリュフは、"仄かに湿り気を帯びたプロパンガスの香り"とでも言おうか...このクセのある特香成分が止められない!やはり、この時期は「ペレグリーノ」さんで白トリュフをいただくのが決定的に正しいやり方だろう。

2016年11月25日(金)19:30、友人3人と「ペレグリーノ」さんを訪問する。また、今回もご主人高橋シェフのの優しいお人柄が素敵であった。

まずは、シチリアのグリードという白ぶどうを使った、スパークリング白ワインが饗される。青みがかった風味が涼やかだ。

1.メニューに書かれていない小さなお摘み、生ハムの細かく刻んだものを加えた、エミリア=ロマーニャ州特有のパン〝クレッシェンド〟
スナック的な感じで摘めるパンだ。細かくまぶされた生ハムが香ばしい。

2.長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出した澄んだ味わいのブロート
水と塩と軍鶏だけで16時間、沸騰させることなく煮込んだブロート。その中に2種類のラビオリが入っている。白い皮のほうが今が旬の白トリュフを加えた詰め物で、もう1つが、義太郎軍鶏の胸肉を合わせたラビオリだ。

一口いただくけれど、ブロートの透明感にちょっとうろたえる!存在感を主張するのではなく、ひたすら透明感を追求した一品である。口に含んだ2種類のラビオリの違いは圧倒的だ。白トリュフからは、白トリュフの特香成分が紛れもなく感じ取れる。ブロートの透明感の中で、ラビオリの表情の違いを愉しむ。

3.「ペレグリーノ」さんのスペシャリテ、パルマ生ハム5種類!
エミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコという葡萄を使った微発泡赤ワインが饗される。現地では、パルマ産の生ハムには、この微発泡のランブルスコを合わせるのが定番だ。フレッシュな酸味と細かな泡ののど越しがよい一品である。

1)日本産のパルマハム、パルマで9年間修行した日本人唯一のパルマハム職人、多田昌豊(ただまさとよ)氏の"ペルシュウ"
塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいである。右端に鮨屋さんの山葵のように少しこんもりとハムが盛ってある。これは、ハムを切るときにできたクズのようなものだそうだが、すごく甘みがある。これは最後に掬ってまとめていただくことにする。

2)イタリアのボローニャソーセージ、モルタデッラのハム
これは、添加物、調味料がまったく使われていない。本物のボローニャ風ソーセージのハム。香り高く、味わいも余韻が長い。

3)ガローニのプロシュット・ディ・パルマ、24ヶ月以上熟成させたプロシュート 下は熱々の揚げパイ、"トルタフリット"、現地と同じ食べ方で...
手で持っていただく。1つ目のトルタフリットは、パイにまだ揚げたての温もりが感じ取れる。このぬくもりの中でプロシュートのの旨味を堪能する。2つ目は、トルタフリットが温度が落ち着いてくるので、フリットとプロシュート、それぞれの味わいをいただく。

4)固くしまった熟成のサラミ
高橋シェフの創意工夫で、より美味しくいただくために、すこし脂が融解するようにオーブンで温めて香りをだしている。香り高いサラミだ。微発泡ワインとの相性は抜群だ。

5)自家製の平焼きパンと、ピエモンテの良質な発酵バターと最高優品、黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
本日の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"は、黒豚だ。前回は黒豚の入荷がなく、白豚であったけれど、本日は白豚より稀少な黒豚をご用意いただく。自家製の平焼きパンとピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

4.徳島の南の方、由岐というところの水が綺麗な白甘鯛の松笠揚げ、イタリア野菜のほろ苦いプンタレッラという生野菜のサラダ、手前にパセリが主体のサルサヴェルデを添えて
ここで、白ワイン、フリウリ=ヴェネチア・ジュリア州、北イタリア、飲み心地の良いワインが饗される。

今日の白甘鯛は、徳島の由岐というところのもの。由岐は、水が綺麗な海に面しており、アワビやアオリイカ、伊勢海老の産地なのだそうだ。今は時節柄、甘鯛やノドグロが獲れるという。松笠揚げがパリパリと旨い。ぐじの若狭焼きに近い感じである。

5.天然の鰻の炭火焼、下に敷いてあるのがイタリアの野菜の女王と言われるラディッキオ・ディ・トレヴィーゾ・ロッソ・タルディーヴォ、上からは、10年以上熟成したシエーナ産のバルサミコソースをかけて
吉野川と河口のところでとれた海鰻。やはりこの鰻も蒸したりはしない。その弾力に強かに打ちのめされる。
ここで赤ワインが饗される。1993年、20年以上熟成された、頃合の北イタリア、ロンバルディアの赤ワイン

6.軟質小麦で作った絶品タリオリーニ!白トリュフをふんだんにスライスして...
軟質小麦を挽いた粉。粒は極細かい。繊細。卵黄だけでなく、全卵をしっかりと入れて練り上げた純粋で繊細なパスタに脱帽!そこに、ふんだんに白トリュフをスライスしていただく。"仄かに湿り気を帯びたプロパンガスの香り"にくらくらしそうだ。

わたしは、元来、たとえば、雷鳥のような、香りを愉しむ嗜好品に近い食材に弱い。この白トリュフもまさにそうした嗜好品としての食材の代表格だ。

ここで次の赤ワイン。ピエモンテの良質なバルベーラ・ダスティのもの

7.岩手の山形村というところの赤身の味わいが強い短角牛、付け合せに洋ナシのマスカードシロップ
赤身の味わいが深い。牛の旨味成分、イノシン酸、グルタミン酸がたっぷりと含まれて、肉は柔らかく味わいが秋の紅葉のように深い。

8.濃縮ミルクのジェラート、上には香ばしくローストしたヘーゼルナッツをふりかけて
「当店では開店以来人気ナンバーワンのデザートです...」とのご案内。これは確かに旨かった。ミルクが濃く、パリパリと口中にはじけるヘーゼルナッツも小気味よい。最後に白トリュフの小菓子で一通りとなる。

やはり、「ペレグリーノ」さんは時折訪問しなければいけないイタリアンである。目下わたしの中でNo.1イタリアンだ!さっそく、次の予約を抑える。次は来年5月、貸切の会だ!

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2015年10月23日(金)記す

『イタリア料理とはこんなに肌理細やかな料理であったか...「ペレグリーノ(PELLEGRINO)」、このイタリアンは凄い!饗される一品一品が新鮮な驚きに充ちている!』

お花畑や女の子、お陽さまに、お星さま、そしてその合間合間を縫うようにメッセージやポエムのテクストが書き綴られていく...その花咲くようなラベルを指差してお連れさまがこう言う、「マドさん、これがね、レヴィさんのグラッパですよ...」

伝説のグラッパ職人、ロマーノ・レヴィさんのグラッパのボトルを肩ごしに眺めながら、今から都内指折りのイタリアンで饗応が始まろうとしている。2015年10月23日(金)...これから、素晴らしいというのが惜しいくらいの途轍もないイタリアンで過ごした数時間についてできるだけ詳細に書き綴っていきたいと思う。

店内は縦長に小さい。本日はグルメ仲間6名の貸切である。店主、高橋隼人(たかはしはやと)さんと会話を交わすうちに次第にメンバーが饗応の場に集まってくる...予定通り、19:30、会がスタートとなる。

まずは、スプマンテ。「ペレグリーノ(PELLEGRINO)」のワインは、温度ぬるめに饗される。こちらではワインの味わいを感じてもらうため、キンキンに冷やすことはない。スプマンテは、ピエモンテ州のスプマンテ、Massimo Rivetti Brut Duemilanove(マッシモ リヴェッティ ブリュット デュエミラノーヴェ)。シャルドネとピノノワールをブレンドした一品。辛口で、きりりと引き締まる。

1.自家製全粒パンとピエモンテ州の発酵バターを添えたお摘み
(隼)本日のおつまみです。当店で定番となるものですが、自家製の天然酵母とイタリア産のオーガニックの全粒粉を練り上げてただいま焼き上げたばかりの自家製の全粒パンです。そしてその上には北イタリア、ピエモンテの大変良質な発酵バターを現地より少し厚みを持って切って添えてあります。シンプルなんですが、どの素材も際立つような仕立てですので、どうぞスプマンテ、ノンアルコールのお飲み物とあわせてお召し上がりください。

質朴な香ばしさが漂う。バターもいささかもしつこさがなく、ひたすら好感がもてる。

ここで最初の赤ワインが饗される。Giuseppe Mascarello Figlio Langhe Freisa Toetto(ジュゼッペ・マスカレッロ・エ・フィッリオ ランゲ・フレイザ トエット)。ネッビオーロ種。甘み、 酸味はまろやかだけれどシャープな感じの素敵なワインだ。

本日のコースは、アルバのトリュフをふんだんに使う代わりに、余分な小さな料理を削ぎ落とし、通常のメニューとは若干構成を変えてあるとのことだ。

2.初めの一皿 長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したブロート アルバ産トリュフ風味
(隼)長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したブロートになります。トリュフを際立たせたかったので、軍鶏は14時間以上、一度も沸かすことなく煮詰めてすごくクリアなお出汁になっております。

白トリュフの香りが凄まじい。トリュフにブロートを注いだあと、パンのご案内がある。

(隼)どうしてもトリュフがお皿にへばりついちゃいますのでこの料理にあわせたパンをお出しします。イタリア産のオーガニックの小麦と、北海道産の越冬じゃがいものを練りこんだフォカッチャです。

ここで、白ワインが饗される。Castello di Lispidda Amphora Bianco(カステッロ・ディ・リスピーダ アンフォラ ビアンコ)。"アンフォラ"という陶器の甕にいれて地中に埋めて熟成させるという方法を使って作られた色は、輝かしいオレンジ色。煮詰めた金柑、カラメル、ドライフルーツ、アンズ、といった複雑な香りが鼻腔に広がる。これがお代わりするくらい美味しい!

3.季節を取り入れた前菜・仏産 鴨フォワグラのテッリーナ、徳島里浦産さつま芋"里むすめ"とのコンビ、白トリュフ蜂蜜がけ
(隼)フランス産鴨のフォアグラのテリーヌ。下には今が旬の徳島県産、"里むすめ"と呼ばれるさつま芋のローストを敷いてあります。芋はアツアツで、上のフォアグラは冷たいものをあわせてあります。この温度差をお愉しみください。あと、フォアグラの上にはアカシアの蜂蜜、イタリア産のもので、その中に白トリュフを刻んで加えております。今、冷たいところに白トリュフがのっておりますので、香りはそんなに立ってないんですが、上から外側のスプーンとフォークで一緒に切って口に運ぶことによって、口に白トリュフの香りが広がります、お試しください...

"里むすめ"の質朴とした甘味が素晴らしい。食べ進めるほどに白トリュフの芳醇な香りが舞い上がる...

ここで、次の赤の名品が饗される。Lambrusco 2013 Camillo Donati(ランブルスコ 2013 カミッロ・ドナーティ)。イタリア・エミリア・ロマーニャ産の微発泡の赤だ。 ランブルスコ・マエストリ種100%。果実味鮮やかで、いきいきとした酸味が印象的だ。泡立ちは柔らかく、飲み心地のよい赤だ。

4.前菜・パルマの生ハム、サラミ盛り合わせ"サルーミ ミスティ"
さあ、ここからが「ペレグリーノ」ご自慢の生ハムサラミの饗宴である!手動の生ハムスライサーでひと皿ひと皿饗していただくことになるのだが、ここはしばし、高橋シェフのご説明に耳を傾けようではないか!

(隼)当店名物の切りたての生ハムサラミの盛り合わせになります。生ハムサラミの盛り合わせと謳っているんですが、当店は生ハムを一番美味しい状態でお召し上がりいただくために、1種類ずつ順次切り分けてお持ちしています。このあと2種類、3種類とお持ちしますが、本日は白トリュフの方に比重をおいておりますので、少し少なめに5種類をお持ちいたします。お皿が白くなったところに順次お鮨屋さんのようなスタイルでお持ちします。

1)日本の岐阜の山奥で造られる、多田昌豊さんのごく繊細な味わいのプロシュート"ペルシュウ"
(隼)これは日本の岐阜の山奥で作られる"パルマスタイル"のプロシュート、"ペルシュウ"になります。何が"パルマスタイル"かといいますと、イタリアパルマで、延べ9年間修行し、日本人で唯一のパルマハム職人として現地で認められた多田昌豊(ただまさとよ)氏が、日本に2010年に帰国して作る極上のものということで"パルマスタイル"と謳わせていただいています。

(隼)多田氏は、岐阜に移り住んで、まったくパルマと同じ工房をつくって、パルマと同じ製法で作られています。ただ、豚が日本の岐阜の豚を使っているので、塩加減は現地より少し抑え目に作っていて、こうした繊細な味わいになっております。

(隼)この生ハムは、東京のレストランでは当店のみの扱いとなっております。多田氏がすごくこだわりがあって志が高い人間ですので、この薄さに切れない料理人には売ってはいただけません。彼の生ハムを使いたいとなったら、彼が来て切ってみろ、となって、で、切れないと一切売ってはくれないんです。

(隼)あと、この生ハムには、ぼくの修行したイタリアパルマの特産ワインである微発泡したランブルスコをあわせるのが、現地でもお決まりとなっております。一緒にお愉しみください。

生ハムの既成概念を覆す逸品である。このシルクのようななめらかな舌触りと、いささかもしょっぱくない味わいの品性は瞠目に値する!

2)ガローニのプロシュット・ディ・パルマとパルマ風揚げパイ、トルタフリッタ
(隼)パルマ風揚げパイ、トルタフリッタを下に敷きまして、その上には、本家イタリア、ガローニ社製のプロシュット・ディ・パルマです。多田昌豊氏が修行していた会社です。24ヶ月熟成のものです。そして、イタリアパルマでは、このプロシュット・ディ・パルマでは、必ずと言っていいほどランブルスコと同じようにトルタフリッタを添えるのが、お決まりとなっています。大変味が広がりますので、ぜひ一緒に刺してお召し上がりください。

どこまでも香ばしい香りを放つ揚げパイがお皿に2つ置かれ、その上にプロシュット・ディ・パルマがふんだんにのせられる。この一品も素晴らしいの一言に尽きた。熟成プロシュートの滋味深い味わいと、香ばしいフリッタの屈託のない軽やかさはこれ以上ない組み合わせである。

3)本物のボローニャ風ソーセージのモルタデッラ
(隼)添加物をまったく使っていない本物のボローニャ風ソーセージのモルタデッラです。香り高く、味わいも余韻が長いです。

こんなに素晴らしいソーセージを未だかつて食べたことがあったろうか!その優しいアピアランスと味わいに深くため息をつく。

4)サルーミ・クラテッロ
(隼)サルーミ・クラテッロと呼ばれるもので、サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミでございます。サラミ・クラテッロといわれますように、これからお持ちするのがイタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミになります。本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られたサラミです。良質な肉を使って作られていますので、熟成加減は素晴らしいです。で、さらに味を際立たせるためにオーブンで表面だけをほんのり温めて脂を溶かし、香りを出してお持ちしました。

ほんのり温めて溶かした脂がサラミの表層を覆い、良質な身肉(みしし)をたおやかに包み込んでいる...この高橋シェフの画竜点睛が素晴らしい。(この一品は後ほどおみやにしていただくことになる)

5)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"、発酵バター、平焼きパン"チャバッタ"とともに
(隼)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"でございます。本当に希少で別格の味わいです。必ず満足いただけると思います。本日はせっかくですので、2種類の切り分けでお持ちしています。ぜひ手前の切り分けただけのものからお召し上がりください。奥手にあるのが平焼きパンの"チャバッタ"と、あとは良質な発酵バター、それとごくごく薄切りにして幾重にも重ねたクラテッロを乗せたサンドイッチです。現地ではこれが最良の食べ方と言われています。ぼくもそう思うので、ぜひこれは最後にお召し上がりください。

(隼)これは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足からまず外して、それでそれを豚の膀胱に詰めて、吊るして熟成させるんです。あのー、普通、熟成というと乾燥した場所で熟成させるんですが、この土地(パルマ、クラテッロ)は湿地帯なんですね。川のすぐ横で熟成させるので、その湿地帯で熟成させるためには、豚の膀胱に詰めて、外側はカビが生え、菌をまとわせて中に影響がないように熟成させるんです。

(隼)そのまま食べると美味しくないので、現地でもまず豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱をとって、そのあとにさらにその膀胱と肉の間にある腐敗した部分を全部削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてからお出しします。

(隼)この製法(戻し方というの)は、イタリアの現地で修行してないと中々わからないものですから、同じクラテッロを他のお店で食べても、なかなかこういう香りのものは出てきにくい状況になっているかと思います。

(隼)今日は白豚のクラテッロだったのですが、もうひとつ本当に芳醇で、年に何本も入ってこないような黒豚で仕込まれたクラテッロというものがございますが、それはもう本当に、味、香りがもうワンランク上になるもので、戻すときのワインもバローロを使ったりします。

とのことだ。さすが高橋シェフの思い入れもひとしおである。ハムは絶品。どのハムもそうであるが、実に品性を備えていて繊細であることに驚きを禁じえない。ここのハムは、わたしが食べたハムの中でも指折りの逸品である!

ここで、次の微発泡の赤ワインが饗される。Barbacarlo Oltrepo Pavese Montebuono(バルバカルロ オルトレポ・パヴェーゼ モンテブオーノ)。ロンバルディア州、Barbera (バルベーラ)、 Croatina (クロアティーナ)、UvaRara (ウーヴァ・ラーラ)、 Ughetta (ウゲッタ)、4種のぶどうを使った微発泡の赤ワイン。一口いただくが、 ハーブなどの独特の香りと味わいが心地よい。

高橋シェフから一言ご案内がある。

(隼)実はこのあと、(メニューに)魚って書いてあるのですが、その前に一品挟ませていただきます。今日はあんまり余分なものは、お出ししないと言っていたんですが、偶然に本当によい食材が入りましたもので...食材はイタリアのフレッシュなポルチーニの大変良質なものです。

4.ポルチーニ茸のフリット、ネピテッラを添えて
(隼)現地ではポルチーニといったら、ネピテッラというミント系の香りのする香草、ポルチーニと抜群に好相性のものを使います。このダイナミズムをお感じください。

傘といしずきを分けてフリットされている。これが途轍もなく旨い。傘の部分は信じられないくらいの瑞々しさで食べ手を圧倒し、打って変わっていしづきのシャリシャリ感がたまらない!良質なポルチーニとはこんなにも瑞々しく水分を含んでいるものかと驚きを禁じえない。

ここで、次なる魚料理を見据えて白ワインが饗される。Vitovska Origine 2009 Vodopivec(ヴィトフスカ・オリージネ 2009 ヴォドピーヴェッツ)。ヴィトフスカ種100%のイタリア・フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア産の白ワイン。

5.魚料理 徳島産鳴門海峡より、一本釣りの鰆(さわら)イタリア野菜 プンタレッレとガエタオリーブのペーストを添えて
(隼)紀州備長炭焼きです。鰆が一番美味しくいただけるようにミディアムレアの状態で火を入れております。2種類のフルーツトマトと、渋みと苦味を感じ取れるオリーブのペーストをアクセントに添えております。奥手にある野菜は、今が旬のイタリア野菜、プンタレッレになります。

まさに海で泳いでいる鰆の新鮮さを、そのままにひと皿に仕立てたような一品。ミディアムレアから感じ取れる鰆の鮮度に胸を打たれる!

ここで、次のパスタを見据えて赤ワインが饗される。イタリアワインの王様、バローロだ。Giovanni Canonica Barolo 2005(ジョバンニ・カノニカ バローロ 2005)貴重なバックヴィンテージ!、一口含むが、余韻が長く充分なボリュームである。酸、タンニンもししっかりとして豊かである。

6.パスタ 手打ちパスタ タリオリーニ アルバ産 白トリュフで覆い尽くして
(隼)ピエモンテのタヤリンは、トリュフに合わせやすいように卵黄だけでねったもの、と最近は定義付けられているのですけど、ぼくはエミリア=ロマーニャ州で修行したんで、卵黄だけだとボソボソしてしまうんで、こちらのタリオリーニは、(少し卵黄は多めに配合しているんですが)、全卵をしっかり入れて作っています。

この白トリュフのふんだんな使い方は罪である。胸が詰まるくらいに悩ましく食べ手を圧倒してくる。タリオリーニの出来栄えも素晴らしいの一言である。

ここで、最後のメインを見据えて赤ワインが饗される。La Stoppa 2003(ラ・ストッパ 2003)。エミーリア・ロマーニャ州のビオ。凝縮感がしっかりとあって、粗絞り感を主張してくる良品である。

7.メイン料理 バザス種 牛 リブロース芯 の紀州備長炭火焼 イタリア産洋梨のマスタードシロップ漬モスダルダ添え
(隼)バザス種、日本に10月に初上陸。フランスでも一番素晴らしいと言われているのがバザス種です。フランスバザスの最高の牛肉リブロースの芯だけを使ってます。まわりは全て削ぎ落として、あとはリブロースの周りについている筋だけを焼いて煮出したソースをつけています。付け合せはなくて、アクセントにイタリアの洋梨のマスタードシロップ漬け、モスタルダをお付けしています。

良質な牛ステーキである。付け合せの洋梨のシロップとの相性も抜群である。

ここで、最後の白ワインが饗される、Verduzzo(ヴェルドゥッツォ)。淡黄色または黄色の麦わら色を持った白。一口いただくが、繊細でフルーティー、特徴的な香りを持った上質な白である。

8.デザート 伝統的、典型的なバニラ風味のパンナコッタ
(隼)伝統的なパンナコッタです。上にはイタリアを代表する伝統的なデザートのひとつザバイオーネです。温かいものです。そこに本日、ピエモンテの白トリュフを加えた白トリュフのザバイオーネです。卵黄をかきたててつくるものなんですが、それと一緒に掬ってお召し上がりください。

「ペレグリーノ」のパンナコッタは悶絶するほどに旨い!

(隼)少量、ロマーノ・レヴィさんのグラッパをご用意しました。

(皆)えー!

(隼)このグラッパの香りと、チョコレートを一緒にいただいたら、どちらも甘さが際立つと思います。カカオ分100の%のベネズエラ産の自家製の生チョコレートになります。

レヴィさんのグラッパ。まるで上等のワインを飲んでいるかのような柔らかな接触感...まさに天使のグラッパである!

以上で、本日の「ペレグリーノ」は一通りとなる。わたしの中でイタリアンのランキングが塗り替えられた一夜であった!「ペレグリーノ」は途轍もない。イタリアン好きで未訪の方があるなら、今すぐ駆けつける価値のある名店である!

  • ジベッロ村の"クラッテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
  • 【旬の一皿】大間の黒鮪のクルード
  • 【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロート" 詰め物をした小さなラヴィオリ"カペレッティ"を浮かべて

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7位

SATOブリアン 本店 (阿佐ケ谷、南阿佐ケ谷 / 焼肉)

1回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥10,000~¥14,999 -

2016/04訪問 2016/05/08

誰がなんと言おうとココは最高!...「SATO ブリアン」、今夜もまた素晴らしかった!前回を上回る九州黒毛和牛の上物のヒレ肉を心ゆくまで堪能する!


阿佐ヶ谷「SATO ブリアン」。前回(2016年4月13日 水曜日)お伺いして、あまりにも感動的だったため、さっそく帰り際に次回の予約を入れて帰る。本日、2016年5月6日(金)は、その再訪の日にあたる。

実は、阿佐ヶ谷は、以前10数年間住んでいたことがあるのだけれど、路地路地に味わいある店が点在するなんとも素敵な街である。今日はまず、「SATO ブリアン」さんから見て、中央線の高架線を挟んで北側に位置する喫茶店「黒猫茶房」さんでお連れさまと待ち合わせる。「黒猫茶房」さんはスターロード商店街を抜けた狭い路地の角にある小さな味のある喫茶店である。

喫茶店内の小上がりでお連れさまとコーヒーを飲みながら1時間ほどお話しした後、予約の17:00に近づいたため、「SATO ブリアン」さんへと向かう。GW中は概ね晴天に恵まれたけれど、今日は小雨のぱらつく1日になってしまった。10分前に入店すると佐藤明弘オーナーが笑顔で迎え入れてくれる。

着座して、まずはグラスビールで喉を潤していると、ホール係の方から軽く本日のコースの説明があり、よどみなくコースがスタートする。

1.橙酢(だいだいず)のサラダ
まずはサラダが饗される。さっぱりしたサラダをいただきながら、さっそく佐藤オーナーに本日のワインのご相談をする。
(マ)「前回は、オーストラリアワインの赤、ハーディーズ・スタンプ(カベルネソーヴィニョン)をいただいたんですけれど、やっぱりこれがお薦めですか?」
(佐)「赤ワインは、どういった感じがお好みですか?」
(マ)「そうですね~、お肉ですからね、できるだけしっかりしたものがよいですね」
(佐)「では、タンニンがしっかりしているアルゼンチンのマルベックがお薦めでしょうね」

この一言で、即座に、今日は佐藤オーナーのお薦めのボトルで行くことに決定する。
Vina Cobos Felino Maibec Mendoza(ヴィーニャ・コボス フェリーノ マルベック メンドーザ)2014。マルベック種100%。一口いただくが、果実の香りとともに、仄かなビターチョコレートのフレーヴァを感じる一品。タンニンはしっかり目で存在感は充分だけれど、舌触りは絹のように滑らか。なんとも素敵な赤である!

2.九州和牛のシチュー
前回は内臓系の部位も入っていたが、今回は正肉が2つゴロリと入っていて、さらに大きくカットした人参が1つ入っている。やはり優しい味わいである。
今日のお肉を見せていただけるか佐藤オーナーにお伺いすると、即座に、立派なタン(写真左)とハラミ(写真右)をざるに載せテーブル席でお披露目いただける。いやしかし、この美しいお肉のアピアランスはどうだろう!いただく前からテンションがあがりまくる!

3.タン元
切り分けられたタン元とハラミがお皿に載って登場し、さっそく佐藤さんが焼きに入る。まずはタン元である。裏返しながらほどよく火が通ったところで、トングで肉片を拾い上げ小皿に饗してくれる。「スパイスか、辛子醤油で召し上がってくだい」とのご案内である。一口いただくが、噛みごたえ、柔らかさとも申し分ない。わたしは、タンは、タン先よりも、厚みがあって贅沢にタンの味わいを堪能できるタン元の方が断然好みだ。

4.ハラミ
続けてハラミの焼きに入るが、ここで、ハラミに使うにんにく醤油が事前に饗される。こちらも焼き上がりを見計らって、小皿にさっと饗される。「にんにく醤油かスパイスでお召し上がりください」とのご案内だ。まずは、パンチのあるにんにく醤油と一緒にいただくが、口中に溢れる肉汁に思わず落涙しそうになる。この事態にどう収拾をつけたらよいものか...しばらく、花ざかりの森と化した口中の余韻とともに過ごすことを余儀なくされる...そして、旨味の余韻が静まりホドけかけたところでいただくマルベックの素晴らしさといったらない!瞼の裏に、幾重にも重なる紫陽花の花びらがきらびやかな花色を放ちながら、万華鏡のように儚(はかな)く転変し、何物にも代え難い至福感を齎(もたら)してくれる。

続いて、切り分けられたいちぼ(右)とランプ肉(左)がテーブルに運ばれてくる。腰とお尻のあたりのお肉である。こちらは九州産のものが中心なんですか?と佐藤さんにお伺いすると、「ええ、仕入れに週1度、芝浦の市場に行くんですが、そのときに九州の物をメインに仕入れます。芝浦にはA4A5ランクを1番集めている店がいくつかあるんですが、ぼくはその中でもいつも1番上の方のランクの店から引いているんです。そこはマイナス5度くらいの冷蔵庫にブワーっと肉が並んでいるんですけど、肉屋に出回る前に優先的に買わせてもらえるんです」そういうコネクションはどうやって作るんですか?との問いに、「こればっかりは一朝一夕では無理ですね。若いうちからずっと通って、通って、信頼関係を築いてはじめてそういう間柄になるんですね」とのことだ。

5.いちぼ
いちぼ。これは前回はなかった希少部位だ。「いちぼは、わさびかわさび醤油で」とのご案内ととも小皿に饗される。これもまた驚く程脂がのった部位だ!わさび醤油でさっぱりいただく意味が理解できる。これはお肉の大トロだ!
ここで、塩ダレたたきキュウリが挿入される。わたしは白菜キムチに劣らず、この漬物が大好きだ!

6.ランプ肉
サーロインにつらなる腰からお尻にかけての大きな赤身肉。「ランプ肉は、タレかスパイスで」とのご案内で取り皿に饗される。引き締まった赤身肉であるが絶品の柔らかさである。

7.かいのみ
鹿児島の"のざき牛"のかいのみである。「宮崎の尾崎牛は有名ですけれど、全国出回っちゃってますからね、どうしてもバラつきが出ちゃっいますね。それに比べて"のざき牛"はあまり知られていない分、間違いのないクオリティを提供してくれます」とのこと。「かいのみは、タレで。切らないでいきます」と直接タレの上に載せていただく。脂のりが素晴らしい!口中を上質な肉汁が満たす!肉の旨みを充分に堪能できる逸品である。

8.鹿児島のサーロイン
「SATO ブリアン」さんで扱うサーロインは全て九州産のメス牛である。特に霜降りは鹿児島のメスに限るとのこと。米沢牛のような北の牛もいいけれど、北の牛は霜降りが強いので脂も強いとのこと。こればっかりは好みですね、とはご主人の談。「北の牛は脂がぐっと出ますね。九州はサーロインでも赤身が残っていてサーロインもサシが入って、赤身も万遍ないので、サーロインもバランスがいいんですね」とのことだ。わたしは、脂身で圧倒する肉より、「SATO ブリアン」さんの赤身が入ったバランスの良い肉の方が断然好みだ!

ここで網を変える。肉をなじませるために網の表面をトングで摘んだサーロインで何度も撫でる。「SATO ブリアン」さん特有のパフォーマンスだ。サーロインは、ポン酢と大根おろしでいただく。脂がノリにノリまくっている。この肉は、ポン酢と大根おろしでさっぱりいただくのが最良のやり方に違いない。ここで、次の特選のヒレスキのための"スキダレ"が鉄板で温められ始める。

箸休めに長崎産トマトが饗される。スイーツトマトほどの甘味はないものの、甘くて美味しいトマトである。

ここで、佐藤さんから九州黒毛和牛のヒレ・シャトーブリアンの肉塊のお披露目。「こいつはいいですよ、今日は前回以上にいいのが入りました!」とのご案内。期待が彌(いや)増す!ほどなく切り分けられたヒレとシャトーブリアンが皿にのせられてテーブルに運ばれてくる。

9.特選のヒレスキ(卵を載せてすき焼き風に)
まず、福岡県産の糸島産の"つまんでご卵(らん)"が、ご飯とともに饗される。「びっくりするくらい弾力がある卵です。そもそも"つまんでご卵"のパッケージが、指で卵の黄身をつまんでいるパッケージなんです(笑)。弾力と濃さがあるブランドになりますので、ぜひヒレスキでお使いください。糸島はもともとずっとお野菜買っていたんですが、そこでたまたまこのひら飼いの鶏を紹介してもらって、素晴らしいので使い始めたんです」とのことだ。

焼きあがったヒレをまずは"つまんでごらん"に絡めてみる。箸先で絡めてみるにつけ、その指に伝わる卵の弾力に息を呑む!さらにそれをご飯の上に載せて一気にかき込む。いや、こんな至福感はない!思わず箸をおいて、机に肘をつき、"考える人"のようにしばし沈思黙考を決め込まざるを得ないくらいに感動的だ!このタイミングで、"ブリダレ"を鉄板で温っため始める。

●2016年GW渋谷東急8階の肉博覧会の佐藤さんのお話
「おととい(5月4日)イベントで渋谷の東急の8階で肉博覧会があったんですが、1日だけ、お弁当を売ったんです、お付き合いで。100食限定で。シャトーブリアンのヒレのお弁当をお出ししたんですが、2時間で売り切れちゃいました。20時まで営業しなきゃいけないんですが、10時にスタートして、12時過ぎに売り切れちゃいました(笑)主催者側が、いやー、ちょっとどうにかしてもらえませんか、というので(笑)、端材を使って、シチューを作りました。それでも15時には終わっちゃいました。オープンと同時に行列がいつの間にかできまして、お客さんがなだれ込んできましてね。焦っちゃいました(笑)。隣で2号店の店長に焼かせて...でも、愉しかったですね、たまに他のところでやるのもよいですね」
さもありなん!この人気も充分頷ける!

10.シャトーブリアンを使った"ブリ飯"
「唐津はこの時期から9月くらいまで雲丹がいいですね。冬は北海道で、今の時期はここです」と、佐賀唐津の赤雲丹が木箱に載って登場する。なかなかの雲丹である。冬場の北海道の上物と比較するとどうしても迫力に劣るものの、表面が崩れておらず、ひと粒ひと粒の粒子が立ってザラりとしている。コイツは間違いなく上物だ!

焼きあがったシャトーブリアンを"ブリダレ"にくぐらせ、小さめのご飯に盛り付け、その上に雲丹を載せて"ブリ飯"が完成である。ヒレ肉の芯の芯の希少部位の味わいは極上である。天上の多幸感とはこのことをいうのであろう!思わず箸を置き、何に向けてかわからないけれど「ありがとう」などと独りごちている自分を見出す。

11.シャトーブリアンを使った"ブリかつサンド"
これがまた堪らなく大好きな一品なのだ。カリッと焼かれたこのパンの香ばしさはどうだろう!それが、さっと油をくぐらせたシャトーブリアンのカツレツをそっと優しく包み込んでいる。最後の最後に饗されるこの軽快感がなんとも小気味よい。揺れる木漏れ日を頬に感じながら、せわしないリスとお話して、陽気な小鳥たちのお喋りに耳を傾けるかのような軽快感を味わううちに、知らぬ間に緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな時空へと誘い出され、為すすべもなく武装解除されてしまっている自分を見出す...

12.冷麺
最後に冷麺でさっぱりとしめる。手のひらサイズの分量もちょうど良い。最後にレモンシャーベットが出て一通りとなる。

いや、今日も食べに食べた!やはりここは素晴らしい!くり返し通うこと必定の焼肉の名店である。ちなみにこちらのオーナ、佐藤明弘さんは相当のグルマンでもある。今日も美味しいお店の話で花が咲いた。佐藤さん、本当によく色々なお店をご存知だ。大変勉強させていただいた。今後はお店巡りでもご一緒させていただきたいものだ!

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2016年4月13日(水)記す

『やっぱり焼肉は、気のおけない仲間たちと食べるに限る!...「SATO ブリアン」、それにしても、ここの焼肉は震えるほどに旨い!』

2016年4月13日(水)。今日はお待ちかねの焼肉の会だ!食べること大好きな4人の会である。わたしはこの会が滅法好きだ。みんながみんな、屈託がなくて天真爛漫で、美味しいお食事をいただきたいというその純粋なカラっとした気持ちを持ってるものだから、あらゆるお食事の場を魔法のように愉しい場にしてくれるのだ...その躍動感が何とも素晴らしい!

19:20。JR中央線阿佐ヶ谷駅に降り立つ。南口から高架線に沿って荻窪方面に少しばかり歩く。ほどなく「九州和牛 サトーブリアン」の看板が目に入る。扉を開けて店員さんに予約を入れていただいた友人の名前を告げると、もうすでに友達は到着している。4人の友達のうち1名だけが総武線のトラブルで若干遅れるということだ。

まずは、3人でゆるりと始めることにする。グラスビールをいただいていると、白菜キムチとカクテキが饗される。一口いただくが、辛すぎずわたしの好みだ。美味しい焼肉屋さんは、必ずといってよいほどキムチが美味しい。否応なく期待が高まる。ほどなく一品目のビーフシチューが饗される。

1.九州和牛の色々な部位を使ったビーフシチュー
ホッとする優しい味わいだ。和牛の色んな部位が入っていて、とろりとした食感や内臓系のコリコリとした食感などをさまざまに愉しめる。

2.前菜の白胡麻と海苔のサラダ
白胡麻の風味と海苔の味わいが何とも素敵だ。海苔は口溶けがよくて甘みがあって、舌の上に草が溶けて残る...ここで、4人目の友人が到着される。

3.タン元、トロのハラミ、塩たれタン
タン元。牛の舌の根元の部位である。細かいサシがしっかりと入っていて、一口食べると大トロを思わせる豊かな味わいにうっとりとする。トロのハラミが花咲く!霜降り状にサシが入った極上品。適度なコクが甘味とマッチしていて文句なく旨い。塩たれタン。弾力があって、タン特有の媚びのないエッジのたった旨みがステキだ。ここでオーストラリア産のシラー、赤をいただく。

4.カイノミ、ランプ
塩ダレたたきキュウリをいただく。この漬物も素晴らしい!ほどなくカイノミが饗される。カイノミは、バラの一部でヒレ肉の近くにある部位だ。一口いただくが、柔らかく、脂も程よくのっていて、牛肉本来の旨味が伝わってくる。 貝の形をしているためこの名がついたそうである。1頭の牛からほんの少ししかとれない希少部分で極上の焼肉用である。続いてランプ肉も焼きあがる。サーロインにつながる腰からお尻にかけての大きな赤身肉だ。肉の肌理がとにかく細かく、風味もあって柔らかい。

5.リブロース
サーロインと肩ロースの間の最も肉厚部分の部位。サシが入りやすくきめが細かい。一口いただくが、柔らかく脂の濃厚な旨みが感じ取れる。

6.ともさんかく
しんたまの端っこ、しんしんの外側についた三角形の肉である。さくっと歯切れよく、歯ごたえはあっても硬くはない。クセのない大らかな味わいだ。ただ、クセがないとはいえ、赤身肉の持つ豊かさは、舌にも鼻孔にもしっかり伝わってくる。濃い肉汁が口を潤す。

7.牛肉の王様シャトーブリアンを熊本の橙(だいだい)ポン酢とたっぷりの大根おろしで...
シャトーブリアン。ヒレ肉の最深部の希少部位。仄かに茜さす頬のようなアピアランスが何とも美しい。一口いただけば口どけ柔らかくとろけるような味わいである。これを橙ぽん酢でさっぱりといただく。ここでお口直しのフレッシュトマトが饗される。

8.宮崎牛和牛のヒレ、ご飯と卵ですき焼き風に...
シャトーブリアンを包み込むヒレ肉の登場である。これを少量のご飯と卵で卵かけご飯風にいただく。これが絶品であった!濃厚な卵が絶妙な焼き加減のヒレ肉にまとわりつき、ご飯とともに奇跡的なコラボを実現する。

9.宮崎牛のヒレのすき焼きをにんにくたまり醤油あえと馬糞雲丹を添えて...いわゆるブリ飯
馬糞雲丹とヒレ肉との相性が抜群。あわせるにんにくたまり醤油が憎いほどマッチしている。ここで、もう一度牛肉の王様シャトーブリアンを熊本の橙(だいだい)ポン酢とたっぷりの大根おろしでいただく。

10.冷麺
小さい冷麺が出る。これがさっぱりと口の中をすすいでくれる。

11.宮崎産和牛シャトーブリアンを使った"ブリかつサンド"
最後に有名な"ブリかつサンド"だ。香ばしく焼き上げられたパンとミディアムレアに焼き上げられたシャトーブリアンとの相性は文句のつけようがないほどに旨かった!最後にアイスクリームをいただいて一通りとなる。

「SATO ブリアン」。ここは途轍もない完璧な焼肉屋さんである!さっそく次回の予約をとる。今一度、じっくりと味わって、近々レビューを更新したい!

  • 九州黒毛和牛、極上タン(左)と極上ハラミ(右)
  • 九州黒毛和牛のヒレ・シャトーブリアンの肉塊のお披露目
  • 唐津はこの時期から9月くらいまで雲丹がいいですね。冬は北海道で、今の時期はここです

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8位

SUGALABO (神谷町、六本木一丁目、赤羽橋 / イノベーティブ、創作料理)

1回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.5
    • | CP 4.5
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    - -

2016/02訪問 2016/02/21

"皇帝に愛されたシェフ"のフレンチ...「SUGALABO」、門外不出の匠の技に酔いしれる


久しぶりに胸躍る想いでフレンチのレビューを書き始められることに悦びを感じる。2016年2月15日(月)、あのジョエル・ロブションに愛されたシェフのフレンチを心ゆくまで堪能したひとときについて以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい...昨年の暮れに、クワトロ☆さんから、一見さんお断り・完全紹介制・完全予約制のSUGALABOさんのお誘いを受ける。これは万難を排してでも参加しなくてはならない!

お店の場所は、神谷町駅から徒歩数分のところにある。入口はものすごくわかりにくい...でも、心折れずに、まずは、桜田通り沿いに"オレンジ コーヒー(ORANGE COFFEE)"とあるコーヒー豆直売の専門店を探してみよう。そして、その自動ドアを入った左手の絵葉書が飾られた一枚板の壁が、SUGALABOさんの入口になっているのだ。ちょうど忍者の隠し扉のような格好である...まさに隠れ家。入口を入ると店内はコンクリートの打ちっぱなしに配管が張り巡らされた、まさに"ラボラトリー"(実験室)を彷彿とさせる空間が広がる。

今日、ご一緒させていただくのは、クワトロ☆さん、actis1001さん、next doorさんである。いずれも美食を極めたグルマンさんたちである。
まずは、爽やかな果実感のあるモエ・エ・シャンドン・グラン・ヴィンテージ(2006)で喉を潤すほどにコースがスタートする。

1.SUGALABOのスペシャリテ、フォアグラ(からすみ入り)とキャビアをはさんだ京都末富さんの最中
お米の入った手のひらサイズの小さな升に、最中が載せられて饗される。指でつまんで一口でいただくのだけれど、キャビアの塩味とフォアグラの濃厚さが凝縮された珠玉の逸品である。ほんの小品だけれども、このあと連綿と続くコースを一通り終えた後でも、静かにその存在感が脳裏に残り続ける素敵な逸品である。

2.岐阜県、関市の山奥のパルマハム職人の多田 昌豊(ただ まさとよ)さんのプロシュート、卵黄とローストしたヘーゼルナッツを散らして
「5月にいってきて、やっと卸していただけることになりました」とは須賀さん。このパルマハム職人のプロシュートの素晴らしさは、広尾のペレグリーノさんで実証済みである。素晴らしいの一言につきる。

3.ベーコンと玉葱、ふきのとう、春菊をいれた小さなキッシュ
もうそこに春が来ている、と感じさせる一品である。焼きあげられたキッシュの香ばしさのその向こうに、ほろ苦いふきのとうの風味が仄かに漂うのが素晴らしい。一口でいただいた後、そのほろ苦い余韻をしばし愉しむ...
ビオ系の白ワイン、ジダリッヒ Zidarichが饗される。コクをしっかりと感じるがアルコールはそれほど高くなく、優しい感じが魅力な一品。

4.1本釣りの良質な"関ぶり"のアミューズ
「脂ののった部分を少し表面を香ばしく炙りまして、紅時雨(べにしぐれ)という赤大根とご一緒にお召し上がりください」とのご案内である。"関さば"とはよく聞くが、これは"関ぶり"。大分県の佐賀関で水揚げされた鰤。春の産卵に向けもっとも充実した鰤だ。脂のりは抜群。濃厚な風格ある香味に圧倒される。

5.北海道産馬糞雲丹とホタテのソテー
「北海道産の雲丹とホタテを、結構塩気のある"海藻バター"を使ってソテーにしたものです。今、焼きたての全粒粉のパンをお持ちします。一緒にお召し上がりください。お酒(日本酒)ともあうと思います」とのご案内である。旨い...小品だけれども北海道の食材の旨さが凝縮されている。また、これに日本酒を合わせてくるところが心憎いばかりだ。併せるのは、天狗の舞。山廃純米酒の濃厚さと生酒の新鮮さを兼ね備えた良品である。

6.土佐ジローの卵を使った目玉焼き、下にポレンタを炊いて少し揚げたもの、松の実のロースト、トリュフ、生姜、焦がしバターと和えて
卵は通常のものと比較すると、若干小振りだ。スーパーでいうSサイズくらい。でも、黄身は大きめでプリプリとしていて、こくがあり、味はしっかりとしている。併せるのはJasnieres Calligramme ジャニエール カリグラム。透明感ある立体的な広がりを感じる。

7.北海道産鮟鱇のポワソン
北海道産鮟鱇が、毛蟹、原木しいたけ、毛蟹を使った出汁に沈んでいる。ほろほろと解ける鮟鱇は絶品。周囲にさざめく毛蟹の香りが鮟鱇の身肉(みしし)に寿(ことほ)ぎを添える。これに併せるのはPuligny Montrachet ピュリニィ・モンラッシェ。エレガント。キリっとしたミネラル感と金属性がある。

8.天草たなか畜産の黒毛和牛
トリュフスライスで、マッシュポテトの上にふんだんに黒トリュフをふりかけていただく。併せて饗されるのは、Chateau Haut-Marbuzet シャトー・オー・マルビュゼ。凝縮した果実味を感じる一品。この和牛は肉質といい焼き具合といい申し分ない。滑らかなテクスチャから溢れる凝縮した和牛の旨みに陶然とする。
ここで、わたしは、フロマージュをオーダーする。

9.カレー
SUGALABOさんの〆は、カレーである。(珍しい!)でもこのカレーが滅法旨い!こんな美味しいカレーは、どこにもないと断言したいくらいの味わいである。

10.柑橘6種
涼やかな柑橘が饗される。柑橘もSUGALABOさんこだわりの取り揃えである。

アップルパイ、プリンと和菓子、マドレーヌをいただいて一通りとなる。
いや、久しぶりにフレンチで満足感を味わった、という感じである。現代フレンチの奇を衒(てら)った露骨な感もなく、ただただ秀逸なフレンチをいただいたという感じに大満足であった。

  • 天草たなか畜産の黒毛和牛
  • 北海道産鮟鱇のポワソン
  • 1本釣りの良質な"関ぶり"のアミューズ

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9位

東麻布 天本 (赤羽橋、神谷町、麻布十番 / 寿司)

3回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.6
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥40,000~¥49,999 -

2020/03訪問 2020/04/08

1品1品のクオリティが凄い...「東麻布 天本」、泣きぬれるような潤いを帯びた鰹の藁焼きに言葉を失う...

焼き台に盛られた乾ききった藁たばの底に、真っ赤な種火が一点、そっと差し入れられる。途端に藁の隙間という隙間から煙があふれ出し、太陽の光を存分に吸い込んだ藁の芳しい香りが店内に屈託なく広がる。

店主は、まず、5本の金串が通ったたわわな一本釣りの"ケンケン鰹"の片身を、細心の注意をはらって、あふれる煙の中にくぐらせる。藁の香りで、片身に仄かな薄化粧が施すように。...そして、ほどなく藁しべを踏みにじるように躍り上がってくる焔の真っ只中に、金串をじっと据え置いて、今度は金串の先でしなる片身を、刀身のようにひたすら鍛えにかかるのだ。

...その間数10秒。

表面5ミリ分だけ火が通っているものの、そこから中心部にかけては、泣きぬれているように艶やかな潤いを帯びた"ケンケン鰹"の切り身がすっと饗される。

一口口に含む。...藁の薫香が、艶やかに煌めく鰹の旨みをそっと包み込む。刀身のように透徹した鰹の血潮を、藁の薫香がそっと覆うのだ。素晴らしい。...「東麻布天本」は少しご無沙汰になってしまったけれど、最初の一口をいただいた途端、やはり図抜けた鮨店であることを確信する。2020年3月9日(月)。素晴らしかった「東麻布天本」について以下書き綴っていきたい。


1.三重県の桑名の白魚
春を感じさせる逸品である。ぷっくりと太った存在感。紛れもない上物である。

2.佐賀県の唐津の赤ナマコ
これも旨かった。天本のひとつひとつの素材の良さに改めて舌を巻く。

3.千葉鹿島の蛤とほたるいか
ほたるいかと蛤の滋味を、アオサ海苔の風味がさっぱりと包み込む。これも春を感じさせる逸品である。鹿島の蛤は先日のペレグリーノでも使われていたことをふと思い出す。

4.鯛の白子
これが滅法素晴らしかった。まるで象牙のように滑らかな白子である。コクの強さに加えて、えも言われぬ繊細さが相俟った風味がたまらない。

このあたりから、天本という鮨店の1品1品に対するヤル気の凄さが、抜き身の匕首を突き付けられたみたに迫ってくる。品を饗されるたび、的確な言葉を見出せず、言葉をまさぐるようにうろたえる自分を発見する。

5.北海道、噴火湾の北寄貝
北寄貝のシャリシャリとした味調が心地よい。木の芽のさわやかな香りが春らしい。

6.青森の子持ちヤリイカ
印籠詰め。もち米を包むイカのふっくらとした甘み。

7.牡丹海老の紹興酒漬けに雲丹、牡丹海老の卵を添えて
ぷりっぷりの牡丹海老を、紹興酒に酔いどれた雲丹が包み込む...
最後にシャリを入れてリゾットにしていただく。

8."日戻り漁"の一本釣りの三重県の"ケンケン鰹"
紀州の湾内に入ってきた鰹。"日戻り漁"とは、有名な遠洋の鰹漁とは違い、名前の通り、釣ったその日に漁港に水揚げされる鰹のことだ。初ガツオの一番よいものである。初ガツオは固いものが多いが、これは脂があって、ふわふわしている。とにかくスゴい。

9.兵庫県産の牡蠣
海のこぼした涙の粒。瞳を閉じて堪能する。

10.鹿児島の石鯛の焼き物
今日で3日目の石鯛。身がふくよかで、味わいに鯛独特の品性がある。

11.鯛の握り
さぁ、ここからが握りだ。まずは、鯛。柔らかく優しい。春の言祝ぎを感じさせる握りからのスタートである。

12.西伊豆のシマアジの握り
この仄かに茜(あかね)さす艶やかなフォルムはひとを陶然とさせるものがある。気持ちを落ち着けて指先で摘んで、口に放り込む...その肉質は強い弾力性があり、脂の載り方が緻密である。これは紛れもなく青ものの最高峰である。この慎ましやかな品性と落ち着いた存在感に思わずため息がもれる。

13.突きん棒で獲った銚子のカジキの握り
この時期しかない。1週間寝かせたもの。滑らかで美味しい。後味に漂うまろやかな香り...これが"突きん棒漁"の甘美な香りかもしれない。

14.墨烏賊の握り
紛れもなく墨烏賊の肉のしっかりとした存在感が感じられ、歯触りもコリコリとして格別だ。ただし硬さはなく、噛みしめるほどに烏賊特有のねっとりとしたテクスチャに変化してくる。

15.銚子の金目鯛の握り
皮が柔らかいので、炙らないで出されている。珍しい。炙らない金目も乙である。柔らかな金目の香りを静かに愉しむ。

16.三陸のかんぬきの握り
さよりの大物。ふくよかな味わい。名刀のような冴え返りに息を呑む。

17.塩釜の鮪の中トロ
藤田水産。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとわせている。

18.定置網の福島県産の鮪の大トロ
46kg。こちらは、がっつりと脂を纏っている。ただ、全体にトロトロな大トロではなく、筋を噛んで旨み感じる大トロである。

19.関西空港で獲れたこはだ
関西空港は釣り人は入っちゃいけないそうだ。そしてこの時期のもの。寝かせて3日目のこはだ。青身特有の味の濃さの向こうに蠱惑的なコハダ臭が漂う。

20.鮪の海苔巻き
東京湾の海苔である。味が濃くて旨い。強さがある。

21.宇部の海老の握り
すっと付け台の端っこに配置される(笑)。炊き立ての巻き海老の握りで落ち着く。

22.(お代わり)こはだ、カジキ
ここで、特に素晴らしかった2品をリピート。

23.穴子
穴子もしっかりとした仕事が施されているのがわかる。あまりトロトロではなく、しっかりとした身質を通して穴子の香りが愉しめる。

玉で一通りとなる。

東麻布天本」。食材の1つ1つが、お皿の中できりりと立っている。その味わいの際立ちぶりに、ここがやはり全国的に見て図抜けた鮨店であることを確信した!
わたしは普段、基本的に宅配のお鮨というものをいただかない。宅配でお鮨をいただくなら、それを何度か我慢して、少し値は張るけれど自分好みのお鮨屋さんに1度だけ通えばよいと考える方だ。ただ、先日たまたま宅配鮨をいただく機会があって、久しぶりに食べてみて、改めて愕然とした。そこに、魚の香りはまったくなく、あったのは酢飯の匂いと魚の切り身の食感だけだったからだ。

もちろん、すべての宅配鮨がそうだなどと失礼な断定を下すつもりなんてないけれど、もし、こういうものをずっと食べ続けていたら、きっと「魚は香りのもの」といわれてもピンと来なくなってしまうだろうと端的に思った。

やはり魚は、香りこそが生命線だと思う。しかし残念ながら、養殖モノや、天然でも鮮度の落ちるもの、あるいは職人の適切な仕事が施されていないものからは、魚の香りはまったく感じるとることができない。

「東麻布天本」。ここは客に、魚の香りを味わってもらいたいという想いを痛切に感じさせる鮨の名店である。魚の香りを最大限に引き出すために、ここしかないという奈一点で見切られているに違いない熟成のタイミング、ネタに施す仕事のさじ加減、保たれるネタの温度..このお鮨屋さんは、天本 正通(あまもと まさみち)さんの食味に対する秀逸な運動神経を感じる鮨の名店である。

1.クチコの茶碗蒸し
クチコの味わいはある種肉感的なところがあって、温かい香りが鼻をつく。生クチコを「美食家の気に入るものの第一」といったのは北大路魯山人であるが、その意味が頷ける。茶碗蒸しの優しさとの相性も素敵だ。

2.北海道野付(のつけ)産の天然ホタテ
北海道の東側、秘境の羅臼(らうす)にもほど近い野付(のつけ)半島。ここは美味しいお魚がたくさん獲れることで有名な半島である(北海シマエビや秋鮭、そしてホタテ)。ひとくちいただくけれど、身厚でぷりっぷりの食感と心地良い歯ごたえが素晴らしい。また、とろける甘さは感動的ですらある。

3.佐賀県いろは島の いろは牡蠣
長崎県と佐賀県の間に散在する48ある無人島を、"いろは島"というらしい。(いわゆる"いろは48文字"に引っ掛けて"いろは島"と命名されたそうだ)...うん!やはり、マガキは旨い。これは海の恵みを体現する食材だ!

4.4日寝かせた静岡県の天然縞鯵(しまあじ)
わさびじょうゆで...とご案内がある。縞鯵は、西伊豆のイメージがある。仄かに茜(あかね)さす艶やかなフォルムはひとを陶然とさせるものがある。気持ちを落ち着けて指先で摘んで、口に放り込む...同系統の魚と比較するとその肉質は強い弾力性があり、脂の載り方が緻密である。これは紛れもなく青ものの最高峰である。

前から思っていたけれど、これは真鯵とは別の魚だ。この香り高い品性は、鮎に匹敵する!

5.たらの天然ものの白子
お腹をあけたままの状態で送ってもらっているそうだ。白子特有の感情を内に秘めた生っぽい温かみがたまらない。これはなんといっても日本酒だ!

6.花山葵の醤油漬け
漬物がよいアクセントだ。シャキシャキの食感がよく、わさびのピリリとした辛味が引き立つ。

7.富山県氷見の迷い鰹
"迷い鰹"は日本海に迷い込んで、メジマグロの群れに交じって自分もマグロと思い込み、エサもマグロと同じように烏賊を食べて仕上がっていく。北海の冷たい海流に揉まれた鮮烈で引き締まった佇まいは、同じ時期に太平洋で獲れる"戻り鰹"とはまったく異なる。

8.三陸、宮城郡七ヶ浜町のとこぶし
これを獲れる漁師は1人しかいないそうだ。とこぶしは鮑と比較すると食感が柔らかい感じがする。旨みはしっかりしているけれど、やはりこれは鮑とは別物の食材だと思う。

9.三浦半島の3.6kgオスのタコ
オスは力強い!筋肉の中に蛸の脈打つ血の流れを感じるかのようだ。さらに感じるか感じないかくらいにそこはかとなく漂う磯の柔らかい風味にうっとりする。

10.津軽海峡、大間産のスルメイカ
いかにもお酒のアテという渋い一品だ。大間のマグロはこいつを食って仕上がってくると思うと感慨深い。

11.釧路の生イクラ
いくらひと粒ひと粒の陰翳のある沈んだ面持ちが何ともステキだ。添えられた少量の山葵が点睛を添えているのも嬉しい。

12.北海道噴火湾のあん肝
あん肝はひたすらこってりとした濃厚な味わいを放っており、舌にまとわりつくような濃厚な旨みが口の中にひろがる。

13.宍道湖のうなぎの焼き物
前回もいただいた宍道湖のうなぎ。前回は蒲焼風だったけれど、今回は白焼風。

ここから握りだ...「天本」さんのシャリは、メインが赤酢。まろやかな甘味のある酢を使っている...わたしは、酢が立ったシャリがどうも苦手だ。米酢を使って砂糖を使わないとどうしても酢が立つ。それを信条としているお鮨屋さんが数多くあるのは知っているけれど、わたしは端的に言って苦手だ。それと比較すると「天本」さんのシャリは、柔らかく、ほどよくネタの風味を活かす風合いに仕立て上げられている。ここのシャリはわたしの好みのど真ん中をいっている!

14.しゃこの握り
しゃこの旬は5月くらいだろうか...でも、今日のしゃこは、肉がふわっとしていて、色々な小動物を食したしゃこの愁いを帯びた風味が感じとれる...

15.福岡の石鯛の握り
歯ごたえのある引き締まった身質が素晴らしい。透明感のあるしめやかな繊細な味わいはさすがの一言である。

16.東京湾小柴の墨烏賊の握り
ああ、いまからは墨烏賊ですね、とお声がけすると「さくっとねっとりと両方持っているのが墨烏賊になります」と満面の笑みで天本さん。甘みがあって実に旨い。

17.東京湾の竹岡の鱚(きす)の握り
竹岡産鱚。高級品である。鱚という魚は淡白な印象があるけれど、この竹岡産のものは鱚そのものの味わいをしっかりと主張してくる。竹岡産の鱚は味わいが濃厚である。

18.三浦半島、下浦(したうら)海岸の鯵(あじ)の握り
清麗で爽やかに締まり、青身特有の澄んだ潤味をおびている。噛みごたえは鯵の鮮度のよさを証してあまりあり、鯵特有の青身の風味を弥増すようでひたすらここちよい。

19.三厩(みんまや)100kgの鮪の中トロ
実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとっている。

20.三厩(みんまや)100kgの鮪の大トロ
口の中に放り込めば、メランコリックと表現したくなるくらい、悩ましげに舌に絡み付いてくるテクスチャに吐息が漏れる。赤身と脂が手を取り合い燃え上がるように鮪の旨味を謳歌している。

21.コハダの握り
肉厚だ。プランクトン、ノリを食べているので、天草・佐賀のコハダは苦い、だからすぐに内臓を出してあげないといけない、とのことである。このコハダはクセがない、コハダとは思えないすごく綺麗な味わいに舌を巻く。

22.長崎済州島(さいしゅうとう)の鯖棒鮨
これを1年間でずっと待っているんです、という天本さん一押しの鯖である。脂が強いので、昆布の甘酸っぱさとあうので昆布には結構砂糖を足してあげないと、コブと鯖をあわせてあげるのが難しい、とのことだ。

肉厚で鯖の脂のりが申し分ない。また、その鯖の脂を、昆布締めの風味がどこまでも品良く包み込こむのも好感がもてる。

ここで、天本さんが、ボウルに入った氷水から、銚子港であがったぶどうえびを掌に掬って見せてくれる。美しい!海老の中で一番高い海老で、深海400メートルくらいのところにいるそうだ。銚子港であがったものは、築地まで近いし、もっとも鮮度がよくて大ぶり。青森で獲れるものよりよいとのことだ!

23.長崎九十九島しらかわの白甘鯛の握り
甘鯛の王様、白甘鯛。この上品な甘味にしばし陶然となる。白甘鯛は淡白な白身の優しい味である。でも単に淡白なだけではなく、そこに、脂が乗った上品な甘みが的確に感じ取れるのである。しらかわにしかない脂の旨味。吠えるほどに旨い!

24.銚子港であがったぶどうえびの握り
ボタン海老に似ているけれど、口に入れてみるとボタン海老より上質で濃厚な甘み(ほのかにぶどうの甘みを感じるのは気のせいか...)と弾けるようなプリプリの身の食感に驚きを覚える。

25.大分の赤貝の握り
赤貝独特の、あのひとをドキドキさせるような澄み切った透徹感で圧倒してくる。「天本」さん特有の赤酢のシャリとの相性も抜群だ。

26.長崎、五島列島の伊勢海老の握り
一口いただくが、絶妙の火入れ加減。海老の旨みが凝縮している。それに伊勢海老の味噌が滋味深い味わいを足していく感じだ。

27.自家製エビマヨを使った車海老の巻物
自家製のエビマヨ!混ぜ込まれた生胡椒、純胡椒が滅法旨い。市販のマヨネーズなんて思ったら大間違いだ!それに海苔の旨さにしたたかにやられてしまう。

28.噴火湾、羽立(はだて)水産の北ムラサキ雲丹の軍艦
羽立水産さんは、北ムラサキ雲丹の一番の業者さんとのこと。海苔は佐賀県有明産の最高級のもの。ムラサキ雲丹は馬糞と比べて恬淡ですっきりとした味わい。それに海苔が素晴らしい!海苔単品でお酒がいけそうなくらいに旨い海苔だ。

29.三浦半島の鴨居カワハギの握り
カワハギの身肉(みしし)はシャキシャキと実に毅然としている。そこにカワハギの肝のメランコリックなただよいが寄り添う...

30.五島列島のツメを塗らない穴子の握り
穴子は季節によって、江戸前と九州のものと使い分けるそうだ。前回夏過ぎにお伺いしたときは江戸前のもの。今回は五島列島の深場のもの。とにかく香りが素晴らしい。ツメを使わないのが「天本」さんの特徴だ!

31.愛知県篠島のたいらぎの握り
シャキシャキとした味調が素敵だ。炙らないたいらぎも乙なものだ。

32.玉
「天本」さんの玉は、山芋は一切使わない。美しく、甘みがある優しい玉である。最後にお味噌汁で一通りとなる。

うん、やっぱり文句なく良い!ここは、わたしにとって東京指折りのお鮨屋さんである。宅配鮨を10回我慢でしてでも伺いたい東京の鮨の名店である!

わたしにとって、天本 正通(あまもと まさみち)さんは、今後、どこまでも擁護し続けたい鮨職人さんである。仕事に真摯で探究心に溢れ、そしてなにより素晴らしいのは、美味に対するご自分のしっかりした哲学をお持ちである。2016年9月4日(日)、開業からわずか3ヶ月で、すでに予約至難という、目下都内で最も注目を集めている鮨店で過ごしたひと時について以下詳細に書き綴っていきたい。

本日は敬愛するレビュアーさんのお誕生日の貸切の会にお招きいただく。17:50店内に入るとすでにレビュアーさんは到着されている。まずは、シャンパーニュを頼んで喉を潤していると、ほどなく本日のゲストのみなさま全員揃われ、さっそく本日のコースのスタートとなる。

1.長崎のもずく酢
まずは、夏の涼味。さっぱりともずく酢をいただく。煌(きらめ)くような涼やかな喉ごしに、本日のお料理への期待がいやが上にも高まる!

2.愛知県三河湾の小鰯のオイル煮
梅とオリーブオイルとお水だけで3時間煮て仕立てた小鰯のつまみ。骨まで柔らかくなっている。瞳を閉じて咀嚼すれば、ほのかな梅の風味がそこはかとなく感じ取れる...鍋に並べてオイルとお水を入れて、しょっぱい梅干を1粒だけ入れて3時間入れておけばこうなるとのこと。天本さん曰く、これはご出身の「海味(うみ)」で学ばれた仕事だそうだ。

3.愛媛県の八幡浜にしかいない水蝦蛄(しゃこ)...初物!
この一品は仕入れが至難とのことだ。なんでも仕入れることができる仲買が1人しかいないとのこと。わさびだけでいくが、水蝦蛄の憂いを帯びた深い香味を堪能する。

4.唐津漁師さんから直引(じかび)きした赤雲丹
このクラスは築地には流通しないのだとか。まずは、そのままでいく。感情をうちに秘めたような、気高い香りの分子が、雲丹のひと粒ひと粒に緻密に濃縮されていて、ため息が漏れそうなくらいの逸品である。

5.あさりの酒蒸し
濃厚なあさりの風味が堪能できる逸品。体のすみずみまで行き渡るようなあさりの味わい深さに、"閑さや岩にしみ入る蝉の声"という芭蕉の発句が脳裏をよぎる。

6.北海道産の甘海老
これが途方もない逸品であった。その肉厚さ、海がこぼした涙のような芳醇なテクスチャ..."自然の恵み"という言葉はこの逸品のために存在しているとしか表現しようのない素晴らしい逸品である。このレベルの甘海老を出す鮨店は、ちょっと思いつかない。天本さんの目利きの素晴らしさ、稀少品をモノにする仕入れルートを確実に開拓している証である。

純米酒 超辛口 寳劔(ほうけん)。すっきりと軽快な飲み口であるが、飲むほどに優しいお米の甘みがじんわり広がる一品だ。これと魚介との相性は絶妙だ。

7.能登のこのわたの茶碗蒸し
これも瞠目すべき一品であった。このわたのとろっとした糸のような一筋に豊満な味わいと繊細な陰影が感じ取れるのが素晴らしい。

8.北海道産の干し数の子の西京漬け
干し数の子を1週間かけて20℃くらいの水で戻し(水は毎日変えるそうだ)、出汁につけて、最後にちょっと西京漬にしたもの。そのままでいただくが、西京味噌の仄かな甘みがそっと優しく数の子のプチプチとした食感を包み込むのに限りなく好感が持てる。

9.長崎対馬の紅瞳(べにひとみ)というブランドのノドグロ
要はノドグロ。名前が付いたノドグロのブランド魚だ。物凄い脂のりで、すだちを全部絞っていただく。ノドグロは身が引き締まっていて極めて旨い。みなぎるような良質な脂は、豊潤豊沢という言葉を具現してあまりある。

10.千葉、大原の大黒鮑(だいこくあわび)と飯蒸
黒鮑より、さらに10メートル下に生息する黒鮑が"大黒鮑(だいこくあわび)"。蒸鮑とシャリがあんまり融合しないと思い、餅米を蒸して、そこに煮切り酒と塩水を昆布出汁で合わせたものに蒸鮑を合わせてみたのだと天本さんがおっしゃる。なるほど、餅米が蒸鮑とからんで極めて美味である。酢飯の強い酸と蒸鮑のぶつかり合う感じより、ぬくもりの中で溶け合う両者の融合にしばし言葉を失う。

これは、料理人としての知能指数の異様なまでの高さがみなぎった逸品である。この一品は、鮨のつまみというより、高度な日本料理のひと皿と対面したかのような胸騒ぎを覚える逸品であった。

11.20日寝かせた宍道湖(しんじこ)の鰻の焼き物
宍道湖の鰻が串打ちされて、付け場中央に鎮座するブロックで組まれた炭焼き台の上で、じっくりと焼き上げられる。いうまでもなく、こちらの鰻は蒸してない。蒸して旨みを流れ落とさないためだ。しかしでも、やはり天然鰻は素晴らしい。一口いただくが、バリバリと焼かれた皮目と身肉から溢れる鰻の良質な脂に圧倒される。鰻の皮目は、蒲焼にされることによって鰻とつけタレの甘味のみでキャラメリゼされ、カリカリとした食感をたたえており、その中から、いささかの抵抗もない肉厚の身が一気に口中に溢れ出してくる。

而今 純米大吟醸。華やかな香味、濃密な舌触り、それでいて重たくない。

12.千葉県房州の引き縄の鰹(かつお)、さっと漬け醤油にくぐらせて葱と生姜をすり潰した薬味を挟んで...
くだり鰹はつきたての餅の存在感。のぼり鰹は水ようかんみたいな凛とした佇まい。今の時期はその端境期にあたるのだろうか...鰹の旨味を、漬け醤油と葱と生姜でさっぱりといただく。

新政、R-type。新政独特の生酒らしい旨みを存分に愉しむ。

13.兵庫県由良淡路島の墨烏賊の握り
このねっとりとした舌触りはどうだろう!そして、この烏賊の纏(まつ)わりつくような食感に、粗塩がざらりと小気味よいアクセントをつけ、さらにその食感のコラボレーションを、酢の澄明な風味が懐深く包み込む。これは、一種名刀をイメージさせる冴え渡りがある一品である。

14.東京湾、船橋のシンコの握り
ギリギリ一枚漬けのシンコ。皮目が柔らかい。シンコだけれど3日間寝かせているそうだ。「東麻布天本」でのシンコの仕入れは、新口物(前日に獲れたもの)だとのことだ。留め、三番手、四番手は仕入れない。新口物を内臓出して〆て(つまり鮨屋の仕事をして)3日寝かせるのが絶対に旨いというのが「東麻布天本」の信念だ。逆に鮨屋の仕事をせず、留めや三番手で仕入れたシンコは、赤黒い血合いが出て臭みになってダメだという。

一口でいただくが、コハダが奏でる、あの心に渦巻く不協和音とまではいかないものの、シンコにもまた的確に淡く清楚で小悪魔的な音階を感じ取ることができる。

15.東京湾、鮃(ひらめ)の昆布〆の握り
媚のないこの弾力こそが鮃の持ち味だ。そして透き通る青空のような澄明な味調にこそ鮃の本来の特徴がある。旨い。

16.西伊豆の縞鯵(しまあじ)の握り、白身独特の酸味が立って...
「東麻布天本」はシャリが旨い。香りがある。酢がキツすぎないこのくらいのシャリがわたしは好みだ...しかし、この縞鯵も絶品であった。透けるような薄紅をさした蠱惑的な色調がまず素晴らしい。一口含むとコリコリとした食感の中にねっとりと舌にまつわりつく潤みが感じ取れ、酸味の強い青魚にはまったくないといってよい優雅な香りをもっている。鯛のような濃厚な風味はないものの。恬淡な男らしい風格をもって凛としている。

17.北海道、噴火湾の定置網で獲れた鮪の赤身の握り
深緋色(こきひいろ)した鮪の赤身...やはり鮪は赤身だ。口に含み耳をすませば、遠くに猛々しく脈動する血潮の階調が聞き取れる...

18.北海道、噴火湾の定置網で獲れた鮪の中トロの握り
中トロ。赤身と比較して、さらに脂のりが増す。咀嚼した途端、脂の旨みが塊となって、メランコリックなため息さながら鼻腔をゆっくりと抜けていく。

19.神戸の鯵の握り
良質な鯵である。清麗で爽やかにしまっていて、特有の澄んだ潤味のある香りがする。この香りの存在感が素晴らしい。浅葱と生姜を細かく刻んだ薬味と一緒にいただく涼しげな味感は、夏場の最高の肴といっても過言でない。

20.釧路の秋刀魚の握り
秋刀魚のワタをお酒で酒煎りにしたものを塗布している。この時期のものは、身肉(みしし)に蓄えている脂がそこまで迫力を持っていない。どちらかというと上品で、身肉に薄くお化粧を施した感じである。好感が持てる一品である。

21.福岡県産さわらの松前漬の握り
松前漬とは、刻んだ松前昆布と干したスルメと鮪の漬け醤油をあわせて、粘りのあるとろとろの醤油を作ってそこに切り身のさわらをつけて握ったもの。「海味(うみ)」の師匠の十八番。天本さんも大好きなお鮨だそうだ。しっかりした昆布の旨みが素晴らしい。また、さわらはやはり旨い。一口口に含むと上品な脂肪の甘味が口中豊かに広がる。低い哀愁を帯びた和音を耳にしたときのように心が落ち着いてくる...

22.下田須崎キンメダイの握り
キンメダイ。脂が乗っているわりにはさっぱりとした味わいだ。どこまでも凛として王者の風格とでも呼びたい身の引き締まりをひと噛みごとに感じる。そして、味覚に角が立っていない。優しい、グルタミン酸、イノシン酸で旨みがずうっとのこる。この旨味がずっと残る感じが何とも素晴らしい。

23.対馬の鯖の握り
これも良品であった。鯖本来の美質と血統のよさを示す高貴なまでに後味のよい香気がいつまでも口の中に残る。

24.北海道の野付(のつけ)半島の航空便で届いた生いくらの軍艦
見た目パンとはっているようにみえるけれど、単純に固くはっているわけではなくて、鮮度のいいうちに出汁醤油に付けているのでこれだけ鮮度がよく見えるのだそうだ。一口含むが、いくらひと粒ひと粒の陰翳のある沈んだ面持ちが何ともステキだ。口に含んだ際の塩味と潤みも絶品である。

25.福岡、姪浜(めいのはま)の4kgの鯛の握り
3kgを超えてこないと鯛は美味しくないと言われるけれど、これは4kgの鯛。 一口でいただくが、その噛みごたえ、香り、どれをとっても白身魚の王様である。鯛独特の王者の風格がいつまでも鼻腔のあたりに漂う。

26.北海道利尻島のバフンウニの握り
バフンウニは、茜(あかね)さす夕陽の色調を帯びていて、こってりと濃厚な風味と後味に消え入りそうな渋みをもっている。これも満足のいく一品であった。

27.車海老の握り
海老の香ばしい薫香が鼻先を抜ける...シャリとの相性も抜群だ。思わず目を瞑ってこの素晴らしい余韻を堪能してしまう。

28.江戸前の穴子の握り
こちらの穴子の握りはツメは使わない。甘くしない。皮目をこんがり天火(オーブン焼き)で焼いている。ホクホクの金時芋を食べているような旨味にうっとりする。

29.玉
「東麻布天本」の玉は、山芋は一切使わない。美しく、甘みがある優しい玉である。最後にお味噌汁で一通りとなる。

「東麻布天本」。ここは都内でも指折りの鮨の名店である。ここで饗される一品一品から感じ取れる、和食割烹の襟を正した繊細さに胸が騒ぐ。この胸騒ぎは、天本 正通の卓抜な料理人センスへのオマージュ以外のものではない。

  • 宇部の海老の握り
  • 鯛の握り
  • 西伊豆のシマアジの握り

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10位

わさ (都立大学 / 中華料理)

1回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.7
    • | 酒・ドリンク 4.7 ]
  • 昼の点数: 4.6

    • [ 料理・味 4.6
    • | サービス 4.6
    • | 雰囲気 4.6
    • | CP 4.6
    • | 酒・ドリンク 4.5 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 ¥8,000~¥9,999

2016/10訪問 2016/11/02

華やぐ香辛料に魅せられて...「チャイニーズレストラン わさ」、料理たちが奏でる華やかな香りのさざめきを、肺の細胞ひとつひとつで体内に取り込んでみようではないか!


やはり山下さんの中華は素晴らしい。甘味と辛味に、華やかな香辛料の香りをまとわせ、一連の料理の組み立てに巧みなに抑揚をつけてくる。その味調の起伏がもたらす調子の高さに、思わず「上手い!」と唸ってしまう。今回のお食事会は、改めてその組み立ての上手さに打ちのめされた会であった。

2016年10月29日(土)、18:00。とてもステキな3人のグルマンさんたちと「チャイニーズレストラン わさ」でお食事をご一緒させていただく。本日、お誘いいただいたグルマンさんは、これまで何度もお食事をご一緒させていただいており、とても素晴らしい方であることは分かっているけれど、この日初対面だったあとのお2人も、明るくてとてもステキなお2人で、この日のお食事を本当に愉しくいただくことができた。以下、お食事の内容について、出来るだけ詳細に書き綴っていきたい。

カウンターに座って、まずは、ビールで喉を潤していると、山下さんから「今日は、よろしくお願いします」のご挨拶がある。ほどなく、コースのスタートとなる。

1.青森産雲丹とホタテの揚げ餃子
「わさ」さんのスペシャリテである。一口でいただくと、青森県産の雲丹の風味が香り、パリリと噛みしめた餃子の中から、慎ましやかにバターの風味が漂う。雲丹の風味を覆い尽くさないバターの慎ましやかな余韻がずっと残り続ける。

2.枝豆とXO醤
干海老や干貝柱の味わいは深く、唐辛子、にんにくがピリリと効いて小気味よいアクセントになっている。さっぱりと枝豆とあわせているのも好印象である。

3.金華鯖とからすみ
"幻の鯖"、金華鯖。三陸、金華山沖の黒潮と親潮がぶつかり合う冷たい海で育った金華鯖は、やはり脂ののり方が違う。これは他の中華料理店では味わえない「わさ」さんならではのアクセントといえるだろう。

4.チャーシューと柿...
チャーシューに甘味をあわせてくるあたりが面白い。濃厚な雲丹の揚げ餃子で始まり、そのあと2品は比較的和の要素が強い料理で抑え目に推移し、ここで中華の定番、シンプルなチャーシューに、甘味をあわせてくる。この一連の味の小気味よい変化に、心ときめく!

5.棒棒鶏(ばんばんじー)、きゅうりを添えて
ジューシーな蒸し鶏を胡麻の濃厚な風味が包み込む。これもこれまでのお料理の組み立てに対して、香りの変化が愉しめる一品だ。瑞々しいきゅうりの爽やかさもよいアクセントになっている。

6.豚肉の香料煮(こうりょうに)
ほろほろとほどける。仄かな八角の風味がなんとも中華らしい。

7.モンサンミッシェルのムール貝、つるむらさきに椒麻(ジャオ・マー)という四川料理のおソースに山椒、フレッシュとまと
モンサンミシェルのムール貝らしく、身は小振りだけれど、貝の旨味が凝縮している。つるむらさきの野性味溢れる味わいと独特の粘りを、椒麻(ジャオ・マー)というごま油の香り高い四川料理のソースが包み込む。山椒が全体をピリリと引き締めているのも好感が持てる。これは素晴らしい一品であった。

8.たら白子の揚げ物、紅生姜を添えて
立派なたら白子の揚物が饗される。かなり山椒の辛みが効いている。ここでも香辛料が効果的に使われている。紅生姜もこの料理にとてもよくあっている。

9.北海道産のいくらを使ったビーフンのいくら丼
ビーフンを使ったいくら丼というのが面白い。この冷たい丼はさらりと、さっぱりといただける。

10.レバと香草の辛味ソース和え
ここで、今度は反転、強烈な一品が饗される。表面に軽く火を入れたレバを鮮烈な辛味ソースに載せ、上から香草(シャンツァイ)を振り掛けたものだ。一緒に混ぜていただくと、香辛料華やかな辛味ソースの鮮烈な風味から、レバの、感情を内に秘めたような悩ましげな表情が顔を覗かせる。そして、最後にシャンツァイの突き抜けるような香りが驟雨のように鼻先を駆け抜けてゆく。

ここで、今日ご一緒させていただいたグルマンさんのお一人が、ご飯を注文される。グッドアイデア!すかさず、わたしも同じものを注文し、辛味ソースに絡めて、ソースを残らずいただく。

11.グラニテ
ここでお口直しのシャーベット。

12.松茸の春巻き、上湯を添えて...土瓶蒸しのような...
最後に、コースに追加でお願いした松茸の春巻きをいただく。春巻きは上湯の入ったカップとともに饗される。山下さんから「一緒に召し上がっていただくと土瓶蒸しをいただいているような感覚になります...」とご案内がある。どこまでも上品な一品であった。

13.餃子...焼き目のないもの(手前)と焼き目をつけたもの(奥)
ここで、2つの餃子が饗される。小振りな餃子であるが、これが滅法旨い!

14.担担麺
最後は、担担麺の〆となる。わたしはあんまり辛すぎる料理は得意でないのだけれど、この担担麺は、わたしの許容の範囲のギリギリくらいの辛さである。

15.杏仁豆腐と栗の甘露煮
最後に杏仁豆腐と栗の甘露煮をいただいて一通りとなる。やはり山下中華は素晴らしい。これだけさまざまな食材の妙味を愉しませてくれるお店というのは、中華というジャンルを超えて、「チャイニーズレストラン わさ」が図抜けていると思った。また、近々再訪を果たしたい!

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2016年1月12日(火)記す

『表情変わったけどやっぱり美味しいね!...「チャイニーズレストラン わさ」、1年ぶりの再訪。恵比寿に移転しても通い続けたいお店です』

そこには看板もなにもありません...暗がり中に曇りガラスがぼうっと浮かび上がります。そして曇りガラスの向こうは暖かな光に満ちあふれていて、光の中を数人の人影が揺らめくのが仄のかに視界に入ってきます。

目黒区八雲にひっそりと佇む「チャイニーズレストラン わさ」。2016年1月12日(火)、この飾り気のない中華の名店で過ごしたひとときについて以下書き綴っていこうと思います。

カウンター席は満員で、L字に厨房を取り囲む格好。山下シェフの調理は全て手に取るように眺められます。明かりを極力落とした静かな店内で、本日のコースがスタートします。まずは、ビールで喉を潤しているとさっそく1品目が饗されます。

1.めいらくのカットバターを使った雲丹とホタテの揚げ餃子

「一口でお召し上がりください」とのご案内があります...たしか以前お伺いしたときは、雲丹は餃子の中に入れてあったと記憶しています。そのことをお伝えすると、「雲丹を(餃子の)中に入れると、どこの雲丹を使ってんの?...という感じになっちゃうんで、上に乗せるようにしたんですね。上に乗せると誤魔化しがききませんので...」とのお応えです。

また、そんなに旨みが立ちすぎてないバターをお使いなんですね、というと、「ええ、ええ、めいらくのカットバターです。これにカルピスバターみたいな強いのを使っちゃうと旨みが立ちすぎちゃうんですよね。だからうちではこの餃子にはこのカットバターです」とのお応えです。

2.徳島県鳴門の蓮根と自家製のXO醤(中央のソース)
しっかりとした存在感のある瑞々しい蓮根を揚げたものだ。装飾を排したそのシンプルさに好感が持てます。下に敷かれた自家製のXO醤が良い引き立て役になっています。

3.からすみ...そのままと炙りを入れたもの2種
炙ったものと、そのままと2種のご用意です。舌の上で太陽の陽の光を含んだ緻密で滑らかなからすみの舌触りが、一瞬明滅して、しばらくほのかな余韻が口腔にたゆたいます。

ここで白ワインを2種いただきます。最初の白は、Cote de Beaune Blanc Le Clos des Topes Bizot 2003。シャブリ。魅惑的な香りと果実味、酸味の豊かな白ワインです。また、ご一緒していただいた方の方は、ビトウィーン ファイヴ ベルズ・ホワイト。オーストラリアビクトリア州の白ワイン。すっきりとした白です。

4.蒸し鶏...胡麻ときゅうりを添えて
うん、美味しいです。胡麻の風味と蒸し鶏のこの滑らかなテクスチャの相性のよさは凄いですね!そこにきゅうりの瑞々しさが素敵な点睛を添えています。

5.春巻
「春の山菜を巻いた春巻です。こごみ、ふきのとう、タラの芽、春キャベツ、たけのこ、ザーサイ...などなど。黒いのは味噌ですね、てんめんじゃんで炒めたふきのとうです。それに、山椒塩、酢橘とそら豆をお皿に散らしています。そら豆は巻くよりも、こんなふうに焼いたほうが香りがあ
出るんです」
とのご案内があります。

これは、前回お伺いしたときと印象が違いました。前回の春巻はもっと皮がきっちり巻かれてカリッカリに揚げてある印象でしたが、今日のは薄めの皮の下から春の山菜の風味が華やぎます。素晴らしいです♪

6.のどぐろの山椒風味、炒めたほうれん草をあしらって...
これも好感が持てる一品です。のどぐろの芳醇な脂と真っ青なほうれん草のサッパリ感がとてもマッチしています。

ここで、紹興酒をボトルで頼んじゃいます。中国浙江省紹興市 紹興大越貴酒。やっぱり中華には紹興酒です♪

7.辛味ソースにトマトとレタスの和物
辛味ソースにフレッシュなトマトとレタス。シャンツィーが小気味良く効いています。

8.白子 北海道の鱈白子 もう終わりの時期だそうです
北海道産の鱈白子の素揚げです。ライムでさっぱりいただきます。

9.北海道産とうもろこしのスープ
加糖しているかと思うくらいの甘みのあるスープ。とうもろこしは日が昇る前に採ると旨みがどんどん増していくそうです。

10.鮑、青梗菜のソースと鮑の肝のソース(砂糖、胡椒、すましバター、オイスターソース、甘酒)を添えて...
東銀座のお師匠さまの定番でもある、青梗菜のソースと鮑の肝のソースを添えた鮑。青梗菜のソースはお師匠さまのところより甘みがある感じかな...

11.高坂鶏
丹波篠山高坂鶏。脂のりといい、肉質といい、ブレス鶏を思わせるような優等生な鶏ですね。

12.梅山豚を使った餃子
梅山豚="めいしゃんとん"を使った餃子です。これは脂がしっかり入った豚肉ですね♪とっても美味しいです。

13.炒飯
炒飯。よいですね。中華はやっぱりこれでなくっちゃ!目の前で山下さんが中華鍋を振るってくれます。パラパラのチャーハンが美味しくないわけがない!

14.杏仁豆腐
「最初に杏仁豆腐だけ食べてみてください。2回目にスープを掬って食べてみてください。食感が多分変わると思いますので...」とのご案内があります。食後酒、フランス アルザス、Jean Ginglinger ジャン ジャングランジュと一緒にいただきます。

1年ぶりの「チャイニーズレストラン わさ」。大分印象が変わりました。以前は、もっと「スパイス使い」の華やかなイメージがありましたけど、今回はシックに引き締まってる感じでしたね。でも、これもなかなかよいですね♪近々、恵比寿に移転予定だそうですよ♪再訪確定です!

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2014年11月8日(土)記す

『"岐阜の天才中華料理人"の血脈を受け継ぐ中華の名店...「チャイニーズレストラン わさ」、しかしでも、そこで饗される料理には紛れもなく山下シェフ独自の鼓動が脈打っている』

2時間半ばかりのランチのあいだ中、白胡麻、辣油、バター、ケッパー、香草(シャンツィー)、シナモン、クローブス、山椒、八角たちはメインの食材の周辺で不断に立ち騒ぎ、常に味覚と嗅覚を刺激し続ける...白イカの揚げ物の上に縮緬雑魚辣油をかければ、白イカは、雑魚の黄金色の輝きによって視覚的に繊細化され、素揚げした素朴な味わいが辣(ラー)の刺激によって途端に引き締められる。あるいは、眩いくらい透明感のあるレタスの炒め物の下に隠れていた白ごまの風味漂うよだれ鶏を口に放り込んだ途端、その力強い旨味に圧倒されると同時に、シャンツィーが、通り雨のように南国の生彩を加えて駆け抜けていく。

しかしそれにしてもなんと豪華な味覚の饗宴であろうか...2014年11月8日(土)、都内屈指のヌーヴェル・キュイジーヌ・シノワーズの名店「チャイニーズレストラン わさ」で堪能したこの味覚の饗宴について、以下書き綴ってみたいと思う。

11:45、都立大学駅に降り立ち、目黒通りから中根交差点を右折して自由通りに入る。徒歩15分程度であろうか、左手に「チャイニーズレストラン わさ」の看板が視界に入る。入店して予約名を告げると、カウンターの奥の席に案内される。「チャイニーズレストラン わさ」では、今年の6月からアラカルトをやめ、4,500円のコース1本に絞っている。生ビールをオーダーしてさっそくコースをスタートする。

1.帆立と雲丹の揚げ餃子風 バターソース入り
この「チャイニーズレストラン わさ」を切り盛りする山下昌孝シェフが、あの"岐阜の天才中華料理人"の血脈を受け継ぐ料理人であることを知らぬではないものとしては、このスペシャリテの、バリリと噛みごたえのある揚げ餃子に包まれた餡の中から、むせるのではなかろうかというくらい、香り高いバターソースの香りがたちのぼるのを受け止めた途端、あのコンクリート打ちっぱなしの「開化亭」の外観が、はっきりと瞼の裏に素描されてしまうのを押しとどめるのは中々に難しい。

しかしでも、このあと見ていくように、この「チャイニーズレストラン わさ」は決して「開化亭」の2号店ではなく、そこには紛れもなく山下シェフ自身の鼓動が脈打っていることをあらかじめ断っておきたい。

2.ケッパーソース、臭橙(かぼす)のドレッシングを敷いたお皿の上に、蓮根、ホタテを載せて
ケッパーの酸味爽やかな極めて軽やかな前菜である。中でもホタテが素晴らしい。ひと噛みすれば、繊維の細かいホタテの肉質から、あのホタテ特有の個性的な風味が立ちのぼる。そしてそれをケッパーやかぼすドレッシングの爽やかな酸味が包み込み、ホタテ特有の風味の突起とでもいうべきものを、すぐさまなだらかになめしていってくれる。

3.皮蛋豆腐と辣油を垂らした胡麻ペースト
裏ごしした皮蛋の黄身と寄せ豆腐とをあわせ、その上に、皮蛋の白身部分が細かく賽の目状に刻んで振りかけられている。実に淡白な味わいであるが、一緒に饗された辣油のかかった胡麻だれをかけると一気に表情が一変し、胡麻と辣油の力強い風味の中で皮蛋のゼリー状の食感を愉しむ一品に変貌する。

4.焼豚にレモンの身を添えて
この焼豚は、普段ラーメン店などで口にする焼豚とは比べ物にならないくらい、複雑な風味と奥深い味わいを持っている。そう感じさせるのは、おそらくスパイスによるものであろう。シナモン、クローブス、山椒...おそらくそれ以上のスパイスで味付けされているのが手に取るようにわかる。普通の焼肉を食べるのとは比較にならないくらい気分に華やぎを与えてくれる素晴らしき一品である。

5.塩揉みした鰤(ブリ)、水菜のサラダを添えて
水菜、ザーサイ、シャンツィー、ミョウガを胡麻油で和え、鰤の上に載せた一品。シャンツィーの量は、極めて控えめである。お刺身のような鰤と一緒にサラダをあわせて咀嚼してみる。と、注意深く耳を澄ましせば、紛れもなく遠くでさざ波の音が聴き取れる...そんな慎ましやかさでシャンツィーが自らを主張しているのをはっきりと舌の上で聴きとることができる。「開化亭」もシャンツィーを有効活用した料理が多いが、「チャイニーズレストラン わさ」の香草の使い方は、それをより繊細化したデリケートなものである。

6.胡麻油を使った春巻き
この春巻きは迫力があった。しっかりと巻かれた皮は高温で揚げられており、その表面は箸で持ち上げるのに難儀するくらい、湿り気とは金輪際縁を絶ったカリカリの仕上がりとなっている。(箸先で突き刺そうにも叶わないくらいの硬度である)これをひと噛みすれば、あたりに響くようなバリっという皮の割れる音とともに、熱々の湯気が一気に立ち上る。と、口中に筍、牛肉の詰まった餡が溢れ出し、むせ返るような感動を覚える。

7.醤油ベースの辛味ソースのよだれ鶏、サッと炒めたレタスを載せて
これは、おそらく「開化亭」にはないメニューである。しかしでもこの鶏の上にかかったソースの旨みたるや途轍もない。厨房で「よだれ」と書かれた調味料入れに入ったそれなのだけれど、帰り際、これを分けてもらっているお客さんがあったほどである。辣油、黒酢、山椒が絶妙に配合され、力強き鶏肉の旨みを最大限に引き出している。レタスの新鮮な緑と鶏肉のたわわな白さを包み込む辛味ソースの艶やかなアピアランスはどうだろう!思わず陶然としてしまう。

8.白イカの揚げ物、ブロッコリーの油炒め添え、縮緬雑魚辣油とあわせて
白イカの素朴な素揚げが、細かく刻まれ、たっぷりの油で炒められたブロッコリーによって芳醇な潤いを与えられている。素晴らしき滋味。そして縮緬雑魚のアクセントに恍惚とする。

9.麻婆豆腐
ここで、お食事という段取りになる。麻婆豆腐。ここでも酔ってしまうようなスパイス使いににべもなく翻弄されてしまう。一口いただいた刹那は甘味を感じるのに、徐々に辛味が頭部のあたりに浸透し、じわりじわりと汗ばんでくる。そしてそのあいだ中、鼻腔には八角やシナモンの香りが漂い続けるのだ...

10.杏仁豆腐
杏仁豆腐をいただいて、2時間半のコースが完了する。
最後にゆっくりとジャスミン・ティをいただいているとき、山下シェフと食べ歩きの話になる。山下シェフ、お寿司がお好きだということで、東千葉の「寿司栄」をお薦めすると、「そこは何が美味しいんですか?」と興味を示されたので、「甲殻類が絶品です」と申し上げる。

と、何かを思いつかれたように冷蔵庫からボタンエビを取り出され、サッと湯掻いて、茹でたてのボタンエビを目の前で剥いて皿の上にポンとおき、上から海老のミソをギュッと絞ってくださる。「サービスです」とのこと。このボタンエビの濃厚な甘味が途方もなく素晴らしかった。感謝!

「チャイニーズレストラン わさ」は、なるほど岐阜の名店「開化亭」の流れを汲むヌーヴェル・キュイジーヌ・シノワーズの名店であることに間違いはなかろう。しかしでも、そこでいただけるのは、古田等という稀代のシェフの傍でその仕事ぶりに耳を澄まし、吸収し続けてきた山下昌孝というシェフ本人の奏でる「チャイニーズレストラン わさ」独自の料理にほかならない。多くの人に知ってもらいたくないという隠匿の欲望に逆らい、あえてここは必食の名店だと呟いて締めくくりたい。

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店外へのお見送りのときまで、山下シェフとの食べ歩きの話は尽きない。「どちらにお住まいですか?」とお尋ねいただいたので、「東急多摩川駅辺です」とお答えすると、山下シェフやや興奮気味に「じゃ、お帰りは自由が丘を通られますね。自由が丘にあるエムコイデさんのデザートはとんでもない絶品ですよ!他を寄せ付けない断トツのスイーツです!」とお教えいただく。こんな情報をいただいて寄らずしてどうしようものか!

帰り道、インターネットの地図情報を見ながら、自由が丘駅大井線沿いに店を構えるエムコイデさんに寄る。開店後3時間というのに、もはやショーケース残っているケーキは6、7個。その中から、モンテリマーヌ、ショコラタルト、モンブランを1つずつ購入して、自宅で食してみる。山下シェフの仰るようにこれは頬っぺたが落ちるほどの逸品であった!いずれ日をあらためてこのパティスリーの名店についてもレポートしなくてはならない!

  • モンサンミッシェルのムール貝、つるむらさきに椒麻(ジャオ・マー)という四川料理のおソースに山椒、フレッシュとまと
  • 棒棒鶏(ばんばんじー)、きゅうりを添えて
  • 北海道産のいくらを使ったビーフンのいくら丼

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