紅茶に浸したマドレーヌさんのマイ★ベストレストラン 2015

紅茶に浸したマドレーヌのレストランガイド

メッセージを送る

マイ★ベストレストラン

レビュアーの皆様一人ひとりが対象期間に訪れ心に残ったレストランを、
1位から10位までランキング付けした「マイ★ベストレストラン」を公開中!

コメント

~2015年、マドレーヌのレストランめぐり振り返り~

1位:祇園四条の「緒方」さん
2015年の食べ歩きを振り返ってみると、どうしても最初に頭に浮かんでしまうのはコチラです♪いわゆる"地もの"の強みを、目の当たりにしたお食事体験でした。その日間人港で水揚げされたばかりの特A級の松葉蟹はほとんど奇跡的な旨みに達していました!感情を内に秘めたような北海の幸の濃厚な旨みと、凝縮された絹のようなテクスチャを今でもまざまざと思い出すことができます。

2位:虎ノ門「と村」さん
コチラもお気に入りの和食屋さんです♪今年凄かったのは、なんといっても夏にいただいた金鮎の塩焼きです。この鮎は市場に出回らないので、知り合いのマタギさんから仕入れられているそうで、確かに「と村」さん以外で見かけたことがありません。この鮎は、よそで食べる鮎とはまったく異質な鮎です。まず骨が柔らかく、皮が薄くてものすごく瑞々しい。植樹ではなく白神山地の原生林に流れる清流についた藻を食べて育つとこういう鮎になるそうです。

3位:広尾の「レフェルヴェソンス」さん
コチラも素晴らしいの一言につきます。特にフランス・シャラン産鴨胸肉のロティは、傑作というのが惜しい位の途轍もない出来栄えでした。あの丁寧な仕事ぶりには脱帽です!また、フォアグラのナチュレルと金柑のコンポートも忘れちゃいけない逸品でした。デザートのような甘味と清涼感が素晴らしかったです。わたくし、さりげない巧みな甘味使いにめっぽう弱いのです♪

4位:赤坂「詠月」さん
大大大好きな和食屋さんです。「緒方」さんや「と村」さんや「松川」さんみたいに高級食材で圧倒してくる感じではありませんけれど、それらのお店に劣らぬくらい素晴らしいです。まず真昆布と荒本節を使ったお出汁がよいです。そして、お椀の中で、そのお出汁と食材とがお互いを豊饒化するようにあわさるのが素晴らしいんです♪派手さはないけれど、実に滋味にあふれる味わいです♪"飾り包丁より隠し包丁"そんな言葉が脳裏をよぎる名店です。

5位:六本木、神谷町「松川」さん
さすがの名店です。実は、2015年はひとつ目標を掲げた年でした。それは「松川」さんの四季を味わうことでした!春、夏、秋、冬...四季をとおして通ってみて、実に洗練された秀逸な和食割烹だという印象が残りました。まず、きちっとしたコースの組立があって、さらに一品一品に盛られる分量も決まっている。そこにその季節季節の選び抜かれた旬の食材が差し込まれる...そんなイメージ。「と村」さんが、今日はこの食材でお客さんを圧倒する!といったテーマ重視の直観主義者であるのに対して、「松川」さんは、偉大なるフォルマリストという印象です。

6位:広尾「ペレグリーノ」さん
特注の生ハムスライサーで切った生ハムをお鮨のように出していただく、前菜・パルマの生ハム、サラミ盛り合わせ"サルーミ ミスティ"。これがなんとも素晴らしいんです!多田昌豊さんのごく繊細な味わいのプロシュート"ペルシュウ"が味わえる希少なイタリアンです。ポルチーニ茸のフリット、白トリュフのタリオリーニも絶品でした。2015年のイタリアンNo.1です!

7位:銀座「エスキス」さん
ドラクロアのパレットみたいに美しいお料理たちにため息がでますよ♪味わいも文句ありませんよ!あっさりとしていて、大好きなフレンチです。ランチをいただいんですけど、前菜が3種類に、お魚、お肉といったコース。どれも素晴らしい出来栄えでしたけど、特に2番目の前菜(フォアグラと椎茸をあわせた前菜)とお魚(大分の甘鯛)が好みでした♪

8位:東銀座「フルタ」さん
言わずと知れた岐阜の名料理人、古田等シェフが満を持して2014年12月に東銀座に出店した「フルタ」。3万円のコースをいただきましたが、素晴らしかったですよ♪気仙沼産フカヒレが素晴らしかったです。通常フカヒレは柔らかく煮るのが定番ですけど、コチラのフカヒレは焼き上げてある感じが個性的。また、郡上味噌を使った中華ソースも滋味深かったですよ!

9位:赤坂「すし匠 斎藤(齋藤 さいとう)」さん
ここはすばらしいお鮨屋さんです!歌舞伎役者がビシっと見得をきるような気持ちよさで「いい!」と断言できるお鮨屋さんです。

10位:蒲田「初音鮨」さん
言わずと知れた2015年、爆発的に飛躍したお鮨屋さんです。食は最高のエンターテインメントの一つであることを思い出させてくれる鮨の名店です。また近々お伺いしたいですね~♪

マイ★ベストレストラン

1位

緒方 (四条(京都市営)、烏丸、大宮 / 日本料理)

3回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.7
    • | 酒・ドリンク 4.7 ]
  • 使った金額(1人)
    - -

2018/01訪問 2018/01/04

このしめやかな間人(たいざ)の珠玉の語らいに耳を澄まそう!...「緒方」、またしても、途方もないものを味わわせていただいたと深い感動の余韻に揺蕩(たゆた)う

高級蟹というと誰もが越前蟹を想起する。そして、その越前蟹といえば、三国やら津居山(ついやま)やら浜坂といった日本海の産地によって、黄色やら青やら白やらの異なる色のダグ付けがされ市場に出回るという事実ももはや周知の事実である。

しかしでも、これらがすべて同じ味わいかといったら、これが全く違うというところが、食材というものの何とも面白いところである。


 間人蟹(たいざがに)

この蟹は京都の日本海側の間人港で11月、12月に獲れる稀少な蟹であるが、これは他の越前蟹とは全く佇まいを異にする。

一口いただいてみると、どうだろう...しめやかで、ほっそりとした柳腰美人のような艶がある。...だけどその後、深々と小雪の降り募るように慎ましく、旨味が募っていくその佇まいに思わず言葉を失ってしまう...あれこそが間人蟹なのだ。わたしは、越前蟹は、色々なタグの色のものを一通りいただいたけれど、こんな感覚を味わわせてくれる越前蟹は、間人蟹をおいてほかにはないと言い切りたいと思う。


わたしに間人蟹の素晴らしさを教えてくれたのは、紛れもなく「緒方」さんである。こちらで2017年、年の瀬に間人蟹をいただけることに感謝して、12月3日(日)16:00、四条、町屋造りの「緒方」さんのお店の引き戸を開ける。

まだ誰もいないカウンターに通され、真ん中のお席に通される。緒方さんにご挨拶して、ほっと一息つくと、目の前の額縁に目が行く。毎回味わい深い絵画をかけておられるのだけれど、今回は、加倉井 和夫(かくらい かずお)さんという日本画家の柿の図とのことだそうだ。渋みがあって、眺めていると、静かな店内で心が落ち着いていく素敵な日本画だ...

まずは、純米吟醸をお願いする。わたしは焼き物にはとんと疎いけれど、素敵な徳利だ。...とほどなく、1品目が饗される。

1.間人の香箱蟹と外子のゼリー寄せ、新潟のモズクを添えて...猪口には外子
ガラスの器に盛られた美しい香箱蟹の冷たいお料理が饗される。この外子が緻密で何とも旨い。全く水っぽさがなく、味わいがしっかりしている。身肉(みしし)も、雄の派手やかさはないものの、旨味を小さな身内に健気に蓄えている感じが伝わってきて好感が持てる。

ここで滋賀県の松の司。飲み飽きせず、何杯でも飲めそうな感じがするお酒だ。

2.蕪とクエのお椀
クエの上質な脂が散るお出汁の味わいが、とにかく素晴らしい。脂の多い白身と言ったら、代表格はこのクエとのどぐろ(赤むつ)であるが、クエの脂はとにかく上質だ!そこに蕪のみを合わせたお椀のその簡素さに、自分がこの前のレビューで「"侘び"の精神そのもののお椀に現代の利休を感じ取る」というタイトルを書きつけていたことを図らずも思い出す。

3.明石の鯛と長崎の白甘鯛のお造里
やはり鯛は春の産卵を控えて、深場でいっぱい餌を食べているこの時期のものが調子が高いように思う。白甘鯛は申し分ない旨さだ!

4.湯通し鯛の皮、ゼラチン質
ここでちょっと面白いものが饗される。荒布(あらめ)を使ったお塩を添えて湯通し鯛の皮。食感が小気味よい。

5.岩手県雲子の揚げ物
簡素な揚げ物だけれど、これも仕事が感じ取れる逸品であった。まず、揚げ物特有の油っぽさが全く感じ取れない。そして、ぬくっと感情を内に秘めた雲子特有のあの存在感が最大限に引き出されている。そして楚々と漂う雲子の香りが素晴らしい。

ここで蘭奢待。国宝の香木の名前が付いたお酒だ。爽やかな甘みがあって旨い。

今日の間人蟹のお出ましである!いい顔をしている。緒方さん自信満々の逸品である!テンションが上がりまくる!

6.餅米をくるんだ柚の揚げ物、景色的に松葉の中にあしらって...
その前にこれも緒方さん定番の甘い揚げ物。これは、柚の甘みが主人公の一品。そこにアルデンテの餅米ががすこぶる素敵なマリアージュを演じ立てる。

7.間人蟹の四肢の根元の部分
とうとう出てきた間人蟹。...やはり何とも素晴らしい。この間人の、濡れそぼる秋雨のような、しめやかな味わいにまたしても打ちのめされる!...そもそも間人は市場にでないそうである。緒方さんは、特別なつてで直に引いておられるそうだ。

それにしても、他の追随を許さないこの素晴らしさはなんであろうか?緒方さん曰く「越前蟹は、三国、津居山、浜坂、香住といろいろな場所で獲れますが、そもそも蟹が食べているものが違うんです。ほかの蟹は大体砂地で生活していて色々なものを食べている(雑食)んですが、この間人のものは、泥の中でプランクトンばかり食べているんです。そうすると、こんな風に他とは一段も二段も違うこんな上品な仕上りになるんです」とのことだ。

8.間人蟹の足
これを2本まで饗していただき、間人蟹の身肉を堪能する。

9.田舎味噌と蟹味噌を入れた間人蟹の甲羅
これが、たまらなく旨かった!これは、日本酒じゃなきゃダメでしょう!という素晴らしすぎる逸品!

弁天娘でゆっくりとやる。またこの弁天娘と蟹味噌のお出汁のマリアージュが素晴らしかった。味噌の滋味に弁天娘のしっとりとした味わいが寄り添う。

10.大阪富田林の海老芋
サツマイモみたいに甘い味わいがする。これが「緒方」さんでの愉しみの1つだ。

ここで最後の締めとなるため、いつもの通り、3品すべていただく。

11.鯖寿司
これをいただくと、京都に来た、という感じがする。鯖寿司は京料理の一つだ。この肉厚な鯖の佇まいが素敵だ。

12.カマスとサツマイモの炊き込みご飯
カマスの味が濃い!サツマイモの甘みと合わせるのが面白いが、カマスの風味とご飯の温かさとサツマイモの甘味で幸せな気分になれること請け合いの一品だ!

13.手打ち蕎麦
これが毎回のお愉しみである。「緒方」さんの蕎麦は、茹で加減といい、蕎麦の仄かな香りのたち具合といい、実に秀逸なのだ。これを今日は鴨のつけ汁でいただく。

最後に、銀杏をくるんだ八つ橋で一通りとなる。...いや、今回の冬の「緒方」さんも間違いなかった!京都はなかなか遠いけれど、このお店もその春夏秋冬を味わうべく再訪しなければいけないお店である!次回は桜の季節に再訪だ!
祇園祭初日の夕間暮れ、思いがけない通り雨が突然四条の街並みを駆け抜けていく...と、焔立つ夏の地熱が、街を洗い流した雨滴の粒と溶け合って、あたりは瞬く間にむせかえるような真夏の分厚い空気で満たされる...

2017年7月1日(土)。祇園祭初日のこの日、京都四条の「緒方」さんで古都の夏を彩る食材を堪能する。それにしても「緒方」で京都の夏を心行くまで満喫できるとはいかにも贅沢な経験だ。以下素晴らしかった「緒方」のお食事会についてできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

19:00、お店の引き戸を開けて中に入るとお弟子さんのお出迎えを受ける。カウンター席にご案内いただくと既に本日のお連れ様は到着されている。とりあえずビールで乾いた喉を潤すほどに、本日のコースがスタートとなる。

1.五島列島の鮑の飯蒸し
鮑は旬だ。この噛みごたえがなんといっても素晴らしい。まるで切り餅を噛み締めたときのような抵抗感のある食感と、炭火焼きしたかまぼこを思わせる反り返るような弾力感の向こうに、幽玄味すら感じる奥深い鮑の味わいが顔をのぞかせる...

2.枝豆のすり流しに梅干し
このお椀が絶品であった!枝豆の青く清々しい味わいのその向こうに、一縷(いちる)の澄み切った梅の風味が細く長く響き続ける。シンと静まり返った言祝ぎ(ことほぎ)とでも言おうか。過剰な飾り立てを一切そぎ落とし、空豆と梅干しだけのあまりにも簡素な食材の組み合わせから閑寂な美しさを感受させる料理にひたすら感動する。まさに「侘び」の精神そのものといったお料理である。

3.少し炙った石垣貝、間人(たいざ)の白イカ、明石の甘手鰈、朴歯にくるんで...
石垣貝は、ものすごく立派な大ぶりなものだ。これに少し炙りを入れることによって、甘みを最大限に引き出している。山陰丹後では、剣先イカを白イカと呼ぶ。剣先イカの最高級品だ。まるでお菓子を食べているような濃厚な甘さがあるのだけれど、その甘味はイヤミがなく端正そのものだ。甘手鰈(あまてがれい)は、関東で言うところの真子鰈。夏の青空を駆けるような澄み切った味調が素晴らしい。

4.お塩と柚子を散らした鱧の湯引き
そのままで...とご案内がある。国産の鱧は夏場は産卵期を迎えて身は痩せるといわれるけれど、旨味をしっかりと感じることができる。優しい淡雪のように静かに降り募る旨味を耳を澄まして味わう。

5.宮城県産の金目鯛の揚げ物
最後の金目鯛とのご案内だ。金目の迫力ある脂乗りに圧倒される。しかしでも、金目のフライとはまた珍しい。

6.鱧の肝
鱧の肝のたまり煮だ。醤油と味醂でしっかりと煮詰めてある。肝はまったりとした味わいで最高の酒肴である。

7.加茂茄子の炊き物
京都の夏らしく賀茂茄子である。ものすごく肉厚でまさに茄子の女王の風格たっぷりである。この堂々とした存在感は他の茄子の追随を許さないものがある。

8.鮎の塩焼
鮎の塩焼きである。時期的には、もう少しといったところだろうけど、どうしてどうして立派なものである。珠のような香りとほろ苦さに夏の到来をじっくりと噛みしめる。

9.琵琶湖の鰻のかば焼き
天然鰻の蒲焼である。皮目が物凄くしっかりしている。噛みしめればバリッと音が立ちそうなくらいに香ばしく焼き上げられているけれど、逆に中の身肉(みしし)は、とろけそうに柔らかい。

10.鱧と湯葉のしゃぶしゃぶ
今度は鱧をしゃぶしゃぶでいただく。数回ささっと出汁汁にくぐらせて、湯葉と一緒にすぐに饗していただく。ぬくもりの中から、脂っこくない鱧の上品な風味が広がる。

11.すっぽんの葛炊き
ここで最後の締めのご飯となる。今回も3品すべていただくことにするけれど、まず饗されたのがすっぽんの葛炊きである。すっぽんならではの深い味わいだ。身肉は噛みしめるほどに少しずつ旨味が口中に広がる。

12.牛丼
この牛丼の牛肉が滅法うまかった!高級和牛を贅沢に使った牛丼に酔いしれる!

13.お蕎麦
最後に手製のお蕎麦をいただいて一通りとなる。間人蟹の時期の「緒方」さんからは、明滅するような花やぎを感じたけれど、今回の「緒方」さんからは、水墨画のように静かで澄み切った佇まいを感じた。実に素晴らしい。次回はまたまた間人蟹の季節の再訪となる!

ただただ、花というのは、観客にとって新鮮なのが花なのである... 世阿弥

その季節季節に咲きほころぶ花...何の前ぶれもなく一瞬にして生命の悦びを歌い上げ、わたしたちの瞳をしたたかに打ちのめしたかと思うと、次の瞬間には掌(てのひら)からこぼれ落ちるように散りさってゆく生命の明滅そのもの...それが世阿弥の"花"である。

2015年11月19日(木)、京都四条和食割烹「緒方(おがた)」の優雅で豪華すぎる間人蟹(たいざがに)食べ尽くしの饗応は、この観世大夫の言葉を体現してあまりあるものがあった...以下、そのお食事体験をできるだけ詳細に書き綴っていきたいと思う。

"秘すれば花なり"...有名レビュアーのGattoさんのセンスあふれる「緒方」さんレビューを拝見して、まだ見ぬ京都の有名割烹のイメージに刺激的なまでの彩(いろどり)を添えていただいたものだから、京都に向かう新幹線の中で、久しぶりに世阿弥の『風姿花伝』を読み返えしてみることにする...

...うん、やっぱり花伝書は面白い。疾走する新幹線のかすかな振動に身を委ねながら、文庫本を読み進むほどに、世阿弥の"花"が、渇いた体に雪解けの湧水を取り込んだように、すうっと染み渡っていく...今日の晩餐がどんな饗応になるか、花伝書に綴られる言葉の連なりを辿りつつ、愉しみは弥増す(いやます)ばかりだ。

...本日は、クワトロ☆さんが経営される会社のオフィスに17:45に待ち合わせた上での「緒方」さん初訪である。いうまでもなく「緒方」さんはクワトロ☆さんのお奨めである。期待が高まらないわけがない!

とはいえ、烏丸(からすま)線四条駅から地上に上がってみると、端正なまでの碁盤目状の京都の街路に目がくらみ、普段、東京のくちゃくちゃな街並みに慣れきったわたしの方向感覚が、一気にブッ飛んでしまう...はたして東はどっちで北はどっちか...2つ、3つと間違いながらも、それでもなんとかクワトロ☆さんのオフィスまで辿り付き、合流に成功する。とはいえ、約束の時間5分オーバーだ(クワトロ☆さん、スミマセンでした!)お詫びしつつも、とるものもとりあえず、さっそく「緒方」さんへ繰り出そう!という運びになる。

四条通を西に12、30メートル進み、「やよい軒」というチェーンの和食店に隣接するコインパーキング脇の小路地を左折する。極めて風情のある小道を数十メートルいくと左手に楚々とした「緒方(おがた)」の揮毫(きごう)が闇夜の中に浮かび上がる...引き戸をあけて中に入ると若い衆のお出迎えがあり、カウンター席中央のご案内となる。とりあえずビールを注文して喉を潤していると、ほどなく本日の間人蟹(たいざがに)のコースがスタートとなる。

1.新潟のもずく(手前)と香箱蟹の突き出し、蟹のジュレを添えて...春海(はるみ)バカラの四つ椀(よつわん)に載せて
明治時代の大阪の古美術商、春海商店が、日本にあう懐石道具をバカラに発注して作った瀟洒な四つ椀(懐石家具)がそっと手前に饗される...中には麗しき香箱の先付が楚々と収まっている。バカラを掌に包み込めば、明治初頭、近世から近代に移りゆくあの時代の"枯淡"に触れたような気がしないでもない...お料理を一口いただくが、濡れそぼるように淡く募っていく蟹の風味が感じ取れる。音もなく雪の降り募るようなこの佇まいにしばし耳を澄ます...

2.信州小布施栗(おぶせぐり)と銀杏のすり流しのお椀
皮を付けたまま炊いた小布施栗を銀杏のすり流しにあわせた一品。派手さはないものの、これは驚きにあふれる逸品であった。銀杏のすり流しのあの独特の苦味のある風合いから、栗の甘い風味が漂いだす感じが途方もなく面白い。緒方さんにお声掛けすると、「この組み合わせ、一瞬、えっ、て思うんですけど、意外と合うんですわ」とのこと。

ここで、滋賀県、松の司(まつのつかさ)をいただく。香りがきれいで優しい酒質のお酒である。

3.明石の鯛と山口の赤貝のお造り...紅葉をかき分けて
「鯛は塩わさびで、赤貝はお醤油で...」とのご案内である。緒方さんいわく、鯛は、春のものは、卵を抱えてすっかり痩せていて、調子が高くありません。やはり、鯛は今のものが抜きん出ている、とのこと。一口いただき、鯛の身肉(みしし)の充実ぶりに舌を巻く。また、赤貝もすこぶるよい。身も肝も滋味あふるることこの上ない...赤貝は、今くらいから春までが最も良いとのこと。

きっかけは失念したけれど、ここで緒方さんとジビエ談義になる。熊とか出されないのですか、という話の流れのなかで、緒方さん、
「うちはやりませんね。でも、熊はどんぐりを食べているのがすこぶるよいと思います。でも熊は脂は美味しいけど、ボクは、身の方が獣臭くてどうも嫌いなんですよね。だからうちでは熊はやらないんです。でも脂は確かにいいと思います。脂が美味しいのは、ジビエ特有ですよね。うりぼうとかね...」
とのことだ。

と、すかさずクワトロ☆さんが、わたしに耳打ちする。
「うりぼうってボク、可愛そうすぎて食べれないんだよね...マドさん、アレ、スイカみたいな感じだから"うりぼう"っていうんですよ、知ってる?...ボク、"うりぼう"を最初に知ったのが『かってにシロクマ』なんだよね...」
...このお茶目さが、クワトロ☆さんのなんともいえないユーモラスな魅力なのだ!

ここで次の日本酒が饗される。白露垂珠。淡麗辛口を更にさわやかにしたような素敵な日本酒だ。

4.餅米をくるんだ柚の揚げ物、景色的に松葉の中にあしらって...
柚の甘みが主人公の一品。そこにアルデンテの餅米ががすこぶる素敵なマリアージュを演じる。これもまた、さっきのすり流しと同じように、その秀逸な甘味使いが、ほかでは味わえない一品である。

5.間人蟹の肩肉の焼き物
「間人は、上品なんですよね。食べ飽きないんです」とのご案内だ。
たとえば、三国と間人で、やっぱり違うんでしょうかね?とお聞きすると、断然違うとのお応え。
「うちでは、貸切りで、食べ比べ会ってやっているんです。同じ条件で、三国、間人、津居山(ついやま)、香住(かすみ)、と同じ日に上がったもので、食べ比べ会をやっているんです。多少個体差はあるんですが、食べ比べしてみると、意外とよくわかるんです」
とのこと。今日はやってくれないんですか?との質問には、
「食べ比べは、貸し切りの時しかやらないんです」
とのことである。これはいつの日か絶対に体験してみたい!

ここで、和歌山のお酒、雑賀(さいか)が饗される。口に含んだ際、上品な旨みを感じる。麒麟と馬が描かれた素敵な徳利が印象的だ。

6.間人蟹足の焼き物
焼き上げられた甲羅から漂う風味が、息が詰まりそうなくらいに鼻腔を圧倒する。しかしでも、身をいただくとその印象は様変わりする。甲羅の炙りから漂ってくる蟹を前面に押し出した風味は途端に陰を潜め、滴るような身肉(みしし)からは悩ましいまでの北海の幸の濃厚な存在感が漂う...その旨みを凝縮した絹のようなテクスチャにしばし陶然とする。

それは、松葉蟹の淡白にして淡雪のようなイメージとは裏腹に、圧倒的な存在感を濃密にただよわせている。無論、その存在感には、蟹を押し付けるような下品な感じはいささかもない。

この焼き物をいただきながら、どうして水揚げした場所ででこんなに味わいが違うんですか?という話題になる。緒方さんいわく、
「食べてるものが違うんです。普通松葉蟹は、砂地の上にいるんですが、間人は泥の中で良質なプランクトンを食べているので、他の松葉と食べてるプランクトンの数が全然違うんです...松葉蟹はだいたい1キロの大きさで大人になる。で、そこから毎年脱皮していくんですが、間人は大人になってから脱皮する数が少ない。1.5キロくらいにしかならないんですよ。2キロになるものはないですよ。三国とか、何年も歳を重ねて2キロを越えるようなものが揚りますが、間人で揚るものは、大人になりたてのものが多いんです」
とのことである。

ここで、間人蟹の爪酒をいただく。これが河豚のヒレ酒並みに存在感のある素晴らしい燗酒である。

7.田舎味噌を入れた間人蟹の甲羅焼き
間人蟹だけだと蟹味噌の臭みが出てしまうので、田舎味噌を合わせてあるとのことである。これ以上日本酒との相性がよい食べ物があるだろうか!お匙で掬って慈しむようにいただくのだけれど、ひと匙いただくごとに口中に幾重にも広がる旨みの残響に舌を巻く。クワトロ☆さん「これは、白ワインでやっちゃいけないでしょう。絶対に日本酒でしょう!ん~今日死んでもいい!」とひとりごちる。同感である!

8.雲子(くもこ)、鱈白子の焼き物
鱈白子の焼き物が饗される。関東では"菊子(きくこ)"と呼ばれるものだ。ほのかな焼き目がつくくらいに焼き上げられ、山椒で点睛を施されたそれを一口口に含めば、まさに雲間に漂うような至福感を感じること請け合いである。

ここで鄙願が饗される。お酒は辻村四郎さんの焼き物(徳利)で饗される。

9.大阪富田林の海老芋の炊きもの
海老芋といえば、いかにも京料理らしい。しかし驚きはお出汁だ。昆布の旨みが引き出されたこのお出汁が途轍もなく旨い。京都のお水の柔らかさを感じる逸品だ。少しだけ砂糖をいれて、お塩を少し...くらいのシンプルな味付けが心憎いばかりである。

10.鯖寿司、釧路厚岸、仙鳳趾(せんぽうし)産 牡蠣のカツ丼、鴨のつけ蕎麦
最後にお食事となる。3種類選べるが、少量づつ全ていただくことにする。

鯖寿司は海苔に巻いて饗される。酢飯のカドを、海苔の香ばしさがほどよく包み込んでいる。

仙鳳趾産 牡蠣のカツ丼。存在感のある仙鳳趾の牡蠣をひと房をそのまま揚げてから、ひと刷毛のソースを刷いてご飯の上に乗せた一品。海の豊饒が詰め込まれた味わいにうっとりする。

鴨のつけ蕎麦も文句なくよかった。つけ汁は、醤油とみりんだけで、2週間だけそのまま寝かせておいたシンプルなものだというけれど、味わいが実に緻密で旨い!

11.くわいと黒糖のカステラ
和紙に包まれたそれを、まずはしゃかしゃかと振って、黒糖をまんべんなくカステラにまとわせてからいただく。外はカリッとしていて、中はしっとりとしている。

これで「緒方」の間人蟹のコースが一通りとなる。

間人蟹...これは想像を超える松葉蟹であった。北海にまだ見ぬこのような味覚があったことにひとしきり感動する。

"ただ、花は、見る人の心にめずらしきが花なり..."

今日のこの日は、世阿弥の"花"の艶やかな息遣いを、紛れもなく感じ取った冬の一夜であった。

  • 今日の間人蟹のお出まし!いい顔をしている!
  • 田舎味噌と蟹味噌を入れた間人蟹の甲羅
  • 間人蟹の四肢の根元の部分

もっと見る

2位

と村 (虎ノ門、虎ノ門ヒルズ、内幸町 / 日本料理)

3回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.7
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥60,000~¥79,999 -

2018/08訪問 2019/01/25

原生林が育んだ神の鮎、"金鮎"...「と村」、この逸品は、眼をつむったまま、深呼吸するようにいただきたい

普段、意識すらしていない呼吸という行為に、ふと自覚的になってみる...そして、肺の細胞ひとつひとつを使って"金鮎"の香りをゆっくりと自分のものにしてみたとしたらどうなるか。...途端に炭焼きの鮎とは思えないその身質の瑞々しさの向こう側から立ち上るしめやかな香魚の香りに言葉を失うことになる。...これほどの至福が他にあるだろうか。

この"金鮎"を育む白神山地というのは、もともと北海道に近く梅雨がほとんどない土地柄である。一般的に、鮎は梅雨時に降る大量の雨で、何度も洗い流された石苔を食んで成長していくのだけれど、この"金鮎"はそういう育ち方をしない。

梅雨の雨などに頼らずとも、"森のダム"と言われるブナの原生林が蓄えた雪解け水の汲めど尽きせぬ滔々とした流れが培う美しい石苔を食んで成長していくのである。尽きることのない原生林の水脈の下に育つ鮎、それが"金鮎"なのである。

だから、その姿からして通常の鮎とは全く違う。...ごつごつしていなくて、フォルムからして"しゃなり"とした柳葉のような色気があるのだ。...この鮎は紛れもなく日本の原生林が育んだ"至宝"である。

..."金鮎"の食べ方は、玉蜀黍みたいに、まず背びれを取って背中のところからパクリと齧りつくのが正しいやり方だ。頬張ってみると、背骨から外れる身離れのよさが心地よい。と、途端に鮎とは思えない身質の瑞々しさに、深くため息をつくことになる。...そしてこの皮の薄さはどうだろう。...内臓の苦みも純粋で慎ましやか。身肉をひととおりいただいてから、頭と骨をいただくのだけれど、その柔らかさには、ほとんど詩的な美しさすら感じる。


2018年8月11日(土)。夏の「と村」を味わいつくしたひと時について、以下詳細に書き綴っていきたい。
いつものように地下鉄内幸町駅から、少し歩いて、「と村」の前に立つ。...わたしは「と村」の暖簾が大好きだ。季節季節に変わるこの暖簾のデザインの前に、毎回ふっと足を止めて見入ってしまう。本日のテーマは"うなぎ"である。...実に味わいがある鰻のうねりが、風に揺られてゆらりゆらりとたゆたっている。

今日は、奮発して、金鮎、鰻、黒鮑の三点セットの会である!今日の参加者が全員揃ったところで、さっそくお料理を開始していただく。

1.牛テールの茶わん蒸し
「と村」さんは、全くお肉を出さない和食店ではないけれど、この手の趣向は少し珍しい。...うん、旨い。脂も含めた牛の旨みが詰まっていて、振られた胡椒が鼻腔を突き抜けるような素晴らしいアクセントになっている。

2.鷹架沼(たかほこぬま)の鰻
まず、これに打ちのめされる!この鰻丼を食べたら、わざわざうなぎ屋さんに訪問して鰻を食べに行くことの愚かしさを思い知らされる、そう断言したいくらいの素晴らしさを備えた逸品である。

ほんのご飯茶碗一杯に鰻のかば焼きを添えただけの一品なのだけれど、その身質の柔らかさと繊細さに勝てるものなどありはしない。いろいろなお店でよく筋肉質の鰻をいただくことがあるけれど、これをいただいてしまうとそんな野卑な鰻など犬にでもくれてやれと思わせる。

ご主人曰く、やっぱり今日の鰻は凄いとのことである。鷹架沼というのは、小川原湖湖沼群の六つの沼の中で一番大きい沼だ。でも、小川原湖のものよりも今日の鷹架沼のものはずっと良いとのことだ。一尾の大きさは400g。まず、脂が旨い。そして、皮がうすくて、筋肉質でない。柔らかめに炊いたもち米との相性が滅法素晴らしい。

秋になるともっと小さいのがうまくなるそうだ。

3.北海道の蝦夷鮑(1月おいた生の肝をつけて食べる)、ステーキにした千葉の勝浦の鮑
続いて、鮑である。これは、2品の設えで、ひとつが北海道の蝦夷鮑を蒸してそのまま。これに肝をつけていただく。もうひとつが、勝浦産の鮑のステーキ。串打って炭で低温でゆっくり中まであたためてから、発酵バターと醤油で照りをつけている。フライパンは使っていないそうだ。これをナイフとフォークで厚めに切っていただく。濃縮したミルクを潮で包みこんだようなその身肉の弾力に圧倒される。
...ちなみに勝浦の鮑は9月15日までしかないそうだ。(あとは禁漁とのこと)

4.蛤の酒茹で
これがなんとも艶めかしかった!やさしく、柔らかく、磯の香りを際立たせることなく、蛤そのものの旨さを直截に伝えてくる逸品である。

5.生麩
揚げたお麩の上に、胡麻をペースト状に摺って、砂糖と醤油で甘い餡をかけて焼いたものだ。麩はまったく味はないけれど、食感が面白い。精進料理に近いものだ。

6.気仙沼産の戻り鰹、茗荷と独活と胡瓜と花穂と紫芽(花紫蘇の小さいもの)匂いのある野菜とともに
鰹のたたきには、香草がよく似合う。水ようかんのような勢いのよい鰹の身肉(みしし)に目の覚めるような、香りの野菜。絶品である。それに生姜酢を合わせている。

7.鱧と兵庫県三田のジュンサイのお椀
季節のものだ。鱧といい、ジュンサイといい、最高の食材で設えてある。

8.金鮎
赤石川の最上流まで上った縄張りをきちっともった鮎さそうだ。驚くべきことにこの鮎の炭火焼の時間は3分とのこと。ご主人曰く「こん小さい魚を何十分も焼いていたら、黒焦げになっちゃいますよ」とのこと。

9.大阪の茄子の煮びたし
甘くてうまい。これも「と村」さんでの定番だ。

10.半田素麺、ご飯、赤だし縮緬雑魚、鰯の焼き物
今日は、素麺とご飯を両方出していただく。ご飯の方は、おかずは鰯だ。秋刀魚がよければ、これでできるのだそうだけれど、今年のこんな感じじゃ秋刀魚はむりとのこと。大将がおっしゃる。

「ご飯の新米がでて、秋刀魚の塩焼きと大根おろしがありゃ、ほかはいりませんよ!」

まったくおっしゃる通り。この「と村」さんで、いつの日か絶対に秋刀魚の塩焼き定食をいただくと心に決める。

レンコン餅で一通りとなる。

いや、凄かった。...やはりわたしにとって、和食店の一番は「と村」をおいてほかはない。そのことを改めて痛感させていただいた一夜であった。
そろそろ季節は、梅雨の濃密な湿り気を帯び始める。この季節、わたしがどうしても思い出してしまう食材のひとつに"トリ貝"がある。梅雨どきならではの濡れた景色、その湿り気を帯びた大気の香りを感じると、あの仄かに銅の香り漂う"トリ貝"を、どうしてもいただきたくなってしまうのだ!

でもしかし、と、敢えてここで断り書きさせていただくと、わたしの場合、"トリ貝"は絶対に「と村」でないとダメなのだ。この店の"トリ貝"は他の追随を許さないくらいに滅法素晴らしい。2018年6月2日(土)、梅雨の「と村」訪問について詳細に書き綴っていきたい。


本日は食通の友人と3人で「と村」の会である。やはりこちらのお料理は、お馴染みの〆張鶴でいただくのが正しいやり方だ。若干フルーティだけれど、全体的に控えめなこの酒が「と村」のお食事に滅法あうのだ。

1.鯵の沢煮椀
薄口に仕立てた吸い物。「と村」の料理は、華美さを嫌う。キャビアだのトリュフだのといった食材を使って、料理に華やぎを纏わせるという発想がそもそもないのだ。

しかし、食材へのこだわりに関しては、どの和食店、どの鮨屋、どのレストランも敵わないものがある。地産地消されてしまうような食材を直に引いてきて、そのものの旨さを最高度に引き立てて食べさせるというのが、「と村」流だ。これにいつも言葉を失ってしまう。

2.渡り蟹の飯蒸し
仄かな蟹の風味と柔らかに蒸されたお米の甘みが最高のマリアージュを演じたてる。そしてわたしは「と村」さんの木の芽使いが大変好きだ。これが添えられることにより、料理の引き締まりかたが全然異なってくるのである。

3.蒸し鮑...房総の眼高(まだか)鮑
あの夏場の黒鮑の、奥深い陰影に富んだ幽玄味すら感じさせる味わいとまではいかないけれど、これはこれですっきりとした品が感じられて好感が持てる。...ちなみに、次回は、8月、黒鮑の猛者をお願いしてきたのが今から愉しみだ。

4.能登産のトリ貝
タイトルと冒頭にも書いたように、「と村」さんの梅雨時の"トリ貝"が素晴らしい。梅雨時の大気を覆う湿り気と、トリ貝から仄かに漂う金気臭がなんともメランコリックで詩情にあふれている。みなさん、来年はぜひこれを食べに「と村」に駆け付けていただきたい!

5.北海道のムラサキ雲丹と鱧の煮凝り
鱧の骨やら頭を煮出した出汁を煮こごらしたものにさっぱりした夏の雲丹が数片散らしてある。夏の風物詩のような涼やかな一品である。

6.淡路島の鱧のたたき
わさびを載せて、そのあとに梅肉をつけていただく。「と村」の鱧は秀逸だ。鱧の味わいがくっきりと際立っている。骨切りした後、氷水なんかにぞんざいに晒したら、絶対にこの味わいはでないと思う。

7.オコゼのお椀
水とお酒だけで炊いた純粋なお椀。オコゼはとにかく不細工だ。どこに目があり鰓(えら)があるのかわからないような面相をしている。しかし、その味わいは絶品で、しゃりしゃりと音を立てるくらいのみっちりした筋肉からは、しなやかで動的な味調が感じ取れる。

8.琵琶湖の稚鮎の焼き物
鮎の走りである。これもそれなりの良さはある。でもやっぱり「と村」でいただくなら、"白神山地の金鮎"だ。これも次回8月、しっかりとオーダーしてきた(笑)。

9.京都の久世茄子の煮浸し
これも「と村」の定番である。大ぶりな茄子の煮物なのだけれど、この甘みのある煮浸しをいただくと「と村」に来ているという実感が今更ながら沸く。

10.ジュンサイ
これも夏らしい涼やかな一品である。ここまでの味わいの連綿をキレイにしてくれる風鈴の音のような小品である。

11.お食事
イワシの焼いたものがついている。このイワシの濃厚感が凄かった。これはご飯が何杯でもいける!あと、「と村」の縮緬山椒がご飯のおともによく合うのだ!

12.葛切り
最後に葛切りで一通りとなる。
やはり「と村」は、素晴らしい。わたしの中で東京の和食店の一番は、間違いなくここである!


春は筍の季節である。となれば、そんじょそこらのやたらな筍なんて食べる気もしない。本当に一番のものを食べたい!というのが人の心情というものだろう。2016年4月9日(土)、18:00-虎ノ門「と村(とむら)」で満喫した筍の会は途方もなく素晴らしかった!以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

今日は個室で、グルマンさんたちと直接落ち合う。最初の1杯はビールを注文し、次からは〆張鶴へと切り替える。とほどなくお料理がスタートする。

1.蛤の茶碗蒸し
具の入っていない茶碗蒸し。とろっとした良質な蛤の風味にしばし陶然とする。

2.樫原(かたぎはら)の筍の煮物、木の芽和え
おおぶりの筍が2キレお出汁に沈んでいる。一口ではいけないくらい大ぶりで立派な筍である。これを2本の箸を突き立てて裂いてみると、まず、箸先で躍る筍の繊維のきめ細やかさにびっくりする。木の芽と一緒に一口いただいてみるが、気高いばかりの木の芽の風味の向こうに、柔らかい白子筍の繊細で優しい風味が広がってゆく。絶品である!

3.ぼうふの胡麻和え、ホタルイカの酒盗、丹波の花山椒、雲丹茄子
ホタルイカの酒盗、こんなに日本酒にあう乙な食べ物があるだろうか。それを最高級の丹波産花山椒で摘む幸せといったらない!ぼうふの胡麻和えは、鄙びた質朴とした温かい味わいを呈し、雲丹茄子はどこまでも滋味あふるる豪奢な味わいを食べてに伝えてくる。立派な馬糞雲丹のひとひらには、ひと粒ひと粒の香りの分子が緻密に濃縮されている。

4.淡路島の真子鰈、佐島のスミイカ
真子鰈。美しい刺身である。ほんの少しお醤油をつけて頬張ってみるが、空に吸い込まれるような希薄さの中に格調の高い味わいを秘めていることが感じ取れる。スミイカも素晴らしかった。肉厚で、歯ざわりもこってりとして旨みが際立っている。

5.あぶらめ(アイナメ)のお吸い物
蓋を開けると木の芽の香りがふわりと舞い上がる。一口吸地をいただけば、驚く程、あぶらめのよい出汁が出ている。白身なので、あっさりした味わいと思いきや、鯛をも凌駕するしっかりとした豪華絢爛な味わいにしばし言葉を失う。

6.大分の車海老の油洗い
さっと高温の油にくぐらせて作る車海老の油洗い。まずはその美しい光沢感に息を呑む。油にくぐらせることによって、車海老の香りの高さ甘みがいかんなく引き出されている。

7.京都の久世茄子(くぜなす)の煮浸し
皮目と身の境目がないくらい柔らかい。やはり「と村」さんの茄子の煮浸しは最高である。柔らかくて、甘くて、本当に大好きな逸品である。

8.樫原の筍ご飯
ここで戸村さんが土鍋を持って部屋に入ってこられる。よく土鍋の中の炊き込み筍ご飯をかき混ぜて、ひとりひとり取り分けていただき、最後にそっと木の芽を添えてくださる...これが舌を巻くほどの絶品であった。どこまでもどこまでも柔らかい食感と、潤味(うるおみ)のある優しい筍の味わいを、水分を含んだ柔らかめのご飯がそっと包み込んでくる。朝まだきの真っ青な竹林の中の爽やかな空気を肺の細胞一つ一つで吸い込んだような清々しいまでの味わいに図らずも涙腺が緩んでしまったことをここに正直に告白しよう。傑作というのが惜しい位の見事な出来栄えである...ここで戸村さんのお話に耳を傾けてみよう!

●今年は筍が不作の件
「これは、白子筍(しらこたけのこ)です。塚原ってところの中にある樫原の農家で作っている筍です。ここは京都で一番のいい筍を作っている農家さんになります。とにかくこの農家はランク的にはNo.1ですね。ただ、今年は筍はハズレ年でしてね。そんなにいっぱい出して差し上げられないでんすよ。今日も4本しか来なかったので、みんなで分けあって食べるのが精一杯ですね。ただ、東京ではこのレベルの筍はないと思いますね。そのまま10分炊くだけですからね。生のものを。下茹でしなくていいんです。直炊きでいけちゃうんです。ただ、今年は暖冬が響いちゃってですね、全然出ないんですよね。去年はいいものがいっぱい採れたんですけどね、こっちが言わなくても送ろうか、みたいな感じだったんですけれど、今年は毎日電話かけなちゃいけなくなっちゃった。まぁ、ひどいもんです」


●筍ご飯にもっともあうお米と炊き方の件
「福井、永平寺の山の中のお米なんです。永平寺米。これは、ちょっとでも保温しちゃうとダメなんですよね。炊きたてだと、柔らかいくらいのものが旨いんですよね~。水分を多めに含んだこのくらいの感じが米は旨いんですよね」


●美しい竹林の件
「竹って節の数がみんな一緒なんです...葉っぱが生える、枝が生えるところも一緒なんです。ちゃんと決まっているんです。10何番目から枝が生える、竹によって節の数が違うっていうのは一切ないんです。竹の高さが違うのは、水分とか肥やしの違いで、いい竹やぶってのは節間(ふしかん)が長いんです。ダメなやつは全部短いんです。だから当然節間が短いヤツは、下に下に枝が生えるんで、だから筍が育つ空間が少なくなっちぁうんです。いい竹は葉や枝が全部上に行くんです。そういう竹林は、もともとの土のよさと手入れが欠かせません。筍の時期が終わったらすぐ手入れして、藁引いて土をかぶせてってことをずっと繰返しているんですね。ここの農家は、魯山人がやっていた星ヶ岡茶寮ってあるじゃないですか、そこにも卸しているんですよ。魯山人が書いた料理王国って本に出てきますよ。京料理の一番のご馳走だって書いてありますよ。こういう筍はなかなか採れない。物集女(もずめ)とか大原野とかああいうところは、大きい産地なんでいっぱい出るんですが、土が良くない。同じ竹藪でも、比叡山向きといって、京都だと鬼門なんですね。北を向いている。陽が当たるんですね。陽があたると竹藪って土が乾燥しちゃうんで、筍が水分を欲して、根を張っちゃうんですね。そうすると当然硬くなっちゃう。そういう条件が全部相俟って、手入れをきちんとした筍ってのはここしかないんですね。ここのは贈答用ですから」


香川観音寺産の鳥貝、白神山地の金鮎とか、「と村」さんの食材に対するこだわりに対してオマージュを送ると、食材調達の難しさと食材のこだわりについてお話くださる。

●食材に対するこだわり
「うちは季節季節でちゃんとメインがあるように、苦労して生産者との関係を作りましたからね。今一番それが難しいんです。料理を考えるよりもずっと難しいんですね。5月になると鮑のいいのが出たりとか、6月になりゃ鰻が出て、その時期その時期でメインはれるものがあるんですが、本当に厳しいんですね。うちでもショートすることがあるんです。なんでもあるんだけれどいいものがない、厳しいですね」


9.黒蜜のれんこん餅
黒蜜のれんこん餅で一通りになる。

不作の年とは言え、樫原の筍は文句なく素晴らしかった。煮物、炊き込みご飯と満喫した一夜であった。お連れ様も大変満足なご様子で、素晴らしい会となった。やはり「と村」は東京屈指の和食店である。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年12月7日(月)記す

『なんといっても戸村さんの話は面白い♪...「と村(とむら)」、冬の風物詩、兵庫県浜坂産の松葉蟹に舌鼓!』

2015年12月7日(月)、19:30。虎ノ門の和食割烹の「と村(とむら)」さんのお店の前に立つ。季節を現す"松葉蟹"の暖簾が威風堂々と吊り下がっている。わたしは、「と村(とむら)」さんのこの暖簾が大好きだ。なんともセンスを感じる。

本日は、クワトロ☆さん、actis1001さん御夫妻と松葉蟹の会だ!「と村(とむら)」さん冬の風物詩の松葉蟹をいただくに、相応しいメンツだ!

個室に入るともうお3方は着座されている。最初はビールを注文して喉を潤しているとほどなく本日の松葉蟹のコースがスタートする。

1.干し貝柱の茶碗蒸し
具は入っておらず、プレーンで滑らかな茶碗蒸しである。適度におしょうがが効いているのが好感が持てる。

2.穴子の蒸し寿司
笹の葉を開けると一抹の湯気とともに白い蒸し鮨が現れる。一口いただくが、穴子のほのかな甘味に笹の葉っぱの香りが涼やかに舞う。

3.塩雲丹と三陸産蒸し鮑
蒸し鮑。磯の香りが濃縮された悩ましき一品。反り返るような弾力ある食感の向こうから、幽玄味すら感じさせる鮑の奥深い味わいの陰影が顔をのぞかせる...塩雲丹。これぞ日本酒のアテの王様である。ここいらで「と村」さんお奨めの〆張鶴でしっぽりいくことにする。

4.三厩(みんまや)産、鮪の中トロのお造り
三厩港とは、津軽半島の最北の港だ。有名な大間はお隣の下北半島の最北の港。両方とも鮪で有名な港である。中トロは、しっかりと脂がのったものだ。今回は鮪についていろいろ戸村さんにお話をお聞きできた。レポート巻末の戸村さんの鮪談義をお愉しみください!

5.兵庫県浜坂産松葉蟹の茹で蟹
2人で蟹一杯をいただく。蟹をさばいている間、部屋中を満たす蟹の風味が凄まじい。こんな圧倒するような松葉蟹の風味を嗅がされたら、最早こころここにあらずである...こころのざわつきに耐えながら、ただただ息をのんで戸村さんの見事なまでの捌きを見守る...

(戸)やはり、食材はいいものを仕入れて食べるってのが一番いいですね。身と出汁が一杯入ってますので食べてみてください。一本目はそのまま食べてもらって、二本目は、味噌を小皿にいれてそこにつけて食べてみてください。

まず甲羅から延びる一番太い足を、第一関節を折って胴体から切り離し、第二関節を折って、細い足からも切り離す。さらにこの一番太い足の関節よりやや内側の両端に罅(ひび)を入れて、蟹身が見えた入口のところに、第二関節から先の細い足を捩じ込んで蟹身を、ずずずっと逆側に押し出す。

(戸)出が悪いっていうか、まわりにくっついている蟹の方がいいです、身が。ツルッと出てきちゃうやつは身が痩せてて旨くないんです。まわりにぴっちりくっついている方が旨いです。で、茹で蟹は、一本目がなんといっても旨いんです。あの、香りがいいんです。なんといってもね。で、お次は味噌を好きなだけ蓮華でとってもらって、器にいれていただいて、そこにつけていただいてみてください。出汁が入っててうまいんです。あと三本目からは自分の好きなように食べてください。今年蟹はハズレ年です。特にこういうおっきいやつが獲れないんです。味噌もグリーン色をしているじゃないですかちょっと白っぽいっていうかね、これが新しい証拠なんです。黒いやつあるじゃないですか、ああいうのは古いんです。

旨い!問答無用に旨い。迫力のある蟹の旨みにただただ言葉を失う。特に一本目。その圧倒するような旨みにしたたかにやられてしまい、ただ芸もなく心の中で「やられた、やられた」と独りごち、なかなか言葉が出てこない。先月の「緒方」さんの間人蟹も素晴らしかったが、またこの浜坂産松葉蟹は、まったく表情が違う。前者がしめやかに、そしてしっかりと存在感を示していたのに対して、こちらは、まるで喉元に合口を突きつけるられるような迫力で自分を認めろと迫ってくる旨さなのだ。感動。蟹味噌も素晴らしい。香箱蟹や蟹の全ての旨みが詰まった出汁に蟹身を浸していただくが、緻密な味わいのさざめきにうっとりしてしまう。

(戸)今日の蟹はいいですよ!これでも、2、3週間前は良くないのが結構あったんです。先週(11/30~12/4)からです、1回もハズレがないのは。蟹は1月が1番いいんです。毎年。でも1月は香箱蟹がないんで、出汁が薄くなっちゃうんですけど、去年からちょっと考えて濃い出汁は冷凍してもらってるんです。この出汁は香箱とか全部使ってとったものです。あと、塩もちゃんといい千年塩をもらって使うんです。その天然物を薄めて使うんです。安いスーパーの塩なんて塩っ辛いだけですからダメです。蟹がよくても、塩が良くないとやはりよくないんです。蟹の1本目はなんといっても香りを愉しんでいただきたいですね。匂いがすっごくいいんで、茹で蟹食べるんだったら、アレだけは食べてもらいたいですね。もうあの1本目が全てだといってもいいくらいです。でも、冷めても香りはないんですが、身は甲羅に入っているんで出汁は出にくいんで味は遜色ないんです。へっちゃらです。置くなら(どうせ冷ますなら)、3日くらい置いて冷やしちゃった方がいいです。繊維が一本一本剥がれる感じ、適当に水分が抜けて、落ち着いた感じになるんですね。本来派手な食いもんですけど、もうちょっと落ち着いた蟹本来の食感とかがでるのは、3日くらいおいたやつなんです。そういったのを食べさせてくれって人もいますよ。そういうときはちょっと長めにおいて出汁を濃くするんですね。そうするとよりいいんですね。これはすぐ食べるんで湯掻きは浅いんです。

6.富田林の海老芋、一度炊いたものを揚げた一品
有名な富田林の海老芋。カリッとした表面の揚げ上がりの下からもっちりとした海老芋が現れる。冬の京料理には欠かせない一品である。

7.高等ネギと火入れした卵黄、河豚を使ったお出汁のお茶漬け
(戸)食べ方は、蓋を開けてもらって、卵を入れて、軽くつぶしながら、卵と出汁とご飯と一緒に食べてみてください。で、ネギは高等ネギというクズネギなんで、辛くないですから、蓮華で、そんなぐっちゃぐちゃにしなくていいんで、出汁とご飯と一緒に食べてみてください。卵は火入っているんで濃くできてますんで、味もちょっと変えられると思います。

高等ネギが目にも鮮やかな一品。お出汁は、河豚のお出汁。あっさりとしている。優しい味わいが五臓六腑にしみ渡る...

8. ル・レクチェ
果肉がきめ細かい舌ざわりで、すっとしている。

最後、お茶をいただきながら戸村さんとの食材談義になる。わたしは戸村でお食事をしたときのこの時間帯がたまらなく好きだ。以下、できるだけ正確に再現してみたい。

※今年は白身が不漁の件
(戸)今年は白身が全然ダメなんで、ここんとこ2週間くらいずっと鮪を使ってるんですよ。5年ぐらい鮪は使ってなかったんですけど、ホントに今年は白身が酷くてですね...特に鯛が終わってから、鮃(ひらめ)になる機会があって、そのときに2回くらい使ったんですけど全然ダメで、今年は鰤(ぶり)もないですし、グジもありませんね。


(マ)今日のは中トロですか?

(戸)ええ、ええ、中トロです。(中トロは)鮪でいうと、一番目から二番目なんで(赤身も脂も)全部バランスよくあるんですよ。ただ赤身の方が人気があってすぐなくなっちゃう。(そうすると)もう大トロしかなくって...でも、うちでは大トロってほとんど使わないんですよね。

(マ)大トロは味の違いがわからないっていいますもんね。

(戸)もう、アレはね、くどくて、蟹を食べる前に鮪を3キレも出すなんてないですね。だから2つくらいにしといたんです。でも昔よりは、鮪も残らないようになりました。昔の人は、赤身出しても、一瞥して食べなかったくらいですからね...でもこの頃は、料理の組立にもよりますけど、そういう人たちがいなくなって、世代が1世代2世代若返って、鮪でも普通に食べるようになった感がありますね。昔は(鮪を)見ただけで食べなかったですよ。こういうところ(和食割烹の店)で、そういうもん出してどうすんだっていう旦那衆の雰囲気がありましたね。ああいうのは、多分うちの父より上の人たちの世代ですね、今で言うと80越えるくらいの世代ですかね。そういう人たちは、鮪なんてまったく評価してませんね。あんなのは2級品、というのが彼らの考え方です。京都にいたとき、うちの親方も言ってました。鮪を使う店は3流だとね。でもこのごろ関西では鮪の握り鮨とかね、外国人向けに出すみたいですけどね。

(戸)(鮪は)そんな位置づけですよ。だからぼくの気持ちの中でもそんな思いは多少残っているんです。鮪ってみんなが思うほど価値があると思っていなんですね。ただ、まったくダメな白身を出すよりは、鮪でもいいんじゃないかって感じでしょうかね。代替品(だいがえひん)ですね、鮪は。積極的に使うものではないです。ただ、使うからには、築地の中では最高級の鮪を使っています、鮨屋に引けをとらないものを使っています。

※鮪の脂は白身の上物に比べて1段も2段も品格が落ちる
(戸)ただ焼くとわかるんですけど、秋刀魚とか鯖とか焼くといい匂いがするじゃないですか。食欲をそそるような匂いがする。鮪の脂ってそもそも臭いんですね。この部屋で(鮪の)炙りをやったら、嫌な匂いがしますよ。もしやったとしたら次の日この部屋は使えませんよ。そのくらい脂の質が良くないんですよ。鮎とか鯖とか脂の質がいいんですね。鮪が注目されたなんてここ15年かそこらですよ。テレビで暮れになったら大間の釣りのアレとかね、ドラマになったりとか、それで注目されるようになったんです。


※今年の白身の上物はいつ入荷?
(戸)まだダメですね。今日また聞きましたけど、ダメですね。鮃どう?って聞きましたけどまだダメなんですね。遅いんじゃないですかね。でも1月に入ってダメだったら白身は今年はもうダメですね。白身は部分的に買ったりしないんで、一匹まるまる買うんです。やっぱり一匹買わないとわかんないことがいっぱいあるんです。逆に、鮪は下ろしたものでわかるんで、部分的に分けてもらったものを使ってますけどね。


※どうして今年は白身がダメなの?
(戸)暖冬も影響しているのかもしれませんが、白身は、産卵を控えて岸際に接岸してくるんです、鰯を追って。で、さんざん鰯を食って、脂がのってくるんです。今年はその鰯が少ない年なのかもしれません。鰤なんかもこの時季脂がのってくるじゃないですか、夏なんかスッカスカなのに...あれは寒いから脂(体脂肪)がのるんじゃなくて、食べる餌が変わるからなんですね。夏は鯵を食っている、それが寒くなると脂の乗った鯖を食うことになるから脂がのるんです。


(戸)人間だって寒くなっただけで皮下脂肪はたまんないです。やっぱり太るのは餌だろ、そういうことなんです。食べてるもんで変わるんです。鰤は、回遊魚なんでずっと走り続けるんです、いくら餌食っても消耗し続けるんです。健康優良児なんです。でも、今年は鰤も不漁です。ぐじもダメです。かぶら蒸しにしてもこの時季ぐじは絶対必要です。でも今年はぐじが全くないんでだせないんです。


※今年はジビエがよい!
今年、鴨と猪、これはいいです。猪は丹波です。すっごい旨いですよ。ほんっとに猪見れる人って、そこの親父がいってましたけど、その丹波に何とかって旅館があるらしいんですけれど、そこの板さんは、獲ってきた猪を何十トン吊り下げた時に、そんなかで一番いいのを持っていく。ぼく、毎年見てるけどわかりませんもの。うちはそこが選り抜いた上物の3枚肉を買うんです。


次回は、「と村」でジビエ会か...

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年7月23日(木)記す

『と村は神様です...第2弾!...「と村(とむら)」、やっぱりここは凄い!ブナの実を食(は)んだ冬眠前の最高の月の輪熊の最後の取り置きと、白神山地赤石川の金鮎(きんあゆ)に舌鼓をうつ!』

和食割烹における、いわゆる"常連さん"のアドバンテージには舌を巻くものがある。2015年7月23日(木)の夕食会は"常連さん"の圧倒的な強みをシャワーのように体感した一夜であった。この日の夜は、クワトロ☆さん主催の夕食会である。会には、actis1001さんと、この日初めてご一緒させていただくダンデライオンの爪あとさんが参加されている。いずれも常日頃尊敬する素晴らしいレビュアーさんたちとの夕食会に心弾ませての「と村」さん再訪となる。

しかしでも、この日に次々に饗されたお料理の数々には心底圧倒された。この日に饗されたお料理の数々は、このお店に足繁く通われておられるクワトロ☆さんと店主戸村さんとの関係なくしてはありえない料理のラインナップというほかないと思う。

まず最初に、本日のメインは、月の輪熊のしゃぶしゃぶになります...との一言を耳にして、一瞬、この夏の暑い盛りに熊なのかな?という思いがよぎらないでもなかったのだけれど、驚くことなかれ。本日のこの一品、去年冬眠に入る直前のもっとも身肉(みしし)の充実したものの最後の取り置きだというのだ。これに、4月、10日間ばかりで採取期間の終わってしまう最高級の丹波産の花山椒の、これまた最後の取り置きを贅沢にもふんだんにかけていただけるという。なんたる贅沢!そしてそれに続き、白神山地赤石川の金鮎の塩焼きという流れになるという。その日本一の金鮎の味わいは絶品。シルクのような舌触り、ゴツゴツとしていなくて、潤味(うるおみ)のあるしっとりとしたその舌触りは、傑作というのが惜しまれるくらいの途轍もない逸品である。以下、この夢のような宴についてできるだけ詳細に書き綴っていこうと思う。

19:20、東京メトロ銀座駅1番出口から外堀通りにでる。路地に分けいり1、2分、目の前に白神山地赤石川の金鮎の舞う「と村」さんの暖簾が視界に入る。店内に入り、クワトロ☆さんのお名前で予約させていただいているものなのですが、とお伝えすると、淀みなく個室へのご案内となる。もうすでに全員お揃いである。ダンデライオンの爪あとさんと初見のご挨拶させていただき、各自飲み物を注文した後、さっそく会食のスタートとなる。

1.鯵の沢煮(さわに)椀
良質な鯵のつくねとネギの繊切りを散らしたさっぱりとした塩味のお椀である。最初の一品にはこれ以上ない一品である。

2.房総半島産鮑の塩蒸し
やはり鮑は房州産のものがもっともその味覚が優れている。この凛としたテクスチャと、存在感ある歯触り、そこから潮のほのかな香りが噛み締めるごとに口中に広がっていく...やはりこれこそ夏の味覚の代表格である。

3.鱧の煮こごりと雲丹
鱧の煮こごり、鱧の骨やら頭を煮出した出汁を煮こごらしたものにさっぱりした夏の雲丹が数片散らしてある。夏の風物詩のような涼やかな一品である。

4.淡路産の真子鰈
真子鰈の洗い。鱸のような鯛に比肩するような強い存在感はなく、まるで天平絵画の鳥毛立女屏風(とりげたちおんなびょうぶ)を思わせる恬淡にしてふくよかな上品な懐の深さを感じさせる一品。これはやはり肝などではなく、さっぱりと良質なわさびとお醤油でいただくのがもっとも正しいやり方であろう。

5.青森県産月の輪熊のしゃぶしゃぶ、丹波の花山椒を散らして...
今日の主役の1品目の登場である。最後の取り置きの月の輪熊が大皿に載せて饗される...まずは、ご主人の口上に耳を傾けようではないか。

(主人)「これが去年の最高に身肉が充実した熊の取り置きの最後のものです。まぁ、"取り置き"という言い方になってしまいますが、結局フレッシュなヤツってのは、12月のもの以外ないんです。1月以降のものはみんな冷凍モノになってしまいますから。冬眠に入っちゃったら肉は獲れない。だから12月以外でしたらみんな同じ状態と思ってもらっていいですね。要は、今食べても1月に食べても同じなんですよ。かえってちゃんと冷凍...冷凍っていってもジビエ屋さん独特の保存法があって、"瞬間液体冷凍"っていうのがあるんですけど、アルコールを冷やしてマイナス20何度くらいにして真空にかけて肉を冷凍すると急速冷凍がかかって非常に肉を長く保てるという、それを獲れたてのいい時期にしておくってことの方がよっぽど大切なんです」

テーブルには、きわめて薄く切った月の輪熊の切り身を載せた大皿と、しゃぶしゃぶ用の鍋、それにこんな贅沢許されていいのかと思える程のたわわな丹波産花山椒が盛られた器が並ぶ。戸村さん、まず、贅沢にも掌(てのひら)いっぱいに握りしめた花山椒を出汁鍋にパッと派手に散らしたかと思うと、ほどなく数切れの熊肉を放り込み、しゃぶしゃぶとやる。と、そうしていたかと思うやいなや、箸先のそれらを次の瞬間には器に盛りつけている。で、最後に軽く花山椒を器の上から散らして饗していただく。これが「と村」のしゃぶしゃぶの基本の流れだ。

(主人)「花山椒も全然違和感ないと思うんですよね。生のやつ入れちゃうと灰汁が凄くて全然良くないんですよね。やっぱり一回さっと湯がいて灰汁を抜いてあげた方が花山椒も美味しいんですよね。丹波の花山椒って山椒の中でもブランド品なんですよね。自分で言うのもなんですけど、春先と遜色なく冷凍できているつもりですよ」

一口花山椒だけいただくが、花山椒は、実に上品である。いわゆるツーンとくるあの山椒独特の押しつけがましさがなく、実に慎ましやかに芳醇に口中を満たしていく。さっそく、花山椒をたっぷり熊肉に挟み込み、タレをしっかりとつけて頬張ってみる。

...うむうむ、でもしかし、これは、ジビエの醍醐味を改めて再認させられる素晴らしい味わいである!

脂身というと普段とかく嫌厭されがちだけれども、鹿にしろ、熊にしろ、良質なジビエの世界にあっては脂身こそなくてはならないものだと、この一品を口に頬張り再認する。その脂はいささかも脂を主張することなく、口中に含むと、一気にジビエの赤身の部分を包み込み、自分は今、この赤身の旨みを引き立てることしか考えることはできない言わんばかりに健気に引き立て役に徹する...ああ、これだこれだ、これがジビエだと久しぶりに良質なジビエに接した感動を噛み締める。そしてそこにイヤミにならない程度の慎ましさをもって、襟を正した花山椒の品の良い佇まいがそっと彩を添え、最後に甘めのお出汁がこの幾重にも重なり合ったマリアージュをほんのりと包み込む。これは最高の味わいである。

(主人)「これ(出汁)、ホントに、あまーくしないといけないんですよ。すき焼きほどの砂糖たっぷりの甘さはつけないんですけど、やっぱり甘くないと熊の脂がダーッと口の中に残ってしまう。このくらいの感じまでもっていかないといけないんです。中和させないとね」

この味わいを、この夏の季節にいただいている奇跡に思わず言葉を失う。そんな中ご主人の熊談義が耳朶に心地よく響く。

(主人)「冬眠する前にどんぐりとか、とくにブナの実を食べた熊が一番いいんです。雑食でサワガニとか食った夏のヤツはまったくダメですね。春熊は脂はないんですが、肉がすっごく旨いんで、とりあえず、買って冷凍しておくんです。すると、肉が旨いんで、冬の鍋を味噌でするときにその肉を出汁に使うんです。そうすると、すっごい旨い出汁がでるので、それに味噌を溶いて熊を入れて食べると本当に旨いんです。味噌鍋はマタギさんたちが食べる一番シンプルなものなんですけど、アレ、意外といいんです。あとそれのお雑炊がまたいいですよね」

これは、熊の味噌鍋をいただきに絶対に再訪しなくてはならない!

「結構お食べになるかなと思って、6人前、7人前ご用意しました」とのことであるが、結局、食べること大好きなこの4人で全て平らげてしまう。(結局わたしは3杯熊しゃぶをいただいた!存分に堪能。)

6.白神山地赤石川の金鮎の塩焼き...ひとり2尾!
待っていました!もう1つの主役の一品の登場である。白神山地赤石川の金鮎の塩焼き。

(主人)「箸と手で持って、背中のところからバクッとたべていただくといいんじゃないんですかね。とうもろこし食べるみたいな感じでしょうかね。でも、青森はここのところ渇水気味なんで本当はもうちょっと雨が出て欲しいところなんですけどね。雨がでれば、苔の古いものを流してくれて、新苔がつくとまた(鮎の)味が変わりますのでね」

ご指示通り、背中にかぶりつくが、これは、よそで食べる鮎とは異質な鮎である。まず骨が柔らかく、皮が薄く瑞々しい。ご主人いわく水分がものすごく多い鮎とのことだ。この瑞々しさを味わってしまうと、よそで食べた鮎が、まるで煮干のように見えてきてしまう。肝の苦味も至って上品である。金鮎は日本の鮎の原型だといわれるが、その佇まいはこれ以上ないほどに上品であった。

(主人)「天然遡上して、原生林から出てくる水が源流で、そっから生えてくる藻をはんで生活しているヤツらなんです。関西方面のほとんどは、植樹した樹木から出てくる水で育ったものなので、そいつらとは訳が違います...たまたま僕は鮎釣りをするんで、その釣り仲間が釣ったものを送ってもらうんです」

こんなに瑞々しい鮎の塩焼きは未だ食したことがない。端的に脱帽である。

そろそろグランドフィナーレに近づく。
(主人)「あとは蕪(かぶら)がでるんですが、食べれますか?くり抜いてふろふきにしてあるんですが...」
全員、ええ大丈夫ですと返答。

7.ふろふき蕪
くり抜いた蕪に赤味噌が詰めてあるが、この赤味噌が旨い!

8.半田そうめん
ご主人に少し少なくしますか?と聞かれるが、これもみなさん通常サイズでいただく(笑)

9.わらびもち、きなこと黒蜜を添えて
ふわふわのわらびもちをきなこと黒蜜でいただき、一通りとなる。

帰り際、クワトロ☆さんがご主人に「次は、いつくらいがお奨めでしょうかね?」と話しかけられる。
(主人)「...9月の下旬でしょうか。細身の鰻なんですが、白焼きにするんです。これがもう絶品なんですね」
とのことである。これは、また絶対に再訪せずにはいられない!

  • 金鮎
  • 鷹架沼(たかほこぬま)の鰻
  • 蛤の酒茹で

もっと見る

3位

レフェルヴェソンス (表参道、乃木坂、広尾 / フレンチ)

3回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.5
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 昼の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥20,000~¥29,999

2018/06訪問 2018/08/22

定点立ち去りがたし、早春...「レフェルヴェソンス(L’Effervescence)」、早春の蕪の端麗な瑞々しさに胸打たれる

レフェルヴェソンスは旨い。...しかし、その旨さを(ときどき見かけて残念な気分になるのだけれど)、"モラキュラー・キュイジーヌ(分子料理法)"のようなものと受け止めるのは差し控えるべきだと思う。その手のイノヴェーションに夢中な連中は、化学実験のような創作料理で、見た目と異なる味覚の意外性の純粋培養にかまけきって、四季を通じて食材たちが奏でる、繊細な旨みの移ろいに一向に鈍感だからだ。

...蕪が、そのシャキシャキとした身質の奥底に、慎ましやかに甘みを蓄え始めたなら、ひとはそこに秋への移ろいを聞き分けるだろうし、またあるいは、蕪が、1年で最高の糖度の高まりをその丸根に抜かりなく張り巡らせてきたならば、人はそこに冬の輝きを感じるだろう。...「旨み」というものが、四季の移ろいの中にあるレフェルの料理は、自然の移ろいに乏しい、膠着しきった人工的な「旨み」の対極にあるとさえ思う。

2018年5月19日(土)。早春のこの日、レフェルの蕪は、薄皮の柔らかな身質の下に瑞々しいまでの淡麗な透明感を蓄えていた。以下、「レフェルヴェソンス」の素晴らしいランチについて、詳細に書き綴っていきたい。

本日はいつもお世話になっている超有名レビュアさん仕切りの昼食会である。地下のテーブル席に着座すると、メニューに"ルネサンス「再興」"とある。

最初は、シャンパーニュ。アンリオ ブラン・ド・ブラン。きめ細やかで滑らか。どこかしらお花のフレーバーを感じる。

1.歳時記~桜海老、白海老、ホワイトアスパラガス/生姜蜂蜜酒
左に背の高いグラス、右に背の低いグラスが並べられる。

左側のグラスは、一番底にホワイトアスパラと、"茶臼岳(ちゃうすだけ)"という那須高原のシェーブルチーズ(やぎのチーズ)をあわせたクリームをピューレにして沈め、その上に、富山の白海老と、刻んだホワイトアスパラを合わせて食感のアクセントを出している。そして、一番上には静岡県産の桜海老を使った泡が添えられている。

右側のグラスは、左のグラスの口直しとして添えられたシャーベットである。液体窒素で固めた自家製のMEAD(ミード)=蜂蜜酒に生姜のしぼり汁を合わせて作ったシャーベットだ。

これを左、右の順で愉しむ。シェーブルチーズの濃密過ぎない佇まいと、富山の宝石、白海老の甘みがよくあっている。シャーベットとの温度差もなかなか面白い。

2.アップルパイのように#33~穴子、牛蒡、アオサ
ここで、レフェルのアップルパイが饗される。なんでも、今回のパイは今日の夜からスタート予定のパイだそうだが、常連の今日の幹事さまのお昼の会ということで、お店側も、ややフライング気味でご案内することにしたそうだ。幹事さまに感謝である!

パイは、1番下にはリンゴが敷かれていて、その上に炊いた穴子が載っている。そこにさらに赤ワインビネガーを煮詰めた、いわゆる"ヴィネーグルレデュイ"を入れて、アオサ海苔と柳川牛蒡を合わせてある。熱いので火傷しないようにとのご案内がある。

最初はリンゴの甘みが来るが、そのあとに穴子、アオサ海苔の香りがふわりと漂う。このアオサ海苔がパイ全体を包み込むように、海苔の香ばしい存在感を示していたのが殊のほか素晴らしかった。そして一番最後に慎ましやかに牛蒡の土の香りが広がる。

3.新しい章~鰹、筍、茴香、トマト、紫蘇、コンプシト
これは、今回レフェルではじめていただく一品である。

...初鰹を昆布締めにして、さらに鰹節で作ったキャラメルで軽く漬けにしてある。その下にさっぱりとした、トマト、ケッパー、大葉、キュウリ、また、茴香(ういきょう)=フェンネルを忍ばせてある。

そして、この料理のポイントは、メニューにある"コンプシト"だとご案内がある。なんでもこの料理名はアイヌの料理からとったそうだ。"コンプ"というのは、アイヌ語で"昆布"を意味していて、"シト"というのは、"お餅や団子"を意味する言葉だそうで、アイヌ地方では、"コンプシト"というと、"お餅やお団子を昆布の漬けタレでいただく"という料理を意味するそうだ。

レフェルのこの料理では、初鰹を昆布締めしたときの昆布を捨てず、油の中で煎餅のように素揚げしてパリパリに仕上げ、醤油や味醂で風味をつけて、それを少し砕いて鰹の真下に忍ばせてある。"コンプシト"の"シト"にあたる"団子や餅"は、特段料理の中には見当たらないが、なんとこの鰹のモチモチの食感を餅と見なして、レフェルヴェソンス風の"コンプシト"に仕立て上げた料理だとのご案内がある。洒落ていて面白い。鰹は、紀州の"餅鰹"が有名だけれど、もともとその食感が似ていることでよく"餅"に譬えられる。

しかし、このレフェル風"コンプシト"が素晴らしかった。味わいは艶めかしいけれど、舌に媚びてくるほどしつこさがないところが鰹本来の素晴らしさを、その旨みの最高の一点で捉えている逸品と感じた。

ここで、パンが饗される。パンは、北新地のル・シュクレクールの岩永さんのラミジャンである。これに、自家製のサワークリームと千葉県の"月の豆腐"という豆腐屋の絹ごし豆腐をミックスし、塩で味を調えた後にオリーブオイルを合わせたバター代わりの一品と一緒に饗される。

キュヴェ・デ・ゼトゥルノー。ガメイ品種。骨格しっかりとした力強いワインだ。でもふくよかな広がりを感じる。
フリーダム・オブ・ピーチ。カベルネ・ソーヴィニヨン。ややオレンジがかった濁りのある桜色。名前の通り、優しい果実の香りが続く。

4.定点~蕪とパセリ、キントアハム、ブリオッシュ
オープンから8年目にして唯一レシピを変えていないレフェルヴェソンスのスペシャリテ。

今回は蕪の早春の瑞々しい素晴らしさに深く胸打たれた。端麗で仄かな辛みがあって、でもどこまでも澄み切った透明なキレイな味わいである。冬場の甘みが増したものも素晴らしいけれど、季節の違いでまた全く異なる旨みがあることに驚きを禁じ得ない。

蕪は、4時間火を入れて瑞々しさを十分に引き出して、さらに歯ごたえが残るよう抜群の調理技法で仕立ててある。

5.うららか~甘鯛の乳清ポシェ、さまざまな春の豆たち、骨の出汁と柚子
山口県で獲れた甘鯛。それを乳清で一晩漬けて、今度はそれを温めた乳清の中でポシェ(茹でる調理法)で仕上げてある。甘鯛の周囲のスープは、甘鯛の骨はよく焼いてから、水から火にかけてじっくりととったものだそうだ。そこに、そら豆やスナップエンドウを散らしてある。面白いのは、さらに実山椒を油の中で素揚げにして、その油をつかって自家製の山椒オイルを作り、それをスープの上に数滴浮かべているところだ。

一口スープをいただくが、この山椒のピリッとしたアクセントが素晴らしい。これに合わせるのが、福井の黒龍。このふくよかな黒龍の旨みが山椒の香りを引き立てる!

鱗はすべて取ってあるが、鯛もその身の質感と甘さが抜群である。真鯛が白身魚の王者の風格を備えているとしたら、甘鯛は紛れもなく貴婦人のおおらかで豪奢な雰囲気をまとっている。

6.海の神 山の神~ほろほろ鳥のロティ、ムール貝のピュレとブールブラン、新玉ねぎ、アスパラガス
岩手県の花巻の石黒農場のホロホロ鳥。真ん中にむね肉がズシリと座っている。奥には玉ねぎともも肉が添えられている。ソースは3種類。周りにぐるぐるっとかかっているソースが、沖縄のアグーと玉ねぎを使ったキャラメルソースで、真ん中のベースのソースがブールブラン・ソースで、白ワイン、エシャロット、バター、レモン汁を加えたとてもクラシックなソースとなっている。3番目のソースがアスパラの下に添えてあるソースで、燻製したムール貝を裏ごししたものだ。

この一皿を堪能する。お肉というとももが旨みがあって、むね肉はそのサポート役というイメージがあるけれど、このホロホロ鳥だけは全く逆である。主役は胸で、ももはそのわき役だ。食鳥の女王といわれるだけあって、むね肉のしっとりとした質感がため息が出るほど素晴らしい。

これに合わせるのが、シュペート・ブルグンダー・トロッケン・バーデン。このくらいの軽快なタンニンがこのホロホロ鳥にはちょうど良い。

7.ビタースイート~ショコラのムースとクリスプ、トンカ豆、赤ワイン
チョコレートの香りを愉しんでほしいとご案内がある。チョコレートの板状のものはコロンビアの原住民のアルアコ族の"アルアコ"というカカオを板状にして作ったものだそうだ。最初はさほどでないけれど、なめているほどに不思議なことに、マスカットやレモングラスの香りがふわっと香ってくる。下のムース状のチョコレートは"エリザベス"というカカオで作ったチョコレート。こっちのチョコレートは、"アルアコ"とは違って、口に含むとすぐにラズベリーの香りがふわりと広がる。その下にトンカ豆。桜の葉っぱや杏仁豆腐のような味わいがする。素晴らしいデセールである!

ネッビオーロに薬草を漬け込んだリキュール、バローロ・キナートでいただく。

8.小菓子、お薄
いつもの"チュッパチャップス"とお薄で一通りとなる。...誰が何と言おうとレフェルは凄い!次ぎの訪問は、7月下旬、鮎の季節である。もう今から愉しみでしかたない!
"額縁庭園(がくぶちていえん)"というものをご存知だろうか...現在でも、京都の宝泉院(ほうせんいん)や、"雪の庭"として名高い妙満寺(みょうまんじ)といった名刹(めいさつ)には、その古式ゆかしい庭園様式が国の保護のもと維持管理されているのだけれど、要は、客殿から眺められる柱と柱の空間を額に見たて、お庭の四季の移ろいを観賞する、平安時代から存続するわが国固有の庭園形式のひとつが"額縁庭園"である。

...もし仮に、お庭に向けて1年間、ローアングルの固定キャメラを据え続け、そのショットの連なりを春夏秋冬の移ろいを意識してつなぎ合わせたなら、変わらぬお庭の形相を通じて、艶(つや)やかに移りゆく日本の四季を愉しむことができるだろう...

「レフェルヴェソンス(L’Effervescence)」の蕪のスペシャリテ(定点)は、この"額縁庭園"を彷彿とさせるものがある。お庭は、まさに蕪。それが1年を通じて、表情を変えながらその季節季節の味わいを移ろっていく...蕪の薄皮の柔らかな身質の下に瑞々しい淡麗な甘さを感じるならば、ひとはそこに夏の訪れを認めるだろうし、シャキシャキとしたしっかりとした身質の下に慎ましやかな甘みの増幅を感じるのなら、ひとはそこに秋への移ろいを聞き分けるに違いない...

生江シェフが、通年収穫できる野菜を色々と吟味した結果、最も美しい"額縁庭園"として選んだ野菜がこの"蕪"というふうに理解しても、当たらずといえども遠からずといったところではないだろうか...2017年2月11日(土)。この日にいただいた蕪のスペシャリテは、1年で最高の糖度の高まりをその丸根に抜かりなく張り巡らせ、冬の輝きを輝いていた。

...宝泉院の"額縁庭園"は、別名、盤桓園(ばんかんえん)という。意味は「立ち去りがたいお庭」というくらいの意味だそうだ。定点、立ち去りがたし...以下、この日の素晴らしいディナーについて出来るだけ詳細に書き綴っていきたい。

18:00。本日のお連れ様さまと直接レストランで落ち合う。今日のお連れさまは、しっかり自分の嗜好を持たれている方なので、色々のお料理の感想を伺えるのが、今から愉しみである。本日のお連れさまは、辛いものがあまりお得意でないので、本日はあらかじめ予約のときにそのことをお店に伝えてある。ボックス席に通されるとテーブルに本日のメニューが載っている。本日のお料理のタイトルは、

Terroir~Quand la terre rencontre la mer(テロワール~海と大地が出会う場所で)

とのことだ。...ところで"Terroir(テロワール)"とは何だろうか?後で調べてみたのだけれど、正確にこれに合致する日本語はないようである。無理やり近似した言葉をあてれば、「環境」ということになるようだけれど、「環境」よりもう少し大地の恵みと直結した有機的な意味合いを含んだ言葉のようだ。

たとえば、魚沼産コシヒカリは、単に魚沼という「環境」=場所が育むのではない。それは、魚沼の夏季の昼夜の温度差や豪雪地帯の豊富な雪解け水といったものによって育まれる。テロワールとは、単なる「環境」というより、そういった山の恵み、海の恵みを育む生育地の特徴に重心がおかれた言葉のようである。

ほどなく、ホール係の方から本日のコースの説明がある。
「辛子やわさびなどがお苦手ということで、少しお口直しの茶碗蒸しにわさびを使っているのですが、そこは外してご用意しております。今日のお食事ですが、食前のアミューズブーシュから食後のお茶菓子まで12品の構成。冬の旬の食材を使ったお食事をご用意させていただきます。今日はお魚料理には佐渡の甘鯛、メインコースには、京都の七谷(ななたに)鴨、まるまる1羽フレッシュでとどいておりますので、胸肉ともも肉の盛り合わせでご用意させていただきます」

...まず最初、コースメニューに載っていない1品が饗される。

「香川県産の国産のオリーブ。串に刺さっているのが塩漬けにしたプレーンと、もうひとつがクロモジの木の香りをうつしたものになります。少し香りが違いますので、味覚の準備運動にお召し上がりください」とのご案内がある。塩漬けにしたものと比較して、クロモジの香りを移したものは、どことなく丸みがあるように感じる。

1.厳冬の候~ぼたんえび、ビーツ、みかん、にごり酒
「まずは背の高いグラスからお愉しみください。彩(いろどり)も鮮やかで、すべて冬の食材。下には真っ赤なビーツですね、お野菜のビーツのピューレを沈め、ハーブのジュレの香りの中には、北海道のぼたんえびを食感よく仕上げています。縦長のスプーンで下から掬ってお愉しみください。シャーベットはみかんと日本酒。爽やかなシャーベットをご用意しておりますので、まずは左側から、このあとは右へとお愉しみください」

まずは左のグラス。真っ赤なビーツを下から掬(すく)って泡ごといただく。ビーツは見た目の鮮烈さとは裏腹に質朴な味わいだ。ぼたんえびのプリプリの食感に好感が持てる。右のグラスは小さなシャーベットだ。アラレ大のシャーベットが涼(すず)やかに口の中を遊ぶ。

2.アップルパイのように#26~あん肝、柿、菊芋
「26代目になったアップルパイです。食材は今回は、あん肝、菊芋、フルーツの柿...りんごは入っておりません...お召し上がり方はカジュアルに箱でパイを摘んで手でお召し上がりください。すごく熱いのでお気をつけてください」

柿は甘みはあるけれど、どこかしら和の慎ましさを感じる果物だ。その華美さを排した落ち着いた甘味のトーンと、あん肝のネットリとしたテクスチャが絶妙のマリアージュを演じたてる。ここで、自家製のサワークリームと少しのオリーブオイルがパンと一緒に饗される。

〇北海道らんこし町 松原農園の白ワイン
「北海道らんこし町 松原農園 ミュラー・トゥルガという品種の白ワインになります。日本のワインというのは、ヨーロッパと比較すると、アロマティックな力強さというよりは、柔らかさのでてくる繊細なものが多いです。これもまさにそのカテゴリにはまる"ザ・日本"というワインになります。すこしだけ白いお花とか黄色いお花の香りがあって、グリーンのフルーツの香りがでてくる、基本的には日本の土地の持っている旨味、少しばかりしょっぱい香りがあります...そのイメージと次のイカの味わいを一緒にあわせていただければと思います」とソムリエさんからご案内がある。華やかな香りを抑えた、ひたすら品性を感じる白ワインだ。

3.白から~アオリイカの羽衣、酒粕発酵乳と伊予柑、コールラビ、菊の花
「周りの"羽衣(はごろも)"は、アオリイカを昆布だしと一緒に真空調理して柔らかく仕上げています。中には食感を持たせたコールラビという根菜類と菊の花、伊予柑、それに乳酸発酵させた酒粕のおソースでお愉しみください」とのご案内。

これが絶品であった!薄く薄くスライスされたアオリイカを一口口に含むが、アオリイカ独特のねっとりとした舌触りに、力強い風味が鼻腔をくすぐり、甘味もあって申し分ない。酒粕のソースでまとめているあたり、和を強くイメージさせる逸品である。松原農園のワインとの相性も滅法よい。

〇ピノ・グリ・キュヴェ・オンクル・レオン・マグナム
「マグナムボトル、2本分の量があります。アルザスという地方がこんなふうにボトルを大きくしてしまうんですね。もともと山岳地帯で流通するボトルは大きいものが多いんです。こちら、2008年ビンテージのピノ・グリというブドウ品種を使っているオンクル・レオンになります。ほんのりと甘みのある口当たりの柔らかさの中に、ちょっと苦味があるのが特徴で、これと蕪のもっている瑞々しさや苦味を一緒に感じていただければと思います」とソムリエさんからご案内がある。

フランスワインであるが、これもアロマティックな際立つような主張はない。控えめな個性のため和食などに合いそうだ。ここで、蕪の皮とミルク、それに中に少し出汁を入れたカクテルがお猪口にいれられて饗される。出汁の香りが、ふわりと食卓に舞う。

お連れさまは、アルコールを飲まれないので、ジュースのペアリングのコースを選ばれる。「ジュースのイメージとは違って、お野菜のだし汁とかコンソメとかを使ったちょっと不思議なジュースのペアリングです」とのご案内に、「これ、このあいだもすごくよかったんですよね」とお連れさま。

4.定点~蕪とパセリ、キントアハム、ブリオッシュ
「お店の定番です。蕪です。蕪はこの時期が一番甘いとされています。確かに甘いです。4時間かけてゆっくりと調理されています」と簡潔なご案内。

前回伺ったときも旨いと思ったけれど、今回はさらに深い深い感動を覚える。焦しバターで丹念にソテーされた香ばしい表面の中から、圧倒するような凝縮感をもった蕪の旨味が溢れ出す。蕪というのはこんな食材であったろうか...思わずそうひとりごちたくなるような逸品である。

...ところでひとは料理を食べることによって、何を学ぶのだろうか?...そんなとりとめもないことを時折ぼんやり考えてみる。

ひょっとすると、味わうということがどれほど困難であるか...というより味覚がどれほど味わうことを回避し、味わうことを抹殺しているかということを、ひとは食べることを通して学んでいるんじゃなかろうか...レフェルのこんな蕪をいただくとそんなふうな思いが、ふとよぎったりする。

だれもが蕪という食材を知っていて、蕪のお料理と言われれば、肉料理をさっぱりさせるための少しも感動的でない添え物としての蕪であったり、お新香のような箸休めとしての蕪を容易くイメージする。でもそれは、そのとき決して蕪など味わっていないから可能なイメージなのだ。そうした蕪のイメージ喚起は、味覚が味わうことを抹殺した後で可能になる味わうこととは無縁の遊戯に過ぎない。

レフェルヴェソンスの蕪はそうした蕪のイメージには決して似てくれない。だからこそ感動的なのだ。わたしが素材に対して持つ安易なイメージに程よく媚びるのではなく、素材の抜き身の現存を突きつけてくるからドキリとするのだ。そしてそのときわたしは普段如何に安易なイメージの中で生活しているかを思い知らされるのである...

〇ヴァン・ド・フランス "ラシーヌ" ブラン
果実の香りと言うよりはシェリー酒のような妖艶で少しばかり大人の香りを感じる白だ。今までの控えめな白とは異なり、チャーミングな表情をもった白である。

5.雪見~甘鯛の乳清ポシェ、根セロリ、オリーブオイル
「では、お魚です。佐渡から届きました甘鯛となります。甘鯛といいますと鱗まで食べられるお魚なので、鱗をつけたまま鱗焼きにすることが多いのですが、今回は全てとってしまいました。身の食感のみでお愉しみいただきます。...乳清(ホエー)で低温でゆっくりとゆがいています、そうしますと本当に半生に近い状態で火が入ってすごく柔らかく仕上がります。下に敷いてあります根セロリをピューレとマリネにいたしました、すごくシンプルなんですが、甘鯛の美味しさと根セロリの美味しさを一緒にお愉しみください」とのご案内がある。

これも素晴らしい出来栄えであった。いささかの抵抗感もなく口の中でホロホロとほどける甘鯛の身肉(みしし)と根菜の質朴な組み合わせに、日本海にしんしんと降り募る冷たい雪景色が脳裏をよぎる。

〇醍醐のしずく
「日本酒をご用意しました。"醍醐のしずく"という千葉の寺田本家という酒屋さんで造ったものをご用意しました。全くお米を削らない、江戸初期のつくり方にならった柑橘系のトーンが特徴的なお酒になります。これをさつまいものスープにあわせてください」とのご案内である。

6.寒さとともに~毛蟹とさつまいものスープ、鱈の白子と猪のキャラメル、塩漬けレモン
「ここ最近結構評判がいい一品です。さつまいもの暖かいスープの中には、白子のフリットと毛蟹、白子も毛蟹も北海道から入荷しています。下のスープには、猪のキャラメルを流しています。この猪のキャラメルを作るのが大変なんです。猪のスネ肉をどんどん煮込んで、そこに黒糖を加えて作るのですが、最初は大量の猪のすね肉をずんどうに投入するんですが、最後はホンのちょっとになるくらいに煮詰めるんです。猪のキャラメルとレモンの塩漬けで変化を愉しみながらお召し上がりください」とのご案内だ。

さつまいものスープの甘味と日本酒のマリアージュが素晴らしい。

...一通りいただいた後に「さつまいものスープと猪のキャラメルだけでよかったかな~」と、お連れさま...しかし、こんな感想を聞くと、味覚というものは実に面白いものだと改めて思う。わたしは、その方の好みをお伺いして、その感覚が自分の中に存在しないような場合、いつも身を乗り出すようにその感覚を理解してみたいという気持ちになる。

なるほど、言われてみれば、さつまいものスープと猪のキャラメルはそれだけで十分に存在感があり主張がある。その主張をシンプルに直截に愉しみたいという想いは、大変よく理解できる。

ただ、わたしはこの一品をいただいたときに白子と毛蟹にそんなに違和感を感じなかった。スープに焦点をあわせるのではなく、白子(鱈の白子)のフリットと毛蟹をメインに考えて、それにスープという名の濃厚なおソースに絡めるという感じにいただいた場合、そんなに違和感を感じなかったのだ。焦点の合わせ方によって、壺にも人の顔にもみえる"ルビンの壺"のようなものかなと、ちょっと面白かった。

7.おばあちゃんの味~ちいさな茶碗蒸し、しじみとシャンピニオンのコンソメ、おろし立て山葵
「茶碗蒸しになります。上にしじみとマッシュルームの美味しいスープが載っています。スプーンの上には山葵が添えられています。山葵をなかに落としてお召し上がりください」とのご案内だ。

しっかりとシジミの滋味が感じ取れる。里山の寒空を彷彿とさせる味わいである。...ここまでいただいてきて、レフェルヴェソンスは2年前より全体的に和のイメージが強くなっているように感じる。

ここで、肉料理のためのラギオールのカトラリの選択。本日はローズウッドでいくことにする。

〇カードトリームのバルベーラ品種の赤ワイン
「カードトリームというイタリアのワインメーカーのバルベーラという葡萄を使ったワイン。鉄っぽい感じの中にも果実のボリューム感がある逸品です。この人くらいですね、こんなボリュームのあるバルベーラを作る人は。このイメージと肉厚な鴨を一緒にお愉しみください」とのご案内である。

8.囲炉裏の暖~七谷鴨を薪で、ソース・アバ、ホタテと焼き海苔のジュ、椎茸、縮みほうれん草
「京都の七谷鴨という鴨をご用意しました。手前の赤身が胸肉、ロゼ色がよく動くもも肉になります、食感があってお味がございます。内蔵をソースに仕立てています。オーブンで焼いたあとに最後に薪で炙ってちょっと香ばしくしてあります。この香ばしさと、あともうひとつクリアなおソースが流れておりまして、これが焼き海苔と干し貝柱の香ばしいお出汁。大地の旨みに海の旨みを加えてまいります。どうぞ温かいうちにお召し上がりください」

これは前回感動した一品である。やはりため息が出るほどに素晴らしい。丹念に丹念に火入れしているのが伝わってくる。なにより素晴らしいのは、鴨肉そのものの旨味と香りがダイレクトに伝わってくる点だ。二級品と圧倒的に違うのはこの旨味と香りの有無である。飾り包丁を入れてどんなに見た目綺麗に仕上げられていても、肉の存在感、旨味を感じさせないヴィヤンドは、何とも貧しさを感じさせるものだ。

9.西と東と~チーズたち あるいは お野菜たち
わたしはチーズ、お連れさまはサラダを選択する。

「今日はお野菜は55種類です。チーズの方は盛り合わせで4種類ご用意しました。左手前は"りんどう"というチーズなんですが、新政さんの酒粕に漬け込んでいます。対角線上の青いチーズが北海道の江丹別(えたんべつ)の"青いチーズ"というブルーチーズ、右手前はイタリアのセミハードのテストゥン・アル・バローロ。バローロというワインを絞ったあとに余った葡萄の皮で周りを包んで熟成させています。独特の風味が移っています。最後に左奥のスイスのエティバ、生乳からからお作りする非常にコクのあるハードタイプ。ハチミツと一緒に...」とのご案内。

〇新政 貴醸酒 陽乃鳥(ひのとり)
日本酒の方がチーズに合うとソムリエさんが一押しの一品。貴醸酒ならではの、蜜のような濃厚な甘味を感じる。日本酒とチーズを合わせるのはこれが初めてだけれど、中々によい。

"りんどう"は、クセが少なくコク深い味わいを楽しめる一品。"青いチーズ"はカビのピリリとした辛味が刺激的。"テストゥン・アル・バローロ"からは、芳醇な甘みと酸味、旨みがたっぷり感じられる。"エティバ"。しなやかなハードチーズ。これにハチミツをあせるのだけれど、わたしはこれが一番好みだった。

10.溶け合う~熟成栗と山ぶどうのモンブラン、ブルーチーズのメレンゲ、ラムアイスクリーム
「茨城の栗を1ヶ月間粘土で熟成させて、甘くなった栗で作ったモンブランです。中には山ぶどうのソルベ、ちょっと酸味があるんですが...あとまわりにはブルーチーズのメレンゲがございます。甘味と酸味と塩味が愉しめます。どうぞラム酒と一緒にお召し上がりください」とのご案内。

〇ヘレス・イスパニョーラ
「フィニッシュは、シェリーでキメてもらおうかなと思います。ヘレス・イスパニョーラというシェリーで、ヘレスという有名なシェリーの産地でつくる(ただ、一般にシェリーの作り方とは違う作り方をする)シェリーです。一般的にシェリーは通常のアルコール発酵するタイミングでグレート・スピリッツというブランデーを使って強制的に詰めちゃいます。でも、この一品に関しては一切それをやらないで、自発的にアルコール発酵の規定の度数以上に発酵させるんですね。その状態で、樽の中で時間をかけて熟成させ、独特な風味を加えてます。ブランデーを入れて熟成を止めているわけではないので、独特な甘みが残っているんです。ほんのりとした甘味とシェリーの独特な産地っぽい塩味とか苦味が出てきてそこから樽の香りが感じ取れてそのバランスが絶妙なんです...シェリーというと食前酒のイメージがありますが、今日は食後にご用意しました」と食後酒のご案内がある。

このモンブランからも和の佇まいを感じる。ヘレス・イスパニョーラの樽の風味を感じる独特な甘味との相性は文句がない。

11.一座建立~酒粕のリ・オ・レ、サルナシ、甘酒アイス
「フランスのお菓子、リ・オ・レといいます。リ・オ・レというのは、ヨーロッパではお米を甘く炊き上げて作るのが定番なんですが、今回は酒粕を使って炊き上げました。上には甘酒のアイスクリーム、真ん中にはキウイの原型といわれる日本原産のサルナシの実をジュレにしたものをご用意しました。なのでお米の甘さと少しの青さをお愉しみください」とのご案内。

酒粕を甘く煮たデザート。そこにサルナシと甘酒のアイスクリームが添えられている。まさにこれも和を感じさせる一品であった。

12.ミニャルディーズ&お薄
小菓子とお薄で一通りとなる。"ドンパッチ"が口の中で小気味よく弾けるのを愉しみながら、レフェルの素晴らしさをゆっくりと反芻する...やはりここはわたしにとってNo.1フレンチだ!誰がなんと言おうとレフェルは止められない!

ベスト10とかベスト3とか、はたまたベスト1とか...本来わたしはレストランの格付け・ランク付けにはそんなに興味があるほうではない。(もちろん否定はしないけれど)そもそも料理を食べるという行為自体ご大層な行事でもなんでもなく、誰もが日々行っている人間の営為のほんのひとつにすぎない。

お店でお料理が饗されたならば、みな、この上ない自然さで肩の力を抜き、普段の生活そのままに、あるがままの振る舞いでそれに接し、いささか無責任に、この店はおいしいとか、そうでもないとか述べ立てていれば、それで充分というものだろう。そしてまた、お料理をいただきつつ、客観的な分析からは限りなく遠く離れ、五感の世界をたゆたいながら、自分の嗜好と合意形成できるか味覚をまさぐるのもまた、食べ歩きの愉しみの1つにちがいない。

それが、ベスト10とかベスト3とか、はてまたベスト1を選出するといったパースペクティブを強いられた途端、本来フォーカスされることのないそれら日常の人間的営為がいささか自然さを欠いた形でライトアップされ、日々繰り返してきた何でもない営みに対して、改めてよそよそしく襟を正して向き合い、言葉であれやこれやの理由を紡ぎあげながら選別を進めていくその作業に、どうしても鈍色(にびいろ)の憂鬱を覚えてしまうのだ。

...ところでのっけからベストXを選出することの憂鬱について語り始めたのは、これからそんな気乗りしない作業に手を染めようとしているからでは勿論ない。いや、事態は全く逆といってよい。というのはほかでもない、そんな気の乗らない作業に手を染めるまでもなく、問答無用で自分をベスト1といわずしてどうする、といった抜き身の迫力で己を突きつけてくるフレンチ...言い換えれば、ベスト1選出の鈍色の憂鬱を瞬時に吹き飛ばしてしまうようなフレンチの名店との例外的な出会いがあり、本来健全なベスト1決定のプロセスとはこういうものだといわんばかりの、その名店の胸のすくような出現ぶりにすっかり打ちのめされてしまったからなのだ。

しかしでも、もしベスト1を語るというのであれば、この興奮こそ不可欠であろう...客観的な分析など介在する余地などなく、食べた瞬間、もうここに行くほかないという焦燥感で、ひとを途端にいたたまれない気分に追いやってしまう店舗...そういった店舗が実在してしまうからこそ、ベストXを選出するかのごとき弛(たる)みきった時間を過ごすくらいなら、身仕舞いを整え、今すぐその店舗に駆けつけ、ひたすら打ちのめされる方が、ひととして決定的に正しいあり方だと、いささか粗暴に断定し切ってしまいたくもなるのだ...では、そのフレンチレストランとはどこか。

そのフレンチの名店の名前は、「レフェルヴェソンス(L’Effervescence)」。
この店舗が本年度のベスト1というのは、ほとんど神の摂理にかなったことだとさえいえると思う...思い返してみれば、なるほど、「ラ・ブランシュ」は良いお店だった。「銀座レカン」も感動的であった。「マダム・トキ」も甘美であった。そして「ガストロノミー ジョエル・ロブション」はどこまでも絢爛(けんらん)で贅沢であった。だがそうした例外的なフレンチレストランでも「レフェルヴェソンス」の前では色褪せてみえる。こちらでいただいたフランス・シャラン鴨のロティは、現代風フレンチの最大の傑作ではなかろうかとさえ思うくらいの素晴らしい出来栄えであった。以下その訪問記をできるだけ詳細に書きつけていこうと思うが、今回は、より現場の臨場感を感じていただくために、メートル・ド・テル(給仕長)からご説明いただいた内容を骨子に文章を組み立ててみようかと思う。※以下メートル・ド・テルは、(M)で表現する。

2015年2月14日(土)、11:36日比谷線広尾駅3番出口に降り立ち、タクシーを拾って西麻布交差点で下ろしてもらう。「焼鳥浜の家」から路地に入り西に直進すると、ほどなく曹洞宗大本山永平寺別院長谷寺とぶつかるので左折する。ゆるやかな坂道を数メートル登ると、「レフェルヴェソンス」のあの淡い矩形のタイルを積み上げた外観が現れる。

中からホール係の女性が出てきてにこやかに微笑んでくれる。予約名を告げると、まだ12:00前ということで、まずは待合室に通される。他に客はいない。いったん待合室に通されたもののさほど待たされることなく、直ぐにテーブル席へのご案内となる。本日は半個室のテーブル席である。半個室からは店内の様子と緑したたるお庭の光景がみえる。

まずは、せっかく"発泡"を意味する「レフェルヴェソンス」に来たのだから、シャンパンをオーダーすることにする。複数選択肢からチョイスしたのは、ベルナール・ブレモン。フランス、アンボネイ村の生産者の手になるシャンパーニュである。輝きのある淡いペールイエローで、明るく澄んだ外観である。そしてその泡立ちはどこまでも肌理細かい。一口含むが、アタックはやや強くなめらかである。辛口でコクとキレのバランスがよい。優雅に広がる果実のフレーヴァーが素晴らしい。

本日は、おでかけ(Une promenade)(7,800円)のコースでいくことにする。

1.あん肝、根セロリ、セロリを2口で~
まず1品目のアミューズが饗される。メートル・ド・テルが背筋を伸ばしてテーブルの傍らに立ち、滔々(とうとう)たる淀みない弁舌でお料理の説明をはじめる。

(M)「まずはアミューズブーシュをお愉しみください。並んだグラスの背の高い方は泡のグラス。泡というのが当店の一つのコンセプト...なので使う器もグラスも、そして食材のスタートも泡から...グラスの中は季節ごとに食材を変えていくのですが、今日は、寒い冬に美味しくなる鮟鱇(あんこう)。下関で獲れたものです。身の部分は後ほどご用意しますが、これはあん肝になります。背の高いグラスの方に入れてあり、根セロリのピューレを下に敷いて上にはセロリの泡がのっています。スプーンで下から掬って召し上がってください...右のグラスは、お口休め。シャーベットですね。同じセロリのジュース、オレンジの果汁を液体窒素で仕上げたものです。非常に清廉さを持っています。左手を召し上がった後に右手と、順番に召し上がってみてください」

メートルの口から発される淀みない言葉の連なりを心地よく耳朶で受け止めた後、まずは背の高い泡のグラスの方をいただく。泡を少し掬い舌先にのせると、あのセロリの清涼感のある風味が漂い、うたかたの儚さで消えてなくなる。今度はセロリのピューレが敷かれている下の方までスプーンを入れ、泡と鮟鱇とピュレを掬いあげて一緒にいただく。セロリの爽やかな風味の中から、海のフォアグラの旨みの凝縮した脂質が舌にまとわりついてくるのが感じられる。続いて右の器のソルベ。果実の甘みをもっていて、口の中を清涼感で満たしてくれる。これも何かパチパチと弾けるような気泡の軽快感を感じさせる1品である。

ここで、パンが饗される。ペティ・バケット(小さいバケット)とライ麦のパン。香ばしい麦の風味が直截に感じ取れる一級品のパンである。バターをつけていただくのだけれど、このバターも素晴らしい。バターの存在感を秘めているにもかかわらず、いささかもしつこくないため、いくらでも食べることができる。

2.ふきよせ~鮟鱇のロティ&大根、ムール貝、白味噌、辛子水菜、百合根、柚子
ここで2品目が饗される。"ふきよせ"と題された魚料理である。

(M)「先ほどアミューズブーシュであん肝をお出ししましたが、これは鮟鱇の身の部分です。鮟鱇はもともと大きなお魚ですので、旨みだけ残すのはもったいない。厚めにカットして食感、ジューシーさを残して、火を加えていきます。付け合せは大根なんですが、鮟鱇の骨からとったお出汁で炊いているので組み合わせは間違いない。香りは柚子、ほかには辛子水菜、あとは、ソースの中に味噌が入っています。かなり和のテイストが強い仕上がりになっています。ムール貝のソースがポイントになっています。貝の産地は宮城ですが、もともとムール貝自体は日本の食材ではありません...では、もともとどこからきたのか、というと、フランスのモンサンミシェルだそうです。小ぶりな貝ですが旨みはしっかりしています。ソースをからめてお召し上がりください」

まず驚かされるのは、鮟鱇の身肉(みしし)の強い弾力である。その力強い存在感が、極寒の下関海峡を生きる精悍(せいかん)な生命力そのものに感じられてならない。鮟鱇の下に敷かれた大根は鮟鱇の骨からとった出汁で煮込まれているので、ほぼ鮟鱇の身肉の味わいと一体化しており、この組み合わせには一抹のささくれもない。モンサンミシェルの系譜を引く宮城のムール貝は、なるほど、その小ぶりのアピアランスからしてモンサンミシェル産を彷彿とさせるものがある。小ぶりの身の中に、しっかりと旨みが蓄えられている。とはいえ、強く個性を主張してくるようなインパクトはない。味わいあっさりした鮟鱇の一品に、ひと刷毛、水彩画のようなムール貝の淡い旨みをまとわせたような全体の仕上がりが殊のほか感動的だ。

ここで、次のパンが饗される。向日葵の種を混ぜた雑穀パンとプレーンバケット。このパンも素晴らしい。思わず2回ほどおかわりしてしまう。新しいパンになったところで、白のグラスがいただきたくなる。いくつか選択肢の中から選んだのは、サンディ、シャルドネ・サンタ・バーバラ2012。カリフォルニアワインである。シャルドネ100%。グラスに注がれれば、輝くような黄色の色合いをグラスに映し出す。(ソムリエさんからスワリングして、酸素をいれたほうがまろやかに美味しくいただける旨、ご指導がある)

一口含んでみて、心地よいナッツの香り、フレッシュで爽快でありながら、しっかりとした余韻が感じ取れる。まさに食事と共に楽しめるワインという印象だ。

3.定点~丸ごと火入れした蕪とイタリアンパセリのエミュルション、バスク黒豚のジャンボンセック&ブリオッシュ
3品目が饗される。スペシャリテ...まずはメートルさんの口上に耳を傾けてみようではないか...

(M)「いろんなお店に、そのお店を代表する定番、スペシャリテというものがございます。これがうちの定番、スペシャリテです。蕪だけですね。火入れに4時間かけておりますが、4時間火を加えたとは思えない見た目のよさと食感を残しています。お客さまの中には、本当に4時間火をいれたのかと疑う方もいらっしゃいますが、ちゃんと火を入れた美味しさ、旨味というものがでております。これは通年同じものを出し続けます。同じ火入れ、同じおソース、盛り付け、付け合せ、なにも変えません。そうすることでこのスペシャリテの味が季節ごとに純粋に変ってきます。つまり季節の蕪の味わいというものがお皿の表面に浮かび上がってきます。今日のものは冬に採れたのものですので純粋に冬の味がする...これが夏や春にきていただきますと、夏や春の蕪の味わいがします。季節の蕪の味をお愉しみください」

ナイフで蕪を切り取り一口口に含む。途轍もなく柔らかいが、それも存在感を喪失してしまうほどではない。しっかりとした個体性を感じ取ることができる。弱火で4時間火入れし、個体性を損なわぬ直前まで柔らかく加熱して蕪本来の旨みを引き出している。瞳を閉じれば、霜柱の立った土の中に眠る仄かな仄かな蕪の苦味を的確にイメージすることができる。また、下のおソースも蕪との相性が抜群であった。"エミュルション"とは"乳化させたもの"という意味で、イタリアンパセリの濃厚なピュレである。ただ、それも蕪の繊細な風味を殺すことなく実に慎ましやかにこの1品に点睛を施していることに感動する。

これはどちらの蕪ですか?とメートルさんにお伺いしてみる。

(M)「千葉県産です...千葉の東庄(とうのしょう)、利根川の河口水域にすごく大きな生産地あるのでそちらと契約させていただいていて、基本的に1年中とれる環境を作っているんですが、とはいえ、猛暑の際はどうしてもコンディションが落ちるときがあります...そのときの2ヶ月間は、青森県、野辺地(のへじ)から入荷できるようにしています。さらに、不測の事態に配慮して第3契約地として北海道の農家さんとも契約させていただいていて、通年蕪を切らさない配慮をしているんです。北海道は、冷涼な地なので作っているところは1年を通して必ず作っています。そんな形で絶対に蕪を切らさない契約体制を組んでいるんです...当店では、蕪が登場しない日はございません」

(M)「蕪の季節の味わいの違いを感じていただくためにタイトルも"定点"とさせていただいています。これは、"定番"と"定点観測"という2つの想いをを込めた命名になっておりまして、"定番"はともかく、"定点観測"には、"中心は蕪にしてあとは季節に回ってもらいますよ"との想いが込められているんです」

ここまでこだわっている蕪の味わいは最高。あの苦味、仄かな蕪の癖、香る大地の風味...その存在感を存分に堪能しながらも、しかしでも、なぜ蕪にここまでここまでこだわるか?...そこは次回の訪問でぜひお伺いしてみたいところだ。

4.フォアグラのナチュレルと金柑のコンポート、生姜、フロマージュブラン、菊芋のピュレとクリュ、春菊の葉
4品目。清楚感すら感じる素晴らしいアピアランスだ。フォアグラと甘味の相性は申し分ない。メインディッシュの晴れ舞台へと続く花道に、滋味と甘味のマリアージュが華を添える。

(M)「フレンチで召し上がるフォアグラといえば、だいたいポワレになるかテリーヌか、ローストするか...どれも美味しいんですが、どれも少し重たいようなイメージがあるかと思います。われわれ、この後にすぐにメインディッシュをご用意させていただきますので、ここは重厚さから少し離れて、軽やかに、どこまでも軽やかに味わっていただきたい...華やかな火入れ自体はオリジナルで、フォアグラのもともとの旨みや甘味を残して仕上げていく方法で仕立てています...で、見た目も鮮やかです。季節感のあるフルーツは、金柑を合わせています。コンポートにした甘味と酸味をベースにしてフレッシュの春菊で、ほろ苦さと清涼感を...シェフも自分で結構面白い使い方をしたといっております」

(M)「さらにお皿の上に散らされているのは菊芋です。これはすりおろしただけなんですね。生のまま。菊芋の場合、そういう使い方を普通しないんですが、このように調理いたしますととてもジューシー感がでてまいります。僕たちもお料理説明させていただくので、必ずお料理の試食は行うのですが、これはまるでデザートのような甘味と清涼感があってびっくりしました。でもフォワグラなんですね。あえてスプーンをご用意しているのは、単体ではなくて、その組み合わせを楽しんでいただきたいとの思いです」

まさにデザートのような一品である。華やかな組み合わせの妙とでもいおうか...金柑のコンポートはどこまでも甘い言葉でささやきかけてくる。さらに濃厚なフロマージュブランのミルクの味わいの中に、滋味あふるるフォアグラの良質な脂質が顔をのぞかせる。フォアグラは重厚さから限りなく遠く、花の周辺を舞う胡蝶の舞のように軽やかだ。そこに通り雨のように春菊の苦みが走り抜け、さらに甘みのないシャリリとした噛みごたえの菊芋が冷たい食感を残して涼やかに口中を彩る。

5.炎~フランス・シャラン産鴨胸肉のロティ、ビーツのピュレ&日本酒に漬けた干し柿、カーボロネロ、シャントレル茸、黒胡椒
メートルさんが、銀のトレーを携えて半個室に入ってこられる...トレーの上には10本のラギオールのカトラリが几帳面に並べられている。

(M)「このあとのメインディッシュをお好きなナイフで愉しんでいただきたいと思います。お好みのものをお選びください...切れ味は同じですので、お好きなものをお選びください。..どうも、お選びいただきますと、そこにお客さまのご性格がでるといいますか、傾向のようなものがでるようです」とのこと。ざっと概観して、わたしは、中央の1本を選択する。と、(M)「こちら、ジュニパーベリーという針葉樹を使った1本になります。ジンの香り付けに使われるの樹木で、お酒が好きな方が選ばれる傾向があるようです」とのことである。連れのAmyさんはしばらく2本うちどちらか悩んでいたけれど、最終的に選んだのは、オリーブウッドの1本。木目調の綺麗な一品である。(M)「明るいウッディな感じの1品です。悩まれていたもう1本の方は、ローズウッドです。またのお越しの際にお試しください」と言葉を残して下がられる。

ここで、シャラン鴨を見据えて、赤をグラスでいただくことにする。いくつかの選択肢の中から選んだのは、ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ クロ・デ・フォレ・サン・ジョルジュ2010赤。濃緋色(こきひいろ)の、深さを感じるアピアランス。一口口に含むが、想定通りかなりしっかりしたストラクチャだ。カシスやブラックベリーの黒系果実の香りに黒胡椒のようなスパイスの風味が漂う。しなやかなタンニンやスパイスのニュアンスがアクセントとなっており、ワインをより深い印象へと導いてくれる。

ここで、待望のメインディッシュが運ばれてくる...

(M)「ロゼ色を保ちながら焼き上げて、皮目は備長炭を使ってカリカリに焼き上げてあります。おソースはビーツを使った鮮やかなピュレ。タイトルは、ずばり"炎"です。説明は以上です。お召し上がりください...」

ラギオールのカトラリを使って切り取った身肉(みしし)を一口口に入れると、そのあまりの素晴らしさに、体に電流が走りぬけたような衝撃を受ける。鴨肉はどこまでも柔らかく、身肉の中に、驚くほどの肉の旨みが詰めこまれている。慈しむように丹念に丹念に火入れされているのが手に取るように伝わってくる。口に含んだ際の身肉の艶ややかな肉感性を前にすれば、誰もがその比類のない美しさにあられもなくうろたえるほかなかろう。また、皮目はパリパリの焼き上がりとなっており、絶妙に水分を飛ばしたその皮目の香ばしさを全身で受け止めれば、「やられた」とひとりごちて絶句するよりほかなかろう。完璧、そう完璧なのだ。これは傑作と呼ぶのが惜しいくらいの途轍もない名作である。

鴨くらい誰でも1度は食べたことがあるだろう。しかし知っているつもりでいながらそのつど知っているつもりの自分を不意撃ちするのが名作というものである。そんな作品がそうやたらに存在しうるわけもない。しかしでも、紛れもなくいえるのは、この"炎~フランス・シャラン産鴨胸肉のロティ"は、そのやたらに存在しない途轍もない名作なのである。この料理は、食するものを不意撃ちする痛い料理である。おそらく、その痛みを耐えるところから「レフェルヴェソンス」への"愛"ははじまるのだろう...

メートルさんにお声がけし、率直に料理の感想を申し上げる...と、たいへん嬉しそうに相好を崩して以下のようにお応えいただく。

(M)「本日、お客さまは、本当にいい季節にいらっしゃっていただいたんです。もう少し季節がずれてしまうと鴨を食べるのに1年待っていただく必要があります。逆に12月~2月のこの時期は鴨の季節なので、僕らはこの料理がご提供できて強いんです。このシャラン鴨は、多くのお客さまのハートを強く掴んでいる鴨で、これを味わうと、鴨の季節でなくとも、その季節の旬のお料理も食べてみたいと、お客さまの足を当店に向けてくれる魅力をそなえた鴨なんです。この1品は、丹念に丹念に火入れして仕上げていまして、これだけに5種類の異なった火入れを施しているんです。フライパン、オーブン、サラマンダー、温蔵庫(おんぞうこ)、備長炭...最後は炭と団扇で仕上げてあるんです。団扇と言っても炭を仰ぐための団扇ではなく、炭であてた表面から瞬間的に温度を落としたいので、炙って取り出した際、皮面を扇ぐためだけにスタッフを1名つけているんです。急激に温度を下げるので、皮目から水分が逃げてパリパリに仕上がる。僕も普段は厨房には入らないんですが、このくらい説明できるくらいみんな想い入れがあるお料理なんです。ゆっくりゆっくり火を入れられて、最高の状態で出てきて直ぐに食べられる。そのくらいちゃんと火を入れているのが伝わるんですよね」

話を聞いてみると、自分の味覚が感じ取った調理の工程が瞼の裏に再現されていくようで、既視感(デ・ジャ・ヴ)すら感じる。

6.熟成和栗のクリームと竹炭プララン、ブールノワゼットのアイスクリーム、黒オリーブ、タカラ牧場の「小さなトム」のムース
デセールが饗される。柔らかい初雪の面のやうに、ふつくらと光線を吸ひ取っているかのような優しい佇まいの1品。お皿の周辺に散らされた竹炭を使ったカラメリゼが淑(しと)やかに甘味を主張し、マロンペーストの優しい甘味が焦がしバターソースのアイスクリームの冷涼な甘みと相俟って慎ましやかに自己主張している。これまでの美味の連なりを優しく包み込んでくれるかのようだ...

7.おしゃべりのひととき
コースの締めくくりである。ハーブティを選択する。運ばれてきたそれは、美しいブルーの色調に染まった1品。ブルーマローというハーブが入っており、まるで朝日が昇るまえの空色のような美しい水色の輝きをもっている。ブルーマロウが「夜明けのハーブ」とロマンティックな別名を持つのもうなずけるというものだ。味わいはフローラル系の香りで、癖がない。2杯目からは黄色の色調に変化していく。またティとともに小菓子も饗される。メートルさんが1品1品説明してくれる。

(M)「葛を使ったキャラメル。葛で固めていきますのでゼリーのような感覚とキャラルの食感の両方を愉しめます。周りはオブラートでくるんでありますので、そのまま召し上がっていただいて結構です。山形から届いた西洋カリンを使ったゼリー菓子。なかはクリーム、必ずチョコレートと一緒に一口でお召し上がりください。最後チュパティップスのチョコレートは仕掛けをしています。説明はいたしません」

チュパティップスを最後にいただくが、その仕掛けにふつふつと笑いがこみあげてくる。これこそ「レフェルヴェソンス」でいただく最後の1品にふさわしい。まだ未訪の方は、ぜひ「レフェルヴェソンス」に駆けつけてご賞味いただきたい!ここでは仕掛けの詳細を語るのは、控えておくが、ひとこと"ドンパッチ"とだけヒントを書き添えておきたい。

これで「レフェルヴェソンス」でのコースが一通りとなる。「レフェルヴェソンス」の美しさはやたらな美しさとはわけが違う。その素晴らしさを受け止めたものは、ただひたすら言葉を失い続けるしかないほかなかろう。そしてただ芸もなく「レフェルヴェソンス」、「レフェルヴェソンス」と連呼し続けるしかあるまい。今一度いおう!「レフェルヴェソンス」は、他の追随を許さぬ本年度のベスト1のフレンチレストランである!

  • 新しい章~鰹、筍、茴香、トマト、紫蘇、コンプシト
  • うららか~甘鯛の乳清ポシェ、さまざまな春の豆たち、骨の出汁と柚子
  • 定点~蕪とパセリ、キントアハム、ブリオッシュ

もっと見る

4位

赤坂 詠月 (赤坂見附、赤坂、溜池山王 / 日本料理)

1回

  • 夜の点数: 3.5

    • [ 料理・味 3.5
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.6
    • | CP 3.5
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 -

2016/12訪問 2018/05/08

潮(うしお)をまるごと呑み込んだような牡蠣の肉感的な味わいを土釜いっぱいにいただく幸せ!...「赤坂 詠月(えいげつ)」、まだ、こんな隠し技があったのかと、岩﨑さんの懐の深さにホトホト舌を巻く!

のっけから断定的な物の言い方で恐縮だけれど、"こんなに麗(うるわ)しくも美味な牡蠣の炊き込みご飯を食べたのは生まれて初めてだ!"とまずそう一言断言してから今日このレビューを始めたい。

それにしても、岩﨑秀範さんの懐の深さには、いつもいつも驚かされる。今回、今が時期ということと、そういえば「詠月」さんのレビュー写真で目にした記憶がないという興味が相俟って、予約時に「牡蠣の炊き込みご飯」を注文しておく。

「詠月」さんで「牡蠣」というと、誰もが昆布を使った松前焼を思い出すに違いなかろうが、はたして「詠月」さんで「牡蠣の炊き込みご飯」をお願いした場合どうなるか?

結果、これが大正解であった!磯の香りたわわに実る、海の豊かさを体現した滋味掬すべき牡蠣の風味が土鍋ごはんから溢れ出すそのさまに、今でもこころが震える。2016年12月6日(火)、19:30。大好きな友人たちとカウンター席を貸し切っていただいた素晴らしい会について以下詳細に書き綴っていきたい。

1.先付、雲子
鱈の白子。酒肴にピッタリの一品である。温(ぬく)とい舌触りに、柔らかく優しい白子の風味が広がる。そこに少量削られた柚子が気品ある香りを慎ましやかに添える。
会津娘 高橋庄作謹醸。素朴で米の旨みが感じられる。のど越しの綺麗なお酒である。

2.大分県産の大判椎茸、手前の塩で...
椎茸は何と言っても香りのものだ。ステーキのような肉厚感から放たれる高い香気に圧倒される。軽く炙ることによって椎茸の旨味成分が存分に引き出されている。
純米辛口 阿部勘。仄かな香りと、酸の効いた切れがある仕上がりのお酒だ。

3.お椀、鶉(うずら)と大黒しめじのスープ
岩﨑さん、「昔はツグミをこんなふうに食していたらしいです」とのこと。鶉のお団子にはしっかりと鳥の旨味が詰まっている。鶉スープは、「詠月」さんの冬の定番である。本当に優しくい味わいにホッと心が和む。
六根 松緑。味、喉越しともに、すっきりと綺麗なお酒である。

4.佐島の鯛と新潟のヒラメと淡路島のアオリイカ、根室の雲丹
この時期にアオリイカというのは、珍しいのでは?とお伺いすると、「ええ、ええ、アオリイカというと夏のものというイメージがありますが、時期が外れても良い魚は良かったりします。スミイカが終って、次は剣先ってなっていくんですけど、どうしてどうして、この時期アオリもいいものはいいんですよね」とのことだ。

旬のお魚というものには、そういう曰(いわ)くがつくケースが多いようだ。たとえば、穴子というと梅雨時というイメージがあるけれど、どうしてどうして、冬場の深場のものの方が脂がのっているものが多かったり、あるいは鯛は春のイメージがあるけれど、実はその時期は産卵の時期で意外と身が痩せていたりと、魚の旬には意外や意外といった話がついて回ることが多いようだ。アオリイカもそんなケースの1つなのかもしれない。

5.もろこの焼物
一匹まるまる素焼きにした一品である。骨も固くなく淡泊と思いきや、意外と身肉(みしし)からは魚の旨味が凝縮している。
福祝。爽快感のあるお酒だ。酸味、青みが感じ取れる軽快感のあるお酒である。

6.新潟の鯖小袖鮨
程よく脂がのって、身が締まっている。噛みしめれば、ギュッと詰まった鯖の旨味が口中に広がる。
田酒 山田穂。フルーティな一品である。何か可憐な甘みを感じる日本酒である。

7.長崎のとらふぐの唐揚げ
やはりこの時期はとらふぐだ。「詠月」さんで唐揚げというのは珍しい。でもこの唐揚げ、本当に旨かった。骨ごと揚げられているけれど、やはりとらふぐは、骨に付いた肉が一番旨いことを痛感させてくれる逸品である。

8.京都の海老芋の吹き寄せ
一番出汁より優しい出汁で炊いた吹き寄せ。塩と少量のお砂糖で味付けしている。海老芋というと富田林(大阪)のものが有名だけれど、この京都のものも充分よい。瞳を閉じていただけば、瞼の裏にしんしんと雪の降り積もる里山の光景が広がるようだ。

9.蝦夷鹿の焼き物
腿の部位を使っている。腿肉と言っても脂はなく、赤身のヒレ肉をいただいているような稠密で繊細な味わいが素晴らしい。
鍋島 三十六萬石。フルーティな風味の中にもお米の旨味をしっかりと感じ取ることができる一品。

10.兵庫県の柴山の香箱蟹
越前蟹のメス。内子と外子と身肉が殻に乗せられて饗される。潤味(うるおみ)を帯びた繊細でしめやかな蟹の味わいにしばし言葉を失う。

11.三陸の岩手の山田湾の牡蠣の炊き込みご飯
ここで、待ちに待った牡蠣の炊き込みご飯が饗される。ご飯はいつものように、あきたこまちだ。土鍋の中を見せていただくが、ご飯が見えないくらいに敷き詰められた大ぶりな牡蠣に思わず息を呑む。岩﨑さんに取り分けていただき、一口いただく。

牡蠣が素晴らしい。海を呑み込んだような肉感的なまでの迫力でひとを強かに圧倒する。と同時に牡蠣たちは、鉱物のような硬質なミネラルの透明感を、そのたわわな身肉のすみずみまで抜かりなく張り巡らせ、震えているようだ。おおらかな鷹揚(おうよう)の中にも透明感を漂わせて止まない牡蠣をいただくたび、きわどく涙腺が緩む!

このご飯に山椒をそえていただく。今回ご飯に添えていただいた山椒は原了郭(はらりょうかく)ではなく、目下、岩﨑さんがハマっている三重県伊勢地方の「お木曳山椒(おきひきさんしょう) 匠の一座」。三重の山椒。なかなか主張がある黒七味よりもっと香り華やかな一品である。

12.くだもの
今日の果物は、苺とはっさく。涼やかな果物が心地よい。

13.和菓子
最後に和菓子をいただいて一通りとなる。とにもかくにも「詠月」さんの牡蠣ご飯はあまりにも旨い!ここまでの出来栄えとは想像していなかった分、したたかにやられてしまった。しかしでも、断言してもよいが、今年わたしがいただいた全ての炊き込みご飯の中でも出色の出来栄えであったことを記して擱筆したい。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2016年10月19日(水)記す

"秋刀魚の味"を堪能する!...「赤坂 詠月(えいげつ)」、絶品炊き込みご飯!1杯目は身とご飯。2杯目は身とワタとご飯。最後は身とワタとおこげのご飯...その肌理細やかな饗応に心が震える!

「詠月」さんで、秋刀魚の炊き込みご飯を振舞われるというのはかなり珍しいことだと思う。「詠月」さんの秋刀魚のお料理というと、誰だって秋刀魚の小袖鮨を思い出すだろうけど、一方で秋刀魚で炊き込みご飯、というイメージはない。しかし、今回、2016年10月19日(水)、「詠月」さんで、その秋刀魚の炊き込みご飯をいただく幸運に恵まれた...そして、これが文句なく、滅法素晴らしかった!以下、そのお食事体験をできるだけ詳細に書き綴って行きたい。

ことの発端は、前回予約時、電話口で女将さんに、時期的に秋ですし、風物詩のひとつである秋刀魚の炊き込みご飯なんていただいてみたいですね、と何気なくポロリと口にしたことにある。1ヶ月以上前に何気なしに口にした言葉を、真摯に受け止め、嘘のような滑らかさで、至上の一品を仕立て上げてしまうのが岩﨑秀範さんのなんとも素晴らしいところなのだ!というわけで、本日の献立は、秋刀魚を中心にした秋の味覚たちの組立となる。

1.初物の生のいくらを醤油漬けにしたものと、大根おろしをぬか漬けと煮たものとあわせ、醤油に漬けた柚、柚香(ゆのか)をすりおろしてふったもの
いくらは初物の新鮮さを感じると同時に、そのひと粒ひと粒から漂う陰翳のある沈んだ面持ちが何ともステキだ。口に含んだ際の柚の風味と大根おろしの潤みとの相性も抜群である。

黒龍 大吟醸純米 吟風。酸を抑えた上品な甘味のお酒である。

2.塩炒りぎんなん
薄皮に包まれたぎんなん特有の弾力の向こう側に、塩気と仄かなぎんなんの苦味の世界が広がる。

3.お椀替わりの松茸と鱧の土瓶蒸し
「詠月」さんのパチリと決まるお出汁については、ここでよく書いてきたことだけれど、今回のこの土瓶蒸しお出汁については特にしっかり目に引いたものだという。「普通、松茸のお椀は、ちゃんと松茸を味付けて炊いて下ごしらえしたものに吸い地を張りますので、もうちょっと吸い地が淡くてもよいのですが、土瓶蒸しのときは、生の松茸をそのまま入れてぱぁっと火をいれますので、通常の椀物のときと同じようにやってしまうとぼやっとしてしまうのですね。ですから、いつもよりもしっかり目に引いたものをあわせていますね」とのことである。また、「詠月」さんで使われている鰹節は血合い入りのものだそうだ。なるほど、輪郭のしっかりしたお出汁の所以も頷ける。

〆張鶴 山田錦。これは華やかさがあるお酒である。ふくらみのある奥行も同時に感じ取れるよいお酒だ。

4.淡路の鯛と銚子のかます、北海道のボタンエビ、塩水ウニ
「最初は、そのままで。後は、わさび醤油、塩すだちでお召し上がりください。ボタンエビは包丁するのが憚られるくらい立派なものだったので、途中で手でちぎっていただいて醤油とお塩でお召し上がりください」とのことだ。かますの瑞々しくも、とろっと蕩けるような味わいに好感がもてる。やはりこれも秋の味覚だ。ボタンエビはため息が出るくらいにしっかりとしていて、濃縮した海老の味わいを堪能できる。

5.北海道鵡川(むかわ)産の本ししゃも
これが絶品であった!「詠月」さんでいただく初めての味である。ちなみに鵡川で漁れる本ししゃもは最高級品だ。漁期は1年間のうちで10~11月半ば位までというのだからまさに今が旬である。脂が途方もなくよくのっており、柔らかく、ホクホクとした身に焼きあげられている。普段スーパーなどに出回っている固くてしょっぱくて小さいししゃもは、カラフトシシャモといって、ししゃもの代用品だ。ししゃもと聞いて、あれを想像していると、一口いただいて度肝を抜かれる一品だ。

純米酒 写楽。上立香(うわだちか)は穏やかで、一口含むとさわやかな果実香が広がる。フレッシュなお酒だ。

6.釧路産の秋刀魚の小袖鮨
脂のりが素晴らしい。脂が良質。濃厚にドンっときたあとに、すぅっといささかのささくれもなく溶けていき、青身魚の奥深い余韻をどこまでもとどめる。

「今年、お盆明けは台風が重なって漁に影響したんです。お盆明けはちょっと営業したくなくなるくらいの不漁が続きまして...最近ちょっと立て直してきた感じでしょうかね」とのことである。

7.中国産松茸の焼き物
国産ほどの香りの高さは望めないものの、これだけの大きさで出していただけるので、松茸をしっかりいただいたという印象が残る一品である。

8.和歌山県紀の川の落ち鮎(子持ち鮎)の焼き物
メスは、卵をいっぱいに抱えたお腹の部分を特に選んで饗していただける。「鱗をとらないで出される方もいるんですが、自分は普段綺麗にとってお出しするんですが、これは本当にパンパンに卵を抱えているんものですから、あんまり綺麗に鱗をとってしまうと、お腹から卵が出てきてしまいますので、今回は控えめにしています」とのことである。秋の深まりを感じ取れる逸品である。

早瀬浦。ふくらみがあって、ゆったりとした旨みを感じる一品だ。

9.対馬の穴子とお豆腐の土鍋
上品な一品だ。お豆腐と穴子という組み合わせをいただくのは、あまり経験がないことだったので新鮮な驚きがあった。お出汁と相俟って途方もなく優しい味わいになる。

10.羆(ひぐま)と秋田の八郎潟の天然鰻の焼き物
「お肉は岩塩で、天然鰻は、藻塩で焼き上げてあります。わさびとお味噌を添えてありますので、いろいろでお召し上がりください」とのことだ。本日はたまたま入荷があったとのことで、羆を饗していただく。赤身の部分のみをいただくが、まったく臭みはなく上品な味わいである。天然鰻のパリパリの皮からこぼれる身肉にうっとりする。

永寶屋 辛口純米 八反錦まろやかでスッキリとした旨みが感じ取れる。

11.生牡蠣2種、奥が北海道昆布森産、手前が岩手赤崎産
岩手赤崎産のものは、天然岩牡蠣のように強いコクははなっておらず、少しあっさりしている。それに対して、昆布森は濃厚。真牡蠣に比べ身は大きく濃厚でクリーミーな味わいだ。わたしは、やはり濃厚な昆布森に軍配をあげたい。

12.釧路産の秋刀魚の炊き込みご飯(新米、あきたこまち)
岩﨑さんの炊き込みご飯の饗し方が、なんとも素晴らしい。徐々に濃厚感を増す計算で、1杯目は身とご飯(まだワタを混ぜていない状態)。そして次の2杯目は身とワタを混ぜ込んだご飯。最後は身とワタとおこげご飯、この肌理細やかな饗応に心が震える!

この秋刀魚のワタの苦味と、精米したて炊きたてのあきたこまちとの相性の素晴らしさは、幾千の讚嘆言(オマージュ)を並べても表現しつくせない汲めど尽きせぬ奥深さがある。


13.有りの実(梨の実)と柿
梨と柿。たいへんさっぱりといただく。

14.丹波産の大納言、自家製のどら生地で包んで
わたしは、「詠月」さん自家製のどら生地のこの皮が焼きたてで香ばしくて大好きだ。ここでお抹茶が出て一通りとなる。いや、本日は「詠月」さんの新しい一面を垣間見たような気がした。「赤坂 詠月」で、秋刀魚の炊き込みご飯。素晴らし過ぎるので一度お試しあれ。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2016年8月25日(木)記す

鱧と湯葉の柳川、これは傑作というのが惜しまれるくらいの逸品。そして、穴子茶漬け、味わうほどに赤坂詠月6年の重みが身に染みる...「赤坂 詠月(えいげつ)」、ここはわたしが偏愛してやまない和食店である
本日は、お連れさまと直接お店に19:30に落ち合う約束である。本日のお連れさまは「赤坂 詠月」さんは初めての方なので、迷わないかと少し心配したけれど、どうしてどうして、到着はお連れさまに先を越されてしまう(笑)...入店すると、ご主人も奥さまもお元気そうなのが嬉しい!まずはビールをいただき喉を潤していると、さっそく本日の一品目が饗される。
1.秋田のじゅんさいと夏野菜の先付
「手元のスプーンで召し上がってください」とのご案内である。涼しげな彩り、さわやかな味わいに季節感を感じる。
2.伏見甘長(ふしみあまなが)唐辛子に出汁醤油、鰹節の糸削りを添えて
本日もいつものように女将さんにお願いして、お料理にあわせて日本酒を見繕っていただくことにする...さっそく一本目。
天吹 夏に恋する特別純米 生。夏酒。じめっとした日にピッタリの爽やかな1本である。優しい口当たりとみずみずしい旨味が素敵だ。
3.冷たいお椀、冷やしとろろ仕立て...中に山葵を忍ばせて
夏らしい冷たいお椀。つめたいテクスチャにとろろの素朴な味わいが心地よい。ほっと落ち着ける一品である。また、その落ち着いた風味の中に、山葵がピリリと慎ましやかな存在感を示しているのにも好感が持てる...そしていつも「赤坂 詠月」さんに伺って感じるのは、そのお出汁の素晴らしさだ。
詠月さんのお出汁はとにかく素晴らしい!基本的に極めて優しくお上品なお出汁なのだけれど、単純にそれだけではないところが面白い、そうわたしはいつも感じるのだ。...このお店のお出汁は、単に優しいだけでなく、ちょうど歌舞伎役者が見得を切るときのような、びしっと決まる味わいの深みのようなものが感じ取れる...瀟洒な流れの中にも、ばちりと決まる濃厚な存在感とでも言おうか...それにいつもいつもやられてしまうのだ。これは何だろう...このお出汁の豊かな表情こそがわたしが「赤坂 詠月」に惹かれてやまない所以なのだ。
4.お造り、鮃とタコのお刺身、そして塩水雲丹を添えて
5.鱧の落とし(湯引き)
6.淡路の鯛の小袖寿司、左手の方にはイクラ、右手の方には鱧の卵を添えて
7.手前が郡上の鮎、奥が北川川(ほっかわがわ)の鮎の塩焼き
榮光冨士 夏酒 純米大吟醸 七星。
8.千葉の銚子の岩牡蠣
掌(てのひら)いっぱいを占めるくらいの大ぶりの岩牡蠣が殻つきで饗される。包丁で真ん中から切れ目を入れてあるので、2口でいただく...うん。これはやはり夏物らしく涼やかな牡蠣だ。冬場の、海がこぼしたひと雫の涙といった内に秘めた濃厚な感情こそ蓄えていないけれど、逆に駆け抜けるような磯の飛沫を思わせる動性が夏らしさを演じ立てている。
岩﨑さんから嬉しい一言をいただく。「どうもこう、お料理というのは巡り合わせというのがございますようで、前回、マドさんがいらっしゃった時はぐじが一番良かったんです」...あのときのぐじは感動的なまでに最高だった。とくに職人技の若狭焼きの真髄を拝見させていただいた素晴らしいお食事会であった!
9.鱧と湯葉の柳川仕立て
10.あわふの利休焼き
蒼空 純米吟醸 山田錦 生。吟醸香はとっても綺麗だ。ただ、透明感がありながらもお米の旨味を十分に感じさせてくれる日本酒である。
11.稚鮎と琵琶湖の天然鰻の白焼き
12.茄子の煮浸し
13.穴子茶漬け
この一品、以前からいただきたいとずっと思っていたものだが、今日思いがけずいただけることに悦びを感じる。まず、お茶漬けにする前に、穴子そのものをいただいてみる。穴子の刺身にふんだんに胡麻があわせてある。普段穴子をお刺身でいただく場面はあまりないけれど、しかしこれがなかなかの逸品で、シャリシャリと響く穴子の肉の響きの中に、とろけるような蜜の甘さが感じ取れる。そして息を呑むような胡麻の風味に圧倒される。
今度は、お客さんに出す前に精米して炊き上げたあきたこまちに穴子を載せ、急須の中の煎茶とお出汁で作ったお茶漬け出汁をたっぷりとかけていただいてみる。熱々の出汁をかけることによって、穴子の刺身に少し火が通り、いつも味わいなれている穴子の煮物に近い味感が口中に漂う...このスペシャリテをいただけたことに今日は大変満足である。
最後に、夏らしい桃の水物と京都の大納言と打出の小槌で一通りとなる。
やはり「赤坂 詠月(えいげつ)」は、わたしにとって欠くことのできない和食割烹の名店である。とにかく高級食材の取り揃えで、どうだ参ったかと攻めてくるお店とは違い、ここには聴き耳を立てるような職人の矜持が紛れもなく息づいている。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2016年1月16日(土)記す

『白味噌のお雑煮の向こうに、今はなき京都の名店の俤(おもかげ)がよぎります...「赤坂 詠月(えいげつ)」、憧れのお雑煮の出来栄えを堪能したひと時についての報告』

あの、泣く子も黙る新橋のN師匠も足繁く通われたという和食の名店が、かつて京都祇園四条にありました...虎ノ門「と村」のご主人戸村さんいわく、「あのお店の白味噌(のお雑煮)はこの世のものとは思えませんよ!おんなじ味噌屋のものを使っても、なかなかああはなりません」...この一言からずっとその白味噌のお雑煮のことが頭から離れませんでした。
それが本日、2016年1月16日(土)、"赤坂 詠月"の岩崎さんの手によっていただけるとあれば、やはり否応なくテンションがあがってしまいます。前回お伺いしたときに、たってのお願いで、かの祇園の名店と同じ山利のお味噌を使ったお雑煮をお願いしておきました。以下、できるだけそのお食事体験を詳細に書き綴っていきたいと思います。
1.空蒸し(からむし)
具の入ってない茶碗蒸しの空蒸し。卵とお出汁だけで作った茶碗蒸しです。真ん中の叩いた梅干がよいアクセントになっています。
2.鱈の白子(菊子)
菊子のクリーミーで生っぽい温かみがよいですね。ただ、鱈の白子ももうそろそろ時期的には終わりでしょうかね。
3.里芋とお餅の白味噌(京都山利商店の白味噌)のお雑煮
ついに出ました!まず蓋をあけると、ごくごく淡いクリーム色のシンプルな佇まいに季節感を感じます。そして、おもむろに一口いただいて充分にその余韻を愉しみます...控えめな鰹と昆布が、白味噌のよい風味を引き立てているように感じます。うん、噂にたがわぬ名品です。その優しい味わいにホッとします。里芋の上にのっている辛子がステキなアクセントになっていますね♪
4.鮃(ひらめ)とよこわ鮪(鮪の子供)のお造り、そして北海道の塩水雲丹(ミョウバンを使っていない無添加の生雲丹)
寒鮃。これも旬の魚体の充実ぶりを十二分に訴えてきます。またその脂ののった身肉(みしし)の充実ぶりの中にも、一種名刀の冴え返りといいましょうか、切れ味のよい味調をそなえているのが寒鮃の特徴と思われてなりません。よこわ鮪はクロマグロの子供です。身の色はクロマグロより赤みが若干薄く、味は淡白です。これも美味です。
九頭竜、大吟醸。全体的にスッキリとして爽やかなイメージです。そして、柔らかな味わいに好感が持てますね。
5.山口県仙崎産のグジの若狭焼き
これがなんとも素晴らしかったです!ぐじは身が柔らかく繊細ですので、調理するにあたって料理人の腕が問われる食材だと聞いたことがあります。今回のこのお皿は、鱗の肌理細やかさを活かして身と鱗を一緒に焼き上げるいわゆる"若狭焼き"を採用したものです。鱗は本当に綺麗に焼き上げられており身もホクホク。パリパリの鱗の香ばしい風味の向こうに、はち切れんばかりのグジの身肉が踊ります。絶品ですね♪
6.舞鶴の鯖の小袖ずし
若狭湾の鯖というのは、関東松輪の鯖と並んで美味しいことで名高い一品です。一口でいただけば、肉厚で、殊のほか高い味調にうっとりします。
三重県 酒屋 八兵衛 純米酒。味わいとしては若々しいながらも、しっかりとした主張のあるように感じられます。
7.鮑の共和え(ともあえ)
鮑の身と、あえ衣に肝を使った共和えです。鮑の旨みが凝縮した一品です。日本酒とこれほど相性がよい一品もないでしょう。
群馬県 島岡酒造 初しぼり。新酒らしい爽快メロン香を感じます。すっとシャープな酸と辛口のキレです。
8.厚揚げと一緒に炊いた京都の聖護院大根、自家製の柚子胡椒をそえて
純米大吟醸 会津娘
9.鯨のたたき
純米生原酒 宗玄 しぼりたて
10.ぼたん海老と毛蟹を松の実で和えて
11.福井県産鰤の炊き込みご飯
この際立った旨みを前にしたら、最早言葉はありません。脂のりといい最高の状態の鰤です。師走に一番美味しくなるから"鰤"と表記されるとどこかで読んだことがあります。今がもっとも魚体が充実している時期であることは間違いありません。その濃厚な風格のある心地よい酸味のある香気に、ただただ圧倒されます。また、鰤の目玉がまた絶品でした!
12.柿
鰤の力強いみなぎるような精彩に圧倒された口の中を、柿の冷ややかなテクスチャと涼やかな香りがさっぱりと洗い流してくれます。
13.京都の大納言と打出の小槌
最後の大納言を使った和菓子で一通りとなります。
うん、やはり、山利のお味噌を使ったお雑煮は美味しかったです。そして、若狭焼きも申し分無かった♪

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年12月9日(水)記す

『お食事の時間は至福のとき...「赤坂 詠月(えいげつ)」、お出汁の香りを聞き、耳を澄ますようにその調べを聴き取ろう!』

2015年12月9日(水)、19:30、"ソシアル赤坂"という赤坂の雑居ビルの前に佇む。4ヶ月ぶりに、このバブリーな集合看板を前にして、思わず笑みがこぼれてしまう...どちらかというと楚々とした印象の「詠月」さんのその2文字の連なりが、バブルの遺跡のような色キチの集合看板の真っ只中に窮屈そうに嵌(は)め込まれている。その外観がまとうユーモラスな息遣いに、思わず微笑みがもれてしまう。
1.雲子
鱈の白子だ。関東では"菊子"と呼ばれる珍味の先付だ...一口いただくが、白子特有の感情を内に秘めた生っぽい温かみがたまらない。これはなんといっても日本酒だ!
2.大分県産の大判椎茸
お塩で召し上がってください、とのご案内がある。品のある佇まいであるが、一口いただくとしっかりと椎茸特有の森の風味を感じ取ることができる。
※ここで、明鏡止水、「鬼辛」を出していただく。切れ味抜群の辛口である。これぞ辛口!という一品。九谷焼の徳利も素敵である。
3.ミンチにした鶉団子のスープ仕立て(鶉の炊き寄せ)のお椀、京都丹波産の大黒しめじを添えて
金箔と銀箔の"まさご"を黒漆器に蒔(ま)き、金で太陽、銀で月を表現している日月椀(じつげつわん)が美しい。2番出汁と酒、薄口醤油、砂糖で煮詰めた鍋に鶉団子をおとして煮含め、それを1番出汁で割ったものだ。
わたしは「詠月」さんのお出汁が本当に大好きだ!上品な甘みがあって、すっきりとしてクセがない。「お出汁は、真昆布(まこんぶ)を使われてますか?」とお伺いすると、その通りとのお応え。かねてから利尻昆布ほどの塩気はないような気がすると思っていたものだから、このお応えに得心する。
4.淡路の鯛、金沢の鰤(ぶり)、福岡の赤貝のお造り、有田焼の瀟洒な器のなかにはミョウバンを使ってない無添加の塩水雲丹
いずれも満足のできる品揃えである。良質なお造りである。お造りもこのくらいの量がちょうどいい。これらを、塩すだち、山葵醤油でいただく。
※ここで、福井県のお酒、早瀬浦 極辛純米酒が饗される。スッキリとした涼々しい味わいの一品である。
5.宮城県の階上(はしかみ)の牡蠣の松前焼き、牡蠣のエキスを添えて
焼き牡蠣に真昆布(まこんぶ)を合わせた一品である。「本日は大ぶりの牡蠣が入りましたので、松前焼きにしてみました」とのご案内である。(焼く前は掌くらいの大きさがあったそうだ)岩崎さんに、"松前焼き"の名前の由来についてお伺いしてみる。
(岩)「松前焼、松前が昆布の産地なのでその産地の名前がつくんですね。兵庫県の有馬は山椒の産地ですので、煮山椒を使って炊いたものを"有馬煮"といったり、山葵を使った和物を"天城あえ"、海苔で巻いたものを"品川巻"とその産地の名前をつけたりするんですね」
この焼き牡蠣、素晴らしいの一言である。これは、海がこぼした大粒の涙である。文句のつけようがない。ほのかに口の中に広がる牡蠣の甘味も秀逸だ。牡蠣のエキスと日本酒の相性は、いうまでもなく申し分ない!
※ここで、純米大吟醸 白楽星が饗される。
6.北海道広尾産のいくらの醤油漬けのお鮨
ここでしっかりと浸かったいくらと、酢の効いた軽いご飯ものを少量。このタイミングで少量の炭水化物が胃に落ちて、お腹をしっかりとさせる。この組立も満足。
7.三陸産の鮑の塩蒸し、肝、歯を添えて
鮑はシンプルに塩蒸しにしたもの。塩蒸しで出てきたエキスとともに饗される。肝の部分は生のままで、柚の果汁で作ったポン酢に浸してある。やはりよい。鮑の塩蒸しを噛み締めるほどに、枯淡に達した白檀の香りが口腔をよぎる...それほどに揺らぎない落ち着いた味わいだ。
※ここで、会津のお酒、写楽が饗される。
8.京都の海老芋の含め煮、柚を添えて
それほど大振りではない。1番出汁とお砂糖、お塩でほのかに甘く仕上げられている。
9.宮崎県産の黒毛和牛を炙ったものに、京都鷹峯(たかがみね)産の赤蕪を焼いたもの
10.止肴(とめざかな)、釧路の毛蟹
11.淡路の鯛の炊き込みご飯
ここで、〆の炊き込みご飯だ。やっぱり鯛はこの時期のものがなんといっても調子が高い!王者の風格がある。あまりの美味しさに、本日は、2人で4回お代りして、お釜のご飯を全部いただいてしまう!
12.水物
大ぶりの甘王が饗される。一口含むが、酸味と甘みのバランスが心地よい...そして、最後のデザートは岩崎さんからご説明がある。
さらに、餡入の最中をいただいてひととおりとなる。本日も大満足のお食事であった。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年8月10日(月)記す

『赤坂歓楽街で深く深く和の心に揺さぶられる!...「赤坂 詠月(えいげつ)」、2015年秋は、詠月とともに始まり、詠月とともに深まる予感がする...!』
「赤坂 詠月(えいげつ)」は、過度の誇張や大言壮語を尽くしてでも賞賛せずにはいられない、都内屈指の和食割烹店である!
1.あさりと夏野菜のお浸し
まずは、冷たいものからのお料理のスタートである。冷涼な器の肌触りがなんとも火照った体に心地よい。色彩感にとみ、涼感あふれる一品にホッと胸をなでおろす。
2.焼きオクラ
今度は少し火をいれた夏野菜の登場である。上に振りかけられた削り節の香ばしさが食欲を増進させる。これも実に好感がもてる夏の一品である。
※京夏 純米吟醸 月山(がっさん)
3.澄まし仕立てのお椀、結び鱚(竹岡産白鱚)とふくさ豆腐
お椀の中に、肉厚な竹岡産白鱚がふっくらと結ばれて鎮座している。竹岡産の白鱚は味わいが濃厚である。ふくさ豆腐の蒸し上がりも申し分ない。また澄まし仕立てのお出汁が素晴らしい。実に品がよく楚々として滑らかである。ほのかに香る鰹節の風味が心地よい。
※福祝(ふくいわい)
4.コチとボタン海老のお造り
「できれば、お1つは塩酢橘(しおすだち)、もうお1つは山葵醤油(わさびじょうゆ)という風に召し上がってみてください」とのご案内がある。歯に反り返るようなコチの弾力ある身肉(みしし)をまずは、なにも付けずにいただく。それでも十分に魚の香りを感じる。磯の香りというより、山深き森林を包みこんだ驟雨から立ち上る、滴るような緑の香り...わたしはコチの味わいにそんな"厳かさ"のようなものを感じてしまう。さっそく、塩酢橘をつけていただいてみるが、その厳かなコチの佇まいに、塩酢橘がほのかに化粧を施す感じがなんとも素晴らしい。また山葵醤油でもいってみるが、今度は、一転、コチの風合いを生醤油がシャンと端正に引き締め、その身肉の弾力を、醤油風味でさっぱりとまとめ上げるのがなんとも心地よい。
5.淡路由良の鱧の湯引き
ここで、鱧の湯引きが饗される。「梅肉のものでもいいのですが、ぜひ山葵醤油でもいただいてみてください」とのご案内である。この鱧の湯引きが素晴らしかった!「赤坂 詠月」さんの鱧は、鱧を骨切りして熱湯で花を咲かせた後、絶対に氷水などで締めていない、と断言できる。おそらくさっと冷水(井戸水か...)でさらす程度にとどめているはずだ。口に入れると、表面がひんやりとしていて、中心部分から温もりとともに限りなく上品な鱧の風味が漂ってくるのである。鱧の湯引きの旨さにすっかりテンションがあがる。
※磯自慢 大吟醸 秘蔵寒造り
6.四万十川の源流の北川川(ほっかわがわ)産の鮎と秋田の長木川(ながきがわ)産の鮎
(岩)「上に載っているものが、四万十川の源流の北川川(ほっかわがわ)産の鮎になります。2、3年前の利き鮎大会で日本一に選ばれた鮎で、四万十の本当の上流、裏源流で獲れたものになります。下に敷いてあるのが、秋田の長木川(ながきがわ)産の鮎になります。食べ比べて見てください」とのことだ。
(岩)「お付けしているのは、二杯酢でございます。鮎のお皿に敷いていあるのが蓼の葉です。ちょっとピリッとする日本のハーブのような葉っぱで、よく、細かくたたいて緑色の蓼酢にして出されるところが多いですが、今日は、フレッシュのままお持ちしていますので、そのまま葉っぱをちぎっていただいて、お酢と一緒に召し上がっていただくとよろしいかと思います」とのご案内である。
まずは、北川川の方を頭から行ってみるが、その身肉の張り、緻密にさんざめく天然鮎独特の苦味ともに申し分ない。きわめて良質な鮎である。大上段から振りかぶるように、きっちりと塩気を効かせた鮎の塩焼きである。秋田の長木川の方も素晴らしい出来栄えである。これを二杯酢に浸し、ちぎった蓼の葉っぱをパラパラとふりかけながらいただくが、これに勝る夏の味わいなどあるのだろうかと、しばし食卓を沈黙が支配する。
7.琵琶湖の鮎
ここでさらに、鮎の利き比べである。今度は、いささか小ぶりの琵琶湖の鮎の塩焼きが1人1尾ずつ饗される。これはこれで、さきほどの北川川と長木川のものとは違い、彫刻刀で彫り上げたようなシャープで精悍な旨さがある。
※写楽 福島県会津若松市 宮泉銘醸
8.淡路由良の鱧の卵
「今日の鱧には卵が入ってました」とお出しいただいたのが、鱧の子。私は初めていただいたが、これが絶品!酒のアテに最高の珍味である。明らかに海鼠腸(なまこ)とか鯔(ボラ)の卵巣を思わせる珍味の存在感を示しているのだけれど、両者とは圧倒的に違って、鱧の身と同じく上品な味わいなのである。ほんのりとした出汁で、鱧の子の旨味が引き出されている。陶然!
※酒屋 八兵衛
9.釧路の新秋刀魚の小袖寿司(こそでずし)
着物の袖口のような小さな押し寿司が饗される。一口で放り込むが、途端に新秋刀魚の旨味と脂のりに圧倒される。その場で立ち止まり、思わず箸を置いてじっくり味わいたくなるくらい旨い!
10.琵琶湖の稚鮎のオイル漬け
最後の鮎である。これは、いささか変わり種である。琵琶湖の鮎を稚鮎のころに焼いて、オイルに漬け置きして、オイルサーディンのようにしたものだ。
11.鰊(にしん)を中に詰めてまるまる煮込んだ賀茂なすの印籠煮(いんろうに)
まだまだ出てくる賀茂なすの印籠煮。大ぶりの賀茂なすの中には、鰊を細かく刻んだものが詰めてある。そして、鰊の詰め物ごとじっくり煮込んだ一品である。鰊が甘過ぎないところに好感が持てる。
12.宮城県蔵王の鴨、自家製の柚子胡椒で
13.毛蟹といくらと雲丹と松の実和え
14.土鍋で炊き上げたあきたこまち、白ご飯で
まずは岩﨑さんに、土鍋で炊き上げたあきたこまちの炊き上がりを見せていただくが、息を呑むようなアピアランスである。そしてこの良質なお米の炊き上がりの風味...あきたこまちのその芳醇な香りに、むせ返るような幸福感を覚える。「うちでは、玄米のまま送っていただいて、お客さまに出す前に精米して炊き上げているんです」とのことである。
15.水物、桃
夏らしく冷たい桃が饗される。
16.どら焼き、大納言を自家製のどら生地で巻いたもの
最後にお抹茶をいただいて一通りとなる。「赤坂 詠月」は、凄い!最後に絢爛たるお料理のラインナップを反芻しながら、お会計となるが、これまたびっくり!これだけ飲んで食べて、ひとり22,000円だというのだ!何かの間違いじゃなかろうかと狐に摘まれたような感覚を覚える。
この味付け、お料理の量、コスパのトータルバランスでいうと、「赤坂 詠月」はわたしのなかでは都内でトップクラスの和食割烹である。ここは、絶対に今後、通いつめいたい一店である!

  • 三陸の岩手の山田湾の牡蠣の炊き込みご飯...ご飯が見えない!
  • 三陸の岩手の山田湾の牡蠣の炊き込みご飯
  • 兵庫県の柴山の香箱蟹

もっと見る

5位

松川 (六本木一丁目、虎ノ門ヒルズ、神谷町 / 日本料理)

1回

  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    - -

2015/09訪問 2015/12/21

"千早(ちはや)ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川(たつたがは) からくれなゐに 水くくるとは"...「松川」、秋の松川を堪能しよう!あたりをしめやかに覆い尽くしていく秋の彩りをゆっくりと愉しもう!


幾重にも敷き詰められたシダの葉の上に、目の覚めるくらい立派な信州産松茸と岩手県産松茸がふんだんに盛りつけられている...この珠玉の秋の食材たちが重厚なお皿に載せられ、白木のカウンターに置かれたとたん、清々(すがすが)しい白木の一枚板のカウンターが、秋の彩りと風味とで、またたくまに染め上げられてゆく...と、古今和歌集に収められた名歌が、平安屏風の細経な描線を辿るようにまざまざと脳裏をよぎっていく...

"さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがありません...龍田川を埋め尽くす紅葉たちが、秋の彩りで川面を一面に絞り染めにしているなんて..."

秋の「松川」。2015年9月26日(土)、松川で堪能した秋の味覚たちについて、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。11:37東京メトロ日比谷線神谷町駅に降り立つ。通い慣れた光景を視界に収めつつ歩を進め、「松川」さんの前に着いたのが、11:50。お昼スタート10分前とはいえ、もうすでに「松川」の看板には照明がともっている。戸をあけて予約名を告げると、カウンター席へのご案内となる。松川さんから元気よくお声がけいただく。

まずは、ビールを注文して喉を潤しているうちに、雨の多かった今年の松茸の出来がひとしきり気になりだす...松川さんにお尋ねすると、「今年は悪くないですよ」とポツリとお応えいただく。ほどなく白木のカウンターに饗された今日の松茸を見たとたん、その言葉が腑に落ちる。ほどなく一品目が饗される。

1.いわたけ、菊の花、お酢のゼリーで仕上げた伊勢海老、伊勢海老の味噌をしのばせて
最初にふさわしい、涼やかな一品である。軽く炙った伊勢海老はプリプリ。それに伊勢海老の味噌が滋味深い味わいを足していく感じだ。そして、そのマリアージュをお酢のゼリーが涼やかにまとめあげている。これ以上足すと味わいが雑になってしまう手前でとどまっている感がなんとも素晴らしい!

2.カザフスタンの天然のベルーガのキャビアと唐津の赤雲丹の飯蒸し
何度食べても旨い天然のベルーガのキャビア。これを「松川」さんでは、春先は渡り蟹とあわせ、盛夏の候は竹岡の白鱚とあわせたりするのだけれど、秋は唐津の赤雲丹とあわせた飯蒸しだ。珠玉のような一品である。

3.淡路の鯛のお造り
すこし時節から外れた感もあるけれど、やはり鯛は白身魚の王様だ。弾力ある身肉(みしし)を存分に堪能する。(わさびが辛すぎず、きわめて秀逸である。わさびも残さず全て綺麗にいただく)

4.お椀、富山の紅ズワイガニの真蒸(しんじょ)と信州産松茸
これが途轍もない逸品であった!「松川」さんの"シンジョ"は、いわゆる"練り物"ではない。「【冬】の越前蟹の真蒸」もそうだったのだけれど、蟹身(富山、紅ズワイガニは高級品だ!)を蟹味噌と固めて蒸らし上げるのが「松川」流だ。これをどこまでも限りなくピュアで優しいお出汁でいただきつつ、あわせて松茸の高貴な香りを愉しむ贅沢といったらない。

5.房州産カワハギのお造り、カワハギの肝を添えて
カワハギのお造り。カワハギの肝と一緒に饗される。カワハギの肝は秋から冬にかけて太りだす。まずは肝だけをいただくが、悩ましいほどに濃厚である。これにカワハギのお造りをあわせていただけば、肝のメランコリックなただよいとは裏腹に、その身肉はシャキシャキと実に毅然としている。

6.岩手県産松茸と山口県産鮑のソテー
鮑と松茸をさっとバターで炒めた一品。香ばしい風味の中、両雄の食感を愉しむ逸品である。

7.滋賀県安曇川(あどがわ)産子持ち鮎の塩焼き
安曇川鮎は、前回夏の候にも饗されたけれど、いよいよ落ち鮎の時期である。しっかりと卵を抱えたその身肉にかぶりつけば、鮎の淡泊な味わいと内蔵の苦味に加え、魚卵の滋養あふるる味わいが加算され、鮎の味わいにさらなる幅がでている。

8.近江牛(メス)のステーキと割いた松茸、銀杏を添えて
「松川」近江牛ステーキは絶品である。去勢牛とは一線を画するメス牛のピュアな脂のりに陶然とする。今回はここに松茸を細かく割いてあわせてある。秋の香りとともに味わう近江牛のステーキは問答無用に旨い!

9.秋らしくなめこをあしらった自家製手打ち蕎麦
「松川」さんの打つお蕎麦は歯ごたえ、香りともに極めて秀逸である。「松川」さんでは夏の時期は蕎麦打ちはされない。この一品が饗されて、時節が秋に移り変わった感を噛み締める。

10.若狭ぐじと蓮、ぐじを使ったお出汁とともに
やはり、「松川」はぐじの若狭焼きである。実に旨い。甘鯛は身が柔らかいので綺麗に焼き上げるのが難しい食材である。これを上手に焼き上げる技術を"若狭焼き"といったりするのだけれど、これを味わえるのが「松川」のひとつの強みであろう。

11.松茸の炊き込みご飯と赤出汁のお味噌汁
松茸ご飯の香りたおやかに、水平にどこまでも広がり出そうとする松茸の高貴な香りを、赤出汁のお味噌汁がきゅっと引き締める。

12.新米の季節!鳥取のヒノヒカリ
松茸ご飯が終わるころ、松川さんから、「白いご飯はいかがですか...」とお声がけいただく。鳥取産ヒノヒカリの新米。いただかないわけにはいかない。それに、今日は獲れたての新いくらがご飯のお供についてくる!きっちり3杯おかわりする。

最後、いつものように水物とお抹茶で一通りとなる。

秋の「松川」。やはりここは掛け値なく素晴らしい。ゆっくりと至福の時間を愉しめる東京屈指の京料理の名店である。「松川」はわたしにとってかけがえのない和食割烹である。

※"千早ぶる神代もきかず龍田川 からくれなゐに水くくるとは" 在原業平朝臣 『古今集』秋294
。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年08月01日(土)記す

『"春すぎて夏来にけらし白妙(しろたえ)の衣ほすてふ天の香具山(かぐやま)"...「松川」、夏の松川を堪能しよう。夏がついにやってきた!真夏を謳歌する旬の食材たちの饗宴に息を呑む!』


神代の昔...奈良橿原(ならかしはら)の藤原宮は、目の覚めるような真夏の陽光に包まれている...大極殿(だいごくでん)に降り注ぐ眩いばかりの陽光を浴びながら、戸外に瞳(ひとみ)を馳せれば、天の香久山のなだらかでおおらかなお姿が視界に入る...

突き抜けるような夏の青い空を背景に従え、したたるようなお山の緑が眩しい。さらにその上には、圧倒するような真夏の生気に充ちた白い入道雲が、真っ青な天空にもりあがっている...次の瞬間、女帝の唇から次の言葉がこぼれ落ちる。

"ああ、いつのまにか春はすぎさって夏がやってきたようですね...あんなふうに神様が白妙の衣を幾重にも天の香具山の上におかけになっているんですもの..."

神々が夏を連れてやってきた!...六本木アークヒルズ、赤坂テラス。4ヶ月ぶりに「松川」の門前に立つ。2015年8月1日(土)、「松川」は灼熱の熱気に包まれている。それにしても、「松川」の鱧(はも)の純白な輝きは、天の香具山を覆う白雲のような真夏の季節感をたたえていた...以下、真夏の昼下がりに過ごした「松川」のひとときについて、できるだけ詳細に書き綴っていこうと思う。

11:42、東京メトロ日比谷線、神谷町駅に降り立つ。地上に出れば、街のいたるところが真夏の陽光で輝いている。ホテルオークラ東京別館、大倉集古館をやり過ごし、アメリカ大使館公邸と陽泉寺の間の路地に入るとほどなく「松川」の慎ましやかな揮毫が視界に入る。予約名を告げて店内に入ると、カウンター越しに松川忠由さんが「こんにちは!」と元気よくお声がけしてくださる。着座して、飲み物のメニューを見ながら、今日は白ワインのハーフでいこうと心に決める。

しかしでも、訪問の度いつも思うのだけれど、わたしは「松川」の店内にさりげなく漂う、このお香の香りが滅法好きだ。毎回この香りになんとも癒されるのである。しばしの間、「松川」に漂う室内の香りを肺の細胞ひとつひとつを使って体内に取り入れながら、ビールをゆっくりと愉しむ...

...ところで、実は今日は、「松川」さんのお料理以外に、もうひとつの愉しみがある。前回のオフ会でわかったのだけれど、今回の「松川」訪問が偶然にもactis1001さん御夫妻の予約日と重なっていたのである。カウンター席に着座して、そういえばそうだったなと、思っているとほどなく、actisさんの「マドさん...」というお声がわたしの背後に響く...

こんな言い方が失礼に当たらなければよいのだけれど、actisさんは、実年齢をお聞きするとびっくりするくらいにお若い雰囲気をお持ちの方である。何度かお会いしているけれど、毎回その若々しさと明るさに、こちらも気持ちの明るみのようなものを覚えるくらいだ。そして、ほどなく奥さまがactisさんの向こう側に着座される。が...これまたびっくり!「え!」っと思わず心の中で叫んでしまうくらい美しいお方である!奥さまとは今回初めてお会いしたのだけれど、actisさん御夫妻がカウンターに着座された途端に、その場が華やかに彩られるから驚きだ...いささか先んじて結論から言うと、実は今日の「松川」さんの会は、お料理もさることながら、actisさん御夫妻とのお話ししながらのお食事が途方もなく愉しい会であった!

とはいえ、お2人と交わした話の中身は、この場では深く立ち入らず、以下、なるべくお料理にフォーカスしてレポートしていこうと思う(^^;)
まずお料理を始めるにあたって、わたしはシャサーニュ・モンラッシェ 2013 白を注文し、actisさんはムルソーのハーフを注文する。モンラッシェ。一口口に含むと、優しく柔らかい黄色いメロンの果実味とミネラル感が強い。派手さはないけれどきわめて上品な印象である。和食にぴったりの一品である。そうこうするうちに一品目が饗される。

1.唐津の赤雲丹と山口県産鮑、鮑の煮こごりを添えて
木箱の蓋をあけると氷が敷き詰められた中に硝子の器が配され、中に肉厚に切られた山口県産鮑と唐津産の赤雲丹(今が旬だ)が入っている。そして上からは、鮑の煮汁から作った乳白色の煮こごりがふんだんにふりかけられている。目にも涼やかな宝石箱のような一品である。夏の鮑の食感は申し分ない。噛み締めるほどに歯に反り返る身肉(みしし)の弾力から、どこかしら幽玄味さえ感じる鮑の奥深い陰影に、思わずため息がでる。そのままでも充分美味しくいただけるが、鮑の肝ソースと合わせれば、鮑の旨みはさらに豊饒化される...

2.千葉県竹岡産の白鱚とカザフスタンの天然のベルーガのキャビア
竹岡産白鱚(しろぎす)。高級品である。鱚という魚は淡白な印象があるけれど、この竹岡産のものは鱚そのものの味わいをしっかりと主張してくる。(軽く炙られることによって、その旨味がいっそう引き出されているかのようだ!)そこに最高級の天然ベルーガ・キャビアの舌に絡みつくようなテクスチャが、ひと粒ひと粒濃厚にして絶妙な塩味で、炎(ほむら)立つ鱚の味わいを彩るのである。

3.淡路の鰈(かれい)のお造りと唐津の赤雲丹
夏場の鰈は素晴らしい。引き絞った弓のような力強さと、その透き通るような艶はどうだろうか...これを肝和えなどにしてしまってその品格を濁してしまうことだけは避けたいものだ。この真夏の恵みは、どこまでも端正に生醤油でいただくのが最良のやり方だろう。そして雲丹。「松川」は、雲丹がなんといっても旨い!それは、いろいろな和食屋さん、お鮨屋さんに行って、「松川」に帰ってくるたびにいつも過つことなく思うところだ。「松川」の雲丹の産地は、その季節に応じて北海道だったり唐津だったりするのだけれど、毎回外れということがない。

4.お椀、鮟鱇(アンコウ)と銀杏のすり流し
薄緑色のお出汁に浮かぶのは鮟鱇である。一口口に含むと、仄かな鮟鱇の香りが立ちのぼり、ほろほろと解けるその上品な佇まいがなんとも素晴らしい!お出汁も途方もなく優しい。「今の銀杏はクセがないんですよ。苦味もなくていいんですよね」とは松川さんである。

5.韓国の鱧の背ごし
韓国鱧。著名な淡路産の鱧の倍くらいする高級品だそうだ。やっぱり鱧は西なのだろう。「と村」さんが鱧は鳴門海峡だとおっしゃっていたのが思い出される。一口いただくが、この汲めど尽きせぬ、どこまでも優しい品の良さが鱧の醍醐味にほかならない。

6.京都ブランド品、丹後宮津のとり貝のお造り
とり貝もまたこの真夏の時期の風物詩だ。"丹後宮津のとり貝"といえば、もうこれはブランド品である。"シャクッシャクッ"という鶏肉を思わせる弾力ある身肉から、良質なとり貝の甘みが口中に広がる。

7.北海道噴火湾の毛蟹と生のきくらげ、上から酢のゼリーをかけて
蓮の葉っぱが饗される。上には北海道噴火湾(内浦湾、北海道の入口に位置する湾である)産の毛蟹と生のきくらげがのっている。そして上から涼やかに酢のゼリーがかけられている。涼味!真夏を涼やかに彩る一品である。

8.焼き賀茂なす
やっぱりなすは、賀茂なすだ。軍手をはめて扱いたくなるような真っ黒に焼かれた賀茂なすが3つ、カウンターの上に乗せられる。これを取り分けていただくのだけれど、一口含んでその甘味と瑞々しさに陶然とする。

9.京都桂川の鮎の塩焼き、そして滋賀県安曇川(あどがわ)上流で獲れた鮎の塩焼き
まるで柳の葉のような瀟洒でいなせな鮎が2尾、氷水の中でたゆたっている。その佇まいは、なんとも垢抜けている。それがきっちりと焼き上げられて、七輪の上に乗せられて饗される。一口いただくが、やはり文句なくいい。夏にはやはりこの仄かな苦味を一度は噛み締めておきたいものだ。

10.すっぽん焼き物、とうもろこしの天ぷらを添えて
わたくしなどは、最初何が出されたのかわからなかったけれど、初見、actisさんが「ああ、これすっぽんですね」と反応される。素晴らしい!いただいてみるが、鶏肉に近い力強い旨みがある。付け合せのとうもろこしの天ぷらも夏のとうもろこしらしく、甘味が強くきわめて美味である。

11.韓国の鱧のしゃぶしゃぶ
丁寧に骨切りされた韓国産鱧が端正にお皿に並べられて饗される。これをしゃぶしゃぶの出汁にくぐらせると、雲のようにふわりと丸くまとまる。舌に伝わるぬくもりがなんとも素晴らしい。「松川」の鱧のしゃぶしゃぶは傑作というのが惜しいくらいの逸品である。

12.氷の器に熊笹を練りこんだひやむぎ、じゅんさいを添えて
以前から夏の「松川」の風物詩、氷の器の一品をいただきたかったけれど、実に清涼感のある涼やかな一品だ。ひやむぎも想像以上にコシがあり、わたしの好みである。

13.鳥取のヒノヒカリ
最後に恒例のお食事になる。それにしても、毎度のことながらこのお米の旨さに陶然とする。思わず松川さんに「これ、コシヒカリ系ですか?」とお伺いする。松川さん途端に破顔されて、「これはヒノヒカリっていう鳥取のお米なんです。お米は、いろいろ試してみて...やっぱり美味しいのは、もちもちしていて甘味が強いこちらなんですよね」とお話しくださる。今回もお代わりさせていただき、きっちり3杯いただく。

最後に水羊羹をいただいて、ひと通りとなる。やはり、想像通り、夏の「松川」は、文句なく素晴らしかった!また、今日のお食事は、actisさんご夫妻と同席させていただき、滅法愉しいお食事会となった!actisさん、奥さま、愉しいひとときをありがとうございました!...それにしてもこんなに素敵なご両親を持たれたお子さんたちはさぞや自慢に違いない!

※"春すぎて夏来にけらし白妙(しろたえ)の衣ほすてふ天の香具山(かぐやま)" 持統天皇『新古今集』夏175

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年04月04日(土)記す

『"ひさかたの光のどけき春の日に静心(しづこころ)なく花の散るらむ"...「松川」、春の松川の味わいを堪能しよう!そのひと皿ひと皿は散りゆく花のように儚(はかな)くも美しい』


日本人だったら一度は耳にしたこともあろうこの和歌は、「土佐日記」の著者にして紀貫之(きのつらゆき)の従兄弟、さらには古今集選者にしてかつ三十六歌仙の1人にも数え上げられる紀友則(きのとものり)によって詠まれた和歌である。句意は大体以下のような感じだろうか...

 "こんなに陽の光がのどかに射している春の日に、なぜ桜の花は落ち着かなげに散っていってしまうのだろうか..."

...ようやく冬のこわばりから解放され、春のうららかな空気に安らぐわれわれののどかな気分など、どこ吹く風よといわんばかりに、目の前で花たちは屈託なくはらはらと散りさっていってしまう...そのさまを瞳はなすすべなく追いかけるよりほかなく、ただひたすら、常ならぬこの世のありようを生々しいまでの感触とともに受け入れるばかりである...

春の「松川」。この日本屈指の和食の名店の春のひと皿ひと皿を慈しむように堪能してゆくうちに、ふと頭に浮かんだのは、この小倉百人一首中の名句であった。この31文字の言葉の連なりの中で儚(はかな)げに散りゆく花びらたちは、まさに「松川」のひと皿ひと皿を表しているかのようだ...そう、「松川」で饗される料理は、落ち着きなく散りゆく花びらのように儚くも美しい...2015年4月4日(土)、春の「松川」で過ごした至福のひとときについて、以下できるだけ詳細にレポートしていきたいと思う。

2015年4月4日(土)10:42、東京メトロ日比谷線神谷町駅に降り立つ。本日の「松川」の予約は12:00だから、1時間ばかり早い到着になるわけだけれど、もうここ数日で桜の見頃も盛りを過ぎるに違いなかろうから、今年の見納めにと少しばかり早く家を出て、六本木アークヒルズの有名な桜のトンネルでも散策してから「松川」訪問を決め込もうと1時間前倒しの神谷町駅到着というわけだ。

大倉集古館を過ぎ、アメリカ大使館公邸脇の小道に入る。まずは「松川」をやり過ごし、アークヒルズへと向かう。アークヒルズ外周通り沿いに並ぶ150本のソメイヨシノはやはり壮観である。風が吹くたびに花びらたちが宙空に舞い上がる。道沿いにある欧風レストラン「RANDY(ランディー)」に入り、テラス席でしばし花見をしながらハーブティをいただく。今日は若干肌寒く、テラス席のそこここにストーブが設置してある。ストーブが発する熱気が空気を陽炎のように波打たせ、それにつられてその向こう側に見える桜の花たちもまたそぞろに揺らめいている。

予約10分前に「松川」へと歩を向ける。前回「松川」訪問は、2014年12月13日(土)だから、ほぼ4ヶ月ぶりの訪問になる。門戸を開けて中に入ると2人の中居さんが並んで立ってらっしゃるので、予約名を告げると満面の笑みでカウンター席にご案内していただく。カウンターの向こう側には松川忠由さんがいらっしゃる。数奇屋造りを思わせる店内には仄かにお香の香りが立ち込めている...ああ、「松川」に戻ってきた、との感慨を強くする。まずは、桜の花を散らした汲出しをいただいて心を落ち着けた後、エビスの小瓶を頼み、喉を潤す。最初に運ばれてきたのは、渡り蟹である。

1.渡り蟹に北カスピ海、カザフスタンの天然のベルーガのキャビアをあわせて、スダチを入れたお酢のゼリーとせり科の春野菜を添えて
渡り蟹の身と内子の上に、最高級の天然ベルーガ・キャビアがのった贅沢な一品である。松川さんから「北カスピ海、カザフスタンの天然のベルーガのキャビアです」とのご案内がある。まさに成熟した固体から採取された本物のベルーガ・キャビアである。一口にベルーガ・キャビアといっても、本物はカスピ海で乱獲されたそれではなく、カザフスタン・ウラル川を、産卵のため遡上するベルーガから採取されたそれにほかならない。

まずは、渡り蟹を一口いただくが、内子の旨みが凝縮され溢れんばかりの存在感をたたえている。この渡り蟹の風味を最高級のベルーガ・キャビアのねっとりと舌に絡みつくようなテクスチャが、絡(から)めとり、ひと粒ひと粒濃厚にして絶妙な塩味で押さえにかかる。これを、スダチを入れたお酢のゼリーが涼やかにまとめあげ、最後にせり科の春野菜がささやかに春の言祝(ことほ)ぎを添えてくる。水彩画のような淡い風景画ではなく、小品だけれど強いタッチで原風景を描いた作品、といったところであろうか。この逸品には、なにかどきりとさせられるものがある。

2.バチコの飯蒸(いいむ)し、そら豆を添えて
椀蓋を開けた際に立ち上る炙ったそら豆の風味がなんとも素晴らしい。早春の仄かな訪れを感じとれる逸品である。噛むほどに口中にあふれる滋味に目頭が熱くなる。軽く蒸したもち米が象牙のような輝きにみちている。珠玉の逸品とはこのようなお皿をいうのであろう。

ここで鄙願を冷酒でいただく。越後分水の銘酒。淡麗で、冷で飲むと極めて口当たりがよく、和食と合わせるに最適な銘酒である。

3.淡路島産鯛、右手の鯛の白子を添えて
「淡路島の鯛です。右手の白子に絡めて一緒にお召し上がりください」とのこと。明石、鳴門海峡で揉まれたその身はしまっており、独特の粘り、歯ごたえを感じる。鯛白子をくるんでいただくが、これがなんともクリーミーで旨い。

4.おこぜと湯葉のお椀、生姜の香り高く
椀蓋を開けた途端、ふわりと素晴らしい香りが鼻腔をくすぐる「すごいいい香りが立ち上ってきますね」と松川さんにお声がけすると、「それは、お生姜ですね」とのこと。おこぜは春の魚の代表格である。おこぜの器量の悪さはつとに知られるところである。どこに目があり鰓(えら)があるのかわからないような面相をしている。しかし、その味わいは絶品である、しゃりしゃりと音を立てるくらいのみっちりした筋肉からは、天平彫刻を思わせるようなしなやかで動的な味調が感じ取れる。その味調、三面六臂(さんめんろっぴ)の阿修羅像、といったところであろうか...

5.赤貝のお造り、初収穫の蕪を添えて
冬の「松川」でも饗された赤貝のお造りがガラスのお皿に盛り付けられて出てくる。聖護院蕪の上に赤貝の貝柱と身肉(みしし)があしらってある。一口いただくとシャリシャリとした階調が殊のほかここちよい。そして舞うような香り高さと甘味が感じ取れる。

6.ミル貝を軽く炙ったもの、中に白味噌を挟んで揚げた蕗の薹(ふきのとう)を添えて
また春のひと皿が饗される。まずはミル貝。潔い歯ざわりから口中に豊かに潮の甘味が広がる。少し炙ってあるのがその甘さをさらに引き立てている。貝類の中では、大変端正な味調のとれた貝、というのがわたしのミル貝に対する印象である。

そして、蕗の薹(ふきのとう)の天ぷら。やはり春を感じさせる代表格の一品であろう。蕗の薹の蕾のようなほろ苦さと白味噌とのマリアージュは絶品というほかない。また、お皿には、塩つけにした桜の葉が敷いてあって、この一品を薄紅(うすくれない)の仄かな優しい香りが包み込み続けているのがまたなんとも素晴らしい。

7.ぐじ、菜の花を散らしたお出汁に沈めて
春のお皿が続く。若狭ぐじ。ぐじとは、赤甘鯛のことで、"ぐじ"を名乗れるのは若狭湾でとれたもののみである。以前、ぐじは身が柔らかく繊細であるため、料理人の腕が問われる食材だと聞いたことがある。今回のこのお皿は、鱗の肌理細やかさを活かして身と鱗を一緒に焼き上げるいわゆる"若狭焼き"を採用したものだ。鱗は綺麗に焼き上げられており身もホクホク。「松川」の"若狭焼き"は格別である。そしてぐじのほかに絶品のお出汁の中には、菜の花が細かく刻んでふんだんに散らされており、視覚的にも早春を感じさせる仕上がりとなっている。

8.近江牛(メス)と京都洛西塚原産の筍の焼き物、花山椒を添えて
焼き物が饗される。松川さんいわく「近江牛です。メスです。去勢牛ではありませんよ」とのことである。食牛飼育の世界では、牛の身質の柔らかさを引き出すために雄の精巣を除去して肉質を軟らかくすることが行われることがある。それが"去勢牛"といわれるものだけれど、このひと皿の牛は、去勢牛のように人工的に加工したものではないため、脂が信じられないくらいに上品で、肉に旨味が感じられる。今自分が牛を食していることを失念するほどのその品格の高さに陶然とする。

そして京都洛西塚原産の筍。「美味しいですね、これは京都ですか?」と二番手さんにお聞きすると「ええ、塚原です。甘いですよね♪」とのことだ。柔らかく香ばしく、筍のほどけるような食感からあふれる春の調べに聞き耳をたてる...また、この一品、丹波産の花山椒が散らしてある。これが実は1年の内、春のほんの数日間だけ採ることのできる貴重品なのである。香り高く、その鮮烈な緑が目に美しく映える。

9.高知県徳谷トマト、ゼンマイを添えて
高知県徳谷トマト。これも高級品だ。約1kg弱(15個くらい)で8,000円はする高価なフルーツトマトである。これをポンと一口でいく。甘い。糖度が10%を超えるという、フルーツトマトの中でも抜けた甘味を蓄えるトマトの王様である。これにゼンマイの渋みが絶妙のアクセントになっている。

10.自家製蕎麦、山芋のすりおろしと四万十川の青海苔を添えて
お馴染みの「松川」お手製蕎麦である。上に降りかかっているのは、四万十川のアオノリである。これも高級品である。冬場、四万十川の川底から丹念に採取され、河川敷に縄を張って天日干しして作られる。その磯の香りの高さにまずは圧倒される。わかめや昆布の比ではない!お蕎麦は、極めて端正。非のつけ所がない。

11.炊合せ、京都洛西塚原産の筍とわかめと鮑のしゃぶしゃぶ
しゃぶしゃぶ鍋を載せた七輪が運ばれてくる。七輪の中には、熾火(おきび)となってオレンジ色に照り映える備長炭が見える。しゃぶしゃぶ鍋の中には筍が3つほど入っている。また、あわせて立派なわかめの上に3キレほどの鮑が載せられたお皿も運ばれてくる。これが素晴らしい。食材も一級品だけれども、これまでずっと感じてきたお出汁の素晴らしさに改めて陶然とする。

12.お食事
ここでお食事となる。いくら、からすみ、海苔、おじゃこをおかずにした「松川」お馴染みのお食事である。多分コシヒカリ系のこのお米が実に美味しい。ご飯は3杯おかわりし、いくら、からすみもおかわりをいただく。

13.水羊羹
最後に水羊羹とお抹茶で一通りとなる。
いやはや、またしても圧倒されてしまった...帰りに山椒の入ったおじゃこのおみやを持たせていただく...光のどけきこの春の日もまた、緩慢に時を刻みながら暮れゆくようだ。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2014年12月13日(土)記す

『限りなく瀟洒で繊細な...「松川」、冬の松川の味わいを堪能しよう!耳を澄まし、聞き耳を立てるように味わいのひと粒ひと粒を味蕾で受け止めれば、松川は間違いなく優しく微笑んでくれる』


「松川」は繊細である。すべてが詩的な繊細さに満ちている。それを感じ取るためには、まずは少しばかり気持ちを落ち着かせ、そこここに遍在する「松川」の調べともいうべきものに耳を澄ます必要があろう。そこにたゆたう世界観に向けて、ありったけ自己を押し広げ、そこで奏でられている空気の微細な波動と無媒介に合一すること...それが「松川」の詩的な繊細さを味わうにふさわしい振る舞いというものに違いない...あえて、こういい添えておこう、それは、「松川」の門戸をくぐって、仄かなお香の香りを感じとるところから始まっている、と...2014年12月13日(土)、日本屈指の和食割烹の名店で過ごしたひと時について、以下できる限り詳細にレポートしてみたい。

11:42、東京メトロ日比谷線神谷町駅に降り立つ。4B出口からホテルオークラ東京別館を左に見やりながら、大倉集古館を右手にやり過ごし、アメリカ大使館公邸と陽泉寺の間の路地を進むと、紅葉の向こう側に「松川」の瀟洒な揮毫が目に入る。扉を開けて中に入ると、和服姿の女将がにこやかに出迎えてくれる。予約名を告げると、カウンター席へのご案内となる。極力華美な装飾を排した簡潔な店内。数奇屋造りを思わせるしんとした空間に仄かに漂うお香の香り...ここは、ひとの内面を問われるような静謐な空間である。

まずは、ビールの小瓶をいただき、喉を潤していると、ご主人松川忠由さんが、「今日の蟹、越前蟹です」と大皿にのせた蟹をみせてくださる。

越前蟹(松葉蟹)のオス。福井県三国港水揚げの黄色いタグが眩しく光る。最高級品である。日本海ズワイガニの特徴の1つであるカニヒルの卵の黒い点々が、冬の日本海の珠玉の証となってひたすら艶やかな輝きを放っている。

1.間人(たいざ)香箱蟹(メス)
最初に出てきたのは、かの有名な間人蟹。といっても、先ほどお皿で見せていただいた越前蟹と何ら変わりはない。両方とも同じ松葉蟹である。ようは単に収穫場所が違うだけで、若狭湾間人港でとれた松葉蟹を間人蟹といい、福井でとれたものを越前蟹というだけの違いで、両方とも同じ松葉蟹である。ただ、この一品は、先ほど見せていただいたオスの足の長いものとは異なり、香箱の松葉蟹、つまりメスの松葉蟹である。

オスの松葉蟹と比べ、掌に収まるくらいの小ぶりな外見で、茶色の外子(そとこ)と呼ばれるツブツブの卵と味噌の部分である橙色の内子(うちこ)を持つ。これが、甲羅にお上品に収められて饗される。身肉の部分と外子と内子を少しずついただいてみるが、口中に濡れそぼるように淡く淡く蟹の風味が募っていくのが感じ取れる。音もなく雪の降り募るようなこの佇まいにしばし耳を澄ます。しかし一方で、しんとして毅然。まさにqueen crab...蟹の女王の風格で食するものを魅了する側面も併せ持つ逸品である。

香箱蟹...これはまさに日本海の香りを閉じ込めた宝石箱である。最初の一品からしたたかに打ちのめされる。

2.越前蟹(オス)の七輪網焼き
先ほど見せていただいた福井県三国港水揚げの越前蟹の足が七輪にのって登場する。お弟子さんが、殻から身を外して、お皿の上に盛り付けてくださる。と、いきなり濃厚な香り高い越前蟹の風味が、ふわりと鼻腔のあたりで舞を舞う。同じ松葉蟹とはいえ、調理法の違いでこれだけ異なる存在感を示すものかと驚嘆する。香箱は初時雨(はつしぐれ)のようなしめやかな佇まいを呈し、こちらは猛々しく自己主張してくるのだ。

一口口に含むが、驚くべきことに香り立つ力強さとは裏腹にどこまでも上品な味わいである。甘味の格調が、そのあたりのズワイガニとは明らかに一線を画しており、奥行深きその香りは絶品というほかない。

3.フグ白子と北海道の雲丹の柚釜、大根おろしのお出汁とともに
柚子。この"芳香"と表現してもよかろう格式高き香りはどうだろう。酸味清々しき中に針の先ほどの苦味が漂い、精神を安寧へと導いてくれるかのようだ。この柚の香りが、柚釡が饗された途端、一気に鼻腔を包み込む。そしてこの数奇屋造りのしんとした雰囲気に溶け込み、瞼を閉じれば、この数奇屋造りの空間ごと晩秋から冬の日本海に連れてこられたかのような錯覚を覚える。

琥珀色の雲丹のひとひらを取り上げ口に含むが、これがなんとも素晴らしい。その濃厚で、感情を内に秘めたようなどこまでも奥深い味わいに思わずため息がこぼれる。続けてフグの白子もいただいてみるが、白子で最も格調が高いのはフグのそれであることを改めて再認することになる。

4.フグ刺、湯引き皮、白子と和えて
フグの全てを味わい尽くさんとする一品である。まず、身。鞣し革(なめしがわ)のような張りつめた存在感は、柔軟な強靭さとでもいうべき存在感をたたえている。快い噛み心地の中に滲み出る甘美な味感が心地よい。湯引き皮はコリコリと心地よい食感に収まり、焼かれぬ生のままの白子は、加工を施されない生の存在感で改めてその調子の高さを主張してくる。

5.越前蟹(オス)の身肉と味噌だけで固め、蒸らしあげた一品
この一品も素晴らしいの一言につきるものであった。松川忠由さんが朴訥に「お椀です...中に入っているのはさっきの蟹の身と味噌を固めたものになります」と簡潔にご案内してくださる。お言葉のとおり、山芋のようなつなぎ(薯)は一切使われていない。純粋に蟹だけの真蒸である。昆布だしの素晴らしきお出汁に包まれながらいただく越前蟹の王者の風味は、またたまらないものがある。そしてこの一品にも柚の引き立てが、抜かりなく最後の点睛を添えている。

6.大分県産赤貝の造り
今が旬である。それにしても、かつてこのように素晴らしい赤貝を口にしたことがあったろうか...と思わずそんな風に過去をまさぐりたくなるような一品である。身はこれまで食べたことのないような肉感をたたえており、赤貝独特の、あのひとをドキドキさせるような澄み切った透徹感で圧倒してくる。

7.からすみ餅、大根の出汁とともに
極上のからすみの下に焼き餅が隠れている。丹念に丹念に時間をかけて干し上げられたからすみは、卵の粒度を感じさせないほど緻密な滑らかさをたたえている。そして、目を瞑って味わえば、天日に干され続けた陽光の馥郁(ふくいく)とした香りが、チューブから絞り出された絵の具を彷彿とさせる濃密さで口中にあふれかえる...そしてその周辺を、大根おろしのお出汁が粉雪のように舞い散る。

8.グジ(若狭湾でとれた甘鯛)の焼き物、グジを使ったお出汁とともに
これも宝石のような逸品であった。そもそも、甘鯛といっても、"グジ"を名乗れるのは、若狭湾であがったものに限られる。それを焼き物にした一品である。出汁もこのグジからとったお出汁である。そう、その意味でこれはいわばグジ三昧のお椀なのである。皮はパリリとしてどこまでも香ばしく、ほどなくそのなかから鯛独特の力強き香味が姿を現す。今が旬のグジの魚体の充実味を如実に感じさせる焼き物である。

9.新潟県産真鴨の焼き物、揚げた葱とチョウロギの焼いたものを添えて
箸をすっと入れると、まず揚げた葱の香ばしい風味が鼻腔に立ち昇る。そして鴨。米どころ新潟の米を食べて育った真鴨。さすがに素晴らしい。鴨肉特有の硬さなどいささかもなく、舌の上で鴨が肉の温もりを伝えてくる逸品である。

10.自然薯をのせた自家製そば、酢橘を絞って
酢橘の涼やかな酸味が横溢する中、コシのある自家製蕎麦をいただく。断言しよう、この蕎麦のテクスチャは完璧である。蕎麦の理想形の舌触りを実現していると、ここに独断的偏見をもって言い放ってみたい!

11.海老芋の炊合せ、柚をふりかけて
ここでも柚の登場である。海老芋は、絶妙な一点で炊き上げられており、ねっとりと舌に絡んだかと思うとすっと口中で蕩(とろ)ける。後からは柚が冬の風合いで炊合せを優しく包み込む。

12.お食事、いくら、からすみ、海苔、山椒が入った縮緬雑魚をお供に
コシヒカリ系の素晴らしいお米である。からすみ、焼き海苔、いくら、山椒を少量づつ振りかけながらいただけば、その旨さにだれでも4杯はお代わりしてしまうに違いない!(笑)

13.黒豆水ようかん
黒豆水ようかんで、「松川」さんのコースが一通りとなる。これが冬の「松川」である。素晴らしいの一言につきる。ここはおそらく玄人好みの和食割烹である。

いや、なんとも素晴らしかったです、と松川さんにお伝えすると、はにかみながら「いや、自分は全然ダメです...」と伏し目がちに呟かれる。この慎ましさがまた「松川」さんらしい。本日をもって、わたしはすっかり「松川」の虜になってしまった。

  • 【秋】信州産松茸と岩手県産松茸(2015.09.26)
  • 【秋】近江牛(メス)のステーキと割いた松茸、銀杏を添えて(2015.09.26)
  • 【秋】滋賀県安曇川(あどがわ)産子持ち鮎の塩焼き(2015.09.26)

もっと見る

6位

ペレグリーノ (広尾、恵比寿 / イタリアン)

13回

  • 夜の点数: 4.9

    • [ 料理・味 4.9
    • | サービス 4.9
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 昼の点数: 4.9

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 4.9
    • | CP 4.9
    • | 酒・ドリンク 4.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥60,000~¥79,999 ¥50,000~¥59,999

2021/12訪問 2022/01/29

crescendo(クレッシェンド)...「ペレグリーノ」、珠玉の一皿に向けて高まる音階

ペレグリーノはいつも素晴らしい。どんな一皿が出されようと、コースがどんな風に組み立てられようと毎回裏切られることがない。

その日仕入れた食材の状態を見てコースの主軸となるお皿を2部から1部に微妙にズラしてみたり、白トリュフを粉雪のようにまとわせて、コース全体に時節柄の薄化粧を施してみたり、まさに毎回多面体ともいうべき表情の豊かさによって食べ手を迎え入れてくれるのがペレグリーノの特徴であり、過去、そのもてなしが裏切られた試しがない。

しかし、2021年12月10日(金)のディナーは、その多面体ともいうべきペレグリーノのもてなしの中に、水脈のように力強く流れる"もてなしの幹"のようなものがあることを強く思わせてくれるようなディナーであった。

生ハムのお店として名高いこのイタリアレストランについてよく耳にする話に「生ハム以外のお皿のクオリティの高さ」というものがある。なるほど、確かに、コースの1部に組み入れられることの多い"白甘鯛の紀州備長炭炭火焼"やら"墨イカのポレンタ"、"神戸フィレ肉の炭火焼"などは、毎回頭が下がるくらい素晴らしい出来栄えなのだけれど、とにかくこの日は、"クラッテッロ ネロ"が出色の出来栄えで、コースの流れがこの宝石のような一皿をめがけて収斂していくような感覚を覚えたのだ。

まず、スライス前に調理台に載せられた"クラッテッロ ネロ"の肉塊がすでに凄みを放っていた。その色味の鮮やかさに思わず息を飲む。これはただ物ではないという緊張感が一気に押し寄せる。そして通常"クラッテッロ ネロ"は、最後に平焼きパンとあわせていただくのだけれど、この日はシェフの計らいで、アルバ産白トリュフにまとわせていただく"クラッテッロ ネロ"を最後の一皿にご用意いただいている。

これを最後に置くことによって、白トリュフコースの引き締まり方が全然違うし、また、ペレグリーノがクラテッロに照準を合わせているイタリアレストランであることを、言葉で説明するのではなく一皿の表現で示そうとされていることに深い感動を覚える。


以下、素晴らしかった昨年末のディナーの中身について、詳細に書き綴ってみたい。

◇第1部 季節の食材のコース
1.【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロート" 詰め物をした小さなラヴィオリ"カペレッティ"を浮かべて
水と軍鶏だけで一度も沸騰させることなく20時間以上煮だしたペレグリーノのスペシャリテである。うまみが強く澄んだ味わいである。

この日は、カペレッティの整形を目の前で見せていただけた。ぎりぎりを狙って調理の直前に打っていただいているのだ。小麦、卵、水とパスタ生地とはちょっと配合を変えているそうだ。ぎたろう軍鶏のもも肉と卵黄、アルバの白トリュフをふんだんに入れてある。香りと味を存分に愉しむ。

2.【旬の一皿】大間の黒鮪のクルード
"クルード"とはイタリア語で"生"という意味である。鮪は赤身の強い、少し酸味とも捉えられるような強い固体をと選択し、指定して仕入れたものだそうである。ちなみに鮪は、石司商店から仕入れた背上である。腹上一番のような脂が乗りまくったものではなく、血の香りを感じる最高に粋な鮪である。その中トロの部分を少し寝かせて、血の味を落ち着かせ、ほんの少量塩をかけて、そのあとにアルバの白トリュフをふんだんにかけて饗される。

見た目は豪華そのものだけれど、鮪の味わいの強さとのバランスに配慮して、白トリュフをふんだんにかけられている。

3.【前菜】北海道 熊石の 縞海老 を優しく繊細な調理、縮みほうれん草添え
縞海老を優しく繊細に調理したものに、群馬県産の縮みほうれん草を蒸し煮にして甘みを引き出したものが添えられている。群馬県の縮みほうれん草は、とにかく茎が美味しい。だからお皿の盛り付けは均等に茎がいくように配慮されている。お皿のソースは、ほうれん草の煮汁にほんの数滴、海老から出た焼き汁を加えたものである。上質な発酵バターの香りをほのかに感じながら、縞海老の繊細な味わいとほうれん草の甘みを愉しむ。

この縮みほうれん草は素晴らしかったが、本日のペレグリーノは、野菜がどれも素晴らしかった。この後饗されるジャガイモ、サツマイモ、ラディッキオロッソ、いずれも素晴らしかった。

4.【第一の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ
メニューには、「めん棒」と記載があるが、この日は少し湿度が高めなので、パスタマシンを使ってのばしますとシェフからご説明がある。この湿度で、めん棒でのばすとパスタに触れる時間が長くなってパスタにストレスがかかりすぎてしまうからとのことだ。

タリアテッレ。ピエモンテの良質な発酵バターとゆで汁を合わせたもの。ここにシンプルに白トリュフを添えてある。また、本日の白トリュフのタリアテッレには名古屋コーチンの温泉卵が添えてある。粉の風味を存分に愉しむ。卵とトリュフは非常に相性がよい。

5.【季節の特別料理】仏 ランド産 フォアグラ と 徳島産さつまいもの組合せ
ここまでが、白トリュフコースで白トリュフがかかる料理。後は(基本的に)素材の味を愉しむ料理となる。フォアグラのテリーヌとココットに入れて火を入れ続けてローストしたさつまいも。縦にナイフを入れて、フォアグラとさつまいもを合わせて愉しむ。

北イタリア ピエモンテの3大シャルドネとよばれる、アルドコンテルノという造り手のシャルドネ・ブッシアドール。アルコンとの相性が抜群であった。
徳島産さつまいも(さとむすめ)は、ペレグリーノでは定番の食材であるけれど、使う度に仕込みに工夫を加えているとのことだ。去年までは、アルミホイルで包んで芋をオーブンに入れて、何分かおきに上下入れ替えて焼いていたそうだけれど、今回は、芋をココット鍋に入れて、バーミキュラ(Vermicular:無水調理ができるホーロー鍋)で密封して、オーブンの中でじっくり火入れしたとのことである。密封度合いを上げることによって、さとむすめの香りがいつもより強く感じる。

フォアグラもかなり良い。フォアグラも近年良い状態で来るようになっているそうで、鴨から取り出して、すぐに紙に巻いて(トルセ)空輸されてくるそうで、フォアグラ自体のうまみを引き出しやすくなっているとのことだ。常識的には、フォアグラ処理は砂糖と塩とマデラ酒とかでマリネして、テリーヌにするのが伝統的な作り方だけれど、その処理をひとつひとつそぎ落としていき、最低限の塩と甘口の白ワインを入れるだけでフォアグラの旨さが引き立だせる素晴らしい状態のものとのことである。

6.【魚料理】愛媛宇和島より 白甘鯛 炭火焼と 伊産のカルチョーフィ・スピネのプラザート 北イタリア伝統のサルサヴェルデのアクセント
2週間くらい寝かせた白甘鯛。イタリアの鰯の魚醤(コラトゥーラ)の香りがふわりと心地よく漂う。ミディアムからミディアムレアの状態で火入れしている。合わせは、イタリア野菜のアーティチョークを、京都のフルーツトマトをドライトマトにしたものと一緒に煮込んだものである。北イタリア伝統のサルサヴェルデソースを添えてある。

これも申し分ない出来栄えである。ペレグリーノに来たら、この繊細な白身魚の一皿がどうしてもいただきたくなる。

7.【メイン料理】兵庫県 神戸ビーフ フィレ肉の紀州備長炭 炭火焼き 南イタリア産野菜 "プンタレッレ"のインサラータ
この神戸牛は、先ほどの鮪と似たような血の味がするような赤身のよいもの。ラディッキオをローストしたものと台湾の山の胡椒マーガオを添えたもの。苦味ほのかなラディッキオが一皿を引き締めていた。素晴らしいセコンドピアットの一皿であった。

◇第2部 手動ハムスライサーを使った肉加工品のコース
1.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ" :長期熟成の味わいを楽しむ :パルマの定番
30カ月以上熟成の"プロシュート・ディ・パルマ"でスタートとなる。まずは、手の甲においていただいたものをすぐにいただく。

2.ボローニャ特産 "モルタデッラ" :香りと余韻を楽しむ食べ方
まずは、岩手県遠野市の遠野4号というお米をモルタデッラで巻いて。
極上の生ハムの塩味を、日本米の暖かい甘みが優しく溶かしていく素晴らしい一品である。以前から、このお米は研いで使われているのではないかと気になっていたので、シェフに確認してみると、やはり研いでおられるとのお答えであった。イタリア米で洗わなくやったら、きっと野暮ったくなるからとのことだけれど、この見極めは決定的に正しいと思う。

通常のイタリアのリゾット製法で作ったいわゆるアルデンテのパスタを思わせるお米であったら、絶対に、この一品の真骨頂(食感はリゾットで、かつ優しい日本米の甘みが生ハムの塩味を溶かしこんでいく)は実現できないと思うからだ。


自家製のフォカッチャとモルタデッラの組合せ。フォカッチャは、本来はジャガイモが入っていないとフォカッチャとは呼べない。なので、ジャガイモに北海道の雪下で2年近く熟成した"インカの目覚め"を通常の2倍以上生地に練りこんでフォカッチャを作っている。

3.中部イタリアトスカーナのチンカセネーゼ黒豚の背脂、ラルド
イタリア野菜ウイキョウ(フィノッキオ)に載せて出していただく。ラルドの甘みからウイキョウの仄かな苦みが顔を出す加減が素晴らしかった。

4.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
パルマ産"プロシュート・ディ・パルマ"と揚げパイのトルタフリッタの組み合わせ。空気を包み込んだフリッタの薄さが引き立たせる小麦粉の香ばしい風味。そこにふわりと最高の生ハム。

5.ジベッロ村の"クラッテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
平焼きパン"チャバッタ"といただくけれど、まず深みがある。美しい。その美しさは、王侯貴族のような傲慢な揺るぎのない圧倒性を獲得しているように思う。舌に絡みつくようなテクスチャー。そして香り、少しミルキーさ感じさせるまろやかな香りの中に、はっきりとした熟成香を感じる。

そして最後に感動的な、クラテッロに白トリュフを包んで。良く咀嚼してこの高貴な組合せの余韻を愉しむ。


フィナーレ 季節の特別なデザート :長野 小布施の栗をふんだんに使った"モンテ ビアンコ"
"モンテ ビアンコ"とは、イタリア語で"モンブラン"の意味だけれど、いわゆるモンブランでイメージするお菓子とは少しイメージが異なる。長野の小布施の栗を9月の末に収穫したものを今時分まで低温の熟成度でじっくり寝かせることによってそれ自体の甘みを引き出したものとのご説明がある。

その栗を、店のオーブンで低温でじっくり5時間から6時間ローストしてそれを剥いて解したものとのことだ。塩も砂糖も入れていないけれど、栗を凝縮させた香りと味が感じられる。合わせているジェラートには、栗と相性がよいように、白トリュフを少し利かせて、白トリュフのジェラートにしている。

素晴らしいドルチェである。

これで、本日のコースは一通りとなる。どの料理も素晴らしかったけれど、本日は最後の"クラッテッロ ネロ"を照準を合わせ、まるで「クラテッロを出すためにやっている」と言わんばかりのペレグリーノの"もてなしの幹"をしっかりと感じ取れた素晴らしいディナーであった。シェフ、ありがとうございました!
「ペレグリーノ」のもてなし...そこには繊細で美しい水彩画を鑑賞しているような快感がある。ぜひ、その一皿一皿からこぼれる、吐息のような美しい響きに耳を澄ましていただきたい。余分な演出や、食べ手を混乱させるような味の足し算などとは縁遠い、純粋で繊細な世界が目の前に広がること請け合いである。

2021年8月12日(水)12:00。「ペレグリーノ」で過ごした素晴らしいひと時を書き綴っていきたい。


◇第1部 季節の食材のコース
1.【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロード"
水と塩だけで一度も沸騰させることなく、延べ20時間以上煮だして旨みを抽出したものである。饗する直前に、香りと味が飛ばないように極弱火で火を入れて、65度に差し掛かるところで火を止めて軽く塩を入れたもの。味わいが澄み切っている。毎回思うけれど、こんなに美しいブロードは「ペレグリーノ」以外に存在しない。

2.【イタリア料理】北海道島牧の縞海老とズッキーニのコンビネーション
縞海老に2種類のズッキーニを合わせてある。蒸気で蒸らした北海道の花ズッキーニに、花ズッキーニの軸を水と塩だけで優しく煮込んでピューレ状にしたもの(花の香りがするようなピューレ)を添え、さらにイタリアの今が旬のズッキーニトロンベッタという、カボチャの味に近いような凝縮感があるズッキーニをローストして添えてある。

縞海老が滅法良い。甘みも旨みも極めて上品である。そこにズッキーニの優しく繊細な味わいが寄り添う。

3.【夏の料理】新潟県かがやき農園のトウモロコシの冷たいスープ
ここで、穴子のローストと順番を入れ替えて、トウモロコシの冷たいスープが饗される。「ペレグリーノ」の夏のスペシャリテである。

トウモロコシと塩と水を合わせた液体を、熱伝導率の良い鍋で、強火ではなく(強火すると鍋肌の温度が乱暴な温度になってしまう)、弱火で約1時間かけてゆっくりと沸点まで持っていく。それをいったん落ち着かせた上でミキサーで回して、薄手のガーゼにくるんで、牛の乳を搾るように優しく濾して抽出したのがこのスープだ。

全く粘度がない。生涯でいただいたトウモロコシのスープの中でダントツに一番純粋で一番旨いスープである。


4.【前菜】穴子のロースト、京都綾部産 賀茂茄子添え
脂の乗った穴子の紀州備長炭のローストに、京都綾部産の賀茂茄子を皮付きのままじっくりとローストしたものを添えたもの。台湾の山胡椒マーガオが添えられてある。

穴子の皮目から漂う香ばしい香りを、マーガオのさわやかさが断ち切るのが心地よい。紀州備長炭で焼いた魚と野菜の香ばしさを愉しむ逸品である。

5.【季節の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ 熊本天草より赤うにのせ
ここで、(魚物が続いてしまうということで)また、順番を入れ替え、パスタを饗していただく。パスタマシンを使うと金気に風味を取られてしまうので、木の綿棒で延ばして調理する。その際、極力力を入れないで、余計なグルテンを発生させないようにしているとのこと。北イタリアのおばあちゃんの製法だ。

イタリアの軟質小麦は、小麦粉の精製の度合いで、00粉、0粉、1粉、2粉、全粒粉と5種類に分類されるが、ペレグリーノのパスタは、2粉を使われているそうだ。千葉県八街で作られているものだそうだ。精製しすぎていない、より小麦の香りを感じられるものとの工夫である。

タリアテッレ。粉の風味を存分に愉しむ。フォークで一巻きしたパスタを頬張ると、パスタを茹でる際、パスタにストレスを与えていないのがよくわかる。もちろん鍋の中を覗いたことなどないけれど、おそらくボコボコ沸騰しないくらいの温度、...おそらく90度~100度未満くらいの温度で丁寧に茹であげているに違いないと思う。

...このパスタのように、素材である小麦の甘みや香りに耳を澄ますようにしていただくのが、「ペレグリーノ」のお皿の特徴だ。だから、このレストランでの主役はあくまでも料理で、断じておしゃべりなどではない。...たまにお客さんの中には、まるで居酒屋に来たみたいに、世間話に花咲かせている方がいらっしゃるが、それはあまりにも残念な「ペレグリーノ」の過ごし方というほかない。


6.【魚料理】旨みの乗った魚、本日仕立て
日本海ののどぐろである。熟成させすぎていないのどぐろ。皮目主体で焼いて、中心はミディアムからウェルダンくらいで火を入れたしっかりとした身質を愉しむ逸品である。少し酸味を効かせたバジルのペーストと北海道で2年近く熟成させたインカの眼覚めを付け合わせてある。

「ペレグリーノ」の魚料理にのどぐろが選択されるのは、珍しいように思う。「ペレグリーノ」の魚料理は右に出るものがないくらいに素晴らしいが、いつも選択される魚は、白甘鯛や墨イカ、穴子、太刀魚など、天ぷら種になってもおかしくないような繊細な身質の魚が多い。本日ののどぐろという選択は新鮮な驚きを覚える。

7.【メイン料理】神戸ビーフ フィレ肉の紀州備長炭 炭火焼
メインで肉を使うこと自体、最近多くはなかったが、本日は丁度よい熟成加減でよい味が出ているものがあったのでビーフをメインに持ってきたとのこと。普段は、肉は個体を限定してもらっているわけではないそうだけれど、今回は生産者さんからたまたまどうしても素晴らしい味だからというご案内があったとのことだ。

それに添えてあるのは、先ほど北海道から届いた今が旬の五寸アスパラ。皮が柔らかく、甘みが強い。蓄えているアスパラの水分が野菜の甘みと瑞々しさを伝えてくる。詳しくは、RV末尾の【高橋シェフとの立ち話コーナー】をお読みいただきたい。

この一皿、とにかく神戸ビーフが素晴らしかった。「ペレグリーノ」で肉料理というと、マーガオが添えてあるイメージがあるけれど、この一皿にはマーガオが添えられていない。その意味が痛いほどわかる。マーガオは、焼き物の脂をさわやかに切ってくれる効果がある素晴らしい引き立て役なのだけれど、この一皿には、おそらくそれが邪魔になるくらい、神戸ビーフそのものが光り輝くように素晴らしかった。フィレ赤身といい、赤身に蓄えられた脂といい、そのバランスが文句がつけようがないくらい完璧であった。

後でシェフに伺ったところ、今日の神戸牛は、年に1回か2回しか入ってこない本物の神戸牛とのことだ!


◇第2部 手動生ハムスライサーを使った肉加工品のコース
1.サンダニエーレ産 "プロシュート"
:極く薄くスライスしそのままに
塩味が少なく純粋なプロシュートである。しかし、同じプロシュートの原木を使っても絶対に「ペレグリーノ」の味わいはだせない。それはまさに唯一無二の「ペレグリーノ」のカッティング技術に支えられているといってよい。

:特別な組み合わせ
これも「ペレグリーノ」の定番といってよい、遠野4号とプロシュートの組み合わせである。お米の熱で米にプロシュートが溶け、お米の甘みに肉の旨みが溶け合う加減が素晴らしい。

2.ボローニャ特産 "モルタデッラ"
:香りと余韻を楽しむ食べ方
今回は"モルタデッラ"と平焼きパンを合わせていただく。こちらも新鮮な驚きがあった。

3.パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
:長期熟成の味わいを楽しむ
36か月熟成の特別のもの。強い味わいだ。「ペレグリーノ」の生ハムショーは、クレッシェンド記号が書きつけられた楽譜のように次第に音階が高まっていく。

:パルマの定番
トルタフリットと合わせる定番だ。間違いない。スパークリングワインと合わせたら最高の逸品である。

ここで表記に書いていないトスカーナの白豚のグアンチャーレ(頬肉)とフェンネルを合わせた逸品を饗していただく。グアンチャーレを出すのは、本当に久しぶりとのことだ。

4.ジベッロ村の"クラテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
:ジベッロでの仕立て
年間日本に10本しか入ってこないパルマ黒豚の"クラテッロ ネロ"。その10本はすべて「ペレグリーノ」で抑えている。まさに「ペレグリーノ」でしか味わえない逸品である。

クラテッロは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、それを豚の膀胱に詰めてから吊るして熟成させる。そして熟成後、豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱を取る工程(「戻し」)を行う。このパルマ黒豚の"クラテッロ ネロ"は、特別で、その「戻し」に使うときのワインもバローロを使うのだ。

味わいといい、香りといい、王侯貴族のような優雅な逸品である。やはり、これが生ハムショーの最後を飾るに相応しい逸品である。


フィナーレ
出来立ての練りたてジェラート "ジェラート 自信の組み合わせ
ふんわりとした空気を含んだ仕上がりになっている。最高のジェラートの香りが口中に立ち籠める。添え物はあえて横においてある。初めはジェラート単体でいただき、最後にヘーゼルナッツを混ぜていただく。

これで本日の一通りとなる。...やはり、ここは特別なレストランである。

【高橋シェフとの立ち話コーナー】
神戸ビーフに添えられたアスパラガスが瑞々しく申し分なかったという話になった際、畑の野菜が生きるために蓄えた水分を、調理にあたってどこまで残すか(ニンニクなどのように、水分が残ったまま調理すると臭味になってしまうケースもある)、どういう匙加減で決めているんですか?と質問してみた。これにたいする高橋シェフのご回答が素晴らしかった。

「確かに、今日のアスパラでいうと、届いて最初に生で口にした段階で理想のモノが届いたという印象を持ちました。ただ、そこからが調理の始まりで、ペレグリーノにいらっしゃるお客様は、別に生のアスパラを待ち望んでいたのではなく、ペレグリーノを待ち望んでいたわけだから、あくまでもこの素材をペレグリーノのコースに組み込んだ場合を想定して、何にこのアスパラをあわせ一皿を構成し、だからこそアスパラにどのくらい水分を残して、瑞々しさを演出するかを頭の中でイメージしていくんです」とのこと。

これぞプロ!素晴らしい。決して教則本で伝えることのできない、この指先の繊細な技術が「ペレグリーノ」の唯一無二を支えているのだ。
それにしても、この茴香(ういきょう)のエキゾチックな甘い香りはどうだろう。そして、その茴香と滑らかなラルドを組み合わせて饗される一皿は傑作と呼ぶのが惜しいくらいの一皿であるのだけれど、何より感動的なのは、茴香という香草を、香りと旨みだけの蠱惑の塊にさりげなく仕立て上げてしまう高橋シェフの手際そのものにある。

茴香に限られないけれど、生きている香草や野菜は多くの水分を蓄えている。水分というのは生物が生きるために必要なものであるから、自然界に無駄なものは何ひとつないとも言えるけれど、料理においては食材が身内に蓄える水分は、不要なものである。なぜなら調理で食材が蓄えた水分を残してしまうと、それは臭味に直結してしまうからだ。逆に、料理人の確実な技術によって適切な水抜きを施した場合、野菜は新しい生を受け、輝くばかりの最高の素材となって一皿の上で再び躍動することになる。


プロの中のプロと呼ばれる料理人の仕事には、水抜きひとつを取っても、妙手が冴えわたっている。2021年6月2日(水)、日本の最高峰のレストラン「ペレグリーノ」で"加減の妙"を堪能したひとときについて以下書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【初めの料理】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
水と、身ごとまるごとの軍鶏だけで延べ24時間、1度も沸騰させることなく火入れして旨みを抽出したブロート。火入れ後は、丁寧に濾して一度温度を冷してから、もう一度小鍋にとって再び温める。そのときも強火を使ってしまうと味と香りが変わってしまうから、ごく弱火で65度を上回るところで火を止めて、フランスの塩を入れて味を整える。だから、そんなに熱々ではない。

この世で最も美しい"ブロート"である。いつも溜息しか出ない。

2.【前菜】牡丹海老の低温ロースト 花ズッキーニとズッキーニのピュレア添え
北海道の古平(ふるびら)の牡丹海老。牡丹海老はこのくらいの時期(6月)になると、あまり状態がよくなくなって、別の食材を使うことが多いそうだけれど、今年は、どういうわけか海老の状態が大変良いので本日は牡丹海老を使うことにしたとのこと。付け合わせには熊本の花ズッキーニの蒸し焼きを添えている。

また、それに合わせてローストした緑色の小さな輪切りのズッキーニが添えてある。また黄色いピューレ状のものも黄色いズッキーニで作ったものである。ズッキーニを香りがなくならないように弱火で火入れして、水分を飛ばして、ズッキーニの旨みを閉じ込めたピューレだ。ズッキーニの香りが存分に愉しめるソースである。

花ズッキーニの柔らかい味が包み込む、食べ応えのある大きな甘みのある海老である。前菜に相応しい、カドのないふくよかな一品である。

3.【魚料理1】太刀魚の炭火焼、加茂茄子
神奈川県横須賀の走水の太刀魚。シェフに思うところがあって、当初予定のオーブン焼きから、炭火に切り替えて、ミディアムレアの状態で仕上げていただく。付け合わせも、当初予定のアスパラソバージュから、京都の加茂茄子に変更にされている。加茂茄子は、身のしまった充実したものをオーブンで3時間強焼き上げたものである。

紀州備長炭炭火焼の太刀魚に、加茂茄子のオーブン焼きと北イタリア伝統のパセリが主体のサルサヴェルデが添えてある。丁度すり鉢で摺ったばかりで、パセリの香りが立っている。(ペレグリーノのサルサヴェルデは、ミキサーではなく、すり鉢で丁寧に摺って饗される。ひょっとするとここにも金氣臭さを嫌う高橋シェフの思いが宿っているのかもしれない)

炭火の通った太刀魚は香り立つ。舌の上でほどけながら、太刀魚もつ品の良い脂と身肉の香りが口中に広がる。サルサヴェルデのパセリの香りが香りのアクセントとなって、一皿を引き締めている。

4.【イタリア料理】カーチョーフィ・イン・ウーミド(アーティチョークの軽い煮込み)
アーティチョークは、普段は何かの付け合わせで出すことが多いが、この時期のアーティチョークは味が強いので、それを魚や肉に合わせようとすると合わなくなってしまう、なので思い切ってメインに持ってきたとシェフからご説明がある。

トマトの酸味との相性よく、アーティチョークの質朴だけれど強い味わいが感じ取れる。

5.【魚料理2】赤甘鯛の"アルフォルノ(オーブン焼き)"、アスパラソバージュ添え、"サルサ アチド"(酸味のソース)
四国愛媛の宇和島の赤甘鯛をローストしたもの。"アルフォルノ(オーブン焼き)"である。オーブン焼きとはいってもオーブンから何度か出しながら、断続的に火入れしているので、焼き目が付いたものではなく、丁度良い状態で火入れされたものだ。

それに旬のアスパラソバージュを付け合わせてある。"サルサ アチド"(酸味のソース)は、フランスのブールブランソースと同じ作り方で、白ワインとエシャロットを20分の1くらいまで煮詰めて、最後にバターを入れて乳化させている。自然派の白ワインを使っているので、茶褐色のソースになっている。

赤甘鯛のローストは、何とも豪奢な旨みの塊である。白身魚の王様といってよい高貴な香り高さを、程よい酸味のソースに絡めながら堪能する。

6.【第1の料理】めん棒でのばす手打ちパスタ 熊本天草より紫うにと共に
パスタの風味や甘みを生かすために綿棒でのばしていただく。ソースは、イタリア、ピエモンテの良質な発酵バターと、北イタリア、ベネトの良質なオリーブオイルを入れて、ほんの少しの塩を入れたものがソースとなっている。

パスタとソースを合わせた鍋を1回軽く仰いで、もうそれだけで終了。その上にミョウバンも塩水も使っていない、熊本天草産の殻から剥きたての紫うにをそっと乗せてある。

ペレグリーノのパスタの凄さとは何か。それは、"小麦の香り"と"小麦の臭さ"の違いを、シェフがはっきり理解していて、"小麦の臭さ"を料理から徹底して排除している点にある。

一般的に、パスタを茹でる際にぐりぐり混ぜて、煮汁に小麦のとろみをつけてソースにあわせて粘度を出す(世間的に「乳化」と言われるアレ)ということが行われるけれど、それは、単にパスタに、グルテンが発生した汁を纏わせているに過ぎない。そしてグルテンは、端的にいって小麦の嫌味である。つまり小麦臭さを体現するものだ。

ペレグリーノにおいては、そんなものをパスタに絶対に纏わせない。さっとシンプルなソースにパスタを纏わせて、パスタ本来の"小麦の香り"を愉しませるのだ。


この日も、このシンプルな一皿で手打ちパスタの"小麦の香り"を存分に愉しむ。

7.【第2の料理】ドイツ産ホワイトアスパラガスの紀州備長炭火焼き 長期熟成された伝統的なモデナ産バスサミコ添え
6月中旬までが旬のドイツのアスパラガス。これは、フランス産のものと味わいの出方が違って、キレイな甘みと旨みが感じられるもの、とのシェフからのご案内がある。

このアスパラをシンプルに紀州備長炭で炭火焼にしている。黒く焼けているけれど、これは決してネガティブな失敗ではない。

添えてある調味料は3つ。
 ・手前に良質なオリーブオイル
 ・スプーンに乗っているのが、25年熟成させたモデナ産のバルサミコ
 ・奥手には、塩とドレッシングを組み合あせたドレッシング
このまま、左から右にかけて、味が淡いものから強いものに推移していくのを愉しみながらいただく。最後、全てソースを合わせていただくと、より豊饒感が増して愉しい。

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにてスライスしてサーブする生ハムのバリエーションを順番に
8.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート"
1)先ずは極く薄くスライスしたものをフラットにそのままに
腿肉一本の塩漬け。これは生ハムの第2部スタートのお馴染みであるが、本日の"プロシュート"は抜きんでた旨さがある。おろしたてとのことで、腿肉の脂が、赤身の旨みを引き出す効果を発揮している。最良の熊肉の個体をいただいたときを思わせる素晴らしい品質である。これは新鮮な驚きがあった!

2)異素材と組み合わせてより魅力を引き出します
小さなココットで炊きあがったばかりのお米と"プロシュート"をお鮨のように巻いた一品。イタリア料理のリゾットのような感覚で味わえる一品だ。お米は遠野4号。昔から品種改良を施していないお米である。

炊き立てのお米が、最良の"プロシュート"脂に触れて融解して口中を満たす素晴らしさ!スゴイ。

9.ボローニャ産 "モルタデッラ"
3)香りと余韻を楽しむ食べ方をします
モルタデッラというのは、現地で比較的ぞんざいに扱われる傾向があるそうだけれど、これは化学調味料、添加物を全く使っていない純正の本物のモルタデッラで、現地でも丁寧に扱われ、一目置かれる逸品である。

いつもいつも、香りが本当に素晴らしい。

4)状態を変えて魅力を引き出します
熱々のお皿の上に載せて饗していただくごく薄いモルタデッラ。瞬時の香りの変化を愉しむ逸品である。3つ数えたうえで、すべてを横から小さいフォークで掬い取っていただく。心地よい香りがふわりと舞う。

10.トスカーナ チンタゼネーゼ黒豚 背脂 塩漬け生ハム "ラルド"
5)茴香(フェンネル)との組み合わせ
イタリア野菜はこの時期最強の濃密な香りと味わいの茴香(フェンネル)である。蕪の部分を串切りにしてオーブンでじっくりとローストしたもの。余分な水分や雑味がすっかり抜けていて、フェンネルの香りと味わいの塊と化している。冒頭に記したようにこの一皿は素晴らしい出来栄えであった。

6)自家製平焼きパン "チャパッタ"との組み合わせ
北海道の"春よ来い"という小麦を100%使って焼いた焼きたての"チャパッタ"。先ほどのパスタ同様、最高の小麦の自然の旨みと甘みを感じることができる。有機栽培をして作られた小麦である。

チンタゼネーゼ黒豚のラルドは、豚肉の脂だけれど、味わってみると思わず豚肉に存在しもしない"豚の白身"とでも呼びたくなるような旨みと甘みを備えた食材である。この滑らかな食材と焼きたての"チャパッタ"の合わせを愉しむ。北イタリア、ピエモンテの白ワインビネガーを振りかけてバランスが取られている。

11.パルマのランギラーノの山のふもとのフェリーノ村特産の"サラーメ・フェリーノ"
塩味が穏やか。キレイな味わいのサラミである。久しぶりにペレグリーノでサルミを愉しむ。

12.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
7)長期熟成の味わいを切り分けただけで
30か月熟成のもの。まずはそのままで。第2部が進むほどにどんどん生ハムが成熟してくる。薄い一片が重さを感じるほどに舌先に纏わりつく。

8)パルマでの組み合わせで
"トルタ・フリッタ"と合わせていただく。これは定番。わたしは、シェフのこの揚物"トルタ・フリッタ"が大好物だ。軽やかだけれど香ばしいものでこれ以上のものがあるだろうか!そこに熟成"プロシュート・ディ・パルマ"が纏わりつく。

13.イタリアの生ハムの王様 パルマ ジベッロ村の"クラテッロ ディ ジベッロ"
現地でも稀少なものである。"クラテッロ ネロ"。lこれは、生ハムの王者。"プロシュート・ディ・パルマ"を超える、酔いが回るような豪奢な旨みがあるのだ。その日、幸運にもメニューに乗っていたなら、追加料金を払ってでも絶対的に頼むべき逸品である!チャンスがあれば、ぜひご賞味いただきたい!

◇第3部 デザート
14.出来立ての練りたてジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
ふんわりとした空気を含んだ仕上がりになっている。最高のジェラートの香りが口中に立ち籠める。添え物はあえて横においてある。初めはジェラート単体でいただき、最後にヘーゼルナッツを混ぜていただく。

これで本日の一通りとなる。

赤甘鯛や生ハムといった高級食材も問答無用で素晴らしいが、それに加えてペレグリーノは、野菜や、小麦といった、一見凡庸な素材の旨さの引き出し方に、非凡なものがきらりと光る。このレストランは、食材を使って何かを派手に語ろうとするのではなく、何を語らずにおくかを知っている創造的な寡黙さが生きられているレストランだ。
ペレグリーノの食卓は物静かに進む。...まず、わたくしも含め、ほとんどの食べ手はもれなく、このレストランへの訪問がかなった悦びに胸膨らませて、一列に並んだ白い食卓に着席することになる。まるでダ・ヴィンチの晩餐に招かれた使徒たちのように...

そして戸外から持ち込んだ興奮を、ようやく胸元に呑み込んだくらいのタイミングで、至上のブロートが饗される。食卓の面々はまず、この一品に優しく慰められながら、胸元深く呑み込んだ興奮を徐々に解きほぐしていく。そしてその後は、選び抜かれたお魚とお肉の素晴らしい料理の連綿が続き、さらに2部において名高い生ハムの極上の連なりをシャワーのように浴び続けていくことになる...


この料理の組み立てと、料理と料理の間に差し込まれる高橋シェフの前のめり感のない料理の説明に耳朶を委ねていると、ついうっかり、ああ、ペレグリーノにやってきたという自堕落な安堵感にぬくぬくと居座りたい感覚が鎌首をもたげてくる。しかしでも、実際に饗される1品1品と正面から向き合ってみると、その安堵感に浸ることが、はしたなくも貧しい振る舞いであることがハッキリする。

というのも、仮に"自分が知っているペレグリーノ"なるものがあったとして、その傍らに、今こうしてライブで饗されているペレグリーノの1品1品を並べてみると、それが、自分が知っているペレグリーノ的なものにちっとも似てくれないからなのだ。

ブロートからはじまり、コース仕立ての第1部と生ハムメインの第2部の2部構成という大雑把な要約に対して、ライブで味わうペレグリーノは、そんな要約には収まりが付かない豊かな饗応の場としてひとのこころを震わせてくる。そしてそれがペレグリーノの最大の魅力である。では、それは具体的にどういうことなのか...

...たとえば、今、テーブルクロスの上に、茹で上げたばかりのシンプルなパスタと一杯のグラスワインが饗されているとする。

なまじ知識があると、これは、綿棒で延ばして、包丁を使って手動で切り分け、パスタと粉の風味を最大限に引き出したペレグリーノの定番パスタに違いないだろう...とすると本日これに合わせるワインもまた、かつて味わったことのあるあの芳醇なシャブリなるのだろうか...などとイメージを先行させた先読みをしてしまう。

しかしでも、実際にテーブルの上に置かれる本日のワインは、北イタリアのピエモンテのネッビオーロを使ったバローロ。しかも、バローロの中でも、ジュゼッペ・リナルディというピエモンテ地区を代表する名門の作り手のものだ。うむ。どうやらここまでの展開ですでに、さきほどの先読みが、自分勝手な勇み足であったことを受け入れざるを得ない状況に陥ってしまっているようだ...そしてさらにそれに追い打ちをかけるように、本日シェフは手切りではなくパスタマシンを使って、麺を切り分けている...果たしてこれはどういうことか。

そんな内心のざわつきと共に、いったん、この一皿のイメージを宙につったまま、高橋シェフの料理のご説明に耳を傾けつつ、饗されたパスタの一皿と、バルバレスコの一杯をゆっくりと味わっていく...と、次第次第に本日の趣向が雪が解けるように明らかになっていく。

...時節柄、本日のパスタは、芳醇な白トリュフを添えたものである。とすると、そもそも白トリュフ自体、香りが強い食材なので、そこにさらに手打ちでパスタの風味を立たせて、トリュフとパスタの良さがぶつかって、一皿の主張がぼやけることだけは避けたい。...であれば、今回のパスタは、手切りでパスタの凹凸を際立たせるのではなく、パスタマシンでさっぱり立体的に仕立てるのが正しいやり方だろう。では、これに合わせるワインはどうするか。

自己主張を抑え、さっぱりと仕上げた端正なパスタは、必然的にトリュフとパルミジャーノ・レッジャーノの存在感を際立たせるものになるだろうから、味わい、香りともに綺麗なシャブリを合わせるより、タンニンを感じさせるバルバレスコを太く合わせて、主張のある食材たちを、赤の深みのある滋味で懐深く受け止めてもら方が正しいやり方に違いない...

アルドコンテルノのシャブリは、確かに非常にリッチで活力がある。でも、なるほど、そう考えると、今日のパスタには、アルコンより、ときに"退廃した土"などと表現されることもある、石灰質感、粘土質感を感じさせるバローロを合わせる方が、白トリュフの強い存在感と似た者同士のような相性のよさを演じたててくれるに違いない...

こんなふうに、脳内に打ち寄せては引き、引いては打ち寄せる言葉たちのさざめきに耳を傾けながら、このパスタとバローロのマリアージュが演じたてる不意撃ちを、全身で受け止めるこの一瞬の躍動感がたまらない!それはまるで、ベースボールの好カードの息詰まる展開を、手に汗握って観戦している時に感じる高揚感にも似ているのだ!

...さて、「ペレグリーノ」というレストランがなぜ感動的なのか、と改めて自問してみる。

それは過去に口にしたはずのシンプルなパスタとワインの組み合わせが、目の前の料理を口にした途端、過去のイメージをするりとすり抜け、白トリュフとバローロが演じたてる石灰質と土くれとの、綺麗という表現ではとても収まりがつかない美しい組み合わせに姿を変えてしまっている、そのしなやかな変貌ぶりにこそある。そしてそこに無粋でくだくだしい説明はまったくないのもまた素晴らしいのだ。

...そもそも「ペレグリーノ」では、一皿に多くの食材を盛るということはない。また、見たこともない調理法を駆使したり、今まで扱ったことのない食材を果敢に取り入れて新規性を追求するという肩に力の入った姿勢もみられない。そういう意味でいうとペレグリーノが好む食材というのは、ある程度限られているといえなくもない。でも、季節とその日の湿度を見て扱う食材の産地を変えたり、食材の組み合わせや火入れや調理の匙加減を微妙に操って、毎回これまで見たことのない食卓の風景を、食べ手の目の前に見事な手際で繰り広げてくれる。それが、このペレグリーノというレストランの素晴らしさなのだ。

2020年12月19日(土)。本日は、そのペレグリーノ醍醐味に照明をあててレビューしてみたい。一見完成されているように見えるペレグリーノが、毎回豊かに不断の"再生"を生き続けていることにフォーカスして、以下出来るだけ丁寧にレビューを書き進めて見たいのだ。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【初めの料理】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
さあ、まずは冒頭で若干触れた1品目の珠玉のブロートだ。

澄み切ったブロート。水と身ごとまるごとの軍鶏だけを塩も入れずに、一度も沸騰させないで、延べ24時間火入れして旨みを抽出したものです、と冒頭にシェフからご説明がある。そして火入れのあと、スープを綿で優しく濾して、冷ましてから、もう一度土鍋にとって、優しく香りが飛ばないように火入れしているとのことだ。さらに今日は寒いのであえて80度まで温度を上げて、最後に少し塩を入れて味を整えて饗しているとのことである。

このブロートは、ペレグリーノの定番といってもよいくらいの一品だけれど、しかしでも、今しがたさらっとメモした、"長野県産伊那産ぎたろう軍鶏"や、"24時間"というキーワードは、実は毎回、ペレグリーノの工夫の坩堝の中で、流動的なキーワードなのである。

たったカップ一杯のブロートだけれど、食材と調理技術を、毎回細かく微調整して、安定ではなく"再生"を追求するシェフの指先の妙が冴え渡る逸品であるという意味で、これはペレグリーノの定番料理である。

...そして、ブロートを半分くらい飲み干したところで、シェフがブロートの中にトリュフをスライスしてくださる。糸を引くような鶏の美しい余韻を、トリュフの太い香りが包み込み、円柱形の小さなカップの薄い飲み口を色濃く太く縁どっていく。

2.【前菜】京都より 鱸の紀州備長炭火焼 根セロリのピュレアと共に
2週間寝かせた京都産の5.6kgの鱸。...しかしでも、シェフが炭火に当てている時点で漂ってくる鱸の力強い香りはどうだろう!はちきれんばかりにイキのよい鱸だ。

饗された一皿の鱸はミディアムレアな仕上げ。そしてお魚に寄り添うように青森県産のセロリを水と塩だけで柔らかく煮て、ピューレ状に滑らかにしたピュレアが添えられ、そこにイタリア産のラ・ロッカ ガエタオリーブがごろりと朴訥によりそっている。さらに、その奥手には、北イタリアのベネト産の良質なオリーブオイルが多めに添えてある。

ペレグリーノの魚料理は(この後の白甘鯛もそうだけれど)、とにかく素晴らしい。最上級のお鮨屋さんに匹敵するくらい、魚が香りのものであることを実感させてくれるのが、ペレグリーノの魚料理である。

3.【白トリュフを感じる料理】フランス産鴨フォアグラの"ティエピド" 徳島鳴門里浦町より"里むすめ"との組み合わせ、白トリュフと共に
ここで、イタリアの三大シャルドネ、アルドコンテルノのシャルドネ・ブッシアドール。

お料理の方は、ペレグリーノが移転前から作り続け、毎年少しずつマイナー・バージョンアップをかけ続けている一品。フランス産の鴨フォアグラのテリーヌ。フォアグラは、実に良質な香り高いフォアグラである。
そのフォアグラの下には、徳島県、鳴門市里浦町からの"里むすめ"を熱々にローストして、皮を剥いたものを載せている。いま徐々にフォアグラに芋の熱がじんわりと伝わっているところだ。

そして、上には、やや存在感がある厚さで大ぶりなスライスしたトリュフが3枚ほどのっている。

上からスッと小さいバターナイフで刃を入れて、フォークでトリュフ、フォアグラ、芋を包み込んでいただく。芋の熱が通ったフォアグラと、上に乗った白トリュフの食感を同時に愉しむ。トリュフは、薄く細かく削ったときの立ち騒ぐような華やぎは影をひそめ、静かでしっとりと湿り気を帯びた面持ちだ。フォアグラは塩だけで火入れしてテリーヌにしたもの。ピュアだけど、しっかりと味がある。

"里むすめ"の自然の甘さが包みこむこの湿り気を帯びた艶のある逸品を、シャブリの豊かなミネラル感で味わう至福...素晴らしい。

4.【魚料理】熊本天草より 白甘鯛、北海道産無農薬のポロ葱との組み合わせ
甘鯛は、レンゲですっと入るくらいの柔らかさである。そしてポロ葱。うん、この葱はかなり存在感がある。そしてフルーツトマトの酸味がアクセントになっている。葱の強い甘さと、"清澄"という言葉を汲み上げたような甘鯛の味わいのマリアージュを、聞き耳を澄ますようにゆっくりと愉しむ。

ポロ葱は塩と水でじっくりと炊いて、葱の甘さを引き出した後に、鍋に水分を足してあたためて、蒸気が出始めたあたりで、魚と合わせて葱の出汁で仕上げているそうだ。

これは旨味の塊のような逸品である。熊本天草で上がる甘鯛は脂がのっているので、最後にイタリアの白ワインビネガーを少し入れて、味を締めてバランスを取っているとのこと。まさに、九州は食材の宝庫だ。

5.【パスタ料理】手打ちパスタ "タリオリーニ" ピエモンテ アルバの白トリュフと共にシンプルな仕立てで
ここで、最前レビューした素晴らしいパスタが饗される。

6.【旬料理】鹿児島より網どりされた真鴨雌のブラーチェ(炙り焼き)、イタリア産アーティチョーク、北イタリア伝統のサルサヴェルデと共に
ここにも、本日のペレグリーノの工夫が冴えわたっている。今回は、生ハムのコース内容とのバランスを考え、肉料理は通常より1品多い組み立て(鴨ジビエと牛フィレ)となっている。(本日は珍しくクラテッロ・ジベッロの入荷がないとのことだ)

まずは最初の鴨の一品が饗される。鴨は鹿児島県産の網撮りされた雌の真鴨である。食材のレベルとしては一級品である。その炙り焼きにイタリア産のこの時期一番灰汁が少ないアーティチョークを、なにもマスキングせずにピュアに鍋で乾煎りしたものを合わせ、さらに北イタリア伝統のパセリベースのサルサヴェルデを添えている。

乾煎りしたアーティチョークはまるで茹でたての枝豆みたいにふくよかで香ばしい。そして、問題の真鴨のブラーチェだ。わたくしは鴨の炙り焼きで、ペレグリーノの右に出る店を知らない。ジューシーに仕上げる絶妙な火入れで、まるで飲み物のような艶やかさがあるのだけれど、本日の鴨の火入れは少し違う。

ジューシーさより、鴨の野趣あふれる鶏の主張の方が強いのだ。皮目にいつもより強く火入れすることによって、焔立つような鴨本来の存在感が押し寄せてくる。そしてそのジビエの野趣ともいうべき香りの周辺を、枝豆のようなアーティチョークの香りが立ち騒ぐ、そんな一皿である。

このジビエ本来の薫香を立たせた工夫がどんな意味を持っているか、次の牛フィレの炭火備長ん焼きをいただくことによって、明らかになる。

7.【肉料理】熊本和牛フィレ肉の紀州備長炭火焼き、宮城産 旬のイタリア野菜 ブンタレッレのインサラータ添え
熊本で育てられたA5ランクの黒毛和牛。赤牛ではない。どのくらい赤身の質が良いかを業者と細かく打ち合わせて仕入れたものとのことだ。紀州備長炭炭火焼き。付け合わせは、宮城県産イタリア野菜、プンタレッレのサラダ仕立て。

肉には特製のソースを焚きつけながら焼いているので、一皿に仕立てるにあたって別途ソースを添えることなく、代わりに少しだけのアクセントとして、台湾の先住民が山で昔から栽培している山の胡椒マーガオが皿に散らされている。

牛フィレは炭で燻された炭火焼独特の香りを纏っていて香ばしい。藁のコーティングではなく、あくまで炭である。火入れの際に、焼き台の狭間から真っ赤な炭にこぼれて、炭の表面で焼かれた香ばしい肉の脂の香りが、再び炭熱と共に上昇し、焼き台の上の牛フィレを包み込んで肉の薫香をさらに豊饒なものとする。これこそ炭火焼の醍醐味だ。

炭火でコーティングされた牛フィレ肉を一口頬張ると、牛フィレそのものの旨みと香りで口腔が溢れかえる。

先ほどの鴨、そしてこの牛フィレと、肉としての存在感を際立たせた今回の組み合わせの工夫が面白い。いつもより少し火入れを強くした鴨と、牛フィレの備長炭焼きと合わせることにより、鳥と牛という2種の肉のタイプの違いを愉しんでもらおうといういつものペレグリーノとは少し違った趣向である。まためぐり合う可能性があるとは断言できない、今日この日のペレグリーノの工夫(ファインプレー)に心が震える。

さぁ、ここから以下がお待ちかねの第2部である!

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションを順番に
8.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート" ※質感、食感、味わいの楽しみ
味が淡いものから順次濃いものを饗していくのがペレグリーノの生ハムコースのスタイルである。
最初は、味の繊細な"プロシュート"。22か月熟成のものになる。ペレグリーノでは若い部類に属するけれども、作り手が北イタリアのサンダニエーレ産の生ハムで、あんまり熟成に塩を使わないで仕上げているので、22か月と若くても、パルマのプロシュートと比較して柔らかい味わいのものになるとのご説明がある。

こちらを、3度にわけていただく。まず第1周目。こちらはごく薄く切ったものを、できるだけ熱を伝えないよう、手の甲で受け止めて、間を置かず即座に味わってもらうようシェフからご案内がある。一口でいただくと、雪のように淡く、くちどけがよくて、最後にハムの香りが舌先にほんの少し残って消える。美しい。

続いて第2周目。今度は、同じ薄さのものをちょっとに変化をつけていただく。一般的にオリーブオイル・テイスティングをするときは、手をお皿に見立て、少し手を揉んで掌に熱を持たせたところにオイルを1滴載せて、手にうっすらオイルを馴染ませてからテイスティングする。この2周目は、そのオリーブオイル・テイスティングの要領で、軽く熱を持たせた掌の方で生ハムを受け止めて、少し時間をおいてからいただく。先ほどと比較して、香りといい味わいといい、ハムそのものの存在感がずしりと豊かに花開いたように感じる。

この手の甲と掌と両方を使い分けた生ハムのいただき方にも、ペレグリーノの工夫がある。手の甲で受け止めた方は、生ハムの純粋な風味を損なわないよう、手の熱を伝えない工夫が感じられるし、掌で受け止めた方は、まるでおにぎりみたいに、たなごごろのやさしさを生ハムに通わせる工夫が感じられる。

最後には、小さなココットで炊きあがったばかりのお米と"プロシュート"をお鮨のように巻いた一品。お米は、今、火から外したばかりで蒸らしもなにもしていない。だから、外側は少し粘り気があって、中心はまだ歯ごたえを感じるような仕上がりになっている。イタリア料理のリゾットのような感覚で味わえる一品だ。お米は遠野4号。昔から品種改良を施していないお米である。

米自体の旨さ、そしてしっとりとしたリゾット感を、"プロシュート"が極上の質感と香りで包み込む。この3回の工夫によって、たったひとつの"プロシュート"が、クレッシェンドのような音階の高まりを見せながら食べ手を包み込んでいくのだ。

9.ボローニャ特産 "モルタデッラ"
ペレグリーノの"モルタデッラ"は絶品である。旨みが詰まっていて素晴らしい。化学調味料が一切入っていないのも特徴だ。ソーセージの最高峰といってもよいこの逸品を掌でいただく。これにはランブルスコ!といいたいところだけれど、昨今なかなかいいものが入らないそうだ。でもやはり"モルタデッラ"に相性のよい良質な美発砲のワインをあわせていただく。

続いては、トリュフを"モルタデッラ"で巻き込んだものがサーブされる。一口で口に含むと、"モルタデッラ"の最上のソーセージの香りの後を追いかけるようにして、トリュフの香りが追いかけてくる。本日のトリュフは圧倒的に香りが強い。

10.トスカーナ産の チンタセネーゼ黒豚の"ラルド"
黒豚の脂身であるけれど、こんなに美しい脂身をいただけるのはペレグリーノだけである。脂というより、白身のような透明感と味わいの奥行きがあるのだ。

11.トスカーナ コロンターナ村の 豚頬肉の生ハム "グアンチャーレ" ※リグーリアでの定義に基づいて作られた、フォカッチャに乗せて
2種類の"グアンチャーレ"のフォカッチャのせ。
フォカッチャはリグーリアでの定義に基づいて作られた、焼きあがったばかりの自家製フォカッチャだ。ペレグリーノでは、インカの眼覚めをふんだんに練りこんだ甘みの立ったフォカッチャを作る。ここに2種類の"グアンチャーレ"をあわせていただく。

ひとつは、脂と赤身が夾雑した、また先ほどの"ラルド"と違った食感・脂の溶け具合の"グアンチャーレ"。少し茜射す美しい"グアンチャーレ"だ。仄かに豚の赤身を感じさせる一品である。

もうひとつは、中部イタリアトスカーナの白豚の頬肉の生ハムの"グアンチャーレ"。これはとろけるように自家製フォカッチャの香ばしさととまぐわう。

12.エミリアロマーニャ パルマ産"プロシュート・ディ・パルマ"※パルマでの組み合わせで
36か月熟成のプロシュート・ディ・パルマと揚げパイのトルタフリッタの組み合わせ。空気を包み込んだフリッタの薄さが引き立たせる小麦粉の香ばしい風味。そこにふわりと最高の生ハム。

13.フィナーレ 出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ" 秋の特選の組み合わせで
白いジェラートの山の上にふんだんに栗を組み合わせたモンテ・ビアンコ。モンテ・ビアンコ=モンブランはもともと白い山という意味。9月末に収穫した栗を長野小布施で低温の熟成庫で1か月以上寝かせて糖度をましたものをオーブンでじっくり3時間火入れして、自然の栗の旨みだけをだしたもの。砂糖は一切加えていない。

栗をたっぷりとのせている。栗の風味が素晴らしい。ペレグリーノのドルチェは一級品である。

これで本日は一通りとなる。...これがペレグリーノの食卓の風景である。少し長いレビューになってしまったけれど、もし仮にほんの少しでもこのレストランの素晴らしさがお伝えできたなら幸いである。大げさでもなんでもなく、このレストランのレビューを書かせていただくことはわたくしの生きることの悦びのひとつであるのだから。
毎回襟を正して身構えていっても、実際卓について料理を口にした途端、あっという間に武装を解かれ、至福の時空へと連れて行かれてしまう珠玉のレストランというものが存在する。

わたしにとって、それが「ペレグリーノ」である。「ペレグリーノ」で過ごすひととき。...それは、幾重もの手間ひまからこぼれ落ちた最高の食材の旨味を、数時間かけてゆったりと受け入れる実に優雅な時間なのだ。


2020年7月14日(火)12:00。素晴らしかった初の"昼ペレ"の体験について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.【ちいさな一品】長野県産伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出した "ブロート"
長野県産の"ぎたろう軍鶏"という旨みの強い軍鶏。水と軍鶏だけで、一度も沸騰させることなく30時間以上煮た、澄んだ味わいのスープだ。こちらを、味と香りが壊れない60度に保って丁寧に饗していただく

...美味しい。ふわりと鼻先に良質な香りが漂ったかと思うと、スープが岩に沁み入る清水のように、すーっと喉元から胃の腑へと落ちていく。一片のササクレもない美しい逸品だ。

2.【メニューにない素敵な逸品】北海道の噴火湾で定置網で獲れた生の鮪
生の鮪。ぽつんと添えられているソースは北イタリア伝統のパセリを主体として酸味を効かせた"サルサヴェルデ"。ソースはほんの少量だけ添えられ、鮪の甘みの強い部分を引き立たせる工夫がなされている

もうひとつの分厚めの切りつけは、"かま"と"トロ"の間の身のしまった部位。これは、ソースをつけずにそのままいただく。
この小さな一片(ひとひら)で、赤身と脂が、手を取りあって鮪の旨味を謳いあげている

...ちなみに「ペレグリーノ」のカトラリー(対象はスプーンとフォーク)は、すべて琺瑯(ほうろう)の誂えとなっている。金物ではなく、琺瑯(焼き物)を使うことで、食材の味や風味に微細な金気臭が移ることがないようにとの配慮である。

3.【季節の前菜】長崎壱岐の赤うに、自家製のライ麦パンとの組み合わせ
焼きあがったばかりのライ麦パン。赤うには、メニュー表記は"長崎壱岐"となっているが、今朝の仕込みのときの目利きで、より旨みが強い"佐賀唐津"のものに差し替えられている。嬉しい配慮だ。

赤うには、茜射す夕陽の色調を帯びていて、こってりと濃厚な味わいがある。そしてその後味は、消え入りそうな渋みがいつまでも舌に残る最高級品である。こういうものに触れると、海苔など余計なものと合わせてしまう愚をひしひしと感じる。

4.【季節の料理】福井より 黒鮑のロースト、鮑の肝とネッビオーロのピュレア、バジリコ風味
福井県の黒鮑。肉厚のものを選んでいるけれど、かまぼこのような蒸した歯切れのよい食感はない。限りなく生に近いものをフライパンでシンプルにバターでソテーしたものである。

噛み締めるたびに、濃縮した牛乳を、潮の香りで包み込んだような風味が口中に広がる。肝の滋味との相性は抜群である。そこにイタリア産のズッキーニと小さなバジルがアクセントとして添えられている。

5.【イタリア料理】愛媛宇和島より脂の乗った白甘鯛の紀州備長炭火焼き イタリア産カルチョーフィのブラッザート添え
ミディアムの火入れ。香りが高く旨味がパチッと決まっている。この料理も見事なまでに無駄な付け足しがないまさに、ここしかないという着地点で繊細に震えるような感度を食べ手に伝えてくる高橋シェフの白身魚の凄さは常に進化を続けている

6.【野菜料理】京都産赤万願寺とうがらしのペペロナータ、北海道産のフレッシュリコッタと共に
ここで、メニューの入れ替えがある。メニュー上、次はパスタの順番なのだけれど、その後にラインアップされている野菜料理と順番が入れ替えられる

...「ペレグリーノ」にお伺いすると、毎回、シェフにワインペアリングをお願いするのだけれど、時に、ライブならではの意想外の偏差が生まれることがある...

饗されるワインの進み具合によって料理の相性との間に微妙な誤差が生まれ、メニューのラインナップに微妙な揺さぶりがかかるというわけだ。

これは、まるでジャズ・セッションみたいに、音が微妙にずれて、いつしか計算されていない即興プレーに入り込んでいく躍動感にも似ている。これも「ペレグリーノ」の醍醐味のひとつだ

...この日、この6品目を饗するタイミングで饗されたのは、バルバレスコ。ブドウ品種は、バローロと同じネッビオーロであるけれど、バローロが丸みがあるのに対して、バルバレスコはとてもエレガントこれは、パスタよりも野菜料理の方が相性がよいということで、素早くメニューを入れ替えたというわけだ

この野菜料理は、きわめてシンプルな料理。11月くらいまでが旬の京都産の完熟した赤万願寺唐辛子。色鮮やかである。苦みも辛味もない。これを、極低温のオーブンで、焼きの香りが付かないように細心の注意を払って1時間強焼き上げる

赤万願寺唐辛子そのものの旨みを出そうとする「ペレグリーノ」の工夫である。これに、北海道のフレッシュリコッタと少量のフランスの塩をシンプルに合わせている

赤万願寺唐辛子は優しく甘い。これにフレッシュリコッタの獲れたてのような瑞々しさが、一皿を驚くほどさわやかにまとめ上げる。バルバレスコのエレガントさと相俟って、的確なメニューの入れ替えに改めて舌を巻く

7.【パスタ料理】手打ちのパスタ ごくシンプルなブッロ・エ・パルミジャーノ和え
...今回、この一品がとにかく凄かった!

一言でいうと、パスタの原点ともいうべき逸品である手打ちのパスタに、発酵バターと、パルミジャーノ・レッジャーノをあわせただけのシンプルなパスタである。これを琺瑯のフォークとスプーンでいただく。

まず、手打ちならではのパスタの凸凹感がよい。舌触りがざらっとした向こう側に小麦の香りが的確に感じ取れる。そしてそこに濃密なパルミジャーノ・レッジャーノが絡みつき、あわせて高い香りを放ちながら、陽の光みたいな陽気な発酵バターが、パスタとパルミジャーノのマリアージュを誉めそやすように口中に溶けるのだ

...ひょっとすると、お読みいただいている方の中には、あの"カルボナーラ"や"アマトリチャーナ"の原型として名高い"カーチョエ・ペペ"を想像される方もおられるかと思う。でも、この「ペレグリーノ」のパスタはまったく別物だとお断りしたい。"カーチョエ・ペペ"は、トンナレッリ(四角いロングパスタ)にチーズを合わせて、黒コショウをふんだんに振りかけていただくラツィオ州の名高いパスタである。

チーズとパスタでシンプルに仕上げられているという点では、この「ペレグリーノ」のパスタと共通点はあるけれど、まずそもそも使われているチーズが異なる。"カーチョエ・ペペ"が、羊乳を原料とした、やや塩辛さの立ったペコリーノ・ロマーノを使用するのに対して、「ペレグリーノ」で使われるチーズは、バランスの良いパルミジャーノ・レッジャーノである。

それに何よりも異なるのが、黒コショウの有無である。"カーチョエ・ペペ"の名前の"ぺぺ"(pepe)=胡椒に示されるように、"カーチョエ・ペペ"には胡椒が必須である。濃密なチーズの味わいと、エッジの効いた香辛料の力強い風味を混然とさせるのが、"カーチョエ・ペペ"のパスタの特徴である。塩味と小粒なパンチのある胡椒の刺激を際立たせたパスタが"カーチョエ・ペペ"の特徴なのである。

これに対して「ペレグリーノ」のこのパスタは、塩味や香辛料のような夾雑物の混在を一切拒んで、パスタの旨味とチーズの旨みを純粋に追求したものになっている"カーチョエ・ペペ"と「ペレグリーノ」の手打ちパスタとは、そもそも向かおうとしている目的地が異なる。...わたしは、個人的にこの「ペレグリーノ」の手打ちパスタを"カーチョエ・ペレ"と呼びたい!

そして、併せて強調しておきたいのが、手打ちパスタに合わせていていただいたワインの素晴らさである。合わせていただいたのは、北イタリア ピエモンテの3大シャルドネとよばれる、アルドコンテルノという造り手のシャルドネ・ブッシアドール

白ワインであるが、非常にリッチで活力がある。ひとくちいただくと非常に太い存在感がドンとくる。そして、その後、長い余韻がどこまでもずっと続いていく雑味を削りとったシンプルなチーズのパスタに、このワインのマリアージュを想像していただきたい!このマリアージュは、食べ手を至極の境地に誘ってくれる

こういうワインと料理の至極のマリアージュと出会うと、お酒が飲めない人が本当にかわいそうだと思ってしまう。

...ところで、これまで「ペレグリーノ」では、パスタはパスタマシーンを使って作っていた。これをこの6月からシェフの工夫で手打ちに切り替えたとのこと。パスタマシーンを使えば、金属で衣と味が失われると思い、このコロナ禍の2か月間(4月、5月)のお休みの期間を利用して、試作を繰り返されたそうだ。

「よっぽどのことがなければ、うちの店ではこれを出し続ける」とシェフはおっしゃていたが、その自信のほどを圧倒的に感じさせる驚きの手打ちパスタであった

...この手打ちパスタから受けた感動を他のものに例えることができるだろうかと、しばし自分の過去の経験をまさぐってみる。...第1感で脳裏にふっと浮かんでくるのは、とある一匹の可憐な鮎である。

この日本には"金鮎"と呼ばれる至宝の鮎が生息している。これは、青森で獲れる市場に出回らない鮎で、尽きることのない白神山地の原生林の水脈が育む美しい苔を一年中食んで育つ鮎である。この鮎は、太古の昔から生息し、現在の日本の鮎の原型といわれている。

見た目も通常の鮎のようにゴツゴツしておらず瀟洒で美しい。そしてひとたびそれを炭焼きにして食べれば一抹の雑味もなく、柔らかな身質から万華鏡のような緻密さで口中に鮎の旨み全てが口中に溢れ出すのだ。

鮎の原初体験。それを感じさせてくれる点で、非常に感動的な鮎なのだけれど、今回の「ペレグリーノ」の手打ちパスタは、わたしにとって、この太古の鮎から受けた感動と極めて似た感動を与えてくれたことを言い添えておきたい

...冬場、この手打ちパスタに白トリュフがかかったものも是非ともいただいてみたい!

8.【メイン料理】静岡御前崎から 羽太(ハタ) 伊産サマーポルチーニ茸のローストと共に
素晴らしい火入れである。塩加減といい絶妙である。

ポルチーニというと秋のイメージがあるけれど、このサマーポルチーニは飛び切り素晴らしかった。香も高き王者の風格を備えた秋のポルチーニと少し趣が違うけれど、若武者のような瑞々しく峻烈な存在感にひとしきり好感を持てた

...この1週間後、美樹さんのレストランにもお伺いしたけれど、美樹さんも、今年今時期のポルチーニを絶賛されていた!

さぁ、ここから以下がお待ちかねの第2部である!

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションを順番に
9.まずは第2部の幕あけに最適なお楽しみの一品を用意
まず1品目に、新潟県の"カガヤキ農園"の新鮮なトウモロコシを水と塩だけでスープにした冷静スープが饗される。

ひと匙いただく。...うん。言ってみれば、これは第1部冒頭の"ぎたろう軍鶏のブロート"と双生児の姉妹のように似ている一品である。

...無論、似ているといっても、素材や味が似ているわけではない。使われている食材は全く異なる。でも、この2品の料理には同じ血液が流れていることが最初の一口をいただいただけで伝わってくるという点で、双生児の姉妹みたいな印象を受けるのだ。

トウモロコシを水で煮出したスープを、金属の網で濾すと、金気臭さが移ってしまうので、ネルドリップみたいに綿の布袋で丁寧に濾している。雑味を徹底して取り除いて抽出した逸品なので、高橋シェフの"手間は足し算、味は引き算の哲学"が冴えわたっているという点で、"ぎたろう軍鶏のブロート"と双生児の姉妹のように似ているのだ

そして、ひと口いただいたときに感じる素晴らしい甘さ。これ以上の甘さはないのではないかという甘さである

10.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート" ※質感、食感、味わいの楽しみ
シェフから、掌ではなく、手の甲で受け止めることをお薦めいただく。よく和食の料理人などが、味見をする際に手の甲で受け止めるシーンを見かけるけれど、それにはちゃんとした理屈がある。掌は汗の線があるので、微妙に味が変わるというのがその理由だ。

「ペレグリーノ」でも、より純な生ハムの味わいを味わってほしいという想いから、手の甲で受け止める方式に切り替えたとのことである。こういう細部の配慮が高橋シェフならはの工夫である

"プロシュート"は旨い。生ハムの程よく脂の乗った滑らかな艶めかしさと香り。これが"プロシュート"の醍醐味である

手の甲でいただいた後に、今度は炊き上げたお米を"プロシュート"でくるっとくるんだ「ペレグリーノ」の"握り"を饗していただく。
これが凄かった!このメニューは、以前から「ペレグリーノ」のスペシャリテであるけれど、今日のものは以前のものと全く違う印象を受けた

お米はこれまでと同様に、岩手県遠野市の遠野4号というお米。ただし炊き加減が今回は違った。これまでのものは、どちらかというと、柔らかいリゾットっぽい仕上げになっていたが、今日のものは、しっかり目の炊き上げで、一粒一粒のお米からしっかりとお米の旨みが感じ取れる一品に仕上がっていた。これには新鮮な驚きがあった

11.ボローニャ産 "モルタデッラ" ※温度の違いを味わって
世界最高に繊細な味わいのソーセージである。化学調味料が一切使われていない。香りを愉しむ逸品である。これを、手の甲と温かいお皿で熱を入れたものと比較していただく。

手の甲でいただいたものは、若々しい鮮度で迫ってくるのに対して、熱を通したお皿のものは、脂質が赤身に程よく溶けた妖艶な存在感と、世界最高のソーセージの香りで食べ手に迫ってくる

12.トスカーナ シエナ産 チンタセネーゼ黒豚背脂の生ハム "ラルド" ※濃密な味わいの季節の野菜と共に
季節の野菜には、夏野菜の茄子が使われている。「ペレグリーノ」を訪問された方はお分かりいただけると思うけれど、ここは年間を通して、野菜や果物と生ハムの合わせが秀逸である。(秋口のペルシューと完熟イチジクの合わせなど最強である!)

これも茄子の力強い瑞々しさと、"ラルド"の香りが最高のマリアージュを演じたてる

13.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ" ※パルマでの組み合わせで
熟成加減が深い"プロシュート・ディ・パルマ"が饗される。ここに合わせるのが、太白胡麻油で揚げたトルタフリッタである。この組み合わせは罪なほどに旨い!「ペレグリーノ」の生ハムの饗宴は、徐々に味わいが深く濃密になっていくのが醍醐味である

14.パルマ ジベッロ村特産 イタリアの生ハムの王様 "クラテッロ ディ ジベッロ" ※極少量生産の パルマ黒豚 で造られたvery special versionでのご用意
...ここで高橋シェフに、本当に感謝をしないといけないことがある。"クラテッロ ディ ジベッロ"のパルマ黒豚というのは、年間に何本も入ってこない稀少品なのである。過去の訪問を振り返ってみたら、ここ5回くらいは全て"クラテッロ ディ ジベッロ"はパルマ黒豚"でご提供いただいているのだ!シェフ、本当に本当にありがとうござます!

本日の"クラテッロ ディ ジベッロ"も最強であった

"クラテッロ ディ ジベッロ"は、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、豚の膀胱に詰めて吊るして作る。クラテッロ地方は湿地帯で湿り気の多い土地のため、豚の膀胱の外側にカビを繁殖させ、菌をまとわせて中に影響が及ばないように熟成させるのだ。

そして、戻す際には、黒豚のもののみ、バローロを使って戻すこだわりようだ。

毎回、平焼きパン"チャバッタ"といただくけれど、まず深みがある。美しい。その美しさは、王侯貴族のような傲慢な揺るぎのない圧倒性を獲得しているように思う

15.フィナーレ 出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ" 最適な組み合わせで
最後に、「ペレグリーノ」の最強のジェラートで締めて一通りとなる

...毎回「ペレグリーノ」は凄い。でも、今回は"禍"でお休みされていた分の迫力のようなものを感じた。そしてなにより凄いのは、高橋シェフの、今日より明日をよりよいものにするための細かい工夫が随所に抜かりなく張り巡らされている点なのだ。

物静かな人ととなりとは異なり、高橋シェフは、間違いなく"運動"のひとであり、日本最高の料理人であることを確信した昼のひと時であった

「ペレグリーノ」。...ここは、"味は引き算、手間は足し算"の創造性が、寡黙に美しく結晶された稀少なレストランである。普通の感覚であれば、調理の過程で安易に味を足していってしまうところを、味の足し算を頑なに禁じて、その代わり、気の遠くなるような手間をかさねながら、素材のここしかないという一点にまで旨味を引き出して、そっと優しく提供される一皿一皿。

..."ぎたろう軍鶏のブロート"にしても、"穴子と白アスパラガスのロースト"にしても、"鴨胸肉の紀州備長炭焼"にしても、そして名高い生ハムの連なりにしても、すべての料理が、純白な皿の上で繊細に震えている。


2020年2月28日(金)。「素晴らしい」という評価が追い付かないことに、いつも苛立ちを覚える「ペレグリーノ」体験について、以下詳細に書き綴っていきたい。

◇第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース

1.【初めのおつまみ】エミリアロマーニャで日常的に食べられる ニョッコ・アルフォルノ
シェフの修行先のエミリアロマーニャ州で日常的に食べられるおつまみ。パンの中に伝統的なハムを練りこんで作るが、本日は、ラルド(背脂の肉)とプロシュート・デ・パルマを使って、自家製の天然酵母とともに発酵させて作ったものとのことである。ニョッコは、開店直前で焼き上げて、少し温めたものだ。

柔らかい香りがあって、空腹に沁みる。

2.【ちいさな前菜】長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと一羽煮出したブロート
旨味の強い軍鶏を、身ごとまるごと一羽煮出してつくった澄んだ味わいのスープである。水と軍鶏だけで、一度も沸騰させることなく、延べ20時間以上煮詰めて旨みを抽出したもの最終段階で少し塩を加えて味を整えたものとのことだ

シャンパーニュとの相性が素晴らしい。

「ペレグリーノ」はこれだけの名店であるにも関わらず、試行錯誤を止めない。個々の食材のみならず、鍋を変えてみたりと、試行錯誤を繰り返しているという。この謙虚さが、この店の屋台骨なのだと思う。

3.【季節の野菜料理】イタリア産 ピゼッリ(グリーンピース)のスフォルマート、スペアミント風味
たったいま焼きあがったスフレとのこと。イタリア産の今が旬の野菜、ピゼッリ(グリーンピースに近いもの)は、しっかりと旨みと甘みが凝縮された青野菜だ。これを塩と水で調理した後に、ピューレ状にした後、卵黄、卵白と合わせてさっくりと焼き上げてスフレ状にしたもの。("スフォルマート"とは、スフレのことである)

スフレの上には、さわやかな側面をだすためにスペアミントを刻んで乗せて、さらにさわやかなソフトクリームを乗せてある。

これは、「ペレグリーノ」ではじめていただく味わいである。青い香りを愉しむ。


4.【メニューにない今日のペレグのおすすめ!】穴子と白アスパラガスのシンプルなロースト
季節の食材とのことで、メニューにはない穴子のローストを出していただく。フランスロワール産の白アスパラガスのローストと長崎県、対馬産の穴子のローストの組み合わせだ。

別々にローストして、味付けも別々にしているとのことである。そこにオリーブオイルとビネガーをあわせたソースをほんのちょっと添えてある。後半に少しつけて味わいの変化を愉しむ。

イタリア料理にあまりないけれど、香りと、身の弾力を愉しんでいただければ...とのご案内である。

これが見事というほかない逸品であった!これを食せば、ひとは穴子の臭いが、穴子の旨みを閉じ込めた絶品な"香り"に変わっていることに深く感動することに間違いない。

調理法は、そのまま焼いただけで、あとは塩加減でだけで出しているとのことである。これこそ「ペレグリーノ」の真骨頂である!


5.【前菜】北海道上ノ国より牡丹海老の繊細な調理 イタリア産 冬トリュフとの組み合わせ
これは、日本の誇るべき繊細な甘すぎない和菓子を思わせる逸品であった。

北海道の"インカの瞳"(有名な"インカの眼覚め"ではない!)というジャガイモをピューレ状にしたものの上に、同じく北海道の牡丹海老に繊細に火入れしたものが添えられている。そしてその上からイタリアのフレッシュな冬トリュフトリュフがふんだんに振りかけられている。

"インカの瞳"はそれだけで食べるとサツマイモみたいに甘みが強いので、塩と水で少し溶いて延ばしたもの、とのことだ。
牡丹海老の甘みと"インカの瞳"の甘みのマリアージュを存分に愉しむ。


6.【魚料理】熊本天草よりスジあらのロースト 北イタリア伝統のサルサヴェルデをアクセントに
熊本天草の5kgから6kgの良質な"スジあら"を2週間寝かせて、最高の旨味を身肉にかちっと装填(そうてん)した状態で、紀州備長炭で外側を軽く火入れして、身肉はミディアムレアで仕上げた逸品である。

「ペレグリーノ」で魚料理というとどうしても白甘鯛を思い出してしまうが、こちらもなかなかに素晴らしい。白甘鯛のような豪奢で王様のような風格はないけれど、森深き朝まだきの湖面に、針の先ほどの樹木の雫がぽたりと落ちたような静謐(せいひつ)で楚々とした佇まいが心に刺さる!

7.【特選パスタ】手打ちパスタ タリオリーニ 鹿島産ハマグリとフランス産 遮光栽培で葉を軟化させたタンポポ"ピンサリ"和え
ハマグリは、2種類の仕立てだ。ひとつは藁で燻したものを細かく刻んでソースにしてある。もうひとつは、そのままのハマグリのオリーブオイルでじっくりとオイル煮にしたもの。そこに"ピンサリ"を添えて、上からパルミジャーノ・レッジャーノをふんだんにふりかけてある。付け合わせにはアメーラトマトの小さいものが添えてある。

ハマグリを炙ったスモーキーな感じがすっと鼻腔に漂う。ただし、全部炙ってしまわないでオイル煮も添えられているためハマグリそのものの風味もしっかりと感じる。貝類にパルミジャーノ・レッジャーノを添えるのは去年からやってお客さんに受けがよかったのでやっているとのことだ。

ペレグのパスタは抜群に旨い!


8.【肉料理】鹿児島より雌の尾長鴨 胸肉 紀州備長炭焼 イタリア産 アーティチョークのブラッザート添え
色見は赤く生っぽく見えるけれど、本当のレアの仕上げで、きちっと芯まで火入れしてある。添えてあるのはアーティチョーク。自家製のソースを吹き付けながら焼いている。左手前に添えてあるのは台湾の山胡椒(マーガオ)である。

ペレグリーノでは鴨は雌のものしか使わない。脂がのったもののみを仕入れているとのことだ。しかしでも「ペレグリーノ」の鴨は、悩ましいほどに艶めかしい。そしてその艶めかしさに山胡椒(マーガオ)がきらめく。

◇第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーション
さぁ!ここからが生ハムタイムである!生ハムの連なりは、味の淡いものから強いものに遷移していく...

9.北イタリア フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州 サンダニエーレ産の"プロシュート"
最初は、一番繊細な味わいのサンダニエーレ村の"プロシュート"。これは掌で味わう。繊細で優しい。瞳を閉じて味わいたい。
24か月の熟成加減のもの。羽衣のような"プロシュート"から漂う優しい味わいと、ランブルスコの相性が素晴らしい。

10.サンダニエーレ産の"プロシュート"をココット米で巻いて、握り風に
お米の粒がたっていて、途方もなく柔らかく旨い。炊き立てのお米の熱気で、プロシュートの脂が融点に達し、お米の旨みと生ハムの旨みが融合する。

11.ボローニャ産 "モルタデッラ"
添加物一切なし!エミリア・ロマーニャ州の最良のモルタデッラ。これが好きなんだ!世界最強のソーセージである。香りと余韻を愉しむ逸品。

まずは掌で受け止めていただく。これは切りたての生々しい迫力に強かにやられる。

続いて、熱々に熱したお皿の上で瞬時に"モルタデッラ"に熱を伝えていただく。皿にのってから、3秒数えていただく。今度は熱を受け止めて、切りたての迫力が溶けて甘みが倍増している!

12.トスカーナ シエナ産 チンタネーゼ黒豚背脂の生ハム"ラルド"
フィノッキオ(ウイキョウ)の蕪の部分をローストして水分を凝縮させて甘みと香りを出したものと、"ラルド"のあわせ。フィノッキオはローストしたのみで、調味料は一切使っていない。"ラルド"の塩味と甘みだけで一品にまとめている。

まずはそのままで。脂がシルクのように上品である。町中華でよく使われるラードとはまったく別物である。

続いては、握り風に。
お米は岩手県遠野市の遠野4号というしっかりとした昔のお米。米の粒はちょっと小さ目で、固めに炊いてある。そこにイタリアの白ワインビネガーと塩を加えてる。酸味を加えたお米と"ラルド"の脂が最高のマリアージュを演じたてる。実にキレイな味わいである。

13.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
サンダニエーレ産の"プロシュート"と同じ名前だけれど、熟成時間と産地が異なる。世界三大ハムのパルマ産のもので、サンダニエーレ産が24か月熟成であったのに対して、こちらは30か月以上の熟成をかけたもの。

お皿にそのまま。まず一品。産地と熟成期間が違うとこれだけ違うか、という驚きがある。生ハムの力強さが弥増す!

続いて、太白胡麻油で揚げたトルタフリッタと合わせた定番のあわせ。現地で定番の合わせである。トルタフリッタは揚げたてで一番うまい状態で出される!この"プロシュート・ディ・パルマ"の塩味とトルタフリッタの香ばしさが凄すぎる!

14.イタリアの生ハムの王様 "クラテッロ・ディ・ジベッロ"
黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"!凄い!王様の中の王様!"クラテッロ・ネロ"!年間10本くらいしかこない凄いもの!最高級の生ハム。自家製の平打ちパン="チャバッタ"の上に、北イタリア、ピエモンテの良質な濃厚バターを乗せてその上の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"。

もはや、これ自体が、濃厚な赤ワインをいただいているみたいに人を酔わせる迫力がある。滑らかでシルキーなのだけれど、湿地帯で長期間をかけて熟成された生ハムが、感情を内に秘めたように緻密に濃縮された力強い香気に満ちていて、思わず吐息が漏れる。

これとバローロとの相性がまた凄い!バローロの土の香りとの相性が素晴らしい!


15.【デザート】出来立て 練り立て 濃縮ミルクのジェラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
ペレグのジェラートは本当に凄い。

16.【小さな焼き菓子】トルタ・サッビオーザ、季節の仕立て
サブレ。これが旨い。砂のようなもろさが素晴らしい。

今日もペレグは素晴らしかった。...あえて触れなかったけれど、最後に一言だけ。...今年のアワードの結果などは涼しく忘れておくのが最も精神衛生上健康的である。それにしても「ペレグリーノ」も「木邑」も「長谷川 稔」も「と村」もGOLDから漏れている世界なんて、何度冷静に考えてみたって野蛮な世界としか言いようがない。

...ま、でもこれ以上は語るのは止めよう。世の評価というものは、こんなにも愚かで貧しくて破廉恥めいているけれど、今日この日のような贅沢が許されているのだから、この世もなかなか捨てたもんじゃない、それを今日の締めくくりの言葉としてみたい。
「ペレグリーノ」は痛快極まりない。なぜなら、ここは、旨さに国籍などあり得ないことを軽やかに愉しげに感じさせてくれるレストランだからだ。こちらでお食事をしていると、お料理に、やれイタリアンだとか、フレンチだとか、和食だとかといったカテゴリーがあること自体が鼻白んだものに見えてしまう。

...それはどういうことか。

ここではイタリア料理自体が、シェフの旨みを追求する姿勢そのものの前に平伏している。この恵比寿の小さなレストランで料理を堪能していると、イタリア料理という国籍性自体が、旨みを追求するシェフのこだわりと調理の躍動感に支えられることでかろうじて生き延びられてるのではないかと感じさせるのである。...この素晴らしさこそが「ペレグリーノ」なのだと思う。


2019年12月6日(金)。半年ぶりの素晴らしいペレグ体験について、以下詳細に書き綴っていきたい。

1.エミリア=ロマーニャ州特有のパン"クレッシェンド"
北イタリアのエミリア=ロマーニャ州で日常的に食べられる、生ハムを細かく刻んで練りこんみ、豚のラードを入れた"クレッシェンド"というパン。スナック的な感じで摘めるパンだ。細かくまぶされた生ハムが香ばしい。

2.長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出した澄んだ味わいのブロート
水と塩と軍鶏だけで16時間沸騰させることなく煮込んだブロート。その中に野生の真鴨のささみとモモ肉を使って作ったカペレッティ(ラビオリ)が入っている。

一口いただくけれど、ブロートの透明感にしばしうろたえる。存在感を主張するのではなく、ひたすら透明感を追求した一品である。そして口に含んだ2種類のラビオリの違いは決定的だ。

3.北海道産のボタンエビとカルチョッフィマモーレ
北海道古平町(小樽の西、積丹半島の北東側の小さな町である)産の良質なボタンエビ。優しく繊細に火を入れて、付け合わせにイタリア野菜のカルチョッフィマモーレ(アーティチョーク)が添えられている。こういった逸品をいただくにつけ、「ペレグリーノ」の、料理のジャンルというものを超越した、料理の抜き身の素晴らしさに打ちのめされる。

4.フォアグラとさつまいもとアルバの白トリュフ
ローストしたての徳島産の鳴門の里娘(さつまいも)と、冷たいフランス=ランド産の鴨フォアグラのテリーヌの組み合わせ。そこに白トリュフがふんだんにスライスされている。出したては、まだ、里娘の火が全体に回っていないので、トリュフの自然な香りが感じ取れる。この白トリュフのガスの香りが何ともたまらない。

5.タリオリーニの白トリュフあえ
手打ちのタリオリーニ。北イタリアのピエモンテのアルバの白トリュフあえ。パスタはあえて短く切ってあって、柔らかな食感を残ししつつ、ソースと馴染みがよいように仕立てられている。そしてかわりにトリュフは少し厚めに切ってある。パスタは尺が短いので、フォークとスプーンで巻き込んでいただく。

タリオリーニの優しい食感の中で、白トリュフの存在感を存分に愉しめる逸品である。

6.白甘鯛
まず脂がのっている。1週間程度熟成を効かせた5kgの個体の熊本天草の白甘鯛を紀州備長炭で炭火焼にしてあるとのことだけれど、素晴らしくまろやかで、そしてなめらか。...その身肉から立ち上るつつましやかな甘鯛の極上の香りに思わずうっとりしてしまう。本日のものは、ミディアムからミディアムレアで火入れしているとのことだ。そこに、北海道の無農薬で作られたポロネギの蒸し煮と、アクセントとして、北イタリアの酸味を効かせたサルサヴェルデを添えてある。

エロティックなほどに悩ましい旨みをたたえた逸品である。

7.鹿児島網獲りの野生のマガモ
九州の鹿児島から網獲りされた野生のマガモ。シェフ出身の新潟ではない。雌である。(ペレグリーノでは、雌しか使わない)そして、むね肉である。紀州備長炭の炭火焼。ヴィネグレットソース(バルサミコっぽい風味)を添えて、香ばしく焼き上げたビスタチオを上に振りかけてある。
わたしは、いろいろなところで鴨料理をいただいてきたけれど、ここにひとつだけ断言できる。何といっても「ペレグリーノ」の鴨がダントツに一番旨い!素材といい、火入れといい、艶やかに抜群である。これだけは譲れない。

8.プロシュート
ここから生ハムとなる。イタリアの黒豚を使った生ハムから。南イタリアのカラブリア州の黒豚を使ったプロシュート。熟成は若く18か月のものを仕入れている。

薄くスライスすることによって香るこのハムの香りが凄い!掌にそっと舞い落ちたそれを口腔に運んだ至福感は、舞い落ちた天女の羽衣を口腔に含んだよう...

9.プロシュートとココット米のお鮨
もう一度この黒豚を別の食べ方でいただく。小さなココットで炊きあがったお米と一緒に合わせていただく。手渡しでお寿司のようにいただく。

お米は、岩手県遠野市の遠野4号というお米。これは、ひとつぶひとつぶが主張してくるようなお米。日本産の生ハムではなく、現地の主張のある生ハムを使っているため、お米もしっかりしたものを使われている。

遠野4号は、岩手の松本酒造が酒米としてお酒を作るのに使っているそうで、東京ではお寿司屋がシャリに採用しているそうだ。米本来の旨みが効いており、18か月のプロシュートの存在感と双方が豊饒化される挑発的な逸品に仕上がっている。


10.モルタデッラ
科調ゼロ。本物のモルタデッラ。厚く切ると凡庸な味になってしまうのだ。これも香りが感じられる薄さが素晴らしい。

11.ラルドとフォカッチャ
トスカーナ産、チンタセネーゼ黒豚の背脂(ラルド)。これを自家製のフォカッチャと一緒に。

フォカッチャは、北イタリア・リグーリア特産の(本来の定義で作られた)フォカッチャ。本来フォカッチャは、ジャガイモを混ぜ込んであるのものが正しい。だからペレグでは、北海道産のキタアカリというインカの目覚めを混ぜこんである。

舌に媚びる旨みと、陽気を吸い込んでどこまでも屈託のないフォカッチャが素晴らしい。これは間違いなく、この店でしか食べられないものである!


12.サルミ・フィオッキオーナ
チンタセネーゼ黒豚のサルーミに、フィノッキオ(ういきょう)という野菜の種(フェンネルシード)を一緒に練りこんだサルミ・フィオッキオーナ。ウイキョウのタネを煮込んだもので、ほんの少し脂を融解するように温めている。

13.プロシュート・ディ・パルマ まずはそのまま
30か月熟成のもの。まずはそのままで出す。ワインを熟成させたものを漬けて熟成させたもの。バランスがとれて美味しい。

14.プロシュート・ディ・パルマ トルタフリットとあわせて
現地パルマで一番美味しくいただく。揚げたてのトルタフリットとあわせて。「ペレグリーノ」の門をくぐったなら、これは絶対にいただきたい逸品だ。素晴らしい。

15.クラテッロ・ジベッロ
なんと本日は、年間に10本も入ってこない黒豚のクラテッロジベッロ。凄い。

そもそもクラテッロ・ジベッロは生ハムの王様なのだけれど、この黒豚のものは、少し沈んだような、深い懐で受け止めるような奥行きを感じさせてくれるのだ。これにピエモンテの発酵バターを組み合わせていただく。まるで枯淡の域に達しような旨さにしばし言葉を失う。


16.ドルチェ
濃縮ミルクのジェラートに砕いたヘーゼルナッツを散らして。ペレグのジェラートをいただいて一通りとなる。

一連のお料理をいただいて、その素晴らしさに打ちのめされてされて、しばし背もたれに深く深く身を沈めてしまう。

いずれも素晴らしいお料理の連綿だったけれど、黒豚のクラテッロ・ジベッロに痺れた!
これをご用意いいただいたことに、高橋シェフに言葉にならないほどの感謝を噛み締めた一夜であった。ありがとうございました!

純白のテーブルクロスがかけられた6席の小さな空間で、静かにコースの幕が開く。わたしたちは少し襟を正して、素晴らしい料理の連綿を待ち受ける。固唾をのむようなこの時間こそ、食べ歩きの最高のひと時である。しかもそれを「ペレグリーノ」という名店で過ごせるというのだからこんな贅沢な瞬間はない!

2019年7月20日(土)、19:30。本日の「ペレグリーノ」のメニューは2部構成である。

第1部は、季節の食材をふんだんに取り入れたコースと題して、前菜、旬の料理、パスタ、メイン料理と続く旬の食材を使ったイタリア料理のコースである。

そして第2部が、店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーションと題された生ハムの饗宴となる。生ハムはごく薄くスライスされていて、1部でお腹いっぱいになっても、女性でも最後まで食べられるようなコース内容になっている。さぁ、今日も高橋シェフの料理一品一品と真剣に向き合っていこう!

第1部 季節の食材をふんだんに取り入れたコース
1.天草大王地鶏を身ごと丸ごと一羽煮出した"ブロート"
旨みが強い。そしてとても澄んだ味わいである。16時間煮出して旨みを抽出している。まず天草大王地鶏の太い旨みがドンときて、その余韻がずっと続く感じだ。こんなに有名店になっても、よりよい食材を開拓し続けるシェフのプロ魂に、のっけから圧倒される。

2.メニューにはない逸品 真イワシにフィノッキオを添えて
旬の魚で、愛知の真イワシを開いて軽く身の方にだけ塩をあててある。皮目には白ワインビネガーを吹き付けて、イタリアのウイキョウ、フィノッキオを薄くスライスしたものを添えてドレッシングしてある。小さなフォークでいただく。
...魅力は、なんといっても他の魚と一線を画す、存在感ある鰯の香りである。仄かな金気臭と鰯の中から溢れ出す芳醇な脂の旨みに陶然とする。

3.小さな逸品 長崎県 壱岐の赤ウニ、少し酸味の効いた 自家製ライ麦パンとの クロスティーニ
手で持っていただく。茜射す赤ウニの甘み、ほのかに酸味の効いたライ麦パンの香ばしさ。これには瞳を閉じて思わずありがとうと呟いてしまう。

4.前菜 ~季節の組み合わせ~ 北海道 古平(ふるびら)より 牡丹海老を優しい火入れで調理 イタリア産カルチョーフィマモーレとの組み合わせ
カルチョーフィマモーレとは、アーティチョークである。ボタン海老とカルチョーフィマモーレをナイフとフォークで切り分けて一緒にいただく。香りが素晴らしい。そして海老の甘みも楚々として好感が持てる。

5.旬の特別料理 千葉の房州の黒鮑のロースト、鮑の肝とバローロのピュレア添え
千葉の房州の黒鮑。この時期の最高級品である。鮑にしかないあの噛み応えとともに白をゆっくりといただく贅沢感といったらない。

6.特選パスタ 手打ちパスタ タリオリーニ 広島産 無農薬レモンとコラトゥーラ(いわしの魚醤)和え 南半球オーストリアより フレッシュ冬トリュフがけ
スプーンとフォーク両方使って具材と一緒にいただく短いパスタ。下のパスタからざっくりとあわせていただく格好だ。
決して華美ではない。シンプルな食材だけで勝負しているお皿だ。あえて饒舌を廃し、胸元に呑み込まれた旨みの余韻で静かに食べ手に語りかける逸品である。わたしはこういう料理が大好きだ!

7.メイン料理 天草産 白甘鯛の紀州備長炭火焼 北イタリア伝統のサルサヴェルデ添え
3.6kgの白甘鯛。白甘鯛は8日寝かせてある。7月の前半に新留さんと木村さんと天草に行って、物色して手に入れた逸品だそうだ。ミディアムでピンク色にしっとりと火入れしてある。そこにフランスのジロール茸とトロンベッタ(ズッキーニ)を付け合わせている。しめやかな白甘鯛の旨みを堪能する。


第2部 店内中央の手動生ハムスライサーにて最適な状態でサーブする生ハムのバリエーション
1.エミリアロマーニャ州ボローニャ特産 "モルタデッラ"
香りが高く、味わいの余韻が大変長いソーセージである。化学調味料が全く使われていない。薄さからくる香りとソーセージの旨みの余韻を愉しむ。

2.フリウリ ヴェネツィア ジューリア州 サンダニエーレ産 "プロシュート・ディ・サンダニエーレ"
サンダニエーレという村で作られた生ハム。20か月の熟成のもの。羽衣のように軽やかだけれど、きっちりとした存在感がある。

これを炊きあがったばかりのココット米に巻き付かせていただく柔らかくて旨い。蒸らしも何もしていないお米。外側はお米粘り気があるけれど中は芯がある。手でいただくのが最高のいただき方である。

3.モデナ産 モーラロマニョーラ黒豚 前うで肉の生ハム "スパッラ・クルーダ"
下に添えてあるパンは、北イタリアのリグーリア特産のフォカッチャ。フォカッチャは定義があって、ジャガイモが入ってないと本当はフォカッチャとはいえない。その意味でこれは一年熟成させた北海道産のインカの眼覚めをしのばせた正当なフォカッチャである。フォカッチャの甘みに合わせ、"スパッラ・クルーダ"から立ち上る生ハムの最上級の塩味を愉しむ。

4.トスカーナ州 シエナ産 チンタセネーゼ黒豚 背脂の生ハム "ラルド"
低温で3時間以上煮て、中心部分だけくり抜いた、京都の鴨ナスを背脂で包む。ナスの瑞々しさと上質な背脂が柔らかさが絶妙のハーモニーを演じたてる。

5.ほんの少しオーブンに入れて脂を融解させたサルーミ・クラテッロ
サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミである。名前が示すように、イタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミで、本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られるそうだ。

6.エミリアロマーニャ パルマ産 "プロシュート・ディ・パルマ"
36か月熟成のもの。まずはそのままでいただく。世界三大ハムのひとつの存在感が圧倒的だ。これに、パルマ風揚げパイ、トルタフリッタを合わせていただき、さらにサービスで、時節柄甘みを存分に蓄えたとうもろこしとの一品も饗していただく。

7.イタリアの生ハムの王様"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
ジベッロ村で作られたクラテッロ。ジベッロ村は川沿いの湿地帯で、本来生ハムを作るのに適していないけれど、そこでも美味しい生ハムを作ろうと試行錯誤して、外腿肉だけを使って膀胱に詰めて熟成させたもの。赤ワインをかけながら熟成させている。今回はクラテッロネロ。年間日本に10本も入ってこない逸品である。

北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ。この素晴らしさ!クラテッロ・ジベッロはまさに生ハムの王様である。王侯貴族のような絢爛な佇まいを存分に堪能する。

8.出来立て 練りたて 濃縮ミルクのジュエラート "ジェラート フィオーレ ディ ラテ"
香ばしくローストしたヘーゼルナッツ。ただ単純につぶすと油が出て酸化して美味しくなくなるので、切れる包丁で薄くスライスされている。するとヘーゼルナッツの旨みがそのまま際立つ。「ペレグリーノ」開業からの人気の逸品である。

9.季節の食材を使ったサブレ
サブレの語源そのまま、砂のように口中でほどける。その上でマンゴーの甘みが悩ましく溶ける。

何度お伺いしても素晴らしい!
また、今日もコースが終わってから、少しシェフとワインをご一緒させていただく。メインのコースが素晴らしいのはいうまでもないけれど、わたしはコースが終わってからの15分~30分程度のシェフとの気の置けない会話が大好きだ!仕事が一区切りしたシェフが、いささか緊張をほどきつつ優しい語り口で料理への思いを語るのを聞くと、本当に幸せな気分になる。高橋シェフ、今日も本当にありがとうございました♪

2018年12月時点で、いまだ全世界に17台しか出荷されていないイタリアBerkel(ベルケル)社製の最高級のフライホイール式生ハムスライサーのハンドルがゆっくりと回転し始める。...そのスライシングと繰り出しの優雅なまでの運動に思わずうっとりと見とれてしまう。...それはまるで深紅のドレスをまとった淑女のダンスのように優雅である。

そしてその深紅の舞から、はらりはらりとこぼれ落ちる、向こうが透けて見えるくらいに薄い生ハムの美しさといったらない。...チューブから絞り出された原色の絵の具みたいに濃厚に旨みが凝結した生ハムの力強い塊を、まるで上澄みを掬(すく)いとるような薄さで削り取って、その一片(ひとひら)に、塩気と旨みのここしかないという一点を魔法のように閉じ込めていく。...この過つことのない職人技と名器の奇跡的な融合が感動的でなくして何であろう!

さらなる高みへ純潔なまでの情熱で駆け上がる「ペレグリーノ」に触れてしまった感動を、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。


...2018年12月16日(日)19:15。高橋シェフに招き入れられて恵比寿の店内に入店する。と、いきなり、真新しいスライサーのハンドルに刻まれた"VAN BERKEL INTERNATIONAL"の綴りが、ひときわ眩く視界に飛び込んでくる。

今、目の前に輝いているそれは、現時点購入できる地球上でNO1の生ハムスライサーである。そしてこれと高橋シェフの技術が相俟った場合、はたしてどうなるか。...こんな稀少な出会いに胸ときめかない人間とは、今後永遠に縁を絶ちたいと思う。

...興奮を胸に折り畳みつつ、シェフお薦めの自然に作られたフランスのシャンパーニュで胸の高揚を落ち着かせながら、コースの始まりを待つ。

1.長野県伊那の"ぎたろう軍鶏"の煮だしたブロート
水と塩と軍鶏だけで一度も沸騰させることなく15時間煮だしたもの。雲一つない青空のように澄み切っていて美しい。これを最初にいただくと、「ペレグリーノ」に来たという実感が沸く。何度いただいてもため息が出るほどに旨い。...いつものごとく、"ぎたろう軍鶏"のブロート1杯で、小さな店内が6名のため息で満たされる。

2.長崎県の壱岐産の迷い鰹
鰹の背かみの部分を少し寝かせて味を凝縮させてから、備長炭で周りを炭火焼にしたもの。添え物は、イタリア野菜のほろ苦いプンタレッラに酸味を効かせたサラダ仕立て。手前のソースは、パセリが主体のサルサ・ヴェルデという組み合わせである。

迷い鰹は不思議な鰹だ。太平洋の銀の弾丸を思わせる血と鉄の威勢のよい鰹の香りとは袂を別って、まろやかに舌に媚びてくるような佇まいを持っている。

ここで、北イタリア、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の土着のヴィトフスカ種を使った白ワインで、次のポレンタを待ち受ける。

3.墨イカのポレンタ
明石の墨イカのエンペラ、ゲソ、イカの身を外側だけそっと焼いたものに、アーティチョークを煮込んだものが添えてある。スープには魚の骨で取った魚貝の澄んだスープと、この時期に北イタリアでよく食べられるポレンタ粉を合わせてトロっと仕上げてある。

...とにかくこの一品、墨イカの香りが素晴らしい!墨イカの風味、香りを蓄えて胸が詰まるような素晴らしい出来栄えである。...確かに「ペレグリーノ」といえば生ハムという先入観があるけれど、実際にうかがってこういう素晴らしい料理の数々に触れてしまうと、その先入観がいかに貧しいものか改めて思い知らされる。それが本当の「ペレグリーノ」体験なのだ!

次のワインは、茶褐色のワイン。赤ワインが熟成したような色をしているけれど、これは立派な白ワイン。フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のピノ・グリージョという品種を使って作ったワインで、実に芳醇な味わいである。

4.フランスランド産の鴨フォアグラと四国徳島の里浦産のサツマイモ(里娘)をローストしたもの
ここで、本日の眼玉の1つの白トリュフのお目見えとなる!...温かいサツマイモの上に正真正銘のアルバの白トリュフを摺りかけ、その上にフォアグラを載せている。また、フォアグラの上には、アルバの白トリュフを砕いて漬け込んだアカシアの蜂蜜が添えられている。

里娘と蜂蜜の甘味とフォアグラの相性が素晴らしい。フォアグラはやっぱり甘味と合わせると抜群である。...そして更にそこに、プロパンガスのような息詰まるような白トリュフの狂おしいまでの熱(いき)れが、香りの化粧を施して回る。...文句のない逸品である。

...ここで、もう一品ワインが足される。シャルドネがメインの、これも茶褐色の白ワイン。

5.本日の魚料理、静岡御前崎のハタ
本日の魚料理は静岡御前崎からハタである。10日くらい寝かした若い感じのハタだそうである。合わせるのは、北海道産の無農薬で作られるポロねぎ(=西洋ネギ)。これらを一緒に蒸し煮にしてある。...そしてこれもまた、白トリュフをふんだんに摺りかけて仕上げられている。大変キレイな味わいの魚料理である。

6.生ハム
さぁ、ここから世界最高峰の生ハムスライサーの出番となる!...新しい"深紅の淑女"の導入で、これまでの「ペレグリーノ」の生ハムの組み立てが変わっていることに是非注目していただきたい!経験したことのない生ハムと食材の組み合わせと、生ハムの提供のされ方がいよいよ明るみになる!

1)17か月以上熟成の多田昌豊さんのペルシュー
手で渡される。ハムを透かして指と指の狭間が透けて見えるほどに薄造りである。羽衣のような逸品を口中に放り込むと、しっかりとした塩味と旨みが伝わってくる。

2)24か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー
これも最初は手渡しでいただく。...これは今までになかったスタイルである。大体これまで、多田さんのペルシューで深い熟成のものは、お皿でいただくのが慣例であったけれど、今日の最初は手渡しでお鮨のようにスッといただく。

くるまったり捩れていない生ハムの素の薄さが伝わってくる。24か月のものはやはり落ち着きがあってまろやかである。清水が喉を通るようなささくれのないテクスチャと、深い旨みに、はからずも涙腺が緩む。...わたしは個人的に「ペレグリーノ」でいただく多田昌豊さんのペルシューは、熟成の深いものの方が好みである。

そして、次には温めたお皿の上に数枚切り分けたものをフォークでいただく。これもあまり巻かずにいただくのがコツである。さっとフォークでひきあげていただく。皿の熱を抱きかかえた生ハムが、まろやかに口中で香り立つ。

3)パルマ産のプロシュート・ディ・パルマ
パルマで作られたプロシュートである。34か月以上の熟成をかけたもの。これをスッとスライスしてお皿の上にシンプルに饗される。...実に芳醇である。そもそも日本の豚とは餌の原料が違うそうだ。そしてこの薄さで切れないと塩が強く感じたり、獣臭を感じたりするものだという。

これまでプロシュート・ディ・パルマはトルタフリットと合わせたり、ココットで炊き上げたリゾットと合わせて、という饗され方がお馴染みであったが、今回のこのシンプルな饗し方は、まさに今回の"深紅の淑女"のなせる業に違いない。

4)パルマ産のプロシュート・ディ・パルマと岐阜の龍の瞳というお米をココット鍋で炊き上げたリゾットとあわせて
香り高く仕上がっている。良質な脂がお米の余熱で溶ける。これも前回まではお皿に饗していただいたところを、リゾットをくるりと巻いて手渡しでいただく。リゾットの温かみに熟成たっぷりのプロシュートの脂が程よくほどける感じがたまらない。

ここで、しっかりとした赤ワインが饗される。2000年ビンテージのロンバルディア州で作られる赤ワインだ。

5)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
これがわたしは大好きだ!繊細だけれど、美しい香りと、純白なソーセージの旨みが共存している。

6)白トリュフにモルタデッラを巻いて
白トリュフの季節の「ペレグリーノ」さん定番のひとつである。モルタデッラの旨みと白トリュフの相性が抜群なのだ。感情を内に秘めた白トリュフのガスの香りを、陽気で柔らかなソーセージの旨みが包み込む感じである。この合わせはまさに最強である。

7)背脂の生ハム(ラルド・ディ・コロンナータ)にフォカッチャ
ラルド・ディ・コロンナータ。リグーリア州で作られるフォカッチャを添えてある。本来のフォカッチャの定義通りインカの眼覚め(ジャガイモ)を加えて作られている。透き通るような純白の輝き、胸のすくような香草の香り、絶妙な甘塩と絡まった瑞々しい脂のとろけるさまが素晴らしい。

これも、わたしは「ペレグリーノ」さんで始めての一品である。でも、これと"深紅の淑女"と関連性があるかはどうかはわからない(笑)。

次いで次のワイン。エミリアロマーニャのサンジョベーゼ、酸化防止剤が一切使われていない。力強いがキレイな味わいのワインだ。

8)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚の腿肉の生ハムに、トルタフリットをあわせて
やはりこの逸品をいただかないと「ペレグリーノ」ではない!モーラ・ロマニョーラ黒豚は旨みが強く、ハッキリとした主張を持った豚肉である。これにどこまでも軽快なパルマ風揚げパイ、トルタフリットを合わせていただく。トルタフリットの陽気な軽快感に、湿り気を帯びたような深く悩ましい黒豚の旨みがまとわりつく。...いついただいても凄い...

そして、エミリアロマーニャのカヴェルネソービニョンを使った赤ワイン。

9)パルマ黒豚で作られた最高のクラテッロ・ジベッロ(クラテッロ・ネロ)と北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ
クラテッロ・ジベッロ。...これは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足からまず外して、それでそれを豚の膀胱に詰めて、吊るして熟成させて作る。パルマ=クラテッロは湿地帯だそうだ。この土地で熟成させるためには、まず豚の膀胱に詰めて、外側にカビを生えさせ、菌をまとわせて中に影響がないように熟成させるという。

そして、最後は豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱をとって、そのあとにさらにその膀胱と肉の間にある腐敗した部分を全部削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてから出すという。

...これをいただくと、漬け込んだワインの風味を感じるからだろうか...いつも何か王侯貴族のような優雅さを感じるのだ。

ここで、イタリアワインの女王、バルバレスコ。

7.アルバの白トリュフとバターとパルミジャーノを和えたタリオリーニ
シンプルなバターとパルミジャーノ和え。その上にアルバの白トリュフをかけている。チーズはより薫り高くなるようにお皿の下に敷き詰めてある。下から上に持ち上げるようにいただくと香りが舞う。ふくよかである。

実に美しい見栄えと、シンプルだけれど旨みそのものの結晶ともいうべき逸品である。文句のつけようがない素晴らしいパスタである。今年食べまくったパスタの中で間違いなく1番といってよい!

ピエモンテ州のバローロ。

8.新潟三条で網獲りで獲られた野生の青首鴨のむね肉のロースト
ベネト州のラディッキオ、50年以上熟成のモデナ産のバルサミコ酢が添えられている。「ペレグリーノ」の鴨は間違いなく都内1番である。新潟の鴨はお米を食べているので、脂が豊富で旨い。それに絶妙な焼きの技術があわさった奇跡の逸品である!

トスカーナのキャンティクラシコの甘口の白ワイン(デザートにあわせて)。

9.和栗のジェラート
濃縮ミルクのジェラートに長野の小布施の和栗を低温でゆっくりローストしたものを添えている。栗の風味を壊さないように。栗は熟成させている。ほのかな自然の甘みが素晴らしい。

10.アルバの白トリュフを加えたサブレ
サブレは、焼き菓子であるが、本来の意味が砂である。ごくごく薄く焼いてさらさらとした焼き上がりになっている。添えてあるクリームもジャージークリームに白トリュフを砕いたものを加えて香りづけた白トリュフクリームになる。小菓子だけれど、これが滅法素晴らしかった!トリュフ尽くしのコースの幕引きにふさわしい逸品である。

...はたして「ペレグリーノ」はどの高みまで駆け上がっていくのだろうか。...コースのすべてが終わって、しばらく高橋シェフと歓談させていただいた。その静かな語り口にもちろん気負いなどないけれど、会話の端々から感じる最高級スライサーを手に入れたシェフの純粋な悦びを目の当たりにして、食べログAward Goldという評価をはるかに飛び越えて飛翔する"隼(はやぶさ)"の鳥影を垣間見た1日となった。

今回の「ペレグリーノ」体験ばかりは、存分に語らせていただきたい!大胆さと繊細さが同居する今回のお食事体験は、深く深く感動的であった。

この日の「ペレグリーノ」の献立は意表を突くものがあった。というのも、この日、最初に生ハムからスタートして、お魚、お肉のメイン料理と続く、いわゆるわたしが知っている「ペレグリーノ」の料理の組み立てはすっかり影を潜め、高橋シェフは、生ハムの連なりを中核に、両脇を極上の魚料理でしっかりと固め、メインとなる肉料理を涼しく封印するというコースの大胆な再構築をこともなげにやってのけてしまったからだ。

最初は、その変貌ぶりに少し戸惑いもしたけれど、お料理をいただくうちに、その一品一品の品質と、献立の組み立てを通して表現される料理のコンセプトに、どうしようもなく心が揺さぶられてしまう。

しかしその心の揺れについて語る前に、今回「ペレグリーノ」の魚料理がさらなる進化を遂げ、とことん素晴らしくなっていたことについて、触れておかねばならないと思う。...もちろん、これまでも徳島産の白甘鯛を使ったメインなど、シェフの魚料理は大変素晴らしかったけれど、今回の魚料理は明らかにこれまでとは違う品格を備えていた。

では、その品格とは何か?...端的に言おう。「魚が香る」のである。赤雲丹にしても、鰹にしても、クエにしても、鰻にしてもその素材の持つ香りが存分に引き出されている印象を受けるのだ(特に鰹が凄かった!)。その仕事は、まるで鮨職人のそれを彷彿とさせるものがある。

この卓越した魚料理が軸となって、コース全体に魔法をかけてまわる。...一連のお料理をひとつひとつ味わっていくにつれ、しめやかに香る魚達が、魚とは異質な動物性の旨みを蓄えた生ハムを、魚固有の潤味(うるおみ)のある香りで優しく祝福しているような印象を与えるのだ。これが、瞳をつむって余韻に浸りたいほどに素晴らしい!

そしてさらに、メインのお肉料理を大胆に割愛することによって、コースの中における生ハムの、"肉"としての存在感が前景化され、今更ながら「ペレグリーノ」が北イタリアのエミリア=ロマーニャ州の郷土料理を骨格としたレストランであるという存在感が、より鮮明に際立ってくる。その組み立ての大胆な差配と食材たちの肌理細やか共鳴ぶりに「...なんて上手いんだろう」と、心の震えを止めることができない。


..."大胆さと繊細さの遭遇"、思わずそんな言葉が脳裏をよぎり、高橋シェフが、"料理を愛している料理人"ではなく、"料理に愛されている料理人"であることを今さらながら確信する。

...以下素晴らしかった「ペレグリーノ」でのお食事体験について書き綴っていきたい。

雨をかいくぐるように本日のお連れさまと、恵比寿のお店に転がり込んだのが6:20。「ペレグリーノ」にしては珍しく、少し早めのスタートである。

まずは、フランスシャンパーニュの自然派ワインで軽く喉を潤しながら、コースのスタートを待つ。

1.前菜(1):雲丹
ふわっと焼き上げた自家製パンに、フランスノルマンディ産の発酵バターと鹿児島県の赤雲丹。赤雲丹の味が濃い。これと発酵バターの相性がまたすこぶるよい。一品目は、"ぎたろう軍鶏"のブロードのイメージが強かったため、この最初の一品目で変化の予感がする。

2.前菜(2):鰹
鰹。気仙沼の鰹を事前に藁で燻って、饗する直前に炭で火入れしたものである。それに北海道産の鰤を添えてある。鰤の下に敷かれているのは、イタリア野菜のプンタレッラを酸味を効かせたサラダ仕立てにしたもの。手前のソースが、パセリが主体のサルサ・ヴェルデ。

鰹は、何日も熟成をかけて、中心部分に旨みを凝縮させたものである。中心部分に寄せ集まった鰹の濃厚で豊満な酸味の凝縮が何とも素晴らしい。

3.前菜(3):ポレンタ
イタリアのポルチーニ茸のソテーを浮かべたポレンタ。ポレンタは、ただのポレンタではなくて、長野県伊那の"ぎたろう軍鶏"を14時間煮だして作ったブロードをベースにしたもの。あの澄み切った美しいブロードがこんな風に変貌を遂げていることに新鮮な驚きを感じる。

4.前菜(4):クエ
四国徳島のクエ、長野県の天然の舞茸とイタリア野菜 ズッキーニ トロンベッタをスープ煮にしたもの。
ズッキーニ トロンベッタは、香り高くまるで"凝縮したズッキーニ"といった面持ちを持ったイタリア野菜だ。そしてこの一品も、また、魚の香りにやられてしまう。

お皿から紛れもないクエの存在感がしっかりと感じ取れる。クエの旬は、おそらくもう少し冬に近づいたころだと思う。そのころになると、さらにぐっと脂がのってくると思うけれど、この一皿、旬を迎える前の若いクエの存在感が、実に上品にヒラタケやズッキーニ トロンベッタを包み込んでいて好感が持てる。

5.前菜(5):生ハム
ここからが、生ハムの連なりとなる。
1)19か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー(新潟の豚...今回は岐阜でなく新潟の豚を使用している)
生ハムスライサーで、まずは一枚だけ手渡しでいただく。良質なマグロの赤身のような新鮮さを感じる。後からハム本来の甘みがふわりと鼻腔のあたりに漂う。これは、もちろんランブルスコでやる。

2)19か月熟成の多田昌豊さんのペルシューに新潟佐渡島の完熟のイチジク
完熟イチジクとの合わせが秀逸である。楚々とした和の風合いがあって、生ハムとの合わせはメロンよりも絶対にこちらの方が旨いと思う。時期が進んで10月くらいになったら今度は柿とあわせるそうだ。

3)29か月熟成の多田昌豊さんのペルシュー
19か月のペルシューが、10か月の熟成期間を置くことにより、さらに円熟味という鎧を纏う。最初に常温で一枚だけいただく。口の中でほどける生ハムは、口中に旨みしか残さない。何度いただいても素晴らしい。

4)29か月熟成の多田昌豊さんのペルシューに岐阜の龍の瞳というお米をココット鍋で炊き上げている
ころころっとお米を転がしただけでペルシューがまとわりつく。これを手で持っていただくのだけれど、お米の熱が加わって、生ハムを一番芳醇な香りが感じ取られるところまでもっていってくれているのが感じとれる。

わたしは、このいただき方が滅法好きだ。お米の熱が生ハムの脂を溶かして香り立つあたり、頭を抱えるくらいに旨い!

5)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
ボローニャ風ソーセージのモルタデッラ。香りが高く、味わいの余韻が大変長いソーセージだ。

6)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚のほほ肉の生ハム(グアンチャーレ)という脂と赤身の交錯した生ハム、ジャガイモを入れた本来のフォカッチャと合わせて
パルマの2つ隣のモデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚~モーラ・ロマニョーラ黒豚。グアンチャーレとは豚の頬肉、いわゆる豚トロを塩漬けにして2、3週間寝かせたものだ。これに越冬したジャガイモ(インカの眼覚め)の自然の甘みがでたフォカッチャを合わせる。

これも交錯した脂と赤身が秀逸なマリアージュを演じたてる逸品だ。良質なマグロのトロをいただいているような錯覚を覚える。

7)ほんの少しオーブンに入れて脂を融解させたサルーミ・クラテッロ
サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミである。名前が示すように、イタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミで、本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られるそうだ。

で、それをそのままではなく、さらに味を際立たせるためにオーブンで表面だけをほんのり温めて脂を溶かし、香りを出して饗していただく。クラテッロの良質な肉を使って作られた、熟成加減が抜群のサラミである。

8)モデナの山奥で飼育されるモーラ・ロマニョーラ黒豚のもも肉と、パルマ風揚げパイ、トルタフリッタ
プロシュートとトルタフリッタの組み合わせは、イタリアパルマでの定番だ。熟成プロシュートの滋味深い味わいと、香ばしいフリッタの屈託のない軽やかさはこれ以上ない組み合わせである。

9)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"、発酵バター、平焼きパン"チャバッタ"とともに
しかも、本日は非常に稀少な"クラテッロ・ネロ"と呼ばれるパルマ黒豚を使った"クラテッロ・ディ・ジベッロ"だ!、自家製の平焼きパン("チャバッタ")とピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。

この"クラテッロ ディ ジベッロ"は、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足から外して、豚の膀胱に詰めて吊るして作るそうだ。その工程で、クラテッロ地方は湿地帯で湿り気の多い土地のため、豚の膀胱の外側にカビを繁殖させ、菌をまとわせて中に影響が及ばないように熟成させるとのこと。

さらに、熟成が終わると、赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱を外し、膀胱と肉の間にある腐敗した部分を綺麗に削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてから出荷するそうだ。

道理で、ひとくち口に含むと、プロシュートがワインの芳醇な香りを纏っているのが直接伝わってくる。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

6.自家製タリアテッレ、長野県の伊那の松茸和え
何とも見た目が美しいタリアテッレである。お皿が真っ白に輝いている。麺の状態、茹で加減とも抜群である。ここ最近いただいたパスタの中で最も上品な一皿である。

7.生で食べても美味しい北海道産の嶽きみ(たけきみ)のスープ
ここで、小さなスープが出てくる。北海道産の"嶽きみ(たけきみ)"という玉蜀黍は絶対に記憶にとどめておくべき食材である。このスープ、驚くほどに甘い。この甘さはすべて"嶽きみ(たけきみ)"の持つ甘さだそうだ。

8.長良川の天然鰻の炭火焼と加茂ナスのロースト、モデナの伝統的なアチェート・バルサミコDOPを添えて
この天然鰻も素晴らしかった。始めにオーブンで10分ローストしたものを、炭火で焼き上げたもの。ふっくらと仕上げている。まるで蒸らしあげたような食感と、鰻の香りが直截に伝わってくる逸品である。爪の先ほども鰻の臭みを感じない。驚くほど純粋に、そして真っすぐに鰻の旨さのみを引き出した傑作というのが惜しまれるくらいの一品である。

その出来栄えは、ほとんど、わたしが、鰻はここが一番と思っている「と村」さんの青森県小川原湖(おがわらこ)産天然鰻の焼き物と匹敵する。


9.自家製ジェラート
ヘーゼルナッツを散らした、「ペレグリーノ」さん自家製のジェラート。これがまた、立ち止まってしまいたくなるくらい旨いのだ。最後は茶菓子で一通りとなる。

本日のお連れさまは今回「ペレグリーノ」初訪であったが、大変満足していただけたようだ。感動の声を聞けて心に明るみのようなものを感じる...「ペレグリーノ」。やはりここは素晴らしい。特に今回、大胆さと繊細さの貴重な遭遇ともいうべき現場に立ち会えたことに感動する。やはりここは人の心を騒がせる美しいレストランだ!
手動の生ハムスライサーの回転ハンドルが、測ったような正確さで1回...そしてまた1回と回転する。と、薄い生ハムが舞うようにふわり、そしてまたふわりと大ぶりの綿雪のように、まな板の上に静かに降り募る。...たったそれだけのことなのに、その静かな生々しい光景に思わず息をのまずにはいられない。...そして削り取られたばかりの震えるような極薄の生ハムをフルーツフォークで掬って口に運ぶ悦び!あらゆる調理技術とは無縁の領域でそれは純粋な輝きを放っている。これほど直截な美味をなんのてらいもなく提供するシェフは紛れもなく料理に愛されている!

2017年12月28日(木)。年の瀬に高橋シェフから貸し切りの会のご案内がある。さらに高橋シェフから、「本当に絶対満足な内容で、かつ記憶に残るコースになります!」とのご案内があって、心震えない人間がいるだろうか!以下、年末の素晴らしかったペレグリーノの会について、詳細に書き綴っていきたい。

みなさん揃ったところで、まずは泡からスタート。食前酒のスパーグリングワイン。パルマの隣のレッジョ エミリアのスペルゴラを使ったものだ。シャンパーニュと同じ作り方で作られた一品で、酸化防止剤などを一切使っていない。とてもドライで、最初の一品には最適だ。

1.パルマ伝統郷土料理...長野県 伊那より "ぎたろう軍鶏" を丸ごと一羽煮出したブロード パルマ伝統の小さなラヴィオリ "カペレッティ" と共に
水と塩と軍鶏だけで、一度も沸騰させず、延べ15時間火を入れている。ブロードの中には、パルマの伝統的な郷土パスタ、"小さな帽子"という意味のカペレッティが浮かんでいる。カペレッティの中にはパルミジャーノレッジャーノチーズとパン粉、ここに今日は、ふんだんにアルバの白トリュフを加えて白トリュフ風味に仕上げてある。...それにしてもブロードに浮きつ沈みつするカペレッティの数が凄すぎる!17~18個は入っているだろうか、普段は7、8個くらいなのだが...高橋シェフに感謝!ありがとう!

白ワイン、エミリアロマーニャで作られるマルバジュアを使った葡萄の皮を一緒に漬けて醸造したワイン。渋みや苦みを一緒に味わう。

2.フランス産の良質な鴨フォアグラのテリーヌ、下は皮付きのまま焼き上げた四国徳島の里娘というサツマイモ、上には刻んだ白トリュフとイタリアのアカシアのハチミツをあわせたものをかけたもの
スプーンとフォークで切って一緒に合わせて、ワインと一緒にいただく。里娘の甘みとフォアグラの相性が素晴らしい!このフォアグラの感情を内に秘めた寡黙なほどの猛々しい存在感にやられる!

3.季節の食材を組み合わせた料理...北海道産の無農薬で作られるポロねぎ(=西洋ネギ)と、上は徳島産の赤むつ、その上にトリュフをスライスしたもの
スプーンとフォークで切って一緒に合わせて、ワインと一緒にいただく。ワインは、リトフスカを使ったワイン。魚の旨味の強さとネギの良さ、そしてブロードの旨さを味わう。野菜と肉の旨さを全て吸ったポロねぎが素晴らしい。

4.ここから「ペレグリーノ」のスペシャリテ、生ハムの饗宴だ!
生サラミの盛り合わせ。盛り合わせとはいっても、一種類ずつ饗していただき、一枚ずつじっくりと味わうのが「ペレグリーノ」スタイルだ。あわせる赤ワインは、いつもの通り、生ハムにもっともあうといわれるエミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコ(葡萄)を使った微発泡赤ワイン。

1)多田昌豊さんの17ヶ月の熟成の若いペルシュウ
乾かないように、3、4枚と重ねられている。手前のフォークに当たっているところから、サッと上に引き上げて口に入れていただく。口どけが素晴らしい、香りが素晴らしい。この生ハムは17ヶ月の熟成。若い。素材本来の甘さを愉しむ。塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいであるが、甘みをしっかりとかじることができる。

2)多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の若いペルシュウ
うん、10か月違うと味の余韻がまったく違う。まろやか。熟成期間が長いので旨い。どっしりした印象がある。熟成が長くて丸い。ランブルスコにめっちゃあう!

3)今度は、同じ多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の若いペルシュウに、小さなココット鍋でたった今炊き上げた新潟の新米でをくるんだもの
これは初めての合わせだ!しかしでも、ペルシュウと新米を合わせるとは!...ペルシュウの塩気をご飯のやさしさが包み込む感じが素晴らしい。たぶんこんな食べ方はここでしか味わえない!この上質な旨さはほとんど犯罪的である!

4)全く化学調味料を使っていないボローニャ特産のモルタデッラ
これが優しくてうまい。自然の味わいを口に入れた余韻、香りが、なんとも素晴らしい。

5)ごく薄く削ったモルタデッラに同じ薄さで削ったアルバの白トリュフを包んで
一口でいただく。ものすごい香りに圧倒される!ペレグリーノの素晴らしさは、極上のアルバの白トリュフをごく薄く削ってみたり、そこそこの存在感で出してみたり、少しばかりハチミツを加えてみたりと、形状を変えつつ、トリュフの色々な味わいを存分に愉しませてくれるところだ!

モルタデッラの優しい味わいと、チューブから絞り出して固めたみたいな白トリュフの旨味に圧倒される。

トリュフは、12月おわりだと使わないところが多いそうだ。クリスマスに準じてトリュフ自体が高くなるのと、トリュフがなくても集客があるから使わないというのがその理由だそうだ。しかしでも香りはこの終わりかけが一番素晴らしいと思う。

6)北イタリアのヴェネト州のソップレッサというサラミ
大蒜の香りがする。リグーリア特産のフォカッチャ。ジャガイモが入ったもの。...旨い!グーリア産のフォカッチャ。フォカッチャは、じゃがいもを入れて作るそうだ。というか、厳密には、じゃがいもを入れていないと"フォカッチャ"と呼べないとのことだ。これは、北海道の稀少な赤いじゃがいも"インカルージュ"を入れて作られている。これとサラミの相性が抜群!

7)パルマの2つ隣のモデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚~モーラ・ロマニョーラ黒豚のホホ肉のグアンチャーレ、イタリアのウイキョウ
このウイキョウの仄かな苦み走りが素晴らしかった!これも初!そして、モーラ・ロマニョーラの身の美しいピンク色に陶然とする。みんな!これは食べないとダメだよ!

8)モデナの山奥で特別に飼育される幻の黒豚のモーラ・ロマニョーラ黒豚の肩肉の塩漬けとライ麦粉100%のパン
素晴らしい...のひとこと。"ライ麦畑でつかまえて!"的な高揚感に我を忘れてうっとりする。

9)モデナのモーラ・ロマニョーラ黒豚の腿肉で作られる生ハム、それに合わせて揚げパイ、トルタフリッタ
いつもは、プロシュット・ディ・パルマで使っているけれど今日は違う。プロシュット・ディ・パルマよりも黒豚の方が味が強いので、それに合わせて揚げパイの塩加減も配合を変えて優し目に調整されている。奥行きがある。空気が抜けるとたちまち温度が下がる。
そして、ワインは、この後のクラテッロ・ジベッロにあわせて、美発砲ではない、しっかりとしたものをご用意していただける。

10)クラテッロ・ジベッロと北イタリアのピエモンテの良質な発酵バターと平焼きパンの組み合わせ
この素晴らしさ!クラテッロ・ジベッロはまさに王様である。王侯貴族のような絢爛な佇まいを存分に堪能する。

11)最後のトリ、クラテッロの別の食べ方。分厚い白トリュフをそっくり包んで
もう、いうことない。この素晴らしい生ハムの饗宴に高橋シェフに感謝である。

5.四国の高知寄りのゆきの白甘鯛のロースト、ラデッィキオ、ビスタチオと25年熟成のバルサミコのソース
ここからメイン。うん、ペレグリーノは、バルサミコ使いである。これがなんとも素晴らしい!そしてラデッィキオの苦みが良い。白甘鯛の優しい甘みを存分に堪能する!

6.新潟の田んぼで網獲りされた野生の青首鴨のむね肉だけ火入れしたもの
実は、これが、圧巻であった!これまで、わたしの中では、鴨は「レフェルヴェソンス」が一番であったけれど、それを軽々と超越して来た料理であった!これは絶対に忘れられない。息を呑むような旨さ。...一瞬にしてとどめを刺されるようなこの旨さの艶やかさに言葉を失ったことを正直に告白したい。

7.出来立て練りたてのオーダーごとに作る濃縮ミルクを使ったジェラート
文句なく素晴らしいジェラートで一通りとなる。ペレグリーノは、わたしにとって絶対的なイタリアンである。ここは途轍もない!芸もなくペレグ、ペレグ...と呟きながら帰路に就く。
過剰な華美さを抑えた気品に満ちた端正な味わい。...2017年5月17日(水)の晩餐は、"クラテッロ・ネロ"と呼ばれる非常に稀少なパルマ黒豚に強かに打ちのめされた晩餐となった。以下、あの素晴らしき晩餐についてできるだけ詳細に書き綴っていきたい。

この日は、友人5人と待ちに待った「ペレグリーノ」さん貸切の会である。例のごとく19時15分開場で、30分お食事スタートである。本日は比較的ノンアルの方たちが多い会だったけれど、わたしは、もちろんアルコールをお願いする。北イタリア、ヴェネト州のスパークリングワイン。豊潤な一品である。喉を潤すほどに一品目が饗される。

1.パルマ伝統郷土料理...長野県 伊那より "ぎたろう軍鶏" を丸ごと一羽煮出したブロード パルマ伝統の小さなラヴィオリ "カペレッティ" と共に
水と塩と軍鶏だけで、一度も沸騰させず、延べ16時間火を入れている。ブロードの中には、パルマの小さなラビオリを浮かべてある。ラビオリはパルミジャーノレッジャーノチーズとパン粉と軍鶏の肉を詰めたものだ。

軍鶏の内臓の香りが出ないように、注意して丹念に丹念にゆっくり作ったブロートである。極めて上品。この一品をいただくと「ペレグリーノ」さんに戻ってきた、という実感が湧いてくる。

2.季節の野菜料理...北イタリア バッサーノ産 ホワイトアスパラガスのフラン 完熟 黒胡椒 風味
今が旬の北イタリア、ヴェネト州のバッサーノ産のホワイトアスパラガスをふんだんに使った料理だ。ホワイトアスパラガスのフランは、まず水分を完全に飛ばしながら蒸し煮にしたものをピューレ状にして溶き卵を加えて焼き上げたものである。

また、ホワイトアスパラガスはどうしても熱々だと気の抜けたような水っぽいような味になるので、焼き上げてから、少し置いて、常温に戻してから表面をキャラメリゼしているそうだ。

一口いただくが、ホワイトアスパラガスの風味がしっかりと感じ取れるのが嬉しい。単に優しいだけでなくこういうしっかりした主張があるお料理を饗していただけるところが「ペレグリーノ」さんの素晴らしさだ。

これに合わせるワインは、トスカーナのサンジョベーゼ。

3.旬の料理...南徳島 由岐より 赤甘鯛 空豆、ガエタオリーブ ペースト と共に
大ぶりな2kgの赤甘鯛。この大きさになると旨味が乗ってくる。魚を少し寝かせて脂を回した後に、空豆と一緒に蒸し煮にしてある。そして、上から、渋みや苦味を感じるガエタオリーブの特徴を前面に押し出したペーストが添えられている。

脂ののった赤甘鯛の旨味から、春の空に舞い上がるような空豆の軽快な味調が感じ取れる。

これに合わせるワインは、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の土着のヴィトフスカ。...ヴィトフスカ。繊細さとしっかりとした芯を感じさせる味わいだ。

4.前菜...ここから「ペレグリーノ」さんのスペシャリテ、生ハムの饗宴だ!
生サラミの盛り合わせ。盛り合わせとはいっても、一種類ずつ饗していただき、一枚ずつじっくりと味わうのが「ペレグリーノ」スタイルだ。あわせる赤ワインは、いつもの通り、生ハムにもっともあうといわれるエミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコ(葡萄)を使った微発泡赤ワイン。

普段、「ペレグリーノ」さんで饗していただける生ハムは4~5種類だけれど、この日は高橋さんに頑張っていただきなんと7種類!悦ばしい限りである。

1)多田昌豊さんの18ヶ月の熟成の若いペルシュウ
この生ハムは18ヶ月の熟成。若い。素材本来の甘さを愉しむ。塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいであるが、甘みをしっかりとかじることができる。

2)多田昌豊さんの27ヶ月の熟成の芳醇なもう一種類のペルシュウ
27ヶ月の芳醇なペルシュウ。先ほどのものとは熟成期間が違う。多田さんは、生ハムの現物を見ながら、熟成期間を見極めるそうだ。この一品は、熟成期間を長くして、水分を飛ばしている。たおやかな味わいに落ち着きのようなものを感じる。まろやかな味わいである。

3)イタリアのエミリア=ロマーニャ州のボローニャソーセージ、モルタデッラのハム
この一品がわたしは大好きだ!化学調味料、添加物が一切入っていない。本物の味わい。ごくごく薄く切って出される。香りが素晴らしい。本物のボローニャ風ソーセージのハム。味わいの余韻が長い。

4)トスカーナのコロンナータ村の豚背脂の塩漬け
今が旬のイタリア野菜のフィノッキオ(ういきょう)のローストと豚背脂の塩漬けの組み合わせ。フィノッキオは芯の部分をスープを抜くようにローストしているので甘味と旨味が凝縮されている。また、フィノッキオにはローストの温かみを残し、豚背脂に温度が伝わり口溶けがよくなるよう工夫が施されている。

フィノッキオからは、特有の香りや甘みを感じる。これを、透きとおるほどの白さの豚背脂と一緒にいただくのだけれど、背脂の複雑な熟成香と絶妙な塩加減に舌を巻く!

ここで、ランブルスコがなくなったので、2つ目のバルヴェーラを使った微発泡ワインが饗される。これはランブルスコほど発泡が強くない。凝縮感があるワインだ。

5)ヴェネト州のソップレッサというサラミ
ほんのり大蒜の香りがする。化学調味料も発色剤も入れていないそうだ。薄いピンク色のサラミだ。

サラミに合わせてあるのが、リグーリア産のフォカッチャ。フォカッチャは、じゃがいもを入れて作るそうだ。というか、厳密には、じゃがいもを入れていないと"フォカッチャ"と呼べないとのことだ。これは、粉の二倍以上の北海道のインカの目覚めを入れて作られているという。

手でつまんで一口いただくが甘い。この甘味はじゃがいも由来のものだろう。これに合わせるのがソップレッサという、直径10cm以上もするかなり大きめのサラミ。生肉感と、柔らかさが素晴らしい。

6)ガローニのプロシュット・ディ・パルマ、24ヶ月以上熟成させたプロシュート 下は熱々の揚げパイ、"トルタフリット"、現地と同じ食べ方で...
手で持っていただく。1つ目のトルタフリットは、パイにまだ揚げたての温もりが感じ取れる。このぬくもりの中でプロシュートの旨味を堪能する。ペルシュウと比較して、味わいが濃いハムだ。

7)自家製の平焼きパンと、ピエモンテの良質な発酵バターと最高級品、黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
イタリアの生ハムの王様、"クラテッロ・ディ・ジベッロ"。豚の外腿肉の一番旨味の強い部分をより分けて、膀胱に詰めて熟成させたものだ。

しかも、本日は非常に稀少な"クラテッロ・ネロ"と呼ばれるパルマ黒豚を使った"クラテッロ・ディ・ジベッロ"だ!、自家製の平焼きパン("チャバッタ")とピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

旨みと酸味のバランスが絶妙だ。香気も押しつけがましくなく実に品がある。絵画における新古典派のような英雄的で端正な閃きを感じる。他の生ハムも素晴らしかったけれど、本日一番を決めるとしたら、わたしはこの一品を迷いなく選びたい。


5.魚料理...岐阜 長良川より 天然ウナギのアルフォルノ 新竹の子、フルーツトマト添え
4月20日から漁が解禁になった天然うなぎ。アルフォルノ=オーブン焼き。新潟の新竹の子を香ばしく焼き上げ、上にはフルーツトマトとケッパーソースを合わせたものがかけられている。天然ウナギからは焔(ほむら)立つようなしっかりしたウナギの風味を感じる。また、これと竹の子との相性が驚く程よい。

6.旬のパスタ...手打ちパスタ 徳島産 白鮑とアスパラソバージュ和え
鮑を使ったパスタ。タリアテッレ。アスパラソバージュがあわせてある。アスパラソバージュは、味的にはクセや強い香りはなく、茎の部分は噛むと心地よい歯ざわりと少しばかりのぬめりを感じる。

鮑。夏の到来を感じさせる食材だ。ただ、この時期の鮑は、鮑本来の滴るように濃密な存在感はまとってはおらず、いまだ爽やかで軽快な印象を受ける。

7.メインの肉料理...フランス シストロン産 仔羊鞍下ロースのアッロースト 新玉ねぎのフォンドゥータ添え モデナの伝統的なアチェート・バルサミコDOPのアクセント
仔羊に新玉ねぎ。実にシンプルな一品だ。そこに25年熟成のアチェート・バルサミコでアクセントをつけてある。わたしは、こういう味を足しこんでいないシンプルな一品に目がない。仔羊はしっかりした存在感を示しつつもまったく臭みがなく、新玉ねぎの甘みとのマリアージュは抜群であった。また、ソースの酸味のアクセントが秀逸だ。

これにあわせるのは、北イタリアのメルローのワイン。

8.デザート...ラティンピエーディ
ラティンピエーディとは、パンアコッタのようなお菓子だ。牛乳と砂糖とゼラチンでつくった実にシンプルな一品だ。

9.小菓子、ピッコラ・パスティッチェリア
最後に、宮崎の完熟マンゴーの小菓子が出て一通りとなる。わたしは、ひとりだけ、「ペレグリーノ」さんに来たらお決まりのロマーノ・レヴィさんのグラッパでこの最後の一品を愉しむ。

やはり、「ペレグリーノ」さんは素晴らしい。いつまでもいつまでも絶対に擁護し続けたいレストランである!

最後に失礼する際にシェフとお話ししていて意外なことがわかった。

わたしは、映画が好きで普段からいろいろと観るのだけれど、今まで観た映画の中で、紛れもなくベスト10に入る1本に、北野武監督の『キッズ・リターン』という映画がある。

これを20年ほど前に渋谷のユーロスペースで観たときに、上映後、感動でしばらく座席を立ち上がれなかったことを今でもまざまざと思いだすことができる。...なんと、今日この日、高橋シェフもこの映画の大ファンだということがわかったのだ!...意外とシェフとは映画的感性も近いものがあるのかもしれない♪

黒トリュフが"森の香り"だとすると、アルバ産白トリュフは、"仄かに湿り気を帯びたプロパンガスの香り"とでも言おうか...このクセのある特香成分が止められない!やはり、この時期は「ペレグリーノ」さんで白トリュフをいただくのが決定的に正しいやり方だろう。

2016年11月25日(金)19:30、友人3人と「ペレグリーノ」さんを訪問する。また、今回もご主人高橋シェフのの優しいお人柄が素敵であった。

まずは、シチリアのグリードという白ぶどうを使った、スパークリング白ワインが饗される。青みがかった風味が涼やかだ。

1.メニューに書かれていない小さなお摘み、生ハムの細かく刻んだものを加えた、エミリア=ロマーニャ州特有のパン〝クレッシェンド〟
スナック的な感じで摘めるパンだ。細かくまぶされた生ハムが香ばしい。

2.長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出した澄んだ味わいのブロート
水と塩と軍鶏だけで16時間、沸騰させることなく煮込んだブロート。その中に2種類のラビオリが入っている。白い皮のほうが今が旬の白トリュフを加えた詰め物で、もう1つが、義太郎軍鶏の胸肉を合わせたラビオリだ。

一口いただくけれど、ブロートの透明感にちょっとうろたえる!存在感を主張するのではなく、ひたすら透明感を追求した一品である。口に含んだ2種類のラビオリの違いは圧倒的だ。白トリュフからは、白トリュフの特香成分が紛れもなく感じ取れる。ブロートの透明感の中で、ラビオリの表情の違いを愉しむ。

3.「ペレグリーノ」さんのスペシャリテ、パルマ生ハム5種類!
エミリア=ロマーニャ州、北イタリアのランブルスコという葡萄を使った微発泡赤ワインが饗される。現地では、パルマ産の生ハムには、この微発泡のランブルスコを合わせるのが定番だ。フレッシュな酸味と細かな泡ののど越しがよい一品である。

1)日本産のパルマハム、パルマで9年間修行した日本人唯一のパルマハム職人、多田昌豊(ただまさとよ)氏の"ペルシュウ"
塩と風だけで作る生ハム。本当に繊細な味わいである。右端に鮨屋さんの山葵のように少しこんもりとハムが盛ってある。これは、ハムを切るときにできたクズのようなものだそうだが、すごく甘みがある。これは最後に掬ってまとめていただくことにする。

2)イタリアのボローニャソーセージ、モルタデッラのハム
これは、添加物、調味料がまったく使われていない。本物のボローニャ風ソーセージのハム。香り高く、味わいも余韻が長い。

3)ガローニのプロシュット・ディ・パルマ、24ヶ月以上熟成させたプロシュート 下は熱々の揚げパイ、"トルタフリット"、現地と同じ食べ方で...
手で持っていただく。1つ目のトルタフリットは、パイにまだ揚げたての温もりが感じ取れる。このぬくもりの中でプロシュートのの旨味を堪能する。2つ目は、トルタフリットが温度が落ち着いてくるので、フリットとプロシュート、それぞれの味わいをいただく。

4)固くしまった熟成のサラミ
高橋シェフの創意工夫で、より美味しくいただくために、すこし脂が融解するようにオーブンで温めて香りをだしている。香り高いサラミだ。微発泡ワインとの相性は抜群だ。

5)自家製の平焼きパンと、ピエモンテの良質な発酵バターと最高優品、黒豚の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"
本日の"クラテッロ・ディ・ジベッロ"は、黒豚だ。前回は黒豚の入荷がなく、白豚であったけれど、本日は白豚より稀少な黒豚をご用意いただく。自家製の平焼きパンとピエモンテの良質な発酵バターの上に"クラテッロ・ディ・ジベッロ"を載せて饗していただく。やはりこの生ハムは別格だ。ほかの生ハムとは比較にならないネットリとした味わいに舌を巻く。

4.徳島の南の方、由岐というところの水が綺麗な白甘鯛の松笠揚げ、イタリア野菜のほろ苦いプンタレッラという生野菜のサラダ、手前にパセリが主体のサルサヴェルデを添えて
ここで、白ワイン、フリウリ=ヴェネチア・ジュリア州、北イタリア、飲み心地の良いワインが饗される。

今日の白甘鯛は、徳島の由岐というところのもの。由岐は、水が綺麗な海に面しており、アワビやアオリイカ、伊勢海老の産地なのだそうだ。今は時節柄、甘鯛やノドグロが獲れるという。松笠揚げがパリパリと旨い。ぐじの若狭焼きに近い感じである。

5.天然の鰻の炭火焼、下に敷いてあるのがイタリアの野菜の女王と言われるラディッキオ・ディ・トレヴィーゾ・ロッソ・タルディーヴォ、上からは、10年以上熟成したシエーナ産のバルサミコソースをかけて
吉野川と河口のところでとれた海鰻。やはりこの鰻も蒸したりはしない。その弾力に強かに打ちのめされる。
ここで赤ワインが饗される。1993年、20年以上熟成された、頃合の北イタリア、ロンバルディアの赤ワイン

6.軟質小麦で作った絶品タリオリーニ!白トリュフをふんだんにスライスして...
軟質小麦を挽いた粉。粒は極細かい。繊細。卵黄だけでなく、全卵をしっかりと入れて練り上げた純粋で繊細なパスタに脱帽!そこに、ふんだんに白トリュフをスライスしていただく。"仄かに湿り気を帯びたプロパンガスの香り"にくらくらしそうだ。

わたしは、元来、たとえば、雷鳥のような、香りを愉しむ嗜好品に近い食材に弱い。この白トリュフもまさにそうした嗜好品としての食材の代表格だ。

ここで次の赤ワイン。ピエモンテの良質なバルベーラ・ダスティのもの

7.岩手の山形村というところの赤身の味わいが強い短角牛、付け合せに洋ナシのマスカードシロップ
赤身の味わいが深い。牛の旨味成分、イノシン酸、グルタミン酸がたっぷりと含まれて、肉は柔らかく味わいが秋の紅葉のように深い。

8.濃縮ミルクのジェラート、上には香ばしくローストしたヘーゼルナッツをふりかけて
「当店では開店以来人気ナンバーワンのデザートです...」とのご案内。これは確かに旨かった。ミルクが濃く、パリパリと口中にはじけるヘーゼルナッツも小気味よい。最後に白トリュフの小菓子で一通りとなる。

やはり、「ペレグリーノ」さんは時折訪問しなければいけないイタリアンである。目下わたしの中でNo.1イタリアンだ!さっそく、次の予約を抑える。次は来年5月、貸切の会だ!

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年10月23日(金)記す

『イタリア料理とはこんなに肌理細やかな料理であったか...「ペレグリーノ(PELLEGRINO)」、このイタリアンは凄い!饗される一品一品が新鮮な驚きに充ちている!』

お花畑や女の子、お陽さまに、お星さま、そしてその合間合間を縫うようにメッセージやポエムのテクストが書き綴られていく...その花咲くようなラベルを指差してお連れさまがこう言う、「マドさん、これがね、レヴィさんのグラッパですよ...」

伝説のグラッパ職人、ロマーノ・レヴィさんのグラッパのボトルを肩ごしに眺めながら、今から都内指折りのイタリアンで饗応が始まろうとしている。2015年10月23日(金)...これから、素晴らしいというのが惜しいくらいの途轍もないイタリアンで過ごした数時間についてできるだけ詳細に書き綴っていきたいと思う。

店内は縦長に小さい。本日はグルメ仲間6名の貸切である。店主、高橋隼人(たかはしはやと)さんと会話を交わすうちに次第にメンバーが饗応の場に集まってくる...予定通り、19:30、会がスタートとなる。

まずは、スプマンテ。「ペレグリーノ(PELLEGRINO)」のワインは、温度ぬるめに饗される。こちらではワインの味わいを感じてもらうため、キンキンに冷やすことはない。スプマンテは、ピエモンテ州のスプマンテ、Massimo Rivetti Brut Duemilanove(マッシモ リヴェッティ ブリュット デュエミラノーヴェ)。シャルドネとピノノワールをブレンドした一品。辛口で、きりりと引き締まる。

1.自家製全粒パンとピエモンテ州の発酵バターを添えたお摘み
(隼)本日のおつまみです。当店で定番となるものですが、自家製の天然酵母とイタリア産のオーガニックの全粒粉を練り上げてただいま焼き上げたばかりの自家製の全粒パンです。そしてその上には北イタリア、ピエモンテの大変良質な発酵バターを現地より少し厚みを持って切って添えてあります。シンプルなんですが、どの素材も際立つような仕立てですので、どうぞスプマンテ、ノンアルコールのお飲み物とあわせてお召し上がりください。

質朴な香ばしさが漂う。バターもいささかもしつこさがなく、ひたすら好感がもてる。

ここで最初の赤ワインが饗される。Giuseppe Mascarello Figlio Langhe Freisa Toetto(ジュゼッペ・マスカレッロ・エ・フィッリオ ランゲ・フレイザ トエット)。ネッビオーロ種。甘み、 酸味はまろやかだけれどシャープな感じの素敵なワインだ。

本日のコースは、アルバのトリュフをふんだんに使う代わりに、余分な小さな料理を削ぎ落とし、通常のメニューとは若干構成を変えてあるとのことだ。

2.初めの一皿 長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したブロート アルバ産トリュフ風味
(隼)長野県伊那産ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したブロートになります。トリュフを際立たせたかったので、軍鶏は14時間以上、一度も沸かすことなく煮詰めてすごくクリアなお出汁になっております。

白トリュフの香りが凄まじい。トリュフにブロートを注いだあと、パンのご案内がある。

(隼)どうしてもトリュフがお皿にへばりついちゃいますのでこの料理にあわせたパンをお出しします。イタリア産のオーガニックの小麦と、北海道産の越冬じゃがいものを練りこんだフォカッチャです。

ここで、白ワインが饗される。Castello di Lispidda Amphora Bianco(カステッロ・ディ・リスピーダ アンフォラ ビアンコ)。"アンフォラ"という陶器の甕にいれて地中に埋めて熟成させるという方法を使って作られた色は、輝かしいオレンジ色。煮詰めた金柑、カラメル、ドライフルーツ、アンズ、といった複雑な香りが鼻腔に広がる。これがお代わりするくらい美味しい!

3.季節を取り入れた前菜・仏産 鴨フォワグラのテッリーナ、徳島里浦産さつま芋"里むすめ"とのコンビ、白トリュフ蜂蜜がけ
(隼)フランス産鴨のフォアグラのテリーヌ。下には今が旬の徳島県産、"里むすめ"と呼ばれるさつま芋のローストを敷いてあります。芋はアツアツで、上のフォアグラは冷たいものをあわせてあります。この温度差をお愉しみください。あと、フォアグラの上にはアカシアの蜂蜜、イタリア産のもので、その中に白トリュフを刻んで加えております。今、冷たいところに白トリュフがのっておりますので、香りはそんなに立ってないんですが、上から外側のスプーンとフォークで一緒に切って口に運ぶことによって、口に白トリュフの香りが広がります、お試しください...

"里むすめ"の質朴とした甘味が素晴らしい。食べ進めるほどに白トリュフの芳醇な香りが舞い上がる...

ここで、次の赤の名品が饗される。Lambrusco 2013 Camillo Donati(ランブルスコ 2013 カミッロ・ドナーティ)。イタリア・エミリア・ロマーニャ産の微発泡の赤だ。 ランブルスコ・マエストリ種100%。果実味鮮やかで、いきいきとした酸味が印象的だ。泡立ちは柔らかく、飲み心地のよい赤だ。

4.前菜・パルマの生ハム、サラミ盛り合わせ"サルーミ ミスティ"
さあ、ここからが「ペレグリーノ」ご自慢の生ハムサラミの饗宴である!手動の生ハムスライサーでひと皿ひと皿饗していただくことになるのだが、ここはしばし、高橋シェフのご説明に耳を傾けようではないか!

(隼)当店名物の切りたての生ハムサラミの盛り合わせになります。生ハムサラミの盛り合わせと謳っているんですが、当店は生ハムを一番美味しい状態でお召し上がりいただくために、1種類ずつ順次切り分けてお持ちしています。このあと2種類、3種類とお持ちしますが、本日は白トリュフの方に比重をおいておりますので、少し少なめに5種類をお持ちいたします。お皿が白くなったところに順次お鮨屋さんのようなスタイルでお持ちします。

1)日本の岐阜の山奥で造られる、多田昌豊さんのごく繊細な味わいのプロシュート"ペルシュウ"
(隼)これは日本の岐阜の山奥で作られる"パルマスタイル"のプロシュート、"ペルシュウ"になります。何が"パルマスタイル"かといいますと、イタリアパルマで、延べ9年間修行し、日本人で唯一のパルマハム職人として現地で認められた多田昌豊(ただまさとよ)氏が、日本に2010年に帰国して作る極上のものということで"パルマスタイル"と謳わせていただいています。

(隼)多田氏は、岐阜に移り住んで、まったくパルマと同じ工房をつくって、パルマと同じ製法で作られています。ただ、豚が日本の岐阜の豚を使っているので、塩加減は現地より少し抑え目に作っていて、こうした繊細な味わいになっております。

(隼)この生ハムは、東京のレストランでは当店のみの扱いとなっております。多田氏がすごくこだわりがあって志が高い人間ですので、この薄さに切れない料理人には売ってはいただけません。彼の生ハムを使いたいとなったら、彼が来て切ってみろ、となって、で、切れないと一切売ってはくれないんです。

(隼)あと、この生ハムには、ぼくの修行したイタリアパルマの特産ワインである微発泡したランブルスコをあわせるのが、現地でもお決まりとなっております。一緒にお愉しみください。

生ハムの既成概念を覆す逸品である。このシルクのようななめらかな舌触りと、いささかもしょっぱくない味わいの品性は瞠目に値する!

2)ガローニのプロシュット・ディ・パルマとパルマ風揚げパイ、トルタフリッタ
(隼)パルマ風揚げパイ、トルタフリッタを下に敷きまして、その上には、本家イタリア、ガローニ社製のプロシュット・ディ・パルマです。多田昌豊氏が修行していた会社です。24ヶ月熟成のものです。そして、イタリアパルマでは、このプロシュット・ディ・パルマでは、必ずと言っていいほどランブルスコと同じようにトルタフリッタを添えるのが、お決まりとなっています。大変味が広がりますので、ぜひ一緒に刺してお召し上がりください。

どこまでも香ばしい香りを放つ揚げパイがお皿に2つ置かれ、その上にプロシュット・ディ・パルマがふんだんにのせられる。この一品も素晴らしいの一言に尽きた。熟成プロシュートの滋味深い味わいと、香ばしいフリッタの屈託のない軽やかさはこれ以上ない組み合わせである。

3)本物のボローニャ風ソーセージのモルタデッラ
(隼)添加物をまったく使っていない本物のボローニャ風ソーセージのモルタデッラです。香り高く、味わいも余韻が長いです。

こんなに素晴らしいソーセージを未だかつて食べたことがあったろうか!その優しいアピアランスと味わいに深くため息をつく。

4)サルーミ・クラテッロ
(隼)サルーミ・クラテッロと呼ばれるもので、サラミとは言え、熟成加減20日程度の生肉に近い本当に生肉に近いフレッシュな味わいのサラミでございます。サラミ・クラテッロといわれますように、これからお持ちするのがイタリアの生ハムの王様、クラテッロ地方の生ハムで作られたサラミになります。本格的なクラテッロを仕込むときにできる端肉(はしにく)から作られたサラミです。良質な肉を使って作られていますので、熟成加減は素晴らしいです。で、さらに味を際立たせるためにオーブンで表面だけをほんのり温めて脂を溶かし、香りを出してお持ちしました。

ほんのり温めて溶かした脂がサラミの表層を覆い、良質な身肉(みしし)をたおやかに包み込んでいる...この高橋シェフの画竜点睛が素晴らしい。(この一品は後ほどおみやにしていただくことになる)

5)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"、発酵バター、平焼きパン"チャバッタ"とともに
(隼)イタリアの生ハムの王様"クラテッロ ディ ジベッロ"でございます。本当に希少で別格の味わいです。必ず満足いただけると思います。本日はせっかくですので、2種類の切り分けでお持ちしています。ぜひ手前の切り分けただけのものからお召し上がりください。奥手にあるのが平焼きパンの"チャバッタ"と、あとは良質な発酵バター、それとごくごく薄切りにして幾重にも重ねたクラテッロを乗せたサンドイッチです。現地ではこれが最良の食べ方と言われています。ぼくもそう思うので、ぜひこれは最後にお召し上がりください。

(隼)これは、豚の腿肉の一番美味しい外腿肉の部位だけを足からまず外して、それでそれを豚の膀胱に詰めて、吊るして熟成させるんです。あのー、普通、熟成というと乾燥した場所で熟成させるんですが、この土地(パルマ、クラテッロ)は湿地帯なんですね。川のすぐ横で熟成させるので、その湿地帯で熟成させるためには、豚の膀胱に詰めて、外側はカビが生え、菌をまとわせて中に影響がないように熟成させるんです。

(隼)そのまま食べると美味しくないので、現地でもまず豚の膀胱を取るために赤ワインと白ワインに漬けてふやかして膀胱をとって、そのあとにさらにその膀胱と肉の間にある腐敗した部分を全部削ぎ落として、さらにワインに漬けて頃合になるまで、店でしばらく置いておいてからお出しします。

(隼)この製法(戻し方というの)は、イタリアの現地で修行してないと中々わからないものですから、同じクラテッロを他のお店で食べても、なかなかこういう香りのものは出てきにくい状況になっているかと思います。

(隼)今日は白豚のクラテッロだったのですが、もうひとつ本当に芳醇で、年に何本も入ってこないような黒豚で仕込まれたクラテッロというものがございますが、それはもう本当に、味、香りがもうワンランク上になるもので、戻すときのワインもバローロを使ったりします。

とのことだ。さすが高橋シェフの思い入れもひとしおである。ハムは絶品。どのハムもそうであるが、実に品性を備えていて繊細であることに驚きを禁じえない。ここのハムは、わたしが食べたハムの中でも指折りの逸品である!

ここで、次の微発泡の赤ワインが饗される。Barbacarlo Oltrepo Pavese Montebuono(バルバカルロ オルトレポ・パヴェーゼ モンテブオーノ)。ロンバルディア州、Barbera (バルベーラ)、 Croatina (クロアティーナ)、UvaRara (ウーヴァ・ラーラ)、 Ughetta (ウゲッタ)、4種のぶどうを使った微発泡の赤ワイン。一口いただくが、 ハーブなどの独特の香りと味わいが心地よい。

高橋シェフから一言ご案内がある。

(隼)実はこのあと、(メニューに)魚って書いてあるのですが、その前に一品挟ませていただきます。今日はあんまり余分なものは、お出ししないと言っていたんですが、偶然に本当によい食材が入りましたもので...食材はイタリアのフレッシュなポルチーニの大変良質なものです。

4.ポルチーニ茸のフリット、ネピテッラを添えて
(隼)現地ではポルチーニといったら、ネピテッラというミント系の香りのする香草、ポルチーニと抜群に好相性のものを使います。このダイナミズムをお感じください。

傘といしずきを分けてフリットされている。これが途轍もなく旨い。傘の部分は信じられないくらいの瑞々しさで食べ手を圧倒し、打って変わっていしづきのシャリシャリ感がたまらない!良質なポルチーニとはこんなにも瑞々しく水分を含んでいるものかと驚きを禁じえない。

ここで、次なる魚料理を見据えて白ワインが饗される。Vitovska Origine 2009 Vodopivec(ヴィトフスカ・オリージネ 2009 ヴォドピーヴェッツ)。ヴィトフスカ種100%のイタリア・フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア産の白ワイン。

5.魚料理 徳島産鳴門海峡より、一本釣りの鰆(さわら)イタリア野菜 プンタレッレとガエタオリーブのペーストを添えて
(隼)紀州備長炭焼きです。鰆が一番美味しくいただけるようにミディアムレアの状態で火を入れております。2種類のフルーツトマトと、渋みと苦味を感じ取れるオリーブのペーストをアクセントに添えております。奥手にある野菜は、今が旬のイタリア野菜、プンタレッレになります。

まさに海で泳いでいる鰆の新鮮さを、そのままにひと皿に仕立てたような一品。ミディアムレアから感じ取れる鰆の鮮度に胸を打たれる!

ここで、次のパスタを見据えて赤ワインが饗される。イタリアワインの王様、バローロだ。Giovanni Canonica Barolo 2005(ジョバンニ・カノニカ バローロ 2005)貴重なバックヴィンテージ!、一口含むが、余韻が長く充分なボリュームである。酸、タンニンもししっかりとして豊かである。

6.パスタ 手打ちパスタ タリオリーニ アルバ産 白トリュフで覆い尽くして
(隼)ピエモンテのタヤリンは、トリュフに合わせやすいように卵黄だけでねったもの、と最近は定義付けられているのですけど、ぼくはエミリア=ロマーニャ州で修行したんで、卵黄だけだとボソボソしてしまうんで、こちらのタリオリーニは、(少し卵黄は多めに配合しているんですが)、全卵をしっかり入れて作っています。

この白トリュフのふんだんな使い方は罪である。胸が詰まるくらいに悩ましく食べ手を圧倒してくる。タリオリーニの出来栄えも素晴らしいの一言である。

ここで、最後のメインを見据えて赤ワインが饗される。La Stoppa 2003(ラ・ストッパ 2003)。エミーリア・ロマーニャ州のビオ。凝縮感がしっかりとあって、粗絞り感を主張してくる良品である。

7.メイン料理 バザス種 牛 リブロース芯 の紀州備長炭火焼 イタリア産洋梨のマスタードシロップ漬モスダルダ添え
(隼)バザス種、日本に10月に初上陸。フランスでも一番素晴らしいと言われているのがバザス種です。フランスバザスの最高の牛肉リブロースの芯だけを使ってます。まわりは全て削ぎ落として、あとはリブロースの周りについている筋だけを焼いて煮出したソースをつけています。付け合せはなくて、アクセントにイタリアの洋梨のマスタードシロップ漬け、モスタルダをお付けしています。

良質な牛ステーキである。付け合せの洋梨のシロップとの相性も抜群である。

ここで、最後の白ワインが饗される、Verduzzo(ヴェルドゥッツォ)。淡黄色または黄色の麦わら色を持った白。一口いただくが、繊細でフルーティー、特徴的な香りを持った上質な白である。

8.デザート 伝統的、典型的なバニラ風味のパンナコッタ
(隼)伝統的なパンナコッタです。上にはイタリアを代表する伝統的なデザートのひとつザバイオーネです。温かいものです。そこに本日、ピエモンテの白トリュフを加えた白トリュフのザバイオーネです。卵黄をかきたててつくるものなんですが、それと一緒に掬ってお召し上がりください。

「ペレグリーノ」のパンナコッタは悶絶するほどに旨い!

(隼)少量、ロマーノ・レヴィさんのグラッパをご用意しました。

(皆)えー!

(隼)このグラッパの香りと、チョコレートを一緒にいただいたら、どちらも甘さが際立つと思います。カカオ分100の%のベネズエラ産の自家製の生チョコレートになります。

レヴィさんのグラッパ。まるで上等のワインを飲んでいるかのような柔らかな接触感...まさに天使のグラッパである!

以上で、本日の「ペレグリーノ」は一通りとなる。わたしの中でイタリアンのランキングが塗り替えられた一夜であった!「ペレグリーノ」は途轍もない。イタリアン好きで未訪の方があるなら、今すぐ駆けつける価値のある名店である!

  • ジベッロ村の"クラッテッロ ネロ"希少なパルマ黒豚の幻の逸品
  • 【旬の一皿】大間の黒鮪のクルード
  • 【初めの料理】長野のぎたろう軍鶏、丸ごと一羽煮出した "ブロート" 詰め物をした小さなラヴィオリ"カペレッティ"を浮かべて

もっと見る

7位

エスキス (銀座、有楽町、日比谷 / フレンチ)

1回

  • 昼の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥20,000~¥29,999

2015/10訪問 2015/10/05

繊細に整えられたドラクロワのパレットのような...「エスキス(ESqUISSE)」、ここで饗されるすべての皿は、花束のように精緻な彩(いろどり)でひたすら震えている


ドラクロワのパレットのような色彩豊かなお料理たちが、真昼の陽光をまともにうけとめるとき、それは途方もなく美しい美食空間の被写体となる。お皿の真っ白なキャンバスの上には、肉厚な椎茸とフォアグラ。そこにそそがれる"鴨節"のソース...それをひと皿の上に認めただけで、狂おしいまでの胸騒ぎを覚えてしまう...

2015年10月3日(土)。現代フレンチの最高峰、銀座「エスキス(ESqUISSE)」で過ごしたひとときについて、以下できるだけ詳細に書き綴っていこうと思う。東京メトロ日比谷線銀座駅をB4出口から晴海通りを横断して、並木通りに入ってすぐ右手にロイヤルクリスタル銀座ビルはある。エレベータで9階までのぼり、予約名を告げると、席へのご案内となる。案内された席からは快晴に恵まれた銀座の街並みが一望できる。

本日は、料理に合わせてワインをバイ・ザ・グラスでいただく"ヴァン・ド・ギュスタシオン"をつけていただくことにする。まず最初に、シャンパン(これは"ヴァン・ド・ギュスタシオン"ではなく、お料理のコースの中に含まれている)が饗される。ラエルト・フレール、ウルトラディション・グラン・ブリュット。一口いただくが、繊細なフルーツや白い花の香りを感じる優しいシャンパンである。シャンパンを愉しんでいるとほどなく先付が饗される。

1.アミューズ:トマトのゼリーの上にセミドライした秋刀魚、秋刀魚の上にはパルメザンチーズとバジルの葉、下にはサーモンのオイルとトリュフを敷いて...
まずは、バジルの葉が涼やかに口中を駆け抜ける。次いで、表面が香ばしく焼かれた秋刀魚の身肉(みしし)から、旬の秋刀魚の最高の脂のりがしっかりと感じ取れる。メニューにも含まれない小品だけれど、きっちりと自己主張が感じ取れ、このあとのコースのラインナップに期待が高まる。

ここで、1品目の白ワインが饗される。アルザス・グランクリュ ピノ・グリ シュナンブール 2008 ドメーヌ・マルク・テンペ。鼻に近づけると、蜂蜜のような香りがふわりと舞う。一口含むが、酸とミネラルの絶妙のバランスがクセになる。

ここで、自家製のバケットとバターとお塩が饗される。小皿には、塩を使って"ESqUISSE"の"E"が描かれている。

2.アントレ1:かぼちゃのヴルーテ、ピューレとスープの間くらいの濃さのあるシチューのような一品、レモンタイムとオレンジの実からつくったクッキー、オレンジの生地をあわせて...
最初の一品目は甘味でくる。かぼちゃの甘味と、バナナの甘味が引き立った濃厚な冷たいヴルーテである。まず、品の良い甘味が好感が持てるし、かつヴルーテがしっかりとしていて、きっちりお食事感があるのも嬉しい。入口にふさわしい一品である。

ここで、2品目の赤ワインが饗される。ボー・ペイサージュ ツガネ ラ・モンターニュ。日本の生産者の手になる一品。山椒、木の芽の風味が漂う個性的な一品である。濾過を行っていない分甘味がしっかりとしている。

3.アントレ2:ソテーしたフランスランド県産のフォアグラと大分の椎茸をあわせた前菜。鴨の胸肉をスモークして乾燥させ、鰹節のように加工したものを鰹節削りで削ってお出汁をとった自家製のスープをかけて...
エスキス特製の"鴨節"のお出汁とともにいただく、フォアグラと椎茸のソテー。これも素晴らしい出来栄えであった。"鴨節"のスープは、どちらかというと鰹節ベースのお出汁を彷彿とさせるあっさりとしたものだ。お蕎麦屋さんに伺ったような感覚を覚える。そのさっぱりとしたお出汁でいただくフォアグラと椎茸の滋味はまた格別である。

ここで、3品目の白ワインが饗される。グラフ・ソーヴィニヨン。フランスのソービニヨンブランのように硬い感じではなく、ピュアで優しい感じである。

4.アントレ3:富士山の麓の水の綺麗なところで育てられた鱒を使った前菜、ミディアムレアに仕上げて。同じ富士山の麓のマッシュルームと、手前にはクレソンのクリームと、泡のソースは発酵させたブドウとマッシュルームの旨みをあわせたソース、中心にはグレープフルーツと千切りにしたぶどうのペーストを添えて...
富士の豊かな水量を誇る芝川で育まれた鱒(くぬぎ鱒)を使った前菜。野菜のソースや泡で、さっぱりといただける一品である。ゆっくりと味わっていくにつけ、雄大な富士山麓に息づく清澄な自然の営みが基調低音のように伝わってくる。

ここで、4品目の白ワインが饗される。ブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ クロ・サン・フィリベール。特級畑エシェゾ(畑)のブドウからなる白ワイン。芳ばしいアーモンド風味、綺麗な酸とミネラルを感じることができる、実に好感がもてる一品である。

5.ポワソン:大分の甘鯛、ホタテのお出汁と野菜のブイヨン、南フランスでよく使われるウイキョウを使ったスープをかけて...
これも配膳後、きちっと火入れした甘鯛の下に、スープが流し込まれる。今回は、ホタテとウイキョウをベースにしたスープである。甘鯛と一緒にいただくが、これが絶品であった。甘鯛の甘味とホタテとウイキョウのスープが奏でる滋味深い味わいのマリアージュはなんとも素晴らしい。

ここで、最後、5品目の赤ワインが饗される。レッチャイア ミレニウム 2006 ロッソ・ディ・トスカーナ。トスカーナワイン、サンジョベーゼ、イタリアでブドウが素晴らしかった2006年のもの。一口いただくが、これが素晴らしい出来栄えであった!年輪を感じさせる深い味わいがドンと伝わってきたかと思うと、長い長い余韻で飲み手をうっとりとさせてくれる。

6.ヴィヤンド:ブルーベリーのパウダーをまぶしてローストした蝦夷鹿。付け合せは、舞茸・ごぼう・セロリ。ピューレは白人参のピューレ。ソースは鹿肉とカシスのおソース...
鹿のヒレのローストである。わたしはジビエ料理は大好きだけれど、とくに鹿肉には目がない。一口いただくが、その柔らかさと味わい深さに思わず舌を巻く。そして、レッチャイアと一緒に嚥下した後、口中から鼻腔にずうっと残り続ける鹿の旨みにうっとりとする。また付け合せを茸やごぼうなどを中心に朴訥にまとめあげているのも好感がもてる。

7.アヴァン・デセール:桜の風味のゼリーとレーズン、その上にマスカット・オブ・アレキサンドリア、さらにその上にブランデーをあわせたバニラクリーム柿をピューレにしたもの。最後に巨峰と赤ワインを使ったシャーベットとスパシー風味の泡を添えて...
小品だけれど華やか。いろいろな味が愉しめるデセール前の一品である。ブドウのシャーベットと柿という組み合わせが秋を感じさせる。

8.デセール:抗酸化作用のある竹炭の黒色のソースと、セイジをベースにキウイフルーツを加えた緑色のソース。ゼリーは白ワンのゼリー、泡は白ワインの泡。これらのソースと泡のキャンバスに、ラスクや、グレープフルーツ、バニラを散らして...
美しい!ジョエル・ロブション、ピエール・エルメなど名だたる世界の名店でシェフ・パティシエを努めてきた成田一世氏のデセール。まさにこの一品ドラクロワのパレットのように精緻で繊細な花束の輝きに充ちた逸品であった。

ここで、ハーブティとプティ・フールで一通りとなる。「エスキス(ESqUISSE)」。今日この日を持って、わたしにとってこのフレンチレストランは、レフェルと双璧をなす都内でも屈指のフレンチになった。実に素晴らしい。再訪必死のレストランである。

  • 竹炭の黒色のソース、セイジをベースにした緑色のソース。これらのソースのキャンバスに、ラスクや、グレープフルーツ、バニラを散らして...
  • 大分の甘鯛、ホタテのお出汁と野菜のブイヨン、南フランスでよく使われるウイキョウを使ったスープをかけて...
  • かぼちゃのヴルーテ、ピューレとスープの間くらいの濃さのあるシチューのような一品

もっと見る

8位

フルタ (宝町、新富町、銀座一丁目 / 中華料理)

1回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.5
    • | CP 4.2
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    - -

2015/03訪問 2015/04/04

料理の世界ではときに嘘のような現実がいともあっさりと実現してしまう...「Furuta」、あの"シェフズテーブル"が東銀座に忽然と現われたと聞きつければ、取るものもとりあえず駆けつけるほかあるまい!


料理の世界ではときに嘘のような現実がいともあっさりと実現してしまう。かつて岐阜の自宅に作ったアトリエに、1ヶ月に1組、舌の肥えた客を招き入れ、美味の限りを尽くしてもてなす"シェフズテーブル"という空間があった...そこでの美味の饗応は、その伝説的とも言える訪問至難の希少性ゆえに未訪のグルマンたちを嫉妬で狂わんばかりにさせてきたのだけれど、その"シェフズテーブル"が嘘のようなあっけなさで忽然と東銀座の路地裏あたりに出現してしまうのが、料理の世界というものだ。

東京に"シェフズテーブル"が開店するという情報は、ちょうど1年前、岐阜の「開化亭」を訪問した際、古田等シェフのご長男からお聞きしていた。しかし、その後"シェフズテーブル"開店にまつわる噂はつゆ聞こえてこず、ようやく昨年11月、古田シェフのお弟子さんの山下さんのところに伺った際、来月新富町で開店しますよ、との情報を入手し、2015年の訪問を心に誓っていたところであった。と、年が明けてから、東銀座に「Furuta」が開店したとの情報を入手。さっそく予約をいれて、2015年3月7日(土)訪問が確定する...以下、シャワーのように浴び続けた美味の饗応につき、できるだけ詳細に書き綴っていきたい。

16:47、東京メトロ有楽町線新富町駅1番出口にでる。首都高速都心環状線を跨ぐ跨道橋(こどうきょう)を渡り、東銀座昭和通りに向かって歩いていくと、数本目の四つ辻に「うち山」が入るライトビルが向かいの左角に姿を現す。この辻を右折して、数10メートルゆくと、銀色のプレートに「Furuta」と書き付けられた表札をもつ白い矩形のシンプルな家屋が現れる。その外観は縦に細長く、なんとなく岐阜の「開化亭」を彷彿とさせぬでもない。

扉を開け中に入り、予約名を告げると、カウンター3番席に通される。店内は、奥に長い矩形で、白を基調として清潔感にあふれている...しかし、入店してから店内にずっとただよう、このパンを焼くような、あるいはバターソースをフライパンで仕立てていくような素敵に香ばしい香りはなんであろうか。この時点であきらかに通常の中華料理店とは違うと感じる。厨房で古田等シェフがにこやかに出迎えてくれる。やっとお会いすることができた感動にふつふつと悦びが湧きあがってくる。そして正面には、あの上湯(シャンタン)スープが入ったこぶりの寸胴が弱火にかけられている。

期待が高まる中、まずは、シャンパンをオーダーする。出てきたのは、プティ・ル・ブラン・エ・フィス ブラン・ド・ブラン ブリュット グラン・クリュ。泡は肌理細かく、量感も申し分ない。シャルドネ特有の桃や柑橘系の風味とブリオッシュのような香ばしさが両立した一品である。ミネラル感と清涼感を受け止めながら、コースの開始を待つ。

1.帆立と雲丹の揚げ餃子
まずは、1品目。「Furuta」のスペシャリテ、帆立と雲丹の揚げ餃子である。少し冷ましてから一口でいただいてみてください、とご案内がある。手元に饗されたこの一品を眺めてみて、まずはその表面に浮き上がった気泡の細やかさに心が震える。帆立と雲丹の揚げ餃子とは、こんなにも繊細なアピアランスであったろうかと、しばし記憶をまさぐる。

さっそく一口でいただいてみるが、香り高いバターソースの香りが立ち上ったかと思うと次の瞬間うたかたの儚(はかな)さで消えてなくなってしまう。どこまでも軽く華やかに花開いたかと思うと、次の瞬間、はらはらと散りはじめるあだ花のような佇まいを持った一品である。

2.天然とらふぐの白子 上湯(シャンタン)スープ
この上湯がなんとも素晴らしい。「Furuta」のほとんどの料理に使われる上湯に対する古田シェフのこだわりは凄まじいものがある。

まず、水。岐阜の山奥を15年に渡って探し続けた湧水が「Furuta」の上湯のベースとなる。この水は、古田シェフいわく、いろんな調味料など入れなくても味が出来上がってしまうという銘水中の銘水である。そして、スープを取るための食材にも古田シェフ一流のこだわりがある。通常、上湯は、牛肉、豚肉、鶏肉、金華ハム、ネギ、陳皮などからエキスを抽出する、というのが中華の常識であるのだけれど、古田シェフは雑味を極力そぎ落とすため、金華ハムと鶏肉だけに絞る。古田シェフの名言が聴こえてくるようだ。

 "手間は足し算、味は引き算"

食材に対する手当は、どこまでもかけるが、食材はたくさん掛け合わせるのではなく極力雑味を削ぎ落としひとつの食材の最高の味わいを引き出す、というくらいの意味であろうか。

さっそく蓮華で掬って一口いただくが、高貴な気品さえ感じさせる上質な上湯だ。掬うごとに少なくなっていく上湯になにか恨めしい気分すら湧いてくる。

上湯の中に沈められた天然とらふぐの白子は少し炙ってある。一口口に含むが、その舌触りは、七輪で丹念に焼き上げられた焼き餅を彷彿とさせるテクスチャである。そして香ばしい焼き目の中から、白子のむっちりとした生っぽいあたたかみが口中に溢れ出し、その粘っこい白子の佇まいに、舌が震えるかのようだ。

3.ベルーガ・キャビアの冷製ビーフン 太白胡麻油和え
キンキンに冷やされたガラスの皿に盛られたベルーガ・キャビアの冷製ビーフンが饗される。まずそのアピアランスがなんとも素晴しい!深い陰影をもって艶やかに光り輝くキャビアが雪のように白いビーフンの上に添えられることで、テーブルに高級感と彩を添えている。

箸先にキャビアを数粒のせて口に運んでみる。ねっとりと舌に絡みつくようなテクスチャで、濃厚な旨みをひと粒ひと粒に蓄え、絶妙な塩味を放っている。さらに下のビーフンと一緒にいただいてみると、太白胡麻油で化粧された冷製ビーフンがキャビアをシルクの肌触りで包み込み、至福の和音を奏でている。

ここで、白ワインに切り替える。お薦めされたのは、クローズ・エルミタージュ・レ・メゾニエ。マルサンヌ種100%。一口含むが、清潔でフルーティーな味わいの中に凝縮感も確かに感じ取ることができる。マルサンヌらしい完熟したアプリコットの香りと、穏やかな酸味に優しさを感じる。

4.漁師 村さんの徳島産ボラ 四川風ソース シャンツァイを添えて
ボラ。噛みごたえがあり、噛むほどに味わい深い白身魚である。これを四川風の甘辛のソースが包み込み、さらにシャンツァイの香気がときならぬ驟雨(しゅうう)のように鼻腔を通り抜けていく。ボラの滋味と甘辛ソース、シャンツァイの香気とが織り成す交響曲にしばしうっとりとする。

5.愛知産 活天然車海老の春巻き
春巻きの皮は、2枚使われており、1枚目は車海老にピタリと密着するように巻かれ、2枚目は、指が入るくらいに空気を入れてふわりと巻かれている。一口いただくと、外側の春巻きの皮がパリパリと香ばしく口中で割れ、比較的ピタリと巻かれた皮の中から野太い車海老が現れる。しかしでも、活天然車海老の身肉(みしし)とはかくも弾力をそなえたものであったか!また、半分に割ったもうひとつの方からは、海老味噌が溢れ出し、その格別な滋味の演出に舌を巻く。

...ここで、メインのお肉料理の選択肢についてご案内がある。今日は、仔羊、猪、金華豚の3種の取り揃えがあるそうだ。猪は、郡上の味噌を使ったオリジナルのソースで召し上がっていただきますとご案内がある。それを聞いた途端、これは、もう猪で行くほかないと固く心に決める。この際であるから、以前より話には聞いていた郡上味噌を使った古田シェフのオリジナルソースを味わわぬ手はない。

中華料理には、海老のチリソース、芝麻醤(チーマージャン)のゴマソースといった、いわゆる定番といわれるソースがある。それらと比肩するような未来に残る定番といわれるソースを作りたい、というシェフの強い想いで作られたのがこの郡上味噌のソースだ。郡上味噌に関心を示すと、古田シェフ、お皿に味噌を少量掬っていただき、葉ねぎとともに出していただく。見た目は黒く、味噌の中には大豆が形のまま残っている。ネギに少量つけていただくが、塩気の強い独特のクセがある味噌である。これがどういうソースに変化するのか...期待は彌増す。

6.フカヒレステーキ フランス・ロワール産ホワイトアスパラガスを添えて
フカヒレステーキが饗される。その黄金色のアピアランスは贅沢そのものである。まずは、フカヒレの下に敷かれたフランス・ロワール産ホワイトアスパラをいただいてみる。これが途方もなくあまい。古田シェフいわく、国産のものよりこのロワール産のものが断然甘味がたっているとのこと。

さっそく気仙沼産フカヒレを、スプーンで裂いていただいてみる。通常フカヒレは柔らかく煮るのが定番だけれども、「Furuta」のフカヒレは焼き上げてある感じだ。ここにも古田シェフの創意が感じられる。上湯で作った餡とともにそのカリカリとした食感を愉しむ。カリカリの食感からは、最高級のフカヒレのたわわな繊維がほどけるように口中に滑り込んでくる。

7.三陸産 鮑、鮑の肝と青梗菜の二種のソースで
鮑の旬は夏場とはいえ、この一品は素晴らしかった。濃縮したミルクを潮で包みこんだようなその身肉の弾力は申し分なく、また2種のソースのうち鮑の肝のソースの甘味と濃厚なコクに陶然とする。蒸パンがあわせて饗されるので、これを使ってソースの最後の一滴まで全ていただく。やはり鮑はよい。

ここで、古田シェフ、自家製のお漬物をさりげなく出してくださる。搾菜(ざーさい)の漬物だ。搾菜の漬物はあまり食べつけないものだけれど、中々に旨い。もう少し深く漬けて酸味を出すともっといいんでしょうけどね、と古田シェフ。

ここで、次の猪肉を視野に入れて、赤ワインをグラスでいただく。ソムリエの女性にしっかりしたストラクチャのものを、とお願いすると、出てきたのは、シャトー ラ・グラヴィエール 2007。メルロ100%。一口含むが、渋みのたったかなりしっかりした味わいに得心がいく。飲むほどにリッチな味わいを呈してくる極上の赤ワインである。

8.猪肉の揚げ物 郡上味噌で作ったソースを添えて、フランス産ウィンタートリュフをまぶして
ここでメインの猪肉が饗される。片栗粉をまぶして素揚げにした猪肉を、少し休ませておく。次は、ソース作り。郡上味噌に砂糖を加えつつソースを丹念に仕立てていく。ソースが出来上がると、少し休ませた猪肉をスライスして皿の上に盛り付け、さらに皿の上に郡上味噌のソースを流していく。そして、上からウィンタートリュフを存分にスライスする。シェフは、1番席前付近で調理されているのだけれど、3番席のわたしのところまでトリュフの風味が漂ってくる。

深い深い森林を彷彿とさせるウィンタートリュフの風味の中から猪肉が現れる。肉はしっかりとしているけど、クセは全くない。仄かな肉の旨味がそこはかとなく鼻腔のあたりを漂い、出しゃばる感じがない。白い脂身のところもいささかもクセがなく、あっさりといただける。

郡上味噌のソースを猪肉の上にのせて一緒にいただいてみる。ソースは甘く、ごろりと郡上味噌の大豆の存在感を感じる。そのザラザラとしたテクスチャが舌先を遊び、極限まで塩辛さが抑制された仄かな味噌の風味が鼻腔を漂う。ケレン味のない、素朴、質朴な味わいが心に染み入るように響き渡る。どこまでもどこまでも優しいソース。雪が降り積もる郡上八幡の農家の居間の温もりのような味わいを感じた一品であった。

9.担担麺と芝海老のチャーハン
ここで、お食事となる。「Furuta」でのお食事は、いえば何でも作っていただける。何品食べてもOKだ。わたしは、担担麺と芝海老のチャーハンをハーフサイズでいただくことにする。チャーハンは塩コショウでシンプルに味付けされたもので、パラパラの仕上がりである。卵で米粒が黄金色にコーティングされているのが嬉しい。

担担麺は、上に甘辛の牛肉ともやしを載せただけのシンプルなものだ。しかし、辛すぎず、味をしっかりと感じとることができる名品だ。スープは最後の一滴までいただく。

10.杏仁豆腐、燕の巣を添えて
中国茶と杏仁豆腐をいただいて、本日のコースが一通りとなる。

ミシュラン三ツ星のピエール・ガニェールをして「彼は平凡な人間ではありません」と言わしめ、これまた三ツ星の京都吉兆の徳岡邦夫をして、「人間の本質本能を突き詰めた料理」と言わしめた古田等シェフの奏でる料理の連なりは、やはり素晴らしいものがあった。制度化された技法への無邪気な信仰が、どれほど料理を凡庸化してしまうか、その技法の限界を際立たせること...2015年3月7日(土)「Furuta」で一品一品のお料理をいただきながら感じたのは、容易く料理的な感性を鈍化させまいとする古田シェフの厳しい一面であった。上湯、春巻きの巻き方、フカヒレのステーキ、そして郡上味噌のソース...いずれも古田シェフの創意に満ちている。そして、その営みの根底にあるものが、中華料理やフレンチといった料理の形式ではなく、地元郡上八幡が育くむ豊かな自然の恵みであることも痛いほど伝わってきた。

帰り際、昨年のちょうど今頃、岐阜のお店にお伺いしたこと、昨年暮れに山下さんのところに訪問した旨、古田シェフに伝えると、相好を崩し「ありがとうございます」と応答いただく。玄関先まで奥様にお見送りいただき、こちらから「大変結構でした、またよらせていただきます」とお声がけすると、「お待ち申し上げています」とたいへん嬉しそうにされておられた。踵(きびす)をかえせば、東銀座にはもうすっかり夜の帳がおりている。

  • ベルーガ・キャビアの冷製ビーフン 太白胡麻油和え
  • 愛知産 活天然車海老の春巻き
  • 猪肉の揚げ物 郡上味噌で作ったソースを添えて、フランス産ウィンタートリュフをまぶして

もっと見る

9位

すし匠 齋藤 (赤坂見附、永田町、赤坂 / 寿司)

1回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.8
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 -

2015/12訪問 2016/01/05

傑作というのが惜しいくらいの逸品を出していただけるお鮨屋さん...「すし匠 斎藤(齋藤 さいとう)」、ここは都内でも屈指のお鮨屋さんだと思います!


お鮨屋さん...美味しいお店はたくさんありますが、ここしかない!っというような...いわば歌舞伎役者がビシっと見得をきるような気持ちよさで「いい!」と断言できるお店は存外少ないものではないでしょうか...でも、その意味で「すし匠 斎藤」さんは掛け値なく素晴らしいと思えるお鮨屋さんです!

2015年12月28日(土)、20:30。2回転目から2時間半かけていただいた至福のひとときについて以下できるだけ詳細に書き綴っていきたいと思います。

握り:★ ツマミ:☆

白ワインをオーダーして、すし匠系定番のうみぶどうとわかめをいただきます。この後連なるお鮨のラインナップに期待が高まります!

1.★宮城のさわらの握り
寒ざわら。関東以北では今が旬です。一口でいただいてみますが、上品で淡い脂肪の甘みが口に広がります...やっぱりこれは冬にいただきたい逸品です。この冬場に欠かせない一品が握りで冒頭に出てくるところに期待が膨らんでゆきます...

2.☆真鱈の白子
「柚子胡椒を使ったお出汁を使った出汁漬けの白子です。このままお召し上がりください」とのご案内です。口に含んだときの、おはじきのような透明感にうっとりとします。

3.☆室蘭の帆立
「非常に甘みがありますので、お塩をちょっとだけ付けてお召し上がりください」とのご案内があります。真冬の海に屹立するような帆立の個体性が素晴らしいの一言です。しっかりした繊維からあふれる帆立の甘味を堪能します。

4.☆青森県産の寒鮃(ひらめ)
これも旬です。文句なく美味しいです!冬の澄み切った青空を思わせるような、切れ味鋭い寒鮃(かんびらめ)の味調を心ゆくまで堪能できます...

5.☆鮃の肝を中にくるんだスモークした鮃
「わさびをちょっと付けてお召し上がりください」とのご案内があります。軽くスモークすることによって、刺身とはがらりと表情が変わります。存在感のある滋味が一気に押し寄せてくるほどに、思わず箸をおいて吐息が漏れてしまいます♪

6.☆さわらの焼き物
「塩酢橘をちょっと添えています、このままお召し上がりください」とのご案内。大根おろし少量にパリッと焼き上げた寒ざわら。一瞬のうちに良質なさわらの脂が口に広がります。もう、これだけで満足です!

7.☆三重の的矢産(まとや)の生牡蠣
「黒胡椒を添えた小ぶりの生牡蠣になります。ミルキーな感じではないんですが非常に食べやすい一品になっています」とご案内があります。するりといただける一品です。濃厚な牡蠣の佇まいに圧倒される感じでなく、さらっといただいて、一瞬海の風味を鼻腔の向こうにそこはかとなく感じる"いなせ"な一品です。

8.☆北海道道南、昆布森の塩水の馬糞雲丹
「昆布が美味しいところは雲丹も美味しいですよね」とのご説明があります。あたたかい雲丹。うん、濃厚。やっぱり冬場の北海道の雲丹はよいです。感情を内に秘めたような悩ましいまでの旨みがすばらしいの一言です!

9.★鹿児島出水(いずみ)の墨烏賊の握り
「お塩と酢橘でお召し上がりください」とのご案内があります。夏場のアオリイカのねっとりした濃厚感こそないけれど、襟を正したシャキシャキとした噛みごたえがまた素晴らしいです。

10.☆兵庫の香住(かすみ)の香箱蟹
内子と外子に足肉がそえられた香箱蟹の造り。木の芽が心地よい良いアクセントになっています。オスの松葉蟹と違って、雪が降り積もるように旨みが募ってくる感じがたまりません!

11.★宮城県産〆鯖の握り
魚体もしっかりしているし、脂もほどよくのって、小気味の良い香りに包まれています。

12.☆海鼠(なまこ)の卵巣(つまり、"くちこ")の茶碗蒸し
ほのかな"くちこ"の風味。お酒飲みには欠かせません!そのあとに出てきた小メロンのピクルスがよいアクセントになっています。

13.★佐島の蛸の握り、☆蛸刺し
蛸は少しばかりねかしが入っているよう。一口噛みしめたときに感じる、岩場に打ち付ける潮の香りと苔むした藻のささやき...いや、やはり佐島の蛸は美味しいです!

14.☆銚子の金目鯛のしゃぶしゃぶ
あったかいポン酢に浸っている...美味しいー!ポン酢の酸味の中から、酸味の中から金目鯛の甘みがほのかに漂います...

15.★三重県産えぼ鯛の握り(昆布絞め)
えぼ鯛の握りとは珍しい。干物では有名だけれど...一口いただくが、甘みがあって美味しい!

16.☆下に酢飯を敷いた九州産トラふぐの白子
小皿に入ったそれをみて、思わずどっきりとします。酢飯の上にたわわなトラふぐの焼き物がのっています。また仄かに焼き目のはいった炙り加減がすばらしいです。一口いただいて、その悩ましい味調に思わず箸を置いてしまいます...大将に、「一番調子が高いのはトラふぐですね」とお声がけすると、「まったくその通りです!」との返し!

17.★千葉竹岡の青柳の握り
華麗な花の艶やかな香りというより、抜き身を思わせるはらはらするような草いきれの香り...それが青柳の魅力のような気がしてなりません。竹岡にはやっぱりよいものが集まります。

18.☆からすみ
卵の緻密な滑らかさを味わうほどに、馥郁とした太陽の陽光が鼻腔を漂います...

19.★カワハギの握り、軽くスモークした肝を載せて...
カワハギの肝...魚の肝の中でも5本の指に入る逸品ではないかと思います。河豚のような華麗さはないけれど、したしたと磯に降り募る時雨(しぐれ)にも似た慎ましやかな味調にうっとりします。

20.☆太刀魚の焼き物
銀に輝く潔さがたまらない!身肉(みしし)を噛みしめたときの少しも野暮ったさがないあの恬淡で少しもささくれもないあのテクスチャが本当に清々しいです!

21.★九州佐賀県産小鰭の握り
小鰭。常日頃、こればかりは、お鮨屋さんの専売特許だと思います。こんなにこのお魚を美味しく食べさせるのは、お鮨屋さんをおいてありません。圧倒的に、さばとかあじとは違う匂いがある魚です。とにかく冬場の「すし匠 斎藤」さんの小鰭は図抜けています!おかわりしちゃいました!

さわらの味付けに使った昆布を炙って作ったスナックが出されます。香ばしくて美味しい。

22.★鮭(ケイジ)の握り
濡れたサーモンピンクの様相がなんとも美しいです。ケイジはやはり別物です。口中を滑るなめらかなテクスチャと脂のりには驚くべきものがあります。

23.★北海道産の馬糞雲丹の巻物
力強い香気に圧倒されます。卵巣の1粒1粒に香りの分子が濃縮されているようです。

24.★大間産鮪の大トロ
真冬のシビは文句ないです。脂のりも充実していて申し分ありません。赤酢のシャリとの組合わせも申し分ありません。

25.★巻海老の握り
車海老は、その大きさによって呼び方が変わります。一番小さいものから、"小巻"、"才巻"、"巻"、"車"、"大車"となっていくわけですが、すし匠系では、"巻"を握りに使われるます。わたしは、このサイズの握りが一番好きです。

26.★九州産穴子の握り
ふっくらとした金時芋をいただいているような至福感に見舞われます。穴子の旬は一般に梅雨とされているようですが、わたしは冬場の深場のものに調子の高さを感じてしまいます。

27.★鹿児島産出水の黄金鯵の握り
すし匠系では、鯵はこの鹿児島産出水のものを使われます。桜の花が咲いたようななんとも美しいアピアランスです!そして、肉厚な身肉にのった脂のりにはうっとりとするものがあります。滑らかに滑るようにとろける鯵の身肉...上に乗っている薬味は"あさつき"とお生姜を刻んだものです。

28.★大間産鮪の赤身の漬け(少し炙って...)
深緋色(こきひいろ)した鮪の赤身...やはり鮪は赤身だと思います。口に含み耳をすませば、遠くに猛々しく脈動する血潮の響きすら感じ取れます。

ここでアオサの味噌汁と玉をさっぱりいただいていると、お隣が金目の炙りを頼まれました。いてもたってもいられなくなって、思わず同じものを頼んでしまいます...

29.★銚子の金目鯛の炙り
これが素晴らしかったです!炙られた皮から上質な脂が溢れ出します。とろりと甘く、白身とは思えない濃厚な旨味をもっています。絶品!

わさび入りのモナカアイスをいただいて一通りとなります。「すし匠 斎藤」。こちらは、傑作というのが惜しいくらいの逸品を出していただけるお鮨屋さんです。ぜひ、お試しあれ~♪

  • 銚子の金目鯛の炙り
  • 銚子の金目鯛のしゃぶしゃぶ
  • 鹿児島産出水の黄金鯵の握り

もっと見る

10位

初音鮨 (蒲田、蓮沼、京急蒲田 / 寿司)

1回

  • 夜の点数: 4.8

    • [ 料理・味 4.7
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 4.8
    • | 酒・ドリンク 4.8 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥20,000~¥29,999 -

2016/08訪問 2016/09/10

ご近所にこんなお鮨屋さんがあるなんて最高!...「初音鮨」、ご主人のどこまでも明るく屈託のない飄々としたお人柄とは裏腹に、こちらのネタのこだわりはピカイチだ


数年前まで、蒲田と聞くと、とりあえずとんかつ屋さんやお好み焼き屋さんの何店かが脳裏をよぎるものの、銀座、赤坂、六本木といった東京の代表的な繁華街と比較してしまうと、どうしてもグルメの印象は一段も二段も劣っていたかのように思う...ところが今はどうしてどうして、"カマタ"の3字が連なれば、そこに寄り添うように「初音鮨」の店名がピカリと輝きを放ち、東京の代表的な繁華街と言っては言い過ぎかもしれないけれど、この街も食の街としていよいよ無視できない存在になりつつあるかのように思えてくるから不思議なものだ。

2016年8月29日(月)、17:30。「初音鮨」さんへ3度目の訪問をはたす。着座してビールを飲むうちに、いつものように本日のシャリのご説明が始まる。「初音鮨」には摘みは存在しない。押し通して握りで通すスタイルだ。ほどなく一品目が饗される。

1.3.1kg久里浜の地蛸の握り(3点前菜のひとつ)
うん、1品目から旨い。磯に打ち上げる潮の香りを感じると同時に、岩肌に苔むしたように息づく藻の囁きを感じる...

2.岸和田の鰯の握り(3点前菜のひとつ)
鰯の流れるような潤味(うるおみ)のある味わいにほっと胸をなでおろす。鰯の個性的な香味が後を追いかけるように鼻腔を駆け抜けていく。

3.いかのばちこの握り(3点前菜のひとつ)
スミイカの心地よい食感、そして、ばちこの天にも舞い上がるような芳香の向こうに仄かにたゆたう苦味...素晴らしいの一言である。

ここで土佐しらぎくのお目見えだ。上品でフルーティな果実香。雑味のない含み香から、ほんのりした甘みが感じ取れるお酒だ。

ここで、本日の鮪のお披露目だ。164kgの大間の鮪(石司商店)。続いて、1kg弱の千葉の大原の鮑のお披露目...

4.千葉の大原の鮑...1kg弱の握り
鮑は、大原の最高級品だ。これがたっぷりの肝と一緒に饗される。濃厚な牛乳を潮の香りで包み込んだような風味に、肝の苦味が相俟って食べ手を至福の高みへと誘ってくれる。

5.豊後水道の大分と愛媛の間の八幡浜であがった4kgの白甘鯛の握り
白甘鯛の身肉(みしし)をかたまりのまま塩漬けにしたあと乾燥させ、味を濃縮させている。一口でいただくが、その生ハムのような底深い味わいにうっとりする。

乾坤一。辛口。香りは控えめだけれど、切れ味するどい爽やかな日本酒。

6.琵琶湖、2kgの天然鰻の握り
天然鰻はふっくらと焼き上げられている。一口食めば皮目と身肉から溢れる鰻の良質な脂を感じ取ることができる。わさびとの相性も抜群だ。当然鰻に蒸らしは入っていない。蒸らして鰻の旨みを流してしまっては台無しだ。

7.鮪の赤身の握り
赤身はうまい!赤みが奏でる血潮の香りに聞き耳をたてるように味わってしまう。

8.鮪の赤身の漬けの握り
仕事を施した赤身から仄かに感じ取れる鉄の香りにうっとりとする。

大那 夏越し純吟。旨味のあるまろやかな味わいが特長的なお酒だ。

9.鮪中トロの握り
やはり中トロは、鮪の中で一番旨いと思う。くどすぎない脂が、ほのかに化粧を施すように鮪の血潮を柔らかく包み込む。

10.鮪中トロの漬けの握り
10年分の鮪の出汁が染み込んだ漬けタレで中トロにひと仕事施した漬けは、また中トロを全然異なる表情に仕立て上げている。

11.細かく叩いた千葉の伊勢海老とミソを合わせた握り
伊勢は9月から解禁。今日のは千葉県産のものだそうだ。生きた伊勢海老を日本酒を使って締めあげ、茹でた後、細かく叩いてミソと一緒に鮨ネタにしたてあげる。一口でいただくが、伊勢海老から海老の甘味が溢れ出す。

12.標津(しべつ)のいくらの握り
時期的に鶏の卵黄とまではいかないけれど、実に濃厚な味わいである。

日高見 芳醇辛口純米吟醸 弥助。お鮨に合うお酒、弥助。弥助とは花柳界でお鮨のことを指すそうだ。一口含むが、穏やかな香りの吟醸酒である。

13.利尻の紫雲丹の握り
唐津とかも最近夏場はよく目にしますね。というと、大将、「唐津とかは、地元の鮨屋さんが漁師さんから直引きしていて、よりっかすが東京の方にくると思うんですよ。だからうちは雲丹は北海道のものです」とのこと。真冬の舌に絡まってくる濃厚な味感ではなく、真夏の駆け抜けるような爽やかさが印象的な雲丹である。

14.岩手の松茸と鱧の握り
鱧。そのぬくもりあるテクスチャで、口中を繊細な鱧の風合いに染め上げ、後を追いかけるように松茸の華やかな香りが舞い上がる。

15.鮪大トロの握り
「初音鮨」さんでだされる大トロは、トロけるトロではない。筋を噛んで甘味を感じ取れるのが「初音鮨」さんの大トロである。

16.鮪大トロの漬けの握り(炙り)
大トロの脂の旨みは強力だ。そこに少量の山葵が溶け込み、爽やかな着地点へと誘ってくれる。

17.6種の鮪を使った巻物
豪華な巻物。これまでの鮪を全て使って、最後に巻物にしたてていただく。最後にこの巻物で、今日の6種の鮪の余韻を愉しむ。

最後にかんぴょう巻きと玉で一通りとなる。何度来ても愉しませてくれる寿司の名店「初音鮨」。ご主人の素晴らしい口上と極上ネタへのこだわり。今後もこのスタイルを貫徹していただきものだ。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2016年6月記す

『親方の名口上は相変わらず!...「初音鮨」、しかしでも、今日はさらなるエンターテイナーのパフォーマンスに、参加メンバーの間にどよめきが湧きおこる!!』

2016年6月29日(水)、20:00。今日は敬愛するグルマンさん仕切りの初音鮨貸切の会にお呼ばれする。総勢9名。いずれも舌の肥えた面々である。1回転目のお客さんが退出した後、ご主人が待合室のわれわれをカウンター席に招(しょう)じいれてくれる。さぁ、いよいよ中治劇場の開演である!

...と、実は、今夜、この会に中治劇場とは別にもう一つのお愉しみがあると、このとき誰が予想したであろう!...なんと、今夜のメンバーの中に、タレントさんが参加されていて、その方が、お食事の間、今日のメンバー全員の生年月日と名前から占いを披露されたのだ!(もちろん、お名前は伏すけれど、その方のイニシャルはGIさん...)余談ながら、GIさんによる、不詳マドレーヌの占いの結果は巻末に掲載させていただきます。

...まぁまぁ、それは一旦おいておくとして、親方から本日のシャリのご説明がなめらかに始まる。

「それではまず、シャリの味見から...これは、今炊きたての、酢を落としてきたところのシャリになります。まずはこの、風を入れる前のシャリを召し上がってみてください、お手を...はい。どうぞ今日の出来を見てみてください。...これが時間が経つうちに、だんだん冷えて粒が落ち着いてまいりましてね、バラけがよくなってしっかりしてまいります。そのあたりで中トロをお出ししようと思います。最初に酸味がたったところでは、さっぱりとしたネタとの相性を見ていただこうと思います。それからだんだんにシャリの枯れていくさまをお愉しみください。今のこれは、赤子のシャリの生まれたて。それで徐々に冷えてまいりましてね、最後は冷えて粒が立ったドライになったもので鉄火巻き、かんぴょうをお愉しみいただこうと思います」

と、ほどなく一品目の握りの支度に入る。"さっぱりしたネタ"の一品目は久里浜の蛸というわけだ!

1.久里浜の蛸(4.5kg)
オス。ランダムな吸盤の突きぐわいですぐにオスと分かる。一口でいただくが、いささかも噛みにくさがなく、身肉(みしし)に蛸の脈打つ血潮を感じる。

2.淡路島の沼島(ぬしま)のマナガツオ(3kg)
「マナガツオ、白身なのになぜカツオというかご存知でしょうか?...実はマナガツオは、四国の室戸あたりまでカツオの群れとぶつかって一緒に泳いでるんです。で、本当のカツオの方は、紀伊半島からどんどん北上していって関東の千葉のもっと北までいって戻ってくるんですが、マナガツオは紀伊半島の手前で瀬戸内に入っちゃうんですね。そこでカツオとは袂を分かつ。なので、昔は京都の方はカツオを食べるチャンスがない。鰹節しか知らない。鎌倉沖で獲れたカツオは、一匹一両といいましてね、えー、今の価格で言うと10万円程度。完全にバブってます。...で、どうしてもカツオを食べてみたい、そこで、以西で対抗馬を立てたのがこのマナガツオで、白身なのにこういう名前がついたという一説がございます。でも、実は、愛娘(まなむすめ)、愛弟子(まなでし)、カツオが大好きで一緒についてくる。それで愛(まな)のカツオということでマナガツオという名前が付いたという一説もございます...」

柔らかな白身で脂がのっているにも関わらず、淡白で上品な味わいが交差する。

3.アオリイカとバチコの握り
アオリイカはイカの王様である。4、5月くらいから夏にかけて内湾部にやってくるイカである。肉は厚く、身も豊かで独特のねっとりとした、しかも力強い風味が鼻腔をくすぐり、甘味もあって申し分ない。これに酒肴の王様、バチコをあわせるのだからこんなに贅沢なことはない。噛むほどに口中にあふれる滋味に目頭が熱くなる。

ここで本日の鮪のお披露目がある。塩釜の120kgの鮪 築地 石司商店である。

4.房総 大原の鮑の握り
この時期はやはり鮑だ!しかも房州産のものといえば、鮑の最高級品である。コリコリとした歯触りの中から、濃縮した牛乳を潮でくるんだような風合いで食べ手の気持ちを解きほぐしてくれる...

5.小浜の鯵の握り
塩で2週間くらい熟成させた一品。鯵は本来旨みが強い魚だが、熟成させることで、鯵の旨みがひと切れひと切れに悩ましいほどに濃縮されている。

6.琵琶湖の天然鰻(1.8kg)の握り
ふっくらとした天然鰻の串焼きが付け台にそっと置かれる。その脂したたる身肉(みしし)の分厚さを眺めるにつけ、豊かな気持ちになってくる。これをシャリとあわせてワサビを少量のせていただく。食した途端、いささかの抵抗もなく、口中に肉厚の身が一気にほどける。

7.塩釜産、赤身の握り
いよいよ鮪だ。鮪は冬場のイメージがあるけれど、夏場の爽やかな感じのものも、どうしてどうして、中々に素晴らしい。一口頬張れば、赤身の血潮の風味を、上品な脂が緩和して、ここよりほかはないという旨みの一点に着地させてくれる。

8.塩釜産、赤身の漬けの握り
仕事を施した赤身から仄かに感じ取れる鉄分がたまらない。彼方に鮪の血潮のさざめきが感じとれるかのようだ。

9.千葉の初鰹の握り
冬場の戻り鰹がつきたての餅のようなネットリとした食感を持っているのに対して、この上り鰹は凛としている。そして仄かに香る金気臭の残留香にカツオの味わいの本質が感じ取れる...

10.三河湾の巻き海老の握り
付け台にガラスの蓋付きの器がどんと載せられる。中には活きている車海老が入っている。親方がガラスの蓋を少しだけずらし、お酒を注いでいく。車海老はお酒を飲むほどにバチバチと跳ね上がり、身を紅潮させてゆく...

存分にお酒を飲ませた車海老を茹であげ、シャリとあわせて握っていく...人肌のぬくもりから口の中に海老の甘みが広がる。

11.塩釜産、中トロの握り
実に端正な一品である。やはりマグロは中トロが旨い。鮪の脂に、鮪の血潮が、ほのかに化粧を施すように、まろやかな衣をまとわせている。

12.塩釜産、中トロの漬けの握り
漬けにして一手間加えたもの。これもまた基本は実に端正な味わいである。そこに熟成をかけた滋味が加わって、悩ましき濃緋色の存在感を食べ手につきつけてくる。

13.紫雲丹(ホント?ってくらいバフン雲丹に近い存在感)の握り(産地はナイショだそう...)
ひとつひとつの香りの分子が緻密に濃縮された力強い香気にうっとりとする。バフン雲丹のような濃厚で感情を内に秘めたような力強さを感じる。

14.塩釜産、大トロの握り
この塩釜の大トロは、トロけるトロではない。筋を噛んで甘味を感じる逸品。わたしは、トロけるトロより、こういう存在感のあるトロが断然好きだ!夏場の涼やかな大トロも大変結構だ。

15.熊本の天然鮎の握り
やはり鮎は香りの魚である。ゆっくりといただきながら、気高き"清流の女王"が放つ余韻を存分に愉しむ...

16.塩釜産、大トロの炙りの握り
表面に火を入れ、香ばしさを増したトロも絶品である。トロの味わいに焼き目の香ばしが加わり、より味わいに深みが増す。

17.塩釜産、赤身、中トロ、大トロの巻物
豪華な巻物。これまでの鮪を全て使って、最後に巻物にしたてていただく。最後にこの巻物で、今日の6種の鮪の余韻を愉しむ。

18.かんぴょう巻き、玉
かんぴょうまきと芝海老入り玉の握りで一通りとなる...

さぁ、最後にGIさんのマドレーヌ占いで締めくくってみたい。

GIさんに生年月日と名前をお渡しすると、まずは運勢の分別分類の作業が始まる。そして、手相を見せてください、という流れになるので、両手を出すことになる...

「うわ、またすごい手相していますね...根が非常に真面目なのと、でも一方でかなりいい加減なので、なんとかなるよ、みたいな、感じでやってきたタイプですね。でも、運がめちゃくちゃいいですね...真面目な自分とテキトーな自分とぐるぐるぐるぐる回っているようなタイプですね。余計なことを喋る癖があるのに謙虚が入っているので、抑える自分とワっといくのが混ざっているタイプですね。...うん、でも、チョー、エロいですね。そして優柔不断なタイプですね。攻め込まれると圧倒的に弱いですね。守備力があんまりないので..そしてすごく優しいですね。サービス精神と、なにか人にやってあげようという気持ちがある人ですね。真面目な割にも運で救われるというタイプです。酒と女と博打は要注意。必ず失敗します。でも明るいので、陽気なのがよいですね」

う~ん、これが自分なんですか...即座に返す言葉が見つからず、ワラワラしていると、もうすでに占いの終わった女性陣からGIさんに再度声がかかる。「あの、なんかわたし長所ありましたっけ?」GIさん、もう今日は引っ張りダコである。

。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。

2015年10月記す

『初音屋!っと付け場に向かって大向うを唸ってみたくなる...「初音鮨」、付け場で演じられる中治劇場は、食が最高のエンターテインメントの1つであることを改めて思い出させてくれる!』

1品1品客に手渡しで饗される鮨たちは迫力に充ち、ひたすら食べ手を圧倒してくる。かつそこにはご主人、中治 勝(なかじ かつ)さんの哲学がきっちり詰めこまれている。とはいっても、そこは緊張を強いるような堅苦しい空間などではなく、つけ前に着席した客たちはひたすらユーモアに満ちた数時間を堪能することになる...

(中)「松茸、今年は少しはいいかなと思っていたんですが、今週に入ったら急に値が上がっちゃいましてね。もう、なんだろなぁという感じですね...うちにいらしていただくお客さまは外車にお乗りになられている方が実に多いんです。でも、おかしなことに、どなたも松茸だけは国産がいいっておっしゃるんですね。アレ、いつもおかしいなぁと思うんですよね。でも、まぁ、許して上げてますけどね」

なんの屈託もなくさらりと口から漏れる言葉たちがまとうユーモラスな呼吸に思わず微笑みがこぼれてしまう。以下、中治劇場で演じられた話術の妙とその鮨哲学について、できるだけ詳細に書き綴っていきたい!

本日は、actis1001さんご夫妻のえコムさんと4名での会食である。すでにのえコムさんはこちらには何度も足を運ばれており、色々と教えていただきながらのお食事会となる(のえコムさんありがとうございました!)結果、中治劇場開演後は、4名とも笑いの絶えない会となった。今回もまたとても素敵な会となった!

「初音鮨」のスタートは、まずは本日のシャリの説明からとなる。大きなシャリ桶に入ったシャリがつけ台に載せられ、まずお客は少量ずつ本日のシャリをいただくところからスタートする。

1.シャリの説明
(中)「炊きたてのシャリでございます、まだ、酢も馴染んでいません、塩も暴れています。ですから一口いただいてむせないようにお気を付けください...」

とご案内がある。さらに、

(中)「本日はまず、さっぱりとした手つかずの綺麗なシャリで白い魚を愉しんでいただきます。そうこうするうちに、シャリはだんだんと冷え、酸化が進んで酢がたってまいります。このタイミングがシャリの最も働き盛り、パスタでいうところのアルデンテの状態になりますので、ここで中トロを愉しんでいただくという寸法になります。おあとここからは、シャリの方は、どんどん枯れてまいりますので、煮たものや焼いたもの、蒸したもので一緒にお愉しみでいただいて、最後は海苔巻きでしめていただく、という段取りになります」

と淀みなくご説明くださる。続いては、本日の鮪の説明という流れになる。

2.本日の鮪の説明
まずは、大間産の立派なじゃばらが青磁のお皿に載せられて付け台にドンと饗される。添えられた紙に、"築地鮪仲卸石司(いしじ)商店"の文字が見える。続いて、153.4キロの赤身、大間の1本釣り生けじめの鮪がドンとその姿を現す。

(中)「木曜日に上がった鮪で、競り場に上がったのが土曜日のものになります。で、木、金、土、日、月(本日)と5日間熟成させて、本日切ってもらったものです」

とご案内がある。

(中)「本日は、これらの鮪を使って、赤身、中トロ、トロをそれぞれ漬けたもの、漬けてないもので6貫のご用意となります」

とのことだ。このド迫力に、いやがおうにも期待が高まる。ここから、握り鮨のコースがスタートする。まずは、握りのスタイルについて、中治さんからご説明がある。

(中)「うちは、お醤油の小皿もなければ、お手元もございません。全て手渡しでお召し上がりいただきます。指先に載せた鮨ネタをひっくり返すようにして舌の上に載せてお召し上がりください」

3.佐島の地蛸の握り
1品目が饗される。佐島の地蛸のオス。

(中)「オス、メスの見分け方なんですが、足の吸盤のランダムなのがオス、力瘤のような吸盤がところどころ見えたらオスなんです。逆に綺麗に揃っているのがメスになります。やはりオスは力強い味感になります」

とのことである。

一口でいただくが、頬の筋肉が緩むくらいに旨い。いささかも噛みにくさがなく、筋肉の中に蛸の脈打つ血の流れを感じるかのようだ。さらに感じるか感じないかくらいにそこはかとなく漂う磯の柔らかい風味にうっとりする。

4.明石の鯛の握り
まず、ご主人自慢の明石の鯛の切り身がトレーに載せて付け台に饗される。まずそのアピアランスが素晴らしい。鱗が黄金色に輝いている。

(中)「エビを食べて仕上がってくると、鯛のウロコはこういった金色に輝いてくるんです」

とのことだ。さらに握りは、腹と背、2種の仕込みの異なる鯛の身肉(みしし)を使って握られる。

(中)「腹の方は1週間熟成したものになります。これに対して背は今朝までピンピン生きていたものです。いわばプリプリとシットリのコラボです。さらにこれは塩だけで仕上げています。こういう良い素材に昆布なんかの味を足すのはダメなんです。昆布を足すということは味が足りないからであって、こうした良質な鯛は塩だけで充分なんです...スグ噛まないで、舌の上に載せたら3秒お待ちください。脂が活性化してきたら噛み始めてみてください」

2つの食感が充分愉しめる。やはり鯛は白身魚の王者の風格がある。独特の力強い香味を感じる。

5.宮城県産真牡蠣(新物)の焼き牡蠣を使った握り
(中)「10月1日から始まる宮城県産真牡蠣の新物になります。サイズ的にはまだかわいいですね。先週までは岩牡蠣をお愉しみいただきましたが、夏牡蠣は真牡蠣が始まればもうご遠慮ですね。やはり、真牡蠣はリアス式海岸がダントツによいです。リアス式海岸というのは、森が海岸まで迫っているという意味なんですよ。川の水が植物プランクトンを育んでそれを牡蠣が食べてどんどん育つ。今日はその焼き牡蠣の握りになります」

とのことである。小粒ながら文句なく旨い!海がこぼしたひと粒の涙をまる呑みしたような芳醇な味感にただただ酔いしれる。

ここで、付け台にガリが饗される。砂糖を全く使わない生姜そのもののガリ。パンチがあるため、舌に載せないで奥歯で噛んでくださいとご案内がある。「次のお魚に行くのに、前の印象を切るのにお使いください」とのことである。

6.5日熟成のコハダの握り
(中)「わたしはシンコという魚は使わないんです。脂がのって美味しいというのは、油脂、つまりカロリーです。で、そういうときにみなさん脂に何の旨みを感じているかというと、脂の中に含まれるカルシウムなんです。例えば豚骨スープにしてもカルシウムの溶け込んだ旨みが人を満足させてるんです。これと同じように魚の旨みも骨にある。シンコってのは、コハダになりかけの稚魚でございますから、骨がまだ充分成熟してなくて美味くない。これに対して、成熟したコハダというのは骨が成熟していて旨い。さらに、この時季からどんどん旨くなっていく。コハダはニシンの仲間ですから秋冬が旬なんですね」

さらに、中治さんのコハダ愛は続く...

(中)「コハダに塩を振って、酢に漬け込むことによって、まず酢を受け入れる素地ができあがります。で、酢が馴染んでくることによって、中骨を酸が溶かし、お酢が溶かす、という具合に熟成が進みます。4日目くらいになるとちょうどカルシウムが身に染み込んできて、出汁を形成してくる、ここがコハダの最高に旨いタイミングなんです」

さらに、一風変わった「初音」のコハダの握り方についてもお話しされる

(中)「うちは、皮目を上にするのではなくて、ひっくり返して握ります。今まで見たことのないコハダの握りでしょうが、これが、舌で温っためて、身肉に染み込んだコハダのカルシウムを一番美味しくいただく握り方なんです。(皮目でプロテクトされた方を舌に載せてしまっては、身肉のカルシウムを充分に感じることはできないので、台無しなんです)コハダの握りは皮目を上に握るもんだからって教わって、その通りにやってるひとじゃ、どうしてこういうふうにするかは絶対にわからないでしょうね」

一口でいただくが、今まで食べたコハダの握りの中で一番旨いかも知れない!こんなにコハダの骨をしっかりと感じ取ったことはない!

7.28度に保温した赤身の握り、漬けの握りとの食べ比べ
(中)「冷たく冷やした魚を食べちゃうと、確かに新鮮だという印象を持ちますが、魚の味わいという観点では2割くらいしか人間の舌には伝わらないもんなんです。だから、うちの赤身の握りは28度に保温しています。これをみなさんの舌の上で、温め直していただこう、っていうことなんです。みなさんの舌の温度を36度5分と仮定して、鮨を口に含んでから、36度5分のオーブンで温めながら火を入れていっていただく、そんな感じをイメージしているんです。さらにその際適度な唾液が欲しい。5秒待つことで唾液が出てきます。なぜかというと酢飯ですから、酸っぱさによって唾液が出てきます。その状態で、ゆっくりと鮪を愉しんでいただくというのが、一番鮪の美味しいいただき方なんです」

漬けてない方は、鮪の血潮の香りをぐっと感じる。漬けは香ばしく旨みの強い漬けタレで、この血潮の鮮烈さがまろやかに抑えられている。

8.ミル貝の握り
(中)「本物のミルの甘味というのは、本当に繊細なんです。だからこのミルの甘味を存分に感じていただくには砂糖は邪魔。でもネタに自信がないところは砂糖を使っちゃんですよね」

シャリシャリとした食感の中に、上品な甘みがほのかに漂う。

9.中トロの握り、漬けの握りとの食べ比べ
食材の温度の議論は、中トロでも続く。

(中)「冷たいお鮨だと、5秒も口に入れていたら冷えて舌がかじかんで来ちゃう、この温度(28度)だから5秒待てるってことも言えるかもしれませんね。ですから、普段はパーティーフード、フィンガーフードでお鮨は冷たいのがあたりまえなのが現代ですが、職人の握りたてを食べられるチャンスがつけ前ですから、こういうカウンターのお店にきていただくのは、お鮨を適温でいただくチャンスと思っていただくのも良いかもしれません」

やはり中トロは、鮪の中で一番旨い!鮪の脂が、過剰すぎず、ほのかに化粧を施すように鮪の血潮をまろやかになだめてかかっている。また、10年分の鮪の出汁が染み込んだ漬けタレで仕上げた漬けもまた、素晴らしい味わいである。

10.大トロの握り
この大間の大トロは、トロけるトロではない。筋を噛んで甘味を感じる逸品。わたしは、トロけるトロより、こういう存在感のあるトロが断然好きだ!

11.淡路の鱧の白焼き(熱々)と岩手の松茸の握り
(中)「鱧は夏場は痩せててダメ。祇園祭のときはダメです。築地の荷受の担当者は、全員11月の鱧がマックスに美味しいといいますよ。で、鱧は白焼きが一番いいですね。7分焼き上げてきます」
ここで岩手県産の松茸が付け台に載せられる。鱧の白焼きと松茸が一緒に饗される。一口口に含むと、鱧は、その持ち味の、ぬくもりあるテクスチャで口中を満たし、それに香りのたった松茸がドンときて、ずーっと余韻が続く。最高のマリアージュだ!

12.珍しく入った鹿児島県産のアオリイカ(もう名残)とバチコをあわせた握り
アオリイカはイカの王様ですね!とお声がけすると、まったくそうだとのお応え。今日はたまたま入荷があったとのことである。これと大好きな珍味バチコとあわせた逸品。文句なく旨い!

13.秋田県産の鰻の握り
秋田産天然鰻の握り。穴子でなく鰻の握りとは珍しい。口中で甘くほろほろと解ける。

14.新いくらの握り
新いくらの醤油漬け。いくらが好きだとご主人に伝えると、大盛りにしていただく。一口いただくが、びっくりだ。まるで鶏の卵黄を食べているような濃厚さだ!

15.房総産アワビの握り
房総産アワビは関東の最高級品だ。ここのアワビは本物である。大きな切り身で鮨にしていただくが、アワビのほんのりと高貴な幽玄味がシャリを優雅に包み込む。

16.伊勢海老と味噌の握り
ここで伊勢海老登場。付け台に置かれた伊勢海老はギーギーと怒りの声を上げている。この生きた伊勢海老を日本酒を使って締めあげ、茹でた後、細かく叩いて味噌と一緒にまたたくまに鮨ネタにしたてあげる。一口いただくが、絶妙の火入れ加減。海老の旨みが凝縮している

17.カマシタトロの漬け握り(炙り)
カマシタの旨みは強力だ。そこに少量の山葵がカマシタトロの脂に溶け込み、爽やかな着地点へと誘う。

18.6種の鮪を使った巻物
豪華な巻物。これまでの鮪を全て使って、最後に巻物にしたてていただく。最後にこの巻物で、今日の6種の鮪の余韻を愉しむ。

19.かんぴょう巻き、芝海老入り玉の握り
かんぴょうまきと芝海老入り玉の握りで一通りとなる。
お料理、大将のお話と存分に愉しませていただいた。最後に中治氏に、握り一本で摘みを一切やらない理由について聞いてみる。

(中)「ええっとですね。摘みに走ると、鮨屋として、こう、どうしてもそこが逃げ場になってしまうんですね。例えば、牡蠣は摘みとして酢橘を絞って出せばいい、という固定観念ができてしまうと、鮨屋は牡蠣をどうやったら握りで美味しくいただけるか、という発想をしなくなってしまうもんなんです。だからぼくは10年前に握り以外はやらないと決めたんです」

これが、中治さんの鮨哲学だ!

  • 標津(しべつ)のいくらの握り
  • 細かく叩いた千葉の伊勢海老とミソを合わせた握り
  • 利尻の紫雲丹の握り

もっと見る

ページの先頭へ