面白い趣向の蕎麦屋だが基本の仕事はしっかり : 処屯

　ひばりが丘駅の北口からすぐの所に、毛色の違った蕎麦屋が在るという情報を以前から耳にしていた。
　信頼のおけるマイフォロアーさんも好印象を持たれており、是非一度伺いたいと思っていた。
　店名が分かり難いがこの字で「とことん」と読ませる。

　8月に入っても恒常的にこなしてきた行事や会合が、中止や延期になる日々が続いている。
　この日も午後から時間が空き、折からの猛暑で外を歩くのも億劫ながら、電車一本で行ける立地のため出掛けてみた。

　ひばりが丘は駅の南側はかなり昔から開発が進んでいる一方、北口側は整備が著しく遅れていたが、久々に降り立つときちんとバスが通れる道が直結し、ロータリー状の広場も出来上がっていた。
　こちらはそこから1分ほどの目立つ角地で、表の掲示からも入りやすい雰囲気が感じられる。

　ビルの1階に入っているが、入口の戸は古民家から持ち込まれたと思われる格子ガラスの引き戸で、その上部には洒落たステンドグラスが嵌め込まれている。
　店内の意匠も和洋折衷で、天井などは配管がむき出し状になっているがそれほどの違和感は無い。
　
　右手の窓に沿ってカウンター席が、左手と奥にテーブル席が配されているが、通常よりも椅子は減らしているようだ。
　入店時には手指をアルコール消毒を励行させ、テーブルの間には仕切りの透明ビニールシートが吊り下げられている。
　花番はベテランの女性（女将さん？）一人で賄われている。
　先客は2組ほどで、一人の私は入り口脇の2人掛けのテーブルに通された。

　まずはビールを欲するが、瓶は無く生のみでしかも銘柄はスーパードライだが、この猛暑に際しては背に腹は代えられない。
　お通しには「枝豆」が付いたが、冷凍ものでは無い枝付きの塩茹では好ましい。

　場所柄食事目的の客が多いので、蕎麦のメニューは豊富で特に天ぷらを得手にしていることが判る。
　サイドメニューのご飯ものも充実しており、これらのセットメニューが人気のようだ。
　
　その一方で肴的な「逸品料理」もなかなか魅力的で、訊けば昼でも全て注文可能とのこと。
　しかも通常一品500円のところ、3品：1,350円になるとのこと。
　頼まない手は無く次の3品で注文。

　「自家製 蕎麦味噌　野菜スティック」：八丁味噌と思われるちょっと渋みの有る赤味噌をベースとした練り味噌に、炒った蕎麦の実が加えられており、結構ニンニクも効いているのが面白い。
　蕎麦チップスと3種の野菜スティック（胡瓜・人参・大根）が添えられており、味も食感もなかなか楽しい。

　「海老入り湯葉巻揚げ」：粗くつぶした海老と少量のキャベツが、春巻き風に湯葉で巻かれて油で揚げられている。
　海老のプリッとした歯触りと湯葉のサクッとした食感の対比が楽しく、味が付いているのでそのままで十分に美味い。

　「国産鴨ロースト　旨塩ねぎダレ」：適度な厚みにスライスされた抱き身5切が、繊切りのリーフレタスが敷かれた上に並べられ、上に刻んだ葱を塩と胡麻油で調味したタレが塗られている。
　鴨は少し焼き過ぎで硬くジューシー感も乏しいが、ねぎダレはなかなか美味しい。

　「逸品料理」にはこの他に、コロッケ・マリネ・グラタンと言った文字が並んでおり、単なる蕎麦屋の仕事を越えた品々が面白そう。
　全て500円の均一価格であり、次回は是非試してみたい。

　酒の提供の仕方もユニーク。
　冷酒は4種取り揃えられているが1合入りの瓶がそのまま出され、籠に盛られたぐい飲みを客に好みのものを選ばせるシステム。
　今回は秋田の「雪の茅舎」を選んだが、自分で開栓するのは好ましく味も上々。
　さらにこれには「切り干し大根の煮物」が付いたのには驚く。
　瓶での提供は店にとっては無駄の出ない手法だが仕入れは割高であり、突き出し付きで500円は破格の値付けである。

　これらでゆっくりと蕎麦前を楽しむ。
　肴3品は結構なボリュームで、酒は1合では足りないくらいだが昼なので追加は控える。
　BGMにはピアノ曲を主体にしたクラシックが流されており、ショパンやモーツァルトはまだ良いが炎天時のラフマニノフは少々きつい。（笑）

　蕎麦は＇国産十割＇を謳う、基本の「せいろ」を一枚。
　細目に綺麗に揃っているが、更科風の白っぽい中に細かな星が散らされた独特の面持ちから、製粉に対するこだわりが見受けられる。
　香りは有り食感もしっかりしているが、多少乾き気味でのど越しの良さは今一のため、この点は好みが分かれると思う。

　つゆは他の方のレビューには甘口と言う意見も見られるが、今回はやや辛口と感じた。
　しかしきりっとした味わいはこちらの蕎麦に合っていて決して悪くなく、季節により味を違えているのかも知れない。

　蕎麦湯は仕舞いに近いせいか、白濁が強く多少の粘度も感じられるが、つゆを割って飲むには支障はない。
　徳利に残ったつゆも余さず飲み干し、満足感に浸る。

　昼でも充実した「蕎麦屋酒」が楽しめたのは嬉しい限り。
　肴の出来は概ね良好で、蕎麦の仕上がりもまずまず。
　お勘定は外税で3,500円弱だったが、内容からすれば極めてリーズナブルである。
　

　こちらのもう一つの名物が「ガレット」で、食事になるタイプの他にデザート向きの甘いものも写真入りでそれぞれ5.6種類ずつ載っている。
　同じ蕎麦粉を使うとは言え手間が掛かるため、きちんとした蕎麦屋で出している処は珍しい。
　試してみたい気持ちは有るが、蕎麦と両方となるとやはり難しい。


　北口周辺が整備され、また寄りやすい雰囲気のためか、昼の遅い時間帯でもご近所と思われる方々がぽつぽつと入店。
　この地で親しまれていることが窺える。

　帰り際に＇ガレットを頼むには何時ごろが良いですか＇と訊いてみたが、いつでも注文可能とのこと。
　ガレットに合うシードルやワインなども用意されており、そちらから攻めてみるのも楽しそう。
　次回は是非、ガレットをメインに訪れてみたい。