古都の雰囲気を愉しむ : 打心蕎庵

かねてより訪問してみたかった「打心蕎庵」。
門構えの素晴らしい入口から邸内に脚を踏み入れると、古都を思わせる情景が目に入る。
店内に入ると、シンプルだが高級感のある静謐な空間が広がる。
待ち合わせをしていた家人は既に席にいる、それも幸運にも庭側の一番良い席に。
席に腰かけ眼前にある庭を見ると、苔が地面を覆い、京都の小さな寺の庭にいるかの様な風景である。
「風情」という言葉が浮かんでくる。とても代沢にいるとは思えない。
家人も好感を持った様である。この時点で来て良かったと思う。
さあ、最愛の人と平日の昼下がりの贅沢な時間の始まりだ。

湿度の高い中を下北沢から歩いたので、まずはビールを貰う。
生はなく小瓶と中瓶のみ。中瓶を頼み、メニューを眺めていると、その間にも客が3組ほど入ってくる。
因みに我々の入店は13:30。閉店まで客足が途切れることはなかった。流石に人気店である。

昼のセット「昼膳」を頼み、食べながら蕎麦の前にお腹の具合と相談し、単品を追加することにする。
昼膳（￥3,600）は、お通し三種、天麩羅盛合せ、そば（メニューから好みの蕎麦を選択）、甘味、で構成されている。
勿論、前菜の内容、天麩羅の内容を訊いてからの注文だ。

お通し三種
夏野菜のお浸し（茄子、トマト、空豆）、汲み上げ湯葉豆腐、赤鶏の酢味噌
天麩羅盛合せ
鱚、帆立、ピーマン
追加
牛蒡の掻揚げ
出汁巻き卵
鴨味噌焼き
蕎麦
大盛り
冷たい九条ねぎそば
蕎麦餅

飲み物
ビール中瓶
笹悦
下北沢
上喜元

お通し三品は品が良く、且つ食欲を優しく引き出してくれる。
特にトマトが仄かな酸味と甘みのバランスが良く気に入った。
汲み上げ豆腐は汲み上げ湯葉が豆腐の上にかかっている一品。暑い日だったので涼感が心地よい。
二品が割と良かったのだが、赤鶏は少しパサつき感があった。もっとしっとりとしているものを想像していたのだが。

天麩羅は、帆立の火入れが素晴らしい。外側は完全に火が入っているが、中は半生に近い。
衣は薄く上品な仕上がりである。油は綿実油だろう。
鱚も火入れがよく水分の抜け具合が良いから、旨味が感じられる。
ここの庵主は2人目で、こちらに入店以来先代のもとで修行した人とのこと。
蕎麦屋の天麩羅としては十分に合格点を与えられる。

追加で頼んだ牛蒡の掻揚げは、予想していたものと全く異なる料理であった。
細いささがき状の牛蒡を掻揚げにしているとばかり思っていたのだが、
牛蒡を半分にしたものが個別に揚がっている。掻揚げの様にネタが纏まっていないのだ。
この方が、素材である牛蒡の味がより強く感じられる、ということか。
何れにせよ酒が進む料理であるのは間違いない。

出汁巻き玉子は、甘さが控えめというか、殆ど感じられず出汁の旨味で食べさせる。
我が家人の作るものと味が非常に似ていて、思わず頬がほころぶ。
これも酒の肴にぴったりの一品である。

この辺で蕎麦にするかと思ったのだが、酒をもう1本呑みたい、という呑兵衛の心が顔を出した。
お腹は出来て来ているので、鴨味噌焼きを頼む。
これが供されると、何と言っても白髪ねぎの細さと白さに目を奪われる。
食べてみると、これが見た目同様、絶品！素晴らしい。
これ持ち帰りできないだろうか、と思ったほどである。
勿論、最後の上喜元が直ぐになくなった。

そば前でかなり食べたのだが、お姉さんにおおもりを勧められ、初めてなので素直に従った。
蕎麦はよくしめられて食感もよい。ただ弾力とか腰はあまり感じはしなかった。
つゆは鰹の味がかなり感じられ、少し甘めであろうか。濃いのは苦手な私にも丁度良く感じられる品の良さだ。
家人の頼んだ九条ねぎ蕎麦は、まず見た目の緑が目に涼しげ。
汁も濃くなく、鰹の薫りが感じられる品のある仕上がりだ。ここの蕎麦と良くマッチしている。
当に夏向きの一品。

蕎麦を食べ終わり、そば餅を食べていると、いつの間にか最後の客となってしまった。
私服の中年の男性が現れたので、職人さんかとお姉さんに訊くと、オーナーだとのこと。
「隣に住んでいるのですか」と彼に訊くと「そうです」との答え。
蕎麦に緑豊かなお寺もあり、羨ましい限りだ。
処で、そば職人に会いたいとお姉さんに言うと、
「庵主様は恥ずかしがり屋でお客様にはお会いになりません」との答えであった。

ここは昼の予約を取らないので、待たされるのを覚悟で来るか、時分を大きく外してくるしかないであろう。
今回は、マイレビュアー様の「平日の昼がよい」というコメントに素直に従い、幸いにも良い席に恵まれた。
次回は待つことになるかもしれないが、下北で古都の雰囲気がが味わえる貴重な店なので、秋にでも是非再訪したい。