カウンターの隅の、1979 MICHELIN FRANCE。 : アーシュ・エム

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3.8

¥4,000~¥4,9991人
  • 料理・味4.0
  • サービス3.5
  • 雰囲気4.0
  • CP5.0
  • 酒・ドリンク4.0
2011/11訪問1回目

3.8

  • 料理・味4.0
  • サービス3.5
  • 雰囲気4.0
  • CP5.0
  • 酒・ドリンク4.0
¥4,000~¥4,9991人

カウンターの隅の、1979 MICHELIN FRANCE。

葛西駅そばBistro HM(ビストロ・アーシュ・エム)は、
お店はちょっぴりお洒落で、
むかしのシャンソンが流れていて、
田中シェフがオーソドックスなフランス料理を、
微笑みながらちゃきちゃき作ってらして、
食材も良く選ばれ、シェフの技術は高く、料理はおいしい、
サーヴィスは、(たぶん)奥様がてきぱき笑顔でやってらして、
値段も安く、サーヴィス料はO円、素敵なんですよ、
っていう話をぼくはこれからするんだけれど、
ごめん、その前に個人的な話があってね。


実はね、きのう、ぼくは誕生日だったんだ。
ぼくはテキトーにふらふら暮らしているから、
ふだんだったら誕生日もクリスマスも正月もなんにも関係ないけれど、
でも、今年はひとりの女友達が、ぼくの誕生日を覚えていて、
ふたりでお祝いしましょ、と、数日まえに、言ってくれた。
彼女は、髪はふわふわ、前髪はワンレングス、
眉毛の書き方が少し下手だけれど、立派な美人で、けらけらとよく笑い、気が軽い。
しかも男受けがいいばかりでなく、
彼女には女友達も多く、女友達にはよりいっそうなんでもかんでもあけすけに話す。
ぼくも人の子、美女がぼくの誕生日を祝ってくれることによろこんじゃって、
じゃ、フレンチ、食べよっか?
大好きなアラジン、
それとも花がいっぱいのテラスのラブレー、
はたまた気軽にキャス・クルートもいいな、
なーんておもっていたものだ。


ただし、彼女には家庭があり、家族は円満、
彼女は世界でいちばん夫を愛し、夫もまた彼女にぞっこんらしい。
彼女はしらふのときは明るく道徳的で貞淑な奥様ながら、
しかし、酒を飲むと、がぜん奔放になって、
ちょっといい男がいると、すぐにキスをする。
(もちろんぼくにもまた)。
さらに酒が進むと彼女の口調は綿菓子みたいにふわふわになって、
ぼくの人生を善導すべく、おもいやりに満ちた説教をし、
またぼくにキスをして、ベロベロになるまで酒を飲む。
そこまでいったときの彼女はほとんど手に負えないけれど、
しらふになったらまた元の道徳的で貞淑な奥様に戻る。
ぼくは、どちらかといえば、しらふの彼女の方がよりいっそう好きだけれど、
とはいえ、どちらか一方だけを選ぶわけにはゆかない。


さて、きのう、ぼくの誕生日の当日の午後、
彼女から電話がかかってきて、かすれた声で彼女は言った、
「ごめんなさい、やっぱりわたし、きょうはあなたと会わない。
だって、きょうあなたに会うと、
あなたのことをとことん好きになってしまって、
わたしいったん誰かをほんとうに好きになってしまうと、
どこまでも果てしなく好きになるから、そうなったらわたし、
自分の大事な家庭を壊してしまうでしょ。それはできないもの。
だから、わたし、きょう、あなたとは会わない。
お花を贈るよ。」


ぼくは傷ついた、だって、彼女はぼくの気持ちに火をつけて、
ぼくを胸いっぱいに期待させておきながら、
当日キャンセルなんてひどいじゃないか!
若かった頃のぼくならば、きっと怒っていただろう、
でも、ぼくはもう若くなく、猫と女が気まぐれな存在であることを理解している。
ぼくは彼女に言った、「わかった、了解。きみの考えを尊重するよ。」
(おいおい、これじゃまるで村上春樹の小説の主人公の口調じゃないか、
と欺瞞的な自分にげんなりしながら)、
それから少しだけ、社交的な会話を交わし、
ぼくへの愛情に感謝を告げて、電話を切った。


あの子が綺麗、この子がキュート、あの女の人とおしゃべりするのはたのしいな、
なーんてちゃらちゃら遊び暮らしていると、天罰覿面、このありさまである。
ハピ・バースデイ・トゥ・ミー!
繰り返すけれど、自分の誕生日を誰かに祝ってもらう習慣など、とっくに失っていた。
けれども、今年は、奇特な彼女の出現によって、
いったん期待したものの、それはただのぬかよろこび、
けっきょく、ぼくは宙ぶらりんな気持ちで、うろたえていた。
宙ぶらりんの一瞬後は、たぶん、絶望への墜落である。
ぼくはなんとかして失われた幸福を取り戻すべく、
女友達を順番におもい浮かべ、
誰か、気の軽い女友達を誘おうとおもった。
でも、おもいなおした、
そういうのは、ちょっとあさましいし、しかも、
言わなきゃバレないとはいえ、その女にも失礼で、
けっきょく、ぼくはひとりで食事をすることにした。


ぼくはひとりで食事をするのは好きだし、それはいつものことだ。
しかも、ちょっぴり自慢すると、
どういうわけか、ぼくのために料理を作るのが大好きな、
インド人やネパール人のすばらしい、超一流の料理人たちが数人いて、
ぼくにとって、かれら彼女らはかけがえのない宝物、いつも無限に感謝している。
でも、きょうは、あえて、ちょっぴりブルーな気持ちに浸りたかった。
(バカじゃないの、このオヤジ、とつっこんでいただきたい。)
けっきょくぼくは、わりと家の近くにあって、評判も良く、
それでいてぼくが行ったことのない、
葛西のBistro HM(ビストロ・アーシュ・エム)に予約の電話を入れた。





葛西駅からほど近い住宅地にある、ちいさなレストラン。
大きなカウンターは、広い席間をとって、7席。
ほかに3卓12席。計20席ほどのちいさなお店ながら、
空間の使い方が贅沢で、
カウンターの中はいかにも使いやすそうなキッチンで、
品の良いおじさんがいなせな笑顔でちゃきちゃき料理を作っていて、
店には古いシャンソンが流れている。


ぼくはカウンター席のはしっこに案内され、
ゆっくりメニューを読んでいった。
グラスワイン ¥500
ボトルワイン ¥2800
オードブル5品盛り合わせ ¥830
カボチャのクリームスープ ¥630
本日の魚料理 ¥1200
カスレ(豚肉とインゲン豆の煮込み)¥1250
仔羊のソテー、タイム風味 ¥1550
牛頬のシチュー ¥1600
仔鴨の胸肉のロースト、ハチミツ風味 ¥1750
そして、ハマグリのカレーライス ¥850
いかにも住宅地のちいさなレストランらしく、
チャーミングなメニューだ。


ぼくは、以下の料理を注文した。
オードブル5品盛り合わせ ¥830
本日の魚料理
(この日は、アイナメのポワレ、ブール・ノワゼット・ソース)¥1200
赤ワイン(グラス) ¥500
仔鴨の胸肉のロティ、ハチミツ風味 ¥1750


オードヴル5品盛りは、白い横長の皿に、
豚のリエット、ピクルス、フォアグラ入りのレバームース、
コヤリイカのトマト煮込み、鶏のハツのコンフィ。
お洒落で、味が上手に振り分けられていて、どれもおいしい。


続いて、アイナメのポワレ、ブール・ノワゼット・ソース。
いやぁ、これが調理抜群、ポワレのお手本のようなポワレで、巧いんだ。
そもそもポワレって、フライパンに油を敷いて、
魚の切り身を乗せ、その切り身の上に、油をかけながら、
皮目はカリカリに仕上げ、それでいて身はしっとりジューシーに焼き上げる調理法。
どこのビストロでも、魚のポワレは出しているけれど、
ただし、皮目をどのくらいカリカリにするか、
そのあたりのセンスは料理人それぞれで、そこがおもしろい。
この店のアイナメのポワレは、
皮目がしっかり揚げたようにカリカリにドライで、
それでいて身はしっとりジューシー、
しかもブール・ノワゼット・ソースが上品に合っていて。
ブール・ノワゼットは、
バターを、ヘイゼル色(パリの美少女の瞳のような茶褐色)に焦がして、
レモン汁とパセリを散らしたソース。
アイナメの切り身の上にケッパーがぎっしり飾られている。
すばらしいバランスなんだ。
ぼくは驚いた、このシェフはただものではない。


しかも、その次の、仔鴨の胸肉のロティ、ハチミツ風味のソースがまた、
皿の上に、昏い薔薇色の肉片がいくつも並び、
焼き方もジューシー、
鴨に甘いソースを併せるのはセオリーながら、
そのセオリーをいかにも優美に使い、料理に気品がある。
しかも、シェフはあろうことか、あえて¥1750の安値をつけて、
フランス料理好きを驚かせようとしていて、
それはまるで、いたずらっ子のようにお茶目だ。


それにしても、葛西にこんなにチャーミングなレストランがあったなんて!
ふつうは、住宅地のレストランにはどくとくの苦労があって。
いいえ、広尾、目黒、白金、恵比寿、はたまたビストロならば神楽坂あたりなら、
おいしい料理を、価格相応の食材で作って、
それなりの空間で、それなりのサーヴィスでふるまえば、
ちゃんと拍手が巻き起こり、商売も繁盛するかもしれない。
けれどもそれ以外の住宅地は、どこもなかなか難しいもの。
しかも住宅地に出店してしまったゆえに、
料理がへんなふうに歪んでしまうことも多い。
そんななかこのビストロ・アーシュ・エムは、
インド料理と焼肉の街、葛西の住宅地にありながら、
しかし、住宅地であるがゆえに料理が翻弄された痕跡などまったくなく、
それどころか、いかにものびやかに、
オーセンティックなフランス料理を、モーツァルトのアリアを歌うようにたのしげにふるまっていて、
しかも、この店を愛する常連さんたちがちゃんと(たぶん層厚く)ついていて、
その上、食べログでもそこそこ高得点。さすがわが街、葛西である。


ぼくの目の前、カウンターの隅っこにフランス料理関係の本が並んでいて、
ふと見ると、そのなかに、
古ぼけた、1979 MICHELIN FRANCE がある。
たぶんこの本に秘密がありそうだ。
ぼくは、その三十年まえの赤い本を、そっと手に取った。
本の背の一部がほころび、本を開くと、ペキペキ音をたてる。
ページの一部は、水か雨に濡れたのか、くっついて、
本ぜんたいがいくらかふくらんでいる。
そっとページをめくってゆくと、いくつかのレストランに黒いインクで印がつけてある。
1979年といえば、ヌーヴェルキュイジーヌが、
料理人ひとりひとりの創造性を主張するとともに、レストランフレンチは芸術宣言をして、
それからというもの世間に激しい賛否両論が二年間にわたって巻き起こって、
しかし、ときのプレジデント、ジスカール・デスタンが
ヌーヴェル・キュイジーヌの旗手ポール・ボキューズを祝福したことによって、
見事に勝利を収めた、その4年後である。
当時ロブションはパリの日航ホテルのル・セレブリテの雇われ料理長になって2年目で、
同じホテルの和食店、弁慶 Benkei へ通っては、創造のヒントを得ようと虎視眈々、
デュカスはまだ青年で、アラン・シャペルの店でおいまわしをしていた。
それはまさに、料理人たちが芸術家としての誇りをもって、
眩しい未来へ向けて、創造の旅路を歩みはじめた、
現代フランス料理の夜明けだった。


ぼくはおもいきってシェフに訊ねた、
フランスで修行なさったんですか?
シェフは答えた、ええ、ノルマンディーにある caen って街の、
ル・マノワール・ダスティンっていうレストランで。
修道院だったところを改造したレストランでね。
東京でのお店の名前は、五十嵐くんに盗られちゃいましたけどね、
いや、それは冗談ですよ、五十嵐くんは天才ですからね。
ぼくはかれとは一ヶ月、一緒に働いたんですよ。
ぼくは言った、いや、それはもちろん、
五十嵐シェフの料理はすばらしくおいしいけれど、
ただし、あちらはそれなりの値段、厨房の人数もおそらく数名、
こちらは値つけも安く、キッチンはシェフおひとり、
そもそもその比較は不公平です。
しかも今夜いただいたアイナメのポワレは見事で、
鴨もすばらしくおいしかったですもん。
いやぁ、なるほど、料理のおいしさの秘密が解けました。
シェフは大いに照れて、愛嬌たっぷりに、微笑んだ。


ぼくは会計を済ませ、(サーヴィス料O円!)、
ごちそうさま、また寄せてもらいます、
とお礼を言った。
シェフは名刺をくだすった、
そしてぼくは、かれが、田中博史シェフであることを知った。
ぼくの誕生日は、田中シェフの料理と、
1979 MICHELIN FRANCE によって悲しみから救済され、
祝福され、そして特別な夜になった。


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なお、この話の続編は、『友達になろうよ。』
http://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13005476/dtlrvwlst/3495367/

ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/

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ビストロ・アーシュ・エムへの道順


東京メトロ葛西駅、下車3分。
改札を出て、右折、バスターミナル側に出て、右折。
都営バス案内所、公衆便所、交番を右に見つつ、まっすぐ直進。
左手に三井住友銀行、不動産屋、やよい軒、
そしてつきあたって、T字路。
(「金・プラチナお売りください」の店と、
そしてY's mart があります。)
このT字路を左折して、前方、信号機を目指して直進。
信号機の角を右折すると、すぐそこに、
Bistro HM はあります。
お隣は、(ジョエル・ロブションとご縁の深い)、
宅配ピザのPIZZA-LAです。

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店舗情報(詳細)

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店舗基本情報

店名
アーシュ・エム(HM)
ジャンル ビストロ、フレンチ、洋食
予約・
お問い合わせ

03-6383-3604

予約可否

予約可

住所

東京都江戸川区中葛西5-20-10

交通手段

東京メトロ東西線・葛西駅下車。駅から3分。

改札を出て、右折、バスターミナル側に出て、右折。
都営バス案内所、公衆便所、交番を右に見つつ、まっすぐ直進。
左手に三井住友銀行、不動産屋、やよい軒、
そしてつきあたって、T字路。
(「金・プラチナお売りください」の店と、
そしてY's mart があります。)
このT字路を左折して、前方、信号機を目指して直進。
信号機の角を右折すると、すぐそこに、
Bistro HM はあります。
お隣は、宅配ピザのPIZZA-LAです。

葛西駅から193m

営業時間
  • 月・火・水・木・金・土

    • 18:00 - 22:30
    • 定休日
予算

¥4,000~¥4,999

予算(口コミ集計)
¥5,000~¥5,999

利用金額分布を見る

支払い方法

カード可

(VISA、JCB、Master、AMEX)

電子マネー可

(交通系電子マネー(Suicaなど)、nanaco)

サービス料・
チャージ

なし

席・設備

席数

22席

個室

貸切

(20人以下可)

禁煙・喫煙

全席禁煙

お外に喫煙所あり

駐車場

近隣にコインパーキングあり

空間・設備

落ち着いた空間、カウンター席あり、ソファー席あり、車椅子で入店可

メニュー

ドリンク

日本酒あり、焼酎あり、ワインあり

料理

魚料理にこだわる

特徴・関連情報

利用シーン

家族・子供と 知人・友人と

こんな時によく使われます。

ロケーション

隠れ家レストラン

サービス

2時間半以上の宴会可、お祝い・サプライズ可、ドリンク持込可、ソムリエがいる

お子様連れ

子供可

可(ベビーカー可)

ドレスコード

特になし

ホームページ

https://bistrohm.wix.com/bistro-hm

オープン日

2008年2月6日

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