今回は喫茶で利用 : 蕎麦 茶のみ処 カワイ

　谷中の「千尋」を出たのは14時前。
　ドロドロの蕎麦湯で口の中がさっぱりせず、釈然としない思いを抱きつつ何となく根津方向に歩き出す。
　懐かしい「よみせ通り」から「へび道」をたどるが、どこかで一休みしたい気分。

　そこで思いついたのは、蕎麦屋でありながらカフェとしても利用できるこちらの蕎麦屋。
　昨年訪れた時は「蕎麦屋酒」で寛いだが、その折メニューで目にした手作りケーキが魅力的で、是非そちらでも寄りたいと思っていた。

　この時間帯で先客は1組と言う状況。
　美人双子姉妹に明るく迎え入れられ、奥の2人掛けのテーブルに通される。

　お目当てはネーミングから気になっていた「お蕎麦屋さんのシュークリーム」。
　＇お蕎麦屋さん＇の所以は、てっきり皮の生地に蕎麦粉が含まれることと思っていたが、実際はフィリングのカスタードが韃靼そばを煮出したミルクで作られているからだそうだ。

　ほのかに蕎麦の香りのするカスタードとホイップクリームが合わせられたフィリングは、たっぷりと挟まれている割にくどさは無く、甘さ控えめの上品な味わい。
　表面にナッツを塗してサクッと焼き上げられた皮も、しっかりとした食感で食べ応えが有る。

　マグカップで出されるコーヒーもまずまず。
　お冷のグラスに敷かれたコースターは、カットした手ぬぐいを縫い合わせたと思われる柄で、この辺りに相応しい粋が感じられる。

　ケーキ類は単品で500円で、ドリンクをセットして700円はお得。
　短時間ながら、気持ちの良い時間を過ごせた。

　帰り際には、美人姉妹が並んで見送ってくれた。
　次回はきちんと酒肴を楽しみ、蕎麦で〆ることを告げて店を後にした。

　出かけた帰りにちょっと寄り道をして、遅い昼食のために訪れたのは、根津に最近できた風変わりな形態の蕎麦屋。
　開店は今年の7月13日なので、まだ一か月ちょっと。

　事前に調べるとその場所が、何ともすごい。
　不忍通りの「根津神社入口」の交差点を谷中方向に入って4.5軒目で、甘味処の「芋甚」の斜め向かい。
　交差点の角には「よし房 凛」が在るが、「鷹匠」や「三里」までは1分とかからず、さらに最近注目の「やなか」やミシュラン組の「雙柿庵」や「蕎心」も近所という、蕎麦屋愛好家にとっては聖地のような立地。

　以前はフレンチだったそうだが、古民家風に木を多用した造りは、最近この辺りに誕生するこじゃれた店の通例と言えよう。
　店内は手前にテーブルに15席ほどと奥のカウンター前に6席という、カフェか喫茶店仕様。
　時刻は13時半を回った頃だが、テーブル席には3組ほどの先客が居り、一人の私はカウンター中ほどを選ぶ。

　店は女性3人で賄っており、接客担当と調理担当のまだ若い双子の娘さんを、お母さんが手伝っている体制。
　昼前の11時から夜10時までの通し営業もユニーク。

　昼には数種類の蕎麦にミニサラダとドリンクが付いた、＇ランチセット＇を出している。
　一般的なメニューを眺めると、蕎麦の種類は限定されているが、肴は面白そうなものが10品ほど。
　酒は日本酒・焼酎・ワインの他、オリジナルのカクテルなどが並んでいる。

　店名に有るように、アイドルタイムは喫茶の客も受け入れている。
　手作りケーキも用意されており、「お蕎麦屋さんのシュークリーム」や「酒粕のチーズケーキ」など魅力的なラインナップ。

　
　事前に昼でも飲めることを確認しており、私はまず「生ビール」（650円）をもらい喉を潤す。
　つまみの注文も可能で、仕事が確認できる「炙り鴨の生ハム　焼き葱のマリネ添え」（800円）を選択。
　少し時間が掛かったが、綺麗に盛り付けられた緑釉の大皿が登場。
　皮目に焼き目を付けてスライスされた抱き身が7切ほど、丁寧な仕事が感じられ味も食感もまずまず。
　バルサミコでマリネされた焼き葱は、この時期でも太目で食べ応えがあり、程よい酸味が鴨に良く合う。
　
　これには予定通りに「赤ワインのグラス」（550円）を合わせる。
　チリワインのカベルネ・ソーヴィニョンだが、なかなか美味しい。

　蕎麦は基本の「せいろ」（850円）にする。
　配合は＇二八＇程度と思われるが、端正に揃っておりつながりも良い。
　手繰ってみると香りも多少もあり、食感ものど越しも悪くはないが、目の覚めるような美味さは無い。

　つゆはやや薄めで、＇かえし＇の深みが少々足りない感じで、出汁とのバランスも良いとは言えない。
　こちらもまだ発展途上と言った仕上がりで、今後に期待したい。
　蕎麦湯が、小細工の無い自然体である点は褒められる。
　値段は内税であるため、軽く呑んで蕎麦で〆るには価格は相当と言えよう。


　お母さんに話を伺うと、元々この辺りに縁があったわけでは無く、新規に物件を探す時点で偶々蕎麦屋のメッカのようなこの地を選んでしまったそうだ。
　娘さんは、横浜の「一茶庵手打ちそば・うどん教室」のプロ養成コースを受講したとのこと。
　よくあるパターンだが＇蕎麦打ち＇や＇つゆ作り＇については、筋が良ければごく短期間でも習得は可能で、今では人気店の主人に納まっている方でも、驚くほど短い修業経験しかない場合は多い。

　しかし教室では基本的なことは学べても、蕎麦打ちと言うものは奥が深く、上を目指すなら卒業後もより一層の努力が必要である。
　さらにこれを商売に結び付けるためには、自己のセンスや才覚に掛かっているわけで、成功するには何らかのプラスアルファが不可欠である。

　こちらについては、蕎麦の出来においてはさらなる研鑽が必要だが、店のコンセプトはなかなか面白い。
　若い人ならではの既成概念に囚われない斬新な発想と、女性らしい繊細さは店造りに生かされており、家庭的な雰囲気も好ましい。
　＇谷根千散策＇の折に立ち寄るには、好適だと思う。

　蕎麦屋を単に＇食事処＇と捉える方にはお勧めできないが、元々江戸前蕎麦屋は、現在のカフェやパブに相当する庶民の憩いの場であったもの。
　こちらにはそう言った感覚で利用できる体制が整っており、名店犇めくこの地でも独自の地位が築けるかもしれない。

　初訪のみでの書き込みは気が引けるが、新鮮な気持ちを留めておきたくレビューさせて頂いた。
　これからも見守っていきたいと思う。