ワンランク高い仕事ぶりを見せる蕎麦居酒屋 : 玉椿

　思いのほかの大雨となったこの日、夕刻に訪れたのは浅草橋駅近くのこちら。
　蕎麦屋と言うより限りなく居酒屋に近い業態だが、蕎麦前重視の私のような人間には向いているようなので、一度寄ってみたいと思っていた。
　場所はかつては都内でも有数の花街であった柳橋であるが、現在では往時を偲ぶものはほとんど残っていない。
　数日前に予約を入れて、口開けの17時丁度に入店。

　ビルに組み込まれた間口の狭い店舗で、黒で統一され五葉松の盆栽が置かれた外観からは高級店を思わせるが、扉を開ければ案外カジュアルな雰囲気で、割烹と居酒屋の中間の和風ダイニングの趣。
　厨房を囲むカウンターに9席、手前と奥に3卓のテーブル席、さらに階段を上がった2階には宴会可能な座敷がある模様。
　口開け時のスタッフは接客を担当する店主とカウンター内の職人の2人だけだったが、何れも50歳がらみの＇イケオジ＇と言った風貌。

　現在は予約客オンリーで、料理もお任せのコースのみでメインの肉料理が鶏・豚・牛で変わる3種類が用意されている。
　私は真ん中のイベリコ豚がメインとなる、6,050円のタイプをお願いしてある。
　まずは生ビール（アサヒ熟撰プレミアム）をもらう。

　早速コースがスタートし、内容は次の通り。
＊前菜①：「自家製豆腐のシラスと香味野菜乗せ」で、蕎麦猪口状の器で固めた豆腐の上に、釜揚げシラスと刻んでオリーブオイルで調味した玉ねぎ・胡瓜・トマト・大葉が乗っている。
　豆腐自体が甘く、それにシラスの塩気や野菜の食感とオイルの香りが加わり中々美味しい。

＊前菜②：「豚肉と油揚げの胡麻和え」で、細切りにしてサッとボイルした豚肉と、炙って繊切りにされた油揚げが練り胡麻ベースのタレで和えられ、上に白髪ねぎが散らされて辣油が垂らされている。
　やや甘目の味付けだが、それぞれの食感が生かされている。
　
＊前菜③：「焼き蚕豆」で、鞘ごとじっくりと焦げ目が付くくらいに焼かれて登場。
　手で剥くと鮮やかな緑色の粒が現れ、皮を剥き塩をちょっと付けて口に運ぶが、歯触りと香りが楽しい。

＊「お造り」は華やかな六点盛り。
　「カサゴ・真鯛・平目・スミイカ・カンパチ・鮪」で、白身は塩で食べることを薦められる。
　カサゴは皮目を炙ってあり、鯛も平目もうま味が濃く、ねっとりとしたスミイカ、醤油で食べるカンパチ・鮪も良かった。
　包丁技の冴えが感じられ、つま等の添えもきちんとしている。

＊「鯖の燻製」はこちらの名物の一つのようだ。
　一見すると鯖の塩焼きだが、きちんと燻されている割には食感はソフトで脂も乗っている。
　塩気が丁度良く、レモンを絞るだけで十分に美味しい。

＊「豚肉のズッキーニ巻きフライ」はポークの薄切りをズッキーニを芯に巻いてフライにし、断面を見せてカットされている。
　何気ない料理ながら、しっかり下味が付いているのでそのままで。

＊「カマンベールの燻製」は丸のままのカマンベールを燻し、三角形にカットされている。
　燻香も色付きも程よく、添えられた柚子のマーマレードを浸けたり、ディルの葉を少しちぎって一緒に口に運んでも面白い。

＊「イベリコ豚の陶板焼き」は奥から煮立った状態で出される。
　バラ肉をやや厚めの一口サイズにカットして焦げ目が付くくらいに焼き付け、たっぷりの玉ねぎと共にやや甘目の割下で調味されている。
　肉は歯応えが良いが噛めば味があり、下に敷かれたトロトロの玉ねぎも美味しい。
　徐々に煮詰まることを考慮して見た目ほど味は濃くなく、たっぷりの量ながら飽きずに食べ進められた。
　
　酒はご主人におすすめを訊くと、料理に合った銘柄を選んでくれて洒落たワイングラスで供される。
　「大嶺 3grain」：柔らかい酸味を帯びたフルーティーさがあり、円やかな味わいが心地よい。
　「陸奥男山 超辛純米 裏」：シャープな飲み口で、引き締まった爽快さが感じられる。
　「春霞 純米吟醸 栗ラベル」：スッキリとした口当たりと素直に広がる旨味が良い。
　
　数々の料理を前にすると、ついつい飲み過ぎてしまう。
　これ以上の日本酒は控えて、陶板焼きが出て来たところで「ニッカ樽ハイボール」をもらう。
　これらで充実した蕎麦前が展開された。

　〆には「仕上げ蕎麦」と呼ばれる「もり」が一枚出される。
　コースに蕎麦を組み入れることには拘りが有るのだろうが、他の方の書き込みを見ても蕎麦についての詳しい記述がほとんどなく、大して期待はしていなかった。
　果たして出された蕎麦は可もなく不可もなくと言った仕上がりで、機械打ちで食感も風味も凡庸だが貶すほどでは無い。
　つゆもやや甘目の町場の蕎麦屋並みの仕事だが、こちらの蕎麦には合っている。

　蕎麦湯は奥から別仕立てが鉄瓶で出される。
　白濁もトロミもやや強いが、それほど悪い印象は無かった。

　コースはバラエティに富んでおり、かなり充実した内容。
　カウンター内とは別に奥にも厨房が有り、そちらからの料理もまずまず。
　蕎麦の出来は今一つながら、蕎麦前がそれを十分にカバーしている印象。
　このコースが6千円とはかなりリーズナブルで、トータルの支払いも11,000円ちょっとは安く感じる。
　
　2階と合わせると結構な席数だが、接客面でも遺漏は無く気持ちの良い時間が過ごせた。
　特に愛想の良いご主人のキャラが、和ませる雰囲気の要因と言える。
　客のほとんどが地元の常連さんのようで、それも頷ける。