一番/一番と一番のはなし : 一番

「ラーメン食べて帰る ?」
「ラーメンはもう食べられないけど、餃子だったら ……」

今は昔、私行きつけの一杯飲み屋の隣に、全身を蔦にロックされた、そこだけ「美女と野獣」のような中華屋があった。
いつも石鹸の匂い立つ、頭抜けて肌の美しい女子大生のお酒を堪能し、その娘に、恐る恐るラーメン食べて帰らないかといったら、餃子だったら食べるというので、その娘のバイトが引ける時間に合わせて私も腰をあげ、そのお化け屋敷に移動する。

するといつも無愛想な(こらっ !)おばちゃんが、若い女の子を連れている私をみて、この永遠のチョンガー一世一代の晴れ舞台と思ったらしく、とり皿を用意してくれたりなど、ふだん慣れないことを必死にやって私を盛り立てようとしてくれている姿に、もう泣けて来る。
私は日本酒、その娘はお酒が苦手なのでウーロン茶。
餃子と同時に炒飯を注文したので、マスターがいつものように、自分だけのリズムで中華鍋をパーカッシヴに奏ではじめ、そして餃子を出し終えたおばちゃんは、私に気を使ってくれた為かとりわけ疲れたように、重たい体を椅子にあずけた ……
こちら「一番」のラーメン、炒飯、餃子は、私の中での町中華最高峰であり、だから私は、単に店が草臥れているだけの中華屋の、“昔ながらの～”とかいっての上っ面だけの高評価を信じない。というか正直、忌避してさえいる

<R2.9.17>

「一番」

新御徒町駅の入口から伸びるこのアーケード商店街を佐竹商店街と呼ぶんだ、といつも思いつつ、都度忘れる。だからきっと今回も忘れるだろう。
その商店街は十条銀座のような爆発的な生命力は感じられないが、でも立会川のぼろっぼろの、雨に濡れそぼつアーケード商店街(アーケードの意味なし !)にくらべたら、まだ生き永らえているような感じ。
その入り口にいかにもの町中華の暖簾を見つけたが、まず一旦は離脱する(笑)。そして20歩ほど足を進めるのだが、野生の感で希望のまったく見えてこないこのアーケード下にて、観念して踵を返すことに。

暖簾を割ると、背もたれはあるが例の赤いパイプ椅子に、赤い天板のテーブル。BGMもない、絵も花も歌も、飾る言葉もない、そんなThe 昭和の店内。
ならば私もと、それに呼応するように、洒落もない、なんでもないものを注文することにする

“餃子” @400
“ライス” @200

そして目の前に並んだ、しかしこの洒落のある風刺の効いた(こらっ !)画には、ちょっと満足。
餃子は一人飲みのビールのおつまみにちょうど良いくらいの、大きくなくふつうサイズのものが五ヶで、艶のないことがとりわけ印象的。
図らずもついてきたラーメンスープは形式上の様式美はキープされていたが、うなるように美味い !　というものでもなかった。
しかしながら餃子は、餃子焼き焼きマシンの余熱ということもあるのか、昼時にはやりたがらないお店もちらほら見受けられる中(中華屋で餃子やりたくないなんて、ランチ時はコーヒーは出しません !　なんて宣言する喫茶店みたいなもんだと思うんだけど ……)、黙って快く受けてくださったことは評価したいと思う。

そこで、先日観た「秋刀魚の味」というのは1962年の私が生まれる前の作品だが、劇中、大学時代の恩師がほそぼそと営んでいるラーメン屋に、主人公の笠智衆が、同窓会に招いた先生はあの調子だと生活も苦しかろうと、仲間から募った寸志を手渡そうと訪れる場面がある。
しかしその時に偶然、太平洋戦争で駆逐艦に乗っていた時の部下と鉢合わせてしまい、その部下はかつての上官である笠智衆との再会に歓喜し、「河岸をかえましょう !　ここのラーメンは正直美味しくないんですよ」といった意味あいのことをいい別のお店に促すのだが(その時のかつての恩師=ラーメン屋のおやじである東野英治郎の、寂しげなあきらめの表情といったらなかった)、ということは、昨今“昔ながらの”が“手放しで”もてはやされているものの、これはこちらのお店のことではないが、“昔ながらにまずい”ということもまた有り得る、ということを少なくとも了解した上で運用してほしいものだと ……

【冒頭の、在りし日の「一番」にて】

“恐る恐る”声をかけたと言ったが、その娘はスポーツウーマンで、とくにその太腿は全盛期の中野浩一のようにたくましく、その店の女の子の中でも破壊力№1だった為。でもそんな娘がさっとお酌してくれると、そのあまりに際立つコントラストにどきりとしたわよ。ブル中野が悪役メイク落としたら、意外ときれいだった、みたいにね。
↑
(これみられたら絶対に殺される。LINEもまたブロックされるだろうな、もう何回目か忘れたけど/笑)

「少し食べてみる ?　とめてって言ってね」

せっかくとり皿をもらったので、少し食べてみなよと女の子に炒飯をよそいはじめる私。
そしたらあなたは、ぜんぜんストップかけてくれませんでしたよね ?　あまり食べられないけど餃子なら、と言ってたくせ、餃子も炒飯も半分以上、いや、2/3はあなたがばくばくと食べてしまって、いったいどういうことだったんですか、ゆきちゃん !　その理由を今になって、ぼくはきいてみたいです。

そしてせっかくの風呂上りのシャボンの匂いを、その美女と野獣のセットの中、餃子と炒飯の製造過程ではじけ飛んだenergyそのもの !　そのオイルミストにまみれて台無しにしてしまったあと、あなたはもう一度お風呂に入りなおしたのでしょうか ……