板前が切り出す、”和の焼肉”の妙味 : 日本焼肉はせ川 表参道店

表参道は、賑やかで華々しい印象があるが、
こと、みゆき通り側のベクトルに関しては
他とは一線を隔てる瀟洒な大人の街並みに思う。

高級アパレルブランドが立ち並ぶ道を奥へ歩き進め、
COSの手前を左に抜けると
ひっそり佇んだ隠れ家風のこちらの店が現れる。

照明は暗く鈍く珪藻土壁を照らし、軒下には風鈴が心地よい音を奏でている。
焼肉という文字がなければ懐石や割烹と見間違える威厳を備えた佇まい。

コンクリートの地下階段を降りると目の前には席ピッチの広いカウンター。
板前さんの後ろには、遠くからでも十分楽しめる素晴らしい器の数かず。
そして広めの通路の背中側には大きなガラス張りのワインセラーが。
雰囲気の良さのあまり、個室で予約を入れたことを少し後悔する。
そして、その後悔は肉を出された時に、さらに強まる。
なぜなら、一目見るや、タンもハラミもフィレ肉も
直前に手切りで切り出されたと分かる品だったから。

「そうですね、ご指摘の通り、カウンターでしたら、
職人がブロック肉から直接切り出すところをご覧いただけます」
なるほど今回は人数が多かったため仕方ないが非常に気になる。
特にデートや大切な人との記念日ならカウンターは格別だろう。
伺ったところによると職人はすべて和食出身とのこと。
それが故、アラカルトでは、だし巻き卵の用意もあるのだとか。
そんな話を伺っているとカウンターへの想いは尚のこと強まる。

ただ、もちろん個室には個室の素晴らしさがある。
部屋は茶室をイメージしているとのことで、しっとりしていて寛げた。
また、この日はすいていたこともあり板長さんが直々に肉を焼いてくださった。
「タイミングになりますが、本日のように早い時間など、
すいている時であれば、ご要望により可能な限り私どもでお焼きします」
そんな声かけが、なんとも心強い。
しかも連れの一人は火が通った焼き方が好きだと伝えると、
最後までタイミングをずらして焼き方を変えていただけた。
なんとも素晴らしいホスピタリティ。

さて、肉には味噌ダレや
そばつゆをイメージした切れのある醤油だれなども用意されるが
殆ど使わなくても、こと足りる。
塩のみで十分楽しめる、極上の味。
ただ、わさびは是非添えた方が良い。
市場に出回らない宮内庁御用達の静岡の特別なわさびを
提供直前におろしていただくようで、この風味が素晴らしかった。

なお、シャトーブリアンにはイタリア産のトリュフ塩が供される。
これも無条件に塩一本。
無条件に手放しに、ただただ旨い。

織部焼を始めとした、厳選された器も楽しい。
一時期は陶芸の個展展示も店内で行われたのだとか。
もてなした客人が目の肥えた女性だったので、とても喜んでいた。

そして、お酒。お酒も厚かった。
ワイン好きの客人へはペアリングのワインをソムリエにお任せしたが
若くてチャーミングな女性ながら非常に勉強熱心な方で感動した。
聞けば1本200万越えのロマネコンティもあるらしく、
30万50万のワインも注文されることがあるらしい。
ほか前回うしごろエスで初めて覚えた
「野兎の走り」がここにもあったので、こちらを注文。
ヒノヒカリを使った米焼酎ながら非常に香り高くて一目惚れした銘柄。
前回ボトルを撮り忘れたのでお願いすると快く応じてくれた。

他方で、お酒の飲めない要人ももてなせる極上銘柄がある。
それが高級茶のボトル。
昨今、ワインのようなボトルに詰めた高級茶シリーズを
お茶の名産地で結構見かけるようになったが
こちらは「日本茶」「鉄観音茶」「花茶（ジャスミン）」を揃えている。
お酒を飲めないゲストをもてなすには恰好だろう。
ジャスミン茶はさながら”飲む香水”と言ったところだろうか。
すっきりと誇り高い今まで飲んできたよりもさらに気高い高貴な味。

焼肉の合間には、
えんぺらの部分がトッピングされたすっぽんの茶碗蒸しや、
高級魚のまながつおが供される。
この辺りで、一気に和の世界が展開され、
焼きしゃぶ、焼きすきへ繋がって行く。
まるで異なるジャンルの音楽を巧妙にミキシングしたような
焼肉と和食のシームレスな融合の流れに感心してしまった。

焼肉後半戦は見事なサシの入った黒毛和牛を和の食べ方で。
適度な厚みにスライスされた肉は低温でじっくりじんわり脂を緩め、
程よい櫻色のところを見計らって提供される。
焼きしゃぶは、岩手の黒毛和牛ももを胡麻ダレで。
焼きすきは、山形の黒毛和牛サーロインを卵で。
胡麻そのものを食べているようなゴマだれも
奈良県吉野の見るも鮮やかな卵も非常に味の濃いものだったが
肉の存在感は一歩も引けを取らない。

〆の食事物は北海道産毛蟹土鍋飯。
これは味噌もまるごと使っているのだろうがカニ身の多さに驚く。
そして、お焦げの付き方も絶妙。
炊きあがりに一気に火を強めることにコツがいるのだとか。
香りも食感も素晴らしい。

そして最後のデザートは
滋賀県朽本宝牧場の牛乳を使用したソフトクリーム。
ミルキーな味わいが有終の美を飾る。
、、と待て。
ソフトクリームに添えられた最後のお茶が、鮮烈だった。
丸山海苔店 寿月堂の芽茶らしい。非常に落ち着く。
家に帰って焼酎と芽茶は即買いしてしまった。
心から満足のできた夜だった。