昼でも呑ませる姿勢満々だが、その意を迎えることに躊躇う必要なし : 大はし

　日曜日の昼に向かったのは最近頻繁に足を運ぶ目白で、選んだのはこちらの蕎麦屋。
　2.3年前から営業日時が限られるようになり、このご時世でさらに時短となっているようだ。
　最近のマイフォロアーさんの書き込みを拝見し、久々に足を運んでみた。

　11時半の開店直後のため初客で、左手に並ぶ2人掛けのテーブルの1つに通された。
　前回もそうだったがこちらは蕎麦前が充実しており、酒の品揃えにも一歩踏み込んだ姿勢が感じられ、女将さんや花番の女性の応対ぶりにそれが良く表れている。

　まずはビール（アサヒ熟撰　中瓶）をもらう。
　お通しにはビーナッツも入った醤油味の「あられ」が付いた。

　肴はどれでも注文可能で、まずは「おすすめ三種盛り」を注文。
　内容は「胡瓜とエシャレットの金山寺味噌添え・板わさ・にしんの甘露煮」。
　麹の風味が効いた少し甘目の金山寺味噌が懐かしく、蒲鉾の質もまずまず、甘すぎない鰊の仕上がりも良好。

　酒は品書きに載る定番の他、手書きの別紙や店内の壁にも掲示されている。
　おすすめを訊くと、女将さん自ら色々と説明してくれる。
　その中からまず、佐渡の「北雪 冬しぼりたて」を一合もらうが、ぐい飲みは籠に盛った中から選べるスタイル。
　口当たりの良さの奥に、しっかりした芯のある味わいが良かった。
　酒には突き出しが付き、この日は「きゃら蕗」の小皿が出されたが中々良い味。

　肴の追加に「川海老のからあげ」をもらう。
　１尾ずつは小さいが殻のいがらっぽさは無く、軽く塩を振っているだけだが美味しい。

　女将さんは酒についてはかなり造詣が深いようで、「蕎麦屋酒」目的だと分かると＇ちょっとこれも飲んでみて＇と言って、少量ずつぐい飲みに注いだものを一升瓶も添えて試飲させてくれる。
　伊賀の「義左衛門 にごり酒」、ついで陸前高田の「酔仙 初酒槽（さけふね）」を振舞ってくれたが、後者の「酔仙酒造」は震災前は大船渡に在ったが、津波で大きな被害をうけ新天地で再起を図った酒蔵とのこと。
　そんな説明をされると頼まないわけには行かず、こちらを半合でもらい心して味わう。

　そろそろ蕎麦にしようとメニューを眺めるが、こちらオリジナルの創作種物が面白そう。
　花番さんは親切に説明してくれるが、実際のこの日のおすすめは「辛味大根おろし」とのことで、それに従ってみる。
　先に大振りの小鉢に結構な量の大根おろしだけが運ばれてきたが、＇今日のは当たりですよ＇の言葉が添えられた。
　＇当たり＇なので飛び切り辛いのかなと思い、まずこれだけを少量口にしてみたが、確かに辛いが痺れるほどでは無くその奥に甘みも感じられ、なるほどと合点がいく。

　次いで蕎麦やつゆの一式が運ばれる。
　蕎麦を少量啜るが＇二八＇で打たれたシャキッとした食感と、しなやかさや喉越しの良さを兼ね備えた江戸前王道の仕事。
　つゆも出汁と＇かえし＇のバランスの取れた丁寧な出来で、単体ではこれで良いと思うが、辛味おろしに合わせるにはやや甘目かなと思う。
　しかし辛味大根をたっぷりと加えて、蕎麦に絡ませるようにして食べ進めるのは中々楽しかった。

　蕎麦湯は当然ながら釜湯のままの自然体。
　熱々を注ぐことによって大根の辛味がさらに甘味へと転化し、素材の良さを余すところ無く味わう。
　流行りもののドロドロではこういった効果は望めず、改めて江戸前の手法が理に適っていることが判る。

　期待通りの快適な時間を過ごせた。
　勧め上手の女将さんにつられて少し飲みすぎたかなと思うが、決して悪い気はしない。
　＇蕎麦屋は呑み処＇という江戸前の流儀に則った姿勢を、高く評価したい。
　これからも身近な存在として、通い続けたいと思う。

　こちらは以前から気になっていた、目白通り沿いの蕎麦屋。
　目白台や雑司ヶ谷同様に、目白駅を跨いだ山手線の外側も私にとっては昔から馴染み深く、高橋邦弘さんが40年近く前に最初に設けた「翁」も、かつてこの道筋に在った。

　ここのご主人は最近多くの評判店を輩出している、浅草の「蕎上人」の教室出身と聞いていた。
　日曜日の昼に急に思い立ち、我が家の近所から始発の都バスに乗って、目白駅の一つ手前で下車。
　氷雨が降りしきる1時前、先客は2組5人と言う状況。

　この寒さなので、まずは「燗酒」を一合所望。銘柄は伏見の「澤屋　まつもと」。
　接客を担当する女将さんは、＇写真を撮ってもいいですか＇と聴く以前に、一升瓶もテーブルに置いてくれた。
　さらに＇ちょっと飲み比べてみてください＇と、同じ銘柄の冷酒をグラスが少量出され、一緒に「dancyu」の日本酒特集号も持ってきてくれる。

　肴は昼でも何でも出来るという事で、「大はし風煮豚スライス」というのが面白そうだったので、頼んでみた。
　甘すぎない醤油だれで煮込まれたロースが4切れで、あしらいはベビーリーフと水菜。
　練り辛子を添えれば、なかなか美味い。

　当初は長居するつもりは無かったのだが、程なく酒も尽きてしまい、考え倦んでいると女将さんは＇こちらが今の限定ですよ＇と、「久保田　生原酒」を薦めてくれたたのでそれに従う。
　洒落た設えと共に、「わさび漬け」が蓋付きの小鉢でサービスされた。
　快適な蕎麦前である。

　蕎麦もちょっと迷ったが、季節ものの「ほたて入きのこつけめん」を選択。
　先に運ばれた大振りの鉢にはシメジ・エリンギ・エノキ・舞茸の4種類のきのこと、3個ほどの小振りの帆立貝柱が煮込まれている。
　きのこは旨みを十分引き出すには、もう少し長く煮た方が良い気がするが、量はたっぷりで食べ応えが有る。

　追って出された蕎麦は、切り斑なく綺麗に揃った細打ちで、シャキッとした歯触りが心地よい。
　配合は＇二八＇のようだが香りもまずまずで、盛りも多め。
　蕎麦湯は湯桶の底の方で少し粘度を感じるほどの自然体であるため、後味もすっきり。

　期待以上に、満足度の高いひと時を過ごせた。
　食事オンリーの客が多いと思われるが、蕎麦屋酒を楽しませる体制が整っていることは嬉しい限り。
　女将さんも花番の女性にも、一般的な蕎麦屋に比べ一歩踏み込んだ姿勢が感じられる。

　蕎麦屋については初回のみでのレビューはなるべく避けたい方針ながら、なかなか好印象のためアップさせていただいた。
　私にとっては便の良い所なので、これからも時々覗いてみたい。