「湯足麪飽（も、よござんす）、、」 : 老辺餃子舘 新宿本店

内藤新宿（ないとうしんじゆく）。
西（にし）に大厦高樓（たかどの）、東（ひがし）に酒肆青樓（あそびば）。
有相機（かめらはあれど）、無美食（うまきものなし）。
、、と云ふ仔細（わけ）で、通例（つね）のごとく晝飧（ひるのめし）に苦惱（なやむ）。

紆餘曲折（あれやこれや）とあるも、『老邊餃子舘』へと漂着（たどりつく）。
十六年（とゝせあまりむとせ）ぶり。
菜譜（こんだて）ゟ（より）選擇（えら）みしは"榨菜刀削麪（さくさいけづりそば）"、
對價（あたひ）、九百八十圓也（きふひやくはちじふゑんなり）。

これには、無遺漏（もれなく）"蒸餃（むしかうじ）"が附屬（つく）。
當店（こちら）、東瀛（ひのもと）に來（き）たりて大畧（およそ）三十年（みそとせ）。
内藤新宿（こちら）で現在（いま）猶（なほ）續（つゞ）くは、
それなりの存在理由（ことわり）有（あ）らざるべからず。

扨（さて）、その"蒸餃（むしかうじ）"：
その斷面（きりくち）ゟ（より）觀察（うかゞ）ふに豬肉（ぶたにく）が主體（おも）。
その印象（おもひ）、
嘗（かつ）て北京（ほくきん）にて堪能（あぢは）ひし"それ"に同一（おなじ）。

老骨（それがし）、"蒸餃（むしかうじ）"より"水餃（すいかうじ）"、
就中（わきても）『王家菜館』の"それ"を嗜好（この）む。
"蒸餃（むしかうじ）"なら"澄麪皮（うきこ）"を用（つか）ふ"鰕餃（えび）"が吉（よい）。
とは云へ、"蒸餃（これ）"こそ當家（こちら）の招牌（かんばん）。

で、"榨菜刀削麪（さくさいけづりそば）"：
"靑菜頭（さくさいのあをながしら）"＋"肉絲（ほそぎりにく）"＋"笋絲（たかむなせん）"、
と云ふ王道（おほきみのみち）を行（ゆ）く配搭（くみあはせ）。
加旃（しかのみならず）、"刀削麪（けづりそば）"と豪儀（ふとッぱら）。

一口（ひとくち）、二口（ふたくち）、三口（みくち）。
「うむ、この味（あぢ）、この湯（しる）、この食感（はごたへ・したざはり）！」
四口（よくち）、五口（いつくち）、溝の口（みぞのくち）。
滿腹（はらくち）く、「湯足麪飽（も、よござんす）、、」と筯（はし）が止（と）まる。

都丸紗也華（とまるさやくわ）は乳（ちゝ）一杯（いつぱい）。
かく言（い）ふ老骨（それがし）腹（はら）一杯（いつぱい）。
"鹹（しほけ）"、"鮮（うまみ）"を劈頭（はじめ）の一口（ひとくち）に合（あ）はすと、
軈而（やがて）飽（あ）きの來（く）るを"盛夏（なつのさかり）"と云ふ。←※ｳｿﾀﾞｹﾄﾞ

"刀工（はものづかひ）"も半點（いさゝか）麁（あら）く、
天離（あまさか）る鄙（ひな）の"中國菜館（もろこしめしや）"にも劣（おと）る。
手煆煉（てだれ）の廚師（いたまへ）の廚藝（わざ）とも思（おも）へず。
これも亦（また）、"食疲（たべづか）れ"の一因（わけのひとつ）なるべし。

三口（みくち）で飽（あ）き、四口（よくち）で疲（つか）れるものが、
三十年（みそとせ）續（つゞ）くは内藤新宿（このち）固有（ならでは）歟（か）?
將又（はたまた）、かゝる商賣（あきなひ）の恩惠（たまもの）歟（か）?
ま、ともあれ、その營業實績（おもみ）、不可侮蔑（あなどるべからず）！

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【暗匣】：東京通信工業 索尼（Sony）α7 III 無反光鏡可換鏡頭照相機（みらーれす）
【鏡珠】：福倫達（Voigtlaender）Apo-Lanter 2/50 Asph. @F2.8～F5.6

中國北方水餃、浮き粉に包んだ廣東蝦蒸餃、そしてお馴染み日本式燒餃子（鍋貼）。どれも特徴があるし接する機會も多い。當店はその何（いづ）れでもなく豚肉餡の蒸餃子が一大看板。「淮揚菜」を謳（うた）つているので揚州地方の餃子か。揚州は中國東方上海近くに位置し「淮揚菜」は華夏四大名菜の一つとされる。

十二年前商用で北京を訪問した際に案内された名高き餃子店で出て來たのが小麥粉皮の蒸餃子。差し渡し一尺はあらうかと云ふ巨大な蒸籠（せいろ）が銘々に供される。中の餃子は二十餘（あまり）。これを何も付けず只管（ひたすら）戴く。餃子が出る前、既に炒め物等を戴いてゐるので尚更きつかつた。

當店、ほゞ十年ぶりの訪問。當店の餃子、紛（まぎ）れもなく嘗て戴いた蒸餃子。ランチで二種二個を戴く。一つは普通の形で他方は燒賣のやうに開いた姿容。皮は明らかに手打ちでモチモチ感あり。熟練職人が作つたらしく姿端正ながらもやゝ蒸し過ぎ。注文して直ちに出てきた。思ふに常に蒸し續けてゐるに違ひない。

餡は豚肉主體。齧（かぢ）ると肉汁が溢れる小籠包風餃子ではないものゝバサつき感はない。醤油、辣油、醋の拉麺屋三點が卓上にないので否が應でもその儘戴くことに。これぞ正宗。下手に媚びて慾しくない。ランチは御飯に料理一品に上記蒸餃子が付いて値千圓也。更に香の物（白菜甘醋漬け）と杏仁豆腐が付く。

今囘選んだのは東坡肉が載つた麺。麺は日本式の中華麺にて聊（いさゝ）か腰が弱い。東坡肉は皮付きで中國醤油と思（おぼ）しきもので煮込んである。八角茴香の香（かをり）が如何にも本場風。杏仁豆腐は長方形に切られた獨特のものにして胡麻豆腐の如くモチモチする。枸杞と薄荷の葉が載り視覺的にも惡くない。

この店、決して高級店ではないし、特別旨いとも思はない。だが、餃子に關する限り紛（まぎ）れもなき正宗・本場の味。今囘戴いた東坡肉や以前來た時戴いた酸辣湯も大陸の素朴な香（かをり）に充ちてゐた。思ふに、かゝる大陸の素朴な風味は香港や日本の高級中國料理店好きには向かない。接客亦然り。