高級板前割烹のような構えだが、案外リーズナブル : 多心

　こちらはかねてより訪れて見たかった一軒。
　夜だけの営業で、写真からすると高級板前割烹のような雰囲気で、敷居の高い店ではという先入観があり、なかなか足を運びにくかった。

　場所は渋谷から「246」を超えて、少し南下した桜ヶ丘。
　ビルの1階に入っているが、この辺りは坂の多い地形のため、入り口は半地下のような部分で、佇まいも控えめなのでちょっと分かりずらい。


　日記にも述べたとおり台風が迫る休日の夜、横浜でのコンサートの帰り、友人と二人で訪れた。
　少し時間が有ったので代官山から向かおうと、駅から電話を入れて席が空いていることを確認したうえで、降りしきる雨の中この近辺をぶらついた後に、6時の開店時刻に合わせて到着。

　店内はやや暗いがすっきりとまとまり、高級感が有る。
　客席は厨房が望めるカウンターとテーブル2卓、奥には個室スペースが有る模様。
　スタッフは主人の他に2人の若い衆と、別にお運びの女の子が居る。
　8席並んだカウンターの、一番奥に通される。

　まずは「小生ビール」（サントリープレミアムモルツ）を注文。
　お通しは二品で
「大根の山椒醤油漬け」：山椒が結構利いていて、パリッとした食感も心地よい。
「自家製豆腐」：酢橘と藻塩が添えられており、豆の甘味が感じられる。

　品書きを眺めるが「肴」という記載通りに、それほど凝った料理は無いが、酒を美味く飲ませるには過不足ないラインナップ。
　「炙」と書かれたページが有り、そこには魚の干物がいくつか並んでいる。
　それらの中から選んだ品々は次の通り。

「チーズの西京漬け」：クリームチーズが甘みとコクのある西京味噌に付け込まれたもの。
　白味噌なので色付きは淡いが、味は結構しっかりと入っている。
　添えられている剥いた胡桃が、食感のアクセントなっている。

「まいたけの天婦羅」：さくっとした揚げ上がりで、舞茸の旨みが感じられる。
　抹茶塩で食べさせる。

「さけとばの炙」：「鮭とば」とは北海道や東北の保存食で、鮭の身を細切りにして海水に浸けてから寒風で干されたもの。
　言わば鮭のビーフジャーキーのようなものだが、噛みしめると味が深い。
　カウンターの向こう側に炭火の炉が設置されていて、そこに置いた網の上でさっと炙って出される。

「金時草の酢の物」：金時草は最近都内のスーパーなどでも時々見かけるが、葉の裏の紫色の色素が、酢を加えることで染み出してきて、きれいな色合いになる。
　シャキシャキとした歯応えも楽しい。

「出汁巻き玉子」：もちろん注文の都度焼かれ、色も姿も綺麗に焼き上げられている。
　関西系の甘くないタイプで、出汁多めのふるふるの仕上がり。
　少量の醤油を垂らした「染おろし」とともに、口に運ぶ。　

　酒は「地酒」と記されたラインナップから、他であまり見かけない福島の「末廣　鬼羅」秋田の「八重寿」を徳利でもらう。
　洒落た薄張りのガラス器で供された。

　蕎麦のメニューは飲んだ後の〆の役割で有るため、品目は絞られており「冷・温」合わせても10種に満たない。
　私が選んだのは、基本の「せいろ」。
　色合いからして「挽きぐるみ」と思われ、時期的なせいもあるが香りが素晴らしい。
　細目に端正に揃った蕎麦で、シャキッとした歯触りが心地よく、苛つくようなざらつきが無いため喉越しも良好。
　

　「つゆ」は直接猪口に注がれたスタイルで、量も少なめだが結構濃厚。
　しかし「かえし」と「出汁」のバランスは取れており、丁寧な仕上がりである。
　

　お相手が選んだのは「鴨せいろ」。
　「つゆ」には、フライパンで焼き目を付けた抱き身2切れと葱が煮込まれている。
　豪華さは無いが、1,290円と言う値段は破格の安さと言える。

　蕎麦湯は何の小細工も無い、さらっとした自然体。
　流行物のドロドロを出さないという見識に、拍手を送りたい。

　さらに感心したのは、蕎麦を出す時点で箸が新しいものに取り換えられたこと。
　蕎麦を大事にする姿勢の表れである。

　
　この天候のせいか立て込んではおらず、カウンター越しに我々には、一人の若い衆がほぼ付きっきりでサービスしてくれた。
　あまり愛想は無いが、きちんとした応対振りには好感が持てた。

　お勘定は二人で8,000円ちょっと。
　それほど値の張る料理が無いせいもあるが、普段の「蕎麦屋酒」に比べても、ぐっと安く上がったのは意外。
　結果的に当初抱いていた敷居の高さは全くの杞憂に過ぎず、雰囲気の割には極めてリーズナブルな蕎麦屋で有ることが判った。

　蕎麦屋の場合、2.3度訪れた後でレビューに及ぶことをモットーにしているが、こちらは夜だけの営業で、今回だけで大よその判断が付いたため、初回のみの訪店で書き込みさせていただいた。