数寄屋橋次郎の思い出 : すきやばし 次郎

２０１４年４月２９日
安倍首相とオバマ大統領とが、すきやばし次郎で会食しました。
すきやばし次郎には、いくつかの思い出があります。
最初はＩ氏にご案内いただきました。美味しかったので、「また来たい」と名刺を交換しました。小野次郎さんは、「今度予約するときは、Ｉさんからの紹介の内田といってください」というので、何度もそのような予約の仕方をしました。
ある時、私のご案内した方が、気に入られて「また来ますね」といったら、次郎さんは、「Ｉさんの紹介の内田の紹介の、何々です」と言ってくれと答えていました。これでは、その方がご案内した方が、また気に入られたら、「何々の紹介の」が延々と、落語の寿限無みたいに長くなっていくのだろうかと思いました。でも、しばらく通っていると、次郎さんは、「もう、内田で予約してもいいですよ」と言ってくれました。お客様の関係のルーツと、問題のあるお客は受けないということで、このようにしているのかと思いました。というのも、ある時、私たち４人だけしかいないとき、３０代の若さのように思われる派手そうな実業家が、これも派手そうな女性を二人連れて入ってきたのです。すると次郎さんは、今日は予約で満員です。すみませんね」とお断りしたのです。しかし、その後、誰も常連の方は来なかったのでした。要するに、「こんな態度の客なんかに握れるか？」と思って断ったのだと思いました。私たちのほうを向いて、「常連の方がふらっと来られて、ネタがないほど辛いことはないですから」と言い訳をしてくれました。常連を大事にすることも当然なことですね。
ある時、大阪のお得意先をご案内した時、座った時から次郎さんのご機嫌がななめなのです。私は、せっかくのご接待なのに悪い印象を与えないかと心配しました。
次郎さんは、「今時、季節外れなのに何々はあるかとかふざけたことを聞く客なんか来てもらいたくないんだ」とぶつぶつ言っています。
何か、お昼のお客で、まったく基本のわかっていない客がいて怒ったようです。それが夕食時まで尾を引いているのです。すると、その大阪のお客様は、白木の箱の中のあるネタを指して「これ、関西では、何々という名前の魚ですよね？」と質問したのです。その質問に、次郎さんはニコっとして、おおわかるやつが来たか！ということで、それからは和気あいあいで過ごしました。そんなこともありました。
生き方やマナーの価値観の軸は本当にぶれない次郎さんです。
　ある時、「外人お断り」と張り紙がしてあったので、聞いてみると、「寿司は出した時が一番おいしいので、すぐ食べてもらいたいのです。それを彼らは、水割りを置いて、ぺちゃくちゃしゃべるだけで、すしに関心がないんだよ。だからそんな連中に握ってやりたくないんだよ」ということでした。
だから、次郎さんに行くと、お酒も奨めないので、２０貫のコースをひたすら食べて、約４０分ほどで食べ終えてしまうのです。そうなると、７時にお迎えしたお客様は、食べ終えて時計を見て、「まだ８時前だね」と独り言を言うのです。そして、二次会のカラオケになってしまうのです。私はカラオケが大嫌いで、それに付き合わされるのと、二次会の経費がかさむと予算では足りなくなるのとで、次郎さんのお店はだんだんとご接待には使わないようになってしまいました。
日本のミシュランガイドで、３つ星を取ってからは、予約が大変になったことと、２万円だったコースが一気に３万円に上がってしまったことで、疎遠になりました。
その頃のことです。同じミシュランで３つ星を獲得した、カンテサンスの岸田シェフが、次郎さんのお店を訪問した時、彼は次郎さんに「マグロの美味しい料理を研究しているのですが、試行錯誤でまだ見つかりません」と言っていたと、岸田さんの訪問後に私たちがお店に行ったとき次郎さんから聞きました。次郎さんは、「世界一味のうるさい日本人が、マグロの食べ方で一番おいしいのが刺身と言っているのだから、岸田君は、研究しても見つかるわけないよ」といたずらっぽく笑っていました。
コースの２０貫の流れですが、まず、おつまみに、白身の魚の刺身など、数点が出て、お任せコースに入ります。最初は、淡白な白身の魚の握りから入って、１貫ずつ、イカ、エビ（食べやすく二つに切ってある）、タコ（ヌルヌルを除くしごき方は本で読んで感心しました。最高に美味しいタコです）、マグロの赤身、中トロ、大トロときて、大トロの後はコハダです。つまり、大トロで脂っこくなった口の中を酸味で洗い流すのです。そして再スタートのような感じです。
そのあと、イクラ、ウニ、アナゴ、煮ハマグリと、濃厚な味の連続になっていきます。一つ一つ本当に美味しいです。ウニはきれいなベージュ色でスックと立っています。冷やし方もやや冷たい感じで私には丁度よく、あまりのおいしさに驚いていると、次郎さんが解説してくれます。ウニの盛り上がっている小ぶりの木の枠の容器を持ってきて、「これは金ラベルでしょう。これが最高級で、次に良いのがグリ－ンラベルなんだけど、この金ラベル一つに対しグリ－ンラベルが３０個という希少価値なんだよ」と説明してくれました。最高に美味しいウニで人生観が変わるほどの味と思います。ウニやイクラを巻いている海苔は、浅草海苔の最高級でこれも香りが素晴らしい海苔です。
アナゴは口の中に入れると溶けてしまいます。その柔らかさ、崩れやすいのにどうやって握ったのだろうかと思ってしまいます。
そして卵焼きが出て、コースは終了の合図ですが、「あと、いかがしますか？」に「かんぴょうの海苔巻！」というと、次郎さんはニコっとします。そして漬物が２，３種類出ておしまいです。
物事には、何でも最適な順番というものが存在するのだと感じさせられます。
小食の妻が、「今日私美味しいから完食しちゃった」と帰るときはしゃいでいたのを、次郎さんが小声で私に耳打ちし、「奥さんには小ぶりの鮨にしたのですが、わかりましたか？」と、お客が残さないようにと気遣ってくれたこともありました。お客が右手で食べやすいように、すしを斜めに置くのも計算されてのことです。
昔の番組ロッテ歌のアルバムの「一週間のご無沙汰です」でおなじみの、玉置宏さんが、一番奥の席で、いつも一人で食べているのを何度も見みました。
次郎さんは有名人なだけに、威張っているとか、ひどいサービスだったとか、知っている人にだけしか話さないだとか、否定的なこともたくさんいわれますが、そんなことはどうでもいいではないですか、といいたいです。自分自身だって気配りも味覚の鋭さも完璧ではないし、ましてや有名人でもないのですから、自分は何様なのか、ほどほどにしなさいと説教したいです。我々も未熟なのです。
どんなお店に行っても、顧客の個人的な不満はあろうかと思いますが、顧客であることを主張しすぎてエスカレートしないでほしいと願っています。たかが数万円しか払っていないのですから、その範囲で怒ることと思っています。私はクレイマーのような姿勢は全体を壊すので嫌いです。
次郎さんの出勤は丸ノ内線です。真夏でも、命の次に大切な両手を保護するために両手に手袋をして出勤する姿勢には敬意を表したくなります。
現在のミシュランの最高齢の三ツ星ですので、尊敬して大事に味わいたいと思っています。
ちなみに、かつて南フランスのレ・ボーにある三ツ星のウストー・ド・ボーマニエールのレイモン・テュイリエ氏は９２歳でも三ツ星シェフだったと思います。（今は二つ星です）
次郎さんにはぜひ、その長寿の記録の更新をしてもらいたいと思っています。　
以上