『シリーズ「帰ってきた #だからワタシは嫌われる(その3)」脳の外注。』ムササビヒンソーさんの日記

【面白くって】もうぞこいてんなよ。【ためになる】

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ムササビヒンソー (60代前半・男性) 認証済

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これは飲み食いのお話じゃないのですが…

某日、靴の手入れをしていたら、スニーカーのカカトが抜けそうになっていたのに気が付き、ABCマートのサイトから「過去の購入履歴」を辿り、無造作にぽちっとやる。

と、貯まったクレジットカードのポイントでタダで手に入り、昨夜帰宅したらもう「代替品」が届いている。買い物って一体なんなんだろう? と不思議な気になる。

またまた「歴史上の出来事」で恐縮ながら、40余年まえ、中学、高校生のころ、貯金をして憧れのスニーカーを買いにスポーツ用品店に行ったときの、ちょっとした興奮を「裏切って」いるような気がしてなんだか後ろめたい、というのは単にこちらが時代遅れだと言うことでしかないんだけどさ。

総じて少年のころは「持ち合わせ」が不十分であった一方、今のデフレ、価格破壊の時代でもなく、更にはモノの流通が末端まで行き渡っていない地方在住だったから、スニーカーにしろGパン(死語 にしろ、雑誌などで見て欲しいな、と思ってから、貯金をし、扱っている店を探し、購入するまでのハードルは、結構高かった。

言い換えると「買うまで」と「買う瞬間」までの過程、時間に楽しみ、妙味があったような気がするのだけれど、昨今のインターネッツの発展が、そういうビンボーくさくも原始的なヨロコビを世の中から「なくしてしまった」

世の中のヒトがモノに拘泥せず、所有に淡白になった、というけれど、そりゃそーである。

「買うまで」のコーフンと気持ちの盛り上がりがなくなっちゃったんだもん、ねえ。

...って、ああ、呟けば呟くほど、「昔の人」だなあ、オレ。

大きな本屋さんでじっくりと背表紙を見て目当ての本を探し出し、手にとった時、ふと「呼ばれている」ような気がして隣あった本、同じ著者の作品などにも手を出し、ページをめくり、脳内のシナプス同士がインパルスで繋がっていくように、次々と興味が広がっていく醍醐味、というのも又、知識、情報自体を得る「手前」の過程に面白みを感じている「ような気が」する。

ところがこの「繋がっていく感」を、AmazonではAIが「あなたが興味を持ちそうな」と「先立っておススメしてくれちゃう」から、便利なのだがたまに、自分のアタマのなかを形成していく過程を、外注に出してしまっているようなヘンな気持ちにならない、事もない。

最近ダウンロードしたアマゾン・ミュージック・アンリミテッドもこうした「脳の外注」をやってくれ、単に「夏向きのボサノバ」という項目を選ぶと「それっぽい」のが三時間半くらいエンドレスで流れ続ける。

オレは○xからインスピレーションを得て、そのプレイヤーに影響を与えた凹凸を経由して、△□のサウンドに行き着いた、的な自身の経験、時間軸、音楽修行? に基づく「指向性」の育てかた、というのも瓦解してしまうんだろうか。

デートの前に「それらしい演出」に編集した曲をカセットテープ(死語 に入れておき、クルマの中で流す

...なんつー事は、もはや歴史上の出来事を通り過ぎ、今や若い良い子のお友達たちには理解不能、だろうかね、はは。
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