2回
2020/08 訪問
北海道・栗山、地の物から洗練を生み出す味道広路の技術
味道広路は新千歳空港からクルマで1時間弱の場所にある。札幌市内から向かうよりも距離としては近い。
店主・酒井弘志さんは滋賀の「招福楼」出身。その時代に培われた洗練は、地元栗山の地で、ここにしかない日本料理を生み出した。
食材はほぼ地元から。年に一度は訪問してはや3年目、変わらず期待を裏切らない。
料理は基本的に毎回変わり、同じものはほとんど出されない。
写真の前菜(1枚目)は「焼き茄子と茄子の皮とニシンの塩煮」。
主役はニシンではなく茄子の皮という斬新な料理。
皮は素揚げしてマリネ。茄子の皮の香りが、茄子の実より印象深いことに驚く。
ふつうは皮と実とわけて考えないし、なんなら皮は捨ててしまう場合だってある。
このようにすると、茄子の部分による違いがよくわかる。
ここではそういう新しい発見が必ずある。
聞けば茄子は酒井さんの実家のもので、酒井さんのお母さまが育てているものとのこと。
茄子については一家言あるお母さまから、茄子のおいしいのは皮だと教わったという。そういう興味深いエピソードや付近の自然と食材についての物語も、ここでは料理の一つだ。
「イカと原木椎茸、インゲンの辛子ごまよごし」。(写真2枚目)
どこにでもありそうに見えて、控えめな辛子と多めのゴマのバランスなど計算し尽くされた味だ。
味道広路の日本料理のありかたは独特だ。
東京や京都をはじめとした都会の懐石料理とはもちろん、美山荘の摘草のような、都会に対置された「鄙」ともまた、異なる。
日本のどこにもないけれどたしかに日本料理だ。
長い歴史がある日本料理において、これまでにない豊かさをまだ生み出せる余地があるということに、毎度感動の念を深くする。
「料理はだいたい直前に考えます。あまり考えないですね。ひらめきでね…フフ…パッと……」
酒井さんはそう謙遜なさるが、ひらめきとは単なる思い付きではない。
これまでの膨大な蓄積があってこそで、ひらめきのレベルがすごいといつも思う。
食後の甘味も印象深かった。
白あずきと黒蜜とデラウェア。黒蜜の甘さとデラウェアの酸味のバランスがガチピンで、食べつつしばし絶句する。
◆「絶対うまい」食材が出ない味道広路の料理
北海道に行くたびに思うのだが、北海道の食材は世界でも稀なほど恵まれていると思う。
考えてみても、野菜、果物、チーズなどの乳製品、肉類・魚介類、さらに茸…と全方向に死角がない。私たち旅行者にとっても、北海道の玄関口である新千歳空港のあの食関連の賑わいを見るに、それは明らかだ。
道内にたくさんある料理店において、その豊かな食材の「ぶん回し方」は店によっていろいろだ。これだけたくさん素晴らしい食材があれば、そのアドバンテージをフルで使いたくなるだろう。ふつうは。
味道広路の料理、また食材の大きな特徴は、その、豊かな風味の食材や高級食材を、敢えて封印しているのだろうと思えるところだ。
それはたとえば、北海道のうまいものといえばだれでも思いつく、蟹、ウニ、イクラ、牛肉など。
北海道物産展が百貨店で行われたら、必ず目玉商品になる「おいしい」食材たちといえばイメージしやすいか。
味道広路では、高級料理店で必ずといっていいほど登場するこれら絶対うまい北海道食材に出会っていないことに、はじめて気づいた。
それらを使わない理由として、栗山近辺で栽培(飼育)していないからというのは大きいだろうし、私にはこれは、地元の人向けに、また価格を上げないために、敢えて抑制的にこれらの食材を酒井さんご自身が封印しているのではないかと思える。
地元にしか出回らないような地味だけどおいしい食材、また、比較的ありふれたふつうの食材で凄いレベルに持っていくのが、どれだけ難しいことか。
もし私たちが酒井さんの料理に感嘆するとすれば、それは、技術の高さや引き出しの多さのみならず、その高級食材や「おいしい」食材を使わない抑制的な態度で独自性を出すことがどれだけ難しいかを、食べながら無意識に感じ取っているからではないかと思う。
Twitterでもまとめています↓
https://twitter.com/caille2006/status/1310590675272908801?s=21
2020/10/01 更新
酒井さんの料理を、今年も頂くことができた。
店主・酒井弘志さんは滋賀「招福楼」出身で、栗山が地元。奥様と二人三脚で店を切り盛りする。料理は料亭的な祝祭感とは対極の一見地味な姿でありながら、どれもここでしか頂けない、滋味深い味だ。
前回も書いたが、酒井さんの料理にはエビカニイクラのような高級食材は出てこない。
ご実家で育てている茄子だったり、近所で採れるヌマエビだったり。
今回も野菜を中心とした胃にやさしい料理の数々。翌日にはすっきり身体を通過している。
日本料理といえば京料理の都会的な懐石料理が主流であろうから、どうしても正解は京都と決めてしまいがちだが、日本料理の最前線は京都だけではないのだとここに来るといつも思う。もちろん田舎料理でもない。
北海道日本料理という分野が酒井さんの手で新たに生まれたのだという感慨を、今回も新たにする。
Twitterからの転載
https://twitter.com/caille2006/status/1401890637947891714?s=20