2回
2018/12 訪問
夜風が語りかけます。美味い、美味すぎる!
シネコンで映画を堪能し、買い物を済ませた足で思い出したように新都心から離れていく。国道17号を駅から反対方向の大宮方面へと歩を進める。車では通る道だが、歩いたことはない。
今年は木枯らしが吹かなかった云々とニュースでやっていたけど、遅れて来たかのように夜風が容赦なく吹きすさぶ。気温は割と高めでも、さすがに日が落ちると寒い。外はもう真っ暗、そんな中をてくてく歩く。どんどん辺りが暗く寂しくなっていき、本当にこんなところに店なんてあるのかとちょっと不安になってくる午後6時。
ちょうどヨーカドーの駐車場を過ぎたところで、ブルーグレーの建物が見えた。これだ。壁にでかでかとフランスの国旗のトリコロールカラーがあしらってある。フランス語など分からないが、だいたいアングランパと書いてあるだろうくらいは分かる。
写メを撮っていると、店から若い家族連れが出てきた。それに続き、女性客が立て続けに店に吸い込まれていく。こんな時間でもこの盛況ぶりだ。高まる。店内はよくあるパティスリーといった風情で清潔で明るく、若い女の子の店員が数人てきぱきと動いている。アンティークとはいかないまでも、いかにもパリのシャンゼリゼ通りにあるよといったお洒落な店内の調度品が目を引く。
ガラスケースの前にポールが立てられ、自然と右から整列して注文するよう誘導する仕組みになっている。これはとても有り難い。ちょっと混んだ店先だとどういう順番で注文していいのか、こっちも店側も分からないしトラブルの原因にもなる。つまりそれだけ普段は混むということなのだろう。
自分の前に先客が2〜3組おり、待つ間にじっくりと品定めもできた。初回なのでケーキといえば定番の苺のフレジエと、もう1つは冒険してフィグという聞き慣れないものを注文。某ぴちょん君のような愛らしいシルエットと地味な色合いに魅せられた。他にも焼き菓子やバゲットの類が多数あったが、なに、新都心はしょっちゅう来ているからまた機会もあろうて。
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夕飯後。さっそく今日の成果を堪能する。家族と半分づつシェアしたのだが、このフィグとやらが大当たりだった。ラムかブランデーに漬けた果実のみじん切りがものすごく美味しい。ジャリッという食感はザラメでも入ってるんだろうか。この中身の正体はどうやらドライイチジクのよう。フィグ=イチジクとな。その実の形を模したもののようだが、モスグリーンとは想像だにできない。聞けば、今スイーツ界隈ではイチジクがトレンドなんだそうで。うーむ。これには参った。
もう1つの苺のなんちゃらも濃厚でとても美味しかったのだが、いわゆる美味しい最上級の表現しかできなかった。あまりにフィグが衝撃的過ぎたのだ。実は舞い上がっていてすっかり忘れていたんだけど、大本命のガトーバスクも品切れだった。よし、ここは出直してリベンジ確定。
2018/12/02 更新
親戚宅へ新年の挨拶まわりに行くにあたり、なにか手土産はないものかと思案しつつコクーンをうろうろ。なんだけど、残念ながらショッピングモールに目や舌の肥えた親戚を満足させるに足る逸品は見当たらず。昨今の働き方改革が徐々に浸透しつつあって頼りの大手デパートや百貨店は元日休みの傾向にある。
これは喜ばしいことなんだろうけど、正月休み中に買い物をというと不具合が生じてしまう。あ、いや、これだから日本の社会構造は変わらないんだなと反省しきり。
そんな折り、ふと思い出してアングランパに足を向けることにした。正月に帰省したり上京した親類縁者のもてなしにと、やはり自分と同じように手土産を探して彷徨う子羊が他にもいるやもしれん。そんな哀れな子羊に慈愛と福音の手を差し伸べる救世主にすがろうというスイーツな思考が発動した。
厳かに鎮座ましますブルーグレーの神殿が見えたとき、そこに出入りする人影を確認。店側も消費者の動向は把握しているのか、有り難くも客の勝手な解釈で都合良く正月早々から開いてる店という心理を逆手にとったのだろう。開いてて良かった。黎明期のコンビニの謳い文句が脳裏にこだまする。
元日昼過ぎの訪問。以前お邪魔したときは夜だったが、昼でもその活況ぶりは変わらない。むしろ人の出入りは昼の時間帯のほうが多いくらいだ。まあ、時期が時期なだけに余計買い求めようとする子羊も多いのだろう。店内はあふれんばかりの人人人。圧倒的に女性客が多い。ショーケースに並んだスイーツ類が見てるそばからどんどん無くなっていくが、需要と供給のバランスの模範と言わんばかりに店員さんの手によってどんどん補充されていくので、生ケーキ類を買い求めるにあたっては焦ることはないだろう。
問題は焼き菓子などの乾きもの。これらはいったん焼くと次に焼くまで手間ひまがかかるのか、それとも無くなり次第売り切れ御免なのか、補充される気配はない。親戚宅への訪問を明日に控えているので、日持ちしない生ケーキ類ではなく焼き菓子を欲しているのだこの子羊めは。
会計を済ませ商品待ちの客らの間を縫って品定め。とにかく店内はごった返して見てまわる余裕もはばかられる。2〜3往復したのち、手頃な焼き菓子を手にとりそこに自宅用にと念願の「ガトーバスク」も忘れずに。幸運にも「ガトーバスク」はラス1だった。
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夕飯後に「ガトーバスク」をいただいてみる。バスクとはたしかスペインの地方名だったような気がしたが、どうやら国境を共にするフランスの地方名でもあるらしい。ちょうど町田が東京に属するかそれとも神奈川かといったニュアンスなのだろうか。
小ぶりな割にずっしりと重く、ナイフを入れた手にも中身がぎっしり詰まっていることを感触を通して伝えてくる。断面を見るや、これはダークチェリーだろうか。
ほんのりアーモンドが香る生地と甘酸っぱいダークチェリーのねっとりした食感は、輸入食材屋でよく見かける欧州の焼き菓子そのもの。無学不勉強なゆえそれを丁寧な仕事ぶりで再現した、としか形容できない。
リーフ形状のパイ「ショーソン・オ・ポム」はサクサクしたパイ生地の中からリンゴのコンポートがこんにちわ。おそらくこれだけ食べたのなら手放しで賞賛に値するんだろうけど、「ガトーバスク」があまりにも神々しくて今ひとつインパクトに欠けてしまう。もちのろん、どちらも甲乙つけ難いことは付け加えておく。
翌日、早速買い求めた焼き菓子をうやうやしく親戚宅で披露するや否や、あっという間にみんなの手がのびて見る見るうちに内容量が消費されていく。見ていて気持ちいいし、なによりこの店をこの商品を選んで良かった、自分の審美眼に曇りはなかったと安堵し、今年一年の美味息災を願わずにはいられなかった。