來（こ）ぬ人（ひと）を　俟（まつ）晝前（ひるまへ）の　大船（おほふな）に　煎（や）き雞（にはとり）の　身（み）を啖（くら）ひつゝ : シェ ケンタロウ

龝（あき）は恆例（ならひ）の氏族外戚（うからやから）の集（つど）ひ。
今年（ことし）もまた相州大船（さがみのくにおほふな）。
當地（こちら）で晝飧（ひる）に困（こま）るは尋常（つね）のこと。
昨年（こぞ）は『ミカサ』なれば、新（あらた）しき鋪（みせ）を探索（さがす）。

意（こゝろ）ならずも、
前日（まへのひ）に互聯網檢索（ネットしらべ）を實行（おこなふ）。
かくて、當家（こちら）『シェ ケンタロウ』なる法國菜（フランスれうりや）に、、。
法國菜（おフランスれうり）は、この八日（やうか）で三軒目（さんけんめ）。

すなはち、
東都木挽町（えどこびきちやう）『ロテスリーレカン』、
日光街道粕壁宿（につくわうかいだうかすかべじゆく）『Bien』、
そして、當家（こちら）相州大船（さがみのくにおほふな）『シェ ケンタロウ』。

當日（そのひの）十一字十五分（じふいちじゞふごふん）に電話（テレフヲン）。
麾（さいはひ）にも、「空席（あき）あり」との應答（いらへ）。
『CALVA』なる麪麭舖（ぱんや）の大厦（びる）三樓（さんかい）とのよし。
開店時刻（みせびらき）と當時（ひとしく）電梯（エレキばしご）にて訪問（うかゞふ）。

菜單（しながき）には"竹（たけ、A）"と"松（まつ、B）"の二種（ふたくさ）があり、
"松（まつ、B）"は魚（ポアソン）と肉（ヴィアンド）、
"竹（たけ、A）"は魚（ポアソン）もしくは肉（ヴィアンド）とのこと。
僕（やつかれ）、少量（すくなきかさ）の"竹（たけ、A）"を選擇（えらむ）。

前菜（アントレ）、湯（ポタージュ）、肉（ヴィアンド）、菓子（デセール）、
茶（テ）、茶菓子（プティフール）、なる流（なが）れ。
紅葡萄酒（あかワイン）を高脚杯（グラス）で貰（もら）ひ、
對價（あたひ）、五千百三十圓也（ごせんひやくさんじふゑんなり）。

『ロテスリーレカン』は「湯（ポタージュ）か魚（ポアソン）か？」、
當家（こちら）は「魚（ポアソン）か肉（ヴィアンド）か？」で擇一（えらむ）。
『ロテスリーレカン』は料理茶屋（レストラン）に近（ちか）く、
方（かた）や當家（こちら）は、大衆食堂（ビストロ）と云ふ格（くらゐづけ）。

肉（ヴィアンド）にせし縁由（ことのよし）、
偏（ひとへ）に、魚（うを）、
就中（わきても）鱸（すゞき）に上質（よ）き菜（れうり）は稀（まれ）なればなり。
法國菜（キュイジーヌ・フランセ）ともなると猶更（いふもさらなり）。

倩（つらつら）過世（すくせ）に啖（くら）ひし鱸（すゞき）を考察（かんがみ）るに、
素材（そざい）なら『未來』、
烹調（わざ）なら『過橋米線』が雙璧（いたゞきにならびたつ）。
『過橋米線』は"天麻魚（てんまうを）"なる"清蒸鱸魚（すゞきのすがたむし）"。

『とゝや魚新』で夏場（なつば）啖（くら）ひし"兜（かぶと）"はそこそこなれど、
他店（よそ）で佳味（あぢよ）き鱸魚（すゞき）啖（くら）ひし例（ためし）なし。
「今夏（このなつ）は燒（や）き倒（たふ）してござる」と、
大言壯語（たけび）し『繩屋』には落膽（きおち）せし記憶（おぼえ）あり。

飯屋（ビストロ）なれど、
金屬洋食器（カトラリ）の類（たぐひ）は皿（さら）ごとに換（か）へ、
女給仕（ギャルソンヌ）二人（ふたり）が接客（もてなし）に擔當（あた）る。
實言（まこと）、高級店（レストラン）を髣髴（おもはす）流儀（やりかた）。

金屬洋食器（カトラリ）の設置法（おきかた）は英國式作法（エゲレスしき）*)。
桌布（テーブルクロス）はなく、餐巾（ナプキン）は紅色（くれなゐ）の紙（かみ）。
『ロテスリーレカン』の"クリストフル"のごとき法國渡來（フランスわたり）ならねば、
仰向（あふむけ）に置（お）くは致（いた）し方（かた）のなきところ。

「頑健屈強（ほねぶと）き掃愁帚（さけ）」との要求（もとめ）に從（したが）ひ、
女給仕（ギャルソンヌ）擇（えら）みしは、
法國（フランス）ボルドーが圃（シャトー）、ロシュモラン紅葡萄酒（ヴァン・ルージュ）、
"庚寅歳（かのえとらどし、=2010年）"の仕込（しこみ）。

振（ふ）れど、搖（ゆ）すれど、
秋毫（つゆ）、眩暈（めくるめ）く芳香（かをり）立（た）つ兆（きざし）なし。
美酒（よきさけ）固有（ならでは）、馥郁（ふくよか）なる馨（かをり）に乏（とも）しく、
安酒（やすざけ）に異（こと）なることなきが難點（つらきところ）。

そもそも、掃愁帚（さけ）はボルドー。
これをブルゴーニュ型（がた）の葡萄酒杯（うつは）に沃（そゝ）ぐは、
宛然（あたかも）、
下駄（げた）を穿（は）きて徒競走（はやあしくらべ）に臨（のぞ）むがごとし。

菜（れうり）は押竝（おしな）めて佳味（よきあぢ）。
とは云へ、一（ひと）つとして傑出（ぬきんいでた）るものも皆無（なし）。
名（な）にし負（お）ふシャラン鴨（かも）とて、
薄（うす）く、冷（つめ）たく、蕎麥店（そばや）の鴨南（かもなん）にも劣（おと）る。

近海（ちかくのうみ）より漁（すなど）られたる眞鰺（まあぢ）。
つぶさにこれを吟味（あぢは）ふに、
醋油漬（マリネ）ではその眞味（まことのあぢ）は知覺（わか）りがたし。
前菜（アントレ）の中（なか）では茸（きのこ）が吉（よい）。

麪麭（ぱん）はバゲットとカンパーニュの二種（ふたくさ）。
ともに、『CALVA』のものと云ふ。
バゲットの外皮（クラスト）は弱（よは）めながらも硬度（かたさ）を保（たも）ち、
身（クラム）には適度（ほどよ）き氣泡（うたかた）が殘（のこ）る。

およそ上質（よ）き長條麪麭（バゲット）なるもの、
脆皮（もろきかは）、柔肉（やはらかなるみ）が特徴（つね）。
當家（こちら）、平均的（なみ）の法國餐廳（フランスれうりや）より秀（ひい）づるも、
『ロテスリーレカン』のバゲットに一日之長（いちじつのちやう）。

三浦唐茄（みうらたうなす）の湯（ポタージュ）も嗜好（このみ）と乖離（ことなる）。
清湯（ブイヨン）などの旨味（うまみ）・香氣（かをり）は審（つまび）らかならで、
徒（いたづら）に甜（あま）さばかりが浮騰（ほとばし）る。
手間（てま）のかゝる法式清湯（コンソメ）こそ汁（スープ）の華（はな）。

"陸州清流雞（みちのくせいりうどり）"なる素材（そざい）そのものは、
『ロテスリーレカン』に同（おな）じ。
腿肉（もゝにく）を低温炸（コンフィ）にするところも共通（おなじ）。
ともあれ、"比内地鶏（ひないぢどり）"などゝは雲壤（くもとつちほど）の相違（たがひ）。

麪麭（パン）のみならず、
菓子（デセール）、茶菓子（プティフール）とも、『CALVA』を活用（つかふ）。
しかはあれど、卷蛋糕（ロールケーキ）、年輪蛋糕（バウムクーヘン）とも、
僕（やつかれ）が嗜好（このみ）とは大差（おほいにことなる）。

技藝（わざ）も、接客（もてなし）ぶりも、金屬洋食器（カトラリ）も、
價格（ね）の廉（やす）さも、『ロテスリーレカン』が雋（すぐ）る。
愉（たの）しさ、駭（おどろ）きなら、『Bien』が上（うへ）。
唯一（たゞひとつ）の救（すく）ひは、痩身（やせぎす）の女給仕（ギャルソンヌ）。

葡萄酒（さけ）に精通（いみじうくはし）く、
觀察（めくばり）に長（た）け、配慮（きくばり）に秀（ひい）づ。
女唎酒師（ソムリエーヌ）を目指（めざ）し、
日々（ひゞ）修業中（わざをおぼえ、ちゑをたくはへんとするさなか）と云ふ。

當家（こちら）、
本來（もともと）の"大衆食堂（ビストロ）"にあらず。
四谷荒木町（よつやあらきちやう）『パザパ』こそ、
本朝（わがくに）"法式大衆食堂（ビストロ）"の嚆矢濫觴（くさわけ）。

『ロテスリーレカン』は堂々（おしもおされもせ）ぬ"法式餐廳（レストラン）"、
『パザパ』、『Bien』は紛（まが）ふ方（かた）なき"法式大衆食堂（ビストロ）"。
當家（こちら）、
何故（なんのゆゑ）に、かゝる中途半端（どちらつかず）の商賣（あきなひ）をなすか？

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*)©MSSBHNS氏

【照相機】：東京通信工業 索尼（Sony） α7 II　無反光鏡可換鏡頭照相機（みらーれす）
【鏡頭】　：東蔡（Carl Zeiss Jena）MC Pancolar 1.8/50 @F2.4～F4.5