更科屋 安芸の国にて 江戸をみる : 永坂更科 布屋太兵衛 広島福屋店

関西出身の仕事仲間は今年の干支生まれだ。それ故に、今年は何事も
「初体験」に挑戦して人生を活性化することにしたい、という。
よろしい。惜しみなく協力しようじゃないの。近くで仕事が重なった
日、鴨南蛮を食べた事がないというので、鴨南蛮を！油っぽそうに
見えるのに油っぽくない、と鴨が葱しょったどんぶりの汁面をいと
不思議そうに眺める。温かい蕎麦を食べるのも◯十年振りだそうだ。
ほほう、と生粉打ち蕎麦を手繰りながら相槌を打つわたしは、
だんだんこの店の甘口・辛口の汁に慣れて来て、最初は辛口単体
のみ使用していたのだが、ついにひとつの蕎麦猪口に甘口辛口を
混合調味するようになってしまった、ので調合に忙しい。

仕事仲間は「カレー南蛮」も「にしん蕎麦」も未体験だというので、
次回はこのどちらかにすべえ、とメニューブックを何度も眺めている。
何事も「初体験」ってのは、前のめりな稼働力があるもんで、
鴨南蛮体験から幾日もしないうちに吸い寄せられるように、近くで
仕事があり、またしてもこちらに飛び込み、この仕事仲間は
「にしん蕎麦」を頬張りながら、「こんな甘いモノだとはしらな
かった」と感慨深げだ。
この人は、なかなかハーシュな人柄だと思っていたけど、
「初体験シリーズ」の反応はかなり真摯で愛らしく、心のうちで
ふがっ、と見直す。お店の姐さんスタッフのこの人を温かく見守る
視線も好ましい。

「見るべき程の事をば見つ」なあんてことには全くなりそうにも
ない「年女・初体験ツアー」はまだ始まったばかりだ。乞うご期待、
だね！

[2014.7]
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♪窓の外は　激しい春の嵐　叩きつける　どしゃぶり雨が〜♫
と、久々駆け込んだデパートの平日の昼下がり。お食事フロアで
広島マダム達が並んでおられるのはイタリアンあたりだ。お、久々、
生粉打ちが食べたいよおん、と同行者を促して「広島の麻布
じゅば〜ん」、永坂更科さんだ。

本日は空いていた事もあり、健やかな姐さんたちの涼やかな接客振り。
わたくしは、やはり「太くて堅いけど、大丈夫か？」と念を押される
生粉打蕎麦760円を。同行者はその名も「自慢」というエビ天、野菜天、
穴子天付きで２種類の蕎麦がセットになった税込1,700円をオーダーし
やれやれ、と春の嵐にくしゃっ、と乱れた髪を互いに見て笑いあう。

白い店内を見回せば、以前よりずいぶん熟れた感じのフォーメーション。
落ち着いた空気感がゆたりと漂ふ。
やって来た生粉打蕎麦はがっちり肉体派で歯に好もしい。同行者の天ぷらは、
前回よりはるかに単衣でかりっとあがっており、いたく嬉しそうなご様子だ。
良かったねえ。

『本日のお題：消費税の変更により、激しく発覚した『暗算』ができないと
思われる方々が同行者の周囲で増えている話』を聞きながら蕎麦を手繰る。
電卓とパソコンのせいかねえ、、、算盤をする人が減ったせいかねえ、と
せつなげな同行者の話にうなずいていると、ふと店内に響く年配の御婦人
お二人の「一緒に払っていいかしら？」の声。お店の姐さんの「もちろん
です」と一瞬訝しげな声音に我々も賛同した、その次の瞬間、「電卓
貸して下さい」のお言葉が。親切な姐さんスタッフが電卓で計算して個々に
均等金額を告げて差し上げていたのでございました。なーるほどー。

箸を使うのが良いというし、蕎麦のルチンは健脳に良いというじゃござん
せんか。思わずもう一枚！と叫ぶ自分を抑えて、この春からは再び蕎麦三昧、
蕎麦行脚を志そう！と心に誓った。お蕎麦屋さん、待っててえ！

(2014.3)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
♪窓の外は　激しい秋の嵐　叩きつける　どしゃぶり雨が〜♫
と鼻歌を歌いながら、ラバーのサンダルが濡れて滑る。
これはいかん、と傘をすぼめて、駆け込んだデパートのレスト
ラン街で、おや、麻布じゅば〜ん、の永坂更科さんだ。
ここにするべ、と仕事仲間を促して、誰も並んでいない暖簾
をくぐれば、ただいま満席とのこと。あら、ま。すると、店内
のお客さんが「ここが開いてるじゃないの」と二人席を指し示す。
女性スタッフが「あっ！」と無邪気に驚く。さらに４人席に腰掛けて
いた粋な様子のあにさんが、「いやいや、オレがそっちに移ろう
さ、一人だから」と譲ってくれる。あれえ、なんと客筋の良い
店だろう！と恐縮しながらお礼を言ってお席に着かせていただいた。

眉間に縦じわのお疲れの姐さんスタッフたちにエールを念じつつ、
メニューを繰る。あ、生粉打ちの太蕎麦(760円）がある！恐れな
がら更科であろうが、私はコレ！と速決。オーダーすると、姐さん
スタッフに、太くて堅いけど、良いか？と念を押される。堅いモノ
（クロガネの堅パン、とか！）愛好会自称会長の私は臨むところだ。
これは後で歯のお弱い年配の方が苦情をいわれることがあるのかねえ、
と推測する。同行者は広島県民、穴子天ざる(1,580円）に決定だ。

お昼の店内は年配の方で賑わっている。デパート内だけに単独の買い
物客も多く、入口で、「独りだけどダメ？」の問いかけ連発。カウン
ター席がないこの店は、ちんまりしたテーブル席のせいもあってか、
相席は取らない様子、待たせる事はあまりしないのかな。昼の回転は早く、
断念した客のすぐ後に来たお独り様がすんなりはいれたり、「今日の
運気」なるものを計るのにはモッテコイ！の感じ。

さて甘汁、辛汁、薬味を従えてやって来たのは、確かにごっつい
なんともいえぬぬめりを放つ蕎麦だ。しこしこもそもそくつくつ、と
そば切りを喰らう様な堅めの食感が「堅々マニア」の私には好ましい。
同行者の蕎麦も「十二単の衣」を纏って巨大化した穴子をお供にやって来た。
おおっと、天ぷらの十二単着用はボリューム感がでるけれど、好き嫌いが
別れるところだねえ。あらら、江戸前蕎麦はそんなにどっぷり浸けたら後で
喉が渇くぜよ、と言いかけて、ふと、「死ぬ前に一度、つけ汁にたっぷり
つけて蕎麦を食べたかった」の話を思い起こし、余計な事か、と口をつぐむ。
こちらのお店の主義主張で、お茶じゃなくてお冷やが供される。お水が
美味しいと嬉しい。〆にすかさず蕎麦湯をだしてくれるのは嬉し楽しい。
蕎麦湯でたぷたぷのお腹にならないと気が済まないのは悪い癖なのだろ
うか。しかし、蕎麦を手繰ると、朝昼夜関係なく、日本酒が啜りたくなる
のはきっと悪い癖だ。この蕎麦になら、地元の酒なら本州一？甘すぎるかな？
獺祭は鋭すぎる？などと同行者と更に余計な妄想に陥り、「酔へば
あさましく酔はねばさびしく」、心はまさに山頭火なり。支払いをすませ、
建物を出て、傘を開けば、懲りない自分に降り注ぐ秋雨の失笑に肩を
すくめた。

（２０１３．９）