肴類の出来には「神谷」の仕事の片鱗が : たけがみ 一轍蕎麦

　こちらには過去3回日時を変えて訪れているが、今一つ考えが纏まらず書き込みに至ることが無かった。
　昼から夜遅くまでの通し営業で、時間帯により様々な表情を見せて客層も幅広く、当然ながらスタッフも入れ替わるため、味の印象が一定しなかったのがその要因である。
　やっと私なりの評価が出来るようになり、レビューさせていただく。

　東京駅に直結したこの「Gran Gourmet」と呼ばれるスペースには、B1～2Fまでに50軒近くの飲食店が入っており、ジャンルも様々だが最も多いのは居酒屋系の店。
　こちらは1Fの「キッチンストリート」の中に在り、昼はランチ目的のサラリーマンに加え、場所がら旅行者の姿も多い。
　夜は酒肴を充実させることで、勤め帰りの呑み客に主眼を置いたスタイル。
　一見してどこにでも在る「蕎麦居酒屋」なのだが、出自はきちんとしている。

　かつて赤坂に「たけがみ」という、元料亭を利用した高級感のある蕎麦屋が在った。
　10年ほど前に閉店したが、そこの主人の神谷昌孝氏は和食料理人としての名声も高く、銀座の交詢社ビルに「神谷 木挽庵」という蕎麦会席の店を設け、なかなかの繁盛店となっていた。
　ほぼ同時により気軽に寄れる蕎麦屋としてオープンさせたのがこちらで、店名にはかつての「たけがみ」が掲げられた。

　実は最近になって一時ミシュランガイドにも掲載されていた「神谷」が、このコロナ騒ぎが原因なのか、閉店してしまったというショッキングな情報が入って来た。
　ご主人は元々は愛知県出身で、現在は名古屋に開いた店に本拠を移しているようだ。
　そんなことも有り何となくこちらのことも気になり、出掛けた帰りに寄ってみた次第。


　17時少し前に到着すると閉まっており、現在に限って通し営業では無く夜は17時オープンとのこと。
　あと数分なので周辺をぶらついて時間を潰すが、普段は人通りの多いはずの一帯が驚くほど閑散としており、明りの灯った店も少なく寂れた空気が漂っている。
　実際にこちらの真ん前に入っていた九州から出店していた「うに料理専門店」や、斜め向かいのカレーの「ドンピエール」はシャッターが下りており、いずれも閉店してしまった模様。
　以前はどちらも流行っていた印象があり、改めてコロナ禍の影響がいかに大きいかを実感。

　定刻に戻ってくると開いており、まず手指を消毒し検温器を照射されたのちに無事入店。
　入り口脇の2人掛けのテーブルに通されるが、テーブルは一つ置きに使用させるようで隣の卓には使用禁止が表示されている。
　まず接客スタッフより、この時間帯に限り「生ビール」一杯がサービスされることが告げられ、もちろん有難く頂く。
　小グラスくらいと思っていたらしっかりと「中生」が出され、口開けながら劣化も無く美味しい。

　定番の肴類は豊富で、メニュー冊子にびっしりと載っている。
　別に＇本日のおすすめ＇が黒板に並んでおり、やはりそちらに目が向く。
　次の3品を間をおいて注文。

　「鯵刺」（1,050円）：刺身類がなかなか充実しており、その中から今が旬の鯵を選択。
　居酒屋で出す一品としては少し高めの値付けだが、登場した皿を見て納得。
　「タタキ」も有るが敢えてこちらを選択したが、綺麗に捌かれたほど良い大きさの一尾分が体裁よく盛られ、大根・人参・茗荷・大葉のつまにも包丁技の冴えが確認できた。
　臭みなどは全くない鮮度の良さで、生姜でも山葵でも美味い。

　「里芋コロッケ」（960円）：花番さんに量を訊いたら、ピンポン玉くらいが3個とのことで頼んでみた。
　薄衣を纏った熱々の球体を箸で割ると、角切りのホタテの身を芯にして潰した里芋が周囲を覆っており、なかなか面白い創作料理である。
　里芋のねっとりとした食感が楽しく最初はそのままで、途中から添えられたトマトソースや粒マスタードで食べても美味しかった。
　添えのベビーリーフなどの生野菜も新鮮。

　「鳥つくね」（810円）：ミートボール状のものが4個、一旦焼いたものが甘目のタレに絡められている。
　鶏ミンチは粗目の挽きのため食感が良く、七味を振ればさらに美味い。

　酒はまず日本酒は、山形の「十水」を冷酒で一合。
　ついで私にしては珍しく、焼酎（宮崎の「ひむかのくろうま」という麦）をロックでもらう。
　さらに「ハイボール」（銘柄記載なし）を追加。
　いずれもなかなか良く、これらで暫し寛いだ時間を過ごす。

　18時近くになり、そろそろ混み始めて来たので蕎麦を注文。
　基本の「せいろそば」を選択。
　蕎麦は挽きぐるみのやや黒っぽいひといろで、中太の機械切りで綺麗に揃っている。
　香りはしっかりあるが、茹で上げのタイミングが悪いのかシャキッとした食感は今一つ。
　昼に訪れた時は蕎麦の出来だけは良かった記憶があり、そこのところのブレは今回も感じた。

　一方つゆの出来はまずまずで、やや濃い目だが味のバランスはとれている。
　徳利を使うひと手間が有れば、なお良いと思う。
　蕎麦湯は多少の白濁はあるが、自然体のためすっきりと伸びる。
　こういったタイプの店では蕎麦湯は呑んだ後の〆の意味も有るため、ここでドロドロタイプを出されては気分は良くない。
　

　個々の肴・料理の価格は少し高めだが、技術的にはなかなかのレベルにあり、在り来たりの「蕎麦居酒屋」とは一線を画するのは明らか。
　「神谷」の系列と考えれば尤もなことだが、その分雰囲気にもう少し高級感を出して周囲の店と差別化を図った方が良いような気がする。

　酒肴の満足度は高いが、蕎麦は少し残念のため料理は平均して3.6の評価。
　全体でもこのくらいに落ち着いた。
　これはあくまでも「蕎麦屋酒」利用での評価であり、昼はこの限りでは無い。

　最初は客入りは疎らだったが、退店する頃には使用不可のテーブルを除けば、ほとんどのテーブルが塞がっていた。
　競争の激しい場所で、前述の通りこのご時世で存続が難しかった店舗も見られる中、こちらはしっかりと常連さんを掴んでいるように見受ける。

　「神谷」が無くなった現在、こちらは注目される存在となった。
　同じ系列の「そばがみ」と言う蕎麦屋が、日比谷ミッドタウンの中に誕生しているようなので、そちらにも一度訪れてみたい。