『「空耳」フレーズで強敵を退治(復刻版)』kasuganomichiさんの日記

kasuganomichi 嚐味隨想                           メインテーマは「京都の好きな店を再訪」

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日記詳細

ペンは剣よりも強し、といいますがこのサイトでは弱い。でも、
きをとり直して日記に移します。まさかここでもだめとは言わ
んでしょう。こんな事でへこたれない、これからも投稿がんば
ろうという決意表明とお考えください。当然店名も隠しました。
うれしいコメントを賜ったお二人のレビュアーさんに深く感謝。


香港のお店とまさかの「空耳アワー」のコラボ!ツボにはまってしまいました。゚(゚ノ∀`゚)゚。アヒャヒャ

こんばんは
これは「いいね!」10ケ!
今年最高のレビューの一角を捉えたかと。
もし、食べログで「ベストレビューAWARD2015」みたいな企画があったなら、私から一票!

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2013年の訪問について、2015年に投稿しました。それ以来、何にも問題は出なかったし、一部のレビュアーさんからありがたくも好意的な反応をいただいておりました。

はい、突然の座敷牢行きです。理由はわかっていて、以前にいただいた有る方のご指摘が気になって、「文明」を「文化」に最近変えたのです。私は、常々過去の投稿についても見直す編集努力はレビューの質を担保するうえで重要だと思っております。

が、これではもう座敷牢がこわくて、うっかり編集なんてできないですね。困ったものです。私は、座敷牢行き→即シュタージさんが悪いとはおよそ思っていません。実際、これも香港のあるホテルラウンジについて、新着の雑誌情報を書き加えたら、同じことに。でもこれは(ラウンジにヤ〇〇が来た話だったので)ある程度納得し受け入れました。私は、こういう食サイトの値打ちは、個々のレビューの質にこそある、と信じてこれまで細々とですがやってまいりました。でもそれは、シュタージさんにはわかっていないのでしょうね。

私からのささやかな提案です。1年以上クレームなどの問題がなかった投稿を再度編集した場合、その編集された部分についてあらたに問題がなければ、座敷牢行きにはしないという原則を採用してください。そうでないと怖くて編集できません。編集ができないと投稿の質が落ちます。

たしかに、お店からのクレームを恐れての介入は、国内であればある程度理解できます。でも海外のお店についてもまったく同じ基準というのははたしてどうでしょうか。向こうが読む(読める)可能性だけで申し上げているのではありません。今回の場合、私は香港に不慣れな日本のユーザーやレビュアーさんたちに、この種のお店の対応に直面しても大して気にするな、というメッセージを込めたつもりです。これは参考になると考えますがいががでしょうか。

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日本人には、2種類ある。タモリ倶楽部「空耳アワー」が大好きな人①
同じく、「空耳アワー」を受け入れられない人②
まあ、もちろん「空耳アワー」を知らない人もいれれば、3種類。

私は思うのですが、友人、カップル、夫婦、パートナー、職場でのコンビ、などなどにおいて、①と②の人が組んで、うまくいく可能性はかなり低いのではないかと。
あの世にも稀なるくだらなさ、生産性の低さ、そしてなによりも、世界に通用する可能性のなさ(「数独」なんか、日本で発明されたらしいが、これも生産性は低いけど、あっという間に世界中に広まったのとは対照的)。それでもいいやん、おもろかったら。という人と、何を大のおとながつまらんことに時間を浪費して!という人は、お互いにわかりあえるだろうか。

ものの考え方というのは、遺伝や環境などで徐々に形成されますが、おそらく30歳を超えるとそうかんたんに変化しないようにできているようです。

「アルマーニのシャツをいくら着ていても、それは私自身の体になるわけではないが、今日食べたパンチェッタやチーズは、翌日には確実に私の肉体の一部になっている」A
「キャビアを食おうが、トリュフを食おうが、明日の朝にはうんこになって下水に流されるだけだ。しかし私のエルメスのコートは、いつまでもワードローブの中にある」B
これも深刻。A派とB派、どちらもそれなりの理屈があるだけに、融和や妥協はむずかしそうです。

(あの、私の読者になってくださっている奇特な方々やときどき来訪いただく方には、そろそろ私の芸風をご理解いただき始めていると思いますので、もうしばらくお時間ください。)

我々がはたして「うまくいっているのか」どうかは自分たちで判断はできません。しかし、①同士、A派の夫婦でよかったと思います。

連れとの会話、というかコミュニケーションにおいて、「空耳」は特別な意味をもつ。
お茶とパンが出てきたら、二人そろって「宿直!」。(マイケルジャクソン)
富山の寿司栄から一番鳥に流れたあとは、風呂入って寝るしかない。(メタリカ)
おしっこは、前もって済ます。(セパルトゥラ)
家の引き出しなんかから、たいして役に立たなさそうなものを見つけると「サンドペーパー発見」(ハウスオブペイン)
スーパーでビートルズのI Want To Hold Your HandがBGMで流れると、自動的な反応は「放尿犯!」
知らない人にはまったく理解不能な暗号みたいなものだが、時として現実的に役立つからおもしろいのです。


さて、話はようやく香港のレストランになります。香港の典型的な中級以上のレストランの場合、入口に店名を記した台というか、テーブルのようなものが置かれている。その台のうえには、配席表と予約者の名簿がありまして、これで客の入店状況をチェックして、テーブルへ案内するのです。
別にどうっていうことのない仕事内容だとは思うけど、ある意味でお店の顔であります。そして、このポジションには、割と背の高い、顔だちの整った女性が、スリットの入ったチャイナドレスを着て立っている確率がかなり高い。

そして、お店の顔なんだから、愛想よく丁寧に客と接しろ、と思うわけですが、ほとんどの方はおそろしくつっけんどん。居丈高。高飛車。傲岸不遜。
私は店の顔→心を込めた接客をしなければ
とはならないで、
私は店の顔←だって私顔とスタイルがいいから→だから何しても首にはならない→不愛想な接客
となるわけです。このとほほの状況を知っているので、私はまず、このエントランスレディの態度でいらいらすることはない。


ない、と思っていたのですが、ここ尖沙咀の●京●には、手ごわい相手がいて、ちょっと参りました。この店のエントランスレディの女性、我々が予約しているのを告げると、名簿をチェックして、「5分早い」。なんとかなるでしょ、というと、はーっと首を振りながらため息。1分ほど配席表と予約名簿をかわるがわるに見てから、顎で方向を指して、ほれ、入りなさい。そして「ついてこい」とばかりに店内へ歩きはじめる。もちろんこの一連のやり取りの間に、微笑みや歓迎の言葉は一切入らない。連れはさすがに切れる寸前です。もうここやめたら?って口から出かけている。それはそれでいいけど、向こうはそんなことで反省なんかしないし、また予約取り直すのも面倒。

ここで私の切り札。女店員にも聞こえる大きな声で、連れに向かって

「お客さんに 嫌われるぞ」 ←“LE GARCON QUI A LE DON”
アイム・ザ・ボーイ/セルジュ・ゲーンズブールの空耳。ジャンパー作品でございます。
喫茶店の女店員が、あまりにつんけんした態度で水やおしぼりを出すのに対して男性客がそう言ってたしなめる、という映像とともに流される。

とたんに連れは弾けるように笑い出し、私も笑う。不愛想女店員は、自分の態度の悪さを自覚して、不慣れな日本人客をいびっているつもりなだけに、背後からの私の一言で、急に我々が上機嫌になった理由がまったく理解できず、立ち止まって一瞬ぼうぜん、そして憮然とする。日本語もわからないが、もしもわかったところで、空耳を知らない以上我々の笑いの意味はぜったいにわからないだろう。これが文化人と非文化人の違いなのだ、わかったか。

きわめて愉快な入店経験となりました。おかげで、食事も順調。2人で食べやすい落ち着いたカップル席を用意してもらえたし、フロアのサービスの男性はさっきの女性に比べると天使みたいに見えるし。二人世界套餐、1000ドル以上するけど、もうこれでいいや。京華冷菜隻拼(北京風前菜2種・くらげと蒸し鶏)王府鮮蟹肉魚翅(カニ肉入りフカヒレスープ)蠔皇龍珠鮑魚海参(あわびとナマコのオイスターソース煮)戈鬚風沙鷄(ニンニクチップかけの鷄半羽カリカリ揚げ)老舎小瓜排(瓜のスープ仕立て)小籠包 合時鮮果拼盆(季節のフルーツ盛り合わせ)。

マキシムグループの中でも古参のこのレストラン、味に大きな間違いはありません。おどろきも期待しないけど。北京ダックもさほど悪くはないと思いますが、鹿鳴春や北京酒樓、あとは一流ホテルのレストランなどでいただくほうが結果としてよろしいかと。

帰り際、例の女店員は我々の姿を見ると、きょどって逃げるようにどこかへと消えていきました。おつかれさまー。
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